01.
暦の上で言うならば、今は秋の終わりの事である。
幻想郷全土を挙げての祭りは年に三度あり、それぞれ春、夏、そして今の秋に行われている。春に行われる祭りは流し雛と呼ばれており、この時には幻想郷の川は水面を隠し、代わりに数多くの身代――いわゆる流し雛が流れることになるのだ。
その春の祭りで中心となる人物はその名の通り、妖怪の山に住む鍵山雛である。普段は赤と黒、それと少しの緑と言う西洋系の、いわゆるゴシック服を着ている彼女も、この日だけは着物を着こなす。衣装を作るのは人里に住む職人の為、その年により色は変わるものの、綺麗な顔立ちと儚い程華奢な体格の為、大抵の着物は良く似合う。そうして着物を着た彼女が祭りの日に舞を踊るのも、流し雛の一つの特徴である。彼女の舞は美しく、風と同化する様にゆるりと踊りつつも、柔らかく空気を裂く様に着物の袖が見る者の視界で揺れるのだ。表情は真剣ながらも、その中に全てを包みこむ優しさが垣間見える。口元は結ばれており、それでいて僅かに両端が上がっている。どんな時も微笑みを絶やさないのが彼女の性格で、例えどんな者でも、彼女の舞を見ればきっと心が洗われる事だろう。
夏になれば今度はうって変わって、唯騒ぐだけの祭りが開かれる。春の流し雛は祭りと言うよりも儀式としての立ち位置に近く、そしてこの夏祭りは本当に祭りでしかない。その証拠に春の祭りと違い、この夏の祭りには正式な名前がない。しかし名がないと言う事は大抵不便である事が多いため、皆こぞって“夏祭り”と読んでいる。とは言え、流し雛と違い、この祭りの名に意味はない。何しろ繰り返すことになるが、本当に唯の祭りである。元より陽が長い夏である上、木で組まれた櫓の中で燃え上がる炎のおかげで、夜とは分からないうちに夜がやってくるのだ。その櫓の周りで踊るか、あるいはここぞとばかりに乱立する屋台に舌鼓を打つか、あるいはそんな喧騒からは離れ、自宅の窓から打ち上がる花火を優雅に見るかは人による。とはいえ、ここは幻想郷である。最後に挙げた行動を取る者は少数と言って良いだろう。大抵は夜半まで皆と騒ぐ事になるのが毎年の常だ。
そして秋の祭りである。実はこの祭りも、正式な名前は無い。通称と呼べる者も定まっておらず、人に聞けば聞くほど答えの種類が増えることになるだろう。多種多様な呼び名の中で、一応ではあるが、一番多い呼び名としては収穫祭の名前が多い。しかし、収穫祭の前に既に収穫は終わっているので、その呼び名は相応しくないと言う声があるし、それに対する反論として来年の収穫を祈る収穫祭だ、と言う声が真っ向から対立していて平行線のままである。他には新嘗祭や相嘗祭、はたまた鎮魂祭と、様々な言い方があり、きりがない。
行われる時期も夏の祭りと違い、十一月と言うのが問題なのかもしれない。秋とも冬ともとれる時期なので、終わる秋を見送る祭りとも取れるし、冬を迎える祭りとも取れる。その上、夏の祭りと同じで明確な祭りの目的がないのだ。今では残り少ない年の瀬に向けての祭り、と言う体裁を取られてはいるが。
まぁ、要は名称や内容などはどうでもよいのだ。唯酒を飲んで騒げれば。
なんといっても、ここは幻想郷なのだから。
02.
洩矢諏訪子は崇り神だ。
自分で言うのも恥ずかしいけど、豊穣の神様である私は、人里ではそれなりに信仰がある。今行われてる秋の祭りだって、私はそれなりの待遇をしてもらってる。別に神輿に担がれて幻想郷を一周する、とかって訳じゃないけど。姉の静葉だって、神様だ。“寂しさと終焉”なんて分かりにくい物を扱っている所為か、私よりは知名度が低いらしいけど、これはこれで重要なポジションなんだ。どうにも秋くらいしか出番が無いと思われがちだけど、そんな事は無い。終焉なんてのはそこら中に転がっているけど、静葉が特に扱うのは季節の終焉だ。春夏秋冬の季節の終焉を扱って、季節の境目を皆に告げたりしてるのも姉の仕事だし、そう言う繋がりからか、家には時々春告精やレティ、果ては風見幽香まで遊びに来る事もある。正直、幽香は怖いから私としては遠慮したいんだけど、静葉の友人なんだから文句はいえない。
そんな妖怪の山に、外の世界からいきなり神様がやって来た。しかも三人も。あの紅白の巫女じゃないけど、そんなもんいきなりやってこられても困る。こちらの商売あがったりも良い所だ。どんな種類の神様なのかによるし、どうにも幻想郷の住民は平気で複数の神様を信仰するから、別に放っておいても良かったんだけど、どうせなので挨拶がてら牽制でも入れて見ることにしたもだ。けど今思い返せば、それは大きな失敗だった。
何せ私はそれなりに信仰されてる神様だけど、スペルカードルールでの弾幕勝負は、てんでからっきし駄目だった。弱っちいと言っても過言ではない。
とは言え、まさか、外の世界から来たばかりの奴に連戦連敗するなんて想ってもみないじゃないか。しかも三人こぞって強い。元よりこっちは私と、あとは仕方なく私に付いてきてる姉の計二人。数からして不利だった。姉の静葉が私以上に弾幕勝負を苦手としてるのはまだ良いとして(苦手と言うより、興味が無いんじゃないかと思う。スペルカードを一枚しか持ってないし)、せめて頭数だけでも揃えようと同じ神様でご近所の雛を誘ったのに断られたのが計算外だった。頭の先からつま先まで優等生で出来ている雛は、神様が増える事に反対さえしてなかったのだ。おかげで数日後に巫女が来た時には既に満身創痍、なす術も無く私と静葉は倒された。どう見てもお前と私は同じ立場だろうに、何を考えてるんだあの巫女は。流石にその日は泣いた。
そんな訳で、どうやら私の知らない所であの神様達の話題は終わっていたらしい。肩透かしも良い所だ。
しかも何故だか知らないけど、私はあいつらに気に入られたらしい。特に訳の分からない帽子を被った、一番背の低い奴に。見た目で判断して、“あいつなら勝てる”と思って、あいつとばっかり弾幕勝負をした所為か。だとしたら過去の私はあまりに馬鹿だと言わざるを得ない。今直ぐタイムスリップしてぶん殴ってやりたい。おかげで毎日べったりだ。
毎日毎日人の所に来ては適当に遊んで帰る。家を汚されても嫌なので神社へ行くと、泊まって行けと言う。ひょっとしてこいつは神様でも何でもなくて、ちょっと弾幕勝負が得意なガキなんじゃないのか。何故か私が料理好きなのもばれて事ある毎にせがまれるし、正直知り合いと言うよりもペットか何かだ。
さて、そんな訳で秋祭りである。当然の如く誘われた。断っても断っても誘われた。しかも誘っておいて料理を持って来いと言う。出店でも巡れよこの野郎とは思ったが、弾幕勝負で負けた私が悪い。幻想郷に民主主義はまだ入ってきていないのだ。
「さて、穣子は何を作ってきてくれたのかな?」
「芋」
「せめて料理名で言ってよ。本当に土付いた芋出てきたら流石に私も怒るよ?」
「冗談よ。はい」
「わぁ、ケーキだ。芋のケーキって、何て言うんだっけ……スイーツ、ケーキ?」
それを言うならスイートだ。スイーツもケーキも同類だろう。聞いただけで胸焼けがしそうじゃないか。
行き交う人ごみから少し外れた道端。そこに用意されたテラスのテーブルにでんと置かれた紙箱。開けた瞬間、ふわりと蜂蜜の香りが漂った。その蜂蜜の匂いをすっと一つ吸って、諏訪子が目を細めて笑う。別にドキッとなんかしてない。
「いい香り。私蜂蜜好き」
はて、何をもってきてもこいつは同じ事を言ってる気がする。
「穣子の料理は何でも好きだよ。穣子も好きだよ」
「ついでみたいに言われてもね」
「じゃあ、穣子大好き!」
秋の祭りの往来で何を言いやがる、こいつは。
おかげで行き交う人が何事かとこっちを振り返るじゃないか。新手の羞恥プレイかこの野郎。
