Coolier - 新生・東方創想話

五年後の夢追い人

2013/01/27 22:23:39
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 ぽかぽか。そう表現するのがいいくらいに気持ちのいい日だった。空ではゆっくりと雲が流れている。直ぐ傍で鴉が鳴いているのを喧しく思うが、それもその内に子守唄のように聞こえてくる。このまま寝たら、さぞや気持ちいいだろう。それほどに穏やかな天候だった。

 右目が熱い。右手で目をこすると、掌は真っ赤に染まっていた。左手を動かそうとしたが、意思と反してぴくりとも動かない。両足も同様だった。

 痛みはない。だが、ひどく億劫だ。やっとの思いで頭を動かして左腕を見ると、どす黒くひしゃげた腕からは、クリーム色の何かが飛び出している。そこでようやく、怪我をしているのだと思い出した。

 気持ちがいい。なんのしがらみも無くあの空を飛べたのなら、どれだけ幸せなことだろう。心臓は異常に高鳴り、身体はとても寒いが、それを日差しが暖めてくれる。色々なものから解き放たれたようだ。

 彼女は意識を手放した。








 早朝の妖怪の山、まだ動物も妖怪たちも動き出すには早い時間帯に、犬走椛は夜番を終えて詰所へと戻ってきた。交代した若い白狼天狗も、最初こそは大丈夫なのかと不安になったが、最近では少し頼もしさも出てきているように感じられる。知らぬ間に時間は流れていることを、椛はこの時に良く感じた。

 十畳ほどの小さな休憩所では、同じく夜番だった他の白狼天狗たちが、卓袱台に頭を突っ伏している。他にも休憩所はあるのだが、椛はこの場所が気に入っていた。幾本かの蝋燭と、茣蓙と卓袱台だけの休憩所。昔から改修などはされておらず、天狗が組織を作り始めた頃からのものだ。年季を隠そうともしないこの休憩所は、昔からいる古参の者や、偏屈者などに好まれている。

 この後の予定は特に無い。ここで仲間たちとぐだぐだとするのも悪くは無いのだが、さっさと帰って身体を休めようと考えた椛は、仲間達に別れを告げると、朝食を摂る為に大食堂へと足を向けた。

 まだ朝食時の混雑よりも早い時間帯のためか、大食堂は椛のような夜の番をしていた者達が、ぽつぽつといるだけである。盆の上に素うどんを乗せ、席に着くと、うどんをずるずると啜る。仕事が好きというわけではない。むしろ出来ることなら、にとりのように趣味にだけ生きていたいという思いもあるが、仕事明けに食べるこのうどんの味が、椛は好きなのだ。

 食器を返して食堂を出ようというところで、射命丸文が食堂に入ってきた。この時間に食堂に来るということは、大方原稿と夜通し格闘していたのだろう。さっさと帰って休みたかった椛は、軽い挨拶だけを交わして食堂を出ようとしたが、その肩をがしりと文に掴まれた。


「……なんですか?私は帰りたいのですが」

「まあまあ、朝食の時間くらい、付き合ってくれても罰は当たらないんじゃない?」

「嫌ですよ、面倒臭い」


 しばらくの押し問答の末、椛は渋々折れることになった。向かいの席で、文はちゅるちゅるとうどんを啜っている。その姿が存外に可愛いのに少し腹が立つ。

 このようなことは何度もあるが、大体は原稿に対する愚痴か、その原稿そのものが無いことに対する愚痴だ。そして今日はどうやら前者であり、椛ははいはいと相槌を打つ。別に聞いていなくても構わないのだ。ただ、話し相手が欲しいだけなのだろう。


「そういえば、吾妻の所に子どもが出来たって」

「ああ、あの若い鴉天狗の。それはおめでたい、やはり最初は鴉の姿のままなのですか?」

「そんなわけないでしょう。って、そうか、貴女獣から生ったくちだものね」


 主に天狗という種族において、その生まれ方は二通りある。一つは、そのまま天狗同士が子を為すこと。もう一つは、獣の姿から力を蓄えて天狗へとなる方法である。前者は妖怪としての誕生の仕方であり、後者はいわゆる妖獣というものの誕生の仕方である。

 文も椛も、獣の姿から人型へと生った。最初から人型の天狗とは生まれ方こそ違えど、そこは天狗という大きな枠の中に収められている。


「最近は獣から生る奴も少なくなったからね、少し寂しい気もするわ」

「仕方の無いことでしょう。この世界は閉ざされている。昔とは違うのですから。それに」


 獣から人型へと形を変えるには、それ相応の力が必要であるが、そのためには色々な方法がある。永い時を生きることだったり、あるいは神格化されることなどだ。八雲の式などは、その典型といっていいだろう。だが、その他にも手っ取り早く力を蓄える方法がある。


「最近は、活きのいい人間なんて転がっていませんからね」


 人間を喰らう。妖怪を喰らう。それが力を蓄えるには最も手っ取り早い方法なのだ。それも、霊力などの素養がある人間だったり、力のある妖怪だと尚良い。昔は修行僧などを好んで食した妖怪も多々いたものだ。それも時の流れよ、と最後の一口をすすり、文は口にした。

 食事を終えた後、椛と別れた文は山を出て幻想郷の空をたゆたっていた。吹く風に身を委ね、踊るように飛ぶ姿は、天狗の名を冠するに相応しいほどの美しさと、威厳を兼ね備えている。


(なにかいいネタは無いかしらね……)


 考えていることは、随分と下世話だが。

 しばらくそうやって飛んでいると、風に乗って、ある声が耳に入ってきた。様々な自然、妖怪、動物の声が聞こえる中でその声が文の耳に入ってきたのは、それが自分と同族の声だったからというのが一番大きいだろう。

 その声は、随分と切羽詰った鳴き声をしている。天狗というのは確かに他の種族に対して高圧的な態度をとることが多いが、社会の上下はあるものの、同族に対しては別である。普段は飄々としている文でも、例外ではない。助けてやったら使い魔にでもするか、という考えが入っているのは愛嬌であるが。声の方に近付くにつれて、嗅ぎ慣れた匂いが文の鼻をついた。


「血の匂い、ね。これ。それも人間の」


 三度、翼をはためかせて速度を上げる。魔法の森の上空、木の無い小高い丘から、その声は聞こえてきた。一羽の妖怪鴉が、必死に鳴き声を上げている。空には、血の匂いを嗅ぎつけたのか、何匹もの鳥や妖怪がその周りを旋回している。

 身体から力を少し引き出すと、天狗団扇を一度薙いだ。風の壁が、周りにいる者たちを吹き飛ばす。踏みとどまった妖怪たちは何事かと周囲を見渡すが、文の姿をみるとそそくさと森の中へと消えていった。

 驚異が去ったのを確認してから、文は丘の上へと着地する。着地する途中に、緑の中に赤い模様があるのを確認した。その模様は紛れもなく血溜りであり、その中心に向かって、妖怪鴉は必死に鳴いている。


「なによ、これ」


 射命丸文は、千年を生きる天狗である。この程度の血など見飽きるほどに経験しているし、特に感情が湧くはずも無かった。その中心にいるものを理解するまでは。

 文がそれに声をかける。いつの間にか、鴉は消えていた。









 春の陽気は、人里の住人達にも効果があるらしい。厳しい冬を乗り越えた人々の顔は、どこか顔が緩んでいる。通りの流れを眺めながら、外に出された茶屋の席で、一匹の妖怪は頭を悩ませていた。

 真っ黒な体毛に覆われた大きく筋張った身体。畳んではいるが、それでも充分な主張をしている翼。そして人型でありながらも、その顔は見事に鴉の形をしている。そんな妖怪は、通りを横切る人の流れから目を外し、空を仰いだ。

 妖怪は、己の名を知らなかった。妖怪には記憶が無かったのだ。気がついたときには、この姿で存在していた。

 水面で確認した自分の姿と、空に感じる気持ちと同類を見るに、自分は鳥の妖怪なのだろうと結論を出した。もしかしたら、おぼろげに残る青空と自然の景色は、その名残なのかもしれない。

 本来ならばこんな姿は周囲に奇異の目で見られるのは必然だったが、他にも多種多様の妖怪や、妖怪顔負けの人間がいる幻想郷。ふらふらとさまよい人里に着いた妖怪は、そこで人里の守護者と出会った。

 妖怪には、記憶が無い。故に己の存在意義も分からなかった。人を食ってはならないと守護者から注意はされたが、そもそも人を食ったことがあるのかもわからない。もしかしたら喰らったこともあるのかもしれないが、今までにそんな気分にはなったことがない。

 普通の人間よりも二回りほど大きい身体を持つ妖怪は、しかしその身体通りの力しか出せなかった。簡単に言えば、妖怪として非常に弱かったのだ。

 それでも身体の大きさを考えれば、人間にとっては充分に驚異なのかもしれないが、それよりも強い妖怪を調伏させる巫女もいれば、この妖怪よりも余程小さい身体でありながら、それでも暢気に屋台を構えている夜雀妖怪もいる。果ては地底に大いなる力を与えられた地獄鴉までいるのだから、この妖怪がさしたる恐怖も持たれなかったのは必然だった。

 記憶を持たぬ妖怪は、途方に暮れていた。知りたかったのだ。自分が何者なのか、自分の名はなんというのか。そして、自分は何を忘れたのか、それだけが知りたかった。何か、とても大切なことを忘れてしまったような気がするのだ。

 自分を知っていないか。そう問うた妖怪を見て、守護者は事情を聞くことに決めた。一通りの話を聞いた後に、守護者は妖怪にこう提案した。

 いくつかの決まりを守ってくれれば、人里の滞在を許そうと。

 人里には、沢山の情報が集まっている。もしかしたら自分の記憶につながる手がかりがあるかもしれない。妖怪は一も二も無く頷いた。

 だが、結局その希望が実ることは無かった。里で最も知識が集まっている阿礼乙女の下を尋ねたが、自分が鳥から妖獣へとなったのことはわかったものの、記憶に関する糸口を見つけることは出来なかったのだ。

 時には里を出て、山河を回ってみた。だが、それでも記憶は戻らなかった。同類の妖怪鴉が多く住む妖怪の山ならばあるいは、とも思い訪れてはみたが、入山は許されなかった。素性のわからぬ妖怪、その対応も必然だった。

 そんなことを繰り返しているうちに、数年の月日が流れていた。最近ではもっぱら鴉さんという呼び名が定着している。記憶は一向に戻る気配が無いが、それでも人間と同じものを食べ、共に野良仕事をする生活を、妖怪は存外気に入っていた。

 果たしてこのままでよいのだろうか。こんな思考をすることが、ある意味妖怪にとっては日課のようなものだった。そして結局結論は出ず、日々に埋没していくのだ。


はい、どうぞ。


 思考が中断された原因を、妖怪は確認する。綺麗になっていたはずの皿には、三本のみたらし団子が乗っている。視線を上げると、店主である老婆がにこにこと笑っていた。


この前手伝ってもらったからねえ。お礼ですよ。



 数日前、茶屋の家屋の修復を手伝ったのを思い出した。いくら妖怪としては弱いといっても、それでも普通の人間よりは力はある。力仕事を頼まれることはよくあったし、頼られることはこの鴉妖怪にとっても嬉しく、頼まれた時は進んで仕事を手伝った。

 あの時にすでに謝礼は貰ったのだから受け取れないと妖怪は断った。身体の大きな妖怪が小柄な老婆にあたふたとする姿は、三枚目のように滑稽に映る。老婆は笑顔を崩さずに勧める。根負けする形で、妖怪は団子を受け取ることにした。


あんまり暗い顔をしちゃ駄目よ。


 考えてみれば、この茶屋で思索に耽ることはよくあることだった。もしかしたら、心配をかけていたのかもしれない。申し訳ないと謝ったところで、聞きなれた声が耳に入った。


鴉さんだ!


 振り向いた先にいたのは、寺子屋に通う子ども達だ。里で暮らしている所為か、それとも生まれついての性格なのか、妖怪は非常に穏やかな性格をしていた。そんな性格と姿もあってか、最初こそ怖がられていたものの、里に馴染んだ今では意外と子ども達からの人気は高い。羽を触られたり毟られたり、低空ではあるが子どもを背に乗せて飛んだりと、いい遊び道具にされている。

 軽く返事を返すと、ある場所に行く途中だったらしい。一緒に行こうという子ども達の誘いを断れぬほどに、妖怪の性格は丸くなっていた。

 一人の子どもが、違うところに視線を向けている。その視線の先には先程老婆に勧められた団子が乗っていた。丁度子ども達も三人だ。妖怪は老婆に顔を向ける。老婆は軽く片目を閉じて返した。

 妖怪は腰を上げると、子ども達に団子を差し出した。子ども達の顔が、笑顔に溢れる。子どもの笑顔は、妖怪の好きなものの一つである。子ども達を両肩と背に乗せて、妖怪は店を後にした。


 目指す場所はとある道具屋。寺子屋の教師の住居へと、妖怪は足を向けた。







 そろそろ日も暮れようかという寺子屋で、上白沢慧音は明日の授業で教える範囲を確認していた。紙をまとめ机に置いて、湯呑みに手を伸ばす。随分と温くなっている茶を飲んで、随分と時間をかけてしまったと息を吐いた。

 普段ならば、二人で行う作業なのだ。時間がかかるのも仕方が無いのかもしれない。だが、数年前までそれを自分一人で行っていたのだと思うと、思わず苦笑したくなる。

 手早く荷物をまとめて寺子屋を後にすると、慧音は自宅ではなく、ある場所へと向かった。道すがら八百屋でいくつかの果物を買っていく。きっとろくに食べてすらいないだろう。もしそうだとしたら先達として少しばかり説教をしなくてはならない。

 道行く人々と挨拶を交わしながら、慧音は件の場所へと着いた。引き戸を開けると、からんとベルが鳴る。店の中に気配は無い。どうせ奥で寝込んでいるのだろうと、入るぞという一声をあげて、奥へと進んだ。

 店の奥にある居間には、誰もいない。炬燵の上にはまとめている途中なのだろうか、いくつもの書物が乱雑に置かれている。書かれている字は、慧音は理解が出来なかった。もしかしたら外の世界の言語なのかもしれない。その書物の横では、いくつかの折鶴が可愛らしく置かれている。たしか授業の終わり際に見舞いに行くといっていた生徒達がいたから、それだろう。

 襖で仕切られた寝室からは、確かに人の気配がする。入るぞ、もう一度声をかけ、数秒の間をおいて慧音は襖を開けた。そこには、いやに膨らんだ布団が敷かれていた。


「……食事はとったのか?」


 もぞもぞと布団が動く、中から現れた「黒髪」の女は、起き上がって慧音に視線を向けると、いかにも熱っぽい表情で鼻を一度すすり、にへらと笑った。


「まだ、かなあ」

「そんなことだろうと思ったよ。台所、借りるぞ」


 ういと言って、女は再び布団にもぐりこむ。辛いのだろう。説教は快復してからでいいかと溜息を吐いて、慧音は台所へと向かった。

 買ってきた林檎を剥いて、女に差し出す。女は近い左手ではなく、右腕を動かして林檎を手に取った。一口齧る。その顔を見て、やはりここは説教をしておくべきだと、慧音は口を開いた。


「大方また夜遅くまで何か書いていたんだろう。炬燵に置かれていたよ。ただ、お前は教師なんだ。もうちょっと生活を考えてもらわないと困る」


 わかるか、魔理沙。

 慧音の言葉を聞きながら、黒髪の女、霧雨魔理沙は林檎を齧るのだった。









 まだ日も高い昼の博麗神社。博麗霊夢は境内を掃く手を止め、息を吐いた。普段からあまり感情を表に出さないほうではあるが、この時ばかりは誰が見てもそうだと分かるほどに、その顔は不機嫌そうに歪んでいた。

 地面を見るが、塵などは無い。朝にもやっていたのだから当然ともいえた。箒を投げ出し、縁側に出しておいた湯呑みを手に取る。冷めていたからか、それとも自分の感情のせいなのかは分からないが、久しぶりに茶を美味しくないと感じた。

 原因は、はっきりと分かっている。朝も早くから弾幕勝負を仕掛けられたのだが、相手が途中で降参したことで、不完全燃焼で終わってしまったのだ。

 春眠を貪っていたのに朝早くに叩き起こされたことと、乗り気でもないのに弾幕勝負を挑まれたこと。そして理由も無く勝手に降参して帰ってしまったこと。そしてもう一つの要因が見事に重なり、霊夢の機嫌は損なわれることになったのだ。

 なんだってのよと一言。誰が聞いているわけでもないが、思わず口に出てしまった。

 あの顔は、何度も見たことがある。相談しようかどうしようかと葛藤しているときの顔だった。だが、彼女は自分からそういう話を切り出そうとはしなかった。

 何故、何も話してくれないのか。それが霊夢が不機嫌になっている最大の理由だった。話しかける暇も無く、彼女は帰ってしまったのだ。一体何がしたかったのかだろうか。考えるだけ無駄な労力なのだが、考えずにはいられない。そういうものだ、霊夢はそのまま後ろに倒れこんだ。

 雲がゆっくりと流れている。春の陽気が、適度に眠気を誘う。もしこれで天気まで悪かったら今日の気分は最悪だっただろう。

 少しずつ瞼が重くなってくる。今日は特に予定も無い。このまま昼寝をしてしまおう。寝てしまえば何も考えずに済むのだから。だが、霊夢の昼寝は突然の来客によって中断されることとなった。

 爆音と共に、境内に何かが突っ込んできた。音に飛び起きた霊夢は、盛大な土煙を上げる着弾点を見つめる。何が起きた、ということよりも、折角の掃除が台無しになったという事実が、彼女の頭の中を占めていた。


「……なんだってのよ、今日は」


 怒る気も失せたのか、普段どおりの表情で土煙が晴れるのを待つ。そこから現れたのは、意外な人物だった。


「新聞ならお断りよ」


 現れた人物、射命丸文に霊夢は告げる。だが、いつもと違う点に霊夢は眉をひそめた。普段の飄々とした顔ではなく、その顔は見たことが無いほどに険しいものだった。

 何も言わずにこちらへずんずんと進む文。何をするのかと霊夢はその様子を観察していると、文は何も言わずに霊夢の腕を掴んだ。


「何よ」

「ついて来なさい」

「理由も聞かずにはいそうですかって頷くと思う?」

「いいから」

「なんだってのよ」

「立ちなさい!」


 聞いたことの無い大声に、思わず霊夢の身が固まる。痛いほどの力で無理矢理縁側から腰を上げさせられた。自分に危害をくわえる気は無いと、自身の勘が告げる。

 だが、気分が高ぶっていたからなのだろうか、霊夢は根本とも言うべき部分について考えていなかった。

 つまり、なぜここに文が来ているのか。そして、何故こんなにも険しい顔をしているのか。


「だからなんだって……」

「魔理沙が」


 霊夢の言葉は続かない。それを確認してから、文はゆっくりと口を開いた。


「魔理沙が、死にそうなの」


 数秒の後に、はあと語尾を上げて霊夢は文に聞き返した。文の顔は変わらない。

 今日、彼女がここに来たときのことを思い出す。はにかんだような、少し困ったような笑顔を浮かべていた魔理沙は、自分に何を伝えたかったのだろうか。

わからない。日常の崩れる音が、霊夢に聞こえた。








 裂傷の激しい顔面、折れ曲がった脚。激しく打ち付けられて膨らんだ腹部。そして、原形をとどめないほどにひしゃげ、骨が突き出た左腕。当時の状態は治療を担当した八意永淋をもってしても、本人の意思次第と言わしめたほどだ。それほどまでに、発見された時の彼女の状態は酷いものだった。

