――序の巻――
「妖夢」
「なんでしょう幽々子様」
「ようかんになりなさい」
◆◇◆
話は四半時ほど遡る。
場所は幽々子と妖夢が暮らす白玉楼、……ではなく、幻想郷の鬼門に位置する八雲邸である。
その縁側に、スキマ妖怪八雲紫と、亡霊嬢こと西行寺幽々子が、並んで腰掛けていた。
お天道様は南から西へと傾いているが、まだ明るい昼間。
夜型のスキマ妖怪が起きるには早く、華胥の亡霊には似つかわしくない時刻だ。
「こんな時間から悪かったわね紫」
「いいわよ別に……」
紫の湯飲みには、眠気を覚ますために濃い目にお茶が入れられていた。
お茶菓子はまだ運ばれてこない。彼女の式には珍しく、意外に手間取っているようだ。
「……ふぁ。でも珍しいわねぇ。幽々子が私に相談なんて」
「そうかしらね」
まだ眠気がおさまらず、欠伸をひとつ挟んだ紫の問いかけに、幽々子も、のほほんと返してくる。
「で。何なの相談って」
「実は妖夢のことなの」
「妖夢がどうかしたの?」
妖夢こと、魂魄妖夢は幽々子の従者である。半人半霊、庭師と剣術指南役、その他諸々を勤めている。
無論、ここにも幽々子の従者としてついて来ており、今は紫の式である八雲藍と台所にいる。
「いつまでも未熟で心配なのよ」
「ああ、そのこと」
紫は納得して笑った。
確かに、妖夢は真面目だが融通がきかなく、異変解決に飛び回った際も、とんちんかんな答えを出して迷走することがよくあった。
端でその様子を覗いていた紫は、呆れつつもずいぶんと愉快な思いをさせてもらったものだ。
「もう。頭が固くて困っちゃうわ」
「幽々子が柔らかいから、ちょうどいいんじゃないの? 石頭でも」
「いし? いしし?」
「いのしし」
「あらあら、ウリ坊かしら。最近食べてないわね」
「食べたいなら今度捕まえてきてあげましょうか? 石頭のイノシシ」
話が軽く脱線していたが、会話の主らは気にする様子をみせない。
二人の従者が聞いていれば、頭を抱えていただろうが。
「何がいけないのかしら」
「さあ。刀で何でも解決しようとするところ、とか」
「あらあら。じゃあ、刀を取り上げちゃおうかしら」
「ふさぎ込むんじゃないかしらね」
「じゃあ刀を抜くときは『みょん』と叫ぶように命じるわ。主の権限で」
◆◇◆
「みょん!!」
抜刀と共に、妖夢の口から気合のみょんが飛んだ。
◆◇◆
「もちろん抜いた後も、常に口ずさむこと」
「泣くわね。間違いなく」
紫の頭に、涙を流しながら「みょんみょん」と刀を振るう妖夢の姿が浮かんだ。
悲惨極まりない。見てみたい気もするが。
「紫の式はいいわね~。しっかりしているけど、適度に丸いし、頭の回転も速いし」
「あら。私さっきその式に、ジャイアントスィングで起こされたんだけど」
「あらあら、いつも貴方に振り回されている仕返しじゃないの?」
「……上手いこと言うわね幽々子は」
くすくすと扇の向こうで笑う幽々子に向かって、紫はふんと鼻を鳴らした。
お八つ時のこの時間帯は、いつも紫は寝ている。
その眠りは深く、客人である幽々子が来ても、決して起きる気はしなかった。
それに業を煮やした式の藍が、布団を引っぺがし、紫の両足を抱えたのだった。
二十五回転。
紫が半覚醒の状態になるまで必要とした回転数である。
ぐるぐると回る部屋の光景を思い出して、紫は少し眩暈がした。
対して幽々子は残念そうな口振りで、
「でも羨ましいわね~。妖夢は私にそんなことしてくれないもの」
「しないわね、あの子は」
やはり見てみたい気もするが。
ちなみに、紫の想像の中の幽々子は、回りながら嬉しそうにきゃーきゃー叫んでいた。
だが、主を振り回すほどの勇気も無礼講も、妖夢は持ち合わせていないだろう。
そこで、第三の声が入った
「……そもそも紫様と違って、幽々子様はご自分で起きなさるでしょうに」
やってきたのは、お盆を抱えた藍だった。
お茶菓子を運ぶ機会を見計らっている間に、話を聞いていたのだろう。
九つの尻尾を揺らしながら苦笑を浮かべている。
そんな藍に、幽々子も笑いかけながら、
「あら、藍ちゃん久しぶり」
「いや、さっきも会ったでしょう」
「だから、久しぶりなの」
「そういうものですか」
「そういうものよ」
「ちょっと藍。話に参加していいとは言ってないわよ」
紫は軽くたしなめた。
「失礼しました。では改めて、話に参加してもよろしいでしょうか」
「駄~目。よろしくないわ。お菓子だけ置いて去りなさい」
「あらあら、いいじゃないの。藍ちゃんの意見も聞きたいし」
「……仕方がないわね。何かあるなら言ってごらんなさい」
「妖夢ですか。もう少し時間が経てば、自然に成長してくれるんじゃないでしょうかね」
おやつが載ったお盆を置きながら、藍はその場に正座した。
お盆の皿は二つ。
どちらにも、お茶菓子の羊羹が、形よく切られて並べられている。
しかし、明らかに盛られている量が違っていた。
左と比べて、右の皿はこんもりと山のようになっており、一部は皿からはみ出てしまっている。
てっぺんに立てられた爪楊枝は、天をつく山を制覇した探検隊の旗を思わせた。
そんな大盛り羊羹の皿が、隣の普通に盛られた皿と並んでいるため、全体として、わびさびが台無しなとても滑稽な様を見せていた。
幽々子は迷わず、羊羹が大量にのった右の皿に手を伸ばす。
紫はそれを見ても、何も言わなかった。
藍の話は続く。
「時の流れは残酷ですが確実です。今は未熟な様でも少しずつ育っていってくれます。
かつての私のように……と、失礼しました」
「別にかまわないけど、どこかで聞いた台詞ね。でも、貴方と妖夢じゃ話が違うかもよ?」
「さあて、どうでしょうか。多少の差はあれど、半人半霊も式も同じ。
成長という意味では変わらないと思いますが。その時は間違いなくやってきますよ」
「ふうん」
紫は目を閉じて、自らの式の人生訓を味わった。
「というのが、うちの式の意見なようだけど、どう思います? 幽々子。……幽々子?」
その幽々子は返事をせずに、皿にのった羊羹を、じっと見つめていた。
それを食べる様子をみせない。
食べない?
その光景に、紫も藍も自然緊張した。
あの幽々子がおやつを食べずに見つめているのだ。
猫に鰹節、巫女にお賽銭、天狗に特ダネ。
そして幽々子には……食べ物なら何でも、与えればあっという間に食べる。
その幻想郷でも指折りの食いしん坊の幽々子が、羊羹を口にせずに見つめたままとはいかなることか。
「……幽々子様? 私、何か粗相をしたでしょうか」
恐る恐る藍は聞いた。
おやつを出した自分に、何か配慮が足りなかったのではないか、と思ったのだ。
具体的には、全然足りないとか。
しかし、それなら全て平らげてから言うはずである、いつもの幽々子なら。
やがて幽々子は顔を上げ、ニッコリと笑って言った。
「さすがは藍ちゃんね。見事な答えを出してくれたわ」
そう言って、羊羹を一口頬張り、
うん、と一度頷きながら、幽々子は断言した。
「これよ! 妖夢はようかんになるべきだわ!」
◆◇◆
ようかんになりなさい。
主人の命令に対する妖夢の第一声は
「はい?」
だった。
とりあえず、聞き返すしかなかった。
幽々子が珍妙な注文を下すのは今日にはじまったことではない。
が、それにしても今回のお題はみょんな内容であった。
「申し訳ありません。よく意味がわからないのですが……」
「あらあら、これは困ったわね。じゃあもう一度言うわ」
全く困っていない顔で、幽々子は繰り返した。
「ようかんになるのよ」
ちっとも分からない。
それはようかんに変身しろということだろうか。
いくらなんでもそれはないと思うが……。
妖夢は困って、幽々子の隣に座る紫の方を見た。
紫は妖夢の視線を受けても、意味ありげな笑みを浮かべたまま、表情を変えずにいる。
その後ろで控えている藍は……頭痛に悩むような仕草で頭に手をやっていた。
何となく妖夢に同情しているように見える。
「妖夢。これは真面目な話なのよ。聞きなさい」
幽々子に真面目な話と言われて、
――また訳のわからないことを言い出して……
と言いかけた妖夢は思いとどまった。
もっとも真面目な話と言いながら、主人の顔はにこやかなままだったが。
「実はね。あなたに従者として足りないもの。それが『ようかん』だと先程結論がでたの」
衝撃を受けた。
夕飯の感想を述べるのと変わらぬ調子であったが、妖夢にとっては、思わず膝をつきそうになるほどの威力があった。
「くっ……」
自分が未熟であるということは、承知のつもりではあった。
しかし、面と向かって言われると重みが違ってくる。
ましてや、紫やその従者の藍の前である。
妖夢のプライドは傷つき、屈辱に顔が上げられなくなった。
「いやいや妖夢。そんな泣きそうな顔して悩まなくてもいいのよ」
再び衝撃に顔を歪ませる妖夢。
先程、真面目に聞け、と言われてから10秒も経っていないのに!
積年の修行で鍛えた心は、幽々子の軽い一言の度に打ち崩されていく。
あわれ、妖夢の心は、突如わいた黒雲によって、大嵐となっていた。
「ただ、ようかんになればいいだけなんだから」
分かるはずも無い。
しかし、これは主人が下した命令である。
しかもそれは、妖夢に足りていないという話なのだ。
――落ち着け。私にそれが足りないなら、それを今すぐ見つければいいんだ
妖夢は必死に考えはじめた。
……従者として必要なもの。
「忠義」「忍耐」「誠実」「節制」「精進」、その他諸々。
私はそのように考えている。
果たして、そのいずれかに、ようかんに該当するような要素が含まれていただろうか。
いや待て。私に足りないと言われたということは、私自身が気づいていないものである可能性が高い。
それがようかん。
「むむむ」
妖夢の思考は続く。
『ようかん』。
それはおやつに出された羊羹のことだろうか。
それとも何かの隠語なのだろうか。
もしかして妖怪の肝と書いて『妖肝』とか。
私には肝が足りない? 近いかもしれない。
じゃあ、『洋館』だったりするのか?
和風の屋敷な白玉楼が嫌になったから、洋風にしろということか?
いや、私に足りないということに繋がらない。
あるいは意表をついて船のことだろうか。
妖夢の戦艦、略して妖艦。
これはつまり、私に泳げるようになれということだろうか。
確かに私は、泳ぎは得意ではないが、それが従者として足りないとまで繋がるだろうか?
もしかして、私を池に浮かべて、その上でお茶でも飲みたいということか。
いやいや、そんなわけない。
落ち着け。落ち着いて考えるんだ私。
ん? この場で自分だけが「足りない」と言われているのはなんでだろう。
今ここには、八雲紫の式である八雲藍、彼女も従者として向こうに立っているのに。
そうか! 藍さんには『ようかん』が足りているのだ。
一体それはなんだろうか。
妖夢は藍の方を見た。
ようかん。羊羹は……柔らかい。……はっ!
妖夢は、藍のもっとも柔らかい部分に目が釘付けになった。
ま、まさか胸か!
幽々子様は私に、従者にしては胸が足りないと言っているのだろうか。
妖夢は絶望した。
あんまりだ。
確かに今は小さいかもしれないが、いずれは大きくなるつもりである。
今すぐとは言わずに、できればそれまで待っていてほしい。
ああそうか。紅魔館の某メイド長が胸を偽っているという噂を聞いた。
事実なら、それは従者として必要なことだったのだろう。
おそらく紅魔館の主人である『夜の王』には、ようかんが不足していることと関係があるに違いない。
あれ? だけど幽々子様には十分ようかんが足りているじゃない!
それなのに自分の従者にまでようかんを必要とするとは。
幽々子様は私に何を求めているのだ。
ますます混乱する妖夢だったが、思わぬ助け舟が来た。
縁側に座る二人の主の後ろ。
そこに立つ藍が、目で何かを伝えようとしていた。
いや、両手も心なしか形を作っているような。
――あっ!
嵐の真っ只中だった妖夢の心に、光が差してきた。
藍の奇妙な振る舞いは続いている。
彼女は妖夢に、『ようかん』が何かを教えようとヒントをくれているに違いない。
――感謝します。藍さん。
妖夢は心の中でお礼を言い、懸命にその意味を汲み取ろうとした。
◆◇◆
――気づいてくれ、妖夢。
無言でポーズを取りながら、藍は祈った。
彼女は、ようかんの答えを、妖夢に伝えるつもりだった。
かといって、伝心の術は使えない。興をそぐ行為は紫が嫌うのだ。
ならジェスチャーならいいのか、という問題があるが、恐らく主人のことだから、面白がって止めないとは思う。
現に、前の主人二人は、後ろの自分に気づいているのかいないのか、何も言ってこない。
ようかんが何を指しているのかは、大体見当がつく。
しかし、妖夢は今、まさにその『ようかん』が足りていないからこそ、その正体に気がつかないのだ。
幽々子もまさか、妖夢に完璧な答えなど求めてはいないだろう。
ただ少し、妖夢が自分の欠点に気が付き、それを改めるようにすれば認めてもらえるはずだ。
真面目な妖夢のことだから、主の願いに答えることができなければ、きっと傷つくだろう。
藍にとって妖夢は、同じ難解な主人の元で苦労する、可愛い後輩のような存在だ。
彼女が落ち込むのは見たくないし、その成長を助けてやりたいと日頃から思っている。
今も妖夢は真剣な顔でこちらを見ている。
厳しい表情、直立不動、握り締められた拳。
どれも『ようかん』とは程遠い。あの力みを、何とか取り除いてやらなくては。
しかし、生半可なことでは、可哀想なほど鈍い妖夢に伝わってくれない。
藍は続けてジェスチャーを繰り返した。
◆◇◆
妖夢は全身全霊を傾けて、藍の動きを観察していた。
が、藍が何を伝えようとしているのかが分からない。
頭に両手をやって左右に揺らしたり、腰をクネクネと動かしたり、手をいっぱいに広げたり、急にニヘラニヘラと薄気味悪い笑顔を浮かべたり、でもその目は思いつめた何かがあったり。
しっかり者である普段の藍からは、想像もできないへんてこな動きだが、しかし、その演技は鬼気迫るものがあった。
妖夢はそれに答えなければならないと思った。
――とにかく、藍さんは『ようかん』を表現しようとしているのだ。でも……
その奇怪な舞踊からは『ようかん』のイメージがつかめない。
とにかく、お菓子の羊羹じゃないことは確かだ。
あのおやつは、あんな媚薬を塗ったワライタケでも食べたような動きで表現される危険物では、断じてない。
あれは、もっとおぞましい別の何かだ。
こうしている間にも、藍のジェスチャーは続いている。
波打つ水面のような腕の動きを見せたり、風に舞う木の葉のようなステップを見せたり、ついには縁側にだらしなく寝そべってもぞもぞとしてみたり。
妖夢は見ていて、とても切ないものを感じた。
藍にあんな動きをさせてしまっている自分が腹立たしかった。
何やら、前に座る紫と幽々子が、表情を変えずも、後ろを向きたくなるのを必死でこらえているように見える。
藍の名誉のためにも、主らの心労のためにも、早急に問題を解決しなくては。
妖夢はかつてないほど脳細胞をフル稼働させた。
藍は決してふざけてやっているようには見えない。
つまり、あの動きには意味がある。
従者として必要な、『ようかん』の極意が隠されているに違いない。
あるいは、あの一挙一動自体に意味があるのか。
隠された『ようかんパワー』を天から授かる秘伝の動きなのだろうか。
そして、自分も今、それを授かる時が来たのだ。
――すなわち、私は『ようかん』になる!