右を見ても左を見ても人か屋台ばかりで、正直この状況でテラスに座るのは阿呆らしく感じるんだけど、どうやら私の対面で嬉しそうに箸を動かしてるのは阿呆だったらしい。当たり前の事だけど、往来のど真ん中じゃなくて本当に良かった。
「るっさいな。恥ずかしいでしょ」
「私は恥ずかしくない」
「大体なんで私なのよ。なんていうか、もっと他にも居るでしょ」
「芋の匂いするしねぇ」
「うぉい」
そのロリボディのどこに入るのか、こいつは割かし大食いだった。だから今日何か作ってくれ、と言われた際に嫌がらせの様に大量に作ってやったのに、もう半分ほど減ってやがる。大食い大会でも出てろ。きっと人気者になれるだろう。信仰は知らん。
げふっと一つゲップをして、諏訪子がフォークを置いた。お前本当に女か。
「でも、それで良いんだよ。だから穣子が好きなの」
「訳分からん」
蜂蜜の香りが私の鼻を突く。何の事は無い、こいつのゲップの所為だ。決して文学的な、あるいは詩的な要素はどこにもない。
視線をケーキに落とす諏訪子。飽きたなんて言おうものなら即座に忍ばせたスペルカードを発動させるつもりだった。だからポケットに手を入れたんだけど。
「早口言葉みたいになるけどさ」
「あん?」
「絶ったり祟ったり戦ったり……正直、疲れちゃったんだよね」
崇り神として、こいつが外でどんな暮らしをしてたかなんて、私は知らない。聞くつもりも無かったし、多分聞いても答えてくれないだろう。我侭で子供みたいな癖して、何時だって私の心を読もうとするのだ。
けど、例え力は弱くても、私だって神様の端くれだ。こいつの言わんとする事は何となく分かる。
祟ったり、戦ったり。気がつけば、誰かの命を絶ったり。その小さい体のどこからどこまで人間の不満と不条理が詰まってることやら。ひっくり返して吐き出してくれるんならそうしたいが、多分こいつは我慢するんだろう。
「幻想郷に来て、すぐに穣子が来たじゃない」
「あぁ、そうだったかもね」
「驚いたよ。こっちの戦いは誰も死なないし、誰も恨まないんだもん。勝っても負けても関係なし、適当に酒飲んで、盛り上がったらそれでお仕舞い」
「幻想郷だからね」
「優しくされて、コロッと惚れちゃったのかな」
「あ?」
「だから、こっちで最初に優しくしてくれたのは穣子だったから。それで惚れちゃった」
「弾幕勝負して、酒飲んだだけじゃない。しかもあんた全力で叩きのめしてくれたね」
「や、まさか穣子があんな弱いとは思わなくて」
どいつもこいつも言ってくれる。お前の弾幕が鬼畜なだけだ。何が哀しくて神様が気合避けなんぞしなくちゃならない。
ともかく、諏訪子の言葉を聞いて再び出会った頃を思い出す。確かにこっちに来た直後の諏訪子はまだ表情も固かった、気がする。
「穣子に逢えて……ううん、幻想郷に来て、良かった」
「おい、何も泣かなくても良いでしょ」
「あはは、ごめん」
ぽろりぽろりと諏訪子の頬から涙が落ちる。笑ってばっかのこいつだったけど、ひょっとしたら今の今まで張り詰めてたのかもしれない。ケーキの蜂蜜の光沢に、諏訪子の涙が重なる。人並みの視線が痛い、どうも私が泣かせた様になってるのはなんでだ。ちくしょう、私ももっと見た目が幼けりゃ良いのか。
「自分以外の料理を食べるのも、何度も私と遊んでくれる人に逢うのも、一緒にお酒を飲むのも、無防備に隣で寝ちゃう人を見るのも、全部初めての事だったから……そう、私の初めての人よ!」
「殴るぞ」
お前ら人ごみもこっち見るな。さっさと祭りに戻れ。来年の稲の収穫させねぇぞ。
やがて紙箱の蓋を閉じる。流石に飽きたか。まさか満腹と言うわけじゃあるまい。
「珍しいじゃない、残すなんて」
「明日からちょっとずつ食べるよ」
「はぁ?」
「暫く逢えなくなるし、祭り楽しまなくちゃ」
「ちょい。あんた何を言ってるの?」
「この祭りが終わったら、冬眠するから。だから、春まで逢えない」
初耳だぞ。どうして今頃になってそんな事を言いやがる。
「ごめん、言おう言おうとは思ってたんだけど……怒ってる?」
「どう思う?」
「うん、怒ってるね。ごめんね」
申し訳なさそうな顔をされても困る。
ああ、違う。そうじゃないだろう私。単にそう思いたくないだけだ。
「祭り、行こう? この後、花火上がるんだよ?」
「別に私は良いよ。一人で行って来れば」
「……うん。分かった」
子供か、私は。
すっと諏訪子が席を立ち、数瞬だけ悩んで、ケーキの入った箱を抱えて踵を返した。その刹那に、私と目があったのは偶然なんかじゃない。
ざわざわと騒がしい人ごみが煩わしい。
「ごめんね……じゃあね」
その“じゃあね”が、一体どこまでの事を指すのかは分からなかった。果たして明日また逢えるのか、それとも春までの間なのか、それとも。
諏訪子の背中が遠ざかってゆく。何時の間にか握り締めていた手が痛い。テーブルに残った物と言えば、蜂蜜の香りと、数滴の涙の跡だけだ。
あいつは、冬眠している間一人であのケーキを食べるんだろうか。突き放した私が作った、あのケーキを。
思えば、あいつが冬眠することくらいは予想できた。それでも予想を事実に変えなかったのは、単にそれを認めたくなかっただけに違いない。
ああ、くそ。ここに居ても居なくても。煩わしいほどに人の心に居座ってくる奴だ。
力一杯テーブルをぶっ叩く。振り返ったり立ち止まる客なんぞ目に入らない。叩いた反動で椅子から立ち上がり、諏訪子が消えた方面へ走り出す。幸いにも諏訪子の足取りは鈍かったらしく、それが人ごみの所為なのか心の所為なのかなんてどうでも良い考えは、やっぱりどうでもいいから頭の端へ追い払って、諏訪子の手を握り締める。
「えっ?」
こいつの驚いた顔を見たのは初めてだ。可愛い、だなんて絶対に言ってやら無いけど。あれからまた泣いてたのか、まだ頬が濡れている。
「花火、見るんでしょ」
我ながら酷い言葉があったもんだ。もっと言うべき事言いたい事言わなきゃいけない事があるはずなのに、結局口を突いて出るのは悪態に似たぶっきら棒な照れ隠しだけ。
でもこいつはそれだけで私の考えまで分かっちまう奴らしい。
「穣子は、優しいね。悪いのは私なのに」
「諏訪子」
「勝手にいなくなっても、また逢ってくれる?」
「――」
「うわっ」
やっぱり私はこいつに素直になれないらしい。だから、言葉を紡ぐ代わりに、思い切り抱き締めた。力一杯、抱き締めた。諏訪子が持っていたケーキの箱が地面に落ちる。
暖かい。こいつがこんなに暖かくて、華奢だったなんて、初めて知った。
やや時間があって、やがて私の背中に諏訪子の手が触れる。つまり祭りの人ごみの中で抱き合ってる訳だ。私は普通の、弾幕勝負が苦手で人里ではそれなりに信仰されてる神様に過ぎないのに。こいつに会ってから、日々が目まぐるしく変わってる気がする。見た目も言葉も行動も、まるで蜂蜜みたいに甘ったるいこいつに感化されたのかもしれない。
「冬眠、しないわけにはいかないよね?」
「うん、ごめんね」
「良いよ、謝んなくて」
そんな鼻にかかったような、蜂蜜みたいな甘ったるい声で謝られても、怒るわけないだろうに。
私の方が背が高いからか、こいつの帽子が邪魔臭い。だから帽子を取って、髪の匂いを嗅いでみる。良い匂いだ。全身蜂蜜みたいな奴。
「穣子? 何してるの?」
「良い匂い」
「あー、あのさ、ちょっと恥ずかしいかなぁ?」
「うるさい」
「んむっ」
これ以上こいつの甘ったるい声を聞いてたら、匂いを嗅ぐだけじゃ済まなくなるから、口を封じる事にした――口で。最初は抵抗してるのか、私の背中をぺしぺしと両手で叩いてたけど、観念したのか大人しくなった。今は地面に墜落したケーキと同じ蜂蜜の味が、諏訪子の舌から伝わってくる。口の中も鼻からも、諏訪子が感じ取れる。