 もし発見が少しでも遅れていれば、もし彼女が身体強化の魔法を以前に聖白蓮から教わっていなければ。確実に命は無かっただろう。本来ならば、四散どころか形も残らないほどの衝撃であったに違いない。

 この事故は発見者の射命丸文によって、事故から間を置かずに彼女と面識のある人妖達に知れ渡ることになった。

 何人何匹という人妖が永遠亭に訪れたが、そこで見たのは手術中の文字と、張り詰めた表情の蓬莱山輝夜だった。ここで出来ることは何も無いと、皆は追い返されることとなった。冬眠から覚めたばかりの隙間妖怪や、地獄の閻魔などが訪れたことからも、事の大きさが窺えた。

 その中で、最後に永遠亭を訪れた者がいた。魔法の森に住む人形遣い。アリス・マーガトロイドである。文から事の顛末を聞かされて、アリスは、独り永遠亭へ続く竹林の中を歩いていた。

 文から話を聞いたのは、既に日を跨いだころだった。その日、朝早く魔理沙に新しいスペルを見せたアリスは、勝負が終わった後にそのまま自作した自宅地下の工房で人形達の調整をしていたのだ。この工房の存在を文が知らなかったのが、アリスが事情を知るのが遅くなった原因である。

 軽く戸を叩いて、中へと入る。玄関で声を出していると、見慣れた顔……鈴仙・優曇華院・イナバがアリスを迎えた。言葉少なく奥へと通される。たどり着いたのは、小さな和室だった。

 来てもらって悪いけれど、面会は許されない。鈴仙の真剣な表情を見て、アリスは静かに頷いた。

 茶ぐらいなら出すわと、鈴仙は通路の奥へと消えていった。このまま通路で待っているのも何だかばつが悪い、目の前の襖を開けると、そこには既に先客がいた。


「……霊夢」

「今来たの?」


 六畳ほどの小さな和室。小さな卓袱台に、一つだけ湯呑みが乗っていた。座りなさいよという霊夢の言葉に促され、アリスは霊夢の対面へと腰を下ろした。

 時は既に丑三つ時。行灯の光だけが、微かに部屋を照らしている。霊夢は、ぴくりとも動かない。もし声をかけられなければ、寝ていると勘違いしてしまっていただろう。


「いつから?」

「昼過ぎ、文に連れられてね」

「そう」


 どこかで時計が鳴った。


「今日ね、あいつが来たのよ」

「魔理沙が?」

「ええ。何か言いたそうな顔をしてたのに、弾幕だけやって帰っていったのよ」

「奇遇ね、私のところにも来たわよ」


 アリスの下に魔理沙が訪れたとき、確かにその表情は普段とは違っていた。だが、魔法のことで悩む顔を見ているのはしょっちゅうだったアリスは、その機微まで読み取ることは出来なかった。

 風が強いのか、遠くで隙間風の甲高い音が聞こえる。それがまるで人の叫び声に聞こえるようで、アリスは頭に浮かんだ不吉な考えを片隅へと追いやった。

 霊夢が口を開いた。


「あいつ、何が言いたかったのかしら」


その問いに、アリスは答えることが出来なかった。







 手術から一週間後、霧雨魔理沙は息を吹き返した。その報はまたもや文の翼によって、知り合いたちに届けられた。

 高速度で飛行していたところ、何かの原因でバランスを崩し、地面に墜落した。これは後に意識を取り戻した魔理沙の言葉である。その時の記憶は、事故の衝撃か思い出すことが出来ないと言った。


「しばらくの間は、回復に専念してもらうわ。その後身体の機能を取り戻すための治療。ここを出るには時間がかかるわ。わかったかしら?」


 真っ白な病室で、鈴仙は魔理沙にそう説明した。話を聞いているのかいないのか、仰向けの状態で、魔理沙の視線は窓の外の景色に向いている。

 顔は頭部から右目にかけて、半分ほどが包帯に包まれている。ふわふわと癖のあった金色の髪は、今は全て剃られていた。肌が露出している部分よりも、圧倒的に包帯に包まれている部分のほうが多いだろう。

 魔理沙から返事はない。了承と受け取って鈴仙は部屋を後にしようとしたところで、魔理沙が口を開いた。


「……で、は、どうな、ってる」

「え?」

「ひ、だりうで。ない、んだ。かんか、く」


 渇きと痛みで、声を出すのも苦痛なのだろう。どこか不鮮明でリズムの狂った声が、鈴仙の耳に届いた。


「……ちゃんとあるわよ、左腕。心配しないで。辛いかもしれないけど、必ずよくして上げる。今はとにかく寝なさい」


 鈴仙の言葉に、やはりどこか調律のくるったような声で、魔理沙はそうかと返す。しばらくの沈黙の後に、鈴仙は病室を後にした。


 嘘だ。


 魔理沙の左腕は、少なくとも今の段階では二度と自分の意思で動かせない。それは決定的な事実であり、だけれどもそれを告げることは鈴仙には出来なかった。

 自分は日陰者だ、そう鈴仙は考えている。未だに人間嫌いは完全には治っておらず、後ろ向きな思考はぴくりとも変わる素振りを見せない。本来ならばこういう使い方は正しくないのかもしれないが。だからこそ、彼女には魔理沙に情が沸いていた。

 元気で快活、裏表のなさそうな、そんな小さな少女。それが鈴仙の抱いていた霧雨魔理沙の印象だった。悩みが無いというわけではないだろう。それでも、鈴仙には彼女が純粋に眩しく見えたのだ。

 親しい付き合いというわけではないが、それでも人間の中では、仕事という点を除いて話せる中なのである。あの姿は、そんな彼女に影を落とすには充分すぎた。だから、どうにかしてやりたいとも思っていた。

 廊下を進み、障子戸を開く。疲れた様子の八意永琳は、その様子を隠そうともせずに、鈴仙に視線を向ける。


「どうだった?」

「落ち着いています。」

「そう」

「元には」


 戻りますか。そう言おうとした口は、戻らないわねという永琳の言葉で遮られた。


「月の技術、もしくは外の世界の設備があれば話は別なのだけれどね。ここの設備じゃあ、あれが限界よ」

「でも……」

「優曇華」


 永琳の目が、鈴仙の瞳を捉える。


「私達は、全能じゃないの」


 それは、果たして鈴仙に対しての言葉だったのか。知るのは永琳のみであった。










「はい、この計算を解ける奴。いるかあ?」


 魔理沙の声が寺子屋に響く。子ども達が元気に手を上げる。一人の生徒を魔理沙は指した。少年は笑顔を浮かべながら答える元気良く応える少年の声に合わせて、魔理沙はうんうんと頷く。


「なるほどな。だぁが残念。間違いだ」


 少し恥ずかしそうにしながら、少年は座る。次に指された少女は、見事に正解を答える。よく出来たと魔理沙が褒めると、はにかみながら少女は笑った。

 授業が終わると、皆元気よく帰っていく。夕日で少し目を開けているのが辛いが、生徒達を一通り見送ったところで魔理沙はふうと息を吐いた。数年前の自分からは考えられないことだろう。なんとも不思議なものだと思うが、この生活も中々に気に入っている。

 もし魔法の道を目指さなければ、自分もあの少年達のように夕日の中を帰っていたのだろうか。


「魔理沙」


 慧音に声をかけられた。振り返ると、お猪口を口に持っていく仕草をしている。親父臭いぞと一言、魔理沙は笑う。


「おごってくれるのか?」

「まあ今日くらいはな、普段安く働かせているんだ。それくらいはするさ。明日は寺子屋も休みだし、問題は無い」

「なら、さっさと支度をしないとな」


 ただ酒だあという魔理沙の声に、翳りは見られない。鼻歌を歌いながら寺子屋へと戻る魔理沙の後姿を見て、慧音は思わず笑ってしまった。






 数年ほど前に、霧雨魔理沙は魔法から身を引いた。正確に言えば、弾幕の世界から身を引いた。

 直接の原因は事故にある。その時に、魔理沙は右目を失った。左腕はくっついてはいるものの、動かすことは出来ない。彼女の左腕は常にぶらりと垂れており、右目には眼帯がされている。特徴的だった金色の髪は、今は黒く染まっている。魔理沙の話によると、元々髪の色はキノコから魔力を取っていた時の副次的なものだったらしい。だが、身体はあまり成長していない。今でも少女のままだった。

 事故から半年ほど経った時のことだ。今でも憶えている。彼女が事故の後に自分の下に訪れた時のことを。

 だらりと下がった腕と、痛々しい右目の眼帯。ふわふわとした長髪は、肩程までに短くなっており、真っ黒く染まっていた。金髪の時の印象が強かったからか、黒白二色の衣装から金色が消えた魔理沙は、言い方は悪いかもしれないが、以前よりも魔女らしくなっていると当時の慧音は思ったのだ。魔理沙の、何を考えているか読み取れない無表情が、拍車をかけていたのかもしれない。

 挨拶もそこそこに、魔理沙は無表情を崩さずに言ったのだ。

 仕事を探していると。力を貸して欲しいと。

 彼女の心に何があったのかは解らない。多分それは、解ってはいけないことなのだ。その時初めて、慧音は『人間』としての魔理沙を見た気がした。


「センセイ」


 目線の先には、笑顔を浮かべる魔理沙の横顔が見えた。


「早く支度しようぜ、酒が逃げちまう」


 妹紅も誘おうと提案する魔理沙にそうだなと応え、二人は寺子屋へと入っていく。その姿は、まさしく教師と教え子だった。

 あの時慧音は決めたのだ。この子の力になろうと。そして、今もそれは変わっていない。







 あくる日の朝、鴉妖怪は人里を歩いていた。頭の上では肩車されている少女が声をあげている。偶々散歩をしていたら、少女と出会ったのだ。どうやら寺子屋は無いらしく、そのまま少女に誘われ、なし崩しに肩車をしている。行き先は、先日も訪れたとある道具屋だ。

 道中、妖怪は少女と様々な会話を交わした。普段から子ども達におもちゃにされる鴉妖怪は、子どもたちとも打ち解けていた。

 寺子屋は楽しいらしく、何が楽しいのか尋ねると、少女は少し悩んだ後に皆と一緒にいられることと応える。将来は自分も教師になって皆に授業をしてあげたいと締めくくった。

 だが、鴉妖怪は憶えている。以前に聞いたときは団子屋になりたいと言っていた事を。その時は、みんなに美味しい団子を振舞いたいと言っていた。そのことを少女に言うと、今は違うのと怒られてしまった。からかうのも良くないかと鴉は反省する。だが、目当ての場所に着いた頃には、少女の機嫌は戻っていた。見ていて飽きないのも、妖怪が子どもを好きな理由の一つだった。

まりさせんせい!

 勢いよく少女が戸を引く。壊れないように戸を支えながら、鴉妖怪も一緒に店内へと入った。壁を沿うようにして置かれている棚には、何やら怪しいキノコが漬けられている瓶だったり、ぐにゃぐにゃに折れ曲がった鉄の輪だったり、どういう仕組みかは解らないが、歯車と血管のようなもので動いている時計だったりと、要するにぱっと見ただけでは良くわからないものが並んでいる。かろうじて分かるといえば、本棚くらいのものだ。

『霧雨魔法店』

 弾幕をやめて人里に戻ってきた魔理沙は、ここに居を構えている。そして、教師業の傍らこうして店も開いているのだ。ちなみに魔法と名はついているが、魔法を使うような仕事はしていない。昔の名残である店名を、そのまま使っていた。

 果たしてこれらのものは、まず商品なのか。店主が出てくるまでの間、鴉妖怪は色々と品物を見て回る。こうして子ども達に連れられて訪れたことは何度かあるが、以前よりも珍妙な物が増えていたり、減っていたりする。どうやら店としては機能しているらしいが、一体誰が買っていくのだろうか。益体もないことを思わず考えてしまう。少女は棚から知恵の輪を取り出して遊んでいる。


「お、いらっしゃい。鴉の旦那も一緒か」


 奥から魔理沙が顔を出す。まだ起き抜けなのだろうか、身だしなみこそしっかりしていたが、一箇所だけ黒い髪の毛先がはねている。妖怪が軽く挨拶を交わすと、大変だなと魔理沙は笑った。どうやら寝癖には気付いていないようだ。

 少しばかりの雑談を交わして、魔理沙は少女に顔を向ける。先程鴉妖怪が見た時と、形が変わっている。むむむと眉を顰めながら悩む少女の姿に、魔理沙の顔も思わず緩んだ。


「この前はありがとうな。折鶴、お前が持ってきてくれたんだろう?一緒にいたのは、伍助と新太か?」


 伍助と新太というのは、寺子屋の生徒である。普段から少女と一緒に三人でよくつるんでいるのだ。一番の年長者である伍助は、少女と新太の面倒を良く見ており、お調子者の新太は良くも悪くも騒がしい。住んでいる場所が近いからか、三人はまるで兄妹のように一緒にいる。ちなみにその近所に住んでいる鴉妖怪は、殊更に三人と仲が良い。

 色々と動かしていた手を止め、そうだよと少女が言葉を続ける。魔理沙が二人はどうしたと聞くと、剣のお姉ちゃんのところに行ったと応えた。剣のお姉ちゃんというのは、魂魄妖夢のことだ。

 普段から剣を差している妖夢は人里に降りてくると、よく子ども達にちゃんばら勝負を仕掛けられている。魔理沙が弾幕少女だった頃は一切そのようなことは無かったが、どうやら最近はそうでもないらしい。以前に魔理沙が伍助に聞いたところ、怖い感じが無くなったと言っていた。今では妖夢が人里に来た時は、剣の手解きを受けに行く者もいると聞く。


「しっかしまあ、妖夢がねえ」


 主の命が絶対であった彼女が、遊びとはいえ子ども達の相手をする様子は、何度か見たことのある魔理沙でも未だに不思議な感じがする。そこでふと自分の左腕を見て、それもそうかと笑った。変わらぬものなど無いのだと。

 あ、という少女の声が響く。その手では、絡まっていた歪な鉄の輪が二つに別れていた。解けたことに喜ぶ少女を見て、魔理沙はちょっと待ってなと呟くと、奥から違う知恵の輪を持ってきた。


「これは特別性だ。やってみるか?」


 魔理沙の言葉に少女は直ぐに頷く。さっきとは違い、単純な造りをしているように見えると正直に鴉妖怪が言うと、魔理沙はにやりと笑った。何か仕掛けがあるには違いないが、どうにも鴉妖怪には見破ることが出来ない。


「そう見えるだろう?だから特別性なのさ。結構な時間がかかったんだぜ、造るの」

解けたよ。


 少女の言葉が響く。見ると、既に特別性と謳われた知恵の輪は綺麗に解かれていた。思わず凄いなと鴉妖怪が口に出す。一見簡単なつくりに見えるが、その仕掛けがわからない自分には到底無理だろうと思ったからだ。


「……へえ」


 喜ぶ少女とは対照的に、魔理沙の瞳が細まる。それは時間にすればほんの数瞬といったところだが、鴉妖怪は見逃さなかった。


「ごめんください」


 ベルが鳴る。噂をすればなんとやらというべきか、戸を開けた客の姿を見て、表情を戻した魔理沙はくくっと笑った。


「いつからお付きなんてつける様になったんだ?」


 魔理沙の言葉に、やってきた妖夢は薄く笑って先程と応えた。妖夢の両脇には、ふてくされた表情の伍助と新太が風呂敷やら籠やらを持っている。そんな兄貴分の様子をみて少女はけらけらと笑った。


「何か新しいの、出来ました?」

「あいよ」


 そういって魔理沙が奥から持ってきたのは、何冊かの本。魔理沙が複写したものだ。

 最近、妖夢の主である西行寺幽々子は外の世界の本に傾倒している。白玉楼からあまり出ることが無い幽々子にとっては、外の世界の情報を見るということは、非常に面白いものらしい。死して尚その有り様が変わっているところがどことなく不思議でもあり、幻想郷でもある。

 元々は紅魔館の大図書館に眠っていたものである。魔法を使わなくなった魔理沙が、いちいち借りたり返したりといったのが面倒なので始めたものだ。図書館の主であるパチュリー・ノーレッジはあまりそういうことに頓着しない主義で、魔術所や奇書といった一部を除いて、あっさりと許可を貰うことが出来た。その噂を妖夢が聞きつけたのだ。

 本当ならば自分が直接紅魔館に出向くべきなのだろうが、生憎と妖夢は外の世界の本には疎かった。また返しに行く手間などを考え、魔理沙に頼むことにしたのだ。今では幽々子だけでなく、妖夢の楽しみにもなっている。


「このシリーズの新作、出来たのですね」

「ああ。量が多いから時間はかかっちまったがな」

「構いませんよ。今度はどのような事件が起こるのか、本の中の話しとはいえ、少しばかり不謹慎ですかね」

「そんなことを言ってたら、文学なんて発達しないさ」

「他におすすめは?」

「これなんかどうだ、同じ作者の作品なんだが……」


 本についての会話に華を咲かせる妖夢と魔理沙を視界の端に収めながら、鴉妖怪は少女達の様子を見守る。さっきいとも簡単に少女が解いた知恵の輪に五助と新太が挑戦しているが、一向に解ける気配は無い。少女がどのようにして解いたのかは見ていなかったが、少女よりも年上の二人がてこずっているのを見ると、特別性という言葉も真実味を帯びてくる。

 買うものが決まった妖夢は何冊かの本を手に取り代金を支払うと、伍助と新太に持たせていた風呂敷と籠を持って店を後にした。


鴉さんも一緒にあそぼうよ!


