「ラピュタは本当にあったのよ!」
「…………へえ」
興奮した口調でまくしたてる総領娘様に気の無い返事をする私の名前は永江衣玖。歌って踊れて空気も読める龍宮の使いである。
「なによそのどうでもよさげな返事は? もっと驚いたらどうなのよ」
私の態度がお気に召さなかったのか、こちらに険悪な視線を向けてくる総領娘様。
この方は天界の名家である比那名居家の跡取り娘であらせられる比那名居天子様。
跡取り娘なので専ら私は彼女のことを「総領娘様」と呼んでいる。
まあ、名前で呼ぶほど彼女と私は近しくないと言う事だ。身分も、立場も、心の距離も……。
「それはもう、十分に驚いていますわ。ただ、こんな時どんな顔をすれば良いのか分からなくて……」
「笑えば良い……って、違うわよ! 笑うな!!」
まったく。笑えと言ったかと思えば、笑うなと言ったり、総領娘様は本当に我儘でいらっしゃる。別に我儘なのは今に始まったことではないけれど。
「それで?ラピュタが一体どうしたと言うのですか?」
このままでは話が軌道修正不可能な方向に向かって、全力疾走しそうだったので私は話の続きを総領娘様に促した。
「だから、さっきも言ったでしょ?ラピュタは本当にあったのよ。八百屋の店主が見たんですって」
「本当ですか」
「本当よ。実際に彼はこう言ってたそうよ。『オラは……ラピュタを……み~た~だ~』て」
……凄く、嘘臭いです。
「そもそも、ラピュタと言うのは、アイルランドの風刺作家ジョナサン・スウィフトの小説『ガリヴァー旅行記』に登場する架空の空飛ぶ島をモデルにして作られた『あにめ』とやらに登場すると言う、空に浮かぶ巨大な城のことでしょう? 実在しない物をどうやって見る事が出来ると言うのですか?」
ちなみに、その『あにめ』(タイトルは『天空の城ラピュタ』と言うらしい)とやらの話は、以前宴会の席で守矢神社の風祝が話していたのを小耳にはさんだものだ。
なんでも、とても好きな作品だとかで、なんども繰り返し視たそうだ。
それにしても、なんで八百屋の店主がラピュタを知ってるのだろう? 守矢は『あにめ』とやらの布教活動までしているのだろうか?
「何よ。じゃあ、店主が嘘をついてるって言いたいわけ?」
「あるいは、幻でも視えたのかもしれませんね。酒が入っていたのでは?」
「疑り深い奴ねえ……『信じるものは救われる』と言う名言を知らないのかしら」
「確かに総領娘様はよくすくわれてますね。主に足元を」
「……」
私の軽口に対して黙り込んでしまう総領娘様。気分を害してしまったらしいことは、ひしひしと伝わってくる不機嫌オーラから容易に推察が付く。
元より私は、そういった気配だとか周りの空気を読むのに長けている。種族的にも職業的にも……あまり信じてもらえないのだけど。
「そもそも『いつ、どこで、どんな状況で見たのか』も分からないのでは、私も他に言いようが無いというものですわ」
「ああ、そっかそうよね」
正直なところ、あんまり気が進まないのだがこのまま放置して置くのも危険だと判断した私は詳しく話を聞こうと総領娘様を促す。
「店主の話によれば、アレを視たのは3日前の昼を過ぎあたり。紅魔館に品物を届けた帰りだったそうよ」
そんな私の態度に気を良くしたのか、うきうきと語り始める総領娘様。さっきまであった不機嫌オーラは今や微塵も感じられない。
中々に現金な御方である。そんなところも総領娘様のことを俗っぽいと感じる要因の1つなのだ。もちろん悪い意味で。
「でね、分厚い雲の壁を抜けたら、そこに巨大な城があったってわけ」
八百屋の主人の感想に加えて総領娘様の感想や考察などがあったため、恐ろしく冗長な話になってしまったが要は、紅魔館への配達の帰りに今まで見たこと無いほど大きな入道雲を発見した店主は好奇心をくすぐられ、雲の内部へ突入を試みる。(空を飛ぶ不思議な巫女が居るのだから、空を飛ぶ八百屋が居ても不思議ではない)
