この物語は作品集58の『風見幽香は変わらない』等、過去作品の設定を使っています。
食後の一杯はまた格別だと話したのは一体どこの巫女だろう。
少なくともウチの可愛い巫女では無いだろうが、その意見には同意しようとのんびりと考えている神様が一人。
「やっぱり早苗の入れてくれるお茶は美味しいねえ」
「本当ですか?流石は神奈子様、お茶の違いにすぐに気づかれるなんて。
実は良いお茶の葉をにとりさんから御裾分けして頂いたんですよ」
「ああ、いや、別にそういう意味で言ったんじゃ…まあ、いいか。
にとりには後で礼を言っておかないとね」
首を傾げる可愛い巫女、東風谷早苗の相変わらずの天然ぶりに苦笑しつつ、その神様――八坂神奈子は再び湯飲みを口に運んでゆく。
朝食を終え、その食後の一杯として早苗が入れてくれた熱いお茶は、この世の何よりも美味だと神奈子は一人しみじみと思う。
それは勿論、お茶の葉がどうこうというような理由などではない。可愛い早苗が入れてくれたお茶、それが何より大事なのだ。
満足げな表情を浮かべている神奈子に、早苗は優しく笑みを零し、その場から立ち上がる。
「もう人里へ行くのかい?もう少しゆっくりしても構わないだろうに」
「お心遣い感謝します。ですが、少しでも多くの人に信仰の尊さを説いて理解して頂きたいですから」
「本当、早苗は生真面目だねえ。それが私達の為だって事は分かっているんだけど。ありがとうね、早苗。
頑張るのは良いんだけど、絶対に無理だけはしないように」
「分かりました。それでは行って参ります。
あ、それと諏訪子様の朝食の件なのですが…」
「ああ、ちゃんと包まれているのを食うように言っておくさ。
しかし、諏訪子ったら朝から飯も食べずに何処に行っちゃったんだろうねえ。まあ、気をつけて行きなよ」
神奈子の言葉にこくんと頷き、早苗は家屋の外へと消えていった。
その姿を見届け、神奈子は軽く息をつく。それは喜びやら心配やら複雑な感情の篭った溜息。
早苗は良い子だ。本当に優しくて、そして超がつくほどの生真面目で。何毎にも一生懸命に取り組む姿は幼き頃より何も変わっていない。
けれど、そんな姿が神奈子は不安になる。何時の日か早苗が急に倒れたりしないか、と。
早苗は無理を自分の中で溜め込むタイプだ。恐らく疲労が溜まっていても私や諏訪子には表情にも見せはしまい。
あの娘は涙ぐましいほどに私達の為に頑張ってくれている。信仰を集める為に、毎日朝早くから夕刻まで幻想郷中を駆け回ってくれているのだ。
だからこそ、早苗の体調には自分達が人一倍注意しなければならない。
一週間のうち二日を早苗の休養日と無理矢理定めたのも偏にそれが理由だ。早苗はその決定に少し不満そうだったが仕方が無い。
あの娘は自覚症状の無い内に無理をする。可愛いあの娘を守る為にも、早苗の身体は自分達が支えてあげなければならないのだ。
その為にも、個人的な考えとしてはもう少し信仰集めに対して大雑把になっても良いと思うのだが…それを生真面目な早苗は良しとしないだろう。
だからこそ色々な方法を考えなければならないのだが、どうしたら早苗の負担は減るだろうか。
そんな母親のような事を悩みながらお茶を啜っていた神奈子だが、早苗が出て行った扉が再び開かれ、そちらへと視線を向ける。
「ただいま~、っと。あれ?早苗は?」
「もう人里に向かったよ。というか諏訪子、飯も食わずに朝っぱらから何処に行ってたのよ」
「えへへ、ちょっとね。あー、でも早苗が居ないって事は朝食抜きかあ…はあ、大人しく家に居れば良かったかな」
「心配しなくても早苗からアンタの分の朝食を預かってるよ。安心しな」
弁当の包みをぶらぶらとさせる神奈子を見て、その扉から現れた少女――洩矢諏訪子は表情を喜びと安堵に彩らせる。
神奈子から包みを受け取り、少し遅めの朝食へ暢気に取り掛かる諏訪子を見つめながら神奈子は一人思う。
『コレからどう血脈を辿ればあんな生真面目な娘が生まれるのかねえ』、と。
それは神奈子が早苗が生まれた十数年、ずっと考え続けた失礼な考えであったりする。
子供のように頬張りながら朝食を食べる諏訪子に、神奈子は先ほどの質問を再び投げかける。
「それで、アンタは今の今まで一体何処に行ってたのよ」
「ふぁふへ、ふぃふはへんふほほほほひ」
「…あ~、食事中に悪かった。話は朝食を取り終えてからで構わないから、ゆっくり食べな」
呆れる神奈子を尻目に、諏訪子はぱくぱくと早苗の用意した朝食を次々に平らげてゆく。
その幼さすら感じられる諏訪子の食事風景に、神奈子はつくづく疑問に思うのだ。昔の事とはいえ、何処をどうしたら諏訪子が母親になれたんだろう、と。
きっと諏訪子の亡き夫は超のつくほどのペドフィリアに違いない。そんな何処までも失礼な事をボーっと考えていた神奈子に、
食事を終えた諏訪子は満足げに笑みを零して口を開く。
「いやー、やっぱり早苗のご飯は最高だね。本当、あの娘は良いお嫁さんになるよ。私が保証するね」
「ああ、そうかい。他ならぬアンタに保証されちゃ早苗も泣いて喜ぶだろうね。私は泣いて笑うけど」
「そーでしょう、そーでしょう」
どうやら神奈子の最後の呟きは聞こえなかったのか、諏訪子は得意げな表情を浮かべて胸を張っている。
そんな諏訪子の姿を見ながら、やはり神奈子は思うのだ。早苗も諏訪子くらい面白おかしく日々を
過ごすくらいの軽い気持ちでいてくれれば心労は無いのだが、と。
朝食を終え、神奈子同様に食後のお茶を嗜み始めた諏訪子に、神奈子は先ほど投げかけた質問を再び繰り返す。
「それで、朝早くから一体何処に行ってたのか教えてもらおうか」
「新聞天狗のところだよ。なんでも『もにたー』ってのを募集してるらしくて、
配る前の新聞を事前チェックを兼ねて私が試し読みしたら、なんと豪華商品をプレゼントしてくれるらしくてさ。
一週間に一度、これを一ヶ月続けたら貰える約束なんだけど、何が貰えるのか今から楽しみなんだよね」
「新聞天狗?それってウチに時々遊びに来る文の事かい?」
「いや、文じゃないよ。名前も知らない他の天狗。
そもそも文が週一本なんてハイペースで新聞なんか書ける訳ないじゃない」
「…まあ、そう言われてみれば確かにそうね。
ペースもそうだけど、文の奴なら事前チェックはあの白狼天狗に無理矢理させるだろうし。
あの娘も、よくもまあ文の我侭に付き合ってるもんさ」
何かとんでもなく失礼な事を言う二人だが、彼女達の話題に上がっている風神少女、
射命丸文は実際その通りの人物なのだから仕方が無い。人里に最も近いパパラッチ天狗は、第三者から見ればそんな風に映っていたりした。
軽く息をつき、再び湯飲みに手を掛けようとした神奈子だが、ふと諏訪子の方に視線を送り、その手を止める。
彼女の視界に、諏訪子が帽子の中から新聞を一部取り出している姿が映ったからだ。
「それがモニターしてる新聞かい?」
「そうだよ。その場で読むから本当は持って帰らなくてもいいんだけど、神奈子も読みたいかなと思って。
外の世界でも神奈子は新聞読むのを欠かさなかったでしょ?」
「ああ、私の為に持って帰ってきてくれたのか。それは嬉しいね。礼を言うよ、諏訪子。
読ませてもらっても構わないかい?」
「うむうむ、苦しゅうない」
ふふんと小さな胸を張る諏訪子に苦笑しながら、神奈子は彼女から新聞を受け取り、早速読み始める。
その新聞の内容は、普段彼女が読んでいる文の『文々。新聞』とは違い、どちらかというと外の世界の新聞に近い構成だった。
つまりゴシップ記事というよりは、第三者が空の上から客観的に眺めて書いたような新聞。
深い話には突っ込まれていないが、手広くまとめられ、どちらかというとスッキリした印象を受ける内容だった。
「まあ、正直あんまり面白くなかったなあ。まだ文の書いてる話の方が面白いよ。
だって文の新聞って博麗の巫女やら黒白魔法使いやら知ってる奴らの話ばかりなんだもん」
「そりゃこの新聞なら諏訪子にはあんまり面白くないだろうねえ。というか読み難いだろうね。
アンタ、向こうでは新聞なんて四コマ漫画くらいしか読んでなかったからね。これはどちらかと言うと、
外界寄りの記述方式だから。…というか、アンタこの新聞のモニターなんだろ?読めないのに感想なんて言っていいのかい?」
「いいのいいの。適当に面白かったとか、もっと突っ込んだ話が読みたいとか言ったら天狗も喜んでたし」
「…そうだね、来週からはモニター役は私が代わろう。その天狗があまりに不憫だ」
あっけらかんと笑う諏訪子に大きく嘆息し、やれやれと肩を竦めながら神奈子は新聞を捲って行く。
その紙面には最近妖怪の山で起こった事、人里付近における人的被害、今後の天気の変動といった浅い話が続いている。
成る程、確かに内容こそ薄くはあるが、決して悪くはないと神奈子は思う。
文の新聞のように興味を惹かれる内容こそ少ないものの、この新聞一つで前一週間において幻想郷で起こった事件などが一読で把握する事が出来る。
文章も固く、どこまでも客観的に書かれているが、その一途な文章には好感すら持てる。
文に込められた一生懸命さ、そして読み手に伝えようという意思。反対に見れば余裕が無いとも言えるのだが。
恐らく新聞を書き始めたばかりの新米天狗が作ったものなのだろう。だが、この新聞は前途有望だ。
この機に定期購読してあげるのも悪くは無いな、そんな風に考えながら新聞を読み流していた神奈子だが、ふとあるページでその手が止まる。
新聞をまじまじと食い入るように読む神奈子に気づいたのか、諏訪子も神奈子の肩から顔を出すように顎を乗せ、新聞へと目を落とす。
「何?何か面白い記事でもあったの?」
「ん。別に面白いと言う訳じゃないけど、幻想郷では妖怪も結婚するんだなと思ってねえ」
神奈子の言葉通り、諏訪子が視線を落とした先には一つの結婚話に関する小さな記事が載っていた。
それは吸血鬼の根城、紅魔館において一つの結婚パーティーが行われたというもの。
その内容がまた興味深い。結婚したのは紅魔館の門番、そしてお相手はなんと三人もの女性だという。
神奈子はその門番こそ知らなかったものの、後者のうち二人は聞き覚えのある名前だった。
レミリア・スカーレットに十六夜咲夜。それは確か博麗神社での宴会に顔を出す吸血鬼とその従者の名前ではなかったか。
直接会話したことこそなかったものの、自分の知ってる人(妖怪)が婚約したという内容に聊か興味が沸いたのだ。
「相手は紅美鈴…くれないみすずって読むのかい、これは」
「だろうねえ。というかコレってあれじゃない?五日前に早苗とにとりが参加したヤツじゃないの?
紅魔館名物紅紅饅頭とかいうのお土産に持って帰ってきてくれた」
「ああ、あれがこの結婚式だったのかい。早苗の話してくれた内容から何かの喜劇パーティーかと思ってた」
先日、紅魔館で開かれた美鈴とレミリア達との結婚パーティー。
その内容を早苗に聞いたとき、早苗の口から出てきたのはあまり要領の得ない内容だった。
やれ『門番さんがみんなに追い回されてました』だの『アリスさんが魔理沙さんに酔い潰されてました』だの
『慧音さんが咆哮をあげてました』だの『知らない方が泣きながらずっと『らんのばか』って呟いてました』だの。
それを聞いた神奈子は『ああ、早苗も酔っ払っているんだな』と思い、優しい目をしてうんうんと話を流し聞いていたものだが。
どうやら早苗の参加したお祭りがこの結婚式で当たりのようだ。
結婚式とは厳かに取り仕切られるものと考えていたが、幻想郷にはなかなかどうして面白い結婚式があったものだ。
「女同士での婚約は別段驚くことはないが、一対三の婚約ってところに興味が惹かれるね。
しかも一の側は館の門番、三の側は館の主とその妹、加えて門番の上司かい。
これは玉の輿を通り越して何て言うんだろうね。盆と正月とクリスマスが一緒に訪れたというか」
「凄いねえ。吸血鬼を魅了するなんて、くれないみすずはよっぽど凄いヤツなんだろうね」
紅魔館の実情を知らない二人は、手前勝手な妄想話に花を咲かせてゆく。
『くれないみすずは実は紅魔館を裏で率いているのではないか』だの
『くれないみすずの正体は物凄い妖怪なのではないか』だの。本当、少しでも美鈴の事を知っている人物がここに居れば腹を抱えて大笑いしているくらいである。
そんな話題の中、諏訪子が何気なく放った一言。それが今回の騒動の原因となる。
「でもさあ、早苗が近い将来誰かと結婚するならこういう風に幸せになって欲しいよねえ。
早苗の赤ちゃんとか想像しただけで可愛いし。ああ、早苗も早く誰かいい人を見つけて結婚しないかなあ。
そうすれば早苗も幸せ、私達も幸せ、可愛い子供の顔も見ることが出来て大団円なのに」
「またアンタは唐突に滅茶苦茶な事を。大体今の早苗の何処にそんな余裕が…」
へらへらと楽しそうに笑う諏訪子を嗜めようとした刹那、神奈子はどうしたことか、言葉を途中で止めた。
てっきり文句の一つでも飛んでくると思っていた諏訪子は、何事かと不思議そうに首を傾げるが、
神奈子は彼女の事を気にする事も無く思考の海へと全身を放り投げたままだ。そして、若干の間をおいて――
「――そうだ!!その手があったじゃないか!!」
「ほえ?」
神奈子様、咆哮一声。
その場に立ち上がり、突然訳の分からぬことを叫びだした神奈子に、
諏訪子は訳が分からないといった表情を浮かべたままだ。
「早苗が何でも無理に一人で背負おうとするのなら、二人で背負ってくれるような人を見つければいい。
つまり、早苗と将来を添い遂げるようなヤツを今のうちから見つければいいんだよ!!」
「あー、えーと…ごめん神奈子、一応長い付き合いにはなるんだけど、
今はアンタの言ってる意味が全然分からないや。悪いんだけど最初から説明してもらえるかな」
諏訪子から至極真っ当な指摘をされ、我に返ったのか、神奈子は恥ずかしそうに顔を赤くして一つ咳払い。
普段は神奈子が諏訪子に突っ込んでばかりだから、今回の光景はとても珍しい光景だったといえよう。
つまるところ、神奈子の意見はこうだ。
先述した通り、早苗は何かと一人で溜め込む節がある。それは疲労であったり心労であったり何に対しても、だ。
そして彼女は決して他人、とりわけ神奈子と諏訪子にだけは決して弱音を吐こうとしない。
それは二人には自分の事で心配をかけたくないからという、早苗の幼い頃からの悪癖で、何度注意してもこの悪癖だけは直ることは無かった。
だからこそ、神奈子は人一倍…否、人三倍早苗の体調面や精神面のケアに気をつけていたのだが、
それでも見落としてしまう部分は否めない。それも当然だ。早苗は自分の疲労を必死に神奈子達に対して隠そうとするのだから。
何度言っても自分達に無理を隠そうとする早苗。そんな早苗を支えてあげるには一体どうすればいいのか。
そこで神奈子が思いついた答えがコレだ。
「早苗の結婚相手を探す?」
妖怪の山の山道を歩きながら、諏訪子は神奈子の話に疑問符を込めて口を挟んだ。
諏訪子の疑問に、神奈子もまた道を歩きながら、楽しそうに首を頷かせる。
「そういう事。さっきアンタが言っていたことそのまんまさ。
早苗も十半ばを越えたし、そういう事を意識しだしても悪くない年頃だろう?
