Coolier - 新生・東方創想話

親愛なるR嬢へ

2015/01/28 04:08:08
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 親愛なるR嬢――
 僕は今、文字の読み書きのできない君に向けて手紙を書いている。それは明らかに愚かしく無意味な行為であるという自覚はあるし、この手紙を最初に〝読む〟のは君ではないということもわかっているつもりだ。
 だけれど僕は、R嬢、あくまで君に向けてこの手紙を書いている。僕の言葉と、僕の文字で、この手紙を、君のために書いている。どうかそのことを忘れないでいてほしい。
 たとえ君にとって、僕という存在が、食欲を満たすためのものでしかなかったとしても。親愛なる――僕は君の名前の前に、この四文字をつけることをためらわない。僕にとって、R嬢、君は紛れもなく、たったひとりの友達だった――。僕のことを、理解してくれている存在だと。少なくとも、僕はそう思っている。
 だから、もし、君自身も、ほんの少しでもいいから、僕のことを、友達だと思ってくれていれたら、僕はそのことを何より嬉しいと思う。僕と君は人間と妖怪だけれども、だからこそ、僕は君とわかり合えたのだと、少なくとも僕自身の認識においてはそうであると感じることができたのだから――。
 僕はただ一点において、決定的に他の人間から乖離してしまった存在であったから。



 R嬢――
 僕が君と初めて出会ったのは、あの夜の、森の中でのことだったね。
 僕はあのとき、霧の湖に釣りにいった帰りだった。どうして妖怪の時間である夜更けに、僕が里を出て釣りに行ったのか、それは大切なことだけれど、あとで語ろうと思う。
 ともかく、僕はあのとき、どうしても小用を足したくなって、野道を外れて森の入口に足を踏み入れた。そうして、用を足して引き返そうとしたときだった。
 初めに僕が君の存在を認識したのは、嗅覚によってだった。
 血の臭い――。生き物の血がたてる、むせるようなあの臭い。普段は仕事柄、不感症になっている臭いだけれども、だからこそ、仕事を離れた場所で僕の鼻は、その身体に染みついた臭いを敏感にかぎ分けたんだ。
 僕は逡巡した。森の中から漂ってくる血の臭い。そして死臭。それは危険と幸運の隣合わせだった。この先で何かが死んでいるのは間違いない。それはつまり、それを殺した存在もまた近くにいるということだ。野良妖怪か、あるいは――。
 この幻想郷には、里の人間を妖怪は襲わないというルールがあることになっているけれど、実際は怪しいものだ。ルールを理解できない妖怪に襲われてしまえば、人間はひとたまりもないし、実際に毎年そういう犠牲者が出ている。その血の臭いに近付くということは、僕もまたそういった不運な犠牲者のひとりに名を連ねる可能性を高めることだった。
 だけれど同時に――真新しい血の臭いは、斃された獲物が近くにいることも示している。臭いの強さからしても、野兎程度ではあり得ない、大きな獲物だ。鹿か、猪か――。いずれにしても、もし運良くそれを回収できれば、しばらく食べるものに困らない。
 僕は迷った。決定打になったのは、釣った魚を入れるバケツの中身の心許なさだった。ほとんど坊主に近い釣果だったことが、僕に無謀な勇気を与えた。魚は釣れなかったけれど、野良妖怪の食い残しでも手に入れられれば、その分は帳消しにできる――。
 そうして僕は、森の中に足を踏み入れ、そして君に出会った。
 R嬢――そう、君の姿を初めて見たときの僕の受けた衝撃は、きっと君には決して想像することができないだろう。
 君は、引きちぎられた人間の腕をくわえて、僕の方を振り向いたね。その口元を血で染めながら、噛み切った肉片を咀嚼して、ごくりと飲み下し、そしてあどけなく首を傾げた。そう、幼い子供が不思議なものを見たときのように。事実、君にとってあのときの僕は、珍しい、不思議な存在だったのだろう。一晩に二人目の獲物――人間を捕まえるのが苦手な君にとっては、それは滅多にないことだったから。
「あなたは、食べてもいい人間?」
 そして君は、僕に向かってそう問うたね。
 君の足元に散らばった、かつて人間だった肉塊と。それを食らう君の姿を見て、僕は稲妻に打たれたような衝撃を受けて立ちすくんだ。そして、僕は長い間、自分の中に燻り続けていた衝動の正体を知って、その感動に打ち震えたんだ。
 R嬢――君は、僕の抱いた、異形の衝動を叶えてくれる存在だったから。