ちょっと呼吸が苦しくなって、口を離す。一瞬だけ糸を引いたのが見えた。
「み、みのれきょ」
誰だそいつは。
口をパクパクさせて顔を真っ赤にさせてる諏訪子だけど、どうやらそれは百パーセント照れてるわけじゃなかったようだ。ガツンと頭突きをされて、おお脳が揺れる揺れる。
「何すんのさ」
「それは私のセリフだよ! い、いきなりしかも乱暴にするなんて」
我侭な奴だ、と思ったが、それを言ったら今こうしてるのは私の所為でもあるから、黙っといてやる。
さて頭突きの次は何をされるのかと身構えた私だけど。こほんと一つ咳払いをした諏訪子は、何もしてこなかった。唯、こっちを見上げている。
ああ、いや。それも違うか。
見れば、目を閉じてるじゃないか。
これはつまり、ちゃんとやれと。
抵抗したり頭突きしたりしたくせに、気がつけばまた私の腕の中にすっぽりと収まってやがる。乾き始めた目元と紅い頬。すぼめられて私の方へ向けられた唇。
「ん」
「……」
「ん!」
急かすな。
仕方ない、これ以上こうしていても時間の無駄だし、何より周りの視線が痛い。既に一回やらかしてるせいで若干耐性が付いたものの、そんなもん焼け石に水も良い所だ。願わくばあの烏天狗がこの辺りに居ない事を祈るけど、あいつが祭りに居ないわけがない。だとしたら一回も二回も変わらない。せめてこいつの希望通りにしてやるとしよう。
ゆっくりと、諏訪子の柔らかい唇に私の唇を重ねる。
蜂蜜の中に、違う匂いを感じて、それが私と諏訪子の混ざった匂いだと言う事に気付く。
今日が終われば暫く会えなくなるけど。まぁ、良いとしよう。その代わり、戻ってきたら地面に落ちたのと同じケーキをまた作ってやろう。
03.
見てはいけないものを見た、とまでは言わないけど。何ともこっちが恥ずかしくなる光景だ。
「穣子……何もこんな人の往来でなくても良いのに」
そう呟き、私は頭を抱えた。実の妹の情事ほど恥ずかしい物は無い。
毎年秋の祭りで、私は紅葉をモチーフにした料理を販売する事にしている。今までは穣子にも手伝ってもらっていたけど、今回は断られた。大方誰かと逢引をするのかとは思ってたけど、予想通りと言うか予想以上のアグレッシブ具合で思わずずっこけそうになったじゃないか。
しかし穣子ほどとまでは言わないけど、祭りは普段見られないものが多く見られて楽しい。ついさっきも、赤くなる妹紅の手を引いてミスティアがやって来たのには驚いた。ミスティアの屋台と言えば、幻想郷で酒を嗜むものであれば最低一度は来た事があるであろう、人気の店だ。最低一度、と言ったのは、一度来てしまえばあの店を嫌うものなどいはしない、と言う意味でもある。だから、結果として二度三度と足を運ぶ事になるだろう。かく言う私もあの店を見つけたのは最近だけれど、気が付けば何度目になるかは分からないほど来ていた。あまり喧騒や人ごみが好きでは無い私が足繁く屋台に通うのは初めての事だから、妹の穣子あたりは“本当は誰かと逢引をしてるんじゃないか”と疑ってるみたいだけど。……まぁ、気になる人がいないわけでは、ないけどね。でも穣子には教えないでおこう。姉の私を疑う駄目な妹に、私の恋愛事情など教えるつもりはない。むしろ人の恋愛に首を突っ込むより、自分の恋をどうにかした方がよいと思う。あんな所で自己主張されても愛想笑いしか出来ない。
さて、ミスティアの屋台に通う者ならば誰もが知ってるミスティアの性格。物事に頓着の無い、サバサバしたあの女将が恋愛だなんて、噂がたった当初は鼻で笑った私だけど、まさかこうして実際に目の当たりにすると信じざるを得ない。
とは言え、やはりミスティアはミスティアだったらしく、恋人と手を繋いでデートをしているのにも関わらず、その表情はいつもと全く同じのぼんやりした表情だった。しかし、順序は逆とは言え、実際に妹紅を選んだのだから妹紅の事を心のどこかで思ってたのは確かだろう。それが外に出にくい性格に違いない――などと、なぜか私が妹紅をフォローしたのは本当に謎である。
その他には緑の方の巫女の早苗が、紅葉の栞を買っていった。なんでも一緒に居た金髪の魔法遣い、確か名前がアリスだったか。とにかくその人が栞を捜していたらしい。丁度良いタイミングもあったものだ。偶然紅葉の栞を見つけた緑の巫女は、栞を二つ買って一つを彼女に……そうそう、“彼女”なんていうとアリスは全力で否定してきて、あれは怖かった。まぁ、どう見ても照れ隠しだろう。何せこの店に来た時も去って行く時も、二人は手を組んでいたからね。いかにも「私は嫌がってるけど、早苗が寄って来るから仕方なく」なんて顔をしてたけど、相思相愛にしか見えなかったし、現に栞を買う為一度は離した手を再び結ぶ時、二人の間で特別やり取りは無かった。つまりは何もいわなくても手を取り合える仲なんだろう。全くアリスほどとはいわないけど、少しは穣子も見習って欲しい。少なくともあの二人は往来の真ん中で二回もキスをしないだろう。
まぁ、とにかくそんな訳で買った栞をアリスに渡した早苗は、よっぽどそれが気に入ったんだろうか。月の光にそれを透かして見てた。まるで子供みたいだったけど、横で見てるアリスの表情が柔らかかったから良いとする。何でも早苗はこれから訪れる冬と言う季節があんまり好きじゃないらしい。理由は、二人居る神様の内の片方が冬になったら冬眠するとの事だ。で、問題はそこからで、どうやらもう片方の神様が、冬眠する神様を溺愛してるらしく、その神様が居なくなる冬は機嫌が悪くなるんだとか。なんじゃそれは、とは思ったけど、まぁ、確かに穣子が居なくなったら私も寂しい。しかし八つ当たりする神様って何よ。八坂の八は八つ当たりの八か。
ま、二人はそんな感じで買い物をして何処かへ行ってしまった。今頃花火を見る為に良い位置を探してるに違いない。私の店には酒も置いてあるので(決して私が飲む為じゃない。決して)、一口二口飲んでいったけど、果たしてそれがどう転ぶか。文に期待するとしよう。
そうそう、それで思い出した。文も来た。私の記憶ではあいつに友達なんて雛ぐらいしかいないと思ったけど、どうやら部下が居たらしい。しかしあいつは部下にも嫌われているらしく、銀髪の、椛とか言ったか。会話の至る所に棘を感じた。どうにも口が綺麗な方じゃないのはまだ良いとして、文を毛嫌いしてるようだった。何とか誤解を解こうと頑張ってる文が面白かったけど、本人には言わないでおいてやった。正直噴出すのを堪えるのに必死だったけど。
「ほら椛、紅葉饅頭ですよ」
「駄洒落の心算ならつまらないッスね」
「じゃあ、栞は?」
「私はあんたと違って仕事に没頭してるんで」
「うう、じゃあ、お酒と何かツマミでも」
「あんたの彼女じゃあるまいし、酔って何する心算ッスか?」
「椛はどうしてそんなに私を嫌って」
「あー?」
「何でもないです、ごめんなさい」
来て早々の二人の会話だ。丁度その時水を飲んでたから、危うく噴射するところだった。
「駄ぁ目よ椛。文は良い子なんだから、あんまり虐めちゃぁ」
「雛……さん。ったく、彼女酔わせて何する気なんだか」
「私じゃないのに。雛が勝手に酔っただけなのに」
しかも甘酒一杯で。どこの世界にそんなんで酔っ払う神様が居るんだと思うが、実際に目の前に居たんだから仕方ない。
わざわざ椛が文と二人で祭りなんか来るはずも無く、当然他にも連れが居た。というよりも、もしかしたら最初は別々にデートでもしてたのかもしれない。椛はにとりを、文は雛を連れてた。もしそうだとしたら、元から良くない椛の文への態度がより酷いのも頷ける。デートの邪魔をされて一緒に行動する羽目になったんだから。
