Coolier - 新生・東方創想話

レミリア様のパーフェクトカリスマ教室

2009/08/19 01:09:05
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この物語は作品集57の『虹龍の夢、紅龍の未来』等、過去作品の設定を使っています。




















悪魔の館、紅魔館。人々に恐れられ、恐怖の象徴として畏怖されていたことも今は昔。
その館の一室。数ヶ月前までは主無き客室となっていた場所で、一人の女性が机に向かって頭を悩ませていた。
そんな彼女とは対照的に、彼女の友人(実際はもっと深い関係なのだが)の女性は室内に置かれたベッドの上に寝転がり、
友人の邪魔にならないように黙したままで読書に励んでいた。励むというより、パラパラと目を通していると表現した方が適しているだろうか。
悩む友人を彼女が放置している理由。それは言葉にすると酷く単純なモノで。
数年来の付き合いか、このような時に自分が声を掛けても彼女の邪魔にしかならないと理解しているからだ。
そんなつい最近、この紅魔館に住居を移した二人――上白沢慧音と藤原妹紅が保っている室内の静寂。
この館においてそれを打ち破るのは当然、彼女達以外の第三者に他ならない。突如、部屋の扉が開かれたかと思うと、
そこから現れたのはこの館の主である一人の幼き紅い月とその従者。

「慧音、妹紅、邪魔するわよ」

「別に構わない…んだが、室内に入る時はせめてノックくらいはしろといつもいつも言ってるだろう」

「あら、おかしな事を言うのね。
 この館は私の家。紅魔館の全ては私のモノ。それならば慧音の部屋は私の部屋と同義だわ。
 自分の部屋に入る際、いちいちノックをする必要があって?」

「何だその無茶苦茶な剛田ニズム宣言は」

呆れる慧音の視線を受け流し、レミリアはフフンと笑みを浮かべながら慧音に向かい合うようにして椅子に腰を下ろす。
レミリアが着席したのを確認し、咲夜は運んできた三人分の紅茶と菓子を机に並べ、簡易ではあるが茶席の準備を始める。
勿論、その三人分とは己を除いたこの室内にいる人数分である。

「妹紅、貴女の分も用意してあるからこっちに来なさいな」

「ああ、悪いね。有難く馳走になるよ」

咲夜の誘いを受け、妹紅は読んでいた書物を閉じ、ベッドから椅子へと腰をレミリア同様に移動させる。
この部屋の主である自分の許可も無く、さも当然のようにお茶の準備が整えられてゆく当たり前の光景に、
慧音は軽くため息をつきつつも、机の上に置いていた文書類を片付けてゆく。恐らくは寺小屋関係のモノなのだろう。
咲夜がカップに紅茶を注ぐのを横目に、慧音はレミリアに対して疑問を口にする。

「ところで何の用だ?まさか態々この部屋まで足を運んでお茶をしに来たという訳でもあるまい」

「まさかも何もその通りよ。退屈過ぎてやる事がないから遊びに来たの。最近暇を持て余し気味でねえ。
 どうせ貴女もやる事なくて暇だったんでしょう?少しばかり私の暇潰しの相手になりなさいな」

「…お前な。先ほどまでの私の姿を見て暇人に見えたのか?
 だとしたら一度永遠亭で目を検査してもらった方がいいぞ。もしくは頭か」

手に持っていた書類をレミリアに見せ付ける慧音だが、我侭お姫様は当然聞く耳を持つ訳が無い。
その事に肩を竦める慧音だが、そんな彼女に横から楽しげに声を掛ける友人が一人。

「まあまあ、どうせ慧音も作業に行き詰ってたみたいだし。これも良い休憩って考えれば良いじゃない。
 私はレミリアのお茶に付き合うことはそんなに悪い事じゃないと思うけどね。咲夜の美味いお茶も飲めるし」

「あら?何処ぞの素直じゃない頑固者と違って良く分かってるじゃない、妹紅。
 私は貴女のような頭の柔らかい人間は嫌いじゃないわよ?」

「そいつはどうも。ほら慧音、折角なんだから有難く頂こうよ」

「全く…まあ、確かに妹紅の言う事にも一理あるな」

書類を鞄へと仕舞い、一息ついて慧音もまた突発的に開かれた茶会へと参加する。
この紅魔館において、このような茶会が開かれるのは珍しくもなんとも無い。何時如何なる時でも、レミリアの気が向いた時にその場で開催されるからだ。
まあ、そんな茶会に無理矢理参加させられるのが他ならぬ慧音その人なのだが。
どうやら彼女はレミリアにとって、無駄話をするに丁度良い人物らしい。打てば響くし、話も弾む。上白沢慧音という人物は典型的な聞き上手なのだ。
そんなレミリアに振り回されて数ヶ月。今となっては彼女の暇潰しの話し相手となる事、
それ自体が慧音にとってはここ紅魔館における一つの日常と化してしまっているようだ。それを受け入れている辺り、本当、難儀な性格である。

「それで、今日は何だ。私のところにこうして訪れたという事は
 美鈴やパチュリーには相手にしてもらえなかったのか」

「…どうして私がここに来る事がそんな答えにつながるのかしら」

「それ以外の理由など考えられないからだろう。
 私もここに来て数ヶ月になるからな。お前の行動パターンなど大方把握しているよ。
 もしお前が暇を持て余した時はまず美鈴の元へ行く、そして美鈴が駄目なときはパチュリーのところへ行く。
 それが駄目なら仕事で忙しいにも関わらず咲夜を捕まえて、無理矢理暇潰しに会話をつき合わせて…
 差し詰め、話す事が無くなったから私のところに、といったところだろう?」

「私が貴女に会いたかったから遊びに来た、とは考えられないかしら?」

「美鈴の尻を日夜問わず追い回しては息を荒げている…
 そんな誇り高き吸血鬼様の日常姿を見ていなければ、そう考える事が出来たかもしれんな」

「おはようからお休みまで美鈴の暮らしを見つめていたいのよ。それこそ着替えから入浴まで。
 言ってしまえば、私の美鈴に対する溢れんばかりの愛がそうさせるの。私をこんな気持ちにさせるなんて本当、罪な女だわ」

「罪なのは美鈴ではなくお前だこのド変態め。何時の日か閻魔に裁かれても私は絶対に弁護しないからな。
 それとレミリア、お前まさかあれだけアリスから止めろと注意されたのに、まだ美鈴の入浴を覗いてるのか」

「あら?人を勝手に覗き扱いしないで頂戴。
 私が覗きをした、なんて貴女の思い込みで決め付けられ低俗な扱いをされるのは心外だわ」

「したんだろう?さっきお前、自分で着替えから入浴まで見つめていたいって言ったばかりじゃないか」

「果たしてそうかしら?勝手に人を覗き魔扱いして、
 もしそれが真実と違っていた場合、貴女は勝手なレッテル張りをした最低の人間…いいえ、半獣という事になるのよ。
 そんな最低の結果を得る前に、事実確認してから口を開いたほうが良いのではなくて?」

「ふむ、それは確かに正論だ。では訊くが、お前は今日美鈴の風呂を覗いたか?」

「当たり前じゃない。朝の入浴から昼の鍛錬後、
 そしてさっきここに来る前に夜の入浴と三回全て覗ききったわよ。私が美鈴の入浴を覗かない訳がないでしょう?」

「ああ、知ってる」

机の上で投げ交わされる言葉の応酬に、隣で二人を見つめていた妹紅はぱちぱちと目を瞬かせる。
そんな彼女の様子に気づいたのか、視線を向ける慧音に、妹紅は不思議そうに首を傾げながらも口を開く。

「いや、なんていうか…二人とも随分ぶっ飛んだというか…不思議な会話をするんだなあ、と思って」

「別にしたくてしてる訳じゃない…というか、ここで生活していれば妹紅もこんな風になる。
 このお嬢様の相手をするという事は、とどのつまり変態に対して免疫が出来るという事。そういう事だからな」

「そうなの?それは…なんていうか、ちょっと微妙だね…」

「本人を前にして、よくもまあ失礼な会話を交わしてくれる。
 ここに来たばかりの頃は、住居を提供した私に対し、あんなに慎み深く感謝と敬意を払ってくれていたというのに」

「感謝と敬意の心だけならば今もお前には持ち続けているよ。むしろ当時の何倍もな。
 失礼だと感じられるような言葉を口にするのは、恐らくお前達に感化されてしまったのだろう。
 私も随分と良い様に振り回されてきたからな」

「フフッ、貴女も良い感じに紅魔館に染まってきてるみたいじゃない。人を導く白沢の言葉とも思えないわ」

「導く必要性すら感じないのさ。紅魔館の主様は部下思いの本当に素晴らしい君主様だからな。
 もう少し自身の我侭に振り回される者達の事も考えてくれれば言う事無しなんだが」

「私の我侭に付き合えるなんてこれ以上無い誉れな事だわ。矜持を持ちなさい」

「…悪いけど、私にはまだそんな会話は出来そうにないなあ」

レミリアと慧音の会話に苦笑しながら、妹紅は咲夜から注いでもらった紅茶を口に運ぶ。
それに続くように、慧音もまた紅茶を一口喉に通す。妹紅も言っている通り、確かに咲夜の淹れる紅茶は絶品だと慧音は思う。
どちらかと言えば緑茶派だった彼女だが、ここ最近は進んで紅茶をよく口にするようになっていたりする。
その最たる理由の一つは他ならぬ咲夜の淹れる紅茶だと断言出来るだろう。

「ところで貴女、先ほどまで作業に行き詰っていたとか何とか言ってたわね。言ったのは妹紅だったかしら」

紅茶を再び口に運ぼうとした慧音だが、レミリアの疑問にその手を止める。
どうやらこの紅魔館の気まぐれな主様は、慧音の先ほど掲げた書類に興味が少しばかり湧いたらしい。
その内容をどこか楽しげに訊ねてくるレミリアに、慧音は何故か胸の中に生じている嫌な予感を感じつつも、口を開く。

「まあ…行き詰っていることは行き詰っているが、レミリアが興味を抱くような事でもない」

「解ってないわねえ。
 貴女の話す内容に対し、興味を抱くかどうかを決定するのは他ならぬ私自身。
 そのことに対する貴女の勝手な憶測や決め付けなんて間に入る余地すらないわ」

「…憎たらしいが言ってることは正論だな。
 なんというか、レミリア相手に正論を告げられると無性に悔しくなるのは私が狭量だからなのだろうか」

「そう、そして私は誰かさんと違って果てしなく広量な主様。
 加えて言うならば、強さと美しさとカリスマを兼ね備えた誇り高き吸血鬼」

「自身の賛美を、何の臆面もなく口にする辺りがどうしようもないほどにお前らしい」

「そうでしょう?自他共に認めるほどに私は素敵な楽園の吸血鬼なのよ。
 ほら、いいからさっさと話の続きを聞かせなさい」

続きを促すレミリアに、慧音は不承不承ながらも言葉を続ける。
渋々ながらもきっちりとレミリアに内容を話す辺り、変に頭の固い慧音らしいと妹紅は他人事のように思っていた。

「行き詰っているというか、少しばかり悩んでいるだけだ。
 レミリア、お前は私が人里で寺小屋を開いているのは知っているな?」

「ええ、確かそんな事を何時だったか聞いたような気がするわね。
 それで、その事を口にすると言うことは、悩みはその寺小屋関係ということかしら?」

「そういう事だ。まあ、話すと長くも面白くもならない内容なんだが…」

小さく溜息をつきながら、慧音はその内容をレミリアへと語っていく。
今日も寺小屋でいつものように子供達に授業を行っていた慧音。宿題を忘れた子供達に
愛の制裁を加えたりしたものの、今日もいつもと変わりなく時間は流れていくものと思われていた。
問題が起こったのは、そんな授業の最中。妖怪の種類と危険性について語っていた慧音に、一人の生徒がある言葉を投げかけた。

『妖怪を実際に見たことがないので怖さや危なさがよく分からない』

その言葉に慧音は目を丸くし、少し間をおいて苦笑しながら言葉を返す。

『何を言っているんだ。今お前の目の前に妖怪はいるじゃないか。
 正確には少し異なるが、私だって半獣という妖怪なんだぞ?』

『慧音先生は宿題忘れたときは怖いけど、それ以外は優しいから怖くない』

『えっと…そ、そうだ!少し前にこの人里の茶屋にいた美鈴…じゃなくて、みすずがいただろう?
 あれも私と同様、妖怪の一種なんだぞ。他にも時々人里に買い物に来る九尾の狐とか…』

『みすずねーちゃん凄く優しいよ。妖怪って凄く良い人ばかりなの?』

『狐のねーちゃんも優しいよ。この前僕にお菓子くれたもん』

『私も貰ったー』

『もしかしなくても妖怪って全然怖くないんじゃないのー?』

わいわいとトンデモナイことを話し出す子供達に、慧音は青ざめ頭を痛めた。
確かに子供達は人里の外に出たことがない。それはつまり、実在する妖怪の恐怖を知らないということ。
この平和な人里という空間に守られた中でしか生活した事のない子供達にとって、
里の外に存在するような人を喰らう妖怪など、所詮お伽話の世界でしかないのではないか。
拙い。その認識は何よりも拙い。もしそんな考えのまま成長し、大人になってノコノコと人里の外に行けばどうなるか。
その答えは酷く簡単だ。人里の外は跋扈する妖怪達のテリトリー。人を襲うことが許されている場所。
人間に友好的な妖怪や興味を示さない妖怪相手ならまだいい。もし、食人を嗜好とするような妖怪と出会ってしまったら。
そんな恐ろしい未来予想図を慧音は首を強く振って否定する。このままでは駄目だと。
そして彼女は決意する。私が何とかしなくては。私が今、子供達に妖怪の恐ろしさについて教えてあげねば、と。