凶悪な風雨や雷にも負けずやっとの思いで雲を抜けるとそこには巨大な城が浮かんでいたということである。
※注・この店主は良く訓練された店主です。一般人は決して真似しないでください。
人間に注意を喚起するのも我ら龍宮の使いの役目である。
「ちょっと、衣玖。私の話ちゃんと聞いてる?」
「もちろん聞いてますとも。総領娘様」
ええ、ええ、ちゃんと聞いてましたとも。真面目に聞いたのを後悔するくらいには。
「それで衣玖はこの話を聞いてどう思う? ラピュタはやっぱりこの幻想郷に実在するのかしら?」
長い話をすっかり語り終えてしまった総領娘様が期待の篭った眼差しで見つめてくる。
何か気の利いた感想を求めておられるのだろうが、感想と言っても店主が今まで視たことが無いほど大きな入道雲に入って行った辺りで『なぜ入ったし』と思った程度だ。
私は空気を読むことは出来ても、他人の心を読むことは出来ない。だから、その『なぜ』は私には理解できないがあえて理由をつけるとするならば、彼は『漢』だったということだ。 ……それでいいのだ。多分。
だがしかし、総領娘様が私に求めておられるのはそんなものではあるまい。
大事なのは『ラピュタがこの幻想郷に実在するかどうか』だ。
「そんなもの、ありはしませんよ。総領娘様」
きっぱりと、言い放つ。
「なんで、そんなにはっきり言えるわけ? 根拠があるの?」
私の答えが不満なのだろう。再び不機嫌になって行く総領娘様。
だが私にはそう言えるだけの根拠が確かにあった。
「この幻想郷に私達龍宮の使いほど空気を読む術に長け、雲の海を自在に泳ぎ回る妖怪はいません。そんな私達ですら見たこと無い『ラピュタ』など、存在するわけがないのです」
「そっか……」
私の言葉にすっかり気を落としてしまった総領娘様。そんな姿を見せられるとなんだか悪いことをした気分になるが、私の言葉は真実だ。
そう、確かに私は『ラピュタ』などと言う名前の空に浮かぶ巨大な城は見たことが無い。ただし、それが『龍宮城』なら話は別だが。
嵐を抜けると、そこは龍宮城だった。
総領娘様と別れた後、私はその足で龍宮城に向かった。
分厚い雲の壁を突き破り、嵐の中をただひたすらに龍宮城を目指して突き進む。
恐らく、八百屋の店主を散々苦しめたであろう恐るべき風雨や雷鳴も、気流を読み、雲中を泳ぐ我ら龍宮の使いにとっては、何ら脅威とはなり得ない。
……服は濡れるけれど。
嵐を突っ切ってきた所為で、城に着く頃にはすっかり濡れ鼠になってしまったが、これは毎度のことなのであまり気にはならない。
これが、内勤の龍宮の使いならそもそもそんな問題とは無縁なのだが。
ちなみに、『内勤の龍宮の使い』の仕事内容は龍神様の身の回りの御世話や、掃除、洗濯などの家事や雑用全般である。
龍宮城の外に住居を持ち、1年の多くを龍宮城の外で過ごす私のような『外勤』の龍宮の使いと、龍宮城に住み込みで働き、1年のほとんどを龍宮城で過ごす『内勤』の龍宮の使いとは同じ龍宮の使いであっても異なるものである。
とは言え、人前に姿を現すのは、私のような外勤の龍宮の使いであるため、一般的な龍宮の使いのイメージは前者だろう。
外勤めは気分的に楽(龍神様と顔を合わせる機会が少ないため)だと思っていたのだが、居住場所の関係上、天人と係わり合いが深いため要らぬ気苦労を背負い込まされることもある。
天人との間に実質的な上下関係は無いが、あちらにしてみればいくら龍神様の部下とは言え、所詮は妖怪。
下に見てしまうのはある意味当然と言うものかもしれない。
まあ、そもそも天界に居を構えることが出来るのも、龍宮の使いが龍神様の部下だからである。
これは喜ぶべきことなのか、それとも悲しむべきことなのか…………。
「何ボーっと突っ立ってるのよ衣玖」