「うふふ、文? 今私の事呼んだ?」
「どうして下戸なのに飲むのよ、雛」
文にこれでもかとしな垂れる雛を赤面しながら介抱する文を見て、チッと椛が舌打ちをした。その舌打ちにビクッとしたのは文だけじゃなく、椛の後ろに居たにとりもだった。元々人見知りする性格で、私もあんまり話した事は無い。声を掛けるたびに“ひゅい”だの“ひゃお”だの言って逃げられる。最も、最近ではなんとか数分程度の会話が出来る程度になったけど。
しかし今でこそ文に甘えてる雛だけども、勿論普段はもっとしゃんとしてて、真面目と母性がゴスロリ服を着てる様な奴なので、このギャップは寧ろ可愛い。
「椛。上司なんだから、もっと敬わなきゃ。そんなに悪い人でも無いし」
「上司でも嫌いな奴は嫌いなんだよ」
びくびくと椛の背中から顔だけ出して声をだすにとり。何だあれ、めちゃくちゃ可愛いな、おい。
「も、椛。せめて私を嫌う理由を教えてくれません? ほら、改善する余地とかあれば、ねぇ」
声が震えてやがる。もう駄目だ、我慢出来ない。カウンターの下で盛大に吹いた。
「……私達ペーペーからしたら、自由奔放なあんたが羨ましいッスよ。
あと、だらしないのがもう無理ッス。足出しすぎ。しかも雛さんの家に泊まってるって聞いたッス、最悪ッスね。
ああ、て言うか、種族からして大嫌いッス。私は白狼であんたは烏。先祖も今もあんたに頭下げなきゃいけないと思うと苛々するッスね」
「う、うわぁぁぁぁん!」
ついに文が泣きはじめた。
「自由じゃないもん! 新聞売れないから貧乏だもん! 家無いから雛の家に居るんだもん! 他に友達いないもん! 椛の馬鹿ぁぁぁぁ!」
そしてそのまま何処かへ消えた。泣きながら全速力で走ってるのに誰にもぶつからないのが凄い。
それを見て、それまで不機嫌だった椛の顔が和らぐ。そして、私同様噴出した。なるほど、そういう事か。
「やっぱり弄り甲斐があるなぁ」
「あれぇ? 文はぁ?」
「あぁ、雛さん。先に河の土手に行きましたよ。あそこが一番花火を綺麗に見られる場所ッスから」
「そうなのぉ。ありがとう、行ってみるわぁ」
「えぇ、それじゃあ」
ふらふらと左右にふらつきながら人ごみに雛が消えて行った。文とは全く違うけど、やっぱり誰ともぶつかる事無くスムーズにあの波をかき分ける辺り、流石は厄神様か。
「静葉さん。何時までも笑ってないで、紅葉饅頭下さいッス」
「あ、バレてた? しかし貴女も意地が悪いわねぇ。何もあそこまで言わなくても」
「や、全部本音ッスから。嫌いだし、弄ると楽しいッス」
わーお。これは歪んだ上下関係だこと。
やがて二人は腕を組んで人ごみに消えて行った。出来たての紅葉饅頭の湯気が二人の顔を綻ばせて、それを見て私も嬉しくなる。
気がつけば屋台の売り物は完売していた。食材も、一人分を残して全て無くなった。
全く、どいつもこいつも好き勝手恋愛しちゃって。なんだか私もそわそわしちゃうじゃない。
残した一人分の材料。それは自分用じゃない。まぁ、私だって恋する乙女な訳で。しかも今日は散々カップルの行動を見せられたわけで。
つまりは、期待しちゃったりしてるのだ。
作り慣れた紅葉饅頭を、三つ作る。彼女は少食だから、これでも余るかも知れない。その時はその時だ。
「こんばんは」
「ん。ええ、こんばんは」
来た。元々この時間帯に来ることになってたから、驚きはしない。でもドキドキはする。
「丁度良いタイミングよ。ほら、出来たて」
「あら、嬉しい」
お皿に載った紅葉饅頭を、彼女に渡す。細くて綺麗な指が、それをつまむ。そうして、小さな口で一口、齧られた。
「美味しい」
「それは良かった。紅茶もあるよ」
「随分準備が良いのね」
紅茶が好きな貴女の為だ、とは言わない。まだ私の気持ちは伝えて無いからだ。けど、今日は思い切って言おうかと思う。そろそろ会話だけじゃ、寂しかったりする。渡したティーカップ越しに私の思いが伝われば良いなと思ったけど、きっと伝わるのは紅茶の温度だけだろう。
「うん、美味しい」
その笑顔だけで十分だなんて、今まで何度思ってきたことか。
ミスティアみたいに自分に正直にもなれないし、穣子みたいに体当たりも出来ないし、早苗みたいに何か与えられるわけでもない。にとりみたいな奥ゆかしさは無いし、雛みたいな温もりはない。何せ私は秋の神様。寂しさと終焉の象徴。けど私だって、恋をする。相手は唯の人間で、私より遥かに先に居なくなるけど。それでも好きなものは好きなのだ。
「静葉、どうかした?」
「ううん。相変わらず着物が似合うなぁって」
「変なの」
さっきと違って、くすりとだけ笑った。
その時、ふっと、景色が暗くなった。櫓の火が消されたのだ。何も悪戯じゃない。明るすぎると花火がつまらないと言う事で、何故か花火の間は櫓の火が消されるのが通例だった。つまり、じきに花火が上がる事になる。
「ごちそうさま。花火、見に行くでしょう?」
「勿論」
屋台のランプを消すと、いよいよ月明かり以外の照明が、幻想郷から消えた。ともすると彼女の顔が見えなくなりそうな距離だ。すぐさま厨房から出て、彼女の隣に滑りこむ。僅かに触れた服の裾越しから、彼女の温もりが伝わる。やがて私の左手が彼女の右手にぶつかって、どうしようかと迷ったけど、彼女の方から繋いでくれたので安心する。柔らかい掌の中にも、僅かながらに指の先だけ硬さを感じた。それは普段から彼女が筆を持つ事が多いからだろう。
手を見て、それから彼女の横顔を見る。彼女はすっかり花火を心待ちにしているようで、恐らく花火が上がるであろう方向の空を見つめて、微笑んでいる。
そうして私は決意を固めた。その私の声と、花火が上がるのが全く同時だったのは、きっと偶然だろう。空にも二人の間にも花が咲く、なんてなれば良いけど。
彼女の緩やかな表情を、私はこれからも忘れないだろう。
「ねぇ阿求、話があるんだけど――」
暦の上で言うならば、今は秋の終わりの事である。
幻想郷全土を挙げての祭りは年に三度あり、それぞれ春、夏、そして今の秋に行われている。春に行われる祭りは流し雛と呼ばれており、この時には幻想郷の川は水面を隠し、代わりに数多くの身代――いわゆる流し雛が流れることになるのだ。
その春の祭りで中心となる人物はその名の通り、妖怪の山に住む鍵山雛である。普段は赤と黒、それと少しの緑と言う西洋系の、いわゆるゴシック服を着ている彼女も、この日だけは着物を着こなす。衣装を作るのは人里に住む職人の為、その年により色は変わるものの、綺麗な顔立ちと儚い程華奢な体格の為、大抵の着物は良く似合う。そうして着物を着た彼女が祭りの日に舞を踊るのも、流し雛の一つの特徴である。彼女の舞は美しく、風と同化する様にゆるりと踊りつつも、柔らかく空気を裂く様に着物の袖が見る者の視界で揺れるのだ。表情は真剣ながらも、その中に全てを包みこむ優しさが垣間見える。口元は結ばれており、それでいて僅かに両端が上がっている。どんな時も微笑みを絶やさないのが彼女の性格で、例えどんな者でも、彼女の舞を見ればきっと心が洗われる事だろう。
夏になれば今度はうって変わって、唯騒ぐだけの祭りが開かれる。春の流し雛は祭りと言うよりも儀式としての立ち位置に近く、そしてこの夏祭りは本当に祭りでしかない。その証拠に春の祭りと違い、この夏の祭りには正式な名前がない。しかし名がないと言う事は大抵不便である事が多いため、皆こぞって“夏祭り”と読んでいる。とは言え、流し雛と違い、この祭りの名に意味はない。何しろ繰り返すことになるが、本当に唯の祭りである。元より陽が長い夏である上、木で組まれた櫓の中で燃え上がる炎のおかげで、夜とは分からないうちに夜がやってくるのだ。その櫓の周りで踊るか、あるいはここぞとばかりに乱立する屋台に舌鼓を打つか、あるいはそんな喧騒からは離れ、自宅の窓から打ち上がる花火を優雅に見るかは人による。とはいえ、ここは幻想郷である。最後に挙げた行動を取る者は少数と言って良いだろう。大抵は夜半まで皆と騒ぐ事になるのが毎年の常だ。
