「うどんこだ!」
「うどんげです!」
紅魔館へ薬を売りに行く時、わたしはこの湖の上を通る。それが紅魔館に早く着く為の道だからである。
「うどんこ~、どこに行くの?」
「だから、うどんげだって、まぁいいわ。これから紅魔館に薬を売りに行くのよ」
「そうなんだ。じゃあ、あたいも手伝う!」
元気良くわたしの手から籠を奪うとその少女は紅魔館へと向けて飛び始め、わたしはその後を溜息を漏らしながら後を追う。
チルノに出会ったのは結構前の話になる。
いつも通りわたしは紅魔館に薬を売りに湖を飛んでいた。同じように薬を入れた籠を持って、霧の発生しているこの湖を横切っていた時だ。
「マスタースパーク!」
どこかで聞いた事のある声が聞こえて、霧の向こうに白い光が見えた。良く紅魔館に出入りしている魔理沙さんがスペルカードを発動させたことだけは理解できたけど、なぜこんなところでスペルカードを使っているのかだけは理解できなかった。
「またな~」
魔理沙さんの気配が霧の奥に消えていくのを感じながら、わたしはその言葉がわたしに掛けられたものではないことに違和感を感じて今さっきまで魔理沙さんがいた場所に向かってみた。
そしたら、
「あたいに恐れをなして逃げていくなんて、あたいったらやっぱりさいきょーね!」
そんなことをぼろぼろな格好で力説しているチルノの姿を目にしたのだった。
所々に焦げた跡があって、医師を目指している身でもあったからすぐに近寄った。
「ちょっと、大丈夫?」
いきなり声を掛けられて驚いて振り返るチルノはなぜか口元を吊り上げて、なにかと得意げな表情をわたしに向けてきた。
「もしかして挑戦者かしら、望むところ、さいきょーのあたいに勝てるかしら!」
それから直ぐに弾幕ごっこが始まって、良くわからないうちにわたしはチルノをぼこぼこにしていた。あの時はなんというか、その、疲れていたんだと思う。
水面に上がる水柱を眺めながら、わたしはやりすぎてしまったと耳を掻いた。
「ぷはっ!」
水面から顔を出すチルノに近づくと、「まだまだ、勝負はきまってないのよ」と弱弱しい言葉を吐きながらボロボロな体でわたしにまた攻撃をしようとするけど、結構な傷を負ってしまったようで、その手から氷の弾が飛び出すことも無かった。
その光景に少しばかりのおかしさを感じながら、直ぐに手当てしなくちゃいけないと思って飛び上がることもないチルノを抱えて畔に上がり傷の手当をしてあげた。
その間、チルノは不思議な顔をしてわたしのことを見ていたけど、少し経ってからこんなことを言ってきた。
「なんで、こんなことしてくれるの?」
「怪我人を放って置くほどわたしは酷い妖怪じゃないわ」
「あ、あたいは怪我なんてして…………いててっ」
「ごめん、ちょっと染みるから」
「痛くないもん、あたいはさいきょーなんだか………、いたたたたたたたた」
これがわたしとチルノの出会いだった。わたしは一方的に彼女を介抱してあげて、彼女は結局強気の眼差しのまま「あたいはさいきょーなの、だから薬が染みたから声をあげたわけじゃないんだから!」と言ってあの湖に帰っていってしまった。
それからこの湖を通るたびにチルノはわたしに話しかけてくる。時々、弾幕ごっこをしたりするけど、それもじゃれあい程度で最後にはわたしの後を追って紅魔館に来たりもした。
そして今日は籠を持って先に飛んでいったチルノを追いかけている。
「うどんこ~、早く、早く!」
「ちょっと、待ちなさいよ」
チルノの笑顔は好きだ。無邪気で、何も知らない純真無垢な笑顔だからだ。わたしがあの顔を忘れたのはいつの頃か、月から逃げてきた頃からか、多分その辺りだったと思う。だからそれを簡単に見せてくれるチルノが好きだった。
程なくして門の前に着くと珍しく美鈴さんが目をパッチリと開けて門番の仕事をしているように見えた。直立不動のままで目が動いていないのが気になるけど。
「めーりん~、薬、薬!」
「大丈夫です咲夜さん、侵入者はありません」
「美鈴さん、こんにちわ」
「大丈夫です咲夜さん、侵入者はありません」
わたしとチルノの言葉に対して同じ言葉を返す美鈴さん、軽く口に手を当ててみると呼吸をしていることはわかるが、それが眠っているときの呼吸であることに気がつき、顔の前で手を振っても目が反応しないことを確認して、彼女が目を開けたまま寝るという神業が出来るようになったことを理解した。
「美鈴さん、起きないと咲夜さんにお仕置きされちゃいますよ?」
