Coolier - 新生・東方創想話

雲と花 閑話(2.5話)

2014/02/19 11:47:40
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 閑話 川辺にて

 まずは、この辺りの川で昨日の血を洗い落とそう。そう思い立ち、早朝一番初めに見つけた森の中の川傍に着陸する。早朝ということもあり森は静かで、時折澄んだ空気を伝わって野鳥の歌と、風に揺れる木の葉の奏でが穏やかに響いてくる。忙しないのは、清らかな川の水流だけだった。が、しかし、その水の音もまた、耳を漱ぐには心地よいものだった。
 川辺には大きな苔むした岩がいくつも転がっており、私はその内の一つ、卓の様に平なものに腰かけた。さて、昨日はつい疲れて、服を洗うより先に眠ってしまったが、果たして今さら落ちるだろうか。
 無駄でも、とりあえずやってみよう。小太刀を岩の上に置き、服を脱ごうとして、ちらりと雲山の方を見る。
「……しっかり目瞑ってるんでしょうね?」
 雲山はいつの間にかこちらに背(頭しかないので後頭部と言うべきか)を向けていた。
「あぁ。早く済ませぃ」
「本当でしょうね?」
 雲山が見て得をするとは思えないが、何となく気恥ずかしくて、疑ってみる。
「本当に瞑っていますよ!」
 雲山を睨んでいると、村紗がてくてくと雲山の前方に回り込んでそう言った。「雲山さんは気遣いの出来る良い妖怪さんですね!」
「……なら良いけど」
 適当に相槌を打ち、服を脱ぐ。川辺を覗き込み、中に生物のいないことを確認し、血の付いた部分を水に浸ける。
 川は、少し冷たかった。ほんの少し前までは、こういった冷たさが心地よかったはずなのに、今こうしてじゃぶじゃぶと布を水中で擦る度に伝わる感覚からは、一刻も早く逃れたいと思う。まだ気温はそれ程低くはないが、もう下着だけでは肌寒い季節になってしまったのだと実感する。
「落ちなかったら、どうします?裸だと、風邪引きますよ?」
 村紗が私の左隣から、こちらを覗き込む。
「代えの服はあるわ」
 寺が焼け落ちた時、ほとんどの物は建物と一緒に消失してしまった。残った物は、私の服(全て同じ濃い浅葱色で、和尚が繕ってくれたもの)が数着と、食器類などの細かな家財道具と、法具と、そして、床下に隠すように置かれた桐の箱に収められていた小太刀だけだ。小太刀以外のそれら全ては、雲山の身体にしまっておいてもらっており、必要な時にはいつでも出してもらえるのだ。
 寺が焼け落ちたという部分だけを除いて、村紗にそう伝えると、彼女は雲山の方を向き、絶賛し始めた。
「わぁ……雲山さんって、本当に便利な妖怪なのですね!ふわふわですし、適度に温かいですし、何より身体の色も綺麗な桃色ですものね。それに加えて便利で優しくて強いのですから、もう向かうところ敵なしって感じですね!」
 恐らく、彼女の眼はきらきらと輝いていたことだろう。血を落とそうと躍起になっている私には、見ることは出来ないが。
「まぁ、な」
 雲山は照れ臭そうに多分そんな感じの事を呟いた。いつもより小さかったから、本当の所はよく分からないけど。ただ少なくとも、村紗が無邪気に会話を続けるに障りない程度の相槌だったのだろう。彼女のお喋りは、中々止まらない。
「――そう言えば、どうして雲山さんはそんな色をしているのですか?」
 しばらく彼女の喧しい会話を聞き流していたが、不意に発せられたその言葉だけを耳がしっかりと捉え、私はふと手を止める。雲山の身体の色の理由は、私も気になる。雲と言うにはとてもじゃないが白くも黒くもないその色の理由が、何かあるのだろうか。もしかして、桜木の下にいたことが、何か関係しているのだろうか?
 そんな私の予想を、雲山は淡々とした口調で裏切った。
「わしは、気付いた時にはこの身体だった。理由は、分からぬ。だが、人間も妖怪も、そうではないかのう?」
 つまり、生まれつきそうだったというわけで、深い理由があるわけでもないと言うことか。私は内心がっかりしたが、村紗は違ったらしい。はっとした様子で、また賑やかな声をあげた。
「た、確かに、私も気づいた時には私でした!」
「そうじゃろうな……お主も」
 雲山はどこかおかしそうに小さく笑う。村紗も、同じく小さく笑った。
「何がおかしいのかしらね……」
 私は呆れて洗濯に戻る。彼らは、よく分からない。妖怪の雲山はまだしも、人間であるはずの村紗の事もよく分からないと思う。わざわざ私達の旅に付いて来た理由も、腰に柄杓を差している理由も、何故そんなに明るく振舞えるのかも。同じ人間だからと言って、必ずしも分かりあえるなんて思わないが、私とは全然違う人生を送って来たんだなと思う。それ程に、彼女は明るく、素直で、お喋りで、幸せそうな女の子だ。
