「おーい慧音。いつもの持ってきたよー」
迷いの竹林で採れた新鮮な筍を両手一杯に持って、妹紅が慧音の家に訪れる。手が塞がっているので足で戸を開けるが、行儀が悪いと叱る声は聞こえてこない。普段なら慧音にとやかくと言われるのに、と思いながら妹紅は家の中へと入っていく。
「ああ、妹紅か。悪いが、筍は台所に置いておいてくれないか」
姿は見えないが、遠くから声が響いてくる。言われた通り筍を置き、やっと手が空いた妹紅は声のした方へ向かっていく。何時もなら出迎えてくれるのにと怪訝に思いながら慧音のいる部屋へ入ると、普段なら整理整頓されているはずの空間が紙と本で埋まっていた。
ポカンとした表情の妹紅とは対照的に、慧音は部屋の奥で机に向かって必死に手を動かしている。
「……何してるんだい? 部屋が散らかり放題じゃないか」
「もうすぐ終わるんだが、寺子屋でやる予定のテスト作りと確認だよ。そこらにあるのは問題作りの資料に使ったものだ。踏まないよう気を付けてくれ」
試しに妹紅は落ちている本を手に取り、ぱらぱらとページを捲ってみる。適当に開いたところに目を走らせるが、彼女にはよく分からない数式が書いてあった為すぐに理解を諦めて本を閉じた。
「テストねぇ。私にも解けるようなのってあるかい?」
「そうだな……結構難しめに作っているが、これはどうだ? 算数とか理科ではなく、幻想郷に関するテストだ」
そう言って慧音は、一枚の紙を妹紅の目の前に差し出す。どうやら10問の問題が書いてあるテスト用紙のようだ。
「有名な妖怪の生態やちょっとした雑学、幻想郷で安全に生きる為に知るべきこと等を問題にしある。やってみるかい、妹紅?」
「ああ、これなら私でもできそうだ。ちょちょいと解いてやるよ」
そう意気込んで妹紅は鉛筆を手に取り、テスト用紙に向かい合う。すらすらと解いていくと思いきや彼女の手の動きは鈍く、どうしたものかと思った慧音は仕事を一旦切り上げて妹紅に付き添うことにした。
問1
妖精の量と凶暴さは何を表しているか、10文字以内で答えよ。
「妖精の……? そんなの気にした事ないよ私……」
鉛筆を手で弄び、だらしなく机に肘をついて妹紅は頭を悩ませる。こうして真剣に何かに取り組むのは、彼女にしては珍しい事なのかもしれない。指を一つずつ折り曲げて文字数を数える彼女の額には、考えた分だけ皺が寄っている。
そんな妹紅の様子を見かねてか、慧音が答えを示す。
「妖精に気を取られる事がない位強いのだから、分からないのは無理も無いか。妖精の量と凶暴さは“付近の危険度”を表しているんだ」
「初めて知ったよそんな事。弾幕ごっこしてる時、あいつら何かと騒がしいもんなぁ」
納得したように頷きながら、妹紅は答えを記入していく。その表情は1つ賢くなったことに対しての充実感からか、どこか輝いているように見えた。
問2
以下の文章の【①】【②】に当てはまる言葉をそれぞれ答えよ。
妖獣は尻尾が多ければ多いほど【①】が高く、長ければ長いほど【②】と言われている。
穴埋め問題を前にした妹紅は、先程とは違ってゆっくりではあるが鉛筆が動いている。そうして何かしらの答えを書き込んだ用紙を、自信がなさそうに慧音へと見せる。
「①の答えは……“格”? ②は“賢い”、かな」
「おお、良い解答だ。だが一つ間違っているぞ妹紅」
「良いと言っておきながら正答じゃないのね……」
上げて落とすような慧音の言葉に、妹紅はがっくりと肩を落とす。彼女が溜め息を吐いていると、休む暇を与えないかのように慧音は背筋を立てて教師モードになる。
「②は“賢い”で合っているが、①は惜しい間違いをしているな。確かに尻尾が多い妖獣はそれだけ力があり、強いから格が高いと言える。だが、尻尾の量が格の高さを直接表している訳じゃないんだ」
「あー……」
眠くなると評判の慧音の講義が始まると、妹紅は一気に草臥れた様子を見せた。大切な事だと分かってはいても、やはり勉強は難しく、勤勉でない彼女には退屈なようだ。
「こら、しゃきっとしろ妹紅。①の答えは妖獣の力、つまり“魔力”だ。これを覚えておけば妖獣と出会った時に相手の力量を把握でき、逃げるなり戦うなり自分に有利な行動をとる事ができるだろう」
「んー……ああ、そだね。うん」
適当に言葉を受け流していた妹紅は、数秒後に慧音の頭突きを喰らうとは予想していなかったようだ。いつもなら寺子屋から聞こえてくる音が、今日は慧音の部屋から響き渡った。
問3
「雪落ちて まだかまだかと 白の山 春告精の 跡探す道」
この歌で言う春告精とは誰の事を指すか答えよ。
「お、これは簡単だね。春告精は“リリーホワイト”の事だ」
鉛筆の走る音が小気味良く部屋に響く。勉強が苦手な妹紅だが、少しずつ調子が出てきたのだろうか。
その様子を見た慧音も、どこかやる気に満ち溢れているように見える。