まだ結婚とはいかなくても、そろそろ恋人の一人や二人いても悪くはないと私は思う訳さ」
「あー、その意見には大賛成。なんだ、結局神奈子もそう思ってたんじゃん」
「まあ、アンタと全くの同意見というのはちょっと違うけどね」
神奈子の思いつきとは、すなわち早苗と誰かの仲を取り持って、
その相手に自分達では分けて貰えないような早苗の負担を分け合って貰う事。
所詮自分達は早苗にとって親のような存在でしかない。親と恋人では分け合える負担の種類が違うのだ。
自分達には話しにくい事も、友人なら話せるかもしれない。ましてや恋人なら共有しあえるかもしれない。
そして、その人が結婚相手ともなれば、話はまた大きく変わる。早苗と婚約するということは、守矢神社を共に継ぐということ。
すなわち、今までは早苗一人の仕事だったものが、二人で分け合うことだって出来る。
また、今まで十数年早苗を幼い頃から見守ってきたが、彼女に関する色恋沙汰の話を神奈子は耳にしたこともなかった。
だから、これは大変良い機会だと考えていた。成果はどうあれ、早苗は一度恋愛を経験すべきだと神奈子は以前からずっと考えていたのだ。
「でも早苗に断り無く勝手に結婚相手を探すのも何だかなあ。
やっぱり早苗には好きな人と幸せになってもらいたいし。結婚を無理強いするのもなあ…」
「それは当たり前だ。私は早苗に恋愛結婚以外認めるつもりは無いよ。
好きでもない相手との婚約なんて問題外だ」
「へ?でも神奈子は早苗の結婚相手を探すんでしょう?」
「いいかい諏訪子。私達が今からするのは候補者を見つける作業。
そして良い人が見つかれば、早苗に『良いお友達』として紹介するだけ。そこから先は早苗次第だ。
好きになったら付き合えば良いし、合わないと思えばそれでいい。
そうだね…私達が行うのは『早苗の新しい友達探し』だよ」
「なあるほど。物は言いようとはこの事か。
相変わらずそういう謀略やら策略やらの絡め手が好きだねえ。まるで蛇みたい」
「五月蝿いよ蛙。可愛い早苗の為なら私は何だってやるのさ。…っと、着いたみたいだね」
親馬鹿発言をしながら、神奈子は目的地であったとある一軒の家の前で足を止める。
その家の表札には『清く正しい射命丸の家』と書かれており、ここが諏訪子もよく知る人物の家であり、
神奈子の目的地が彼女の家であったことを到着して初めて理解した。
「文の家?早苗の良い人探しをするのに、どうして文の家に」
「さて、ここで諏訪子に質問だ。私達は幻想郷に来てまだ日も浅い。
そんな中で、アンタは一体何人の人間や妖怪、それらに該する人物を知っている?勿論、妖怪の山に居るのは対象外だ」
「え?ちょっと待ってね。え~と、博麗の巫女でしょう?黒白魔法使いでしょう?八雲の妖怪でしょう?」
指折り数えだした諏訪子だが、両手を折り終える前に言葉に詰まり、降参の意を表すように両手を小さく挙げる。
そんな諏訪子に満足したのか、神奈子も微笑みながら言葉を続ける。
「そういう事。私達はこの幻想郷にどんな奴らがいるのか、そしてどんな人となりなのかを知らない。
そこで役に立つのが、文って訳さ。この娘は取材やら何やらで、色んな奴らとのつながりだけは人一倍あるんだろ」
「成る程ね。そこで早苗にあうような人材を、文の人脈の中から見繕って貰う訳。
いやいや、流石は私の見込んだ神奈子だ。色々と考えてくれてるね」
「私が一体何時アンタに見込まれたって言うんだろうねえ…まあいいや。文!いないのかい!?」
「あーやー!!私だよー!諏訪子ー!!」
声を上げて扉をノックする神奈子に、自分も負けじと声を張り上げて扉を叩く諏訪子。
だが幾ら待てども家から文が出てくる気配は一向に感じられず、どうしたものかと神奈子は軽く肩を落とす。
「もしかして外出してるのかしら。こんな朝早くに精が出る事で」
「どうする?文がいないんじゃここに居てもしょうがないし。出直す?」
そうだねえ――神奈子がそう頷きかけた刹那、扉の内側からガチャリと鍵が外される音が響いた。
そして、ゆっくりと開かれた扉の向こうから現れた人物こと射命丸文を見て、二人は言葉を失った。
それもその筈で、そこに居た文は二人の知るような明るく馴れ馴れしく気さくな天狗などではなく、幽鬼のように暗い表情を浮かべていたからだ。
「ちょ!?ちょっと文!?アンタ一体どうしたんだい!?」
「そ、そうだよ!!何そのやつれた顔!!ていうか目の下にクマまで出来てるし!!」
二人に声を掛けられ、ボーっと虚空を眺めていたかと思うと、文はポツリと言葉を零した。
一体何が彼女をここまで追い詰めたのか。息を呑んで言葉を待つ二人に、文は小さな声で呟き始める。
「…いか様に…無理矢理…」
「え?」
「ですから…萃香様に…無理矢理酒に付き合わされて…うっ…やば…」
「「ひっ!?」」
話を途中で区切り、文は目を見開き必死に両手で口元を押さえる。
その姿に嫌な予感を感じたのか、神奈子と諏訪子は全力で文から5メートル以上距離をとる。
何を警戒したのか、それは幻想郷最速の彼女の為にも言えない。何も言えない。とりあえず二人の嫌な予感は外れたことだけを記しておく。
何とかギリギリで堪えた文は、虚ろな瞳のままで二人に視線を送り、再びゆっくりと口を開く。
「とりあえず…立ち話もあれですので…中へ…というか中へ入らせて下さい…水…」
「あ…ああ…悪いね、体調の悪いときに…何なら出直しても…」
「いえ…お気になさらずに…うぷっ…」
口元を押さえて、文は重い身体を引きずりながら家の中へと入ってゆく。
彼女の弱弱しい後姿を眺めながら、二人は顔を見合わせて小さく息をつく。これは可哀想な時に来てしまったかもしれない、と。
文の言葉に甘え、二人は家の中へと上がってゆく。文の家に来るのは初めてではないが、何度来ても彼女の家は慣れないなと神奈子は思う。
部屋中の床に所狭しと投げ出された原稿用紙、そして壁中に張られた新聞や情報誌の切り取りの数々。
極めつけは消えなくなった墨汁の汚れが目立つ業務机。どれを一つとってもお世辞にも女の子の部屋とは言い難い。
良い風に見れば、それだけ新聞作りという熱中出来るものがあるという事なのだろうが。
フラフラとしながらも、文は床に散らばった原稿類を部屋の隅に寄せ、二人が座れるだけのスペースを何とか確保する。
そこに座布団を置き、『どうぞ』と視線で二人に言葉を投げかける。神奈子も諏訪子もそちらに座ったことを確認し、
文は二人分のお茶と自分の分の水を用意して、二人の前に置かれた卓袱台の上に置いた。そして文も二人に向かい合うようにその場に腰を下ろす。
「神奈子さんに…諏訪子さんも…わざわざ…このような場所に…」
「あー…うん…その、本当にごめんね…大変な時に来ちゃったみたいで…」
「というか文、普通に疑問なんだが、アンタがそこまでなるっていうのもおかしな話じゃないかい?
天狗は元々酒に強い生き物、加えてアンタは特上級のザルだ。私はアンタがこんな状態になってるのを初めて見たよ」
「それには…深い訳が…ううっ…もう二度と萃香様とは飲まない…」
「萃香って、確か宴会によく参加してる鬼ん娘だろう?アンタ達天狗の一番お偉いさんの」
「そうです…神奈子さんと諏訪子さんに…忠告しておきます…
萃香様なんかと飲み比べなんて…馬鹿な考えは絶対に止めた方がいいです…あの方は…鬼です…」
「いや、そりゃアンタの言う通り、まんま鬼だろうけど。本当、アンタと鬼ん娘の間で一体何が…」
「――――!!!!!!!!!!!!」
「「ひっ!!!?」」
それが彼女の限界だった。戦った。彼女は確かに戦い抜いたのだ。
体は記事で出来ている。血潮は自由で 心は好奇心。幾たびの戦場を超えて不敗。
ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない。彼のものは常に独り妖怪の山で新聞に酔う。
辛い身体を押し殺して、彼女は神奈子や諏訪子を迎え、こうして客の対応までしてみせたのだ。もう、十分ではないか。
だから、今はただ、彼女に安らぎを。幻想郷最速の名に恥じぬ、誇り高き鴉天狗の少女に、今は一時の安息の時を。
ここから少しの間、日本全国で一億と三千万人くらいはいるであろう清く正しい射命丸ファンの皆様に配慮して
音声だけでお送りさせて頂きます。文章の乱れにより、大変ご迷惑をおかけしております。何卒ご了承くださいませ。
「ちょっ!?ちょっと文!!!流石にここで戻すのは…
ああああ!!?す、諏訪子!!何か袋みたいなもの!!!」
「ええええええ!!!!?む、無茶言わないでよ!?
ここは文の家だよ!?そんなものが何処にあるか私が知る訳…ひいいいい!!!?」
「駄目!!文、アンタはやれば出来る娘だろう!?もう少し、もう少しだけ我慢なさい!!!
ゴミ箱!!ゴミ箱でもゴミ袋でも何でも良いから早く!!!」
「む、無理!!!何処にも見あたらな…ああああああああ!!!!!!無理!!!もう無理!!!!!」
「くっ…仕方ないね…諏訪子!!後でいくらでも謝るから文句言わないでよ!!!」
「え…ちょ、ちょっと!?何で私の帽子を…って、ままままままままさか!!!!?
いやああああ!!!!駄目えええええええええ!!!それを使っちゃらめええええええ!!!!!!」
「そおおおおおおおおい!!!!!!!!!!」
「ひぎぃぃぃっぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!」
満身創痍!
「あやや…大変ご迷惑をおかけして、本当に言葉がありません…」
「気にする事はないさ。辛いときはお互い様だよ」
色々と事後処理を終え(何の処理かは言わない。言えない。とりあえず諏訪子の帽子は洗濯して外に干してる)、
申し訳なさそうに言葉を紡ぐ文に、神奈子は苦笑しながらそう答える。一度『して』どうやら楽になったらしい。
だが、納得いかないのは他の誰でもない諏訪子な訳で。お気に入りの帽子を駄目にされた諏訪子は、
先ほどから神奈子の方を睨んだまま口を開こうとしない。当たり前と言えば当たり前なのだが。
「ほら、何時までも怒ってくれないでよ。洗ってダメなら後で私が同じものを作り直してあげるからさ」
「…それなら良いけどさ。本当、信じられないよ。人の帽子を(ズキューン)袋代わりに使うなんて…」
「いや、だってアンタ目の前で(バキューン)されそうになったら、アレ以外方法はなかっただろ?」
「あ、あの…お二人とも、その…あんまり(ドキューン)(ギュギューン)と連呼されるのは…」
「え?ああ、悪い。アンタも年頃の娘さんなんだ。確かに少しばかり配慮が足りなかったね」
「い、いえ…悪いのは私ですから…そ、それよりも神奈子さんに諏訪子さん!
急な来訪ですが、本日は私に何のご用件でしょうか!!」
顔を真っ赤に染めながらも、コホンと一つ咳払いをし、文は話の軌道修正を図る。
彼女のこれ以上自分が(チュドーン)した話を続けたくないという意図が伝わったのか、
神奈子はわざわざ文を訪ねて来た事情を説明する。最初は真剣な表情で話を聞いていた文だが、
その内容がとてつもなく面白く、下手をすれば新聞のネタになりそうな事に気づくや否や、先ほどまで光を失わせていた瞳に大きな輝きを灯らせていく。
そして、神奈子の話を最後まで聞き終えると同時に、これ以上ないという程に興奮した声色で神奈子に口を開く。
「成る程!!神奈子さんのお話は大変よく分かりました!!
つまるところ、早苗さんの『良い人』を私め射命丸の人脈を頼りに探して頂きたいと!!」
「あ、ああ…まあ、そういう事なんだが…アンタやけに嬉しそうだね」
「何をおっしゃいますか!!そんなの嬉しいに決まってるじゃないですか!!
こんな面白そうな話が自ら私の元へ飛び込んできてくれたんですよ!?最近妖怪の山で噂の緑の巫女が結婚ですよ!?
ああ!一面の見出しはどうしよう…果たしてどんな新聞記事になるのか、それを考えただけでご飯三杯は平らげられますよ!!」
「…ねえ、神奈子。これって思いっきり人選ミスだったんじゃないの?」
「あー…、私も少しそう思い始めたわ。
でもこの娘以上に、この幻想郷で顔が広い娘なんて私知らないしねえ…」
目の前で大興奮している天狗に、仕方ないと軽く溜息をついて神奈子は口を開く。
良い娘ではあるんだが、幾分口が軽そうな天狗だ。一応釘を刺しておかねば。
「大喜びしてるところ悪いんだけど、この事を記事にするのは勘弁してくれないかねえ。
なんせさっき話した通り、これは私達が早苗に内緒で勝手にやってることだし、
早苗を無理に結婚させようって訳でもない。私達はただ『自然』に『切欠』を作ってやりたいだけなんだ」
「そ、そうなんですか?あやや…折角最高の記事になると思ったんですが…
そうだ!それなら、もし早苗さんが誰かとお付き合いを始めた時には他の天狗には内密に、私だけに教えて頂けますか?
そして結婚の際には是非とも私め『文々。新聞』だけの独占取材を…」
「まあ、それくらいは良いんじゃないかい?早苗の結婚式があるなら、多くの人に祝ってもらいたいし。
文の新聞を使えば、一番知った連中に式の事を広められるだろうし」
「そうですか!いやあ、流石は神奈子さん!頭の固い連中と違って、お話が早いから大好きです!」
「ああ、それはどうも。それで、話は戻るんだけど、今回の話は協力してくれるのかい?」
「勿論です!この幻想郷一の情報屋こと射命丸文が早苗さんの素敵な出会いをお約束致します!」
自信満々に胸を張る文に、神奈子も諏訪子も一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
頼ったのは確かに自分達だが、本当にこの娘でよかったのかと。もう、なんていうか色んな意味で不安だった。
「お相手としましては色々と種族がありますけど、やっぱり人間を希望ですか?」
「いや、別に人間じゃなくても構わないよ。加えて言うなら女でも良い。
そういう縛りは無しで、早苗に良さそうな人を教えてくれると有り難いね」
「あやや、その二つの条件は助かりますね。
何せ幻想郷の優良物件はみんな人外や女の方ばかりでして。でも良いんですか?
前者はともかく、後者の条件だと子孫が残せないのでは」
文の言葉に、神奈子はフフッと意味深な笑みを浮かべる。
その笑顔に文は言葉を少し失う。それは神奈子には珍しい妖艶な笑み。まるで他を喰らう妖蛇の誘い。
「まあ、こちとら一応神様だからね。方法は色々あるってことさ。その辺の心配はしなくても構わないよ」
「そ、そうですか。いやいや、しかしそれならば
神奈子さんや諏訪子さんにも満足して頂けるような方を紹介出来そうですよ」
あははと話を誤魔化しながら、文は引き攣った笑みを浮かべ続ける。
女同士で一体どうやって子供を生すのか。凄く興味の有る話題ではあったが、それを文が追求する事は無かった。
何故なら彼女の本能が心に何度も訴えかけたからだ。聞いてはいけない。その子作りの方法は聞いてはいけない、と。
君子危うきに近寄らず。天狗の一番は我が身可愛さ。射命丸文、今日も元気に正常運転である。
「それでは早速なのですが、早苗さんに良い人を手早く、そして多く紹介する為にも、
私はお二人にひとつご提案があります」
「おお、何々?どんな方法?」
「はい。それはずばり早苗さんにコンパに参加して頂くことです!」
拳を握り締め、声を大にして自信満々に宣言する文。そんな彼女に、目をぱちくりとさせて言葉を失う二人。
静けさが戻った部屋の中、その静寂を切り裂くように、諏訪子は神奈子に口を開く。
「…ねえ、神奈子。『こんぱ』って何?」
「…いや、私もアンタにそれを聞こうと思っていたんだけど」
「…えっと、すみません。まずはコンパとは何か、から説明させて頂きます」
軽く苦笑を浮かべつつも、文は二人にコンパとは何かを説明してゆく。
ちなみにコンパとは仲間と親睦を深める為に行う飲み会のことだが、現在は男女混合の
出会いを求める為のもの(合コン)が主流になりつつあるってウィキ…じゃなくて慧音が言ってた。
文の説明を聞き終え、神奈子と諏訪子は成程ねとばかりに納得した表情を浮かべている。
「つまりアレかい。早苗をアンタの企画した飲み会に参加させるってことだろ?
