夏の暑い日差しの中、博麗神社に珍しい客が二人来ていた。
「こんにちはー!」
一人は地霊殿の地獄烏、霊烏路空だ。地霊殿で霊夢にボコボコにされたのをきっかけに、霊夢に対して「強敵と書いて『とも』と呼ぶ」状態になっているらしい。
「こんにちは……」
もう一人は、地底に住む妖怪のキスメだ。
「あれ、珍しい組み合わせね」
ちょうど暇をもてあましていた霊夢は、二人を居間に案内して麦茶を出す。
「さっきチルノと会ったときに氷を作ってもらっておいて正解ね」
三人は冷たい麦茶を飲んではふーっと息をつく。
「もう、地霊殿の底は熱くてかなわないわ」
「あんたが言うな!」
思わず霊夢はツッコミを入れる。そもそも地霊殿の底の温度調節が彼女の仕事ではなかっただろうか。
「それにしても、本当に珍しい組み合わせね。何も考えずに熱核弾幕をばらまく節操無しと、可憐で奥ゆかしい井戸の怪かー」
「ちょっと、何か扱いが違いすぎない?」
「だってさ……」
霊夢はキスメをじっと見た。釣られて空もキスメを見る。
桶の中にすっぽりと入った少女は、桶の縁に手をちょこんとかけながら顔だけそっと覗かせている。大きな瞳はどこか不安げでゆらゆら揺らめいている。
「いいわよねー」
「確かにー」
二人はにへらーと表情を崩した。
キスメは「見る人を癒す程度の能力」も持っているらしい。
「私とおくうは昔から友達だったんですよ」
二人に凝視されて顔を赤らめながら、キスメはいつもの小声で言った。
「へえ、そうなんだ?」
「うん。私が八咫烏様の力を頂く前から」
それからしばらくは地底の話題に花を咲かせていた三人だが、しばらくして霊夢がポンと手を叩いた。
「そういえばスイカを井戸で冷やしていたっけ。せっかくだから食べる?」
「お、いいねいいね!」
「わーい」
三人は神社の井戸の前に来ていた。
「さて、スイカを出しますか。おくう、手伝ってくれる?」
「OK」
間もなくしてスイカが引き上げられていった。大きくて立派なスイカだ。
「美味しそうね!」
目をキラキラさせながら空は言った。
「キスメもそう思うだろ?」
見ると、キスメも目をキラキラと輝かせていた。しかし、どうにも様子がおかしい。
「ん? キスメ、あなたひょっとして……」
霊夢はキスメの視線が、スイカではなく、今引き上げられた井戸桶に注がれていることに気づいた。
「この井戸桶が気に入ったとか……?」
「……!!」
すごい勢いでキスメは首を縦に振った。
どうしようという微妙な表情で、とりあえず霊夢は井戸桶をキスメの前に持っていく。
「ああ……これは……」
キスメはおもむろに濡れた井戸桶を手にすると、優しく全体を撫でながら頬ずりをし始める。
「なんて素晴らしい肌ざわり……。長時間水につけられていても失わない木のかぐわしい匂い……。これならあと五十年は戦える」
何と戦うつもりなのかツッコみたいところだが、井戸桶を吟味するキスメの上気した表情があまりにアレだったので、二人は何か見てはいけないものを見ているような背徳感を感じてしまうのであった。
「ね、ねえ、おくう、なんか目のやり場に困るんだけど……」
「う、うん。でも、何かみなぎってくるというか、制御棒ではもう制御しきれないというか」
「なにバカなこと言ってるのよ。本当に脳内パラダイスね」
「そういう霊夢こそ、そのにやけきった表情は何よ、だらしない」
そんなことを囁き合っている中、キスメは意を決したように霊夢の前にやってくる。
「ど、どうしたの?」
「霊夢さん、大変勝手なお願いですが、この井戸桶を譲っていただけないでしょうか。お代は多少かかってもかまいませんです!」
いつになく強い口調でキスメは言った。それだけ神社井戸桶にご執心なのだろうか。
「か、かまわないけどさ……とりあえず、試しに井戸桶に入ってみたら? もしかしたらサイズが合わないかもしれないじゃない」
靴の試着を勧めるように軽いノリだ。
「そ、それもそうですね。それでは試しに入ってみるので、ちょっと向こうまで……」
「? ここでいいじゃない」
井戸桶を持ってその場を離れようとするキスメに、空は何気なく言った。
その途端、キスメの顔は真っ赤になる。
「そ、そんな! 人前で桶を変えるなんて恥ずかしすぎます!!」
その予想外の反応に霊夢と空は顔を見合わせる。
「ねえ、おくう、一つ質問なんだけど、キスメの桶の中ってじっくり見たことある?」
「付き合い長いけど、一度もないわ。なんかピッタリフィットしていて見えないのよ」
そのやり取りだけで、二人は次に取るべき行動を思いついた。同時に目くばせしたことに気づき、思わず互いに親指を立てたりする。
「ねえキスメ、うちの井戸桶をあなたに譲るのはやぶさかじゃないんだけど、ちょっと私、とてもとても興味があるものがあるのよ」