「それじゃあ、名前は?どうして、雲山って言う名前なのですか?」
 私は、今度も手を止めた。
「雲と山、それぞれ天と地を指す。つまり、そう言うことだ」
 雲山は、どこか物思いに耽っているような声で答えた。
「そう言うことって、どういうことですか?」
「そう言うこととは、そう言うことだ」
 雲山は、それ以上は答えなかった。村紗が何度と聞いても「自分で考えぃ」とだけ返した。
 名前の由来――確か、私の名前の由来は、一輪の花のように逞しく美しく生き抜くように……だったか。二葉の名前は、両手を広げて元気一杯な子になるようにって私が決めて、三郎の名前は、二葉が三の付く名前にしたくってそう決めた。私達はみんな、家族から名前を貰ったけれど、雲山の名前は、誰が決めたのだろう?
「むぅ……雲山さん、中々頑固ですね」
 村紗の声に我に返り、再び洗濯に戻ろうとして、またふと考える。そう言えば、村紗と言う名前には、一体どんな意味が込められているのだろうか。
 ちらりと村紗の方を見やり「そういうあなたは、何でそんな名前なの」と聞こうとして、やめた。どうせ京で別れる彼女のことを、あれこれ訊いても仕方がない。
 ともかく、今は、この服に付いた血を洗い落とさなくては。
「そう言えば、私のお父さんも、頑固だったのですよ?」
「確か、お主の家族は大和だったか」
「えぇ。まぁ、もうお父さんは死んじゃいましたけどね」
 村紗はあっけらかんと言う。彼女は、肉親の死さえも明るく言い放てるのか。
 しかし私は、彼女の言葉に動揺した自分を抑える為に、洗濯の勢いを強める。
「そうか……」
「えぇ。でも、もう随分昔の話ですから。その顔もよく覚えていません。でも、ただ、何となく、頑固だったような気がするんですよね……」
 じゃぶりじゃぶり、跳ね飛ぶ水しぶきと協奏するように、村紗の声が響く。どこか寂しげで、淡い期待が込められている様な、そんな、初めて聞く彼女の明るくない響き。私はもしかしたら、彼女のことを甘く見ていたのかもしれない。
「まぁ、今さらどっちでも良い事ですけどね。今は今で、幸せですから」
 その声は、いつもの彼女の声だった。躊躇いの無い、素直な言葉。真っ直ぐに自分は幸せだと言える彼女が羨ましいと思う私は、きっと幸せではないのだろう。きっと、この先も、幸せになってはいけないのだろう。私にはそんな資格も、望みもない。
「お主も、苦労したのだな」
 雲山はしみじみと言う。雲山の言う通り、彼女は幸せになるまでに苦労したことだろう。ならばせめて、京に送り届けるまでは彼女の身の安全の苦労だけでも無くそう。元々そう言う約束だったと言えばそれまでだが、今は、それだけが全てではない。私は今、彼女の得た幸せを守りたいと思っている。
「苦労もしましたが、でも、今があるのはその苦労のおかげですから」
 村紗の笑顔を見て、私は、自分が彼女の方を向いていたことに気付いた。
「あ、洗濯終わりました?」
 村紗が私の視線に気づく。「……って、全然落ちてないですね」
「そうね」
 村紗の言う通り、服にこびりついた血は全く落ちていなかった。
「でも、良いのよ、もう」
 立ち上がり、川から服を揚げ、絞る。服から落ちたほんのりと赤茶色い水が、川の水にばしゃばしゃと音を立てて入り混じる。川は一瞬だけ濁ったが、濁りはすぐに流され消えて、川は元の透明な水の色に戻った。
「代えがあるから、ですか?」
「どうせまた、汚れてしまうもの」
「……そう、ですか」
 村紗は、どこか残念そうに言った。やはり彼女も、命を奪うことには反対なのだろう。あの集落での様子を見るに、それなりに熱心な仏教徒であるようだし、そうあって当然だ。でも、それを非難しようとは思わない。
「綺麗な服を残しておく為には、汚れても良い服を持っておかなくちゃいけないでしょ?」
 だから、これで良い。汚れたままで、良い。もっと汚れても良い。もっと汚れなくちゃいけない。汚れた分だけ、綺麗さを保てる物があるのだから。どんなに汚れても、清らかさを保ち続ける物が確かにあるのだから。
「そうだな……」
 雲山は静かに肯定し、いつの間にか取り出した私の服を、背を向けたまま差し出した。
「ありがとう」
 小太刀を手に取り、村紗の横を足早に通り過ぎ、雲山の手から綺麗な服を受け取って袖を通す。雲山の中で保管されていた服はほんのりと温かく、冷えた身体を優しく包み込んでくれた。そして、その腰紐の所に小太刀を差し、しっかりと固定する。最初は慣れなかったこの腰に掛かる重みにも、段々と慣れてきた。
「それじゃ、行きましょうか」
「あぁ」
「はーい」
 食糧調達の後、私達は川辺を後にした。

