「とうとうこの日が来たのね……」
その変化は、目覚めると同時に気付くものだった、
昨夜は四畳間の狭い和室で眠りに付いたのに、
今、視界に入るのは三十畳は超える大きな和室。
「新年まで待ってくれたのね」
彼女は、蓬莱山輝夜は従者に残ったほんの僅かな良心に感謝をし、
静かに布団を退けて立ち上がった、枕元にあるジャージではない
普段の服に着替え、そっと廊下へ繋がる戸を開く。
「おはようございます、姫」
「ええ、おはよう」
そこには永琳が正座をし、じっと輝夜を待っていた、
やがて彼女に先導され、朝食を食する間へとつく。
「……大分無茶をしたみたいね」
中に入ると、そこには輝夜一人が食すにはあまりにも多すぎる料理が
所狭しと並べられていた、その全てが和の極みとも呼べる品でもある。
「姫、これが最後の晩餐です」
「分かっているわ」
輝夜はゆっくりと、感慨深く、そして味わいつくすようにそれらを食した、
十分な時間をかけて満たされた彼女は、そっと自ら部屋を後にする。
「荷物は一つの鞄にまとめておきました、パソコンなどはもう不要でしょう」
「ありがとう」
やがて、永遠亭の玄関で輝夜と永琳は相対し、語らぬままに見つめあった。
「さようなら、永琳」
「さようなら、輝夜」
そして輝夜は別れの言葉を切り出し、永遠亭の外へと出る、
少し遅れて、永琳が別れの言葉と共に、二人を分かつ扉を閉めた。
「……蓬莱山輝夜、自宅警備員を首になりました!!」
日光が差し込む広い竹林に向かって大きく叫ぶ、
どういう事かというと、永琳に見捨てられたのである。
「へーんだ、いーもんいーもん、私はもう自由だもん、何だってできるもーん」
だが輝夜はへこたれない、永遠と須臾を操るスーパー能力者の彼女にとって、
こっそり食料を奪ったり、勝手に誰かの家に住み着いたりする事など造作も無いのだから。
「必殺、時を駆ける少女作戦……発動!!」
周りに流れる時の流れから、須臾の時間を切り取り、永遠に引き延ばす、
そうすることで某メイド長並の時間操作ができるのだ。
「……あれ?」
しかしできない、永遠に引き伸ばすどころか、須臾の時間を集めることさえも。
「(しまった、ここまで進行が早いなんて)」
輝夜はその原因を知っているのか、自らの手を眺めて冷や汗を流す、
僅かな思考の後、手を握り締めると、ゆっくりと天を仰ぐ。
「……しょうがないわね、あいつの家にでもたかりにいくとしますか」
だが、輝夜は素早く頭を切り替えてとある目的地へと向かう、
同じ竹林に住む、同じ蓬莱人のあいつが住んでいる家に。
「たけのこぐらいあるでしょ、たけのこぐら……」
そして目的地にたどり着いたら、そこには何もありませんでした。
「……あれ、えぇ? 妹紅? 妹紅ー?」
家屋を構成していたであろう木片はそこら中に散らばっていた為、
ここが藤原妹紅宅であったことに間違いは無い。
「妹紅に一体何が……こ、これはっ!?」
状況が理解できない輝夜は、足元の木片を一つ拾い上げる、
それを裏返してみると、ぺたりと張られていたのは差し押さえと書かれた紙。
「不況の波が幻想郷にも……!」
どうやら輝夜が考えている以上に、世の中は落ち込んでいるようだった、
行く当ても、戻る当てもなく放り出された蓬莱山輝夜、
やがて一週間の時が過ぎ、それでも強く生きていると思われていた彼女は――。
「うう……お腹すいた」
どこかの森の中で飢餓と無職と住居無しの三重苦の前に地獄を味わっていた。
「(まさか私のニートパワーがここまで増長していたなんて……!)」
輝夜とて生活の危機に陥れば仕事の一つぐらいこなせる、その筈だった、
しかし彼女にはそれが出来ない重大な理由がある、それこそがニートパワー。
「(ニートパワー、それは私が幾度も死と生を繰り返すうちにいつしか身体に宿った謎の力、
段々と身体を蝕むその力に、私は自室に引きこもらざるを得なくなった、仕方が無かったのよ、
体の中に流れるこの力に逆らえば、私の身体はどうなるか分からないのだから)」
最後の力を振り絞り、心の中でニートパワーが何たるかを噛み締める輝夜。
「(でも……でも……面接に行こうとしただけで地面に一尺もめり込む事は無いと思うんだけど!)」
うつむけにである、直立ではない。
「誰か……ご飯……」
やがて輝夜は誰にも見取られずにその命を引き取った、
当然ながら死ねないので、およそ五分単位で生と死を繰り返し続けたとか。
―――――
「あ、ありのままに今起こった事を話すわ! 私はミイラの人形を拾ったと思ったら
永遠亭のニートだった、ホームレスだとかそんなチャチなものじゃ断じてない、
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったわ……」
「もぐもぐ……このご飯美味しいわね」
「ブイヨンベースのピラフよ、よく出来てるでしょう?」
さらに三日が過ぎ、ようやく輝夜はアリスに拾われた、
ご飯を口に放り込むたびに、元の人間の姿に少しずつ戻っていくところはさすがに蓬莱人か。
「はい着替え、同じ服を作っておいたわ」
「ありあふぉ」
「下着はお手製のにもう変えておいたから」
「ふぁい?」
何かアリスが気になることを言ったようだが、
ご飯を食べるのに夢中な輝夜はそれを聞き逃したようだ。
「お風呂が沸いたわ、さ、入って入って」
「あら、ありがとう」
「頭洗ってあげるわね」
「あー、別にいいのに」
「背中も流してあげるわね」
「いたれりつくせりね」
「前も洗わないと」
「それはいいわ、自分で出来るから」
アリスの親切を断り、体を洗い終えて湯船に浸かる輝夜、
さらに一緒に湯船に浸かっているアリスからも常に熱い視線を受けていたが、
そんなことには気付きもしないのが輝夜クオリティ。
「ふぅ、いいお湯だったわ」
「それはありがとう、寝室ももう用意出来てるから」
随分とアダルティな寝巻きに着替え、そのまま寝室へと案内される輝夜、
当然ながら部屋もアダルティで、ピンクでパープルでひらひらである。
「随分と用意がいいのね」
「魔法の森には迷い人が多いのよ」
「ふぅん……」
輝夜は納得したそぶりを見せながらも違和感を拭えない、