「大丈夫です咲夜さん、侵入者はありません」
このままでは埒が明かないので、座薬を発射することにした。
「ふぎゃ!」
「薬いりますか?」
威力を弱めたわたしの弾丸を顔面に脛に受けて悶絶する美鈴さんを眺めながら、わたしはそれだけ聞いた。
チルノは相変わらずその光景を見ながら楽しそうに笑みを零していて、その表情がとても輝いているのをわたしは見ていると、
「うどんこ、あたいの顔に何かついてる?」
「な、なんでもないわよ」
「へんなうどんこ~、熱でもあるの、顔赤いよ?」
「ちょっと、暑いだけよ」
苦しい言い訳を吐いてわたしは改めて美鈴さんに目を向けると、なにやら嬉しそうに顔をにやけさせるその顔を見た。
よくわからないけど、これは非常にまずいのではないかと思う。もしかしたら、わたしが永遠亭に帰るころにはてゐがおかしなことを言いふらしているようなそんな気がしてならないわけで、すぐに口を開いた。
「美鈴さん、これはですね」
「なんか姉妹みたいですね、今日は薬のほうは大丈夫ですよ。それでは花園の仕事がありますので~」
それだけ言って館へと消えていく姿を見送り、わたしはほとんど売れなかった籠を片手にチルノを見る。
チルノは薬を売ることが終わったことを嬉しがっているかのように、わたしを手招きしている。一緒に遊ぼうとわたし言っているかのように、その小さな手を伸ばしてくる。
今日は大方、薬を売る場所は回ったからチルノの遊びに付き合うのも悪くは無い。師匠に薬の研究を見てもらうように頼んでもなかった。
それに、
「手伝ったのに恩返しをしないのは悪いことだしね。遊びましょ」
「やった~、うどんこ~、早く早く!」
チルノの背中を追いかけてわたしは一緒に遊んだ。良く思えばチルノとこうして遊ぶのは初めてだった。
チルノの知っている秘密の遊び場にも行った、チルノが蛙を凍らせてそれをまた戻す遊びも教えてもらったけど、それは出来ないし出来ればやらないほうがいいよと教えてあげた。花のネックレスを作ってお互いに交換し合ったけど、チルノの作った花のネックレスは崩れてしまって、それを見て悔しそうな顔をしたチルノも見た。わたしの知らないいろいろなチルノを見た。気づけば真上にあった太陽も夕日に変わり、遊び疲れてしまったチルノを膝の上に載せたまま、木に寄りかかっていた。
「うどんこ~、ムニャムニャ」
「わたしはうどんげだって何回言えばいいのよ」
髪を撫でると擽ったそうに顔を微笑ませる。ずっとこのままでいてあげたいところだけど夜になる前にチルノは帰らせるべきだと考えて、そのほっぺを突いて起こす。
「ふわぁぁぁぁ~、おはよううどんこ」
「うどんげよ。それよりそろそろ帰ったほうがいいんじゃないの、もう日も暮れるわ」
「でも、あたいうどんこにネックレスあげてない」
チルノの首に掛かっているのはわたしが作った花のネックレスだ。こういうものは月から逃げてきた後、てゐから教えてもらったこともあって作るのには慣れていた。
「また今度作ってもらえればいいわよ」
「でも、お花で作るの難しいんだもん」
「なら、チルノの慣れてるもので作ったネックレスでもいいわよ」
「いいの?」
「いいわよ、チルノが一生懸命作ってくれたものなら何でもね。あっ、でも蟲とかは無しよ?」
さすがに昆虫の屍骸なんかで作られたネックレスは着けたくないからだ。そこだけは理解して欲しいという思いで顔を向けると、そこには蟲じゃネックレスは作れないよと言う笑顔があった。
「うん、それじゃ一生懸命作ってみる!」
「がんばってね。それじゃ、わたしは帰るわ」
立ち上がり、夕日が沈む方角を見る。時間にしてあと一時間弱といったところで夜が訪れることが予想できてわたしはすぐにその場を飛び立とうとする。
「あっ、待ってうどんこ」
振り返るとそこに満面の笑みで小指を差し出しているチルノの姿が目に入った。
「あたいとうごんこの約束! 約束の証の指きり!」
「わかったわよ」
その小指にわたしの小指を絡める。少しばかりのひんやりとした感じが手に広がっていくのを感じる。けど、わたしはその小指に力を入れていた。
「ゆびきりげーんまん、え~っと、うそついたらはりーせんぼんのまーす。指切った!」
そしてわたしは家路を急いで竹林を飛ぶ。暗い竹林を一人で飛んでいくのは慣れていることだったけど、今日だけは何かを忘れているような気がしていた。