…うーん、それっていつもの博麗の飲み会に参加することと何か違うのかね」
「大違いですよ。あれは大人数で大騒ぎをする為の飲み会、今回行うのは少人数で親睦を深めあう為の飲み会です。
目的が違うから、当然内容も全然変わってきます。無論、早苗さんに良い人を見つけて頂く為にも、
この私、天狗一の企画屋こと射命丸文が全力で企画をさせて頂きます。それでよろしいでしょうか」
「ん、まあ文に頼ったのは他ならぬ私達だ。文の考える策に乗らせて貰うだけさ。
それで、その飲み会は何時頃やるんだい?早苗に伝えないといけないからねえ」
「勿論今日です。加えて言うなら今夜です」
「こ、今夜?何ていうか、早いねえ…参加者集まるのかな」
「それは大丈夫です。この幻想郷は飲み会と聞けばホイホイ着いてきてしまうような方ばかりですので。
そうですね…とりあえず、早苗さんを加えて十名程度集めますよ。お二人は今夜、早苗さんの帰りを待っていて下さい」
「えええっ!?私達参加しちゃ駄目なの?早苗のことを見守ったりとか…」
「当り前じゃないですか。一体何処の世界に保護者同伴でコンパに来る方がいるんですか。
むしろお二人がすべきことは、早苗さんの帰宅までに神社で心の準備をすることです」
指を立てて語る文の言葉に、『何故に心の準備を』と首を傾げる神奈子と諏訪子。
そんな二人に、文はこれ以上ないくらい楽しげな笑みをニヤニヤと浮かべて、その理由を説明しようとする。
「何せ幻想郷一のコンパセッティング名人と謳われたこの私が企画するんです。
もしかしたら、早苗さんが運命の出会いを果たし、コンパ後にその方をお持ち帰りするかもしれないじゃないですか。
…ああ、でも早苗さんならばお持ち帰りされる側でしょうか。そして今宵、二人は寝床で…あややや!?」
だが、文は説明を最後まで終えることはなかった。
言葉を紡いでいた文に対し、突如神奈子が彼女の胸倉を掴み大興奮しながら声を荒げたからだ。
「わ、私の早苗と出会って一日でシンメトリカル・ドッキングするですってえええ!!!?
駄目よ駄目よ!!!早苗にはまだそれは早過ぎる!!せめてパイルフォーメーションくらいにしなさい!!!」
「ちょ、落ち着いて神奈子!!興奮のあまりトンデモナイこと言ってるから!!
それと神奈子の早苗じゃないから!!私の早苗だから!!」
「あれか!!私達が目に入れても痛くないほどに愛情をかけて育てた早苗を(ふぁいやー)すると言うのか!!
早苗の(あいすすとーむ)に(だいあきゅーと)を(ぶれいんだむど)して(じゅげむ)しようって言うのかい!?
水のように優しく花のように劇(はげ)しく震える刃で貫こうって言うのかい!?」
「わー!!わー!!わー!!神奈子ストップ!!消される!!これ以上は削除されるから本当に!!」
「ゆ、揺らさないで下さいいいいい!!!あややややや!!?」
文の頭を悲惨なまでにシェイクする神奈子を必死に抑制する諏訪子。
ちなみに神奈子が落ち着きを取り戻すまでに、約二十分もの時間を必要としたりした。
あと、激しいシェイクの後遺症で、二度ほど文が口元を押さえてトイレへと駆け込んだりした。二日酔いって怖いね。
落着きを取り戻した神奈子は、申し訳なさ気に苦笑を浮かべ、文に口を開く。
「あ~…えっと、その…ごめん。ついカッとなってやった。今は反省している」
「全くもう…しっかりしてよね。大体早苗に恋人作ろうって言ったのは他ならぬ神奈子じゃない。
早苗が結婚したら、好きになった相手に抱かれるくらい当たり前なんだから、それくらい割り切ってよね」
「…なあ、諏訪子。アンタって妙なところで大人の女だよね」
「とーぜん。これでもお腹を痛めて愛する我が子を産んだ身ですから」
「なんていうか、諏訪子さんの口からそんな台詞を発させるのは
ある意味犯罪スレスレのような気がしないでも…いえ、何でもないです、すみませんごめんなさい」
ギロリと諏訪子に睨まれ、文は保身に走り口を噤む。誰しも我が身我が命が大切なのである。
コホンと小さな咳払いを一つ、文は話題の転換に努める。
「という訳で、まあ早苗さんの良い人探しはこの私、射命丸にお任せ下さい。
コンパの面子も、私が考えうる可能な限りの素敵な方々をご用意致します。
えっと…流石にその日に早苗さんを襲う様な方はいらっしゃらないと思いますし」
「ああ…じゃあ悪いけど、よろしく頼むよ。
文の言う通り、私達は今夜は神社で早苗の帰りを待ってるから。吉報を期待しているよ」
「お任せ下さい!必ずや早苗さんが素敵な方と巡り合えるような素敵なコンパを開催してみせますよ!」
「それじゃ、私達は帰るから。ばいばい、文」
文との会話を終え、二人は彼女の家を後にする。
玄関の扉を閉め、文の姿が見えなくなったと同時に二人は大きく息をついた。
「…不安だ。限りなく、この上なく不安だ」
「…まあ、でも文に任せるって言っちゃったし。
私達に出来ることは、早苗の帰りを待つことだけじゃないかな」
「そうだね。しかし、となると今夜は早苗の帰りが遅くなる、か。夕食はどうしたもんかねえ…」
「にとりに事情を説明すれば晩御飯を作ってくれると思うけど。
早苗が居ないときは、いつもそうしてくれてるじゃない」
「やっぱりそれしかないか…あの娘にもあんまり迷惑はかけたくないんだけどね。
かといって夕食を喜んで作ってくれるなんてあの娘以外いないだろうし。にとりは本当に良い娘だからねえ」
「うん、にとりは本当に良い娘だよ。あの娘もうちの娘だったら良かったのに」
「そうだねえ。にとりもうちの娘だったらどんなに良かったか」
文への不安と晩御飯への不安を口にしながら、二人は神社へと足を進めていった。
愛する巫女に、今夜良い人が見つかればいいのだが、と心の中で祈りながら。
機嫌はあまりよろしくない。今の気分を問われれば、上白沢慧音はそう答えるだろう。
それもそうだ。今日は寺小屋が午前までで、昼からの時間を妹紅と過ごそうと考えていた。
加えて言うなら、あの紅魔館の変態達に振り回されることもなく、彼女と二人のんびりと茶屋で平穏な時を送りたいと考えていた。
それなのに、気づけば自分は人里の居酒屋にいた。その居酒屋の主人に頭を下げ、金を払い(自分の金では無いのだが)、
今夜一日だけ貸し切らせてくれないか、と交渉させられていた。無論、居酒屋の主人は二つ返事でOKを出してくれたのだが。
何故自分がこんなことをしているのか。その原因は今、彼女の目の前で楽しそうに陣頭指揮をしている天狗のせいだったりする。
「…おい、文。酒屋の主人から伝言だ。
酒はいくら飲んでもいいが、飲んだ分はちゃんと後で酒屋で買い直しておいてくれ、と」
「はいはい、了解です…ミスティアさん!他に必要なお酒や食材があったら今の内に言っておいて下さいね~!」
「ん~、今のところはないよ~。もしかしたら宴会中に切れるかもしれないから、その時は買出しよろしく~」
「分かりました。という訳だから、その時はよろしくね椛」
「や、やっぱり私が行くんですか…ですよねえ。
うう…今日は折角の休みの日だったのに…天狗仲間と大将棋して過ごそうと思ってたのに…」
「ブツブツ文句言わないの。将棋だったら私が後でいくらでも付き合ってあげるから」
「文様は挟み将棋しか出来ないじゃないですか!?しかも斜め禁止だし!!」
キャンキャンと文句を言いながらも、文の手伝いをしている白狼天狗を見て、慧音は思う。ああ、この娘も被害者だと。
結論から言うと、慧音は文に頼まれ(無理矢理気味に)今夜開かれるコンパの準備を手伝っていた。
最初はかなり渋っていた慧音だが、早苗の名前を出されるとそのトーンは弱くなる。
東風谷早苗はよく人里に赴き、慧音は彼女と度々顔を合わせ、雑談をしたり相談に乗ってあげたりする仲であった。
そんな彼女の為に開かれるものだと言われれば、彼女の友人としてはNOなどとは言える筈もない。
この会は早苗に幻想郷の人々をもっとよく知って貰う為の飲み会。そのように慧音は文に聞かされていたのだ。微妙に趣旨が異なる気がするが。
そんな訳で、彼女が文から頼まれたのは会場の準備。その理由で、この人里の居酒屋を貸し切ったという訳だ。
飲み会なのだから神社でもミスティアの屋台でも行けばいいじゃないかと慧音が言ったところ、
文曰く『それじゃコンパにならないじゃないですか。コンパ舐めてるんですか?馬鹿なんですか?死ぬんですか?』とのこと。
心の底で『新聞の定期購読解約してやろうか』と慧音が思ってしまったのは聊か仕方ないと思う。
「しかし、よくもまあ居酒屋を貸し切る程の資金があったものだ。加えて言うなら、ミスティアを雇ったこともだが」
慧音の疑問も当然のものだろう。文はコンパを行う上で、この居酒屋を一晩貸切り、
加えてミスティアを一日だけこの居酒屋を仕切って貰うように頼んだのだ。
その二つには、大金とまではいかないが、結構な額のお金がトんでいる。更に、食材費から酒代まで費用は文持ちなのだ。
一体彼女の何処にそんな金があるのだろう。そんな慧音の疑問に、文はあっけらかんと笑いながら答える。
「スポンサーですよスポンサー。私がお金をそんなに持ってる訳ないじゃないですか。
このコンパを開く上で、協賛して下さったスポンサーの方々にお金を頂いたんですよ」
「スポンサーか。まあ、順当に考えるなら守矢神社か」
「ふふっ、それだけじゃないんですが、それは後のお楽しみとして…さて、準備はこのくらいでしょうか」
居酒屋内をぐるりと見渡し、文は満足げにそう呟く。
会場設営の準備を終え、慧音は終わったかと安堵の息をついた。会場準備という自分の役職を終えることが出来たからだ。
やっと帰れる、そう思いながら文に帰宅する旨を伝えようとした、その刹那だった。
「それじゃ、慧音さんはそのままコンパに参加して下さいね。私達は撮え…じゃなくて裏方に回りますので」
「……は?」
「だから、慧音さんはそのままメンバーとしてコンパに参加して貰います。
席は上座の方にお願いしますね。慧音さんには、このコンパの進行役兼幹事役を務めて戴きたいんですよ」
「ちょ、ちょっと待て!!どうして私が!?というかそれはこのコンパを企画したお前の役目だろうが!!」
「私はこのコンパをスクープにするのが…じゃなくて、裏方の仕事で忙しいんです。
ほら、慧音さんってみんなをまとめたり場を仕切るのが得意じゃないですか。という訳で…」
「いやいやいや、だからってお前、どうして私が…」
「いいからグダグダ言ってないで黙って参加して下さいよ!!!
貴女がいないと突っ込みキャラ不在で物語が破綻して収集がつかなくなるんですよ!!!」
「逆切れ!?というか堂々とメタ発言してんじゃない!!そりゃ実力不足な作者の最低な事情だろうが!!」
「良いじゃないですか!!妹紅さん以外の女の子とキャッキャウフフ出来るんですよ!!
早苗さんという免罪符を手に堂々と他の女の子達とイチャイチャ出来るんですから!!このエロけーね!!」
「お前終いには本気で新聞の定期購読を解約するぞコノヤロオオオ!!!!」
「ほらほら、人の胸倉掴んでないでさっさと指定の席について下さい。
他の参加者の方々もそろそろ来られる頃だと思いますので」
慧音の手からスルリと抜け、文は慧音の背中を押して、なんとか彼女を席へと座らせる。
まだ不満が残っている(当たり前といえば当たり前だが)慧音だが、居酒屋の入口から戸の開かれる音に視線をそちらに向ける。
そこには、今回のコンパの主役たる人物が笑顔を浮かべて佇んでいた。
「こんばんは、文さんに慧音さん、椛さん。それにミスティアさん」
「あやや~、こんばんは、早苗さん。今日は参加して頂きありがとうございます」
「いえいえ、私こそお呼び頂けたことに感謝しています」
頭を下げる早苗に、慧音はふとした疑問を浮かべ、小さな声で文に尋ねかける。
「このコンパの目的は早苗と他の連中との親睦を深める為だろう?彼女にはなんて説明しているんだ?」
「早苗さんには少人数で行うただの飲み会としか説明してませんよ。
だから、早苗さんが他の方と仲良くなれるかどうかは進行役である慧音さんの手腕にかかっているんです。
早苗さんの為にも、頑張って下さいね」
「そういうことか…卑怯だな、そう言われてしまっては断るに断れないだろうが」
小さく溜息をつく慧音に笑みを浮かべる文。
何だかんだ文句を言っても、しっかり務めてあげる辺り、彼女の人の良さが垣間見える。
そんな生真面目でお人よしだからこそ、普段から破天荒な連中に振り回され、酷い目にあっていたりするのだが。
「早苗さんの席は慧音さんの向い側にお願いしますね。そうそう、そこです」
「おいおい、早苗を端の席にしても良いのか?
