空を昇る事約一刻。
そこらの雑魚妖精を問答無用でぶっ倒して場所を聞き出しながら、漸く冥界の門前に辿り着いた――のはいいんだけど。
これって勝手に開けちゃっていいんだろうか。
一応門から向こうは、同じ幻想郷でありながらの異界。死者の魂とあの主従だけで、生者なんて一人もいない場所だ。不老不死の私とは正に対極に位置している。
まぁ、開く開かない以前に――
そもそもからして、死の無い私をあの門の結界が受け入れるとは到底思えない。ここまで来て方向転換なんて嫌だし、ここ以外のアテなんてないし、どうしようかなぁ……。
~~~♪
おや?
門の前で立ち往生していると、何処からともなく楽器の音色が聴こえてきた。
この澄んだ甲高い音は……そうだ、キーボードだ。耳を澄ますと、どうやらこっちに近づいて来ているようだ。方向はー……上、かな。顔を向けると、ほぼ赤一色っていう服装の女の子がキーボードを鳴らしながら、ゆっくりと近づいて来ていた。
普段は華麗にスルーさせて頂くところだけど、私は今は思いっきり困っているのだ。
「あー、ちょっとそこの赤いやつー」
訊いてみる事にした。
「~~~♪ ……?」
あ、なんかきょろきょろしてる。もしかして、演奏に夢中で私は目に入ってなかったって事?
――少し、カチンときた。
「うわぁあっ!? ……ちょっとそこのあんた、何すんのよーっ!!」
とりあえず札を投げつけてやった。
予想通り、赤いやつはぷりぷりと怒りながらこっちに急接近してきた。
「何よ、いきなりお札なんて投げてきて。喧嘩売ってるの?」
やってきたそいつは、真っ赤な服装に負けない真っ赤な顔だ。
むぅ……。つい頭にキて攻撃してしまったものの、今はあまり面倒な事に時間は割けないんだった。無駄な事に時間を割けば、その分だけ慧音の不安は増すのだ。今だって私の帰りをぶかぶかの肌襦袢一枚で待っている事だろ――ガフゥッ!
「うわっ!?」
しまった、つい想像してしまった。
目の前の赤いヤツは慌ててその場から後ろに下がった。割と反射神経はいいらしい。もし避けなければ、服と顔どころか髪とかも真っ赤になっているところだ。
「……あんた、大丈夫?」
なんか心配されてしまった。
「あー……いやぁごめんごめん。ちょっと待ってて」
さっきの非礼を詫びるのもそこの門を通る方法を訊くのも、まずは未だにぼたぼたと垂れているマイリヴィドーを止めるのが先だ。
10秒経過――20秒経過――30秒経過――
よし、止まった。
「ふぅ。あーさっきのは悪かったわね。アレよ、ちょっとした行き違いってヤツ」
「いや、全然意味分かんないんだけど。まぁあんたの奇行見てたら怒りもどっか行っちゃったし、もういいわよ」
言った私もさっぱり分からん。
「そう。見た目の割に寛大なんだ。それはともかく、訊きたい事があるんだけど」
「見た目の割にって、どう見えてんのよあんたには……。――ま、いいか。何?」
「そこの門なんだけど、開け方とか分かる?」
門を指差しながらそう言うと、赤いヤツもその先へと視線を走らせた。
「あーあれね。あの門は今は開かない筈よ。生者が安易に入って来たら大変だからね。まぁ大変なのは主に入ってきた方なんだけど」
「そうなの? あの庭師とお嬢様は割と頻繁にこっちに来てるから、結界自体はそんな大層なもんじゃないと思ったんだけど……」
さて、そうなると次のアテを考えないといけない。うーん……危険だけど、紅魔館行ってみるかなぁ……。取り敢えずここにはもう用は無いみたいだし、そうと決まれば紅魔館に向かおう。
そう結論付け、私はくるりと反転。
「……ま、それも表向きで、通れない事もないんだけどね」
へ?