妖夢は藍の動きを正確に真似しだした。
藍がふわふわと左右に体を揺らせば、自分も同じように体を揺らす。
両頬に手を当てて、ぐにぐにとタコの顔をすれば、自分も同じようにぐにぐにと真似する。
ニヘラニヘラと笑って天井を見上げるなら、自分もアヘンを吸ったような笑みで空を見上げる。
お尻をこちらに向けてクネクネといやらしく振れば、自分も主に向かってお尻を振る。
それを見て、幽々子と紫は、表情を変えぬまま、『振動』し始めた。
その手は膝にそっと置かれているようで、実は全力で太ももをつねっていた。
藍の顔に焦りの色が濃くなってくる。合わせて妖夢も焦ってきた。
何だか体が火照ってきたが、いつまでたっても、自分が『ようかん』になれる兆しがない。
――気合だ! 私は気合で、『ようかん』を取得してみせる!
最後に、頭を抱えながら背中を反らしてイナバウアーする藍とシンクロしながら、妖夢も同じポーズで後ろに反り返る。
そして、魂の限り叫んだ。
「『ようかん』になれ私いいいいい!!」
背後には、古きよき日本の庭園が広がっていた。
◆◇◆
とても痛い沈黙が続いた。
時間が止まる。空気が止まる。
妖怪もその式も、幽霊も半人も、なぜか虫や鳥や花までも。
場の存在全てが石化している。
やがて寒い風が吹く中で、始めに動き出したのは妖怪だった。
「幽々子、ごめんなさい。少し席を外すわ」
「あらあらダメよ。紫」
高速でスキマを開いて、その向こうへと消えようとする紫の袖を、幽々子がしっかりとつかんだ。
顔は笑っているが、その右手には、絶対に逃がさない、という強い意志がこめられていた。
幽々子は柔らかい口調ながら、手厳しく指摘してくる。
「誰も見ていないところで笑うんでしょ? ダメよ」
「何のことかしらね。でも私は、笑う時は好きな場所で笑う、とは決めているけど」
「いやいや、妖夢のことは、貴方の式にも責任があるんじゃないかしら?」
その式である藍はというと……。
彼女は床に突っ伏して、体を震わせていた。
笑いをこらえているのか、悲しみに涙しているのか、土下座して謝っているのか。
見ていてもイマイチ判別できない。全部なのかもしれないが。
妖夢の方はといえば、ポーズを決めたまま、いまだ放心の体だった。
この会話の最中に、ピクリとも動いていない。
が、ついに耐え切れなくなったのか、瞳に涙をためつつ、やおらその場に座して、刀を抜いた。
「申し訳ありません幽々子様! 不肖ながら魂魄妖夢、このたびの落ち度、切腹を持って責任を取らせていただきます!」
と、本人は言ったつもりであったが、口から出た言葉は、
「死にます!」
の四文字だった。
「ま、待って! 落ち着きなさい妖夢!」
床に伏せていた藍は、慌てて跳ね起きた。
泣きながら刀を振り回す半人に、血相を変えて飛びつく。
妖夢は顔を真っ赤にして、それを振りほどこうとした。
「放してください藍さん! もう私は生きていけません! 閻魔様のお説教を最後に、地獄で耳を塞いで過ごします!」
「馬鹿なこと言うんじゃない! お前だけの責任じゃないわ! むしろ私が余計なことをしたから……」
「そうね。じゃあ藍もこの場で切腹ということで」
「ちょっと紫様! フォローしてくださいよ!」
藍が叫ぶ前で、紫はいつの間にか先ほど座っていた位置に戻って、のんびりお茶を飲んでいた。隣の幽々子はようかんをパクついている。
実に対照的な主と従者の図である。
「とにかく、今の妖夢が、ようかんから程遠いということがわかったわ」
その一言に、ピタリと動きを止める妖夢。
幽々子はさらに続ける。
「できない、失敗した、それならまだいい。
でも、切腹に走ろうとする従者となると、いよいよ心配ね、これは」
がっくりと、うな垂れる妖夢。
見ていられなくなり、藍はその肩を優しく支えた。
……まーたわけわからんこと~♪ 言ーいー出す幽々子様~♪
妖夢が怖い歌を呟いている。藍は背筋が寒くなった。
幽々子がそんな二人を見ながら、両手を叩いた。
「というわけで、いいことを思いついたわ、紫」
「何かしら、幽々子」
「(ごにょごにょ)」
「……なるほど。可愛い子には旅をさせよ、というわけね」
「だけど、妖夢一人だと心配ね」
「それなら適役がいるわ。藍。橙を呼んできなさい」
「橙を、ですか?」
藍は聞き返した。
その理由も不明だが、わざわざ呼んでこいというのも不思議な話だ。
いつもは問答無用でスキマから引っこ抜いてくるのに。
「大事な話の前に、無粋にスキマで呼ぶのもなんでしょう?」
藍の心を読んだかのように、紫は広げた扇の向こうで、胡散臭い笑みをみせた。
◆◇◆
――何でこんなことになってるんだろう。
妖夢は事態の変化についていけなかった。
とりあえず、切腹を考えない程度には、頭の熱は冷めていた。だが、自分が何をするべきかがわからない。
むしろ、下手に動けば、また失敗をしでかしかねないので、直立不動で待つしかなかった。
その間も、起こっている現実について考え続ける。
ようかんとは、結局何だったのか。
これから、何が起ころうとしているのか。
しかし、何よりの疑問は、隣に立つ存在だった。
赤いスカートから二本の尻尾、緑の帽子からはみ出た猫耳。
八雲紫の式の式、妖怪少女、もとい化け猫の橙だった。
橙はキョロキョロと周りを見回して落ち着かない。妖夢も内心は似たようなものだったが、橙の場合は行動がそれに一致していた。
「橙。落ち着きなさい」
「は、はい! 藍様!」
主の叱責の声に、橙はぴたっと気を付けをする。
しかし、それでも耳はピクピクしているし、大きな瞳は泳いでいた。
二つに分かれた尾にいたっては、ピーンと跳ね上がっている。
その様子を見た主の藍は、眉間にしわを寄せ、口を真一文字に引き締めた。
それだけなら厳しい顔つきにも見えるが、その頬がぷるぷると震えていることに、妖夢は気がついた。
どうやら笑いをこらえているようだ。
――相変わらず、橙に甘いな藍さんは
妖夢はそんな感想を抱いた。
とはいえ、藍は誰にでも甘い、というか厳しくするのが苦手だという印象がある。
ただし、締めるところは締め、同時に軸がぶれない。
頭は良いし、腕も立つ。かつては師の妖忌と対練したこともあるらしい。
自分にとって一番身近な手本であり、できれば毎日指導してほしいところでもある。
対して横の橙は、どちらかといえば、従妹のような存在だった。
よく半人前と言われる妖夢から見ても、未熟で落ち着きがない。
この話の流れで、どうして橙が出てくるのかが分からなかった。
一つ気になることといえば、橙が背中に背負っているリュックサックだが。
「二人に集まってもらった理由は他でもないわ。魂魄妖夢、橙」
幻想郷の賢者、八雲紫の声は、静かながらはっきりと伝わり、聞くものを粛然とさせる。
「今から二人に修行の旅に出てもらうわ」
「修行の旅!?」
予想していなかった指令に、妖夢と橙の返答が重なった。
「そう。二人とも従者としては未熟。実力から言ってもまだ足りないものがたくさんあるわ。
その中には、主に従うだけでは、見つけられぬものも存在するはず。それを見極めるための旅ということよ」
「待ってください紫様。私は幽々子様の警護役です。幽々子様のお側を離れるわけにはいきません。
それに、閻魔様もあまりいい顔をされないでしょうし」
「別に、年単位で放浪しろ、と言ってるわけじゃないわ。ま、今日を含めて三日の期限が妥当なところね。もちろん幻想郷内で」
「ずいぶんしょぼい旅ですねまた! ……じゃなかった。たとえ三日と言えど、幽々子様のお世話をしないわけには」
「それなら心配無用よ妖夢。今日からしばらくここに泊まることにしたから。食事その他のことは、藍ちゃんに頼んだわ」
藍は一瞬なにやら言いたげな顔をしたが、結局ため息をついて諦めたようだった。
おそらく幽々子の食べる量について考えていたのだろう。
戦闘では胡蝶の舞、食卓ではモスラの進撃。それが西行寺幽々子。
果たして藍の管理する食料庫は、その破壊力に耐えられられるだろうか。
「というわけで、なるべく早くようかんの極意を身につけて戻ってきてね」
「またようかんですか……」
今だに、それが何のことだか分からない。
三日で理解できるか、早くも先行き不安だった。
異常がはっきりしている分、異変解決の方がよっぽどやりやすい。
だが、すでに主人らは決まったことにして話を進めている。
「橙。貴方の隣にいる妖夢は、従者としては先輩にあたり、腕も立つわ。
何より、修行に対する姿勢は優れたものよ。しっかり学びなさい」
「はい! しっかり学びます!」
「いい返事ね。それじゃあ幽々子」
「はいはい。じゃあ妖夢?」
「はい。幽々子様」
妖夢も激励の言葉をもらうために、しっかりと前を向いた。
なんにせよ、従者として必要な修行の旅となれば、やるしかない。
それに内心では、紫から自分のことを誉められたために、少し得意になっていた。
しかし、そんなささやかな気持ちは、続く幽々子の言葉によって踏み潰された。
「貴方の隣にいる橙は、今の貴方に足りないものを持っているわ。それこそが、今の貴方を成長させるもの。
それすなわち、ようかん。従者としても剣士としても、貴方に必要なものなり。
この修行の旅の間に、それを見つけて戻ってくること。いいわね」
「……はあっ!?」
「いい返事ね。それじゃあ行ってらっしゃい」
「ちょっ、幽々子様!」
妖夢は主人に真意を問いただそうとした。
が、その前に足下で空間が裂ける。
瞬く間に、妖夢は開いたスキマに飲み込まれてしまった。
橙は絶句して、その光景を見ていた。
「橙。妖夢の言う事をよく聞いて、修行に励むんだぞ」
「は、はい! わかりました!」
藍から声をかけられて、橙は気を取り直した。
背後にスキマが開く。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
藍の声を背に、橙はスキマへと飛び込んだ。
残ったのは妖怪が二つ、亡霊が一つ。
紫と幽々子は、仲良くお茶を一口飲んで、微笑んだ。
「さて、吉とでるか凶とでるか」
「ようかんとでるか、お煎餅とでるか」
「あら。お煎餅は凶なの?」
「悪くないわ。美味しいもの。ただ割れやすいの」
「本当はどっちでもいいくせに。大体貴方が何を考えているのかは、わかっているわ」
「何のことかしらね」
「この前の悪戯と同じねらいなんでしょ。最初からこれが目的だったくせに」
「ふふふ、いいじゃないの」
そこで、後ろで黙っていた藍が、紫に申し出た。
「紫様。すみませんが、私も少し出かけて参ります」
「あら、主を捨ててどこに行くのよ」
「いえ、結界の見回りに……」
「下手な嘘つくんじゃないよ。二人を追いかけるつもりだったんでしょ」
「は……恐れ入ります」
心配性の狐に、紫は呆れながらも、手助けしてやる。
「ご安心を。二人の様子はスキマから覗けるわよ」
言いながら、紫はパチンと指を鳴らす。
空間がぐにゃりと回り、正面にスキマが出現した。
藍と幽々子は、左右から紫に体を寄せながら、スキマを覗く。
その向こうで、妖夢と橙が、湖の側で会話しているのが見えた。
「さて。あの子たちは、どんな答えを持って帰ってくるかしらね」
はふ、と欠伸を一つしながら、紫はひとり言のように呟いた。
◆◇◆
――橙に足りていて、私には足りないって、一体なんですかそれはー!!