なにかが足りていないような気がして自分の容姿を良く確認したところでそれが足りてないことに気がついた。
「あ、籠を忘れちゃったんだ」
まだ竹林に入って直ぐだったこともあってわたしは来た道をもう一度戻る。空に浮かぶ満月が綺麗であった。
湖まで戻ってくる。静かな水面には何の気配も無く、籠を置き忘れていったあの木の下へとわたしは飛んでいく。
そこは月が良く見えて、わたしはその光景に思わず足を止めてしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ……………」
一人の少女がそこに座って何かをしていた。それは青いワンピースと氷の羽、そして頭に青いリボンを着けた少女で、それがチルノ以外の何者でもないことに直ぐ気づけた。
「チルノ?」
その言葉に振り返るチルノの顔は赤く、目の焦点がまったく合っていないし、なによりかなり疲れているように見える。
「あ、うどんこ。あたい、がんばってるんだ」
「何を言って…………」
そこでわたしは息を飲んだ。
チルノの手が真っ赤に染まっていたから、それが返り血ではなく、その手から直接流れ出ているものだということに、そしてチルノの唇が青白くなっていることに気がついてしまったから。
「チルノ!」
すぐに地面に降りて駆け寄るより先にチルノが倒れる。
その光景を見てわたしの心がどくんと揺れる。その理由を知るのは今じゃなくてもいい!
チルノを抱えあげて額に手を当ててみると、とても熱かった。人間ではとっくに死んでいるほどに体温が上昇していて、チルノ自身から発せられているはずの冷気も、弱弱しくなっていた。
指切りした時のひんやりとした感触も無くて、わたしはチルノを背負ってすぐに永遠亭へと急ぐ。目に見える竹林がうっとおしく思えたのは今日が初めてだった。そんな風になってしまうほどわたしは冷静じゃなかった。
永遠亭についてからの少しの間の出来事は覚えていない。てゐから聞いた話では泣きながら師匠に詰め寄っていたとかで、師匠に迷惑をかけてしまったらしい。落ち着いたのはチルノを運び込んでから1時間以上経った頃で、今は自室で師匠と共にいる。
「なんとかなったわよ」
「本当ですか師匠」
その言葉でわたしの心に安心感が広がっていくのがわかる。そんなわたしの様子を見ながら冷静にチルノの容態を説明していく。
「過度な力の使いすぎをしたみたいね。正直、もう少し遅れてたら後遺症が残っていたかもしれなかったけど、その心配も無いから安心して」
「よかった、よかったよ」
自然と涙が零れてしまう。師匠の前だから恥ずかしいって思って拭うけど嬉しさで流れ出した涙を止める事ができなかった。
「明日までは安静にしてあげなさい。それとあなたも早く休みなさい」
「は、はい」
「ふふふ、それにしても鈴仙のそんな顔は始めてみるわよ。今まで見せてくれたことのない無邪気な笑みよ」
「ふ、ふえ。師匠恥ずかしいこといわないでください」
「それもそうかもね。それじゃわたしも眠るわ。おやすみなさい鈴仙」
扉が静かに閉まる音が部屋に響き、わたしもまた眠ろうと布団に入った。目を瞑る、感情が高ぶっているのを感じる。胸がドキドキするのはなぜなのか、チルノがどうなったのか気になる。
気づけば、わたしはチルノの病室に入り込んでいた。
唇の青白さも無くなり血色も良くなったチルノが布団に寝かされていた。隣に座って布団の中から出ている包帯が巻かれた手に触れる。
チルノのひんやりした手の感触が包帯越しから伝わって、わたしの心が満たされていくのがわかる。その髪に手を伸ばして撫でると、今日と同じように擽ったそうに微笑をくれる。
無邪気な笑み、わたしが今さっき無邪気な笑みをすることが出来たのはチルノの笑顔を見たことがあるからなのかもしれない。現にわたしは今無邪気な笑みでチルノを見つめているのだから。
師匠の言っていた通り、チルノは明日になれば元気になると思えて、わたしは安心して病室から出ようと立ち上がる。
「うどんこ?」
聞きなれた声が耳に入ってもう一度布団に目を向けると、目を開けてわたしを見つめるチルノの姿が目に入った。いつものチルノらしくない弱弱しい声だけど、それがチルノの言葉だってわかったら涙が出てきた。
「何で泣いてるの?」
「チルノが心配掛けるからよ」
起きたばかりのチルノを抱きしめた。チルノの体がいつものひんやりしたものになっているのがとても嬉しくて、わたしは抱きしめる力をもっと強くする。
