Coolier - 新生・東方創想話

操り、操られ、踊り、踊らされる。

2012/02/23 13:48:12
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※この作品は作品集162「迎える言葉」の続き、同設定で執筆されています。




 * * *




 見えてしまう。
 望むとも、望まずとも。
 この瞳は”見通してしまう”。
 人の思いも置き去りにして。
 ただ、結果だけを突きつけて。



 * * *



 深紅に染まる不気味な外観な紅魔館。幻想郷に存在する通称”悪魔の住む館”。そのバルコニーにあるテーブルの席に座る一人の少女、幼い外観に不釣り合いな程に落ち着いた雰囲気を纏うのはこの館の主のレミリアだ。
 レミリアは物憂げに吐息を吐きながらバルコニーから眼下に広がる庭園を見下ろす。それを手入れしているのは門番の美鈴なのだが、彼女はどっちが本職なのか最近悩むようになってきたのは平和な証拠なのだろう。
 優秀なメイド長が用意した紅茶は今日は当たり。たまに何かトチ狂ったような紅茶を入れてくるメイド長だが、ソレを差し引き出来る程に紅茶の完成度は高い。たまには刺激も必要だとは許容出来る程には。
 天気は晴天、時刻は深夜。浮かぶは輝かしいまでの月。月光に照らされた庭園の花達は神秘的とも言える彩りを見せている。それを眺めながら美味なる紅茶を嗜むのも悪くはない。
 故に、物憂げな雰囲気の理由がわからない。レミリアはどこか遠くを見つめるように視線を向け、心在らずと言った様子だ。時折思い出したように紅茶を口に含み、そして思い出したように溜息を吐く。
 先程からそれの繰り返しだ。そして、また彼女は思い出したように紅茶を口に含み。


「――ぶふぅっ!?」


 盛大に吹き出した。
 口元を抑えて顔を顰める。強烈に甘かった。先程まで美味だった紅茶は強烈なまでにその味を変えていた。舌に砂糖の粒が感じられる程、砂糖が入れられていた為だ。溶けきらなかったべたついた砂糖の甘みを吐き出す為に唾液と共にぺぺ、床に吐き出す。


「お姉様下品」
「……人の紅茶の悪戯しておいてそれか。フラン」


 どこか不機嫌そうに呟くフランに対し、レミリアは頬を引きつらせる。むすっ、と表情を顰めていると音もなく咲夜が現れ、レミリアにハンカチを差し出した。レミリアは無言でそれを受け取って口元を拭った。


「人とお茶会してる時に上の空、さて、失礼なのはどっちかしら? お姉様。折角のお姉様との一時というのに相手にされずでは妹の心は曇ってしまうのは道理ではなくて?」
「……ごめんなさい」
「よろしい。もう、私に対するお詫びでもあるんだからちゃんと詫びて私とお喋りしてよ、ちゃんとね?」
「まだ怒ってる…わよねぇ?」


 ジト目でレミリアを睨むフランに対し、レミリアはどこか困ったように笑みを浮かべて両肩を竦めた。


「あら? 妹との一時はお姉様にとって些末事なのかしら? ここにいるのが私よりもあの子の方がよろしくて?」
「……ごめん、って言ってるじゃない」


 降参、と言うようにレミリアは両手を挙げた。その肩はがっくりと落ちていて表情はどこか疲れたようだった。
 フランはそんなレミリアに対してツン、とした態度で僅かに頬を膨らませる。背中の七色のガラス細工のように美しい羽根が揺れている所を見るとかなりのご機嫌斜めの様子のようだ。


「…私よりこいしが良いんでしょ」
「そうは言ってないじゃない」
「ツーン」
「口で言ってるわよ…」
「だってお姉様が察してくれないのが悪いんじゃない。酷い、酷いわ、お姉様。フランの心は咲夜のナイフに刺されたように痛むわ」
「私のナイフは銀ですのでそれは痛いでしょうね」
「…ちょっと、咲夜。茶化さないでよ」
「失礼しました。ちょっとした冗句のつもりでしたわ」
「……ふぅ」


 こいし。ここには居ないフランの友人。先日、レミリアはひょんな事から彼女と共にベッドで寝たのがフランの不機嫌の理由だ。寝たといっても添い寝のようなものであっていかがわしい事があった訳ではないのだが。
 まぁ、気に入らないものだろう。自分の姉が自分の友達と何故か添い寝をしているのだから。あっちがベッドに入ってきたというレミリアの主張は入れた時点でレミリアの有罪確定、退けられる事となる。
 スピード判決と言うにも早すぎるまでの魔女裁判であった。裁判官がパチュリーであっただけに。
 その為、こうしてフランのご機嫌を取る為にフランとお茶会をしていた訳だが、その最中でレミリアは意識を飛ばしていた、というのだからフランが怒らない訳がない。