 少女の誘いを鴉妖怪は断れない。三人の子どもを背に乗せる様子を見て、魔理沙はまるで父親だと笑っていた。

 店を後にした鴉妖怪は、あることを考えていた。あの知恵の輪のことである。あの時に見せた魔理沙の顔が、何故か頭から離れなかったのだ。

 お腹が空いたと肩車をしている少女が言う。そういえば今日は市が開かれていた。何か食べに行こうかと、鴉妖怪は少女達と共に大通りへと足を向けた。







 人のいなくなった店内で、魔理沙はさっき少女が解いた知恵の輪を眺めていた。


「まさか解けるとはなあ」


 少女には、親がいない。少女を産んだ後に母親は亡くなり、その後を追うように父親も不幸な事故で倒れた。まだ少女に物心がつく前の出来事である。だからかは解らないが、少女は鴉妖怪を殊更に気に入っていた。もしかしたら、本能的に父親を求めているのかもしれない。

 五助と新太も、そんな少女の兄貴分を良くやってくれている。少女が笑顔を浮かべられるのは、彼らのおかげだろう。

 しばらくそうやって知恵の輪を弄っていると、戸のベルが鳴った。碌に店としての機能を果たしていないこんなところに来る人物というのは限られる。案の定、来客は魔理沙の知る客であった。


「いらっしゃい」

「大通りで市やってるわよ。参加しないの?」

「このあと本を返しに、紅魔館まで行かなくちゃならんからな」


 かけられた問いに、魔理沙は肩を竦めて応えた。来客であるアリス・マーガトロイドは軽く鼻を鳴らすと、魔理沙にあるものを手渡す。市で売られているクッキーだった。


「そう。まいいわ、土産」

「ありがとうよ。で、何用だい?」

「別に。干物になっていないか確認しに来ただけよ」


 小気味のいい嫌味に、魔理沙は破顔した。色々と変わってしまったものはあるが、この人形遣いとの付き合いは変わっていない。そこに魔理沙が安心感を感じているのも事実だった。

 店内を見回しながら眉を顰めるアリスを見て、掃除は明日すると先に告げる。この顔のときは大体そう言うのだ。アリスは表情を戻さずに、置物とほぼ同意義の商品を眺めながら口を開く。


「今度、神社で宴会みたいよ」

「どっちのだ」

「博麗神社。なんでも次代の博麗の巫女が決まったから、顔見せらしいわ。レミリアも新しく拾ってきたメイドを紹介するみたいだし」

「そうか」

「来るんでしょ?」

「どうだろうな。寺子屋の仕事もあるし、今は箒も使えないからなあ」

「なんだったら連れて行くけど?」

「……考えておくよ」


 そう、と一言だけ呟いて、アリスは言葉を止めた。他人に対しては自分の意思をぶつけてこないところもあの頃と変わっていない。もしかしたら、魔理沙がそう思っているだけかもしれないが。

 アリスが商品を見終わると、魔理沙は知恵の輪をアリスへと放り投げた。反射で受け取ったアリスの顔からは、これは何だという文字が読み取れる。特別性だと魔理沙は言った。

 少しだけ溝の入ったシンプルな輪が二つ繋がっているそれは、端から見たら知恵の輪には見えない。溝を通すようにして外せばいいのだろうが、アリスが試してみると、溝よりも輪の厚みが勝っており、外すことが出来ない。魔理沙がにやにやと笑っているのを見て色々と試行錯誤をした結果、都会派としてはあるまじき方法で知恵の輪を解いた。簡単に言えば力任せに外したのである。


「……何よこれ」

「だから言ったろう、特別性だって」

「これが?ただの不良品じゃないの」

「普通のやり方じゃあまず解けないんだ。ある条件に当てはまる奴だけ、解くことが出来る」

「……腕力とか?」

「まあ力任せにやってたみたいだしな」

「その溝が入っている方」


言われてアリスは視線を自分の手に落とす。何の変哲も無い。


「それな、魔力に反応するんだ」


 魔理沙の方には視線を戻さず、アリスは人形を操る要領で手に力を込める。すると、少しずつではあるが溝が大きくなっていく。最終的に、目で見ても解るほどに溝は大きくなっていた。


「さっき無理くり力を込めたときに魔力も込めたんだろうな。だから解けたって訳さ」

「ふうん。原理は解ったけど、こんなの何に使うのよ?」

「パチュリーが魔法に反応する金属の練成について研究しているみたいでな。知ってるだろ?その時に出来た副産物をもらったからさ。作ってみた。それだけだ」

「貴女は出来るの?」

「ぎりぎりかな」


 興味がなくなったのか、アリスは知恵の輪を元に戻すとカウンターに置いた。魔理沙もこれ以上語る気は無く、話題を変えた。しばらくの話の後に帰ったアリスを見送って、再び魔理沙は知恵の輪を眺める。

 魔力、妖力、霊力。発生の原理や呼ばれ方には差異があるが、己の身体から発生するという部分については共通している。それは言い方を変えればどんな生物にも備わっているものなのだが、普通の人間にはそのようなものを操る素質は無い。栓をされているようなものだ。

 長きに渡る修行や衝撃的な体験、またそれらの力を有する者と接することで後天的に目覚めることはあるのだが、中には元からその素質を有するものがいる。だが、一度発現した能力を、完全に戻すことは出来ない。魔理沙も弾幕から身を引いてから、外部から魔力を供給することは無くなった。だが、それでも微かな魔力は残っている。

 少女の顔が思い出される。多分、気付いていないのだろう。自分が魔法の素養を持っていることに。それはもしかしたら気付かずに一生を終えるほどのものだったのかもしれない。慧音も気付いてはいないだろう。魔理沙自身、先程まで気付かなかったのだから。

 知恵の輪は、アリスに言ったように、完全に趣味で作ったものである。知恵の輪を解くには、最低でも今の魔理沙と同程度の魔力が必要になる。どういうことか。

 少女は、つまり一瞬でそれと同程度の力を出したということになる。いくら以前と比べて格段に落ちているとはいえ、魔理沙と同程度の力を、だ。そして少女がそんな力を持っていることが魔理沙にわからなかったということは、少女は普段の状態では全くと言っていいほどに魔力を放出していないことになる。魔力の調整を自然に行っているのだろう。

 才能。そんな言葉が頭をよぎる。そして、自分が初めて夢を持ったときのことを思い出した。

 優しい掌、そしてそこから浮かんできた綺麗な光る星。優しく微笑む師匠の顔は、今でも鮮明に思い浮かべることが出来る。もしかしたら、自分の中で美化された思い出なのかもしれない。だが、それでもその体験は幼い少女に夢を与えるには充分過ぎる体験であり、そして少女は魔の道を志したのだ。


 魔理沙は星を出したかった。それが魔理沙の夢だった。ただ、それだけだったのだ。


 柱にかかっていた時計の音で、現実へと引き戻された。周りには誰もいない。アリスの言葉が思い返される。


「宴会、か」


 空を飛ぶことを止めた今では、博麗神社に足を運ぶ回数は激減していた。年に一度訪れることがあればいい方だろう。霊夢とも、最近ではまともに顔を合わせていない。

 次代の博麗とアリスが言っていたが、魔理沙が以前に訪れた時はまだほんの子どもだった。眼帯をしているのが怖かったのか、霊夢の後ろに隠れていたことは憶えている。そんな少女のお披露目というわけだ。子の成長は、周りのものが思うよりも早い。どのように変わっているか、興味が無いわけでもなかった。


「行ってみるか、なあ」


 左腕が、微かに疼く。動かすことは出来ないが、痛みはしっかりと感じることが出来る。見えぬ右目と動かぬ左腕、中々に難儀なものだが、仕方が無い。難儀なものだなあと、腕を軽くさすりながら、一人、そう呟く。

 アリスが去った店内で、魔理沙はさて、と息を吐くと、腰を上げて準備を始めた。これから紅魔館に行かなくてはならない。

 空を飛ばなくなった今では、早いうちに里を出ないと日帰りで戻ってこれないのだ。頼み込めば泊まることも出来るのだが、明日は授業がある。個人の理由で休むわけにもいかない。

 借りていた本を手早く風呂敷にまとめる。昔のような魔道書の類と比べると、随分と軽い。あの頃魔法の森で自分の家を占めていた本達は、今は元の本棚で眠っている。

 今日は何を借りようか。そう考え、魔理沙は里を後にしたのだった。







 人里の人間ということで、日中ならばそう妖怪に襲われることも無い、しかし、今までに知るところ、知らぬところで恨みを買っている。追い払うことも出来ないことは無いが、極力そういうことはしたくなかった。

 道中で昼寝をしていた宵闇の妖怪を、遅い朝食代わりに持ってきたサンドイッチで飼い慣らす。ルーミアがいたことは幸いで、彼女に頼んで紅魔館までの道のりを共に歩む。本当なら抱えて飛んでもらったほうが断然早いのだが、今は歩くことが気に入っていた。

 互いに言葉を交わしながら、昼前には紅魔館へと辿りついた。ルーミアに別れを告げ、魔理沙は柱を背に目を閉じている門番の前で立ち止まった。


「図書館に用がある」

「どうぞ」

「帰り、よろしくな」

「はいよ」


 目を開かぬまま、美鈴は応える。それを聞いてから、魔理沙は館内へと足を踏み入れた。その後姿を、美鈴は気の流れで感じ取る。その身体は、栓をしたかのように気が流れていない。

 以前は強さを求める彼女に武術の教えなどをすることもあったが、魔法をやめてからは、そのようなことも無くなった。今ではきちんと客人として対応している。美鈴の態度はあまり変わっていないが。

 ともすれば面白みがなくなったかもしれない、だが、新しい道を歩むこともまた強さ。そう美鈴は思っている。帰りは美鈴が送ることになっている。今度はどんな人里の話を聞かせてくれるのだろうか。変わってしまった付き合いを、存外美鈴は楽しんでいた。

 図書館の扉を開けた魔理沙の目に入ってきたのは、いつもどおり読書に耽るパチュリーと、フランドールの姿だった。

 先に気がついたのはフランドール。読んでいた本を閉じると、いらっしゃいと主の変わりに歓迎の意を示す。一泊遅れて、パチュリーの視線がこちらへと向いた。


「返しに来たぜ」

「そう」

「ついでに、また借りてくぜ」

「いいわよ。題名だけ後で小悪魔に教えてちょうだい」


 持ってきた本を奥から戻ってきた小悪魔に渡し、魔理沙は書架の海へと進んでいく。一通りの吟味を終えて戻ってきた頃には、客人用の丸テーブルの上に、さらに盛り付けられたクッキーが乗っていた。座っていたフランドールに手招きされ、魔理沙はテーブルに寄る。何を読んでいるのか尋ねると、フランドールは読んでいた本を差し出した。


「まあた魔道書か。普通の本もちゃんと読んでるのか?」

「もちろんよ」

「魔法を使うには精神が重要だ。ただの読書だって、充分に役に立つんだからな」

「前にも言ってたよ、それ。最近本当に先生みたいになってきたね。先生っていうの見たことはないけど」


 フランドールの言葉に、魔理沙はそうかと返す。自分自身ではそんなに中身は変わったとは思わないが、客観で見るとまた違うようである。大人になったんだよと呟いて、クッキーを手に取る。随分と甘く感じたが、味覚も変わったんだと一人納得した。

 しばらくフランドールと近況を語り合っていると、パチュリーが読書をやめて、こちらへとやってきた。


「最近、調子はどうかしら」

「変わらんよ。手のかかる子供の相手と授業の準備で寝不足なことくらいだ」

「体調じゃないわよ」

「ああ、そっちも問題ないぜ」


 人里で慧音の手伝いを始めてからしばらくした頃、魔理沙はパチュリーを尋ねた。魔力を抑える方法を調べるためだ。魔理沙の頼みを聞いたとき、パチュリーは珍しく動揺した。

 パチュリー自身、確認の意味も込めて説得をしたが、魔理沙の意思を変えることは出来なかった。そうして、魔理沙の魔力を封じ込めたのだ。

 基本的に、魔力や霊力といったものを『完全に』封じ込めることは出来ない。言い換えればそれは生命力だからだ。普通の人間というものは、それが表に出ずに身体を機能させるのと同量のエネルギーを無意識のうちに調整している。そのため、外に表れるということは無い。

 霊夢や魔理沙が人の身には過ぎた力を出すことが出来るのは、才能や長年の修行により、それ以上のエネルギーを意識的に出せるようになったからだ。

 今まで出していた力を封じるのだから、身体には何かしらの影響が現れる。魔理沙の場合は、しばらくの間身体が鉛のように重くなった。今ではそれにもしっかりと慣れたが。

 しかし、パチュリー自身もフランドールの力を抑えるためにいくつかの呪具を造ったことはあるが、人間の力を封じ込めるということは初めてだった。一応は成功したが、不調などが現れないか、魔理沙が紅魔館を訪れたときにこうして偶に聞いている。


「解除の仕方はわかるわね?」

「憶えてるよ。今の所そんな予定は無いがな」

「そう」

「ねえ魔理沙、私にも寺子屋の授業教えてよ!」

「んん?別に構いやしないが、いいか、パチュリー?」

「魔理沙先生の授業、ね。私も聞かせてもらおうかしら」


 おいおいと狼狽えた後に、こほんと咳払いを一つ。悪魔の館で、寺子屋の授業が始まる。









「やあ、いらっしゃい」


 魔法の森にほど近い所にある古道具屋、香霖堂。道具の手入れをしていた森近霖之助は、来客を告げるベルの音でその手を止めた。やってきた客、博麗霊夢は、柔和な表情で来店を告げた。


「今日は何をお買い求めかな?」

「あ~……子供向けの本とかありませんか?」

「妖怪を退治する博麗の巫女が子育て、か。なんとも、違和感のある話だね」

「だから、私が産んだんじゃありませんよ。紫が煩いんです。毎回からかうのはやめてくださいよ」


 霊夢は苦笑を返しながら本棚を物色する。以前と違って、今では立派にお客様になっている。


「それは失礼。だけどね、霊夢。違和感があるのは本当さ。最近は君や早苗君を見ることで時の流れを実感するよ。周りには外見の変わらない者が多いからね」

「それは……たしかに。咲夜も変わりませんからね」


 いつからだろうか、自分に対する言葉遣いが変わった。背丈も少し大きくなり、身体も女性らしさを増している。そして、次代の博麗の巫女を育てている。変わった点は幾つもあるが、雰囲気だけは変わっていない。それが、霖之助が思う博麗霊夢だった。

 手入れをしていた道具をカウンターに置き、霖之助も本の捜索を手伝う。他愛の無い会話を交わしながら、目当ての本を探し出した頃には、時計の短針が一回りしていた。

 茶を入れた霖之助が戻ってくると、霊夢があるものを手に持っている。先程まで手入れをしていたものである。


「懐かしいですね」

「五年、かな。もうそんなに経つんだ。懐かしくもなるさ」

「買い手でもついたんですか?」

「そういうわけじゃないさ。ただ、いつでも使えるようにしておこうと思ってね」


 霊夢は手に持っていた物、ミニ八卦炉を戻すと、近くにあった椅子に腰を下ろした。霖之助は茶を差し出すと、ミニ八卦炉を元の場所に戻す。カウンター横にある丸テーブル。壁には箒が立てかけられており、テーブルの上には黒のとんがり帽子。音を立てずに、霖之助はミニ八卦炉を帽子の横に置いた。

 とある魔女が使っていた、三点セットだ。無邪気に、貪欲に、そしてただ只管に魔法を探求した少女の姿が、そっと閉じた霊夢の瞼に浮かぶ。

 魔法を追い求めた少女は、どこまでも空を飛び上がっていき、地に堕ちた。そして少女は、弾幕の世界から身を引いた。

 最後の弾幕勝負のことが思い返される。降参した少女は、一体自分に何を見たのだろうか。何度か聞いてみたこともあった。だが、少女は覚えていないといった。あの時の少女の顔は、今でも靄となって頭の隅に残っている。


「何が言いたかったのかしら、アイツ」


 小さな声でそう言って、霊夢が窓を見ると、外はもうすでに茜空になっている。そろそろ帰って夕飯の支度をしなくては。きっとお腹を空かせて待っているだろう。一緒にいる鬼は腹が減ったら酒を呑む。そんな奴だ。あてにならないだろうと霊夢は溜息を吐く。

 腰を上げ、霊夢は今度宴会をする旨を霖之助に伝えた。霖之助は笑いながら、騒がしいのは苦手なんだと返す。なんとなくわかっていたので、さほど落胆はしなかった。


「ああ、そうそう」


 引き戸に手をかけたところで、霊夢が振り返る。


「最近、近くを妖怪がうろついていますから、気をつけてくださいね。まあ、大丈夫だとは思いますけど」

「その時は、頼りになる博麗の巫女に助けてもらうとするよ」


 霖之助の返しに薄く微笑んで、霊夢は店を後にした。静けさが戻ったからだろうか、時計の音がいやに鮮明に聞こえる。昔のことを思い出したからか、霖之助は一人の魔女のことを思い出していた。

 今の魔理沙を見たら、彼女は一体なんと言うだろうか。魔法を捨てた魔理沙を叱咤するのだろうか、それとも、新しい道を歩んでいることを激励するのだろうか。


「顔ぐらい見せてやったらいいものを」


そうさねえ。

 振り向く。もちろん、霖之助以外、この場所には誰もいない。だが、確かに聞こえた。しばらくの間辺りを見渡して、霖之助は笑った。







ありがとうよお。

 その言葉を背に、鈴仙は一軒の長屋を後にした。腰を悪くしている老人が一人住んでいる。ぎこちない笑みを返すことしか出来ないが、それでも老人は鈴仙が訪れる度に感謝をしてくれた。

 今でも人間嫌いというものは治っていない。以前に比べれば遥かにましになったのかもしれないが、それでも笑顔はぎこちないままだ。そんな自分が嫌になるが、いずれどうにかなるだろう。

 近くにあった甘味処で一息つきながら、そんなことを考える。人間嫌いと言っておきながら、それでも人里の甘味は好きなのだ。我ながら現金なものだと出された団子を前に苦笑する。

 いい天気である。雲はゆっくりと流れ、日の光は活力と眠気を鈴仙に与えてくる。本当ならこの場で眠りこけてしまいたかったが、そういうわけにもいかない。どっちにしろ、今日回る場所はあと一軒だけなのだ。出された餡蜜を綺麗に平らげ、鈴仙は薬箱を背に担いだ。最後の一軒は、霧雨魔法店である。


「こんにちはあ」

「ん、おう。鈴仙か。いらっしゃい」


 鈴仙が戸を開け店に入ると、魔理沙はカウンターからこちらを見ずに返した。何をやっているのか鈴仙が尋ねると、どうやら新しい本の複写をしているらしい。鈴仙は頼んだことが無いが、妖夢から聞いた話では、ちゃんと個々人の好みに合わせて本を選んでくれると、大層喜んでいたのを思い出す。

 世間話もそこそこに、鈴仙は背負っていた薬箱を降ろした。寺子屋などで使う傷薬と、魔理沙個人の薬を、鈴仙は持ってきている。寺子屋の薬だけなら慧音の家でもいいのだが、魔理沙も使うことがあるので、いつしか一緒に薬を持ってくるようになったのだ。


「なんか、最近は軟膏の減りが早いわね」

「ああ、妖夢に感化されてか、ちゃんばらが流行っているみたいでさ。意外と気ぃ使うんだぜ?ほそっこい枝切れならまだしも、木刀なんざ使ってる奴もいるからな」

「それは、なんというか。けど、あの堅物先生が良く許してるわね」

「寺子屋で禁止にしたって、今度は目の届かないようなところでやるからな。それだったら私達の目の届く場所でやらせたほうがましってわけさ」

「なるほど」


 おかげで最近は子ども達とちゃんばら三昧だよという魔理沙の言葉に、鈴仙は笑う。先程老人にしてしまったようなぎこちないものではなく、それはとても自然なものだった。

 薬の補充を済ませて、鈴仙は店を後にした。また来いよという魔理沙の言葉は、以前と変わらず明るいものだ。そこに、あの頃のような影は無い。少なくとも鈴仙にはそう思える。







 事故にあってから、魔理沙は必死にリハビリを行った。永琳が告げた事実にもさほどな動揺も見せずに努力をする魔理沙の姿を見て、鈴仙は純粋に魔理沙が良くなることを思って手伝った。

 最も多く魔理沙の下を訪れたのは古道具屋の店主だろう。噂で聞く限りでは相当な変わり者だと聞いていたし、実際にあった感想もそのようなものだったが、意識の戻らぬ魔理沙の手を必死に握る姿に、鈴仙は親愛の情を見た。

 ある夜のことだった。魔理沙以外にも、人妖問わず病室を使っている者はいる。夜更かしをしていないか、体調は大丈夫か。見回りの最後である魔理沙の部屋を開けようとして、鈴仙は手を止めた。