他の連中と多く会話させるなら、もっと真ん中の方が…」
「良いんですよ。その理由はまあ…すぐに分かりますから」
文がそう言い終えようとした刹那、再び居酒屋の戸が外側から開かれた。
そこから現れた三人の姿を見て、慧音は絶句する。ちょっと待てと。全く聞いていないと。どうしてよりにもよって…
「邪魔するわよ。今日は客人として、このレミリア・スカーレットが貴女達に持て成されてあげる。
この私と共に酒を酌み交わせることを光栄に思いなさいな」
「ちょ、ちょっと待てええええ!!!!何故にお前がここに居るんだ!?」
慧音の絶叫突っ込みが向けられた人物――それは吸血姫、レミリア・スカーレット。
紅魔館の主にして、現在慧音が妹紅共々居候している先の家主であったりする。
慧音の存在に気づいたのか、レミリアは不思議そうな表情を浮かべて口を開く。
「何故も何もそこの天狗にお呼ばれしたからに決まってるじゃないの。
私としては、貴女がここに居る方が不思議だわ。ねえ、咲夜、美鈴」
「そうですね。本日の昼、文に今夜の飲み会に関して説明を受けたとき、慧音は寺小屋に居た筈ですし」
「えっと…とりあえず、こんばんは、慧音さんに文さん。早苗さんにミスティアさん」
レミリアの呼び声と共に現れたのは、彼女に仕える二人の人物。
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜と門番長、紅美鈴。その誰もが慧音にとって馴染み深い…というか毎日顔を突き合わせてる人物だったりする。
これは一体どういう訳か。その事情の説明を求めた慧音に、文は小声で語り始める。
「実は、私が飲み会に誘う目的は美鈴さんだけだったんですよ。
彼女って温厚で人当たりも最高ですし、早苗さんとは相性が凄く良さそうじゃないですか。
だから、彼女を誘ったんですが、主の許可が無いと駄目だと言われまして。それでレミリアさんに相談したところ…」
「…自分も行くと言い出した訳か。それも当然か。
レミリアが美鈴一人をノコノコ連れ出させる訳がないからな」
「何をこそこそと話しているのかしら?慧音、私はお呼ばれした側、つまり賓客よ。
貴女はそれを放って、天狗と内緒話をするつもりなのかしら?私達は席にもついていないと言うのに」
「いや、私も一応賓客側なのだが…まあいい。文、この三人は何処に座れば良いんだ?」
「えっとですね、美鈴さんは早苗さんの隣にお願いします。
その後は別にどうでも…じゃなくて美鈴さんの隣にレミリアさん、咲夜さんの順番で」
文の指示通り、三人は指定された席へと腰を下ろす。
そして、早苗の隣に座った美鈴は嬉しそうにコロコロと笑みを零して口を開く。
「人里の居酒屋さんに来るのは久しぶりなので、今日は凄く楽しみですよ~。
早苗さん、今日はよろしくお願いしますね」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いしますね、美鈴さん」
目の前で微笑ましい挨拶合戦が開始されているのを見て、慧音は成程なと納得する。
確かに彼女達は柔和な者同士、気が合うかもしれない。早苗の友人としてなら、美鈴は幻想郷でも良い人物だろう。
ただ、問題が一つ…
「あら、美鈴ったら私の前で堂々と他の女と仲良くするだなんて。
少しばかり、そこの女とは話をする必要がありそうね。美鈴が一体誰の女であるのかを」
「全くですわ、お嬢様。早苗には優先順位と言うものを体に教えてあげる必要がありそうです」
…この二人の変態をどうするか、だ。
美鈴と仲良くする為には、このどうしようもない美鈴狂いな二人を引き離す必要があるのだ。
おそらく、その任務も文は慧音に期待しているのだろうが…本当、難儀な事である。
誰にも気づかれないように小さく溜息をつく慧音を余所に、参加者はどんどん集まってゆく。
再び入口の戸が開かれ、そこから現れるは、一人の女性と二人の少女たち。
「失礼する。今夜は飲み会に参加させて頂き……どうしてレミリア達が居るんだ」
「あら、本当。へえ、レミリアに咲夜に門番…あと慧音も居るのね。
参加者は早苗しか知らなかったから、少しばかり意外だわ」
「霊夢、門番じゃなくて美鈴さんでしょ。紅美鈴さん」
室内に現われたのは、最強の妖獣こと八雲藍と博麗の巫女の博麗霊夢。
そして幽人の庭師こと魂魄妖夢の三人。その三人を見て、慧音は再び小声で文と会話を交わす。
「…文、お前は一体どういう基準でメンツを集めてきたんだ。
集めるメンバーにまとまりや脈絡が無いというか、何だこの混成一個師団は」
「そうでもないですよ。藍さんは能力も高く、性格も良く、外見も美しいと、
まさに神奈子さん達が満足するような早苗さんへの優良物件で…」
「優良物件?友人のか?」
「あー…まあ、そんなところです。そういう理由でお呼びしました。
霊夢さんと妖夢さんはどうしても参加すると言ってきかなかったので」
「霊夢と妖夢が?飲み会好きの霊夢は分かるが、妖夢は…まあ、良いか。
紅魔館の面子に比べれば、皆遥かに常識人だ。特に深く考える必要はないか」
事情を知らない為、サラリと流した慧音だが、霊夢と妖夢が飲み会に来たのには勿論理由があったりする。
実はこの二人、藍に対して淡い感情を抱いている。ぶっちゃけ言うと、恋してる。
何故二人がそうなってしまったのか、それは昔からの憧れだったり、キス事件だったりしたのだが、省略させて頂くとして。
そんな想いを抱いてる相手が、他の女性と仲良くする為に飲み会へ行こうと言うのだ。
それをただ指を咥えて眺めているほど、彼女達は甘くはない。まあ、霊夢はともかく、妖夢は主に焚きつけられて、その考えに至ったのだが。
そういう訳で、彼女達二人もまた、紅魔館組と同じように藍を守る為に、この飲み会に参加したのだ。
つまり、文が早苗と仲良くさせようとした美鈴と藍、この二人は既にガチガチの包囲網が完成されていた。
無論、それを織り込み済みで文は二人を呼んだのだが。言ってしまえば、修羅場の方が記事になるから。
神様二人の願いと、文のネタ欲求、その二つを天秤にかけて均衡した結果が、この飲み会なのである。
「藍さんは慧音さんの隣にお願いしますね。
その横はやっぱりどうでも…じゃなくて、霊夢さんに妖夢さんでお願いします。
さて…あとお二人ほど来る筈なんですが…」
三人を席に座らせ、文は遅いですねと時計を見ながら呟く。
集合時間をまだ三分ほど過ぎたくらいなのだが、幻想郷最速の天狗にとっては、かなりの遅刻に感じるらしい。
動きが早いと体内時計も早いのだろうか、などと慧音がどうでも良い事を考えていた矢先、
居酒屋の外へとつながる扉が開かれ、最後の来客二人が現れた。
「おおー、もう集まってるな。紅魔館組に八雲組か。
いやいや、なかなかおもしろそうなメンツを揃えてるなあ」
「こんばんは」
扉の向こうから現れた二人に、慧音は何とも言い難い微妙な表情を浮かべている。
そこから現れたのは、黒白魔法使いこと霧雨魔理沙。そして、竜宮の使いこと永江衣玖である。
慧音が何とも言い難い表情を浮かべていたのは、後者の人物に理由がある。
それもその筈で、慧音は衣玖と何ら面識が無かったからだ。そもそも誰だ。魔理沙と一緒にいるということは、彼女の友人だろうか。
そんな疑問を頭に浮かべていた慧音に、文はトンデモナイことを更に告げてゆく。
「あやや?魔理沙さんはともかく、衣玖さんはお呼びした記憶は無いんですが…
ところで魔理沙さん、一緒にお呼びして下さいと頼んでいた筈のアリスさんはどうしました?」
「ん。さっき家に向かってみたんだけど、アリスは里帰り中だった」
「…とうとう実家に帰られたのね。哀れな女」
「お嬢様、それは黙っておいてあげましょう。魔理沙が本当に哀れですわ」
「…レミリアに咲夜、お前ら後で覚えてろよ。そんなのじゃなくて、普通に里帰りだよ。
玄関の前に張り紙も貼ってあったし、一週間くらい前に私もそんなこと言われてたような気もするし」
「あやや…だったら、今日飲み会に誘った時に教えて欲しかったです」
「悪い悪い。だから代わりをちゃんと連れてきただろ?
ここに向かってる途中にばったり会ってな。まあアリスの代役ということで」
魔理沙の言葉と同時に、ペコリと頭を下げる衣玖。その姿を見て、慧音は悪い人ではなさそうだと安堵の息をつく。
これが数分後に大後悔することになるのだが、まあそれはさて置き。これでメンバーが全員揃ったことになる。
魔理沙と衣玖を残った二つの席に座らせ、文は『後はよろしくお願いしますね』と慧音に言い残し、奥の部屋へと下がっていった。
それと入れ替わるように、十人分のビールを運んでくる椛。どうやら食事や飲み物を運ぶ店員役は彼女の役目らしい。
全員にビールが行渡ったのを確認し、慧音は乾杯の音頭を取る前に、さっとメンバーを見渡す。
ちなみに現在の席順は以下のようになっている。
慧音 藍 霊夢 妖夢 魔理沙
早苗 美鈴 レミリア 咲夜 衣玖
この席順を見て、慧音は成程なと納得する。
早苗を端に置いた理由に、恐らく文は彼女の周りを藍と美鈴で固めてしまいたかったのだろうと推測する。
この二人なら、早苗に無理な酒を強要することもないし、何より温和な二人だ。早苗と会話も弾むだろう。
どうやらあの天狗も肝心の目的だけは見失ってないらしい。ならば自分も、早苗の為に一肌脱ぐとしよう。
彼女がより良い仲間を見つける為に。彼女がより良い友を発見する為に。慧音は立ち上がり、ジョッキを掲げて言葉を紡ぐ。
「今日ここに集まった面子は全員が全員、十中八九間違いなく唐突な誘いをかけられた者達だと思う。
予期せぬ急な飲み会ではあるが、それは歴史の片隅に放り捨て、今日は大いに楽しみ、大いに騒ごう。
この中には互いの事をよく知らぬ者も居るかもしれないが、そういう人とこの飲み会を通じて知ることが出来れば、
そして元来仲の良い者達は今以上の関係を築くことが出来れば嬉しく思う」
「慧音、私早くお酒を飲みたいんだけど」
「霊夢、お前なあ…まあいい。とにかく、今宵は大いに盛り上がろうじゃないか。それでは、乾杯っ!!!」
「「「「「「「「「乾杯っ!!!」」」」」」」」」
乾杯の音頭と共に、その場の全員がジョッキを合わせ合い、居酒屋内に心地よい音を響かせる。
そして、彼女達の喉を並々と注がれたビールが流れて行く。あるものは多量に、あるものは少しずつ。
それぞれのペースに合わせて、嗜まれてゆく酒。その光景は、見ていて清々しいものさえ感じさせる。
「ぷはー!!いやー、やっぱ酒は最高だな!特にこういうタダ酒は格別だぜ!!」
「ちょっと魔理沙、貴女にとってはタダ酒なんでしょうけれど、この酒は紅魔館がお金を払っているのよ。
少しはお嬢様に感謝しながら味わって飲みなさいな」
「それを言うなら幽々子様にもです。白玉楼も、食費に会場費にお金を払っているんですから」
「ちょっとちょっと、酒の席でお金の話なんかしないでよ。
折角のお酒が不味くなるじゃない…みすちー、ビール追加ね!」
「とか何とか言いながらもう二杯目を頼んでいる貴女も大概よね、霊夢」
「うるさいわねえ…あら、何それ。衣玖、アンタのビール、何か色がおかしくない?」
「あ、これはウーロン茶ですから。ビールなら魔理沙さんに差し上げました」
「ちょ!?何で飲み会でいきなりお茶飲んでるの!?ビール一口も飲んでない訳!?」
「私は永江衣玖。空気の読める大人の女」
「全然読めてないわよ!!むしろKYじゃない!!ビール一杯飲んでグロッキーなんてアンタ何処の作者よ!?」
「む。私のことを昨年の忘年会でビール一杯でダウンして先輩達に散々玩具にされた何処ぞのKY作者と申しましたか」
「いや、そこまでは言ってないと思うんだが…みすちー!お摘み頼むー!
メニューのこっからここまで全部持ってきてー!」
ギャーギャーと騒がしく盛り上がる霊夢達より右側の六人。やはり若い分、活力が溢れているということだろうか。
そんな六人とは対照的に、早苗側の四人は穏やかな空気で会話が続けられていた。
「そうか、幻想郷に来たばかりだからな。心苦しいこともつらいことも多々あっただろう」
「いえ、そんなことはありません。
妖怪の山の皆さんも良くしてくれますし、私には神奈子様や諏訪子様がいますから。
それに、幻想郷に来たからこそ、こうして皆さんと出会えた訳ですから。私はそのことをとても嬉しく思います」
「ふふっ、早苗さんはとても良い娘ですね。そしてとても強い娘です。
守矢神社でしたか、こんな素敵な娘さんが巫女さんなんですから、これは先が安泰ですね」
「そ、そんな…私なんてまだまだです…本当に、全然駄目で」
「そんなことはない。私は人里でよく早苗の良い評判を耳にするぞ。
何より、私も認めているんだ。早苗はもっと自信を持っていいと思う」
「け、慧音さん、そんな風に褒められると照れてしまいます…うう…」
「ははっ、いやいや、実に良い娘じゃないか。私は気に入ったよ。
そうだな…私には娘がいるんだが、今度その娘と遊んであげてくれないか?きっと橙も早苗の事を気に入るだろう」
「えええ!?ら、藍さんって娘さんがいらっしゃるんですか!?全然そんな風に見えないです…」
「まあ、腹を痛めて産んだ娘という訳ではないが、私の大切な娘だよ。それこそ、目に入れても痛くない程にね。
今度是非ウチに遊びに来てくれ。橙と紫様と共に、早苗を歓迎しよう」
「あ、その時は私もご一緒させて頂いてよろしいですか?私ももっと早苗さんと色々お話したいですから」
「ああ、勿論だ。美鈴も一緒に来ると良い。慧音もどうだ?」
「そうだな。その時は私も…はっ!?」
終始和やかな空気の下、会話を続けていた慧音だが、ふと何か視線を感じて思わず首をその方向へと捻る。
その視線の先には魔理沙が困った表情を浮かべ、何故か指で小さくバツの字を描いていた。
はて、魔理沙は一体何を訴えているのだろうかと悩む…否、慧音は悩む必要すらなかった。
その理由は、彼女の目の前に広げられている負のオーラに全身を包んでいる酔っぱらいの面々。
「緑の小娘が…よりによって私の美鈴に色目を使うですって…?
ちょっとばかりツラが良いからって調子に乗ってるんじゃないかしら…?」
「美鈴も美鈴ですわ…紅魔館の他の面々ならいざ知らず、よりにもよって新参の巫女相手なんて…
私の美鈴とあんな風に盛り上がるなんて…妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい」
「何よ何よ。よりによって早苗を気に入ったですって?だったら私は何なのよ。
その早苗の十倍は巫女を頑張ってるっていうのに。あの鈍感狐の大馬鹿野郎。早苗も早苗よ。良い子ぶってキモイ。主にぶりっこがキモイ」
「うう…藍さんが認めた方なら私も認めなくては…でも、それで藍さんと早苗さんが仲良くされるのは…
でも、やっぱり嫌なものは嫌で…うう、霊夢だけでもアレなのに、よりによって早苗さんまで…」
(うおおおい!?何この陰湿かつ淀んだ雰囲気!?ここは何処のストレス溜まったOL達の飲み会だよ!?)
慧音の視線の先には、鬱蒼とした四人の酔っぱらいが重い空気で酒を嗜んでいるところであった。
というか四人が四人とも凄く暗い発言してる。マイナスオーラ全快の発言してる。このままでは拙い。折角の飲み会が台無しである。
どうしたものかと頭を痛める慧音に助け船を出したのは魔理沙である。彼女は視線で慧音に『空気を変えろ』と指示を出す。
魔理沙の指示に小さく頷き、慧音はその場に立ち上がり、両手をパンパンと鳴らしてその場の全員を集める。
乾杯後に流れを引き寄せる、もとい流れを産み出す為に為すべきことは唯一つ。
「みんな良い感じに酒が入ってきたところで、そろそろ一人ずつ自己紹介でもしていこうじゃないか!」
「自己紹介~?そんなの要らないでしょ。だってこの場のみんなは何度も顔突き合わせて知ってる訳だし」
「霊夢、そんなことはないぞ。現に私は衣玖さんだったか?
彼女のことは少しも知らないし、美鈴さんとだって面識は少ない。これは良い機会だと思うが」
「藍の言う通りだぜ、霊夢。知ってる連中にしたって、もう一度自己紹介を聞いておいても損はないだろ?」
藍と魔理沙のフォローに、それもそうかと納得する霊夢。彼女同様に成程と頷く面々。
流れが逸れないようにバックアップしてくれた二人に感謝しつつ、慧音はなんとか流れをこのまま自己紹介へと引っ張ってゆく。
「それではまずは私からだな。私は上白沢慧音、この人里で寺小屋の教師を務めている。
種族はハクタク。現在は紅魔館に厄介になってる身だ。どうかよろしく頼む」
「何ら捻りのない挨拶ねえ。平平凡凡。少しはもっと考えなさいな。
ほら、もっと言うべきことがあるでしょう?その厄介になってる先の主の素晴らしさだとかカリスマだとか」
「自己紹介の場で何故に思ってもいない空言を並べねばならんのだ…ったく」
「もっと楽しく自己紹介しようぜ進行役~!妹紅との関係とか言っちゃえよ~!」
「いらん茶々を入れるな酔っ払い!それじゃ、次は藍、霊夢、妖夢という感じでいこうか」
席に着く慧音と入れ替わりに、その場に立ち上がる藍。
だが、一向に挨拶を始めず、困ったような表情を浮かべる藍に、慧音は小声で話しかける。
「どうした、藍。まさかとは思うが、緊張したりとか…」
「え?ああ、いや、違うんだ。私は宴会に参加することがあまりないからな。
こういった挨拶をしたことが無いんだ。果たしてどうやって挨拶をしたものかと…」
「ああ、そういうことか。何、別に形式ばった挨拶など必要ないさ。
自分の名前だの自分の周りのことだの、好きな事だの家族の事だの適当に流してくれればいい」
「ああ、そういうものか。了解した」
慧音にありがとうと一礼し、藍は再び前を向いて笑みを作る。
そして、先ほどの慧音同様、自己紹介を口にし始める。
「私は八雲藍。種族は妖狐、妖獣だ。
それと、私には愛する娘と要介護な隙間妖怪の母と一日中酒を飲んでる鬼の母と人を虐めるのが大好きな花妖怪の母がいる」
「ちょ!?何その嫌過ぎる家族紹介!?というか逆に気になり過ぎるだろその紹介の仕方は!!
