「大ちゃぁ~ん!!」
太陽の光に包まれて、ふわふわと上空に漂っていたある日。勢いよく手を振って、氷の妖精が私に向かって飛んできた。
「どうしたの?チルノちゃん」
穏やかに尋ねると、彼女は慌てた様子で大声を上げた。
「霊夢が倒れたんだって!」
彼女の言葉の意味がよく分からず、私は聞きなおした。
「! ど、どういうこと? 霊夢さんが倒れたって……」
「あたいもよく知らないけど、天狗が騒いでたんだよ」
博麗の巫女、博麗霊夢はもう少女ではなくなった。普通の魔法使い、霧雨魔理沙と結婚して巫女を引退し、二人の間に出来た子供が新たな博麗の巫女として動いている……という話を聞いたのは、四年も前の話である。その話を聞いてから、私は霊夢さんには会ってない。
私達は顔を見合わせると、ぎゅっとお互いの手を握って博麗神社へと出発した。
☆
神社にはすでに、沢山の妖怪やら鬼やらが集まっていた。私達は空に浮いたまま、神社の居間を覗き込んだ。
そこには――。
白い肌の彼方此方に赤いシミを付け、全身キズだらけで苦しそうに呻くかつての巫女が、いた。
『!』
あまりにも痛々しいその姿に私は息を止め、チルノちゃんは目を逸らしてしまった。霊夢さんの傍らには八雲紫と魔理沙さんが座っており、更にその横には今の巫女であろうまだ幼さの残る少女が、膝上の拳を震わせて唇を強く噛んでいる。神社には、無言の時だけが流れていた。
しばらく経って、唐突に八雲紫が言葉を発した。
「皆。今の現状を伝えるわね。まず霊夢の状態だけど、命は取り留めたわ」
ふぅ、と安堵の息が妖怪たちから漏れた。私も止めていた息をそっと吐き出した。
しかし八雲紫は、険しい表情で言葉を紡いだ。
「だけどね、キズがあまりにも多すぎるのよ。霊夢はもう大人。回復力は少しずつ衰えている。どこまで治るか……」
場は再び重い空気で満たされる。あんなに明るかった太陽はいつの間にか姿を消し、暗闇の中、私は寒さと不安で怯え、震えていた。チルノちゃんと繋いだままの右手だけが、ほんの少し暖かかった。
「……霊夢を襲ったやつは、藍と橙に探させているけどまだ見つからないみたいね。私が今、ただ一つ言えることはね、」
八雲紫は一度言葉を切って、ここにいる誰もが分かっていたけれども、認めたくなかった事実をはっきりと告げた。
「大人になって、力も強くなった霊夢を倒すどころか、致命傷を与えるほどの何者かが、この幻想郷に入り込んでいるということよ」
「このままじゃ、里やあなたたちの住処まで襲われるかもしれない。それに、元々襲われたのはこの子なのよ」
彼女は魔理沙さんの横に座る少女を指した。はっとした少女は、涙を流しながら喋り始めた。
「そ、そうですっ! 師匠は、私を守るために戦って傷付いたんです! だから、私が悪いんです、自分を守るほどの力も無い私がっ!!」
隣の魔理沙さんが、ゆっくりと少女の頭を撫でながら説明を引き継いだ。
「博麗の巫女が敗れれば、幻想郷はバランスを保てない。結界が壊れ、ここは崩壊する。それを止めるために霊夢は戦った。前のようにな。だが敵は思った以上に強かった。流石の霊夢も敵わなかったという訳だ」
「あたい、そいつを絶対に許さない!!」
ずっと顔を背けていたチルノちゃんが叫んだ。顔を真っ赤にさせ、今まで抑えていた冷気が立ち昇る。
「霊夢はもう巫女じゃないけど、でもあたいたちと弾幕勝負して遊んでくれたもん。いつだって変わんなかった。そんな霊夢を皆好きだったんだ。なのに誰かが、あたいたちの幸せを壊した。大切な霊夢を傷付けた!」
いつもの明るい笑みは姿を隠し、チルノちゃんは一気に捲くし立てた。妖怪たちがそれに続いて見えない相手に抗議の声を上げかけたのを制し、魔理沙さんが口を開いた。
「ありがとな、チルノ、皆。霊夢もきっと嬉しいはずだぜ。だけど、今日はもう帰ったほうがいい」
「魔理沙の言う通りね。ここにいても今私たちに出来ることはないわ。霊夢の力を信じるしかない」
「では、何か情報があればこの射命丸へお願いします。幻想郷中に集合をかけますので」
