「……君は人体の構造について、まだまだ勉強が足りないようだな」
私の軽口に対し、道具屋の主人は皮肉めいた口調で答えてきた。
手術台の上で四つん這いになり、剥きだしの尻をこちらに突き出したままの体勢で。
霧雨氏が永遠亭に運ばれて来たのは、つい先程のことだった。
自室で昏睡状態に陥っていた彼は、家人によって里の医者やら祈祷師やらをたらい回しにされた挙句、案内人の手によってここへ送られたのだという。
永遠亭は薬が専門なのに……などと師匠はぼやいていたが、医者の真似事もやっている以上、頼られるのも仕方の無いことだろう。
「八意先生は、どちらへ?」
「『ウドンゲに任せるわ』とか言って出て行きましたよ。なんでも、師匠じゃ手の施しようが無いらしくて」
「君も医者の卵なら、患者を不安にさせるような物言いは慎むべきだと思うのだが、如何かな?」
「いや、私医者になる気はありませんけど」
「ああ言えばこう言う……か。年頃の娘というものは、人間も妖怪も大差無いのだな」
もっともらしい口ぶりで説教を垂れる前に、己の姿を鏡で見てみなさいよ、と言いたくなる。
いい歳したオッサンが、うら若き娘――実年齢は兎も角として――に向かって、惜し気も無く菊門を晒しているこの姿。
とても正気の沙汰とは思えない。だからこそ、永遠亭の荒事担当であるこの私の出番……荒事ってそういう事じゃねえだろ。オイ。
「可能な限り急いで貰えると助かる。どうにも腹が、こう……ズシンとして重苦しいのだよ」
「自業自得って言葉、ご存知ですよね?」
「私の辞書には載ってないな」
「じゃあ書き足しておいて下さい。アナタの名前と一緒にね」
この親あってあの娘あり、か。どうやら減らず口というものは遺伝するみたいね。メモメモっと。
そうそう、自業自得ってのはそのままの意味、つまり彼が置かれている状況を指したものである。
この御仁を苦しめている病巣……いや、異物と呼ぶのが正しいか。それは他でもない、彼自身の手によって体内へとインサートされた物なのだから。
「ホント理解に苦しみますよ。一体全体どういう理由で、そんなモノを下の口から飲み込もうと思ったんですか?」
「君には解るまい。妻に先立たれた男の、一人寝の寂しさというものが……」
「……アナタの奥さん、ご健在ですよね?」
「ああ、今頃は店で私の帰りを待っているだろうな」
もういっちょデカいのをブチ込んだろか、このタコ! ……オーケー、落ち着け私。
こんなオッサンが相手では、奥さんもさぞかし苦労を重ねていることだろう。そりゃ魔理沙も家出するわな。
ちなみに彼の症状については、まだご家族の方に伝えていない。気の毒すぎてとても伝えられないってのが正解だけど。
つうか人里の連中は見抜けんかったのかい。揃いも揃って無能なのかよ? おめでてーな。
「それはそうと、患者のプライバシーは守って貰えるのだろうな? 里の者たちに知られたら、店の評判が少々困ったことになってしまう」
「とっても楽しい仮説を思いついたのですけど、聞いていただけます?」
「伺おうか」
「アナタの所業が里のお医者さんたちには既にバレていて、あえて見て見ぬフリをしている可能性が……」
「…………」
あ、黙った。
しかしよく考えてみたら、あまり楽しい話では無いな。その所為でウチにお鉢が回ってきてしまったわけだからね。
いや、鉢じゃなくて釜か? ……どうでもいい。忘れよう。
「確か君は、催眠術を使い手だったかな」
「ええ。催眠術“の”使い手ですが、それが何か?」
「細かいことを気にするものではない。ひとつ折り入って相談したい事があるのだが……」
「記憶を消してくれ、と仰りたいのですか? まあ出来ない事もありませんよ。なにしろ精神のプロですから」
「それは有難い。今日中に里の住人全てに対して、よろしく計らってくれたまえ」
……お前の記憶じゃねえのかよ! なんちゅう自己中野郎(ルナティックエゴマニアック)なんだよ、このオヤジは!