 僕がなぜ、そんな衝動を抱くようになったかについての話をしよう。
 僕の家は、人間の里の外れにある。里の人間でさえ、我が家の人間以外は普段誰も近寄らないような辺鄙な場所に、隠れるように存在している。
 いや、誰も近寄らないのは立地のせいだけではない。我が家の周辺には常に、血臭と死臭がたちこめて、空気そのものが穢れてしまっているからだ。
 屠殺業――それが僕の家の、先祖代々の稼業だった。
 里で飼われている豚、牛の屠殺。解体。我が家はそれをほぼ一手に引き受けている。僕自身も父に仕込まれ、豚一頭はひとりで解体できる程度の技術は持っている。食用となる豚や牛を殺し、解体して肉屋に捌く。工場になっている家の中には、血と脂の臭いが常にこもっていて、僕たち家族の身体の隅々まで、その臭いは染みこんでいるのだ。
 里で屠殺が賤業であることを知ったのは、いつ頃だっただろうか。
 僕には友達がいなかった。同世代の子供たちの輪に入ろうとすると、臭いと言われ石を投げられた。皆、僕が近付くと鼻をつまんで逃げ出し、大人たちも陰で眉をひそめていた。最初はそれがどうしてか、なかなかわからなかった。血の臭い、死の臭いは我が家ではあまりに当たり前のものだったから、それが悪臭であることにも気付けなかったのだ。
 両親にそれを訴えても、それが稼業である以上どうしようもなかった。僕が覚えたのは、夢よりも希望よりもまず諦観だった。我が家が屠殺の家である以上、僕に友達はできないし、皆から鼻をつままれ顔を背けられる存在なのだ。四つ下の弟にも、僕はまずその諦観を覚えることを教えた。そして、弟と本を遊び相手にして幼少期を過ごした。屠殺屋に学はいらないと、父は僕が本を読むのにいい顔をしなかったけれども。
 あの夜、僕が妖怪の時間である夜中に釣りに行っていたのも、そのせいだ。僕のような賤民が昼間に釣りに行ったら、釣り人から白い眼で見られ、せっかく獲物を釣ってもバケツを蹴倒されたり、湖に突き落とされたり、ろくなことがない。だから僕は、危険であっても夜中に釣りに行くしかなかったのだ。僕の里での生活は、万事がその調子だった。身体に染みついた臭い故に、どこにいても屠殺の家の子だとすぐに察され、疎まれ、遠ざけられる。
 母は里の貧民街の売春婦だったらしい。屠殺の家などに、まともな家の娘は嫁に来ない。僕の将来は、生まれた時点で決まっていた。同じ疎まれる者同士、貧民街から嫁をもらい、父の跡を継いで豚や牛を殺し続ける。僕の一生は、獣の血と脂にまみれて過ぎて行くのだ。父と同じように。
 そのことに不満がなかったといえば嘘になる。幼い頃から諦観が身に染みついていたとしても、里の普通の子供たちを見るにつけて羨望の念は募った。どうして僕は彼らのようになれないのだろう。
 ――そしてあるとき、僕は肉屋に並んだ解体された肉を見て、ふと気付いたのだ。
 僕の家が死臭にまみれているのは、人が肉を食らうためであるということに。



 食物連鎖という概念を、君は理解しているだろうか。
 草食動物が草を食み、それを肉食動物が食らう。その肉食動物を人間が狩って食らう。そのようにして生き物は、より強い存在に補食されることで自然が成り立ち、生命が循環している。
 では、この幻想郷でその食物連鎖の頂点にいるのは、人間だろうか?
 否、妖怪のはずだ。人間を食らう存在。妖怪こそが、この幻想郷の食物連鎖の頂点にいる。ならば、自然の在り方として、人間は妖怪に食らわれるべきだ。
 だが、この幻想郷には奇妙なルールがある。里の人間を、妖怪は襲ってはいけないという。多すぎる妖怪が好きに人間を襲えば、人間はあっという間に絶滅させられてしまうからだというが――おかしな話ではないか。それで絶滅させられるなら、人間はその程度の存在だったというだけの話ではないのか? 弱者は生存競争に敗れ、容赦なく淘汰されるのが自然の在り方のはずだ。人間が、その例外であっていいはずがない。
 それなのに、里の人間は自分たちが食物連鎖の頂点にいるかのように錯覚して、安穏と暮らしている。もちろん里の外に出ればある程度のリスクは背負うわけだが、里の人間を妖怪は襲ってはならないというルールの存在が、人間を増長させている。
 それは決定的に、不自然な在り方だ。
 人間はもっと、妖怪に怯えるべきなのだ。そして妖怪に容赦なく食われるべきなのだ。
 自分たちが決して、食物連鎖の頂点ではないことを、自覚するべきなのだ。



