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私とマリアはお姉さまの部屋に戻った。お姉さまはすでに寝巻きに着替えて、私たちを待っていた。
「フラン、今日は私の部屋に泊まっていきなさい」
お姉さまは微笑んでそう言った。私は拒んだが、お姉さまがマリアに、「マリアもフランお母さまといっしょに寝たいでしょ?」と訊いた。マリアは一瞬、躊躇うような素振りを見せたが、すぐに、うん、とうなずいた。私は仕方なく、お姉さまの部屋に一泊することにした。
私とマリアはお姉さまのパジャマを借りることにした。部屋の隅にカーテンをひいて着替えたが、途中、お姉さまが覗こうとしたので、思いっきりぶん殴っておいた。吹っ飛んで壁に衝突するお姉さまを見て、マリアはくすくすと笑っていた――マリアはとても幸せそうに笑っていた。
マリアを真ん中に三人で川の字になって寝た。疲れていたのか、マリアはすぐに穏やかな寝息をたて始めた。
結局、マリアはお姉さまから楽しい話を聞くことができずに眠ってしまった。
私は寝付けなかった。目蓋にマリアの悲しい笑顔が焼きついていて、とても眠れるものではなかった。寝返りをうった私に声がかかる。
「起きてるでしょ、フラン?」
お姉さまだった。お姉さまは身体を起こして、私のほうを覗き込んでいた。
「……………………うん。起きてるよ」
私も起き上がった。私を見るお姉さまの目は真剣なものだった。お姉さまはマリアを起こさないように小声で私に話しかけた。
「…………まさかとは思ったけど、マリアも破壊の能力を受け継いでいるとはね」
お姉さまはため息をつきながら言った。私はその言葉に一瞬、息を呑むが、すぐに納得した。
「後をつけてたんだね」
「ええ。ちょっとマリアの様子がおかしかったからね。夕食の後のお茶のときもそうだし、お風呂のときの会話もなぜか私を避けているようだったし。あなたたちには悪かったけど、光学迷彩スーツで尾行させてもらったわ」
「…………普通、吸血鬼の能力を使うでしょ。ていうか、お風呂場の覗きって伏線だったんだ……………………」
「あら。この世に理由のないことなんてないのよ」とお姉さまは微笑み、マリアの寝顔を見た。私はよく言うよ、と思ったが、お姉さまのマリアに向ける優しげな笑顔を見ていたら、口に出せなくなっていた。
お姉さまは愛おしそうにマリアの寝顔を見ていたが、やがて、私に顔を向けてぽつりと呟いた。
「まったく、誰かさんに似てるわね…………」
「こういうのも遺伝なのかしらね」とお姉さまは呆れたように言った。私は何も言うことができなかった。お姉さまは少し怒った顔をして言った。
「馬鹿で」
お姉さまが不機嫌そうに続けるのを、私はじっと見ていた。
「頭が悪くて。融通が利かなくて。頑固で。人の気持ちを考えるくせに人の気持ちがわからなくて。自分が犠牲になれば何もかも解決するとか勘違いしていて」
お姉さまは肺の空気を吐ききるように言った。
「本当に、優しい良い子で――――――――」
お姉さまは言い終わると、はあ、と深くため息をついた。お姉さまは再びマリアの穏やかな寝顔を見つめた。部屋の中はマリアの静かな寝息だけが聞こえていた。
――怖くないもん! マリアは大人だもん! ちょっと広いくらい、どうってことないもん!
――うー…………
――フランお母さまはそうやっていつも私をいじめるのよ。
私は廊下でのマリアとのやりとりを思い出していた。容姿こそ私たちとあまり変わらないが、マリアの精神はきっと私たちよりももっと子供のものなのだろう。
マリアは客室程度の広い部屋が怖いと言っていた。
だが、地下室は客室よりももっと広いのだ。
そんな部屋に独りでいたらマリアはどんなに寂しい思いをするだろう?