そして秋の祭りである。実はこの祭りも、正式な名前は無い。通称と呼べる者も定まっておらず、人に聞けば聞くほど答えの種類が増えることになるだろう。多種多様な呼び名の中で、一応ではあるが、一番多い呼び名としては収穫祭の名前が多い。しかし、収穫祭の前に既に収穫は終わっているので、その呼び名は相応しくないと言う声があるし、それに対する反論として来年の収穫を祈る収穫祭だ、と言う声が真っ向から対立していて平行線のままである。他には新嘗祭や相嘗祭、はたまた鎮魂祭と、様々な言い方があり、きりがない。
行われる時期も夏の祭りと違い、十一月と言うのが問題なのかもしれない。秋とも冬ともとれる時期なので、終わる秋を見送る祭りとも取れるし、冬を迎える祭りとも取れる。その上、夏の祭りと同じで明確な祭りの目的がないのだ。今では残り少ない年の瀬に向けての祭り、と言う体裁を取られてはいるが。
まぁ、要は名称や内容などはどうでもよいのだ。唯酒を飲んで騒げれば。
なんといっても、ここは幻想郷なのだから。
02.
洩矢諏訪子は崇り神だ。
自分で言うのも恥ずかしいけど、豊穣の神様である私は、人里ではそれなりに信仰がある。今行われてる秋の祭りだって、私はそれなりの待遇をしてもらってる。別に神輿に担がれて幻想郷を一周する、とかって訳じゃないけど。姉の静葉だって、神様だ。“寂しさと終焉”なんて分かりにくい物を扱っている所為か、私よりは知名度が低いらしいけど、これはこれで重要なポジションなんだ。どうにも秋くらいしか出番が無いと思われがちだけど、そんな事は無い。終焉なんてのはそこら中に転がっているけど、静葉が特に扱うのは季節の終焉だ。春夏秋冬の季節の終焉を扱って、季節の境目を皆に告げたりしてるのも姉の仕事だし、そう言う繋がりからか、家には時々春告精やレティ、果ては風見幽香まで遊びに来る事もある。正直、幽香は怖いから私としては遠慮したいんだけど、静葉の友人なんだから文句はいえない。
そんな妖怪の山に、外の世界からいきなり神様がやって来た。しかも三人も。あの紅白の巫女じゃないけど、そんなもんいきなりやってこられても困る。こちらの商売あがったりも良い所だ。どんな種類の神様なのかによるし、どうにも幻想郷の住民は平気で複数の神様を信仰するから、別に放っておいても良かったんだけど、どうせなので挨拶がてら牽制でも入れて見ることにしたもだ。けど今思い返せば、それは大きな失敗だった。
何せ私はそれなりに信仰されてる神様だけど、スペルカードルールでの弾幕勝負は、てんでからっきし駄目だった。弱っちいと言っても過言ではない。
とは言え、まさか、外の世界から来たばかりの奴に連戦連敗するなんて想ってもみないじゃないか。しかも三人こぞって強い。元よりこっちは私と、あとは仕方なく私に付いてきてる姉の計二人。数からして不利だった。姉の静葉が私以上に弾幕勝負を苦手としてるのはまだ良いとして(苦手と言うより、興味が無いんじゃないかと思う。スペルカードを一枚しか持ってないし)、せめて頭数だけでも揃えようと同じ神様でご近所の雛を誘ったのに断られたのが計算外だった。頭の先からつま先まで優等生で出来ている雛は、神様が増える事に反対さえしてなかったのだ。おかげで数日後に巫女が来た時には既に満身創痍、なす術も無く私と静葉は倒された。どう見てもお前と私は同じ立場だろうに、何を考えてるんだあの巫女は。流石にその日は泣いた。
そんな訳で、どうやら私の知らない所であの神様達の話題は終わっていたらしい。肩透かしも良い所だ。
しかも何故だか知らないけど、私はあいつらに気に入られたらしい。特に訳の分からない帽子を被った、一番背の低い奴に。見た目で判断して、“あいつなら勝てる”と思って、あいつとばっかり弾幕勝負をした所為か。だとしたら過去の私はあまりに馬鹿だと言わざるを得ない。今直ぐタイムスリップしてぶん殴ってやりたい。おかげで毎日べったりだ。
毎日毎日人の所に来ては適当に遊んで帰る。家を汚されても嫌なので神社へ行くと、泊まって行けと言う。ひょっとしてこいつは神様でも何でもなくて、ちょっと弾幕勝負が得意なガキなんじゃないのか。何故か私が料理好きなのもばれて事ある毎にせがまれるし、正直知り合いと言うよりもペットか何かだ。
さて、そんな訳で秋祭りである。当然の如く誘われた。断っても断っても誘われた。しかも誘っておいて料理を持って来いと言う。出店でも巡れよこの野郎とは思ったが、弾幕勝負で負けた私が悪い。幻想郷に民主主義はまだ入ってきていないのだ。
「さて、穣子は何を作ってきてくれたのかな?」
「芋」
「せめて料理名で言ってよ。本当に土付いた芋出てきたら流石に私も怒るよ?」
「冗談よ。はい」
「わぁ、ケーキだ。芋のケーキって、何て言うんだっけ……スイーツ、ケーキ?」
それを言うならスイートだ。スイーツもケーキも同類だろう。聞いただけで胸焼けがしそうじゃないか。
行き交う人ごみから少し外れた道端。そこに用意されたテラスのテーブルにでんと置かれた紙箱。開けた瞬間、ふわりと蜂蜜の香りが漂った。その蜂蜜の匂いをすっと一つ吸って、諏訪子が目を細めて笑う。別にドキッとなんかしてない。
「いい香り。私蜂蜜好き」
はて、何をもってきてもこいつは同じ事を言ってる気がする。
「穣子の料理は何でも好きだよ。穣子も好きだよ」
「ついでみたいに言われてもね」
「じゃあ、穣子大好き!」
秋の祭りの往来で何を言いやがる、こいつは。
おかげで行き交う人が何事かとこっちを振り返るじゃないか。新手の羞恥プレイかこの野郎。
右を見ても左を見ても人か屋台ばかりで、正直この状況でテラスに座るのは阿呆らしく感じるんだけど、どうやら私の対面で嬉しそうに箸を動かしてるのは阿呆だったらしい。当たり前の事だけど、往来のど真ん中じゃなくて本当に良かった。
「るっさいな。恥ずかしいでしょ」
「私は恥ずかしくない」
「大体なんで私なのよ。なんていうか、もっと他にも居るでしょ」
「芋の匂いするしねぇ」
「うぉい」
そのロリボディのどこに入るのか、こいつは割かし大食いだった。だから今日何か作ってくれ、と言われた際に嫌がらせの様に大量に作ってやったのに、もう半分ほど減ってやがる。大食い大会でも出てろ。きっと人気者になれるだろう。信仰は知らん。
げふっと一つゲップをして、諏訪子がフォークを置いた。お前本当に女か。
「でも、それで良いんだよ。だから穣子が好きなの」
「訳分からん」
蜂蜜の香りが私の鼻を突く。何の事は無い、こいつのゲップの所為だ。決して文学的な、あるいは詩的な要素はどこにもない。
視線をケーキに落とす諏訪子。飽きたなんて言おうものなら即座に忍ばせたスペルカードを発動させるつもりだった。だからポケットに手を入れたんだけど。
「早口言葉みたいになるけどさ」
「あん?」
「絶ったり祟ったり戦ったり……正直、疲れちゃったんだよね」
崇り神として、こいつが外でどんな暮らしをしてたかなんて、私は知らない。聞くつもりも無かったし、多分聞いても答えてくれないだろう。我侭で子供みたいな癖して、何時だって私の心を読もうとするのだ。
けど、例え力は弱くても、私だって神様の端くれだ。こいつの言わんとする事は何となく分かる。
