" />イチリングバースディ 作者: ナイスガッツ寅造
Coolier - 新生・東方創想話

イチリングバースディ

2012/06/27 15:26:26
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  短い桜の季節は終わり、大地は緑に覆われていた。
 吹く風は心地よく、草木の匂いを乗せて、幻想郷を巡っている。


  命蓮寺、裏庭。
 命蓮寺の肝っ玉母さん…実際には婚姻暦などないが、ともかく肝っ玉おかんポジションである一輪が、独特のリズムで般若心経を口ずさみつつ、洗濯物を干している。
 空はこれ以上ない位の晴天で、湿度も殆ど感じられない。正に、絶好の洗濯日和だった。
  
  寺を住処とする者は多く、毎日の洗濯物も、作務衣から洋服から下着、シーツ、手ぬぐいなど、並大抵の量ではない。
 しかし一輪はそれを特に苦とも思わず、雲山との息の合ったコンビネーションで洗い上げ、干し、取り込み、丁寧にたたんで、必要ならばアイロンまでかけて、各々に渡していた。

  「これでよし、と。さて次は布団かね…」

 一輪は肩をぐるぐると回し、上空を見上げる。彼女を守る存在である、妖怪入道の雲山は、遥か上空で、風に身を任せているようであった。
 
  「あいつめ…天気がいいとすぐこれだ」
 
  一輪はやれやれ、と、ため息を一つつき、懐に手を入れた。
 己の意思、指令を雲山に伝えることの出来る、金色の鉄輪(かなわ)…それを取り出し、高く掲げて、手を振る。

  しかし雲山は、遥か下方、地上にいる一輪に気づきもせず、ゆったりとその身を風に任せていた。

  「ぬ…あんにゃろう、サボタージュとはルックアップ根性じゃないか…この一輪さんをシカトするとはね」
 
  一輪は口元を歪め、僧というには若干、ガラの悪い笑みを浮かべると、その場から飛び上がり、雲山のもとへと向かった。

  「こら雲山! 寝てんのか! 布団を干すのを手伝え!」
 「ぬ…どうした一輪。寝てなぞおらん。気流に身を任せ同化していたのは事実じゃが」
 「嘘つけ! だったら何で、鉄輪に気づかないんだよ。怒らないから正直に言いな!」
 「鉄輪…? いつ出したんじゃ」

  あくまでしらを切る雲山に、一輪は眉を吊り上げ、食って掛かった。
 
  「これが見えないとは言わせないよ! さぁ、手伝え!」
 「…それ、鉄輪か?」
 
  一輪が手にした輪をまじまじと見つめる雲山。ここまで露骨にされると、流石の一輪も頭にきたのか、輪で雲山の頭を叩こうと、勢いよくそれを振り上げた。
 雲山は雲の妖怪であるため、物理的に干渉すること…例えば、殴ったり、蹴ったりすることは出来ない。暖簾に腕押し、糠に釘、豆腐に鎹、雲山に打撃系である。だが、鉄輪に秘められた霊力は、雲山の身体に、一時的に実体を与えることが出来る。
 それを利用すれば、雲山に触れたり、あるいは殴ったり蹴ったりすることも可能となる。

  だが振り下ろされた鉄輪は、雲山の頭を抜け、空を切った。
 ほんのりと、甘い香りが、一輪の鼻に届く。

  「うん…?」
 「わし、それ知っとるよ。なんじゃっけ、ほら、サニーパンチじゃなくて…バーンナックルみたいな名前の…」
 
  一輪は雲山の言葉を遮り、己の持つ鉄輪をじっと見つめる。
 そして一輪は、数秒ほどの沈黙を経て、非常に形容し難い、面白い表情を浮かべて、大声で叫んだ。
 甘い香りを放ち、柔らかな感触をもつそれは…

  「バームクーヘンだこれェエエエエエ!」
 「そうそう、それそれ。うまそうじゃね」
 
  一輪は懐をごそごそとまさぐり、手にしたバームクーヘンを何度も見つめ、再び懐をまさぐる。
 だが何度見つめようと、いくら懐を探そうと、手にしているものは、美味しそうなバームクーヘンであり、鉄輪がどこにもないという事実は揺らがない。
 混乱してしまったのか、一輪は雲山の立派なヒゲを引っ張ろうとするが、当然、固着していない雲山を掴むことは出来ない。しばらくその事実にすら気づかないまま、一輪はばたばたと暴れていたが、やがて静かになる。