地上で暮らしてしばらく経つけど、これほどまでにブッ飛んだ人間は初めてだわ。
私が知らないだけで、人里にはこの手の逸材がまだまだ棲息していたりするのだろうか。地上って怖い。
まともに話が通じる分、まだ霊夢や魔理沙の方がマシに思えてしまうよ……。
「親父いっ! 親父どこだ! ここかあっ!?」
おっと、噂をすればなんとやらね。
ケツ丸出し親父のデオキシリボ核酸を受け継いだであろう人間、霧雨魔理沙のご登場だ。
しかし、いきなりこんな場面を見ちゃって大丈夫かしら? 面会謝絶やらDo not disturbやらの札でも掛けておくべきだったかな。
まあ彼女がそんなものを気に掛ける筈も無いか。これは云わば歴史の必然、逃れようのない運命だったという事だろう。
「……なんだよこれ」
うん。その反応が正しいと思うよ。
今ここで「相変わらずお盛んだなあ、親父ィ!」なんて言葉が飛び出した日には、二人まとめて蜂の巣にしてやるところだったわ。
「ウドンゲイン君、アレは君の知り合いかね?」
「気安く名字で呼ばんといてください。アナタの娘さんですよ」
「馬鹿言って貰っては困る。あんな親不孝が服を着て歩いているようなナマモノが、私の娘である筈がなかろう」
「……と、仰ってますけど。そこんトコどうなの魔理沙?」
「その前に一つだけ言わせてくれ。親父のケツに向かって話しかけるのやめろ」
魔理沙、意外にも父親の発言をスルー。
幸か不幸か、彼女が入ってきた方向からでは、霧雨氏の左半身しか見る事が出来ない。
まあ、例え彼の後方から入って来るような事があっても、私の体が邪魔で見えなかった筈ではあるのだが。その、ワームホール的なモノが。
「ふむ、ワームホールとな? 永遠亭ではギョウチュウ検査も受け付けてくれるのか」
「魔理沙、このヒト何とかしてよ。アンタの親父でしょうが、コレ」
「……ああ、待ってろ。すぐに跡形もなく消し去ってやるぜ」
ちなみに、私の名前の一部である優曇華院だけど、これって実は名字なのよね。
師匠は私の事をたまに「ウドンゲ」って呼ぶけど、名字を愛称にするのは如何なものかと私は思うのですよ。
そもそも、この名字をくれたのは他ならぬ師匠じゃん……とか言ってる場合じゃないね。
魔理沙の馬鹿が八卦炉を取り出しやがった。アレだ、アレをブッ放すつもりだ。
「恋符『マスタースパ』」
「弱心『喪心喪意(ディモチヴィエイション)』」
「うおっ!? 何しやがる!」
鈴仙・優曇華院・イナバ選手、見事なファインプレーでした。
幻想入りした対抗呪文みたいでカッコよかったでしょ? 本当は手札破壊だって事はナイショね。
「ははは、ザマアないな馬鹿ムスメ。『マスタースパ』って何だ? 温泉巡りでもするつもりか?」
「くそっ、邪魔するな鈴仙! コイツは、コイツだけは生かしておけん!」
「いいから落ち着きなさいって。アナタこの人のお見舞いに来たんでしょう?」
「ぐっ……」
おや、随分あっさり引き下がったものね。
まあさっきの様子だと、彼女は本当に心配して駆けつけて来たようだったからね。
一応は親子の情ってモノがあるんでしょう。スペルカードよろしく粉々に砕け散っていなければだけど。
「親父が危篤だって聞いたから、急いでここまで来たんだ。なのに、本当になんなんだよコレは……」
「危篤じゃなくて奇特な症状でした、っていう」
「上手い事オチがついたものだ。君は落語家を目指すべきではないかな?」
「永遠亭鈴仙……あっ、なんかソレっぽいかも」
「つまんねーこと聞かせんじゃねえよ、人生の落伍者どもめ」
あらら、魔理沙がスネちゃった。
心配を掛けた張本人がこのザマでは、恨み言のひとつも言いたくなるのが人情だろう。
ちょっとだけ可哀相になってきたかも。
「で、親父の具合はどうなんだよ? 頭と性根以外に悪いところでもあったのか?」
「ああ、それなんだけどね……」
「待ちたまえドン・ゲルーゲ君。ソイツに話しても詮無き事だ。ケツ蹴っ飛ばして追い出してしまえ」
なんだよドン・ゲルーゲって。洗礼名かよ。ドン・シメオン的な。
2014年の大河ドラマが楽しみだよ。地上デジタル放送だって受信しちゃうんだぜ? 私ってば。
玉兎なめんなNHK。日本ハラホロヒレハレ協会め。
「……ああ、そうかい」
「植物の名前?」
「違うよ! ……もう会う事も無いだろうな。せいぜい苦しんで死にやがれ、クソ野郎が」
「待って魔理沙!」
「なんだよ、放せよ! どうせ私なんかお呼びじゃないんだろう!? もう知らねえよ、クソッ……!」
魔理沙が……泣いている。
弾幕ごっこに負けた時とは、明らかに趣を異にする涙。
私にボコボコにされた挙句、「火力でも私に敵わないんじゃない?」と言われた時のそれとは、全く別の種類の涙。