祟ったり、戦ったり。気がつけば、誰かの命を絶ったり。その小さい体のどこからどこまで人間の不満と不条理が詰まってることやら。ひっくり返して吐き出してくれるんならそうしたいが、多分こいつは我慢するんだろう。
「幻想郷に来て、すぐに穣子が来たじゃない」
「あぁ、そうだったかもね」
「驚いたよ。こっちの戦いは誰も死なないし、誰も恨まないんだもん。勝っても負けても関係なし、適当に酒飲んで、盛り上がったらそれでお仕舞い」
「幻想郷だからね」
「優しくされて、コロッと惚れちゃったのかな」
「あ?」
「だから、こっちで最初に優しくしてくれたのは穣子だったから。それで惚れちゃった」
「弾幕勝負して、酒飲んだだけじゃない。しかもあんた全力で叩きのめしてくれたね」
「や、まさか穣子があんな弱いとは思わなくて」
どいつもこいつも言ってくれる。お前の弾幕が鬼畜なだけだ。何が哀しくて神様が気合避けなんぞしなくちゃならない。
ともかく、諏訪子の言葉を聞いて再び出会った頃を思い出す。確かにこっちに来た直後の諏訪子はまだ表情も固かった、気がする。
「穣子に逢えて……ううん、幻想郷に来て、良かった」
「おい、何も泣かなくても良いでしょ」
「あはは、ごめん」
ぽろりぽろりと諏訪子の頬から涙が落ちる。笑ってばっかのこいつだったけど、ひょっとしたら今の今まで張り詰めてたのかもしれない。ケーキの蜂蜜の光沢に、諏訪子の涙が重なる。人並みの視線が痛い、どうも私が泣かせた様になってるのはなんでだ。ちくしょう、私ももっと見た目が幼けりゃ良いのか。
「自分以外の料理を食べるのも、何度も私と遊んでくれる人に逢うのも、一緒にお酒を飲むのも、無防備に隣で寝ちゃう人を見るのも、全部初めての事だったから……そう、私の初めての人よ!」
「殴るぞ」
お前ら人ごみもこっち見るな。さっさと祭りに戻れ。来年の稲の収穫させねぇぞ。
やがて紙箱の蓋を閉じる。流石に飽きたか。まさか満腹と言うわけじゃあるまい。
「珍しいじゃない、残すなんて」
「明日からちょっとずつ食べるよ」
「はぁ?」
「暫く逢えなくなるし、祭り楽しまなくちゃ」
「ちょい。あんた何を言ってるの?」
「この祭りが終わったら、冬眠するから。だから、春まで逢えない」
初耳だぞ。どうして今頃になってそんな事を言いやがる。
「ごめん、言おう言おうとは思ってたんだけど……怒ってる?」
「どう思う?」
「うん、怒ってるね。ごめんね」
申し訳なさそうな顔をされても困る。
ああ、違う。そうじゃないだろう私。単にそう思いたくないだけだ。
「祭り、行こう? この後、花火上がるんだよ?」
「別に私は良いよ。一人で行って来れば」
「……うん。分かった」
子供か、私は。
すっと諏訪子が席を立ち、数瞬だけ悩んで、ケーキの入った箱を抱えて踵を返した。その刹那に、私と目があったのは偶然なんかじゃない。
ざわざわと騒がしい人ごみが煩わしい。
「ごめんね……じゃあね」
その“じゃあね”が、一体どこまでの事を指すのかは分からなかった。果たして明日また逢えるのか、それとも春までの間なのか、それとも。
諏訪子の背中が遠ざかってゆく。何時の間にか握り締めていた手が痛い。テーブルに残った物と言えば、蜂蜜の香りと、数滴の涙の跡だけだ。
あいつは、冬眠している間一人であのケーキを食べるんだろうか。突き放した私が作った、あのケーキを。
思えば、あいつが冬眠することくらいは予想できた。それでも予想を事実に変えなかったのは、単にそれを認めたくなかっただけに違いない。
ああ、くそ。ここに居ても居なくても。煩わしいほどに人の心に居座ってくる奴だ。
力一杯テーブルをぶっ叩く。振り返ったり立ち止まる客なんぞ目に入らない。叩いた反動で椅子から立ち上がり、諏訪子が消えた方面へ走り出す。幸いにも諏訪子の足取りは鈍かったらしく、それが人ごみの所為なのか心の所為なのかなんてどうでも良い考えは、やっぱりどうでもいいから頭の端へ追い払って、諏訪子の手を握り締める。
「えっ?」
こいつの驚いた顔を見たのは初めてだ。可愛い、だなんて絶対に言ってやら無いけど。あれからまた泣いてたのか、まだ頬が濡れている。
「花火、見るんでしょ」
我ながら酷い言葉があったもんだ。もっと言うべき事言いたい事言わなきゃいけない事があるはずなのに、結局口を突いて出るのは悪態に似たぶっきら棒な照れ隠しだけ。
でもこいつはそれだけで私の考えまで分かっちまう奴らしい。
「穣子は、優しいね。悪いのは私なのに」
「諏訪子」
「勝手にいなくなっても、また逢ってくれる?」
「――」
「うわっ」
やっぱり私はこいつに素直になれないらしい。だから、言葉を紡ぐ代わりに、思い切り抱き締めた。力一杯、抱き締めた。諏訪子が持っていたケーキの箱が地面に落ちる。
暖かい。こいつがこんなに暖かくて、華奢だったなんて、初めて知った。
やや時間があって、やがて私の背中に諏訪子の手が触れる。つまり祭りの人ごみの中で抱き合ってる訳だ。私は普通の、弾幕勝負が苦手で人里ではそれなりに信仰されてる神様に過ぎないのに。こいつに会ってから、日々が目まぐるしく変わってる気がする。見た目も言葉も行動も、まるで蜂蜜みたいに甘ったるいこいつに感化されたのかもしれない。
「冬眠、しないわけにはいかないよね?」
「うん、ごめんね」
「良いよ、謝んなくて」
そんな鼻にかかったような、蜂蜜みたいな甘ったるい声で謝られても、怒るわけないだろうに。
私の方が背が高いからか、こいつの帽子が邪魔臭い。だから帽子を取って、髪の匂いを嗅いでみる。良い匂いだ。全身蜂蜜みたいな奴。
「穣子? 何してるの?」
「良い匂い」
「あー、あのさ、ちょっと恥ずかしいかなぁ?」
「うるさい」
「んむっ」
これ以上こいつの甘ったるい声を聞いてたら、匂いを嗅ぐだけじゃ済まなくなるから、口を封じる事にした――口で。最初は抵抗してるのか、私の背中をぺしぺしと両手で叩いてたけど、観念したのか大人しくなった。今は地面に墜落したケーキと同じ蜂蜜の味が、諏訪子の舌から伝わってくる。口の中も鼻からも、諏訪子が感じ取れる。
ちょっと呼吸が苦しくなって、口を離す。一瞬だけ糸を引いたのが見えた。
「み、みのれきょ」
誰だそいつは。
口をパクパクさせて顔を真っ赤にさせてる諏訪子だけど、どうやらそれは百パーセント照れてるわけじゃなかったようだ。ガツンと頭突きをされて、おお脳が揺れる揺れる。
「何すんのさ」
「それは私のセリフだよ! い、いきなりしかも乱暴にするなんて」
我侭な奴だ、と思ったが、それを言ったら今こうしてるのは私の所為でもあるから、黙っといてやる。
さて頭突きの次は何をされるのかと身構えた私だけど。こほんと一つ咳払いをした諏訪子は、何もしてこなかった。唯、こっちを見上げている。
ああ、いや。それも違うか。
見れば、目を閉じてるじゃないか。
これはつまり、ちゃんとやれと。
抵抗したり頭突きしたりしたくせに、気がつけばまた私の腕の中にすっぽりと収まってやがる。乾き始めた目元と紅い頬。すぼめられて私の方へ向けられた唇。
「ん」
「……」
「ん!」
急かすな。
仕方ない、これ以上こうしていても時間の無駄だし、何より周りの視線が痛い。既に一回やらかしてるせいで若干耐性が付いたものの、そんなもん焼け石に水も良い所だ。願わくばあの烏天狗がこの辺りに居ない事を祈るけど、あいつが祭りに居ないわけがない。だとしたら一回も二回も変わらない。せめてこいつの希望通りにしてやるとしよう。
ゆっくりと、諏訪子の柔らかい唇に私の唇を重ねる。
蜂蜜の中に、違う匂いを感じて、それが私と諏訪子の混ざった匂いだと言う事に気付く。
今日が終われば暫く会えなくなるけど。まぁ、良いとしよう。その代わり、戻ってきたら地面に落ちたのと同じケーキをまた作ってやろう。
03.