だが、そこで慧音の計画は止まってしまう。子供達に妖怪について詳しく教える為の上手い方法が思いつかないのだ。
妖怪の怖さを教えるといっても、一体どうする。子供達を妖怪の住み家を見学させるか?何を馬鹿な、危険過ぎる。
ならば妖怪を人里に連れて行くか?連れていくならば一体誰を?知り合いの妖怪で話が分かる者は居るか?
美鈴――は駄目だ。彼女の家出騒動で、人里の子供達に彼女が優しい人物だとばれている。しかも全然怖くない。
八雲藍――も駄目だ。彼女も買い物等で素性が割れている。人里の中には『お狐様』と彼女に手を合わせる人がいるくらいだ。
ならば妖怪の山の者達は――駄目だ。彼女達は山という集団に属するもの。勝手な行動など許されまい。某パパラッチ天狗を除いて。
その記者天狗はお話にならない。面白いことには首を突っ込むが、今回のような面倒事には見向きもしないだろう。
ならば永遠亭の兎――の何処に恐怖があるというのか。恐らく子供達のマスコットになって終わりだ。
あの妖怪なら、その妖怪なら、誰々なら…そんな風に悩みに悩んで計画を考えていたのが、先ほどまでの慧音という訳である。

慧音の話を聞き終え、レミリアは何故かさも意味ありげに笑みを零す。
彼女のその笑顔を視界に入れた刹那、慧音は思わず表情を顰めてしまった。
無意識の内に自分がそのような表情を浮かべてしまった理由を理解したのは、その刹那のこと。
彼女が『しまった』と今にも声に出さんばかりに表情を歪めたその理由。それこそが先ほどまで彼女の胸の内に生じていた不安の正体。
今、レミリアはどうしてこの部屋にいる?――知れたこと、彼女は退屈凌ぎになるものを探していた。
そんなレミリアに対し、自分が先ほどのような悩みを投げかけたなら、果たしてどうなる?――考えたくもない。
拙い。拙い拙い拙い。これは非常に拙い。この流れは非常に拙い。
胸の内で激しく打ち鳴らされる警鐘を感じ取り、慧音は自身を落ち着ける為にも、一度大きく息を吐く。
そして、レミリアに気付かれないように薄っぺらい笑みを表情に貼り付け、口を開く。
そうだ。何とか流れを変えないと、このままでは、このままではきっと――

「まあ、別にそれ程困って「仕方ないわね。この私が貴女の為に一肌脱いであげるとしましょう」聞けよ人の話を!!!」

――きっと、寺小屋をレミリアの暇潰しの場所にされる。
時既に遅し。どうやらレミリアは慧音の為…ではなく、己が退屈凌ぎの為に、寺小屋へ行く気満々のようである。
大声で突っ込みを入れる慧音をサラリと流し、紅茶を嗜みながら、レミリアはフフンと楽しげに笑みを浮かべている。

「あのな、レミリア…申し訳ないが」

「ええ、勿論分かっているわ。今更だもの、感謝の言葉なんて不要よ。
 他ならぬ貴女の頼みだものね。この紅魔館の住人、家族の我儘を受け入れるのも主たる私の務めだわ。
 ここで断ってしまっては主としての器量が疑われるというもの。貴女の為に、この私自らが人里まで出向いてあげるとしましょう」

「いやだから少しは聞かんか人の話を!!!」

「人の心に恐怖を植え付けるは古来より強者の役割。童達に畏怖を語り継がせるは古来より妖しの役目。
 さて、咲夜。この幻想郷で誰よりも強く、美しく、優雅で気高き妖し――それは一体誰の事かしら?」

「無論、我らが主、レミリア・スカーレット様に他なりません」

「そう。それはこの私、レミリア・スカーレット。誇り高き吸血鬼にして悪魔が館、紅魔館を統べる者」

自分達の世界を生み出し始めたレミリア達を尻目に頭を痛める慧音。やっぱりこうなったか、と。
慧音は過去の自分を殴りたくなってしまう。とりあえずレミリアに余計な事を話した数分前の自分自身を。
暇な時の彼女達の行動力が半端じゃないことくらい、この数カ月の付き合いで理解していた筈なのに。
ちなみに妹紅は自己賛美し始めたレミリア達を見てドン引きしていた。言葉にするなら『うわぁ…』というレベルである。
さてはて、一体どうやってこの暴走(実際はいつもと何一つ変わらず通常運行)お嬢様にお断りを入れられるだろうか。
そんなことを考えていた慧音に、彼女の気持ちを知ってか知らずか、レミリアは楽しげに言葉を続けてゆく。

「しかし貴女も抜けているというか。そんな下らない悩みで先ほどまで時間を無駄に浪費していたのね。
 他の妖怪などに頼らず、この私に真っ先に相談してくれていれば、簡単に悩みを解消出来ていたというのに」

「いや、だから私はお前が面白がって寺小屋を滅茶苦茶にしないようにだな…」

「お嬢様、慧音の気持ちもどうか汲んであげて下さいませ。
 きっと慧音は、お嬢様にご迷惑をお掛けすることだけは避けたかったのですよ。
 人里の童達の躾に、わざわざ紅魔館の主たるお嬢様のお手を煩わせるなど、とてもとても恐れ多く考えられないことですわ」

「…ああ、そういう事。確かにそのような小事で、私に縋りつくのは心苦しいでしょう。
 私に迷惑を掛けることを恐れ、このように部屋で一人頭を抱えていたという訳ね。フフッ、貴女も可愛いところがあるじゃない」

「あ~…ええと…うん、そうだな…そんな考えをしてるかもしれないなあ」

慧音の考えとは三段も四段もぶっ飛んだ主従の会話に、彼女はただただ呆れるまま適当に相槌を打つしかなかった。
軽く溜息をつきながら慧音は思う。本当、よくもまあ、そこまで自分達に都合の良い解釈が出来るものだと。
どんな事に対しても尊大でゴーイングマイウェイな思考回路。それが彼女、レミリア・スカーレットであることは、
ここ数カ月で嫌と言うほど体で味わっているものの、彼女のそんな一面に触れる度に慧音は溜息をつかずにはいられなかった。
まあ、そんなレミリアの考え方や性格が慧音は嫌いと言う訳ではないのだが。実はむしろかなり好ましく思っていたりするのだが、それだけは絶対に口にしてはやらない。
それが彼女、上白沢慧音の密かな誓いだった。だって、そんな台詞を口にしようものなら、このお嬢様は調子に乗りに乗ってくれやがるだろうから。

さてさて、そんな暴走する主従の会話を聞き流していた慧音だが、これ以上は拙いと考え始める。
このままでは、このお嬢様は本気で寺小屋にやって来かねない。そして子供達に色々と悪影響をきっちり残して下さるに違いない。
まだ年端もいかぬ子供達に、レミリアと接させるのだけは、絶対に許されない。
無論、理由は先ほど述べた通り、彼女が寺小屋に来れば、さぞや自分にとって面白おかしく場を乱してくれて、
授業どころの話ではなくなるというものもある。しかし、慧音はそれ以上にとある一つの事を懸念していた。
レミリアは間違いなく子供達にとって悪影響。それだけは確実なのだ。何故ならそれは…

「失礼するわよ、慧音。レミィ、やっぱりここにいたのね。
 頼まれていたものだけど、完成したから持ってきたわよ」

「本当っ!?もうっ!!パチェったら待たせ過ぎよ!!
 あまりに完成に時間が掛っているから、てっきり焦らしプレイの一種かと勘違いしそうになったじゃない!!」

ノック音と共に慧音の部屋に現われた少女、パチュリー・ノーレッジの言葉に、
椅子から立ち上がり、目を輝かせて声を荒げるレミリア。その様子を見て、慧音は本日最大の溜息をつく。『また病気が始まったか』、と。
それは先ほどまでの会話の端々からも理解出来るであろうある一つの事実。そう、彼女ことレミリア・スカーレットは――

「こっ…これは美鈴が宴会で酔っている写真集!?な、なんて扇情的な表情や姿ばかり…!!
 いけない!いけないわ美鈴!!こんなところでそんな表情を見せられると、我慢出来なくなっちゃうじゃないの!!」

――少しばかり、変態…ではなく、病気なのである。
それは、『美鈴が好きで好きで堪らない病』とでも言えばいいのか。とにかく彼女、レミリアは美鈴のことになると、頭のネジの二、三本は軽く吹っ飛んでしまう。
所謂ところの、『恋するレミリアはせつなくて美鈴を想うとすぐ暴走しちゃうの』状態なのである。
それがただの恋愛感情だけならばいい。だが、レミリアはどこをどう間違ったのか、素敵なまでに恋愛のベクトルをフルスロットルであらぬ方向で突っ走ってしまっている。
常日頃から美鈴の尻を追い回すわ、盗撮はするわ、夜這いを決行するわ…どう書いても変態です、本当に(以下略
とにかく彼女は、己の想いを美鈴にありのままにぶつけまくっているのだ。そう、全力で間違った方向に。
ちなみに余談ではあるが、彼女がそこまで迸る熱いパトスを表現しまくっているにも関わらず、
とうの本人である紅美鈴はご主人様の想いに少しも気づいてなかったりする。鈍感天然、ここに極まれりである。

さて、話を戻そう。慧音がレミリアを寺小屋に呼びたくない理由、そのウェイトの大半を占めるものが、コレである。
普段のレミリアの我儘ならまだ良い。そこは名高き吸血鬼の姫、幻想郷の強者の一角を担う気高き妖怪。
人里に赴いたとしても、彼女が大事を起こすなどとは考え難い。しかし、そこに美鈴が絡めば話は変わる。
彼女は美鈴が絡むとリミッターが存在しなくなる。それはここ数カ月で嫌というほど理解させられた事実。
美鈴の家出騒動だったり、美鈴の赤子化騒動だったり、美鈴の結婚式騒動だったりと、美鈴の絡むことになると、
よくもまあと思えるほどに素敵に暴走して下さった。そして、その度に慧音を楽しく振り回して下さったのだ。
その経験から、寺小屋に赴く際に、レミリアが美鈴を紅魔館において置くなど考えられない。間違いなく美鈴も傍に付けるだろう。
否、このお嬢様のことだ。恐らく美鈴だけではない。メイド長の咲夜は当然のこと、下手をすればパチュリーやフランまで引っ張ってくるかもしれない。
ここで事情を知らぬ者がいれば、『他の者がレミリアを止めてくれるのではないか』などと
甘い期待をするかもしれない。それは砂糖よりも甘い考えだと慧音は断言する。
咲夜やパチュリーがレミリアを止める訳がない。むしろ場を悪化させるだけだ。何故なら彼女達もまた…

「先日の宴会で美鈴を無理矢理酔い潰した甲斐あって、最高の出来になったと自負しているわ」

「ええ!!流石はパチェ、美鈴の一番素敵な姿を理解しているわね!
 ああ…艶かしく、淫らに投げ出されたその肢体…これこそが芸術、神々をも超越する美の化身だわ」

「全くですわ。この世のものとは思えない美鈴の美しき姿には、誰もが感嘆の念を禁じえないほど。
 ところでお嬢様、写真集にあまりお顔をお近づけにならないで下さいまし。私が見えませんので。というか邪魔です」

「…咲夜、貴女って美鈴が絡むとレミィにも結構言うわよね」

…レミリアに並ぶくらい、美鈴の事が好きで好きでたまらない病に冒されているからだ。
この二人に加え、フランドールならばレミリアを止めるどころか、加担するのは目に見えている。見えきっている。
だからこそ慧音は頭を痛めずにはいられなかった。痛めるどころか正直泣きたくなる。
どうにかしてこの桃色の血潮が体内に流れていてもおかしくない連中を寺小屋から遠ざけねば…
そんな慧音の考えは、完全に無意味に終わることになる。何故ならレミリア・スカーレットが下した決定は運命の裁定。
一度レミリアがやると決めたならば、彼女はなんとしてもやり通す。それが紅魔館の主である彼女の強さなのだから。

「さて、パチェに頼んでおいた新しい美鈴の写真集も手に入れた事だし、
 今夜はこれを見ながら寺小屋での授業計画を考えましょうか。行くわよ、咲夜」

「かしこまりました、お嬢様」

「なっ!?ちょ、ちょっと待てレミリア!!私はまだ寺小屋に来る事を許可した訳では…」

慧音の制止の声も、今の彼女達の耳に当然届く筈もなく。
嬉々として部屋から退室した二人に、慧音は本日一番の大きな溜息をつき、机の上で頭を抱えてしまう。
そんな慧音にどう声をかけたものかと悩んでいる妹紅だが、彼女が声をかけるより先に、ボソリと小さな声が慧音に向けられる。

「事情はよく分からないけれど、私も二人の手伝いをした方がいいのかしら?」

「頼むからこれ以上事態を悪化させないでくれ…いや本当にお願いします…」

慧音の心からの叫び(少なくとも妹紅にはそう聞こえた)に、パチュリーは『そう』とだけ頷き、
レミリア達に続くように部屋を後にした。残された妹紅は、心から凹んでしまっている慧音を横目に一人、
『何だか大変なことになりそうだなあ』と他人事のように考えていた。いや、実際他人事なのだけれど。





