 屠殺を穢れとして忌み嫌うのも、つまりはその傲慢さ故のことだろう。
 人間は、やりたくないことは他人に代行させたがる生き物だ。だから金持ちは使用人を雇って家事を任せるし、料理をするのが面倒なら飯屋に行く。他人のできないこと、やりたくないことを代行することが、金を貰える仕事になる。そういう風に人間社会はできている。
 我が家の屠殺業も、つまりはそういうことだ。豚や牛の解体など、誰もやりたがらないから、我が家が引き受ける。――だが、なぜ皆、それをやりたがらないのか。
 魚なら、誰でも自宅で捌くだろう。殺生が穢れだというなら、魚屋も、飯屋も賤業のはずだ。だが、誰も決してそうは見なさない。豚や牛を解体する我が家ばかりが、賤業として忌まれるのはなぜだ。
 結局それは、単なる不快感の問題でしかないのだ。豚や牛のような大物を解体すると、どうしても大量の血が流れ、臓物に触れることになる。作業をしているうちに、死臭が全身に染みこむ。皆、単にそんなことはやりたくないだけなのだ。面倒だから。気持ち悪いから。臭いから。だから我が家がそれを引き受けているのに、それだからこそ、我が家は忌まれ見下される。感謝はされず、目を背けられる。
 自分たちは豚や牛を食らいながら、そのためにそれを殺すという現実を見たくないから、我が家のような屠殺業から目を逸らす。
 肉を食らうということは、血と臓物にまみれることだというのを認識するのが不快だから、それを他人に代行させて見なかったことにする。
 なんという傲慢。狼が屍肉を忌み嫌うか? 熊が鹿を食らうとき返り血を浴びるのを嫌がるか? そんなのは人間だけの愚かしい行為だ。だが皆、その愚かしさから目を背けている。安全だからだ。目を背ける余裕があるからだ。
 妖怪にいつ襲われて食われるかわからない状況で、そんな悠長なことを言っていられるものか。人間は保護されているから傲慢になる。傲慢になり、他者を見下す。社会の中にヒエラルキーを作り、他人を踏みつけて安住する。
 人間は、もっと妖怪に食われるべきなのだ。



 R嬢――
 君の代わりにこの手紙を読んでいる誰かは、そんなことを言って、お前だって妖怪に食われるのは嫌だろう、と鼻で笑っているかもしれない。
 だが、それには僕は、正々堂々と答えよう。僕は一向に構わない、と。
 いや、むしろ、僕は妖怪に食われたいと願っているのだ、と。
 そう、だからR嬢――君との出会いは、僕にとって、まさに運命の出会いだったんだ。
 人間を食らう妖怪。人間に対する、絶対的な強者としての妖怪――。
 僕は、君に食われたかったのだ。
 これは信念としての問題ではなく、もっと根源的な欲望として。
 僕は――ずっと、誰かに自分を食べて欲しかったのだ。
 人間を食らう君と出会って、僕は自分の、その欲望を悟ったんだ。



 いったいいつから、僕の中にそんな衝動が宿っていたのだろうか。
 それは自分でもよくわからないけれど、豚や牛を解体し続けているうちに、僕の中ではおそらく何かが麻痺していたのだと思う。そこには生命の尊厳など存在しない。屠殺され解体された豚や牛はただの肉の塊だ。僕にとっては、それはあまりに見慣れたものだった。
 だから僕は、僕自身でさえも、結局はただの肉の塊でしかないのだと、心の深いところでそう認識していたのだと思う。そして、豚や牛と僕という存在が本質的に同じものであるならば、豚や牛と同じように、僕も食われるべきだ、いや、食われたいのだ――。
 食われるために飼われている豚や牛は、自分の運命を知っていて、それを望んでいるのだろうか。僕は、僕たち家族に殺され解体される豚や牛が、そう望んでいると思い込むために、自分自身がそうであると思い込もうとしたのだろうか――。
 わからない。僕自身にだって、答えの出る問題ではないのだ。
 ただ確かなのは、僕の中に巣くった衝動と、願いだけだ。



