ここは博麗神社。
神社であるにもかかわらず昼夜問わず妖怪やらなんやらが犇く場所である。
そんでもってついでに弾幕も激しく飛び交う場所である。
ほら、今も。
「……あいたっ!?」
……あ、終わった。
「はいはい、今日も人生の勝利者、っと……」
勝負を挑んできた氷精を一分足らずで撃破し、縁側に戻ってお茶をすすりだした巫女はもちろんご存知、博麗霊夢である。
ここ最近、毎日のようにチルノに弾幕勝負を挑まれ、そして一分足らずで倒しているのだ。
「あいたたた……撃ったね!?大ちゃんにも撃たれたことないのに!」
チルノはふらふらとしながらも、なんとか起き上がる。
今日は帽子をかぶっていたのだが、それもどこかへ落として今は頭の上にはない。
服も少し破れたり焼け焦げたりしている。まあ、しばらくするといつの間にやら直っているので誰も気に留めないのだが。
「そりゃ弾幕ごっこだからね、撃つわよ」
お茶をすすって完全にリラックスモードの霊夢が突っ込みを入れる。
彼女の、とても目立つ割に注目されない特徴であるリボンは綺麗に整ったままで、
注目される上に目立つ特徴である彼女こだわりの巫女服にはほつれ一つない。
「ってか!なんで弾幕ごっこのすぐ後にお茶なんてすすってるのよ!」
「そりゃのど渇いたらお茶飲むでしょ?」
そういって霊夢は湯気の立っているお茶を再びすする。
だというのに、霊夢の肌は汗どころか、上気してすらいなかった。
そして湯飲みから口を離すと、ふうっ、と幸せそうなため息をついた。
「特に、今日は寒いしね」
木枯らしが、二人の肌を撫でる。
冬の訪れを告げるその風は、チルノを複雑な気分にさせた。
「どう?あなたも飲まない?」
霊夢が、その熱いお茶をチルノに差し出す。
「いいよ、そんなあっついの」
「いや、もちろん冷やしたやつだけど。溶けちゃあまずいしね」
「……霊夢、確かにあたいは氷の妖精だけど別に雪だるまじゃあないのよ?」
しかし、運動で汗をかいたチルノは、確かに溶けかかっているように見える。
もっともそれは『見える』だけで別に溶けているわけではないのだが。
まあ、やはり今のチルノのダレっぷりは、本当に溶けているかのようだった。
「って、よく考えたらあたい自分でお茶冷やせるんだった、やっぱりもらうわ」
チルノは霊夢からお茶を受け取ると、自分の力で冷やし、霊夢の隣で飲み始めた。
冷えたお茶が、火照ってどろどろの体に染み渡る。
ようやく生き返った心地がした。
「うー、何で霊夢はこんなに強いのよー……?」
チルノが、不満そうに空を仰ぎつつ言葉を吐き出す。
いくらがんばっても、やられる時間が10秒から一分に延びるぐらいであったのだ。
しかも、霊夢は修行らしい修行をしていない。
当然そんなこと、チルノが納得するわけがないのだ。
「そりゃ、博麗の巫女だからね」
が、それに霊夢はまるで何でチョコは甘いのかという問いに砂糖が入っているからと答えるかのように、
さらっと答えを返した。
「説明になってない!」
だが、砂糖が入っているから、なんて当然その問いを投げかけた者の望む答えではないはずで、
この霊夢の答えも、チルノの納得のいくものではなかった。
「といわれても、これ以外に説明のしようがないのよ」
ここで霊夢が再びお茶をすすり、一旦話が途切れる。
ほうっ、と吐き出す息は、白いもやとなって虚空に消えた。
それが消えるころに、今度は霊夢から話を再開した。
「大体、あんたはなんでそんなに私に勝負を挑んでくるのよ?」
「う……」
チルノは霊夢から目を逸らす。
ごにょごにょと何かを呟き、そして少し黙りこんでしまった。
暫くすると、再び霊夢に目を向けて、こう言った。
「……えっと!れ、霊夢はいろんな異変を解決してきているじゃない!」
「まあね」
確かに、霊夢はさまざまな異変を解決してきた。
大きな異変はもちろんのこと、事と次第によっては小さな異変でも動くことがあった。
「ってことは、いろんな強いやつをぶっとばしてきてるってことでしょ?」
「そうね、確かに」
花の異変のような例外はもちろんあるが、異変を起こすのは大抵力の強い連中だから、
当然霊夢はそいつらを倒してきている。
「つまり、あんたを倒せばあたいが最強ってことなのよ!」
「…………」
……まあ、チルノにしては筋の通ったことを言っている。
しかし、理屈とかそれ以前に。
「あんた、それ今考えたでしょ」
それは態度で丸分かりだった。もっとも、上手く言ったとしても、勘の鋭い霊夢にはおそらく通用しないだろうが。
「うっ……」
「ほらね、図星でしょ」
霊夢はにやりとし、弾幕ごっこに勝ったときよりも嬉しそうな表情でチルノを見つめる。
それと対照的にチルノはうろたえ、口ごもる。
「そっ、その通りよ……でも、ただあんたに勝ちたかっただけ、それっぽい理由がないとだめかなと思っただけよ!」
もう、チルノは霊夢の目を見て話すことができなかった。
しかしそんなチルノにも霊夢は容赦なく追い討ちをかける。
「じゃあ、何で私?」
「き、決まってるでしょ、あたいより強いやつがいるのが許せないだけ!」
それはもちろん嘘だった。
チルノはただ、霊夢に会いたいだけだった。
最初は、霊夢はチルノにとってただ自分より強い、気に食わない奴だった。
だけど、冬に神社に行ったとき。
霊夢は寒いときに現れた『寒い奴』―ーこれは魔理沙が言ったことだが――を受け入れてくれた。
彼女は冬でも腋巫女服を着てるぐらいだから、ちょっとぐらい寒さが上乗せされたところでどうということはない。
だから、冬にチルノが来ても問題はなかった。
それだけのことだったのだけれど。
でも、チルノにとっては、それがとても嬉しかった。
冬における氷精なんて、どこに行っても歓迎してもらえない。
冬に行っても大丈夫なのは、冬の妖怪のレティのところぐらいだった。
そしてチルノは何かと理由をつけて、何度も神社を訪れた。
そのうちに、どんどん霊夢に惹かれていった。
最初は認めたくはなかったが、今ではもう心のどこかでそれを認めてしまっている。
それを、霊夢は見抜いていた。
その上で、さらにチルノを問い詰めた。
「何で?私より弱くて、あんたより強い、かつ倒せば十分力の証明になるやつはいっぱいいるわよ?」
「う~……」
あの説得力のない言い訳さえも底をついた。
頭の中が白くなったり真っ黒になったり、ごちゃごちゃしたりで、いつまで経っても反論の言葉は出てこない。
万策尽きたチルノの取った行動は、
「……もういい、あたいは帰る!」
