Coolier - 新生・東方創想話

愚者の骨休め Ⅲ

2013/07/15 19:03:57
最終更新
サイズ
278.21KB
ページ数
1
閲覧数
1800
評価数
1/11
POINT
150
Rate
2.92

分類タグ




「……ふふっ」

その者は、木にもたれ掛かっている仕掛けた罠に掛かった者の
姿にほくそ笑んだ。





「うー…」

布団に伏せっている頭にへばりつく…苦痛と
重圧に耐えきれず霊夢が呻く。

「あー…あぶく銭のお酒といえ…飲み過ぎ…た」
「だらしないわねー…巫女さんってば」
「だらしないのかー」

二日酔いで血色の悪くなった霊夢の顔とは
対称的に、その顔を見下ろすルーミアとルーミアの頭の上の古き友の顔
は涼やかなものだった。

「何で貴方達は平気なのよー…」
「人間何かとは鍛え方が違うのよ」
「こっちは殺すか殺されるかで生きてるもんねー」
「そーなのかー」
「…それで」

澄ました顔でいつも吐かれてばかりの霊夢に嫌味をはく
古き友が、傍のゴウトの呼び掛けに視点を変えた。

「どうするんだ?」
「そんなの決ってるわよ…探しにいくって」

床のゴウトの質問に、古き友がつまらなそうに返事を返した。

「反抗期も家出もすました歳でしょーに全く…あの子ってば」
「ていうか…そっちのお姫様の具合こそ心配したらどうなの?」

返す言葉と共に古き友が正座で座っているライドウの
傍の布団で眠っている串蛇に指をさした。

「……」
「それにしても…死んでるみたいに白いわよね」

布団で床に伏せっている串蛇の姿

それは只でさえ何かの病にかかっているかのように白い肌の串蛇からすれば
古き友の言葉も無理は無かった。

「縁起でもないだろうが…」
「…はいはい、ごめんなさいねっと」

ゴウトの低い声での嗜めに古き友が軽い調子で平謝る。

「けど、ちょっとおかしくない?昨日はけっこー元気だったけど…」
「もう昼も近いじゃない?長く寝過ぎてるっていうか…」
「寝過ぎなのかー?」
「お前に言われずともわかっている…」

古き友の指摘にゴウトが辟易しながら、ライドウに寄っていく。

「枕元に立っちゃだめよ」
「…どうする?ライドウ」

古き友の軽口を無視してゴウトがライドウに話し掛ける。

「…取り敢えず待つしかないな」
「…待つ?」

古き友が、ライドウのその言葉を聞いてルーミアの頭から飛び立った。

「…何を待つっていうの?」
「…お前には関係のない事だ」
「へえー…」

ゴウトの返答を信用していないのか、二人を見下ろす宙に浮かぶ
古き友の返事は何かに媚びる様で挑発的だ。

「…不満のようだな」
「まあねえ…人修羅は甘ちゃんだから、私は甘くない様にね…」
「ここで、お前一人と我々が闘っても勝負は見えている…捨て置け」
「ゴウト」
「お前も説得…っ」