 おかしな人間だと、君は思うだろう。
 自分から食われたがる生き物がいるなどと、君はきっと想像もしないに違いない。
 だが、これは心の底から、僕の本心であり、どうしても叶えたかった願いなのだ。
 獣ではダメだ。野犬や、狼や、熊ではダメだ。それらは人間に狩られる存在であり、それに食われるのは単なる間抜けだ。そうではない。人間よりも絶対的に強い、妖怪に食われるのでなければならない。それが、自然の在り方だからだ。鹿に食われる熊はいない。野兎に食われる狼はいない。人間が食われる相手は、妖怪でなければならない。
 僕はそうすることで、この傲慢な人間の里に、抗いたかったのだ。
 人間が、妖怪に食われるべき存在であることを、里の人間に、我が家から目を背ける傲慢な人間たちに、見せつけてやりたかったのだ。
 ここは、お前たちも、決して安穏としていられる世界ではないのだと。
 この幻想郷の食物連鎖の頂点は、人間ではなく妖怪なのだと――。
 そのために、僕は君に、僕自身を食べてほしかった。
 僕を殺し、僕を解体し、僕をその胃袋に収めてほしかった。



 いや、そんな理屈で、僕のこの強烈な衝動は説明しきれるものではない。
 もっともらしい理由をつければ、そういうことになるというだけで――僕はただ、自分の肉を誰かに食らって欲しかった、それだけなのかもしれない。それもできれば、人間の姿をした生き物に。言葉の通じる相手に。僕のことを理解してくれる相手に――。
 僕は夢想する。自分の腕が、足が、腸が引きちぎられて、咀嚼される様を。それにはとてつもない苦痛が伴うだろう。どこかの時点で僕は死ぬだろう。だが、その苦痛や死すらも、それを夢想するときの僕にとっては、甘美な悦楽なのだ。
 仕事場で刃物を振るっていると、ときどき、自分で自分の肉を削ぎおとしたくなる。
 そうして、解体した豚や牛に紛れて、僕の肉が里の肉屋に並ぶことを、夢想する。
 誰か、知らない人間の口で、僕の肉が咀嚼される様を――。
 僕は結局、僕を食べてくれるなら、誰でも良かったのかもしれない。獣でさえなければ。
 そう、獣には――僕の肉の味を訊くことはできないから。



 R嬢――君はまるで、幼い人間の少女のような姿をしているけれど、あのとき不運な外来人の死体を食らっていた君の姿は、まさに僕の願いを叶えてくれる妖怪そのものだった。
 だから僕は、君の不思議な問いかけに、こう答えたんだ。
「ああ、食べてもいいよ」――と。
 だけど君は、足元の死体を見下ろして、ふるふると首を横に振ったね。
「これだけで、お腹いっぱいだから、今はいいや」と。
 落胆しなかったと言えば嘘になる。だけど、今はいいや、という言葉は僕にとって希望だった。それはつまり、君はお腹が空けば、僕を食べてもいいということなのだから――。
 だから僕は、君の近くに座り込んで、君と色々話をしたね。
 人間の味とはどんなものなのか。どの部位が美味しいのか。男性と女性、大人と子供で味は違うのか。君は拙い言葉で、僕の質問に一生懸命答えてくれたね。
 そうして、やがて不運な外来人の亡骸は、骨だけを残して君の胃袋に収まった。
「まんぷく」
 君は膨らんだお腹をさすって、満足そうにそう言った。僕は、君の胃で消化されつつある外来人のことが、猛烈に羨ましかった。早く僕も、君の胃袋で消化されたい。君の小さな口に並んだ白い歯で噛み千切られ、咀嚼され、その細い喉を通って君の中に入っていきたい――。
 だから僕は、君に問うた。次にお腹がすくのは、いつ頃だい? と。
「しばらくは大丈夫」と、君は答えた。具体的な日数を、君は答えてくれなかったね。君にもそれはきっとわからなかったんだろう。君は人間の暦になど縛られず、自由に生きているのだから。お腹がすいているとき、不運な外来人を見つけたら襲って食う。人間を捕まえるのが苦手な君は、それもなかなか上手くいかなかったようだけれど。
 そんな君の、自然な、あるがままの在り方に、僕は憧れを抱いたんだ。



 だから僕は、それから何度も君に会いに行ったね。
 君はいつも僕のことを不思議そうに出迎えたけれど、僕の他愛ない話に君はいつも喜んでくれたね。僕自身も、まるで歳の離れた妹ができただけのように思うことさえあった。だけど僕の頭の中ではいつも、君に食われたいという欲望がくすぶり続けていた。
 僕は待っていたんだ。君があの外来人を消化しきって、またお腹を空かせる日を。
 君に、僕を食べてもらうために。