もう、逃げてしまうことだった。
まだ半分残った湯飲みを置き、縁側から降りて飛び立とうとした。
しかしその動作は、変にゆっくりとしていた。
チルノはもともとそんなにのんびりした性格ではないし、ましてや怒っているときにこんなにゆっくりと動くわけがない。
それは、まるで何かを待っているかのようだった。
しかし、待っていたはずのものは、
「ええ、どうぞ」
チルノの望んでいたものでは、なかった。
胸がズキンと痛む。
また吹いてきた木枯らしも、チルノの肌に突き刺さるようだった。
それを抑えつつ、チルノは振り返る。
「……ほ、本当に帰るわよ!」
「だから、どうぞって言ってるでしょ?」
「ちょっと、お客がいきなり帰ろうとしたら、普通理由を聞くでしょ!?」
「私の普通にそんなのはないわ。で?帰らないの?」
このやり取りの間、霊夢はずっとニヤニヤしていた。
しかしその表情は、チルノが帰るのを望んでいるようなものではなかった。
(……分かってて言ってるな)
さすがのチルノも、これでは気づかないわけがなかった。
霊夢には、隠し事なんて無駄なんだと。
「……やっぱやめた」
チルノは再び地面に降り、踵を返して縁側まで戻ってきた。
「ん?どうして?」
「……あ、あたいは、やっぱり……」
チルノは何か言おうとして、口ごもる。
そして顔を真っ赤にして、伏せてしまった。
「……な、なんでもないわよ!とにかく、あたいは帰らないからね!」
はいはい、と霊夢は返事を返す。
その表情は笑顔から苦笑に変わったぐらいで、相変わらずだった。
やっぱり、霊夢にはかなわない。
霊夢はすべてお見通しなんだ。
あたいの気持ちも、目的も、全部分かっていて聞いているんだ。
そのすべて見通した笑顔が憎たらしい。そして腹立たしい。
……でも、やっぱり……
その先は、頭で考えるのも恥ずかしかった。
でもやはり顔に出やすいチルノのこと、顔は耳まで真っ赤になっていた。
これ以上、チルノは何も考えたくなかった。
考えればもっと顔が赤くなるだろう。
そう思ったチルノは、霊夢の隣にに座り、何も考えないように、何も考えないように…………
「……あら」
気がつくと、霊夢の肩にはチルノの頭が乗っていた。
「ふふっ、疲れて寝ちゃったのね」
あんだけボロボロにやっちゃったからね……と苦笑する。
「やれやれ」
霊夢はころんとチルノを横に倒し、その頭を自分の膝の上に乗せた。
「ほんと、素直じゃない子」
なでなで、とやさしくチルノの頭を撫でる。
「……ま、素直になりきれてないのは私も同じだけど」
すぅ……すぅ……という、規則正しい寝息が聞こえてくる。
「どうしても、意地悪したくなっちゃうのよねぇ」
んぅ……という声がこぼれる。起こしちゃうかな、と撫でるのをやめる。
「本当は、呼び止めてあげたかったのに」
撫でるのを止めたことに抗議するかのように、寝返りを打つ。
「……このままじゃ、嫌われちゃうかもね」
起きているのかと思ったが、やはり寝ているようなので再び撫でる。
『ん……』
再び寝言が聞こえ、撫でる手が一瞬止まる。
『れいむぅ……』
自分の名前を呼ばれ、霊夢はどきっとする。
『………………』
霊夢のほおが緩む。どうやらチルノが何か言ったようなのだが、それは霊夢にしか聞き取れなかったようだ。
「……本当に」
チルノにはかなわない。
「……あなたが、最強のツンデレ恋娘よ」
木枯らしは止み、少しだけ寒さが和らぐ。
だけど、木枯らしが止んでも冬が来ることには変わりはない。
修羅場が到来することには。
★★★
ここは紅魔館。
人のあんまり寄り付かない、紅くて暗いお屋敷。
でも、人以外はいっぱいいるから、当然そこに色恋沙汰も生まれてくる。
メイド長であり、唯一の『人』である十六夜 咲夜も、そんなお年頃だった。
「……咲夜」
さて、そんな咲夜をこの館の主であるレミリア・スカーレットが呼びつけた。
「なんでしょう?」
時を止め、一瞬にしてお嬢様の前に現れる咲夜。
メイド服はいつものようにしっかり整い、突然何かがあっても大丈夫なようにいついかなるときでもナイフは取り出せるようになっている。
その姿は、まさに瀟洒な従者の名に恥じぬものであった。
「んー、回りくどく言うのは面倒だから単刀直入に言うわ。
あなた、門番に告白なさい」
「はぃ!?」
……一瞬にしてそうではなくなってしまった。
咲夜は、その唐突な命令に思わず情けない声を上げる。
「気づいていないとでも思ったの?あなた、あの門番が好きなんでしょう?」
「うぅ、お嬢様には嘘はつけませんね……はい、その通りでございます」
咲夜は姿勢を正し、瀟洒なメイドの姿を取り戻すと、
レミリアに頭を下げ、意外とあっさりとそれを認めた。
「ならば話は早いわ、とっとと告白しなさい。見ててじれったいから」
頬杖をつきながらレミリアは言う。
「そうは言いますがお嬢様……」
その……と咲夜は言葉を濁し、最後まで言わない。
しかし、その赤くなった顔が咲夜の言いたいことをすべて語っていた。
「……恥ずかしいのと、いまさらそんなことはしづらいのね?」
「……その通りでございます」
自分の心をまたもや見抜かれた咲夜は、それだけ口にして頭を垂れる。
咲夜が言うには、まず恥ずかしいのは勿論のこと、
いつも美鈴に対しては辛く当たってきたから、いまさらそんな風には接せない、とのことだ。
「……よし、なら咲夜、あなたは『ツンデレ』になりなさい」
「……『ツンデレ』?」
「パチェ曰く、これは外の世界の言葉だそうだけど……
意味は色々あるけど、私が言いたいのは普段はツンツンしているけど、二人っきりになるとデレデレになる性格ね」
「はぁ……」
「他の種族の似たような言葉に『オラニャン』というのもあるそうよ」
「オラ……ニャン?」
咲夜は想像してみた。
普段は『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!!』
、
そして二人っきりになると一転して猫の様にじゃれる人物の姿を。
「……それは……極端ですね……」
咲夜は戦慄した。
さすがに自分でもここまでは極端じゃない、と。
というか、そんな人物いるのか?と。
「……咲夜、そのオラオラじゃないわよ……まあ、あなたにはある意味ぴったりかもしれないけど……
とにかく、あの門番と二人っきりになって、ツンデレを演出しなさい。
そうすれば『ああ、咲夜さんはツンデレだったんだ』ってなって、不自然じゃないでしょ?」
「……なるほど……わかりましたわ、早速実行してきます」
