☆座談会その零☆
ふと目覚めると、和室のちゃぶ台に足突っ込んで寝ていた。
いや、何を言っているのか解らないと思うけど、そんな感じ。
ん、ちゃぶ台と言っても、私は妖精サイズだから、けっこう大きめなテーブルっぽい感じになるけど。
確かに昨日は自分のベッドで寝たはずだ。
宴会あって、記憶がまとめて飛んでるとか? 酔いつぶれちゃった、とかそんな感じ? でも、寝る前に大ちゃんに挨拶したのまで覚えてるし……。
いったい何が起きてるんだろ、これ。
まだ、夢のなかなのかなぁ?
「起きたかい?」
ちゃぶ台を挟んだ向こう側から、声がした。
なんというか、すげぇ大人びた声だ。だが、なんというか、それでいて奇妙な違和感がする。
なんというか、暗闇の中ばったり鏡を見たときのような違和感。気持ち悪さ、と言っても間違ってないと思う。
「あー、最後の一人も起きた? もー待ちくたびれたよあたい」
「よくわかんないけど、これで始めるの?」
「うーむ、待とうと言ったのは失敗だったかな。ごめんね」
鏡が増殖したっぽい。
三方向から、いろいろな「自分の」声が聞こえる。
「さぁ、君もとりあえず主催者のご意向を聞いてくるといい。僕達はそれまで待つからね。いや、待たなければならないだけだけれど」
畳の匂いに耐えかねて、体を起こす。
部屋の中は、なんというか、普通の家をちょっとハイテクにした感じ。
ダイヤルの付いた機械っぽい箱とかある。あれはてれびっていうんじゃなかったっけ。
いやまぁ、それ以上に、言わないといけないこと、あるみたいなんだけど。
なんというか、なんだろこれ。
「昭和の家庭、という感じだね、あえて一言で形容するならば」
なんと、なんとなんと。
目の前には自分が三人。
ちょうど麻雀のように、私、私、私、私が並んでいる。
信じられないかも知れないけど、自分は四人。
えっと、えっと?
ちなみに今の声は、一番落ち着いている雰囲気で、少し髪の伸びた私だ。
同時に、世界が回転した。
まるで宇宙のような暗闇に、浮かぶ星々。
いや星じゃなくて……それは無数のこの部屋だった。
「へぇ、四人揃ってるんだ。おめでと」
そして、また、私の声。
意識だけとなった私と、それに語りかけてくる私の声。
な、なんだこれ。
さっきからなんだこれしか言ってないぞ、しっかりしろ私。
「この度は、自分同窓会に、参加ご苦労様。私は、無限を識ったチルノ。全可能性のチルノの中で最強のチルノよ。チルノ・インフィニティとでも呼んでくれればいい」
訳の分からない話だけれど、とりあえず頷く。
え? いや、ああ、そうか、これは平行世界の私を集めた的な。
「飲み込みが早い。流石私ね。つまり、平行世界全ての貴方を集めて、どーそーかい、ってわけ」
「うん。えと」
「どうしたの?」
「なんで四人なの?」
「ああ。うん、やっぱ結構聞かれるわね。いい? 無限の平行世界の中には、十分前にたまたまあくびを堪えた貴方、とかいるの。それと会わされたって面白く無いでしょ?」
「まぁ。確かに」
「だから、私が勝手に四つに類型して、ある程度引きあわせたの。と言っても、やっぱり類型って全部等しい数にはならないから、たまーに三人とか、二人になってしまった小部屋すらあるわね」
「そりゃ大変だ」
「ん。だから貴方は幸運なのよ」
「そうか。うん。まあ、うん。まあ、そうなってるから、そーなんだね」
「うん。やっぱり私たちは、全てを拒絶するようになってしまった私を除き、一貫して飲み込みが早い。同じ私として誇り高いわ」
「えっと、それはいいんだけど、何すればいいの?」
「それも簡単。楽しめばいいのよ」
「分かった。ありがとね。最強のあたい。でも、最強はあたいだけど」
「おおっ、面白いねぇ。流石私。じゃあ、そろそろ切るよ。サプライズもあるから、お楽しみにね」
「はーい」
ぷちん。
バカバカしいほど軽い音を立てて、意識がお茶の間に戻った。
自分同士の会話って、やったことなかったけど、なんだかずいぶん話が早いなぁ、と思った。
引け腰の大ちゃんと会話する時とは大違いだ。
何度も何度も私のやることを止めようとしてきて、大ちゃんにはうんざり。
「戻ってきたかい」
反動か、未だはっきりしない意識を振りほどいていると、大人びた私に声をかけられたらしい。
「ん」
ぼやけた頭で返事をする。
声かけられたにしては、なんか、遠いような。
「あ、ハンドレッドも起きたらしいね」
「少し遅いんじゃないの」
「や、早いとか遅いとかないと思うけど……」
ちゃぶ台の右手に、大人びた私が、寝そべっている。だから声が妙に遠かったのか。なんか、適当だな。
左手に、物腰穏やかで長髪な私がにっこりと女の子座り。
向こう側に、つっけんどんな私。こっちは私と同じ髪型。あぐらを掻いている。
だから、私、ハンドレッドと呼ばれた私は、なんか足を投げ出せて快適だった。
「それじゃあ、自己紹介を始めようか」
「ん。まずは誰から?」
「それじゃあ、やっぱり年齢の昇順、と言いたいところなのだけれど、ハンドレッドはちょっとよく分かっていないと思う」
「まあ、呆けてるしね」
「サウザント、頼めるかい」