「ふむ、正解だ。まぁこれは誰でもできるサービス問題だからな」
「……せっかく解けたのにそういう事言わないでよ慧音……」
数分前と同じアメとムチの様な発言に、妹紅は口を尖らせる。しかし肩を落とすことはなく、慧音の講義を待つように背筋を伸ばしている。これは彼女の教育の結果だろうか。妹紅のおでこは不自然な程に赤くなっている。
「ついでに、この歌を見れば分かる事だが、リリーは春の季語として使われているんだ」
「私は歌なんて詠まないからなぁ。その知識を使う事は当分なさそうだ」
そう言いながらも妹紅の頭の中は、偶には殺し合いではなく輝夜と歌の勝負でもしてみようかという思考で溢れていた。
問3
どのような道具にも神は宿っていると言われる。道具が不要になった時、それらの神を怒らせない正しい捨て方はどのようなものか答えよ。
「あ、慧音、ここ4問目なのに問3になってるよ」
「本当だ、直しておかねばな。こういうミスは自分じゃ気付きにくいんだ、ありがとう妹紅」
何処からか持ち出した赤色のペンで、慧音はテスト用紙に修正を入れる。問3に斜線が引かれ、すぐ上に問4と書き直される。
「えーっと、なになに……道具の捨て方? そんなの適当にすれば良いんじゃないの?」
その言葉を聞いた慧音は、誰が見ても明らかにムッとした表情をする。また頭突きをされるんじゃないかと妹紅は身構えたがそんな事はなく、慧音から呆れられた視線を送られる。
「おいおい……これは結構大切な事だぞ。これを期に覚えておくようにな」
「でも私、道具とかそんなに持ってないし……大切に使ってるから捨てる事なんてそうそうないよ」
生きている限り道具は生活に欠かさないものであって、それだけ捨てることもあるのだ。彼女は今まで幾つの道具を考えも無しに捨てただろうか。何時になく真面目な慧音の態度に、妹紅は困惑の色を隠すことが出来ない。
「それでも、だ。正しくない捨て方をすると、その道具は怨みや怒りから妖怪となる可能性がある。身近な例をあげるなら、からかさお化けの多々良小傘がそれにあたるな」
「でも、別にアイツは害があるようには見えないんだけれど……」
いつもニコニコしていて、誰かを驚かせようと健気に試行錯誤する付喪神。彼女の事を考えて益々首を傾げる妹紅に、慧音は真実を突きつける。
「暢気な奴ではあるが、そんな彼女の過去を機会があれば聞いてみるといい。持ち主から捨てられた悲しみが、彼女の生まれた理由だと分かるからな」
妹紅の動きが止まる。自分の捨てた道具が負の念から妖怪となり、怨み辛みに身を焦がしながら生きていくことを想像したのだろう。何百年も怨みで身を焼いた妹紅なら、その苦しみを人一倍理解できることは想像に難くない。
「……道具の正しい捨て方は“完全に壊してから捨てる”だ。壊される事に道具の神は怒らないからな。妖怪化する道具はごく僅かではあるが、次からは気を付けるように。それと、小傘は今を楽しんでいる。誰かを本気で怨む様な事は、恐らく彼女にはないだろう」
慧音の言葉に妹紅は救われたような気がした。過去に捨ててきた道具がどのような事を思い消えていったのか、今はもう知ることはできないのだ。
うっすらと浮かんだ涙を隠すように袖で拭き、妹紅はこの事実を忘れないよう胸に深く刻んだ。
そうして決意を新たにし、妹紅は次の問題へと目をやった。
問5
太陽の黒点は何の姿か答えよ。
「………」
さっきまでの勢いや感動は何処へやら。ポカンと口を開けただらしない顔で、妹紅は短く簡潔な問題文を穴が開くほど見つめている。彼女が手に握り締めていた鉛筆は、何時の間にか机の上を無気力に転がっている。
「ああ、これは雑学の様な問題だから分からなくても仕方ないな。答えは太陽にいる神様、“八咫烏”の姿だ。肉眼では見辛いが、数年に一度力が増して地上からその姿を数多く見ることができるんだ」
慧音が問題の解説をするが、いまいち妹紅の表情は変わらない。納得する様子のない彼女を慧音が怪訝そうに見やると、今にも消えそうな小さな声で妹紅はこう言った。
「……黒点って、何?」
目頭を押さえた慧音は、静かに子ども向けの理科の本を差し出した。
問6
人間の里にある龍神の石像は、その目の色を見ると天気が判るというものである。では、その目の色が赤い場合はどのような時か答えよ。
「へー、あの龍の形の石像ってそんな便利な物だったんだ。全然知らなかったよ」
「里にいる者達なら大体分かるサービス問題だが、妹紅にはまだ教えてなかったかな」
他の問題とは違って、妹紅は興味津々に慧音の話に耳を傾ける。身近に知らない出来事があれば、気になるのは当然の事だろう。妹紅もその例に漏れなかった。
「天気予報機能は河童が作ったものなんだが、目の色が白だと晴れ、青は雨、灰色は曇りといった感じだ。問題になっている赤色は“予測不能だった時”、大体は幻想郷に異変が起きている場合に出る色だ」