そんなこんなで時間は流れて一週間後。

寺小屋での午前中の授業を終え、慧音は一人寺小屋で憂鬱な時間を過ごしていた。
昼休みということもあり、子供達は昼食を取りに家に一度帰宅している。そんな訳で今現在、寺小屋に
いるのは慧音一人なのだが、彼女にとって昼休みが少しも心休まる時間に成り得なかった。
彼女を憂鬱にさせるその理由は勿論、当日を迎えてしまったレミリアの発案――レミリアが子供達に授業を行うというモノだ。
その時間が刻一刻と迫っている為、慧音は不安と憂鬱な気分でいっぱいだった。本当にどうしよう、と。

「慧音、邪魔するよ…って、うわ、めっちゃ滅入ってるじゃんか」

寺小屋の入り口が開かれ、そこから入ってきた来客、妹紅は慧音の表情を見るなり驚きの声をあげる。
そんな妹紅に、慧音は軽く息をついて言葉を返す。

「妹紅か。滅入っているつもりはないんだが…どうしても不安が拭えないんだ。
 あのレミリアが子供達に授業…考えただけで気絶してしまいそうだ」

「何?まだその事を不安がってたの?そんなに嫌ならしっかり断れば良かったじゃないか。
 何だかんだいって、あのお嬢様は慧音の嫌がる事は無理強いなんてしないだろ?」

「まあ、それを言われると弱いんだが…不安な反面、期待感もあるんだ。
 レミリアなら、子供達にちゃんと妖怪の恐ろしさや危険さを教えてくれるんじゃないかとね」

自分の隣に腰を下ろす妹紅に、苦笑交じりで答える慧音。
レミリアに抱く期待、それは確かな慧音の本心だった。それは慧音の数カ月で築き上げたレミリアへの信頼。
普段は変態過ぎてどうしようもない主様だが、彼女は決して他者の期待を裏切らない。
確かに子供達への悪影響云々の心配はあるが、それでも彼女にここで授業して貰う事は子供達への
掛け替えのない宝となるのではないか。レミリアに触れることは、それだけの価値があるのだと慧音は考えている。
そんな彼女の考えが伝わったのか、妹紅は軽く息をついて笑みを零した。そんな妹紅に、慧音は軽く首を傾げる。

「どうした妹紅、私の方を見て笑ったりして」

「別に。私もまだまだね、こんなことに嫉妬するようでは」

「…すまない。言ってる言葉の意味が良く分からないんだが…」

「いいんだよ、慧音は分からなくて。それよりも、もうすぐお嬢様の来る頃合いだろう?
 私が紅魔館を出る時に、もうすぐ出るって言ってたからね」

「ああ、もうそんな時間か。子供達もみんな寺小屋に戻ってきているな。
 さて、それじゃあレミリアを迎えに行くとするか。流石に寺小屋の正確な場所までは分からないだろうからな」

そう言って、妹紅と二人、寺小屋の外にレミリア達を迎えに行こうとした慧音だが、
ふと外から激しい歓声が聞こえてくるのを感じた。どうやら妹紅も聞こえたようで、不思議そうに首を傾げている。
それはまるでお祭りでも行われているかのような村人たちの大声で。『いいぞー!』だの『すげー!!』だの
響いてくる声に、子供達も気づいたらしい。外に出ようとする子供達を制止し、慧音は寺小屋の外へと向かった。

「一体何の騒ぎだ?今日は人里で祭りが行われる予定などなかった筈だが…」

入口の引き戸を開き、眉を顰めて通りに目をやった慧音だが、そこで彼女の思考回路は急停止することになる。
固まる慧音に続くように、寺小屋から出てきた妹紅もまた、外の光景を見て絶句する。
人里の大通り、多くの村人たちが取り囲み歓声を上げているその中央にあったもの、それは――

『『『『レミリアわっしょい!!レミリアわっしょい!!レミリアわっしょい!!レミリアわっしょい!!』』』』

「は~い!メイド隊の皆さん、もう少しで寺小屋ですので頑張って下さ~い!!
 あ!田吾作さんに人衛門さん、危険ですので神輿には手を触れないで下さ~い!!」

『『『『レミリアわっしょい!!レミリアわっしょい!!レミリアわっしょい!!レミリアわっしょい!!』』』』

多くの妖精メイド達が担ぎ上げている神輿。そしてその最上位に座するはレミリア。
玉座のようなものに座り、咲夜の持つ日傘が生み出す影の中で、ワイングラスを片手に悠然と振舞っている。
そして、そんな神輿を先導している美鈴。村人達に神輿がぶつかったりしないように、しきりにメガホン片手に声を上げている。
レミリア達の神輿の後ろには、神輿を担いでいる数の倍はいようかという妖精メイド達。
彼女達は各々がバラバラな楽器を手に、好き勝手な不協和音を鳴らしている。まさしくチンドン屋と表現出来よう。
突如人里に現れた訳の分からぬ混成師団。だが、彼らの持つお祭り騒ぎの熱気に中てられ、人里の人々もつられるように大騒ぎ。
そんな光景を離れた場所で見ていた二人だが、どうやら沈黙に耐えられなかったのか、妹紅が神輿を指差して恐る恐る慧音に訊ねかける。

「…ねえ慧音、あれ、レミリア達でしょ?何してんの…?」

「さて、そろそろ授業の時間だな。それでは妹紅、夕暮れ時には紅魔館に帰るから…」

「えええっ!?いやいやいやいや!!何現実逃避してるのさ!?
 今からレミリア達が授業するんでしょ!?そしてあの馬鹿騒ぎの中心は思いっきりレミリアでしょ!?」

「レミリアが授業?はは、面白いことを言うな妹紅は。レミリアは紅魔館の主だぞ?職業は先生なんかじゃないぞ?
 先生は私、私はティーチャーなんだ。ところで、ティーチャーって単語、どれだけお茶好きなんだよお前って思わないか?」

「な、何か慧音がモノ凄く遠い目をして変なこと言ってるーーー!!!!!」

口元から魂が零れ出ていそうな慧音の両肩を掴み、妹紅は必死に彼女を揺する。
恐らく妹紅の『しっかりしろ』という言葉には、自身に対する暗示の意味も込められていたに違いない。
そんな妹紅の必死の介抱により、何とか自分を取り戻した慧音は、こちらに向かってくる神輿に向かって腹の底から一喝する。

「お前らは一体何をやっとるんだああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「へ?あ、慧音さんが見えました~!皆さん止まりますよ~!!ぜんたーーーい、止まれっ!!!」

『『『『いちにっさんしっレミリア最高!!!!』』』』

「その場に神輿を下ろしますっ!!ぜんたーーい、その場に神輿を下ろせっ!!!」

『『『『いちにっさんしっレミリア万歳!!!!』』』』

美鈴の掛け声と共に、妖精メイド達はレミリアと咲夜の乗る神輿をその場に下ろし、指示を待つように直立する。
そんな光景を唖然と眺めていた慧音と妹紅の前に、悠然と神輿の最上位から降り立つは紅悪魔。
実に満足そうな笑みを浮かべて二人の前に舞い降りたレミリア。そして、こんな馬鹿騒ぎを起こして下さった彼女の第一声はというと。

「出迎えとは良い心がけね、慧音。貴女にもようやく紅魔館の一員としての
 自覚が芽生え始めたといったところかしら?」

「こ、ここここここ…」

「こ?何?こけこっこー?」

「こんの大馬鹿者がああああああああああ!!!!!!!!!」

距離にして三十センチ。ふふんと満足気に語るレミリアに、慧音はずかずかと歩みより、
彼女の耳元で有らん限りの咆哮を響き渡らせた。その怒声はそれはそれは大層なデカイ声で。
慧音の絶叫を間近で浴びせられたレミリアは、思いっきり表情を歪め、怪訝そうな顔で慧音に口を開く。

「五月蠅いわねえ…耳が壊れるかと思ったじゃない。
 この私がわざわざ貴女の為に人里まで来てあげたというのに、その態度は何?
 人として以前に妖怪としての礼節を疑うわね。そんなに顔を真っ赤にして、一体何が不満だと言うの?」

「むしろ不満しかないわ!!!外にお前達を迎えに来てみれば何だこの乱痴気騒ぎはっ!!!!
 神輿なんかに乗って馬鹿騒ぎしながら人里にやって来てお前は一体何がしたいんだ!!?」

「何を言い出すかと思えば…馬鹿馬鹿しいわね。
 他ならぬこの私、レミリア・スカーレットが人里に足を運んでいるのよ?これくらいの登場は当然じゃない。
 むしろ私のカリスマ性、器を考慮に入れると、騒ぎ足りないくらいだわ。もっと人里全土に私の名を響かせたいわね。
 良いじゃない、別に『汚物は消毒だ』なんて言って人間に害を加えてる訳でも無し」

「阿呆かっ!!そんなことしてたら即刻摘み出すわっ!!!」

ギャーギャーと騒がしく口論を始める二人を余所に、慧音同様意識を取り戻した妹紅は、
小さく頭を振って、再び現在の人里の光景を眺めて行く。
神輿を運んでいた妖精メイドや楽器を演奏していた妖精メイドは美鈴の前に集まり、何やら指示を受けていた。
そして、美鈴の解散の声と共に、メイド達は神輿に積んでいた機材を組み立て始め、
人里の大通りに数十個ほどの簡易屋台を作り始めている。その光景には人里の人々も興味深々なようで、傍でじっと見つめていたりする。

「なあ、美鈴。妖精メイド達は一体何をやってるんだい?」

「ああ、妹紅さん。あの娘達は出店を組み立ててるんですよ。
 あちらは『紅魔館名物ブラッドキャンディ』の屋台、あちらは『紅魔館名物レミフラ饅頭』の屋台、
 あちらは『紅魔館名物投げナイフ射的』の屋台、あちらは…」

「いやいやいやいや、詳しい屋台の紹介は別に良いから!!確かに気にはなるけどさ!!
 そんなのじゃなくて、何であの娘達は出店なんか組み立てているのかを私は知りたいんだけど…」

「え?どうしてって…妹紅さん、お嬢様から何もお聞きしていないんですか?」

「聞いてたらこんな風に訊いたりしないって。
 そもそも訊いてたら、あのお嬢様の登場に対して心臓が止まりそうになりほど吃驚したりもしなかったから」

妹紅の言葉に、美鈴はそれもそうですねと苦笑交じりで納得する。
そして、美鈴は妹紅の質問に答える為に、すっと指を人里の入口の方へと向ける。
彼女の指の先を視線で追った先にあるもの、それは妖精メイド達が組み立てている大きなアーチ。
そのアーチには実に達筆な文字で『祝!紅魔館の主、レミリア・スカーレット様人里降臨記念祭』と書かれていた。

「…ひとざとこうりんきねんさい?」

「ええ、お嬢様人里降臨記念祭です。
 こうしてお嬢様が人里に訪れるのは初めてのことですから、折角なら盛大なお祭りにしてしまおうと
 お嬢様がおっしゃられまして。あ、勿論ちゃんと人里の村長さんには許可を得ていますよ?
 先日、私と咲夜さんとで村長さんのお家に伺いまして。事情をお話しすると、快く許可を頂くことが出来ました」

「ふ~ん…村長さんもつくづく人が良いというか平和ボケというか。
 幻想郷のパワーバランスの一角を担う紅魔館の連中が人里に来るっていうのによくもまあ。
 普通なら拒否して博麗の巫女にでも助けを求めるところでしょうに」

「あはは…私もそう思ったんですけど、何故かすんなりと話が通りまして。
 『昔ならともかく、紅魔館の現主と美鈴さんなら大丈夫だろう』って。そんな訳で下準備は万端だったという訳なんですよ。
 …あれ、そういえば村長さん、初対面なのに何で私の事知ってたんでしょう?おかしいなあ…」

「そんなこと私は知らないよ。しかし、その事を私達が知らされていなかったのは当然…」

「あ、えっと…あ、あはは…お嬢様が『二人の驚く顔が見たいからこのことは内密に』って」

「…やられたわ。あの慧音の反応こそがお嬢様の望んでいた運命って訳か」

軽く舌打ちをし、妹紅はちらりと横目で慧音とレミリアの口論を覗いてみる。
そこには、ガーッと容赦なくレミリアに文句を述べる慧音と、そんな慧音の言葉を右耳から左耳に受け流している
レミリアの姿がある。だが、事情を知ってしまえばなんということはない。妹紅には、そのレミリアから
『してやったり』といった愉悦の感情に唇が歪んでいることが垣間見えた。ていうか、めっちゃ楽しそうだ。
妹紅は軽く息をつき、『ハイハイ』と二人の間に割って入る。このままだと何処までもレミリアの思う壺だと感じたからだ。

「ほら慧音、今日はレミリアに寺小屋の子供達の面倒を見て貰うんだろう?
 いつまでもレミリアの思惑に乗っていないの。慧音が真面目に怒れば怒る程、このお嬢様は楽しくて仕方ないんだから」

「くっ…し、しかしだな妹紅!」

「あら?説教はもう終わりかしら?満足したのなら、さっさと私を子供達のもとへ案内なさいな。
 そう、例えるならメイドがファースト・クラスの客にワインと笑顔をサービスするようにね」