幽々子を問い詰めようとする前に、妖夢は不意をつかれてスキマへと落とされた。
上も下も無い紫色の世界が広がっている。
しばらく瞳だらけの気持ち悪い空間の中を漂っていた妖夢は、やがて空中に放り出された。
頭から落ちそうになるところを反転し、足から着地する。
水気を含んだ風が髪を揺らした。
そこは、湖のほとりだった。
妖怪の山の麓にある、通称『霧の湖』だ。
ただし、今日は霧が少なく、かすかに向こう側の光景がうかがえる。
紫のスキマによって、マヨヒガからここまで移動させられたのだろう。
これまでも何度か経験はしているが、唐突に場所が変わる違和感にはどうにも慣れることができない。
「いきなりなんだから、あの方は……」
「妖~夢!」
「え?」
声をかけられて振り向いた。
そこには、今回の旅のパートナーである、橙が笑顔で立っていた。
「よろしくね!」
「う、うん。よろしく」
そう。なぜか今日から、この紫の式の式と旅をすることになったのだ。
だけど、不安な気持ちの自分と違って、橙は元気そうだった。
背中に背負った大きなリュックを見ても、ピクニックに行く様子と変わりはない。
「じゃあ、どうする?」
「どうするって……」
それが問題だった。
修行の旅。許された期限は三日間。
その三日間で、いわゆる『ようかん』の極意を会得しなくてはならない。
今までの修行と違って、漫然と剣を振るっても見つけられるとは思えない。
となれば、どうするか。
「うーん」
妖夢は腕を組んで考えた。
「う~ん」
と、なぜか橙も腕を組んで、妖夢と同じポーズをとりながら、唸りだした。
「……何してるの橙?」
「妖夢の真似だよ」
「なんで?」
「だって、妖夢を見習いなさい、って紫様に言われたから」
「別に私の格好を真似しなくてもいいと思うんだけど……というか、橙は何を考えてたの?」
「妖夢は何を考えているのかなー、って考えてた」
「…………」
「何考えてたの?」
「ようかんについて」
「あれ? 妖夢、ようかんが食べたくなったの?」
「そうじゃなくて……」
そこで妖夢は思い出した。主人である幽々子の手向けの言葉だ。
「橙は……ようかんって知ってる? お菓子のじゃなくて」
「お菓子じゃないようかん?」
「うん。私になくて、橙が持っているらしいんだけど」
「えーと……ちょっと待ってて」
橙はスカートについたポケットに手を入れつつ、背中のリュックを地面に下ろした。
そのままゴソゴソと中を漁り出す。
「ようかんようかん、お菓子じゃないようかん……藍様持たせてくれたかなぁ」
「……もういい」
橙から聞くのは諦めることにした。
そもそも、橙自身がそれに気がついていない可能性がある。
まさか、ごまかしているようにも見えないし……。
「となれば、これからどうしようかな」
「あ! お饅頭が二つある!」
橙が嬉しそうに、鞄の中からおやつを取り出した。
「はい、妖夢! 藍様の手作りだから美味しいよ」
「橙。その前に一ついい?」
差し出された饅頭を受け取らずに、妖夢は橙と向き合った。
「確認しておこうよ。今回の旅の目的は何?」
「修行!」
「そう。私は私に足りないもの、橙は橙に足りないものを手にいれるための修行」
「うん」
「だから真面目にやらなきゃ駄目。わかるわよね」
「うん」
「本当にわかってる?」
「うん! だからお饅頭食べよ?」
「わかってない!」
妖夢は一喝した。
「ウキウキ行楽気分じゃ駄目だってこと!」
「う、うん」
「もし橙が何もせずに、三日間遊ぶだけで帰ったら……」
「帰ったら?」
不思議そうな顔で聞き返す橙に対して、妖夢は怪談話をするような暗い顔で呟いた。
「藍さんは……がっかりすると思う」
「えっ!」
「あの人のことだから、橙を怒らずに、自分で悲しむかも」
「あわわわわ」
「もしかしたら、紫様に叱られちゃうかもしれない。橙のせいで」
「藍様!」
「『いいんだ。私の教育が悪かったんだ。紫様に呆れられてしまうのも仕方がない。私だけが罰を受ければ』と涙ながらに……」
橙の反応が面白かったので、つい妖夢は調子に乗って続けた。
が、失敗だった。
「ぐすっ、ら、藍様」
「あ……」
橙の瞳がウルウルとなって、
「うわーん! ごめんなさい藍様ー!」
「ご、ごめん! 言い過ぎた! たから泣かないで橙!」
慌てて妖夢は橙をなだめた。
「大丈夫。きっとうまくいくから」
「くすん、本当に?」
「うん。二人でやれば絶対。だから、一緒に頑張ろ?」
「すん……はい!」
橙はきっと顔を上げて、両拳を握った。
「よろしくお願いします! 妖夢先生!」
「妖夢でいいよ。私も橙に教わることがあるんだし」
問題はそれが何かわからないということなのだが。
「うーん。どうしよう」
「先生! わからなかったら、人に聞く!」
「人に聞く……か」
それは、いい考えだと思う。
二人とも未熟であるなら、その上を歩んでいる先達者に教えを請う。
もしかしたら、その者がようかんの意味について知っているかも。
しかし、藍のように、妖夢が手本としたくなるような従者は……
……いた。
広い湖に浮かんだ島には、赤い館が建っていた。
◆◇◆
紅魔館。
『霧の湖』にある島の岬に、五百年生きた吸血鬼をはじめとした、一筋縄ではいかない人妖らが住む館がある。
外の世界からやってきたその洋館は、紅魔館という名の通り、外装も内装も赤い。
ただ、ここ幻想郷に引っ越してきた当時は、もっと赤かったらしい。
今は日に焼けて、くすんで落ち着いた色合いになっており、透き通った青の湖と合わさって、それなりに趣のある情景を作り出していた。
しかし、泣く子ももっと泣く吸血鬼の館であることには違いない。
――ちょっと気が重いなあ
鉄柵で囲まれた大きな館を間近で見上げながら、妖夢は心の中で呟いた。
だけど、橙の手前、怖じけづいた様子を見せるわけにはいかない。
自分がしっかりしなくては。
「大きいねー」
その橙は、目を丸くして、怖がる様子もなく屋敷を眺めていた。
「妖夢はここに来たことがあるの?」
「うん。三回くらいだけど。ただ、中に入れてもらえるかどうかは分からない」
「入れてもらえるといいね」
「うん」
とりあえず、二人は正門に向かった。
門の前には、門番隊らしき妖精が数名ほどうろついている。
その中に、背の高い赤髪の妖怪がいた。
妖夢も知っている顔だ。その顔が、こちらを向く。
「あれ、今日は誰も来ないかと思ってたんだけど」
「こんにちは」
「こんにちは妖夢ちゃん。珍しいわね。そちらの妖怪の子は」
「八雲の式の式、橙です! はじめまして!」
「こちらこそ、はじめまして。紅魔館の門番隊隊長、紅美鈴よ」
美鈴は人懐っこい笑みを見せる。
今更ではあるが、吸血鬼の館を守る門番には似合わない笑顔だった。
橙もそんな美鈴を一目で気に入ったようだった。
「それで、今日はどのような用件で?」
「えーと」
「妖夢と私は、修業の旅をしているんだよ」
言いよどむ妖夢の横で、橙はあっさりと言った。
「修業の旅?」
「そう」
「えーと、それはつまり、紅魔館に道場破りに来たってこと?」
「いや、違います!」
慌てて妖夢は否定した。
「実は……咲夜に聞きたいことがあって」
「咲夜さんに」
「はい」
「じゃあ、とりあえず入ってもらった方がいいわね」
そう言って、美鈴は合図する。
門番隊の面々は、その命令に特に疑問を抱く様子もなく従う。
拍子抜けするほど簡単に、門が開いた。
「どうぞ中へ」
「い、いいんですか?」
「え、何が?」
「普通門番は、部外者は入れないものだと」
「入れないわよ侵入者は。じゃなければ門番の意味がないし……そりゃあいつもは突破されてますけど」
「つまり私達は」
「お客さんです」
二人を館へと先導する美鈴は、明るい口調で答える。
警護役という、同じような職務を持っている妖夢からすると、納得がいかなかった。
「もし私達が良からぬことを考えてたら?」
「そんな気はしないわね。これでも私、気を読むのには自信があるのよ」
「はあ……」
「妖夢ちゃんに邪気は感じられないわ」
「ねー、私は?」
「橙ちゃんは……」
「橙でいいよ」
「橙は無邪気そのものです」
緑の芝生に敷かれた、大理石の道を歩く。
この芝も、門番隊が手入れしているのだと、美鈴は話してくれた。
奥には花壇や噴水も見える。
これで館が真っ白なら、普通の貴族のお屋敷なんだけど。
妖夢がそんなことを考えていると、玄関前で、美鈴はぴたりと足を止めた。
「ただし、私が許可できるのはここまで」
「え?」
「紅魔館の中に入れるには、もう一段階の許可が入ります」
「というと……」
「私が許すかどうか、ってことよ」
その場に音もなく、銀髪のメイド服が現れた。
紅魔館が誇る完全で瀟洒なメイド長、十六夜咲夜が玄関の扉を背にして立っている。
「ようこそ紅魔館へ」
「わっ」
驚いた橙が、妖夢に飛びついた。
「あら、貴方たちだったのね」
「あ! いつかマヨヒガにやってきた人間!」
「こんにちは。しばらくぶり、咲夜」
「いらっしゃい。いつぞやの猫に、半人の剣士さん」
橙はまだ警戒した目つきで、妖夢の後ろから咲夜をじろじろと窺った。
「相変わらず出たり消えたり変な人間。本当は幽霊か妖怪じゃないの?」
「これでも、れっきとした人間です」
「妖怪より怖い人間です……ってぎゃー!」
「とっても優しい人間です」
頭にナイフを生やして叫ぶ美鈴の横で、咲夜はにっこりと微笑んだ。
「それで、本日のご用件は何でしょう。その目的次第では、中に入れるわけにはいきません」
「その……用があるのは咲夜なの」
「あらそう。ここで雇ってほしいとか」
「違います。聞きたいことがあるだけです」
「長い話?」
「長くなるかも」
「じゃあ、お嬢様から許可をいただく必要があるわね。失礼」
と咲夜の姿が消えた。
時間を止めて移動しているのだ。
あとの塵一つ乱さない瀟洒な移動法だった。
橙はうーん、と羨ましそうな目で見ながら、
「いいなー。隠れんぼとか得意そう」
「いや、たぶん他にも色んなことに使えると思うよ」
「咲夜さんの能力は底が知れないから」
ナイフを頭から抜きながら、美鈴は言った。
「でも、凄いのは能力だけじゃないんだけど」
「知ってます。それを学びに来たんです」
「……あー、修業の旅か。なるほど」
美鈴は、ぽんと手を打った。
「じゃあ剣腕を磨く旅とか、そういうんじゃないのね」
「いえ、それも含まれているんです。あ、美鈴さん。また手合わせお願いできますか」
「いいわよ。じゃあ後で」
と、咲夜がタイミング良く現れた。
「待たせたわね。お嬢様の許可がでたので、案内するわ」
「ありがとう。おじゃまします」
「おじゃましまーす!」
開いた扉の向こうに広がる薄暗い屋内に、二人は足を踏み入れた。
◆◇◆
赤い絨毯が敷かれた長い廊下を案内され、たどりついたのは明るい部屋だった。
メイド達の談話室だと、咲夜が説明する。
廊下と違い、壁はクリーム色で、窓もいくつかある。休憩時間は妖精達で賑わうらしい。
もっとも、今は室内にいるのは三人だけだった。
半人と式の式が黙って見守る前で、メイド長の手でお茶が用意された。
「それで、何が聞きたいのかしら?」
そう聞く咲夜は、いつものメイド服のままで椅子に腰掛けた。
彼女が立っている姿ばかり見ている妖夢にとっては、新鮮な姿だった。
その妖夢は、両拳を膝の上に置いて、背筋を伸ばしている。
横にいる橙は、にこにこと、出されたお茶菓子を口に運んでいる。この式のカップからは、湯気が立っていなかった。猫舌への配慮なようだ。
対照的な客を前にしても、目の前のメイドは涼しげな顔で紅茶を口にしていた。
そうやって優雅に紅茶を飲む姿も様になっていて、同じ従者の妖夢が真似をしても、似合いそうになかった。
妖夢は聞いた。
「従者にとって大切なことは何だと思いますか?」
「……ご主人様」
カップの縁に甘く囁くような一言。
咲夜は微笑している。
肩透かしを食らった妖夢は、少し困って、
「いや、そうじゃなくて、例えば誠実とか忍耐とか」
「それは別に、従者に限らず必要なんじゃなくって?」
「うう」
まさに言うとおりだった。
「聞きたいことはそれだけかしら」
「このお菓子なんていうの?」
「橙、ごめん。ちょっと黙っていて」
「それはラング・ド・シャ。貴方にぴったしだと思って用意したのだけど」
「咲夜も!」
思い通りにいかない会話に、妖夢は苛立って、大声を出してしまった。
「落ち着きなさい。紅茶はお嫌い?」
「ごめん……いただきます」
妖夢は少し気を取り直して、紅茶をすすった。
――あ、おいしい。
普段は日本茶ばかり飲んでいるが、これも悪くないな、という感想を覚えた。
入れ方を教えてもらったら、自分もできるだろうか。
お茶菓子の方も、和菓子以外のものを用意しなくてはならないだろうが。
そうだった。
「ようかんって何かわかる?」
「ここでは洋菓子がメインだけど、私は里の茶店でたまに」
「お菓子のようかんじゃないと思うんです。何かの隠喩じゃないかと」
「ふうん、ようかんね」
「それが私に足りない……と言われたんだけど」
色々と鈍い妖夢も、この従者の前で、胸のことではないかという当初の予想については口にしなかった。
咲夜の反応は予想できないが、笑って見逃してくれるとは思えない。
次の瞬間、周囲の空間がナイフで埋め尽くされる、なんてこともあるかもしれない。
怒りのあまり、巨大化してしまうかも。……さすがにそれはないか。
「でも、何で私に相談しに来たの?」
「『完全で瀟洒なメイド』なら何かわかるんじゃないかと思って」
「光栄な話ですわ。でも、私にも見当がつかないわね」
「そうですか……」
「どうしたらそんなに凄くなれるの?」
橙が無邪気な質問をした。
ニュアンスは違うが、妖夢も同じことを聞きたいところだ。
「できることをやるだけ、としか言いようがないわね」
「できないことなんてあるの?」
「それはもちろん。例えば……」
咲夜はうーん、としばらく考えていたが。
「今晩のお嬢様のおゆはん」
「はあ」
「ハンバーグにしようかと思うんだけど」
「橙もハンバーグ好きー」
「お嬢様も好きで、よく作るのよ。というわけで、今度はピーマンをジュースにして、ひき肉に少し混ぜて作ろうと思うんだけど」
「…………は?」
妖夢と橙の声は同時だった。
「ほら。ピーマンの肉詰めってあるでしょ。それの逆をやってみようと思うの」
「……………………」
「これなら、お嬢様もピーマンを食べてくれるかしら」