「分かった」
「ちゃっちゃと済ませてよ?」
向かい側の私に急かされて、サウザントと呼ばれた私は軽く咳払いをした。
「あー。けほんけほん。チルノ。数千歳くらいだと思う」
「だからサウザントというわけだね」
「うん。よろしく、私たち」
「だからも何も、あんたの提案でしょうが」
「くつくつ、そうだったね」
会話についていけないが、とりあえず私が拍手をすると、他の二人もそれを追っかけた。
サウザントチルノはくすぐったそうな顔をしていた。
「それじゃあ、次はあたいね。チルノ。万年を生きた世界最強の究極妖精、チルノ様よ。ここでは、ミリオンってあだ名? になるっぽいけど」
拍手。
「ちょ、ちょっとちょっと、まだ終わってないわよ。最近倒したのは、最強の幻想種ペガサスね。ま、あたいにかかれば大したことはなかったわ」
「その辺の近況は後にして、先に僕の自己紹介とさせてくれ。名前がないことにはハンドレッドも面倒だろう」
「……ちぇーっ。とりあえず、よろしく」
改めての拍手。
そして、右側の私が口を開く。
「僕は、チルノと言う。年は、もう数えてないかな。いつ生まれたかも忘れてしまった。宇宙を救う氷雪魔法の使い手だの、蒼き閃光だの、なんだか妙な二つ名は色々付けられてしまっているけれど、ここではエターナルと呼んでくれると嬉しい」
ぱちぱちと鳴り響く拍手。
これで自己紹介は残り私だけ。
「えと、チルノ。年は数百歳程度かな。多分。まだなんかよくわかってないけど、ともかくよろしく」
三つの拍手が鳴り響く。
エターナルがちゃぶ台に肘を突き、にっこりと見つめてくる。
うわ、なんだかドキドキした。
「んじゃあ、近況報告でもしようか? どうだろう。僕は元気だけど、皆は元気してる?」
「うん。私は元気だよ」
「あたいも元気だけど、その質問って意味あるの?」
「まあまあ、通例ってことでいいじゃないか。ハンドレッドはどうだい?」
「まぁ、元気。ただ、最近大ちゃんがうるさいの」
「ほう。大ちゃん」
「大ちゃん? 大……大?」
「大妖精のことだと思う」
「ああ、あの雑魚妖精?」
サウザントの言葉を受けた、ミリオンの言葉にイラッと来る。
「大ちゃんを雑魚っていうな」
「何? ハンドレッドは何か文句が」
「ミリオン」
「……何よ。雑魚を雑魚って言って」
「ミリオン」
サウザントの不安そうな顔、少しだけ険しくなったエターナルの声を受けて、ミリオンは折れた。
なんか、大丈夫なのかなこの四人。
喧嘩の未来しか見えない。
「きっと、大妖精君は、君のことを案じているのだよ。ありがたいと思えとは言わないけれど、それでも無碍にすることはないさ。多分無鉄砲なのだとは思うが、私も想像すると、少し心配だ」
「ん。……なんか、自分自身に貰うアドバイスだと思うと悪くないな」
大妖精に言われるアドバイスは、なんだかかちんと来ることもあるけど。
目の前のお姉さんな私の物なら、すんなりってほどでもないけど、受け入れられそうだった。
「はは、それはよかった。ミリオンはどうだい?」
「あたいは、最強の道を極め続けてるかな」
「へぇ、どんな感じなの?」
「まあ、蛙十万匹くらい一度に凍らせたかな」
聞いてビックリする。
私なんて、一度に一匹凍らせれば御の字なのに。
「ふへー。凄いなぁ。私は二十匹が限界だったよ。数を増やすの、すごい難しくて」
「へへん。まあ、お手の物よ」
「というか、その十万匹はどうやって調達したんだい?」
「増殖させてみた」
「すげぇ! そんなことできるんだ!」
「あはは、全く。あまり可哀想なことしてやるなよ? ちゃんと元に戻してやったかい?」
「まぁね。あたい自然に優しいので」
「くつくつ。……ん。どうしたのだい、ハンドレッド」
黙りこくっていた私が心配だったらしい。
「や、次元の違いに呆然と」
「くつくつ、そうかい」
「まあ、強くなってる私を見るのは嬉しいんだけど」
「あー。なんか地雷? 踏んじゃった私? なんかごめん」
サウザントが謝る必要はないのだと思う。
「そんなことない、けど」
「何よ、強くなればいいじゃない。あたい達みたいに」
「まぁ、落ち着け三人とも。いかなる時も、思考を止めてはいけないよ。ここで一旦、強さとは何かを考えてみようじゃないか」
強さ。
強さ?
「あたいのことそのものね」
「いや、それは違うと思う」
「黙れサウザント、お前を氷漬け人形にしてやろうか」
「それやったら僕がミリオンを宇宙の端っこに封印するけどね」
「……洒落になってない」
「いいかい、ハンドレッド。強さってなんだい?」
「戦ったとき、どっちが勝つか」
「正解だ」
「えーっと、えー……じゃあ、ってえ?」
「ええっ」
「ふふん、どうよサウザント」
「まあ、正直に言うと、ハンドレッドが何を言おうと正解というつもりだった」
「ずこーっ」
盛大にこけたミリオンに構わず、話を続けるエターナル。
「百年も生きた、それも私と同じ存在の答えが、間違ってるわけないからね」
「えと、それだと、結局どうなるのかな」
「気にしないことだ。気にするのなら、頑張ることだ」
……なんか、禅問答?