泣き声が聞こえたのだ。


 廊下に聞こえぬよう、必死に声を押し殺しているのだろう。それはうめき声にも近い。だが、鈴仙の耳にはしっかりと入っている。兎は耳がいいのだ。この時ばかりは、自分の耳のよさを少し恨めしく思った。

 この先にいるのは、魔法使いではなかった。歳相応のか弱い少女が泣いているのだ。

 鈴仙は部屋を後にした。あそこで入るのも無粋な気がしたし、何より自分が嫌になった。確かに身体はある程度まで治ったかもしれない。リハビリを耐えれば、日常生活くらいなら問題なく送ることが出来るようになるだろう。だが、魔理沙の心を癒すことは出来ていない。あの泣き声が、耳から離れずに響いている。

 自分は、永琳のように冷静にいることが出来なかった。たかだか女の子一人の心を癒すことも出来ないで、何が医術だと。それはともすれば傲慢な考えだが、当時の鈴仙にはそれを認めることが出来なかった。

 何かを守るために力をつけ、それを奮ったこともある。だからこそ鈴仙は奪うこと、失うことには慣れていたし、その恐ろしさを良く知っていた。永琳の手伝いを始めたのも、始めは贖罪だった。

 鈴仙は、魔理沙の看病を進んで行った。そこにあった感情は純粋に治ってほしいという気持ちが大半だったが、自分に対しての証明というものも含まれていたと、今になって鈴仙は思う。

 結果として、魔理沙は少なくとも日常生活を遅れる程度にまでは快復した。だが、それでも、右目と左腕は治らなかった。

 少しずつ、確実に身体の機能を取り戻していくことは鈴仙も素直に嬉しくなった。しかし、魔理沙の身体が治っていくにつれて、鈴仙は事実を突きつけられた。自分の感情がただの自己満足なのだということに。

 魔理沙が永遠亭を退院する日の朝だった。駆けつけたアリスと霖之助と共に玄関を出るときに、鈴仙に言ったのだ。


ありがとうな。


 魔理沙達が帰った後にも、鈴仙はそこで呆け続け、静かに涙を流した。それは心からの謝罪と、助けになっていたのだという誇りと共に、頬を流れた。

 鈴仙は少しだけ、自分が成長したような気がした。







 諦めることは、簡単に見えるが、実は非常に難しい。少しでも未練があれば、それは事あるごとに心の隙間を突いてくる。そして葛藤するのだ。本当にこれでよかったのかと。

 魔理沙が魔法から身を引くといった時に、鈴仙は彼女に敬意を抱いた。今では立派に教師をしている。その姿は、鈴仙の治したかった、治せなかったという葛藤を抑えるには充分だった。そして、鈴仙もほんの少しだが、もっと人間に近づこうと決めたのだ。


「明日も頑張るかあ」


 そう呟き、鈴仙は永遠亭へと戻るのだった。









 夜桜の美しい博麗神社。霧雨魔理沙は境内でどんちゃん騒ぎをする人妖を肴に、酒を飲んでいた。桜の木を背に地面に腰を降ろして、喧騒を眺める。子鬼と河童がとる相撲に、周りは野次を飛ばしている。野郎どもの集まる居酒屋ならまだしも、野次を飛ばしているのは贔屓目を無しにしても可愛い弾幕少女たちである。人里で暮らしているからか、見た目との差異に、魔理沙はどこか愉快な気持ちになった。

 取っておいたつまみに手を伸ばしたが、皿には何の手ごたえも無い。見ると既に空になっている。魔理沙の横では、つい先程まで皿に乗っていた干し肉を頬張る、風見幽香の姿があった。


「いつの間にいたんだよ」

「さっきからいたわよ。貴女が気付いてなかっただけ。鈍ってるわねえ」

「そいつは悪うござんした」


 視線を相撲勝負に戻す。昔ならば売り言葉に買い言葉で弾幕勝負をしていたかもしれないが、今はそういうことはしない。こういうときは無視を決め込むことが一番だと、魔理沙は人里の生活で知っていた。

 相撲勝負では、なんと河童が鬼を相手に大金星を挙げていた。観客達の歓声が上がる中、今度は地底の鬼が名乗りを上げている。もはや満身創痍だった河童の顔は、遠くからでもわかるほどに青ざめていた。

 混ざらないのかと魔理沙が問う。真実そう思ったわけではない。たんにどこかへ行ってくれという願望のこもったものであったが、組み合うのは趣味じゃないという幽香の言葉に、がっくりと肩を落とした。仕方が無いので、そのまま幽香と過ごすことに決める。

 別段好きというわけではないが、幽香とは人里でよく遭遇する。太陽の畑で作られた花や作物を里に卸しているからだ。会えば茶を飲むくらいの仲ではある。特に好きという訳ではないが。

 最近の人里での事件を中心に、幽香との会話は続く。この妖怪、あまり話の腰を折ったりはしないからか、魔理沙の中では案外話しやすい部類に入っていた。その中で、話題は少女の話へと移る。


「最近、面白い奴を見つけたんだ。どうやら魔法の才能があるみたいでさ」

「それはそれは、将来が楽しみね」

「どういう意味でだよ。まあ、あいつ次第なんだろうけどな」


 河童が大きく投げ飛ばされている。地底の鬼の勝ち名乗りに、今度は山の神が挑戦しようとしていた。


「育てようとは思わないの?」


 間違いなく、その声は小さかった。喧騒の中を縫うように聞こえた幽香の声に、魔理沙の身体が固まる。その様子を見ているものは誰もいない。皆が相撲に集中している。


「そこまでの才、腐らすのはもったいないと思わない?だからこそ、貴女も興味を持ったのでしょう。もし大したことが無いようなら、貴女はその少女に包み隠さず言っていたはずよ。違う?」


 幽香の問いは返ってこない。それを肯定と取ったのか、酒で口を潤し、幽香は言葉を続ける。


「多分、鍛えれば弾幕勝負が出来るくらいには才があるのかしらね。少なくとも貴女が自分の技術を教え込みたい。そう考えるくらいには」

「……」

「片目の光を失って、逆に見えてくるものがある。昔の、ただ己のために目を向けていた貴女には見えなかったでしょうね。人間ってのは本当に面白い、そう思わない?」

「今日はやけに絡んでくるな」


 横を向き、幽香を見る魔理沙の視線は鋭い。楽しいのだろう、花の妖怪は酒が入って上気した頬と嫌らしく笑んでいる顔を隠しもせずに魔理沙を見つめ返す。魔理沙は視線を外すと、再び相撲勝負に視線を移した。


「やっぱりお前は嫌な奴だよ。だけどまあ、最後の部分には同意するさ。確かに、見えなくなってから、逆に見えるものが増えた気がする」

「そんなものよ」

「どうしようかなとは、考えてる」

「多分、人形遣いも紅魔館の魔女も、貴女に手は貸さないと思うわよ」


 その顔には、先程の笑みは張り付いていない。幽香は視線を上に向けると、背を預けている桜の木を眺めた。風のせいだろう、いくつかの花弁が、夜空を舞っていた。


「その子を見つけたのは貴女でしょう。貴女は最後まで責任を持つ義務があるわ」

「ほう」

「きっと貴女はこう考えていたんじゃない?折を見て半獣辺りに相談して、それを踏まえたうえで彼女に魔法の才があることを告げ、その子にそれからを決めさせる」

「凄いな。大当たりだ」

「そこまでならね。誰でもわかるわよ。そしてもし、彼女が魔法の道を志すと決めたら、貴女は『自分以外の誰か』に、師事させる。だって貴女は魔道から身を引いたんですものね。貴女に魔法は使えない、いや、使う気が無いと言った方が正しいかしら」


 けどね、と呟きながら、魔理沙の視線を遮るように幽香は移動し、しゃがみこんで目線を合わせた。


「それは卑怯よ」


 赤く光るその瞳は、見つめた相手を逃がさない。その瞳に反抗するように、魔理沙の眼差しも剣呑なものになる。お互いに引かない沈黙は、間に文字通り割って入ったアリスによって中断された。


「何やってんのよアンタ達。喧嘩でもしにきたの?本当にそうなら止めはしないけど」

「いや、幽香センセイから人生についてご教授してもらっていただけだ」

「そう。出来の悪い子だからね、優しく教えてたのよ」


 今日の授業は終了ねと言い残して幽香は騒ぎの中へと向かっていった。深く息を吐いた魔理沙を見て、アリスはくすりと笑う。


「災難だったわね」

「全くだ」

「何の話をしていたの?」


 アリスの瞳が魔理沙を見つめる。人形と見紛うほど均整の取れた顔は、あの頃と何も変わってはいない。

 口を開きかけて、閉じる。少女のことを言おうと思ったが、やめた。いきなり言ったところで何のことだかアリスも困るだろう。そう思ったのだ。


「ちょっと、な」

「そう」


 どんちゃん騒ぎは今も続いている。場を離れることをアリスに告げ、魔理沙は裏手にある温泉へと向かった。







「お」

「あら、アンタもやかましいのが嫌になった?」


 脱衣場で服を脱ぐと、否がおうにも自分の身体を見ることになる。動かない左腕には、痛々しい傷痕が稲妻のように走っていた。ふわふわと輝いていた金髪は、今は真っ黒に染まっている。

 宴会場にいた妖怪たちは、全く変わっていなかった。皆も自分に対して、あの頃と変わりない顔を向けてくれる。そんな彼女達の表情を見て、自分だけが変わったように思えた。それがいいことなのか、そうでないかは魔理沙には解らなかったが。

 温泉には、先客がいた。最初は湯煙に隠れてわからなかったが、近づくとそれが博麗霊夢だと気付く。どうやら一人で入っていたらしい。


「珍しいじゃないか。一人で入っているなんざ」

「主役は私じゃないもの。ただ場所がこの神社ってだけ」

「なるほど」


 身体を洗いながら、二人は互いの近況を話し合う。言葉遣いを改めた霊夢だが、今までの相手や妖怪達には以前と変わらぬ態度で接していた。主役である次代の博麗はと魔理沙が尋ねると、今は咲夜や妖夢達と調理の手伝いをしているらしい。下手な妖怪に絡まれるよりかは万倍ましだという霊夢の考えだ。

 どうやら咲夜も新しい人間のメイドを連れてきているらしく、歳も近いこともあってか、次代の巫女と仲良く遊ぶ姿を見て和んでいるらしい。


「最近、大分丸くなったわよ」

「顔がか?」

「刺されるわよ。態度が。よく笑うようになったもの」

「そうかあ?私も偶に紅魔館には行くが、変わらん様な気もするけどなあ」

「仕事中だからでしょ」


 温泉につかると、身体の芯が温まってくるのがわかる。しばし二人は言葉を無くし、桜の木と夜空を眺めていた。どれくらいの間、景色を楽しんでいただろうか、正確には解らないが、沈黙を先に破ったのは霊夢だった。


「あんた」


 霊夢の表情には感情が浮かんでいない。何故だか今日はやたらと見つめあうことが多い気がする。魔理沙がなんだよと呟くと、霊夢はしばらくの間を置いた。


「あの時、何が言いたかったの?」


 あの時、というのはあの事故の日のことを言っているのだろう。事故にあう前に、魔理沙は霊夢とアリスに弾幕勝負を挑んでいる。その結果は、二戦とも魔理沙の降参によって終了していた。

 あの時、魔理沙はとても複雑な表情を浮かべていたのを、今でも霊夢は憶えている。事故の後、何度か問いかけたこともあったが、その度に魔理沙は憶えていないと応えていた。


 嘘だ、と霊夢は思っている。


 今聞かないと、面倒臭いことになる気がする。そんな感覚が、霊夢の中にあったのだ。

 視線は外さない。沈黙の間、魔理沙は頭を掻き、少し顔を歪ませ、軽く息を吐いて、空を見上げた。


「悪い、やっぱり忘れちまった」

「そう」


 先に上がった魔理沙の背中に霊夢の声がかかる。振り向くと、霊夢は無表情のままに、こう呟いた。


「今度会う時までに、思い出しておきなさい」

「……考えておくよ」


 魔理沙は肩を竦めて、脱衣場へと戻っていく。遠くから聞こえる喧騒を耳にしながら、霊夢は空を見上げていた。









「元気が無いな」


 夕日がそろそろ沈もうかという幻想郷。寺子屋にある教員用の部屋は、きつい西日が差している。慧音は答案用紙をまとめている魔理沙にそう声をかけて、茶を差し出した。


「無いように見えたか?」

「この前の宴会の後からだな。こう見えても年季が違うんだ、私から見ればお前もまだまだ子どもだよ」

「そいつはそいつは。いや、ちょっとさ」


 軽口を叩きながら、魔理沙は笑う。それにつられて慧音も微笑み、窓際に移動する。西日は容赦なく慧音の目を貫く。目を細めながら、慧音は何かあったのかと魔理沙に問いかけ、魔理沙は先日の少女の件を話した。


「なるほどな。あの子に言おうか迷っているというわけか」

「そういうこと」

「なあ、魔理沙」


 振り向く。日差しに焼かれた所為だろうか、そこにいた魔理沙にあの頃の姿が重なった。


「どうして、魔法をやめたんだ?」


 魔理沙が寺子屋の手伝いを始めてからしばらくした頃に、一度尋ねたことがあった。その時、魔理沙は金から黒へと色の戻り始めた髪を掻きながら、こう応えたのだ。


いつか、教えるよ。


 多分、今がそのときなのだろう。確証は無い。しかし慧音は確信していた。


「よかったら、教えてくれないか」


 間。少し泣きそうな顔をして、あの時のように髪を掻きながら、魔理沙は口を開いた。


「つまらない話だぜ」







 私はさ、星を出したかったんだ。それが私の夢だった。

 多分多少の才能はあったんだろう。お師匠様に魔法を学んでいく内に、もっと凄い魔法を使いたいって思うようになったんだ。

 お師匠様がいなくなった後、とにかく必死に魔法の研究をした。いつかお師匠様が帰ってきたときに、認めてもらいたくてさ。だけどさ、多分それは違うんだろうな。きっと、私は誰でもよかったんだと思う。


 魔理沙の師、久遠を生きる魔女。慧音は直接会ったことは無かったが、とんでもない化物だったという話を隙間妖怪から聞いたことがある。あの花の妖怪ですらも認めていた。


 その内にスペルカードルールが制定された。私にとってはこの上ない機会だった。名を挙げることが出来る。研究していた魔法を存分に使うことが出来る。勿論怖かったが、それを無理矢理好奇心で隠した。異変が起こるたびに、私はそんな気持ちで首を突っ込んでいった。

 段々と自分の世界が広がっていく気がした。いや、事実広がっていたんだろうな。仲間が増えて、一緒に過ごしていくうちに、少しずつ、本当に少しずつだけど、私の気持ちは変わっていった。


「どう変わっていったんだ?」


 ……紅霧の異変で出会った魔女は、私には到底追いつけない知識を持っていた。同じ人間なのに、私には無い異能を使う奴もいた。

 春雪の異変で出会った人形遣いは、私には表現できないほどの美しいスペルを持っていた。死を操る亡霊嬢に、九尾の狐。さらにその狐を従える隙間妖怪。正直、スペルカード勝負じゃなかったら、歯が立たなかっただろうな。

 永夜の異変で初めてアイツと組んだが、傍にいてアイツの魔法の繊細さを知ることになった。不死の人間に月の兎。とんでもない化物揃いさ。


独白は続く。


 新参者が起こした異変で、私は最速を謳う天狗の力を垣間見た。私が必死に追い求めた速さっていう自信は、あっという間に粉々にされた。同じ人間なのに、神の加護を受けた奇跡の巫女に、恐ろしさを抱いた。

 地底にはさ、神の力を持った地獄鴉がいた。鬼に土蜘蛛、さとり妖怪。あの時は、本当に一瞬の気も抜くことが出来なかった。

 宝船の異変で、私はもう一人、師と呼ぶことの出来る魔法使いに出会った。だけど、会っていくたびに、あの人の過去と苦悩を知るたびに、その強さと自分を比べて、自分がちっぽけに思えた。

 他にも大小様々な異変はあったけどさ、それに出会うたびに、自分っていう存在が小さくなっていくのがわかった。なんていうか、自分の大きさっていうのかな。そういうのが分かってきたんだ。


独白が止む。それで、と慧音が促し、魔理沙は再び語り始める。


 どれだけ必死に勉強しても、私はあいつほど、魔法の深淵に到達することは無かった。

 どんなに魔法を研究しても、あの天狗より速く飛ぶ術を編み出すことが出来なかった。

 どれだけがむしゃらに頑張っても、私は鬼より強くなることが出来なかった。

 どれだけ、どれだけ頭を捻らせても、アイツみたいに綺麗な、芸術的なスペルを考えることが出来なかった。

 必死に、どれだけ必死に星の魔法を使っても、お師匠様は私を褒めに来てくれはしなかった。

一言、褒めてもらいたかった。


 懐かしむように、過ぎ去った日々を愛おしむように、魔理沙は言葉を紡ぐ。それは、彼女が抱えていた心の闇。


 頭の片隅にさ、もう一人の私がいるんだ。一人でいると、そいつがさ、私を急き立てるんだ。頑張れ、頑張れ、置いていかれるなってさ。

 幸せな時もあった。私は私のままでいい。そんなことを考えているとさ、そいつが近づいて来るんだ。

 このままでいいのか。目の前で穏やかに笑うこいつらに凄いって認めさせたくないのか。そんな考えがさ、絶対にどこかから流れ込んでくるんだ。

 認めたくは無かった。だけどさ、そいつは一人になるたびに私の心に染み込んでくるんだ。拭っても、振り払おうとしても、決して消えはしない。呪いみたいなもんさ。

 もちろん、そんな素振りを見せるわけには行かなかった。私はあの頃、確かに満足していた。気のいい奴らと酒を飲んで、弾幕をぶっ放して。空を飛んで、星を出して。満足していたんだ。けど、それでもそいつは逆にどんどん存在を増していった。

 疲れてるんじゃないかとも思った。どうにかして一人で解決しようとしたけど駄目で、思い切って聖に相談しに行ったんだ。自分自身、訳のわからない悩みをさ、聖は真面目に聞いてくれて、そして私を抱き寄せてくれた。救われた気がしたよ。だけど、それは間違いだった。確かにそいつについて悩むことは少なくなった。だけど、その時に知ったんだ。きっと、私は聖の様には強くはなれないんだろうなってさ。

 その頃からかな、なんていうか、自分の中に壁が見え始めた気がしたんだ。どれだけ頑張っても、その壁を壊すことが出来ない。けど、あいつは、悩みなんかこれっぽっちも無いように過ごしていた。


「何が?」


 あいつは、あいつの前だけでは、私は対等でいたかった。

 けど、私にはどうしようも出来ない壁を、あいつはきっと、軽々と超えていくんだろう。そう認めちまったんだ。

 あの日、最初にアリスに勝負を挑んだ。煽るだけ煽って、全力で来いって言ってさ。案の定、アリスはあいつの思う全力で挑んできてくれた。結局あの魔道書を開いてはくれなかったがな。

 その弾幕が、あんまり綺麗でさ。降参しちまった。そして、思ったんだ。きっと私はこいつに勝てないんだって。霊夢の時も一緒さ。私は、一生こいつ等に勝てないんだってさ。そう思ったんだ、笑っちまうよな。

 霊夢達を憎く思ったわけじゃあないんだ。もっと別の感情があった。だけどさ、私は、私が許せなかったんだ。確証のないものに怯えて、自分に無いものを持つ奴らを妬み、嫉み、勝手に自分で負けを認めた。言いたいことも言えなかった。そんな弱い自分が、とにかく嫌で嫌でたまらなくなったんだ。けど、弱い自分をさらけ出すことなんざ、あの頃の私には無理だった。

 嫌なことから逃げたくて、私は空を飛んだんだ。








「……それだけ。つまらない話さ」


 魔理沙は一息をついて、慧音に笑いかける。そこに、慧音はあの頃の少女の姿を重ねた。外は既に暗くなり、西日は月明かりとなっている。


「どうして、私には話してくれたんだ。変な話だが、喋ってもらえるとは思わなかったよ」

「この前の宴会で、同じことを聞かれたんだ。その時は応えなかったんだが、どうしてだろうな。誰かに聞いてもらいたかったのかも、な」

「聞いてもらいたかった、か」

「死ぬまで生きてさ、その間にきっと沢山のことが起こる。そうしたら、今私が話したことも、全てをかけたはずのことも、きっと只の思い出に変わっちまう、そんな気がしたんだ。だけど、まだあいつらに言えるほど、私は大人じゃないみたいだ」

「だから私に?」

「センセイが聞いたんだろう?けど、少しすっとしたよ」


 笑みは段々と大きくなって、魔理沙は笑顔を浮かべた。その顔を見て、慧音も笑ってしまった。二人の笑い声が、寺子屋に響き渡る。そんな夜の始まりだった。







 その日の夜、慧音と別れた魔理沙はカウンターで一冊の本を捲っていた。そこには、今までに自分が研究したものや、知り合いたちの使う魔法体系が記されている。魔理沙の横には、似たような本が何冊も積みあがっている。弾幕から身を引いてからも尚、魔道書を借りることは無くなっても、それを記すことだけは続けていた。

 これは未練なのか、それとも、ただ残したかったのか。そこにある感情を、魔理沙は言葉で表すことが出来ない。そして、これじゃあ教師とは言えないかと呟き、一人笑った。

 戸を叩く音が聞こえた。既に里は眠り始める時間帯である。もちろん、店は閉めている。こんな時間帯に来る客は大体寺子屋の生徒であり、子ども特有の悩みを持ってくることがあった。やけに喧しく戸を叩き、声も聞こえる。誰だと言いながら戸を開けると、そこにいたのは案の定寺子屋の生徒だった。


「なんだ、伍助に新太じゃあないか」


 恋愛相談かと言おうとしたところで、魔理沙は口を閉じる。二人の肩は大きく上下しており、その顔には大量の汗が浮かんでいる。必死な表情をしている二人を見て、どうしたと尋ねた。


魔理沙先生、鴉さんが!