「……怒るんじゃないかな」
「うーん、困った」
とぼけた顔で考え込む咲夜。
妖夢は何となく疲労する。
橙はピーマンジュースの味を想像したのか、顔を顰めていた。
「とりあえずは、お嬢様の献立の工夫。それが私にできることであって……」
手品の種明かしでもするように、咲夜は手のひらを見せた。
「お嬢様にピーマンを好きになってもらうこと。それが私にできないことね」
ずいぶんとほのぼのした不可能だ。
しかし、敗北宣言をしたはずの咲夜の顔は、みじめさも嫌味も感じさせなかった。
その顔が、窓の外の西日を向いた。
「今夜は貴方たちも泊まっていきなさい。寝床のあてはないんでしょ?」
「え、でも」
「いいの?」
「もちろんお嬢様から許可を取るけど。たぶん喜んでくれるんじゃないかしら」
「喜んで……くれるかな」
わがままと噂に聞く夜の王が思い浮かぶ。
妖夢はちょっぴり不安だった。
◆◇◆
「ほう。吸血鬼の館に泊まりたいとは。勇気ある羊じゃないか。B型ならば、なお結構」
「……………………」
「ジョークよ。そんな顔しなくても、半人や猫の血には興味無いよ。泊まりたいなら好きにするといい」
咲夜の言ったとおり、紅魔館の主、レミリア・スカーレットの反応は好意的なものだった。
退屈しのぎにはちょうどいい、ということらしい。
高い位置の玉座に座っているのと違って、床に立って見上げてくるレミリアは、見た目通りのお子様に見える。
妖夢と橙がここに来た理由についても、興味津々なようだった。
「それで、お前たちの探しているもの。ようかん、だっけ?」
「ええ。何か心当たりがありますか?」
「この前の雨の日に、霊夢の家で食べたわ。でも、お菓子の方じゃないわけね」
「はい」
ふうむ……、と横にした指を噛むようにして、五百歳の吸血鬼は何か考えていた。
「ついに役に立つ時が来たのか」
「はい?」
「うちの地下にある図書館に行ってみなさい。自称知識人が、何か知恵を貸してくれるかもしれないわ。咲夜、案内してやりなさい」
「はい、お嬢様。では妖夢様、橙様。ご案内します」
レミリアに一礼してから、客人への対応を見せて、咲夜は歩き出した。
妖夢と橙は、紅魔館の地下にある大図書館の扉に移動していた。
薄暗くてかび臭い。その図書館は、そんな既存のイメージに対する期待を裏切らなかった。
ただし、一つだけ違いがあった。
異様に暑いのだ。汗が出てくる。
「ここって、こんなに暑かったっけ」
額を袖でぬぐいながら、妖夢は高い天井を見上げた。
以前の異変の際に、他ならぬ咲夜に図書館に無理やり連れて来られたことがあったが、その時はむしろ涼しいくらいだった。
今は真夏の馬小屋のような熱気が漂っている。
普段は明るい横の橙も、どんよりとした目になっていた。
咲夜だけは、この暑さにも汗をかかず、落ち着いた様子だった。
ただし、その目だけは鋭く引き絞られている。
「どうしたの?」
「………………」
咲夜は無言で、つかつかと前進し、二人を手招いてくる。
妖夢と橙は顔を見合わせたが、大人しく後をついていった。
背の高い本棚でできた角を回って……
そこで、暑さの正体に気がついた。
「ぎゃあああああ!!」
二人は仲良く悲鳴をあげた。
そこには巨大な風呂桶があった。
大人が四、五人は楽に入れそうな大きな風呂桶。そこに、湯気の立つ砂が一杯に敷き詰められている。
その上に、ちょこんと生首が置かれていた。
「あわわわわわわ」
「何なの? 騒がしい」
「ひいいいいい!」
砂上の生首が喋るのを見て、妖夢と橙は抱き合って震えた。
前に立つ咲夜だけは冷静だった。
「パチュリー様。いい加減にしていただかなければ困ります」
「いい砂加減よ咲夜」
「そういう問題ではございません」
咲夜の落ち着き払った態度に、だんだんと妖夢も平静を取り戻す。
生首だと思ったのは、砂風呂から頭を出していただけらしい。
それでも、紫色の髪をだらりと垂らして、青白い顔でぼそぼそと話す魔女は恐怖だった。
というか、魔女に見えないですよ、パチュリー・ノーレッジさん。
「あ、咲夜さん。こんにちは」
本棚の向こうから、赤い髪に黒い服装の少女が顔を出した。
図書館の司書役である小悪魔だ。
「貴方からも注意してほしいんだけど」
「パチュリー様は凝り性ですので」
「どうせ面白がって止めなかったんでしょう?」
「何のことでしょうか」
小悪魔は額に汗を浮かべながら、ニコニコと笑っている。
「あの……説明してほしいんですけど」
「おや。お客さん?」
湯気の向こうの生首が、妖夢の方を向いてくる。
思わず身を引いた。
「これは東洋の健康法の一つよ。ヨガの文献を研究する際に見つけたの。貴方もどうかしら」
「謹んで辞退します」
「私からも、やめていただくよう、お願いします」
咲夜もきっぱり言う。
橙だけは、おっかなびっくり砂をつついて、ひゃあ、と声をあげていた。
パチュリーはやれやれと首を振った。
生首が左右に動いてるようにしか見えなかったが。
「考えが浅いわね咲夜。ヨガも砂風呂も、室内で出来る健康法の一つよ。私はこれで変わって見せる。
もう誰にも私を『紫もやし』なんて呼ばせないわ」
「そういうのは、ある程度健康な人がやるものではないかと。超絶虚弱体質なパチュリー様に向いているとは思えません」
「わかってもらえないのね。頭が二つに増えれば、それだけ知恵も増すものだと思ったのだけど」
「……は? 頭が二つ?」
「あら? どうしたの咲夜。四つ、八つ、姿が増えていく。貴方って姉妹が多いのね」
「……パチュリー様?」
「ふえてふえてらりるれらららむきゅー」
「パチュリー様!」
ついに限界が来たのか、ろれつを回さず目を回すパチュリー。
ぐったりと砂に顔を沈める
場は騒然となった。
「だから言ったのに! しっかりしてください、パチュリー様!」
「大変! 助け出さなきゃ!」
「で、でも、どうやってこんないっぱいの砂を!?」
対応したことの無い緊急事態に、慌てだす一同。
一人を除いて。
「皆様ご安心を!」
小悪魔が一声叫び、横の本棚に取り付けられた赤いスイッチを叩いた。
途端。
ズドーン!!
爆発音と共に、風呂の砂が真上に吹き上がった。
それに乗って、水着姿のパチュリーが宙を舞う。
その姿は天井近くまで達し、突如壁から飛び出たハンモックに受け止められた。
ジャジャーン!
七色の光が図書館を満たす。
軽快な音楽が流れ出す。
パチュリーがハンモックの上で手を振っている。
一同は砂まみれになりながら、呆然とそれを見上げた。
しばらく、音楽が続いた後、ライトアップが終わって、するするとハンモックが地上まで下りてくる。
「素晴らしい……」
小悪魔が感動して瞳をうるませていた。
床に降り立ったパチュリーに駆け寄り、抱きつかんばかりに興奮しつつ手を握る。
「大成功ですパチュリー様! やはり、エンタヒーローの座は貴方のものです」
「ありがとう。貴方の協力のおかげよ小悪魔。いや、エンタヒロインだったかしら」
「いえ、私はエンタクィーンですから」
「って私より偉いんかい」
びしっとパチュリーが小悪魔に突っ込んだ。
「さて……」
パチュリーはニコリと笑って、三人の方を向いた。
「私に聞きたいことがあるんでしょ?」
「ありません」
頭から砂をかぶった妖夢一同は、憮然として否定した。
◆◇◆
紅魔館での夕食は、館の主にとっての朝食にあたる。
しかし、その内容は前菜からデザートまで、きちんとしたコースになっている。
その本格的な晩餐に、妖夢と橙は招かれていた。
妖夢は咲夜の奨めで、紅魔館のお風呂に入った後だった。
『流れる水』が苦手な吸血鬼の館だから、妖精メイドのための浴場かと思ったが、レミリア用の風呂も、別にちゃんとあるらしい。
橙だけは、水に入ると式が外れちゃうから、ということで、濡れタオルで咲夜に拭いてもらっていた。
八雲家の設備なら問題はないそうだが、お風呂と聞いて逃げ出そうとした橙の反応をみると、単に風呂嫌いなだけかもしれない。
替えの服は、妖夢の分も含めて、橙のリュックに入っていた。さすがは藍さん、と妖夢も橙も脱帽した。
長方形のテーブル奥の大椅子にはレミリアが、その近くの椅子にはパチュリーが座っている。
妖夢と橙は、そこから少し離れた椅子に座っていた。
メイドの咲夜は立って給仕をしている。
いつもは妖夢もそっち側なだけに、ゲスト役は少し落ち着かない。
レミリアがワイングラスを片手に口を開いた。
「パチェが何かしたようね」
「小悪魔に乗せられて……ついやってしまったのよ」
パチュリーは彼女なりに反省しているらしく、ばつが悪そうにして、妖夢達に顔を向けなかった。
レミリアはワインを一飲みしてから、冷めた目のまま、追い討ちをかけた。
「まんざらじゃ無かったんじゃないの?」
「………………」
「まったく……ヨガだか何だか知らないけど、うちの知識人は、口から血を吐くか、鼻から牛乳を出すかしかしないんだから」
「最近は口からロイヤルフレアを出せるようになったの。レミィで試してみようかしら」
「いい度胸ねパチェ。やってやろうじゃない」
「お二人とも。御食事中の戦闘はご遠慮願くださいませ」
にらみ合う吸血鬼と魔女を諌めたのは、後ろに控えた人間の従者だった。
白いテーブルクロスの上に、前菜のスープの皿が並べられていく。
人の血が混じっていやしないかと疑う前に、大丈夫だ、と咲夜が小さな声で説明してくれた。
「いただきまーす」
スプーンを握って、レミリアよりも早く前菜に手をつけようとした橙の手を、妖夢は軽く叩いて止めた。
「人の家ではお行儀よくすること」
「……はーい」
レミリアはその様子を可笑しそうに見つめながら、スプーンを手にした。
しばし、スープが口に運ばれる静かな音だけが続いた。
おいしいね、という橙の小声に、妖夢も小さくうなずく。
前菜が下げられると、レミリアはふと何かを思いついたような顔をして、
「そうだ。パチェが迷惑をかけたお詫びに、お前たち二人の運命を占ってみようか」
「それは……」
「占い? 面白そう!」
橙は嬉しがったが、妖夢は断った。
「いらないです。知っていても楽しそうじゃないから」
「そんな固い話じゃないよ。参考程度にとらえてもらって構わないわ。
さて、まずはお前が『ようかん』の答えを見つけられるか」
レミリアは静かに目を閉じた。
その雰囲気は、運命を見定める長命の吸血鬼にふさわしい、厳かなものだった。
誰もが沈黙して、その様子を見守っている。
パチュリーだけは、なぜか水晶玉を取り出して、対抗しようとしていた。
レミリアは目を閉じたまま、ぽつりと言った。
「……面白いわね」
「面白い、ですか」
「ああ。本当に面白いよ」
「……えーと、できれば、どんな結果になるかを教えてほしいんですけど」
「良ければ至高の域までたどりつける、悪くすればこの世からおさらば。こんなところかしら」
「そ、そうなんですか」
運命の案内人の示すあまりにも極端な未来に、妖夢は暗澹たる気持ちになった。
だが、それで終わらなかった。
「まあ、自信を持って進むことね。心配せずとも、これからいくつものきっかけがやってくる。
そこで何をつかむかは、お前次第よ。せいぜい頑張りなさい」
夜の王はうっすらと笑っている。
妖夢は少し驚いた。言葉は他人行儀だが、それは間違いなく妖夢の背中を後押しする予言だった。
「ありがとうございます」
妖夢は座ったまま、『夜の王』に本心から礼を言った。
レミリアはついで橙の方を見た。
「そっちの猫は、心配ないでしょうね」
「えーと、大吉ってこと?」
「そう思ってくれても構わないわ」
「やったー!」
橙が素直な喜びを見せた。
と、そこで、黙っていたパチュリーが水晶玉から顔を上げた。
「出たわ。『タケヤブヤケタ』」
「は?」
「なんと下から読んでも同じ呪文。気をつけなさい。ちなみにラッキーカラーは黒」
「……………………」
「まあ、自信を持って進むことね。 心配せずとも、これからいくつものきっかけがやってくる。
そこで何をつかむかは……貴方次第よ」
「は、はあ……ありがとうございます」
先ほどのレミリアと同じ台詞に、戸惑いつつも礼を言う妖夢。
それに満足気にうなずいたパチュリーは、水晶玉をしまいつつ、少し胸を張った。
隣の吸血鬼は、いよいよ渇ききった冷たい目で、魔女を見ていた。
パチュリーは気にしない素振りを見せつつも、こめかみに汗をかいていた。
「お待たせいたしました。本日のメインディッシュ、特製ハンバーグでございます」
「咲夜。パチェの分は下げていいわ。野良犬にでもやりなさい」
「ちょ、ちょっと、レミィ」
「どうせあんたは食わなくても死なないでしょうが」
「も、もってかないでー」
「やかましい。口の聞き方に気をつけることね」
「ごめんなさい。謝るから」
「……咲夜」
「はいお嬢様。どうぞ、パチュリー様」
結局、パチュリーにも無事に主菜は配られた。
見た目は子供でも、紅魔館の主だ。
彼女のカリスマがあるからこそ、咲夜ほどの従者が有り得るのか。
――私も、幽々子様に見合うだけの従者になりたいな
妖夢はそう思って、優雅に振る舞うレミリアと咲夜を、羨望の眼差しで見た。
「ところで咲夜。今日のハンバーグは少し不思議な味がするわね」
「おそれ入ります。実は隠し味がありまして……」
「そうなの。ちょっと大人の味ね。私にふさわしい感じがあるわ。次もこれにしなさい」
「わかりました」
聞いていた妖夢はむせた。
(つづく)
「妖夢」
「なんでしょう幽々子様」
「ようかんになりなさい」
◆◇◆
話は四半時ほど遡る。
場所は幽々子と妖夢が暮らす白玉楼、……ではなく、幻想郷の鬼門に位置する八雲邸である。
その縁側に、スキマ妖怪八雲紫と、亡霊嬢こと西行寺幽々子が、並んで腰掛けていた。
お天道様は南から西へと傾いているが、まだ明るい昼間。
夜型のスキマ妖怪が起きるには早く、華胥の亡霊には似つかわしくない時刻だ。
「こんな時間から悪かったわね紫」
「いいわよ別に……」
紫の湯飲みには、眠気を覚ますために濃い目にお茶が入れられていた。
お茶菓子はまだ運ばれてこない。彼女の式には珍しく、意外に手間取っているようだ。
「……ふぁ。でも珍しいわねぇ。幽々子が私に相談なんて」
「そうかしらね」
まだ眠気がおさまらず、欠伸をひとつ挟んだ紫の問いかけに、幽々子も、のほほんと返してくる。
「で。何なの相談って」
「実は妖夢のことなの」
「妖夢がどうかしたの?」