突然掛けられた言葉に我に返り、周囲を見渡すと見慣れた景色が目に映る。いつの間にか城内に入っていたらしい。
自分の現在地の確認を終えた私が声の主の方に目を向けると、まず目に入ってくるのはこの龍宮城では非常に珍しい、と言うか唯一のメイド衣装。そして肩口で切り揃えられた美しい金色の髪。
「お久しぶりでございます。乙姫様」
この方は乙姫様。龍宮城の管理の一切を龍神様に一任されているため、言わば『龍宮の使い長』とでも言うべき立場に居られる方である。
しかし、龍宮の使いの長だと言っても別に種族が龍宮の使いと言うわけではない。何せこの方は龍神様の双子の妹君であらせられる。
よって、種族は龍神様と同じ『龍』である。
紅魔館で例えるならフランドール・スカーレットがメイド長をやっているようなものだ。
メイドでもないのにメイド服を着ているのは龍神様の趣味だとか。
そこのところに深く突っ込んではいけない。
長生きしたくないのなら話は別だが……。
「久しぶり。あの天人くずれが起こした異変以来ね。今日は何の用なのかしら」
「用が無ければ来てはいけないのでしょうか」
「そう言うわけではないのだけど……あなたは用があるか、こちらが呼びつけない限りこの城には近づこうとしないじゃない?」
「そんなことは……」
……私はそんなに分かりやすい行動をとっていたのだろうか?誰の気分も害さないように空気を読んで上手く立ち回ってきたつもりなのだが。
「ふふ、やっぱり姉さんが苦手なのかしら? それとも私?」
そう言って悪戯っぽく微笑む乙姫様。
まあ、この方のことも苦手ではあるのだが、龍神様よりはマシである。
時々「人間の命なんかなんとも思っていないのよ。私」のような鬼畜な発言もあるが、基本的には面倒見の良い優しい方なのだ。
それに、困った時に発する「うぐ~」と言う鳴き声も何か可愛い。
「いえ、決してそのようなことはありません」
「そう? ふふ、ならそう言うことにしておきましょう(はぁと)」
とても穏やかで優しげな口調だったが、何か言いようの無い恐怖を感じた。
「あら、貴女震えてるの……って、ずぶ濡れじゃないの。支度させておくから、とっとと風呂に入ってきなさい」
別に寒さで震えていたわけではないのだが、ずぶ濡れであることは間違いないので、おとなしく風呂に入ることにした。
「衣玖、姉さんが呼んでるわよ」
風呂から上がった私を待っていたのは、龍神様からの呼び出しだった。
普段なら風呂上りの良い気分を害されてテンションが下がってしまうところだが、今回は元々龍神様に用があって来たのだから別に問題は無い。
例の『ラピュタ』の噂話が人間や妖怪達の間で広まっていると言うことを龍神様に報告しておかねばならない。もしも、八百屋の真似をしてこの龍宮城を目指して多くの者達がやってくるなら、とても面倒なことになりそうなのは火を見るより明らかである。
「姉さん、衣玖を連れて来たわよ」
乙姫様に先導されてやって来たのは、謁見の間ではなく、龍神様の部屋の前だった。部屋と言っても家が2、3軒くらいは余裕で納まるくらい広いのだが。
「入りなさい」
龍神様の一声により徐々に内側に向かって開いていく城門と見紛うような巨大な扉。
「失礼します」
一礼とともに部屋に入ると目に飛び込んでくるのはピンクの洪水。
床も壁も天井も、とにかく部屋全体がピンク、ピンクのピンクづくし。
なかなか衝撃的な光景である。これがショッキングピンクと言う奴なのか。
目が慣れてきた頃ようやく部屋の中央で豪勢な作りの椅子に腰掛ける人物に気づいた。
ピンク色の衣装を着た乙姫様と同じ顔を持つ少女。違いは、乙姫様よりも少し長い髪。そして、背中から生えた一対の白翼。何よりもこれが一番の違いだろう。
その白翼と容姿が相まって、見た目はまるっきし天使なのだが中身が悪魔と言う残念仕様である。
正に天使のような悪魔なのだ!