「ああもう!レミリアもいい加減に慧音をからかうなってば!」

まだ不満そうな表情を浮かべる慧音と、スッキリしたとばかりに愉悦を零すレミリア。
そんな二人に妹紅が思わず溜息をつくのは仕方のないところだろう。本当、慧音はレミリアの何処に敬意を表したのやら。
妹紅の仲裁に不承不承ながらも、慧音は寺小屋の引き戸を開き、室内へと案内する。
彼女の案内に応じるようにレミリアと咲夜、そして妖精メイド達の指揮を執っていた美鈴も寺小屋の敷居を越える。
そのことに慧音は気付き、思ったままの疑問を美鈴に訊ねた。

「美鈴も来るのか?てっきりレミリアと咲夜だけかと私は思っていたんだが」

「ええと…私もそう思っていたんですが…」

「馬鹿ね、そんな筈がないでしょう。
 いいこと、美鈴。貴女はこの私のカリスマに溢れた授業姿を誰よりも強く視界に収める義務が存在するのよ?
 私が教壇に立ち、人間の童達に教鞭を振るうその雄姿を己が双瞳にしっかりと焼き付けなさい」

苦笑を浮かべる美鈴の言葉を遮るように、レミリアは当然のように言い放つ。
相も変わらずの美鈴病に最早溜息すら出ない慧音だが、レミリアの言葉には少しばかり期待を抱いてしまう。
どうやらレミリアは美鈴に自身の格好良いところを見せつけたいらしい。ならば、今回の件では
真面目に授業を子供達に行ってくれるのではないか、と。
やがて、子供達の待つ部屋の前へとたどり着き、慧音はレミリア達の方を振り返り、こほんと小さく咳払いを一つ。

「…それでは、お前達は少しここで待っていてくれ。子供達に特別授業の事を話してくるからな。
 それと、何度も何度も何度も何度も何度もしつこく念を押させてもらうが…」

「本当にしつこいわね。別に人間の子供をとって食ったりしないから安心なさい。
 くどいのは不死鳥との閨での情事だけにしなさいな」

「ちょ、ちょっと待てえええええ!!!!!ななななななななんでおおおおおお前がそそそそそんなことっ!!!?」

「ちょ!?お、落ち着いて下さい妹紅さんっ!!ここで暴れちゃ駄目ですよおおおお!!!」

顔を真っ赤にする妹紅に、レミリアはけらけらと楽しそうに笑う。
慧音をからかうつもりだったようだが、どうやら別の獲物が釣れたらしい。実に悪魔らしい姿である。
逆に慧音は妹紅の過敏なまでの反応を見て落ち着きを保てたらしい。
軽く息をつき、慧音は『変態が』と小さく毒づいて教室内へと入っていった。
室内では廊下の妹紅の絶叫が当然聞こえていたらしく、子供達がざわついて『もこー』『もこー』と妹紅の話題で盛り上がっていた。
そんな賑わっている子供達の注目を集めるように、慧音は教壇に立ち、手をパンパンと大きく二回叩く。

「こーら!今から大事な話をするから静かにしなさい!はい、先生に注目!」

慧音の言葉に、子供達は少々時間こそかかったものの、静まり返って慧音の方に視線を向けてくれた。
皆が静まり返ったのを確認し、慧音は早速とばかりにレミリア達の授業について説明を行う。

「え~、それでは午後の授業を始めるが、その前に今日は何の授業をする日だったか覚えているか?」

「よーかい!」

慧音の質問に元気よく答えたのは前から二列目の机に座っている男の子。
彼の返事を聞いて、慧音は良くできましたとばかりに大きく頷いた。

「そうだな。今日の授業は『妖怪』という生き物についてだ。
 私達幻想郷に生きる者は、彼ら妖怪については絶対に詳しく知っておかねばならない。
 何故なら彼らはお前達人間にとって強大で恐ろしい捕食者という立場の存在だからだ。
 勿論、例外はいくつも存在するが。たとえばお前達の知っている八雲の狐や紅美鈴なんかは人間に友好的だ」

藍や美鈴の名前があがり、教室内では再び子供達の話声で包まれ始める。
そんな子供達の御喋りをかき消すように、慧音は『だが!』と言葉尻を強くして声を発する。

「この幻想郷に生きる全ての妖怪が彼女達のように温厚な者達ではない。
 事実、この人里から離れて人間が一人生きるのは困難を極める。何故なら妖怪が襲ってくるからだ。
 妖怪とは恐ろしいモノ。妖怪とは異形のモノ。妖怪とは人外のモノ。お前達はまずそのことを理解しなくてはならん。
 …しかし、このように私が何度説いたところで、人里外の世界を知らぬお前達には少しもピンとこないだろう。
 だから、お前達が妖怪という存在を理解する為に、今日は特別講師を招いて授業を行ってもらう事にした」

特別講師。その言葉に教室は色めき立つ。子供達の期待に満ちた目に慧音は小さく苦笑する。
そしてこほんと小さく咳払いを一つ。子供達の期待に応えるように、慧音は言葉を続けて行く。

「それでは今日ここに来てもらった先生についてだが、お前達は妖怪の山の麓に
 湖があ『こーまかん!?』『きゅーけつき!?』『まじっ!?』『すげー!!!』…ああうん、そうだな。吸血鬼だな」

慧音が説明するまでもなく、今日来てくれた先生が紅魔館の主である吸血鬼だと子供達は悟ったらしい。
それも当然のことで、慧音が湖に浮かぶ島に聳え立つ館…紅魔館に居候していることは
人里の誰もが預かり知るところであったからだ。慧音は納得がいかないという表情を浮かべつつも、言葉を続ける。

「今日来てくれたのは、紅魔館の主にして齢五百を超える吸血鬼だ。
 この幻想郷でも指折りの実力を持つ大妖怪だが、今日はわざわざお前達の為に時間を作ってくれたんだ。
 まずはそのことに感謝し、今日は彼女の話をしっかりと聞いて沢山の事を学ぶんだ。分かったな?」

慧音の言葉に子供達は大きな声で『はーい!!』と返事をする。
それを見て、慧音は扉の方へ『それじゃレミリア、入ってくれ』と呼びかける。
しかし、慧音が呼んでも扉は一向に開かれない。どうしたのかと首を捻りながら慧音が扉の方へ足を向けようとしたその時だった。

「話が長いわよ、慧音。あまりレディを待たせるものではないと誰かに教わらなかったのかしら?」

突如として室内に響き渡る少女の声。どこからともなく響く声に、室内の子供達は驚きの声を上げる。
その声を聞いて、慧音は驚きよりも先に呆れがきてしまう。そうだ。レミリアとはそういう奴なのだ。
彼女が慧音の頼んだ通りに『普通の登場』なんてしてくれる訳がなかったのだから。
慧音の隣に突如として沸き上がる紅の霧。その霧はまるで中空に浮かぶマナを取り込んでいるかのように
一点へと集まり始める。そして、その霧はやがて人の形を形成してゆく。そして、そこに現れるは紅悪魔。

「――こんにちは、人間の童ども。私が紅魔館の主にして誇り高き吸血鬼、レミリア・スカーレットよ」

レミリアの登場に、子供達はまるで心ここにあらずといった様子で彼女の方を見つめている。
それも当然の事だ。子供達は人外と触れ合ったことが殆ど無い、そして今のレミリアの登場は
人間の常識からは考えられない在り方だった。霧が人を形成するなど子供達には夢物語の世界なのだ。
だが、そんなファンタジーが今こうして目の前で繰り広げられた。そんな子供達がどうして心を奪われずにいられようか。
束の間の静寂が空間を支配し、次に訪れたのは子供達の歓喜。教壇に立つレミリアに対し、興奮冷めやらぬ様子で声を上げる子供達。

「すげー!!本物の吸血鬼すげー!!」「格好良いー!!!」「霧がバーって人間になった!!」

子供達の歓声、それこそお伽話の英雄でも降り立ったのかといわんばかりの盛り上がりに対し、
レミリアはふふんと満更でもない様子で笑みを一つ。彼女の狙いはものの見事に成功したらしい。

「フフッ、今日は私がお前達に妖怪というものを一から十まできっちり教えてあげるわ。
 多忙を極める中、わざわざお前達の為に時間をとってあげたんだ。そのことに深く感謝し、私から
 直々に授業を受けられるその身の幸せをしっかりと噛みしめなさいな。良いこと?」

子供達から『はいっ!』と力強く返事を受け取っているレミリアを見ながら慧音は思った。『嘘つけ暇人』と。
そんな慧音の視線をサラリと受け流し、レミリアは教壇に両手をついてグルリと教室を見渡しながら話を続けていく。

「さて、私はお前達の一日臨時教師となったわけだけど、私に『先生』なんて呼ぶ必要はないわ。
 私のことは『気も遠くなるような麗しいレミリア様』、略してレミリア様と呼びなさい。返事は?」

「分かりましたーレミリア様ー!」「レミリア様ー!」「レミリアさまー!」「パチュリーのことかー!」「こきんとー!」

「…何故だ。レミリアが自己紹介しているだけなのになぜ私は喧嘩を売られているような気がするんだ」

「ふふ、よろしい。では授業に入る前に、まずは私の授業をアシスタントしてくれる助手たちを紹介するわ」

誰だろう。子供達がレミリアの言葉を聞いてそう考える暇も与えられることはなかった。
気付けば子供達の机の上には手製で作られた教科書がそれぞれ置かれていた。
何時の間に配られたのか。それこそまるで『時間でも止めて誰かが配ったかのように』。
びっくりする子供達だが、その驚きはまだまだ続くことになる。先ほどまでレミリアと慧音しかいなかった
教壇の上に、新たな人物が登場したからだ。その人物はレミリアの背後に佇み、子供達に恭しく一礼し、口を開く。

「お初にお目にかかります。本日、レミリアお嬢様の助手を務めさせて頂く十六夜咲夜と申します」

登場したのは勿論レミリアが従者、十六夜咲夜その人である。
音も無い彼女の登場に更に驚嘆の声があがる教室。どうやら教室のテンションは最高潮に達しているらしい。
さあ最後のひと押しだとばかりに、レミリアはパチンと指を鳴らす。これこそが残る二人の登場の合図。
計画の手筈通りならば、美鈴と妹紅が教室の窓を突き破り、威風堂々たる登場をしてくれる筈だ。
美鈴は全身をオーラに包ませて、妹紅は不死鳥をその身に纏いながら。しかし、そんなレミリアの計画は脆くも崩れ去ることになる。

「え、えっと…し、失礼しまーす」

「邪魔するよ」

美鈴と妹紅が登場したのは、窓からではなく扉から。しかも目立つどころか控え目にだ。
その登場に大いに不満を抱いたレミリアは声を荒げて二人に問い詰める。

「ちょっと貴女達、どうして手筈通りに登場しないのよ!?」

「馬鹿かお前はっ!!窓ガラスぶち破ってこんなところで不死鳥だしたら寺小屋が全焼するだろっ!!」

「むしろさせるくらいの意気込みでやりなさいよ!!寺小屋の一つや二つ私が立て直してあげるから!!」

「そういう問題じゃないだろこのアホ吸血鬼!!!」

ガーと口論を始めるレミリアと妹紅を余所に、子供達は登場した人物の一人、紅美鈴の姿に歓声をあげる。

「みすずねーちゃん!!」「みずずねーちゃんだー!」「おねーちゃんがいるー!」「ほんとだー!!」

そんな子供達に、美鈴は久しぶりだねと一人一人に笑顔を向ける。
今から遡ること数カ月。紅魔館から家出をして人里の茶屋でお世話になっていた美鈴にとって、
この寺小屋の子供達の皆が顔見知りの子達であった。美鈴が何度もお菓子を分け与えてあげたりしていた子供達。
そんな再会シーンに少しばかりパルスィアンテナが発動したレミリアは、妹紅との口論を切り上げ授業へと戻る。

「それでは早速授業へと移るけれど、まずは貴方達の妖怪という生き物についての理解度を確かめさせて貰うわ。
 今から簡単なテストを行うから、咲夜達の配る紙に自分の思う通りの解答を書きなさい。制限時間は二十分よ」

レミリアの説明に耳を傾けていた慧音はほうと意外そうな表情を浮かべる。
確かに授業を頼んだのは慧音だが、まさかこのように本格的な授業を行ってくれるとは思っていなかったからだ。
これは本当に期待できるかも。そのように一人考えている慧音を余所に、レミリアは淡々と説明を続けて行く。

「全員紙は受け取ったわね。それじゃ始めなさい。
 ちなみに私以外の人は全員解答するのよ?咲夜、美鈴、慧音、妹紅、貴女達も始めなさい」

「何?私達もか?」

「当たり前でしょう。ほら、つべこべ言わずにさっさとやりなさい。残り時間は十九分よ」

レミリアに催促され、慧音達も紙を受け取り解答に取り掛かる。
妹紅は面倒だと不満そうだが、慧音はむしろ喜ばしく思っていた。大人も子供に交り解答をする、
そして皆が一体となって授業を執り行うこと。それは実に理にかなっている方法だからだ。
もしかしたらレミリアは本当に教師の才能があるのでは…などと考えながら慧音は問題用紙を表にした。