考えるだけで息ができなくなりそうだった。胸が潰れそうな苦しみに私は奥歯をかみ締めた。
破壊の能力の本当の恐ろしさはその可能性だ。
自分の右手に他者の生命が握られている――その事実が能力者を苦しめるのだ。
もちろん、いつでも右手の中に『目』が見えるわけではない。基本的に破壊の能力は発動しない限り、自分の手の中に生命の『目』を映し出すことはできない。
だが、ふと気づくと、自分の右手に『目』が存在していることがある。
これを、破壊の能力自体の特性とするか、私の無意識が破綻しているとするか、いまだに判別できない。未知の部分が多すぎる能力だった。いずれにしろ、私は無意識に『目』を潰してしまうのかもしれないのだ。
そして、たとえ、右手が自分の意識で自由に制御できるようになったとしても――
自分が常に他者の命を握っているという事実は変わらない。
それは他者に対する圧倒的な支配だ。
お姉さまの運命を操る能力や、八雲紫の境界を操る能力などの、因果律に直接作用する能力なら私の破壊の能力は防げるかもしれない。だが、私の能力はたいていの相手に対しては、生殺与奪を握ることで、完全なまでの支配を強いることができる道具になるのだ。
絶対的な支配者は崇拝されるかもしれない。
だが、果たして、その人は家族や友達をもつことができるのだろうか。
それは孤独だ。
完全な孤独以外の何でもない。
そして、私やマリアは完全な孤独に耐えられるほど強い心をもっていないのだ。
集団を構成する生物である以上、私もマリアもきっと破壊の能力についていけないだろう。
私は幸運だった。私の傍にはお姉さまやパチュリー、美鈴がついてくれていた。今では咲夜もいるし、魔理沙、霊夢みたいな友達もできた。私は幸運にもこの人たちを壊さずにやってこれた。幸運にもこの人たちは私の能力を忌避せず、私を家族や友人として認めてくれた。
しかし――その幸運はこれからも続くとは限らないし、
マリアにもその幸運が与えられるとは限らない。
きっとマリアは皆を支配しようなんて考えを持ってはいないだろう。私も他者を支配するなんて面倒なことするより、弾幕ごっこしたり、お酒を飲んで騒いだりしたほうがずっと楽しい。私の幸福の辞書には支配なんて言葉は載っていない。私は私の幸福のために破壊の能力を使わないし、きっとマリアも使おうとしないだろう。
だから、私たちは幸運でなければ幸福でいられないのだ。
周りの人が自分の能力を恐れず、自分の人格を認めてくれる幸運がなければならないのだ。
私たちのような面倒な能力をもった妖怪は幸運でいられることをひたすら祈るしかないのだ。
自分がふとした悪意で破壊の能力を使ってしまわないかと怯えながら、願い続けるしかないのだ。
しかし、そのような幸運が続いたとしても――――
仮に能力が暴走してしまうようなことがあれば――――
すべては――――
私たちの幸福は――――終わってしまう。
そして、その先に待っているのは、その幸福を呪いたくなるほど陰惨な絶望だ。
どうして、私たちは皆と一緒にいたのか――――
どうして、私たちは皆から離れようとしなかったのか――――
どうして、私たちは孤独でいようとしなかったのか――――
自分で自分を呪詛する、罪悪感の地獄の始まりだ。生きていることを謝罪したくなるような、後悔の無間地獄だ。
それがわかっているから、マリアは自分から離れようとしたのだろう。
自分の大切なものを破壊しないように。
自分を後悔で呪うことがないように。
そして、
自分が皆の邪魔でしかなったという事実を見ないように。
私はどうするべきか?
マリアをとめるべきか? それともマリアの意思を認めるべきか?
母親は娘のために何を選択すべきか?