 R嬢――
 そろそろこの手紙も終わりに近付いている。
 この手紙を君に渡したあと、僕は君に食われるだろう。そのことに後悔はない。あるのはただ、満足感だけだろうと思う。ただ、それでもう、君に会えなくなるということだけが、少し寂しい。
 君の方は、そう思ってくれるだろうか。僕を食べてしまえば、僕に会えなくなることを理解して、寂しいと思ってくれるだろうか。
 だけど、もしそう思ったとしても、僕を食べることをためらわないでほしい。
 君に食べてもらうこと。それだけが僕の願いなのだから。
 僕は心から、君に会えたことを、感謝しているんだ。
 だから、この家の中にあるものは、君への僕からの、せめてもの贈り物だ。
 今、この手紙を書いている僕の足元に転がっている、殺したばかりの三つの死体は。
 僕だけじゃなく、僕の父と、母と、弟の死体を、君にあげよう。
 君が、しばらく食べるものに困らなくていいように。
 人間を捕まえるのが苦手な、君のために、あらかじめ僕が殺しておいてあげたから。
 僕自身をあげる以外に、君に僕がしてあげられることは、それぐらいだから――。



 R嬢――
 僕と僕の家族を食べたあと、君は里の人間を襲って食らったとして、博麗の巫女や里の自警団から追われることになると思う。
 そうなったら、この手紙を、追って来た相手に見せるんだ。
 君はあまり記憶力がよくないみたいだけれど、このことは忘れないでほしい。
 僕は死ぬ前に、君にそれをよく言い聞かせておくつもりだ。
 この手紙が、僕が食べられたあとも、君を守ってくれるはずだから。



 ――親愛なるR嬢の代わりに、この手紙を読んでいる誰かへ。
 里の屠殺業の一家を殺害したのは、妖怪ではなく、長男の僕である。
 そして僕は、これから腹を切って自死する。
 だから彼女はただ、そこにあった死体を食べただけだ。
 彼女は、里の人間を襲ってはいない。だから彼女を、退治しないでやってほしい。
 この手紙は決して公表せず、彼女に返してあげてほしい。
 そして、僕の家の事件は、正体不明の妖怪の仕業だと、公表してほしい。
 僕があなたに望むことは、それだけだ。



 親愛なる、R嬢。
 君がこの手紙の内容を知るとき、僕が君の小さな胃袋の中にいられるのかは、僕自身にはわからないだろう。そうであってほしいと願うけれど、僕を食べるかどうか決めるのは君だから、もし食べてもらえなかったとしても、そのときは諦めよう。どうせ僕はそのときにはもう死んでいるのだから。
 だけど君はきっと、僕を真っ先に食べてくれるんじゃないかと、そう思うんだ。
 だから、最後に、僕は君にこう訊ねるだろう。
 ――僕の肉は、美味しいかい? と。
元ネタの連城三紀彦「親愛なるエス君へ」は『連城三紀彦レジェンド』(講談社文庫)に収録されています。
題材(カニバリズム)、形式(手紙)は元ネタを踏襲していますが、展開とオチは別物(のつもり)です。
元ネタは衝撃でひっくり返ること必至の傑作なのでみんな読もう(ダイレクトマーケティング)
浅木原忍
[email protected]
http://r-f21.jugem.jp/
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コメント



0.670簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
我々の界隈ではご褒美です
4.80奇声を発する程度の能力削除
良かったです
5.80名前が無い程度の能力削除
幻想郷だとそれに元ネタほどの異質さ・異常さを感じないのは、妖怪が存在するからでしょうか。
いい感じに幻想郷風味に調理されていてさすがでした。
7.70名前が無い程度の能力削除
馬鹿馬鹿しい
自分を差別した糞を恨めよ
折角刃物扱う仕事してるのに勿体無い
人間より強い動物を捌く自分らを誇れば良かったのに そこまで追い詰められてるならそういう仕事に多いヤクザっぽい大人か愚連隊みたいな同年代の連中とつるめばいいのに

といいたいけどあたいもそんな強い人間じゃないから偉そうなこと言えないや
9.100うそっこ大好き削除
面白かった
12.90絶望を司る程度の能力削除
文面から滲みでる狂気ですね。
20.100名前が無い程度の能力削除
抑えられた文章から滲む狂気、どうしようもない衝動。素晴らしかったです。
25.90詠み人知らず削除
これは本に出来るよ。傑作も傑作。作者は連城先生を愛しているのだろうなぁというのが文体から感じられた。これがポイント伸びないのかぁ。二次創作の粋みたいな作品なのに。悲しい、あんまりに悲しい。