妖夢こと、魂魄妖夢は幽々子の従者である。半人半霊、庭師と剣術指南役、その他諸々を勤めている。
無論、ここにも幽々子の従者としてついて来ており、今は紫の式である八雲藍と台所にいる。
「いつまでも未熟で心配なのよ」
「ああ、そのこと」
紫は納得して笑った。
確かに、妖夢は真面目だが融通がきかなく、異変解決に飛び回った際も、とんちんかんな答えを出して迷走することがよくあった。
端でその様子を覗いていた紫は、呆れつつもずいぶんと愉快な思いをさせてもらったものだ。
「もう。頭が固くて困っちゃうわ」
「幽々子が柔らかいから、ちょうどいいんじゃないの? 石頭でも」
「いし? いしし?」
「いのしし」
「あらあら、ウリ坊かしら。最近食べてないわね」
「食べたいなら今度捕まえてきてあげましょうか? 石頭のイノシシ」
話が軽く脱線していたが、会話の主らは気にする様子をみせない。
二人の従者が聞いていれば、頭を抱えていただろうが。
「何がいけないのかしら」
「さあ。刀で何でも解決しようとするところ、とか」
「あらあら。じゃあ、刀を取り上げちゃおうかしら」
「ふさぎ込むんじゃないかしらね」
「じゃあ刀を抜くときは『みょん』と叫ぶように命じるわ。主の権限で」
◆◇◆
「みょん!!」
抜刀と共に、妖夢の口から気合のみょんが飛んだ。
◆◇◆
「もちろん抜いた後も、常に口ずさむこと」
「泣くわね。間違いなく」
紫の頭に、涙を流しながら「みょんみょん」と刀を振るう妖夢の姿が浮かんだ。
悲惨極まりない。見てみたい気もするが。
「紫の式はいいわね~。しっかりしているけど、適度に丸いし、頭の回転も速いし」
「あら。私さっきその式に、ジャイアントスィングで起こされたんだけど」
「あらあら、いつも貴方に振り回されている仕返しじゃないの?」
「……上手いこと言うわね幽々子は」
くすくすと扇の向こうで笑う幽々子に向かって、紫はふんと鼻を鳴らした。
お八つ時のこの時間帯は、いつも紫は寝ている。
その眠りは深く、客人である幽々子が来ても、決して起きる気はしなかった。
それに業を煮やした式の藍が、布団を引っぺがし、紫の両足を抱えたのだった。
二十五回転。
紫が半覚醒の状態になるまで必要とした回転数である。
ぐるぐると回る部屋の光景を思い出して、紫は少し眩暈がした。
対して幽々子は残念そうな口振りで、
「でも羨ましいわね~。妖夢は私にそんなことしてくれないもの」
「しないわね、あの子は」
やはり見てみたい気もするが。
ちなみに、紫の想像の中の幽々子は、回りながら嬉しそうにきゃーきゃー叫んでいた。
だが、主を振り回すほどの勇気も無礼講も、妖夢は持ち合わせていないだろう。
そこで、第三の声が入った
「……そもそも紫様と違って、幽々子様はご自分で起きなさるでしょうに」
やってきたのは、お盆を抱えた藍だった。
お茶菓子を運ぶ機会を見計らっている間に、話を聞いていたのだろう。
九つの尻尾を揺らしながら苦笑を浮かべている。
そんな藍に、幽々子も笑いかけながら、
「あら、藍ちゃん久しぶり」
「いや、さっきも会ったでしょう」
「だから、久しぶりなの」
「そういうものですか」
「そういうものよ」
「ちょっと藍。話に参加していいとは言ってないわよ」
紫は軽くたしなめた。
「失礼しました。では改めて、話に参加してもよろしいでしょうか」
「駄~目。よろしくないわ。お菓子だけ置いて去りなさい」
「あらあら、いいじゃないの。藍ちゃんの意見も聞きたいし」
「……仕方がないわね。何かあるなら言ってごらんなさい」
「妖夢ですか。もう少し時間が経てば、自然に成長してくれるんじゃないでしょうかね」
おやつが載ったお盆を置きながら、藍はその場に正座した。
お盆の皿は二つ。
どちらにも、お茶菓子の羊羹が、形よく切られて並べられている。
しかし、明らかに盛られている量が違っていた。
左と比べて、右の皿はこんもりと山のようになっており、一部は皿からはみ出てしまっている。
てっぺんに立てられた爪楊枝は、天をつく山を制覇した探検隊の旗を思わせた。
そんな大盛り羊羹の皿が、隣の普通に盛られた皿と並んでいるため、全体として、わびさびが台無しなとても滑稽な様を見せていた。
幽々子は迷わず、羊羹が大量にのった右の皿に手を伸ばす。
紫はそれを見ても、何も言わなかった。
藍の話は続く。
「時の流れは残酷ですが確実です。今は未熟な様でも少しずつ育っていってくれます。
かつての私のように……と、失礼しました」
「別にかまわないけど、どこかで聞いた台詞ね。でも、貴方と妖夢じゃ話が違うかもよ?」
「さあて、どうでしょうか。多少の差はあれど、半人半霊も式も同じ。
成長という意味では変わらないと思いますが。その時は間違いなくやってきますよ」
「ふうん」
紫は目を閉じて、自らの式の人生訓を味わった。
「というのが、うちの式の意見なようだけど、どう思います? 幽々子。……幽々子?」
その幽々子は返事をせずに、皿にのった羊羹を、じっと見つめていた。
それを食べる様子をみせない。
食べない?
その光景に、紫も藍も自然緊張した。
あの幽々子がおやつを食べずに見つめているのだ。
猫に鰹節、巫女にお賽銭、天狗に特ダネ。
そして幽々子には……食べ物なら何でも、与えればあっという間に食べる。
その幻想郷でも指折りの食いしん坊の幽々子が、羊羹を口にせずに見つめたままとはいかなることか。
「……幽々子様? 私、何か粗相をしたでしょうか」
恐る恐る藍は聞いた。
おやつを出した自分に、何か配慮が足りなかったのではないか、と思ったのだ。
具体的には、全然足りないとか。
しかし、それなら全て平らげてから言うはずである、いつもの幽々子なら。
やがて幽々子は顔を上げ、ニッコリと笑って言った。
「さすがは藍ちゃんね。見事な答えを出してくれたわ」
そう言って、羊羹を一口頬張り、
うん、と一度頷きながら、幽々子は断言した。
「これよ! 妖夢はようかんになるべきだわ!」
◆◇◆
ようかんになりなさい。
主人の命令に対する妖夢の第一声は
「はい?」
だった。
とりあえず、聞き返すしかなかった。
幽々子が珍妙な注文を下すのは今日にはじまったことではない。
が、それにしても今回のお題はみょんな内容であった。
「申し訳ありません。よく意味がわからないのですが……」
「あらあら、これは困ったわね。じゃあもう一度言うわ」
全く困っていない顔で、幽々子は繰り返した。
「ようかんになるのよ」
ちっとも分からない。
それはようかんに変身しろということだろうか。
いくらなんでもそれはないと思うが……。
妖夢は困って、幽々子の隣に座る紫の方を見た。
紫は妖夢の視線を受けても、意味ありげな笑みを浮かべたまま、表情を変えずにいる。
その後ろで控えている藍は……頭痛に悩むような仕草で頭に手をやっていた。
何となく妖夢に同情しているように見える。
「妖夢。これは真面目な話なのよ。聞きなさい」
幽々子に真面目な話と言われて、
――また訳のわからないことを言い出して……
と言いかけた妖夢は思いとどまった。
もっとも真面目な話と言いながら、主人の顔はにこやかなままだったが。
「実はね。あなたに従者として足りないもの。それが『ようかん』だと先程結論がでたの」
衝撃を受けた。
夕飯の感想を述べるのと変わらぬ調子であったが、妖夢にとっては、思わず膝をつきそうになるほどの威力があった。
「くっ……」
自分が未熟であるということは、承知のつもりではあった。
しかし、面と向かって言われると重みが違ってくる。
ましてや、紫やその従者の藍の前である。
妖夢のプライドは傷つき、屈辱に顔が上げられなくなった。
「いやいや妖夢。そんな泣きそうな顔して悩まなくてもいいのよ」
再び衝撃に顔を歪ませる妖夢。
先程、真面目に聞け、と言われてから10秒も経っていないのに!
積年の修行で鍛えた心は、幽々子の軽い一言の度に打ち崩されていく。
あわれ、妖夢の心は、突如わいた黒雲によって、大嵐となっていた。
「ただ、ようかんになればいいだけなんだから」
分かるはずも無い。
しかし、これは主人が下した命令である。
しかもそれは、妖夢に足りていないという話なのだ。
――落ち着け。私にそれが足りないなら、それを今すぐ見つければいいんだ
妖夢は必死に考えはじめた。
……従者として必要なもの。
「忠義」「忍耐」「誠実」「節制」「精進」、その他諸々。
私はそのように考えている。
果たして、そのいずれかに、ようかんに該当するような要素が含まれていただろうか。
いや待て。私に足りないと言われたということは、私自身が気づいていないものである可能性が高い。
それがようかん。
「むむむ」
妖夢の思考は続く。
『ようかん』。
それはおやつに出された羊羹のことだろうか。
それとも何かの隠語なのだろうか。
もしかして妖怪の肝と書いて『妖肝』とか。
私には肝が足りない? 近いかもしれない。
じゃあ、『洋館』だったりするのか?
和風の屋敷な白玉楼が嫌になったから、洋風にしろということか?
いや、私に足りないということに繋がらない。
あるいは意表をついて船のことだろうか。
妖夢の戦艦、略して妖艦。
これはつまり、私に泳げるようになれということだろうか。
確かに私は、泳ぎは得意ではないが、それが従者として足りないとまで繋がるだろうか?
もしかして、私を池に浮かべて、その上でお茶でも飲みたいということか。
いやいや、そんなわけない。
落ち着け。落ち着いて考えるんだ私。
ん? この場で自分だけが「足りない」と言われているのはなんでだろう。
今ここには、八雲紫の式である八雲藍、彼女も従者として向こうに立っているのに。
そうか! 藍さんには『ようかん』が足りているのだ。
一体それはなんだろうか。
妖夢は藍の方を見た。
ようかん。羊羹は……柔らかい。……はっ!
妖夢は、藍のもっとも柔らかい部分に目が釘付けになった。
ま、まさか胸か!
幽々子様は私に、従者にしては胸が足りないと言っているのだろうか。
妖夢は絶望した。
あんまりだ。
確かに今は小さいかもしれないが、いずれは大きくなるつもりである。
今すぐとは言わずに、できればそれまで待っていてほしい。
ああそうか。紅魔館の某メイド長が胸を偽っているという噂を聞いた。
事実なら、それは従者として必要なことだったのだろう。
おそらく紅魔館の主人である『夜の王』には、ようかんが不足していることと関係があるに違いない。
あれ? だけど幽々子様には十分ようかんが足りているじゃない!
それなのに自分の従者にまでようかんを必要とするとは。
幽々子様は私に何を求めているのだ。
ますます混乱する妖夢だったが、思わぬ助け舟が来た。
縁側に座る二人の主の後ろ。
そこに立つ藍が、目で何かを伝えようとしていた。
いや、両手も心なしか形を作っているような。
――あっ!
嵐の真っ只中だった妖夢の心に、光が差してきた。
藍の奇妙な振る舞いは続いている。
彼女は妖夢に、『ようかん』が何かを教えようとヒントをくれているに違いない。
――感謝します。藍さん。
妖夢は心の中でお礼を言い、懸命にその意味を汲み取ろうとした。
◆◇◆
――気づいてくれ、妖夢。
無言でポーズを取りながら、藍は祈った。
彼女は、ようかんの答えを、妖夢に伝えるつもりだった。
かといって、伝心の術は使えない。興をそぐ行為は紫が嫌うのだ。
ならジェスチャーならいいのか、という問題があるが、恐らく主人のことだから、面白がって止めないとは思う。
現に、前の主人二人は、後ろの自分に気づいているのかいないのか、何も言ってこない。
ようかんが何を指しているのかは、大体見当がつく。
しかし、妖夢は今、まさにその『ようかん』が足りていないからこそ、その正体に気がつかないのだ。
幽々子もまさか、妖夢に完璧な答えなど求めてはいないだろう。
ただ少し、妖夢が自分の欠点に気が付き、それを改めるようにすれば認めてもらえるはずだ。
真面目な妖夢のことだから、主の願いに答えることができなければ、きっと傷つくだろう。
藍にとって妖夢は、同じ難解な主人の元で苦労する、可愛い後輩のような存在だ。
彼女が落ち込むのは見たくないし、その成長を助けてやりたいと日頃から思っている。
今も妖夢は真剣な顔でこちらを見ている。
厳しい表情、直立不動、握り締められた拳。
どれも『ようかん』とは程遠い。あの力みを、何とか取り除いてやらなくては。
しかし、生半可なことでは、可哀想なほど鈍い妖夢に伝わってくれない。
藍は続けてジェスチャーを繰り返した。
◆◇◆
妖夢は全身全霊を傾けて、藍の動きを観察していた。
が、藍が何を伝えようとしているのかが分からない。
頭に両手をやって左右に揺らしたり、腰をクネクネと動かしたり、手をいっぱいに広げたり、急にニヘラニヘラと薄気味悪い笑顔を浮かべたり、でもその目は思いつめた何かがあったり。
しっかり者である普段の藍からは、想像もできないへんてこな動きだが、しかし、その演技は鬼気迫るものがあった。
妖夢はそれに答えなければならないと思った。
――とにかく、藍さんは『ようかん』を表現しようとしているのだ。でも……
その奇怪な舞踊からは『ようかん』のイメージがつかめない。
とにかく、お菓子の羊羹じゃないことは確かだ。
あのおやつは、あんな媚薬を塗ったワライタケでも食べたような動きで表現される危険物では、断じてない。
あれは、もっとおぞましい別の何かだ。
こうしている間にも、藍のジェスチャーは続いている。
波打つ水面のような腕の動きを見せたり、風に舞う木の葉のようなステップを見せたり、ついには縁側にだらしなく寝そべってもぞもぞとしてみたり。
妖夢は見ていて、とても切ないものを感じた。
藍にあんな動きをさせてしまっている自分が腹立たしかった。
何やら、前に座る紫と幽々子が、表情を変えずも、後ろを向きたくなるのを必死でこらえているように見える。
藍の名誉のためにも、主らの心労のためにも、早急に問題を解決しなくては。
妖夢はかつてないほど脳細胞をフル稼働させた。
藍は決してふざけてやっているようには見えない。
つまり、あの動きには意味がある。
従者として必要な、『ようかん』の極意が隠されているに違いない。
あるいは、あの一挙一動自体に意味があるのか。
隠された『ようかんパワー』を天から授かる秘伝の動きなのだろうか。
そして、自分も今、それを授かる時が来たのだ。
――すなわち、私は『ようかん』になる!