が、大して気に止めることも無くベッドに寝転がってみた。
「うーん、ちょっとベッドのサイズが大きい……」
「ね、ねぇ輝夜」
「何かしら?」
「欲求不満になってないかしら? なってるわよね、ね! はぁはぁ……じゅるり」
「どう考えても欲求不満なのはあなたよ!!」
「だって寂しいのよ! 三ヶ月ぶりの他人との触れ合いなの! お願い! 私を満たして!」
「ちょ、ちょっと待って! あ――」
そしてアリスに押し倒された勢いをそのままに、長い長い夜が明けた。
「……眩しい」
カーテンの隙間から差し込んでくる日光が、輝夜の意識を夢の世界から呼び覚ます、
しばしの後、自らの肩を枕代わりにして眠っているアリスに気付き、そっとその頭を撫でた。
「ん……あ、おはよ……」
「おはよう、ごめんね、起こすつもりじゃなかったんだけど」
「……いいわ、朝ご飯作らないといけないし……そのかわり、キスして」
「目覚めのキスなんて、ロマンティストね」
「ほら、はやくぅ……」
「(……妬ましい、凄く妬ましいわ!)」
早朝から全裸で絡み合うこの状況を何者かがこっそりと妬んでいたかもしれないが、
当然ながら二人がそれに気付くことは無い、かくして輝夜は安住の地を得て、
新たなる人生を順調に踏み出したかに思われた。
「輝夜……今、なんて言ったの?」
「ここを出て行くって……言ったのよ」
それは二人が同棲を始めてから三日後のことだった、突然の輝夜の発言に
アリスの手から上海が落ち、蓬莱が首を吊り、大江戸爆薬からくり人形が茶をこぼす。
「ど、どうして……? ここにいれば住む所も食事も着る物にも困らない、
永遠のニート暮らしだって出来るのよ?」
「そうね、ここにいれば何も不自由しなくてすむわ」
「ご飯を食べさせてもらったり身体を隅々まで丁寧に洗ってもらったり
夜も寂しい思いをしなくてすむのよ?! 一体どうして!!」
詰め寄ってくるアリスに、輝夜は顔を俯けながら答えた。
「あなたが……永琳と被るの」
「永琳? そいつは、あなたを追い出した女……でしょ?」
「追い出したんじゃないわ……追い出さざるをえなくしたのよ」
「……わからない、何よそれ、わかりたくなんかないわ! 嫌よ! 嫌!
私はあなたと離れたくないの! 愛しているのよ!! ずっと一緒にいてよ!!」
「ごめんなさい、あなたが私の事を愛しているからこそ、ここにはいれないの」
「どうして、どうしてよ……何でも言うこと聞くから……いかないで……」
アリスはその場にへたりこみ、大粒の涙を流す、
輝夜はその前に屈むと、そっとアリスの身体を抱き寄せた。
「馬鹿……輝夜の馬鹿……」
「ごめんね、本当にごめんね」
二人は長い間寄り添い続け、やがて時間がその縺れた心をほどいていく、
互いのぬくもりを分かち合った果てに、アリスはそっと輝夜から身体を離した。
「……それで、どこか行く宛はあるの……? またミイラになったりなんかしないわよね?」
「あるわ、今日の新聞に挟まってたこれが!」
「今日の新聞?」
目元を拭い、輝夜の心配をするアリスに差し出された一枚の紙、
派手な彩色で描かれたそのチラシをみて、アリスは我が目を疑った。
「……幻下一武道会?」
「そう、幻想郷最強の格闘家を決める大会よ! 優勝賞金十億円、これで何も困ることは無いわ!!」
「もしかして、ここを出て行くことに決めたのも……?」
「半分はそれね!!」
アリスの頭ががくりと落ちる、それはそれは、壮絶な脱力感だったそうな。
「というわけで行ってくるわ!」
「駄目! 絶対に駄目! 何をしてもいいからここにいなさい! 絶対にミイラになる!
あなたは一人で生きていけるような人間じゃないからっ!! 断言するから!!」
「大丈夫、今の私は行動力に満ち溢れたニートなのよ!!」
「やめて! 思いなおしてっ!!」
「時間が出来たら絶対に遊びにくるからー!」
「輝夜ぁー!!」
死ぬと分かっているのに何故いくのか、どうして踏みとどまらないのか、
恋人が劣勢の戦地に赴くのを見送る時はきっとこんな心境なのだろう。
―――――
「で、来てみたのはいいけれど……」
真っ先に輝夜の視界に映ったのは前後左右全てを覆う人の群れ、
空では小さな花火が幾つもあがり、もはやお祭りである。
「……とりあえず、出場者登録ね」
会場らしき場所の入り口の傍に、出場者登録はこちらと書かれた看板がある、
二つ並んである窓口ではどこかの秋の姉妹が係員をしていた。
「出場者登録したいんだけどー」
「はーい、ではお名前のほうをどうぞ」
「蓬莱山輝夜、よ」
「八意永琳、でお願いします」
『……あ』
鉢合わせである、タイミングも完璧に。
「八意さんじゃない、どう? 快適な生活は送れてる?」
「勿論ですよ蓬莱山さん、穀潰しがいなくなりましたからね、とても快適です」
受付前の空気がどす黒くなる、それはもう一般人でも分かるほどに。
「今頃は飢えた果てにミイラにでもなってると思っていましたが」
「そういうあなたもこんな大会に出るってことは資金繰りは悪いままのようね」
「こんな大会、ただの片手間に過ぎないわ、ニートには予選突破すら無理でしょうけど」
「あらあら、頭脳しか脳の無い薬師に何が出来るのかしらね? 治療班に回ったらどう?」
「そこまでよ! こんなところで揉め事は困るわ」
「……命拾いしたわね、ま、精々頑張りなさい、戦うことは無いでしょうけど……八意さん?」
「それはあなたが予選落ちするということかしら、蓬莱山さん?」
「はいはい、登録が済んだらさっさと予選ルームに移動しなさい」
警備員を務めている病弱な魔法使いによってとりあえず二人は分かたれた、
そして輝夜は建物内の予選ルームへと歩を進める。
「はーい、では223番の蓬莱山輝夜さん、224番の八意永琳さん、前に来てくださーい」
『……チッ!』
進行役の射命丸に呼ばれて前に出る両者、
あれだけ嫌味を言っておきながら数分もせずに再会である、ちょっと恥ずかしい。
「じゃあこの瓦を割ってください」
「あーはいはい、瓦割りね……って、なんか凄くきらびやかなんですけど」
「金剛石の瓦です」
「無意味に贅沢!」
