Coolier - 新生・東方創想話

宇佐見さんとの出会い

2017/06/18 23:05:23
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「私ね、子供の頃に東京に来たことがあったのよ」

 カフェのTVから某国の王子が初来日というニュースが流れたからか、メリーはそう切り出した。
 対する蓮子はといえば「へぇ」と素っ気ない態度だ。
 その態度が意外だったのか、メリーはこう返す。

「蓮子。こういう時は『え! 嘘ウソ、いつ頃どうして!?』って聞き返すのが正解じゃない?」
「ああ、ごめんごめん。これでも昔は東京が首都扱いで観光都市だったし、そのテの話題は飽和状態なのよ」

 そう手をパタパタと振って、蓮子はこすられまくったネタに対する塩味な態度を詫びた。
 だがメリーは、さらに新ネタがある様だった。

「じゃあ、その時不思議な体験をした、って言ったらどう?」
「え! 嘘ウソ、いつ頃どういう内容!?」

 メリーが思い描いていた反応を示す蓮子に、今度はメリーも満足げに頷いた。
 そしてメリーは語り出す。

「あれは私が小学生の頃だったわ。お父様がお仕事の関係で、東京に滞在することになったの。
 その時スクールが夏休みで、私はお父様にお願いして、初めて日本にやって来たの」
「おお~、小学生で海外デビューとはアクティブね」
「当時私は日本に夢中だったから」

 メリーは微笑みながら語る。
 メリーが小学生の頃は、まだ「クールジャパン」というステレオタイプが生きていたわね、と蓮子は納得する。

「でもお父様はお仕事が忙しくてしばらく私の相手ができないから、ホテルの部屋から出ないように、って言いつけられたわ。
 いくらスイートルームでも、缶詰状態じゃ大人だって飽きちゃうわよね」
「ちょっと待って。今、異世界の単語が聞こえた気がする」

 蓮子がこめかみを引きつらせて、「スイートルーム」の件について問いただす。
 するとメリーはさらりと「ああ。その時は私も一緒だから、気を利かせてスイートを取ってくれたと思うの。もう、子煩悩よね」とのたまった。
 蓮子は、メリーと私は階級が違うなー、と達観した。そんな哀愁に浸っている蓮子をよそに、メリーは続ける。

「それで暇つぶしに携帯で東京に関するネットの記事を見ていたら、見つけちゃったのよ」
「何を?」
「美味しい和菓子屋さん」
「……はい?」

 蓮子が聞き返すと、メリーは詳細を説明した。
 どうやら、当時美味しいと話題の老舗和菓子屋の情報をインターネットで入手したらしい。
 そして商品のラインナップを閲覧している内に、どうしても食べたくなってしまったとのこと。

「じゃ、まさかメリー」
「うん。部屋を抜け出しちゃった」
「あちゃー」

 蓮子は額を手で押さえてうなだれる。

「その時はこっそり行って、きんつばを食べたらすぐ戻ってくればいいと思ったのよ」
「そこまでして、きんつばが食べたかったのね」

 蓮子は苦笑する。食欲に忠実なのはサークル発足時から変わっていないが、その後の展開は容易に予想できた。
 東京みたいな雑然とした街で、メリーの様な好奇心は一人前だけど、ちょっと世間知らずなお嬢様が単独行動をする。
 その結果は火を見るより明らかで、次のメリーの発言によって裏付けされた。

「でも見通しが甘かったわ。初めて見る自動販売機に夢中になっていたら、あっけなく道を見失ってしまったの。
 日本語はカタコトで喋れたけど読み書きができなかったし、地図を携帯で開こうにも、ネットに接続できなくて八方塞がり。完全なる迷子よ」
「ああー。その頃は外国人観光客向けの無料接続スポットってまだまだ数が少なかったし、環境整備もイマイチだったから」

 蓮子は申し訳なさそうに頭を軽く下げるが、メリーはまぁまぁとなだめて続きを話す。

「それで闇雲に歩き回っていたら、どこか古風な感じの住宅街に迷い込んでしまったわ。
 それで急激に不安になって、たまたま見つけた公園のベンチで途方に暮れていたの」

 蓮子はその不安げな姿が容易に想像でき、うんうんと頷く。
 するとメリーの話はここで核心に近づいたのか、少し間を空けてこう続けた。

「そこにね、女の子が近寄ってきたの。
 半そで半ズボンの活発な見た目で、知的だけどやんちゃな感じの顔つきだったのを覚えている。
 それでいかにも外国人な私を遠巻きに眺めるでもなく、普通にこう質問してきたわ。『どうしたの?』って」

