ざざん、ざざんと潮騒の音が聴こえる。
郊外から見上げる夜空には京都市街から見るよりも遥かに星が輝いていて、秋の月はまんまると私たちを照らす。
幾つものマテリアが砂となって煌めくビーチに、私はそっと腰を下ろす。
私の隣に同じように腰を下ろして座ったメリーが言う。
「夜の海岸は素敵ね」
「そうでしょう。センチメンタリズムは学術を修める事において重要なパーツのひとつよ」
私はそう返して、もう一度夜空を見上げた。
数えきれないほどの星々の並びを視て、現在の時刻を測る。
──夜の十時半と言ったところか。
時刻を測り終えた私は、隣に座るメリーの横顔をじっと見つめる。
月の光が淡く私たちを照らしていて、そのせいなのか、メリーの横顔は私の目にいつもより綺麗に映った。
がたん、ごとんと遠くで電車が通り過ぎる音が聴こえてくる。
先に口を開いたのはメリーからだった。
「今夜はどうして海なんかにやってきたの?」
そう聞かれた私は、ショルダーバッグの中からがさごそとそれを取り出してメリーに見せる。
「これよ」
「それは……ボトルメール?」
「その通り」
私がバッグから取り出したのは、木製のコルクで栓をした小さなガラス瓶だ。中には一枚の手紙が折り畳んで入れられている。
「これを流しに海までやってきたというわけ」
「でも、いきなりどうして?」
「何もかもの行動に理由が必要かしら? たまには私だって思いつきで動く事だってあるわ」
「蓮子はいつも思いつきで動いているように思えるのだけれど」
「それは心外ね」
「振り回される私の身にもなってほしいわ」
そう言って、メリーは困ったように笑う。その月明かりに照らされるメリーの笑顔が、あまりにも美しく感じて、思わず私も釣られて笑ってしまった。
私は座っていた砂浜から立ち上がって、靴を脱いでから波打ち際へと歩いていく。そのまましゃがんで、寄せては返す波へと、ボトルメールを流してみた。
ぷかぷかと水面に浮かぶガラス瓶は、ゆらりゆらりと波に揺られながら、ゆっくりと、ゆっくりと海の向こうへと流れていく。その速度は決して速いと言えるものではなかったけれど、それでも私はガラス瓶が、それに詰めたメッセージが、見えなくなるほど小さくなるまで、ずっと、ずっと砂浜に座って眺めていた。
「一体どんな手紙を書いたの?」
メリーは不思議そうにそう聞いてくる。
私は取り繕うように、いつも通りの笑みを浮かべながら答える。
「まだ秘密よ。そう簡単に明かしてはロマンが無いじゃない?」
◆◆
それから私たちは、とりとめない会話を交わしながら、遅くなり過ぎない内に帰りの電車に乗った。車内には私たち以外誰もいなくて、がらんとした雰囲気のまま、電車は市街地の中心部へと向けて走り出す。
車内のモニターに代わる代わる映っていく広告映像たちをぼんやりと眺めながら、私たちは座席に座りながら電車の揺れに身を任せる。
気が付けば、隣に座るメリーは、すうすうと寝息を立てて眠っているようだった。
私はその寝顔を見つめる。
車内を照らす蛍光灯の明かりは、月の光のそれよりも、遥かにはっきりと私たちの輪郭線を映し出していた。
「疲れさせちゃったかしら」
メリーを起こさないように、静かにそう呟いて、私は彼女の頭を優しく撫でてみる。
私が書いて、そのまま海に流した手紙は、海の向こうの誰かに宛てた手紙ではなかった。
他の誰でもない、今私の隣で気持ちよさそうに寝息を立てている、メリーに宛てた手紙だ。
いつもいつも、秘密暴きの為だと口実を作っては休日の度に振り回しているメリーに宛てて書いた、そんなに長くはない手紙。
どうして本人に手渡さなかったのかと聞かれたら、私にそんな勇気が無かったからだ。
私の思いつきにどんな時も付き合ってくれる、私にとって大事な友達。
大切な人。
かけがえのない少女。
私が心から愛している、たった一人の人間。
きっとメリーは気付いていないだろう。私がメリーに対して、きっと恋愛感情に近いそれを抱いている事は。
友達以上になれたら、なんて考えたりもするけど、でもそんなこと考えるだけで終わり。決して言葉にはしないし、態度にだって出さない。
ただ、今の関係がとても心地良いものなのは確かなのだから、きっと私はそれで満足すべきなのだろうと思う。
メリーの幸せに、私が必要だったらそれはどんなに喜ばしい事だろう。でもそんな事、決してどこにも確約された保証は無い。
メリーが私の関係の無いところで、誰か素敵な人と結ばれて、そのまま幸せになってくれるのであれば、私はそれでも構わない。苦しくないと言えば嘘になるけれど、そうだとしても私はメリーの幸せを望む。それが愛というものだと思っているから。
だから、私は私の恋心を海に流した。
見えなくなるほど小さくなるまで、ずっと眺めていた。
私は、がたんごとんと揺れる車内で、もう一度メリーの頭を撫でる。
「ごめんね。いつもありがとう」
誰にも聞こえないような声で、そっとそう呟いた。
貴女が好きよ、とそんな意味合いの感情をごめんねとありがとうという言葉に包んで。
私がいる事で重くなっちゃうなら。
捨ててよ、夜空の星。
笑ってる、夜空の星。
郊外から見上げる夜空には京都市街から見るよりも遥かに星が輝いていて、秋の月はまんまると私たちを照らす。
幾つものマテリアが砂となって煌めくビーチに、私はそっと腰を下ろす。
私の隣に同じように腰を下ろして座ったメリーが言う。