「なんで、倒れるくらいまで力を使い続けるのよ。もしかしたら死んじゃったかもしれないじゃない」
「うどんこと約束したから、あたいのなれてるもので作ったネックレスをプレゼントするって約束したから、うどんこと別れてすぐに作り始めたんだ。でもぜんぜんうまくいかなくて」
いつの間にか背中に回されていたチルノの手に力が篭り、わたしを抱きしめる。
「だから、がんばってた。けど、全然出来なくてうどんこに渡せないのが嫌で、だからがんばって作ろうと思ってでもできなくて」
「チルノ………」
「でも、うどんこに心配かけちゃったから、ごめん。あたいってみんなから馬鹿って言われたりするからしょうがないのかもしれない」
誰かがチルノのこと馬鹿だといっていた。でも、馬鹿なんじゃないとわたしは思ってる。
チルノは素直なコなんだって、嘘を吐くことも知らない、人の言っていることを嘘だと信じないくらい素直な子なんだって、だから、わたしはこの子に惹かれていたのだとここで気がついてしまった。
頭を優しく撫でてつつ、その耳にささやき掛ける。
「そんなこと無いわ」
「うどんこ」
「わたしに無邪気な笑みを取り戻させてくれたのはチルノだから、チルノがいなかったらわたしは本当の笑顔を見せるなんてもう出来なかったと思うから」
月から逃げ出してからここまで、共に笑ってきた人たちいた時も、わたしは無邪気な笑みというの忘れていた。それを思い出させてくれたのはチルノだから、わたしの心を暖かくしてくれるのもチルノだから、そしてなによりわたしの大事な人は……
「それにわたしにとって大切な人だから」
「うどんこ、ん!」
自然とわたしは唇を重ねてしまった。チルノの顔が一瞬だけ強張ったけど、すぐにその顔はわたしを受け止めてくれた。
触れる程度のやさしいキス、それを終えた所でチルノが恥ずかしそうにもじもじとする。
「うどんこが初めてなんだからね。あたいのファーストキス」
「ありがとう」
「あたいも、うどんこのこと大切な人って思ってるからお相子よ」
「それって、つまりそういうことなのよね?」
その言葉にチルノの顔はさらに赤く染まって照れ隠しのように暴れていたけど、最後にはわたしに甘えてくれた。
それから一週間経って、わたしとチルノはあの木の下で共に前と同じように花のネックレスを作っていた。けど実際花でネックレスを作っているのはわたしだけで、チルノは木の裏でなにやらこそこそと何かを作っていてわたしは一人で花のネックレスの作り続ける。
恋人というわけでもないけど、一週間前のことを時々思い出して二人であたふたしていることもある。
よくよく考えればわたしはかなり強引なことをしてしまったものだと反省している。
もう二つくらい花のネックレスが出来たころ、突然首に何かが掛かった。それはひんやりとしているなにかで、それを掛けてくれたチルノが自信満々の顔をしていたからそれを見下ろした。
そこには氷の結晶で作られた約束の証である氷の花のネックレスが太陽の光に反射して輝いている姿があったのだった。
「うどんげです!」
紅魔館へ薬を売りに行く時、わたしはこの湖の上を通る。それが紅魔館に早く着く為の道だからである。
「うどんこ~、どこに行くの?」
「だから、うどんげだって、まぁいいわ。これから紅魔館に薬を売りに行くのよ」
「そうなんだ。じゃあ、あたいも手伝う!」
元気良くわたしの手から籠を奪うとその少女は紅魔館へと向けて飛び始め、わたしはその後を溜息を漏らしながら後を追う。
チルノに出会ったのは結構前の話になる。
いつも通りわたしは紅魔館に薬を売りに湖を飛んでいた。同じように薬を入れた籠を持って、霧の発生しているこの湖を横切っていた時だ。
「マスタースパーク!」
どこかで聞いた事のある声が聞こえて、霧の向こうに白い光が見えた。良く紅魔館に出入りしている魔理沙さんがスペルカードを発動させたことだけは理解できたけど、なぜこんなところでスペルカードを使っているのかだけは理解できなかった。
「またな~」
魔理沙さんの気配が霧の奥に消えていくのを感じながら、わたしはその言葉がわたしに掛けられたものではないことに違和感を感じて今さっきまで魔理沙さんがいた場所に向かってみた。
そしたら、
「あたいに恐れをなして逃げていくなんて、あたいったらやっぱりさいきょーね!」
そんなことをぼろぼろな格好で力説しているチルノの姿を目にしたのだった。