そういって咲夜は音もなく退室した。
ちなみにツンデレには『素直になれない』みたいな意味もある。
そういう意味では咲夜もすでにツンデレなのだが。
ところでそのころの永遠亭。
「…………っ、ん?」
「あら、どうしたの妹紅?」
「くしゃみが出そうで出なかった、出たんなら誰かが私の噂してたんだろうけど……んー?」
……どうやら、ここにいたようだ。
それでも、そこまで極端にデレないみたいなので、くしゃみは不発に終わったが。
「……美鈴、ちょっといいかしら?」
咲夜は美鈴の部屋の前で美鈴を呼ぶ。
すぐに美鈴は外に出てきた。
「はい、何でしょう咲夜さん……?」
美鈴は表にこそ出さなかったが、疑問に思っていた。
普段は『中国』とか呼ばれてるのに、どうして今日に限って『美鈴』なんだろう、と。
結論から言えば、それは咲夜の演出の一つだった。
普段名前を呼ばないから、二人っきりのときには名前で、っていうことにしようというわけだ。
「まあ、ちょっと、聞きたいことが……長くなりそうだから、中に入ってもいいかしら?」
「ええ、はい、どうぞ」
美鈴は咲夜を中へ通す。
あまり物は多くなく、目立つのはベッドと机と椅子ぐらいのものだった。
中国人は四足なら机以外なんでも食べてしまうとか言われるが、物が少ないのはそれとは関係なく、
単に寝るとき以外はあまり部屋にいないから物を置く必要が少ないのだろう。
というか、美鈴の出身地は不明だ。
それはさておき。
美鈴は、椅子を引いて咲夜に座るように促した。
「どうぞ、咲夜さん。……それで、何の御用ですか?」
美鈴が、咲夜に用件を問う。
そこですかさず、咲夜は予習してきたこの台詞を言った。
「か、勘違いしないでよね!あなたに会いたかったわけじゃないんだから!」
……しかし、それはツンデレはツンデレでも『照れ』のタイプのセリフだった。
「そ、そう……ですか……」
美鈴はなんだかよく分からないような、困った表情を見せる。
(……あれ?しまった、タイミングを間違えたかしら……)
それ以前の問題なのだが、もちろん咲夜は気づかない。
「……こほん、それはともかく。
……えーと、その……」
何か言おうとしても、頭の中が真っ白になる。
もちろん完璧で瀟洒な咲夜のこと、ちゃんと事前にセリフは決めてある。
だけど唯一、恋に関しては完璧でない咲夜は、緊張のあまりその内容を忘れてしまったのだった。
(えーと、二人っきりになったらデレればいいのよね?)
焦れば焦るほど、何も出てこない。
やはり慣れないことはするもんじゃない、と咲夜は思った。
(……どうしようかしら)
首をひねってみても、何も思いつかない。
完全で瀟洒なメイドの名が泣いている。
というか、咲夜自身が泣きそうだった。
「あの、咲夜さん?」
「はひぃ!?」
考えている最中にいきなり声をかけられ、思わず情けない声を出してしまう。
もはや完全で瀟洒なメイドの名はマジ泣き状態だった。
「……私、ちょっと用事があるんです。だから、何も無いんならもう行きますね」
参った。
想定外の事態だ。
しかし、またあんな照れくさい思いをするのは御免だ。
そしてやはり、もう想うだけの日々に終止符を打ちたい。
美鈴がどう想っていようと関係はない。駄目だったら駄目だったで、かえってすっきりする。
はっきりしない、どっちつかずの状態よりはずっといい。
そうだ、今は二人っきり。
照れることなんか無い。言ってしまえばいいんだ。
「待って、美鈴!」
意を決した咲夜は、美鈴を呼び止める。
立ち上がり、ドアへと向きを変えようとしていた美鈴が、その動きを止める。
「……わ、私はあなたのことが好きなの!今日はそれを言いに来たの!」
しばし、静寂が辺りを包む。
台詞を言い切ったはいいが、咲夜を壮絶な恥ずかしさが襲った。
咲夜の顔が紅に染まる。
「……じゃあ、伝えるだけ伝えたから……」
うつむいて、なんとかこれだけ言い残して、咲夜は消えてしまった。
「え、ちょ、咲夜さん!?」
――ああ、私は二人っきりのときにデレることすらできないのか……
それから幾らかの時が過ぎた。
しかし、咲夜はいまだに赤面していた。
「……はぁ」
咲夜はもはやまともに歩ける状態ではなく、壁に手を着いて一歩づつ足を踏み出して歩いていた。
あのときのことを考えると気が狂いそうなので、頭には何か無意味なものを思い浮かべていた。
そうこうするうちに、何とか自室まであとあの角を曲がるだけ、というところまで着き、安堵する。
だが、それは孔明の罠だった。
「あ、咲夜さん!」
美鈴が、咲夜の部屋のまで待ち伏せていた。
驚いた咲夜は、もはや動くことができなかった。
「ずるいですよ、言うだけ言って、返事もさせずに行っちゃうなんて」
それを聞いて咲夜ははっとする。
そういえば、まだ返事を聞いてない。
「……じゃあ……返事は……?」
「もちろん、大好きですよ。咲夜さん」
とくん、と一段と高く胸が脈打つ。
美鈴が、あまりにも素敵な笑顔で、あまりにもさらっと言うものだから。
「……そ、そう……」
照れくさくて。
「……ありがとう」
さくっ
「あいたっ!?」
つい、ナイフ投げ。
「いたた……せ、台詞と行動が一致してませんよ!?」
「ご、ごめんなさい、つい……」
「……まあ、そういうところも咲夜さんの可愛いところでもあるんですが……」
THE WORLD
「あ゛みゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
彼女も、十分『オラニャン(超曲解)』の素質があるようでした。
★★★
ここは妖怪の山。
名前通り妖怪だらけな上、非常に排他的な者の多い社会であるため、人間はまずめったに近寄らない。
今年に入ってからも、三回しか人間が山に入ってきたことはなかった。
そのうち二つは、霊夢と魔理沙が信仰を取り戻しに山に行ったとき、八坂神奈子を倒し、
さらに後日、山の神社のもう一人の神、洩矢諏訪子を倒した、その二回である。
……まあ、この人たちのことだから、知らないうちにもっとたくさん侵入しているかもしれないが。
きちんと確認できている人間の進入は、これらとあと一つ。
そのあと一回は、上白沢慧音が山の神社に来たことだった。
これはそのときの話。
「……で、あの二人はどんな感じなんだ?」
慧音が、ゆっくりと空を飛びながら、先を飛ぶ人物に話しかける。
「お二人は、よく喧嘩なさっているんです。最初は、喧嘩するほど仲がいい、とかその程度に捉えていましたが……」
