Coolier - 新生・東方創想話

木の上のディーヴァ

2012/03/12 13:49:06
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 夜雀の歌が聞こえる。
夜は深く、月が大きく顔を覗かせる日に、ミスティアは一人月に向かって歌い続けた。
 木の枝の上をステージに、大きな月を観客に。
 ミスティアは歌う。

――♪

 その時何かの気配を感じてとっさに歌をやめた。
ミスティアは息を潜めて辺りを伺う。

「あれー確かにこっちから声がしたんだけどなー」
「気のせいだったんじゃないか?」
「おっかしいなぁ」
「帰ろう小傘。青娥も心配する」
「うん、それもそうだね~…。あっ!そうだ!ねぇ芳香」
「ん?」
「コロッケ食べたい!」
「…思いつきで喋るの辞めたら…」
「やだ!」
「はぁ…」

 声は遠ざかっていく。二人のやり取りに思わずミスティアは笑いがこみ上げて堪えるのが大変だった。
 二人をそっと見送ってから、ミスティアはまた歌いだす。

――♪

 紡ぐメロディはすべて即興ながら、流れるように出てくる音の波は聴く者を魅了するようだった。
 夜雀は歌う。
雨の日は雨を歌う。月の日は月を。
晴れの日は晴れを。風の日は風を。
誰かの為じゃない、他ならぬ自分の為に。



――***



「芳香、今日もあの森に行こうよ」

 小傘は大きな傘を揺らして、落ち着きがない。
すぐにでも行きたいのだろう。
 急ぐ気持ちはすでに行動に出ていて、“行こうよ”なんて誘うように言って置きながら芳香の体は引っ張られていた。

「小傘、それって拒否権は…」
「ない!」

 だよな、と芳香は頷いた。

「じゃあにゃんにゃん、ちょっと行ってくる!」
「遅くなりそうですか?」
「わかんない!」

 元気よく芳香を引っ張りながら小傘は青娥に手を振った。
 引きずられながら芳香も、ため息をつきながら“ちょっと行ってくる”と口を動す。
青娥は二人を見て口元を綻ばせながら頷いた。
それにしても小傘のあの小さな体の何処にあんなパワーがあるのだろうと感心しながら青娥は二人を見送るのだった。

「で、何をするんだ」

 いい加減引きずられるのにも飽きて、芳香は観念した。
小傘の無計画ぶりと、何処までも突っ走るのは今に始まったことじゃない。
事が始まればもう諦めるしかないのだ。

「犯人探し」
「なんか事件でもあったのか?」
「昨日歌が聞こえたって言ったじゃん」
「うん」
「それの犯人」
「……それって犯人って言うのか?」
「知らない」
「素直に歌声の人を探す、とかじゃダメなのか?」
「それじゃあ楽しくない」
「あぁ、なるほど」

 よくわからないが、納得するしかなかった。
そうと決まれば!と小傘は意気込んで昨晩の歌が聞こえたという場所へ向かって行った。
……はずなのだが。
 そもそもこの森に慣れて居ない二人が迷子になることなど極々自然の事だった。

「あっれ~おかしいな。芳香、ここ何処?」
「森?」
「そんなの見ればわかるっちゅーの!」
「な、なんだ?なんで怒ってるんだ?」
「芳香。私達迷子みたいだ!」
「そんなのきた道帰れば…」
「きた道ってどっち?」
「さぁ」

 360度何処を見回しても、二人の周囲に広がるのは一面の木々だ。
冒険話によく出てくる、木に傷をつけておきました、なんて事はない。
 不安が募ったか、小傘は少し不安げに顔を曇らせていた。

「お腹減ったー」

 結構な時間が経ってから、駄々をこねるように小傘は座り込んでしまった。
辺りはほんのり赤く染まる時刻だ。

「我慢しなよ、帰れば青娥がご飯作ってくれるよ」
「もう動けないー」
「まったくもう…」

 少し呆れながらも、芳香も少し疲れて居たので二人は少し大きな木の下で休むことにした。

「うー」
「どうしたの?小傘が唸るなんて珍しいね」

 両の手をこめかみに当てて小傘は唸っていた。
 それから体育座りをして、顔を膝に埋めてから小声で ごめん とだけ呟く。
 小傘なりにこの状況になったことに責任を感じて芳香に謝ったのだろう。
そんな小傘を見て芳香は微笑を浮かべながら頭を撫でてやった。
 普段から小傘がこうやって落ち込むと青娥が優しく撫でてやって居たから、その真似事ではあるが。
 それでも小傘は目を細めて気持ちよさそうにしていた。

――♪

 そんな時聞こえた、音の波。
それは確かに小傘にも芳香にも聞こえた。
二人は顔を見合わせて、今の今まで迷子になっていたのなんて忘れて声の在り処を探した。



――***



 ミスティアがお気に入りの木の枝のステージに向かう途中、昨日見かけた二人を見つけた。
 見れば一人は落ち込み、一人はそれを慰めるように頭を撫でていた。
 傍から見れば姉妹のような二人だった。
外見は似ても似つかない二人だが、それでも二人が姉妹に見えたのは一重にその一瞬のやり取りがとても自然な行為であったからだろう。
 どうしたのだろうか、とミスティアは考えた。
 透き通ったスカイブルーの髪の子に何か悲しい事でもあったのかとミスティアは心配になった。
 そうして、歌う。
 自分もまた、ああやって落ち込んだ時に歌を歌って心を慰めるから。
普段は誰かの為になんか歌いはしないが、それでも歌ってあげたいと感じた。