「良く来たわね。衣玖。まあ、楽にしなさいな」
そう言って私に笑い掛けたこの方こそが乙姫様の双子の姉君であらせられる龍神様。
幻想郷最強の妖怪にして幻想郷の最高神である。
とにかく凄い方なのは間違いない。これで、シスコンでメイドフェチでなければもっと凄いのだが。
「それで、今日はどうしたのかしら? もし、特に用事も無いのにこの城に来たのだとしたら今夜はパーティーね」
どうやら私に対するイメージは姉妹共通らしい。
「実は、龍神様のお耳に入れたい事がございまして……」
「……と、言うことがありまして、事が大きくならない内に手を打つべきかと思います」
かくかくしかじかと私はここに来るまでの経緯を龍神様に報告する。
「ふうん。ラピュタ、ねぇ……」
あごに手を当て、なにやら思案中の龍神様。
「このままでは騒ぎがますます大きくなり、異変となる可能性があります。そうなれば巫女が動くのも時間の問題かと……」
「それ、良いわね」
「ハァ?」
驚きのあまりつい変な声をあげてしまう私。それも仕方の無い話だ。
だってこちらはこの異変未満の事件の早期解決を目指して話を進めよとしているというのに、肝心要の龍神様の手によって話の流れをぶった切られたのだから。
この方は空気を読まないし、読めない。
私もこの方の発する空気は独特で癖がありすぎるため非常に読みづらい。
これが私がこの方のことを苦手に思う理由のひとつである。
「そう、そうよね。最近大きな異変もなくて退屈してたんだけど……異変が起こらないなら起こせば良いじゃない!」
ああ、失念していた。
龍神様は娯楽に飢えている。
その気になれば何でも出来るため、何も出来ない龍神様は常に暇を持て余している。
そんな龍神様が夢中になれる数少ない娯楽の1つが人と妖怪の興じる『異変解決ごっこ』だと言うわけだ。
遊びのようなものから、命がけの真剣なものまで等しく異変解決劇は龍神様の娯楽だ。
異変だけにとどまらず、この幻想郷で起こる事件の全ては龍神様にとっては自らを楽しませてくれる舞台劇に過ぎないのだ。
その劇が面白ければ良いのだが、つまらなければ罰が下る。百年以上前にあった結界騒動の時のように……あの時は連日連夜雨が降り注ぎ、危うく幻想郷が水没するところだった。
後に龍神様に理由を伺ったところ「飽きた」の一言だった。
確かにあの時は戦闘が泥沼化し、長期に渡って膠着状態が続いていたのだが……。
数々の異変の中でも紅魔館やそこのメイドが関わったものは評価が良かった気がする。理由は……まあ、想像がつくけれど。
「第1関門は衣玖にまかせるとして……」
「えっ、私も参加するんですか」
「当たり前でしょう。と言うか、龍宮の使いは全員参加。これは龍神命令よ!」
いつの間にか私も参加することになったらしい。誰か助けて!!
「だめですよ姉さん……せめて第3関門にしてあげましょう」
乙姫様が助け舟を出してくれたのかと思ったが、反対なのは私が第1関門担当と言うところらしい。
「3か……3もアリね。じゃあ衣玖が第3関門担当で決まりね」
なんだかとても楽しそうな龍神様を見てると、「まあ、良いか」と思えるから不思議だ。
実際こうなってしまったらもうどうにもならないと言うことを知っているので、あきらめの境地に達しているだけなのかもしれないが。
それにしても、何故乙姫様は龍神様を止めないのだろうか? 私のようなしがない龍宮の使いには無理でも、龍神様はシスコンだ。
乙姫様の言うことなら聞く可能性は十分あるのに何故?
気になった私は、乙姫様にたずねてみた。すると……。
「姉さんがあんなに楽しそうにしているの久しぶりに見るし…………それに、異変となれば巫女や魔法使いも来るでしょう?」
「まず間違いなく来るとは思いますが」
『絶対来る』と言ってしまってもよかったかもしれない。あの2人が異変を見過ごすことなど考えられないからだ。
「もちろん、やるからにはスペルカードルールに則って闘うけれど……不慮の事故ってあるわよね?」
「え?」
「ふふ、冗談よ」
「なんだ、冗談ですかびっくりしましたよもう」
冗談……ですよね? それにしては小声でなにやらつぶやいているのですが、それがなんだか呪詛めいてて怖いんですけど。
一体あの2人は何をしでかしたというのだろう。
気になるけれど、知りたくないのが本音である。巻き込まれるのはごめんだ。
「やっぱり最後は爆発オチかしら。『幻想郷は爆発した』みたいな」
一難去って……いないけど、いないのにまた一難。
今度は、悪魔のような笑顔を浮かべながらの龍神様のトンでも発言。
私は空気が読める。だから言わずにはいられない。
「それらめぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
私は空気が読める。
けれど最近、空気を読むとはどういうことか分からなくなってきました。
……どうしましょう?