 その日の晩、私達は山中の洞窟で食事を取っていた。村紗はもみじ鍋の「葉」を、心底美味しそうに食べている。
「あんたは……別に仏教徒ってわけじゃないんだっけ」
「いえ、ぶっきょうほ、へふよ?」
 口をもごもごさせながら、村紗は言った。
「飲み込んでから喋りなさい」
 年頃の子が、全く行儀の悪い。私の妹だったなら、もっと怒って――。
「ふあい!」
「こら!」
「……えへへ。すみません」
 ごくりとわざとらしく食べ物を飲み込んだ後、村紗は口を開いた。
「でも、安心して下さい。もみじは葉っぱだから大丈夫です!それに、人さまから貰った物を食べないわけにはいきませんから!」
 自信満々に堂々と、竹箸とお椀を握ったまま村紗は言い放つ。
「そ、そうね……」
 正しい仏教徒の在り方と言うべきか、戒律の抜け道を、大手を振って歩いていると言うべきか……。
「そう言う一輪さんは、寺で育ったとのことでしたが、良いのですか?」
「……私は、今更そんな事には構わないわ」
 私はもう既に、純粋な殺意で以て、命を殺めている。今更、戒律を守るつもりはない。仇を討つまで、何が何でも生き抜くだけだ。勿論、彼女にはそんな事は言えないけれど。
「そうですか。まぁ、おかげで私も有難いですけどね」
 村紗はそれ以上聞かず、お椀に残っていた具を一気にかき込んだ。
「そんなに急いで食べるもんじゃないわよ」
「ふぁい!」
「だから、口に物入れたまま喋るなっての……」
 全く、何度言わせるつもりか。二葉だって、もっと聞き分けの良い子だった……と思うのに。
「……はい!」
 村紗は元気よく返事をし、空になったお椀を私の方に差し出す。
「……これも、托鉢って言うのかしらね」
「それは、一輪さん次第ですよ」
「今日一日で一体どれだけ功徳を積めることかしらね……」
 にっこり笑顔の村紗からお椀を受け取り、鍋をよそう。これで何杯目だろうか。全く、本当によく食べる子だ。でも、まぁ、多めに作って良かった。雲山は食事を取らないし、一人でない食事は久方振りだ。
「中々、愉快だな」
 雲山が耳元で囁く。
「喧しいだけよ」
 別に、楽しくなんてない。楽しもうだなんて、思えない。でも、誰かの為に作ったおかげか、ほんの少しだけ、今日の食事は美味しく出来たような気がした。

本来は、書く予定のない話でした。でも、こういう話があった方がお話の中のキャラクターをより知ってもらえるかなと思い、書いてみました。しかし、会話で面白くするのは本当に難しいなと実感しました……。そんな拙作続きですが、読んでいただいた方、評価・コメントを下さった方、ありがとうございました。
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