その人物が、振り返って質問に答える。
彼女の言う『お二人』が誰なのかは、先ほど『山の神社』と述べたのでもうお分かりだろう。
神社の二柱の神、神奈子と諏訪子である。
そしてこの人物が山の神社の巫女、東風谷早苗であることも、また言うまでもないだろう。
「……弾幕というものを知ってから、それはどんどんエスカレートする一方で……」
早苗はうつむき気味に続ける。
その表情が、二人の関係の深刻さを物語っていた。
「この前の夜なんか、諏訪子様が失神してしまうほど激しく……」
「待て早苗、その言い方はやめてくれ。誤解を招く」
「え?」
早苗は分かってない様子で首を傾げる。
その様子を見て、こほん、と咳払いを一つすると、慧音は再び口を開いた。
「それはともかく。喧嘩しているとき以外はどんな感じなんだ?」
「……神奈子様はよく諏訪子様をからかっていて、そんなに嫌っている感じではないのですが、
諏訪子様はかなり神奈子様を嫌っている印象を受けます……何かと目の敵にしますし」
なるほど聞いていた通りだ、と慧音は思う。
以前、霊夢たちから山に行ったときの話を聞いていたのだが、
そのとき神奈子は諏訪子のことを『私の友人』と言っており、
対して諏訪子は『あんな女、敵よ敵!』と言っていたらしい。
「……なるほど、あいつらに似ている。
だから私を呼んだのか」
「はい、幻想郷の色々な人のことを霊夢さんに聞いたときに、あなたと蓬莱人のお二人の話を聞きましたので……」
蓬莱人の二人。それは勿論、輝夜と妹紅のことである。
慧音は、彼女たちをくっつけた実績を持っているのだ。
二人があまりにも命を粗末にするので、見かねた慧音が二人を仲良くさせようとした。
ちなみに、実際には永琳とも協力しているのだが、早苗はより信頼できそうな方に頼んだのだった。
「あいつらを仲良くさせるのは、結構大変だったよ」
慧音は天を仰いだ。
当時のことが、鮮明に慧音の頭に浮かんでくる。
「輝夜は妹紅のことをちょうどいい遊び相手ぐらいにしか思ってなかったみたいだからまだ簡単だったが、
妹紅の方は……まあ今でこそあんなだが、以前は本気で輝夜を憎んでいたからな」
それも無理はないことだった。
妹紅の父親の目が妹紅から逸れたこと。
父親が大恥をかいてしまったこと。
妹紅があんな体になってしまったこと。
それらの原因が、すべて輝夜にあるのだ。
だが、それでも慧音は殺し合いをやめさせたかった。
あのまま殺し合いを続けていては、命の尊さを忘れてしまうからだ。
他に死者が出るかもしれないのはもちろん、当人たちにとってもいいことであるはずがない。
だから、その無理を曲げてでも輝夜と仲良くさせようとした。
「……輝夜のそばにいることへの抵抗をなくそうとしてみたり、妹紅の家の中で二人っきりにさせてみたり。
いろいろ試して、そして今は知っての通りずいぶん仲良くなってくれた」
まああそこまで仲良くならなくてもよかったんだがな、と慧音は苦笑する。
妹紅の方はいまだに認めようとはしないが、今ではあの二人は確かに愛し合っている。
まだ弾幕での勝負はやっているようだが、まあ許容範囲だ。
長い時間の所為か、慧音の作戦が功を奏しすぎたのか、恨みつらみをほとんど忘れて二人はだいぶ自然な関係になったようだ。
その結果がこれなのだから、まあこれは慧音がどうこう言うような問題ではない。
「……まあ、そっちの方にも同じ作戦が通用するかは分からないけどな」
「そうですね……」
早苗はやや沈んだ声で答える。
「でもまあ、行って様子を見てみないことには何も始まらない。
……っと、こうしている間にもう着いたみたいだな」
神社の鳥居が見える。やがてそれは近くなっていった。
あの二人がいないか注意しながら、慧音と早苗は地面に降り立つ。
「邪魔するぞー」
慧音が呼びかけても、誰も返事を返さない。
すぐ近くにはいないみたいなので、慧音は早苗に聞いた。
「なあ、あの二人はいつもどこにいるんだ?」
「うーん、大体は居間でくつろいでいるのですが……弾幕をやっている様子もないみたいですし……」
「よし、じゃあそっちへ行ってみるか」
慧音たちの入ったところから居間へは、割と距離があった。
とりあえず、ちょっと声を張ったくらいでは届かないくらいだ。
「ここです」
居間のふすまの前に立つと、確かに人――まあ居るのは神だろうが――の気配がした。
それを確認した早苗は、挨拶とともにふすまをすっと開いた。
「ただいま帰りまし……」
「お邪魔しま……」
二人は硬直した。
これがギャグ漫画なら、何かしら吐き出していただろう。
彼女らの網膜は、まったく予想だにしなかった光景を捉えていた。
「神奈子ぉ~♪」
諏訪子が、猫撫で声で神奈子の名を呼びながら抱きつく。
「ふふ、よしよし」
神奈子も、そんな諏訪子の頭を撫でる。
これでは話が違う。
仲が悪いどころか、幻想郷でも一、二を争うバカップルっぷりだ。
「……どういうことだ早苗?」
「わ、私が聞きたいですよ……」
「……まあ、妹紅も輝夜と二人のときは多少態度が変わるらしいが……
ここまでは極端じゃないと聞いているぞ」
やや居づらそうにする二人を尻目に、バカップルはなお二人の世界を繰り広げていた。
そして数分後。
「あー、ところで諏訪子」
「なに?」
「う・し・ろ」
「へ?……ああああああ!!」
諏訪子は驚き、慧音たちのほうに向き直る。
「か、帰ってたんなら言いなさいよ早苗……と、誰よ!」
「いえ、ちゃんと言いましたが……」
「ああ、申し遅れた、上白沢慧音という者だ。
早苗どのからあなた方の仲が悪いと相談を受けたのだが……」
「え、ええ!その通りよ!私たち仲が悪いの!」
「じゃあ、抱きついてたのはなんなんだ?」
「そ、それは、えーっと……絞め殺してやろうと思ってたのよ!」
「……腰をか?」
「そ、そうよ!腰でも強い力で絞めれば十分殺せるでしょ!?」
「うーん、それはなかなか厳しいと思うが……」
「できるはずだったのよ!だけどこの女、予想以上に強くて……」
「付き合いは長いだろうあんたら?何でそれぐらい分からないんだ?」
「あ、あーうー……と、とにかく!神奈子は敵なの!」
ちなみにこのやり取りの間、慧音は苦笑していた。神奈子も笑いを堪えきれない様子だった。
そして早苗は呆然とそのやり取りを見守っていた。
ちなみにその間も、神奈子は諏訪子を離そうとしなかった。
「い、いい加減離しなさいよ神奈子!」
「あらあら、抱きついてきたのはどこの誰かしらね?」
