目の前でくつくつと煮立つスープ。
なかにはもちろん、神社周辺でとれた、天然の素材しか入っていない。
そろそろ食べごろかな。
おたまで一杯だけすくって味見をしてみる。
突き抜けるような自然の味。
口の中を駆け巡る大地の味。
体が芯から温める太陽の味。
しかし、二度と口にしようとは思わない。
雑草の味がした。
人参の味でもなく、じゃがいもの味でも無い、大根ともやっぱり違う雑草の味。
ピーマンより苦く、もずく納豆より口に絡み、ほうれん草よりもおいしくない。
私の髪の毛のような、雑草の味がした。
お金が無くてこんなことやってみたけどやっぱ駄目ね……。
食べ物の批評家にでもなってタダ飯喰らいでもやろうかしら。タダだし。
そういえば、掃除とかやんなきゃなー。でもお腹すいたなー……。
でも掃除やんなきゃなー。そんなことを考え続けながら歩いた。
お腹が空いた。500mlのペットボトルが私だとすると、50mlも入ってないくらいお腹が空いている。
お天道様がまぶしい。
私の中の50mlを蒸発させるような太陽とにらめっこしながら歩く。
そうして縁側についたところで、ひとつの紙切れに目が止まった。
『文々。新聞製作スタッフ募集!』
なんというご都合主義。
私はそのなんとか主義に賛成し、むせび泣くことにした。
◇◆◇◆◇◆
「たのもー」
「頼まれたくないです」
「そういわずに」
私は早速文のもとへ飛んだ。
そりゃもう、私の食料が掛かっているから本気で飛んだ。
私の飛んだあとに、真空空間ができるくらい速く飛んだ。
50mlでどこまで飛べるか分からなかったけど結構飛んだ。
「で、これ見て来たんだけど」
「え、あぁ、えぇ……」
二人の間に少々無言の時間が訪れる。帰り道に犬のフンを踏んづけちゃった時の同級生の反応くらい静かだった。
そして少し考えこむようにしてから文がこう言った。
「ちょっとだけ、試験があるんですけど、大丈夫ですか?」
「採用してもらえるなら」
「その採用をするかどうかを見る試験なんですけど」
「採用を前提にお願いします」
「いや、だから……もういいや」
やった、折れた。
「試験やりますよ」
折れてなかった。
「二つか……三つくらいですかね、試験」
「及第点は?」
「あ、実技です、たぶん」
何かやるのか……面倒くさいなぁ、といいかけて言わない。点数下がっちゃう。
「じゃあ試験内容は追々考えるので適当にくつろいでくれていいですよ」
「お茶とかある?」
「そっちの戸棚です。あ、私の分もお願い出来ます?」
「試験?」
「いや、試験関係なく」
「わかった」
私は戸棚へと足を伸ばし、湯のみを二つ用意し、お湯を沸かし始める。
急須を用意し、自前じゃないから茶葉を変えてやる。
そして急須だけを少し温める。
これからの試験に対する意気込みを、この急須の中に一緒に入れて、温める。
◇◆◇◆◇◆
お茶を淹れてからと言うもの、他に何もすることが無いようだった。
それはテレビ番組だったらタイトルがつかないくらいの、テロップをいれるなら黒字で右上に「いつもの日常」と書かれてしまうくらい、本当に何もしなかった。
三杯目のお茶を平らげ、空腹を少しだけ紛らわせた。
でも暇だった。
暇すぎて文の周りをうろうろしてた。
でも途中で文が嫌そうな顔したからやめた。
暇。
太陽は高い。
テンションは低い。
今の私は九割くらい退屈で出来ていると思う。あと残りは雑草とお茶。お腹の中。
どうやって暇を潰そう……。
「時に霊夢さん」
「うぉう!」
「なんですか、うぉうって」
「いや、つい」
急に話しかけられるからつい変な声を上げてしまった。
不可抗力。文のカメラのシャッターを押したらフラッシュが焚かれるくらい不可抗力。
「そろそろお昼ですね」
「そうね」
「お腹すきましたね」
「何か作ってよ」
「いや、それを頼みにきたんですけど」
「いやよ」
「試験です」
「わかった」
仕方なく四杯目のお茶の入った湯のみを置く。
ふらりと立ち上がりふらふらと台所へ向かう。
「台所どっちー?」
「突き当たり右です」
台所の場所がわからなかった。これも不可抗力。
そういえば文が神社来たときはこんなことなかった、把握してた。
文らしい。
「筑前煮の材料があるはずですから、適当によろしくお願いしますねー」
「わかったー」
チクゼンニ……なんだろ。
ちく、ちく……わ? ちくわ?