「…………どうすればいいんだろう?」
私はうめいた。頭を抱えて、苦しみのあまりうめいた。
「…………私はマリアのために何をしてあげられるんだろう?」
はたして――――70年後の私ならわかるのだろうか。
だが――歯軋りする私に声がかかった。
「――――マリアは望まれた子だわ」
私は顔を上げてお姉さまの顔を見た。お姉さまの目には強い力がこもっていた。
「不妊治療…………だったかしら? そうまでしてつくった子よ。望まれていないはずがないわ」
お姉さまは言うと、立ち上がって、マリアが着てきた服がかけてあるタンスに向かった。
「ごめんね、マリア」と眠っているマリアに謝り、タンスを開けて、マリアのスカートのポケットを探る。お姉さまはそこからマリアがもってきた写真を取り出し、テーブルに置いた。私もベッドから出て、テーブルまで歩いていった。
お姉さまは写真を見ながら、呟いた。
「これが…………その証拠よ」
テーブルの上には70年後――いや、それだけではない、私がマリアを身篭っていたという55年後の写真もあった。
大きくなったお腹を抱えている私の写真があった。私は椅子に座って目を瞑り、とても優しそうに微笑んでいた。
もう一枚は私の大きなお腹に、耳を当てているお姉さまの写真だった。お姉さまは子供のようにうきうきとした顔をしていた。私もそんなお姉さまを見て、上機嫌に微笑んでいた。
さらに一枚。私と咲夜の写真だ。咲夜は優しそうな綺麗なおばあさんになっていた。咲夜はベッドの上に座り、私はその横の椅子に座っている。二人は楽しそうお喋りをしていた。
まだ写真はあった。私とお姉さまがいっしょに座っている写真。パチュリーが微笑んで私と話している写真。美鈴が笑いながら私の肩をもんでいる写真。小悪魔が緊張した顔で私のお腹に耳を近づけている写真。
どの写真でも私とお姉さまは幸せそうに笑っていた。これ以上ないくらいに幸福そうだった。
「これでも、望まれていなかった子だと思う?」
お姉さまは私に微笑みかけた。私はしばらく呆然としていたが、ゆっくりと首を横に振った。お姉さまは頬杖をつき、静かな寝息を立てるマリアに目をやった。
「55年後のわたしたちは、マリアが破壊の能力を受け継ぐことについてどれだけ考えたかしらね…………………………………………」
どうだろう、と私は考える。今、私たちがこうしてマリアが破壊の能力をもつ事実を知ってしまった以上、55年後の私たちもそのことについて考えたはずだ。忘れてしまったということはたぶんないだろう。
マリアは、未来から過去にきた今日のことは、未来に何の影響も与えないと言った。
なら、私たちは、55年後、間違いなくマリアを生むことを選ぶのだろう。
子供を生むとはどういうことなのだろう。
マリアに破壊の能力を押し付けてまで、生む必要はあったのか。
マリアに過酷な運命を与えてまで、生む必要はあったのか。
マリアに幸福を約束できないのに、生む必要はあったのか。
「それは――――違うんじゃない?」
お姉さまは言った。お姉さまは一言一言考えるようにして言った。
「生まれてくる子供に幸福を約束することなんて、そもそも無理なのよ。いえ――むしろ傲慢なのかもしれない」
お姉さまはマリアの寝顔をじっと見つめていた。今、お姉さまの目には、その穏やかな寝顔はどう映っているのか。
「子供の幸福は子供が決めること。親はその幸福について教えることしかできない。何が楽しい、何が嬉しい、何が苦しい、何が悲しい、何をしていい、何をしなければならない、何をしないほうがいい、何をしてはいけない――――親は子供に幸福の種類について示してやることしかできないのかもしれない。もちろん、その実現について手伝ってやることはできるでしょうね。でも、最後に幸福を手にするのは子供じゃなければならないのよ。ひょっとすると、子供には親は必ずしも必要な存在ではないのかもしれない」
