八雲紫のスペル、外力「無限の超高速飛行体」。
それは御存じの通り、とんでもない速度で何処からともなく飛んできた謎の物体を相手に当てるスペルである。
だが、あまりの速さに対戦者は一体何を当てられているんだと疑問を覚えるばかりであるが、そんな困惑している姿を見て楽しんでいるのか、放っている当の本人は絶対に教えてくれなかった。
そんな訳で、謎が謎を呼ぶ超高速飛行体であるが、正体を確かめてやろうという者が現れた。名乗り出た者は二人。一人は馬鹿騒ぎをこよなく愛する霧雨魔理沙。もう一人は、新聞のネタに非常に困窮していた射命丸文であった。
二人にはそれぞれの思惑があるが、まあ、暇だったとか、新聞のネタがネェぇぇェぇェ! とかであるが、とにかく超高速飛行体の正体を突き止めるべく二人は立ちあがった。
「…あれを出すのは私なんだけど」
スペルの所有者の意向など完全に無視した計画ではあったが、そんな事を言うのであれば正体を大人しく教えやがってくださいませ馬鹿野郎という二人の暑い情熱(?)に無理やり動かされ、実行に移ったのである。
そして、その結果は二人の惨敗に終わった。
なにせ相手は何処からともなく飛来する超高速の物体である。それに加えて無理やり協力させられた紫の悪意がふんだんに込められているので、厄介度が格段に跳ね上がっていたのである。
何とか接近して正体を確かめてやろうとする二人であったが、そもそも速度が違いすぎた。流石に物理法則を捻じ曲げた様な動きはして来ないが、対象を視認したと思った瞬間、あっという間に通り過ぎられてしまうのだ。
あまりの速さに手も足も出ない二人に対し、自分の掌の中で二人が馬鹿みたいに右往左往している事にすっかり気分を良くした紫であった。そんな紫の様子を見て更に腹ただしくなる二人。負の連鎖にすっかり陥ってしまっていた。
そして、二人は強行手段に出る事にした。
『速度が速すぎて駄目なら、撃ち落としてしまえ。地に落ちたその面でもじっくり拝んでやるよ、へっへっへっ! どうだ、悔しいか?悔しくて何も言えないか?』
という作戦に出たのだ。
一時は幻想郷の空が、超高速で飛行する物体やら、各種弾幕やら、極太の光線やら、はては靴やキノコまで飛び交う惨状となった。故意か否かは分からないが、薄ら笑いする紫に石の詰まった靴下が飛んできた事もあった。
だが、結局のところ、ただの悪あがきに終わってしまった。二人がついに目標を捉える事は無く、無為やたらと弾が飛び交っていただけであった。
こうして惨敗に終わった二人に対して紫がとどめの言葉をいくつも掛け、この試みは一旦終了となる。戦力差を考えれば、この結果は当たり前のこと。むしろ二人は善戦したと言えよう。
しかし、魔理沙と文が黙って引き下がる訳がなかった。口では何とでも言うが、蔭ではこっそりと努力を重ねる負けず嫌いと、新聞のネタの為あらば地の果てまで追いかけ続けるパパラッチ、もといプロの文屋である。
二人はきたるべき再戦に向けて、日夜準備を行った。
「くそ、これでも駄目か!」
魔理沙は息の上がった声を張り上げた。そして、その声には焦りの様な感情も交じっていた。
再戦三回目となる今回でも、手応えらしきものは感じられない。日夜あれこれと試行錯誤してはいるが、こう手応えが無くては焦りを感じるのも無理はなかった。
「目標は何処!」
『文さんの後方を南東に向けて進行中。最接近まであと約3秒ほど!』
「くっ!?」
椛からの連絡を受けて文は姿勢を変えようとするが、その時は時既に遅し。飛行体は遥か彼方へと飛び去った後である。
「ねえ、もう止めにしない?」
今日こそは正体を突き止めてやる(文としては写真に収めてやる)と躍起になっている二人に対し、呆れた、むしろ多少うんざりした声が掛けられた。
その声の主は当然付き合わされている紫なのだが、彼女にとってこれはもう面倒事以外なにものでもなかった。
「そんなに正体を知りたければ、もう教えてあげるから」
「うるせえ、あいつの正体を突き止めるのにお前の協力なんかいらないぜ!」