 魔理沙の表情に、真剣味が宿る。どうやらただ事ではないらしい。夜空は雲ひとつ無く、星達が輝いていた。









 時は、一日巻き戻る。鴉妖怪は日銭の入った袋を片手に、帰路へとついていた。今日は里を囲んでいる塀の修理を行っていたのだ。作業の場所が遠かったこともあり、散歩がわりに通りを歩いていた。

 自分で作るか、それとも外で済ますか。そんな非常に人間臭いことを考えながら鴉妖怪は歩く。例えどんなにくだらないことであっても思考に耽溺することは、鴉妖怪の長所でもあり、また短所でもあった。外で済ませようと考えが纏まった頃には、既に見慣れたところまで戻ってきており、結局自分で作るという考えに落ち着いた。

 馴染みの店で食材を揃え、横道に入る。もう少しで家に着くというところで、聞きなれない音を聞いた、最初は空耳かとも思ったが、それは確かに聞こえてくる。そして、それが泣き声だということに気付いた。

 声が聞こえる場所へと向かう。少し開けた空き地で、鴉妖怪は見慣れた三人組を発見した。倒れているが間違いない、伍助たちだ。二人の横で、少女の鳴き声がわんわんと聞こえてくる。

 近づいたところで、鴉妖怪は異変に気付いた。伍助達のいたるとこに青痣や擦り傷がついている。意識はあるようで、先に気付いた伍助が、鴉さんと笑った。

 鴉妖怪は、三人を担いで自分の家へと連れて行くことにした。本当は医者にでも見せたほうがいいのだろうが、自分の家のほうが近く、何かあったときのためにと永遠亭印の薬も置いてあったからだ。

 しばらく歩いていると、伍助と新太は鴉の背から降りた。無理をするなと注意をしたが、新太が指を差した先では、泣き疲れたのだろう、少女が寝息を立てていた。大丈夫かと聞くと、元気な声が返ってくる。鴉妖怪は歩く速度を緩めて、二人の歩幅に合わせた。

 何があったのかと問う。傷の原因は、どうやら喧嘩らしい。話している最中に腹が立ってきたのか、怒る新太を伍助が抑える。新太を宥めながら、一番の年長者である伍助が説明を始めた。







 始まりは、些細なことだったらしい。授業の終わった伍助と新太は、妖夢が里に下りてきているとの話を聞いて、ちゃんばら勝負をしに行ったらしい。息巻いて挑戦したものの、二人がかりでも一分と持たずにこてんぱんにされてしまったが。

 しばらく近くの空き地で練習をしたあとに家へと戻ると、近所が慌しかった。聞くと、まだ少女が帰っていないらしい。いくら狭いとは言われる幻想郷、そのなかでもさらに一部である人里といっても、まだ年端も行かぬ少女にとっては充分すぎる大きさだ。自警団が門の見張りはしているが、万が一里の外などに出てしまっていては命にも関わりかねない。話を聞くやいなや、伍助と新太は少女を探しに駆け出した。

 ほどなくして、二人は数人の少年少女に囲まれた少女を発見する。だが、様子がおかしい。囲んでいる少年達の顔は、見慣れないものだった。里には、慧音が営む場所以外にも、いくつかの寺子屋がある。そこの子どもたちなのだろう。

 喧嘩っ早い新太に少女を任せ、伍助は大将格の少年に何かあったのか尋ねた。大将は子どもにしては大きな身体を震わせて、豪快に笑った。

 何が可笑しいのか、伍助は尋ねた。すると大将は愉快そうな顔を崩さずに言うのだ。まりさせんせいは、魔法使いじゃないんだよと。

 少女は、慧音も勿論好いていたが、魔理沙には特に憧れていた。魔理沙の話す弾幕と魔法の話を、目を輝かせてねだるほどに。

 きっと、こいつらは魔理沙をけなしたのだろう。それがどれほど少女を傷つけるのかもわからずに。だが、本当にそうと決まったわけではない。話を聞こうにも少女は泣いてばかりだ。出来ることならぶん殴ってやりたいが、伍助は拳を握ることで必死に耐えた。だが、その我慢も無駄になる。大将の横にいた腰巾着が、いやらしい笑みを隠さずに言う。


まりさせんせいって、勝手に空飛んで、勝手に落っこちたんだろ。格好悪いったらありゃしない。


 違いねえやと、大将はさらに笑い声を上げる。それが止んだかと思うと、にやけたままの顔を伍助に近づけた。


だから俺は言ってやったんだ。それは魔法使いじゃない、ただの間抜けだっ


 それ以上の言葉は、続かせなかった。伍助は大将の横っ面を殴り飛ばした。大きな身体が、地面に倒れこむ。何が起こったのかと呆ける腰巾着を、思いっきり蹴り飛ばした。

 他にいた取り巻きたちが、伍助にとびかかる。だが、それは新太によって防がれた。見ると、伍助以上に興奮している。余程腹に据えかねていたのだろう。その顔は真っ赤に茹で上がっていた。


このやろうっ


 そこから先は、大乱闘だ。殴って、殴られ、蹴られて、蹴り飛ばしてやった。

 伍助も新太も、魔理沙を好いていた。だから貶されることは腹立たしかったし、何より少女を泣かせたことが許せなかった。伍助たちにとって、少女は妹も同然だ。だからこそ、伍助もかっとなったのだった。







 一部始終を聞き終える頃には、鴉妖怪は二人の手当てを終えていた。少女は、布団に寝かせられている。その頬には、まだ涙の後が残っていた。

 争うことを止めろとは言わないが、手を出すのは最後の最後まで我慢しろと、以前に里中で喧嘩の仲裁に入っていた入道使いの言葉を借りて、鴉妖怪は二人を諭す。新太は反発したが、伍助がわかったと頷くと、渋々それに合わせた。

 大きな怪我はしていないようで、鴉は安堵する。素人見立てではあるが、何かあったら直ぐに診療所に行くようにと結んで、腰を上げた。少女を家に送っていかなくてはならない。少女を起こそうとするよりも早く、少女は飛び起きて伍助と新太に抱きついた。

 さっきまでは静かだったが、またも大声で泣き始める。宥めすかして泣き止ませると、少女は二人に大声で叫んだ。喧嘩をしないで、と。

泣く子と地頭には勝てないな。

 鴉妖怪がそう呟くと、伍助はぷっと吹き出し、新太はちげえねえやと笑う。男達が大笑いする中で、意味がわからぬ少女だけがぽかんと泣き止んでいた。

 少女を送り届けると、少女の叔母は何度も鴉妖怪と伍助たちに感謝の気持ちを述べた。鴉妖怪としては、たまたま見つけただけなので何をしたというわけでもなく、それが少し気恥ずかしさとなって現れる。早々に立ち去ろうとしたが、叔母は夕飯を食べていけと鴉妖怪たちに勧めてきた。

 伍助と新太は少女の家に早速上がりこむ。鴉妖怪は断ろうとしたが、そこで腹の虫がなってしまった。そういえば食材は買ったのだが、まだ食べてはいない。その音を聞いて叔母は笑い、鴉妖怪は顔を赤くしながら、少女の家へと入った。

 その日は、とても楽しい夕食だった。伍助と新太は自分達の武勇伝を語り、少女に注意される。それを見て、少女の伯父と叔母は笑っていた。仕事先で仲間たちと食事を摂ることはあるが、このような団欒は、少なくとも記憶を失ってからの鴉妖怪にとっては、初めてのことだった。

 話題は少女のことから最近の寺子屋で起こったことへと転がり、鴉妖怪の話題に移る。妖怪らしくねえなあという伯父の言葉に、皆が頷くと、どっと笑いが起きた。その中で、少女があることを呟いたのだ。


鴉さんは、父ちゃんみたい。


 話を聞いたことがあるが、鴉妖怪は少女の父親にあったことはない。少女の母親は出産の後に身体を崩し、父親は薬を取りに里の外に出たところで妖怪に襲われ、共に他界している。一時期里で猛威を振るった流行り病にかかった少女を救うためのことだったそうだ。

 一瞬、団欒の場に沈黙が訪れる。少女が親のことを思い出してしまうのではないかと。だが、少女はにこやかに笑いながら、きっと死んだ父ちゃんのかわりに鴉さんが来てくれたんだよと言う。そこに、鴉妖怪は幼いながらも人間の強さを垣間見た。

 少女は奥の部屋から、いくつかの紙を持ってきた。見るとそれは何枚もの写真だった。未だ写真というものは家庭にまで普及はしていない。それは貴重な少女の思い出である。


ほら、これが父ちゃん。


 少女が一枚の写真を差し出す。そこには少女なのだろう、赤ん坊を抱いた線の細い女性と、柔和な表情を浮かべた男性が写っている。少女の両親だ。その写真を顔に近づけた鴉妖怪の腕が止まった。


見覚えがあったのだ。


 ある。確実に自分はこの男と会っている。思い出されるのは乾いた血の張り付いた顔。男は寝そべっている。そんな男と自分は目線を合わせていた。

 努めて平静に、鴉妖怪は少女に頼んだ。この写真を貸してくれないかと。その頼みに、少女は一瞬難しい顔をしたが、直ぐに笑顔に戻るといいよ、と言ってくれた。

 助かったと心の中で安堵する。もし理由を聞かれたならば、自分の頭ではまともな切り返しなど出来るはずもないと思っていた。周りが特に訝しがっているようには見えないのが救いだった。

 ささやかな団欒は終わり、伍助たちと共に鴉妖怪は少女の家を後にした。

 遠くの大通りからは賑やかな音が聞こえてくるが、この辺りは静まり返っている。鴉は自分の長屋の前で、伍助たちと別れようとした。


鴉さん。今日はありがとうな。


 伍助が頭を下げる。新太も笑いながら、ありがとうと口にする。


何かあったら、俺達力になるからさ。男の約束。


 その言葉を聞いて、鴉妖怪は笑った。その時は頼むよと言って、二人を見送る。煎餅布団に座り込んで、鴉妖怪は先ほど譲り受けた写真を眺めた。








 男の顔を見ることで、少しずつ思い出してきた。男は確かに血塗れだった。歪な木が沢山立っている。森だ。自分はあの時まだ只の妖怪鴉だった。

 飛んでいた。そう、あの森を自分は飛んでいたのだ。飛んで、なんでか、記憶が飛ぶ。次に思い出した記憶には、男の顔があった。

 男は、死にかけだった。自分は、そんな男に近づいて。

 男を、ついばんだ。そうだ、ついばんだのだ。

 水場に駆け込み、先程まで胃に入っていたものをぶち撒けた。

 美味かった。肉を食べる毎に力が漲り、鴉は夢中で男の肉と臓物を貪った。視界の端に、誰かの足が見えた。

 それより先の記憶は無い。ぶっつりと途切れ、そこから先は、目線が高くなっている記憶しかない。

 何故、何故自分は男をついばんだのか。否、そんな過程はどうでもいい。確かなことは、自分は確かに男を食ったのだ。少女が愛した父親を。

 口を漱ぐ。多分あの場所のどこかだ。そこで、自分は男と会ったのだ。

 手早く、最低限の荷物と写真をまとめ、鴉妖怪は家を出た。こんなにも夜をもどかしく感じたことは無い。半端に開いた記憶の蓋は、鴉妖怪から冷静な思考を奪うには充分だった。

 外に出た鴉妖怪は静かに翼を広げると、空へと飛び出した。身体が軽い。明日は確か満月だ。空では、一際大きな月が、あざ笑うように鴉妖怪を照らす。鴉妖怪は、翼をはためかせた。







 まだ日も昇らぬ時間帯に、森近霖之助は目を覚ました。普段から早起きではあるが、たまにこういう時がある。早く起きてしまったと愚痴り、しばらく布団でもぞもぞとしてみたが、以外にも目は冴えており、どうにも寝直すことは出来ない。

 布団から這い出して本でも読もうかとも思ったが、まだ周りは薄暗い。別に読めないわけでもないが、どうにも気分が乗らない。はあと溜息をついて、店の鍵を開けた。外に出ると、やはりまだ薄暗いが、遠くの空がほんのりと赤みがかっている。多分、もうそろそろ太陽が顔を出すだろう。本を読むのはそれからでも構わない。

 店内へと戻り、掃除を始める。しばらくすると、店内が明るくなっていた。以外にも没頭していたようで、時計を見ると結構な時間が過ぎている。先に無縁塚でも行こう。そう思い立ち、霖之助は荷車を引いて無縁塚へと向かった。

 道中、珍しい物と顔をあわせた。毒人形、メディスン・メランコリーである。無縁塚の近くにある鈴蘭畑を根城にしているこの人形とは、たまに会う事があった。最近は永遠亭に通っている効果もあってか、以前よりも好戦的な性格ではなくなっている。どうやら半妖である霖之助は人間としてはみなされていないようで、偶に会えば会話ををする程度の仲ではあった。

 そんな毒人形は必死にこちらに走ってくると、霖之助に気付く。どうしたのかと声をかけると、メディスンは慌てた様子でこう言った。


「今はあっち行かないほうがいいよ。私見たんだ、おっきい妖怪がいたの!」


 霖之助は、以前に霊夢から聞いたことを思い出していた。最近は妖怪が活発化していると。聞くと、散歩をしていたメディスンは森の中からその妖怪が出てきたのを目撃したらしい。さらに自分を見て追ってきたので逃げてきたという。

 霖之助も逃げよう、食べられちゃうわと慌てるメディスンは、次の瞬間にあっと声をあげた。その視線の先を霖之助が見ると、何者かがこちらへ向かってくる。だが、その姿を見て、霖之助はメディスンの頭を撫でた。


「大丈夫だよ、メディスン。あれは怖い妖怪なんかじゃあない」


 近づいてきた妖怪を見て、霖之助は声をかける。声をかけられたのは、霖之助よりも一回り大きい体躯の鴉妖怪。直接の面識は無いが、何度か用事で人里を訪れたときにその姿を目にしたことがある。里の人間達の話では、危険性は無く、里で人間達と共生していると聞いた。

 鴉妖怪の目は鋭い、霖之助は自分とメディスンの紹介を軽く済ませると、何かあったのかと鴉妖怪に問う。少なくとも、人里にいる妖怪が何の理由も無く訪れるような場所ではない。鴉妖怪は持ってきていた袋から一枚の写真を取り出すと、霖之助に差し出す。その男の顔に、霖之助は見覚えがあった。


この男を、知らないだろうか。


 鴉妖怪の顔には、一切の余裕といったものがない。その様子を見て、霖之助は眉の端を上げた。自慢ではないが、長年客商売というものをやっていると、相手がどのような心理状態なのか読むことが出来るようになる。そして、目の前の妖怪は、最低でも人生に関わるような問題を抱えているのだろうと霖之助は読み取った。知っていると霖之助が告げると、鴉妖怪は大きくその目を見開いた。


「長くなりそうだ、来るといい。店に案内しよう」







「多分、五年かな、それくらい前にその男の顔を見たことがあるよ。記憶力に関しては信頼してくれていい」


 差し出された茶を眺めながら、霖之助の語りを聞く。時計の音と、外で鳴いている鳥達の声が、静かな店内に響く。メディスンは一緒についてこようとしたが、丁重にお断りした。後で菓子の一つでも持っていかなくてはならないかと考え、その思考を放棄する。


「君は、その男にどんな用があるんだい?」


 鴉妖怪は、自分の経緯を話す。昔の記憶が無いこと、昨夜記憶の手がかりを掴んだこと、それがこの男の顔だということ。そして、瀕死の男の肉を、喰った事。その事情を説明し終えた鴉妖怪は、出された茶を一口すすった。

 鴉妖怪の言葉に、嘘をついている様子は感じられない。ならば、写真の男がこの妖怪と何かしらの関係があるのは間違いが無いだろうし、事実喰らったのだろう。本来ならば、里の人間に手を出した妖怪は、博麗の巫女に退治されることになっている。とりあえずそのことについては思考の外に追い出し、霖之助は尋ねた。


「その男の行方を知って、君はどうするつもりなのか」


 鴉妖怪は、しばらくの間湯呑みを見つめていたが、やがてぽつりと呟いた。その大きな身体からは想像も出来ないほどに、小さな声だった。


ただ、知りたいのです。そこに、何かがあるはずなのです。

「……不確かな記憶の中の事とはいえ、随分と抽象的に聞こえる。それは、君だけの事情ではないのかい?少なくとも、君はその男を喰らったという記憶はあるのだろう。ならばそれはそこで終わりのはずだ。違うかい」