再度、くるりと反転。
「なんだ、通れるんじゃない」
「普通は教えちゃいけないんだけど、なんか困ってるみたいだし。他言無用なら教えてあげる」
「そんな事でいいんだ。いいわよ、誰にも言わないわ」
「そう。じゃあ教えてあげる。まずは――」
そうして、赤いヤツから結界の通り方――正確には、飛び越え方を教えて貰った。
なかなか親切なやつだったし、名前ぐらい訊いておいても良かったかもしれない。
赤いヤツと別れた後、私は門を飛び越えるべく、門の前に佇んだ。
「さて、まずはえーっと……」
思い出しながら、実行。
そう、まずは四つん這いになって、それから三回周って――
「わんっ!」
……?
辺りはしーんと静まり返っている。
うーん……これで飛び越えられるようになったらしいけど、何も反応がないんじゃどうにも不安だ。まぁ結界に触れたとて、不老不死の私なら心配する事は起きないだろう。
物は試し、と私は門の上へと向かった。そしてそーっと手を門の向こう側へと差し出す。
「大丈夫、らしい……?」
何も変化は起きない。
どうやら方法は間違ってなかったらしい。
そうして紆余曲折あったものの、どうにか私は冥界へと入れた。
冥界に辿り着き、まず私の目に飛び込んできたのは、遥か向こうまで続く長い長い階段。周囲を見渡せば、数え切れない程の桜の巨木。身体に纏わりつく空気はとても冷たい。身体に染み込み内側から凍てつかせ、生気を奪い去るような、そんな冷たさだ。
成る程。確かに此処は異界だ。
はっきり言って、此処にいるのはあまりいい気分じゃない。
サッサと用事を済ませてしまおう。
私は先の見えない階段に沿って気持ち速めに飛行する。
――――そうして、どれ程進んだだろうか。
漸く、遠めに何か大きな建物を確認するに至った。
どうやら、あの建物が白玉楼のようだ。取り敢えずあそこまで行けば一安心。
そう思ってほっとした
瞬間――
「――っ!?」
唐突に、背筋に悪寒が走り抜けた。
そしてこの悪寒の正体を瞬時に悟る。
そう、これは普段からあの性悪から向けられているヤツと同じ。
殺気だ。
ただ違うのは、この殺気はあいつの広がり包み込むようなものじゃなく、細くて鋭利な、刃物のようなところだ。
これがもし輝夜だったら、私はまず間違いなく死んでいる。あいつの殺気は空間的な感じだから、発生源を探り当てるのは難しいのだ。
しかし、こんな分かりやすい――居場所を知らせるような殺気では、不意打ちは成り立たない。
少なくとも、私には。
私はすぐにその場を高速で抜ける。
「失敗かっ!」
次の瞬間には、私のいた場所からはそんな言葉が聞こえていた。
私は自身の安全性を考慮し、すぐには止まらない。
ただ背中を見せる心算だって毛頭ない。
そのまま滑るようにして進みつつ、身体を180度反転。
そして安全と思える場所まで来たところで急停止。
襲ってきたヤツをすぐに確認。
そこには――
まぁ半ば予想はしてたんだけど。
「ふぅん。あんた、奇襲する程度の器用さは持ち合わせてたんだ」
「まぁ、咲夜さんからこういう戦い方もあるって教えられましたから」
やっぱり半人半霊の庭師だった。
あの変態メイド、そんな事教えてたのか。
「でもそんな分かりやすい殺気じゃ奇襲の成功率も下がるわよ」
「そうみたいですね。ご忠告痛み入ります」
「まぁいいんだけど。で、弾幕(や)るの?」
わざわざ殺気まで出してたんだ。
弾幕ごっこの時間程度、必要だと思っておこう。
「いえ。ココ(冥界)にはあまりにも不釣合いな方だったので、こういった方法を取らせてもらった迄です」
「不釣合いだから斬りかかるってのもどうなのよ?」
「そうでもないですよ。反撃して来なかったという事は、少なくともこの時点では害ではないですから」
成る程。
そういうやり方と考え方もあるか。
それに考えてみれば、この庭師らしいとも思えるし。
庭師は剣を納め、同時に殺気も収めた。