「いや、もう既にもの凄く協力させられているから…」
紫としては初めは魔理沙達をからかう絶好の機会だと捉えていた。事実、縦横無尽に飛び回る超高速飛行体に右往左往している魔理沙と文を見て、踊れ踊れ、と思ってほくそ笑んでいた。
だが、こう何回も付き合わされると流石にうんざりしてくるものがあった。何せ彼女にとってあまり益のある事ではない。慌てふためく二人の姿を目に焼き付け、その日の酒のつまみにするくらいしかなかった。
「なら、少し休憩にしない?私も少し疲れてきたわ」
この紫の申し出は、ずっと動きっぱなしだった魔理沙と文にとって正に渡りに船であった。すぐさま二人は首を縦に振り、地面に腰を下ろした。そして、申し出た紫はスキマからお酒を取り出して、優雅に飲み始めた。
そんな紫に対し、魔理沙と文は疲労困憊であった。先にも述べた通り、二人は紫と違ってずっと動きっぱなしであったのだ。正に、疲労の極みの中に二人はいた。
目標を追い回す二人の間に、会話は無く、あるのは荒い息だけであった。二人とも話をする余裕すらないのである。
しばらく経って息が収まったところで、徐に二人は現在保持している装備の確認をした。
魔理沙が再戦用に用意した道具は、何処からかかかっぱらってきた魔力を一時的に上げるタリスマンや、何に使うか分からない怪しげな魔導書、失った魔力や体力を補うヘンテコな薬、何らしか改造が施された箒、そして使用用途がさっぱり分からないガラクタの様な物の数々である。
あれこれ用意してきた魔理沙であるが、先ほどまでの試みでほとんどが使い捨てられ、残っているのは装飾品の類と箒と少量の薬だけである。
では、文が何を用意して来たかと言うと、特筆すべきは椛との通信機である。この周囲一帯をよく見渡せる場所に椛を待機させ、彼女の能力で目標の位置を常に把握できる様にする為の者である。この通信機を用意したのは妖怪山に住む河童達で、感度は良好。当初の目論見は成功している。
また、他にも河童達は腕によりをかけて色んな物を作ってくれたが、そちらの方は魔理沙が持ち込んだガラクタ(の様な物)と同レベルの効果しか発揮しなかった。
そして、もう一つ。文が隠し玉としている物がある。これは守矢神社在住神に事情を説明した上で相談し、協力を求めた上で造られた一品である。もちろん製造には河童の技師達も携わったのだが、とにかくこれは一度しか使用できないので、使用するタイミングが重要とされるものだった。もっとも、文も超高速飛行体に翻弄されるがままで、使用するタイミングを見いだせれていないのだが。
兎にも角にも、二人は色んな物を用意し、色んな策を講じてきたのだが、そのどれもがある程度の成果はあるものの功を奏していなかった。
そんな失意の中、二人はある事を痛感していた。
それは、一人の力では恐らく超高速飛行体の正体を突き止める事は不可能である、という事であった。
休憩を終え、再びスペルの用意をした紫は、思わず眉をひそめた。
それもそのはず、彼女が見た光景は魔理沙と一緒に箒に跨る文の姿があったからである。先ほどまで競い合う事はあれど協力する事は無かった二人が、こうして仲良く一緒に箒に跨っているのである。どんな心境の変化なのかと疑問に思わない方が無理というものである。
さて、その当の本人達であるが、恥も外聞もプライドも捨てて協力し合う事にしたのである。目標の為に一致団結したと言えば聞こえはいいが、つまるところは万策尽きたというのが現実である。
「準備は良いですか、魔理沙さん?」
「ああ、いつでもOKだぜ。お前こそとトチんなよ、文」
そうお互い返して、二人は小瓶を開けて中身を呷った。その小瓶は魔理沙が持ってきたものであるが、瓶には何かを警告する様な赤いラベルが貼られていた。
小瓶の中身は一体何かと言えば、今まで魔理沙が使用して来た疲労回復の薬ではなく、魔理沙が永遠亭の永琳に調合してもらった一種の劇薬である。一時的に身体能力や魔力が飛躍的に上がるが後でとんでもないシッペ返しが待っている代物だが、目的の為には手段を選んでいられる状況ではなかった。
