茶を飲んでいるときに、開いているとはいえ、腋から、ずるりれろぉん、と出てくるのはやめてほしいものだと、霊夢は思った。つくづく。
茶がこぼれるのだ。ほらこぼれた。
「ちょっとばかり手伝ってもらえないかしら、霊夢?」
縁側に座って茶を嗜んでいた博麗さんちの霊夢ちゃんは、えらく不満げな顔をした。断るといわんばかりに。
「お茶が服にこぼれるからやめてって、前に言ったじゃない、紫」
「なら舐めて拭き取ってあげましょうか」
意味を理解するのに二秒かかった。その間、紫はニヤニヤし続けていた。
ようやく霊夢はその意味に気づく。
閑話夢想封印。
「ふう」
一仕事終えたといった風情な紫。
「いや、ふう、じゃなくて」
霊夢がカード五枚消費で放った夢想封印は、しかしぶっぱでそうそう当たるものでもなし。
紫は禅寺に潜む妖蝶であっさりグレイズ。それはついでにカスヒットして、霊夢の体力ゲージをいくらか減らした。
「で、何よ」
「あらあら、話を聞いてくれるの。明日は雨ですかしら」
空を見、手を空にかざす紫。皮肉。
「うにゅ」
うつほにかざした訳ではないからさっさと帰りなさい。
「ほら。おくう、帰るよ」
そうしていただけると非常に助かる。
どこからともなく現れた闖入者、もとい闖入鴉と闖入猫を無視し、霊夢は言う。
「どうせ聞いてやるまで帰らないんでしょ」
「失礼な物言いね。ちょぉっと長っ尻なだけよ」
「ああそうかい」
今の、植物の名前じゃないんだぜ。亜阿相界。
ちなみに、紫が今までに打ちたてた、長っ尻の最長記録は一ヶ月。
長っ尻も続けば立派な同居である。
もうお前らけっこんしちゃえよ。
「で、用件は何なの」
「そうそう、それなのよ、それ」
会話に指示語が増えたら要注意である。
老化のきざしだ。……おや? 誰か来たようだ。
「それって、どれ」
「んー、どれと訊かれても」
要領を得ない答えに――紫というやつはいつもそうであった――霊夢は顔をしかめる。
すっぱり、あと適当、そしてだらだら。
霊夢の好きな言葉である。紫の胡散臭い、要領を得ない態度は嫌いであった。
逆に、自分がもう一人いたら多分すごく好きになれると霊夢は自負していた。
「これよ」
紫が霊夢の腋に腕を突っ込み、何物かを取り出した。
というか、いい加減、腋に隙間を開くのはやめろと霊夢は思う。
でないと四次元腋なんて不名誉な名前がつきそうである。
もっとも、霊夢自身、つけた奴は誰であれ殺す気でいるが。
「阿礼と聞いたらでてこざるをえません。一応子孫ですし」
阿礼でなくあれです。幻想郷縁起の編纂をしててください。
……とぼとぼと帰っていった。
その様子をみた紫は、霊夢に一言。
「四次元腋」
言わなくてよろしいと、霊夢は紫に軽く夢想天生した。
ただし攻撃を叩き込み切れず、発動しなかった。
「アチャー、もったいないわね」
片目をつむり、手で自分の額をぺちんとたたいて紫は言った。そのポーズが、あまりにも似合わない。
第一、発動したとたん横ワープオンリーになって逃げ回る奴の言う台詞ではない。
「そうね、で、これ何」
縁側にぽつぅんと置かれたそれ。
結界でくるまれていた。
「結界。八重ではありませんわ」
仮にそれが八重だったら畏れ多い。作家的な意味で。
「結界はわかるわよ。中身の話」
霊夢は少し苛々してきた。
ただでさえ面倒なので、さっさと終わらせてさっさと帰ってほしいのである。
「だから、中身も結界なの」
「はあ?」
イエス、マトリョーシカ。霊夢の頭の中で、夫婦が顔を見合わせ、同時にこっちを見る、こっち見んな、お前らのネタはフォーリンラブだろ。ポケットの中にはポケットがひとつ、ひっくりかえすとポケットがひとつ。何そのポケットインワンダーランド。
「何でそんな面倒くさいことするのよ。結界を結界でくるむ? 何のために」
「しょうがないのよ。内側の結界は、最初から張ってあったの」
霊夢は怪訝な顔になる。
「で、なんでその結界を結界でくるむのって聞いてるの。 面倒くさい」
「それがねぇ、内側の奴は私じゃ触れないの。触ろうとしたらものすごい反発でね、腕が吹き飛ぶかと思ったわよ。だからまあ外側を包んだのね。持ち運べるように。内側の奴が――」