積み重ねられた二十枚の金剛瓦、そのどれもが光を反射してきらびやかに輝いている。
「ちなみに最高記録は六枚です」
「六枚も割った奴がいるの!?」
「ええ、お陰でこの予選会に大会賞金よりはるかにお金がかかってるんですよ」
「うわー、本末転倒じゃない、しかしこれを割れって言われてもねぇ」
「あ、別に手じゃ無くても構いませんよ、足でも道具でもなんでも可です」
「いやいや、そういう問題じゃないでしょ」
「ふふ……この程度でうろたえるなんて、所詮はニートね」
「何ですって?」
永琳は輝夜を一瞥すると、人差し指を立てた。
「硬いものを砕くのに……力は不要」
そして指先で一度だけ瓦の中央をつつく、
すると同時につついた場所から瓦が自ら砕け始めた。
「これは……じゅ、十枚です! 八意選手が予選の最高記録を指先一つで塗り替えたーっ!!」
「えええぇー!?」
「まあこんなものね、蓬莱山さんには無理でしょうから、諦めて帰ったらどうです?」
「ぐぬぬぬ……」
勝ち誇った笑みを浮かべる永琳と、唸るしかない輝夜、
会場では他の予選者から驚きの声が上がり、射命丸が瓦の欠片をこっそり拾っていた。
「わ、私だって妹紅との殴り合いで格闘を極めてるのよ!」
「そうですか、それではお手並み拝見」
「うう……」
輝夜とて大会に参加しようとするほどである、腕に自信が無いわけではない、
長らく生きて妹紅と殺し合いをするたびに格闘の腕前も磨かれてきた。
「(でも金剛石は……うーん)」
「所詮ニートはニート、おとなしく家に引きこもっていたらどう?」
「(あーもう、ニートニートうっさいのよ、私だってこのニートパワーさえなければ……はっ!)」
ニートという言葉に輝夜が何かを閃いた。
「おや、輝夜選手が……瓦に額を付けた?」
「(そうよ、このニートパワーを逆に利用すれば……)」
「これは見物ですね、一体何をするつもりなのでしょうか?」
「(せーの……二十四時間三百六十五日不眠不休で働きたい!!)」
瞬間、輝夜の体がとてつもない力で地面へと引っぱられる、
面接に行こうとするだけで一尺をもめり込むニートパワー、
それが年中不眠不休で働くとなると、その破壊力を想像するは容易い。
「……わ、割れたっ! 割れました! 二十枚の瓦が! 全てっ! 粉々に粉砕されましたっ!!
というか地面にも穴が開いてます! 輝夜選手にいたってはその奥にめり込んでます!!
優勝賞金の云百倍も金がかかる予選会ってなんなんだぁぁ!!」
完全に人の形をした穴の奥深くで、うつむけのままめり込んでいる輝夜、
その深度は五メートルにも達したとか達しなかったとか。
―――――
「えーと、ここが控え室ね」
我が身を張った一撃で、輝夜は予選をトップの成績で突破した、
あとは本戦の始まりを待つだけと控え室に移動する、
控え室の扉には輝夜の名と、もう一人の名前が貼ってあった。
「えーと、これなんて読むんだったかしら……まあいいか、失礼するわよ」
「……あれ、姫様?」
「ほぎゃぁぁぁ! 筋肉の化け物ぉぉぉ!!」
「そ、その反応は酷いっ!」
輝夜が控え室に入ると、そこにいたのは頭からウサ耳を生やした筋肉だった、
カモシカの様な太股、丸太のような二の腕、逆三角形の胴体に四角く変形した顔。
「え……鈴仙?」
「そうですよ、私以外の誰だというんです?」
「誰って、あえて言うならどこぞのアメリカンヒーロー」
「オプティック――」
「ごめんなさいごめんなさい!」
これでバイザーさえつけていれば完璧だったが、そこまで望むのは酷というもの。
「また随分と鍛えたのね……」
「違いますよ、師匠が勝つためにはこれを飲みなさいってある薬を渡されまして」
「薬? 国士無双の薬とか?」
「いえ、国連無双の薬とか言ってました」
「(国連……?)」
どうやら天才の思考は長らく共にいたものでも分からないようだ。
「ところで、姫様は師匠に追い出されたんですよね?」
「そうよ、だからもう姫じゃないわ、気軽に輝夜って呼んでね」
「いえいえ、そういうわけには……あの、それで一つ話があるんですけど」
「話?」
「この大会が終わったら……私と一緒に暮らしませんか?」
「えっ?」
「あ、変な意味じゃないですよ! その、姫様一人ぐらいなら私一人で十分養っていけますから!」
両の掌を輝夜に向けて左右に振り、必死に否定しながらも話を続ける鈴仙、
普段の彼女だと可愛い光景だが、今は大げさに話すアメリカ人にしか見えない。
「何言ってるの、あなたは永琳の弟子よ、やめる気?」
「……姫様の為ならやめます!」
「それはどうして?」
「姫様を愛してますから!」
「ぶっ!!」
問いただせば変な意味でした。
「って、違います! そ、その、姫様があの時真っ先に言ってくれたじゃないですか!」
「言った? 何を?」
「その、私を月に帰さないって!」
「……うん、確かに言ったけど、永琳もその気だったじゃない」
「あ、あの時から私は姫様の事がっ!!」
「五つの難題」
「ぐふっ」
鈴仙の思いは儚く散った、難題を解けといわれても解けないことは分かっていたのだから、
しかしながら鈴仙がマッシブでなければ、少しは輝夜も譲歩したかもしれない。
「蓬莱山輝夜様、試合が始まりますのでご案内いたします」
「はいはーい」
「ひ、姫様……」
うなだれる鈴仙、彼女の思いは届く事はきっと無いのだろう、
輝夜は案内人でもある秋姉妹のどちらかに連れられて試合場に足を踏み入れる。
『さぁやってまいりましたぁ!! 予選成績二十枚! 頭で全ての瓦を割った猛者!
永遠のニートと思えば今はなんとホームレス! 果たしてこの大会で優勝して
明日への生きる活路を見出す事ができるのか! 蓬莱山輝夜の登場だー!!』
「せめて姫って言葉を一回ぐらいは入れなさいよ!!」
光に包まれると共に、その耳を貫く射命丸文の実況、周りを見渡せば
古代ローマから時を越えて持ってきたのかと思わせるコロッセオと、
沸き立っている観客、それらに囲まれて輝夜は対戦相手を待ちうける。
『対しますは予選成績十枚! 指先一つで金剛石を粉砕する脅威の技の持ち主!
その突き詰められた医学は対極に位置する破壊という行為をどこまで成しえるのか!