「中々すごいじゃないか。これから私も見に行こうかな」
人間の里の意外な文明に感心したのか、妹紅は何やら上機嫌な様子だ。それに釣られて慧音も優しげな微笑みを浮かべる。
「的中確率は7割程度だ。まぁ、それなりに信じていいんじゃないかな。さて、次にいくぞ」
問7
土蜘蛛の得意な事について、①~④の中から正しいものを1つ選べ。
①道具の作製
②建築
③薬の生成
④物探し
「土蜘蛛かー。昔に話で聞いたことはあるんだけれど、会った事はないなぁ」
「おや、そうなのか。地底に続く風穴に行けば、黒谷ヤマメという明るい土蜘蛛がいるから会ってみたらどうだ? 妹紅なら彼女の毒牙に掛かることもないだろうし」
慧音の言葉を聞いて、妹紅がテスト用紙に向けていた顔を上げる。彼女の目には僅かながらに闘争心の炎が見え隠れしているように思える。
「んん? そんなに強い奴なのか? そのヤマメってのは」
「普通の人間なら厄介な相手なんだ。病気を操る妖怪でな、感染症……それも原因不明の病にかかってしまうと、ヤマメと会った人だけでなく周囲の者の命も危なくなるんだ」
そうしてネズミ算式に病気が蔓延したら、永遠亭の薬師でも手に負えない状況になるかもしれない。実際にそうなる事はありえないに等しいとは言っても、可能性は0ではないのだ。そう考えた妹紅はうんうんと頷きながらも、手の上で鉛筆を回転させながら無い胸を張っている。
蓬莱人は病に掛からないから、ヤマメに負けるはずがないとでも思っているのだろうか。実際に戦わなければ、どちらが勝つかなんて分からないものなのに……特に幻想郷なら尚更のこと、と慧音は独りごちる。勿論、妹紅には聞こえていない。
「確かにそいつは厄介だ。ま、私には効かないがね」
「まぁ、そのヤマメは無闇に病気をばら撒くような奴じゃないんだけどね。……で、答えは分かるのかい?」
「えーっと、正しいものだから……②の建築、でしょ?」
ぼんやりと空中を見つめて何か考えつつ、妹紅は答えを導き出す。そんな彼女の解答を聞いた慧音は思わず目を丸くする。
「……うむ、正解だ。失礼ながら、話に聞いていただけと言っていたから間違えると思ったよ」
「①は河童で③は永琳、④は命蓮寺の鼠の得意な事じゃなかったっけ。そんな感じで消去法で答えを求めてみたんだ」
まさか正解するとは、慧音は微塵も思っていなかったのだろう。どの選択肢も正解のようなそれっぽいものを選りすぐった、慧音の中で最もいやらしい問題。正答率10%を下回る予定の、渾身の力を込めて作った一問だったのだ。それをこうもあっさりと解かれてしまっては、教師としては喜ぶべき場面なのだろうが悔しさを感じてしまう。
「むむぅ、やれば出来るじゃないか妹紅。この調子で残りは……あと3問だな。どんどんやってみようか」
妹紅のおかげで来期のテストの難易度が上がったのは、また別の話。
問8
厄神である鍵山雛に関するタブーを1つ答えよ。
「タブーって、禁止されている事とか触れちゃいけない事って意味だよね?」
「ああそうだ。この問題の答えはいくつもあるんだが、答えるのは一つで十分だぞ」
むむむ、と妹紅は首を捻る。迷いの竹林と人間の里以外の場所には中々行くことがないので、妖怪の山にいる厄神など見たこともないのだろう。鉛筆で無意味に机を叩き続ける彼女の様子を見るに、その存在を知ったのは今が初めてなのかもしれない。
里には雛人形の無人販売所があるので、後で妹紅と一緒に見に行こうかと慧音は夢想する。ちょうど桃の節句が近いし買っても良いかもしれない。そうだ買いに行こう、そうしよう。
……話を戻して、妹紅の状況はまさに八方塞。名前と厄神であること以外何も分からないのだから、答えが求められる訳がない。それを察した慧音が夢想をやめてすかさず助け舟、もといヒントを妹紅に与える。
「危険な厄を避ける為にある決まりだから、適当に言ったら当たりそうな答えだが……どうだ、何か思い付いたか?」
「うー…。じゃあ、厄神に近づいてはいけない、とか?」
頭を抱えた妹紅が弱弱しい声で尋ねる。正解していたら頭を撫で繰り回したい衝動に慧音は駆られたが、その願望は惜しくも叶わなかった。
「残念、近づく以前の問題だったな……。正解は“見かけても見てない振りをする事”や“同じ道を歩かない事”、“自分から話題に出さない事”等々。いつか彼女に出会った時には気を付けるよう、覚えておくと良い」
慧音の言葉を聞いた時、妹紅はある事に気付いた。いや、気付いてしまった。
「あれ、今こうして話題に出してるのは……?」
「え? ま、まぁ、私達には力があるし……大丈夫だよな、妹紅?」
「わ、私に聞かれても…。って言うかどっちからこの話題出したっけ……?」
「…………」
「ちょ、ちょっと! 何でそこで黙るのさ慧音!! ……え、ねぇ、嘘でしょ? 目ぇ逸らさないでよ! 別に呪われたりしないよねっ? ねぇってば。慧音っ、けーねぇっ!!」