所々に焦げた跡があって、医師を目指している身でもあったからすぐに近寄った。
「ちょっと、大丈夫?」
いきなり声を掛けられて驚いて振り返るチルノはなぜか口元を吊り上げて、なにかと得意げな表情をわたしに向けてきた。
「もしかして挑戦者かしら、望むところ、さいきょーのあたいに勝てるかしら!」
それから直ぐに弾幕ごっこが始まって、良くわからないうちにわたしはチルノをぼこぼこにしていた。あの時はなんというか、その、疲れていたんだと思う。
水面に上がる水柱を眺めながら、わたしはやりすぎてしまったと耳を掻いた。
「ぷはっ!」
水面から顔を出すチルノに近づくと、「まだまだ、勝負はきまってないのよ」と弱弱しい言葉を吐きながらボロボロな体でわたしにまた攻撃をしようとするけど、結構な傷を負ってしまったようで、その手から氷の弾が飛び出すことも無かった。
その光景に少しばかりのおかしさを感じながら、直ぐに手当てしなくちゃいけないと思って飛び上がることもないチルノを抱えて畔に上がり傷の手当をしてあげた。
その間、チルノは不思議な顔をしてわたしのことを見ていたけど、少し経ってからこんなことを言ってきた。
「なんで、こんなことしてくれるの?」
「怪我人を放って置くほどわたしは酷い妖怪じゃないわ」
「あ、あたいは怪我なんてして…………いててっ」
「ごめん、ちょっと染みるから」
「痛くないもん、あたいはさいきょーなんだか………、いたたたたたたたた」
これがわたしとチルノの出会いだった。わたしは一方的に彼女を介抱してあげて、彼女は結局強気の眼差しのまま「あたいはさいきょーなの、だから薬が染みたから声をあげたわけじゃないんだから!」と言ってあの湖に帰っていってしまった。
それからこの湖を通るたびにチルノはわたしに話しかけてくる。時々、弾幕ごっこをしたりするけど、それもじゃれあい程度で最後にはわたしの後を追って紅魔館に来たりもした。
そして今日は籠を持って先に飛んでいったチルノを追いかけている。
「うどんこ~、早く、早く!」
「ちょっと、待ちなさいよ」
チルノの笑顔は好きだ。無邪気で、何も知らない純真無垢な笑顔だからだ。わたしがあの顔を忘れたのはいつの頃か、月から逃げてきた頃からか、多分その辺りだったと思う。だからそれを簡単に見せてくれるチルノが好きだった。
程なくして門の前に着くと珍しく美鈴さんが目をパッチリと開けて門番の仕事をしているように見えた。直立不動のままで目が動いていないのが気になるけど。
「めーりん~、薬、薬!」
「大丈夫です咲夜さん、侵入者はありません」
「美鈴さん、こんにちわ」
「大丈夫です咲夜さん、侵入者はありません」
わたしとチルノの言葉に対して同じ言葉を返す美鈴さん、軽く口に手を当ててみると呼吸をしていることはわかるが、それが眠っているときの呼吸であることに気がつき、顔の前で手を振っても目が反応しないことを確認して、彼女が目を開けたまま寝るという神業が出来るようになったことを理解した。
「美鈴さん、起きないと咲夜さんにお仕置きされちゃいますよ?」
「大丈夫です咲夜さん、侵入者はありません」
このままでは埒が明かないので、座薬を発射することにした。
「ふぎゃ!」
「薬いりますか?」
威力を弱めたわたしの弾丸を顔面に脛に受けて悶絶する美鈴さんを眺めながら、わたしはそれだけ聞いた。
チルノは相変わらずその光景を見ながら楽しそうに笑みを零していて、その表情がとても輝いているのをわたしは見ていると、
「うどんこ、あたいの顔に何かついてる?」
「な、なんでもないわよ」
「へんなうどんこ~、熱でもあるの、顔赤いよ?」
「ちょっと、暑いだけよ」
苦しい言い訳を吐いてわたしは改めて美鈴さんに目を向けると、なにやら嬉しそうに顔をにやけさせるその顔を見た。
よくわからないけど、これは非常にまずいのではないかと思う。もしかしたら、わたしが永遠亭に帰るころにはてゐがおかしなことを言いふらしているようなそんな気がしてならないわけで、すぐに口を開いた。
「美鈴さん、これはですね」
「なんか姉妹みたいですね、今日は薬のほうは大丈夫ですよ。それでは花園の仕事がありますので~」
それだけ言って館へと消えていく姿を見送り、わたしはほとんど売れなかった籠を片手にチルノを見る。
チルノは薬を売ることが終わったことを嬉しがっているかのように、わたしを手招きしている。一緒に遊ぼうとわたし言っているかのように、その小さな手を伸ばしてくる。