紫はそこで言いよどんだ。
ははぁ、そういうことか、と霊夢はニヤニヤする。
「へぇ、八雲さんちのゆかりんが」
「誰がゆかりんよ」
「八雲さんちの紫さんが、外せないの? その結界を」
紫が、ぐぅぅと唸った。唸ったのか腹が減っているのか……。
ここで後者だったならば、ずいぶんKYな腹である。魂魄妖夢のことではない。岸田芳郎六十四歳、人里在住のことである。
呼ばれた気がして岸田さんがえっちらおっちらやって来た。ご高齢で博麗神社まで来るのは大変だったでしょう、さぁさお茶でもどうぞ。
飲んだら帰れよ? 世間話とかマジやめろよ? 長くなるから。
「悪かったわね」
霊夢の問いに、紫はそう返した。
さぁ、紫はスリーアウトで、ここから攻守逆転である。霊夢の攻撃だ。
幸い霊夢軍は全員絶好調、パワポケ的にはピンクマークが輝いている。ナイススマイルで。
そして、霊夢打線の三四五番、通称TW(トリプルワキー)による怒涛の反撃が行われるのだ。
この三人の腋が、霊夢の中でもっとも美しい。もはや芸術である。ワンダフルアート。
トリプルワキーが安直? いえ、そしたらJFKとか……いや何でもないですごめんなさいマジごめんなさい。
「へぇ、あんたがぁ。神隠しの主犯だの幻想の境界だの、あとは境界の妖怪なんてストレートな名前で呼ばれてるあんたが。外せないんだ、結界。ふぅん」
いやらしい声で、嬲るように霊夢は言う。
いやらしいとか嬲るとかは、無論性的な意味ではない。
そう聞こえるとしたら、ちょっと永遠亭に行くべきだ。冷めた目で治療してもらえるはず。
紫は反論できないらしく、なにも言わなかったが、悔しげである。そういう表情をすると相手のサド心を掻き立ててしまうということを知らないのだろう。
なぜ知らないか。責められ慣れていないからだろう。
だからいやらしい意味じゃねえって。ちょ、聞けよ!
とにかく、若干調子に乗った霊夢。その後すぐに足元をすくわれることになるとは、思ってもみなかった。
紫の反撃。
「なら霊夢には外せるのかしら」
紫が、霊夢に一撃を返す。そしてニヤニヤしはじめた。どうも最初からカードを持っていたらしい。袖の下にでも。ある種いかさまである。
「えぇ、えっと」
うげっ。と、霊夢は思った。
これはあまりよくない傾向だ。
というか、すごくよろしくない。
霊夢は焦った。凄く。
千載一遇とでも言わんばかりに、紫が乗っかってくる。
「あらぁ? 巫女さんが、博麗の巫女さんが、結界大好き博麗の巫女さんが、結界大好き博麗の巫女・霊夢ちゃんが、外せないのかしらぁ? あらあら情けない話ですわ」
とりあえず、結界大好きになったつもりはない。だが問題はそんなところではない。
霊夢は、なにかしら言い返そうとしたが、負け惜しみととられて、そこからジクジクジクジク突っつき返されるのが何となく窺えるのでやめた。
「なによ、舐めてるの? 博麗の巫女さんよ私。結界のスペシャリストよ? 外してやろうじゃない、うん、外してやるわよ見てなさい?」
ビッグマウスである。チュー、ガジガジ。いやそっちのマウスじゃなくて。というかそこ、柱を齧るな。
霊夢的には、その結界を外すのは、正直無理だと思っている。
安い挑発に乗った霊夢を紫はさらに追い込む。
「へぇえ、ならやってもらおうかしら、いつでもいいわよさあハリーハリーハリー」
霊夢は思った。うざっ。
実際に言われてみると結構面倒くさいのだ、ハリーハリーハリー。
紫は外側の結界を解いた。内側の結界は案外小さく、そして細長かった。その結界のさらに内側に入っているものの形状が窺える。
「ほォら霊夢、ハリーハリーハリー」
とびきりうざったい顔で、とびきりうざったく言う紫。いったい何を食べればここまでうざくなれるのか問いただしたくなるほどだ。
霊夢は陰陽玉をぶつけたいと心から思った。全力で。全力がだめでも、妙珠暗殺くらいなら食らわせても大丈夫だろうか。
やめておいた。どうせまた禅寺でグレイズだろうと踏んだからだ。
「外せばいいんでしょうが。ちょっと待ってて」
開いた腋から札を取り出す霊夢。なぜ腋からって? 海パンデカが海パンからバナナを取り出すのと同じ理由だ。
同じ理由だってば。ほんとだよ?