『Q1.幻想郷一最強と言えば誰か?(ヒント 名前がレから始まる)』
『Q2.幻想郷一高貴と言えば誰か?(ヒント 紅魔館の主)』
『Q3.幻想郷一美女と言えば誰か?(ヒント 最強の吸血鬼)』
『Q4.幻想郷一カリスマと言えば誰か?(ヒント 今教壇に立っているのは誰か)』
『Q5,幻想郷一の存在と言えば誰か?(ヒント Q1、Q2、Q3、Q4の答え=Q5)』

――表にした瞬間、慧音は思った。ごめん、今さっきの感想は無かった事に、と。
その問題の内容を見て、呆然としているのは慧音だけではないらしく、妹紅も同様だったらしい。むしろ呆れているというか。
そんな彼女達とは対照的に真面目に解答しているのは子供達+レミリアの従者組。
ちなみにこんなアホな問題を出したレミリアはというと、現在黒板に大きな文字で
『名前がレから始まる紅魔館の主で最強の吸血鬼、レミリア・スカーレット』と走り書きを行い、
教壇の上でカリスマフルなポーズでスタンドアップしていたりする。見る人が見れば見事な○OJO立ちと言わざるを得ないだろう。
そんなレミリアを慧音は見なかったことにして、とりあえずこの馬鹿げたテストの回答へと移る。
どんなに馬鹿らしい問題とはいえ、子供達が真面目に取り組んでいるのだ。それを大人の自分が
声を荒げて授業の妨害をしたり出来る訳がない。そんな思考で慧音はせっせと真面目に解答に取り組んでいた。
やがて二十分が経ち、レミリアの合図と共にテストの回収が行われる。
そして、レミリアは直々にテストの丸つけを血のように赤いペンで行ってゆく。そして、全ての採点を終えたのか、
とんとんとテスト用紙をまとめ、レミリアは再び教壇へと立つ。

「さて、お前達の答えを一通り採点してみたのだけれど、なかなかに優秀だわ。
 ほぼ全員が高得点というところを見ると、幻想郷の妖怪の基礎知識をしっかり慧音のもとで学んでいるようね」

「いや待て。というか今のテストで間違えようがあるのか?答えの欄は全部レミリアじゃないか」

「ちなみにそんな解答を書いていた慧音、貴女の点数は60点よ。
 子供に負けるなんて情けないわね、貴女は少し勉強が足りないのではなくて?」

「は?」

レミリアの言うとおり、慧音の解答は全問『レミリア・スカーレット』だったのだが、どうやら正答は違ったらしい。
あのヒントでそれ以外どう答えようがあるのか。一人納得がいかない慧音を余所に、レミリアは次々と
皆の点数を公表していく。

「最高得点は咲夜の百点よ。流石は咲夜ね、実に優秀だわ。
 この調子でこれからも私の従者として日々研鑽なさい」

「ありがとうございます、お嬢様」

レミリアから解答用紙を貰った咲夜の回答が気になった慧音は、咲夜に頼んで彼女の答えを見せてもらった。
そして三秒で彼女につき返した。そして納得。『ああ、そういうことか』と。
咲夜の解答用紙の答えは慧音同様に全てがレミリアである。しかし、慧音との違いは咲夜はその解答の全てに
レミリアを褒め称える数多の形容詞を彼女の名前の前に付属していたのだ。

「最低点は妹紅、貴女よ。24点とは少々失望したわ。
 貴女も紅魔館の一員ならばもっと勉強に励みなさいな。無知は罪よ」

「ええ!?私なの!?ちゃんと解答にレミリアって書いたんだけどなあ…」

「私の名前を書いたまでは良いけれど、どうしていちいち名前の前に『多分』とか『おそらく』とかが付くのよ?
 貴女はもう少し自分の主を誇るべきだわ。それがいま貴女に出来る研鑽よ」

「お前は何処の閻魔だよ。というか私、別にレミリアの配下になった訳じゃないんだけど…」

解答を受け取りながらも渋々と席に着く妹紅。
そんな彼女と入れ替わりに解答を受け取りに行くのは美鈴。彼女に答案を渡しながらレミリアは言葉を紡ぐ。

「美鈴は88点、なかなかに良い数字よ。
 惜しむらくは私への賞賛の言葉の中に愛の言葉がなかったことかしら?」

「え、えっと、あ、ありがとうございます」

「ほら、ちゃんと解答のお手本を書いてあげたから参考になさいな。
 もっと詳しく解説が聞きたいなら今宵迷わず私の部屋の扉をノックなさい。
 私の全てを教えてあげるわ。いえむしろ貴女が私に教えてくれてもそれはそれで」

「…レミリア、頼むから寺小屋で公序良俗に反する話は止めてくれ。子供達が聞いてるからな」

「ちっ…これだから石頭は」

舌打ちをしつつもちゃんと美鈴を開放しているあたり、何だかんだでレミリアも律儀である。
全ての採点後の用紙を配り終え、レミリアは全員に行渡ったことを確認して授業を再開する。

「さて、今のテストから見て貴方達がなかなかに勉学に励んでいる事は認めましょう。
 けれど、そこで勘違いをして貰っては困るわ。幻想郷の妖怪というものはお前達の持つ知識だけでは
 想像すら届かない存在で溢れているの。今日は妖怪がいかに恐ろしい存在であるかをしっかりと理解して
 帰って貰うわ。私が教鞭を取る以上、半端なままでは許さない。そのところをよく頭に入れて授業に臨みなさい」

先ほどのテストで妖怪の理解度を判断出来る訳がないだろうなどと思う慧音だが、
子供達が元気よくレミリアに返事をしてるので何も言わない。それはどうやら妹紅も一緒らしい。
子供達の返事を聞き、レミリアは早速とばかりに言葉を続ける。

「まずは妖怪がどうして恐ろしいのか。それは基本にして一番大事なことよ。
 慧音の話だとお前達はそこが一番欠落しているようだからね。重点的に教えていくわ。
 では先ほどの問いだけれど…妹紅、答えられるかしら?」

「へ?わ、私?」

「そう、貴女よ。さあ、子供達の期待に応えられるようにしっかりと頭を悩ませ解答なさい」

突然の指名に、妹紅はむむむと頭を悩ませる。
妖怪は何故人間にとって恐ろしいのか。まず第一にシンプルな答えを導くとするならば…

「妖怪は人間を食べるから…かな」

「ええ、そうね。妖怪は人間を捕食する。言わば食物連鎖で上位の存在だわ。
 古よりどのような生き物でも己を捕食する存在に畏怖するが慣わし。妖怪は人間を食べる、それは自然の摂理にして
 人間が妖怪に恐怖を抱くには十分過ぎる理由ね」

言葉を紡ぎながら、レミリアは黒板に『人間』『妖怪』と書き、妖怪から人間へ向けて矢印を引いて捕食と書き足してゆく。
黒板に簡単な図解を書き終えたレミリアは再び子供達の方を向き、授業を続けて行く。

「妖怪は人間を食べる。絶対とは言わないけれど、多くの妖怪と人間はその関係が当てはまる。
 けれど、お前達は人里を離れたことがないからその恐怖が分からない。人間を餌と見る妖怪を見たことがない。
 そこで今日は実演よ。美鈴、試しに妖怪としての姿を子供達に見せてあげなさい」

「ふぇ!?私がですか!?」

「そう、貴女よ。人間を食する妖怪が如何なるものか、貴女が子供達に教えてあげるのよ」

慌てふためく美鈴とにやにやしているレミリアを見ながら慧音は思った。レミリアの奴、楽しんでる、と。
美鈴が人間を捕食対象とする妖怪ではない事はレミリアはおろか、慧音だって知っている事だ。
それなのに、レミリアは敢えて美鈴に無茶ぶりをふってきた。つまりあれは美鈴の対応を見て楽しんでいるのだ。
その証拠に机に座っている咲夜は片手にカメラを用意している。あれはパチュリーから借りたのだろう、間違いなく。
レミリアの無茶ぶりに『う~…』と頭を悩ませていた美鈴だが、どうやら覚悟を決めたのか、
子供達の方に視線を向け、真面目な顔で一言。

「ぎゃ…ぎゃお~!食べちゃうぞ~!」

「ッッッ!!!構わんッ!!!私は一向に構わんッッッ!!!!
 食べなさい!!私の身体を余すところなく食しなさい!!遠慮なく性的に食べちゃいなさい!!
 紅魔館が主、このレミリア・スカーレットの操を貴女にあげるわ!!
 この身を一欠片残さず舐めつくし、我が胸我が尻我が唇我が身体を思う存分堪能するがいい!!」

「いいえお嬢様!妖怪に食されるは古来より人間の役目ですわ!!
 さあ美鈴!遠慮はいらないわ!!食べるのは構わないけれど、別に食べてしまっても構わないのでしょう!?」

「ちょ、ちょっと待てええええ!!!食べるの意味が違うだろうがこのド変態どもがあああ!!!!」

美鈴に向かってあたかも三塁打を放ったベースボールマンのように滑り込むレミリアと咲夜に、
慧音は有らん限りの絶叫を上げる。どうやら彼女達の辞書に授業中だから自重という言葉は無かったらしい。
このままでは妖怪の捕食の実習なんて桃色なものを始めそうな勢いだった為、必死に慧音は制止する。
そんな慧音に『分ってるわよ』と一言放ち、こほんと咳払いをしてレミリアは授業へと戻る。

「妖怪は人間を食べる。これが一番分かりやすい恐怖の一因ね。
 まあ、その『妖怪に食べられるかもしれない』という恐怖は、先ほどの美鈴の実演から十二分に理解出来たでしょう」

「いやいやいや!微塵も感じないからな!?今の何処に恐怖を感じる要素が!?」

「けれど、それだけでは妖怪の真の怖さを知るには不十分だわ。
 今度は歴史的な側面から妖怪への恐怖を知ってもらうことにしましょう。咲夜」

慧音の突っ込みを完全にスルーしながら、レミリアは咲夜に目配せを行う。
レミリアの合図に、咲夜は机から立ち上がり、用意していた教科書を一冊レミリアへと手渡しする。
咲夜から教科書を受け取ったレミリアは、ぱんぱんと軽く片手でその教科書を叩きながら子供達に言葉を紡ぐ。

「お前達が妖怪を恐れない理由の一つに、妖怪達の悪行を何一つ知らないという要因がある。
 私、レミリア・スカーレットのことを例に挙げるとすれば、お前達は私を『強い吸血鬼』と理解しているだろう。
 しかし、強さを知るだけでは恐怖につながりはしない。妖怪の怖さとは強さから行われた過去の歴史によって成り立つもの。
 その強さを持って人間を虐殺した、餌にした、数多の村を滅ぼした…そういう歴史的な背景が心に恐怖を抱かせるのよ」

レミリアの説明に、慧音は『ほほう』と納得の表情を浮かべながら聞いていた。
確かにレミリアの言う事は尤もだ。妖怪が恐れられる理由はその妖怪が何を成したかで決まるもの。
ある種族の妖怪の実力を示すには、他の妖怪や人間を屠らなければならない。その妖怪の異端性を示すには、
その妖怪が何か特異な行動を起こさねばならない。そう、妖怪への恐怖とは歴史というバックボーンに支えられているのだ。
感心する慧音同様、妹紅もまたレミリアの説明に驚きを示したようで。

「へえ…レミリアの奴、結構まともなことも言えるんだね。少しばかり見直したかな」

「何だかんだ言ってレミリアは頭が切れるからな。パチュリーが言うには、大図書館のかなりの書物をレミリアは
 読み解いているらしい。はっきり言って純粋な知識だけなら私達など比べ物にならんよ」

「それはまた意外な。もしかしてレミリアって本当は凄いの?唯の変態じゃなくて?」

「もしかしなくても凄いんだよ…美鈴の事さえ絡まなければ」

妹紅の言葉に溜息をつきつつ、慧音は視線をレミリアの方へと向け直す。
教壇に立ち、子供達に授業を行っているレミリアは何処までも気高さと優雅さに溢れていて。
そんなレミリアから視線を外し、慧音は背後の机に座っている美鈴の方を向く。慧音の視線に気づいた美鈴は、
小さく『どうしましたか?』と尋ねるように首を傾げる素振りを見せる。その様子がまるで子犬の動作のようで、
慧音は思わず苦笑しながら言葉を発する。

「悪魔の心を捕らえた小悪魔…にしては、少々穢れが無さ過ぎるか」

「?小悪魔ちゃんですか?小悪魔ちゃんなら今日はパチュリー様や妹様とお留守番ですが…」

的外れな解答に、慧音は何でもないと頭を振って再びレミリアの方へと視線を向ける。
どうやらレミリアの話はかなり進行したようで、これから教科書を使って実際に授業形式で進めていくらしい。

「それでは、教科書を朗読していく形で幻想郷の妖怪の歴史についてしっかりと学んでもらうわ。
 まず、私が先に読み進めるから、貴方達は私が読み終えた後に同じように繰り返し朗読なさい。いいわね?」

訊ねかけるレミリアに、子供達は元気よく『はーい!』と一斉に声を上げる。
その返事を聞いて、レミリアはいつもの調子とは違う、透き通るような声で物語の朗読を進めて行く。
レミリアの声は物語を朗読する上において実に聞きやすく、聞き手の事をしっかりと考えてあげたもので。
実に手慣れたレミリアの朗読を、慧音は不思議そうに耳を傾けていた。

(…実に手慣れたものだ。レミリアの奴、こんな特技があったのか。
 早過ぎず遅過ぎず、声量も程良く強弱もしっかりしている…私とて、ここまで上手くは読めないだろうな)