「…………へえ」
興奮した口調でまくしたてる総領娘様に気の無い返事をする私の名前は永江衣玖。歌って踊れて空気も読める龍宮の使いである。
「なによそのどうでもよさげな返事は? もっと驚いたらどうなのよ」
私の態度がお気に召さなかったのか、こちらに険悪な視線を向けてくる総領娘様。
この方は天界の名家である比那名居家の跡取り娘であらせられる比那名居天子様。
跡取り娘なので専ら私は彼女のことを「総領娘様」と呼んでいる。
まあ、名前で呼ぶほど彼女と私は近しくないと言う事だ。身分も、立場も、心の距離も……。
「それはもう、十分に驚いていますわ。ただ、こんな時どんな顔をすれば良いのか分からなくて……」
「笑えば良い……って、違うわよ! 笑うな!!」
まったく。笑えと言ったかと思えば、笑うなと言ったり、総領娘様は本当に我儘でいらっしゃる。別に我儘なのは今に始まったことではないけれど。
「それで?ラピュタが一体どうしたと言うのですか?」
このままでは話が軌道修正不可能な方向に向かって、全力疾走しそうだったので私は話の続きを総領娘様に促した。
「だから、さっきも言ったでしょ?ラピュタは本当にあったのよ。八百屋の店主が見たんですって」
「本当ですか」
「本当よ。実際に彼はこう言ってたそうよ。『オラは……ラピュタを……み~た~だ~』て」
……凄く、嘘臭いです。
「そもそも、ラピュタと言うのは、アイルランドの風刺作家ジョナサン・スウィフトの小説『ガリヴァー旅行記』に登場する架空の空飛ぶ島をモデルにして作られた『あにめ』とやらに登場すると言う、空に浮かぶ巨大な城のことでしょう? 実在しない物をどうやって見る事が出来ると言うのですか?」
ちなみに、その『あにめ』(タイトルは『天空の城ラピュタ』と言うらしい)とやらの話は、以前宴会の席で守矢神社の風祝が話していたのを小耳にはさんだものだ。
なんでも、とても好きな作品だとかで、なんども繰り返し視たそうだ。
それにしても、なんで八百屋の店主がラピュタを知ってるのだろう? 守矢は『あにめ』とやらの布教活動までしているのだろうか?
「何よ。じゃあ、店主が嘘をついてるって言いたいわけ?」
「あるいは、幻でも視えたのかもしれませんね。酒が入っていたのでは?」
「疑り深い奴ねえ……『信じるものは救われる』と言う名言を知らないのかしら」
「確かに総領娘様はよくすくわれてますね。主に足元を」
「……」
私の軽口に対して黙り込んでしまう総領娘様。気分を害してしまったらしいことは、ひしひしと伝わってくる不機嫌オーラから容易に推察が付く。
元より私は、そういった気配だとか周りの空気を読むのに長けている。種族的にも職業的にも……あまり信じてもらえないのだけど。
「そもそも『いつ、どこで、どんな状況で見たのか』も分からないのでは、私も他に言いようが無いというものですわ」
「ああ、そっかそうよね」
正直なところ、あんまり気が進まないのだがこのまま放置して置くのも危険だと判断した私は詳しく話を聞こうと総領娘様を促す。
「店主の話によれば、アレを視たのは3日前の昼を過ぎあたり。紅魔館に品物を届けた帰りだったそうよ」
そんな私の態度に気を良くしたのか、うきうきと語り始める総領娘様。さっきまであった不機嫌オーラは今や微塵も感じられない。
中々に現金な御方である。そんなところも総領娘様のことを俗っぽいと感じる要因の1つなのだ。もちろん悪い意味で。
「でね、分厚い雲の壁を抜けたら、そこに巨大な城があったってわけ」
八百屋の主人の感想に加えて総領娘様の感想や考察などがあったため、恐ろしく冗長な話になってしまったが要は、紅魔館への配達の帰りに今まで見たこと無いほど大きな入道雲を発見した店主は好奇心をくすぐられ、雲の内部へ突入を試みる。(空を飛ぶ不思議な巫女が居るのだから、空を飛ぶ八百屋が居ても不思議ではない)