そしてこの主従の対決の行方は一体! 八意永琳だー!!』
受付、予選会場、そして本会場と、本日三度目の顔合わせ、
ここまでくると何やら運命じみた物すら伺える。
「ぐっやぐやにしてやるから覚悟しなさいよ」
「そう、では私は両手両足を叩き折った後に両手と両目を抉り取り、
最後はリザレクションしない程度にじっくりと足先からミンチにさせてもらうわね」
「うひぃ、そんな思考回路だから男にもてないのよこのマッドサイエンティスト!」
「骨と内臓だけにされたいと」
「まじごめんなさい、謝りたくないけどごめんなさい」
試合開始前の口撃は永琳の完勝である。
『それでは試合開始です!!』
「永琳……」
「輝夜……」
『両者、まずは距離を縮めにかかります!』
「ばかー!!」
「あほー!!」
『そして低劣な罵倒と一緒に殴りあったーっ!?」
互いの右頬を殴りあい、よろけながらも睨み合う両者。
「私のことなんか完全に無視して薬屋やってりゃいいのよ!!」
「うっ! ……無視してたらあなたは餓死するでしょうに!!」
「ぶっ! ……餓死させときゃいいのよ!!」
「へもっ! ……そういうわけにもいかないでしょう!!」
『そしてノーガードの殴り合いだーっ!!』
丁寧に一撃ずつ、言葉を交えての殴り合い、
口から流れる血を拭き取るしぐさも忘れない。
「イナバを可愛がってあげなさいよ!」
「永劫の時を連れ添ったあなたを無視して!?」
「過去は過去よ! 何で未来を見ようとしないの!!」
「過去も未来もあなたとは関係ないでしょう!」
『二人ともまったく退きません! 互いの意地をぶつけ合っています!!』
ただ只管に、言葉も拳も真正面からぶつけあう、
時が過ぎるにつれて観客の声は小さくなり、実況も息を呑んで見守っていた。
「どうして放り出したのにそんなに絡んでくるのよ!!」
「あなたの事が心配だからに決まってるでしょう!!」
「いい加減その世話焼き癖直しなさいよ!!」
「性分はそう簡単に変えれるものじゃないわ!!」
「結局は私の世話が焼けずに拗ねてるだけじゃない!!」
「それの何がいけないの!!」
静かなコロッセオに、二人の怒声と殴りあう音だけが響く、
十数分にも及ぶ戦いの果てに、二人の顔は腫れ上がれ、その身体は立っているのもやっとになる。
「ハァハァ……どうして自分の幸せを優先しないのよ!!」
「ゼェゼェ……私にとってあなたと共に過ごす以上の幸せはないの!」
「この馬鹿! 全部……させるわよ! 私の身の回りの世話を全部! 何もかも!」
「やりますとも! 喜んで! 心の底からお世話し尽くしてみせます!!」
「永琳っ!!」
「輝夜っ!!」
『愛してる!!』
二人は抱き合い、涙を流して互いの存在を認め合った、
思いあったが為のすれ違いは、心と身体のぶつけ合いによって直されたのだ。
「え、えーと互いに戦闘意欲をなくしたっぽいですが……閻魔様、この場合はどう決着を?」
「ブラボー!」
「は?」
「おお……ブラボー!!」
「え、閻魔様?」
閻魔が二人の交わす愛に涙を流し、立ち上がって拍手を送る、
やがて一人、二人と観客も拍手を送り始め、やがてコロッセオ全体が歓声に包まれた。
「ありがとう、みんなありがとう!!」
観客の祝福の声を浴びながら、二人は手を繋いで共に会場を後にする、
その顔は青あざに塗れながらも、満面の笑みを浮かべていた。
『……引き分けということで、予選成績上位の蓬莱山輝夜選手の勝ち抜け……でいいですよね』
そして実況だけはこの状況に頭を痛めていたが、誰も知る由は無い。
「姫様大丈夫かなぁ……今頃師匠に五十回ぐらい殺されてたりして……」
同時刻、控え室では鈴仙が輝夜のことを心配しながらスクワットをしていた。
「鈴仙ただいまー」
「あっ、姫様!」
「あらあら、随分といい身体になってるわね」
「師匠!?」
鈴仙からすれば二人が仲良く現れるのは驚き以外の何物でもない、
その驚きっぷりたるや、筋肉の膨張によって服が一部破れるほどである。
「ちょっと速筋強化に偏っているみたいね」
「冷静に観察してる場合じゃないですよ、仲直りできたんですか?」
「ええ、この通り」
「えーりーん」
「姫ー」
「できてるみたいですね……はぁ」
互いの名前を呼びながら深く抱きしめあう二人、
その姿を確認した鈴仙は、困惑と安堵の混じった溜め息を付く。
「と、治療を受けてこられた方がいいんじゃないですか? 顔酷いですよ?」
「ああ、そうね……デストローイ!!」
「ジェノサーイド!!」
「うわあ! その体勢からいきなり殺し合いですか?!」
『リザレクショーン!!』
「……もう、どうでもいいです」
復活してもなおイチャイチャし続ける輝夜と永琳、
数年分のすれ違いが逆に二人の愛を高めたと思えばいいのだろうか。
「鈴仙・優曇華院・イナバ様、試合が始まりますのでご案内します」
「あ、はい」
「イナバ、頑張ってきなさい」
「はい姫様!」
「鈴仙、とりあえずこのバイザーを付けていきなさい」
「師匠、速筋強化に偏らせたのわざとでしょう?」
「頑張りなさい」
「……頑張ります」
鈴仙が会場に向かい、部屋には輝夜と永琳だけとなる、
二人は椅子に並んで座るとそっと互いの手を絡み合わせた。
「これからはずっと一緒よ、永琳……」
「もう離さないわ、輝夜……」
お互いに目を瞑り、そっと顔の距離を縮めていく、
二人の間に不純な物など一切なく、それはまさしくピュアラブだった。
「八意女医! 至急医務室まで来てもらえないでしょうか?!」
『……ですよねー』
肝心なところで血相を変えて飛び込んできた秋によりその行為は中止を余儀なくされる、
そのまま連れられるように医務室に向かう永琳、輝夜もその後を追う。
「死者でもでたの?」
「いえ、まだ死んではいません、すぐにこちらに運ばれてきます」
「どいてくれ! 一刻を争うんだ!!」
「あれは……鈴仙!?」
「嘘!? さっき試合に出て行ったばかりじゃない!」
慧音が担架を持ちながら医務室へと飛び込んでくる、
運ばれていたのはつい先程まで元気な姿を見せていたはずの鈴仙だった。
「八意殿、致命傷は無かった事に出来たが、傷が多すぎて危険な事に変わりは無い」
「全身を何かで切り裂かれた感じね……まずは止血、それと増血剤に血液代替液……」
「(永琳なら何とかするわね……しかし、一体誰が……)」
永琳は的確に鈴仙に治療を施してゆく、輝夜は邪魔にならないように
そっと医務室を後にすると、会場近くへの広間に足を運んだ。
「確かここにトーナメント表が……あった」