 おお、と蓮子は目を丸くする。困っていそうな異邦人に話しかけられるとは、東京都民もなかなか捨てたもんじゃない。
 さらにメリーは嬉しそうに、状況を説明する。

「正直に迷子だと白状したら、私の目的地を確認して『その和菓子屋さんなら知っている。でもちょっと遠いよ』って教えてくれた。
 それで諦めようとしたら、その子がこう言ってくれたの」

『じゃあ、一緒に行ってあげるよ』

「日本人の優しさは噂通りだったって、泣きそうになりながら感動したわ」

 その言葉に蓮子も少し照れる。日本人なら当然の流れでも、メリーにとっては今でも語り継げる美徳であるのだ。

「そこからその子に手を引かれて、路線バスに乗ったの。
 バスの中では色々な事を喋ったわ。その子が近所に住んでいる事。
 私はアニメや漫画で日本語を覚えたこと。ホテルを抜け出して来ちゃったこと。楽しかったなぁ」

 メリーは思い出を噛みしめる様に、陶然と目をつむる。
 だがメリーはここで笑い話を思い出したのか、ぷっと吹き出す。

「でも私は路線バスに乗るのが初めてで、目的の停留所でクレジットカードを出しちゃったのよ。
 あの時の運転手さんの、戸惑った顔が忘れられないわ……
 あの子も『何その真っ黒いカード?』って笑って、私の分の運賃も払ってくれたのよ」

 メリーと一緒にあっはっはと蓮子も笑うが、一筋の汗が額を伝う。
 真っ黒なクレジットカードって、そのバス車両自体をポンと買える程のすごいカードなんじゃ……と突っ込みたかったが、最早庶民は何も言うまいと流しておく。

「それで憧れの和菓子屋さんに到着して、きんつばや桜餅、上用饅頭を思う存分食べたわ。
 途中で店の人がさりげなくお茶を淹れてくれて、これがお・も・て・な・しの心だと悟ったのよ」
「うわ、古いネタね」

 蓮子はメリーの振り付きおもてなしコールを動画撮影しておけばよかったと思いつつ、続きに聞き入る。

「でもね、その子にも何か食べて欲しくて、好きな物を選んでって言ったのだけど『私、あんこ嫌いだから』ってただ笑っていたの。
 店の人に聞かれやしないかとヒヤヒヤしたけど、はっきり物事を主張する良い子だったわ」

 いやぁ、メリーのセンスが渋すぎるのよ、と蓮子は何とも言えない感覚に捉われていたが、堂々とした発言をする道案内の子には共感を覚えた。
 その子なら私もすぐに友達になれそう、とほのぼのとした気分になる。
 だが別れの時間はすぐやって来る。

「その後、その子の案内で私はまた無事にホテルに帰りつくことができたの。
 私は何度も頭を下げて、お礼がしたいって言ったんだけど、その子は『いいよ別に』って頑として譲らなかった。
 なんとしてもお礼がしたくて、その子に停留所で待っていてもらって、私はホテルに走ったわ」

 そしてメリーは自身の私物からお気に入りを取り出し、また急いで停留所に戻ったと言う。

「でもね、その子はもうそこには居なかった。遠慮してなのか、帰っちゃったみたい。
 結局、お礼にと思っていた物を渡せずじまい。しかも後で無断外出がバレて、お父様に大目玉」
「あらら」
「でも一番後悔しているのは、その子の名前を忘れてしまった事よ」
「え?」
「絶対名前を聞いたはずなのに、記憶がぼやけたみたいで思い出せないの。
 それでいつ思い出して、どこかで突然再会してもいいように、あの時渡せなかったこれを常に身に着けるようにして、現在に至るわ」

 そうメリーは言うと、首にかけていたネックレスを外して蓮子に見せる。
 淡いゴールドの細いチェーンに、控えめな宝石があしらわれたペンダントトップが輝いていた。
 ふーん、と蓮子がネックレスを眺めていた所で、ふと眉根に皺を寄せてメリーにこう問いかける。

「ちょっと待って……それのどこに不思議体験があったの?」

 蓮子のもっともな疑問に、メリーは今日一番の柔和な笑みを返す。

「ごめんなさい。正確にはその時ではなく、その後に不思議を体験したの。
 この来日で一層日本が好きになった私は、京都大学に留学を決意したわ。でも慣れない大学生活で気分が沈んでいた時、話しかけてくれた人が居た。
 その子はあの公園で出会った時と同じく、知的な風貌なのにとんでもない冒険を繰り返す様な、やんちゃな雰囲気を持ち合わせていたわ。
 貴女との冒険を重ねて、ようやく思い出せたの。ああ、この人と昔会ったことがある、って」