ぜんは多分漢字にすると、前か全、よね。
ちくわの前に煮る。何をよ。ちくわ全部煮る。意味不明。
チクゼンニってなんなんだろ。不気味。
◇◆◇◆◇◆
「できたわー」
「待ってました」
「はい」
私はずい、と器を差し出した。
「なんです? これ」
「チクゼンニとやら」
「どう見てもお湯なんですが」
「ちくわの茹で汁でしょ」
「……」
文が頭を抱えてる。頭が膝にくっついてる。横から見るとホッチキスみたいだった。
文ホッチキス。
「一応聞きますが、ゆでた後のちくわは……?」
「食べたわ」
「残る食料は……」
「それ」
ちくわおいしかった。二本食べた。お腹いっぱいになった。
500ml満タンとまでは行かないけど、450mlくらいになった。多分。
「飲まないの?」
「飲みませんよ」
「おいしいのに」
「……」
文が机に肘をつく。
「じゃあ今回は不合格と言う事で……」
「うそうそうそ。里でお弁当買ってきてあるから」
「おっ、なんとか及第点」
「公費で」
「……」
上げた顔をまた下げた。赤べこみたいに。
無言の食事が始まった。文とは対照的にお弁当はまだ温かかった。
文はもしゃもしゃお弁当食べてた。すごい顔してた。
◇◆◇◆◇◆
文は新聞を作るのに本腰を入れている。
締切も近いっぽいので邪魔できない。
締切が近い新聞記者は危ない。
どれくらいかって言うと、牛丼を頼むときに「汁だけ」って頼んじゃう人くらい危ない。
汁だけで頼むと店員に露骨に嫌な顔される。何お前って。あの顔怖い。
私は怖いのは嫌だ。だから邪魔しない。
「霊夢さーん」
今の文に合う擬音は「にゅる」、にゅるっとどこからともなく現れて、にゅるっとか細い声をかけてきた。
「締切がぁ、近いんですけどぉ……」
か細い。あまりにもか細い。ごぼうくらいの太さの大根みたいな感じ。そんな声。
「手伝ってくださいぃ……」
「試験?」
「……はいぃ」
あ、絶対今決めたこいつ、絶対今決めた。
もちろん私にネタなんて無い。そんなもの集めようとでも思わない限り、集まるものではない。
「ネタはこっちで用意してあるから、大丈夫ですよ」
「あら、そう」
思考を読むな。
なんか文が急に元気になった。水を得た魚みたいだった。淡水魚の方。
◇◆◇◆◇◆
「とりあえずここはこうしたほうが良くない?」
「でも、そうするとこことここが……」
絶賛口論中。大きなスクリーンでCMとか流れちゃうくらい熱いバトル映画みたい。
筆と筆がぶつかり合う新感覚アクション新聞製作型ゲームとかにもなっちゃいそう。
嘘ついた。ならない。
「うぅ……これはこれで校了でいいでしょう」
「それはいいと思う」
一段落、とばかりに文は湯のみに手を伸ばす。中身はチクゼンニだ。
ちょっとしょっぱくて、ちょっとあたたかくて、ちょっとなまぐさい。茹で汁。
本音をいうとあんまりおいしくない。例えるなら、十一月くらい微妙。
十一月は涼しくて好きだけど。
だけど文はさっきから結構飲んでる。チクゼンニ好きなのかな。
「次は……この記事ですか」
「下書きはすんでるのね」
「はい、後はこれに手を加えるだけです」
「さて、今は十六時ね。締切は――」
文が飛んでった。
幻想郷最速で飛んでった。
とりあえず文がいなくなって爆音がするくらい速かった。
結構派手に散らかしてったな。
部屋の掃除でもしようかな。
私はチクゼンニをすする。
やっぱりおいしくない。
でも、掃除をしている私と一緒にいるのは、まだ少し湯気の立ちのぼるチクゼンニだけだった。
◇◆◇◆◇◆
「おかえりー」
「ただいまです」
文が疲労困憊と入った様子で帰ってきた。
朝の文をエアコンとするなら、今の文は扇風機だ。湧き出るものがない。
「今日はまた一段と疲れました」
「お疲れ様、新聞大丈夫だった?」
「まぁ、霊夢さんのおかげでなんとか……ありがとうございました」
なんかとっても感謝された。
割られた窓から吹き込む風がとっても気持ちいい。
「……ちょっと待ってよ」
「どうかしました?」
「いや、締切の日にいつも窓割ってるのかなーって」
「割りませんよそんな」
はっはっはと文は笑う。
ちょっと豪快そうだけどうつろな目をしている。
「今回はね……締切守らなきゃいけない理由がね……」
「いつも守ってないってこと?」
「いやいや、はっはっは」
やっぱりうつろな目をしてる。
「なんというか、お疲れ」
「どうもです。今日は本当に疲れましたよ……」
なんか本当につかれてそう。
首とかコキコキいわせてる。肩もぐるぐる回してる。
「――ジでもしてやろっか」
「はい?」
「いや、マッサージでもしてやろうかってね」
つい、なんか。なんか言ってた。
目の前で疲れてる人がいれば助けるってわけじゃないんだけど……なんとなく。
いや、なんとなく。
「とりあえずそこ座ってよ」
「あ、はい」
◇◆◇◆◇◆
「ほぉぉぉぉぉぉぉ」
「痛かったら言ってね」
「ふひぃぃぃぃぃぃぃ」