鈴仙の対戦相手を確かめる為、トーナメント表を確認する輝夜、
自らが戦った第一試合の部分は、すでに蓬莱山輝夜の勝ちと書かれていた。
「第二試合だからその隣のこれね、イナバと……えーと……読めないわね」
名前は書いてあるものの、どうにも読み方が分からない、
仕方なしと輝夜は近くの河童に尋ねることにした。
「ねえ、この試合ってどんな風だったの?」
「ん? ああ……一言で言えば吹き荒んでいたよ」
「ふ、吹き荒んで?」
「一方的だったね、負けたほうも結構な実力に見えたけど、文字通りの秒殺」
「そいつはどんな奴なの?」
「最近幻想郷に来た人間だよ、山じゃ結構な有名人だけどね、風使いさ」
「風使い……それも、人間?」
「強さで言ったら人間ってレベルじゃないけどね、次はあんたが戦うんだろ? 頑張りなよー」
「あ、そういえばそうよね、次の私の相手が……私の……」
輝夜は硬直しながら河童の後ろ姿を見送った、
実のところ、輝夜は格闘に関してはからっきしである、
多少の心得はあるものの、この大会のレベルでは素人も当然であった。
「えーりんえーりん助けてえーりん!!」
「鈴仙なら助かりましたけど?」
「違うの私を助けてえーりん!!」
永琳にしがみ付き、必死に対戦相手の事を説明する輝夜、
その異様さに気付いた永琳も口元に手を当てて頭を働かせる。
「あの鈴仙を秒殺ですか……私と五分に近い実力のようですね」
「……あなたも強いのね」
「優勝できる算段がなければ参加しませんよ、しかし姫ではまず勝てないでしょう」
「棄権すれば永琳が繰り上がりにならないかしら?」
「ルールではリザーブ選手の出場となっていますから無理ですね、となると……」
「となると?」
「姫、ちょっと控え室の方へ」
二人は控え室に戻る、もうそこに鈴仙の姿は無い。
「で、どうするの永琳」
「まず控え室に結界を貼る」
「ふんふん、それで?」
「後は試合まで本気の私と実践組み手ね」
「ふーん……って、ええええええ!?」
「試合までになんとしてもあなたの隠された力を解放させる、その為の殺し合いです!」
「待って永琳! いくらなんでもそれは無茶が……!」
「刹活孔! はああああああ!!」
「もうやる気満々ですね、分かったわよちくしょー!」
それから輝夜が悲鳴を上げた回数は数百を超えたとか超えなかったとか、
そしてしばらくの後、秋が控え室のドアをノックし、ついにその戸を開いた。
「蓬莱山輝夜様、試合のお時間で――」
「八意有情破顔拳!!」
『ぎゃあああああ!!』
「せめて痛みを知らずに安らかに死になさい……ってあらあら、姫、時間のようですよ」
「そ、そう……一人巻き込んじゃってるわよ?」
「私が何とかしておきます、頑張ってください」
「よし……鈴仙の敵をとってくるわ!」
「その意気です!」
永琳は駆け足で会場に向かう輝夜を見送ると、
秋に近寄ってその容態を確かめる。
「……多分、無理ね」
それが輝夜と秋のどちらに向けられた言葉かは知る由も無い。
『この大会もいよいよ準決勝戦に突入です! 西から現れますは死闘の果てに勝ちあがった
永遠の姫! 果たしてその真の実力を拝む事が出来るのか! 蓬莱山輝夜だぁー!!』
「……鈴仙、これはあなたの弔い合戦よ!」
どうやら輝夜の中では鈴仙は死んだ事になっているようだ。
『そして東から現れるは! 外の世界からの刺客とも言うべき人間!
一回戦では目の前の輝夜選手の従者を赤子の手を捻るように秒殺しました!!
その凄まじい強さを称え、私はあえてこう呼びましょう……吹き荒ぶ風っ!!』
「名前で呼んでいただいたほうが嬉しいのですが……まあ構わないでしょう」
とうとう現れた怨敵は青が目立つ衣装と風を纏い、静かに荒ぶっていた。
「始めまして竹林の姫、あなたの従者には大変な思いをさせてしまいました、申し訳ありません」
「わざわざ謝るぐらいならやらないで欲しいわ」
「そうですね、苦しまないよう一撃で葬ってさしあげるべきでした」
「……!」
輝夜の背に悪寒が走る、目の前の人間が自分の思っていたよりも
はるかに危険な相手だと気付いたのだ。
「いい風が来ました、そろそろ頃合です」
「やっぱり棄権するべきだったわね……」
『それでは! 準決勝第一試合! 開始です!!』
「さあ、神に祈りなさい」
「(まずは距離を取って様子見ね……)」
輝夜は相手を警戒し、近寄ろうとはしない、
相手も同様なのかと思った矢先、そっと右手を上げる仕草が目に入る。
「(何かしてくる!)」
「ここですか?」
「え――きゃぁぁぁぁ!!」
『おおっと! 突如輝夜選手の足元から竜巻が現れたっ!!』
細く、強い竜巻が容赦なく輝夜を切り刻み、吹き飛ばす。
「痛ぁ……火鼠の皮衣じゃなければ危なかったわ」
「おや、立ち上がりますか、てっきり素人だと思っていたのですが……」
「甘く見ないことね、それよりもイナバを切り刻んだのは今の技かしら?」
輝夜は痛みを堪えて立ち上がり、じっと相手を睨みつける、
対する相手は輝夜の言葉を受け取ると、軽く笑みを浮かべた。
「いいえ違います、あなたの従者を切り刻んだ技は……こちらですよ!」
「(なっ――いつの間に至近距離に!?)」
「これが神罰です!!」
それは瞬きする間もないほどの一瞬の事だった、互いに八メートルは離れていた筈が
すでにその姿で視界が埋まるほどの距離に縮まっていたのだ。
「どぅーん」
「むっ!?」
「危ない危ない、もう少しで私もイナバみたいにされるところだったわ」
「避けましたか……中々面白い技をお持ちのようですね」
「ニートレーン、この私を捉えるのは容易ではないわよ?」
対する輝夜も、いつの間にか相手の後方に回り込み、不敵な笑みを浮かべていた。
「成る程、ですが攻めなければ勝てませんよ?」
「あなた相手に迂闊に攻めたりはしないわ」
「賢明な判断ですね、ではじわじわと嬲り殺す事にしましょう……ここですか?」
「どぅ、どぅーん!!」
輝夜の回避術は奇妙な物であった、片足で立ち、何一つ身を動かしていないというのに
まるで地の上をすべるように動き回るのだ、さらには残像を伴って。
「成る程……そのような技をお持ちとは」
「(永琳から一秒でも長く生き延びる為に、死ぬ気で編み出した技よ!)」
「ですがいつまで避け続けられますか?」
「あなたこそ、私に当てることができるのかしらね?」
「……ここですか? ここですか? ここですか?」
「どぅーん! どぅーん! どぅーん!!」
『これは凄い攻防だ! 会場に巻き上がる幾つもの竜巻とそれを華麗に交わし続ける輝夜選手!