「えーっと、あと何かあったっけ……」
「いちいち思い出さなくていいよ! なぜ引き止める! お前には関係の無い事だろうがっ!」
「そうはいかないわ。遺族の心をケアするのも医者の仕事の一つだって、師匠が言ってた気がするもの」
「遺族!? 私は死ぬのかディンギル君!」
「ああ、遺族は言い過ぎでしたね。ツッこまないであげるから少し黙っていてください」
ツッコミは心の中で済ませるとしよう。ディンギルって何だ。言い間違えにも程ってもんがあるだろ。
そもそもどっから引っ張ってきた。宇宙戦艦なのかウィザードリィなのか、せめてそこだけハッキリさせとけ。あースッキリした。
さて魔理沙だ。現在私は彼女の左腕を掴んでいる。そいつをクイッと引っ張ってやればアラ不思議、魔理沙を抱いてホールド・オン・ミー。
なんか違うな。まあいいや。
「なんだ……何のつもりだ変態ウサギ」
「そう怖がらないで。アナタの傷ついたピュアな心を、鈴仙お姉さんが癒してア・ゲ・ル」
「お前がお姉さんってガラかよ……おい、やめろ。それ以上口を近づけるな」
「私の眼だけを見てればいいの」
「見るか馬鹿! 私を洗脳するつもりだろうが、そうはいかん!」
そう言って瞳を閉じる魔理沙。ここまでは私の計画通り。そしてここからも。
間髪入れずにマウス・トゥー・マウス。このままッ! 舌を! こいつの! 口の中に……つっこんで! 殴りぬけ……ません。
どんなスプラッターショーが始まるんだって話だよ。
「……キャーッ!」
キャーッ? なに今の絹を裂いたような悲鳴は。
まるで生娘のようだった。一体誰の声だろう? 私と魔理沙は悲鳴を上げられる状態ではないのだが。
……ああ、一人だけ居たね。間違ってもキャーとか言っちゃいけない種類の人間が。
「なんだこれは……鈴仙×魔理沙だと? 私の知ってるレイマリと違う……」
なに堂々とレイマリとかぬかしてんだよ、オッサン。オマエの娘なんだぜ、コレ。
私だって別にトチ狂ってこんな事やってるんじゃないんだ。ちゃーんと深いお考えがあっての接吻なんです。
だからモジモジすんな。両手で顔を覆いつつ指の隙間からチラチラ見んな。相変わらずの体勢と伴って吐き気を催す邪悪っぷりだよ。
「新しい……惹かれるな」
「ぷはっ! ……ううっ、もうやだ。お前ら絶対どうかしてるよ……」
あらあら、魔理沙ってばすっかり乙女モードになっちゃって。
何はともあれ、イカレた風狂の夢(ドリームワールド)へようこそ。
これからもっと酷くなるから、その為の心構えってヤツが必要だったってワケよ。他意は無い。多分。
「さて、お義父さん……」
「君にお義父さんなどと呼ばれる筋合いは無い、と言ってみるテスト」
「死語は慎め。ここは幻想郷だ」
むしろ幻想郷だからこそ死語を用いるのではないか、と思ってみるテスト。
まあそんな事はどうでもいい。魔理沙も落ち着いてきたことだし、そろそろ治療を始めてもいい頃だ。
本当はもっと早くに終わらせてしまうつもりだったが、ついつい話し込んでしまったよ。
東方三月精「高草の兎」の頃から、何一つとして成長していないね私は。
「これより、アナタが肛門に挿入した異物の摘出手術を行います」
「肛門に……挿入!? ……驚かないぜ、その程度の事じゃもう私は驚かないぜ」
「ま、待ってくれ旧レイセン君! 娘が、娘が見ている前でそんな……!」
「ああ、気にしなくていいぜ。どうやら私は、オマエの娘でもなんでもないらしいからな」
ニヤニヤ笑う魔理沙と目配せし合った後、私は右腕をL字に曲げて、肘に左手を添える。
そして右手をグーパーグーパー。さながら天を掴まんが如くに。実際掴むのはそんないいモノでは無いが。
「なあ、手袋とかしなくていいのか? その……突っ込むのに」
「ええ、このままイくわ」
「嫌あッ! お願い、生はやめて生は! 私の大腸菌ウヨウヨ地帯が、生のオテテに蹂躙確実ゥ!」
あーあ、今の一言で幻想郷の知的水準が最低レベルにまで落ち込んだわ。
たった一人でそこまでやってのけるって、どういう種類のドミナントなんだこのオヤジは。むしろ憧れるわ。
いやいや、私まで馬鹿の見本になってどうする。とっとと始めちまうとしよう。
「挿入(はい)ります」
「ぬおおおおおおっ!? は、挿入ってく……こない? ナンデ?」
私の手は本来触れるべき穢れの花をすり抜けて、何の抵抗も受けずに奥へ奥へと突き進んで行く。
悲鳴まで用意して貰っておいてナンだけど、私だってオッサンの尻毛やら柔突起やらになんて触りたくありません。
「そう、これすなわち波長操作の妙技!」
誰かが言った。世界は波で出来ていると。波長を操る我ら玉兎のこの力は、世界のあり方をも変えてしまう可能性すら秘めているのだ!