それはきっと、沢山の物語を誰かに読んであげなければ身につかない技能だろう。
そうなると、レミリアは過去に誰かを相手にこんな風に物語を読み聞かせてあげていたのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると、レミリアの声が不意に止まり、いつもの調子に戻ったレミリアの声が再度教室に木霊する。

「それじゃ、私の読んだところまでを皆で読みなさい。せーのっ」

「「「「「むかしむかし、あるところにレミリア・スカーレットという最強で格好良くてカリスマフルな吸血鬼がいました」」」」」

「ぶっ!!?」

子供達の朗読した内容に、慧音は思いっきり吹き出してしまった。
どうやらレミリアの音読の調子にばかり気を取られ過ぎて、肝心の教科書の内容が耳に入っていなかったらしい。
朗読を続ける子供達に、慧音は頭を押さえながら教科書を捲る。レミリアの教える内容は幻想郷の妖怪の歴史ではなかったのか、と。
教科書をペラペラと読み進めていくうちに、慧音の頭に青筋が一つ、また一つと連鎖していくように浮かび上がっていく。
ちなみに彼女達が使用している教科書の内容は簡単にまとめるならば、レミリアの建国物語である。
『この本』によれば、幻想郷に訪れたレミリアは数多の妖怪達と戦い、次々にその土地を手中に収め、
幻想郷統一を果たした後に、管理者の座を八雲の妖怪に譲渡し、自身は紅魔館で隠居生活を送っているというような内容だ。
はっきり言って捏造だらけである。というか捏造しかない気がする。それほどまでに酷い内容の本だったりする。
敢えて言うなら、登場する妖怪に関する説明が無駄に詳しいくらいか。生息地やら危険度やらが分かりやすく書かれている。

「ふーん、この本によるとバ輝夜の奴もレミリアにボッコボコにされたらしいよ。あははっ、良く出来てるじゃんコレ」

「あ、あいつは歴史を一体何だと思ってるんだ…」

「まあ、良いんじゃないの?子供達も喜んでるし。…へえ、妖怪の山の神々との戦いで一度慧音死んでるよ?
 レミリアと八坂刀売神との一騎打ちで、レミリアがピンチの時に私の不死鳥パワーで蘇って戦いに割って入るんだって」

「人を勝手に殺すな!!というか何だその無茶苦茶設定は!!」

「や、でも慧音は最初敵だからまだマシな方だよ。咲夜は三回、パチュリーは五回、小悪魔にいたっては七回死んでるし。
 美鈴は何かヒロイン枠で戦闘に参加していないみたいだけど。あ、フランドールは何かお助けキャラになってる」

「それ外界の子供向け本か何かを模写してるだろ絶対!!私は悪魔超人か!?悪魔超人なのか!?
 幻想郷なのに弾幕勝負じゃなくてリングの上で戦うのか!?」

「うるさいわよそこっ!!人が授業を行っているのに私語するんじゃない!!
 他の者ならまだしも、教師である慧音がそんな在り様で良いと思っているの?廊下に立たせるわよ?」

「う…す、すまない…」

レミリアからの注意に慧音は理不尽だと思いつつも頭を下げる。
本の内容が無茶苦茶なのは確かだが、だからといって授業中に騒いで良い筈がない。
そのようなことをすれば子供達に悪影響は免れないし、何より私語厳禁は普段慧音が子供達に何度も言ってきたことだ。
だからこそ、そのルールを慧音自身が破る訳にはいかないのだ。例えレミリアの授業内容が歴史を馬鹿にしているようなものであっても、だ。

「そこでレミリアは慧音に言いました。『私の信じるお前を信じろ』と」

「「「「そこでレミリアは慧音に言いました。『私の信じるお前を信じろ』と」」」」

誤った歴史を正さなければというワーハクタクとしての感情と授業中に騒いではならないという教師としての感情で
板挟みになっている慧音。最早レミリアの授業を娯楽の一貫として楽しみ始めた妹紅。真面目に受ける咲夜と美鈴。
そんな混沌としたなかで、授業はどんどん進んでいくことになる。主に慧音の胃に穴が空きそうな方向で。

















「お嬢様、そろそろ…」

太陽が大きく傾き、日の色が橙に染まる時刻。
授業を進めていたレミリアに、いつの間に席から立ち上がったのか、咲夜が彼女の耳元で小さく言葉を紡ぐ。
咲夜から言葉を受け、レミリアは軽く息をついて教科書を閉じ、子供達に視線を送る。

「さて…もう日が落ちる時刻となってしまったわね。
 慧音、普段の寺小屋の終わる時刻は大体このくらいの時刻かしら?」

「ん、ああ、そうだな。大体このくらいの時刻には終了しているよ」

「そう。それでは、教科書を使った授業はこれでおしまいね」

レミリアの言葉に、子供達が『え~』と一斉に不満の声を上げる。
慧音にとっては破天荒どころか無茶苦茶とも思えた授業だが、どうやら子供達にとっては面白くて仕方がなかったらしい。
それはそうだ。いくら無茶苦茶な内容とはいえ、妖怪のお話が聞けたのだ。こんな経験は子供達にとって初めての事。
レミリアの語る話の全てが子供達にとっては新鮮だったのだろう。そして楽しかったのだろう。
不満そうな子供達に、レミリアはククッと楽しそうに笑みを浮かべながらも、言葉を続ける。

「そう文句を言ってくれるな。人間の時間は有限、私にはお前達の時間を有用に導く義務がある。
 これまでの時間でお前達の妖怪に関する知識はもう十分だと私は認識しているわ。
 物語に登場した吸血鬼、鬼、亡霊、天狗、隙間妖怪、九尾等…この本に書かれている全ての妖怪に関して、お前達は随分詳しくなっただろう?」

レミリアの問いに、子供達は声を揃えて元気よく肯定の意を示す。
その光景に、妹紅は苦笑を浮かべながら教科書をパラパラとめくって口を開く。

「確かに詳しくはなっただろうねえ…この本、歴史がメチャクチャではあるけど確かに面白かったし。
 内容も難しくなく、子供向けだからね。良い子供の娯楽になるだろうな」

「…そういうことか。全く、レミリアの奴…」

「?どうしたの、慧音」

妹紅の疑問に、慧音は何でもないと首を振って応える。
レミリアの狙いに気づいた慧音は、小さく息をついてレミリアの方を見つめる。
そんな慧音にレミリアは満足気に笑みを浮かべている。その表情に慧音は思うのだ。『実にしてやられた』と。
このレミリア達の作った教科書は確かに内容こそメチャクチャではあるが、実に子供好みの内容であった。
そして、子供達が興味を引きやすく、すぐに調べられるように登場した妖怪に関して詳しく記述してある。
つまり、今日の授業を持ってレミリアは子供達に妖怪の本当の意味での知識をしっかりと授けてくれていたのだ。
妖怪の在り方から危険度、どういう習性を持っているか等、細部まで子供達が興味を持てるように。
幻想郷の歴史を滅茶苦茶に書いているのは、恐らく子供達の興味を引きやすい物語を作るだけではなく、
慧音へのメッセージだろう。『妖怪に関しては教えてやる。だけど、歴史に関しては貴女が責任を持って教えなさい』と。
その意図に気付いてしまった慧音はもう苦笑するしかなかった。本当にこのお嬢様はやってくれる、と。
慧音を含む室内の人々を一瞥し、レミリアは再び言葉をつづけてゆく。

「それでは、今から私の最後の授業を行うわ。それを持って私の役割は終わりとする。
 最期の授業は外で行うわ。咲夜、美鈴、子供達を外へ案内なさい」

レミリアの指示を受け、咲夜と美鈴は子供達を室外へと扇動する。
彼女達の指示通り、子供達は机から立ち上がり、元気よく教室の外へと出ていく。その様子を見ながら、
慧音は不思議そうに眉を寄せながら、レミリアに生じた疑問をぶつける。

「外で授業を行うのか?何をするのかは知らないが、日が沈むまでには
 子供達を家に帰さなければならないことを忘れてくれるなよ」

慧音の質問に『勿論よ』と笑みを浮かべて答えるレミリア。
そして自身もまた室外に出ようとした彼女だが、その足を止めて、妹紅の方に視線を向けて言葉を一つ。

「――妹紅、貴女には期待しているわよ。見事に役割を演じてみせなさいな」

「…はあ?」

「慧音は肝心なところで甘いから何も出来ないと私は踏んでるからねえ。貴女だけが頼りよ、頑張りなさいな、大根役者」

それだけを言い残し、レミリアは今度こそ室外へと去っていった。
残された妹紅と慧音は互いに顔を見合わせ、頭に疑問符を浮かべるしか出来なかった。





















寺小屋を出て、レミリア達が向かったのは人里を出て500メートル程歩いた地点にある開けた草原。
その場所に子供達を集め、全員が居る事を確認し、レミリアは笑みを浮かべている。
ちなみに子供達の様子は興奮冷めやらずといった状態だ。何故なら子供達が人里から離れるのは、これが初めてのことなのだ。
保護者同伴とはいえ、生まれて初めて見る人里外の光景は人里内から見るものとはまた格別なのだろう。
そんな子供達を落ち着かせながら、慧音はレミリアに訊ねかける。

「わざわざこんな人気のないところまで来て一体何の授業を行うつもりだ?
 ここはただ草原が広がっているだけで何もない場所だ。授業を行うにしても、このような場所では何も…」

「あら、何を言っているのかしら慧音は。こんな場所だからこそ都合が良いんじゃない。
 人気もなければ障害物もない。私を邪魔するモノは何もないということでしょう?」

夕日を背に、傘を差して佇むレミリアの言葉に、慧音は一瞬言葉を失った。
突如として彼女の背筋に走った悪寒。それの正体が今まで感じたことのないような圧倒的な妖気によるものだと気づいたのは
妹紅の叫び声が彼女の耳に届いてからのことだった。

「――ッ!!慧音!!下がれっ!!!」

「も、妹紅!?…っ!!」

「ストップです。それ以上は動かないで下さいな。そうでないと身の安全は保障できません故」

己の背後から聞こえた声に、慧音は自身の行動が完全に縛られたことを知る。
背後にいる人物の顔こそ見えないものの、その人物が誰であるかなどは明らかだ。
彼女の喉元に突き付けられた見覚えのあるナイフこそがその証。その人物に、慧音は確認を取るように訊ねかける。

「…一体何のつもりだ、咲夜。これは何かの冗談か?」

「さて、貴女には私が冗談でこんなことをするように見えて?
 私は誇り高き吸血姫が従者、十六夜咲夜。我が行動の全ては主の御心のままに」

咲夜の返答に慧音は思わず歯を噛みしめる。つまるところ、咲夜はこう言っているのだ。『聞きたければ主に聞け』と。
現在、咲夜に行動を止められている慧音同様、妹紅もまた動きを封じられていた。妹紅の背後で拳を突き出しているのは、咲夜と双璧を為す紅魔館の従者。

「…向こうがああいう返答なんだ。どうせお前も理由を答えてはくれないんでしょう?」

「ええ、話が早くて助かります。私達はお嬢様の意思を行動に移しているにいるに過ぎません」

そう告げる美鈴に妹紅は小さく舌打ちをし、睨みつけるようにレミリアの方を向く。
二人の視線を受け、レミリアは笑みを零しながら楽しげに言葉を紡ぐ。

「――愉快、実に愉快だわ。こうまで上手く掌で踊ってくれると、わざわざ道化を演じた甲斐があるというもの。
 慧音、妹紅、お前達には感謝しているよ。貴女達のおかげで、私は楽に目的のモノを手にすることが出来る」

言葉を切り、レミリアは視線を子供達の方へと向ける。
どうやら今までと異なる場の空気を感じ取ったのか、子供達は困惑した様子でレミリアの方を見つめている。
そのうろたえた様子がまたレミリアを愉悦の高みへと感情を登らせてゆく。
目の前で嗤う吸血鬼に、妹紅は拳を握り締めて強めの口調で言葉を投げつける。

「…そうかい。お前の目的は子供達か。どうなんだ、レミリア・スカーレット!!」

「吠えるなよ、不死鳥。私の目的など、それ以外の何があるというの。
 最近は若い子供の血を口にしていなくてね。どうしたものかと考えていた時に慧音の話だ。
 妖怪を恐れない子供達など、遅かれ早かれ妖怪に食われてしまうだろう?ならば早いうちに私が苦しまぬよう
 有効活用してやろうと考えたのよ。フフッ、なんと慈悲深い妖怪なのかと思わないかしら」

「下衆が…人里を襲って中の人間に手を出すのはルール違反だろう!!そんなことも分からないのか!!」

「可笑しなことを言う。お前達が今居る場所は人里なのか?
 私は幻想郷の定められたルールに則り人里の外で子供達を襲ったつもりだが?」

レミリアの言葉に、妹紅は言葉を詰まらせる。詭弁にも等しい物言いだが、確かにレミリアはルールを破ってはいない。
この地は人里内ではなく、妖怪が人間を襲うこと自体許可されている。レミリアの行動は何ら幻想郷内の取り決めに違反しないのだ。