だけど、ね、とお姉さまは言った。その紅い瞳は決意に燃えていた。
「親は――――少なくとも私は、マリアがいなきゃ、幸福なんかにはなれないわ」
「………………………………………………………………」
「マリアが幸福じゃなきゃ、私は幸福じゃないわ」
私は黙るしかなかった。お姉さまの強い決意に圧倒されていた。だが、私も心の中から何か強いものが起き上がってくるのを感じた。
「これはエゴよ。だけれども、私はこれ以上ないくらい正しいエゴだと信じてるわ。私にはマリアが必要よ。マリアに私は邪魔かもしれないけど、私にはどうしても必要なの。マリアが本当に私を必要としなくなるまで、私はマリアを求め続けるわ。マリアが胸を張って自分は幸せだと言える日が来るまで、私はずっとマリアの傍にいるわ」
お姉さまは――――レミリアお母さまは、宣言した。
「これは親の義務じゃない。私は自分のエゴのためにマリアを地下室なんかには送らない。私は自分の幸福のためにマリアを絶対に説得してみせる。ぶっちゃけ、55年後の話はどうでもいい。でも、今こうして未来の娘が悩んでいると知った以上、私は手を差し出さずにはいられない。何が何でも地下室から引っ張り上げなければならない」
母は娘に対して誓った。
「私は自分の幸せのためにマリアを幸福にしてみせるわ」
ああ、そうか、と私は気づいた。
55年後の私たちは確かにマリアを望んだのだ。
マリアに会いたいから、マリアを生んだのだ。
ひょっとしたら、マリアは不幸になるかも知れない。マリアは自分の能力を運命を呪いながら生きなければならないかもしれない。マリアは生んだ私たちのことを恨むかもしれない。
それでも――――――――
私たちはマリアに会いたくて仕方がなかったのだ。
どうしてマリアに会いたいと思ったのか、どうして私たちはマリアを望んでしまうのか、それはわからない。
だけれど、私たちはその想いに賭けたのだ。
自分の幸福を。
おそらく一生分の幸福をマリアに賭けたのだ。
マリアが不幸になれば私たちも不幸になる――――私たちはそんな賭けに乗ったのだ。
一生の幸福をマリアが幸福になる未来にベッドしたのだ。
これは戦いなのだ。
マリアだけでなく、私たちの。
私たち家族の幸福を賭けた戦いなのだ。
「戦う限りは勝たなければならない」
お姉さまは笑った。満月のような自信に溢れた笑顔だった。もはや私の心からは不安などなかった。ただ勝利に向かっていこうとする希望だけがあった。私は笑って応えた。
「レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットのコンビだよ。小憎たらしい運命に対する勝算は?」
私とお姉さまは、拳と拳を高く掲げてぶつけ合った。紅魔館の主にして吸血鬼、スカーレットデビルと恐れられる母親は不敵に微笑んだ。
「負けるわけがないわ」
それから、ベッドに戻ろうとしたとき、お姉さまはふと思いついたように言った。
「そういえば、私とフランは夫婦になるのよね?」
……………………確かに。マリアのことに頭がいっぱいになっていただけに、あまりそこまで気が回らなかった。そう思うと途端に恥ずかしくなってきた。
「結婚式とかどうしたのかしら?」
「さ、さあ? 教会とかないから、神社とかじゃない?」
「霊夢にやってもらうの?」
お姉さまは眉をしかめた。
「霊夢に頼むと、祝う、というより、呪うって感じだわ」
「うん……そうだね……………………」
あそこの巫女は妖怪間の婚礼も執り行ってくれるんだろうか。まあ、お金がなくて困ってるって噂だから、ひょっとしたら受け持ってくれるのかもしれない。地獄の沙汰も金次第というけれど、あの巫女は鬼よりも強いから、案外正しいかもしれない。
「結婚式のあとはやっぱりハネムーンかしら? フランだったらどこに行きたい?」