射命丸文の一言から話が纏まり、納得はいかないもののとりあえず神社には魔理沙さんが残る事になり、全員が帰宅した。しかし私は、一つだけ気になることがあり神社に留まっていた。居間では魔理沙さんが、小さな声で霊夢さんに話しかけていた。
「霊夢。お前は、大丈夫だよな。絶対に助かるよな。親友の私が言うんだからな」
「なんで、無茶したんだ。何で助けを求めなかったんだよ。お前がもし消えてしまったら、私はどうしたらいいんだ? 私は、お前を失いたくない……!」
細い声を震わせて、魔理沙さんは霊夢さんに訴えていた。霊夢さんは眠っているのか何も応えない。苦しそうではあるが、昼間よりは穏やかに息をしていた。声が途切れたのを見計らって、私はそっと柱の陰から顔を出して魔理沙さんに声をかけた。
「あの、魔理沙さん……?」
「その声は大妖精か。まだ帰ってなかったのか?」
「はい、私、魔理沙さんにどうしても聞きたいことがあって」
「なんだ?」
「あの、霊夢さんと魔理沙さんは、親友なんですよ、ね?」
「あぁ。それがどうかしたか?」
「じゃあ、親友ってなんですか。私はそれが分からないんです。いつも一緒にいること? 一緒に遊ぶ事? 親友の定義が分からないんです」
「……お前はさ、チルノをバカだと思うか?」
私の疑問に、魔理沙さんは質問で返してきた。
チルノちゃんは、妖精からも妖怪からもバカだと言われている。確かに妖精は頭が弱い。だけどそれは、チルノちゃんだけじゃない。私は、チルノちゃんがバカだなんて考えた事も無かった。しばらくして、私は答えを返す。
「いいえ。チルノちゃんはバカじゃありません。誰よりも純粋で、無邪気でちょっと好奇心が強すぎるだけです」
ふわりと微笑んでチルノちゃんの事を話す。彼女の顔を思い浮かべながら。
「彼女はいい子です。さっきだって、一番最初に霊夢さんの事で発言したのはあの子でしょう?」
「それだけ分かってんなら、答えは出てるぜ」
魔理沙さんは澄んだ黄色の瞳で私を真っ直ぐに見つめ、静かに口を開いた。
「お互いに相手の事を知っていて、相手の事を考えて行動できる人。心を暖かく包み込め、本音を話せる人。そういう奴の事を『親友』って言うんだと私は思う」
「大妖精。お前はチルノのいいところを沢山知ってる。そしてチルノのためになることを一生懸命に出来る。チルノもそうじゃないのか? だったらお前たちは親友だよ。紛れもなく、な」
目の前が、明るくなった気がした。ここ数年間、ずっと悩み続けていた事の答えをようやく見つけることが出来た。心の中に、柔らかいものが広がっていくのを感じてチルノちゃんのことを考えていると、魔理沙さんが首をかしげて訊ねてきた。
「ところで大妖精。お前なんでまたそんな事を急に言い出したんだ?」
「……私は、ずっと何をしていても楽しくなかったんです。いろいろと悩みもあって。だけど、そんなのを話せる人もいなくて。こんな時、親友がいればいいなぁって思っていました。でも気付いたんです。だったら、親友ってどんな人の事をいうんだろうって。一緒にいるチルノちゃんは、違うのかなって」
「そんなとき、魔理沙さんたちのことを思い出したんです。ずっと前に、親友って言葉を使ってたなって。何度も言おうとしたんですけど、こんな質問おかしいかなって考えてしまって言えませんでした。だけど今日、霊夢さんが倒れた事を聞いて、魔理沙さんが霊夢さんの親友ならどうするのか気になって見に来たんです」
「そうか」
魔理沙さんは淡く笑った。霊夢さんの手を握って、そっと目を閉じる。きっとまた、霊夢さんを励ますのだろう。私は微笑ましい気持ちでそれを見て、頭を下げお礼を言った。
「ありがとうございます、魔理沙さん。おかげでスッキリしました!」
「役に立てて何より。これからもよろしくな」
「はいっ。霊夢さんに、お大事にって伝えておいてください」