「……お姉様?」


 不意に、怒っていた態度が嘘のようにフランは怪しげにレミリアを見た。


「……具合でも悪いの? それとも悩み事?」
「……後者、って言えば、後者かしらね」


 フランの心配げな声にレミリアはそう告げた。どこか重いものを吐き出すように吐息しながら。


「…大丈夫? またなんか”見えた”の?」
「…えぇ、大丈夫よ。貴方の姉はそんなに柔じゃないのは知っているでしょう? フラン」
「……どうだか」
「あら、私の信頼も地に堕ちたものねぇ」
「ぎゃおー、食べちゃうぞー」
「ごめんなさいやめて。ちょっとした冗句だったのにそこまで引っ張られると私も辛い」


 過去の自分の痴態を真似されては堪ったものではない、とレミリアは身体を揺らした。が、レミリアを射貫くフランの瞳は鋭く、険しい。


「…お姉様」
「…何。本当に大丈夫よ? 最近、平和でしょう? 何も心配する事なんて無いわ。無いのよ。フラン。貴方はこうしてここにいて、私もここにいる。美鈴は花を育て、パチェは引き籠もり。咲夜がいて、メイド妖精達もいる。何も不安に思う事など無いでしょう?」


 大袈裟なまでに大振りな仕草でレミリアは笑みを浮かべて語る。その仕草をフランは探るようにレミリアを見ていたが、ふぅ、と吐息を吐き出して自分の分の紅茶を一気に飲み干した。


「咲夜、おかわり」
「はい、フランドール様」



 * * *



「…ふ、ぅ」


 あれからフランのご機嫌取りに奔走していたレミリアだが、ようやくフランが自室である地下に戻った事によってレミリアは解放されていた。自らの部屋で気兼ねなく身体を伸ばしてベッドに倒れ込んだ。
 咲夜が見ればお召し物が、などとの小言が来るのだろうが知ったことではない。身体を襲う倦怠感が咲夜の小言よりも早急に休息を得る事を要求しているのだから抗いようもない。
 ころん、とベッドの上に転がる。仰向けにベッドの上に四肢を広げるようにレミリアは自身の身体を放り投げ、力を抜いた。


「……あの子の観察力も上がったわねぇ。いろいろな事に目がいくようになって、それを理解出来るようになったのは僥倖かしらね」


 はは、と小さく笑い声が漏れ、それが萎むように消えていく。それが吐息に変わるまでさして時間はいらなかった。


「………眠い……」


 とろん、と瞼が落ちてくる。だがそれに抗うようにレミリアは目を擦る。だがその程度で襲い来る眠気に抗う訳もなく、レミリアの瞳は段々と閉ざされていく。
 いけないなぁ、と思う。眠りたくないなぁ、と思う。されど抗うには敵は余りにも強大だ。あ、無理だこれ、と苦笑さえ零れた。そして零れた物憂げな吐息が寝息に変わるのはさして時間はいらなかった。



 * * *



 まるでそれは早送りの映像を見ているようだった。
 それは自分が意図的にそうしているものだったが。
 それは見えてしまうもの。別に見ようと思ってみている訳ではない。
 いつから見えるか忘れてしまった、見える事が当たり前の世界。
 レミリアが見る世界。レミリアはただ自身が見える世界を早送りするように回す。
 もう幾度も見た夢。ただ、ただそれを流し見るようにレミリアは意識を流す。
 決して見てしまわぬように。決して捉えぬように。いっそ閉ざしてしまいたいと瞳を伏せる。
 けれど意味はない。瞳を伏せた所で映像はまるで脳に焼き付けるかのように映像を繰り返す。
 楽しいこと、楽しいこと、とレミリアは呟いた。それはまるで自身に言い聞かせるように。

 ――赤。

 やめろ。

 ――朱。

 あぁ。最悪だ。今日はとびっきりに最悪だ。

 ――紅。

 意識が、囚われる。
 レミリアは倒れていた。ぬるり、と感触を思い出したように肌に何かが付着している。五感が思い出したかのように機能し、自分の身体がどうなっているのかを把握する。
 自身の身体は濡れている。
 真っ赤っか。真っ赤っか。香るのは血のにおい。へばりつくように全身に付着している。遠くで誰かが叫ぶような声が聞こえている。それは幾人の声で自分の名を呼んでいる。
 咲夜の狂乱した声が、パチェの必死な声が、美鈴の冷静だが強く響く声が、そしてフランの悲鳴じみた声が耳を揺さぶり―――。