今日は大方、薬を売る場所は回ったからチルノの遊びに付き合うのも悪くは無い。師匠に薬の研究を見てもらうように頼んでもなかった。
それに、
「手伝ったのに恩返しをしないのは悪いことだしね。遊びましょ」
「やった~、うどんこ~、早く早く!」
チルノの背中を追いかけてわたしは一緒に遊んだ。良く思えばチルノとこうして遊ぶのは初めてだった。
チルノの知っている秘密の遊び場にも行った、チルノが蛙を凍らせてそれをまた戻す遊びも教えてもらったけど、それは出来ないし出来ればやらないほうがいいよと教えてあげた。花のネックレスを作ってお互いに交換し合ったけど、チルノの作った花のネックレスは崩れてしまって、それを見て悔しそうな顔をしたチルノも見た。わたしの知らないいろいろなチルノを見た。気づけば真上にあった太陽も夕日に変わり、遊び疲れてしまったチルノを膝の上に載せたまま、木に寄りかかっていた。
「うどんこ~、ムニャムニャ」
「わたしはうどんげだって何回言えばいいのよ」
髪を撫でると擽ったそうに顔を微笑ませる。ずっとこのままでいてあげたいところだけど夜になる前にチルノは帰らせるべきだと考えて、そのほっぺを突いて起こす。
「ふわぁぁぁぁ~、おはよううどんこ」
「うどんげよ。それよりそろそろ帰ったほうがいいんじゃないの、もう日も暮れるわ」
「でも、あたいうどんこにネックレスあげてない」
チルノの首に掛かっているのはわたしが作った花のネックレスだ。こういうものは月から逃げてきた後、てゐから教えてもらったこともあって作るのには慣れていた。
「また今度作ってもらえればいいわよ」
「でも、お花で作るの難しいんだもん」
「なら、チルノの慣れてるもので作ったネックレスでもいいわよ」
「いいの?」
「いいわよ、チルノが一生懸命作ってくれたものなら何でもね。あっ、でも蟲とかは無しよ?」
さすがに昆虫の屍骸なんかで作られたネックレスは着けたくないからだ。そこだけは理解して欲しいという思いで顔を向けると、そこには蟲じゃネックレスは作れないよと言う笑顔があった。
「うん、それじゃ一生懸命作ってみる!」
「がんばってね。それじゃ、わたしは帰るわ」
立ち上がり、夕日が沈む方角を見る。時間にしてあと一時間弱といったところで夜が訪れることが予想できてわたしはすぐにその場を飛び立とうとする。
「あっ、待ってうどんこ」
振り返るとそこに満面の笑みで小指を差し出しているチルノの姿が目に入った。
「あたいとうごんこの約束! 約束の証の指きり!」
「わかったわよ」
その小指にわたしの小指を絡める。少しばかりのひんやりとした感じが手に広がっていくのを感じる。けど、わたしはその小指に力を入れていた。
「ゆびきりげーんまん、え~っと、うそついたらはりーせんぼんのまーす。指切った!」
そしてわたしは家路を急いで竹林を飛ぶ。暗い竹林を一人で飛んでいくのは慣れていることだったけど、今日だけは何かを忘れているような気がしていた。
なにかが足りていないような気がして自分の容姿を良く確認したところでそれが足りてないことに気がついた。
「あ、籠を忘れちゃったんだ」
まだ竹林に入って直ぐだったこともあってわたしは来た道をもう一度戻る。空に浮かぶ満月が綺麗であった。
湖まで戻ってくる。静かな水面には何の気配も無く、籠を置き忘れていったあの木の下へとわたしは飛んでいく。
そこは月が良く見えて、わたしはその光景に思わず足を止めてしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ……………」
一人の少女がそこに座って何かをしていた。それは青いワンピースと氷の羽、そして頭に青いリボンを着けた少女で、それがチルノ以外の何者でもないことに直ぐ気づけた。
「チルノ?」
その言葉に振り返るチルノの顔は赤く、目の焦点がまったく合っていないし、なによりかなり疲れているように見える。
「あ、うどんこ。あたい、がんばってるんだ」
「何を言って…………」
そこでわたしは息を飲んだ。
チルノの手が真っ赤に染まっていたから、それが返り血ではなく、その手から直接流れ出ているものだということに、そしてチルノの唇が青白くなっていることに気がついてしまったから。
「チルノ!」
すぐに地面に降りて駆け寄るより先にチルノが倒れる。
その光景を見てわたしの心がどくんと揺れる。その理由を知るのは今じゃなくてもいい!