お前は一体どんな家庭で育ってきたんだ!?」
「最近隙間妖怪の母がグータラ過ぎて思わず燃えるゴミに出したくなりましたが不燃物かもしれないと思い止めました」
「出そうとするなよ!?何その生々しい近況説明!しかも思い止めた理由が最低だよ!!」
「流石は藍ね。飲み会とはいえ、決めるところはバシッと決めてくれるんだから…」
「ええ、藍さんはやっぱり格好良いです…」
「今の挨拶の何処に格好良い要素が!?頼むからお前ら二人まとめて永琳のところに行ってくれ!!」
「こんな私だが、どうかよろしくして貰えると嬉しい」
「今お前の紹介って名前と種族しかしてないだろ!?今の説明でよろしくしたい人なんか奇特な人過ぎるだろ!!」
「くっ…やるわね八雲の式。思わず仲良くしたくなるところだったわ…なんて魅力的な挨拶なのかしら」
「全くですわ。流石は最強の妖獣といったところでしょうか」
「なるんだ!?今の挨拶ってそんなに高ポイントなんだ!?」
どうやら幻想郷には慧音の知らない世界がまだまだ存在するらしい。怖い世界である。
藍の挨拶を終え、入れ替わりに今度は霊夢がその場に立つ。藍とは違い、飲み会慣れをしている為か、
霊夢の挨拶はスムーズに行われる。
「博麗霊夢。一応今代の博麗の巫女。好きなことはダラダラすること。嫌いなことは真面目に働くこと。
あーあー、良く見渡せばどいつもこいつも一度私が倒した奴ばかりじゃない。
そんな訳で私のことはよく知ってると思うから、挨拶はこれくらいで終えるわね」
「あら、倒したとは心外だわ。私は敢えて倒されてあげたのだけれど。
あの時は、まだ駆け出しだった巫女相手に本気を出すのもどうかと思っただけ」
「はいはい、ソウデスネー。そうやってレミリアも咲夜もパチュリーもみんな手加減してくれたんでちゅねー」
「く…何この苛立たしい態度。ちょっと咲夜、貴女からも言ってやりなさい!」
「そうですね。霊夢、貴女は勘違いしているようだから訂正しておくけれど、パチュリー様はパチェリーじゃないのよ!?」
「貴女は一体何を訂正してるのよ!?しかもそこは間違ってなかったでしょ!?」
「分かったわよ、パチェリーね。次からは間違えないように努力するわ」
「何貴女も反省してるのよ!?しかも間違って覚え直してるし!!
パチェのことさっきまでちゃんとパチュリーって言ってたでしょ!?」
「…不思議な光景だ。レミリアが突っ込みに回るなんて、もしかしたらこれから先ずっと見られないかもしれん…」
「あはは…咲夜さんも結構酔ってるみたいですからね」
慧音の呟きに、苦笑気味に答える美鈴。どうやら今の光景に美鈴も少しばかり驚いているらしい。
霊夢が座り、次は妖夢の番となる。どうやら妖夢も勝手が分からないらしく、困った様子ではあったが、
隣に座っている魔理沙から色々とアドバイスをしてもらっていたらしい。緊張のせいか、若干動きがぎこちないものの、凛とした表情で言葉を紡いでゆく。
「四番!白玉楼の庭師、魂魄妖夢!主人は西行寺幽々子様!」
「なんだか、野球のアナウンスみたいな自己紹介だな。何番、ポジション、背番号~みたいな」
「そうですね。私的に妖夢さんは四番などという大砲よりも二番、加えて言うならセカンドなイメージがあるのですが」
「そう?私はどちらかと言うと七番レフトなイメージがあるわね。小兵的な意味も込めて」
「あのなお前ら…頼むから余計な茶々を入れるなと言うに。妖夢、気にせず続けてくれ」
「え、あ、はい。えっと…ええと…その…
す、好きなタイプの人はとても強くて優しくて頼りになって家族を大切にする人です!」
顔を真っ赤にして発言をする妖夢に、一同からおお~というどよめきの声があがる。
恥ずかしさが頂点に達したのか、いそいそと席に座る妖夢。そして、上手くいったことに喜び、よくやったと彼女の背を叩く魔理沙。
どうやら先ほどの発言は、彼女の入れ知恵らしい。もしかしたら、妖夢の好きな人がこのなかにいるのかもしれないと考えた慧音であったが…
「?何だ?私の方をじっと見て」
「…いや、何でもない。気にしないでくれ」
首を傾げる藍に、慧音は『少なくとも藍ではないな』と勝手に断定する。だって彼女、さっき思いっきり母親を燃えないゴミ扱いしてたし。
まあ実際のところ、藍が紫に対してツンツンなのは素直になれないだけで、かなりのマザコンであったりするのだが、そこは関係ないので割愛する。
ちなみに妖夢の自己紹介を聞いて目を輝かせたのは紅魔館の主従組。
慧音は見ていなかったので気付かなかったが、二人ともに良い事を思いついたと言わんばかりの表情を浮かべていたりする。
「よーし!それじゃ次は私だな!私は魔理沙、霧雨魔理沙だ。
愛と平和と魔法を愛する普通の魔法使いだぜ!趣味は調教、特技は蹂躙、よろしくな!」
「嘘つけ!!魔法はともかく愛と平和なんてアンタに一番似合わない言葉じゃないの!!」
「え!?突っ込むのはそっちなの!?というか私の何処が似合わないって言うんだ!
他ならぬ恋の魔法使いである私を捕まえて失礼な!!」
「スケコマシの魔法使いの間違いでしょうが!」
「おいおい霊夢、私はアリス一筋だぜ!?他の誰かと勘違いしてるんじゃないか!?
この物語は純粋なマリアリジャスティスです!過度なレイマリやパチュマリ、フラマリやニトマリは期待しないで下さい!」
「経験値上昇中!?というか頼むからメタ発言は止めろおおおお!!!!!」
「そうですね。どちらかというとそのメンツはこの物語的にはランレイ、フラメイ、レミパチェ、ニトサナの傾向が強いですね」
「止めろって言うのに何で話を続けるの!?馬鹿なの!?死ぬの!?少しは空気読めよコンチクショウ!!」
「私は衣玖、永江衣玖。空気の読める大人の女」
「ウーロン茶飲みながら格好つけるなっ!!というか全然読めてないから!!」
慧音の全力突っ込みを流しながら、魔理沙は自己紹介を終える。
そして、彼女と入れ替わるようにして立ったのは、この飲み会の主役こと東風谷早苗。
彼女が席を立つと同時に、慧音は気を引き締め直す。この飲み会の真の目的は、彼女と他の連中との親交を深めること。
もし彼女が困れば、横から手を差し出すし、必要があれば自分が話題を提供する。
早苗がもっと幻想郷の人々と仲良くなる為に、自分が出来ることはしっかり務めよう。それが慧音の考えであった。
「私は東風谷早苗。最近幻想郷に越してきた守矢神社の風祝を務めさせて頂いてます。
まだ幻想郷に来たばかりで、右も左も分からぬ若輩者の身ではありますが、どうかよろしくお願いいたします」
「へえ…何処ぞの巫女と違って守矢の巫女は随分礼節を理解してるのね」
「ちょっと咲夜、何処ぞの巫女って何処の巫女のことよ」
「さあ、何処かしら。一昔前に紅魔館を半壊させて私に三日三晩復旧作業にあたらせた巫女とか。
とりあえずその巫女には、無い胸に手を当ててしっかり考えて頂きたいものね」
「あれは下らない異変を起こしてくれたあんた等のせいでしょうが!!あと無い胸とかお前が言うな!!腹立たしい!」
「…あー、早苗。あの二人は放っておいて構わないから続けてくれ」
「は、はい…と言いましても、私はこれ以上特に」
「何かないか?妖夢じゃないが、好みのタイプとか」
「こ、好みのタイプですか…え、えっとですね…」
慧音の言葉に、少し口ごもって顔を真っ赤にする早苗だが、やや沈黙を保った後で、おずおずと恥ずかしそうに口にする。
「そ、そのですね…私は、えっと、傍に居てくれる方がいいです。
どんな時も傍に居て、優しく見守って下さるような、そんな方が…」
「はい残念でしたー!!!美鈴は紅魔館の門番で毎日がエブリデイなのよ!?エブリバディパッションなのよ!?」
「はい残念でしたー!!藍は毎日紫に仕事を任されて傍にいる時間なんてないもの!!エブリバディプッチンだもの!!」
「お前ら頼むから早苗の邪魔をするなあああ!!!というかエブリバディプッチンなんて今どき誰も知らないだろ!!」
声を荒げるレミリアと霊夢に負けじと咆哮する慧音。おろおろと困る早苗。どう見ても混沌です。本当に(以下略
二人のせいでグダグダになってしまったが、早苗の挨拶は終わり、その隣に座っている美鈴に順番が回ってくる。
「それじゃ次は私ですね。こういうのは初めてなので、少し緊張しちゃいますね」
「あら、緊張なんかする必要なんてないわよ。私は貴女のことなんて一から十まで知っているもの。
だから胸を張って遠慮なく私への愛を語りなさい、美鈴」
「あはは…え、えっと、私は美鈴。紅魔館で門番長の任を務めさせて頂いてます、紅美鈴です」
「門番長?ねえ咲夜、あいつってただの門番じゃないの?」
「…霊夢、貴女本当に何も知らないのね。あの娘がただの門番な訳がないでしょう。
あの娘は紅魔館の守備隊、妖精達や古参の妖怪達を総括する立場。権限だけで言えば、紅魔館のナンバー3なのよ。
こんなことは魔理沙でも知ってるわよ」
「へえ…そうなの、魔理沙」
「おお、咲夜の言うことは間違いないな。あいつって実は結構偉い地位にいるんだぜ。そんな風には少しも見えないけど」
「確かに見えないわねえ。ところでどうして魔理沙はそんなこと知ってるの?」
「ほら、少し前に美鈴の家出騒動やら赤子化騒動があっただろ?その時に色々、な」
魔理沙の言葉に、ふ~んと答えるだけでそれ以上言葉を続けない霊夢。
どうやら彼女はあまり美鈴に関心がないらしい。それはそれで構わないとしたのか、咲夜も魔理沙も再び美鈴の方へと視線を向ける。
「好きなことは紅魔館の門前から館を眺めること。趣味はガーデニングです」
「好きなタイプもついでに言っちゃえよ。お嬢様や咲夜が期待の目を向けてるぜ~」
「す、好きなタイプですか…ううう~…は、恥ずかしいからあまり言いたくはないんですが…
でも、早苗さんも妖夢さんも言いましたし、私だけ言わない訳にも…」
魔理沙の茶々に困ったような笑みを浮かべながらも、美鈴はこほんと一つ咳払いをし、言葉をつ続けてゆく。
「…温かくて、優しい人がいいです。
誰よりも不器用だけれど、誰よりも心が温かくて、誰よりも優しくて…そんな方が私は大好きです」
「おいおい、やけに具体的かつ高望みだな。
中国もなんだかんだ言って女の子してるじゃないか。アリスが泣いて喜びそうだなあ」
「えへへ、何ででしょうね。こう、理想の方と言われると、スラスラとこういう人が良いって出てくるんですよね。
なんというか、まるでそういう人に恋でもしていたかのように。自分でも本当に不思議です」
美鈴の言葉に、『なんだそれ』と苦笑する一同だが、その空気から隔離されるように笑みを浮かべていない人物が二人。
その人物の一人である慧音は、ただただ呆然として美鈴の方を見つめていた。
彼女が語ったその言葉は、慧音の記憶にしっかりと明記されていたからだ。それはとある夜、彼女が紅魔館の主から語られた歴史の一欠けら。
かつて紅魔館には一人の従者が存在していた。その従者は、誰よりも主の事を愛し、誰よりも主の為に生き、そして生を終えた。
その彼女が主への想いを語った内容、それは先ほどの美鈴の言葉と何一つ変わらぬものであった筈だ。
そう、それは今、美鈴の隣で誰にも見られぬようにそっと涙を拭った、誇り高き吸血姫を愛した女性の言葉と――
「――さあ!次は私の番ね!私はレミリア!レミリア・スカーレット!
誇り高きツェペシュの末裔にして、スカーレット・デビルと謳われる誇り高き吸血鬼!」
美鈴と入れ替わりに立ち上がる彼女の瞳にもう涙はない。あるのはただ、何処までも真っ直ぐな瞳の輝きだけ。
そんなレミリアに、慧音は苦笑を浮かべながらも、彼女の自己紹介に耳を傾けるのだ。
何処までも我儘で、何処までも不器用で、そして何処までも優しい我らが主様の弁にそっと耳を。
「好きな言葉は『後悔する前に犯れ』!好きな食べ物は美鈴!好きなことは美鈴と床を共にすること!
好きな本は美鈴写真集!好きなタイプは『ほんめいり』で始まって『ん』で終わる六文字の紅髪の女の子!
将来の夢は美鈴と幸せな家庭を作ること!目標は娘三人!その娘達の名前は上から順に…」
「ちょ、待て待て待てえええええ!!!頼むから待って下さい!!本当にお願いしますから!!!」
「むぐぐっ!?」
耳を静かに傾けることすら叶わなかった。当然の如く暴走しだしたお嬢様の口を慧音は両手で思いっきり塞いだ。
突然の慧音の行動も当然だろう。このお嬢様を自由奔放に語らせてしまっては、間違いなく削除されてしまうからだ。何がとは言わないが。
「ちょっと!人の自己紹介を邪魔するなんて何を考えているのよ慧音!!」
「それはこっちのセリフだ!!自己紹介も何も美鈴のことしか話してないだろうが!しかもヤバい方向に!!」
「好きなもの関連を話しているんだから美鈴のことになるのは当り前じゃない!」
「やかましい!!さっきまでのシリアスな雰囲気を返せ!!お前の涙を返せ!!」
「はあ!?私が何時泣いたと言うのかしら!?」
「さっきお前泣いてただろうが!!明らかに泣いてただろうが!!」
「泣いてないわよ!!貴女一度永琳のところで目を検査してもらった方が良いんじゃないの!?」
「だったらお前は頭の中をクリーニングしてもらった方が良いかもしれないな!!」
「言ったわね!?こんなに月も紅いから本気で殺すわよ!?」
「良いだろう!今夜はお前の歴史で満漢全席だ!!」
「はいはいストーップ!!!このままじゃ何時まで経っても話が終わらないからな。
それじゃ咲夜、次はお前の番だ。しっかり頼むぜ」
「ちょ!?私の自己紹介はまだ終わって…」
まだ食い下がろうとするレミリアを魔理沙は必死にスルーし、咲夜に自己紹介を促す。
咲夜がその場に立ち上がったことで諦めたのか、レミリアは渋々とその場に腰を下ろす。
そんなレミリアに、顔を真っ赤にしながらも苦笑を浮かべて、美鈴が話しかけたりしていた。目の前であんな話をされれば、恥ずかしくて当たり前なのだが。
レミリアが落ち着き、ほっと一息つく慧音。そして、先ほど怒鳴った為に乾いた喉を潤そうとジョッキを傾ける。これで少しは休むことが…
「紅魔館のメイド長、十六夜咲夜!ただの妖怪には興味ありません!!