魔理沙さんに見送られて、私は足取り軽く神社を後にした。しかし現状は全く何も変わっていなかったことに気付いたのは、もう少し後だった。それでもずっと探していたものを手に入れる事が出来たのは、大きな進歩だ。霊夢さんが早く回復して、幻想郷に平和が戻りますように。と宙に浮いている星に願い事をして、私は眠りについた。
☆
一週間がたった。今、博麗神社には結界が張られ、誰も近づけない状態になっていた。霊夢さんが少しずつ回復しているようだから、再び襲われた時の危険を考えれば当たり前のことだろう。
チルノちゃんはあれからずっと家に籠もったまま、呼んでも生返事しか返ってこない。霊夢さんが元気になったよと声をかけても、そう。としか言わない。私は心配でたまらなくなって、許可も取らずに家の中へ入った。
「チルノちゃん!」
チルノちゃんは部屋の隅で丸くなって膝を抱えていた。そして、青い瞳に涙を溜め、私を見て呟いた。
「ねぇ大ちゃん。あたい、霊夢のために何もできなかった。あたいは自分でサイキョーって言って誤魔化してるだけなんだよ。ホントはすっごくバカなのに、認めたくないから」
「チルノちゃん……」
「あたい、ホントにバカだね。勢いだけでいつも突っ走って。だからフイウチに遭ったりするんだ」
チルノちゃんは自分を責めるように言葉を吐き出した。悲しそうな笑みを浮かべて。
「大ちゃんも、あたいに関わらないほうがいいよ。あたいみたいなのと一緒にいたら大ちゃんが――」
我慢が、臨界点を超えた。私は、チルノちゃんの言葉を遮って思い切り叫んだ。彼女には、彼女にだけは、こんな寂しそうな顔をして欲しくなかった。
「チルノちゃんのバカ! 何でそんな事言うの? チルノちゃんはチルノちゃんでしょう! 誰がなんと言ったって、私はチルノちゃんから離れないよ。だって、私達、親友じゃない!!」
「私は、チルノちゃんに笑ってて欲しいの! 苦しい事があったらちゃんと言ってよ。ずっとずっと聞いてあげるから!」
抑えていた感情を、全て吐き出した。チルノちゃんはポカンと口をまん丸に開けて驚いていたが、突如向日葵のような、私が見たかった笑顔で告げた。
「そーだね。あたいこんなウジウジするタイプじゃないね。ありがと大ちゃん!」
いつかみたいに私の手を引っ張って、彼女は外に出て行く。方角からして、きっと博麗神社にいくんだろうな、と思いながらついていく。
「大ちゃん! 霊夢のトコに行こ」
いいよ、と言おうとして、結界が張ってある事を思い出し、ストップをかける。
「ちょっと待って、チルノちゃん。神社には結界が張られてるから、誰も入れないよ」
「だったら」
何処からかスペルカードを取り出して、チルノちゃんはそれをヒラヒラと振った。
「壊すに決まってるじゃない! だってあたいはサイキョーなんだからね!!」
いつものおバカさんな彼女を見ているとクスクスと笑いがこみ上げてきた。お腹を押さえて笑っていると、チルノちゃんが急かすようにスカートの裾を引っ張った。
「どうしたの? へーんな大ちゃん。さ、行くよ博麗神社へ!」
私はチルノちゃんの隣で飛びながら、今日ぐらいは霊夢さんも許してくれるよね、と呟いた。
「ねぇ、チルノちゃん。大好きだよっ!」
「? やっぱり今日の大ちゃんはおかしいよ」
「全然。ただ、本音を言っただけだよ」
「そっか。大ちゃんも同じだったんだ。親友だって思ってくれてたんだねっ! よかった」
心から嬉しいといった感情を見せるチルノちゃんに、私はそっと左手の小指を出した。不思議そうに見る彼女の左手の小指を絡ませて向き合う。そして、私は静かに歌い出した。
「ゆーびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった」
チルノちゃんがもう一回! といって、今度は二人で歌い出す。
『ゆーびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます……』
私達の歌声は、遠くまで響いて、夕焼けの空に吸われて消えた。