そして私のところへと寄ってきて、丁寧にもぺこりと頭を下げてきた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。冥界に何か御用ですか?」
「えぇ。まぁ用があるのは冥界じゃなくて貴女なんだけどね」
「私に、ですか?」
「そう、貴女に。あとその前に悪いんだけどね、あそこまで案内して貰える?」
庭師の後方に聳え立つ白玉楼を指差す。
釣られて庭師も指の指す方向へと視線を走らせる。
「別に構いませんけど……ここでは駄目なんですか?」
「多分ここで話したところで二度手間になるだろうから。それと正確には、あそこにある貴女の部屋に案内して貰いたいのよ」
庭師にはどうにも話が見えてこないようで、私を訝しがっている。
まぁ態とはぐらかしながら言ってるんだから、当然である。
本当はここで言ったところでさして問題はないんだけど、念には念を押して、部屋まで押し掛けさせて貰うのだ。
この子なら、そこまで行けば無碍に断るのは気が引ける筈だ。
やがて、訝しがる視線は睨むような視線に変わっていった。
会話はない。
私はただその視線を受け止めながら庭師の眼を見据えるだけ。多分、私を品定めしているのだろう。先ほどは私を”害ではない”と評したものの、今度はまた話が違ってくる。私のような殆ど交流の無い人間を白玉楼に案内するという事は、自分の城に異物を入れる事と同義。ここで少しでも視線を逸らせば、きっと私に疚しさがあると思うだろう。
故に、逸らせない。向こうが納得するまでの根競べ。
そうして、どれだけ経っただろう。
漸く、目の前の庭師は品定めを終えた。
「……解りました。ここからだと少々遠いかと思われますが、ついて来て下さい」
「そう。どうもありがとう」
礼を述べると、庭師は今日出会ってから初めての柔らかい笑みを浮かべた。
「ふぅん。立派な部屋ね。私の住んでる庵とは大違い」
「……幽々子様と御爺様が私に部屋を与えて下さった際、あれこれと揃えて下さいましたから」
もう立派も立派である。
部屋の大きさは軽く十畳程もあるし、箪笥等の家具はどう見ても高級品。その上に置かれた小物だってとても品の良い物だし。この子の性格を考えれば分かるけど、掃除も行き届いているし、片付けだってきちんとされている。
つまりはまぁ、私の住んでるとこが平民で、この部屋は貴族のお屋敷の一室っていう事だ。
そして「貴族」という単語で、記憶の遥か彼方にある、まだ貴族の娘だった頃を少しだけ思い出した。でも、すぐにやめた。あの頃を思い出す事には何の意味もないから。
「どうぞ、お座りになって下さい。お茶を持って参りますので」
部屋を見渡していると、いつの間にか座布団を勧められていた。私は慌てて卓袱台の前に敷かれた座布団に腰を下ろす。
うーん、いかんなぁ……こういう時の作法を忘れかけてる。
言葉通り、お茶を淹れに行ったらしく、庭師の姿はもう部屋にはない。
そして座布団に腰を下ろしてから一時。
奥の襖が開き、急須と湯呑み、それから茶菓子の乗ったお盆を片手に庭師が姿を見せた。
そして後ろ手に襖を閉じ、ゆっくりとした足取りでこちらへと歩いてくる。茶器のかちゃかちゃという音さえ立たない程に、ゆっくりと。
――たっぷり30秒ほどかかっただろうか。漸く、庭師は卓袱台の前で腰を下ろすに至った。
「……しっかりしてるわね、貴女」
「こういった所作は幽々子様が徹底的に仕込んで下さいましたから。……それで、改めてご用事を窺いたいのですが、宜しいですか?」
湯呑みにこぽこぽと茶を注ぎながら、庭師。淹れる姿も様になっている。
「こうやって遠まわしにしちゃって悪いんだけど、率直に言うわね」
「ええ。こちらもその方が有難いです」
「貴女の小さい頃の服を貸してくれない?」
「……え?」
あ、止まった。
しかも顔がみるみるうちに赤くなっていってる。
ってこらちょっと、動かないと溢れるわよ。
あ、溢れた上に膝に零れてる。
「あっちィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーわコンチクショウべらんめぇっ!!」
何その不思議な方言。
「あー……大丈夫?」
「あ、え、えぇ大丈夫ですっ。それより、何ですかその怪しい要求はっ!?」
「いやまぁ、確かに怪しいかもしれないけど、これには事情があって――」
そんな訳で事情説明。
「――とまぁ、そういう訳なのよ」
「はぁ、なるほど。てっきり咲夜さんと同じ趣味なのかと思いましたよ」
あの変態メイド、そんな要求してやがったのか。
吸血鬼のお嬢様に着せるのか、それとも自分で使うのかはこの際考えないでおこう。特に後半部分は。
「分かってくれたならいいけど。それで、あるの?」
「えぇ、とってありますよ。今持ってきますので、待ってて下さいね」
そう言って、庭師は席を立つ。
「あ、あればでいいんだけど、下着もお願いね」
「はい。枚数はあまり無いですけど、そこら辺は洗濯を細かくやって上手くやり繰りして下さい」
そんな訳で、漸く慧音の着れる服を用意する事が出来た。
しかもお土産付きで。
「ただいまー、慧音グフェッ!」
「どわわわわっ!?」
夕焼けの照らす室内。姿見の前で素っ裸になって自身の貧弱さに嘆いていると、突然妹紅が扉を開けて入ってきた。
そして突然鼻血を噴いた。それも綺麗なアーチを描いてイナバウアー。
ノックぐらいしろというのだ、まったく……。
まぁ過ぎた事は仕方ないし、一応私にも悪いところはあった。
そんな訳で説教はやめて、肌襦袢を再度纏って妹紅が復活するのを待った。
「いやー任務完了して意気揚々と帰還したらいきなりアレだもん。吃驚したわよー」
「私はお前のリアクションに驚いたよ。で、任務完了って事は、解ったのか?」
「うん。まず原因なんだけど――」
妹紅が言うには、昨晩の宴会の席で周囲に押されて私は自分の複製を作ろうとしたらしい。
確かに日にち自体は満月の日だったし、月も限りなく満月に近かったものの……冷静に考えると無茶も無茶なもんだ。そもそもこの様子だと、満月だろうと失敗していただろう。
つまり、私の能力は自分に関係した事柄を歴史に創る事はかなり難しいようだ。いや、難しいと言うよりは、無理なのかもしれない。
新しい発見――と思えば後悔は多少軽くはなった。
「あ、そうそう。それから服も調達して来たわよ。まぁ調達っていうか借り物なんだけどね――はい、これ」
そう言って妹紅が差し出したのは、緑色の服。受け取ると、下に白のカッターシャツとドロワーズがある事に気づいた。
「もしかして、この服は半人半霊のあの子の物か?」
「そうよ。思いつく限りだと、一番無難なとこがあの庭師だけだったから」
成る程。思ったより時間がかかってると思ったが、原因の調査に手間取ったわけじゃなかったらしい。
「そうか。頑張ってくれたんだな、妹紅は」
ちょっと感動。
「いいわよ、別に。今は慧音の方が大変なんだから。それに……」
「それに?」
「いつも慧音に迷惑かけてるから、こういう時に恩返しさせて貰わないと。バランス取れないじゃない?」
もっと感動。
普段は手はかかるが悪いヤツじゃないと思っていたが、こういう時にはとても頼りになるヤツだった。
「ぐしゅっ」
う、感動と嬉しさで目から熱い汁が出てきた。
「いや、なんでそこで泣くかなぁ」
「な、泣いてなんかいないっ。目から熱湯が出てるだけだっ! ――ぐしゅっ」
「いやいやいや。目から熱湯出る生き物なんて聞いた事無いから」
ええいこれは涙じゃない熱湯だ熱湯。
張り合う意味は解らんけど。
「ふえ、えぅ、ぐしゅっ……」
「ああもう、泣き止んでよ。これじゃ私が泣かしたみたいじゃないっ」
「――ふぇ?」
そんな事を言って、妹紅は優しく抱き締めてきた。
「なんかよく解んないけど、不安なら私が一緒にいるから。泣き顔は慧音に似合わないよ」
……不安とかそういうんじゃないが、確かに安心する。
――あれ? 安心?