問9
八雲紫について述べた以下の3つの文章に正しければ○を、間違っていれば×をつけなさい。
(1)彼女の式神は藍と橙の2人である。
(2)絵の中や夢の中に移動する事が出来る。
(3)意外と話したがり屋である。
「あー、そう不貞腐れるな妹紅よ。少し大袈裟にからかったのは謝るから……。タブーと言っても、厄が付かないようにする為の脅しの様なものでもある。それにお前は強いだろう? だから大丈夫だ、なっ?」
「むぅ………次やったら本気で怒るからね」
何だかんだで妹紅の機嫌を取る事に成功した慧音は、次の問題を解くよう促す。拗ねた様が子どもみたいだと、慧音は密かに思ったが口に出す事はなかった。
「(1)は×、(2)は○かな? (3)は………何コレ?」
「ちょっとした遊び心で入れてみた問題なんだが、分かるかな?」
八雲紫は話したがり屋かどうか。彼女と会った事のある人なら目を疑う様な問題である。何しろ、紫と会話をしても彼女が何を言いたいのか、何を考えているのか分からないのだから。
「えええ……あの胡散臭い奴が? 神出鬼没だし、何したいのか分かんないし。別に、話したがりって言うほどじゃないような……という事で×」
恐らく、紫と仲の良い霊夢でも妹紅と同じ事を言うだろう。それほどまでに八雲紫という大妖怪は、他に類を見ない得体の知れない者なのだ。
「(1)は橙は藍の式神だから“×”で正解だ。次の(2)は自信がなさそうだったが、八雲紫は物理的だけでなく概念的な境界も操る事ができるので“○”で正解」
紫の能力と慧音の博識ぶりに感心しつつ、妹紅は続きの言葉に耳を傾ける。
「(3)の答えはなんと……“○”なんだ。話しかけてやれば、嬉々として自分や幻想郷の事について話してくれるぞ。ま、話の内容の真偽は定かではないんだがな」
「なんだが意外だけれど、何故か納得するなぁ……。今度会ったら話してみようかねぇ」
そうするといい、と言って微笑んだ慧音は妹紅の頭をぽんぽんと優しく叩く。子ども扱いの様な仕草ではあるが、妹紅は満更でもないようだ。
「さあ、次が最後の問題だ」
意気揚々と問題に目をやった時、思いもよらないような内容に妹紅は目を見開いた。
問10
迷いの竹林にある永遠亭に確実に辿り着く為には、誰に護衛の依頼をするべきか。漢字4文字で答えよ。
「…………」
「…………」
沈黙が部屋を制する。時計の正確で無機質な音だけが冷たく響く。動かない鉛筆が音を立てる筈も無く、時間は刻々と過ぎていく。
居ても立ってもいられなくなった慧音が、気まずそうに口を開く。
「……妹紅と里の人間がもっと近づけたらと思って作った問題なんだが、やっぱりダメか……?」
堂々とした態度で教鞭を振るってきた彼女が、先程までとは打って変わって弱気になる。問題を見たまま押し黙ってしまった妹紅の姿は、慧音の心にあらぬ不安を掻き立てる。
「すまない……いらぬお節介だったか? その、こうして問題にされるのは、そりゃ良い気分にはならないよな……。別のものに変えておくよ。本当に、本当にすまない……」
机の上にあるテスト用紙を回収しようと、慧音が手を伸ばす。あと一寸で届くというところで、その手の動きを俄に誰かが止めた。
誰か、なんてナンセンスな表現だろう。此処には二人しかいないのだから。
「いや、ダメじゃないよ……。ただ、その……恥ずかしいな、って」
俯いていた顔を慧音は勢いよく上げる。彼女の潤んだ目には、照れくさそうな妹紅の顔がありありと映った。
「も、もこ……!」
「あああああ、そんな今にも泣きそうな顔しないでってば! 別に怒ってないからさ。むしろ私を想ってしてくれた事なんでしょ? 嬉しいに決まってるじゃない」
「っ!!」
気付けば慧音は妹紅に抱きついていた。いや、もしかしたら妹紅からかもしれない。心の赴くままに、互いが互いを抱きしめ合う。
感極まって涙が零れ出す慧音の背中を、妹紅は優しく撫でる。溢れ出す温かい気持ちが、二人を包んでいた。
「最後の問題、何人正解できるんだろ?」
「私は皆正解すると信じているぞ!」
「ははは、それは言い過ぎだって」
「ああそうだ。言い忘れていたが、このテストは6問以上間違えると頭突きの刑なんだが……」
「えっ」
「妹紅は10問中2問、最後のも入れて3問正解か。つまり、7問もミスをしている……覚悟はいいな?」
「え、ちょ、……えっ」
後日、寺子屋にてこのテストは実施された。
結果は散々。慧音の期待した最後の問題は、名前は知っていても漢字で書けなくて不正解になる生徒が続出。
他の問題も難しく、テストの平均点は著しく下がったのだった。
ついでに、全問正解者は阿求だけでした。
了
迷いの竹林で採れた新鮮な筍を両手一杯に持って、妹紅が慧音の家に訪れる。手が塞がっているので足で戸を開けるが、行儀が悪いと叱る声は聞こえてこない。普段なら慧音にとやかくと言われるのに、と思いながら妹紅は家の中へと入っていく。