「夜の海岸は素敵ね」
「そうでしょう。センチメンタリズムは学術を修める事において重要なパーツのひとつよ」
私はそう返して、もう一度夜空を見上げた。
数えきれないほどの星々の並びを視て、現在の時刻を測る。
──夜の十時半と言ったところか。
時刻を測り終えた私は、隣に座るメリーの横顔をじっと見つめる。
月の光が淡く私たちを照らしていて、そのせいなのか、メリーの横顔は私の目にいつもより綺麗に映った。
がたん、ごとんと遠くで電車が通り過ぎる音が聴こえてくる。
先に口を開いたのはメリーからだった。
「今夜はどうして海なんかにやってきたの?」
そう聞かれた私は、ショルダーバッグの中からがさごそとそれを取り出してメリーに見せる。
「これよ」
「それは……ボトルメール?」
「その通り」
私がバッグから取り出したのは、木製のコルクで栓をした小さなガラス瓶だ。中には一枚の手紙が折り畳んで入れられている。
「これを流しに海までやってきたというわけ」
「でも、いきなりどうして?」
「何もかもの行動に理由が必要かしら? たまには私だって思いつきで動く事だってあるわ」
「蓮子はいつも思いつきで動いているように思えるのだけれど」
「それは心外ね」
「振り回される私の身にもなってほしいわ」
そう言って、メリーは困ったように笑う。その月明かりに照らされるメリーの笑顔が、あまりにも美しく感じて、思わず私も釣られて笑ってしまった。
私は座っていた砂浜から立ち上がって、靴を脱いでから波打ち際へと歩いていく。そのまましゃがんで、寄せては返す波へと、ボトルメールを流してみた。
ぷかぷかと水面に浮かぶガラス瓶は、ゆらりゆらりと波に揺られながら、ゆっくりと、ゆっくりと海の向こうへと流れていく。その速度は決して速いと言えるものではなかったけれど、それでも私はガラス瓶が、それに詰めたメッセージが、見えなくなるほど小さくなるまで、ずっと、ずっと砂浜に座って眺めていた。
「一体どんな手紙を書いたの?」
メリーは不思議そうにそう聞いてくる。
私は取り繕うように、いつも通りの笑みを浮かべながら答える。
「まだ秘密よ。そう簡単に明かしてはロマンが無いじゃない?」
◆◆
それから私たちは、とりとめない会話を交わしながら、遅くなり過ぎない内に帰りの電車に乗った。車内には私たち以外誰もいなくて、がらんとした雰囲気のまま、電車は市街地の中心部へと向けて走り出す。
車内のモニターに代わる代わる映っていく広告映像たちをぼんやりと眺めながら、私たちは座席に座りながら電車の揺れに身を任せる。
気が付けば、隣に座るメリーは、すうすうと寝息を立てて眠っているようだった。
私はその寝顔を見つめる。
車内を照らす蛍光灯の明かりは、月の光のそれよりも、遥かにはっきりと私たちの輪郭線を映し出していた。
「疲れさせちゃったかしら」
メリーを起こさないように、静かにそう呟いて、私は彼女の頭を優しく撫でてみる。
私が書いて、そのまま海に流した手紙は、海の向こうの誰かに宛てた手紙ではなかった。
他の誰でもない、今私の隣で気持ちよさそうに寝息を立てている、メリーに宛てた手紙だ。
いつもいつも、秘密暴きの為だと口実を作っては休日の度に振り回しているメリーに宛てて書いた、そんなに長くはない手紙。
どうして本人に手渡さなかったのかと聞かれたら、私にそんな勇気が無かったからだ。
私の思いつきにどんな時も付き合ってくれる、私にとって大事な友達。
大切な人。
かけがえのない少女。
私が心から愛している、たった一人の人間。
きっとメリーは気付いていないだろう。私がメリーに対して、きっと恋愛感情に近いそれを抱いている事は。
友達以上になれたら、なんて考えたりもするけど、でもそんなこと考えるだけで終わり。決して言葉にはしないし、態度にだって出さない。
ただ、今の関係がとても心地良いものなのは確かなのだから、きっと私はそれで満足すべきなのだろうと思う。
メリーの幸せに、私が必要だったらそれはどんなに喜ばしい事だろう。でもそんな事、決してどこにも確約された保証は無い。
メリーが私の関係の無いところで、誰か素敵な人と結ばれて、そのまま幸せになってくれるのであれば、私はそれでも構わない。苦しくないと言えば嘘になるけれど、そうだとしても私はメリーの幸せを望む。それが愛というものだと思っているから。
だから、私は私の恋心を海に流した。
見えなくなるほど小さくなるまで、ずっと眺めていた。
私は、がたんごとんと揺れる車内で、もう一度メリーの頭を撫でる。
「ごめんね。いつもありがとう」
誰にも聞こえないような声で、そっとそう呟いた。
貴女が好きよ、とそんな意味合いの感情をごめんねとありがとうという言葉に包んで。
私がいる事で重くなっちゃうなら。
捨ててよ、夜空の星。
笑ってる、夜空の星。
最後の下りはもっと切れ味よくスパッとまとめてほしくもあり、
でもその言葉の重ね方が伝えられない思いを表しているようでもあって
どちらとも言い難いところ
あまりにも美しい横顔と自覚しつつも
動揺せずに釣られて笑うのは
もう深い浅いとかではなく違うところにいるのよねって思いました。
ロマンチックでよかったです
個人的な宗教としては宇佐見蓮子は夢を追うかなとも思うのですが、この作品はすっきりまとまっていて完結させれており、良い雰囲気でよかったです