 ここまでの話で、蓮子の目が丸く見開かれる。メリーは、ついに再会したのだ。
 長年想っていた感情を伝える時が来た。

「蓮子、貴女には二度助けてもらったのよ。
 一度目は迷子になった時。二度目は境界が見えてしまうことをひた隠しにしていた私を、秘封倶楽部に誘ってくれた時。
 偶然かもしれないけど、蓮子は私にいつも新しい扉を開いてみせて、心を軽くしてくれた。
 そんな不思議が、とても嬉しかった。今なら、これを受け取ってくれるよね」

 そうメリーは先程のネックレスを蓮子の手に握らせる。その目には、薄く光るものさえ滲んでいた。
 対する蓮子は、驚きの言葉を発する。



「……あの、何の話かしら?」



 空気が凍る、とはこの事を言うのだろう。
 メリーは愕然とした表情のまま固まるし、蓮子はあたふたと混乱しながらこう説明する。

「ごめん。今の話、全然身に覚えが無い。
 私が小学生の時にメリーというか、外人さんを助けた覚えすら無いし。
 そもそもそんな体験していたら、いくら私でもメリーを見た時に気づいているはずなんだけれど……」

 そう言いながら必死に記憶を巡らせる蓮子とまだ動けないメリー。
 その時、ふと蓮子は思い出す。

「ちょっと待って。その話、聞いたことある」

 蓮子が不可思議な事を言い出した。メリーもようやく意識が戻ったのか、疲れたようにこう反駁する。

「聞いたことがあるって、誰に?」
「私のお母さんよ」

 は? という疑問符が大量発生する。だが蓮子はすぐに携帯電話を取り出して、どこかに電話をかける。
 漏れ聞こえる会話の内容から、実家の母親と話しているようだった。
 そして蓮子の目が驚きに見開かれ、最後は呆然と電話を切った。

「……お母様は何て?」

 メリーも異様な雰囲気を察して恐る恐る聞いてみると、蓮子はこう説明した。

「お母さんは覚えていたわ。子供の時、お人形みたいな金髪の外人さんと和菓子を食べに行ったってことを。
 バスの運賃、きんつばの思い出。全部符合していた。それで、最後にこう笑っていた」

『その外人さん、不思議な子でね。停留所で「待っていて」なんて言って、なぜか建設中のホテルへ走って行ったのよ。そしたらそれっきり、姿が見えなくなっちゃった』

 聡い二人は、このコメントで何が起こったかを理解した。

 つまり小学生のメリーは、迷子になった際に時空を飛び越え、蓮子の母親が子供の頃にタイムスリップした。
 そしてメリーは、何十年も営業している老舗の和菓子店で変わらない味のお菓子を食べ、正しい時空に戻ってきた。
 この予想以外に、この現象を説明できない。

 感動の再会を覆す超常現象の出現に最早言葉も無いメリーに対し、蓮子は気まずそうにこう問いかける。

「そのネックレス……私のお母さんに渡してみる?」

 もちろん、メリーが明確な答えを返せるはずもなく、テレビでは相変わらず普通の滞在を楽しむ王子様の笑顔を映しているのであった。

          【終】
ああ、何もかも懐かしい……がま口です。
思い出って、実は曖昧な記憶を土台にしているから、案外事実とかけ離れた内容を覚えていたりしませんか?
そこで通り一遍の感動話ではなく、ちょっとひとひねり。メリーと「宇佐見さん」の不思議な因果のお話にしてみました。
もしかしたら感慨深い思い出も、じっくり検証してみると新発見があるかもしれませんね。

小学生の頃の思い出は、校庭でひたすらめちゃぶつけ。がま口でした。
がま口
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コメント



0.190簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
よくわからん。見る人が見たら面白いんだろうね。
3.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
5.80名前が無い程度の能力削除
メリーは卯酉東海道の時点で初めて東京に来たって、どっかで読んだような。

話自体は、決して悪くなかったと思います。
6.100名前が無い程度の能力削除
良いオチでした
宇佐見家の人々はよく不思議な体験に遭遇していそうですね
7.無評価がま口削除
1番様
ご感想ありがとうございます。オチをひとひねりしてみたのですが、伝わらなければ意味がありませんね。

奇声を発する程度の能力様
いつもご感想ありがとうございます。

5番様
ご指摘を受け卯酉東海道の冊子を確認したところ、確かにその記述がございました。
誠に汗顔の至りですが、お褒めの言葉もいただき恐縮です。次作にご期待ください。

6番様
もしかしたら、宇佐見の家系には特異体質が備わっているのかも? 夢が拡がりますね。

きんつば大好き、でも1番好きなのは芋羊羹のがま口でした。