『目標、北西より南東に向けて接近中!』
物見の椛から連絡が入る。だが、二人は動かなかった。
『目標、南南東から南西に向けて飛行中!』
続いて椛から連絡が入るが、これも二人は無視した。そして、次も、その次も無視した。
そう、二人は待っているのだ。超高速飛行体が二人の向いている方向に飛来するのを。
椛からの連絡を受けて、回頭していては絶対に間に合わない。ならば向いている方角に飛んできた瞬間を狙い、飛行体が二人を追い抜く前に加速をかけ、彼我の相対速度を一気に縮めようと言うのである。
そんな彼女達の目論見を察知したのか、紫も動いた。見当違いの方向に飛行体を飛ばし続ければ良いものを、あえて彼女達の挑戦に乗ったのである。
2、3回フェイントを入れたのち、紫は飛行体を大きく迂回させ、魔理沙達の真後ろから飛ばした。
『来ました、文さん! 目標、南からほぼ北に向けて接近中! 方位差東に約1度! 接触まで約5秒!』
「行きますよ、魔理沙さん! 東に1度修正!」
「OK! 振り落とされるなよ!!」
掛け声と同時に、魔理沙は用意していたスペルカードを使用する。そのスペルカードの名前は、ブレイジングスター。スペルの内容は御存じの通りで、このカードを使用して一気に加速をしようという腹積もりである。
そして、魔理沙の後ろに座っている文は、ただ単にタイミングを指示するだけが役割ではない。彼女の能力で風を操り、空気抵抗を可能な限り軽減しているのであった。
ありったけの魔力を注ぎ込んだブレイジングスターでの加速が最高に達するまでに僅か数秒。魔理沙達が最高速度に達した瞬間、飛行体が魔理沙達を後ろから追い抜いて行った。速度がまだまるで足りていないのだ。
「ふん、これ終わりだと思うなよ!!」
ブレイジングスターを維持しつつ、魔理沙は追加でスペルカードを発動させた。発動させたのはおなじみのマスタースパーク。ただし、彼女の手には八卦炉は握られていない。八卦炉は箒の先っちょに仕込まれていたのだ。
「うっ、ぐぅぅ!!」
ブレイジングスターの加速に加え、マスタースパークの噴射によって更なる推力を得た魔理沙達は、正にロケットの様にすっ飛んだ。通常であればブレイジングスターとマスタースパークを同時に発動させる事などできないが、永琳特製の劇薬を飲んでいるからこそ可能になった芸当である。
また、文も必死であった。未体験領域のGに耐えつつ、超速度を維持する為に極小の空気抵抗を維持し続けなければならないのだ。速度が増せばその分風当たりが強くなる。既に彼女は限界以上に能力を酷使していた。
「あ、あっ、あと、すこ、し…」
魔理沙と文は何か壁の様なものを突き抜けた感じに襲われた。だが、そんな事に気を取っれている余裕はない。
無限とも思える刹那の時間。魔理沙も文も気が付いていた。飛行体の大きさが小さくならなくなった事に。そして、徐々に大きくなっている事に。
あと一歩。
あと一歩で、飛行体に並ぶ事が、できる。
そして、その面を拝む事が、できる。
あと、一歩で。
だが、
「ぐぅっ、くそぉぉぉぉ…」
飛行体に並ぶよりも先に、魔理沙の限界が来てしまった。いくら劇薬で限界を引き上げたところで、これらのスペル同時使用と言う無茶は長く保たなかった。
ここまで来て。
せっかくここまで来て、ここで終わりなのか。
「文、後は、まかせたぜ!!」
否、終わりではない。彼女達が休憩中に話合った中には、この事態も想定されていた。
魔理沙が限界に到達した瞬間、文は箒から飛び発った。そして、力を失い、文の能力の加護も失った魔理沙は弾ける様に後方へと吹き飛んで行った。
文だけでいったいどうするつもりなのか。彼女には魔理沙の様な裏技は無い。爆発的な加速力は無く、超高速を維持する事はできない。
だが、彼女には隠し玉があった。それは神々の知恵と河童達の技術力を総動員した、正に切り札である。
文は魔理沙が離脱したのを見て、次の瞬間にはそのメタリックな外見の秘密兵器にあるスイッチを押した。そして、それを後方に投げた次の瞬間、
[ドォォォォォォォォォン!!]