「――えい」





 * * *



「――ごふぅぅ!?」


 レミリアは突如自分の腹部を襲った衝撃に目を見開いた。肺の空気は全て吐き出され、身体を襲った衝撃は眠気を彼方へと追いやった。正直状況についていけない。何が起きた、と目を驚きに瞬かせていると自分の腹部にダイブしたと思わしき影を見つけた。


「………」
「………」
「………おい」
「……突撃! こいしちゃんによるスカーレット家、華麗なる目覚めのダイビング!」
「よし、死なす」
「吸血鬼の力でぶたれたらこいしちゃん死んじゃう!?」
「いっそ死ね」


 吐き出せるだけの毒を自身に跨るこいしに吐き出し、レミリアは疲れたように吐息した。


「…また不法侵入か」
「んー、まぁ、そうなるかな」
「そもそもなんでここにいる」
「それはこいしちゃんにもわからないのがこいしちゃんクオリティ!」


 ビシッ、とどこか現代であったお菓子のキャラクターのポーズを取るこいしを、ウザイ、とレミリアは心底思った。再度、深い溜息を吐いて身体を起こそうとしたが、こいしが跨ったままなので起き上がる事が出来ない。


「おい…降りろ」
「……」
「おい、聞こえてるだろ? 降りろと―――」





「いつも、あんなの見てるの?」





 しん、と。
 音が消えた。レミリアは続けようとした言葉を続けられず、こいしは先程まで纏っていたどこか茶化すような空気は消え、無表情にも近い真剣な表情でレミリアを見据えていた。


「……それ、は」
「無意識、だよね。レミリアさんの能力って面倒なんだね」
「…見えたのか?」
「………」


 レミリアの問いにこいしは無言。だが、この流れではそれは肯定を示しているのだろう、とレミリアは解釈した。
 こいしはレミリアから跨るのを辞め、ベッドの縁に腰掛けるように座る。レミリアは寝そべったまま、力を抜いて吐息した。


「……レミリアさん」
「……」
「……レミリアさんって、本当に運命を操れるの?」


 こいしの問いかけに、レミリアは何も応えなかった。レミリアの無言にこいしも無言となり、再びレミリアの部屋からは音が消える。


「………例えば」
「……?」


 どれだけ間を置いただろうか。ゆっくりとレミリアは言葉を発した。釣られるようにしてこいしがレミリアへと視線を向けた。レミリアはどこか呆けたような表情を浮かべて天井を見上げていた。


「…例えば、だ。中身の見えない箱が2つある。一方は当たり。一方は外れ。さて、どっちが当たりだ?」
「…中身が見えないなら、わからないよそんなの」
「普通はそうだ。けど、私はどっちに入ってるのが”見える”。…正確に言うと”当たりを選んだ私”と”外れを選んだ私”が”見える”訳だがな。だから私は”何をどうすればこうなる”という道筋の結果を先に見る事が出来る。それをそうするように仕組めば、それは運命を操っているという事だろう?」
「…それは、解釈の問題かなぁ」


 レミリアの弁を聞き終えたこいしは、無感動な声でそう呟いた。


「……私は、どうすれば、何が起きるのか知っている。知る事が出来る。どれだけ努力すれば何が得られ、どこへ行けば誰と会え、自分が辿る未来を見いだす事が出来る。そして己の都合の良いように未来を導き出す。それが私の運命を操るという事」
「…違うと思うなぁ」
「ほぅ?」
「…それはきっと…運命を操るんじゃなくて………」


 …言うべきか。言わざるべきか。それを惑うようにこいしは口を閉ざした。言いたいけれども、迷いが唇を動かさない。ただ震えるように唇が揺れ、一文字を結ぶ。


「…良い。言ってみてくれ」
「………」
「こいし。お前の、解釈は何だ? 私は…運命を操れているか?」
「……」


 小さく、こいしは首を振った。意を決したように、こいしは言葉を紡ぎ出した。


「……運命に操られてる、みたいだよ」
「……そう、か」


 くく、と。レミリアのくぐもった笑い声が漏れた。どこか呆れたような、納得したような、清々としたという笑い方だった。
 こいしはレミリアへと視線を向ける。レミリアは片手を顔に乗せて目元を隠していた。見えるのは笑みを浮かべる口元だけだ。