  「…一輪?」
 「…上等だコラ。誰の仕業か知らないが、このままで済むと思うなよ…」

  一輪はおもむろにバームクーヘンにかぶり付き、あっという間にその全てを平らげて、口元を拭う。  
 その時、雲山は、久々にそれを目の当たりにした。
 人々から悪魔と呼ばれるほどに恐れられた、やんちゃだった頃の一輪の憤怒相を。


  
  ここで、話は数日前に遡る。

  場所は命蓮寺、本堂。
 葬式や法要などで集まる、たくさんの人間を収容するため、その広さはかなりのものだ。
 本来ならば仏像などが祀られているのが常だが、ご存知の通り、寺の本尊は寅丸星という天然由来の独立可動式ナマモノ本尊であるため、最奥の壁に掛け軸が一幅、掛かっているだけである。
 
  「あーーーーーっはっはっはっ! 何だいそりゃあ、ブッディストジョークって奴かい? 面白いね、僧職系女子とはよく言ったもんだよ」
 「いえいえ八坂さん、これは極めて真面目な話ですよ…」

  大声を上げて笑うのは、守矢神社にいる三柱の神の一柱、八坂神奈子であった。
 神奈子は杯を空にし、傍にあった味噌田楽を、豪快な所作で食べ始める。
 
  「まあまあ、真面目な話もいいけれど、やっぱ酒の席では馬鹿な話のほうが弾むってもんじゃないか? しかしそれにしても、上人どのはお酒が嫌いなようで。それとも守矢の酒はお口に合いませんかな?」

  判りきったことをさも判らぬように言われ、白蓮は頬を膨らませ、ぷいとそっぽを向く。
 戒律により酒を断ってはいるが、全く酒の味を知らない訳ではなく、むしろ目がないと言える。
 この酒宴は、命蓮寺がこの地に建立して、一年が経ったということで、建造に関わった八坂神奈子が提案し、催されたものだ。
 弟子たちの飲酒については特別に許した白蓮だが、自分は一切手をつけず、甘茶や果汁などで喉を潤している。
 上に立つもの自らが戒律を破るようでは、示しがつかないというのが名目であるのだが、神奈子にはそれがつまらないようだ。
 酒を注いだ杯をくるくると回しつつ、白蓮に差し出す。

  「めでたい日なんだ、一杯位いいんじゃないのかい。仏様だって許してくれるだろうし、神なら目の前にいる私が、神霊代表ということで許してしんぜようじゃないか!」
 「いいえ、いけません。そもそも酒は、古くは魔の水と呼ばれ…」
 「ひーじりーん!」

  説法めいた口調でそう言いかけた白蓮の背に、神奈子とともにやってきていた洩矢諏訪子が飛びつき、そのまま後ろから手を回して、白蓮の豊満な胸を揉みしだきはじめる。
 諏訪子の吐く息は相当に酒臭く、既にこれ以上なく出来上がっているようであった。

  「諏訪子さん…! あ、ちょっと、こら! 私の胸は玩具ではありませんよ!」
 「ドゥフフ、減るもんでもなし、よいではないかよいではないか。ヒャア、でっけぇー! 何ですかこりゃあ、寅門天(とらもんてん)チャンと二人して、ここいら一帯の若者の性態系を乱すつもりですかァー!? オパイ! シエリイェッス! オパイ! ヒラキイェッス!」

  諏訪子は胸を掴んだ両手を左右に開閉しながら、楽しそうに笑う。
 神奈子もまた、楽しそうな諏訪子と、困惑して身をよじる白蓮の二人を眺めて、けらけらと笑った。 

  「登呂遺跡の平和は私がキックボクサーマモル! 寅丸星容赦せん! はぁアアアア!」
 
  そんな三人の元に、へべれけになった寅丸が、いきなり滑り込んでくる。
 だが、丹念に磨かれた板張りの床は、大層よく滑り、寅丸は勢い余って神奈子とぶつかり、そのスカートの間に、頭を突っ込んでしまった。
  
  「ウ、ウオオオー!? み、見えねー! 全てが見えねー! これはいわゆる八門遁甲の陣!? エマージェンシー! エマージェンシーですよナズーリン!」
 「カーッカッカッカ! ここは登呂遺跡ではない! 神さびてない深山幽谷であり無限の可能性を秘めた約束の地よ! いかな毘沙門天とて、活かすも殺すも私次第! 貴様の生殺与奪は今、私に握られた!」
 「ホアアー! 何か木の匂いがするー! 助けて下さい白蓮ー!」
 「…もう、知りません! ああもう、八坂さん! お酒を下さい!」
 「おいでなすったァーーーッ! 763テーブル、オーダー頂きましたァーッ! おい諏訪子、喜びの酒、松竹梅を持ってこい! ツー・フィンガー・ノー・チェイサーでな!」
 「かしこまりー!」
  