「難しいことは何も無い。気にしないほうがいいと思うなら気にしないよう努力すればいい。強くなりたいのなら、死ぬ気で努力するといい。努力はいいよ。生きる目的を与えてくれる」
貰った言葉を飲み込み、嚥下する。
難しいけれど、自分からのアドバイスと思えば、それも成功している自分のアドバイスなのだから、なんだかすうっと、透き通るように自分の中に溶けていく気がした。
「結局根性論かい、駄目だなぁエターナルは」
「……ミリオン、君は食べるととてもおいしそうだね」
「ひっ」
「え? ミリオン食べるの?」
「もちろん。性的な意味でね」
「ひっ」
「せーてき?」
「性的だ」
「それにしても、努力かぁ」
「どうしたんだい、サウザント」
「いや、魔理沙の家を家探ししてたときなんだけど、あ、魔理沙って分かるかな」
「ああ、僕の大事な戦友だね」
「私も知ってる」
「あたいも。マリサ・パラパラ・リーザスでしょ?」
「や、違うけど……」
「あれぇ?」
「同一的な存在なのかね。輪廻転生によると、人と人は死という離別を何度も繰り返しているらしいから。……ああ、サウザント、続けてくれ」
「それでね、魔理沙の家をいたずらで家探ししたとき。すごいたくさんのノートがあったのよ。山積みとかそんなレベルじゃなくて、や、まさに山だったね。保存かけてあったけど、あれは千年レベルの産物だと思う。そんでパラパラ見たら、全部研究ノートだった」
「それはすごいね。魔理沙は僕の世界でも努力家だから、魔理沙は努力家と決められているのかもしれないね」
「へぇ、あのマリサ・パラパラ・リーザスがねぇ」
「君の世界では違うのか?」
「わがまま姫だよ。あいつ。鬱陶しいのなんのって」
「くつくつ、そのわがままな振る舞いも努力ゆえだと思えば少しはマシになるかもだ」
「そうなのかなぁ」
今明かされる驚愕の事実に、私の開いた口は塞がらなかった。
あの魔理沙が。という、感じだった。
「魔理沙、って、そうだったのか」
「ハンドレッドの世界では、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。箱の中の猫の中身は分からないものだよ」
「なんかショック」
「真実を知って人は成長するのさ」
「エターナル、なんかカッコ付けすぎじゃね?」
「でもカッコいいと思う」
「おお、サウザントはよく分かっているなあ。あとで飴ちゃんを上げよう。……それでだね、さっきの言葉を、あえて僕風に訂正するのなら、きっと、努力の量がそのまま強さなのだと思う」
「努力が……強さ?」
「ああ。努力そのものが強さなのか、強さは努力によって生み出されるのか、じゃあ何故実際に僕と魔理沙が戦ったら僕が勝ったのか、とかまだまだこの年生きても分からないのだけれどね。それでも、最近とみに思うのは、ああ、努力の量はそのまま強さなんだなって」
「ふーん……」
「くつくつ。まあ、安心して励むといい。この三人を見給え。全員、ものすごく強い。まあ約一名頭のゆるいのはいるけれどね」
「おいおい、サウザント馬鹿にされてるぜ」
「……」
「何よその目。ちょっとエターナルなんか言ってやってよ」
「君の未来は安泰だよ。ハンドレッド」
「……うん、頑張る」
「話聞きなさいよぉっ」
「あとでたっぷり調教してやるから、少し待ちたまえ」
「ひっ」
「ちょ、調教……」
「サウザントは可愛がってあげよう」
「か、可愛がる……」
「何この扱いの差、ひどくね?」
何度も何度も言葉を反芻する。
努力が強さ。
強さは努力。
そのことを、ずうっと忘れないまま、そしていずれは、私もエターナルのように、素敵で強大になりたいなあ、と思ったのであった。
「それにしても」
ミリオンが言った。
「さっきのあんたの話が正しいとして、じゃあこの主催者ってどれくらい努力したんだろーね」
「確かに、私も思う……すごいよね、こんなことできて」
「僕も同意だ。まさに次元が違うという感じすらするね。きっと凄まじい努力があったのだろうと思う」
「主催者さん……って、声の人?」
「くつくつ、声の人って、面白いことを言うのだな」
エターナルが言うと、他の二人も少し笑った。
ミリオンはにやりと笑ったし、サウザントはほっこり笑った。
そんな面白かったかな?
「そ、そうかな」
「ハンドレッド、なんか可愛いな」
「ふふん、舎弟にしてあげてもいいわよ」
弟子。
ミリオンの弟子か。
もわんもわんもわんと想像して、すぐにその想像を打ち切る。
彼女なら、修行を思わせぶった掃除を延々とさせて、「これで私は強くなれますか」と聞いたら、「強くなれるわけねーじゃん」と答える、そんな感じの師匠になりそうだ。
「ミリオンの舎弟はちょっと」
「ハンドレッドはあたいがイヤだっての?」
「くつくつ、くっくっ、フられてしまったようだな!」
「ふふ、ミリオン面白い」
「あーもうサウザントまで!」
「あは、あはは」
こんがらがっているミリオンを見て、私も笑った。
それとほぼ同時と言っていいタイミングで、大きな鐘の音がなる。
地の底から、天の空から、なんだかよくわからない次元的な何かから大きくリバーブして。
「お、もう終了かい? なんだかあっという間だったな」
ひらりと部屋の中に舞い降りた紙を座ったままつまみ上げながら、エターナルは言った。
もう、終わりなのか。
なんというか、せっかくの幻想郷でもよくわからないほどによくわからないイベントだったのに、すーっとそのまま終わってしまったような気がする。
なんで私寝ちゃってたんだろうとか思うけど、そればっかりは仕方ないのかな。
私が起きるまで待っててくれていたらしい皆にも、少し申し訳ない。
それをひゅっとミリオンがひったくる。
「何々、えっとー、おお、なんか色々書いてあるわね」
「こらこら、奪うな」
「うわっ」
一瞬にして大きな力が炸裂したかと思うと、次の瞬間、エターナルの手元に紙が戻っていた。
「な、何? 今の?」
「エントロピーを操作してるうちに身につけた、事象操作だよ」
なんだそりゃ。もはや訳が分からん。
あれか。
あの、えっと、文の新聞に書いてあった、量子的な感じなのか。
「……ふっ、私ほどじゃないけど、エターナルも強いらしいわ」
しばらく呆然としたあと、負け惜しみを言う。
なんだか突っ込まないといけないような気がして、突っ込む。
「いや、勝負になってないと思う……」
「ああん?」
「同意」
サウザントの同意攻撃を食らい、むきーとお笑いのように歯ぎしりをしたミリオン。
「二人とも表に出ろっ」
「ほらほら、落ち着けミリオン」
「にゃぁぁっ」
突然の悲鳴にびっくりして見ると、エターナルがミリオンの背後にテレポートして、抱きついて、耳の中に舌を入れたらしい。
突き飛ばしてから、顔を真赤にしながら何が起こったのか分からないという目で見るミリオンにも懲りずに、はは、この目はやっぱり最高だなぁ、とか言う辺り、エターナルはかなりイカれてるのだと思う。
好きだけど。
「三人も見てもいいと思う。これはむしろ面白い試みなんじゃないかな」
いつの間にか元の位置に戻ったエターナルが、机の上に紙を差し出す。
私たち二人は、それを覗き込む。
ミリオンはまだゾクッと余韻に震えていた。
「そろそろお時間となったようです。
お楽しみ頂けましたか?