寄って来たライドウが、ゴウトの前へと歩き…腰を
下ろすと、両手を床に付けて額が畳に付きそうな程に頭を下げた。

「…ふーん、随分と…必死ね…っ」
「……」
「っ……ああ、もうっ、わかったわよっ!」


無言で頭を深々と下げられる罪悪感と重圧に早々に耐えきれずに古き友が
居間の引き戸へと飛んでいき、勢いをつけて引き戸が開かれた。

「…ねえ、人修羅を探しにいくの?」
「そうよ」

そのまま、古き友が開いた引き戸から、庭の向うの木々へと滑空していった。

「…私も行くっ」

森の中へと古き友が姿を消すと、ルーミアも立ち上がり…開いた戸を抜けて
地面の履物に足を通し、古き友が消えていった森へと駆け出していった。

「…存外に信用されていないな」

二人の姿は瞬く間に消え…こちらの
有無も聞かずにこの場から去っていった二人にゴウトが嘆息する。

「ゴウト…確か、時間は指定されていなかったな」

古き友がこの場から、消えるとライドウが腰を上げて早々に立ち上がった。

「ああ、そうだが…これから、どうするんだ?」」
「すいません、霊夢さん」
「はー…」

返事をする霊夢の二日酔いは相当に重い様で、声は
最早死の間際の者の様だった。

「…手持ちの薬で二日酔いにも効く物
がありますので、お飲みになりますか?」

「うー…んー…」
「…では、白湯を沸かしてきますので」
「あーりーがー……とー…」

立ち上がるライドウに礼を言うと霊夢が枕に顔を埋めて、うつ伏せになった。

「…まあ、此処で世話になっている以上、必要な事か…」










「それにしても…大した事ないわねえ」

木にもたれて、目を閉じている……人修羅に楽しくて堪らなそうに
笑いを含みながら木の間を抜けてその者は近付く。

「何があったか、詳しく知らないけど…」

そのまま手を伸ばせば届く距離までそのものが近付き、人修羅の頭を見下ろした。

「山から地面の下に引っ込んじゃったやつなんて…えっ」

悠々とした態度で独り言を呟くその者…とても小さい人の手に乗る程の人の
形をした背から羽が生えた生物

幻想郷に無数に存在する自然の具現…妖精の
その小さい体は近付かれて、瞬時に起きた人修羅の手に掴まれていた。

「えっ…えーっと、その…」

…妖精に気付かれない様に寝たふりをしていた様子
の人修羅が、立ち上がって、自分の手の内に捕まっている妖精に目を向ける。

「な、何よ…私は何もやってないわよ?」

およそ自分の何倍もの体格の者に睨まれ…気まずさと恐怖に人修羅の
手の内の妖精が掴まれたまま、そっぽを向く。



「……スーツを着たお爺ちゃん?」
「…スーツって何?」



「……んー…とにかく見掛けてないわよ、そんなの」
「…とりあえず離してほしいんだけど」



「……別に私はあんたを迷わせてなんか…」



「……って、聞こえてたの?…やなやつー…」

返答と質問を往復させて、捕まる前の独り言を人修羅が、問い詰めると
何かに反射した様な勢いで、妖精が人修羅に顔を戻した。

「…それでー…私は敗者であなたは勝者だけど…何が欲しいのよ?」

顔をしかめて人修羅を批判する妖精が、早々に逃げようとも隠れようとも
する様子も無く人修羅に話を切り出した。

「お金もお酒も持ってないし…私を殺しても一回休みになるだけよ」



「……帰りたい?神社に?それだけ?」



「……わざわざ人間のいる所に戻るなんて奇特な妖怪ね」
「…まあ、いいわ」
「それと、別に手を放してくれなくても
結構よ…あなた相手じゃ逃げても無駄でしょうしね」

…完全に観念しきっているのか、人修羅ではなく逆に妖精が
すぐさま先に相手に注意を釘刺した。

「…さてと、それじゃあ…」

人修羅との問答も終って、人修羅に捕まった妖精が掴まれたまま
首を左右に振り始めた。

「……んーと…」
「……えーと」

帰る道の算段を続けているのか…妖精が目を凝らしながら、唸り続ける。

「……」

その内に妖精の首を振るのをやめて俯くと、その
顔色が少しづつ…何故か曇り始める。



「はー……」

…その様子を眺めていた人修羅が疑問を抱き妖精に尋ねると
重く…深い溜め息を返された。

「…我ながら嫌になっちゃうわ、道に迷わせるのに躍起になって帰り道も確保
してないとか…うわっ!」

急に自分の体を掴んでいた手が放され、地面へと急降下する感覚に妖精
が悲鳴を上げる。

「…まったく、いきなり何するのよっ!」

地面へと落下していく妖精が、重力に負けじと必死に羽を動かし、人修羅の
目線の高さまで飛び戻って、文句を言うと人修羅が額を押えて、溜め息を
吐き返した。

「…悪かったわよ」

その落ち込む人修羅をみて道に迷わせた事を、少しは
反省したのか…妖精がしおらしい態度を見せる。

「…それじゃあ」

何を思ったのか、妖精が、今度は人修羅に近付いて
古き友の様に頭に乗り上がった。

「取り敢えず…ここら辺の土地勘はないけど出来るだけ案内してあげるわ」
「それに私だったら他の妖精に道を聞けるでしょう?」



「そう呆れずに頼りにしてみてよ」