  白蓮は色々と観念したのか、諏訪子が持ってきた、ツーフィンガーどころの量ではない清酒を、ぐっと一息にあおって、深く、深く、息を吐いた。


  それから数刻後…
 完全に出来上がった者たちしか存在せず、飲むか死ぬか、あるいは寝るかの三択を迫られる世界が形成された。

  とは言え、寝ているのは一輪だけであり、他の者は皆、相変わらずの大騒ぎであった。
 そんな一輪を見て、頬を紅潮させた白蓮が、ぱんぱんと手を叩いて、皆の注目を促した。

  「どうしたセイントホワイトロータス南無三…つまみはもう味噌しかないよ…」
 「塩もあるよぉ!」
 「もう脱ぐものが足袋しかありません! どうしますか!」
 「ご主人は服を着ろ」
 「おお…舟幽霊よ、溺れてしまうとは情けない」
 「オラー! 工業用アルコールでも何でもいいから持ってこいやァアアア! 舟幽霊ナメんじゃねえ! ジャッキーだって飲んでたじゃねえかオルァアアアン!」
 「あれはあの後廃人になるんじゃぞ」
 「…まじで?」

  思い思い、好き勝手に喋っていた白蓮以外のメンツであったが、それでもまだ一片の理性はあるのだろう。白蓮が背筋を伸ばし、皆を見回すと、すぐに押し黙って、その言葉を待った。

  「一輪が寝ているので言いますが、実は三日後…ああ、もう日付が変わっているので明後日ですが…とにかく、明後日は、一輪の誕生日なのです」
 「ほう!」
 「そうでしたか。では、また酒宴ということになるのですか?」
  
  ナズーリンが至極まともな面持ちで、白蓮に尋ねる。まとも、と言っても、彼女も相当に酔っ払っているのか、頭には寅丸の履いていたパンツをかぶっている。
 

  「…まぁ、それはその時判断するとして…去年は私の復活やら寺の建立やらで忙しくて、それどころではなかったのですよね。ひっく。で、いつも甲斐甲斐しく働いてくれている一輪に、皆でお祝いと、プレゼントをあげようかとおもうのです。ひっく」

  焼酎と清酒とみりんをチャンポンにし、箸でかき混ぜたものを、白蓮は息もつかずに飲み干し、そう提案する。
 どうやら好きではあるが、相当な悪食らしい。普段から浮かべている笑顔も、あまり変わらないが、時折、異常なほどに据わった目を見せて、その度に誰かがびくり、と震えていた。
 ともかく、そんな白蓮の提案に、皆もうなずく。

  「いいですね、でも一輪、何が好きなのかなあ? よいしょ…っと…うわっ、キツい! ナズーリンのパンツきついですよ! どんだけお尻ちっちゃいんですかもー!」
  
   作務衣を後ろ前に着込んだ寅丸が、ナズーリンのパンツを脱がせて履きつつ、そう言うと、周りの者たちも、喧々囂々、一輪が好みそうなものを話し合い始める。
 やれ花だ、服だ、酒だと、色々な意見が出るが、当然酒の勢いもあって、すぐにはまとまらない。
 そうこうしていると、神奈子がおもむろに口を開いた。

  「一輪っていう名前なくらいだ、わっかが好きなんじゃないかね?」
 「わっか! わっかなら私も持ってる!」
 「わっか…輪、ですか。確かに一輪は、雲山と心を通わせる道具として、法輪のようなものを持っていますね」

  悪酔い必至の特製チャンポンをなめつつ、白蓮もそういえば、という風に、顎に手をあて、天井を仰いだ。
 
  「まあ…ひっく。わっか…その線で行きますか。星、特別に許可するので、宝物庫から少し、お金を持ってきなさい。それを皆に配りますので、一輪への贈り物を買うとよいでしょう」
 「お、おお! 助かります聖、今月はお小遣いがもうあまりなくて…」 
 「差分は頂いてもよろしいのかの?」
 「だめです。領収書は切って貰ってくださいね」
 「しっかりしてるなー…早苗にも見習わせないといかんか」 
 「いや、神奈子もしっかりしようよ…」