えっ? どうせ幻想郷じゃあ弾幕ごっこや特殊性癖者の治療くらいしか使い道無いだろ、だって? くそっ、否定できないのがつらいわ。
「なんだというのだ。この期に及んで焦らしプレイか?」
「いや、バッチリ入ってるようにしか見えないんだが。親父のケツ、馬鹿になってるんじゃねーの?」
「失敬な! 尻を鍛える大人のAFトレーニング、略して尻トレを毎日続けているのだぞ!? この間だって監修者である岡崎教授に、褒められてハメられて……」
「誰なんだぜ?」
旧作キャラは著作権的にグレーだから、商業書籍に登場させられん奴等ばかりだぜ! ……ってメガネのエライ人が言ってた。
という噂を、玉兎通信で聞いた覚えがあるような無いような。相変わらず無責任な噂をバラ撒いてるなー。ばかだなー。
なんて事を考えている内に、私の右手が目標物へと急接近。あとはコイツの波長をずらして、霧雨氏の体内から取り出すのみだ。
「ひゃうっ!?」
「おっ、どうした? 前立腺でも撫でられたのか?」
「アレの霊圧が……消えた……?」
ワレ異物ノ摘出ニ成功セリ。
だが、表面に纏わりついた臭そうな汁やら液やらは許可しない。逆位相の彼方に葬り去ってやる。
私が取り出したソレは、挿入前の清潔さを伴って、霧雨親子の視界へと降臨、満を辞して……!
「なんだそりゃ……コケシか?」
「ええ。それもただのコケシではない。表面に刻まれた文字、それは……」
「や、やめるんだバイキンゲ君! これ以上、私に恥を掻かせないでっ……!」
「マリサ、だと……?」
「そう、アナタの名前よ。霧雨魔理沙」
ここで霧雨氏、四つん這いのまま天に向かって絶叫。いや、体勢的に遠吠えか?
可哀相過ぎてとても描写できない。言葉にできないたぁこの事かい。
一方の魔理沙は、コケシを手にしたまま神妙な面持ちで黙りこくってやんの。
まあ無理もないわな。よりによって自分の名前が刻まれたコケシで、実の父親がセルフプレジャーに勤しんでいたんだから。
「あー、魔理沙? その……元気出して。カウンセリングが必要なら、私がいつでも付き合うから……」
「……親父よ」
「何か用か? ……笑いたいなら笑えばいい。家出した娘の身を案じるあまり、禁忌に手を染めてしまった愚かな男を、な……」
……ええっ!? そういう方向に持っていくつもりかよ、この変態親父は!
幾ら何でもそりゃ通らねえだろ。もっとマシな言い訳を考えろよ。天狗とかゴルゴムとかの仕業にしちまえって。
「お前が居なくなってからというもの、私も母さんもめっきり老け込んでしまった。なんだかんだでお前の存在は大きかったのだと、失ってみて初めて気付かされたよ」
「子はカスがいい、ってヤツね」
「茶化さないでくれたまえ、鈴仙・優曇華院・イナバ君。白黒の魔法使いの活躍を聞くたびに、嬉しい反面心配で仕方がなかった。いつか取り返しのつかない事になるのでは、とな」
「親父……こんな私を、心配してくれるっていうのかよ……?」
「当たり前だ。娘を可愛く思わない親が、どこの世界に存在するというのだ?」
「だって……だって親父は、私はっ……!」
「すまなかったな、魔理沙」
「……うわあああああああぁっ! お父さぁんっ!」
手術台に腰掛けた父親のもとへ、溢れる涙を隠そうともせずに魔理沙が飛び込んでゆく。
そして抱擁。数年のブランクを埋めんが如くに、親と子が互いの温もりを感じ合っている。
なんというか、改めて気付かされたよ。幻想郷の住民は、たったひとりの例外も無く頭が緩いのだという事を。
「……手術代はツケにしておいてあげるわ。お幸せにね、お二人サン」
なんにせよ、私の役目はこれで終りだ。
親子の“再会”に背を向けて、私は部屋を立ち去ろうとする。
「ありがとう、『先生』」
去り際に掛けられた言葉は、父と娘のどちらが発したものだったのだろうか。
いや、きっと両方で正解だ。そう信じるとしよう。
ところで、このコケシはどう処分すればいいのかしら? 霧雨家と馴染みのある古道具屋にでも引き取ってもらうとか? ふーむ。