なんとなく思っただけだけど、今の文の眉間にはすごいシワが寄ってると思う。
演歌を歌ってる人みたいな力の入れ方で、シワが寄ってると思う。
「あはぁぁぁぁぁぁぁ」
「さっきからなんなのよ、その息と一緒に言を発すみたいな」
「あれですよ、ふぅぅぅぅぅぅぅ、痛みを逃がすために、ほぅぅぅぅぅぅぅ、息を吐いてるんです、はぉぉぉぉぉぉぉ」
さいですか。
なんか気に入らないから肩甲骨下角らへんをぐりぐりやる。これはツボでも何でもなく、ただ痛いだけだ。
それでも文ははひぃやらふぉぉやら演歌を歌ってる人みたいに息を吐き続けてる。
「さっきもいったけどさ、痛かったら言ってねって」
「わ、かりました」
ちょっと声が本当に辛そうになってきたのでやめてやる。
肩甲骨下角から少し内側へと押す位置をずらしてマッサージを続ける。
「羽が、邪魔」
「仕舞えませんよ」
あいにく、羽が仕舞われるところを眺める趣味は無い。
羽のマッサージは後回しにして、今は肩と首に集中する。
私と話している間以外、ずっと文は演歌を歌ってる人みたいに息を吐いてた。
◇◆◇◆◇◆
さて、羽のマッサージだけど。
文の羽どころか、羽自体に触るのが初めてな私にツボとかわかるわけもなくて。
とりあえずモノは挑戦、当たってくだければいい。
文の羽を砕くつもりはないけど。
「あ、羽はいいで――」
「えいっ」
「あぁん」
今。
文が、
あぁんって。
あぁんって言った。
なんかまだ十九時にもなってないのに大丈夫なのか危うい声が。
「……は、羽はいいですって」
「……わかった」
「……」
なんか重い。
すっごく重い。
なんか空気中に三人くらい人がいるんじゃないかってくらい重い。
湿気とかじゃなくて人っ気。80%超えてると思う。
「お茶とか淹れてきます」
「いってらっしゃい」
文が席をたった。
頬が赤かった。
◇◆◇◆◇◆
「えっと、とりあえず試験の結果ですけど」
「そういえば試験とかあったわね」
「……えっと」
なんか文辛そう。私を直視してくれない。
まぁ扇風機よりは元気だろうからいいけど。
「もちろん、初任給五十万も過言じゃないわよね?」
「それは過言ですよ……」
「やっぱり?」
駄目でした。
初任給五十万は夢でした。
虹よりきれいだけど、雲より高くて雲より掴みにくい夢でした。
「まぁ、ね。わかってたけどさ」
「いや、わかっててくださいよ。多分あの紙の備考のとこに書いてあったはずですよ」
「ごめん見てない」
「そうですか」
見てる暇なんてなかった。
見てる余裕なんてなかった。
見てる時間があったら食べ物が欲しかった。
時は金なりって言うけど、お金になるならお金に変えて欲しいくらいお金がなかったんだもの。
「結果は――」
「いやいや、わかってるってば。そんなこと」
「あれ、そうでしたか。流石というかなんというか」
そりゃ露骨に目もあわせてくれなけりゃ、嫌でもわかるって。
「……やっぱりこれだけ荒らしちゃ、受かる訳ないわよね」
間を空けずに続ける。
「そろそろ帰るわ、今日は本当にごめんね」
私が文にやってあげられたことといえば、締切を教えたのと、マッサージと、あんまりおいしくないチクゼンニとやらだけだ。
思い出して恥ずかしくなってきた。本当に何もしてないじゃない。
でもなんか今日は文と一緒で結構楽しかったし。
私は早々に踵を返すことにする。
風が吹いた。
「――不合格なんて一言も言ってないんですけどね……」
吹く風が私に文の言葉を届けた、ような気がした。
頬がまだ紅潮しているが、文の方へ顔だけ向ける。
文はいつもどおりに笑っていた。
「文々。新聞製作本部へようこそ!」
フライングでもなんでもしてください
チクゼンニがいい味を出していました
こういう作品を読んでいると、自分でも何か書きたくなって来るから不思議
このたとえ話のセンスは異常と思った。分けてほしい。
と気になって読んでみたら、普通に面白かったです。
なんかこう、全体に漂う雰囲気が良いといいますか。
結末も良かったです。あややホントにいい人。
このコンビでの続編も読んでみたいな。
是非ともあやれいむ布教委員会に入会を(ry
テンポ良く、シンプルで、シーン一つ一つが脳内で鮮明に再生されました。
良いあやれいむでした。
文章が好き。凄く好き。
この面白コンビによる突撃取材編(対紫様、又はレミリアだと歓喜)や、
新聞製作本部への新メンバー加入編(紫様、又はレミリアだと失禁)なんかが
読めると最高に嬉しいです。
貧乏が全部悪いんや・・・。
ご都合主義の神様ありがとう!
チクゼンニのアナザーストーリーも期待して良いですか?
ところで霊夢に筑前煮を教えながらいちゃいちゃする後編はまだですか?
次回も期待しています
てか雑草食べるぐらいだったら山菜なり兎なり探すはず。
山には食べられる食材はそれこそ山ほどあるんだし。
貧乏ネタするならその辺りをちゃんと解決させないと。
マッサージ、いいですね。
締めが綺麗でよかったです