この中に紅魔館の門番長!気を使う程度の能力保持者!スリーサイズが上から(ぴー)・(ぴー)・(ぴー)の妖怪がいたら私の想いを受け止めなさい!以上!」
「ぶふぅっ!!!」
…出来なかったりする。気管に入ってしまったビールを噎せ返りながら、慧音は涙目で咲夜の方に視線を送る。
そうだった。全然大丈夫じゃなかった。先ほど暴走に暴走を重ねてくれたお嬢様同様、この従者もまたどうしようもないほどに性質が悪いことを忘れてしまっていた。
十六夜咲夜。彼女こそ近い将来、主人を超えるかもしれない程に美鈴を愛してやまない完全で瀟洒な従者なのだ。
「め、美鈴さんって皆さんから愛されているんですね…」
「え、えっと、あはは…こ、言葉に物凄く困るんですが、多分嫌われてはないんじゃないかな、と…」
お互いに頬を染め上げボソボソと会話をしている早苗と美鈴。
どうやら衆人の前で告白を受けた本人の恥ずかしさは堪ったものではなかったらしい。
「…ねえ霊夢、どうして頭を抱えてるの?」
「聞かないで妖夢…トラウマが、嫌なトラウマが…私の黒歴史が…」
一方、霊夢は何か思い当たる節があったのか、咲夜の方を見ては唇を噛締めふるふると震えていたりする。
そんな参加者達を放置したまま、ようやく最後の人物、永江衣玖へとたどり着く。
咲夜が席についたことを確認し、衣玖はウーロン茶入りのジョッキを机に置いて、すっとその場に立ち上がる。
「私は竜宮の使い、永江衣玖と申します。以後お見知り置きを」
たった一言、それだけを言い残し、衣玖はすぐに腰を下ろす。
あまりに短い自己紹介に言葉を失う面々だが、最初に気を取り戻した魔理沙が衣玖に言葉を投げかける。
「お、おいおい、流石に今のは短過ぎるだろ。もっとこう、何かあるだろ?」
「いえ、良いんです。私は空気の読める女、自己紹介も程ほどで良いのです。
本日はアリスさんの代わりとして、皆さんに少しでも楽しんで頂けるようにと参加したのですから」
「そ、そうなのか?」
「ええ、勿論です。別に私は『本当は鈴仙か妹紅を参加させたかったけど、話思いつかないし、
アリスだといつも通りの似たような話になるし、新キャラを書いてみたいけど誰を書こうかなあ、
地霊組は飲み会参加不自然だしなあ、そうなると衣玖か天子だなあ…まあここは順当に衣玖かなあ』などという
実に適当かつ勝手な流れで私の参加を決めた天の意思に腹が立っている訳では決してないのです」
「いや普通に今のが本音だろ!!というかお前頼むからもう口を開くな!!お前の発言は色々とアウトゾーン過ぎるだろ!!」
「落ち着いて下さい魔理沙さん。恋は滝を登りて龍となり、龍は雷雲の中で成長します」
「いや話の前後と何ら関係ないだろそれ!というか鯉の字が違うだろ鯉の字が!」
「まさに鯉色マスタースパークですね。ふふっ」
「いや自分で言って笑うなよ!?面白くも上手くもないからな!?」
自己紹介を全員が終え、慧音は小さく溜息をついてある一つの事を確信する。『この面子相手では私に進行役は無理だ』と。
確かに人里で行われる唯の飲み会ならば幹事を何度も行ったし、まとめ役やら進行役やら率先して行った。
だが、今回のメンバーはヤバ過ぎる。拙い方にヤバ過ぎるのだ。滅茶苦茶の度合いが異常過ぎるのだ。
今は魔理沙のおかげで何とか持っているが、これだけのメンバーで場の制御が出来る者が二人とはどういうことだ。
レミリアと咲夜はいつも通り変態運転だし、藍と美鈴は必要以上に危険に触れようとしないし、
霊夢は自由奔放だし、妖夢や早苗に制御なんて出来る訳がないし、衣玖は全然空気読まないし。どうしたものかと慧音は頭を抱えてしまう。
本来ならば、普通の自己紹介を終えたのち、そのままフリートークタイムに移ろうと思っていたのだが、
この面子で柔らかかつ微笑ましいトークなど絶対に不可能だ。というか数分後にレミリアか霊夢辺りが暴走して、
居酒屋半壊という結果が目に見えているではないか。そして弁償は絶対慧音持ちになるのだ。
どうする。どうする。どうする。苦悩する慧音の姿を見て、魔理沙は視線で『任せろ』と合図を送る。
そして徐にポケットからペンを取り出し、未使用の割りばしにスラスラと何かを書いてゆく。
その作業を見て、慧音は『その手があったか』と瞳を輝かせる。あるではないか、ゲームというルールに則り、彼女達を上手く制御出来る最高のゲームが。
全ての割りばしに文字を書き終え、魔理沙は席から立ち上がり、声を大にして皆に告げる。
「自己紹介も終わったことだし、そろそろ王様ゲームを始めようぜー!!」
「おお!良いわねえ!流石魔理沙、なかなか面白いことを思いつくじゃないの!」
「だろう?もっと褒めてくれてもいいんだぜ!」
霊夢の言葉に調子に乗った振りをしつつ、慧音に目配せをする魔理沙。
その時、慧音には魔理沙が女神に見えたという。普段はちゃらんぽらんな彼女だが、いざというときは本当に頼りになるのだ。
「王様ゲーム?それは一体どういう遊びなのかしら?」
ただ、そのゲームのルールを知らない者も当然中にはいる。
レミリアの質問を皮切りに、疑問の声をあげたのは藍、咲夜、妖夢、美鈴の五人。他の者は大体のルールは理解しているらしい。
そんな五人に、魔理沙は楽しげに笑みを浮かべてルールを説明する。
「ルールは至って簡単だ。まず最初に、私が持っているこの割りばしをみんなに引いてもらう。
この割り箸の先には、王様という文字と一から九までの数字が書かれてる。
また、その割り箸に書かれている内容は他の連中に教えてはならない。ここまでは良いか?」
「ええ、まあ」
「それでだな、簡単に言えば『王様』と書かれた割り箸を引いた奴は、他の連中に何でも好きな命令が出来るんだ。
勿論、命令は絶対だから拒否出来ない。ただまあ、『命を奪う』とかよっぽど酷い命令は当然駄目だけれどな」
「な、何でも命令が出来るですって!?」
「しかも拒否権がないと!?」
「ああ、そうだ。ただ命令するとき、王様は番号を使って命令をしなければならない。
例えば私が王様だとしたら、『七番が八番にデコピンをする』なんて風に命令するんだ。
そう言われたら、七番の割りばしを引いた奴は八番にデコピンをを絶対しなければいけないって訳だ。分かったか?」
「成程…王様ゲームとはなかなかシビアなゲームなんだな。名前からして由来も随分と根深そうだ」
「いや、まあ藍が深く考えるほど厳しいゲームじゃないと思うが…まあ、そういう訳だ!
今から王様ゲームをすることに異論がある奴は居るか?」
「少し良いかしら?」
「おお、何だレミリア。お前は絶対参加すると私は踏んでいたんだが」
「ええ、勿論参加することに異議はないわ。ただ、ゲームの名前に異議があるのよ。
王様ゲームなんて呼び方はスマートじゃないわ。王なんて抽象的過ぎてどれだけ偉いのかが分かり難いもの」
「いや、レミリア、そんなゲームの名前にいちいち文句を言われても…」
呆れるような慧音の突っ込みを気にすることなく、レミリアはふふんと微笑み口を開く。
「今日から幻想郷においてそのゲームはレミリア・スカーレット・ゲームと名付けましょう!
王なんて下賤な呼称よりも、誇り高き私の名を与えた方が実に高貴だわ!!」
「レミリア・スカーレット・ゲームなんて言い難いことこの上ないだろ!!絶対幻想郷じゃ流行らないだろそれ!!」
「あ、それなら私も異議有りです!!ゲームの名前を王様ゲームから西行寺幽々子様ゲームにすることを提案します!」
「何その今にもフードファイトが始まりそうな名称!!その名前はそこの店主代理が怖がるから止めてあげて!?」
「レミリアゲームでも幽々子ゲームでも何でも良いからさっさと始めましょうよ。
それじゃ私から遠慮なく引くわよ~」
「あ、ちょ、待ちなさい霊夢!!一番に引くのは私よ!!」
一番手の霊夢を皮切りに、魔理沙の手の中にあった割り箸を全員が次々と引いていく。
そして残る一本を魔理沙が手にした後、魔理沙が楽しげな声でお約束の言葉を紡ぐ。
「王様だーれだ!!」
「あ、私です」
「おお、妖夢か~。それじゃトップバッターとして遠慮なく私達に命令してくれ」
王様と書かれた割り箸を手にした妖夢は、少し悩む表情を見せた後、ポンと手を叩いて命令を告げる。
「それでは二番の方は五番の方にしっぺをして下さい」
「しっぺねえ…妖夢も折角の王様だって言うのに、甘いというか欲がないというか」
「う…そ、そんなことないわよ。それで二番の方と五番の方は…」
「二番は私ですね」
「五番は私か。まあ、お手柔らかに頼む」
番号を名乗り出たのは、衣玖と慧音。ちなみに衣玖が二番、慧音が五番である。
妖夢の命令が大したものではなかった為、慧音はホッと胸を撫で下ろす。初っ端からレミリア達が親になり、
とんでもない命令がきたらどうしようかと考えていただけに、慧音は安堵の表情を浮かべている。
「それじゃ、さっさと打って終わらせてくれ」
「ええ、勿論です。場の空気を読み、さらっと終わらせてしまいます」
腕捲りをし、差し出した慧音の腕に、二本の指をそっと乗せ、衣玖は瞳を閉じる。
そしてその手を大きく振りかぶり、己の頭上にその指を掲げた刹那――
「岩山両斬破!!!!!!!!」
「あがあああああ!!!!!!!」
慧音に向かってとんでもないスピードで振り下ろした。それこそ、目にも追えない程の速度で。
あまりの激痛に地面をのた打ち回る慧音。そんな彼女に、レミリアは呆れたような表情を浮かべて口を開く。
「大の大人が大げさねえ。たかがしっぺでしょう?それも竜宮の使い如きの」
「ち…違…衣玖の奴、指じゃなくて手刀で私の腕を…」
「それでは二回戦に移りましょう」
あががと震える慧音をおいて先に進める衣玖。その姿を見て、慧音はようやく理解する。『この女は危険だ』と。
この痛みは絶対にあとで倍返しにしてやると負の感情を心に燃やしつつ、慧音は残る割り箸を引く。
「よーし、それじゃ次の王様は誰だ~?」
「おお、私だな。ふむ、どうしたものか…」
次の王様を引いたのは、九尾を携える八雲藍。
少し悩む表情を見せたのち、藍は魔理沙に疑問を投げかける。
「なあ魔理沙。このゲームは王様に何々をする、みたいな命令でも構わないのか?」
「勿論だぜ。むしろその命令は主流だな」
「そうか。ならばそうだな…八番は私の肩を少し揉んでくれないか。そうだな、二十秒ほどで良い」
「八番か。私は違うな。八番は誰だ?」
「…私よ」
魔理沙の呼びかけに答えたのは、物凄く不満そうな表情を浮かべたレミリアだった。
彼女を見て、藍もまた表情を顰める。そして魔理沙に再び疑問を投げかける。
「…なあ、命令のキャンセルとかは」
「残念~、一度箸をつけた命令は最後まで完遂しないと認められないぜ。
ほら、そんな顔せずにレミリアに肩を揉んでもらえよ。あのプライドの高いお嬢様にな」
完全に面白がっている魔理沙だが、当の本人である二人は微塵も面白くはない。
八雲藍とレミリア・スカーレット。この二人は頗る相性が悪い。仲の悪さの始まりは今から数十年も時を遡る吸血鬼異変から。
その時からまあ色々とあるらしく、温厚な藍が唯一表情を歪める相手、それが彼女なのだ。
「…はっきり言って最低の気分よ。だけど、ゲームとは言え契約は契約。さっさと肩を差し出しなさい」
「私だって最低の気分だよ。こんなことならもう少し考えて命令すれば良かったと心底後悔している。
ほら、さっさと二十秒肩を揉んで終わらせてくれ」
「言われなくとも…しっかりと揉んでやるわよ!貴女の肩が使い物にならなくなるくらいにねっ!!」
「痛っ!!こ、こらっ!!誰がそんな力を入れろとっ!!いたたた!!!」
「あら!?八雲の妖怪の式ともあろう者がこの程度で根をあげるのかしら!?
『ごめんなさいレミリア様、どうか優しくして下さい』と縋り付けば考えてあげなくもないけれどっ!!」
「痛っ…だ、誰がお前なんぞに…ああああっ!!」
「ふふっ、その強情が何時まで続くかしらね!?今の私は美鈴を相手にする時のように優しくはないわよ!?
貴女のことは昔から気に入らなかったのよ!あの時の博麗の巫女と同じその苛立たしさを生じさせる瞳の輝き!
ほら、泣きなさい!!叫びなさい!!だらしない雌狐の嬌声を室内に響かせなさい!!」
「ことっ…わるっ!!あ、ああああああっ!!!!」
唯の肩揉みだった筈が、何故か不思議な展開になっている現状。それを呆然と見つめる他の面々。
「…えっと、な、何というか、これは色々と拙いのではなかろうか」
「シッ!!静かにしなさい慧音!今凄くいいところなんだから!!」
「ら、藍さんが普段見せないようなあんな表情を…あんな声を…あ、あわわわわ…」
「レミ藍ですか…有りです。嫌がる藍さんにレミリアさんが無理矢理…大いに有りです」
「衣玖、お前…いや、つーかもう二十秒経過してるんだけど…誰か止めろよ本当に…」
レミリアから藍が解放されたのは、今から三分が経過した後であった。(慧音が止めようとしたら、何故か霊夢が制止した為)
始まる前とは打って変って、レミリアは大層満足そうな笑みを浮かべ、対する藍は息を乱して涙目になっていたりした。
その三分間の間に刺激が強すぎたのか、一度妖夢が気絶したのは完全な余談である。
「それじゃあ、次の王様はだーれだ?」
「あ、私です~!」
三度目のゲーム、その王様を勝ち取ったのは紅魔館の門番長こと紅美鈴であった。
彼女が王様だと分かる刹那、瞳を妖しく輝かせる一組の主従。というか、普通にレミリアと咲夜である。
そんな二人に気づき、慧音は訝しげな表情を浮かべつつ、二人に声を掛ける。
「…お前達、何か良からぬことを考えているんじゃなかろうな」
「あら、それは心外だわ。私達は何もやましい事なんて考えていないわよ。ねえ、咲夜」
「ええ、全くです。慧音は少しばかり神経質になり過ぎなのではないでしょうか」
「そうか?だったら良いんだが…」
「それじゃあええと、何番にしようかなあ…」
「フフッ、美鈴の好きな番号を指名なさいな。
…あら、咲夜。私のお酒が切れてるわ四番」
「あら、本当ですわ。ミスティアさん、お酒の追加をお願いします七番」
「何その明らかに不自然な語尾!?どう考えてもおかし過ぎるだろ!!」
「変?ちょっと慧音、失礼な事を言わないでフォーオブアカインド」
「お嬢様、慧音はきっと疲れているのでしょう七魄忌諱」
「さりげなく伝えるどころか無理矢理にも程があるだろーが!!!しかもどっちも別人のスペルカードだし!!!」
「それじゃ、三番の方は一番の方をむぎゅっと抱きしめてあげて下さい」
「「ちっ」」
「こいつら…」
二人の声は届いていなかったのか、別の番号を指名した美鈴。
まあ、聞こえていたところで美鈴は別の番号を指名しただろうが。いくらなんでも番号を理解した上で主と上司に命令など彼女が出来る筈もないのだ。
「私が三番ね」
「えっと…一番は私です」
指名の名乗りを上げたのは、三番が霊夢、一番が妖夢だ。
二人は椅子から腰を上げ、美鈴の指示を実行すべく、向かい合うものの、なかなか実行には至らない。
「…何してるんだ、霊夢?さっさと妖夢を抱きしめちゃえよ」
「いや、うん、まあそうなんだけど…人を抱きしめるってあんまり経験ないから、なかなか、ね。
しかも相手は妖夢だし…複雑というか何というか」
「その気持ち、良く分かるわ霊夢」
行動に移せない霊夢の肩を優しく叩いたのは、紅魔館のメイド長こと十六夜咲夜。
困惑する霊夢に微笑みを浮かべ、咲夜は優しく言葉を紡いでゆく。
「つまり、今の貴女の気持ちは『クラスメイトに百円貸したのはいいけれど、五日経っても返して貰えず、
もしかして忘れてしまっているんじゃないかと思い、その件についての話題を振りたいとは思っても、
もし自分が百円くらいでウダウダ言う様な奴だと相手に思われたらどうしよう、でも悪いのは借りた金を返さない
向こうだし、でもやっぱりそれが理由でギスギスした空気になるのも、と不安な気持ちが無い訳ではない高二の夏』といったところかしら」
「いや、無意味に例えが長い上に微塵も共感できないから」
「というかお前、紅魔館に勤める前は一体何処に住んでた」
「ほらほら、別に恥ずかしい訳でもなんでもないんだろ?だったらさっさと抱擁抱擁!」
魔理沙に急かされ、霊夢は小さく息をついて妖夢と向かい合う。
対する妖夢も緊張しているのか、若干身体の動きがカクカクしていたりする。
「…行くわよ、妖夢。これはあくまでゲームだから、そんなに意識しないでよ」
「だ、誰も霊夢なんか意識しないわよ。早く終わらせて次のゲームに移りましょう」
「そうね。それじゃ…ん」
「ん…」
霊夢がゆっくりと妖夢を抱きしめた刹那、周囲から囃し立てるような声が沸き起こる。
特に面白がっているのは、霊夢と妖夢が恋のライバル同士であることを知っている魔理沙である。
「いやー、これは良いモノを見せてもらったな。幽々子あたりに土産話としては十分過ぎるくらいだ」
「霊夢さんも妖夢さんも凄く綺麗です。女の子同士なのに全然違和感がありません…不思議です」
「ううむ、何というか、初々しくて悪くないな。
いつも紅魔館の面々のような桃色デイズを見ているからか、こういうのが新鮮に感じるよ」
「ちょっと慧音、言うに事欠いてその言い方は失礼だわ。
私と美鈴はいつ何時でも初心を忘れない抱擁を交わしているわよ」
「ん。ほらっ、もう良いでしょ!ああもう、そんな目で人を見るなあ!!」
集まる好奇の視線を感じ、霊夢は妖夢から腕を離し、シッシと周囲の連中を追い払う。
ちなみに妖夢はと言うと、
「あああああの藍さん!!今のはノーカウントですから!!ゲームだから全然無しのノーカウントですから!!!」
「あ、ああ…何の事だか良く分からんが、承知した。妖夢がそう言うんなら、ノーカウントなんだろう」
あわあわと慌てふためきながら藍に訳の分からない釈明をしていたりした。
魂魄妖夢、好きな人に誤解されることに耐えられないお年頃である。
「さーて!良い感じに盛り上がってきたところで次に行くか!!