どうしても欲しい、って人が居るのなら、譲ってあげないことも無いのだけど。
私の軽口に対し、道具屋の主人は皮肉めいた口調で答えてきた。
手術台の上で四つん這いになり、剥きだしの尻をこちらに突き出したままの体勢で。
霧雨氏が永遠亭に運ばれて来たのは、つい先程のことだった。
自室で昏睡状態に陥っていた彼は、家人によって里の医者やら祈祷師やらをたらい回しにされた挙句、案内人の手によってここへ送られたのだという。
永遠亭は薬が専門なのに……などと師匠はぼやいていたが、医者の真似事もやっている以上、頼られるのも仕方の無いことだろう。
「八意先生は、どちらへ?」
「『ウドンゲに任せるわ』とか言って出て行きましたよ。なんでも、師匠じゃ手の施しようが無いらしくて」
「君も医者の卵なら、患者を不安にさせるような物言いは慎むべきだと思うのだが、如何かな?」
「いや、私医者になる気はありませんけど」
「ああ言えばこう言う……か。年頃の娘というものは、人間も妖怪も大差無いのだな」
もっともらしい口ぶりで説教を垂れる前に、己の姿を鏡で見てみなさいよ、と言いたくなる。
いい歳したオッサンが、うら若き娘――実年齢は兎も角として――に向かって、惜し気も無く菊門を晒しているこの姿。
とても正気の沙汰とは思えない。だからこそ、永遠亭の荒事担当であるこの私の出番……荒事ってそういう事じゃねえだろ。オイ。
「可能な限り急いで貰えると助かる。どうにも腹が、こう……ズシンとして重苦しいのだよ」
「自業自得って言葉、ご存知ですよね?」
「私の辞書には載ってないな」
「じゃあ書き足しておいて下さい。アナタの名前と一緒にね」
この親あってあの娘あり、か。どうやら減らず口というものは遺伝するみたいね。メモメモっと。
そうそう、自業自得ってのはそのままの意味、つまり彼が置かれている状況を指したものである。
この御仁を苦しめている病巣……いや、異物と呼ぶのが正しいか。それは他でもない、彼自身の手によって体内へとインサートされた物なのだから。
「ホント理解に苦しみますよ。一体全体どういう理由で、そんなモノを下の口から飲み込もうと思ったんですか?」
「君には解るまい。妻に先立たれた男の、一人寝の寂しさというものが……」
「……アナタの奥さん、ご健在ですよね?」
「ああ、今頃は店で私の帰りを待っているだろうな」
もういっちょデカいのをブチ込んだろか、このタコ! ……オーケー、落ち着け私。
こんなオッサンが相手では、奥さんもさぞかし苦労を重ねていることだろう。そりゃ魔理沙も家出するわな。
ちなみに彼の症状については、まだご家族の方に伝えていない。気の毒すぎてとても伝えられないってのが正解だけど。
つうか人里の連中は見抜けんかったのかい。揃いも揃って無能なのかよ? おめでてーな。
「それはそうと、患者のプライバシーは守って貰えるのだろうな? 里の者たちに知られたら、店の評判が少々困ったことになってしまう」
「とっても楽しい仮説を思いついたのですけど、聞いていただけます?」
「伺おうか」
「アナタの所業が里のお医者さんたちには既にバレていて、あえて見て見ぬフリをしている可能性が……」
「…………」
あ、黙った。
しかしよく考えてみたら、あまり楽しい話では無いな。その所為でウチにお鉢が回ってきてしまったわけだからね。
いや、鉢じゃなくて釜か? ……どうでもいい。忘れよう。
「確か君は、催眠術を使い手だったかな」
「ええ。催眠術“の”使い手ですが、それが何か?」
「細かいことを気にするものではない。ひとつ折り入って相談したい事があるのだが……」
「記憶を消してくれ、と仰りたいのですか? まあ出来ない事もありませんよ。なにしろ精神のプロですから」
「それは有難い。今日中に里の住人全てに対して、よろしく計らってくれたまえ」
……お前の記憶じゃねえのかよ! なんちゅう自己中野郎(ルナティックエゴマニアック)なんだよ、このオヤジは!