「ああ、妹紅か。悪いが、筍は台所に置いておいてくれないか」
姿は見えないが、遠くから声が響いてくる。言われた通り筍を置き、やっと手が空いた妹紅は声のした方へ向かっていく。何時もなら出迎えてくれるのにと怪訝に思いながら慧音のいる部屋へ入ると、普段なら整理整頓されているはずの空間が紙と本で埋まっていた。
ポカンとした表情の妹紅とは対照的に、慧音は部屋の奥で机に向かって必死に手を動かしている。
「……何してるんだい? 部屋が散らかり放題じゃないか」
「もうすぐ終わるんだが、寺子屋でやる予定のテスト作りと確認だよ。そこらにあるのは問題作りの資料に使ったものだ。踏まないよう気を付けてくれ」
試しに妹紅は落ちている本を手に取り、ぱらぱらとページを捲ってみる。適当に開いたところに目を走らせるが、彼女にはよく分からない数式が書いてあった為すぐに理解を諦めて本を閉じた。
「テストねぇ。私にも解けるようなのってあるかい?」
「そうだな……結構難しめに作っているが、これはどうだ? 算数とか理科ではなく、幻想郷に関するテストだ」
そう言って慧音は、一枚の紙を妹紅の目の前に差し出す。どうやら10問の問題が書いてあるテスト用紙のようだ。
「有名な妖怪の生態やちょっとした雑学、幻想郷で安全に生きる為に知るべきこと等を問題にしある。やってみるかい、妹紅?」
「ああ、これなら私でもできそうだ。ちょちょいと解いてやるよ」
そう意気込んで妹紅は鉛筆を手に取り、テスト用紙に向かい合う。すらすらと解いていくと思いきや彼女の手の動きは鈍く、どうしたものかと思った慧音は仕事を一旦切り上げて妹紅に付き添うことにした。
問1
妖精の量と凶暴さは何を表しているか、10文字以内で答えよ。
「妖精の……? そんなの気にした事ないよ私……」
鉛筆を手で弄び、だらしなく机に肘をついて妹紅は頭を悩ませる。こうして真剣に何かに取り組むのは、彼女にしては珍しい事なのかもしれない。指を一つずつ折り曲げて文字数を数える彼女の額には、考えた分だけ皺が寄っている。
そんな妹紅の様子を見かねてか、慧音が答えを示す。
「妖精に気を取られる事がない位強いのだから、分からないのは無理も無いか。妖精の量と凶暴さは“付近の危険度”を表しているんだ」
「初めて知ったよそんな事。弾幕ごっこしてる時、あいつら何かと騒がしいもんなぁ」
納得したように頷きながら、妹紅は答えを記入していく。その表情は1つ賢くなったことに対しての充実感からか、どこか輝いているように見えた。
問2
以下の文章の【①】【②】に当てはまる言葉をそれぞれ答えよ。
妖獣は尻尾が多ければ多いほど【①】が高く、長ければ長いほど【②】と言われている。
穴埋め問題を前にした妹紅は、先程とは違ってゆっくりではあるが鉛筆が動いている。そうして何かしらの答えを書き込んだ用紙を、自信がなさそうに慧音へと見せる。
「①の答えは……“格”? ②は“賢い”、かな」
「おお、良い解答だ。だが一つ間違っているぞ妹紅」
「良いと言っておきながら正答じゃないのね……」
上げて落とすような慧音の言葉に、妹紅はがっくりと肩を落とす。彼女が溜め息を吐いていると、休む暇を与えないかのように慧音は背筋を立てて教師モードになる。
「②は“賢い”で合っているが、①は惜しい間違いをしているな。確かに尻尾が多い妖獣はそれだけ力があり、強いから格が高いと言える。だが、尻尾の量が格の高さを直接表している訳じゃないんだ」
「あー……」
眠くなると評判の慧音の講義が始まると、妹紅は一気に草臥れた様子を見せた。大切な事だと分かってはいても、やはり勉強は難しく、勤勉でない彼女には退屈なようだ。
「こら、しゃきっとしろ妹紅。①の答えは妖獣の力、つまり“魔力”だ。これを覚えておけば妖獣と出会った時に相手の力量を把握でき、逃げるなり戦うなり自分に有利な行動をとる事ができるだろう」
「んー……ああ、そだね。うん」
適当に言葉を受け流していた妹紅は、数秒後に慧音の頭突きを喰らうとは予想していなかったようだ。いつもなら寺子屋から聞こえてくる音が、今日は慧音の部屋から響き渡った。
問3
「雪落ちて まだかまだかと 白の山 春告精の 跡探す道」
この歌で言う春告精とは誰の事を指すか答えよ。
「お、これは簡単だね。春告精は“リリーホワイト”の事だ」
鉛筆の走る音が小気味良く部屋に響く。勉強が苦手な妹紅だが、少しずつ調子が出てきたのだろうか。
その様子を見た慧音も、どこかやる気に満ち溢れているように見える。
「ふむ、正解だ。まぁこれは誰でもできるサービス問題だからな」
「……せっかく解けたのにそういう事言わないでよ慧音……」