そろそろハードルを三段階くらい上げて激しい命令が出ても良い頃じゃないか!王様だーれだ!!」
全員に引かせ終え、魔理沙は高らかにゲーム開始の合図を宣言する。
そんな魔理沙の期待に答えたのか、彼女の声に呼応するようにククッと忍び笑いを室内に響かせる少女が一人。
「とうとうやってきてしまったわね。この私の時代、この私の天下が!」
「おお、王様はレミリアか!いやー、こいつは楽しみだ!
さてはて、お嬢様は美鈴目当てで冒険してくれるのか、それとも安全な橋を渡るのか!」
「フフッ…随分と過小評価してくれる。この私が小物のように保身の道に走ると思って?
命令するわ!私の告げる番号の者は、今この場で私に接吻けをなさい!!」
レミリアの命令にこの場のメンバーにどよめきが走る。
それも当然だ。ここで彼女は何とも大きな賭けに出たのだ。レミリアの目的である美鈴の番号を言い当てる確率は
九分の一、確率にして11パーセントという茨の道なのだ。はっきり言って、ほとんど不可能に近い。
「お、おいおいレミリア、流石にそれは厳しいんじゃないか…?
いくらなんでも博打過ぎるだろ…裏を返せば九分の八の確率で目的以外の奴とキスすることになるんだぞ?」
「馬鹿ね、魔理沙。貴女は一つ勘違いしている。
美鈴の唇はね、そんな博打をしてでも手に入れる価値があるものなのよ。九分の一?上等じゃない。
美鈴とキス出来る可能性があるのなら、私は例え0パーセントの運命ですら変えてみせるわ。
それにもし仮に失敗したとしても、私は何も言わないし、その覚悟は出来ている」
「レミリア…お前、そこまで考えていたのか。だったら私達はこれ以上口出しすべきではないな」
レミリアの意外な言葉に感動する魔理沙や慧音。何処をどう間違ったのか、感涙している早苗。
そんな面々に気づかれないよう、レミリアは薄く口元を歪める。そう、あんな大層なことを言っておきながら、実は彼女には勝利の策があった。
それも、11パーセントの確率を100パーセントまで引き上げる方法が。その勝利の鍵は、彼女の従者にある。
(――咲夜、今よ!!)
(――御意)
一瞬のアイコンタクトを交わし、誰にも気づかれないように咲夜は一つのスペルを詠唱する。
それは咲夜以外の者にとっては一瞬のにも満たぬ、刹那にも満たぬ出来事。十六夜咲夜にのみ許された時間の世界。
そう、もうお気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、レミリアの用意した勝利の策とは、咲夜の持つ『時間を操る程度の能力』である。
咲夜の力で時間を止め、彼女に美鈴の割り箸の番号を確認して貰う。そして、時間の流れを戻した後に、その番号をレミリアに伝えるのだ。
卑怯などと言ってはいけない。汚いなどと言ってはいけない。恋愛とは奪い合うもの、すなわち綺麗事は不要、勝てば良かろうなのだ。
時間の流れが正常化した後、咲夜はすかさずレミリアに数字のブロックサインを送る。
それを受け取ったレミリアは勝利を確信した笑みを浮かべ、その番号を高らかに宣言する。
「――三番!!三番の者は私に接吻けをなさい!」
勝った。勝利を確信し、美鈴の方を見つめるレミリア…であったが、どうも彼女の反応がおかしい事に気づく。
番号を宣言したにも関わらず、美鈴がレミリアの方に近づいてくる気配すら無い。というか少しも反応を見せない。
「どうしたの美鈴。早く私の下へ来なさい。王様の命令は絶対なのよ?」
「…へ?私ですか?」
「そうよ、貴女よ。貴女は三番でしょう?ならば私の命令に従わないとゲームにならないじゃない」
「えっと…お嬢様、私は五番ですけど」
「――え」
美鈴の言葉にピシリと表情を凍らせるレミリア。馬鹿な、そんな筈は無い。何かの間違いだ。
そんなレミリアに止めを刺すかのように、美鈴は自分の持っていた割り箸の番号を見せる。そこに書かれていた文字は勿論5の文字。
何故だ。先ほど咲夜に確認してもらった時には3だった筈ではないか。一体何処ですり替えられた。否、そんなことが出来る筈がない。
美鈴とて一流の使い手、彼女に気づかれることなくそんなことをやってのけるなど、
時間を操ることが出来る咲夜をおいて他に…その考えにたどり着いたとき、レミリアはある一つの答えに辿り着く。
そう、美鈴は別に割り箸をすり替えられたのではない。彼女が持っていた割り箸は最初から5番だったのだ。
ならば、ならば考えられる答えは唯一つ。咲夜が最初から『嘘の番号』の報告をしていたに他ならない。
「ま、まさか咲夜貴女!?」
「――恋とは奪い合うもの。そう教えて下さったのはお嬢様、貴女ですわ。
他のことならばこの命を捧げてお嬢様に忠誠を誓いましょう。ですが、美鈴に関してだけは話は別です」
レミリアだけに聞こえる小声で、咲夜は愉悦を込めた笑みを浮かべてそっと告げた。
それはまさしく吸血鬼の従者に相応しき悪魔の笑み。彼女がレミリア・スカーレットに育てられたのだと証明する表情。
――嵌められた。咲夜の笑みにレミリアは拳を握り締めて歯噛みする。娘の成長を感じ、嬉しさと憎たらしさを心に秘めて。
まあ、そんな事情を他の面々は当然知らない訳で。
「ちなみに三番は誰だ~?レミリアのキスのお相手は」
「あ、私です。キスですか…長年生きてきましたが、吸血鬼と接吻を交わすのは初めてです」
「衣玖か。まあ、長い人生だしな。生きてればそういうこともあるだろうさ。
という訳で衣玖、レミリアにぶちゅっとやっちゃってくれ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!!いえ、待って!!お願いですから待って下さい!!」
「ん?どうしたんだレミリア、失敗しても文句言わないし覚悟出来てるんだろ?」
「ち、違…こ、これは罠よ!!咲夜が私を陥れる為に仕組んだ罠よ!!」
「何を訳の分からんことを。お前は一体何処の新世界の神だ。
ほら、さっきは折角カッコいい台詞を言ったんだから、責任もって最後まで頑張ろうぜ」
「そうだな。紅魔館の誇り高き吸血姫として自分の言葉には責任を持つべきだ」
「き、狐ええええ!!!アンタ自分が関係ないからって、ちょ、ちょっと竜宮の使い、貴女何近付いてきてるのよ!?」
「何って、近づかないとキス出来ないじゃないですか」
「ひ、ひいいい!!!駄目!!駄目よ!!
私の唇は美鈴だけのものなの!!他の奴にキスされるなんて絶対に駄目!!
見ないで美鈴!!私のこんな姿を見ないでええええ!!!!!」
「え、えっと、それでは私は後ろを向いてますね…」
「フフッ…お嬢様、聞こえていたら昨日私に内緒で美鈴の寝室に上がり込んだ己の罪を呪って下さい」
「あ、あれは美鈴が寒くないようにと私が人肌で…い、いやあああ!!近い!!竜宮の使いが近い!!」
「大丈夫ですよ。きっとすぐに良くなりますから。ん…」
「そ、それは私の美鈴に対するセリh…んんぅぅぅぅっ!!!!!!!!!」
お嬢様の抵抗虚しく、レミリアの小さな唇は衣玖の唇と重ね合わせられることとなる。
因果応報、やはりインチキなどをしようとした者には相応の報いが訪れるのである。合掌。
「うわ…ちょ、ちょっとちょっと、あれってかなり激しくない?」
「ああ…というか、完全に舌入ってるよな、あれ。うわあ…衣玖って意外とやるなあ。
つーかあれ、衣玖の奴、本気で拙い所を触ろうとしてないか?これは止めるべきなのか?」
「ちょ、ちょっとどうして私に目隠しするんですか!?藍さん!?藍さん!?」
「まあ、ほら、ちょっと妖夢には早いと言うか。
一応幽々子様に任せられた身としては、お前にああいったものは過激過ぎて見せられないというか」
「フフッ、お嬢様も意外とお甘いようで…どうしたの、美鈴。そんな何とも言えないような表情を浮かべて」
「えっと…な、何でもないです。ただちょっと、胸の奥が痛いというか苦しいというか…
自分でもよく分からないんですが…もやもやが心の中で消えてくれないと言いますか…どうしたんでしょう」
レミリアと衣玖を取り囲むように騒ぎ立てる面々に、慧音は軽く息をつき、席に戻り腰を下ろす。
とりあえずあの騒ぎでは、次のゲームに移るには少々時間がかかるだろう。
残り少なくなったジョッキのビールを飲み干し、慧音はミスティアに飲み物の追加を頼もうとした、その時だった。
空になったらジョッキに、ビールが勝手に注ぎ足されていく。その不可思議な現象の正体を掴むのに、当然時間など掛る必要もなく。
慧音の目の前には、ビールがなみなみと注がれたピッチャーを手にした少女、東風谷早苗が微笑みを浮かべて立っていたからだ。
「えっと、勝手に注いじゃいましたけど、ビールで大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう。そのピッチャーはどうしたんだ?」
「これですか?皆さんのジョッキのビールが少なくなってきていましたので、
今の内に注ぎ足しておこうと思いまして。ミスティアさんにお願いしました」
さも当然のように告げる早苗に、慧音は苦笑しながらも心の中でそっと呟く。『この娘は本当に良い娘だ』と。
些細なことだが、彼女は小さな気配りをこんなにも簡単にやってみせる。それも当り前のように。
それは簡単なようで、とても難しい事で。彼女はそのような事を意識することもなく平然とやってのけるのだ。
そんな早苗を見つめながら、慧音はそっと疑問を口にする。それは、この飲み会において最も大切なこと。
「なあ、早苗。今日の飲み会は楽しんでくれているか?
この飲み会で、お前は少しでも幻想郷に馴染むことが出来ているか?」
唐突な慧音の質問に少しばかり驚いたのか、一瞬目を丸くした早苗だが、
すぐに優しい微笑みを浮かべ、そっと口を開く。それは彼女の何一つ偽ることのない、本当の気持ち。
「…私、幻想郷に来て本当に良かったと思っています。
慧音さんに霊夢さん、魔理沙さん、妖夢さん、藍さん、レミリアさんに咲夜さん、美鈴さんに衣玖さん。
文さんに椛さん、そしてミスティアさん。この幻想郷に来なければ、こんな素敵な皆さんと出会うことすら出来ませんでした」
「早苗…」
「私、幻想郷が大好きです。幻想郷に住む皆さんが大好きです。
誰もが優しくて、誰もが温かくて。今日に至っては、私なんかの為に、こんな素敵な飲み会まで開いて下さって…」
「…気付いてたのか」
「フフッ、私だってそれくらいは気付きますよ。
私、今すごく楽しいです。こんなに楽しかったことなんて、外の世界では一度もありませんでした。
…私は今日という日を絶対に忘れません。どんなに時間が経とうと、どんなに皆さんと遠く離れようと、私は絶対に忘れません。
皆さんと沢山お話出来た、今日という日を…私は絶対に」
早苗の見せる表情。それは何処までも喜びに充ち溢れていて。何処までも純粋無垢に輝いていて。
そんな早苗に、慧音は苦笑しつつも言葉を紡ぐ。このお嬢さんに、ちゃんと大事な事を教えねばならない、と。
「早苗は相変わらず大袈裟だな…まあ、一つだけ訂正させて貰おう。
お前の話し方では、今日がまるで私達との絆の終わりみたいじゃないか。今日は終わりじゃない、始まりだろう?
早苗が私達のより多くの事を知り、私達も早苗のより多くの事を知った、大切な一歩を刻んだ、な」
そう、今日は早苗の言う様な大事な一日なんかではない。
これは唯の一日に過ぎない。何故なら早苗と皆は今日以上に互いの事を知り、明日という未来を紡いでゆくのだ。
今日よりも明日、明日よりも明後日の方がきっと価値があり、眩しい日が待っているだろう。
だから、今日は唯の一日。この幻想郷で、東風谷早苗という少女がまた新しい一歩を刻んだ、そんな一日。
「ちょっと、いつまで長話してるのよ。次の王様ゲームは始ったのよ。
あとは慧音と早苗が引くだけなんだから、さっさとしなさいよね」
いつの間にか騒ぎは収束したのか、二人の間に現われた霊夢が割り箸を握り、二人の方へ差し出してくる。
そして、その割り箸を引く早苗と慧音。二人が引き終わると同時にかかるいつもの魔理沙の声。
「それじゃ行くぜ~!王様だーれだ!!」
「あ…わ、私ですっ」
「お?早苗か。おーし!それじゃ早速命令してくれ!一人でも二人でも何人でも構わないんだぜ!」
「は、はいっ!!」
少しばかり悩む表情を見せた後、早苗は顔をあげて、言葉を紡いでゆく。
それはきっと唯の一日。それはきっと唯の一歩。これから続く彼女の物語の、ほんの僅かな第一歩。
「それでは、私の命令です!一番から九番までの皆さん、そしてミスティアさんに文さんに椛さん!