起床が遅れてちょっとしか会話できなかった私もいるらしく、とても申し訳なく思います。
まあ、その辺の調整いちいちしてたら疲れるので、許してね。
この会の最後に、私から一つ提案があります。
貴方は、自由に、自分の気に入った人間と、あなた自身を交換できます。
まあ、端的に言えば、平行世界の自分と入れ替われるということです。
お互いの同意さえあれば、後はこの紙に祈ることで、二人の世界が交差するようにしておきました。
いかなるものでも楽しむのが、妖精の流儀。
ならば、自らの可能性すらも楽しみましょう。
第二回以降は開催の予定はないですが、もし仮に開催したとしても、二度と同じメンツと再開することはありません。
変えますので。
ここで、あまたの私たちには、一期一会という言葉を差し上げます。
そして、妖精の流儀をも。
そう、私たちは、別れすらも楽しみましょう。
それでは、この辺で失礼いたします。
これからもますますお互いの精進を祈ります。
お疲れさまでした。
――チルノ・インフィニティ」
「なんだこれ?」
「そういうことらしい。僕は、うーん、ああ、懐かしい顔に会いたいかなぁ……でも一万歳くらいって何をしていたっけな……」
「えっと、要するに?」
「ねぇ、交換してもらっていいかな?」
混乱している私に、サウザントが話しかける。
「えっと、交換? ああ、交換か」
「うん、交換。昔の魔理沙に、ふと会いたくなって」
「魔理沙に? うーん、まあ、いいかな。私もサウザントの世界の魔理沙に興味があるな」
「えへへ、成立だね」
「うん、成立」
あっという間に、交換が決まる。
まあ、すぐに戻って来ればいい話。
二人の手を重ね合わせて、指と指とを重ねあわせ、祈る。
ふわっ、とした感触が体の中を駆け抜けた。
「これでいいのかな?」
「いいんだと思う」
すると、大きな破砕音とともに、今まで壁だった場所に穴が開き、その少し向こうに扉ができていた。
またなんというか形容しがたい扉だ。
縦長の窓、大人の目の高さにある小さく丸い穴。じゃらじゃらと垂れ下がるチェーン。
ここから帰るのだろうか?
「あらら、すでに一組交換が決まってしまっている。それじゃミリオン」
「え? あたい? いや、あんたに体貸すの嫌なんだけど……」
「はい紙を持って」
「ちょっ……ああああ」
同意という二文字を無視して、二人も交換。
まあ、いいんではないだろうか。
「それじゃあ皆、お疲れ様。まあ、ミリオンとはまた会うことになるがね」
「しくしく……もういやぁ」
「ほらミリオン、挨拶は?」
「ううっ……バーカ!」
「くつくつ、こりゃ強烈だ。ああ、自分だと思うと遠慮が要らなくていいね」
「エターナル、ありがとね。まだよく分からないけれど、それでもなんか、分かったから」
私は礼を言った。
優しく微笑み返されて、やっぱりどぎまぎする。
なんか、ミリオンにセクハラしてるときはほんとに変な人なのに、私に対しては、素敵なお姉さんだった。
「僕は、特に礼を言われるようなことはしていないさ。それに、僕のアドバイスは絶対じゃない。きっと君が、また何かのアドバイスを受け、それでまた成長するときも来るだろうからね」
そう言って微笑んでから、エターナルはミリオンを連れて、ふっ、と消失した。
扉があるのだから、扉を使えばいいのに。
最初会ったときの適当なイメージは、最後まで変わらないなぁ。
「じゃあ、私も帰ろうかな。と言っても、もう二人だけしか残ってないね。というか、帰るっていうのも変かな。交換っこするんだもんね」
とことこと二人で扉の前まで歩きながら、サウザントが言う。
さらさらとした髪。圧倒的な霊力。それなのにどうして、彼女はこうも落ち着いているのだろう。
急に羨ましくなって、少しの間だけでも入れ替われることが嬉しくなる。
あるいは、ずっと入れ替わったままも嬉しいかな、なんて。
それは彼女に悪いだろうか。
「うん」
とだけ返事をする。
なんだか私とはかけ離れているようで、それでも私がこのまま物静かに何かを考え続ければ、こうなるんじゃないか、そう思わせてくれる私で。
それを考えれば、ミリオンだって、私が変に成長したらああなるのだろうし、エターナルは……確かに、私の理想。
やっぱり、皆私なんだなぁ、と思う。
サウザントが扉に手をかける。
「あんま変なことしないでね?」
「そっちこそ」
「ふふ。それじゃ」
言って、サウザントは部屋を出た。
部屋の色素が薄くなる。
限りなく、どこまでも、白く。
私しか残ってないから、多分、この世界がちょっとしょぼくなったんだと思う。
世界の最小単位は二人だもんね。
今は私一人だけ。
さあ、私も、まだ帰るわけじゃないけど、帰ろう。
……薄い世界の中でも変わらない濃度の手紙が、目に留まる。
そういえば。
交換っこしたあとで。
元の世界に戻れる、なんて。
どこに、書いて、あった、っけ?
