少女は体が弱かった。
少女は病弱だった。
生まれつき体が弱く、部屋の外に出ることはできなかった。
窓の外の風景だけが少女の世界の全てだった。
やがて少女は本と出会った。
本は窓から見える風景以外の世界を教えてくれた。
本は少女を部屋の外の世界へと連れ出してくれた。
本は少女に、少女も世界の一員であることを感じさせてくれた。
少女は本があっという間に好きになった。
少女は天才と呼ばれていた。
少女は誰よりもたくさんの本を読んだ。
少女は誰よりも本が好きだった。
誰よりもたくさんの本を読んで、
誰よりもたくさんの知識を身につけた。
どんな大人にも負けないくらいの知識を身につけた。
少女は学ぶことが好きだった。
生まれついての才能もあったし、
何より少女は本を読むのが好きだった。
自分の世界が広がるような気がして、
少女は全ての本を読み尽くそうと思った。
特に、魔術の本が好きだった。
不思議な力。
それを生み出し、自在に操る術。
どんどん、どんどん身につけていく。
人は少女を褒めた。
たくさん、たくさん褒めた。
すごい、と。
優秀な子だ、と。
稀代の天才だ、と。
少女は何より褒められるのがうれしくて、
満足に外も出ることが出来ない、弱い自分を認めてもらえるのがうれしくて、
少女はもっともっとたくさんのことを学んだ。
やがて少女は、化物と呼ばれるようになった。
人智を超える存在。
生まれついての膨大な魔力と、
それを十二分に発揮できる知識。
なんでもすぐに覚えてしまう才能。
博識な大人ですら、はるかに凌ぐ知識の量と質。
少女は優秀すぎた。
天才という枠を大きく上回っていた。
だから、いつしか人々はそう呼ぶようになっていた。
化物、と。
人智を超えた、人外の化物と。
優秀すぎた少女でも、わからなかった。
自分の何がいけなかったのか。
どうして人々は畏れるような目で自分を見るのか。
少女は優秀すぎた。
だから、その答えがわからなかった。
最初から、少女は間違ってなどいなかったのだから。
やがて少女は絶望した。
くだらない。
くだらないくだらないくだらない。
世界なんてくだらない。
人間なんてくだらない。
なにもかも、くだらない。
自分を化物と人が呼ぶのなら。
それを人が望むのなら。
そのくだらない望みを叶えてやる。
少女は魔女になることにした。
簡単だった。
本を読んだことはある。
大掛かりな準備と数人の魔術師が必要な、転生の儀式。
少女には、それにかかる時間などどうでもよかった。
少女には、生まれついての膨大な魔力があった。
だからそれは、簡単だった。
頭の中に声が響く。
捧げよ。
汝の最も大切なモノを捧げよ。
さすれば汝の望みを叶えん。
大切なもの?
生憎と、少女にはなにも心当たりがない。
少女は悪魔と契約を交わした。
代償は、結局わからないまま。
特になにか無くなったようなモノは思い当たらない。
なんだ、と少女はがっかりしたように。
くだらない。
そして少女は魔女になった。
さらなる魔力と、伸びた寿命。
そして、ようやく外を歩ける程度の体力。
夢にまで見た外の世界。
こんなものか。
くだらない。
こんなくだらないものに、あこがれていた自分が。
少女はただ魔女になったに過ぎない。
誰も少女が魔女になったことを知らない。
ならば知らしめなければ。
認めさせなければ。
証が必要だ。
魔女になったと人々を畏れさせるための証が。
少女は手当たりしだいに魔の眷属を狩ることにした。
少女にかなう者はいなかった。
少女に傷一つつけることすらできなかった。
ただ、ただ、無感動に狩る。
くだらない。
くだらないくだらないくだらない。
なんてちっぽけな命。
なんて脆くて儚い命。
こんなのじゃあ、全然足りない。
もっと、もっと、強力な奴を狩らなければ。
少女は化物に会った。
噂を聞いた。
湖に浮かぶ小島。
真紅の館に住まう化物の噂。
人々に畏れられる本物の化物。
魔女はそれを狩ることにした。
湖は泳いで渡るには広すぎたが、
魔女は空を飛ぶ魔術も使えたので問題はなかった。
あっという間に館の門に到着する。
門番のようなものが居たが、
視界に映る前に吹き飛ばしてしまったのでよくわからない。
館の中に入ると、翼の生えた少女が浮いていた。
「あなたが化物?」
魔女は問う。
「・・・いかにも、そうだが?」
化物は答える。
そう、なら・・・
「死んで。」
魔女の手から熱線が放たれた。
化物に反応する暇すら与えず、
そのか細い左腕を切り落とす。
「次は右足よ。」
再び魔女は手を化物に向けて、
「・・・で?」
凍りついた。
凍りついたように動けなくなった。
あろうことか、
その化物は笑みすら浮かべていて、
「どうした? 次は右足なんだろう?」
見せ付けるように右足を指差した。
あっという間に再生した左腕で。
「なんだ、来ないのか。ならこちらから行くぞ?」
ぶわっと、まるで血液で出来ているかのような紅い霧が噴出す。
殺される!?