準決勝戦の名に相応しい戦いとなっています!!』
「ここですか! ここですか! ここですか! ここですか! ここですか! ここですか!」
「どぅーん! どぅーん! どぅーん! どぅーん! どぅーん! どぅーん!」
『相応しい戦いと……なっているはずです』
兎に角ニートレーンを駆使して回避を続ける輝夜、
しかし攻めに転じる気配は一向に見えてこない。
「(来ませんね……スタミナ切れ狙いでしょうか?)」
「(どうしよう、永琳が強すぎて攻撃技が編み出せなかったのよね)」
ガードキャンセルから十割余裕でした。
「(こうなれば……無理矢理にでも行くしかないわ!)」
「(目つきが変わった、何かをする気ですね)」
「どぅーん!」
「(私の後ろに!?)」
「仏の御石の鉢アタック!」
「ぬぐっ!!」
輝夜は攻撃の隙をぬって相手の後ろに回りこみ、体勢を立て直す前に
すかさず鉢で突くように殴る、ニートレーンの特性をいかした見事な攻撃だ。
「そしてすかさずドゥーン!!」
「ヒットアンドアウェイですか……少々甘く見ていたようです」
「いけそうね……さあどんどん竜巻を出しなさい!」
わずかに見えた勝算、しかしそれは輝夜の幻想に過ぎなかった。
「ならばお望みどおりに、ここですか?」
「どぅーん!」
「ぬるいですね……いかがです?」
「――風の刃!? くっ!?」
「鉢で防ぎましたか、中々の判断力です」
後方に回り込もうとした輝夜を待ち構えていたのは幾つもの風の刃だった、
何とか鉢を前に出してそれを防ぐものの、それは致命的な隙を作ってしまった。
「懐ががら空きですよ?」
「うぐっ!」
頭をつかまれ、片腕だけで持ち上げられる輝夜
指の隙間からわずかに見える相手の目が、不気味な色を浮かべていた。
「お別れです!!」
「きゃああああああああああ!!」
「……いい断末魔です」
持ち上げられたままの輝夜を容赦なく切り刻む巨大な竜巻、
その身は放り投げられると共に地を赤く染めた。
「神のご加護が、あらんことを」
『大技が決まったー!! 輝夜選手は動きません! これは勝負あったか!?』
「ま、まだよ……まだ終わってないわ」
『いや! 輝夜選手立ち上がります! まだ勝負はついていません!!』
「あなたに負けてしまったら……どのような顔をしてイナバの墓参りにいけばいいのよ!」
「見上げた根性ですね、余計に苦しみたいのですか」
輝夜は力を振り絞って立ち上がる、その身を切り裂かれながらも、
イナバへの思いだけで意識を保ち、強く睨みつける。
「(永琳は私のニートパワーを重力を操る力だと言った、
ならばこいつを地面に寝かせさえすればなんとか……!)」
重力の力、それが輝夜をニートたらしめた原因、永琳との特訓により、
ある程度それを扱えるようになった輝夜だが、それでも思いつく攻撃手段は
相手を地面に寝かせて瓦割りの時のように上から追撃をするぐらいだった。
「(しかし私なんかじゃこいつを寝かせることなんてまず無理)」
相手との力の差は輝夜も痛感していた、
追撃ができるような状況に持っていくことは出来ないと。
「(かといってニートレーンで逃げ続けるわけにもいかない……ニートレーン?)」
しかしそこで輝夜は閃く、ニートレーンという技の持つ可能性に。
「(ニートレーンは己の重力を軽減し、地面と水平に重力を発生させる事で可能になる移動技、
って永琳が言ってたけど……そうだ、これなら行ける!!)」
「ご安心なさい、次の一撃で葬ってさしあげましょう」
「葬られるのは……あなたよ!!」
「っ!?」
輝夜が一気に間合いを詰め、相手の懐へと飛び込んだ、
重力操作を応用したその動作は相手の目に捉えられる事無く、容易に輝夜の企みを可能にする。
「叩きつける場所はいくらでもあるわ!!」
『おおっと!! 輝夜選手が吹き荒ぶ風を掴んだまま物凄い速度で壁へと突進していきます!!』
「何も床に叩きつける必要は無かったわ! 四方全てに壁があるのだから!!」
大きな衝撃音が響く、コロッセオが揺れ、観客の歓声が一瞬で静まり返る、
クレーター上に陥没したコンクリートの壁、その中央には壁に相手を叩きつけた輝夜がいた。
『……す、す、凄ぉぉぉぉぉい!! 何という一撃!! 輝夜選手の大技が決まったぁぁぁ!!』
「これで仇はとったわよ、イナバ……」
「くふっ……やり、ますね……だが、この程度では……!」
「げっ! まだ生きて……せいっ! せいっ! せいっ! せいっ! せいっ! せいっ!」
『しかし輝夜選手が攻撃の手を緩める気配は見えません! 容赦なく壁に何度も叩きつけます!!』
「せいっ! せいっ! せいっ! せいっ! せいっ! せいっ!せいっ! せいっ! せいっ!」
『何という完璧主義者! 相手の息の根が止まるまで攻撃をやめないつもりなのかーっ!!』
何度も何十度も衝撃がコロッセオに響き、段々と顔を背ける観客も現れ始める、
射命丸もやがて言葉を失い、そっと右にいる閻魔を伺った。
「あの、そろそろ勝負ありでいいんじゃないでしょうか?」
「まだ体力は三分の一ほど残ってますね、あと三十秒も叩きつけ続ければ終わるでしょう」
『勝負あり! 勝負ありです! もう私の独断で勝負ありーっ!!』
「せいっ! せいっ! せいっ! せいっ! せいっ! せいっ!せいっ! せいっ! せいっ!」
『輝夜選手は手を止めてください! 係員の方速く止めてくださーい!!』
「残り四分の一」
『何冷静に見てるんだこのツルペターっ!!』
蓬莱山輝夜、見事に鈴仙の敵を討ち取ったり。
「姫、おめでとうございます!」
「おめでとうございます姫様!!」
「あれ、鈴仙生きてたの?」
「生きてますよ! 身体も元に戻りましたし!」