まあ、それはない、よね?
二度と、戻れなくなる、なんて、そんな、馬鹿げた結末。
少しだけわだかまりを抱えながら、無理に自分を安心させつつ
私は扉を開いた。
☆晴れの日と晴れの日の次の日・高根望彦と浅河翔太☆
ムっとする熱気を感じ、私が瞼を擦ると、どうやら夏がイヨイヨ本番らしいことに気付いた。タオルケットの感触が鬱陶しい。街の喧騒がどこか遠い場所から聞こえる。別に遠い場所というわけではない。だって、この家は人里の中にある家だ。
死が近い。
寿命という訳ではなく、ただ、ただ、死を忘れられず、死ぬという事を考え考え、思考し続けてなお、答えは出ない。
ずうっと昔、幻想郷に雨を降らせた事件を思い出して、私は呆けた。過去にしか私が存在していなくて、しかもそれでいて過去の自分ですら存在感が希薄なのだから笑えたものだ。
不味いな、と思う。
最近、ずっとこんな感じだ。
今の私は誰でもない。
「おいおい、大妖怪サマは痴呆が始まったか? というか、前にもこんな会話した気がするぜ」
だから私は妖精だって、と魔理沙に言い返してから、飛翔するのに使用した巨大な翼を溶かす。
ああ、ここがどこだかも忘れていて、神社だと慌てて追認してから、世界が神社色に染まる。
それにしたって、何故私はここにいる?
「ホント、大丈夫なのか?」
「そういえば、いつもいる隙間さんがいないね」
言ってから、奇妙な顔をされて、それがどうしようもなく居心地が悪く、軽く身震いをする、私は何か間違えたのか、それとも私が何か間違っているのか。
魔理沙はどうしたものか、なんて顔をして第五十七代博麗の巫女と顔を見合わせて、私に衝撃の事実を叩き付けた。
「おいおい、八雲紫なら死んだぜ。つか、つい先週くらいに同じやりとりしなかったか? 奴が死んでから初めてお前が訪ねてきた日だ」
しかし、既知の情報だ。
別に不思議なこともなく、八雲紫が死んでも世界は並べてこともなく、葬式が執り行なわれることもなく、巫女が少し彼女の供養をしただけ。
これも既知の情報だ。
奇妙とかそういう事はない、だって私は何時だろうとこの空虚な感情を押さえて、幻想郷中に雨を降らせたとき、いつまでも妖精のままでいようとした誓いを忘れずにいて、だから、私は、何なんだ。
「死ぬ、って、なんだっけ?」
「……ここまで同じ反応をされると、遊ばれてるんじゃないかって気になるぜ」
「妖精らしくていいじゃない。イタズラ」
「そういう問題かぁ? そうなのか、チルノ?」
別になんでもないよ、と言いながら、縁側に座って、私が来てうちわのぱたぱたをやめた巫女と、涼しー夏のチルノは神だわとか言いながら私に手をかざす魔理沙と会話する。
なあ、死ぬって何だよ。
自分が自分でないような気がする、満たされないような思いがする、ここは西暦2011年ではなかったか、ここはいつだ?
適当な会話、適当な近況。
魔理沙は人間のフリをしているが、捨虫している。それを指摘すると怒られる。
巫女が彼女ではない。別の誰か。
八雲紫が死にました。彼女が死んで、幻想郷は早くも戦乱の様相を呈している。
何故か魔理沙が魔理沙でないような気がするし、巫女が巫女でないような気がする。
そのくせこの神社は変わらないし、魔理沙も巫女も、服装どころか髪の長さまで変わっていない。
そもそも何から変わるのだ。
聞いてみる。
「西暦ぃ? おいおい、いつの話だ? しかも外界の話か? えー、今は……ん。ソビエト歴810年らしいが。西暦で言えば5300くらいか? どうしたんだ、お前、本気で心配だぜ」
「元からこんなんじゃなかった?」
それを聞き、それでもわけが分からず、魔理沙に矢継ぎ早に質問を繰り出す。
お前強すぎないか、この巫女は誰だ。
「ああん? ……おい、チルノ、私はお前を永遠亭につれていくぜ」
永遠亭というのは覚えている。
確か、新しくできた医者、じゃなくて、人里の命を救い続け名士となったあの不死者集団か。
だんだんと、記憶がはっきりとして、自己同一性も、私が私でないというフワフワした感覚は抜けないけれど、少しずつ戻ってきた。
私はチルノだ。
「チルノ」
しかしそれにしたって、この浮遊感はどうしたことなのだろう。
「チルノ」
満たされない。
「おい、チルノ!」
満たされず、いつまでも満たされず、私にはもっと価値のある何かが――
「うちの神社で勝手にトリップすんなっ」
御幣が私の頭に当たる。巫女が投げつけたらしかった。なんとも野蛮な巫女だ。
「すげえ、流石巫女様荒療治だぜ……チルノは妖怪だぞ? 蒸発したらどうすんだよ」
「知らんわ」
まだ痛くはならなくて、やっぱりただの棒切れを当てられた感触しか無くて、安心する。
私はまだ妖精だ。御幣で死ぬことはない。
それでようやく誰かが呼んでいたことに気付き、それが魔理沙であるということにも気付き、魔理沙を見やる。
「はぁ、ホント、どうしたんだ? 私は最近のお前が心配だぜ。分かってんだよ、冗談とは言え自殺しようとしたり、無理をしてってほどじゃないが妖精らしく振る舞ったり、死んでる動物じっと見つめてたり……最近また力の増加のペースが増して来ただろ? なんだお前成長期か? 妖怪のくせに思春期か?」
皆覚えがない。
ここにももうちょっと