地上で暮らしてしばらく経つけど、これほどまでにブッ飛んだ人間は初めてだわ。
私が知らないだけで、人里にはこの手の逸材がまだまだ棲息していたりするのだろうか。地上って怖い。
まともに話が通じる分、まだ霊夢や魔理沙の方がマシに思えてしまうよ……。
「親父いっ! 親父どこだ! ここかあっ!?」
おっと、噂をすればなんとやらね。
ケツ丸出し親父のデオキシリボ核酸を受け継いだであろう人間、霧雨魔理沙のご登場だ。
しかし、いきなりこんな場面を見ちゃって大丈夫かしら? 面会謝絶やらDo not disturbやらの札でも掛けておくべきだったかな。
まあ彼女がそんなものを気に掛ける筈も無いか。これは云わば歴史の必然、逃れようのない運命だったという事だろう。
「……なんだよこれ」
うん。その反応が正しいと思うよ。
今ここで「相変わらずお盛んだなあ、親父ィ!」なんて言葉が飛び出した日には、二人まとめて蜂の巣にしてやるところだったわ。
「ウドンゲイン君、アレは君の知り合いかね?」
「気安く名字で呼ばんといてください。アナタの娘さんですよ」
「馬鹿言って貰っては困る。あんな親不孝が服を着て歩いているようなナマモノが、私の娘である筈がなかろう」
「……と、仰ってますけど。そこんトコどうなの魔理沙?」
「その前に一つだけ言わせてくれ。親父のケツに向かって話しかけるのやめろ」
魔理沙、意外にも父親の発言をスルー。
幸か不幸か、彼女が入ってきた方向からでは、霧雨氏の左半身しか見る事が出来ない。
まあ、例え彼の後方から入って来るような事があっても、私の体が邪魔で見えなかった筈ではあるのだが。その、ワームホール的なモノが。
「ふむ、ワームホールとな? 永遠亭ではギョウチュウ検査も受け付けてくれるのか」
「魔理沙、このヒト何とかしてよ。アンタの親父でしょうが、コレ」
「……ああ、待ってろ。すぐに跡形もなく消し去ってやるぜ」
ちなみに、私の名前の一部である優曇華院だけど、これって実は名字なのよね。
師匠は私の事をたまに「ウドンゲ」って呼ぶけど、名字を愛称にするのは如何なものかと私は思うのですよ。
そもそも、この名字をくれたのは他ならぬ師匠じゃん……とか言ってる場合じゃないね。
魔理沙の馬鹿が八卦炉を取り出しやがった。アレだ、アレをブッ放すつもりだ。
「恋符『マスタースパ』」
「弱心『喪心喪意(ディモチヴィエイション)』」
「うおっ!? 何しやがる!」
鈴仙・優曇華院・イナバ選手、見事なファインプレーでした。
幻想入りした対抗呪文みたいでカッコよかったでしょ? 本当は手札破壊だって事はナイショね。
「ははは、ザマアないな馬鹿ムスメ。『マスタースパ』って何だ? 温泉巡りでもするつもりか?」
「くそっ、邪魔するな鈴仙! コイツは、コイツだけは生かしておけん!」
「いいから落ち着きなさいって。アナタこの人のお見舞いに来たんでしょう?」
「ぐっ……」
おや、随分あっさり引き下がったものね。
まあさっきの様子だと、彼女は本当に心配して駆けつけて来たようだったからね。
一応は親子の情ってモノがあるんでしょう。スペルカードよろしく粉々に砕け散っていなければだけど。
「親父が危篤だって聞いたから、急いでここまで来たんだ。なのに、本当になんなんだよコレは……」
「危篤じゃなくて奇特な症状でした、っていう」
「上手い事オチがついたものだ。君は落語家を目指すべきではないかな?」
「永遠亭鈴仙……あっ、なんかソレっぽいかも」
「つまんねーこと聞かせんじゃねえよ、人生の落伍者どもめ」
あらら、魔理沙がスネちゃった。
心配を掛けた張本人がこのザマでは、恨み言のひとつも言いたくなるのが人情だろう。
ちょっとだけ可哀相になってきたかも。
「で、親父の具合はどうなんだよ? 頭と性根以外に悪いところでもあったのか?」
「ああ、それなんだけどね……」
「待ちたまえドン・ゲルーゲ君。ソイツに話しても詮無き事だ。ケツ蹴っ飛ばして追い出してしまえ」
なんだよドン・ゲルーゲって。洗礼名かよ。ドン・シメオン的な。
2014年の大河ドラマが楽しみだよ。地上デジタル放送だって受信しちゃうんだぜ? 私ってば。
玉兎なめんなNHK。日本ハラホロヒレハレ協会め。
「……ああ、そうかい」
「植物の名前?」
「違うよ! ……もう会う事も無いだろうな。せいぜい苦しんで死にやがれ、クソ野郎が」
「待って魔理沙!」
「なんだよ、放せよ! どうせ私なんかお呼びじゃないんだろう!? もう知らねえよ、クソッ……!」
魔理沙が……泣いている。
弾幕ごっこに負けた時とは、明らかに趣を異にする涙。
私にボコボコにされた挙句、「火力でも私に敵わないんじゃない?」と言われた時のそれとは、全く別の種類の涙。