「…見損なったよ、吸血鬼。仮にも慧音が認めた奴だと心許したのが間違いだった」

「見損なう?ククク…アハハハハッ!!滑稽ね!実に滑稽だよ!!
 お前の目の前に立つモノを一体何だと思っているんだ!?人間ではない化物相手に何を見損なうと言うの!?
 考えが甘過ぎるのよ、お前達人間は!何故妖怪の誘いを疑って掛からない?ノコノコと人里の外に出てきた?
 妖怪とは常に人間を騙し捕食しようとする存在だ。外面をどれだけ繕っていても皮一枚剥いでみれば獣と同然。
 そんな化物相手にお前達人間は道理を振りかざすのか!?そしてそれが我らに通じるとでも!?笑わせるな!」

嘲笑混じりの叫びと共に、レミリアは片手を宙で薙ぎ、魔力による衝撃波を形成する。
その刃は大地を疾走し、子供達の横数メートルを一直線に駆け抜けていく。レミリアの生み出す圧縮された
魔力の威力は凄まじく、衝撃波の駆け抜けた後には深さ数メートルはあろうかという亀裂が大地に生じていた。
妖怪が実際に力を振るう様子に、子供達の恐怖心が耐えきれる筈もなく。一人、また一人を泣き始めた子供達を見て、レミリアは満足そうに愉悦を零す。

「泣くがいい。喚くがいい。妖怪とはげに恐ろしきもの。お前達人間とは住まう世界が異なる化物。
 肌で感じなさい、己の無力さを。人外の恐怖を。お前達の嘆きは血を啜る上で良いスパイスになる。
 死にゆくお前達の来世の為に教えてやろう。妖怪に出会ったなら、お前達の取るべき選択は唯一つ、逃げることだけだ。
 どんなに無様でも、どんなに醜悪でも、ただ只管に己が身を大事にして逃走することだ。
 妖怪と触れ合うのは人里の中だけにしておけ。でなければ、来世においても無惨な死を迎えるだろう。今生の結末のように、な」

妖気を高めながら、レミリアは子供達の方へと一歩、また一歩と足を進めて行く。
吸血鬼が迫ってくるというのに、子供達は足が震えて逃げることすらままならない。強大な妖怪の威圧とは、
か弱き人間の行動など簡単に抑制してしまうもの。頭では分かっていても、行動に移すことが出来ないのだ。
やがて、レミリアは子供達の中で、もっともレミリアの近くにいた女の子の頭を片手で掴み、口元を歪ませる。

「あ…あああ…」

「何、苦痛は一瞬だ。頭蓋を握り潰してしまえば楽にあの世にいけるだろうよ。
 泣くことはない。どうせお友達も皆お前と同じように私に殺されるのだから。これで寂しくはないだろう?」

話はこれで終わりといった様子で、レミリアはクスリと微笑みながら両眼を閉じる。l
そして、ゆっくりと子供の頭を握るその掌に力を入れ、吸血鬼の力を持って握り潰そうかとしたその時。

「させるかああああああああああ!!!!!!!!!!!」

全身に炎を纏った妹紅が背後の美鈴を蹴り飛ばし、獣が大地を駆けるかのようなスピードでレミリアの方へと真っ直ぐ飛んでゆく。
不意を突かれた為か、レミリアは妹紅の行動に反応出来ない。これを好機と妹紅はそのまま握り拳をレミリアの
顔面へと容赦なく叩きつける。例え人間の拳とはいえ、炎を纏い、跳躍の勢いをつけた妹紅の鉄拳は吸血鬼の身体をも吹き飛ばす。
殴られたレミリアは倒れこそしなかったものの、十数メートル程吹き飛ばされる。
口元から血液を滴らせるレミリアに、妹紅は激昂に燃える瞳で睨みつけながら感情のままに怒声をぶつける。

「許さない…お前だけは絶対に許さないよ、吸血鬼!!!
 お前は慧音の心を踏みにじった!子供達の心を下衆びた己の欲望の為に踏みにじったんだ!
 お前の事を慧音がどれだけ信頼していたと思っているんだ!!子供達がどんな憧れを抱いて授業を受けていたと思っているんだ!」

「…さあ?そんなことは微塵も考えたこともないわね。
 先ほども言ったでしょう?化物を相手に勝手に信頼をおき、勝手に見損なう…実に愚かしいわ。
 何を考えているのかも分からない妖怪を信用するな、妖怪に心を許すな。ましてや人里外の大妖相手ならば尚更」

「…きっさまあああああ!!!!!」

「待て!!!!!」

再び飛びかかろうとした妹紅に、今まで沈黙を保っていた慧音が大声で制止を呼びかける。
慧音の声に、妹紅は納得がいかないという表情で慧音を睨みつける。否、既に不満の声すら上げていた。

「何故止めるのさ!?コイツは慧音や子供達を騙したんだ!!泣いて謝るまでぶん殴らないと気が済まない!!」

「…落ち着け妹紅。お前の怒りはもっともだが、ここは私に任せてくれないか」

嫌だ。そう言って突っぱねようとした妹紅だが、慧音のいつもと異なる雰囲気に言葉を失ってしまう。
普段の温厚な慧音とは明らかに異なる空気、それは彼女が身に纏っている感情から現わされたモノ。
そう、慧音はかつてない程に怒っていた。その怒りから放たれるプレッシャーに、妹紅は言葉を発することが出来なかったのだ。

「…咲夜、この喉元に突き付けられた邪魔なモノをどけてくれないか」

「…心得ましたわ」

慧音の頼みを、咲夜はレミリアの許可も取らずにあっさりと受け入れる。
その光景に妹紅は驚き眼を丸くする。馬鹿な、何故咲夜は慧音の妨害を簡単に止めたのか、と。
咲夜から解放された慧音は、迷うことなく真っ直ぐにレミリアの方へと足を進めていく。その歩みの一歩一歩が
傍から見ている妹紅には実に重く感じられた。まるで怒りを大地に発散しているようで。
そして、レミリアの前に慧音は辿り着き、その両眼でレミリアを睨むように見つめる。けれど、レミリアは慧音の視線を意に介さない。
まるでそよ風を受け止めるように、表情一つ変えないまま、レミリアは慧音を見つめ返していた。
二人の間を静寂が包みこみ、重苦しい空気が辺りを支配する。その何処何処までも続くかと思われた沈黙を先に
打ち破ったのは慧音だった。空気中に響き渡る乾いた破裂音。その音の正体は、慧音がレミリアの頬を平手打ちにした音だ。

「やってくれるわね。高貴なる吸血鬼の頬を引っ叩くなんて」

「…やり過ぎだ、この大馬鹿者が。一体誰がここまでやってくれと頼んだ」

慧音の言葉の意味、それを妹紅は全く理解出来なかった。一体慧音は何を言っているのだ、と。
しかし、当人であるレミリアには通じたらしく、少しばかりバツが悪そうな様子で慧音から視線を逸らしている。

「確かに私は子供達に妖怪の怖さを教えろと言った。だが、これは一体何のつもりだ。
 これではお前が一方的に子供達に恐れられて終わりではないか!!
 ああ、確かにこの方法ならば子供達は妖怪の怖さを身を持って知ることが出来るだろう!
 だが、その結果として子供達はレミリア・スカーレットのことを一生勘違いして生きていくことになる!!
 紅魔館の吸血鬼は人里の子供達をかどかわして襲おうとした卑怯者の最低な妖怪だとな!!」

慧音の怒りの声に、妹紅はようやく気付くことになる。今までのレミリア達の行動、それは全て唯の演技なのだと。
つまるところ、先ほどまでの行動も全て授業の一環、子供達に妖怪の本当の怖さを肌で感じてもらう為に
レミリア達がわざとあのように振舞っていたのだと。そう考えれば、確かに多くの事が一つの線でつながる。
子供達を食料とする目的で行動したにしては、レミリアの取った方法があまりにお粗末過ぎるのだ。
人里にやってきてお祭り騒ぎを起こし、寺小屋で教師をしてその帰りに『お前達を食べるのが目的だ』などと
連れ去れば、人里の連中に『犯人は私です』とアピールするようなものだ。加えて妹紅や慧音等大人が一緒の時に
行動を起こすのもデメリットとリスクしか考えられない。実に無意味な行動なのだ。
すなわち、レミリアは慧音の言う通り、子供達に妖怪の怖さを身を持って教えようと行動を起こしたのだろう。
それが例え自身が泥を被る結果に至るとしても、だ。慧音の言葉に、レミリアはフンとそっぽを向いたままで言葉を返す。

「何を言い出すかと思えば…仮にそうだとしても、慧音、貴女には関係無いでしょう?
 子供が私の事をどう思おうが…」

「関係ある!!!」

レミリアの言葉を遮り、慧音はこれ以上は我慢出来ないという様相でレミリアの胸倉を掴み上げる。
いつも冷静な慧音の有り様に、対峙しているレミリアはおろか、咲夜や美鈴も驚きの表情で彼女を見ている。
何故そこまで慧音が怒っているのか。その理由を、レミリアは慧音に最も近い場所で聞かされることになる。

「お前は私を紅魔館の人間、家族の一員だと言ってくれた!!!
 その大切な家族が子供達に卑怯な妖怪と勘違いされて私がどうして黙っていられるんだ!!
 例えここでお前達が嘘をつき通そうとしても、私は子供達に何度だって訂正してやる!!説明してやる!!
 紅魔館の主、レミリア・スカーレットは誰よりも強く誰よりも心優しい立派な吸血鬼だとな!!」

慧音の感情が幾重にも込められた言葉に、レミリアは言葉を返すことが出来ずにただただ慧音を驚愕の瞳で見つめていた。
確かに以前、レミリアは慧音に『貴女は紅魔館の人間、言わば家族の一員』と言ったことがある。
その言葉に偽りはないし、レミリア自身常に慧音に対してそのように思っていた。けれど、その言われた本人である
慧音自身がその言葉を大切にしてくれているとは思わなかったのだ。否、大切にするどころか、慧音はレミリアに
対して怒りまで見せてくれた。嬉しくない訳がない。嬉しくない訳がないではないか。だからこそ、レミリアは言葉を咄嗟に返すことが出来なかったのだ。
そんな主の気持ちを悟ったのか、傍で聞いていた咲夜が手をパンパンと鳴らし、レミリアの代わりに言葉を紡ぐ。

「お嬢様、最早これまでかと。私達の目論見は全て慧音に見抜かれたようですし、引き際の美しさもまた必要ですわ」

咲夜の言葉に、レミリアはじっと慧音の顔を見て、大きく息をつく。
それは先ほどまでの大妖を感じさせる表情などではなく、いつもの紅魔館で見せている緩やかなモノで。

「あーあー!慧音のせいで何もかもが台無しだわ!
 この私が折角子供達に妖怪の怖さの何たるかを全て教え込んで授業を完結させようとしたのに!」

ぶっきらぼうに言い放つレミリアの頬が少しばかり赤く染まっているのは照れ隠しによるものか。
そんないつものレミリアを見て、慧音は呆れるように大きく息をつき、優しく言葉を紡ぐ。それは心からの感謝と本心に彩られた想い。

「ああ、今日はお前のおかげで素晴らしい授業を子供達に受けさせてあげる事が出来た。
 心から感謝するよ、レミリア。なあ、そうだろう、お前達」

微笑みを浮かべたまま、慧音は子供達の方を振り返る。
先ほどまで泣いていた子供達だが、今は完全に泣きやんでいるものの、どうしたらいいのか分からないといった表情だ。
そんな子供達の背を押すように、慧音はクスリと微笑んで言葉を再度かけてあげる。

「どうしたんだ?もうこの吸血鬼のお姉ちゃんのお芝居は終わりだぞ?
 こんなにも素晴らしい経験を沢山させて貰えたんだ。後はちゃんとみんなで『ありがとう』を言わないとな?」

慧音の言葉に、互いに顔を見合せてどうするべきかを考える子供達。
その中から一人の少女、先ほどレミリアに頭を掴まれていた少女が進み出てレミリアの傍まで寄っていく。
そして、レミリアの方を少しおっかなびっくりといった感じで見上げながら、口を開く。

「…レミリアさま、もう怒ったりしない?」

「…馬鹿ね、最初から怒ったりなんかしていないわよ。誇り高き吸血鬼はね、子供相手に怒ったりなんかしないものよ。
 この幻想郷で誰よりも優雅で誰よりもカリスマで誰よりも美しい存在、それが私なのだから…って、ちょっと!?」

レミリアが最後まで言葉を続けることは出来なかった。その幼い少女がレミリアに抱きつき、ぎゅっと強く服を握りしめたからだ。
何かを言おうとしたレミリアだが、こうなってしまっては最早形無しだ。子供相手に無理に引き剥がすことも出来ず、
子供の好きなようにさせる。だが、その行動はレミリアを後に後悔させることになる。

「ほら、お前達もレミリア先生に抱きついていいんだぞ?
 先生は寛大な心を持つ誰よりも優雅で誰よりもカリスマな先生らしいからな」

「ちょ、ちょっと慧音!?貴女何を…って、きゃああああ!!!」

これまでの仕返しとばかりに、慧音が子供達の背中を言葉で軽く押したのがいけなかった。
先ほどまでおっかなびっくりだった子供達が次々にレミリア目掛けて突撃するように群がっていったのだ。
レミリアさま、レミリアさまと集まる子供達に良い様にされるレミリア。その光景はカリスマも何もあったものではなくて。
そんな温かい光景を、少し離れたところで妹紅と美鈴は眺めていた。揉みくちゃにされるレミリアを見つめながら、妹紅は息をついて言葉を紡ぐ。