「ははぁん。なんかあったな。こいつチルノじゃねぇわ。そんで、死を悩んでたのは別人。私ったら天才だな」
「何の話? こいつ?」
「チルノじゃない」
「なんで魔理沙なんかにそれが分かるのよ。あんたただの人間でしょ?」
「まあな、普通の魔法つかいだ」
「夢想天生持ちの私に分からないことが、あんたに分かるわけがない」
「ひゃはっ、そうかもな」
立ち上がって、魔理沙が私の目を見据える。
その瞳が持つ圧倒的説得力、圧倒的自信、圧倒的根源的な狂気と、それに追従する正気が私を食い殺さんとしたかに見えた。
しかしその表情はふっと緩んで、まるで母親のそれになる。
「お前はまだまだバカだからな……私も、人のことを言えるわけじゃないが」
ぎゅっと抱きつかれる。
「わー抱きついた。あんたそういう趣味だったの?」
「別に聞かなくてもいいんだが、聞いてくれ」
温かい。
「まず、死が怖いお前。あんま考えすぎると、頭がイカれるから程々にしろ。考えたくなるのも分かる。追い求める道は魅力的だ。けど、お前見てると心配なんだ。心配している私もいる。遠くを見てウンコ踏んづけたくはないだろう? 空を見上げるあまり、落とし穴で串刺しは嫌だろう?」
何の話か分からないが、私の話なのだろうか。
違うな、と思った。
同時に、世界が元の色を帯び始める。
「そしてお前。努力するな。努力は心を保ち、心を蝕む。別に良いのさ。今じゃない自分を求めるなよ。仮に努力するにしたって、今の自分が何かを求めてるんだ。自分じゃない者になるのは、違う。そしてきっと、お前を心配してる奴もいるだろ。そいつのために、自分を変えようなんて思わないことだ。どうしても変わらなくちゃいけないときに、変わればいい。ほら、言うだろ、明日やれることは今日やるな、って」
努力するな。
努力するな。努力は力だ。努力しろ努力しろ努力するな努力しろ努力するな。
今じゃない自分を求めるな。
幸福に生きよ。
私はチルノじゃないか。
私は、チルノハンドレッドじゃないか。
死への恐れが消え、今の私にあるのは大妖精へのうっとうしさと、仲直り。
フワフワした感情が消え、目の前の景色が色を持つ。
「私、私、チルノじゃん」
「当たり前でしょうが」
「……やっと気付けたか」
「元の世界に戻らないと」
「なんか、私はほっておかれている気がする」
「手段はあるのか?」
「無い」
「どうやってここに来た?」
「分からないけど、平行世界から」
「完全な平行世界か? どれくらい離れている?」
「私は数百歳だったはず」
「おい、時間も違うのか。それ平行世界って言うのか?」
「分からんけど、平行世界って主催者さんは言ってた」
「……そいつはマズったな」
険しい顔をして言う魔理沙に、私は不安になる。
「多分上位世界的平行世界だ。単純な、多元宇宙的なパラレルワールドだったらいくらでも飛ばしてやることはできるんだが、私もそれに関してはまだまだノータッチ。素人もいいところだ」
「……魔理沙、アンタただの魔法使いじゃなかったの?」
門外漢の巫女の声を無視して、魔理沙は続ける。
「あークソ、少しは上位世界論もやっとくんだったかもしれん。完全にオカルトにしか見えなかったから、まさかこんな事態が来るとは思わなかった」
「わ、私どうなるの? 戻れるの?」
「絶対戻れるようになるから安心しろ」
「そっか、そりゃ良かった」
「数千年かかるが」
「……数、なんだって?」
「や、なんでもない。努力次第でどうにでもなる。……ああ、さっきのアドバイスは取り消す。ああ取り消すわけにもいかん。取り消したくない。久々にいいことを言ったからな」
「ナルシスト」
「お前にだけは言われたくねぇよ」
二人の寸劇も、今は怖いだけだった。
数千年?
大妖精に私が謝るまで、数千年?
あるいは、サウザントの体を、自分と自覚して生きてゆくのか?
引いていく血の気。
「おじゃましまーす」
急な声。
透き通る、ハスキーでグロテスクな声。
いなかったはずの人影。
巫女の正座の膝の上であぐらを掻いている私。
そして、その力は、形容しがたい物だった。
強い、とかそういうわけじゃないと思う。
次元が違う。
「『主催者』ってお前か?」
啖呵を切る魔理沙。
「はい。どうも、無限を知ったチルノ。チルノ・インフィニティ本人です」
大げさな手つきで胡散臭い私。
それを見た瞬間、魔理沙の眼の色と髪の色が比喩でなく金と銀に変わり、彼女が魔力を開放した。
現象としてそれは起きないけれど、確かにそれはあの私を射抜いたらしい。
「無駄です」
ぱちんと指を弾く。
魔理沙は死んだ。
魔理沙は生き返った。
魔理沙は無駄だった。
魔理沙の策略は無駄に終わった。
魔理沙は低次元存在と化した。
魔理沙は死んだ。
魔理沙は生き返った。
魔理沙は死んだ。
魔理沙は生き返った。
魔理沙は死んだ。
魔理沙は生き返った。
魔理沙は咲夜の膝枕をぎゅっと握り締めながら「可愛い可愛いゴミクズ!」と罵られて感じた。
魔理沙は死んだ。
魔理沙は生き返った。
魔理沙は霊夢に四肢断裂されながら喩えようのない快楽を感じた。
魔理沙は死んだ。
魔理沙は生き返った。
魔理沙は魔理沙は言ってみたり。
魔理沙は死んだ。
魔理沙は生き返った。
魔理沙はフランちゃんウフフ!