「えーっと、あと何かあったっけ……」
「いちいち思い出さなくていいよ! なぜ引き止める! お前には関係の無い事だろうがっ!」
「そうはいかないわ。遺族の心をケアするのも医者の仕事の一つだって、師匠が言ってた気がするもの」
「遺族!? 私は死ぬのかディンギル君!」
「ああ、遺族は言い過ぎでしたね。ツッこまないであげるから少し黙っていてください」
ツッコミは心の中で済ませるとしよう。ディンギルって何だ。言い間違えにも程ってもんがあるだろ。
そもそもどっから引っ張ってきた。宇宙戦艦なのかウィザードリィなのか、せめてそこだけハッキリさせとけ。あースッキリした。
さて魔理沙だ。現在私は彼女の左腕を掴んでいる。そいつをクイッと引っ張ってやればアラ不思議、魔理沙を抱いてホールド・オン・ミー。
なんか違うな。まあいいや。
「なんだ……何のつもりだ変態ウサギ」
「そう怖がらないで。アナタの傷ついたピュアな心を、鈴仙お姉さんが癒してア・ゲ・ル」
「お前がお姉さんってガラかよ……おい、やめろ。それ以上口を近づけるな」
「私の眼だけを見てればいいの」
「見るか馬鹿! 私を洗脳するつもりだろうが、そうはいかん!」
そう言って瞳を閉じる魔理沙。ここまでは私の計画通り。そしてここからも。
間髪入れずにマウス・トゥー・マウス。このままッ! 舌を! こいつの! 口の中に……つっこんで! 殴りぬけ……ません。
どんなスプラッターショーが始まるんだって話だよ。
「……キャーッ!」
キャーッ? なに今の絹を裂いたような悲鳴は。
まるで生娘のようだった。一体誰の声だろう? 私と魔理沙は悲鳴を上げられる状態ではないのだが。
……ああ、一人だけ居たね。間違ってもキャーとか言っちゃいけない種類の人間が。
「なんだこれは……鈴仙×魔理沙だと? 私の知ってるレイマリと違う……」
なに堂々とレイマリとかぬかしてんだよ、オッサン。オマエの娘なんだぜ、コレ。
私だって別にトチ狂ってこんな事やってるんじゃないんだ。ちゃーんと深いお考えがあっての接吻なんです。
だからモジモジすんな。両手で顔を覆いつつ指の隙間からチラチラ見んな。相変わらずの体勢と伴って吐き気を催す邪悪っぷりだよ。
「新しい……惹かれるな」
「ぷはっ! ……ううっ、もうやだ。お前ら絶対どうかしてるよ……」
あらあら、魔理沙ってばすっかり乙女モードになっちゃって。
何はともあれ、イカレた風狂の夢(ドリームワールド)へようこそ。
これからもっと酷くなるから、その為の心構えってヤツが必要だったってワケよ。他意は無い。多分。
「さて、お義父さん……」
「君にお義父さんなどと呼ばれる筋合いは無い、と言ってみるテスト」
「死語は慎め。ここは幻想郷だ」
むしろ幻想郷だからこそ死語を用いるのではないか、と思ってみるテスト。
まあそんな事はどうでもいい。魔理沙も落ち着いてきたことだし、そろそろ治療を始めてもいい頃だ。
本当はもっと早くに終わらせてしまうつもりだったが、ついつい話し込んでしまったよ。
東方三月精「高草の兎」の頃から、何一つとして成長していないね私は。
「これより、アナタが肛門に挿入した異物の摘出手術を行います」
「肛門に……挿入!? ……驚かないぜ、その程度の事じゃもう私は驚かないぜ」
「ま、待ってくれ旧レイセン君! 娘が、娘が見ている前でそんな……!」
「ああ、気にしなくていいぜ。どうやら私は、オマエの娘でもなんでもないらしいからな」
ニヤニヤ笑う魔理沙と目配せし合った後、私は右腕をL字に曲げて、肘に左手を添える。
そして右手をグーパーグーパー。さながら天を掴まんが如くに。実際掴むのはそんないいモノでは無いが。
「なあ、手袋とかしなくていいのか? その……突っ込むのに」
「ええ、このままイくわ」
「嫌あッ! お願い、生はやめて生は! 私の大腸菌ウヨウヨ地帯が、生のオテテに蹂躙確実ゥ!」
あーあ、今の一言で幻想郷の知的水準が最低レベルにまで落ち込んだわ。
たった一人でそこまでやってのけるって、どういう種類のドミナントなんだこのオヤジは。むしろ憧れるわ。
いやいや、私まで馬鹿の見本になってどうする。とっとと始めちまうとしよう。
「挿入(はい)ります」
「ぬおおおおおおっ!? は、挿入ってく……こない? ナンデ?」
私の手は本来触れるべき穢れの花をすり抜けて、何の抵抗も受けずに奥へ奥へと突き進んで行く。
悲鳴まで用意して貰っておいてナンだけど、私だってオッサンの尻毛やら柔突起やらになんて触りたくありません。
「そう、これすなわち波長操作の妙技!」
誰かが言った。世界は波で出来ていると。波長を操る我ら玉兎のこの力は、世界のあり方をも変えてしまう可能性すら秘めているのだ!