「……運命に操られている、か。うん、それは…新しい表現だな。そもそも、パチェですら私の能力を定義しきれていないからなぁ、というよりパチェは”確証が無いから信じれない”と言うしな。そういうものだとは受け止めてはくれているようだが…これは、うん。新しいな」


 どこか楽しげにレミリアは笑う。そんなレミリアをこいしは険しい表情で見据えた。


「…どうした。そんな顔をして」
「……」
「…さっきの夢の事なら気にするな。どうにも気分に左右されやすくて見える運命もまちまちでさっきみたいな悪夢を見る事があるだけだ。そう、誰でも見るような悪夢の1つだよ」
「誰でも見るような悪夢が、レミリアさんにとっては現実になりやすいんじゃないの?」
「……そうとは言えない」
「じゃあ、何であんな悪夢を見たの? それって―――レミリアさんが、」
「ストップだ、古明地こいし」
「嫌だ。言う」


 こいしはレミリアの顔を覗き込むようにレミリアの上に覆い被さるように手をレミリアの顔のよこについてレミリアを見下ろしながら見た。レミリアが顔に乗せていた指を動かし、目だけを出してこいしを見た。


「……そうなる可能性が高いか、それをレミリアさんが望んでるんじゃないの?」
「……まさか。あれは有り得る無限の可能性の1つ。運命なんて幾らでも変わる。私からすれば、な」


 ふん、と鼻を鳴らしてレミリアは笑った。馬鹿馬鹿しい、とでも言うように。そしてこいしに挑みかかるように真っ向から視線を向け、ハッキリとした口調で告げた。


「たまたま見れたからといって図に乗るなよ、古明地こいし。所詮はお前は余所者で私の何も知らない。お前が私を語れると思うな。私を誰だと思っている? 紅魔館の当主にして誇り高き吸血鬼、レミリア・スカーレットだぞ? 小娘に憐れまれる程、私は矮小な存在ではない。お前に私の何が語れる?」
「……」


 レミリアの視線をこいしの視線が絡む。レミリアの深紅の瞳が射貫くようにこいしを貫く。


「……語れるよ」
「…何?」
「…苦しそうだった」
「―――」
「苦しくて、苦しくて、誰かに助けて欲しいって、叫んでるように見えた。見たくない、見たくないって訴えてるみたいだった。酷く…辛そうで、見てられないぐらい、レミリアさんが苦しんでるように見えた」


 こいしもまた、真っ直ぐにレミリアに視線を向けた。レミリアが、僅かにたじろぐ。


「わかる、気がするんだ。だからレミリアさんは私を力で押しのけないんでしょう?」
「………」
「…言葉が欲しいんだよね。それとも、これも見て、知ってたのかな? でも、さっきレミリアさんも言ってたよね。未来がどうなるか知っているから、そうし向けてるんだって。じゃあ、レミリアさんが抵抗しないのは―――それを、望んでるからじゃないの?」


 レミリアは、無言。


「私は語るよ。レミリア・スカーレット。私はさとり妖怪である事を捨てた無意識をたゆたう異端児、古明地こいし。貴方は、きっと私と良く似てる」


 手を伸ばす。こいしの伸びた手はレミリアの頬に触れる。レミリアは目を細め、力を抜いた表情でこいしを見つめていた。レミリアの頬に触れ、その肌の感触を確かめるように撫で、掬うように手を添える。


「私は貴方の苦しみを理解出来る。貴方の悩みを解消出来る。私は貴方の待ち望んでいた人だった。それを運命と言うなら―――私は、この運命に感謝する。私も、貴方のような人と会いたかった」


 レミリアはこいしの言葉を受けてそっと瞳を閉じた。こいしの添えた手に己の手を添え、はぁ、と震える吐息を吐き出した。
 言葉は無かった。ただ、レミリアは震えていた。瞳を固く閉じ、その小さな躯を小さく震わせていた。こいしは、そんなレミリアの姿をただ静かに見守っていた。



 * * *



 叫んだ喉は枯れ果てた。
 壁を引っ掻いた爪は無惨にも剥がれ、鮮血が滴る。
 涙は枯れ果て、瞳は充血し、赤く赤く染まった。


”許せとは、言わない”


 何故ですか。何故ですかと泣きながら何度も問うた。
 縋るように、訴えるように、何度も問うた。何度も請うた。


”あの子は危険だ。だから、仕様がないんだ。わかってくれ”


 いや、いや、いや。
 何度も首を振った。何度も、何度も、何度も。
 けれど―――無力な私には何も出来なかった。
 あの子の力を封じる事も。
 あの子を正しく導く事も。
 あの子を守り抜く事さえ。
 何度も見た。何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――ッ!!!!!!!!!!
 何度も繰り返すTry&Error。決して望む答えが返ってこないQ&A。
 これが、あの子の運命なのだと。私はいつから知っていたのだろう。そんな事すらも忘れた答えの無いトライ&エラー。パンドラの筺には希望が入ってると信じて、信じて、信じて、信じて―――。


”どうして?”