数分前と同じアメとムチの様な発言に、妹紅は口を尖らせる。しかし肩を落とすことはなく、慧音の講義を待つように背筋を伸ばしている。これは彼女の教育の結果だろうか。妹紅のおでこは不自然な程に赤くなっている。
「ついでに、この歌を見れば分かる事だが、リリーは春の季語として使われているんだ」
「私は歌なんて詠まないからなぁ。その知識を使う事は当分なさそうだ」
そう言いながらも妹紅の頭の中は、偶には殺し合いではなく輝夜と歌の勝負でもしてみようかという思考で溢れていた。
問3
どのような道具にも神は宿っていると言われる。道具が不要になった時、それらの神を怒らせない正しい捨て方はどのようなものか答えよ。
「あ、慧音、ここ4問目なのに問3になってるよ」
「本当だ、直しておかねばな。こういうミスは自分じゃ気付きにくいんだ、ありがとう妹紅」
何処からか持ち出した赤色のペンで、慧音はテスト用紙に修正を入れる。問3に斜線が引かれ、すぐ上に問4と書き直される。
「えーっと、なになに……道具の捨て方? そんなの適当にすれば良いんじゃないの?」
その言葉を聞いた慧音は、誰が見ても明らかにムッとした表情をする。また頭突きをされるんじゃないかと妹紅は身構えたがそんな事はなく、慧音から呆れられた視線を送られる。
「おいおい……これは結構大切な事だぞ。これを期に覚えておくようにな」
「でも私、道具とかそんなに持ってないし……大切に使ってるから捨てる事なんてそうそうないよ」
生きている限り道具は生活に欠かさないものであって、それだけ捨てることもあるのだ。彼女は今まで幾つの道具を考えも無しに捨てただろうか。何時になく真面目な慧音の態度に、妹紅は困惑の色を隠すことが出来ない。
「それでも、だ。正しくない捨て方をすると、その道具は怨みや怒りから妖怪となる可能性がある。身近な例をあげるなら、からかさお化けの多々良小傘がそれにあたるな」
「でも、別にアイツは害があるようには見えないんだけれど……」
いつもニコニコしていて、誰かを驚かせようと健気に試行錯誤する付喪神。彼女の事を考えて益々首を傾げる妹紅に、慧音は真実を突きつける。
「暢気な奴ではあるが、そんな彼女の過去を機会があれば聞いてみるといい。持ち主から捨てられた悲しみが、彼女の生まれた理由だと分かるからな」
妹紅の動きが止まる。自分の捨てた道具が負の念から妖怪となり、怨み辛みに身を焦がしながら生きていくことを想像したのだろう。何百年も怨みで身を焼いた妹紅なら、その苦しみを人一倍理解できることは想像に難くない。
「……道具の正しい捨て方は“完全に壊してから捨てる”だ。壊される事に道具の神は怒らないからな。妖怪化する道具はごく僅かではあるが、次からは気を付けるように。それと、小傘は今を楽しんでいる。誰かを本気で怨む様な事は、恐らく彼女にはないだろう」
慧音の言葉に妹紅は救われたような気がした。過去に捨ててきた道具がどのような事を思い消えていったのか、今はもう知ることはできないのだ。
うっすらと浮かんだ涙を隠すように袖で拭き、妹紅はこの事実を忘れないよう胸に深く刻んだ。
そうして決意を新たにし、妹紅は次の問題へと目をやった。
問5
太陽の黒点は何の姿か答えよ。
「………」
さっきまでの勢いや感動は何処へやら。ポカンと口を開けただらしない顔で、妹紅は短く簡潔な問題文を穴が開くほど見つめている。彼女が手に握り締めていた鉛筆は、何時の間にか机の上を無気力に転がっている。
「ああ、これは雑学の様な問題だから分からなくても仕方ないな。答えは太陽にいる神様、“八咫烏”の姿だ。肉眼では見辛いが、数年に一度力が増して地上からその姿を数多く見ることができるんだ」
慧音が問題の解説をするが、いまいち妹紅の表情は変わらない。納得する様子のない彼女を慧音が怪訝そうに見やると、今にも消えそうな小さな声で妹紅はこう言った。
「……黒点って、何?」
目頭を押さえた慧音は、静かに子ども向けの理科の本を差し出した。
問6
人間の里にある龍神の石像は、その目の色を見ると天気が判るというものである。では、その目の色が赤い場合はどのような時か答えよ。
「へー、あの龍の形の石像ってそんな便利な物だったんだ。全然知らなかったよ」
「里にいる者達なら大体分かるサービス問題だが、妹紅にはまだ教えてなかったかな」
他の問題とは違って、妹紅は興味津々に慧音の話に耳を傾ける。身近に知らない出来事があれば、気になるのは当然の事だろう。妹紅もその例に漏れなかった。
「天気予報機能は河童が作ったものなんだが、目の色が白だと晴れ、青は雨、灰色は曇りといった感じだ。問題になっている赤色は“予測不能だった時”、大体は幻想郷に異変が起きている場合に出る色だ」
「中々すごいじゃないか。これから私も見に行こうかな」
人間の里の意外な文明に感心したのか、妹紅は何やら上機嫌な様子だ。それに釣られて慧音も優しげな微笑みを浮かべる。