否定はしません。ですが、どうしても知りたいのです。何故、私はこの男を捜しているのか。そこに何の記憶があるのか。ただ、知りたいのです。

「知った結果、どうなろうとも構わないというのかい?」

構いません。例え、何を捨てることになろうとも。


 己が存在意義。それは他の者からすれば嘲笑一つで吹き飛んでしまう程にどうでもいいことなのかもしれない。しかし、霖之助には解る。それが解らないことが、どれほど辛く、苦しいことなのか。失われた記憶の中に、きっと鴉妖怪の存在意義があるのだろう。だからこそ、今ここで、全てを捨てても構わないという覚悟で来ているのだ。


「……そう、あれもその頃だったな。五年ほど前に、人里である病が流行った。どうやら外の世界からもたらされたものらしく、里の施設では打つ手なし、何人かの死者が出てから、ようやく永遠亭という場所でその病に対する薬が開発された」


 鴉妖怪は、視線を湯呑みから動かさない。聞いてはいるだろう。霖之助は言葉を続ける。


「その薬に必要なものが、この先にある魔法の森で取れるある種類の植物だったんだ。里の人間は博麗の巫女や森に住む魔法使い達の助けを借りて、その植物を探しにいった。今でこそ薬は安定的に供給されているが、当時はそうではなかった。隠れて植物を採り、それを売り捌く者、薬が不足している者のために、自ら森に入る者。彼も、きっとそんな中の一人だったんだろう」


 鴉妖怪が、視線を上げる。霖之助は少し眉をひそませ、当時の情景を思い出す。


「僕が発見したとき、その男は木の根を枕にしていた。森の中には危険な妖怪が沢山潜んでいる。一目見てまず助からない、それほどの怪我だった。その男の手には、薬の原料となる植物が握られていた」

「どうしようも無かった。僕には医術の心得は無いし、魔法も使えない。どうしようかと考えていると、男はこう言ったんだ。これを永遠亭に、そして娘に、とね。娘の名前を聞いて、僕は植物を受け取った。風の便りで聞いた話では、どうやら娘は助かったらしい」


 少女のことだ。鴉妖怪の顔が、微かに動く。しかしあまりに微か過ぎて、それがどんな感情を表すものなのかは、霖之助にも分かりかねた。


「その男は、きっともう感覚も無くなっていたのだろう。その身体は妖怪鴉についばまれていたのに、何も言わなかったのだから」


 沈黙。硝子戸から見える外はあんなにも明るいのに、その光はここまでは届いてこない。光の所為だろうか、店の中は普段以上に暗さを増していた。


どこに。

「ん」

男がいた場所は、どこでしょうか。

「……案内しよう」


 霖之助は鴉妖怪を引き連れて、魔法の森へと入っていく。道から外れて四半刻程度の場所。その木の根元に、小さな石が立っている。


「戻ってきた時には、衣服と骨と僅かな皮だけが残っていた。骨は遺族の下へ送られたが、墓だけは立ててやろうと思ってね」


 霖之助の言葉を背で受け、鴉妖怪は墓の前に座り込む。その様子を見て、霖之助はその場を立ち去った。

 静寂。木漏れ日は明るいが、魔法の森から出る瘴気が、まるで現実から隔離されたように感じられる。鴉妖怪は動かない、否、その中は激しく脈動している。頭から流れてくるのは、記憶、そして、感情。そして、血の海に沈む魔法使い。

 流れてくる。







 妖怪の山に、一羽の妖怪鴉がいた。その鴉は、他の者たちよりも力が強かった。あくまでも妖怪鴉という枠の中でだが。

 妖怪鴉は仲間たちと比べても、頭が良くは無かった。少なくとも小難しいことを考えることは出来なかった。故に、一度思ったことは逆に忘れることは少なかったが。

 鴉は、強くなりたかった。人の形を為して、大空を自由に、力強く羽ばたく天狗の姿を見て思ったのだ。考えることなどは苦手だったが、動物の勘というもので、己と天狗の間にはそれこそ比べるのもおこがましいほどの大きな隔たりがあるということだけは分かった。

 いつか、自分もあの高みに辿り着きたい。他の鴉達が群れで行動する中、その鴉だけは常に孤独だった。分かってもらおうとも思わなかったし、そもそも己の気持ちを説明できるほどに鴉は頭が良くは無かった。

 いつか、必ず。そう思いながら、鴉は日々を過ごしていた。


 転機は、突然に訪れる。


 普段よりも、山の様子が慌しかった。天狗の命により、鴉達は滝の防備についた。強きものに従うのは自然の摂理である。そこに疑問を挟み込むようなことは無かった。

 遥かな空から、何かが迫ってくるのがわかった。色は鴉天狗たちに近かったが、今まで見たこともない人物だった。敵だということだけは、指揮をとっていた白狼天狗の言葉で理解することが出来た。


放てっ!


 号令と共に、妖怪鴉たちは妖気の玉を敵に向かって撃ち出した。爆音と爆煙。しかし、野生が告げていた。堕ちてはいない。


「……うじゃうじゃとまあ、まるで壁だな。仕方ねえけど、使うか」


 煙が晴れる。敵は傷一つなく、悠然と箒の上で仁王立ちしていた。一瞬遅れて、白狼天狗の号令が聞こえた。第一射とは違い、広範囲ではなく敵そのものに対して、妖気の雨が飛んでいく。玉を放つ瞬間、鴉は見た。何かを前に突き出しているのを。


「マスタアアアァァ……」


 瞬間、景色が暗くなった気がした。しかし、それは間違いであり、敵の手に収束した光が、周りの景色を相対的に暗く見せているのだ。勿論、鴉はそんなことを考えるほど頭は良くは無い。ただ、時間がゆっくりと流れている感覚に襲われていた。

 光はゆっくりと、しかし段々と敵のかざした物へと収束していく。光が完全に吸収されると、その向こうから仄かに光っている敵の姿が見えた。


「スパアアァァクッッ!」


 光。圧倒的な光。それは軽々と鴉達の出した妖気の玉を飲み込み、奔流となってなって押し寄せた。光の流れに飲み込まれながら、この時妖怪鴉はある感情に襲われた。


 美しい。


「そんなんじゃあ、私を止めることは出来ないな」


 落下していく。一面空の青の視界の中を、悠々と敵は飛んでいったのだ。何本もの枝をへし折りながら、鴉は地面に叩きつけられた。思ったよりもひどい怪我ではない。当分動くことは出来ないだろうが。周りで仲間達がのびている中で、鴉はただひたすらに思った。

 あの光を、もう一度見たいと。







 山の騒ぎが収まった後、鴉は山を飛び出した。もう一度、あの光を見たかったのだ。特に見咎められることも無く、簡単に抜け出すことが出来た。

 しかし、鴉は己の目標も忘れていなかった。強くなりたいという思いだ。手っ取り早く強くなるには、とにかく喰らうことなのだが、生憎山では争いなどしようものなら簡単に処分されてしまうだろう。それなりに永い時を生きている。自分の力量が山の最底辺だということは、本能で理解していた。

 しばらくの間、鴉は幻想郷を飛びまわり、魔法の森に居を構えた。元々群れるたちではなかったので、この状況を悲観などはしていなかった。自分がどこまでやれるのか、試したかった。

 妖精に玩具にされそうになり、格上の妖怪から逃げ回り、誤って踏み込んだせいで人形に追い掛け回され、たまに魔法使いにあっては、なす術も無く落とされた。

 時には命のやり取りをし、その肉を喰らった。そのような暮らしの中で、少しずつ自分の中に力と知識が蓄えられていくのがわかった。それは、妖怪鴉にとっては、至上の喜びだったのだ。そして、妖怪鴉はもっと力を求めた。

 しかし、その時間は長くは続かなかった。

 魔法の森に居を構えてからしばらく経った頃、妖怪鴉はこてんぱんにのされることになる。近くの主である化け鷲に喧嘩を売った結果だった。

 どうにかこうにか、ほうほうの体で鴉は逃げ出すことに成功した。だが、ろくに身体を動かすことも出来ない。数日の間とにかく身体を休めたが、それでも身体は衰弱していく一方だ。どうにかしなければならない。

 しかし、今の自分には狩りを行うほどの体力も無い。辛うじて意識を繋ぎ止めているようなものだ。もしこのまま目を閉じてしまったら、きっと命が消えるだろう。

 今まではわからなかった。勝ち続けてきたから。しかし、負けた今になって初めてわかる。命を奪うということは、奪われることと同義なのだ。それは当たり前のことだが、それを知るには鴉は遅すぎた。

 このままでは間違いなく死ぬだろう。座して死ぬよりは、死ぬまで足掻いてみたかった。その選択が、鴉に光明をもたらした。

 血と肉の匂いがする。思い通りにならない身体に鞭を打ち、匂いの元へ向かうと、そこには人間がいた。自分と同じように、死にかけの身体だ。人間の目が、鴉を見据える。鴉は近付き、皮が剥げて剥きだしになった肉をついばんだ。

 鴉は、初めて人間の味を知った。それのなんと美味なことか!喰らえば喰らうほどに、空っぽだった己の身体に力が貯まっていくのが行くのがわかる。感覚が戻ってくる。その身体のどこに入っていくのか、鴉は一心不乱に男の肉を貪った。







 鴉妖怪は墓の前から立ち上がると、翼をはためかせた。眼下に森を眺め、ゆったりと飛行する。しばらくの後に、木々の無い小さな丘が視界に入る。小高い丘のてっぺんに、鴉妖怪は降り立った。

 腰をかけるのに丁度いい大きさの岩。それしかない。地面には雑草が茂っており、少し視線を巡らせると、周りは魔法の森特有の歪な木に囲まれている。

 ここだ、ここで、自分は彼女を見たのだ。







 気がつくと、男の姿は骨と皮のみとなっていた。あんなにもがたがたとしていた身体には、力が漲っている。今なら、あの魔法使いにも一矢報いることぐらいは出来るかもしれない。

 飛び上がる。丁度良く、魔法使いがものすごい速度で飛行しているのが見えた。天狗のように、風と一体になるような飛び方ではない。風を突き破るように、光は飛んでいた。

 鴉が追いかけようと速度を上げる、しかし、直後に姿勢を崩した。

 頭の中に、映像が入ってくる。見たこともない人間の顔だった。先程喰らった人間よりも随分と幼い。鴉がどうにか映像を理解すると、さらに連続して様々な映像が流れ込んできた。


 母の顔、父の顔。

 畦道を走る子ども達。

 花火、雪、桜、隣にいる女。

 そして、少女の顔。


 しばらくの間、激しい頭痛に耐える。それが収まる頃には、魔法使いは視界から消えていた。

 なんだこれは。そこで、自分が人の言葉を理解していることに気付く。今度は心臓が激しく脈打つ。息も出来ないほどに激しく、強く。

 身体が熱い。記憶が抜ける。記憶が入ってくる。ぐちゃぐちゃな頭の中で、ただ少女の顔と、魔法使いが見せた光だけが強く存在を放っている。しかし、それすらも端からぼろぼろと崩れていく。

 この二つは、忘れてはいけない。軋む頭と脈打つ身体を従えて、鴉は魔法使いの下へ向かう。記憶がぼろぼろになる前に、あの光をもう一度見たかった。しかし、それは叶わない。

 鴉の視界に映ったのは、血だまりの中で魔法の森の木のように歪に変形した魔法使いだった。

 降り立ち、呼びかける。返事は無い。何度も、何度も。

 助けてやりたい。しかし、自分の身体では、魔法使いを持ち上げることすら出来ない!

 ひたすらに鴉は鳴いた。必死に鳴き続けた。助けが来るようにと。空では血の匂いを嗅ぎつけたのか何匹もの妖怪、動物が舌なめずりをしていた。

 先程まで感じていた死への恐怖が嘘のように引いている。この魔法使いには、あの光には、自分の命以上の輝きがある。そのためならば、何も惜しくは無かった。

 ぎしぎし、みしり、どくんどくん。喧しいほどに身体の中から音が聞こえる。それに負けぬように、鴉は必死に声をあげ、そして、その声は届いたのだ。見たことのある鴉天狗。魔法使いに必死に声をかけるその姿を見て、鴉はその場を後にした。

 夢は叶わなかったが、仕方が無い。今は、無性に少女の顔が頭の中にちらついていた。会いに行かなくてはいけない。そんな気がしたのだ。そこで、鴉の意識は途切れた。







 どれほどの間記憶に浸っていたのだろう。既に日は暮れようとている。遠くの空で、鴉達が鳴いている。

 欠けた身体と、溶けた魂。自分の意義、生きる目的。夢。それら全てが己の中に入ってきた。

 迷いは無い。鴉妖怪は香霖堂へと向かう、朝よりも更に暗くなった店の中では、店主がランプの灯を使って本を読んでいた。読んでいた本を閉じて、霖之助は尋ねる。


「思い出したのかい」

全て。

「それはよかった」


 鴉妖怪は店内を進み、持ってきていた袋を霖之助に差し出した。中には、男の写真と、少しばかりの文銭が入っている。何かお買い求めかと聞くと、鴉妖怪はある場所を指差す。そこにあったのは、魔法使いの三点道具。箒、とんがり帽子、そしてミニ八卦炉。


「……それを買って、どうする気だい」

渡したい人がいるのです。


 強い眼差し。霖之助は溜息をついて、それらを布袋の中に入れた。箒は流石に入らないので、直接手渡す。


「もともとあれは預かり物だからね、御代はいらないよ。持ち主に、返してきてくれないか?」


 袋と箒を受け取ると、鴉妖怪は頷いた。必ず、と。

 鴉妖怪が去った店内で、霖之助は先程まで魔法使いの道具があった場所を見つめる。何も心配はしていない。少しさびしくなったその場所に、今度は何を並べようか、そんなことを考えながら、再び本を開くのだった。







 里へ戻った鴉妖怪は、伍助と新太を家に呼び出した。そして、先程香霖堂で受け取った道具を、二人に渡した。見覚えのある道具に、伍助たちの顔は驚きに満ちる。鴉妖怪はそれを魔理沙に渡すよう二人に頼んだ。

 伍助も新太も、普段の鴉妖怪を知っている。人間ではないにもかかわらず、その心は、そこらにいる嫌味な人間よりも人間臭い。その鴉妖怪が、今まで見せたことも無い顔を見せている。余程大事なことなのだろう。小さい頃から鴉妖怪と過ごしてきた二人だからこそ、わかるものがあった。

 一体何があったのか、そう聞きたい気持ちが、二人の喉下にまでせり上がる。事実新太は口を開こうとしたが、伍助はそれを手で制した。鴉妖怪は、言葉を続ける。もし、これから言うことがうまくいかなかった場合のことを一緒に伝えた。


頼む。


 喋り終えた鴉妖怪は、そう言って頭を床につけた。見たことが無いほどに真剣な鴉妖怪の態度を見て、二人も顔を引き締めて頷く。


わかったよ、男の約束だもんな。


 新太には魔理沙に対する伝言を頼み、もう一度頭を下げた。頼んだという言葉と共に、二人は長屋を後にする。

 次に鴉妖怪は、少女の家を訪ねた。星が瞬き始めるような時間帯だ。本来ならば失礼に価するような行為だが、少女の伯父と叔母は鴉妖怪を暖かく迎えてくれた。

 いきなりの訪問に、少女は始め驚いていたが、直ぐに破願して鴉妖怪に抱きついた。それを優しく離し、鴉妖怪は少女に尋ねた。


 魔理沙先生の魔法を見たいか、と。


 少女は目を輝かせて、力強く頷いた。









魔理沙先生、これ。


 伍助は、店の横に隠していた袋と箒を、魔理沙に手渡した。その中にあったのは、あの時霖之助に預けた帽子とミニ八卦炉。

 新太は、鴉妖怪から言われた通りに伝言を伝える。


 魔法の森の、あの丘で待つ。


 忘れないようにしていたのか、新太の緊張が解けたのが目に見えてわかった。何があったのか聞こうにも、伍助も新太もその口を開こうとはしない。わかったことは、鴉妖怪が言われた場所で待っているということだけだ。箒と袋を受け取った魔理沙の顔は、浮かない。


待ってるってよ。鴉さん。


 伍助が言う。その顔は、少年ながらにも強い意思を宿している。隣にいる新太も、しきりに頷いた。


頼むよ、行ってあげてくれよ。あんなに必死な鴉さん、俺達、初めて見たんだ。

「伍助」

俺とか新太みたいな奴はさ、沢山相談できる人がいるんだ。先生とかさ、母ちゃんとか父ちゃんとかさ。けどさ、鴉さんには誰もいないんだよ。俺達じゃ何にも出来ないんだ。


 伍助は俯きながら、言葉を紡ぐ。その言葉には、大人が使うような思慮は含まれていないただ純粋な言葉。


そんな人がさ、初めて頼ってくれたんだよ、俺達を。けどさ、魔理沙先生じゃないと駄目なんだ。先生じゃないと、鴉さんの悩みをどうにか出来ないんだよ。頼むよ!


 どこで知ったのか、頭を地に付けて伍助は懇願する。新太もその伍助の様子を見ると、同じように頼み込んだ。生徒に土下座などをさせる趣味はないと、魔理沙は二人に顔を上げるように告げる。真剣な表情を崩さぬ伍助に、一つの疑問を投げかけた。


「どうして」


 伍助の顔が一瞬戻る。


「どうして、そんなに必死になるんだ?」

友達だからだ!


 間髪いれずに応えたのは、新太だ。それを聞いて、伍助も静かに頷いた。


「あら、いつの間にか子どもに土下座をさせるような性悪になっていたのね。知らなかったわ」


 暗闇の中から、声が聞こえた。魔理沙の向けた視線の先、暗闇の中から、声の主は姿を現す。ちげえよと魔理沙がぼやくと、来客、アリス・マーガトロイドは薄く笑った。


「店主さんから頼み物を受けちゃってね。急ぎだって言うから、持ってきてあげたのよ」


 そう言って、アリスは持っていた紙袋を開き、あるものを取り出した。指を鳴らすと、人形達がそれを広げる。白と黒で彩られた、エプロンドレスだった。


「お前……」


 魔理沙が片目を見開く。それを見ながら、アリスは大仰に欠伸をした。


「何だかとっても眠くてね。今日はいい夢が見られそう。そうは思わない?」


 伍助と新太は、口を開いたまま固まっている。言葉の意味を読み取れていないのだろう。アリスの言葉を聞いて、魔理沙は顔を泣きそうに歪めた。


「夢、か」

「そう、夢。一夜の夢。それこそ、魔女が幻想郷を星で一杯にするような。そんなメルヘンチックな夢を見られそう」

「私は、私は……になってもいいのか」

「いいんじゃない、夢だもの。それに私は魔法使い、今日も明日も明後日も、それは死ぬまで変わらない。例え周りがどれだけ変わろうともね」


 その言葉は、呪文。この一夜が夢になる呪文。魔理沙の瞳が、揺れる。あの頃、少女は悩むたびにこうやって瞳を揺らしていた。それを、強がりの笑顔で隠していた。

 胸の奥で燻っていた思い。

 大事なもの。

 置いていったもの。

 あの時の自分が、心の奥で膝を抱えている。魔理沙は見た。虫に食われたようにぼろぼろになりながらも、少女の頬が、涙で濡れているのを。ずっと待っていたのだ。こうやって待っていたのだ。

 魔理沙はその顔を見ることが出来ない。視線を逸らし、ごめんと呟く。少女は、ぶんぶんと首を振った。

 そんなことはどうだっていい。謝ることなんて何も無い。貴女はわたしなのだから。だから、どうか。

 あの時の願いを、叶えて!