文の僅か後方で大爆発が起きた。
彼女が投げたのは爆弾であった。それもサイズの割にはかなりの高威力のものである。
だが、これはただの爆弾ではない。爆発した瞬間、周囲三方に障壁がはられ、爆発のエネルギーを一方向に集中させるというものだ。一方向に集中された爆発は、普通に爆発した時とは比べ物にならないものであった。そして、その爆発のエネルギーを受け、文字通り文は大砲の弾よろしく、吹っ飛んだ。
ちなみに、どうしてこんな爆弾が実現できたかと言えば、いくらなんでも河童の技術力を持ってしても無理な代物である。しかるに、そこのところは神様達の不思議な力によるものだと推測されるが、流石は神とでも言うべきであろうか。
だが、こんな超爆発を至近距離から受けて、例え天狗と言えどもただでは済まない。大火傷で済めば御の字。体がバラバラになってもおかしくない爆発である。
その為、文は服のいたる所に、そして爆発を受ける事になるであろう体の背面部のいたる所に守矢神社の神様から貰った護符を張り付けていた。そのお陰で五体満足、さしたる怪我も無く文は爆発を受けきったのであるが、
「…っっっっ!!?」
流石に全ての力を防ぐ事ができず、強力な衝撃で肺が潰れ、一時的に文は呼吸困難になった。それに加えて超急加速のGによって視界が一瞬ブラックアウトしたが、
「なぞの、ひこうたいの、しょうたい、みや、ぶった、なり…!!」
永琳の劇薬で身体能力を上げていたお陰か、はたまた彼女の文屋魂がなせる技か、意識を失うことなく、そして能力の使用を止める事無く、カメラを構えたのであった。
そして、飛行体の脇を文字通り吹き飛びながら、被写体をレンズに収め、
文はシャッターを、切った。
そして…
「で、結局正体は分からなかったのね?」
時はあれから数日後、場所は魔法の森にある霧雨亭。
霊夢は全身打撲やら骨折やらで寝たきりになっている魔理沙の横にいた。
「ああ、そうだ。私はあの時の衝撃で前後の記憶がスッポリ抜け落ちているし、実際にあれの元に行ったはずの文は行方知れず。あいつの事だから直ぐにでも新聞を発行してくると思ったんだが、いまだに何の反応もないんじゃなあ」
今にも文を探し出して事の顛末を聞きだしたい魔理沙であったが、大怪我や薬の影響もあって、怪我を見てもらった永琳からはしばらく安静にしていろときつく言われていた。
「文の奴、どうしたんだろうな」
「さあね。あの鴉の事を私に聞かないでよ。でも、まあ、死んだっていう話は聞いていないから、どっかで生きているんじゃない?」
ちなみに、文のその後についてであるが、写真を撮った次の瞬間にはあの超速度で博麗大結界に激突した。いくら神様から授かった護符があるからと言ってタダで済む訳も無く、もう色々と酷い状態で永琳の元へと運ばれていったのである。当然、記憶も色々と吹っ飛んでいた。
では、彼女が撮影したカメラはどうなったかというと、持ち主があんな状態である。カメラが無事である訳がなく、文字通り木っ端みじんとなっていた。
「ああ、くそ、骨折り損のくたびれ儲けって奴かよ!」
「本当に骨を折っているしね」
魔理沙はベッドの上で悪態をついた。思いっきり暴れてやりたい衝動にかられたが、体はまるで言う事をきかない。この要求不満に唸り声を上げ続けるしかない魔理沙であったが、しばらくして観念したのか、大人しく霊夢が差し出してきたリンゴに齧りついた。
ちなみに、超高速飛行体の正体であるが、
「ああ、それなら知ってるわよ、私」
と、後々に行われた宴会でポツリと咲夜がそう漏らした。
当たり前の話であるが、どんなに早く飛ぼうとも時間を止めればそれまでである。故に当然のごとく咲夜は超高速飛行体の正体を知っている訳なのだが、
「ちぃ、ちぃっっくぅぅぅぅぅぅしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「わ、私の苦労は一体…」
その発言を聞いた魔理沙が天に向かって漢泣きをし、文が真っ白に燃え尽きたのはまた別のお話である。
正体が気になる……
お話は、まさに紫のスペルのように疾走感が
あってとてもすらすら読めました。
よかったです。
めっちゃ気になるぜ……。
普通の心で楽しませてもらいました。
おもしろかったです。
それ以来あれは自分の中ではスカイフィッシュとしか思えないんですよね。
分かります。
咲夜さん・・・・先に言ってやれよ・・・