いや本当に。
……ごめんなさい嘘です。
「よっこい」
霊夢はその札にありったけの霊力をこめた。ぎゅん! というチャージ音がする。
込めた霊力は実に珠五個分。その分強力だが、実戦だと霊力フルなんて状況が中々無いし、チャージにやたら時間もかかるので使う機会があまりない。
およそ十秒間の溜め。
紫がだれて、爪の間に挟まったゴミを取ろうとし始めたとき、
「正一ィィィーーーーーーー!!」
驚きのあまり深爪しそうになった。
四十台臭漂う台詞とともに、霊夢はその札を結界に投げつけた。力任せに。
要するに、札の力でもって無理矢理結界をぶち壊そうという、まあ例えるなら、胡桃の殻を割るのにタンクローリー十機とKONISHIKI百人ほど持ってきたような感覚。
さすがのイナバも、KONISHIKI百人ではメメタァ!だろう。……いやその前に乗せれないけど。本人も乗らないだろうし。
「うわ、まぶしっ!」
すさまじい光――誰か溶接用のフェイスシールド持ってきて――が溢れ、電気が弾けるような音が響いた。
つられて衣玖さんが降ってきたが、紫が手で追い払うと空気を読んでどこかへ行った。さすが空気の読める女は違うね(キリッ(←ここ重要
結界を突き破らんとする札は、どっぴゅどっぴゅと、すさまじい勢いで霊力を放出していく。比例して霊夢と紫の目が痛い。閉じればいいのに。
ばりばりばりばり、ずどどどど、ぶるぁぁぁぁぁぁぁアイテムなんぞつかってんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。轟音。
やがて音は止んで、霊力の放出が止まった。
札に込められた霊力が空っぽになったらしい。
しかし、それでも結界は――残っていた。
「え、マジで?」
ついつい若者言葉になる霊夢。いや若者である。
「マジね」
ついつい若者言葉になる紫。いや若もの……っ、……くそぅ……。おや、誰か来たようだ。今日は来客が多いのう……。
自身の霊力放射に耐え切れなかった札は、焼け焦げていてそれとはすぐに分からなかった。
紫が試しに握りつぶすと、くしゃりと音を立てて空中に散った。
いまちらっと地獄鴉が見えかけたが気のせいだ。
そんな紫に霊夢は基礎コンを決めた。焼け残った紙とかはすぐ散らばるから掃除が大変なのである。掃除するのは霊夢なのである。
基礎コンで吹っ飛んでいた紫は、よっこらせと起き上がった。
「外せなかったわね」
ぴんぴんしている結界を眺めつつ、霊夢に向かって言った。もうどうでもよさげだ。
「正直言うと、紫が外せないものを私が外すのは無理だった気がする」
「うんまあ、私もそう思ってたんだけど」
ならやらせるなと、霊夢が紫にケリを入れようとしたが、紫はDCからぶらり廃駅下車の旅を決めた。一切容赦なかった。
霊夢の辞書に、鬼畜、という単語が刻まれた。そこには「紫のこと」と書かれている。
「あー! 霊夢! なにしてるの!? 新しい遊び?」
地面にねっころがる霊夢に、上空からやたら幼女くさい声がかかった。どこをどう見たらそう見えるんだよと、霊夢は頭の中で突っ込んだ。
だるそうに――実際問題、電車がクリーンヒットしたのですごくだるい、というか痛い――仰向けになると、そこにはチルノが浮かんでいた。可愛い、すごく可愛い。可愛すぎて……ウッ。