魔女は直感した。
いや、直感させられた。
その圧倒的な殺気と、
物理レベルまで圧縮された魔力の塊。
その真紅の槍が、魔女の足元に突き立てられて。
わざと、外した。
蒸発した紅い絨毯と石造りの床。
かなわない。
この生物にはかなわない。
だって、こいつは本物の、
「ば、化物・・・。」
魔女は、その場にへたり込んで、
その化物を見上げる。
畏れの濃く浮かんだ瞳で。
化物は、三日月のように口を歪めて、
「ありがとう。そいつは褒め言葉だな。」
笑って、そう言った。
ふわりと、魔女の目の前に着地する。
殺される。
私が今まで、無感動に殺してきた者たちのように。
当然だ。
この生物のほうが、生命としての格が上なのだから。
だが、その化物は興味深そうに魔女の顔を覗き込んで、
「なんだ、キミも化物じゃないか。」
そう言った。
化物。
その言葉に魔女は顔を歪めた。
「私と同じ、化物だ。」
「黙れ!!」
魔女が急に大声を上げて、
化物はそれに目を丸くする。
心底、意外そうに。
「なんだ、キミは化物と呼ばれるのが嫌なのか?」
理解できない、といった口調で問う。
当たり前だ!!
そう、魔女は反論しようとして、
ふと、気付く。
どうして、嫌なんだろう。
どうして、化物と呼ばれるのが嫌なんだろう。
だって私は、化物じゃないか。
人間達から見れば私は化物だ。
私も自分を化物だと思う。
そのために魔女になったのだから。
それはただの、事実。
なら、どうして嫌なんだろう。
「そうか、キミは人間から転生した魔女なんだな。」
化物が、納得したように声を上げた。
「たしかにキミほどの才能があれば、人間達はそれを恐れるだろうね。
だからキミは魔女になったのか? 人間達がキミを恐れるから?
だからキミは、人間に復讐したいのかい?」
どうでもいい。
ちっぽけな人間のことなどどうでもいい。
人間なんて、くだらない生き物など・・・。
「よし、わかった。同じ化物のよしみだ。
その人間達を皆殺しにしてきてあげよう。
その人間達の村はどこだい?」
「えっ?」
魔女は間の抜けた声を上げる。
「ああ、いや。言わなくてもいいや。」
化物は魔女の目を覗き込む。
吸い込まれそうなほど澄んだルビーの瞳に、
魔女は縛られたように動けなくなる。
なにもかも見透かされたような瞳。
「よし、わかった。ちょっと行ってくるから留守番頼むよ。
2・3個くらい首を持って帰ってくればいいかい?」
聞いておいて、返事も待たずに扉を出て行く。
心を、読まれた!?
魔女の心から読み取った人間の村はおそらく、
魔女が少女だった頃に過ごしていた村だろう。
今でも鮮明に思い出せる。
少女だった頃、
少女を天才と持てはやし、
少女を化物と罵った村。
そんな村、どうなったって構うものか。
なのに、
そう思うのに、
体は全力で走り出していて。
勢いよく扉を開け放った。
「遅いぞ。本当に行こうかと思った。」
その化物は、扉の横にもたれかかっていて。
「ちなみに、私は読心の魔眼などは持ち合わせていない。」
最初から、人間を殺しに行くつもりなんかなくて。
おまけに、
「つまるところ、アレだな。キミは人間が好きなんだ。」
こんなことを言ってくる。
魔女は、言葉に詰まる。
それを否定できる要素が見つからなくて。
それを見て、化物は笑う。
「奇遇だな。私も人間が好きなんだ。キミとは気が合いそうだ。」
そんなことを言って、笑う。
最後に誰かに笑いかけられたのは、いつだったか・・・。
本当に、思い出せないくらい。
酷く、懐かしい感覚。
「ここに、本はある?」
「あるさ。それこそいくらでも。」
本は、好きだ。
この食えない化物は嫌いだが、
そのうち、気が変わるかもしれない。
「ここの本を読み終えるまで、やっかいになってもいいかしら?」
「ああ。私の話相手にでもなってくれれば、いつまでも居てくれていい。」
少し、疲れたな。
ここらで一休みするのもいいだろう。
幸い、本はいくらでもあるそうだから。
* * *
「・・・ん?」
ふと、魔女は目を覚ます。
本を読みながら、寝てしまっていたらしい。
半端に寝たせいで頭が痛かった。
それに、頭痛の種が視界を掠めて、
「・・・また来たのね。」
「おお、悪いな。起こすつもりはなかったんだが。」
黒白はまったく悪びれた様子も見せずに答える。
「あやまるなら、背中の風呂敷について謝って欲しいわ。」
「借りるだけだぜ。」
「開き直れとは言ってないわよ。」
魔女の呆れた顔に、
その黒白はニッと笑って返して。
―笑いかけられたのは...
「魔理沙。」
「なんだ?」
「私のこと、なんだと思う?」
「・・・はぃ?」
「なんだと思う?」
「パチュリーだぜ。」
「それは私の名前でしょう? あなたは人間。私は?」
「意味がわからん。パチュリーはパチュリーだろ。」
「・・・・・・そう。」
「どういう答えを求めてるんだ? ヒントをくれ。」
「ヒントがなきゃ出てこないくらいなら、いいわ。」
「変な奴だぜ。」
「あなたにはかなわないわ。」
魔女は、ようやく理解した。
契約の代償。
自分が、何を失ったのかを。
そのときの自分には、とても大切なもので。
今の私には、どうでもいいモノ。
昔の私は、そんなくだらない事に悩んでいて。
いまでは、それがとてもちっぽけな、くだらないことに感じられて。
「・・・ここに居る間に、私も随分変わったわね。」
黒白が去って、静けさを取り戻した図書館を一望する。
本は、まだまだ読み終わりそうにない。
なんかかっこいいと思ったw
僕だけですかそうですか。
私もです。
それにしてもパチュリーの過去を取り扱った作品ははじめてみました。
新しい発想と、それを見事形にしたあなたに80点を!
……私もこんな作品書けるようになりたいです。
貴方だけな訳があろうか(反語
レミリアの格好よさが素晴らしい。
美味ーー・・・・・・。