「さ、さっき説明したでしょ!」
「まったく、いい加減認めなさいよ……もう人に見られちゃったんだし」
神奈子が呆れた調子で言った。
「み、みられたって二人だけでしょ!?」
段々といちゃついていたのを肯定する方向に話が進んでしまっている。
もう、可哀想になってくるぐらいボロが出ていた。
……と、その時。
神社の居間に一陣の風が吹き込んだ。
「あやややや、お二方がそんな関係でしたとはねぇ……」
幻想郷のブン屋、射名丸文がスクープのにおいをかぎつけて現れたのだった。
「お、お前、いつからそこにいた!?」
慧音が驚いて声を上げる。ちなみに諏訪子は驚きすぎて声も出せないぐらいだった。
「来たのはさっきです。でも話自体は最初から聞いていました。
天狗イヤーは地獄耳、天狗ウイングは空を飛び、天狗ビームは熱光線ですよ」
何だ天狗ビームって。
「ほらほら、新聞屋まで来たわよ?素直に吐いてしまいなさい」
「ううう、うるさーい!」
「……もう、しかたないわね……はい、ちゅうもーく」
と、神奈子が声を上げる。
言われたとおりに、全員が神奈子に注目する。
「ちょ、ちょっと、なんなのよ神奈子」
「まあまあ、いいからちょっとこっちを向いてよ」
諏訪子は、不満そうにしながらも言われるがままに神奈子のほうへと向きを変えた。
ズキュウウウウゥゥゥン
「や、やった!」
「さすが神奈子様、私たちにできないことを平然とやってのける!」
「そこにシビれるあこがれるぅ!」
三人が口々にお約束の台詞を口にする。
諏訪子は、しばらく何をされたのかわからないような目で神奈子を見つめ、
「……うわあああん!」
泣きだした。
頭がどうにかなりそうなのは神奈子のほうだった。
催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなものでは断じてなかった。
まさか、キスしただけで泣かれるなんて。
「……初めてだったのに……」
ようやく涙を拭い、顔を上げて小さな声でやっと神奈子に訴える。
「え、私は諏訪子様の子孫のはずですよ!?その相手とは……」
「ま、まあ、神の子供の作り方は特殊……ってかぶっちゃけ変なのが多いから……
だから、恋人とかはいなかったのかもしれないぞ?」
慧音がうろたえる早苗に解説する。
だが、そんなことは神奈子にとってはどうでもよかった。
いまはただ、泣いている諏訪子をどうにかしたかった。
「あー……ごめんね、諏訪子?」
「…………」
諏訪子に声をかけるが、何も返事を返さない。
それでも神奈子は、言葉を続ける。
「今のはちょっと、軽率だったわ……」
「…………」
「私が悪かった」
「…………」
「あなたが嫌がるかどうかも考えもせずに……」
「……嫌がる?」
ようやく、諏訪子が口を開いた。
「え?」
「そんなこと、あるわけないじゃない、ただ……」
「ただ?」
少し間をおいて、照れたように顔を少し伏せながら諏訪子は続けた。
「……もっと、雰囲気とか考えて……あと、優しくして欲しかった……」
「……あー、私たちは邪魔みたいだから、外、出ようか」
痺れを切らした慧音が切り出した。
「そ、そうですね……」
「うーん、もう少し撮りたいですが……仕方ないですね」
それに同調し、早苗は真っ先に外に出た。
慧音はそれに続き、文も渋々ながら最後に退室した。
「……すみません慧音さん、折角来ていただいたのに……」
外に出た早苗は、やや暗い表情で言った。
慧音への申し訳なさと、唐突な状況変化による疲れからだろう。
「いやいや、仲がいいってのはいいことじゃないか」
「ですね。まああれだと今後早苗さんが大変になりそうな気がしますが」
かもね、と三人で笑う。
「……素直じゃなくったって、振り向いてもらえないよりはよっぽどいいさ……」
慧音が小さくつぶやいた。
どうかしましたか、と早苗は聞いたが、なんでもない、とだけ返した。
「じゃあ、私はそろそろおいとまさせてもらうとするよ」
「あ、里までお送りしましょうか?」
「いやそれには及ばないよ、ではな」
「はい、ありがとうございました」
早苗は満面の笑みで慧音を見送った。
数日後。
再び暗い表情の早苗が慧音の家にやってきた。
訳を聞くと、今度はところかまわずいちゃつくようになったんだとか。
★★★
ここは永遠亭。
深い竹林の奥にあり、永琳を訪ねてくる患者以外は余程の物好きしか来ない場所である。
特に、こんな寒い時期にわざわざ外に出て、こんな竹林の奥を尋ねる人物など皆無である。
……と、こういう出だしをするとだいたいそういう物好きがいるものだが、例に漏れずやっぱりいるのである。
「おーい、輝夜ー」
そう、藤原妹紅である。
「……あれ?誰もいないのか?」
いつもなら、この辺で誰かが出迎えてくれる。
出迎えるって言っても普通の意味だ。攻撃を仕掛けられるわけじゃない。
もちろん、以前はそうだったのだが、最近はそんなことはない。
大体は名無しイナバの誰かがやってきて、
『姫ー、妹紅さんが遊びに来ましたよー!』
などと言うのを『遊びに来たんじゃないって』と苦笑しながらつっこみを入れていたんだが。
そしておそらく、誰もが『遊びに来てる以外の何物でもないじゃないか』と心中で密かにつっこみを入れていたことだろう。
それはさておき。
もう一度呼んでみても、今回は誰も来ない。
仕方がないので、妹紅は輝夜の部屋を目指す。
以前ならば輝夜の部屋など隠されていて分からなかったし、見つけてもすぐに場所を変えられていたものだが、
今は永遠亭の入り口から割と近くに固定されている。
ぎぃ、ぎぃという床のきしむ音、そして妹紅の足音が、いやによく響いた。
だがそれも長い間のことではなく、程なくして輝夜の部屋へ到着した。
きーん、という静寂時独特の軽い耳鳴りのような音が、非常に不快だった。
それを振り切るように、妹紅は声を出す。
「おーい、輝夜ー、いるかー?」
返事が返ってくるか不安だったが、それは杞憂で、すぐに「んー、妹紅?」と返事が返ってきた。
静寂を打ち破る自分以外の声に、妹紅は安堵する。
本人曰く『宿敵』である輝夜の声に安堵するとは、そこだけ聞けばなんとも妙な話だ。
少し間をおいて「入ってー」と言われたので、遠慮なくふすまを開けて進入する。
「よう、なんか今日は人が少ないな」
できるだけ先ほどからの不安を見せないように、開口一番に先ほどからの疑問を口にする。
しかし返事はなく、代わりに輝夜の表情に影が差した。
「……どうした、何があった?」