人修羅の返答を聞いても気にしていない様子で妖精が頭の上で寝転がった。

「…んっ、ちょっ…」

寝転ったのが気に食わないのか人修羅が、妖精を
摘み上げて無雑作に自分の肩の上に置いた。

「…やっぱりさ、角が弱点なの?」

妖精の質問に応えずに無視したまま…人修羅が神社への道から右も左も
わからないまま歩き出す。

「…ねえねえ、地底ってどんな所?暑いの涼しいの?」
「そこでも妖精っているの?それからさ…」













「…んー…」

古き友とルーミアが去った居間


貰った薬を飲んで、二日酔いも
収まってきたのか…霊夢が布団から体を起こして、首を振った。

…気怠さにしかめる霊夢の顔の色にもそれを示す血の色が戻ってきている。

「…調子はどうだ?」

起きた霊夢に畳で丸まって座っていたゴウトが、気付いて声を掛けた。

「うん…おかげさまでね…効き目も早いし、いい感じだわ」
「…それで」

布団から霊夢が体を抜かして、立ち上がると
慣れた手つきで篭もっていた布団を畳み始める。

「…さっき耳に挟んだけど、あんた達が待っている相手って誰なの?」

…布団をたたみながら、霊夢がゴウトとライドウに先程の
古き友との問答を思い出して、問い掛けた。

「…どうする、ライドウ」

畳に丸まったままゴウトが霊夢の問い掛けに首を
伸ばして、ライドウに確認をとった。

「説明はしておいた方がいいだろう」
「…わかった」

布団で眠る串蛇の傍で動かず、じっと正座で布団で眠っている串蛇の
顔を見下ろしているライドウがそのまま背で返事をすると、ゴウトが
立上り、体を伸ばした。

「…それで…巫女よ」

体を充分に伸ばしきったゴウトが後ろ足で首を掻く。

「…まず、我々が我々が誰を待っているかだが」

掻き終えた首を傾けると
ゴウトの緑色の瞳に布団を畳み終えて自分を見つめ下ろす霊夢の顔が映った。

「…それよりも先にこっちが聞きたいんだけど」
「何だ?」
「…串蛇さんって、生きてるの?死んでるの?」
「…何が言いたいんだ?」

およそ…唐突な霊夢の物言いにゴウトが一拍置いて、聞き返した。

「んー…何ていうか…」

目を閉じて、腕を組み…聞き返された霊夢が言葉を探し始める。

「…そう、強いて言うなら…うー…」

言葉を浮かばせる事に難航しているのか、霊夢が言葉を
探しながら、唸り声を上げていた。

「…ああ、そうだ!」

ようやく思い付いたのか、大声を上げると閉じていた霊夢の目が
大きく開かれた。

「そう…生霊よ」
「…」
「…」

場に放たれた霊夢のその言葉に二人が閉口した。

「…ん?違うの?」

反応の薄い…正解とも間違いとも言わない二人に霊夢が首を傾げる。

「……確かに違う…が」

言葉が見付からなかった
だけなのか…そんな霊夢に口を開いたゴウトが俯き、目を閉じた。

「そうとも言いきれん…と言った所だ」
「それにしても…俺の言葉を聞けると言え、躾のなっていないだけの
小娘かと思っていたが、なかなか勘が鋭いんだな…」

…目を開けたゴウトが返答は正解だったのか…霊夢の
顔を見上げて、賞讃の言葉を送る。

「喋る猫の方がすごいでしょ」
「…俺が喋れるかなどどうでも良い事だ」
「そうね…それと、その子に憑いているかもしれない物が
有るってわかってるの?」
「……」

また投げられた霊夢の質問に、ゴウトが思う
所でもあったのか…口を閉じて、押し黙った。

「何が憑いているというんだ?」
「…穢れと言うものよ」








「ねえねえ、そういえばさー…アンタって鬼なんでしょ?」
「とっても力とかが強いのに、なんで木を壊したりして道を開かないの?」



「……へー、めずらしいなー…それってー…エコ活動ってやつ?」
「結構意外だなー、地底の鬼達がそんな悪あがきと言うか
無駄な人間がするような事してるなんて」

肩に乗っている妖精のどうでもいい質問に横柄に応え
ながら、人修羅が森の中で進むべき方向もわからないまま足をひたすらに進め
続けていた。

「…ちょっと止まって」

先程迄の下らない質問をくり返すのとは違う…強い調子の妖精の
言葉に人修羅が足を止めると妖精が肩から飛び立った。

「他の妖精の気配がするな―…」

宙に浮いた妖精が首を振り、感覚が察したものを確かめる。

「…ここね」

何かを結論付けたのか…妖精が視界の中の一つの人修羅の背を
越している程の中型と言った所の木に飛び寄っていく。

すぐに目標の木と妖精の距離が縮まり、飛ぶ速度を落とさなければ
激突すると言うのに妖精は加速し続けた。

そのまま衝突して跳ね返って
くると、人修羅が予想したが…妖精の小さい体
が木の中に吸い込まれる様に人修羅の視界から消えて
無くなってしまった。

…予想外の事態に人修羅が慌てて木に走り寄るが、遠目で見た時と
同じ様に木に外見の変化は無い。

今度は目を凝らして、顔を近付けようとした瞬間、木の中から消えた妖精の顔
が現れ、即座に人修羅が体をのけぞらせると同時に妖精が
体ごと木から飛び出て、空中で急停止した。