太陽の光に包まれて、ふわふわと上空に漂っていたある日。勢いよく手を振って、氷の妖精が私に向かって飛んできた。
「どうしたの?チルノちゃん」
穏やかに尋ねると、彼女は慌てた様子で大声を上げた。
「霊夢が倒れたんだって!」
彼女の言葉の意味がよく分からず、私は聞きなおした。
「! ど、どういうこと? 霊夢さんが倒れたって……」
「あたいもよく知らないけど、天狗が騒いでたんだよ」
博麗の巫女、博麗霊夢はもう少女ではなくなった。普通の魔法使い、霧雨魔理沙と結婚して巫女を引退し、二人の間に出来た子供が新たな博麗の巫女として動いている……という話を聞いたのは、四年も前の話である。その話を聞いてから、私は霊夢さんには会ってない。
私達は顔を見合わせると、ぎゅっとお互いの手を握って博麗神社へと出発した。
☆
神社にはすでに、沢山の妖怪やら鬼やらが集まっていた。私達は空に浮いたまま、神社の居間を覗き込んだ。
そこには――。
白い肌の彼方此方に赤いシミを付け、全身キズだらけで苦しそうに呻くかつての巫女が、いた。
『!』
あまりにも痛々しいその姿に私は息を止め、チルノちゃんは目を逸らしてしまった。霊夢さんの傍らには八雲紫と魔理沙さんが座っており、更にその横には今の巫女であろうまだ幼さの残る少女が、膝上の拳を震わせて唇を強く噛んでいる。神社には、無言の時だけが流れていた。
しばらく経って、唐突に八雲紫が言葉を発した。
「皆。今の現状を伝えるわね。まず霊夢の状態だけど、命は取り留めたわ」
ふぅ、と安堵の息が妖怪たちから漏れた。私も止めていた息をそっと吐き出した。
しかし八雲紫は、険しい表情で言葉を紡いだ。
「だけどね、キズがあまりにも多すぎるのよ。霊夢はもう大人。回復力は少しずつ衰えている。どこまで治るか……」
場は再び重い空気で満たされる。あんなに明るかった太陽はいつの間にか姿を消し、暗闇の中、私は寒さと不安で怯え、震えていた。チルノちゃんと繋いだままの右手だけが、ほんの少し暖かかった。
「……霊夢を襲ったやつは、藍と橙に探させているけどまだ見つからないみたいね。私が今、ただ一つ言えることはね、」
八雲紫は一度言葉を切って、ここにいる誰もが分かっていたけれども、認めたくなかった事実をはっきりと告げた。
「大人になって、力も強くなった霊夢を倒すどころか、致命傷を与えるほどの何者かが、この幻想郷に入り込んでいるということよ」
「このままじゃ、里やあなたたちの住処まで襲われるかもしれない。それに、元々襲われたのはこの子なのよ」
彼女は魔理沙さんの横に座る少女を指した。はっとした少女は、涙を流しながら喋り始めた。
「そ、そうですっ! 師匠は、私を守るために戦って傷付いたんです! だから、私が悪いんです、自分を守るほどの力も無い私がっ!!」
隣の魔理沙さんが、ゆっくりと少女の頭を撫でながら説明を引き継いだ。
「博麗の巫女が敗れれば、幻想郷はバランスを保てない。結界が壊れ、ここは崩壊する。それを止めるために霊夢は戦った。前のようにな。だが敵は思った以上に強かった。流石の霊夢も敵わなかったという訳だ」
「あたい、そいつを絶対に許さない!!」
ずっと顔を背けていたチルノちゃんが叫んだ。顔を真っ赤にさせ、今まで抑えていた冷気が立ち昇る。
「霊夢はもう巫女じゃないけど、でもあたいたちと弾幕勝負して遊んでくれたもん。いつだって変わんなかった。そんな霊夢を皆好きだったんだ。なのに誰かが、あたいたちの幸せを壊した。大切な霊夢を傷付けた!」
いつもの明るい笑みは姿を隠し、チルノちゃんは一気に捲くし立てた。妖怪たちがそれに続いて見えない相手に抗議の声を上げかけたのを制し、魔理沙さんが口を開いた。
「ありがとな、チルノ、皆。霊夢もきっと嬉しいはずだぜ。だけど、今日はもう帰ったほうがいい」
「魔理沙の言う通りね。ここにいても今私たちに出来ることはないわ。霊夢の力を信じるしかない」
「では、何か情報があればこの射命丸へお願いします。幻想郷中に集合をかけますので」