「私たち友達じゃない。隠し事はよくないと思うのよね」
二人が発する尋常じゃない雰囲気に、キスメはおろおろする。
「あの、おくう? 霊夢さん?」
次の瞬間、二人はキスメに飛びかかり、あっという間に神社の中へと連れて行ったのであった。
ピシャリと音を立てて閉まる障子の音に、キスメはビクッと肩を震わせた。
「あの? あの?」
「大丈夫よ、キスメ。これで邪魔者は入らないから」
「親友の私があなたにひどいことをするわけないじゃない。だから、怯えないで」
二人はすっかりできあがった表情で徐々にキスメに近づいていく。
夏の暑すぎる日差しが悪かったのだろうか。
「ねえ、キスメ、私たち、あなたの見えない下半身に興味あるの……」
霊夢はキスメの耳に熱い息をふきかけながら囁いた。よく考えなくても凄い台詞だ。さすがに大声で言うのは抵抗がある。
「ひう……!?」
キスメは怯えた悲鳴をあげる。
「いいじゃない? 見られて減るものじゃないし……」
空は、あまりよろしくない頭から説得と思しき言葉をひねり出す。
「ねえ、おくうはどう思う?」
「うちらの間では、まあ上半身がそうだし、普通に白着物が膝ぐらいまであるんだろうという説が有力よ」
「甘いわね。私の勘は、『丈は膝上20cm♪』のミニスカ着物と見た!」
「そのテがあったか……!」
そんな救いようもない話をしながら、二人はキスメの前後を取る。
「はい、ばんざーい」
霊夢がキスメの手を取ってそう言うと、ついキスメは反射的に万歳してしまった。そのまま腕をしっかりホールドされる。
「……!?」
「キスメ、ごめん。でも、私たちの溢れ出す、えーと、知的好奇心の前には、えーと、もうどうにも止まらないのよ!」
空は桶をしっかりホールドする。
「あ、あの、お二人とも、冗談ですよね……?」
『う……!?』
目をウルウルさせるキスメを見て二人の良心は多大なダメージを受けた。
しかし、それ以上に燃えたぎる何かが二人に走った。
「や、やばいわ、おくう」
「う、うん、やばい」
「なんか、私、危ない道に走りそう……」
「気を、気をしっかり持つのよ、霊夢! そして私!」
頭から湯気をあげながら悩む二人にキスメは、
「あの、おくうと霊夢さんなら……私……恥ずかしいけど……」
顔を伏せて小さな声で呟いた。
「何をされてもいい……」
『くはーっ!!??』
もう二人は限界だった。
二人の脳内にCAUTION!音が鳴り響き、選択肢が出てくる。
①襲う ②脱ぐ ③なんか階段を昇る ④フュージョン
「ど、どうしよう、おくう!? なんかこんな選択肢しか出てこないわ!」
一杯一杯の霊夢に対し、空は何かをこらえるように頭を振りながら、制御棒で華麗に霊夢にアッパーを決めていた。
「キスメは大事な友達よっ!!」
「えええ!? あなたもノリノリだったじゃないの~!? の~!? の~!?」
エコーをかけながら、霊夢は華麗に吹っ飛んだ。
こうして、狂乱は霊夢のKO負けで幕を閉じるのであった。
が!
一度意識したことはどうにもおさまりそうにもない。そんなダメダメな二人であった。それを察したのか、キスメはため息をつく。
「二人ならお見せしますよ……。でも、無理やりは嫌です……」
二人は大いに反省し、キスメから少し離れて、しかし食い入るようにキスメの一挙手一投足に注目する。
恥ずかしさを通り越して呆れたような表情になると、最後にはやれやれとため息をついて、キスメはゆっくりと桶から姿を現した。
『おおおおおおお……!』
そこには……!
「スイカ美味しいわねー」
「お酒も美味しいー」
「…………」
「…………」
「今日はいい日だったわね」
「うん」
霊夢と空は、とびきりの笑顔で赤い夕陽を見ていた。
一方、キスメも神社井戸桶に入りながら、とびきりの笑顔で夕陽を見ていた。
幻想郷は今日も平和です。
ところで、肝心の脱桶シーンが抜けてるみたいなのですがどこに置き忘れたのでしょうか。
しかしキスメの桶の中身とかどうなってるのか、そして二人は何を見たのかが気になりますね。
面白いお話でした。
しかし胡散臭い面子の多い幻想郷において奥ゆかしさってのは非常に魅力的だね
ありがたやありがたや、こりゃとびきりの笑顔にもなりますわい。
……という脳内保管。
ありがとうございますありがとうございます。
そうか!これはイカロフラグですね、分かります。
桶の中身は、このテの作品ではお約束ですが、皆さんの想像にお任せするということで。
個人的にはおくうとキスメのコンビが気に入ったので、またこの二人を主役にした話を近いうちに
発表できたらと思っています。
キスメちゃんかわいい
②『桶に入ってる』でなく『桶を履いてる』
③足の力で桶のバランスをとっているため、ムキムキに鍛えられてる