「ごめんな、待たせて」


 時間にして数秒。呆けていた魔理沙から、言葉が飛び出す。その瞳は、もう揺れていない。魔理沙は伍助に慧音を呼びに行くよう告げる。互いの視線が交わる。伍助はわかったと頷き、夜の人里を駆けていった。


「準備してくる」


 そういい残し、魔理沙と人形達は店内へと入っていった。この空を憶えておきなさいと、取り残された新太にアリスが声をかける。新太は少しの間を置いて、どうしてと聞き返した。

 夜空を見上げていたアリスは、新太に向き直る。その顔は、とても美しい。空では、星達が、己が主役だといわんばかりに、我が物顔で輝いている。


「これから、この夜空の主役が変わるから」


 そこに不信はない、確信だった。伍助に連れられた慧音が霧雨魔法店の前まで来ると、そこには新太とアリス。そして、懐かしい姿をした魔理沙が、そこにいた。

 黒と白のエプロンドレス。真っ黒なとんがり帽子。その右腕には、箒とミニ八卦炉が握られている。金髪は黒く染まり、右の眼には眼帯。見た目こそ変わったが、そこには紛れも無く、あの頃の魔理沙が立っていた。


「魔理沙……!」

「なあ、センセイ。今日はいい夜だなあ。とってもいい夢が見られそうだ。星が堕ちてきそうなくらいに沢山輝くそんな夢がさ。そうは思わないか?」


 先程自分に投げかけられた言葉を使う魔理沙を見て、アリスはくすりと笑う。その一言で、慧音は全てを理解した。


「いつか、こんな時は来るだろうと思っていた。お前の気持ちを聞いた時に、それは確信に変わった。こんなに早く来るとは意外だったが」

「そうか、やっぱりアンタは凄いよ」

「だから、行ってこい」

「ああ」


 ミニ八卦炉をポケットに入れ、箒を身体で支える。開いた右手で、魔理沙は眼帯をむしり取り、放り投げた。

 眼帯の奥にあったのは、真っ赤な瞳。否、本物の目ではない。義眼でもない。石だ。赤い石が、空いた眼窩に埋め込まれているのだ。

 いつだっただろうか、アリスは聞いたことがある。魔理沙は己の魔力を封じるために、賢者の石を使ったと。まさか直接身体に着けているとは思わなかったが。

 石が、赤く輝く。最初に起こった変化は、髪の毛だった。真っ黒だった魔理沙の髪が光り、髪の先へと流れていく。光が通ると、黒が金へと変わった。光が収まる。魔理沙の髪は、あの頃と同じ金色へと戻っていた。

 さらに石が輝く。今度は、左腕に異変が起こった。それぞれの指と肘に、金の輪がはめられている。それは石の輝きに呼応するように、青く輝く。直後、動くはずの無かった左腕が、動いた。動きを確かめるように左腕を回し、何度かその手を開き、閉じる。


「アンタ。それ、もしかして」

「ん、お前が人形を操るところから考えてさ。まさか本当に使うことになるとは思わなかったけどな」


 魔理沙は笑みを浮かべている。その顔は、あの頃と変わっていない。右手でミニ八卦炉を持ち、箒に跨る。魔理沙が力を込めると、風が起こった。最初は弱く、しかし段々と強くなっていく。いよいよ風が強くなり、伍助と新太は腕で顔を覆う。飛ばされそうになる帽子を自由になった左手で押さえ、魔理沙は慧音に言った。


「行ってくるよ、『慧音』」


 魔理沙は、弾幕を止めてから慧音を名前で呼ぶことは無かった。久しぶりに聞いたその言葉に、慧音は笑みを浮かべた。


「行くぜ」


 箒から、光が溢れた。それは光の尾となり、螺旋を描いて空へと飛んでいく。光の尾からは、色とりどりの大量の星が飛び出してきた。

 それは魔法。恋を冠した人間の魔法使いが使う魔法。
 
 光はしばらく夜空に止まっていたが、大きく発光しながら、幻想郷の夜空を駆けて行った。夜空が一際明るくなる。


うわあ!


 少年達が声をあげる。光の筋と、無数の星たちが、地上を明るく照らした。


「随分と派手にぶっ飛んで行ったわねえ。あいつらしいけれど」


 呆れたように言いながら、アリスは夜空を見上げる。全くだと同意して、慧音は声をあげて笑った。ひとしきり空を見上げ、アリスも浮かび上がる。どこへ行くのかと慧音が尋ねると、アリスはウインクを返した。


「何って、宴会の準備に決まっているじゃない。こんないい夢の中なのだから、好き勝手やるべきよ」


 次いで、伍助と新太の周りを、人形達が飛び回る。それが終わると、二人の身体が浮かび上がった。その身体には、糸が幾重にも絡まっている。偶には、こんな夜も悪くない。笑顔を崩さぬままに、慧音は手伝おうと口を開いた。









 宵闇の幻想郷。そこを一筋の光が駆け抜けると、無数の星たちが生まれた。

 身体を突き抜ける風の感触のなんと気持ちのいいことだろうか。眼下に広がる景色の、なんと雄大なことか。身体の中を巡っている魔力の、なんと禍々しいことか。それら全てを、魔理沙は己の全てを使って感受していた。

 約束の場所が見える。魔法の森の、小さな丘。その上空に、鴉妖怪の姿はあった。視認できる距離で止まると、魔理沙は箒の上に、両足で器用に乗った。腕を組み、鴉妖怪を見据える。お互いの顔に、笑みが浮かんでいた。

 少女は、と魔理沙が聞くと、鴉妖怪は嘴で下を指し示す。腰をかけるのに丁度いい大きさの岩の上で、少女はこちらを見上げていた。


「あの時、やたらと耳の傍で鴉の鳴き声が聞こえたんだ。思い出したよ、アンタだったんだな」

「そういやあの頃、やたらと喧嘩を売ってくる妖怪鴉がいたんだ。ここにいる鴉達とはちょっと違う感じがしたのを憶えている。あれも、アンタかい?」


 言葉は無い。代わりに首肯することで、鴉妖怪はそれに応えた。


私には、夢があったのです。

「思い出したのかい。それはどんな夢なんだ」

もう一度、私を魅了した光を見てみたい。貴女があの時放った光を、もう一度見てみたい。私はそのためだけに山を飛び出し、貴女を追い求めたのです。

「それはそれは」

力をつけ、その度に貴女に闘いを挑み、そして光を見ることなく敗れる。なんということのないその繰り返しに、私は確かに満足していたのです。そのためだけに、色々なものを喰らいました。


 鴉が視線を外し、少女を見る。その顔に浮かぶ感情は、一口に言葉には出来ない。それほどに複雑な感情を浮かべている。鴉妖怪は視線を戻し、再び魔理沙を見つめた。


しかし、全てを思い出し、人と同じような考えを持つにいたり、私の夢は変わりました。

「ほう。それは」

あの光だけではない、貴女が放つ光の全てを見たいのです。感じたいのです。あの時と同じように、もう一度勝負がしたいのです。その上で、全てを感じたいのです。私の全てを見せ、貴女の魔法を全力で感じたいのです。

「……なあ、旦那。その気持ち、なんて言うか知ってるかい?」


 息を荒げながらも言い切った鴉妖怪を見て、魔理沙は頬をかく。そんなことを聞かれると思っていなかったのだろう。鴉妖怪は今さっきの感情は何処へやらといった体で考え、しばしの後にわかりませんと言った。そのあまりにも気持ちのいい回答に、思わず魔理沙は笑ってしまった。


「それはな」


 小さい声。しかし、鴉妖怪にはしっかりと響いていた。


「恋って言うんだよ」


 会話が途切れる。はっとした表情は瞬時にに掻き消え、鴉妖怪は翼を広げた。中々に様になっている。これ以上は無粋だ。粋じゃあない。魔理沙は一層大きく笑みを浮かべると、身体の内から魔力を放出した。

 爆音。空を縦横無尽に駆け巡る光を、一羽の鴉妖怪が追いかける。時に光が交わり、時に星が舞う。溢れるような光の中を、鴉妖怪は必死に駆け抜け、飛び回り、追いかける。

 少女は、今までに一度も弾幕というものを見たことが無かった。異変は今までにも起こっていたが、それを直接見ることは出来なかったし、人里でそのようなことをする者もいなかった。

 少女は鴉妖怪の背中に乗り、幻想郷の風に身を委ねる。少女を連れ出す際に、何度も鴉妖怪が伯父と叔母に頭を下げていた姿を思い出し、少女はくすくすと笑う。伯父も叔母も、鴉妖怪を信頼している。文句も言わずに送り出してくれた。


魔理沙せんせいの魔法って、どんな魔法なの?


 道中で、少女はそう尋ねた。鴉妖怪は応えた。とても綺麗な『恋』の魔法だと。

 今、生まれて初めて魔法を、弾幕を見る。己が内に感じるものを、少女はまだ知らない。ただひたすらに、見とれていた。しかし、その時間にも終わりが訪れる。

 魔理沙は空中で静止し、鴉妖怪の姿を見た。いたるところに怪我を負い、所々からは血が流れている。文字通り、全く無傷の魔理沙と比べると、その実力差は一目瞭然だった。しかし、怪我を負っているその顔から、闘志は微塵も衰えていない。


「どうだい、久しぶりの勝負は。楽しくないか?」

とても。

「私もだ。たださ、この後に約束がある。遅れるわけにはいかないんだ。だから」


 魔理沙がかざした左腕には、ミニ八卦炉が握られている。直後、大きな光が吸い込まれるように収束していく。あの時、自分が見惚れた光景と、何一つ変わっていない。

 光が消える。消えた光のその先には、不敵に笑む魔法使い。にやりと笑う。鴉妖怪も笑みを返すと、全身に残った力を、己の右手に収束させた。掌を空に向ける。そこから、今までの中で一番の輝きを持った光の弾が飛び出した。


「見せてやるよ。あの時アンタが惚れ込んだ光を」

見せましょう、私がつけた力の全てを。


 咆哮。鴉妖怪は大きく腕を振りかぶり、それを放った。それは己の力の全て。己の歩み。己の感情。それら全てを込めた光の弾は、まるで心臓のように激しく脈を打ちながら、魔理沙に向かって飛んでいく。


「マスタアアァ……」


 身体から、力が抜けていく。地面に落ちようとする己の身体を必死に奮い立たせ、鴉妖怪は大きく身体を開いた。

 見届けるのだ。このために生きてきたのだから。

 光を飲み込んだミニ八卦炉から、今度は光が逆流する。魔法使いは、笑っていた。


「スパアアァァクッッ!」


 光、一筋の光は圧倒的な光へと変わり。その光は奔流となる。鴉妖怪の放った弾を易々と飲み込み、全てを更に輝きを増した。


 視界全てが光に染まる。眩しくはない、優しい光だ。これだ、これが見たかったのだ。これを感じたかったのだ。


 最後まで目を見開いたまま、鴉妖怪は光に飲み込まれた。


 光が止まる。光が通ったその軌跡に、鴉妖怪はいた。身体中から煙を上げ、雄雄しかった翼は無残にも骨だけになっている。それでも開いた身体のままで、鴉妖怪は叫んだ。


しかと、見させていただきました。


 それは意地でもあり、敬意でもある。鴉妖怪は己の全てを魔理沙にぶつけ、魔理沙の全てをその身に刻んだ。

 その身体から力が抜け、鴉妖怪は落ちていく。地面に衝突するかと思われたその直前で、その身体は光の網に受け止められた。魔理沙の術である。ゆっくりと横たえられた身体に、少女は駆け寄った。


鴉さん!


 肩を揺すりながら、少女が呼びかける。反応は無い。しかし、その胸は上下している。どうやら死んではいないようだ。それを見て、少女は安堵の息を吐いた。


「流石に頑丈だな」


 箒に跨りながら、魔理沙が少女の横に降り立つ。少女は、物心がついてから初めて魔理沙の魔法装束を見た。普段の印象とはまるで違う、魔法使いがそこにいた。

 鴉妖怪の胸に手を当てながら、少女は魔理沙に問う。どうして、こんなことをしたのかと。そこに非難の色は無い。ただ、純粋に知りたかったのだ。鴉妖怪は恋の魔法と言っていた。恋というものは、こんなにも激しいものなのか。それが知りたかったのだ。

 生温い、歪な風が少女達を撫でる。魔法の森の瘴気に中てられた風は、それでも少女には心地よいものに感じられた。


「恋ってのはさ」


 魔理沙が口を開く。少女は立ち上がると、魔理沙の顔を見上げた。


「恋ってのは、自分の全てをぶつけることなんだ。全力なんだ。それがどんなに格好悪くても、無様でも、自分の全てをぶつけること。それが恋なんだ。そこには迷いとか、不安とか、いろんなものが入ってくる。だけどな、それも全部、まとめて、包み込んで、ぶつけなくちゃあならないんだ」

それが、恋なの?

「私の中ではな。旦那は私の魔法に恋をした。だから全力でぶつかってきた。だから、私も全力でそれに答えた。そうしないと、いつか必ず後悔するからな」


 幼い少女には、まだ言葉の全てが理解出来ない。だが、それでも心は理解していた。そういうものなのだと。今度は少女が口を開く。


鴉さんがね、ここに来たときにいってたの。自分は私の父ちゃんを食べちゃったんだって。だから、魔理沙せんせいに怒られないといけないんだって。


 魔理沙の柳眉が、僅かに上がる。嘘や酔狂でそんな言葉を吐くような輩ではないことを魔理沙も少女も知っている。本当に全てを思い出したのだろう。


「そう思うか?」

わからない。けど、多分本当だと思う。

「お前は、どうしたい?」


 少女はしばらく鴉妖怪を見つめると、再びしゃがみこんでその手を鴉妖怪の胸に当てた。


わからない。けど、

「けど?」

もっとお話ししたい。嫌いになっちゃうかもしれない。もしかしたら、死んじゃえって思うかもしれない。けど、もっとお話ししたいの。ぐちゃぐちゃしてるから。


 迷いの無い声。それは少女の本心。そうかと呟き、魔理沙は星空を見上げる。見慣れた姿達が目に入った。


「これはこれは。最近ネタが無かったのですよ。『普通の魔法使い、普通に復活』とかどうですか?」

「久しぶりの言葉がそれかよ。お前だけならどもかく、鈴仙まで。何しに来たんだ?」

「懐かしい波長を感じたからね。来る途中で天狗とばったりって訳」

「なるほど」

「凄かったんですよ、鈴仙さん。会った途端に、魔理沙が、魔理沙が魔法を使ってるの!って」


 鈴仙は顔を赤くしながら文を追い掛け回す空中で、今度は兎と天狗の弾幕勝負が始まった。それを見て、魔理沙は笑う。とんがり帽子を取ると、呆けたようにそれを眺める少女の頭に被せた。


「私は行くぜ」

何処に行くの?

「約束があるんだ。恋をしに行く約束が」


 そう言って、魔理沙は箒に跨り浮かび上がる。二匹の喧嘩を仲裁すると、天狗を連れて魔理沙は夜空に光を放ちながらその場を飛び去った。少女と鴉妖怪のもとに、鈴仙が降り立つ。見たことはあるが喋ったことの無い兎耳に、少女は少し緊張した。


「大丈夫よ、とって喰いやしないから」


 ぎこちなく笑うその顔を見て、綺麗な顔なのになあと少女は考え、意外と自分の心が落ち着いていたことを思い出し笑った。

 手当てをしないとねと呟き、鈴仙は鴉妖怪を肩に担ぎ上げる。線は細いが、元は軍人だ。この程度の力仕事はなんと言うことも無い。

 空いた片腕で少女を抱き上げ、鈴仙は空を飛ぶ。ゆっくりと飛行しながら、鈴仙は普段の魔理沙はどうかと少女に語りかけた。それに答え、今度は少女が質問する。昔の魔理沙はどうだったのかと。

 難しい顔を浮かべ、ううんと鈴仙は唸る。嫌な奴だったと鈴仙が言うと、少女は目を丸くした。ただね、と鈴仙は続ける。


「魔法を使うことを除けば、貴女と変わらない、普通の女の子だった。嫌なことがあったら怒って、悔しいことや悲しいことがあったら、誰もいない場所で一人で泣いて。そんな、普通の女の子だった」


 その言葉は意外だった。自分にとって、魔理沙や慧音は強くてなんでも出来る、英雄だったのだ。鈴仙が語るのは、少女の知らぬ魔理沙の姿。それを聞いても、失望などはしない。むしろ、もっと魔理沙を知りたくなった。

 鈴仙に気付かれぬよう、少女は鴉妖怪を見る。無数の傷と痛々しい傷痕。少女にとって、鴉妖怪は父親代わりの存在だった。今でも、そう思う。

 知ることが怖い。もしかしたら、嫌いになるかもしれない。憎しみを持つかもしれない。それでも、少女が一緒に過ごした鴉妖怪は、確かに、優しかった。父のように。


ねえ、うさぎさん。

「何?」

もっと聞かせて、魔理沙せんせいのこと。







 博麗神社の鳥居の上。魔理沙は賽銭箱の前に立つ霊夢を見た。


「昔語りの間に割り込むほど、無粋じゃあないわよ。宴会には呼びなさいよね」


 記者の口調ではない、妖怪として文はそう言い残して、妖怪の山へと帰っていった。

 霊夢の横では、霊夢と同じ紅白衣装に身を包んだ次代の博麗が、眠そうに目をこすっている。それを見て、魔理沙はくくっと笑いを漏らした。ふわりと、霊夢が浮かび上がる。


「遅くなっちまったな」

「全くよ。今度からはもっと早く来なさい。まあ、お賽銭入れてくれたら許してあげるけど」

「そう言われて私が賽銭を入れたことがあったか?」

「三回」


 二人の笑い声が、夜の空に響く。次代の少女は楽しそうに笑う霊夢を、じっと見つめていた。笑い声が止む。


「あの時言えなかった言葉、気持ちかな。思い出したからさ。来たんだよ」

「そう」

「色々考えていたんだ。だけどさ、面倒くさいから簡潔に言うぜ」

「そうして頂戴」

「私はさ」


 思いっきり息を吸い込んだ。左腕が疼く。右目が喜びで輝きを増す。嫉妬、憎しみ、羨望、後悔、諦め。あの時感じた気持ちが、混ざり、渦となり、一つの感情になる。それは。







「お前の弾幕に、恋したんだ!私は!お前の弾幕が大好きなんだ!」







二人は同時に空を舞う。

 幾本もの光の矢が巫女を捉え、同時に放った札がそれを相殺する。衝撃で発生した煙から針が飛び出し、それは魔法の光で焼き払われる。魔法使いは光を纏い、緩く、鋭く、螺旋を描き、突き進み、暴走し、無数の星を吐き出す。星に埋まる空間を、巫女はすり抜け、星を足蹴にし、飛んでくる矢を殴り飛ばし、押し寄せる光を結界で弾き、腕を横に薙いで発生した空間に数え切れぬ札と針を投げ込み、陰陽球と身を滑らせる。上下左右、全方位、不規則に現れる札と針を速度を上げ、噴射光で焼き払い、眼窩に埋め込んだ賢者の石が蠢き、光の周りに魔方陣を展開し、そこから光線が飛び出し、その力で更に更に加速し、目の前から現れた巫女の拳を避けながら前方に一際大きな魔方陣が現れ、光を吹き、急制動をかけて、魔法使いは跨っていた箒の上に飛び乗って魔砲を後方に構え、巫女はその魔砲に結界を突きつける。停止は一瞬。魔法使いの箒から光が噴出し、巫女は亜空穴に飲み込まれる。