射命丸文の一言から話が纏まり、納得はいかないもののとりあえず神社には魔理沙さんが残る事になり、全員が帰宅した。しかし私は、一つだけ気になることがあり神社に留まっていた。居間では魔理沙さんが、小さな声で霊夢さんに話しかけていた。
「霊夢。お前は、大丈夫だよな。絶対に助かるよな。親友の私が言うんだからな」
「なんで、無茶したんだ。何で助けを求めなかったんだよ。お前がもし消えてしまったら、私はどうしたらいいんだ? 私は、お前を失いたくない……!」
細い声を震わせて、魔理沙さんは霊夢さんに訴えていた。霊夢さんは眠っているのか何も応えない。苦しそうではあるが、昼間よりは穏やかに息をしていた。声が途切れたのを見計らって、私はそっと柱の陰から顔を出して魔理沙さんに声をかけた。
「あの、魔理沙さん……?」
「その声は大妖精か。まだ帰ってなかったのか?」
「はい、私、魔理沙さんにどうしても聞きたいことがあって」
「なんだ?」
「あの、霊夢さんと魔理沙さんは、親友なんですよ、ね?」
「あぁ。それがどうかしたか?」
「じゃあ、親友ってなんですか。私はそれが分からないんです。いつも一緒にいること? 一緒に遊ぶ事? 親友の定義が分からないんです」
「……お前はさ、チルノをバカだと思うか?」
私の疑問に、魔理沙さんは質問で返してきた。
チルノちゃんは、妖精からも妖怪からもバカだと言われている。確かに妖精は頭が弱い。だけどそれは、チルノちゃんだけじゃない。私は、チルノちゃんがバカだなんて考えた事も無かった。しばらくして、私は答えを返す。
「いいえ。チルノちゃんはバカじゃありません。誰よりも純粋で、無邪気でちょっと好奇心が強すぎるだけです」
ふわりと微笑んでチルノちゃんの事を話す。彼女の顔を思い浮かべながら。
「彼女はいい子です。さっきだって、一番最初に霊夢さんの事で発言したのはあの子でしょう?」
「それだけ分かってんなら、答えは出てるぜ」
魔理沙さんは澄んだ黄色の瞳で私を真っ直ぐに見つめ、静かに口を開いた。
「お互いに相手の事を知っていて、相手の事を考えて行動できる人。心を暖かく包み込め、本音を話せる人。そういう奴の事を『親友』って言うんだと私は思う」
「大妖精。お前はチルノのいいところを沢山知ってる。そしてチルノのためになることを一生懸命に出来る。チルノもそうじゃないのか? だったらお前たちは親友だよ。紛れもなく、な」
目の前が、明るくなった気がした。ここ数年間、ずっと悩み続けていた事の答えをようやく見つけることが出来た。心の中に、柔らかいものが広がっていくのを感じてチルノちゃんのことを考えていると、魔理沙さんが首をかしげて訊ねてきた。
「ところで大妖精。お前なんでまたそんな事を急に言い出したんだ?」
「……私は、ずっと何をしていても楽しくなかったんです。いろいろと悩みもあって。だけど、そんなのを話せる人もいなくて。こんな時、親友がいればいいなぁって思っていました。でも気付いたんです。だったら、親友ってどんな人の事をいうんだろうって。一緒にいるチルノちゃんは、違うのかなって」
「そんなとき、魔理沙さんたちのことを思い出したんです。ずっと前に、親友って言葉を使ってたなって。何度も言おうとしたんですけど、こんな質問おかしいかなって考えてしまって言えませんでした。だけど今日、霊夢さんが倒れた事を聞いて、魔理沙さんが霊夢さんの親友ならどうするのか気になって見に来たんです」
「そうか」
魔理沙さんは淡く笑った。霊夢さんの手を握って、そっと目を閉じる。きっとまた、霊夢さんを励ますのだろう。私は微笑ましい気持ちでそれを見て、頭を下げお礼を言った。
「ありがとうございます、魔理沙さん。おかげでスッキリしました!」
「役に立てて何より。これからもよろしくな」
「はいっ。霊夢さんに、お大事にって伝えておいてください」