控え室に戻った輝夜を、永琳と鈴仙が拍手で出迎える、
鈴仙はすっかり傷が癒え、身体も普段の体型に戻っていた。
「後は決勝戦だけですね、頑張りましょう」
「そうね、優勝賞金があれば皆が楽して生活できるわ」
「そういえば、決勝戦の相手は誰なんでしょうね?」
「誰でも同じよ、私なら勝てるわ!」
「さすがは姫、なんと頼もしい」
「や、八意女医! どうか医務室の方に!!」
「あら、また?」
談笑の最中、永琳に二度目の協力要請が入る、
輝夜と鈴仙はそれを見送ってのんびりとしていたのだが、
その空気はしばらくしてから戻ってきた永琳によって一変することになる。
「あ、永琳おかえりー、患者さんはどうだった?」
「……聞きたいですか?」
「どうしたのよ、そんなにもったいぶって」
「両手両足複雑骨折、全肋骨粉砕骨折、全身の九割を重度の火傷、
必死に手当てはしましたが、生命力の高い妖怪にも関わらず、全治に半年の見込みです」
「は……?」
言葉だけでも伝わってくるその惨状に、輝夜も呆けた顔を浮かべる。
「決勝戦の対戦相手は風見幽香、通称究極加虐生物、サドパワーを扱う悪魔です」
「究極加虐……生物?」
「サドパワー……まさか、花の異変の時に戦った、あの……うわぁぁぁぁ!!」
「鈴仙っ!?」
鈴仙の脳裏に悪魔の姿が浮かびあがる、その時の恐怖を思い出した彼女は、
部屋の隅に蹲り、頭を抱えてがたがたと震え始めた。
「鈴仙をここまで脅えさせるなんて……」
「患者の名は紅美鈴、武術の達人とも呼べる妖怪でした、
それをああまで破壊できるという事は、桁違いの実力者です」
「……それと私が戦うのよね?」
「はい」
「……変わって!! 永琳が戦って!!」
「ルールですので頑張ってください」
「うわぁぁぁん! えーりんがいじめるー!!」
輝夜に退路はなかった、刻一刻と時間が過ぎ、戦いの時は静かに迫る。
「……よし、覚悟は出来たわ」
「その意気です、姫」
時間が過ぎるにつれ、輝夜の顔も引き締まる、
鈴仙が震える音だけが、静かに静かに控え室に響いた。
「蓬莱山輝夜様、試合のお時間です、と、扉を開けてもよろしいでしょうか!!」
「ええ、大丈夫よ」
「は、はい……それでは会場にご案内いたします!」
そして輝夜は今日三度目の試合に赴く、
永琳と仲直りし、鈴仙の仇をとり、次は永遠亭の幸せの為に。
『このトーナメントもいよいよ大詰めです、決勝の舞台に西から現れるのは、
初戦、準決勝と共に激戦を制して勝ちあがりました、永遠亭の主!
優雅にして美麗にして強者である姫! 蓬莱山輝夜ぁぁぁぁぁぁぁ!!』
一際大きい歓声に包まれて、輝夜はゆっくりとコロッセオの中央に歩を進める、
その心境は水の如く澄みいりながらも、溶岩のように煮えたぎっていた。
『そして東から現れるのは、その圧倒的なパワーで対戦相手を虐殺してきた悪魔!
その名を聞けば誰もが泣き! 脅え! 悲鳴をあげる! 風見幽香だぁぁぁぁぁぁ!!』
ずしりとコロッセオの空気が重たくなる、
まるで刃のついた鎖に包まれているような威圧感が輝夜を襲う、
悪魔は、風見幽香は、その様子を不敵に見下ろしながら、ゆっくりと空から降りてきた。
「あなたが、風見幽香……!」
「クックック……」
輝夜は一目で理解した、目の前に居る生き物は他者を迫害する為に生まれたのだと、
純粋にして絶対なるサディズムが生物という形を成した物だと。
「だけど……私は負けない!!」
輝夜は深く呼吸をすると、強い目で幽香を見据えて身構える。
「良かろう……死をくれてや――」
「――失せろ」
「(えっ?)」
それは輝夜にとってほんの一瞬の出来事だった、何者かが自らの隣を通り、
幽香に掴みかかる、その事を輝夜の頭が理解した時には、すでに幽香は地に伏していた、
そしてその乱入者は邪魔者がいなくなったといわんばかりに、輝夜に拳を向ける。
「あなたは……まさか!」
輝夜はその乱入者に見覚えがあった、
幾度と戦い、幾度と殺し合い、そして行方不明になった蓬莱人。
「我こそ――派遣を切られし者!!」
その言葉に全幻想郷が泣いた。
「百千の同僚の慟哭を聞けい!!」
『ら、乱入者! 乱入者です! 謎の乱入者があの風見幽香を一瞬で葬り去りました!』
「(妹紅……こんなに不憫な姿になって……!)」
もはや目の前にいる妹紅は、輝夜の知る妹紅ではなかった、
千を超える無職の怒りを背負い、殺意の波動に目覚めた、いわば鬼。
『閻魔様! この場合は……!』
『……有りか無しかで言えば……有り!』
『有りだぁぁぁ!! 決勝戦は蓬莱山輝夜対藤原妹紅に急遽変更ですっ!!』
「え、私の不戦勝じゃないの?」
『試合開始ぃぃぃ!!』
そして開始のゴングが冷酷に鳴り響いた。
「ちぃ、こうなったら準決勝の時みたいにニートプレスで……」
「滅殺!」
「え?」
「紅波動!!」
「うひゃぁ!!」
妹紅が一瞬構えを見せたと思えば、その直後に放たれた巨大な波動の束、
それは残酷に輝夜の居る場所を襲い、さらにはコロッセオの壁までも吹き飛ばす。
『なんなのでしょうか今のは! 妹紅選手がマスタースパークのような物を放ちました!!』
「あ、危な……ニートレーンがなかったら確実に死んでたわ……」
すんでのところでかわしつつも、その破壊力に冷や汗を浮かべる輝夜、
対してそれを放った妹紅は、平然としたまま、輝夜に対して構え続ける。
「(無理! 絶対勝てないこんなの!!)」
「我が波動に臆したか……?」
「普通は臆するわよ!!」
「……滅!」
「うわ、こっち来た!!」
輝夜とて攻撃しなければ勝てないのは強く理解していた、
距離を詰めてくる妹紅に対し、鉢を構えて攻撃と防御両方の体勢を取る。