  こうして、一輪にとってはサプライズ、あるいは最悪とも言える企みは、酒の匂いとともに潜伏し、その日を待つことになる。


  
  時間は現在に戻る。


  バームクーヘンで膨らんだ胃袋に苦しまされながら、それでも布団を干し終えた一輪は、寅丸の部屋に向かい、その戸を、凄まじい勢いで開いた。襖でなければ蹴り破っていたかもしれない。 
 
  「おらァ星ー! ショー・ザ・タイガー! コーンフロスティやるから出て来い…って、いない!」 
 
  部屋には誰もおらず、一輪の声が空しく響いたのみである。

  「あの巨乳虎…くそ、どこいった!? 木の周りをぐるぐる回ってバターにでもなってんのか!」
 「買い物にでも行ったのかのう。あとその話題は若干ヤバい」
 「ぬかせ! 料理もろくに出来ない奴が、献立も決まってないのに買い物なんざ行くわきゃないだろう! まぁ、いい。次は狸だ」

  どすどすと足音を立て、一輪は廊下を歩く。
 バームクーヘンとすり変えられていた鉄輪は、己の部屋のフックにかけられていて、特に変わった様子もなかったのだが、それでも彼女の怒りは治まっていないようであった。
 やんちゃだった、と雲山が思い出したように、一輪の口調は非常に荒々しい。
 一輪はマミゾウの部屋の前に立つと、先ほどと同じように、声もかけずに襖を開く。

  「おらァア狸ー! 緑色じゃないけど狸ー! 背中に放火されてタイタニックに積み込まれたくなかったら出てこ…いないじゃないか!」
 「マミゾウは外にも結構コミュ築いとるよ」
 「あンの豆狸…ちィ、まぁいい。あとは、村紗とぬえか。どっちも、そういうことはしなさそうだけどな」
 「確かにのう…となると、あとはナズーリンと響子と聖じゃが…前二名は普段ここにおらぬし」
 「聖の姐さんがそんなことするってのかいッ! あの人はアタイにとって仏契(ぶっちぎり)の存在なんだよ、変な事言ってると許さないよーッ!?」
 「わ、わかったわかった…あと、何でレディース口調なんじゃ…?」

  容疑者二名の確保に失敗し、一輪は更に苛立っていた。
 今日は自分の誕生日なのである。無論、盛大に祝って欲しいとか、そういったつもりは無かったが、それでも誰かが、そうしようと言い出すのを密かに期待していたし、そんな日にわざわざ、こんな意地の悪い悪戯をせずとも…という気持ちはあった。
 一旦部屋に戻り、頭巾を脱ぎ捨てて仰向けに寝転がる。

  「そりゃあ、ここじゃ皆、姐さん羅武(ラブ)で、あたしらはその他大勢、だってのはわかってるんだよ…でもさあ…これはあんまりじゃないか…」
 「一輪に美味しいバームクーヘンを食べて貰おうという、照れくささで正体の明かせないバームクーヘンおじさんの仕業とかじゃないのかのう」
 「どんなおっさんだよ! 普通に持ってこいよ!」
 
  大の字になったまま、一輪と雲山がやりあっていると、襖の向こうで、一輪を呼ぶ声がした。
 それが白蓮の声である、ということを、0.012秒で察知した一輪は跳ね起き、襖を開ける。

  「一輪、ちょっとよいですか」
 「は、はい聖! なんでしょう!」
 「ふふ、硬い話じゃありませんよ。一輪、今日はあなたの誕生日でしょう? ですので、夕餉は茶の間ではなく、本堂で。豪華絢爛とは行きませんが、ちょっとした宴席としましょう。私が全て用意しますので、あなたは夜までゆっくりしていなさい」
 
  紡がれる白蓮の言葉、それを始めは、信じられない、といった様子で聞いていた一輪だったが、敬愛してやまない白蓮が、己の誕生日を覚えていてくれた上に、宴席を設けてくれるとあって、やがて、感極まったのか、涙を流し始めた。

  「聖…」
 「お、大げさですよ一輪…去年の今頃はまだ、ばたばたしていましたからね。祝えずに過ぎてしまったことを、残念に思っていたのですよ」
 「あ、ありがとうございまずぅ…聖に覚えててもらったなんでぇ…あだじ…」
 
  涙でくしゃくしゃになった一輪の顔を、ハンカチを取り出して優しく拭う白蓮。
 命蓮寺の物理的おかんが一輪であるならば、白蓮は正に精神的おかんである。皆が慕い、敬うのも無理はない話だ。
 白蓮は一輪の頭をそっと撫でると、準備があるので、と、そのまま部屋を出て行った。