 やだ。

”やだ”

 やめて。

”どうして私が!”

 見たくない。

”助けて!! 嫌だよ!!”

 聞きたくない。

”どうして!?”

 どうしようもないの。

”どうして助けてくれないの、お姉様ぁぁあああああああっ!!!!”

 だから、許してください。だから許してください。ごめんなさい許してくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
 閉じられた扉、響く悲鳴。一枚、分厚く破れないその扉に爪が剥がれるまで爪を立て、その場に蹲りながらその訴えが聞こえなくなるまでその場に蹲る事しか出来なかった。


”―――裏切り者”


 私は、無力だった。



 * * *



「…滑稽でしょう? それが、私の過去」


 静かに、レミリアはそう呟いた。こしいとレミリアはベッドに並んで腰掛けていた。
 過去を語るレミリアの口は饒舌だった。今でも覚えている、と言うように。…いいや、違う、とこいしは首を振った。違う。レミリアは今でも覚えているんじゃない。―――それしか、覚えてない。


「見つけたのは”幻想郷”という可能性だった。来る未来に至る為、私はその未来が歪まないように徹してきた。そうして振る舞ってきた。全ては―――あの子の為に。幽閉されたあの子と共に幻想郷へと至り、あの子を解放する為に。あの子が自由に生きられる世界に未来。ただ…それだけの為に生きてきた」
「…レミリアさん」
「苦しくは無かった。…あの時、何も出来ないままフランが地下に押し込められ、封印が施されるその光景を見つめたあの時に比べれば。知りながらも途方もない年月の向こうに可能性があると知った私は…何もしなかった。あの時、伸ばすフランの手をただ見つめるだけで」


 くすくす、とレミリアは笑う。まるで何でもないように、まるで普通の過去を語るように。


「でも、今でも思うわ。…もしも、運命なんて見る力が私に無かったら、私は抵抗出来たんじゃないか、って。…いえ、言い訳ね。私は運命に抗えなかった。貴方の言う通り…私は、運命に操られる人形なのかもしれないわね。ただ、フランの為にだけあるそんな……」


 そこまで言いかけて、レミリアは口を閉ざした。はぁ、と吐息を吐き出し、僅かに首を振った。


「…ごめんなさい。どうにも馬鹿になってるみたいね。ちょっと今日はそういう日なのよ」


 レミリアは深呼吸をし、自らを落ち着かせるように瞳を閉じて呼吸を整えていく。ふぅ、と最後に重く、長い溜息を吐き出してレミリアは顔を上げた。


「私は私。私が選んだ道は私、レミリア・スカーレットが選んだ道。その道に…何の後悔も無いわ」
「…そこに、貴方が残したものが残らなくても? 貴方自身がいなくても?」
「………」
「複雑、だね」
「…えぇ。度し難いまでに、ね」


 自嘲するようにレミリアは笑った。
 消えたいと思いながら、報いを期待している。
 フランに断罪されたいと思いながらも、許されたいと思っている。
 けれど過去は無くならない。過去は消せはしない。レミリアの負った傷は永遠に癒える事はない。レミリア自身が今なお抉る傷跡<トラウマ>だからこそ。


「貴方が羨ましい、っていうのは失礼かしら。こいし」
「……うぅん。わからない訳じゃ、ない」


 さとり妖怪としての力を捨てたこいしは、きっとレミリアが夢想した未来と良く似ているのだろう。 
 さとり妖怪としての力を捨てたことによって他者の心を読む術を失ったこいし。代わりに得たのは何にも囚われぬ自由なる無意識の力。


「…でも、恐ろしいのよね。この力は捨てられないわ。これがあったから今の私がある。えぇ、私は臆病者なのよ。貴方のように、強くはない」
「私は、強くない」
「えぇ。そして、私も、ね? 結局、そういう事。隣の芝生は青くて、でも自分が持つものだってきっと、向き合い方次第」