妹紅は再び不安な表情に戻って輝夜に問いかける。
しかし輝夜はすぐには答えなかった。
再び、あのいやな耳鳴りが妹紅の神経を刺す。
返事を促すべきか妹紅は迷ったが、その結論が出る前に輝夜は声を発していた。
「……あのね」
輝夜の表情からは、何か深刻なものが読み取れる。
妹紅は息を呑んで続きを待った。
「……えーりんたちが、私を置いて、行っちゃったの」
「え!?」
それは予想だにしなかった言葉だった。
まさか、永琳が。
「……いったい、どうしたんだ?あいつらは、どこへ行ってしまったんだ?」
「…………」
またしても無言だった。
これ以上、声をかけることが、妹紅にはできなかった。
実際は、ほんの五秒程度だっただろう。
しかし妹紅には、その間が果てしなく長く思えた。
その間の後、輝夜は口を開いた。
「……地下倉庫」
「……え?」
それもまた、予想だにしなかった言葉だった。
てっきり永琳がとうとう輝夜を見捨てたのかと思ったら。
ちなみに、地下倉庫とは永遠亭の地下にある倉庫である。
月からのもの、幻想郷で手に入れたものなど、さまざまなものが埋まる混沌とした空間で、
倉庫とはいってももはや地下迷宮である。
永琳はそこへ入ると三日は出てこない。
ちなみに今回は鈴仙も同行し、てゐが勝手にそれについていき、
そして雑魚兎たちは三人を出歯亀しに行ったのだった。
「あ、妹紅、もしかして、心配してくれた?」
輝夜は先ほどの表情から一転、笑みを浮かべる。
女心と秋の空、などという言葉があるが、秋の空だってこんな極端な変化はしないはずだ。
どうやらわざと誤解を招くような言い方をしていたようである。
「だ、誰がお前の心配なんか!」
妹紅は声を張り上げて言う。
しかしそんな言葉は、あらそう、と軽く流された。
「……それにしても、口うるさい人がいないっていいわよねー。
一度やってみたかったのよ、ごはんもおふろも無しでノンストップでゲーム。
垢でどころか食事抜きでも死にはしないんだから蓬莱人ならではよね~♪」
このとき、輝夜は気がつけなかった。
妹紅の顔に、くっきりと青筋が浮かんでいたことに。
「おらぁっ!」
ばっしゃーん、という景気のいい音とともに、永遠亭の広い風呂に激しい水しぶきが立った。
少し沈んだ輝夜は、浮力によって水面に浮かび上がる。
やがて息が続かなくなり、顔を上げた。
「……ぷはぁっ!」
「……まったく、風呂ぐらいちゃんと入れよな……」
それを確認した妹紅は呆れ顔で輝夜に声をかける。
妹紅は輝夜を風呂場まで拉致し、だらしなく着崩れた服をひん剥いて浴槽に叩き込んだのだった。
ちなみに、いくら輝夜と仲良くなってきているといっても永遠亭の広い風呂を利用する機会などなかなかないので、
妹紅はちゃっかり全裸にタオルの姿になって入る気満々である。
「う~、いくらなんでもこれはないでしょ~?」
「だったらちゃんと面倒くさがらずに風呂に入れ!」
妹紅の顔には、相変わらず青筋が浮かんでいる。
騙された怒りや、宿敵と呼んでいた相手の体たらくに対する怒りなど、さまざまな怒りが入り混じって、
妹紅はもはや何に対して怒っているのか自分でも分からなかった。
「まったく、ファミコンばっかりやって……」
「ファミコンて、貴女はどこのおかんよ」
妹紅のさりげないボケに、期待通りのツッコミが返ってくる。
そのことで妹紅は少々機嫌を直したようだ。
「でも、わからない?この口うるさく言われない解放感!」
「……まあ、まったく分からないでもないけど。慧音は結構口うるさいしな」
まるで口うるさいおかんのような友人が、妹紅の脳裏に浮かぶ。
尤も、妹紅も一応は貴族だし、生活態度に関してはあまりうるさくは言われなかった。
強いて言えば、あまり『ファミコン』ばかりやるな、と言われるぐらいだ。
しかし特にうるさかったのは、輝夜とのことだ。
最初は、迷惑かけなきゃいいんだろ、と突っぱねていた。
慧音の言葉の意図を、理解することができなかった。
しかし、慧音の根気強い説得と長い時間のおかげで、妹紅はそれを聞き入れ、
今ではこんな風に輝夜と平気で風呂に入ったりできるようになったのだった。
……いや、平気、というのは語弊がある。妹紅は、輝夜との入浴を嫌がるどころか楽しんでいた。
もちろん、そんなこと本人は絶対に認めようとしないのだが。
「……まあ、でもお前ほど酷くはないな」
「うっ……やっぱり?」
そう言われた輝夜はうろたえる。
一応自覚はあったようだ。
「仮にも姫とか呼ばれる立場の奴が、そんなんでいいのか?」
「……あーあー、きこえなーい」
輝夜は耳をふさいで声を上げる。
それはまるで子供のようで、もし今の輝夜に父親が惚れていれば今の妹紅なら
『年考えろロリコン』などと言い放っていたかもしれない。
まあそこまで辛辣じゃないにしても、何かしらの突っ込みは入れているに違いない。
「まったく、長生きしてるってのにガキみたいな奴だな」
「……うう、もこたんが苛める~……」
輝夜は浴槽から身を乗り出し、ぐでー、としてみせる。
ますます子供のようだった。
「苛めてない。客観的事実を言っただけだ。それともこたん言うな。
それなら私はお前をてるよと呼ぶぞ」
「あら、あだ名で呼び合うのね、それ結構いいかも」
「前言撤回、やっぱり輝夜でいく」
「でもできたら『ぐや』のほうが」
「人の話を聞け!」
冬は日が落ちるのが早い。
うかうかしていると、すぐに暗くなり、寒さも訪れてくる。
蓬莱人といえど、その自然の理からは逃れることはできない。
風呂上りとあっては、尚更だ。
「うう、寒くなってきたわね……」
輝夜は、自分の身体を抱えるようにして寒さを堪えている。
「もこた~ん、暖めて~」
「よしいいぞ、やきつくすに火の鳥、クリムゾンフレアに焼殺、いろいろあるぞ」
輝夜がこう出るのを予測していたのか、
間髪いれずにスペカを取り出し、切り返した。
「ちょ、せめてヘルファイアでお願い!」
「はいはい……えっと、燃やすもの燃やすもの……」
結局、妹紅は普通に燃やすものを探し始めた。
とりあえず燃やされないということが確定すると、輝夜は口の端を上げた。
「いやいや、そんなことしなくても……ね?」
甘えるように、身体を摺り寄せる。
妹紅には、輝夜の言わんとすることがすぐに分かった。
「……断る。やっぱお前を焼くことにする。」
立ち上がり、手から小さな炎を出してみせる。
それは一瞬だけ部屋に熱を与え、すぐに消えていった。