  「よかったのう一輪」
 「ああ…こんなに嬉しいことはない…私はあの人に、一生ついていくよ…」

  鼻水をすすり、一輪は満面の笑顔で、そう言ってみせた。


  やがて日は落ち、夜がくる。
 三日前と同じメンツが、本堂に集まっていた。
 
  「はい、皆さん。お酒は回りましたか? 私は今回はお茶ですが…それはともかく、今日はこの雲居一輪の誕生日です」
 
 「イエーーー!」
 「おめでとう!」
 
  皆が祝福する中、一輪は照れくさそうに笑い、普段の気の強さからは連想できないような腰の低さで、何度も頭を下げる。
 そして白蓮に促され、酒の入ったコップを手にして、立ち上がった。
 
  「え…っと、今日は本当にありがとう。正直、祝ってもらえるとは思ってなかったんで、凄く嬉しいよ。守矢のお二方も来てくれてるし」
 「まあ、ぶっちゃけ、この前の宴席の続き的なノリで来ちゃいました!」
 「何だったら365日毎日宴会でもいいんじゃがの」
 「マミゾウ、それは寺としては認められないだろ…」
 「えーと…あとは、うん。うまく言えないけど、とにかく…乾杯ということで、はい、いきまーす」
 
  既に盛り上がりの兆候を見せ始めた場を一旦仕切り、一輪がコップを掲げる。
 
  「乾杯!」
 「かんぱーーーーい!」
       
  数刻後、例によって出来上がった宴席は、盛り上がりを極めていた。
 そんな中、神奈子がおもむろに立ち上がり、端によけておいた手荷物を持って戻る。

  「ウェーイ、ちゅうもーく。今日はワタクシ、八坂カナーコー、イチリンヌちゃんにプレゼントを持ってきておりまーす」
 
  来たか、とばかりに、その他の面々も、それぞれ何かを取り出す。
 酒にはそれほど強くない一輪は、白蓮に寄りかかってうとうととしていたが、それを受けて居住まいを正す。
   
  「プレゼント?」
 「オーイエース。この前の宴席で、イチリンヌちゃん寝てたからさぁ、皆でこっそり決めたってワーケー。んじゃ各々方、順番にプレゼント渡してこうか?」
 「ほ、本当に…!? ありがとう…!」
 
  嬉しいサプライズに、一輪は酔いを醒ましたようで、白蓮から離れると、正座をして皆を見回した。
 言いだしっぺの神奈子が、袋から何かを取り出し、それを一輪の頭にかぶせる。

  「…これは?」
 「シャンプーハット」

  売っていたのか、あるいは外から流れ着いたものなのか…それは判らないが、金のラメが入った、シャンプーハット然としたシャンプーハットそのものである。
 しばしの沈黙ののち、一同は破裂したように爆笑する。
 
  「ウオオオオ似合う! 似合いますよ一輪! やはり一輪とわっかの親和性は異常ですね!」
 「よかったのう一輪! これで頭を洗う時、目に石鹸がしみずに済むのうー!」

  物凄く微妙な表情をしていた一輪だが、仮にも神である神奈子の好意を無碍に扱うわけにも行かず、ニコリ…と微笑を見せた。
 そこに諏訪子が立ち上がり、袋から箱のようなものを取り出して、一輪に渡す。

  「…何これ。…ロボット?」 
 「HG1/144 GSX-401FW…スターゲイザー」
 
  その箱に描かれているロボットの背には、銀色の大きな輪が描かれており、諏訪子はどや? と言わんばかりの顔で、一輪を見た。
 いや、どや? と言われても…そんな表情の一輪だったが、先ほどのシャンプーハットと同じく、無碍に扱うわけにも行くまいと、妙な笑顔でそれを傍に置いた。
   
  「組み立て式の人形だよ。プラモっていうんだけどね。ま、作れなかったら私が作るからね、色も塗ってあげる。部屋に飾っておくといいよ!」
 「あ、ありがとう…」
 「ヨッシャア、次は私ですかー! 自信がありますよー!」
 「まずは服を着ろ」

  寅丸はパンツもさらしもつけずに作務衣だけを着ると、何か大きなものを、ことさら大きな袋から取り出して、一輪の身体にかぶせた。
 誰が見てもアレだと判るソレは、一輪の腰の辺りにひっかかり、からん、と音を立てて接地する。