――♪

 歌声に気づいた二人は打って変わって元気よく私の歌声を目指している。
その顔には先程までの不安はまるでない。
――良かった。
 誰かの悲しい顔は嫌いだ。自分まで巻き込まれるように悲しくなる。
誰かの楽しそうな顔は好きだ。自分も一緒に楽しくなれる。
 だから歌う。私が楽しくあれば、きっと誰かも楽しくあるだろうと思うから。
他ならぬ自分の為に作った自分のための歌を。


――***



 歌声は二人に森を案内するように移動していた。
必死にその声の主を探すが、補足するのは中々に難しかった。
 入り組んだ木々を避けながら歌声を追うのが二人には精一杯だったのである。

そうして夢中で追いかけているうちに、小さなコンサートは終焉を迎えようとしていた。
 森の入り口に出る。歌声はそこで止まった。
夢中で追いかけた二人は入り口に戻れたことに気づくと安堵し、息を吐いた。
 歌声の在り処を見つけられなかった事に後ろ髪を引かれながらも、急速に襲い来る疲労に勝てず、二人は青娥の待つ墓場まで帰る事にした。

 墓場に帰ると、二人は青娥に今日の事を話した。
迷子になったこと。
歌が聞こえたこと。
歌に案内されて帰ってこれたこと。

 話を聞いて青娥はにっこり笑って

「それはまた、聴きに行かなくてはですね」

 と言った。



 青娥の作ったご飯を食べ終わると、二人は疲れて小傘は芳香の肩を枕に、芳香は肩に乗った小傘の頭を枕に寝てしまった。
 仲睦まじい二人を見て、青娥は毛布だけ二人にかけてやった。



――***



 久しく誰かの為に歌うなど、ミスティアはした記憶がなかった。
少しくすぐったい気持ちもあるが、それでも気持ちが良かった。
 そうして今日もまた歌う。木の枝をステージに、観客は月を迎えて。

――♪

 そうして歌い終わると、パチパチと拍手が聞こえた。
誰かに聞かれていた?とミスティアは警戒した。
 見れば一人、月の影に隠れて拍手をしている。
 昼間見たスカイブルーの髪の子とよく似た髪をしながら、雰囲気は真逆の大人を匂わせている。
 体には羽衣を纏わせて、月夜に輝く女性はまるで天女のようにミスティアには見えた。
天女はにっこり笑って拍手をしている。
その顔に、ミスティアは警戒を解いた。

そうしてから何を言う訳でもなく天女は頭を少し横に傾けながら微笑を浮かべている。
 どうやら歌を待っているらしい。
恥ずかしくもあるが、観客にアンコールを待たれては歌わざるを得ない。
 月と天女と。誰かの為の歌を歌う。

――♪

 歌い終わると、天女は先程より大きな拍手でそれを迎えた。
木の枝の上のステージで、ミスティアはゆっくりお辞儀をする。

 今宵のステージはこれにて終了。
互いに名残り惜しくもあるが、それが何処か心地良くもある。
 風が一つ吹いた。
その一瞬で天女は姿を消した。
 まるで初めからそこには居なかったかのように余韻は残さないままだ。
ミスティアもまた、月に見送られて自分の寝床へと帰った。



――***



「なぁ芳香」
「ん、なんだ?」
「今日こそ捕まえよう!」
「懲りないなぁ…」

 目覚めてからすぐ、小傘は芳香の体を昨日のように引っ張っていく。

「青娥、小傘の暴走をちょっと止めてくれ」
「あら、良いじゃないですか。今日は私も一緒に行きますから」
「え?そうなのか?」

 はい、と青娥は頷いて、風呂敷包みのそれを二人に見せる

「おー、にゃんにゃん、これなんだー?」
「お弁当です」
「ベントー?」
「えぇ、今日はピクニックしましょう」
「わーいピクニックー!」

 小傘は両の手を広げて喜んだ。
それをみて青娥もまた、はい、と両の手を合わせて微笑んでいる。
そんな様子を見せられたら芳香も断るわけにはいかない。

「それじゃあ行こう行こうー!」
「ほら、小傘ちゃん走ったら危ないですよ」

 元気よく森を走る小傘に付いて行く芳香とそれを見守るように最後尾で弁当を持つ青娥。
しばらくすると、森の中にぽっかり空いた小さな広場のような所に出た。
 ちょうど良いですね、と青娥は風呂敷を広げてお弁当を開け始めた。



――***



 することも無くミスティアがいつもの森を彷徨っていると、昨晩見た天女と姉妹のような二人とで森を歩くのを見つけた。
 気になって後をこっそりつけてみると、太陽の覗いた森の広場で弁当を広げている。