「とりあえず、焼き加減だけは選ばせてやる。ウェルダンか黒焦げか炭化か、どれがいい?」
「ちょっと、それじゃほとんど一緒じゃない!」
「生憎、私は細かいことにこだわる性格でね」
「初耳だわ」
「だろうね、今からそうなったんだし」
一通りの掛け合いが終わると、妹紅は別の部屋の囲炉裏の存在を思い出し、そちらに移った。
囲炉裏に火をつけると、輝夜をおいて再び立ち上がった。
「え?妹紅、どこに行くの?」
「どこって、台所だよ。そろそろ飯の時間だろ?」
それが当然のことであるかのように、妹紅は言った。
「もしかして……私のも作ってくれるの?」
「……か、勘違いするなよ!?私の分を作るついでだからな!」
その表情は、輝夜からは見えなかった。
妹紅は、たんっ、と大きめの音を立てて、後ろ手にふすまを閉めて早足で去っていった。
残された輝夜は、囲炉裏のそばに転がり、楽しみね、とつぶやいた。
囲炉裏の火が、小さいながらも力強く揺れる。
それは、妹紅が戻るまで消えることなく輝夜を暖め続けた。
「……おーい、できたぞー」
妹紅の声に、輝夜は身体を縮めながら走った。
声のする部屋に着くとそこには、綺麗に配膳された二人前の料理が並んでいた。
「美味しそう」
輝夜の口から、自然とそんな言葉がこぼれる。
気持ちとしては、すぐにでも飛びつきたいぐらいだったが、
口うるさいおかんの躾の賜物か、それはさすがにしなかった。
「褒めたって何もでないぞ、さっさと食べろ」
妹紅の表情は、やはり輝夜からは見えなかった。
「いただきまーす」
まずは食卓の中央に置かれた肉じゃがに手を伸ばす。
その昔、軍隊の上司と部下の無茶な注文と開き直りから生まれた料理の甘みが、今を生きる輝夜の口内を満たす。
料理には作った人の気持ちが篭っているというが、やはりこの料理もそうなのだろう。
「……うん、おいしい」
誰に言うでもなく、そんな言葉を口にしてしまうほどだった。
「当たり前だ、伊達に何百年も生きちゃいない」
妹紅は、得意げに言うと、自分も箸を取って食べはじめた。
「ふふ、さすがは妹紅……うっ!?」
肉じゃがから味噌汁に標的を変えた輝夜は、突然腹を押さえてうずくまった。
「う……うう……」
「ど、どうした、輝夜!?」
すぐに妹紅は輝夜に駆け寄る。
「大丈夫か?今永琳を呼んでくるからな!」
「…………」
輝夜は、『う』の口のまま、動かず固まっていた。
やがてその口は、ある言葉を紡いだ。
「……うまい」
「………………」
「君がッ!泣くまでッ!殴るのをやめないッ!」
「あいたっ!い、痛い、痛い!」
妹紅はばしばしと輝夜を叩く。
暫くすると目に涙を浮かべていたので止めた。
「まったく、お前と言う奴は……」
「うう……ごめん……」
でも、と輝夜は言うと、少し顔を赤くして、
「……心配してくれたのは、嬉しかったわ」
「だ、誰がお前のことなんか……ッ!」
「いいい、痛い!いたいってば!」
妹紅は顔を伏せ、再び輝夜をばしばし叩いた。
「もういい、輝夜なんて知らん!」
ふん、と子供みたいにそっぽを向いて、再び飯を食べ始めた。
輝夜も叩かれたところを押さえて少々大げさに痛がりながら再び食べ始めた。
「「ごちそうさまでした」」
食べ終わるころには、妹紅の機嫌も直っていた。
二人で食器を片付けて、再び部屋に戻る。
それからは、二人っきりで色々と話をした。
それは、どこからどうみても普通の付き合いであった。
「……それでね、結局えーりんは気づかずじまいだったのよ」
「うわ、そんなことまでやられといてか!?」
自分の日常の話、身内の話、
それだけで二人は盛り上がれた。
「それ、もう鈍いってレベルじゃないだろ……ってか、わざとじゃないのか?」
「いやー、それがどうも違うみたいなのよ……おかしいとは思うけどね」
この二人の付き合いは長い。
でも、長かったのは『宿敵』としての付き合いだ。
「えっと、確か鈴仙と慧音は永琳に惚れてたっけな?」
「それだけじゃないわ、永遠亭のウサギたちの憧れの的だし、
患者の中にもえーりんの診療を受けるためにわざと怪我をする人もいるらしいわ」
こんなふうに普通の話をすることなど、今までほとんどなかった。
輝夜も、妹紅さえも、楽しそうに話をする。
いままでのいさかいなど、まるでまったくなかったかのように。
「本当にえーりんってば、もてるのよ……」
「もてる、といえばさ、慧音も負けちゃいないよ」
しかし、『慧音』という言葉が出たとき、輝夜の微笑みに影が差した。
誤解の無いように言っておくと、輝夜は別に慧音のことが嫌いなわけではない。
馬鹿馬鹿しい嫉妬であるというのは、輝夜自身分かっていた。
自分だって、永琳の話を楽しくしていたし、勿論そこに他意はない。
妹紅も、きっとそうだと……頭では、理解していた。
「いつ行っても、誰かしら慧音の家にいるしな」
「そう……もてるのね、慧音は……」
でも、そんなに楽しそうに慧音の話をされると、やはり妬いてしまう。
輝夜の話だったら、こんな風に楽しそうにはしてくれないだろう。
「そりゃもうもてるもてる、稗田のお嬢様に村の子供たち、白黒に果ては動物まで」
妹紅がこのことをどう思って言っているのかはわからない。
しかし、輝夜には、自分のことのように喜んでいるように見えた。
「本当に、慧音はもてるよなぁ」
きっと、妹紅に他意はない。
でも、どうしても聞いておきたい。
さすがの輝夜も、もてるという言葉を非常に都合よく解釈できるほどのポジティブシンキングは持ち合わせていなかったのだ。
「……妹紅は?」
「え?」
妹紅は、きょとんとして聞き返す。
「妹紅は、どうなの?」
「どうなのって……そりゃ、慧音のことは好きだよ」
悪意がないというのは、時として重い罪である。
それを、輝夜は身をもって思い知った。
この先を続けるのが怖かった。
だけど、続けないわけにはいかなかった。
なんとか、口を動かして次の質問を捻り出す。
「……私と、どっちが好き?」
「慧音」
即答だった。
勿論、妹紅が素直じゃなくて、少々意地悪なのは輝夜もよく知っていた。
だけど。
それでも……それでも、さすがに即答されると、心に突き刺さる。
次の瞬間、輝夜は頭で考えるより先に妹紅に詰め寄り、
「え?」
突き倒し、覆いかぶさった。
マウントポジションを取り、頭の横に手を着いて妹紅の動きを封じる。
「い、いったいな、何するん……」
妹紅は抗議の声をあげかけるも、輝夜の表情を見て言葉に詰まる。
それは、怒っているようでもあったし、泣きそうでもあった。