えっ? どうせ幻想郷じゃあ弾幕ごっこや特殊性癖者の治療くらいしか使い道無いだろ、だって? くそっ、否定できないのがつらいわ。
「なんだというのだ。この期に及んで焦らしプレイか?」
「いや、バッチリ入ってるようにしか見えないんだが。親父のケツ、馬鹿になってるんじゃねーの?」
「失敬な! 尻を鍛える大人のAFトレーニング、略して尻トレを毎日続けているのだぞ!? この間だって監修者である岡崎教授に、褒められてハメられて……」
「誰なんだぜ?」
旧作キャラは著作権的にグレーだから、商業書籍に登場させられん奴等ばかりだぜ! ……ってメガネのエライ人が言ってた。
という噂を、玉兎通信で聞いた覚えがあるような無いような。相変わらず無責任な噂をバラ撒いてるなー。ばかだなー。
なんて事を考えている内に、私の右手が目標物へと急接近。あとはコイツの波長をずらして、霧雨氏の体内から取り出すのみだ。
「ひゃうっ!?」
「おっ、どうした? 前立腺でも撫でられたのか?」
「アレの霊圧が……消えた……?」
ワレ異物ノ摘出ニ成功セリ。
だが、表面に纏わりついた臭そうな汁やら液やらは許可しない。逆位相の彼方に葬り去ってやる。
私が取り出したソレは、挿入前の清潔さを伴って、霧雨親子の視界へと降臨、満を辞して……!
「なんだそりゃ……コケシか?」
「ええ。それもただのコケシではない。表面に刻まれた文字、それは……」
「や、やめるんだバイキンゲ君! これ以上、私に恥を掻かせないでっ……!」
「マリサ、だと……?」
「そう、アナタの名前よ。霧雨魔理沙」
ここで霧雨氏、四つん這いのまま天に向かって絶叫。いや、体勢的に遠吠えか?
可哀相過ぎてとても描写できない。言葉にできないたぁこの事かい。
一方の魔理沙は、コケシを手にしたまま神妙な面持ちで黙りこくってやんの。
まあ無理もないわな。よりによって自分の名前が刻まれたコケシで、実の父親がセルフプレジャーに勤しんでいたんだから。
「あー、魔理沙? その……元気出して。カウンセリングが必要なら、私がいつでも付き合うから……」
「……親父よ」
「何か用か? ……笑いたいなら笑えばいい。家出した娘の身を案じるあまり、禁忌に手を染めてしまった愚かな男を、な……」
……ええっ!? そういう方向に持っていくつもりかよ、この変態親父は!
幾ら何でもそりゃ通らねえだろ。もっとマシな言い訳を考えろよ。天狗とかゴルゴムとかの仕業にしちまえって。
「お前が居なくなってからというもの、私も母さんもめっきり老け込んでしまった。なんだかんだでお前の存在は大きかったのだと、失ってみて初めて気付かされたよ」
「子はカスがいい、ってヤツね」
「茶化さないでくれたまえ、鈴仙・優曇華院・イナバ君。白黒の魔法使いの活躍を聞くたびに、嬉しい反面心配で仕方がなかった。いつか取り返しのつかない事になるのでは、とな」
「親父……こんな私を、心配してくれるっていうのかよ……?」
「当たり前だ。娘を可愛く思わない親が、どこの世界に存在するというのだ?」
「だって……だって親父は、私はっ……!」
「すまなかったな、魔理沙」
「……うわあああああああぁっ! お父さぁんっ!」
手術台に腰掛けた父親のもとへ、溢れる涙を隠そうともせずに魔理沙が飛び込んでゆく。
そして抱擁。数年のブランクを埋めんが如くに、親と子が互いの温もりを感じ合っている。
なんというか、改めて気付かされたよ。幻想郷の住民は、たったひとりの例外も無く頭が緩いのだという事を。
「……手術代はツケにしておいてあげるわ。お幸せにね、お二人サン」
なんにせよ、私の役目はこれで終りだ。
親子の“再会”に背を向けて、私は部屋を立ち去ろうとする。
「ありがとう、『先生』」
去り際に掛けられた言葉は、父と娘のどちらが発したものだったのだろうか。
いや、きっと両方で正解だ。そう信じるとしよう。
ところで、このコケシはどう処分すればいいのかしら? 霧雨家と馴染みのある古道具屋にでも引き取ってもらうとか? ふーむ。
どうしても欲しい、って人が居るのなら、譲ってあげないことも無いのだけど。
汚いのに笑える、終始カオスで面白かったです。
あ、コケシはNO Thank youですw
内容のほうは、まあその
しかし面白いw
まさか、ここまで下品な話は書かないだろうという、こちらの予想に真っ向から反逆した作者様を尊敬いたします。割合まじで。
とりあえず素質がありそうな魔理沙パパンには興&干を呼んでおきますね
よって100点!