「あー、あんまり思いつかないなぁ。どうせ幻想郷から出られないんだから、行かないでもいいんじゃない?」
「夢のない話ね。じゃあ、ハネムーンに使うはずだったお金は育児費に回すべきかしら?」
「嫌にリアルな話だね」
育児費がどうのとか考えるほど、紅魔館はお金に困っていないだろうに。お姉さまは無駄に庶民的だった。
そういえば、マリアは15歳だけど、お年玉とかはもらうんだろうか。もらう相手は私や、お姉さま、咲夜は…………どうだろう? 紅魔館は給金ないから無理かな? でも神様だからお賽銭があるかもしれない。少なくとも博麗神社よりは期待できるだろう。パチュリーは薬品工場の工場長をやっているくらいだから、余裕だね。パチュリーがあのつまらなさそうな顔でお年玉の入った袋をマリアに渡す姿を想像したら、少しおかしかった。美鈴は本当に収入源なさそうだから、無理かな。むしろ、私たちがあげるような予感がする。
私がそんなことを考えていると、はっとお姉さまが重大な発見をしたような顔をした。
「大変よ、フラン」
「何かしら、お姉さま?」
私は嫌な予感がした。私の嫌な予感は良く当たる。ほんと、外れてくれよ、もう。
「私たちって、『できちゃった結婚』だったのかしら?」
――――ほんと、この人は何をしたいんだろうか? そんなに夜伽逝きにしたいのか? そうなのか?
「…………正式に結婚したってわかってるわけじゃないんだから、そんなに気にすることはないと思うよ……………………ていうか、もういい加減、この手の話題やめない?」
「あら、フランは嫌?」
「………………………………………………………………うん」
ああ、答えるのに迷ってしまった自分が憎らしい。いや、それは私だって、お姉さまのことは好きだし、姉妹だから少し気後れするところはあるけど、どうしてもって言うなら、応えないわけにもいかないし…………。お姉さまの優しい笑顔を見てるとどきどきするし、素敵な声で耳元に囁かれるだけで顔が赤くなりそうだし、頭撫でてもらえるだけで心がふわふわ浮いてっちゃうし、お姉さまのいい匂いを嗅ぐだけで頭がぼーとしてきちゃうし……………………まあ、だけど、自重しなきゃいけないところは自重しないと。
「まあ、それは本当かしら?」
お姉さまは蟲惑的に笑った。紅い唇が艶かしく歪む。夜の女王に相応しい妖しい微笑だった。くそ、幼女の癖に何て顔をするんだ。ヤバい。これはヤバい。血のように紅く、炎のように熱いお姉さまの瞳がこちらに迫ってくる。もうすでに私の心臓はフル稼動していた。顔がすっかり熱くなっているのがわかる。胸は締め付けられているように苦しかった。
お姉さまがゆっくりと私のほうに歩いてきた。私はとても動けそうにない。まるで蜘蛛の巣にかかった虫のようだった。女郎蜘蛛はもはや動くことのできない獲物の魂をいたぶるように日が沈むような速さで近づいてくる。
窓からこぼれた月の光がお姉さまの白い肌を照らす。思わず背筋が震えた。お姉さまの蒼がかった銀髪が淡い光の中で煌く。どうやったら神様はこんなに美しいものをつくれるのかわからなかった。
やがてお姉さまは私の前に立った。お姉さまの白くてひんやりとした手が私の頬に添えられる。お姉さまの艶やかな匂いにくらくらしそうだった。お姉さまは、残酷そうに、そして、優しそうに微笑んだ。その笑みに私の魂は凍りついてしまった。
「フラン――――」
お姉さまの声が麻薬のように私の理性を冒してゆく。私の心はその声だけで犯されてゆく。
「私はあなたのもの。私はマリアのものでもあるけど――――時々はあなただけのものになってもいいわ」
「だから、」と吸血鬼の唇が動く。美しいお姉さまは、満月のように見る者を狂わせてしまうような妖艶な笑みを浮かべた。お姉さまの手が私のパジャマの第一ボタンにかかった。