「……私は、妹紅の本当の気持ちが知りたいの」
いつになく、真剣な表情であった。
妹紅との命のやり取りのときのそれとは、比較にならないほど。
いや、もし妹紅の気持ちが慧音のほうに傾いていたりしたら、死ぬよりも辛い。
そういう意味では、命よりも重い、想いのやり取りであった。
「あ……」
妹紅は、ようやく気がついた。
自分の行為の愚かさに。
その質問の答えなど、二人にとっては分かりきったことだった。
ただ、足りないのは確認だけ。
それが、愛に必ず必要なものだとは言わない。
だけどやはり、ないと不安になるものだ。
「……輝夜」
ずっと先延ばしにしていた答え。
なぜもっと早く、はっきりと伝えなかったのだろう。
言ってはいけない理由などなかった。
ただそこには、意地っ張りという、『言いたくない』仕様もない理由だけだった。
「私は、お前のことが……」
「おーい、誰もいないのかー?」
それは二人、特に妹紅にとって聞きなれた声だった。
「……慧音か……」
「タイミング悪いわね……」
二人は少しだけ離れ、ゆっくりと身を起こす。
上白沢慧音、なんと基本に忠実な女であろうか。
しかし二人ともがあまり驚いた素振りを見せないのは、心のどこかでこのお約束展開を予感していたからだろうか。
こっちにいるぞ、と妹紅が呼びかけてみると、程なくして慧音はふすまを開けて入ってきた。
「お、二人ともこんなところにいたのか……永琳はどこにいるか知らないか?」
「ああ、永琳なら地下倉庫だそうだ。鈴仙たちもそこだから急いだほうがいいぞ」
さりげなく、早くこの場を去るように促す。
しかし慧音はすぐには行かなかった。
「……どうした慧音、こっちをじっと見て?」
「いや、仲がよさそうで羨ましいな……と思ってな」
妹紅は、輝夜の手を握っていた。
見せ付ける、とまでは行かないけども、それは妹紅の気持ちをしっかりと示していた。
今の妹紅には、それが限界だったが。
「とりあえず、お邪魔みたいだからとっとと行くことにするよ」
「ああ、そうしてくれ」
そう妹紅が返すと、慧音は意外そうに妹紅を見つめる。
「……今日はやけに素直だな」
「う、うるさいっ!早くいってこいよ!」
はいはい、と苦笑しながら慧音は去っていった。
妹紅は、改めて輝夜に向き直る。
「それでだな、輝夜……」
「……うん」
「私は、お前のことが、す……」
最後の一文字は、突如響いてきた轟音にかき消された。
またもお約束の展開に、二人はもはや苦笑するしかなかった。
程なくして、永琳たちが部屋に飛び込んできた。
「姫!大変です!私のスーパーウルトラデラックスファイナルロマンシングドラゴンマシーンの
ネジが一本外れてハイパーゴールドラグジュアリーフルオートオートマチック真ファイナル
ヴァーチャルロマンシングときめきドラゴンマシーンになって暴走してるんです!」
「そうなんです!師匠のスーパーウルトラデラックスファイナルロマンシングドラゴンマシーン改め
ハイパーゴールドラグジュアリーフルオートオートマチック真ファイナルヴァーチャルロマンシング
ときめきドラゴンマシーンはすごいパワーを持ってて、師匠と私だけじゃ対処できないんです!」
「な、なんだ!?何があったんだ!?」
「慧音!実は、スーパーウルトラデラックスファイナルロマンシングドラゴンマシーンが
ハイパーゴールドラグジュアリーフルオートオートマチック真ファイナルヴァーチャル
ロマンシングときめきドラゴンマシーンになって暴走してるのよ!」
「なんだって!?あのスーパーウルトラデラックスファイナルロマンシングドラゴンマシーンが!?」
「知っているなら話が早いわ!ハイパーゴールドラグジュアリーフルオートオートマチック真ファイナル
ヴァーチャルロマンシングときめきドラゴンマシーンを止めるのを手伝って!」
「分かった!スーパーウルトラデラックスファイナルロマンシングドラゴンマシーン改め
ハイパーゴールドラグジュアr
「ええい!お前らは寿限無の母親か!さっさと行ってこい!」
「そうね、こんなことしてる場合じゃないわ!天才の名にかけて止めないと!
私は天才、私は万才、私はいちま……20歳よ!」
そう永琳が叫んで、三人は戦車の去った方向へ走り去っていった。
続いて、倉庫のほうから雑魚ウサギたちがぞろぞろと出てきた。
「……これは二人っきりにはなれそうにはないな」
「……そうね」
「……よかったら、私の家に来ないか?」
「ええ、喜んで」
妹紅が、輝夜の手を引いて飛び立つ。
月が、二人を見下ろしていた。
その光の下、二人はゆっくりと竹林を飛ぶ。
妹紅が一度振り返り、少し間をおいてからまた少し速度を上げて飛んでいった。
彼女たちを見下ろす月は、二人の幸せを祝福しているのか、はたまた妬んでいるのか。
そんなことも、後方で永琳たちが起こしている騒ぎも、二人にはどうでもよいことだった。
あと(オラニャン)は男に使う言葉じゃないであって女性には使わないのではないでしょうか?
ということでおねがしまーす
後半がどんどんカオス、だがそこに、しびれるあこが(ry
けろちゃんと乙女な咲夜さんかわいいよ咲夜さん
諏訪子がツンデレとはなんか初めて見た感じですな。他三人は想像つくけど。
これ、凄くいいなぁ
チルノは⑨だけど純粋で良い子ですね
まさかあの名前を全て書いてあるとは・・・
たしかに永琳と教授には「天才」という接点ありますしね~
ところで映姫様の出番が抜けてますよ
きっと小町を説教しながらも、休日は二人でニャンニャンしてるんだよ
閻魔様は仕事とプライベートも白黒はっきりさせるのさ!
ごめんね、お母さんカップリング厨でごめんね
紅魔館の話はレミリアが咲夜さんを好きだったら面白いなぁと妄想して読んだ。
諏訪子様のツンデレは初めて読みましたが意外にイメージ出来た。
ってことは永琳は音痴なのか。
皆さんよいツンデレな事でw
本心を暴かれた時のツンデレはニヤニヤものですわ~。ww
咲夜さんに笑い、もこてるで舌が砂糖漬けになった!!
早苗さん・・・ご家族が増えそうと期待した俺は九天の滝に打たれてくる
終始ニヤニヤしっぱなしで、ブラウザ閉じてからもニヤニヤが止まらない!ww
これは暗に霊夢と⑨と白岩さんの三角関係を(ry
うん、次回作に期待していますb
とても美味しいツンデレ達でしたww
>ハイパーゴールドラグジュアリーフルオートオートマチック真ファイナル
ヴァーチャルロマンシングときめきドラゴンマシーン
なんだこのロマンシグ連携的名称のマシーンはwwwww