今夜、この飲み会が終わった後、是非――」
その日の夜、時刻としては九時を回ったところだろうか。
守矢神社の社務所兼住居の一室。そこには早苗の帰りを今か今かと待ち侘びる心配性な神様が二人。
「…早苗、帰ってこないな。酔い過ぎた余り、帰り道で眠りこけたりしてないだろうか」
「うーん、文もいるし、それは心配ないんじゃないかな。ただ、ちょっと帰りが遅いね…」
心配のあまり、二人して再び眉を顰める神奈子と諏訪子。
そんな親馬鹿な神様達に、台所から現れた人物は笑みを零し、持ってきたお茶を二人に渡す。
「だから心配し過ぎだってば。早苗だってもう子供じゃないんだから、もうすぐすればちゃんと帰ってくるよ」
「けどねえ、にとり…ああ、お茶ありがとう」
「ありがと、にとり」
「どういたしまして。あと食器は全部洗い終えたから。
それと今夜の余り物は容器に詰めておいたから、明日の朝ご飯にでも食べておいて」
「ああ、分かった。それにしても、にとりには本当に迷惑をかけるね」
「いいのいいの、私が好きでやってる事だしさ。
それに神様達には私達河童の発明について色々とお世話になってるし。ギブアンドテイクってやつだよ」
「そっか。本当、アンタは良い娘だね。ウチの娘に欲しいくらいだよ」
「はいはい、冗談は良いからね。それじゃ私は洗濯物が残ってるから。きゅーかんばーきゅーかんばー」
陽気に鼻歌を口ずさみながら、にとりは洗濯籠を両手に抱え、奥の部屋へと去って行った。
にとりの後ろ姿を眺めながら、二人は再び早苗のことで頭がいっぱいになる。果たして本当に今夜は帰ってくるのだろうか、と。
いや、帰ってきたとしても、更にある一つの可能性がある。それは文が言っていた言葉。
「なあケロ子。もし本当に今夜早苗が誰かを連れて帰ってきたらどうする?」
「どうするって…そりゃ、まあ、認めるしかないんじゃないの?他ならぬ早苗が選んだ人なら。
それに遅かれ早かれそういう形に持っていきたいって言ったのは神奈子じゃない。
だったら、今更どうこう言う必要なんか無いと思うけど」
「そりゃそうなんだけどさ…いざそれが目前に迫るとなると、どうも落ち着かなくてね。
早苗は一体どんな奴を連れてくるんだろう。本当にそいつは早苗を幸せにしてくれるんだろうかって」
「信じようよ。私達の可愛い早苗が選ぶ人だもん、絶対に幸せにしてくれるよ。
少なくとも私は信じるし認めるよ。早苗が誰を連れてこようと、あの娘の幸せを祝ってみせるよ」
「…そうか、そうだね。本当、今日はアンタに色々なことを教えられっぱなしだよ。
早苗の選んだ人なんだ。私達が祝わずして誰が祝うって言うのかね」
「そういうこと。早苗の大切な人のお披露目だもん。
もし早苗が誰か連れて帰ってくるようなことがあったら、二人で盛大に祝ってあげよう」
「そうだね。誰を連れ帰ってこようと、私達は心から祝福してあげようじゃないか」
視線を合わせ、微笑み合う二人だが、玄関の方から扉を開く音が聞こえ、その笑みを強張らせる。
こんな時間に来客などある筈もない。玄関からの音、その正体はたった一つしかない。それは即ち、早苗の帰宅。
だが、二人の表情を強張らせたのはそれが理由ではない。その玄関の方から明らかに話し声が聞こえるのだ。
話し声が聞こえるということは、早苗が一人で帰宅した訳ではないということ。今回の飲み会で誰かをお持ち帰りしたということだ。
互いに顔を見合わせ、神奈子と諏訪子は力強く頷き合い、玄関へと向かう。
そう、二人は決めたのだ。早苗の選んだ人ならば、相手が誰であろうと祝福すると。
その人が早苗の心を支えてくれる人ならば、誰であろうと歓迎すると。早苗の愛した人ならば、誰であっても。
長い廊下を駆け抜け、玄関に飛び込むように二人は早苗の前に姿を現した。だが、そこで二人の思考は途絶えることになる。
「あ、ただいま帰りました、神奈子様に諏訪子様。帰宅が遅くなりまして、申し訳ありませんでした」
「お?神奈子に諏訪子じゃないか。今晩はお邪魔するぜ」
「今日はアンタ達の神社にお泊りさせて貰うわね。あとここで二次会の予定だから」
「お邪魔します…おっと、妖夢、本当に大丈夫か?」
「うえええ…あ、あんまり大丈夫じゃないです…世界が回ってます…」
「お、おいおい大丈夫か?何なら私が永遠亭まで送るが…」
彼女達二人の前に現れたのは早苗に魔理沙。ただ、それだけではなく、霊夢に藍、そして妖夢に慧音。
「ううう…見ないで美鈴…汚れた私を見ないで…」
「大丈夫ですわお嬢様、美鈴は既に酔い潰れてベロンベロンですから」
「あー!さくやさあん、みてくださあい!ほしがきれーですよほしがー!!パチュリーさまといもうとさまのおみやげにしましょー!」
「お土産ですか。やはり何か持って帰らないと総領娘様はお怒りになられるのでしょうが。
別段怒ったところで怖くも何ともありませんが」
「あやや…えっと、神奈子さんに諏訪子さん、お邪魔します。作戦の首尾はまあ…御覧の通りです。たはは」
「お邪魔します。あ、にとりの靴がある!ということは大将棋が出来るかも!」
「こんばんはー。これは余り物のヤツメウナギですので、後で温めて召し上がって下さいな」
加えてレミリアに咲夜、美鈴、衣玖に文、そして椛にミスティアと飲み会のメンバー勢揃いである。
呆然とする神奈子と諏訪子に、早苗は少し恥ずかしそうに頬を赤らめらがらも、事情を口にしようとする。
「あのですね、実は今晩は皆さんにウチでお泊り会を…」
「「早苗っ!!!」」
「ひゃい!?」
が、説明の途中で二人に言葉を遮られ、驚きの余り声が上擦ってしまった。
真剣な表情を浮かべる神奈子と諏訪子の尋常ではない空気に、早苗はどうしたのかと首を傾げるばかり。
そして、そんな早苗に向って二人は声を揃えて言い放つのだ。
「「早苗にハーレムはまだ早過ぎるからっ!!!」」
「へ!?」
東風谷早苗。神々の寵愛を受けし可愛い可愛い緑巫女。
幻想郷での大きな一歩は踏み出せたものの、どうやら彼女の娘が見られる日は、まだまだ先の未来のようである。
早苗さんメインかと思いきやオチだけ担当だし、そのオチも弱いかな。残りのメンツのアクが強すぎて。
ほとんど紅魔館の面々が暴れてるだけでむしろ居心地悪そうにしてるんじゃないかとハラハラしていた
そういう流れになるかとも思ったかな
あとメンバーのバランス悪いよね
コミカルな会話は軽妙でおもしろいです
次の話期待しています。
でもあれだけリンクした過去作品が有るのですから初見さんは読まないと分からないかと申し上げます。
誤字らしき。
>(じゅけむ)→(じゅげむ)
>「~度合いが以上~」→「異常」
ではないかと。
相変わらずのメンバーに一安心ニヤニヤ。
今は亡き「えぶりばでぃぷっちん」のCMの方は偉大だった……。
美鈴がヤキモチ妬いてたり、にとりんがフラグをこれでもかって位立ててたり非常に嬉しゅう御座い。
藍しゃまの自己紹介は母が三人も居て凄いなと思ったらゆかりんにはツンツンツンツンツンデレですか流石です。
相変わらず素敵な楽園で満足です。
自分は貴方に憧れて創想話に投稿するようになったので、一緒の作品集にいるのがとても嬉しいです。
これからも素敵な楽園を楽しみにしています。
相変わらず素敵な作品をありがとうございます。
こんなあったかい幻想郷も大好きだ!
過去作が大好きだっただけに本当に残念
けど、前半が早苗中心なのに対し、後半、早苗が空気なのと
過去作設定のキャラが出張りすぎてちょっと。
前半部のコンパへ話を持っていく進め方は目茶良かった。引き込まれました。
しかし、メタの使い方がかなり厳しい。好き嫌いが激しく分かれそうです。
いきなり美鈴がハーレムとか言われてもなぁ、もし過去作品を知ってたら素直に読めたんだと思うけど
初見の自分から言わせてもらうと、訳が分かりませんでした
久々のSSで、読んで頂けるのか不安と心配でいっぱいだったのですが、感想を頂くことが出来て嬉しく思います!
その…SSの内容は…本当ゴメンナサイとしか言えないようなモノで沢山の叱責を頂いてしまいましたが、
これも勉強、皆様のお言葉を胸に、次回作があれば少しでも皆様に楽しんで頂けるようなお話を頑張って書ければなと思います!
このお話を最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました!!
>4様 なかなか面白かった~
ありがとうございます!本当、グダグダとなってしまいましたが、少しでもクスリと笑って頂いたなら
書いた者としてこれ以上の喜びはありません!
>5様 読んでなくても大丈夫、を信じて~
すみません…本当にすみません。注意書きをちゃんと訂正しておくべきでした…
美鈴周りの関係や藍周りの関係は絶対過去作読んでないと滅茶苦茶なのに…本当にすみませんでした…
>7様 作者ネタが多すぎるかも~
申し訳ありません…確かにそこは少し自重すべきでした…
馬鹿騒ぎするシーンがとにかく書きたくてネタを詰め込みまくっただけなので、あんまり他意とかは全然無いんです…
>10様 メンバーのバランス~
言われると確かに…というか、UPし終えて感想を見る度に最初から書き直したい衝動に駆られてばかりです…
本当、ダメダメ過ぎる…書いたことあまりないからと逃げないでもっと永遠亭組とか組み込めば良かった…
>16様 今までの連作の中の一つとして読んだら~
ありがとうございます。本当にありがとうございます。もうその言葉だけでご飯三杯は食べられそうです(オカズかよ
主役を神様→早苗に移行させたつもりだったんですが、読み返すとどうみても神様→慧音ですねコレ…もう何をやってるのかと…
>17様 久しぶりの投稿ですね~
本当、久しぶりの投稿なんですよね…もう色々と忙しかったり死にかけてたりとイッパイイッパイな毎日でした。
というか、このSSの前半部分は八月に出来てたのに…完成にどれだけ時間が掛ってるのかと(全くです
> 謳魚様 初見さんは読まないと分からないかと~
ですよね…あうううう、今から半日前に戻って自分自身をこれでもかとぶん殴りたいです…読んでなくて大丈夫な訳ないだろうと…
でも、大好きと言って下さりありがとうございます。こんなダメダメ最低作者でありますが、どうか見捨てないであげて下さると嬉しいです…
>ナクト様 自分は貴方に憧れて~
ちょ!?じ、自分なんかに憧れちゃダメですよ!!こんな滅茶苦茶でダメダメでもうボロボロな奴なんですから!!
もう何というか、期待を裏切ってしまい本当にごめんなさい…ただただごめんなさい。ううううう…
>34様 こんなあったかい幻想郷も~
本当にお久しぶりです~!そして久しぶりの結果がコレで本当にごめんなさい…
もし、次の機会がありましたら、どうか見捨てずに読んであげて頂けると嬉しいです。本当、謝るしか出来ません…
>37様 過去作が大好きだっただけに~
あああああ…ごめんなさいごめんなさい本当にごめんなさい…一番堪える言葉です…
この半年間自分は何をやってたんだろう…あーうー…
>42様 前半が早苗中心なのに対し、後半、早苗が空気~
返す言葉もありません…話の組み立て型に最初から致命的なミスがあったとしか考えられませんね…
話はグダグダ、展開も滅茶苦茶、挙句の果てにはメタ発言連発…本当にごめんなさい…
>44様 好き嫌いが激しく~
久々のSSということもあり、張り切り過ぎました…張り切り過ぎて、とんでもない方向に暴走追突炎上してしまいました…
注意書きも含めて何から何まで反省すべき点が多すぎです…次回はこれを糧に少しでも多くの方に楽しんで頂けるSSが書ければと思います。
>47様 注意書きに騙された~
ごめんなさいごめんなさい本当にごめんなさい。こればっかりは謝ることしか出来ません…
注意書きがあれだと完全に詐欺です嘘吐きです最低です…もう本当にどう頭を下げればいいのか…
特にいつも通りのボケと突っ込みには笑わせていただきました!
ただ、やはり後半で早苗さんが空気になってしまったのは残念だったかな?
もうすこし早苗さんが他キャラと絡むのをみたかったです。
「紅美鈴~みんなに(ry」からのファンとして、これからの作品も楽しみにしています!
でも残念ながら早苗さんの婿は俺だから、いたいオンバシラが痛い!
今日ほど幻想郷に行きたいと願った日はないZE……でも俺、神奈子様と諏訪子様も好きなんだ……
メタは一回程度なら問題ないけど多すぎた感がありますね、あと作者関連の表記は絶対にまずいです。
……なぜって? 貴方だけ幻想郷の皆に知られてるなんてパルパルだからですよっ!(心狭い
楽しく読めましたが、美鈴と藍の取り合いは完全にテンプレ化していますので、少し工夫が入ると良いかと。
いや、このままでも十分好きなんですが、マンネリ感がちょっと出てきたかな、と。
絶対に裏切らない恋はもはや愛であり、昼ドラが欲しい訳じゃないけどちょっと物足りない。
あ、最後に衣玖さんが素敵すぎます、ときめきかけました、キャーイクサーン。
なんかあれね、大体言いたいこと書かれてるからコメ書きづらい。
神奈子様と諏訪子様は本当に良いお母さんですね。
また、永遠亭勢の参入を心待ちにしています。
主に輝夜とか。
次回も楽しみに待っています。
ところどころそれとなくちりばめられてるネタは結構よかったと思います。
遅れましたが、誤字訂正のご報告、本当にありがとございました!
>58様 「紅美鈴~みんなに(ry」からのファンとして~
嬉しいお言葉、本当にありがとうございます、本当にありがとうございます!
その言葉を励みに、少しでも面白いと感じて頂けるようなお話が書ければと思います。頑張ります!
>59様 美鈴と藍の取り合いは~
実は自分でも少し過去作の設定に頼り過ぎていたと痛感しています…テンプレの設定に固執し過ぎたと言いますか…
だから、これからは少し色々と挑戦というか、初心に戻って色々とやってみようと思います、はい。
>60様 神奈子様と諏訪子様は本当に良い~
二人とも本当に素敵なキャラですよね。二人の神様だなんて早苗さんが羨ましい…パルスィ…
今回は色々とごめんなさいでしたが、いつかまたこの二人をメインに書ければなと思います。
>61様 衣玖さん空気読め~
衣玖さんは空気を読めるといいつつ実は全然読めてない的なイメージです、はい。
>64様 スキャットマンはまだ~
えぶりばでぃぷっちーん!現代の幼子達に是非伝えたいCMです。
>69様 きゅーかんばーきゅーかんばー~
きゅうり味のビールを飲めばいいよ!ひゅい!?
>71様 ちょっとメタが多すぎたんじゃないかと~
今回反省すべき点は間違いなくそこだと思います…あとは話の道筋をノリだけで突き進めて物語を滅茶苦茶にしてしまったところですね。
次回からは絶対こんなことがないよう、頑張りたいと思います。
続け、続いてくれッ!
続かなくても続いてもとりあえず久しぶりの笑いをありがとう、にゃおさん
シリアスもいいけど馬鹿騒ぎは楽しいです
私はメタもネタとして楽しめましたがやっぱり万人受けはし難いようですね
飲み会の話としてはホントに面白かったです
でも主役の早苗もドキドキの王様ゲームに加えて欲しかったです
またこういう馬鹿騒ぎを読みたいです
やはりメタは一度くらいにしたほうが良かったかと…
…そういや霊夢のトラウマってなんだっけ?
メタに関してはちょっとやりすぎた感もありますけど、面白かったです。
まさにカオス。