  「フラフープじゃァアアアア! まさかのフラフープ!!!」
 「うわー懐かしー! 外じゃ全然見なくなったよね、神奈子?」
 「おお、そうだねぇ」
  
  盛り上がる外野をよそに、一輪の表情はどんどん、何というか、空虚というか、とにかく、そういった方向へと変わっていく。
 しかし当の寅丸は、まだ終わりじゃないよ、といった風情で、袋から色違いのフラフープを取り出し、それも一輪の身体にかぶせる。
 
  「二個ーーーーーー!」
 「二個セットで売られていたので、こういう事になりました! 
 「豪華! 豪華すぎるっしょそれはー!」
 「わははははは!」

  酒が入ったメンツに、沸点などあってないようなもので、空虚を極めやがては悟りさえするのではないか、といった表情の一輪を差し置き、ありとあらゆることで盛り上がっていく。
 しかし一輪は、怒ったり、泣いたりするわけでもなく、ただ虚空を見つめて、佇むばかりである。
 他の連中が、こういう性格であるということは、とっくに判っていたのだ。出された品物がなんであれ、祝う気持ち、それだけで有難い。
 ありがたいのだ。
 一輪は己にそう言い聞かせ、じっと耐えていた。他はろくでもないものを持ってきていても、白蓮なら…きっと白蓮ならば、何とかしてくれるはずだ。

  ひとしきり盛り上がったのち、蛍光灯やジターリング、果てはブラックホールのキン消しに至るまでが、一輪の前に置かれていた。
 見事なまでの、わっか尽くしである。 

  「大体出揃ったかのう?」
 「いや、聖がまだだね」
 
  仏像のような顔で鎮座していた一輪が、その言葉に表情を取り戻す。
 敬愛する白蓮は、私に何をくれるというのだろう。一輪挿し? 新しい頭巾? 服? ありがたい経巻? 子供のように目を輝かせ、じっと待つ一輪の前に、白蓮は瑠璃色の、豪華な包みを置いた。

  「あ、開けていいですか」
 「ええ、きっと気に入るかと思います」

  包みを開け、中に手を入れる。
 ひんやりとした、何か硬いものだ。
 そしてそれは、当然のごとく、輪っか状であった。

  「…これは?」
 「チャクラムです。古代インドで使われていたという、投擲用の武器ですね。危ないので、刃は潰しておきましたが」
 「チャクラムだぁァアアアアアアア!」
 「ヤッターカッコイイーーーーー!!!!」
 「それともう一つ、もう気づいているかもしれませんが、今朝、一輪が寝ている間に、いつも持ってる鉄輪をバームクーヘンにすり替えておきました。何でも、里でも大変人気のあるお菓子で、お一人様一つまでしか買えなかったのですよ」
 
  白蓮はにこにこと笑いながら、チャクラムと、午前中、一輪を散々混乱させたバームクーヘンについても、解説してみせた。
 悪意などはまるでないのだろう。酒の勢いで決めた、わっか縛り…それが全ての元凶だ。もっとも、ゴーサインを出したのは白蓮自身でもあるので、全くの無罪というわけでもあるまいが。
 
  「よかったのう、一輪。わっかスキーにはたまらぬラインナップじゃな」 
  
  マミゾウの言葉を受けた一輪は、無言でチャクラムを取り上げ、傍に置くと、神奈子が持っていた酒瓶を奪い取り、一息に飲み干す。
 
  「い、一輪…?」
 
  目は完全に据わり、顔色は紅いのか、土気色なのか、よくわからない。
 一輪は更に、傍にあった一升瓶を取って、それも一気に飲み干した。

  明らかに異常なその様子に、皆が静まり返る。

  「…ようく、わかりました。あんたたちは、飲んで騒げりゃ、それでいいんですね。人の誕生日だって、結局、面白ければそれでいいと」
 「(お、怒ってる…!? フラフープ足りませんでしたかね!?)」
 「(いや、ブラックホール単品がまずかったな。ペンタゴンも添えるべきだった)」
 「…それとなァ…」

  「誰がわっかマニアだこらァアアアアア! いつ! どこの! だれが! そんなこと言ったァアアアアア!」

  一輪は星の襟をつかみ、ガクガクと前後左右に揺さぶり、そう叫ぶ。
 正に怒髪衝天。たまりに溜まったストレスと怒りと落胆が、信じていた白蓮にすら裏切られたのと、アルコールの力をきっかけに、一気に流出して、一輪を大爆発させたのだ。

  「ふざけんなおラァアアアア! あたしだってな、あたしだってなあ! 綺麗なアクセサリーとか、花とか、本とか! そういうのだって好きなんだよ! それが何だ、パルックだのブームにすらならずにひっそりと幻想入りした玩具だの四次元殺法コンビの片割れだの! ナメてんのかァアアアア!」
 「おぶ…い、い、一輪、揺さぶらないで…! あ、アウア、アー!」