凶悪な風雨や雷にも負けずやっとの思いで雲を抜けるとそこには巨大な城が浮かんでいたということである。
※注・この店主は良く訓練された店主です。一般人は決して真似しないでください。
人間に注意を喚起するのも我ら龍宮の使いの役目である。
「ちょっと、衣玖。私の話ちゃんと聞いてる?」
「もちろん聞いてますとも。総領娘様」
ええ、ええ、ちゃんと聞いてましたとも。真面目に聞いたのを後悔するくらいには。
「それで衣玖はこの話を聞いてどう思う? ラピュタはやっぱりこの幻想郷に実在するのかしら?」
長い話をすっかり語り終えてしまった総領娘様が期待の篭った眼差しで見つめてくる。
何か気の利いた感想を求めておられるのだろうが、感想と言っても店主が今まで視たことが無いほど大きな入道雲に入って行った辺りで『なぜ入ったし』と思った程度だ。
私は空気を読むことは出来ても、他人の心を読むことは出来ない。だから、その『なぜ』は私には理解できないがあえて理由をつけるとするならば、彼は『漢』だったということだ。 ……それでいいのだ。多分。
だがしかし、総領娘様が私に求めておられるのはそんなものではあるまい。
大事なのは『ラピュタがこの幻想郷に実在するかどうか』だ。
「そんなもの、ありはしませんよ。総領娘様」
きっぱりと、言い放つ。
「なんで、そんなにはっきり言えるわけ? 根拠があるの?」
私の答えが不満なのだろう。再び不機嫌になって行く総領娘様。
だが私にはそう言えるだけの根拠が確かにあった。
「この幻想郷に私達龍宮の使いほど空気を読む術に長け、雲の海を自在に泳ぎ回る妖怪はいません。そんな私達ですら見たこと無い『ラピュタ』など、存在するわけがないのです」
「そっか……」
私の言葉にすっかり気を落としてしまった総領娘様。そんな姿を見せられるとなんだか悪いことをした気分になるが、私の言葉は真実だ。
そう、確かに私は『ラピュタ』などと言う名前の空に浮かぶ巨大な城は見たことが無い。ただし、それが『龍宮城』なら話は別だが。
嵐を抜けると、そこは龍宮城だった。
総領娘様と別れた後、私はその足で龍宮城に向かった。
分厚い雲の壁を突き破り、嵐の中をただひたすらに龍宮城を目指して突き進む。
恐らく、八百屋の店主を散々苦しめたであろう恐るべき風雨や雷鳴も、気流を読み、雲中を泳ぐ我ら龍宮の使いにとっては、何ら脅威とはなり得ない。
……服は濡れるけれど。
嵐を突っ切ってきた所為で、城に着く頃にはすっかり濡れ鼠になってしまったが、これは毎度のことなのであまり気にはならない。
これが、内勤の龍宮の使いならそもそもそんな問題とは無縁なのだが。
ちなみに、『内勤の龍宮の使い』の仕事内容は龍神様の身の回りの御世話や、掃除、洗濯などの家事や雑用全般である。
龍宮城の外に住居を持ち、1年の多くを龍宮城の外で過ごす私のような『外勤』の龍宮の使いと、龍宮城に住み込みで働き、1年のほとんどを龍宮城で過ごす『内勤』の龍宮の使いとは同じ龍宮の使いであっても異なるものである。
とは言え、人前に姿を現すのは、私のような外勤の龍宮の使いであるため、一般的な龍宮の使いのイメージは前者だろう。
外勤めは気分的に楽(龍神様と顔を合わせる機会が少ないため)だと思っていたのだが、居住場所の関係上、天人と係わり合いが深いため要らぬ気苦労を背負い込まされることもある。
天人との間に実質的な上下関係は無いが、あちらにしてみればいくら龍神様の部下とは言え、所詮は妖怪。
下に見てしまうのはある意味当然と言うものかもしれない。
まあ、そもそも天界に居を構えることが出来るのも、龍宮の使いが龍神様の部下だからである。
これは喜ぶべきことなのか、それとも悲しむべきことなのか…………。
「何ボーっと突っ立ってるのよ衣玖」