妖夢は藍の動きを正確に真似しだした。
藍がふわふわと左右に体を揺らせば、自分も同じように体を揺らす。
両頬に手を当てて、ぐにぐにとタコの顔をすれば、自分も同じようにぐにぐにと真似する。
ニヘラニヘラと笑って天井を見上げるなら、自分もアヘンを吸ったような笑みで空を見上げる。
お尻をこちらに向けてクネクネといやらしく振れば、自分も主に向かってお尻を振る。
それを見て、幽々子と紫は、表情を変えぬまま、『振動』し始めた。
その手は膝にそっと置かれているようで、実は全力で太ももをつねっていた。
藍の顔に焦りの色が濃くなってくる。合わせて妖夢も焦ってきた。
何だか体が火照ってきたが、いつまでたっても、自分が『ようかん』になれる兆しがない。
――気合だ! 私は気合で、『ようかん』を取得してみせる!
最後に、頭を抱えながら背中を反らしてイナバウアーする藍とシンクロしながら、妖夢も同じポーズで後ろに反り返る。
そして、魂の限り叫んだ。
「『ようかん』になれ私いいいいい!!」
背後には、古きよき日本の庭園が広がっていた。
◆◇◆
とても痛い沈黙が続いた。
時間が止まる。空気が止まる。
妖怪もその式も、幽霊も半人も、なぜか虫や鳥や花までも。
場の存在全てが石化している。
やがて寒い風が吹く中で、始めに動き出したのは妖怪だった。
「幽々子、ごめんなさい。少し席を外すわ」
「あらあらダメよ。紫」
高速でスキマを開いて、その向こうへと消えようとする紫の袖を、幽々子がしっかりとつかんだ。
顔は笑っているが、その右手には、絶対に逃がさない、という強い意志がこめられていた。
幽々子は柔らかい口調ながら、手厳しく指摘してくる。
「誰も見ていないところで笑うんでしょ? ダメよ」
「何のことかしらね。でも私は、笑う時は好きな場所で笑う、とは決めているけど」
「いやいや、妖夢のことは、貴方の式にも責任があるんじゃないかしら?」
その式である藍はというと……。
彼女は床に突っ伏して、体を震わせていた。
笑いをこらえているのか、悲しみに涙しているのか、土下座して謝っているのか。
見ていてもイマイチ判別できない。全部なのかもしれないが。
妖夢の方はといえば、ポーズを決めたまま、いまだ放心の体だった。
この会話の最中に、ピクリとも動いていない。
が、ついに耐え切れなくなったのか、瞳に涙をためつつ、やおらその場に座して、刀を抜いた。
「申し訳ありません幽々子様! 不肖ながら魂魄妖夢、このたびの落ち度、切腹を持って責任を取らせていただきます!」
と、本人は言ったつもりであったが、口から出た言葉は、
「死にます!」
の四文字だった。
「ま、待って! 落ち着きなさい妖夢!」
床に伏せていた藍は、慌てて跳ね起きた。
泣きながら刀を振り回す半人に、血相を変えて飛びつく。
妖夢は顔を真っ赤にして、それを振りほどこうとした。
「放してください藍さん! もう私は生きていけません! 閻魔様のお説教を最後に、地獄で耳を塞いで過ごします!」
「馬鹿なこと言うんじゃない! お前だけの責任じゃないわ! むしろ私が余計なことをしたから……」
「そうね。じゃあ藍もこの場で切腹ということで」
「ちょっと紫様! フォローしてくださいよ!」
藍が叫ぶ前で、紫はいつの間にか先ほど座っていた位置に戻って、のんびりお茶を飲んでいた。隣の幽々子はようかんをパクついている。
実に対照的な主と従者の図である。
「とにかく、今の妖夢が、ようかんから程遠いということがわかったわ」
その一言に、ピタリと動きを止める妖夢。
幽々子はさらに続ける。
「できない、失敗した、それならまだいい。
でも、切腹に走ろうとする従者となると、いよいよ心配ね、これは」
がっくりと、うな垂れる妖夢。
見ていられなくなり、藍はその肩を優しく支えた。
……まーたわけわからんこと~♪ 言ーいー出す幽々子様~♪
妖夢が怖い歌を呟いている。藍は背筋が寒くなった。
幽々子がそんな二人を見ながら、両手を叩いた。
「というわけで、いいことを思いついたわ、紫」
「何かしら、幽々子」
「(ごにょごにょ)」
「……なるほど。可愛い子には旅をさせよ、というわけね」
「だけど、妖夢一人だと心配ね」
「それなら適役がいるわ。藍。橙を呼んできなさい」
「橙を、ですか?」
藍は聞き返した。
その理由も不明だが、わざわざ呼んでこいというのも不思議な話だ。
いつもは問答無用でスキマから引っこ抜いてくるのに。
「大事な話の前に、無粋にスキマで呼ぶのもなんでしょう?」
藍の心を読んだかのように、紫は広げた扇の向こうで、胡散臭い笑みをみせた。
◆◇◆
――何でこんなことになってるんだろう。
妖夢は事態の変化についていけなかった。
とりあえず、切腹を考えない程度には、頭の熱は冷めていた。だが、自分が何をするべきかがわからない。
むしろ、下手に動けば、また失敗をしでかしかねないので、直立不動で待つしかなかった。
その間も、起こっている現実について考え続ける。
ようかんとは、結局何だったのか。
これから、何が起ころうとしているのか。
しかし、何よりの疑問は、隣に立つ存在だった。
赤いスカートから二本の尻尾、緑の帽子からはみ出た猫耳。
八雲紫の式の式、妖怪少女、もとい化け猫の橙だった。
橙はキョロキョロと周りを見回して落ち着かない。妖夢も内心は似たようなものだったが、橙の場合は行動がそれに一致していた。
「橙。落ち着きなさい」
「は、はい! 藍様!」
主の叱責の声に、橙はぴたっと気を付けをする。
しかし、それでも耳はピクピクしているし、大きな瞳は泳いでいた。
二つに分かれた尾にいたっては、ピーンと跳ね上がっている。
その様子を見た主の藍は、眉間にしわを寄せ、口を真一文字に引き締めた。
それだけなら厳しい顔つきにも見えるが、その頬がぷるぷると震えていることに、妖夢は気がついた。
どうやら笑いをこらえているようだ。
――相変わらず、橙に甘いな藍さんは
妖夢はそんな感想を抱いた。
とはいえ、藍は誰にでも甘い、というか厳しくするのが苦手だという印象がある。
ただし、締めるところは締め、同時に軸がぶれない。
頭は良いし、腕も立つ。かつては師の妖忌と対練したこともあるらしい。
自分にとって一番身近な手本であり、できれば毎日指導してほしいところでもある。
対して横の橙は、どちらかといえば、従妹のような存在だった。
よく半人前と言われる妖夢から見ても、未熟で落ち着きがない。
この話の流れで、どうして橙が出てくるのかが分からなかった。
一つ気になることといえば、橙が背中に背負っているリュックサックだが。
「二人に集まってもらった理由は他でもないわ。魂魄妖夢、橙」
幻想郷の賢者、八雲紫の声は、静かながらはっきりと伝わり、聞くものを粛然とさせる。
「今から二人に修行の旅に出てもらうわ」
「修行の旅!?」
予想していなかった指令に、妖夢と橙の返答が重なった。
「そう。二人とも従者としては未熟。実力から言ってもまだ足りないものがたくさんあるわ。
その中には、主に従うだけでは、見つけられぬものも存在するはず。それを見極めるための旅ということよ」
「待ってください紫様。私は幽々子様の警護役です。幽々子様のお側を離れるわけにはいきません。
それに、閻魔様もあまりいい顔をされないでしょうし」
「別に、年単位で放浪しろ、と言ってるわけじゃないわ。ま、今日を含めて三日の期限が妥当なところね。もちろん幻想郷内で」
「ずいぶんしょぼい旅ですねまた! ……じゃなかった。たとえ三日と言えど、幽々子様のお世話をしないわけには」
「それなら心配無用よ妖夢。今日からしばらくここに泊まることにしたから。食事その他のことは、藍ちゃんに頼んだわ」
藍は一瞬なにやら言いたげな顔をしたが、結局ため息をついて諦めたようだった。
おそらく幽々子の食べる量について考えていたのだろう。
戦闘では胡蝶の舞、食卓ではモスラの進撃。それが西行寺幽々子。
果たして藍の管理する食料庫は、その破壊力に耐えられられるだろうか。
「というわけで、なるべく早くようかんの極意を身につけて戻ってきてね」
「またようかんですか……」
今だに、それが何のことだか分からない。
三日で理解できるか、早くも先行き不安だった。
異常がはっきりしている分、異変解決の方がよっぽどやりやすい。
だが、すでに主人らは決まったことにして話を進めている。
「橙。貴方の隣にいる妖夢は、従者としては先輩にあたり、腕も立つわ。
何より、修行に対する姿勢は優れたものよ。しっかり学びなさい」
「はい! しっかり学びます!」
「いい返事ね。それじゃあ幽々子」
「はいはい。じゃあ妖夢?」
「はい。幽々子様」
妖夢も激励の言葉をもらうために、しっかりと前を向いた。
なんにせよ、従者として必要な修行の旅となれば、やるしかない。
それに内心では、紫から自分のことを誉められたために、少し得意になっていた。
しかし、そんなささやかな気持ちは、続く幽々子の言葉によって踏み潰された。
「貴方の隣にいる橙は、今の貴方に足りないものを持っているわ。それこそが、今の貴方を成長させるもの。
それすなわち、ようかん。従者としても剣士としても、貴方に必要なものなり。
この修行の旅の間に、それを見つけて戻ってくること。いいわね」
「……はあっ!?」
「いい返事ね。それじゃあ行ってらっしゃい」
「ちょっ、幽々子様!」
妖夢は主人に真意を問いただそうとした。
が、その前に足下で空間が裂ける。
瞬く間に、妖夢は開いたスキマに飲み込まれてしまった。
橙は絶句して、その光景を見ていた。
「橙。妖夢の言う事をよく聞いて、修行に励むんだぞ」
「は、はい! わかりました!」
藍から声をかけられて、橙は気を取り直した。
背後にスキマが開く。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
藍の声を背に、橙はスキマへと飛び込んだ。
残ったのは妖怪が二つ、亡霊が一つ。
紫と幽々子は、仲良くお茶を一口飲んで、微笑んだ。
「さて、吉とでるか凶とでるか」
「ようかんとでるか、お煎餅とでるか」
「あら。お煎餅は凶なの?」
「悪くないわ。美味しいもの。ただ割れやすいの」
「本当はどっちでもいいくせに。大体貴方が何を考えているのかは、わかっているわ」
「何のことかしらね」
「この前の悪戯と同じねらいなんでしょ。最初からこれが目的だったくせに」
「ふふふ、いいじゃないの」
そこで、後ろで黙っていた藍が、紫に申し出た。
「紫様。すみませんが、私も少し出かけて参ります」
「あら、主を捨ててどこに行くのよ」
「いえ、結界の見回りに……」
「下手な嘘つくんじゃないよ。二人を追いかけるつもりだったんでしょ」
「は……恐れ入ります」
心配性の狐に、紫は呆れながらも、手助けしてやる。
「ご安心を。二人の様子はスキマから覗けるわよ」
言いながら、紫はパチンと指を鳴らす。
空間がぐにゃりと回り、正面にスキマが出現した。
藍と幽々子は、左右から紫に体を寄せながら、スキマを覗く。
その向こうで、妖夢と橙が、湖の側で会話しているのが見えた。
「さて。あの子たちは、どんな答えを持って帰ってくるかしらね」
はふ、と欠伸を一つしながら、紫はひとり言のように呟いた。
◆◇◆
――橙に足りていて、私には足りないって、一体なんですかそれはー!!