チルノを抱えあげて額に手を当ててみると、とても熱かった。人間ではとっくに死んでいるほどに体温が上昇していて、チルノ自身から発せられているはずの冷気も、弱弱しくなっていた。
指切りした時のひんやりとした感触も無くて、わたしはチルノを背負ってすぐに永遠亭へと急ぐ。目に見える竹林がうっとおしく思えたのは今日が初めてだった。そんな風になってしまうほどわたしは冷静じゃなかった。
永遠亭についてからの少しの間の出来事は覚えていない。てゐから聞いた話では泣きながら師匠に詰め寄っていたとかで、師匠に迷惑をかけてしまったらしい。落ち着いたのはチルノを運び込んでから1時間以上経った頃で、今は自室で師匠と共にいる。
「なんとかなったわよ」
「本当ですか師匠」
その言葉でわたしの心に安心感が広がっていくのがわかる。そんなわたしの様子を見ながら冷静にチルノの容態を説明していく。
「過度な力の使いすぎをしたみたいね。正直、もう少し遅れてたら後遺症が残っていたかもしれなかったけど、その心配も無いから安心して」
「よかった、よかったよ」
自然と涙が零れてしまう。師匠の前だから恥ずかしいって思って拭うけど嬉しさで流れ出した涙を止める事ができなかった。
「明日までは安静にしてあげなさい。それとあなたも早く休みなさい」
「は、はい」
「ふふふ、それにしても鈴仙のそんな顔は始めてみるわよ。今まで見せてくれたことのない無邪気な笑みよ」
「ふ、ふえ。師匠恥ずかしいこといわないでください」
「それもそうかもね。それじゃわたしも眠るわ。おやすみなさい鈴仙」
扉が静かに閉まる音が部屋に響き、わたしもまた眠ろうと布団に入った。目を瞑る、感情が高ぶっているのを感じる。胸がドキドキするのはなぜなのか、チルノがどうなったのか気になる。
気づけば、わたしはチルノの病室に入り込んでいた。
唇の青白さも無くなり血色も良くなったチルノが布団に寝かされていた。隣に座って布団の中から出ている包帯が巻かれた手に触れる。
チルノのひんやりした手の感触が包帯越しから伝わって、わたしの心が満たされていくのがわかる。その髪に手を伸ばして撫でると、今日と同じように擽ったそうに微笑をくれる。
無邪気な笑み、わたしが今さっき無邪気な笑みをすることが出来たのはチルノの笑顔を見たことがあるからなのかもしれない。現にわたしは今無邪気な笑みでチルノを見つめているのだから。
師匠の言っていた通り、チルノは明日になれば元気になると思えて、わたしは安心して病室から出ようと立ち上がる。
「うどんこ?」
聞きなれた声が耳に入ってもう一度布団に目を向けると、目を開けてわたしを見つめるチルノの姿が目に入った。いつものチルノらしくない弱弱しい声だけど、それがチルノの言葉だってわかったら涙が出てきた。
「何で泣いてるの?」
「チルノが心配掛けるからよ」
起きたばかりのチルノを抱きしめた。チルノの体がいつものひんやりしたものになっているのがとても嬉しくて、わたしは抱きしめる力をもっと強くする。
「なんで、倒れるくらいまで力を使い続けるのよ。もしかしたら死んじゃったかもしれないじゃない」
「うどんこと約束したから、あたいのなれてるもので作ったネックレスをプレゼントするって約束したから、うどんこと別れてすぐに作り始めたんだ。でもぜんぜんうまくいかなくて」
いつの間にか背中に回されていたチルノの手に力が篭り、わたしを抱きしめる。
「だから、がんばってた。けど、全然出来なくてうどんこに渡せないのが嫌で、だからがんばって作ろうと思ってでもできなくて」
「チルノ………」
「でも、うどんこに心配かけちゃったから、ごめん。あたいってみんなから馬鹿って言われたりするからしょうがないのかもしれない」
誰かがチルノのこと馬鹿だといっていた。でも、馬鹿なんじゃないとわたしは思ってる。
チルノは素直なコなんだって、嘘を吐くことも知らない、人の言っていることを嘘だと信じないくらい素直な子なんだって、だから、わたしはこの子に惹かれていたのだとここで気がついてしまった。
頭を優しく撫でてつつ、その耳にささやき掛ける。
「そんなこと無いわ」
「うどんこ」