突然掛けられた言葉に我に返り、周囲を見渡すと見慣れた景色が目に映る。いつの間にか城内に入っていたらしい。
自分の現在地の確認を終えた私が声の主の方に目を向けると、まず目に入ってくるのはこの龍宮城では非常に珍しい、と言うか唯一のメイド衣装。そして肩口で切り揃えられた美しい金色の髪。
「お久しぶりでございます。乙姫様」
この方は乙姫様。龍宮城の管理の一切を龍神様に一任されているため、言わば『龍宮の使い長』とでも言うべき立場に居られる方である。
しかし、龍宮の使いの長だと言っても別に種族が龍宮の使いと言うわけではない。何せこの方は龍神様の双子の妹君であらせられる。
よって、種族は龍神様と同じ『龍』である。
紅魔館で例えるならフランドール・スカーレットがメイド長をやっているようなものだ。
メイドでもないのにメイド服を着ているのは龍神様の趣味だとか。
そこのところに深く突っ込んではいけない。
長生きしたくないのなら話は別だが……。
「久しぶり。あの天人くずれが起こした異変以来ね。今日は何の用なのかしら」
「用が無ければ来てはいけないのでしょうか」
「そう言うわけではないのだけど……あなたは用があるか、こちらが呼びつけない限りこの城には近づこうとしないじゃない?」
「そんなことは……」
……私はそんなに分かりやすい行動をとっていたのだろうか?誰の気分も害さないように空気を読んで上手く立ち回ってきたつもりなのだが。
「ふふ、やっぱり姉さんが苦手なのかしら? それとも私?」
そう言って悪戯っぽく微笑む乙姫様。
まあ、この方のことも苦手ではあるのだが、龍神様よりはマシである。
時々「人間の命なんかなんとも思っていないのよ。私」のような鬼畜な発言もあるが、基本的には面倒見の良い優しい方なのだ。
それに、困った時に発する「うぐ~」と言う鳴き声も何か可愛い。
「いえ、決してそのようなことはありません」
「そう? ふふ、ならそう言うことにしておきましょう(はぁと)」
とても穏やかで優しげな口調だったが、何か言いようの無い恐怖を感じた。
「あら、貴女震えてるの……って、ずぶ濡れじゃないの。支度させておくから、とっとと風呂に入ってきなさい」
別に寒さで震えていたわけではないのだが、ずぶ濡れであることは間違いないので、おとなしく風呂に入ることにした。
「衣玖、姉さんが呼んでるわよ」
風呂から上がった私を待っていたのは、龍神様からの呼び出しだった。
普段なら風呂上りの良い気分を害されてテンションが下がってしまうところだが、今回は元々龍神様に用があって来たのだから別に問題は無い。
例の『ラピュタ』の噂話が人間や妖怪達の間で広まっていると言うことを龍神様に報告しておかねばならない。もしも、八百屋の真似をしてこの龍宮城を目指して多くの者達がやってくるなら、とても面倒なことになりそうなのは火を見るより明らかである。
「姉さん、衣玖を連れて来たわよ」
乙姫様に先導されてやって来たのは、謁見の間ではなく、龍神様の部屋の前だった。部屋と言っても家が2、3軒くらいは余裕で納まるくらい広いのだが。
「入りなさい」
龍神様の一声により徐々に内側に向かって開いていく城門と見紛うような巨大な扉。
「失礼します」
一礼とともに部屋に入ると目に飛び込んでくるのはピンクの洪水。
床も壁も天井も、とにかく部屋全体がピンク、ピンクのピンクづくし。
なかなか衝撃的な光景である。これがショッキングピンクと言う奴なのか。
目が慣れてきた頃ようやく部屋の中央で豪勢な作りの椅子に腰掛ける人物に気づいた。
ピンク色の衣装を着た乙姫様と同じ顔を持つ少女。違いは、乙姫様よりも少し長い髪。そして、背中から生えた一対の白翼。何よりもこれが一番の違いだろう。
その白翼と容姿が相まって、見た目はまるっきし天使なのだが中身が悪魔と言う残念仕様である。
正に天使のような悪魔なのだ!