魔理沙は死んだ。
魔理沙は生き返った。
「ゲホッ……」
元に戻った魔理沙が軽く血反吐を吐いた。
「うげぇ、私の対クトゥルフ用魔法が……アザトースくらいならひねりつぶせる試算だったのに。しかもなんか私で遊びやがったな?」
なんか今目の前が歪んだ気がする。
でも、よく分からないけれど、こうなったらしい。
「あんなものと一緒にされては困ります。というか、確かに今のは良い存在改変だったと思いますが、上位存在には程遠いと思います。あと一万年は足りません。そして、それでも事象ごと侵食できるほどではないですね」
「何が目的だよ」
敵に歯がたたないことが分かって、ふてくされたようにする魔理沙。
私はただ付いていけない。巫女も警戒を顕にしているが、ついていけていない。
「ただ見に来ただけです。交換した私が、どうなっているのか。鑑賞と言ってもいいと思います」
「騙した……わけじゃないんだよね?」
私が言うと、ええ、とインフィニティは答えた。
「まぁ、ちょっと文章を取り違えた、バカな私を笑えるかなぁというのもありましたけど、少なくとも積極的に騙すつもりはありませんよ」
それで分かった。
ああ、こいつはそういう感じなのだ。
どうしようもない天災なのだ。
私は諦めなければならない。
諦め、サウザントにならなければならない。
「分かってくださったようで光栄です。実を言うと、私も物語次元でしかも低次元存在を移動させるのは楽じゃないんです。だから、もう一度同窓会は、少なくともそこそこの上位時間をかけなければならない。数年は必要でしょう。そして、本当にランダムで制御したので、再会は不可能と言っていい。そして、私は、百パーセントとは言いませんが、ほぼ善意です。私たちを祝福している。あー、それでは、この辺で。まだまだ会うべき私はそれこそ無限にいますからね。……チルノさん?」
それでも、大妖精。
大ちゃんのことを思い出す。
せめて一言、謝っておきたかったなぁ、って。
そして、今はそれを忘れて。
チルノ・サウザントにならなければいけない。
「うん。ありがとね、インフィニティ。私、チルノサウザントに――」
「その必要はない」
ぎゃりり、とねじ込むような音がして、次は空間に穴が空いた。
その中から出てきた私と私。そして、私を庇うように私の目の前に瞬間移動した私。
ミリオンと、私と入れ替わったサウザントと、エターナル。
だった。
サウザントが心配しながら私に駆け寄る。
巫女がもう何がなんだか分からないのだけれど、とボヤいたが、全員黙殺した。
「……」
インフィニティの顔が無言になり、険しくなる。私も何がなんだか分からなくなった。
「え、エターナル?」
振り向き、エターナルが微笑む。
「悪かったね、ここだけ探すのに手間取った」
「うざいな」
そしてインフィニティはさっきと同じ力を行使しようとしたらしく指を弾いたが、何も起こらない。
それを見据え、不敵に笑う。
「事象絶対凍結。僕の究極必殺技はどうだろう? 氷は気持ちいいかい? この変態サディストめ」
どうやらエターナルが何らかの手段を用いて防いだらしい。
もはや私には付いていけなかった。
「バカな。永劫ごときに上位世界絶対防御(こんなこと)ができるわけない。私は無限を識ったチルノだぞ?」
「しかしできるんだねこれが」
「覚えてろよ……何番目の私か知らないが……! こんなめんどくさい事態はこれが始めてだ糞アマ!」
それを聞いてエターナルは笑う。
「おいおい、君はチルノなのだろう? ならば、少しはチルノらしく振舞ったらどうだい」
「そうだ。私もチルノだ」
「なるほどね。最悪のチルノだ。反吐が出る」
「私が本気を出せばお前ごときゴキブリなようなものだと気づいてはいるか?」
「ふふ」
「何がおかしい」
「今の戦いを考えてそう言えるのならば面白いね。いや、ゴキブリは案外凄いというジョークかな?」
「……」
言葉に詰まったインフィニティを、睨みつけているらしい。
背中から見るだけだけれど、その霊力が、ものすごく、怖かった。
同時に、なんだかいつまでも頼っていたくなるような、そんな優しさもあった。
「いいかい? 僕は確かに君の力の前では子犬のようなものだが、子犬とて、そいつの目を潰し盲目にくらいしてやることはできる」
なおも無言のインフィニティに、ダメ押しの一手。
「覚えておけ」
そして、インフィニティは消えた。
「……なんだかよく分からないけど、よく分かったわ。まあ、お疲れ」
あの後全ての話を聞いた巫女は、黙って四人ぶんの茶を出した。
茶菓子は無いけれど、それでもそういう優しさを持った巫女なのだな、と思う。
霊夢はかすかに巫女の血脈の中に生き続ける。
最後まで魔理沙のぶんのお茶がないところとか、ますます霊夢らしかった。
「はー、あんたすごいな」
「それほどでもないよ。久しぶりだね、魔理沙」
「私は別に久しぶりというわけじゃないが、お前の世界だと久しぶりなのか」
「そんな感じさ。奴はコケにしていたけど、良い上位魔法だったと思う」
「見ていたのか」
「あー、うん。すまない、インフィニティの作った防壁を破るのに手間取った」
「いや、ありがたかったぜ。ほんの少しでいい、コツを教えてくれないか」
「いいだろう。だがあまり参考にならないと思う。さっきのはハッタリだからね。精神のほうに凍結かけただけだから」
「ありゃあハッタリだったのか……」
「それに、タイムパラドックスは起きないと思うが、あまりそういうことはしたくないんだ」
「ああ、その気持はとてもよく分かるから大丈夫だ。そしてそれでもすげぇ助かる」
「うん。そういうわけでよろしくだ。んじゃあまず、私が考える上位魔法とは、なのだがね……」
魔理沙とエターナルがあれやこれや話をしていた。
エターナルは、私達にでこぴんをしただけで、私とサウザントを入れ替えた。
ホントに、何者なのだろう。
痛みを媒介に精神移動した、とか言ってたけれど。
魔理沙はまだ努力を続けるのだろう。
そしてかつ、それでいて二度と日常から逸脱することはないだろう。
だから、私も安心である。
私の世界の魔理沙も、そうなれればいいのだけれど。
いや、そうしてみせよう。
魔理沙が変な方向に進みそうなら、私が助ければいいんだ。
ミリオンとサウザントと巫女が、ぺちゃくちゃとおしゃべりをしている。
「あんたら、なんか姉妹みたいね」
「そ、そうかな」
「まあ、あたいのほうが圧倒的に最強だけどね」
「頭緩そうだけど?」
「なんだとぉこのクソ巫女! いたーっ!」
あ、ミリオンを巫女が叩いた!