  キラキラと輝く綺麗な液を吐き出した星を投げ捨て、一輪は手当たり次第、傍にいる者に絡み始める。
 村紗はひしゃくを奪われ尻を叩かれ、ぬえは羽を掴まれて転がされる。
 
  「上等だこらァアア、お前らどこ中だァアアア!」
 
  ついには弾幕まで張り出した一輪を、止められる者はいなかった。神奈子や白蓮ですら、あまりの変貌っぷりに、若干どころではなく引いてしまっている。
 だがそんな中、本堂の扉の隙間から、侵入してきた者がいた。

  「一輪、よさんかい!」
 
  妖怪入道、雲山である。
 鉄輪の霊力は無くとも、雲の密度を高めて、擬似的に肉体を持つことが出来るらしく、雲山は大暴れする一輪を、後ろから抱くようにして静止させた。

  「ウォオオオてめェエエエくも爺ーーー! こいつら全員南無三したれェエエエ! 離せオルァアアアアン!」
 「よせと言うとろうに!」

  雲山は大きな声を張り上げ、一輪の頬を強く叩いた。
 しん、と静まり返る本堂。

  「今帰ってきて、何があったか知らぬが、みな、悪気があってやったわけでもあるまい! 純粋に、お前のことを考えて、喜んで貰おうと思ってのことじゃ! それを、こんなに暴れて…少し、頭を冷やせい!」
 「ぐっ…く…うぅ…うわぁあああああ!」

  一喝され、震えていた一輪であったが、やがてその場に座り込み、大声で泣き始めた。
 周りの者は皆、反省しているのか、神妙な面持ちで、一輪を囲む。

  「す、すまんかった一輪…」
 「ちょっと、悪ノリしすぎたね…ごめんね」
 「私も、浅慮でした…許して下さい、一輪」
  

  謝罪の言葉をかけられ、一輪は落ち着きを取り戻したようで、こちらも神妙な面持ちで、力なく頷く。
 わかってはいたのだ。
 皆に悪気など無く、自分のために、この席を開いて、贈り物まで用意してくれたという事は。
 それに勝手に期待して、勝手に裏切られたと思って、暴れてしまった自分を責めているのか、その様子は見ていて、痛ましい。
  
  うまく言葉を掛けられず、皆がただ黙っていると、雲山が懐から何かを取り出し、一輪に手渡した。
 それは手のひらに収まる位の大きさの小箱で、ビロードのような生地で外装されている。
  
  「これは…」
 「わしからのプレゼントじゃ。大したもんでもないが…作ってもらうのに時間がかかってのう」
 「(ま、まさか指輪…!? 一輪、まさかの所帯持ちに!?)」
 「(ば、馬鹿な、そんなロマン輝く展開になるはずが…)」
  
  いきなりの急展開に、皆はひそひそと肩を寄せ、囁きあい、事の顛末を見届けようと、じっと固唾をのんで見守った。
 雲山が照れくさそうにそっぽを向くと、一輪は信じられぬ、といった表情で彼を見上げ、そして「あけてもいい?」と尋ねた。

  「ああ、いいぞ。あまり期待はせんようにな」

  一輪はおずおずと、その小箱を開ける。片方は蝶番になっており、女性ならば誰でも憧れる、あのシチュエーションが今、再現されようとしていた。
 ごくり、と、皆が唾を飲み込む。
 ダイヤ? ルビー? サファイア? エメラルド?
 給料の三か月分?

  「…」
  
  僧が結婚してはいけないという決まりもあるにはあるが、それは形骸化した死文化とも言える。
 命蓮寺、妖怪夫婦の誕生…それに立ち会うことになるとは、誰も思っていなかったのだろう。
 場の空気は張り詰め、誰も、一言も発さない。

  「これ…!?」

  それは、海の無い幻想郷において、製造法が確立されていないものであった。
 魚のすり身を竹の串などに巻きつけて焼き上げ、あるいは蒸し上げたもの…


  ちくわである。

  白い生地に、こんがりとついた焼け目。
 斜めに切られ、二つに分かたれたちくわが、小箱に収められ、キラキラと輝きを放っていた。
 きっとおいしいものだろう。
  
  「ち…」
 「ちくわだァアアアアアアア!?」
 
  次の瞬間、雲山の顔面に、比喩でもなんでもなく、雷を纏ったコークスクリューブローが叩き込まれた。
 雲山は霧散しながら、本堂の扉をぶち破り、遥か、山門の辺りまで吹き飛んで、そのまま動かなくなる。