ああ、そうか。
安心したという事は、やっぱり私は心のどこかで不安を感じていたのかもしれない。
自分が何故こうなっているのかも分からないし、着てる物さえ心許ない。
加えてヘタに外に出て妖怪に見つかったりするワケにもいかない。
振り返ってみれば、確かに心細かった。
人と関わらない妹紅では正直なところ不安があって、その事が心細さに拍車をかけていた。
でも、それも杞憂に終わって。
――今、やっと、安心出来た。
だから、私は声を上げて泣いた。
妹紅はその間、ずっと背中をさすってくれていた。
「……落ち着いた?」
その問いに、私は頷く事で肯定の意を伝えた。
今はまだ声は出せない。
出せば、多分嗚咽が漏れるだけだろうから。
「――じゃあ、もういいよね?」
………………は?
「ふぎゅっ」
突然、妹紅は力を込めて抱き締めてきた。
もしかして――――
「も、妹紅っ?」
また、か――?
「あ~んもう慧音可愛いったら可愛いわーっ! こんな小さな身体震わせて子供そのものに泣きじゃくってすっかり私に寄り掛かっちゃってもー色々堪らないわーっ!!」
前言撤回だ。
妹紅はやっぱり手のかかるヤツだ。
まったく、昼間の説教がまるで効いてないじゃないか。
さて、今夜は丁度満月だ。相応のやり方にさせてもらおう。
「あたっ――。なんかちくっとするんだけど、もしかして?」
「ああ、そうだよ。察しの通りだ」
「えーっと、謝っても駄目?」
謝る?
謝るのは当然だ。
だが、その前に――
「まずはお仕置きからだ」
体中に妖力が漲ってくる。
今夜は満月――ハクタクの時間だ。
「ひゃうっ」
妖力をそのまま衝撃波のようにして放出し、まずは妹紅を弾き飛ばした。
弾き飛ばされた妹紅は1メートル程先で尻餅をついた。
慌てて立ち上がろうとしているが、既に遅い。
四つん這いで何やらあたふたと慌てている妹紅に、私は全身のバネを使って飛び掛り、腰を掴んで取り押さえた。
「い、いや、それだけは勘弁してぇ……」
以前に何度かやっているお仕置きな為、妹紅はこれから先の苦痛に怯えている。
少々気の毒だとは思うが、そうやって怯えてもらった方がお仕置きらしくていい。
「いーや、駄目だ。caved!!!!」
「ふぁんっ」
へ?
ちょっと待て。
なんでそんな気持ち良さそうな声を出すんだこいつは。
アレか?
今は私の角が小さいからか?
いやいや、それにしたってこの声はないだろう。
取り敢えず、もう一度。
「caved!!!!」
「ひゃうっ!」
うぅ、今の私ではお仕置きさえ満足に出来ないのか……。
だがここで落ち込んではいられない。妹紅が喘ごうが嬌声を出そうが構うものか。
「caved!!!!」
「はぁんっ!?」
「caved!!!!」
「うぁっ! ぁ、やぁ、もっとぉ……」
「caved!!!!」
以下省略。
「ま、負けた。完敗だ……」
結局、何度突っ込もうがお仕置きにはならなかった。
思い返せば、妹紅はほんとに喘いで嬌声上げていた。そして挙句の果てにはズボンの真ん中がダメになっていた。穴とか水分とかで。
妹紅は何やら満足したらしく、今ではあられもない格好で寝入っている。
気分が滅入るが、そうも言ってられない。
布団を二組敷いて妹紅を寝かしてっと……さすがにこの身体では重いな……。
――――ふぅ、準備完了。
ちなみに妹紅のズボンはこのままにしておく。
結局お仕置きにはならなかったから、精々冷たい思いぐらいはしてもらうのだ。
じゃ、おやすみ、妹紅……。
「は……はくしょっ」
窓から日が差す中、私は冷たさで目を覚ました。
しかも下半身。
下半身?