幽々子を問い詰めようとする前に、妖夢は不意をつかれてスキマへと落とされた。
上も下も無い紫色の世界が広がっている。
しばらく瞳だらけの気持ち悪い空間の中を漂っていた妖夢は、やがて空中に放り出された。
頭から落ちそうになるところを反転し、足から着地する。
水気を含んだ風が髪を揺らした。
そこは、湖のほとりだった。
妖怪の山の麓にある、通称『霧の湖』だ。
ただし、今日は霧が少なく、かすかに向こう側の光景がうかがえる。
紫のスキマによって、マヨヒガからここまで移動させられたのだろう。
これまでも何度か経験はしているが、唐突に場所が変わる違和感にはどうにも慣れることができない。
「いきなりなんだから、あの方は……」
「妖~夢!」
「え?」
声をかけられて振り向いた。
そこには、今回の旅のパートナーである、橙が笑顔で立っていた。
「よろしくね!」
「う、うん。よろしく」
そう。なぜか今日から、この紫の式の式と旅をすることになったのだ。
だけど、不安な気持ちの自分と違って、橙は元気そうだった。
背中に背負った大きなリュックを見ても、ピクニックに行く様子と変わりはない。
「じゃあ、どうする?」
「どうするって……」
それが問題だった。
修行の旅。許された期限は三日間。
その三日間で、いわゆる『ようかん』の極意を会得しなくてはならない。
今までの修行と違って、漫然と剣を振るっても見つけられるとは思えない。
となれば、どうするか。
「うーん」
妖夢は腕を組んで考えた。
「う~ん」
と、なぜか橙も腕を組んで、妖夢と同じポーズをとりながら、唸りだした。
「……何してるの橙?」
「妖夢の真似だよ」
「なんで?」
「だって、妖夢を見習いなさい、って紫様に言われたから」
「別に私の格好を真似しなくてもいいと思うんだけど……というか、橙は何を考えてたの?」
「妖夢は何を考えているのかなー、って考えてた」
「…………」
「何考えてたの?」
「ようかんについて」
「あれ? 妖夢、ようかんが食べたくなったの?」
「そうじゃなくて……」
そこで妖夢は思い出した。主人である幽々子の手向けの言葉だ。
「橙は……ようかんって知ってる? お菓子のじゃなくて」
「お菓子じゃないようかん?」
「うん。私になくて、橙が持っているらしいんだけど」
「えーと……ちょっと待ってて」
橙はスカートについたポケットに手を入れつつ、背中のリュックを地面に下ろした。
そのままゴソゴソと中を漁り出す。
「ようかんようかん、お菓子じゃないようかん……藍様持たせてくれたかなぁ」
「……もういい」
橙から聞くのは諦めることにした。
そもそも、橙自身がそれに気がついていない可能性がある。
まさか、ごまかしているようにも見えないし……。
「となれば、これからどうしようかな」
「あ! お饅頭が二つある!」
橙が嬉しそうに、鞄の中からおやつを取り出した。
「はい、妖夢! 藍様の手作りだから美味しいよ」
「橙。その前に一ついい?」
差し出された饅頭を受け取らずに、妖夢は橙と向き合った。
「確認しておこうよ。今回の旅の目的は何?」
「修行!」
「そう。私は私に足りないもの、橙は橙に足りないものを手にいれるための修行」
「うん」
「だから真面目にやらなきゃ駄目。わかるわよね」
「うん」
「本当にわかってる?」
「うん! だからお饅頭食べよ?」
「わかってない!」
妖夢は一喝した。
「ウキウキ行楽気分じゃ駄目だってこと!」
「う、うん」
「もし橙が何もせずに、三日間遊ぶだけで帰ったら……」
「帰ったら?」
不思議そうな顔で聞き返す橙に対して、妖夢は怪談話をするような暗い顔で呟いた。
「藍さんは……がっかりすると思う」
「えっ!」
「あの人のことだから、橙を怒らずに、自分で悲しむかも」
「あわわわわ」
「もしかしたら、紫様に叱られちゃうかもしれない。橙のせいで」
「藍様!」
「『いいんだ。私の教育が悪かったんだ。紫様に呆れられてしまうのも仕方がない。私だけが罰を受ければ』と涙ながらに……」
橙の反応が面白かったので、つい妖夢は調子に乗って続けた。
が、失敗だった。
「ぐすっ、ら、藍様」
「あ……」
橙の瞳がウルウルとなって、
「うわーん! ごめんなさい藍様ー!」
「ご、ごめん! 言い過ぎた! たから泣かないで橙!」
慌てて妖夢は橙をなだめた。
「大丈夫。きっとうまくいくから」
「くすん、本当に?」
「うん。二人でやれば絶対。だから、一緒に頑張ろ?」
「すん……はい!」
橙はきっと顔を上げて、両拳を握った。
「よろしくお願いします! 妖夢先生!」
「妖夢でいいよ。私も橙に教わることがあるんだし」
問題はそれが何かわからないということなのだが。
「うーん。どうしよう」
「先生! わからなかったら、人に聞く!」
「人に聞く……か」
それは、いい考えだと思う。
二人とも未熟であるなら、その上を歩んでいる先達者に教えを請う。
もしかしたら、その者がようかんの意味について知っているかも。
しかし、藍のように、妖夢が手本としたくなるような従者は……
……いた。
広い湖に浮かんだ島には、赤い館が建っていた。
◆◇◆
紅魔館。
『霧の湖』にある島の岬に、五百年生きた吸血鬼をはじめとした、一筋縄ではいかない人妖らが住む館がある。
外の世界からやってきたその洋館は、紅魔館という名の通り、外装も内装も赤い。
ただ、ここ幻想郷に引っ越してきた当時は、もっと赤かったらしい。
今は日に焼けて、くすんで落ち着いた色合いになっており、透き通った青の湖と合わさって、それなりに趣のある情景を作り出していた。
しかし、泣く子ももっと泣く吸血鬼の館であることには違いない。
――ちょっと気が重いなあ
鉄柵で囲まれた大きな館を間近で見上げながら、妖夢は心の中で呟いた。
だけど、橙の手前、怖じけづいた様子を見せるわけにはいかない。
自分がしっかりしなくては。
「大きいねー」
その橙は、目を丸くして、怖がる様子もなく屋敷を眺めていた。
「妖夢はここに来たことがあるの?」
「うん。三回くらいだけど。ただ、中に入れてもらえるかどうかは分からない」
「入れてもらえるといいね」
「うん」
とりあえず、二人は正門に向かった。
門の前には、門番隊らしき妖精が数名ほどうろついている。
その中に、背の高い赤髪の妖怪がいた。
妖夢も知っている顔だ。その顔が、こちらを向く。
「あれ、今日は誰も来ないかと思ってたんだけど」
「こんにちは」
「こんにちは妖夢ちゃん。珍しいわね。そちらの妖怪の子は」
「八雲の式の式、橙です! はじめまして!」
「こちらこそ、はじめまして。紅魔館の門番隊隊長、紅美鈴よ」
美鈴は人懐っこい笑みを見せる。
今更ではあるが、吸血鬼の館を守る門番には似合わない笑顔だった。
橙もそんな美鈴を一目で気に入ったようだった。
「それで、今日はどのような用件で?」
「えーと」
「妖夢と私は、修業の旅をしているんだよ」
言いよどむ妖夢の横で、橙はあっさりと言った。
「修業の旅?」
「そう」
「えーと、それはつまり、紅魔館に道場破りに来たってこと?」
「いや、違います!」
慌てて妖夢は否定した。
「実は……咲夜に聞きたいことがあって」
「咲夜さんに」
「はい」
「じゃあ、とりあえず入ってもらった方がいいわね」
そう言って、美鈴は合図する。
門番隊の面々は、その命令に特に疑問を抱く様子もなく従う。
拍子抜けするほど簡単に、門が開いた。
「どうぞ中へ」
「い、いいんですか?」
「え、何が?」
「普通門番は、部外者は入れないものだと」
「入れないわよ侵入者は。じゃなければ門番の意味がないし……そりゃあいつもは突破されてますけど」
「つまり私達は」
「お客さんです」
二人を館へと先導する美鈴は、明るい口調で答える。
警護役という、同じような職務を持っている妖夢からすると、納得がいかなかった。
「もし私達が良からぬことを考えてたら?」
「そんな気はしないわね。これでも私、気を読むのには自信があるのよ」
「はあ……」
「妖夢ちゃんに邪気は感じられないわ」
「ねー、私は?」
「橙ちゃんは……」
「橙でいいよ」
「橙は無邪気そのものです」
緑の芝生に敷かれた、大理石の道を歩く。
この芝も、門番隊が手入れしているのだと、美鈴は話してくれた。
奥には花壇や噴水も見える。
これで館が真っ白なら、普通の貴族のお屋敷なんだけど。
妖夢がそんなことを考えていると、玄関前で、美鈴はぴたりと足を止めた。
「ただし、私が許可できるのはここまで」
「え?」
「紅魔館の中に入れるには、もう一段階の許可が入ります」
「というと……」
「私が許すかどうか、ってことよ」
その場に音もなく、銀髪のメイド服が現れた。
紅魔館が誇る完全で瀟洒なメイド長、十六夜咲夜が玄関の扉を背にして立っている。
「ようこそ紅魔館へ」
「わっ」
驚いた橙が、妖夢に飛びついた。
「あら、貴方たちだったのね」
「あ! いつかマヨヒガにやってきた人間!」
「こんにちは。しばらくぶり、咲夜」
「いらっしゃい。いつぞやの猫に、半人の剣士さん」
橙はまだ警戒した目つきで、妖夢の後ろから咲夜をじろじろと窺った。
「相変わらず出たり消えたり変な人間。本当は幽霊か妖怪じゃないの?」
「これでも、れっきとした人間です」
「妖怪より怖い人間です……ってぎゃー!」
「とっても優しい人間です」
頭にナイフを生やして叫ぶ美鈴の横で、咲夜はにっこりと微笑んだ。
「それで、本日のご用件は何でしょう。その目的次第では、中に入れるわけにはいきません」
「その……用があるのは咲夜なの」
「あらそう。ここで雇ってほしいとか」
「違います。聞きたいことがあるだけです」
「長い話?」
「長くなるかも」
「じゃあ、お嬢様から許可をいただく必要があるわね。失礼」
と咲夜の姿が消えた。
時間を止めて移動しているのだ。
あとの塵一つ乱さない瀟洒な移動法だった。
橙はうーん、と羨ましそうな目で見ながら、
「いいなー。隠れんぼとか得意そう」
「いや、たぶん他にも色んなことに使えると思うよ」
「咲夜さんの能力は底が知れないから」
ナイフを頭から抜きながら、美鈴は言った。
「でも、凄いのは能力だけじゃないんだけど」
「知ってます。それを学びに来たんです」
「……あー、修業の旅か。なるほど」
美鈴は、ぽんと手を打った。
「じゃあ剣腕を磨く旅とか、そういうんじゃないのね」
「いえ、それも含まれているんです。あ、美鈴さん。また手合わせお願いできますか」
「いいわよ。じゃあ後で」
と、咲夜がタイミング良く現れた。
「待たせたわね。お嬢様の許可がでたので、案内するわ」
「ありがとう。おじゃまします」
「おじゃましまーす!」
開いた扉の向こうに広がる薄暗い屋内に、二人は足を踏み入れた。
◆◇◆
赤い絨毯が敷かれた長い廊下を案内され、たどりついたのは明るい部屋だった。
メイド達の談話室だと、咲夜が説明する。
廊下と違い、壁はクリーム色で、窓もいくつかある。休憩時間は妖精達で賑わうらしい。
もっとも、今は室内にいるのは三人だけだった。
半人と式の式が黙って見守る前で、メイド長の手でお茶が用意された。
「それで、何が聞きたいのかしら?」
そう聞く咲夜は、いつものメイド服のままで椅子に腰掛けた。
彼女が立っている姿ばかり見ている妖夢にとっては、新鮮な姿だった。
その妖夢は、両拳を膝の上に置いて、背筋を伸ばしている。
横にいる橙は、にこにこと、出されたお茶菓子を口に運んでいる。この式のカップからは、湯気が立っていなかった。猫舌への配慮なようだ。
対照的な客を前にしても、目の前のメイドは涼しげな顔で紅茶を口にしていた。
そうやって優雅に紅茶を飲む姿も様になっていて、同じ従者の妖夢が真似をしても、似合いそうになかった。
妖夢は聞いた。
「従者にとって大切なことは何だと思いますか?」
「……ご主人様」
カップの縁に甘く囁くような一言。
咲夜は微笑している。
肩透かしを食らった妖夢は、少し困って、
「いや、そうじゃなくて、例えば誠実とか忍耐とか」
「それは別に、従者に限らず必要なんじゃなくって?」
「うう」
まさに言うとおりだった。
「聞きたいことはそれだけかしら」
「このお菓子なんていうの?」
「橙、ごめん。ちょっと黙っていて」
「それはラング・ド・シャ。貴方にぴったしだと思って用意したのだけど」
「咲夜も!」
思い通りにいかない会話に、妖夢は苛立って、大声を出してしまった。
「落ち着きなさい。紅茶はお嫌い?」
「ごめん……いただきます」
妖夢は少し気を取り直して、紅茶をすすった。
――あ、おいしい。
普段は日本茶ばかり飲んでいるが、これも悪くないな、という感想を覚えた。
入れ方を教えてもらったら、自分もできるだろうか。
お茶菓子の方も、和菓子以外のものを用意しなくてはならないだろうが。
そうだった。
「ようかんって何かわかる?」
「ここでは洋菓子がメインだけど、私は里の茶店でたまに」
「お菓子のようかんじゃないと思うんです。何かの隠喩じゃないかと」
「ふうん、ようかんね」
「それが私に足りない……と言われたんだけど」
色々と鈍い妖夢も、この従者の前で、胸のことではないかという当初の予想については口にしなかった。
咲夜の反応は予想できないが、笑って見逃してくれるとは思えない。
次の瞬間、周囲の空間がナイフで埋め尽くされる、なんてこともあるかもしれない。
怒りのあまり、巨大化してしまうかも。……さすがにそれはないか。
「でも、何で私に相談しに来たの?」
「『完全で瀟洒なメイド』なら何かわかるんじゃないかと思って」
「光栄な話ですわ。でも、私にも見当がつかないわね」
「そうですか……」
「どうしたらそんなに凄くなれるの?」
橙が無邪気な質問をした。
ニュアンスは違うが、妖夢も同じことを聞きたいところだ。
「できることをやるだけ、としか言いようがないわね」
「できないことなんてあるの?」
「それはもちろん。例えば……」
咲夜はうーん、としばらく考えていたが。
「今晩のお嬢様のおゆはん」
「はあ」
「ハンバーグにしようかと思うんだけど」
「橙もハンバーグ好きー」
「お嬢様も好きで、よく作るのよ。というわけで、今度はピーマンをジュースにして、ひき肉に少し混ぜて作ろうと思うんだけど」
「…………は?」
妖夢と橙の声は同時だった。
「ほら。ピーマンの肉詰めってあるでしょ。それの逆をやってみようと思うの」