ミリオンは怒ったけど涼しい顔をしている。やっぱ巫女ってやべぇ。
ミリオンだって、やっぱり最強だと思うんだけどな。
やっぱり、私だし。
それに、思うんだけど、最初に力を使ってエターナルとコンタクトを取ったのは、実はミリオンなんじゃないだろうか。
私がサウザントの力を使えるように、力は体によって定義されるようだから。
だから、私を救ってくれたのは、エターナルではあるのだけれど、そのキッカケは、実は……。
……。
私は、あの中に入る気が起きないから、エターナルの後ろで、静かに魔理沙への講義を聞いていた。
まぁ、ちんぷんかんぷんだったけど。
魔理沙は、おーすげぇ、熊の人形ってそんなに強かったのか、別世界の神の召喚できるレベルかぁ、などと、しきりに頷いてから、ハハハッ、まさかチルノに教わるとはなぁ、と笑った。長生きしてみるもんだぜ、とも、平然と笑っていた。
「さあ、そろそろ帰るよ、三人とも」
話が一段落したらしく、エターナルは言った。
「えー、もう? つまんないなぁ」
「まあ、しょうがないよ。でも、また会えるでしょ?」
サウザントの言葉に、エターナルは微妙に困る。
「や。いや、結構キツいんだが……」
しばらく困ってから、それでもエターナルは最強の私のお姉さんだったから、不敵に微笑んでから
「ああ。僕は、サウザントやハンドレッドに会うためなら、なんでもしてやるさ」
と笑った。
「ちょーっと、あたいはどうなのよあたいは」
「いや、いいかな」
「むきーっ」
くつくつ、と笑って、エターナルはミリオンを抱きしめる。
「君はひょっとしたらそのままでもいいのかもしれない」
エターナルの話。
私たちはみな、無言になる。
「だから、まぁ、なんだ。頑張れよ、ミリオン」
「うん」
言った瞬間、ミリオンの体は消えた。
彼女の世界に戻ったのだろう。
「無茶を言ってごめんね、エターナル、私邪魔だったでしょ?」
サウザントが声をかける。
「なぁに、付いて来たくなる気持ちはよくわかる。それに、どっちみちこの世界に帰るんだ。構うことはないさ」
答えてから、私のほうを向いて、歩み寄ってくる。
なにか言わなきゃいけない気がした。
「また会おうね。もし無理でも、私とか、ミリオンとか、サウザントが、なんとかするからさ」
その答えにまたくつくつと笑って、エターナルは私を抱きしめた。
抱きしめないと使えないのかよ、とか突っ込みたくなるけど、ふわぁっと良いにおいがしたから、どうでもよくなった。
「まあ、僕は言いたいことは言ったからね。それで、すでに自己を取り戻していたということは、多分、魔理沙からなんか聞いたのだと思う」
「うん。魔理沙、カッコよかったよ」
「ハハ、なんか照れるな」
五感の消失。
消えていく世界。
「じゃあ、ハンドレッド」
私の次はエターナルがお別れなのだろう。
そしてサウザントと巫女と魔理沙が残る。
サウザントは、元気でやっていくだろうか。
……多分、元気でやっていけると思う。
魔理沙いるし。巫女もいる。
私たちの未来には、光しか見えなかった。
その光が、目の前にいっぱいに広がって、鮮やかに明滅した。
「頑張るんだぞ」
ありがとね、皆。
そう言い返す前に、皆は消えた。
☆エピローグ☆
光。
限り無く透明に近い白なのだから、それはすなわち光だろう。
初夏の朝日を受けて起きると、隣に大ちゃんが寝ていた。
記憶が飛んでいる。
なんか、とんでもないことをしてきたような気がするけど、頭がガンガンして記憶が飛んでるので、多分二日酔い。
宴会だな……こりゃ。
「ふわぁ……」
あくびをする。
眩しい。
「あ、おはよう、チルノちゃん」
よく寝られた? という声に、うん、と答えた。
何故だろう。
その大妖精に、私何も覚えていないけれど、何故か謝らなければいけないような気がした。
気がしただけだ。
でも、なんだかとてつもなく、気がした。
だから、謝ることにしたのだ。
「ごめんね、大ちゃん」
「えっ? ど、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
なんでもないと思う。
なんでもないようにするよ。
多分、これからは。
「さーって、しゅぎょうしないと!」
会話を流し、飛び起きて窓を開けた私に、大ちゃんが声をかける。
「あ、駄目だよ、チルノちゃん」
「ん?」
「朝ご飯。食べよ?」
「ああ、忘れてた」
「あはは、もう、チルノちゃんらしいなぁ」
と言って、大妖精は立ち上がり、準備を始めた。
うん。
私は最強の妖精チルノで、ここは幻想郷で、今は西暦にせんじゅういち年で、大妖精のため、に努力するために存在する。
「ま、私は最強だからね」
やっと掴んだ私の5W。
今はそれを、ただ、大事にしようと思ったとさ。
なんだろう。本文は100点なんだけど、後書きが切なすぎたからこの点で勘弁して。