チョットマテ。
いや下半身が冷たいって、もうそんな歳じゃないっての!
歳なんてもうそんじょそこらの妖怪よりよっぽど上だしっていうか今はそんな事はどうでもいいから早く確かめないとやばいってマジでっ。
急いで布団から出て、まずは敷布団を確認。下半身が当たってた部分に手を乗せる。
「……ちょっと湿ってるけど、別にやっちゃったワケじゃ無さそう……」
とすると、なんでこんなに冷たいんだろう?
主に口に出すのは流石に憚られるっていうか表現した瞬間にアウトな場所が。とりあえず確認。ズボンを脱ぐ。
「うわ、穴開いてる上にめちゃくちゃ濡れてる――あ、そういえば」
そうだ、思い出した。
慧音の角があまりにもジャストフィットしたもんだから……っ。
うわ、思い出したら絵面的にやばいし。
頬がかぁっと熱くなる。
いやいやいや、待て落ち着こう私。
昨夜だけの原因ならまぁ悪いのは私だ。
でも開発したのはお仕置きと称してcaved!!!!する慧音。
今までのはそう、太すぎたから痛かったんだ。
でも今の慧音の角は小さい。故にまぁ、うん、何だ。つまりはそういう訳で。ああなっちゃっても致し方ないんだ。うん、私は悪くない。悪いのは開発した慧音。文句ぐらい言ってもいいだろう。
そんな訳で、私の寝てた布団の横に目を走らせる。
「あれ? もう起きてるんだ、慧音」
布団は無かった。反対側にも勿論無い。
――そういえば、台所から味噌汁のいい匂いが……?
ああ、成る程成る程。
私は箪笥から代えのズボンを取り出して穿いてから台所へと急いだ。
「おはよう、慧音ぐはっ!」
台所に顔を出した瞬間、私は口とか鼻からまたもリビドーを噴き出した。
何故ならば――
背が届かないから台座を使って一生懸命ご飯作ってるんだもん。
しかも昨日渡したあの庭師の服を着て。
朝から反則級の可愛さだ。
だが私だって二度も経験すれば暴走だって抑えられるのだ。
邪魔しちゃいけない。見てるだけ、見てるだけ…………はぁー…………はぁー…………。
「……? ああ、おはよう妹紅――鼻血拭け」
あ、気づいたらまた出てた。
慧音から投げ渡されたちり紙で鼻の下とか口の周りとか拭いて、鼻に詰めて上向いてっと。
10秒経過――以下省略――止まった。
「あーやっと止まった。それより、その身体じゃ大変でしょ? 後は私がやるから、慧音は居間で待ってて」
「いや、居候なんだからこれぐらいはやらせてくれ」
「居候になっちゃってるのは仕方ない事なんだから、気にしなくていいのに」
「それでもだ。仕方ない事だろうと、お前に迷惑を掛けてるのは事実。このまま世話になりっぱなしっていうのはどうにも気が引けてしまうんだよ」
相変わらず慧音は真面目だなぁ。
まぁ問題はないようだし、慧音がやりたいのならやらせよう。
「慧音がそう言うならいいけど、火傷とか切り傷とか怪我だけは気をつけてね。じゃ、私は居間で待ってるから」
「ああ。朝食は楽しみに待ってろ」
背を向けてその言葉に片手を上げてひらひらさせる事で答え、台所を後にした。
そして居間に向かおうとすると――
「朝早くから申し訳ございません。藤原 妹紅さんはいらっしゃいますか?」
なんて、玄関からノックの音とともに、つい最近聴いたばかりの堅苦しい口調の声が聴こえてきた。
はてさて、誰だったかな……?