  一輪はその後、大量摂取したアルコールの効き目が顕れ、昏倒するまで、暴れに暴れた。
 暴風が治まったあとに残ったのは、正に死屍累々…その様子を見て白蓮は、静かに瞑目し、手を合わせたのだった。


  救いがあるとすれば、一輪は宴席が始まった後の記憶が曖昧で、自分が大暴れしたことを、殆ど覚えていない、ということである。
 しかしその脅威は、皆の心に強く印象付けられ、消えることはなかった。そしてそれは、一輪の肝っ玉おかんポジションを一層強固なものとするに十分な要素であった。 

  そしてこれ以降、一輪の誕生日には、酒が出ることはなくなり、また、贈り物に関しても、白蓮が当たり障りの無いものをチョイスしてくるという、極めて普通のものになったのは言うまでもない。



  「オラー雲山! 洗濯物が山ほどあるんだ! さっさと手伝いな!」

  今日もまた、一輪の威勢のいい声が、命蓮寺に響き渡る。  
 雲山は飛んできたチャクラムを慌ててかわし、一輪の元へと急ぐのであった。



  了
 
   
  
 四作目になります。三作目は毛色を変えて失敗した感があるので(他の二作が成功しているかというと甚だ疑問ではありますが)、こちらの路線に戻しました。とは言え、色々な話を書いて経験値を稼がないことにはどうにもなりませんね。
 読んでくださった方には多大な感謝を。
 さて、次はどの勢力の話にしたものか…
ナイスガッツ寅造
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コメント



0.2040点簡易評価
4.100点名前が無い程度の能力 削除
この酔っ払い共は一輪母ちゃんにお仕置きされて当然かと
というか輪っか縛りとはいえお前ら普段から酔ってるのかと言いたくなるプレゼントのチョイスですね
5.100点名前が無い程度の能力 削除
>>バーンナックルみたいな名前の…
>>天然由来の独立可動式ナマモノ本尊
>>面白いね、僧職系女子とはよく言ったもんだよ
>>あの人はアタイにとって仏契(ぶっちぎり)の存在なんだよ

言い回しがいちいち素敵過ぎるw
7.80点奇声を発する程度の能力 削除
言い回しが面白くて良かったです
8.100点名前が無い程度の能力 削除
一輪さんの話を提案した者です

一輪さんにチャクラムが似合い過ぎる、姐さんLOVEな一輪さん可愛い過ぎると最高でした。ありがとうございます!
13.100点ぺ・四潤 削除
あなたコレ書くの楽しかったでしょう。
じゃなければ読んでるほうがこんなに楽しいはずがない。

しかし元ヤン一輪さん似合いすぎるww
ていうか何でちくわが木箱に入ってるんだwww
18.100点名前が無い程度の能力 削除
最後のちくわで大爆笑してしまったwww
言い回しも独特で面白かったですw
20.100点名前が無い程度の能力 削除
この一輪さんは十中八九屠自古ちゃんと気が合う
残り一二は同族嫌悪するかもだけど!

あと諏訪子様代わってくれ俺もひじりんのオパイ開閉したいんd(南無三
22.100点もんてまん 削除
面白かったです。
ってか、一輪さんあんたチャクラム使ってるんかーい!
23.100点梨 削除
数日前のくだりで笑いすぎてお腹痛い...w
肝っ玉母ちゃんな一輪さん良いっすな!
26.80点名前が無い程度の能力 削除
元気な一輪さんはいいものだ
35.100点名前が無い程度の能力 削除
なんかすっげー元気でたwこれ好き。
36.50点名前が無い程度の能力 削除
(iPhone匿名評価)
43.100点名前が無い程度の能力 削除
他の人も言っていますけど言い回しが好きだなあ
46.100点名前が無い程度の能力 削除
結局チャクラム使いこなしとるwww
55.100点名前が無い程度の能力 削除
この一輪さんカッコイイヤッター!
>コーンフロスティやるから出て来い
死ぬほど笑ったwww
57.100点名前が無い程度の能力 削除
>ブラックホールのキン消しわかりやすい輪っか持ちのプラネットマンェ…
60.90点名前が無い程度の能力 削除
>その様子を見て白蓮は、静かに瞑目し、手を合わせたのだった
なんでアンタ他人事みたいな態度やねんw
サラっと無事やしw