 魔理沙はゆっくりと態勢を整え、その前方、向かい合うようにして、霊夢が何もない空間から現れた。


「楽しいなあ!夢みたいだ!」

「そうね。柄じゃあないけど」

「アリスの弾幕も美しいが、やっぱりお前との弾幕は最高だよ!それこそ気持ちよすぎて、ぞくぞくして、気が狂っちまいそうなくらいだ!」

「なんともまあ、随分と趣味の悪い告白ね」

「もっともっと、お前の弾幕の全てを見たい!もっともっと、私の魔法を、全て見て欲しい!」

「構わないわよ。御代は見てのお帰りってね」


 霊夢の周りに、先程とは比べ物にならないほどの霊力が集まる。博麗霊夢の十八番、夢想封印。

 魔理沙のミニ八卦炉に、光が収束していく。霧雨魔理沙の代名詞、マスタースパーク。

 暴力的な光を、光の弾が受け止める。拮抗し、爆裂する。まばゆい光が、幻想郷を照らす。

 光の球が、霊夢の前で陣を組み、回転を始める。回転するほどにそれは光と速度を増し、遂には光の輪になった。魔理沙は両手でミニ八卦炉を構えると、両の目蓋を閉じた。


「封魔」 「アースライト」


 魔理沙の周囲に結界が現れ、霊夢の背後に光の格子が現れる。


「二重」 「スターダスト」


 結界は更に厚みを増し、周囲に星の渦が広がる。


「八方鬼縛」 「ブレイジング」


 無数の光の線が、魔理沙を取り囲む。魔理沙の背から現れた二本の光が翼になる。

 賽銭箱の横で、次代の少女は空を見上げる。それはまさしく幻想のように、この世のものとは思えぬ美しさで、少女の瞳に焼きついた。


「いくぜ」

「来なさい」


 距離は開いている。互いの声は聞こえない、しかし、確かに二人は言葉を交わした。


「夢想」 「ファイナル……」


 見えぬ右目の暗闇で、あの頃の自分が笑っている。釣られて魔理沙は口の端を吊り上げ、それを見て霊夢は薄く笑った。光の輪は限界を超え、八卦炉から光が溢れた。


「天生」 「スパアアァァァク!」


 天上の弾幕勝負、見届けたのは次代の博麗のみ。その日幾度となく、幻想郷の夜空は明るくなった。







 次の日、魔理沙は布団の上で目を覚ました。周りを見渡し、周りで眠る妖精たちを避けながら襖を開け、広間と境内で眠りこける人妖を見て、そこでようやくここが博麗神社だと気がついた。

 身体中の節々が痛む。それに、まだまだ眠い。寝なおそうかとも思ったが、いつの間にか寝ていた布団は妖精たちに占拠されていた。

 どうやら、一番先に起きたのは自分らしい。食器などはきちんと片付いているところを見て、片付けはしなくて済むかと一人呟いた。

 軽く伸びをし、顔を洗う。水桶の中に浮かぶ自分の髪を見て、昨日の弾幕勝負を思い出す。魔力を蓄え金に染まったその髪は、今は魔力がぬけて真っ白に染まっていた。久しぶりに羽目を外しすぎたかと苦笑し、次に顔を歪めた。


「どっちが勝ったんだっけ……?」


 勝負の結果だけはとんと思い出せなかったが、満足はしている。後で聞けばいいかと結論を出し、外に出た。死屍累々の妖怪どもの先、鳥居の下に、少女はいた。


「よう」


 少女が振り向く。次代の博麗は、大きな瞳をこちらに向けながら、おはようございますと呟いた。無愛想なのは霊夢の教育の賜物か。そう考えると自然、笑みが零れる。

 石段に腰掛け、朝日を眺める。幻想郷の夜明けは、今までの悩みがちっぽけに思えるくらいに輝いていた。背後にいる少女に、なあと魔理沙は問いかける。


「私の魔法は、どうだった?」


 少女は小さく、かっこよかったと言う。それだけ聞ければ充分だった。立ち上がり、少女の頭に手を置く。少し撫でると、少女は目を細めた。

 母屋に戻り、転がっていた箒を手に取る。少しばかり捜索をした後に、そういえば帽子は里の少女に渡したことを思い出した。周りを見ると、慧音がいない。他にも何匹かは見ることがなかった。夜の内に帰ったのだろう。今日は寺子屋も授業のはずだ。遅れるわけにはいかないと魔理沙は境内に出ると、箒に跨った。

 飛び上がる寸前、少女が魔理沙に近づく。どうしたのかと尋ねると、少女はしばらくもじもじとして、口を開いた。


また、遊びに来て。


 少女の言葉に、魔理沙は笑顔を返した。


「ああ。必ず」


 幻想郷の朝焼けを、黒白の魔法使いが飛ぶ。それは久しぶりの光景だった。







 着替えようと店に戻ると、その前に誰かがいるのが見える。見ると、鈴仙と慧音。アリスに伍助、新太に少女だった。皆の前に降り立つと、少女が帽子を差し出してくる。真っ白な髪に驚いている子ども達を他所に鴉妖怪について聞くと、今は永遠亭のベッドの上だと鈴仙が言った。

 聞くと、どうやら今日は授業は休みらしい。慧音のその判断は、魔理沙にはありがたかった。身体は未だにがたがただ。出来ることならさっさと布団にもぐり直したかった。

 だが、そういうわけにもいかないだろう。皆が集まっている中で、魔理沙は少女に目を向ける。もじもじとしているその姿が、先程神社で別れた博麗の少女と重なった。


せんせい、あのね。

「うん」

私、魔法をつかいたい。先生に教えてもらいたい。

「辛いぞ」

うん。

「悔しい時もある。泣きたい時もある。辞めたい時もある」

うん。

「けどな」


 魔理沙は箒を少女に渡す。少女は自身の身体よりも大きいそれを受け取り、少しバランスを崩す。跨ってみろという魔理沙の言葉の意図は読み取れなかったが、少女は恐る恐る跨った。


「目を瞑りな」


 少女はぎゅうっと瞳を閉じる。少し、身体が軽くなった気がした。もういいぞという魔理沙の言葉が聞こえ、少女はその目を開く。そこには、普段よりも頭二つ高い景色がある。飛んでいた。

 慌てる少女を見て、魔理沙はくすりと笑う。ゆっくりと少女の足が地面についたのを見て、少女に笑いかけた。


「どうだった?」


 少女の顔は、輝いている。あの頃の自分が重なった。時の流れを、感じて、少し寂しくなった。

 この先、少女には沢山の出来事が待っている。未来、出会い、別れ。あの鴉妖怪のことも。


「魔法を使えるようになって、お前はどうしたい?」


 少女は間髪を置かずに、こう言った。


鴉さんと、空を飛ぶの!それで、いっぱいお話しするの!


 魔法は全て己のためにあった。自分を中心に世界が回っていた。あの頃の全能感は、今はもう無い。それは悲しいことなのだろう。だが、代わりに新しい夢がここにある。こんなにも激しく輝いている。多分、これが自分の新しい夢なのだ。


「魔法使いには、ルールがある。自分の名前に『魔』をつけるんだ」


 ゆっくりと、魔理沙は口を開く。少女は笑った。


じゃあ、先生と一緒がいい名前の一番前につけるの!

「そうか」


 魔理沙は店の鍵を開けると、居間から紙と筆を持ち出した。魔方陣を机代わりにし、紙に筆を走らせる。筆を置き、皆に見えるように紙をかざした。


『魔梨沙』


「これが、今日からお前の名前だ。よろしくな『魔梨沙』」


 少女……梨沙は、大きく頷き、よろしくお願いしますと頭を下げた。

 歩みを止めて五年。霧雨魔理沙は再び魔の道を歩み始めた。










「はい、これで大丈夫よ。しばらくは無理をしないこと。それだけ守って頂戴」


 永琳の言葉に、鴉妖怪は小さく頷いた。玄関には鈴仙が立っている。送っていくわという鈴仙に礼を述べ、鴉妖怪はその後ろについていく。

 迷いの竹林と言われているだけあって、鴉妖怪には周りの景色が皆同じに見える。一応道と呼べるものはあるが、それすらも様々な方向に向かって伸びている。鈴仙の後姿を見失わぬようにしながら、鴉妖怪はこれからのことを考えていた。

 自分は、これからどうするべきなのだろうか。全ての記憶を取り戻した今、里の生活に戻るのには、些かの抵抗がある。それよりも、こんな自分を里は、子ども達は、そして少女は受け入れてくれるのだろうか。

 光が差し込む竹薮の中を進む。時間の感覚がおかしくなり始めた頃に、鈴仙は鴉妖怪に語りかけた。これからどうするのかと。その問いに、鴉妖怪は直ぐには答えられない。返答を待たずに、鈴仙は言葉を続ける。


「あの子、言ってたわよ。いっぱい貴方とお話したいって」


 歩みが止まる。振り向いた鈴仙の顔に、差し込む光で陰影が出来る。本当ですかと尋ねると、鈴仙は微かに笑った。


「嫌いになるかもしれないけど、死んじゃえって思うかもしれないけど、それでも貴方と話したいって。何をしたかは知らないけど、逃げちゃいけないと思うわ」


 朝の竹林に、その空気に似合わぬ沈黙が訪れる。鈴仙は笑いながら、私がそうだからと結んだ。

 力が抜け、その場に鴉妖怪は崩れ落ちた。地面に手をつき、多分この姿になってから初めだろう、涙を流した。自分は、許してもらえるのだろうか。その機会をくれた少女に鴉は涙を流し、鈴仙は背を向ける。朝の竹林に、嗚咽が響く。

 話そう。嫌われるかもしれないが、それでも喰らった男の感情は、この中で確かに生きている。憎まれるかもしれない、恨まれるかもしれない。それでも鴉妖怪は、少女と言葉を交わしたいと思ったのだ。

 妖怪鴉と人間、死にかけた不完全な身体は、ともに溶け合い一つの命として生まれ変わった。今、この時、ようやく鴉妖怪は己が生まれたことを実感したのだった。


「ありがとうね」


 鴉妖怪に聞こえぬほどの声で、鈴仙は唇を動かす。


「あの子に魔法を使わせてくれて」


 そこにあるのは感謝。幻想郷の朝は、過ぎていく。







『普通の魔法使い、普通に復活!』


 数日前に配られた号外の見出しに目を通しながら、パチュリーは起き抜けのコーヒーを口に運んでいた。この新聞を持ってきた美鈴は、新聞を握りつぶしてここまで持ってきた。それほどに慌てていたのだろう。今も少し皺が残っている。

 この報せを見て一番喜んでいたのはフランドールだった。最近は理性的になってきたと思っていたが、また魔理沙と弾幕勝負が出来るとはしゃいでいた様子は、まるで歳相応の童子のようだった。しかも、弟子まで取ったらしい。未熟者が、とパチュリーは一人魔女らしく笑う。


「パチュリー様、朝食の準備、いかがなさいますか?」

「今日はいいわ。それよりも小悪魔、今日は図書館の警備を厳にしておきなさい。後で私もトラップを起動しておくわ」

「はあ、まさか、魔理沙さんが盗みに来るとか?」

「まさかじゃないわ。確実に」


 直後、図書館の扉が開く。現れた魔理沙の姿はパチュリーと小悪魔の不意をついたが、その様子がおかしいやたらとしょんぼりしている。その横では、紫のローブを纏った小さな少女が、怒ったような眼差しを魔理沙に向けていた。


「……どうしたの?」

「いや、久しぶりに一発どかんとやろうとしたんだが」

「盗むのは駄目だよ!『お師匠様』」


 その様子を見て、パチュリーはぷっと吹き出す。直ぐにそれは大きな笑い声に変わった。その横では小悪魔も笑いをこらえている。ついに耐え切れなくなって、パチュリーは声をあげて笑った。

 格好がつかない魔理沙は、頬を掻きながら魔梨沙を見つめる。その顔を見て、がっくりと肩を落とすのだった。







 幻想郷の空を、魔法使いはその弟子を箒の後ろに乗せて、ゆったりと飛ぶ。雲ひとつない空は、段々と春の終わりを告げるかのように、日の力を強めている。

 魔理沙は後ろでしがみつく弟子に声をかけるが、返事がない。みると、少女は魔理沙の腰に手を回しながらも、その頭は夢の世界に旅立っていた。

 船を漕ぐ弟子の姿を見て、魔理沙は己の姿を重ねた。師匠についていくと決めたとき、魔理沙はまだ幼かった。師匠の中に母の影を見つけては、魔理沙は師匠に甘えていたことを思い出す。自分が甘えるとき、師匠は常に優しかった。

 あの時の自分が、今度は師匠の立場になっている。時の流れの残酷さと、その流れに残る師の思い出が、魔理沙の胸に入ってくる。あの時、師は何を思っていたのだろうか。


「私は、上手くやれるのかなあ、お師匠様」


 魔理沙に出来た新しい夢は、少女を育て上げること。自分のためも勿論あるが、少女の中にある才能がどのように育っていくのか、それを見届けたかった。

 少女のことだけではない、勿論人里の生活も今までどおり続けていこうと思っている。今までも中々に忙しかったが、これからはそれに輪をかけて大変になるだろう。そこに負の感情は無い。ただ純粋にそれを受け入れることが出来ること。それが成長だということに、魔理沙は気付いていない。

 この後は、香霖堂に寄る予定だ。弟子を紹介しに行かなくてはならない。ついでに茶もせびってやろう。ただそれが出来ること、それがたまらなく楽しい。

 弟子を起こさぬよう、ゆったりと魔法使いは空を飛ぶ。その後ろの姿に気づかぬまま。

 小さくなっていく魔理沙の後姿を見送って、魔女は笑った。


「頑張りな、魔理沙」


 師の言葉を背に、魔法使いは、今度は二人で空を飛ぶ。
『魔理沙と魔梨沙』というもので書いてみたかったのですが、初めてここまで長い文を書きました。本当に、長文を書ける作者様は羨ましい限りです。

見直しはしましたが、もし誤字、脱字、ご指摘などありましたら、是非お願いします。

また、この作品は以前に書いた作品と世界観を共有している部分があります。この作品単品でも読めるように最大限配慮をしたつもりですが、もしそれらの作品に興味を持っていただけると、とても嬉しく思います。

最後に、拙い作品ではありますが、自分の作品をここまで読んでくださった読者の方に、最大限の感謝を。

ありがとうございました。



2/1 誤字修正、本文前の一部注意を概要に。

 沢山のご指摘、ありがとうございました。あまりの多さに自分が情けなくなります。もし間違いを見つけたら、是非ご指摘をお願いします。
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コメント



0.1250簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
キャラがいきいきしている作品で、大変楽しめました。

加えて、誤字の指摘だけ。
>聞いたことの無い大声に、思わず霊夢の身が固まる。痛いほどの力で無理矢理縁側から腰を上げさせられた。自分に危害をくわえる気は無いと、地震の勘が告げる。
4.無評価名前が無い程度の能力削除
加えて失礼。
1行目の誤字はちょっと見栄え的に悪いかなあと。

・この作品には、原作意外に『名前つき』のキャラが登場します。戦闘描写や、多少グロテスクな表現もあります。また、原作よりも数年後の描写が含まれております。
6.80名前が無い程度の能力削除
とりあえず何も考えずに感想を述べるなら
「美しい物語だ」
と言う身も蓋も無い感想です(小学生並の感想)
しかし、「何か」、どこがとか具体的に言えなくて申し訳無いんですが
何かが足りないと言う印象です、そこら辺がよくわからずにモヤっとしました
何が足りないのかはおそらく描写の中の何かなんでしょうが、それを上手く説明できません、申し訳ない
ただ、やはり夢を見る少女と言うのは美しい物だとそう言う感想を持ちました
夢から眼をそむけたけどやはり同じ夢を見ていたいと言う描写は美しかったです
烏さんが出演する必要はあるかな?と言う疑問もありましたが、恋なら仕方ないな

>圧倒的に包帯に包まれいる部分のほうが多いだろう
包まれて、ですかね
7.90奇声を発する程度の能力削除
とても引き込まれる面白いお話でした
10.100名前が無い程度の能力削除
 後味の良い綺麗な読み心地でした。所謂「その後の話」はこうでなくては。
最初は少女が魔理沙に憧れる、鴉妖怪さんは魔理沙の肉を食べて変化した
という設定かと思いましたが、星に憧れる純朴な妖怪さんでしたね。
 ただ、漠然としていて伝えにくいのですが、「間」の使い方が上手くないというか、
他にもところどころ文章というか構成というかが上手くないなと思うことがありました。
(内容の良さと比べて減点するほど強い違和感ではないのですが)
12.100名前が無い程度の能力削除
話に引き込まれました
読んでて楽しかったです

誤字報告ですが、新太が新他になっている所と小悪魔が子悪魔になっている場所がありました
どの部分だったのかが思い出せないのが申し訳ないですが()
13.100名前が無い程度の能力削除
ちくしょう魔理沙かっこよすぎるぜ!

誤字報告ですが店が見せに、紙が髪になっている場所がありました。
14.100名前が無い程度の能力削除
綺麗にまとまってて面白かったです
17.100パレット削除
 うーん良かった! 面白かったです! 関連してるっぽい過去作も軽く見させていただいたのですが、魔理沙や周りの連中をああやって描いてきた上でのこの作品、と思ってみると感慨深い。なんだろう、過去作でも描いてきたこの魔理沙の周りの優しげな世界、それとは関係なく起こる事故、その後も魔理沙のまわりに在るもの、魔理沙が得てきたもの、思ってきたこと、取り戻すもの、新たに志すこと……なんというかここらへんのあれこれを「普通の魔法使い、普通に復活」という言霊が神がかったレベルで纏め上げているように感じられて、めっちゃしびれました。素敵なお話をありがとうございました。
20.80名前が無い程度の能力削除
やさしい気持ちにさせられるお話でした。
視点変更がたくさんありましたが、それぞれのキャラの感情が丁寧に描写されていてよかったです。魔理沙はもちろんだけど、鈴仙の気持ちが個人的にツボりました。
文章も簡潔で読みやすかったですが、主述関係がつかみにくいところが幾つかありましたので、この点数で。

誤字報告
大きく『発行』しながら→発光
全ての記憶を取り戻した『居間』→今
28.100名前が無い程度の能力削除
長さが苦痛にならないほどに、楽しく読ませていただきました。
恋し恋された弾幕は次の世代へと受け継がれるのですね。
30.100名前が無い程度の能力削除
よかったです
31.90名前が無い程度の能力削除
流れの中で個個の人妖の心情を斟酌しきれず不整合を感じる部分があった。
部品が出揃わない内に場面は進んでしまって、あれあれって思う感覚。
(その場合読み手は読み手で脳内補間を行いますが、するするっと入ってくる文章こそ良い文と呼ばれるのだと考えます)
ご馳走様でした、とてもおもしろかったです。
33.703削除
恋か、いい言葉ですね。
時系列がぐちゃぐちゃで少し読みにくい部分がありました。
35.100名前が無い程度の能力削除
よかったです
40.100名前が無い程度の能力削除
 楽しませて頂きました。
 ありがとうございます。
43.100サク_ウマ削除
すごかった・・・