「あ~あ、今日は完全にアンタの主にしてやられたよ。
 何か悪かったなあ…勝手に誤解して、思いっきりぶん殴ったりしちゃって。後で謝らないとね」

「ふふっ、お嬢様はそんなこと気にしたりしませんよ。
 むしろ妹紅さんが怒って下さるところまでは予定通りだったんですよ?本当なら、お嬢様が妹紅さんに
 やられて私達は撤退…という筋書きだったんですが」

「うん、慧音の言う通りだな。あのお嬢様にそんなシナリオは似合わない。
 あのお嬢様は青鬼の役割なんかじゃなくて、常に物語の中心にいないとね」

「ええ、私もそう思います。お嬢様は誰よりも素敵で誰よりも格好良いお方ですから」

「…へえ、なんだ、何だかんだ言って結局両想いなんじゃない。好きなんだ、レミリアの事」

「そうですねえ…って、ええええ!?ちちち、違いますよ!?
 い、今のは部下がご主人さまを想う気持ちと申しますか!ととと、とにかく違うんですよ!?」

顔を真っ赤にして慌てふためく美鈴をからかいながら、妹紅は笑みを零してレミリアの方に再度視線を送る。
そこには子供達に揉みくちゃにされつつも、やれやれと苦笑を浮かべる吸血鬼がそこに居て。
その姿は高貴さも妖怪の恐ろしさも何一つ感じられないけれど、妹紅は確かに思うのだ。
誰もが心惹かれ、周囲に人が集まるその姿は何よりもカリスマである証拠ではないか、と。

「ふふっ…今のアンタは確かにどの妖怪よりも格好良いよ、スカーレット・デビルさん」

「ですから私はですね…って、聞いてるんですか妹紅さーん!!」

「はいはい、聞いてるよ。いくらでも聞いてあげますともさ」

日が沈みかけた草原で妹紅は一人未来を想う。
どうやらこれからの紅魔館での生活は、今まで以上に面白くなりそうだな、と。




















レミリアが寺小屋で教鞭を振るった日から幾許か過ぎたある昼下がり。
紅魔館の一室、慧音の部屋には多くの来客が訪れていた。とは言っても、その全員が紅魔館の住人なのだが。
その来客達全員が部屋の主である慧音の許可なくドタバタと大騒ぎするのは最早日常の一つである。

「ひいいいいん!!!お嬢様お願いですから止めてくださああああい!!!!」

「駄目よ美鈴!!まだ貴女の写真を完全に撮り終えていないんだから!!!パチェ、目標の枚数まであと何枚かしら!?」

「後38枚ね、レミィ。とりあえずビキニ姿は数撮ったから、次はスクール水着でもいこうかしら」

「ええ、実に素晴らしい案だと思いますわパチュリー様。
 美鈴の巨乳にアンバランスなスクール水着、その奇跡は例えるなら宇宙の創造。考えただけで心震えますわ」

「それじゃ着替えがいるよね?私が脱がすー!めーりんお着替えターイム!」

「いやあああああ!!!お願いですから妹様、水着を引っ張らないでええええ!!!!!
 慧音さんっ、妹紅さんっ!!お願いだから助け…って、駄目っ!!妹様本当にそこは駄目ええええ!!!!」

美鈴がいつものように皆に愛されている光景を、慧音と妹紅は何も見ない聞こえない振りをしてお茶を楽しんでいた。
最早二人が美鈴に救いの手を差し伸べることはないだろう。何故ならそんなことしても無駄だということを
紅魔館での生活で悟ってしまった為だ。敢えて美鈴を助けようとする人物が居るなら、アリスくらいだろうか。
そんなドタバタ騒ぎ(壁には咲夜の達筆の文字で『紅美鈴写真集73~水着編ver3.0~制作委員会』と書かれた
紙が貼られていたりするがどうでもいい)を尻目に、慧音は寺小屋の書類の整理を行っていた。
その作業を横でずっと見ていた妹紅は、慧音が先ほどから少しばかり困ったような表情を浮かべているのに気づき、声をかける。

「どうしたの、慧音。そんな困ったような顔をして」

「ん…私はそんな表情をしていたか?」

「ん~…困ってるというか、苦笑しているというか。言葉にし難いんだけど、そんな顔。
 何、もしかしてレミリア達が騒がしくて作業が出来ないとか?」

「それはないな。レミリア達が騒がしいのはいつものことだ、もう慣れたよ」

慧音の言葉に、妹紅はどうやら返答を予想出来ていたらしく、『だろうねえ』と笑いながら答える。
ちなみに当人であるレミリア達は現在美鈴に対して眩しいばかりのフラッシュをたいてる最中である。
被写体である美鈴といえば最早半泣き状態で諦めの境地のようだ。ちょっとぐったりしてたりする。
そんな美鈴達を相も変わらずスルーし、妹紅は会話を続けるように慧音に訊ねかける。

「だったらどうしてそんな顔してるのさ。何か手伝えるようなことがあったら私が手を貸すけど」

「ああ、ありがとう妹紅。気持は嬉しいんだが、こればかりは…な。
 敢えて手伝える人物をあげるならば、レミリアなんだが…」

「何?またレミリアに授業を頼むの?私は悪くないと思うけど、気まぐれなお嬢様が果たして頷くかどうか」

先日の授業を思い出したのか、妹紅はククッと楽しそうに喉から笑みを零す。
そんな妹紅に『そうじゃない』と否定をしつつも、慧音はいつかまたレミリアに授業を行ってもらおうかと
計画立てて考えていたりする。子供達のレミリアの授業の反響がすさまじく、次はいつになったら来るのかと毎日せがまれているからだ。
そのうちどうせ『暇だ』とレミリアが連呼する時があるだろうから、その時にでも頼もうと慧音は一人思っている。
軽く息をつき、慧音はレミリアの方に視線を送りながら、一人言葉を零す。

「そうだな…あと十年くらい経ったら、その時レミリアに対して直訴してもらうとしよう」

「?何の話?」

「いいや、唯の独り言さ」

手に持った寺小屋のプリントをひらひらとさせながら、慧音は苦笑を浮かべて妹紅に応える。
そのプリントは先日慧音が授業を行った時に子供達に書かせたモノで。その内容を知れば、レミリアは一体どんな顔をするだろう。
喜ぶのか困惑するのか嫌がるのか。どんな表情をするにしても、結局は子供達に押し切られてしまいそうだなと
慧音は想像し、そんな未来に苦笑を浮かべるしかなかった。
そのプリントに書かれていたものは寺小屋の子供達の将来の夢。その内容はレミリアが子供達にもたらしたパーフェクトカリスマ教室の結果。




『大きくなったらレミリアさまのそばではたらきたいです』




そんな子供達の描く将来の夢に、慧音は赤筆で一人一人にコメントを書いていくのだ。
『レミリアは見栄っ張りだから彼女の従者になるには沢山勉強しないといけないぞ』と。
どうやら子供達の提出課題の添削は昼の時間をまるまる使いそうだ、そう考え慧音は紅茶を飲みながら気合いを入れ直すのだった。







 
長文、最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。
今回は久々に変態紅魔館のお話を書いてみました。本当に久々です。一年ぶりくらいです。
自重しない紅魔館は書いてて本当に楽しかったです。美鈴も書けて嬉しかったです。メインキャラは今回慧音だったんですが。
次は藍みょん霊夢のとらいあんぐる・ハートな恋愛話とかまた書きたいなとか思ったりしたんですが、
先に連載してる方の過去話の後編を終わらせないとですね。どちらにせよ次回作でも頑張りますっ!


それでは、重ねてここまでお読み頂き本当にありがとうございました!
こんな変態な紅魔館ですが、また皆様と創想話で会うことが出来ましたら嬉しく思います。
余談ですが、美鈴に教師って似合いそうですよね。スーツと眼鏡で子供達に優しく(妄想禁止

 
にゃお
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コメント



0.5750簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
にゃおさんの書く紅魔館は最高です!
次回作も期待してます!
8.100名前が無い程度の能力削除
変態とカリスマを両立させるなんて……
9.100名前が無い程度の能力削除
変態だろうと何だろうとこのレミリアは立派だと思います。ギャグも楽しめました。
10.100名前が無い程度の能力削除
カリスマが溢れすぎてるよれみりゃ様……

で、写真集はおいくらでせう?
15.100名前が無い程度の能力削除
いやぁやっぱりこの紅魔館良いですね。
螺旋の吹っ飛びっぷりが。
21.100名前が無い程度の能力削除
なんだかんだ言ってカリスマックスなお嬢様かっこよすぎるだろ。
24.100名前が無い程度の能力削除
>ティーチャーって単語、どれだけお茶好きなんだよお前って思わないか
くすりと笑ってしまって私悔しくてビクンビクン(ry
石鹸屋は幻想郷出身だったんですね!
26.100名前が無い程度の能力削除
いぃりやっふぉーっ!!!
ついに久しぶりのにゃおさんの紅魔館メインストーリーの復活だぁ!
かの変態紅魔館シリーズの続きが読めて、もはや感謝感激です!

このおぜう様はガチカリスマフルですね。
これは紅魔館で働かざるをえない。
30.60名前が無い程度の能力削除
んー話は面白かったです

しかし一つ言わせていただければ、ずっと前から思ってましたが、貴方の書く話は表現がとても回りくどいです
地の文も会話も、もう少しスリムに表現できると思うのですよ
読者の想像に任せればいい所まで過剰に、繰り返し表現していては読む方が胃もたれしてしまいます

軽快な流れこそが命のギャグならではこそ、今回はかなり気になってしまいました…
32.100名前が無い程度の能力削除
いやあ、相変わらずこのおぜうさまは変態という名前の淑女ですね。
今回は美鈴の側にもおぜうさまへの想いが確認出来ました。
あれ? おぜうさまと美鈴が両想いだとすると、咲夜さんの立場は?
34.100名前が無い程度の能力削除
あぁ!またこのシリーズが読めるなんて、、、!
最高でした、、、!
39.100名前が無い程度の能力削除
久しぶりのこのシリーズでしたが、やっぱりキレが素晴らしいと思います。
これからにも期待します。
43.100名前が無い程度の能力削除
久々に楽しませてもらいました!
藍みょん霊夢も楽しみにして待っています!!
46.100名前が無い程度の能力削除
泣いた赤鬼作戦を躊躇わずに実行するのがかっこいいですなー
にゃおさんのレミリアは変態だけどほんとにカリスマ溢れてて好きです変態だけどw
52.100名前が無い程度の能力削除
>>藍みょん霊夢のとらいあんぐる・ハートな恋愛話
早く書け、いや書いてください
54.無評価名前が無い程度の能力削除
寺子屋じゃないの?
58.100名前が無い程度の能力削除
言葉にできないくらい面白かったです!
是非これらからも、にゃおさんの作品を読ませて頂きたいです! 頑張ってください!
60.80名前が無い程度の能力削除
あれ?良い話になった
64.100名前が無い程度の能力削除
毎回楽しみにしています!
カリスマなのか変態なのかw
あれ、普通はこの二つでは悩まないような……?
66.100GUNモドキ削除
うおう! 物凄く久しぶりですねぇ・・・お嬢様がなにげにカリスマってますし、読み応えもありましたし、100点以外つけられませんね。

それはそうと、美鈴にスク水は凶器でしょう。
正直私なら5秒で昇天する自信があります。
72.100名前が無い程度の能力削除
いいねいいね
73.100名前が無い程度の能力削除
さすが
77.100名前が無い程度の能力削除
みょんが二刀流で脇巫女が巫女さんで藍様が九尾……とらハだwww!!
83.100謳魚削除
>>『私が信じるお前を信じろ』
絶対に『お前が信じるお前を信じろ』な展開になり得ない配役……っ!

やっぱにゃおさんのレミリアお嬢様はカリスマ変態でなくっちゃあですね。
87.100名前が無い程度の能力削除
相変わらずの変態andカリスマレミリアすばらしく堪能させてもらいました。
このレミリア様にはもう惚れるしかないね。
レミリア様ー、私だー、雇ってくれー!
89.100名前が無い程度の能力削除
にゃおさんの書くレミリアは何故こんなに美しいのだろう
90.100たぁ削除
こういった雰囲気のSSは読んでて楽しいから好きだぜ
92.100名前が無い程度の能力削除
ティーチャーとはTea茶ーということだったのか!! 俺の先生がよく茶を飲んでいた理由がよく分かったぜ

それと、その写真集はどこのサークルが作ってるんだい?
98.100名前が無い程度の能力削除
良い
101.100名前が無い程度の能力削除
最高です。
全部の作品知ってますからこのにゃおさんの幻想郷も知ってます。
お嬢様最高!!
わざと悪役になろうとするお嬢様最高です。
そして泣きました。
次回も期待しています。
113.100名前が無い程度の能力削除
すばらしいです!
115.100名前が無い程度の能力削除
カリスマフルな変態お嬢様さいこー
119.100名前が無い程度の能力削除
久々に胸が熱くなりました。
にゃおさんありがとう!
129.100名前が無い程度の能力削除
いいカリスマだ……
140.100名前が無い程度の能力削除
予想出来た展開、それでも慧音の台詞に泣かされました。
最高です。
142.100名前が無い程度の能力削除
やっぱりお嬢様が悪者で終わるなんて許せませんね。慧音さんナイスです。
この設定が好きだー!
151.100満月の夜に狼に変身する程度の能力削除
<私の全てをお教えするわ
ブライアン・ホークみたいなこといいやがって……www
152.100名前が無い程度の能力削除
レミリア様万歳!!