「何しに来たのチルノ」
霊夢はめんどくさげに声をかけた。実際面倒くさいのだ。
「何しに来たとはおせっかいね! 遊びにきてあげたのよ!」
それはお節介ではなくご挨拶だと、霊夢は思ったが、言っても覚えやしないだろう。やめた。
チルノは不満げに降りてきて、縁側へと座る。
「あー……、チルノ、悪いけど今日は帰って。私もこの有様だし」
巫女服が乱れて土まみれだ。前半だけならそこはかとなくエロいが、土まみれになるとそうでもない。
さっさと洗いたかった。あと風呂。
「えー、せっかく遊びにきてあげたんじゃない。……ん、なにこれ」
チルノは、いまだ傷ひとつつかず縁側に転がる結界を見る。
とたん、好奇心満々な目になった。これだけ間近で結界を見たことがないのだろう。博麗大結界は大きすぎて実感がわかないし。
「氷精、触らないほうがいいわ、危ない」
紫が心配げに忠告した。なんだかんだで心配性なのだろう、この妖怪は。式に対してもわりと過保護なのだ
霊夢はニヤニヤしながら紫を見た。何よ、と紫は返す。
「二人とも、あたいをなめてるね? さいきょうのチルノさまにかかればこんなよく分からないもの一発よ!」
そう言ってチルノは、その結界を一切躊躇無くぎゅうと握る。
「チルノい!」
霊夢は叫んだ。だがそれはカードゲームだ。ぶち壊しである。雰囲気ってやつがブッ壊れそうだぜっていうかまぁ壊れたんだけど。
紫は息を呑んだ。それは紫にさえ、腕が吹き飛ぶかと思う衝撃を与えたものだ。
いくらチルノの力が強いとはいえ、所詮妖精。下手すれば五体ばらばらに――ならなかった。
「あれ?」
チルノは自分の手を見た。その可愛い可愛い……ウッ、な手に握られたそれは、一本の鉛筆。
「何かしら? それは」
紫が興味深げに、チルノの握った鉛筆を見た。
チルノと霊夢もあわせてそれを見る。
鉛筆には、「よいこのえんぴつ」と刻まれていた。
二人に電撃走る。
上空で永江さんちの衣玖さんが龍魚の怒り撃ってました。
「「よいこになりたいんですが」」
閻魔様の答え。
「よぉしなるほどイイ心がけだとりあえずそこに座って理由を説明しろ事と次第によっては丸一日説教するから覚悟しておけこんの怠け者どもめ発言の頭と尻にsirとつけろsirとォ!」
sirの発音がすごく滑らかであった。
こっそり若本混ぜるなwww
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緋ネタをこうも自然に使われると面白いw
緋ネタでにやりとして若本でやられたww
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あれですね、万葉さんとすぅぱぁチーちゃんウォーズを始める為の小手調べが何故か穴子さんになったんですね分かります。
よいこは良い子供では無く真っ直ぐな子の事を言うのですよ!
地の文が面白い上に読みやすい、流石です。
>そこにはチルノが浮かんでいた。可愛い、すごく可愛い。可愛すぎて……ウッ。
同意はしますが後で職員室に来なさい。
どうすればそこまでポンポン面白い小ネタが出るのでせうか。
少しばかり脳細胞を移植していただけると有難いのですが。
トリプルワキーに腹筋ってやつがぶっ壊れそうだぜ。というか壊れました。
結界と鉛筆に何の関係が?