「的中確率は7割程度だ。まぁ、それなりに信じていいんじゃないかな。さて、次にいくぞ」
問7
土蜘蛛の得意な事について、①~④の中から正しいものを1つ選べ。
①道具の作製
②建築
③薬の生成
④物探し
「土蜘蛛かー。昔に話で聞いたことはあるんだけれど、会った事はないなぁ」
「おや、そうなのか。地底に続く風穴に行けば、黒谷ヤマメという明るい土蜘蛛がいるから会ってみたらどうだ? 妹紅なら彼女の毒牙に掛かることもないだろうし」
慧音の言葉を聞いて、妹紅がテスト用紙に向けていた顔を上げる。彼女の目には僅かながらに闘争心の炎が見え隠れしているように思える。
「んん? そんなに強い奴なのか? そのヤマメってのは」
「普通の人間なら厄介な相手なんだ。病気を操る妖怪でな、感染症……それも原因不明の病にかかってしまうと、ヤマメと会った人だけでなく周囲の者の命も危なくなるんだ」
そうしてネズミ算式に病気が蔓延したら、永遠亭の薬師でも手に負えない状況になるかもしれない。実際にそうなる事はありえないに等しいとは言っても、可能性は0ではないのだ。そう考えた妹紅はうんうんと頷きながらも、手の上で鉛筆を回転させながら無い胸を張っている。
蓬莱人は病に掛からないから、ヤマメに負けるはずがないとでも思っているのだろうか。実際に戦わなければ、どちらが勝つかなんて分からないものなのに……特に幻想郷なら尚更のこと、と慧音は独りごちる。勿論、妹紅には聞こえていない。
「確かにそいつは厄介だ。ま、私には効かないがね」
「まぁ、そのヤマメは無闇に病気をばら撒くような奴じゃないんだけどね。……で、答えは分かるのかい?」
「えーっと、正しいものだから……②の建築、でしょ?」
ぼんやりと空中を見つめて何か考えつつ、妹紅は答えを導き出す。そんな彼女の解答を聞いた慧音は思わず目を丸くする。
「……うむ、正解だ。失礼ながら、話に聞いていただけと言っていたから間違えると思ったよ」
「①は河童で③は永琳、④は命蓮寺の鼠の得意な事じゃなかったっけ。そんな感じで消去法で答えを求めてみたんだ」
まさか正解するとは、慧音は微塵も思っていなかったのだろう。どの選択肢も正解のようなそれっぽいものを選りすぐった、慧音の中で最もいやらしい問題。正答率10%を下回る予定の、渾身の力を込めて作った一問だったのだ。それをこうもあっさりと解かれてしまっては、教師としては喜ぶべき場面なのだろうが悔しさを感じてしまう。
「むむぅ、やれば出来るじゃないか妹紅。この調子で残りは……あと3問だな。どんどんやってみようか」
妹紅のおかげで来期のテストの難易度が上がったのは、また別の話。
問8
厄神である鍵山雛に関するタブーを1つ答えよ。
「タブーって、禁止されている事とか触れちゃいけない事って意味だよね?」
「ああそうだ。この問題の答えはいくつもあるんだが、答えるのは一つで十分だぞ」
むむむ、と妹紅は首を捻る。迷いの竹林と人間の里以外の場所には中々行くことがないので、妖怪の山にいる厄神など見たこともないのだろう。鉛筆で無意味に机を叩き続ける彼女の様子を見るに、その存在を知ったのは今が初めてなのかもしれない。
里には雛人形の無人販売所があるので、後で妹紅と一緒に見に行こうかと慧音は夢想する。ちょうど桃の節句が近いし買っても良いかもしれない。そうだ買いに行こう、そうしよう。
……話を戻して、妹紅の状況はまさに八方塞。名前と厄神であること以外何も分からないのだから、答えが求められる訳がない。それを察した慧音が夢想をやめてすかさず助け舟、もといヒントを妹紅に与える。
「危険な厄を避ける為にある決まりだから、適当に言ったら当たりそうな答えだが……どうだ、何か思い付いたか?」
「うー…。じゃあ、厄神に近づいてはいけない、とか?」
頭を抱えた妹紅が弱弱しい声で尋ねる。正解していたら頭を撫で繰り回したい衝動に慧音は駆られたが、その願望は惜しくも叶わなかった。
「残念、近づく以前の問題だったな……。正解は“見かけても見てない振りをする事”や“同じ道を歩かない事”、“自分から話題に出さない事”等々。いつか彼女に出会った時には気を付けるよう、覚えておくと良い」
慧音の言葉を聞いた時、妹紅はある事に気付いた。いや、気付いてしまった。
「あれ、今こうして話題に出してるのは……?」
「え? ま、まぁ、私達には力があるし……大丈夫だよな、妹紅?」
「わ、私に聞かれても…。って言うかどっちからこの話題出したっけ……?」
「…………」
「ちょ、ちょっと! 何でそこで黙るのさ慧音!! ……え、ねぇ、嘘でしょ? 目ぇ逸らさないでよ! 別に呪われたりしないよねっ? ねぇってば。慧音っ、けーねぇっ!!」
問9
八雲紫について述べた以下の3つの文章に正しければ○を、間違っていれば×をつけなさい。
(1)彼女の式神は藍と橙の2人である。