見てはいけないものを見た、とまでは言わないけど。何ともこっちが恥ずかしくなる光景だ。
「穣子……何もこんな人の往来でなくても良いのに」
そう呟き、私は頭を抱えた。実の妹の情事ほど恥ずかしい物は無い。
毎年秋の祭りで、私は紅葉をモチーフにした料理を販売する事にしている。今までは穣子にも手伝ってもらっていたけど、今回は断られた。大方誰かと逢引をするのかとは思ってたけど、予想通りと言うか予想以上のアグレッシブ具合で思わずずっこけそうになったじゃないか。
しかし穣子ほどとまでは言わないけど、祭りは普段見られないものが多く見られて楽しい。ついさっきも、赤くなる妹紅の手を引いてミスティアがやって来たのには驚いた。ミスティアの屋台と言えば、幻想郷で酒を嗜むものであれば最低一度は来た事があるであろう、人気の店だ。最低一度、と言ったのは、一度来てしまえばあの店を嫌うものなどいはしない、と言う意味でもある。だから、結果として二度三度と足を運ぶ事になるだろう。かく言う私もあの店を見つけたのは最近だけれど、気が付けば何度目になるかは分からないほど来ていた。あまり喧騒や人ごみが好きでは無い私が足繁く屋台に通うのは初めての事だから、妹の穣子あたりは“本当は誰かと逢引をしてるんじゃないか”と疑ってるみたいだけど。……まぁ、気になる人がいないわけでは、ないけどね。でも穣子には教えないでおこう。姉の私を疑う駄目な妹に、私の恋愛事情など教えるつもりはない。むしろ人の恋愛に首を突っ込むより、自分の恋をどうにかした方がよいと思う。あんな所で自己主張されても愛想笑いしか出来ない。
さて、ミスティアの屋台に通う者ならば誰もが知ってるミスティアの性格。物事に頓着の無い、サバサバしたあの女将が恋愛だなんて、噂がたった当初は鼻で笑った私だけど、まさかこうして実際に目の当たりにすると信じざるを得ない。
とは言え、やはりミスティアはミスティアだったらしく、恋人と手を繋いでデートをしているのにも関わらず、その表情はいつもと全く同じのぼんやりした表情だった。しかし、順序は逆とは言え、実際に妹紅を選んだのだから妹紅の事を心のどこかで思ってたのは確かだろう。それが外に出にくい性格に違いない――などと、なぜか私が妹紅をフォローしたのは本当に謎である。
その他には緑の方の巫女の早苗が、紅葉の栞を買っていった。なんでも一緒に居た金髪の魔法遣い、確か名前がアリスだったか。とにかくその人が栞を捜していたらしい。丁度良いタイミングもあったものだ。偶然紅葉の栞を見つけた緑の巫女は、栞を二つ買って一つを彼女に……そうそう、“彼女”なんていうとアリスは全力で否定してきて、あれは怖かった。まぁ、どう見ても照れ隠しだろう。何せこの店に来た時も去って行く時も、二人は手を組んでいたからね。いかにも「私は嫌がってるけど、早苗が寄って来るから仕方なく」なんて顔をしてたけど、相思相愛にしか見えなかったし、現に栞を買う為一度は離した手を再び結ぶ時、二人の間で特別やり取りは無かった。つまりは何もいわなくても手を取り合える仲なんだろう。全くアリスほどとはいわないけど、少しは穣子も見習って欲しい。少なくともあの二人は往来の真ん中で二回もキスをしないだろう。
まぁ、とにかくそんな訳で買った栞をアリスに渡した早苗は、よっぽどそれが気に入ったんだろうか。月の光にそれを透かして見てた。まるで子供みたいだったけど、横で見てるアリスの表情が柔らかかったから良いとする。何でも早苗はこれから訪れる冬と言う季節があんまり好きじゃないらしい。理由は、二人居る神様の内の片方が冬になったら冬眠するとの事だ。で、問題はそこからで、どうやらもう片方の神様が、冬眠する神様を溺愛してるらしく、その神様が居なくなる冬は機嫌が悪くなるんだとか。なんじゃそれは、とは思ったけど、まぁ、確かに穣子が居なくなったら私も寂しい。しかし八つ当たりする神様って何よ。八坂の八は八つ当たりの八か。
ま、二人はそんな感じで買い物をして何処かへ行ってしまった。今頃花火を見る為に良い位置を探してるに違いない。私の店には酒も置いてあるので(決して私が飲む為じゃない。決して)、一口二口飲んでいったけど、果たしてそれがどう転ぶか。文に期待するとしよう。
そうそう、それで思い出した。文も来た。私の記憶ではあいつに友達なんて雛ぐらいしかいないと思ったけど、どうやら部下が居たらしい。しかしあいつは部下にも嫌われているらしく、銀髪の、椛とか言ったか。会話の至る所に棘を感じた。どうにも口が綺麗な方じゃないのはまだ良いとして、文を毛嫌いしてるようだった。何とか誤解を解こうと頑張ってる文が面白かったけど、本人には言わないでおいてやった。正直噴出すのを堪えるのに必死だったけど。
「ほら椛、紅葉饅頭ですよ」
「駄洒落の心算ならつまらないッスね」
「じゃあ、栞は?」
「私はあんたと違って仕事に没頭してるんで」
「うう、じゃあ、お酒と何かツマミでも」
「あんたの彼女じゃあるまいし、酔って何する心算ッスか?」
「椛はどうしてそんなに私を嫌って」
「あー?」
「何でもないです、ごめんなさい」
来て早々の二人の会話だ。丁度その時水を飲んでたから、危うく噴射するところだった。
「駄ぁ目よ椛。文は良い子なんだから、あんまり虐めちゃぁ」
「雛……さん。ったく、彼女酔わせて何する気なんだか」
「私じゃないのに。雛が勝手に酔っただけなのに」
しかも甘酒一杯で。どこの世界にそんなんで酔っ払う神様が居るんだと思うが、実際に目の前に居たんだから仕方ない。
わざわざ椛が文と二人で祭りなんか来るはずも無く、当然他にも連れが居た。というよりも、もしかしたら最初は別々にデートでもしてたのかもしれない。椛はにとりを、文は雛を連れてた。もしそうだとしたら、元から良くない椛の文への態度がより酷いのも頷ける。デートの邪魔をされて一緒に行動する羽目になったんだから。
「うふふ、文? 今私の事呼んだ?」
「どうして下戸なのに飲むのよ、雛」
文にこれでもかとしな垂れる雛を赤面しながら介抱する文を見て、チッと椛が舌打ちをした。その舌打ちにビクッとしたのは文だけじゃなく、椛の後ろに居たにとりもだった。元々人見知りする性格で、私もあんまり話した事は無い。声を掛けるたびに“ひゅい”だの“ひゃお”だの言って逃げられる。最も、最近ではなんとか数分程度の会話が出来る程度になったけど。