「そのときは――――あなたも私だけのものになりなさい」
もうだめだ。もう逃げられない。もう夜伽逝きだ。
このまま食べられてもいいかなぁ、と敗北しそうになったとき――――
「むにゅ……………………」
と、マリアがうめいた。
私とお姉さまはビクッと――何の誇張もなく――毛を逆立てて驚いた。心臓が止まるかと思った。
恐る恐る、二人でマリアの様子を見る。マリアは目を瞑っていた。寝ているのか、と思ったとき、マリアはぽつりと呟いた。
「レミリアお母さま、フランお母さま…………」
それから、マリアはすーすーとまた穏やかな寝息をたて始めた。
私とお姉さまは顔を見合わせた。そして、二人して噴出した。
私とお姉さまは私たちの天使を起こさないように、声を殺して笑った。腹がよじれてしまいそうだった。
笑い終えると、お姉さまはいつものお姉さまに戻っていた。「さあ、ベッドにもどりましょうか」と言って、お姉さまはベッドに身体を向けた。
だが、
「ねえ、」と私はその背中を呼び止めた。お姉さまは振り返って不思議そうな顔をした。私の胸はどきどきしていた。私は自分でもどうしてこんなことをしているのかわからない。だが、私はこの胸の高鳴りがとても心地よかった。
「ねえ、お姉さま」
「何かしら。フラン?」
「続きはできないけど――――」
私はお姉さまの先ほどの妖艶な笑みを真似るように笑った。たぶん成功してないけど、お姉さまにそう笑いかけた。
「私にもっと愛の誓いを聞かせて?」
お姉さまの目が丸くなる。私はしてやったりと嬉しくなった。
「お姉さまが私をどれくらい好きか、もっとよく聞かせて?」
お姉さまは驚いていたが、やがて、にっこりと微笑み、私の前まで来て、膝を突いた。そして、私の右手をとる。
お姉さまはとても優しい声で、私に誓いの言葉を聞かせてくださった。
「私、レミリア・スカーレットはこのフランドール・スカーレットに生涯の愛を捧げることを誓います。いかなる苦難が立ちはだかり、いかなる不運が襲いかかろうとも、私の愛が消えるときは私の魂がなくなるとき以外にありえません。そして、この右手が――――」
お姉さまはこの世でもっとも美しい微笑を浮かべていらっしゃった。
「この右手が誰かを傷つけることがあっても、私はこの右手を、私が愛する女性のものでしかないことを疑いません。私はフランドール・スカーレットの誇りと寛容さ、そして、私たちと幸福をともにできることを信じます」
そして、お姉さまは穏やかな声で誓いの言葉を締めくくられた。
「私はフランドール・スカーレットの幸福をもって、私の幸福とすることをここに宣誓いたします」
そうして、お姉さまは私の右手の甲に優しく口付けしてくださった。
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ますます激しくなるレミリアさまのギャグとシリアスのギャップが堪りません。
でもマリアとフランに対する宣言は、やはりあの一癖も二癖もある紅魔館の面々から慕われるに足る素晴らしいカリスマの発現でした。
ご迷惑とは思いますが、またまた次回に期待させて頂きます!
シリアスだけれども微笑ましくなるような展開、
ちょっと笑いがある場面もとても良いです。
55年後の紅魔館組の幸せそうな写真の場面なんてもう、
頬が緩みっぱなしでした!
そしてなによりも、レミリアとフランのマリアに対する想い、
フランに誓いを立てるレミリアの言葉が素敵でした。
次回も楽しみにしています!
とても楽しみにしています
たまらない
さすが紅魔館現当主未来のフランのお嫁(婿?)さん。カリスマは素晴らしいですね。
フランちゃんはこうやって口説き落されて結婚したのかな。まあそうでなくてもしてるだろうけど。
さて、今のうちににとりと仲良くなって最高品質のカメラを作ってもらうか。未来の結婚式のために