魔理沙さんに見送られて、私は足取り軽く神社を後にした。しかし現状は全く何も変わっていなかったことに気付いたのは、もう少し後だった。それでもずっと探していたものを手に入れる事が出来たのは、大きな進歩だ。霊夢さんが早く回復して、幻想郷に平和が戻りますように。と宙に浮いている星に願い事をして、私は眠りについた。
☆
一週間がたった。今、博麗神社には結界が張られ、誰も近づけない状態になっていた。霊夢さんが少しずつ回復しているようだから、再び襲われた時の危険を考えれば当たり前のことだろう。
チルノちゃんはあれからずっと家に籠もったまま、呼んでも生返事しか返ってこない。霊夢さんが元気になったよと声をかけても、そう。としか言わない。私は心配でたまらなくなって、許可も取らずに家の中へ入った。
「チルノちゃん!」
チルノちゃんは部屋の隅で丸くなって膝を抱えていた。そして、青い瞳に涙を溜め、私を見て呟いた。
「ねぇ大ちゃん。あたい、霊夢のために何もできなかった。あたいは自分でサイキョーって言って誤魔化してるだけなんだよ。ホントはすっごくバカなのに、認めたくないから」
「チルノちゃん……」
「あたい、ホントにバカだね。勢いだけでいつも突っ走って。だからフイウチに遭ったりするんだ」
チルノちゃんは自分を責めるように言葉を吐き出した。悲しそうな笑みを浮かべて。
「大ちゃんも、あたいに関わらないほうがいいよ。あたいみたいなのと一緒にいたら大ちゃんが――」
我慢が、臨界点を超えた。私は、チルノちゃんの言葉を遮って思い切り叫んだ。彼女には、彼女にだけは、こんな寂しそうな顔をして欲しくなかった。
「チルノちゃんのバカ! 何でそんな事言うの? チルノちゃんはチルノちゃんでしょう! 誰がなんと言ったって、私はチルノちゃんから離れないよ。だって、私達、親友じゃない!!」
「私は、チルノちゃんに笑ってて欲しいの! 苦しい事があったらちゃんと言ってよ。ずっとずっと聞いてあげるから!」
抑えていた感情を、全て吐き出した。チルノちゃんはポカンと口をまん丸に開けて驚いていたが、突如向日葵のような、私が見たかった笑顔で告げた。
「そーだね。あたいこんなウジウジするタイプじゃないね。ありがと大ちゃん!」
いつかみたいに私の手を引っ張って、彼女は外に出て行く。方角からして、きっと博麗神社にいくんだろうな、と思いながらついていく。
「大ちゃん! 霊夢のトコに行こ」
いいよ、と言おうとして、結界が張ってある事を思い出し、ストップをかける。
「ちょっと待って、チルノちゃん。神社には結界が張られてるから、誰も入れないよ」
「だったら」
何処からかスペルカードを取り出して、チルノちゃんはそれをヒラヒラと振った。
「壊すに決まってるじゃない! だってあたいはサイキョーなんだからね!!」
いつものおバカさんな彼女を見ているとクスクスと笑いがこみ上げてきた。お腹を押さえて笑っていると、チルノちゃんが急かすようにスカートの裾を引っ張った。
「どうしたの? へーんな大ちゃん。さ、行くよ博麗神社へ!」
私はチルノちゃんの隣で飛びながら、今日ぐらいは霊夢さんも許してくれるよね、と呟いた。
「ねぇ、チルノちゃん。大好きだよっ!」
「? やっぱり今日の大ちゃんはおかしいよ」
「全然。ただ、本音を言っただけだよ」
「そっか。大ちゃんも同じだったんだ。親友だって思ってくれてたんだねっ! よかった」
心から嬉しいといった感情を見せるチルノちゃんに、私はそっと左手の小指を出した。不思議そうに見る彼女の左手の小指を絡ませて向き合う。そして、私は静かに歌い出した。
「ゆーびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった」
チルノちゃんがもう一回! といって、今度は二人で歌い出す。
『ゆーびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます……』
私達の歌声は、遠くまで響いて、夕焼けの空に吸われて消えた。
大妖精とチルノの「友情」を描いた作品ですが
おそらくこれまで大勢の方が書いたテーマだと思います。