「良く来たわね。衣玖。まあ、楽にしなさいな」
そう言って私に笑い掛けたこの方こそが乙姫様の双子の姉君であらせられる龍神様。
幻想郷最強の妖怪にして幻想郷の最高神である。
とにかく凄い方なのは間違いない。これで、シスコンでメイドフェチでなければもっと凄いのだが。
「それで、今日はどうしたのかしら? もし、特に用事も無いのにこの城に来たのだとしたら今夜はパーティーね」
どうやら私に対するイメージは姉妹共通らしい。
「実は、龍神様のお耳に入れたい事がございまして……」
「……と、言うことがありまして、事が大きくならない内に手を打つべきかと思います」
かくかくしかじかと私はここに来るまでの経緯を龍神様に報告する。
「ふうん。ラピュタ、ねぇ……」
あごに手を当て、なにやら思案中の龍神様。
「このままでは騒ぎがますます大きくなり、異変となる可能性があります。そうなれば巫女が動くのも時間の問題かと……」
「それ、良いわね」
「ハァ?」
驚きのあまりつい変な声をあげてしまう私。それも仕方の無い話だ。
だってこちらはこの異変未満の事件の早期解決を目指して話を進めよとしているというのに、肝心要の龍神様の手によって話の流れをぶった切られたのだから。
この方は空気を読まないし、読めない。
私もこの方の発する空気は独特で癖がありすぎるため非常に読みづらい。
これが私がこの方のことを苦手に思う理由のひとつである。
「そう、そうよね。最近大きな異変もなくて退屈してたんだけど……異変が起こらないなら起こせば良いじゃない!」
ああ、失念していた。
龍神様は娯楽に飢えている。
その気になれば何でも出来るため、何も出来ない龍神様は常に暇を持て余している。
そんな龍神様が夢中になれる数少ない娯楽の1つが人と妖怪の興じる『異変解決ごっこ』だと言うわけだ。
遊びのようなものから、命がけの真剣なものまで等しく異変解決劇は龍神様の娯楽だ。
異変だけにとどまらず、この幻想郷で起こる事件の全ては龍神様にとっては自らを楽しませてくれる舞台劇に過ぎないのだ。
その劇が面白ければ良いのだが、つまらなければ罰が下る。百年以上前にあった結界騒動の時のように……あの時は連日連夜雨が降り注ぎ、危うく幻想郷が水没するところだった。
後に龍神様に理由を伺ったところ「飽きた」の一言だった。
確かにあの時は戦闘が泥沼化し、長期に渡って膠着状態が続いていたのだが……。
数々の異変の中でも紅魔館やそこのメイドが関わったものは評価が良かった気がする。理由は……まあ、想像がつくけれど。
「第1関門は衣玖にまかせるとして……」
「えっ、私も参加するんですか」
「当たり前でしょう。と言うか、龍宮の使いは全員参加。これは龍神命令よ!」
いつの間にか私も参加することになったらしい。誰か助けて!!
「だめですよ姉さん……せめて第3関門にしてあげましょう」
乙姫様が助け舟を出してくれたのかと思ったが、反対なのは私が第1関門担当と言うところらしい。
「3か……3もアリね。じゃあ衣玖が第3関門担当で決まりね」
なんだかとても楽しそうな龍神様を見てると、「まあ、良いか」と思えるから不思議だ。
実際こうなってしまったらもうどうにもならないと言うことを知っているので、あきらめの境地に達しているだけなのかもしれないが。
それにしても、何故乙姫様は龍神様を止めないのだろうか? 私のようなしがない龍宮の使いには無理でも、龍神様はシスコンだ。
乙姫様の言うことなら聞く可能性は十分あるのに何故?
気になった私は、乙姫様にたずねてみた。すると……。
「姉さんがあんなに楽しそうにしているの久しぶりに見るし…………それに、異変となれば巫女や魔法使いも来るでしょう?」
「まず間違いなく来るとは思いますが」
『絶対来る』と言ってしまってもよかったかもしれない。あの2人が異変を見過ごすことなど考えられないからだ。
「もちろん、やるからにはスペルカードルールに則って闘うけれど……不慮の事故ってあるわよね?」
「え?」
「ふふ、冗談よ」
「なんだ、冗談ですかびっくりしましたよもう」
冗談……ですよね? それにしては小声でなにやらつぶやいているのですが、それがなんだか呪詛めいてて怖いんですけど。
一体あの2人は何をしでかしたというのだろう。
気になるけれど、知りたくないのが本音である。巻き込まれるのはごめんだ。
「やっぱり最後は爆発オチかしら。『幻想郷は爆発した』みたいな」
一難去って……いないけど、いないのにまた一難。
今度は、悪魔のような笑顔を浮かべながらの龍神様のトンでも発言。
私は空気が読める。だから言わずにはいられない。
「それらめぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
私は空気が読める。
けれど最近、空気を読むとはどういうことか分からなくなってきました。
……どうしましょう?
「親方! 空から女の子が!」の後にエンディングクレジットが流れ出した感じ。
ジャンプ的に表現するならば、
『高純先生の次回作にご期待下さい!』みたいに投げっ放された感じ。
続きを書かれるのであれば是非読ませて頂きたいです。
面白い設定だったぜ
……もちろん異変パートも書いてくれるんだよな?