「わたしに無邪気な笑みを取り戻させてくれたのはチルノだから、チルノがいなかったらわたしは本当の笑顔を見せるなんてもう出来なかったと思うから」
月から逃げ出してからここまで、共に笑ってきた人たちいた時も、わたしは無邪気な笑みというの忘れていた。それを思い出させてくれたのはチルノだから、わたしの心を暖かくしてくれるのもチルノだから、そしてなによりわたしの大事な人は……
「それにわたしにとって大切な人だから」
「うどんこ、ん!」
自然とわたしは唇を重ねてしまった。チルノの顔が一瞬だけ強張ったけど、すぐにその顔はわたしを受け止めてくれた。
触れる程度のやさしいキス、それを終えた所でチルノが恥ずかしそうにもじもじとする。
「うどんこが初めてなんだからね。あたいのファーストキス」
「ありがとう」
「あたいも、うどんこのこと大切な人って思ってるからお相子よ」
「それって、つまりそういうことなのよね?」
その言葉にチルノの顔はさらに赤く染まって照れ隠しのように暴れていたけど、最後にはわたしに甘えてくれた。
それから一週間経って、わたしとチルノはあの木の下で共に前と同じように花のネックレスを作っていた。けど実際花でネックレスを作っているのはわたしだけで、チルノは木の裏でなにやらこそこそと何かを作っていてわたしは一人で花のネックレスの作り続ける。
恋人というわけでもないけど、一週間前のことを時々思い出して二人であたふたしていることもある。
よくよく考えればわたしはかなり強引なことをしてしまったものだと反省している。
もう二つくらい花のネックレスが出来たころ、突然首に何かが掛かった。それはひんやりとしているなにかで、それを掛けてくれたチルノが自信満々の顔をしていたからそれを見下ろした。
そこには氷の結晶で作られた約束の証である氷の花のネックレスが太陽の光に反射して輝いている姿があったのだった。
鈴仙とチルノの関係とか。
が、回想シーンなどの場面が切り替わる部分は行間を空けて
なるべく解りやすくしたほうが良いかと思います。
あとこれは知っててやっているのかどうか解りませんが
鈴仙の名前は鈴仙・優曇華院(うどんげいん)・イナバとなっています。
解っていてやっているのでしたら申し訳ないです。(礼)
…まぁ、ひらがなで「うどんげ」って呼ばせてるのは偽信者だーなんてのもあったような。
「なんかわざわざ百合にしなくて友情劇でも良かったんじゃないかなー」
なんて印象を受けてしまったのは、
多分個人的に友情友情してるチルノが好きなだけなので置いておいて。
置いておいても。もうちょっと百合に発展するまでの文章が欲しいなぁとは思ってしまいました。
チルノの力の使いすぎが原因で手から血が出るのの描写も、もうちょっとなんか欲しかったかも。
え?なんで血出てるの?って置いてけぼりにされちゃったんで。
前半が良かったので、
遊び終わってからの?後半ちょっと唐突すぎて物足りない感じになってしまいましたね。
…まぁ個人的にですが。
まぁでも、「あ、こういうカップリングもありだなー」とは思いました、よ。
説明はされていたけど、何で血?と思わずにはいられなかった。
後相手がチルノだったこともあって、あんまり危機感は感じなかった。
でも、全体的な構成としては珍しいカップリングだし、結構合ってそうかなとも。
気になった部分はあったけど面白かったです。
この二人のこれからを見てみたいです。
こういう優しい感じの雰囲気って好きです。
マイナーカップリング万歳派なんで、これからも頑張ってください!!
>煉獄さん その点は理解してやっているので大丈夫です。
>白徒さん 勢いだけで書いてしまったので今度は友情系で書けるよう精進します。
>月柳さん 読み直してみおると本当に置いてけぼりでした。次はそういう点がないように気をつけたいと思います。
>名無しさん 話の展開をもう少し練りこめるように頑張っていきます。
>名前がない程度の能力さん 美鈴はこれくらいの能力を持ってると思ったんですよ。いつも投げられてるし、目を開けて寝ればばれないはずだと……
>AMさん マイナーカップリングを頑張っていこうと思っています。なんというか、自分も少数派なので。
今後も応援よろしくお願いします。