「(あと三歩……今!)」
「むっ!?」
「(よし、防御した! この後は反撃が来るはず……)」
「せいっ!!」
「どぅーん!」
「ぬっ!?」
輝夜はあえて見え見えの攻撃を防がせ、妹紅の攻撃を誘発した、
そして誘いに乗って攻撃してきた妹紅の背後にニートレーンで回りこみ、絶好の攻撃チャンスを得る。
「行くわよ! ニートプレス!」
「覚悟は良いか」
「……え? 消え――」
「愚か者めっ!!」
重い衝撃が輝夜の肩口から腰を貫いた、膝が崩れ、身体が地面に伏し、
衝撃が痛みになってようやく輝夜は自分が一撃を貰ったのだと気付く。
「がっ……はっ……」
『い、今の一撃は何なのでしょう? 妹紅選手が消えたと思えば、直後に上空からの
強烈な手刀が輝夜選手を断ちました……これは輝夜選手も立てないか!?』
「こ……こんなの! 永琳の……剛よりストロングな柔の拳の方が……ぐっ……」
『立った! 立ち上がりました! 試合続行です!!』
勝負有りとその場を立ち去ろうとした妹紅の背を、
輝夜は息絶え絶えになりながらも強い眼差しで睨みつける。
「妹紅……! どこを向いてるのよ……私はまだぴんぴんしてるわよ!!」
「いいだろう、我が全身全霊の技で葬ってくれる!!」
妹紅の殺意の波動がより一層濃く激しく蠢く、
次の攻撃で確実に輝夜を仕留める為に。
「(……来る!)」
輝夜がそう思った直後に、妹紅は独特な構えで輝夜との間合いを詰め始める、
それを見たとたん、輝夜の脳裏に幽香がやられたときの映像が思い返される。
「(間違いない、幽香を仕留めたあの技ね……近づかれたら終わりだわ)」
どのような攻撃をしてくるか見抜き、距離を取ろうとする輝夜、
しかしその時、下がろうとした輝夜の足に何かが当たる。
「(これは!?)」
輝夜の頭に電流が走る、咄嗟に閃いた逆転への道筋。
「……さあ来なさい!」
「逃げぬか……笑止!」
『輝夜選手退きません! 妹紅選手を真っ向から迎え撃つようです!!』
迫り来る妹紅を待つ、そのわずかな時間が、輝夜にとっては永遠にも感じ取れていた、
コロッセオの万の観客が勝負の行方を見守る中、とうとう二人の距離は零まで縮まる。
『これは……立っているのは妹紅選手一人! ついに決着がついたのか!!」
「……ぐっ」
『い、いや、妹紅選手の顔が歪んでいます!! 一体何が!?』
「身代わりを……立てただと!?」
「ふふ、彼女も災難ね……一日に二度もあなたの技を食らうなんて」
『ああっと! 輝夜選手が妹紅選手の陰にいたーーー!!』
妹紅との距離が零に縮まる寸前、輝夜は地に倒れていた幽香を盾代わりに差し出したのだ、
一瞬で相手を伏せるほどの高速の攻撃は、自身でも誰に放っているか分からないという弱点を突いて。
「だが……手刀を突き刺したところで我は倒せぬぞ!!」
「私の攻撃はこれからよ! うぬぅぅぅぅ!!」
『なんとっ!! 輝夜選手が手刀を突き刺したまま妹紅選手を持ち上げていくっ!!』
「妹紅、辛かったでしょう、働けず、目的も無しに行き続ける日々は……」
「戯言を……!」
「ならばせめて、何もしない日々が幸せと思えるように……私のニートパワーを全てくれてやるわ!」
輝夜は天高く妹紅を持ち上げて、好敵手との別れを惜しむように静かに両の目を瞑った。
「貴様の死に場所は――ここだ!!」
竹林の奥深くにひっそりと存在する永遠亭、
そこに住む月の姫の部屋には豪華なトロフィーが飾られている。
「はい姫、あーん」
「あーん」
今日も姫とその従者は、兎目をはばからず愛を育んでいた。
「師匠ー、患者さんがお待ちですよー」
「はいはい、では姫、後で一緒にお風呂に入りましょうね」
「はーい」
「(妬ましい、なんと妬ましいの!)」
もう二人の仲が違えることは無いだろう、
どれだけの永遠の時が経とうとも、決して――。
元ネタはトキ、ゲーニッツ、ベガ、豪鬼、バルバトスですよね?
面白いと思えませんでしたし。
悪いものではないのかもしれませんけども
キャラの扱い云々よりも終始ネタばかりで意味が解らなかったです。
こうやって格闘をさせるなら普通にネタを使わずにやってくれたほうが
面白くなったかなって思いました。
私は終始笑いっぱなしでしたよ。
元ネタが分からなくは無かったですが、残念ながら笑いにはつながりませんでした
タイトル通りコアな人以外が読むのが悪いのかもしれませんが・・・
アリ輝は新しかったです。
輝夜の最後の技がわからないのが無念。
俺は好きだねこういうのは
しかしアリスと幽香の扱いが可哀想すぎるwww
えーりんししょーの馬鹿!人妻!未亡人!
姫さまももちょっとアリスに愛が有っても良いじゃない!
いやしかし本当に賛否両論真っ二つな作品ですな。
最近は叩かれて見なくなったニートネタですが、たまにはあってもいいと思える作品でした
けど、次はこんなことは無しでお願いします。
アリス、美鈴、幽香はただ可哀相なだけだし。
お話としてもつまらなかったです。
で?という以上の感想もなく。
某所で流行のもののパロディのようではありますが。
面白いのは確かですが、ぜんぜんコアではありません
それこそいっそKOFかCVSだけにしてやったほうが個人的には面白い
「見せてやる!藤原の拳を!」とか
「ハァァ・・・くらいやがれぇ!!」とかやってる妹紅が見たかったな
後半は個人的な要望になりましたが、こんなものでコアとか言ったら
本物のコアの方々に怒られますよ?
パロはよくわかりませんでしたが
無職ネタがひど過ぎで最高でした
次回作楽しみにしてます(^O^)/
最近ジャンプでやった読み切りの
クーリエよりもニコニコでやった方がうけるのでは?