「……………………」
「これなら、お嬢様もピーマンを食べてくれるかしら」
「……怒るんじゃないかな」
「うーん、困った」
とぼけた顔で考え込む咲夜。
妖夢は何となく疲労する。
橙はピーマンジュースの味を想像したのか、顔を顰めていた。
「とりあえずは、お嬢様の献立の工夫。それが私にできることであって……」
手品の種明かしでもするように、咲夜は手のひらを見せた。
「お嬢様にピーマンを好きになってもらうこと。それが私にできないことね」
ずいぶんとほのぼのした不可能だ。
しかし、敗北宣言をしたはずの咲夜の顔は、みじめさも嫌味も感じさせなかった。
その顔が、窓の外の西日を向いた。
「今夜は貴方たちも泊まっていきなさい。寝床のあてはないんでしょ?」
「え、でも」
「いいの?」
「もちろんお嬢様から許可を取るけど。たぶん喜んでくれるんじゃないかしら」
「喜んで……くれるかな」
わがままと噂に聞く夜の王が思い浮かぶ。
妖夢はちょっぴり不安だった。
◆◇◆
「ほう。吸血鬼の館に泊まりたいとは。勇気ある羊じゃないか。B型ならば、なお結構」
「……………………」
「ジョークよ。そんな顔しなくても、半人や猫の血には興味無いよ。泊まりたいなら好きにするといい」
咲夜の言ったとおり、紅魔館の主、レミリア・スカーレットの反応は好意的なものだった。
退屈しのぎにはちょうどいい、ということらしい。
高い位置の玉座に座っているのと違って、床に立って見上げてくるレミリアは、見た目通りのお子様に見える。
妖夢と橙がここに来た理由についても、興味津々なようだった。
「それで、お前たちの探しているもの。ようかん、だっけ?」
「ええ。何か心当たりがありますか?」
「この前の雨の日に、霊夢の家で食べたわ。でも、お菓子の方じゃないわけね」
「はい」
ふうむ……、と横にした指を噛むようにして、五百歳の吸血鬼は何か考えていた。
「ついに役に立つ時が来たのか」
「はい?」
「うちの地下にある図書館に行ってみなさい。自称知識人が、何か知恵を貸してくれるかもしれないわ。咲夜、案内してやりなさい」
「はい、お嬢様。では妖夢様、橙様。ご案内します」
レミリアに一礼してから、客人への対応を見せて、咲夜は歩き出した。
妖夢と橙は、紅魔館の地下にある大図書館の扉に移動していた。
薄暗くてかび臭い。その図書館は、そんな既存のイメージに対する期待を裏切らなかった。
ただし、一つだけ違いがあった。
異様に暑いのだ。汗が出てくる。
「ここって、こんなに暑かったっけ」
額を袖でぬぐいながら、妖夢は高い天井を見上げた。
以前の異変の際に、他ならぬ咲夜に図書館に無理やり連れて来られたことがあったが、その時はむしろ涼しいくらいだった。
今は真夏の馬小屋のような熱気が漂っている。
普段は明るい横の橙も、どんよりとした目になっていた。
咲夜だけは、この暑さにも汗をかかず、落ち着いた様子だった。
ただし、その目だけは鋭く引き絞られている。
「どうしたの?」
「………………」
咲夜は無言で、つかつかと前進し、二人を手招いてくる。
妖夢と橙は顔を見合わせたが、大人しく後をついていった。
背の高い本棚でできた角を回って……
そこで、暑さの正体に気がついた。
「ぎゃあああああ!!」
二人は仲良く悲鳴をあげた。
そこには巨大な風呂桶があった。
大人が四、五人は楽に入れそうな大きな風呂桶。そこに、湯気の立つ砂が一杯に敷き詰められている。
その上に、ちょこんと生首が置かれていた。
「あわわわわわわ」
「何なの? 騒がしい」
「ひいいいいい!」
砂上の生首が喋るのを見て、妖夢と橙は抱き合って震えた。
前に立つ咲夜だけは冷静だった。
「パチュリー様。いい加減にしていただかなければ困ります」
「いい砂加減よ咲夜」
「そういう問題ではございません」
咲夜の落ち着き払った態度に、だんだんと妖夢も平静を取り戻す。
生首だと思ったのは、砂風呂から頭を出していただけらしい。
それでも、紫色の髪をだらりと垂らして、青白い顔でぼそぼそと話す魔女は恐怖だった。
というか、魔女に見えないですよ、パチュリー・ノーレッジさん。
「あ、咲夜さん。こんにちは」
本棚の向こうから、赤い髪に黒い服装の少女が顔を出した。
図書館の司書役である小悪魔だ。
「貴方からも注意してほしいんだけど」
「パチュリー様は凝り性ですので」
「どうせ面白がって止めなかったんでしょう?」
「何のことでしょうか」
小悪魔は額に汗を浮かべながら、ニコニコと笑っている。
「あの……説明してほしいんですけど」
「おや。お客さん?」
湯気の向こうの生首が、妖夢の方を向いてくる。
思わず身を引いた。
「これは東洋の健康法の一つよ。ヨガの文献を研究する際に見つけたの。貴方もどうかしら」
「謹んで辞退します」
「私からも、やめていただくよう、お願いします」
咲夜もきっぱり言う。
橙だけは、おっかなびっくり砂をつついて、ひゃあ、と声をあげていた。
パチュリーはやれやれと首を振った。
生首が左右に動いてるようにしか見えなかったが。
「考えが浅いわね咲夜。ヨガも砂風呂も、室内で出来る健康法の一つよ。私はこれで変わって見せる。
もう誰にも私を『紫もやし』なんて呼ばせないわ」
「そういうのは、ある程度健康な人がやるものではないかと。超絶虚弱体質なパチュリー様に向いているとは思えません」
「わかってもらえないのね。頭が二つに増えれば、それだけ知恵も増すものだと思ったのだけど」
「……は? 頭が二つ?」
「あら? どうしたの咲夜。四つ、八つ、姿が増えていく。貴方って姉妹が多いのね」
「……パチュリー様?」
「ふえてふえてらりるれらららむきゅー」
「パチュリー様!」
ついに限界が来たのか、ろれつを回さず目を回すパチュリー。
ぐったりと砂に顔を沈める
場は騒然となった。
「だから言ったのに! しっかりしてください、パチュリー様!」
「大変! 助け出さなきゃ!」
「で、でも、どうやってこんないっぱいの砂を!?」
対応したことの無い緊急事態に、慌てだす一同。
一人を除いて。
「皆様ご安心を!」
小悪魔が一声叫び、横の本棚に取り付けられた赤いスイッチを叩いた。
途端。
ズドーン!!
爆発音と共に、風呂の砂が真上に吹き上がった。
それに乗って、水着姿のパチュリーが宙を舞う。
その姿は天井近くまで達し、突如壁から飛び出たハンモックに受け止められた。
ジャジャーン!
七色の光が図書館を満たす。
軽快な音楽が流れ出す。
パチュリーがハンモックの上で手を振っている。
一同は砂まみれになりながら、呆然とそれを見上げた。
しばらく、音楽が続いた後、ライトアップが終わって、するするとハンモックが地上まで下りてくる。
「素晴らしい……」
小悪魔が感動して瞳をうるませていた。
床に降り立ったパチュリーに駆け寄り、抱きつかんばかりに興奮しつつ手を握る。
「大成功ですパチュリー様! やはり、エンタヒーローの座は貴方のものです」
「ありがとう。貴方の協力のおかげよ小悪魔。いや、エンタヒロインだったかしら」
「いえ、私はエンタクィーンですから」
「って私より偉いんかい」
びしっとパチュリーが小悪魔に突っ込んだ。
「さて……」
パチュリーはニコリと笑って、三人の方を向いた。
「私に聞きたいことがあるんでしょ?」
「ありません」
頭から砂をかぶった妖夢一同は、憮然として否定した。
◆◇◆
紅魔館での夕食は、館の主にとっての朝食にあたる。
しかし、その内容は前菜からデザートまで、きちんとしたコースになっている。
その本格的な晩餐に、妖夢と橙は招かれていた。
妖夢は咲夜の奨めで、紅魔館のお風呂に入った後だった。
『流れる水』が苦手な吸血鬼の館だから、妖精メイドのための浴場かと思ったが、レミリア用の風呂も、別にちゃんとあるらしい。
橙だけは、水に入ると式が外れちゃうから、ということで、濡れタオルで咲夜に拭いてもらっていた。
八雲家の設備なら問題はないそうだが、お風呂と聞いて逃げ出そうとした橙の反応をみると、単に風呂嫌いなだけかもしれない。
替えの服は、妖夢の分も含めて、橙のリュックに入っていた。さすがは藍さん、と妖夢も橙も脱帽した。
長方形のテーブル奥の大椅子にはレミリアが、その近くの椅子にはパチュリーが座っている。
妖夢と橙は、そこから少し離れた椅子に座っていた。
メイドの咲夜は立って給仕をしている。
いつもは妖夢もそっち側なだけに、ゲスト役は少し落ち着かない。
レミリアがワイングラスを片手に口を開いた。
「パチェが何かしたようね」
「小悪魔に乗せられて……ついやってしまったのよ」
パチュリーは彼女なりに反省しているらしく、ばつが悪そうにして、妖夢達に顔を向けなかった。
レミリアはワインを一飲みしてから、冷めた目のまま、追い討ちをかけた。
「まんざらじゃ無かったんじゃないの?」
「………………」
「まったく……ヨガだか何だか知らないけど、うちの知識人は、口から血を吐くか、鼻から牛乳を出すかしかしないんだから」
「最近は口からロイヤルフレアを出せるようになったの。レミィで試してみようかしら」
「いい度胸ねパチェ。やってやろうじゃない」
「お二人とも。御食事中の戦闘はご遠慮願くださいませ」
にらみ合う吸血鬼と魔女を諌めたのは、後ろに控えた人間の従者だった。
白いテーブルクロスの上に、前菜のスープの皿が並べられていく。
人の血が混じっていやしないかと疑う前に、大丈夫だ、と咲夜が小さな声で説明してくれた。
「いただきまーす」
スプーンを握って、レミリアよりも早く前菜に手をつけようとした橙の手を、妖夢は軽く叩いて止めた。
「人の家ではお行儀よくすること」
「……はーい」
レミリアはその様子を可笑しそうに見つめながら、スプーンを手にした。
しばし、スープが口に運ばれる静かな音だけが続いた。
おいしいね、という橙の小声に、妖夢も小さくうなずく。
前菜が下げられると、レミリアはふと何かを思いついたような顔をして、
「そうだ。パチェが迷惑をかけたお詫びに、お前たち二人の運命を占ってみようか」
「それは……」
「占い? 面白そう!」
橙は嬉しがったが、妖夢は断った。
「いらないです。知っていても楽しそうじゃないから」
「そんな固い話じゃないよ。参考程度にとらえてもらって構わないわ。
さて、まずはお前が『ようかん』の答えを見つけられるか」
レミリアは静かに目を閉じた。
その雰囲気は、運命を見定める長命の吸血鬼にふさわしい、厳かなものだった。
誰もが沈黙して、その様子を見守っている。
パチュリーだけは、なぜか水晶玉を取り出して、対抗しようとしていた。
レミリアは目を閉じたまま、ぽつりと言った。
「……面白いわね」
「面白い、ですか」
「ああ。本当に面白いよ」
「……えーと、できれば、どんな結果になるかを教えてほしいんですけど」
「良ければ至高の域までたどりつける、悪くすればこの世からおさらば。こんなところかしら」
「そ、そうなんですか」
運命の案内人の示すあまりにも極端な未来に、妖夢は暗澹たる気持ちになった。
だが、それで終わらなかった。
「まあ、自信を持って進むことね。心配せずとも、これからいくつものきっかけがやってくる。
そこで何をつかむかは、お前次第よ。せいぜい頑張りなさい」
夜の王はうっすらと笑っている。
妖夢は少し驚いた。言葉は他人行儀だが、それは間違いなく妖夢の背中を後押しする予言だった。
「ありがとうございます」
妖夢は座ったまま、『夜の王』に本心から礼を言った。
レミリアはついで橙の方を見た。
「そっちの猫は、心配ないでしょうね」
「えーと、大吉ってこと?」
「そう思ってくれても構わないわ」
「やったー!」
橙が素直な喜びを見せた。
と、そこで、黙っていたパチュリーが水晶玉から顔を上げた。
「出たわ。『タケヤブヤケタ』」
「は?」
「なんと下から読んでも同じ呪文。気をつけなさい。ちなみにラッキーカラーは黒」
「……………………」
「まあ、自信を持って進むことね。 心配せずとも、これからいくつものきっかけがやってくる。
そこで何をつかむかは……貴方次第よ」
「は、はあ……ありがとうございます」
先ほどのレミリアと同じ台詞に、戸惑いつつも礼を言う妖夢。
それに満足気にうなずいたパチュリーは、水晶玉をしまいつつ、少し胸を張った。
隣の吸血鬼は、いよいよ渇ききった冷たい目で、魔女を見ていた。
パチュリーは気にしない素振りを見せつつも、こめかみに汗をかいていた。
「お待たせいたしました。本日のメインディッシュ、特製ハンバーグでございます」
「咲夜。パチェの分は下げていいわ。野良犬にでもやりなさい」
「ちょ、ちょっと、レミィ」
「どうせあんたは食わなくても死なないでしょうが」
「も、もってかないでー」
「やかましい。口の聞き方に気をつけることね」
「ごめんなさい。謝るから」
「……咲夜」
「はいお嬢様。どうぞ、パチュリー様」
結局、パチュリーにも無事に主菜は配られた。
見た目は子供でも、紅魔館の主だ。
彼女のカリスマがあるからこそ、咲夜ほどの従者が有り得るのか。
――私も、幽々子様に見合うだけの従者になりたいな
妖夢はそう思って、優雅に振る舞うレミリアと咲夜を、羨望の眼差しで見た。
「ところで咲夜。今日のハンバーグは少し不思議な味がするわね」
「おそれ入ります。実は隠し味がありまして……」
「そうなの。ちょっと大人の味ね。私にふさわしい感じがあるわ。次もこれにしなさい」
「わかりました」
聞いていた妖夢はむせた。
(つづく)
余談だけど、最近創想話の投稿される作品のスピードがハンパねぇ…
〉抜刀と共に、妖夢の口から気合のみょんが飛んだ。
〉「もちろん抜いた後も、常に口ずさむこと」
〉「泣くわね。間違いなく」
〉紫の頭に、涙を流しながら「みょんみょん」と刀を振るう妖夢の姿が浮かんだ。
目元鋭く地を駆ける妖夢が敵に斬りかからんと刀を抜き放ちながらの一言
想像してワロタwww
この一文を読んだときにやりとさせていただきました(w
しかし、このパッチェさんはカリスマなさすぎるな(w
これは腹を切りたくもなるわ
しかしまあ橙のかわいいこと!藍さまの命が危ういレベル。
パッチェさんもかわいよ!
落ちが特に笑ったw
不可能を可能にした咲夜さんに感服!
妖夢のまじめさがいいですね.
しかし、ようかんとはなんぞ