(2)絵の中や夢の中に移動する事が出来る。
(3)意外と話したがり屋である。
「あー、そう不貞腐れるな妹紅よ。少し大袈裟にからかったのは謝るから……。タブーと言っても、厄が付かないようにする為の脅しの様なものでもある。それにお前は強いだろう? だから大丈夫だ、なっ?」
「むぅ………次やったら本気で怒るからね」
何だかんだで妹紅の機嫌を取る事に成功した慧音は、次の問題を解くよう促す。拗ねた様が子どもみたいだと、慧音は密かに思ったが口に出す事はなかった。
「(1)は×、(2)は○かな? (3)は………何コレ?」
「ちょっとした遊び心で入れてみた問題なんだが、分かるかな?」
八雲紫は話したがり屋かどうか。彼女と会った事のある人なら目を疑う様な問題である。何しろ、紫と会話をしても彼女が何を言いたいのか、何を考えているのか分からないのだから。
「えええ……あの胡散臭い奴が? 神出鬼没だし、何したいのか分かんないし。別に、話したがりって言うほどじゃないような……という事で×」
恐らく、紫と仲の良い霊夢でも妹紅と同じ事を言うだろう。それほどまでに八雲紫という大妖怪は、他に類を見ない得体の知れない者なのだ。
「(1)は橙は藍の式神だから“×”で正解だ。次の(2)は自信がなさそうだったが、八雲紫は物理的だけでなく概念的な境界も操る事ができるので“○”で正解」
紫の能力と慧音の博識ぶりに感心しつつ、妹紅は続きの言葉に耳を傾ける。
「(3)の答えはなんと……“○”なんだ。話しかけてやれば、嬉々として自分や幻想郷の事について話してくれるぞ。ま、話の内容の真偽は定かではないんだがな」
「なんだが意外だけれど、何故か納得するなぁ……。今度会ったら話してみようかねぇ」
そうするといい、と言って微笑んだ慧音は妹紅の頭をぽんぽんと優しく叩く。子ども扱いの様な仕草ではあるが、妹紅は満更でもないようだ。
「さあ、次が最後の問題だ」
意気揚々と問題に目をやった時、思いもよらないような内容に妹紅は目を見開いた。
問10
迷いの竹林にある永遠亭に確実に辿り着く為には、誰に護衛の依頼をするべきか。漢字4文字で答えよ。
「…………」
「…………」
沈黙が部屋を制する。時計の正確で無機質な音だけが冷たく響く。動かない鉛筆が音を立てる筈も無く、時間は刻々と過ぎていく。
居ても立ってもいられなくなった慧音が、気まずそうに口を開く。
「……妹紅と里の人間がもっと近づけたらと思って作った問題なんだが、やっぱりダメか……?」
堂々とした態度で教鞭を振るってきた彼女が、先程までとは打って変わって弱気になる。問題を見たまま押し黙ってしまった妹紅の姿は、慧音の心にあらぬ不安を掻き立てる。
「すまない……いらぬお節介だったか? その、こうして問題にされるのは、そりゃ良い気分にはならないよな……。別のものに変えておくよ。本当に、本当にすまない……」
机の上にあるテスト用紙を回収しようと、慧音が手を伸ばす。あと一寸で届くというところで、その手の動きを俄に誰かが止めた。
誰か、なんてナンセンスな表現だろう。此処には二人しかいないのだから。
「いや、ダメじゃないよ……。ただ、その……恥ずかしいな、って」
俯いていた顔を慧音は勢いよく上げる。彼女の潤んだ目には、照れくさそうな妹紅の顔がありありと映った。
「も、もこ……!」
「あああああ、そんな今にも泣きそうな顔しないでってば! 別に怒ってないからさ。むしろ私を想ってしてくれた事なんでしょ? 嬉しいに決まってるじゃない」
「っ!!」
気付けば慧音は妹紅に抱きついていた。いや、もしかしたら妹紅からかもしれない。心の赴くままに、互いが互いを抱きしめ合う。
感極まって涙が零れ出す慧音の背中を、妹紅は優しく撫でる。溢れ出す温かい気持ちが、二人を包んでいた。
「最後の問題、何人正解できるんだろ?」
「私は皆正解すると信じているぞ!」
「ははは、それは言い過ぎだって」
「ああそうだ。言い忘れていたが、このテストは6問以上間違えると頭突きの刑なんだが……」
「えっ」
「妹紅は10問中2問、最後のも入れて3問正解か。つまり、7問もミスをしている……覚悟はいいな?」
「え、ちょ、……えっ」
後日、寺子屋にてこのテストは実施された。
結果は散々。慧音の期待した最後の問題は、名前は知っていても漢字で書けなくて不正解になる生徒が続出。
他の問題も難しく、テストの平均点は著しく下がったのだった。
ついでに、全問正解者は阿求だけでした。
了
星は毘沙門天代理でナズーリンは星の部下兼お目付役(もしくは虎と鼠夫妻)
って感じかな
学校のテストが
こんなんだったら
絶対勉強するなぁ(・ω・)
たぶん藤原妹紅か藤原妹紅のどっちかなんだけどな……
こんなテストがあれば………
面白い試みだったと思います。
これで頭突きは免れますね!