ですから、作品の見せ方(構成「情報を提示する順番」)を工夫しないと
真新しさが無く、読者は楽しめないと感じました。
特に気になったのは
・大妖精が自身の悩みを魔理沙に告白するシーン
>私は、ずっと何をしていても楽しくなかったんです。いろいろと悩みもあって
↑このシーンを物語の前に持ってきて、具体例を出して読者に問題提起をする必要性を感じました。
さらっとセリフで流してしまい、読者は大妖精の苦悩を感じる間も与えられずに
話が進み感情移入が出来ないように思えます。
もし、私なら下記の順番で構成します。
1、悩みを相談しないチルノを大妖精が叱るシーン
*このシーンの意図は読者に
「大妖精はなぜチルノを叱ったのか?」
と思わせ、物語に興味を持ってもらう重要なシーンです。
ですから、大妖精が親友について語るのは後ほどになります。
2、霊夢が襲われたと聞いて博麗神社に行き、紫の話を聞くシーン
*この作品で霊夢が襲われる必要性を感じませんでした。
もしも、私なら日常の中で「大妖精が何をしても楽しくない描写」
そして「こんな時に親友がいれば。そう言えば親友って何?」
と話を展開し、チルノは親友なのかと自問するシーンにします。
ここでは大妖精の胸中を描写し、読者に感情移入してもらうのが狙いです。
3、魔理沙が大妖精に「親友とは何か」と説くシーン
*ここで読者を納得させる答えを、作者が提示する必要があります。
(ここで言う答えとは、万人が望む物でなくても良い。ただし、筋が通っている答えである事)
物語の出来を左右するのは、この場面です。
なので、その前の段階で材料(複線)用意する必要があります。
例えば、魔理沙と霊夢の良好な関係性についてのエピソードを
大妖精の視点から、読者へ情報を提供します。
この魔理沙と霊夢の関係性についての複線は、絶対に不可欠です。
魔理沙と霊夢の関係性の情報を読者に提示しないと
魔理沙の言葉に説得力が生まれないからです。
(関係性の複線はあったが、情報不足(説明不足)のように感じた。もう少し掘り下げた方が良かった)
しかし魔理沙と霊夢の関係は、良好(親友)と読者が理解出来れば良いので
地の分でさらっと流します。(私はそう思うだけで、絶対ではない)
この物語の主人公は大妖精なので
脇役の魔理沙や霊夢が、大妖精より目立ってはいけないからです。
ちなみに、このシーンは2で提示された問題「親友とは?」
の答えを読者が知るシーンです。
4、チルノが悩んでいるシーン
*ここでは葛藤を抱いていた大妖精とは違い
成長した大妖精の姿を読者に見せます。
このシーンは1で提示した問題
「なぜ、大妖精がチルノを叱ったのか?」
の答えをこの段階で読者が知るのです。
物語を時系列順に並べると
2(問題提起)→ 3(2の問題解決) ←大妖精の心境が変化する。
↓成長前と成長後が繋がっている
1(問題提起)→ 4(1の問題解決) ←成長した大妖精がチルノを救う。
読者に提示した二つの問題を解決する構成になります。
小説はいわゆる「文章力(文での表現力)」や「アイディア(独創性)」だけでなく
「構成(情報を読者に提示する順番)」や「説得力(複線などの小説で使われるテクニック)」が重要な媒体です。
構成や説得力は、勉強すれば誰にでも身につける事が出来ます。
ちなみに構成は「起承転結」や「三幕構成」があります。
一度の目を通して見てはいかがでしょうか
内容は悪いとは思いません。
ただ、少し見せ方を工夫すれば、さらによくなったなと思い
僭越ながら、助言めいた事をさせて頂きました。
今後の活躍、よりより作品をお待ちしてしております。
長文、失礼致しました。
SSですのでシリーズ作品でないのであれば本筋に関わらないオリ設定(霊夢の子供)や
作品内で説明されない謎(靈夢を襲った相手、チルノの不意打ち)は少ない方が
テーマに集中できるので読みやすくなると思います。
ともあれ今後に期待!
今後も頑張ってください。