 時折、死にたくなるけどね、と何でもないようにレミリアは口にする。何でもないように笑う姿が…こいしには余りにも痛々しく見えた。
 どれだけレミリアはその苦痛を耐えてきたのだろう。それを諦められず、恐怖し、憎みながらも縋り、彼女の言うように滑稽に生きてきた彼女の生涯。それを、共感出来るのは似たような痛みを持つこいしだからこそ。


「きっと、私は貴方のお姉さんと仲良くは出来ないわね」
「え?」
「運命なんかじゃなくて、心が知りたかった。フランが何を望んで、何をしてあげれば喜んでくれるのか。運命で答えは知ってても、私は声が出ないの。手が伸びないの。恐ろしくて、不様で、結果がわからないと何も出来ない、わかっていても出来ない臆病者」
「それは、同じじゃない?」
「違うわ。…私は能力を使わないとフランと向き合えない臆病者なのよ。今日は頑張ってみたんだけどねぇ…結果は不様。フランを怒らせちゃったし、心配もさせてしまったわ」


 心を読むのと、運命を見るのとでは違うのだから、と。


「結果、結果、結果。…繋がりってそれが全てじゃないでしょう? 結果だけ求めるならば心なんていらない。…私は、いっそ心を捨て去ってしまえば良かったのかしらね?」
「レミリアさん」
「…ごめんなさい、ついつい出ちゃうわね。……参ったわ」


 顔を覆うように両手を添えてレミリアは深く、深く溜息を吐いた。


「私は…臆病で、打算的。使えるとわかれば虚勢も冗句も何でも使うわ。それが己に都合の良い未来を呼び寄せるなら…ね。……ごめんなさい、ついつい言葉に出ちゃうのは、もう、なんか、…その」
「良いよ」


 言いよどむレミリアに対し、こいしは穏やかに笑って言う。そしてレミリアの手に己の手を重ねて優しく握る。


「私の前では偽らないで。私の前では弱くて良いから。だから、ありのままの貴方を私に見せて大丈夫。私は非難しない。肯定もしない。ただ…そうなんだ、って言ってあげる」
「…こいし」
「だって私には関係ないし! ――だって、フランちゃんには私がいる。咲夜さんがいるし、他にいっぱいいっぱい、これからだって出来る! レミリアさんもいるんだから、もう、レミリアさんが心配する事なんて何も無いんだよ」


 だから、ね。


「頑張ったね、レミリアさん」


 きっと貴方が欲しい言葉は労いの言葉だろうから。
 例え、運命が見えなくたって、心が読めなくたって、わかるんだから。





「――ありがとう、こいし」
 この後、何だかんだで一緒にいたレミリアとこいしだったが、添い寝を求めてやってきたフランと鉢合わせ、後に咲夜が「筆舌に尽くし難し」と言わしめた事態が起こるまで……そう長くはない。
道化
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コメント



0.710簡易評価
1.100朔盈削除
これの前も読みましたが、いやぁ、面白い。
なかなかに2人とも、いい味が出てますね。
とても、楽しませてもらいました。
3.90奇声を発する程度の能力削除
この二人に目覚めそうです
7.100君の瞳にレモン汁削除
咲夜さん、「筆舌に尽くし難し」ですよ。
8.100名前が無い程度の能力削除
レミこい、こういうのもあるのか!
9.100名前が正体不明である程度の能力削除
いいね。この関係。
10.100名前が無い程度の能力削除
これは・・・・すぐには良い言葉が出ない。
非常に陳腐で安直な発想ですが、フランを評するさとり、とかそういう逆の構図も見てみたいです。あなたの作品で。
11.100名前が無い程度の能力削除
こんな解釈も
フランちゃん自分が添い寝したいだけじゃないですかー!
15.80名前が無い程度の能力削除
前作も読んできました。新鮮!
自分の大切な友達が、自分の大切な姉を奪うことに苦しむフランちゃんがGOOD!そっからさとフラに展開!
これでどうでしょう。
16.100愚迂多良童子削除
なんかすごい泣きそうになった。こういうカタルシスに弱いんだ俺は。
さしものレミリアも、フランの乱入は予測出来なんだか。
19.100名前が無い程度の能力削除
この組み合わせ、ほんとうにいいなあ
20.100名前が無い程度の能力削除
作者様とはいい酒が飲めそうだ。
レミリアの能力はフランの為だけに使われていた。うーん…素晴らしい!筆舌に尽くし難しな状況も是非読んでみたいですね←