しかし今でこそ文に甘えてる雛だけども、勿論普段はもっとしゃんとしてて、真面目と母性がゴスロリ服を着てる様な奴なので、このギャップは寧ろ可愛い。
「椛。上司なんだから、もっと敬わなきゃ。そんなに悪い人でも無いし」
「上司でも嫌いな奴は嫌いなんだよ」
びくびくと椛の背中から顔だけ出して声をだすにとり。何だあれ、めちゃくちゃ可愛いな、おい。
「も、椛。せめて私を嫌う理由を教えてくれません? ほら、改善する余地とかあれば、ねぇ」
声が震えてやがる。もう駄目だ、我慢出来ない。カウンターの下で盛大に吹いた。
「……私達ペーペーからしたら、自由奔放なあんたが羨ましいッスよ。
あと、だらしないのがもう無理ッス。足出しすぎ。しかも雛さんの家に泊まってるって聞いたッス、最悪ッスね。
ああ、て言うか、種族からして大嫌いッス。私は白狼であんたは烏。先祖も今もあんたに頭下げなきゃいけないと思うと苛々するッスね」
「う、うわぁぁぁぁん!」
ついに文が泣きはじめた。
「自由じゃないもん! 新聞売れないから貧乏だもん! 家無いから雛の家に居るんだもん! 他に友達いないもん! 椛の馬鹿ぁぁぁぁ!」
そしてそのまま何処かへ消えた。泣きながら全速力で走ってるのに誰にもぶつからないのが凄い。
それを見て、それまで不機嫌だった椛の顔が和らぐ。そして、私同様噴出した。なるほど、そういう事か。
「やっぱり弄り甲斐があるなぁ」
「あれぇ? 文はぁ?」
「あぁ、雛さん。先に河の土手に行きましたよ。あそこが一番花火を綺麗に見られる場所ッスから」
「そうなのぉ。ありがとう、行ってみるわぁ」
「えぇ、それじゃあ」
ふらふらと左右にふらつきながら人ごみに雛が消えて行った。文とは全く違うけど、やっぱり誰ともぶつかる事無くスムーズにあの波をかき分ける辺り、流石は厄神様か。
「静葉さん。何時までも笑ってないで、紅葉饅頭下さいッス」
「あ、バレてた? しかし貴女も意地が悪いわねぇ。何もあそこまで言わなくても」
「や、全部本音ッスから。嫌いだし、弄ると楽しいッス」
わーお。これは歪んだ上下関係だこと。
やがて二人は腕を組んで人ごみに消えて行った。出来たての紅葉饅頭の湯気が二人の顔を綻ばせて、それを見て私も嬉しくなる。
気がつけば屋台の売り物は完売していた。食材も、一人分を残して全て無くなった。
全く、どいつもこいつも好き勝手恋愛しちゃって。なんだか私もそわそわしちゃうじゃない。
残した一人分の材料。それは自分用じゃない。まぁ、私だって恋する乙女な訳で。しかも今日は散々カップルの行動を見せられたわけで。
つまりは、期待しちゃったりしてるのだ。
作り慣れた紅葉饅頭を、三つ作る。彼女は少食だから、これでも余るかも知れない。その時はその時だ。
「こんばんは」
「ん。ええ、こんばんは」
来た。元々この時間帯に来ることになってたから、驚きはしない。でもドキドキはする。
「丁度良いタイミングよ。ほら、出来たて」
「あら、嬉しい」
お皿に載った紅葉饅頭を、彼女に渡す。細くて綺麗な指が、それをつまむ。そうして、小さな口で一口、齧られた。
「美味しい」
「それは良かった。紅茶もあるよ」
「随分準備が良いのね」
紅茶が好きな貴女の為だ、とは言わない。まだ私の気持ちは伝えて無いからだ。けど、今日は思い切って言おうかと思う。そろそろ会話だけじゃ、寂しかったりする。渡したティーカップ越しに私の思いが伝われば良いなと思ったけど、きっと伝わるのは紅茶の温度だけだろう。
「うん、美味しい」
その笑顔だけで十分だなんて、今まで何度思ってきたことか。
ミスティアみたいに自分に正直にもなれないし、穣子みたいに体当たりも出来ないし、早苗みたいに何か与えられるわけでもない。にとりみたいな奥ゆかしさは無いし、雛みたいな温もりはない。何せ私は秋の神様。寂しさと終焉の象徴。けど私だって、恋をする。相手は唯の人間で、私より遥かに先に居なくなるけど。それでも好きなものは好きなのだ。
「静葉、どうかした?」
「ううん。相変わらず着物が似合うなぁって」
「変なの」
さっきと違って、くすりとだけ笑った。
その時、ふっと、景色が暗くなった。櫓の火が消されたのだ。何も悪戯じゃない。明るすぎると花火がつまらないと言う事で、何故か花火の間は櫓の火が消されるのが通例だった。つまり、じきに花火が上がる事になる。
「ごちそうさま。花火、見に行くでしょう?」
「勿論」
屋台のランプを消すと、いよいよ月明かり以外の照明が、幻想郷から消えた。ともすると彼女の顔が見えなくなりそうな距離だ。すぐさま厨房から出て、彼女の隣に滑りこむ。僅かに触れた服の裾越しから、彼女の温もりが伝わる。やがて私の左手が彼女の右手にぶつかって、どうしようかと迷ったけど、彼女の方から繋いでくれたので安心する。柔らかい掌の中にも、僅かながらに指の先だけ硬さを感じた。それは普段から彼女が筆を持つ事が多いからだろう。
手を見て、それから彼女の横顔を見る。彼女はすっかり花火を心待ちにしているようで、恐らく花火が上がるであろう方向の空を見つめて、微笑んでいる。
そうして私は決意を固めた。その私の声と、花火が上がるのが全く同時だったのは、きっと偶然だろう。空にも二人の間にも花が咲く、なんてなれば良いけど。
彼女の緩やかな表情を、私はこれからも忘れないだろう。
「ねぇ阿求、話があるんだけど――」
神奈子様は諏訪さまに片思いなのか親バカなのか、そこが気になるのです。
穣りん漢前ー!
アリサナはもっと流行るべき
泣いてるあややかわいいよあやや
最後のレミリアに胸が熱くなった。
諏訪子と稔子、静葉と阿求、レミリアとフランの会話なども面白かったですよ。
ごちそうさまです。
なにを言っているかわからねぇと思うが俺もわからねぇ。
マリアリだとかレイマリだとかそんなもんちゃちなもんじゃ断じてねぇ。
もっとラブラブなものの片鱗を味わったぜ。
着物=着る物=服
和服が正解だと思う
ただ椛の口調は受け付けられん。
いや、単なる俺の好みの問題だが。
みつ○
みたいな文が頭に浮かびました
それにしてもちょっと盛り込み過ぎやしませんか?ラッシュ激しいです!
サナアリが短かったのは残念ですが、まさか阿求と静葉とか予想外にも程がありますね!