 楽しそうに弁当を囲む三人を羨ましく思いつつも、BGM替わりにと、ミスティアはまた歌い始めた。

「ほー!ほのほえはー!(おー!この声はー!)」
「こらこら、口に物を入れて喋らないの」

 ゴクンとおかずを飲み込んでから、小傘は改めて辺りを見回した。
だが座ってなさいと青娥に言われたため辺りを見回すだけに留める。
体はそわそわして一向に落ち着いては居ないのだが。

――♪

 歌が終わるとはじめに青娥が拍手をして、それから芳香、小傘と続いて3人で小さく拍手をする。

「気持ちのいい歌のお礼にお弁当は如何ですか、歌姫さん」

 どこに言う訳でも無く、青娥は森に話しかけた。
ミスティアはぴくっと反応してしまった。
 お昼時のお弁当だ、反応して当然だ。その一瞬の反応が、隠れた先の草を揺らした為に、小傘と芳香に見つかってしまった。

「お、発見だー!タイホタイホー」
「なんだ?タイホ?」
「よくわかんないけど、人間が誰か見つけた時言ってたよ!」
「そうなのか」

 見つけたにもかかわらずミスティアを置いてけぼりにしながら会話は進む。
そんな二人の会話を他所に、青娥が静かにミスティアの隣に座った。

「こんな事もあろうかとお弁当を多く作りすぎたのです。良ければご一緒しませんか?」

とにっこり笑っていた。

「おー、犯人なら大歓迎だぞ!」
「小傘、それ多分結構アウトだ」
「なにがだよー!」
「……まぁいいや。私も別に構わない。どうだ?良かったら」

 ミスティアは3人の顔を見回す。
だがそれでもミスティアは首を横に振った。
が、その瞬間

きゅ~

と、ミスティアのお腹が悲鳴をあげた。

「ふふ、体は正直のようですね。ささ、こっちへどうぞ」
「食い終わったらまた歌ってよー!」
「…小傘、初対面の奴を引きずるな」

 半ば無理やり小傘に引きずられながら、四角い弁当を4人で囲むことにした。

「それで名前はなんて言うんだ?」

 無言でパクパクと弁当を食べ続けるミスティアに芳香が問いかける。
よほどお腹が空いていたのか、リスのように頬に沢山のおかずを入れていた。
 それを纏めてゴクンと飲み込んでからミスティアは芳香のほうを向き直る。

「…ミスティア…ミスティア・ローレライ」
「そっか、よろしくなミスティア。私は芳香だ。」
「小傘ー!よろしくなみすちー!」
「青娥と言います。よろしくお願いしますね、ミスティアちゃん」

 と4人がそれぞれ自己紹介をする。
広げた弁当を4人で全て平らげてから、ミスティアはそっと立ち上がった。

「お弁当の…お礼に…」

すぅと息を吸い込んで、3人の目の前で歌う。
風に揺れる木々と川のせせらぎをバックコーラスに、即興の歌を歌う

――♪

 そうして紡がれた歌を聞いて、小傘は青娥の膝の上で寝てしまった。
温かい日差しと、優しい歌声がどうやら小傘を眠りに誘ったらしい。

 日も暮れそうになり、ミスティアの案内で森を抜ける事にした。
芳香が小傘をおんぶして森を進む。
 森の入り口に辿りつくと、そこでミスティアと3人は別れる事にした。

「今度は是非、ミスティアちゃんを私たちの家にご招待しますよ」

と去り際に青娥は言った。
その言葉にミスティアはくすぐったくなる気持ちになりながらも、いつもの木の枝のステージへと向かう。

 楽しみだな、あの三人の家。
どんなところだろう?
と想像するだけでミスティアもまたワクワクしていた。
 こんな気持ちは久々だ。
今日はそんな歌を歌おう。

木の枝のステージに、月の観客を迎えて
ミスティア・ローレライは今日も歌う。
雨の日は雨を歌う。月の日は月を。
晴れの日は晴れを。風の日は風を。
誰かの為じゃない、他ならぬ自分の為に。
でも。たまには自分以外の為に歌うのも悪くない。

今日はそんな歌を歌おう。


 
5作目でどうも。
次はコメディをと書いていたのですが、
思わずほのぼのを書いてしまうと楽しくて筆が止まらないClairです。


そろそろ次のステップに、とは思うのですが
中々に難しいものですね

それではお目を汚しいたしました。
Clair
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コメント



0.430簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
とても穏やかで優しさに溢れていました。
4.80がいすと削除
ワォ!クールよしかちゃん!!CVが朴路美みたいだ!!!
小傘とのタッグというスタイルも、体験版期には見られたものの減ってしまったものなので、これは貴重だわー。
話の転がし方、特に終盤の詰め方次第でもっとパワフルな作品になったと思うのでその点は改良の余地あるかなとは思いました。
しかし、よしかちゃんクールレアレアなのである。
10.60名前が無い程度の能力削除
思い遣りの行き届いたお話ですね。
小傘に引っ張られる芳香、というのはちょっと新鮮。