「だからっ、押し売りじゃないって!」

姿を再度現した妖精が、何故かすぐさま木に向かって、罵倒する。

「はー…塩まで撒くとか…余裕が無い奴って嫌になるわ」
「…次行きましょうか」

不満げに頭を掻く妖精が、横で呆気に取られている人修羅が目に入ると
妖精が気にも止めていない様子でまた肩に飛び乗った。

「…どうしたの?ぼーっとしちゃって」

「…名前?」

人修羅の言葉を聞くと、妖精が眉を顰めた。

「…私に名前なんてないわよ」
「ていうか、名前なんてどうだっていい…明日には明日の風、明後日には
明後日の風…そんなのに名前を付けていたら名前が
足りなくなっちゃうじゃないの」
「エコ活動が好きなら無駄遣いはしないっ!わかった?」



…特に悪意も無く名前を聞いただけだと言うのに、訳の分らない説教を耳元で
喰らわされた事に、人修羅が辟易しながら返事をした。

「…そういえばあんたの名前は?」
「私の名前を尋ねるって事はあんたには名前があるってことよね?」

「……ふうん、人修羅…か…」
「…て言うか、あんたの自己紹介を聞いてる場合じゃないわ
さっさと行こうよ、日が暮れたらもっと迷っちゃう!」

当面の目標を思い出した妖精が、指を指して
催促の合図をすると、人修羅がまた歩き始めた。











「…穢れ、というと」

そのままゴウトが言われた言葉を聞き返す。

「何でかは知らないけど…それっぽい物が串蛇に取り憑いているわ」
「この世界の物は違う物みたいだけど…そのまま
放っておいたら、冥界に引きずり込まれるかも」
「それは…つまり、串蛇は…」

躊躇いも無さげに霊夢が深刻な物ととれる串蛇の状態を二人に告げる。

「それと…この神社で冠婚葬祭はやってないからね」
「…縁起でもないわっ!」
「っ…はいはい…悪かったわ」

語気を荒げるゴウトに謝り、霊夢が目を伏せた。

「…そもそも何故その事を勘付いて、我々に教えなかった?」
「…最初は確証が持てなかったのよ、それに…昨日人修羅さんが
押してくれてた手押し車の上で言ってたでしょ?落ち着いたらって」
「…そうだったな」

弁明に対してゴウトが、苦々しげに相槌を打つ。

「それで…どこから気付き始めたんだ?」
「別に…串蛇が近付いた途端にそこら中の神様が逃げて行ってね」
「あのお芋も逃げられても困るから、串蛇から離れてから、この
世界の秋を司る神様を降ろして買付けた物だったのよ」
「…供物や生け贄もなしに丸腰で神を呼び寄せたと言うのか?」
「何言ってるの…お芋の代金はちゃんと払ったわよ」
「お前は…自分が出来た事の凄さを理解していない様だな…」
「まあ、今はどうでもいいか……この娘はな、我々がいた世界の一大事に命を
堵して自分の定められた役目をはたした…結果、世界は救われた」

とつとつと喋りながらゴウトが布団で眠っている串蛇に歩いて近付づいていく。

「夥しい被害はあったものの、それでも世界は亡びる事は免れた」

「そしてこの娘は意識不明の
重体…年端もいかぬと言うのに寝たきりだ…」

「…それで、何でその寝たきりの人が此処にいるの?」

掠れるような寝息を繰り返す串蛇の寝顔がゴウトの目に映った。

「世界を守るためにとある秘法を使い、その反動により串蛇の
精神と魂は弾き飛ばされ、冥府の根の国へと落とされた…
我々はその事を知らなかったが、ある者がそこから串蛇を救い上げた」
「冥府の食べ物を食べる前より先にだ…その者が今からここに来る者と言う事だ」
「…なるほど」

ゴウトの説明を聞いて、霊夢も串蛇に近付き、顔を見下ろした。

「…それでどんな奴なの?」
「面識は何度かあるが、正直得体が知れん者だ」
「この神社の主のお前には悪いが、荒事にもなるかもしれん」
「穏便に澄ませる努力はするがな…」
「まあ、自衛ぐらいは出来るから安心してよ」
「…そう言って貰えると助かるぞ」
「さてと、それじゃあ…」

ゴウトとの問答も終って、霊夢が寝起きの体を伸ばす。

「お腹も空いてきたし…お昼を朝昼の分も併せて作りましょうか」
「大学芋は面倒だからオニギリでいい?ライドウさん」
「…お願いします」

串蛇を見下ろしたまま微動だにせずに、ライドウが返答した。
確認を取り終えて、霊夢が居間から台所へと場所を移す。

「…まあ、何とかなるだろう」

台所へと霊夢が姿を消すと、ライドウに対してなのか、小さくゴウトが呟いた。


「悪魔は契約に従う者だからな」











「…止まって」

また制止する様、注意する肩の上の妖精の鋭い声に、木々の間を
抜けて、落葉を音を立てて踏み鳴らしていた人修羅の足が止まり、その場で
立ち尽くした。

「んー……」
「…ああ、いたいたっ」

立ち止まった人修羅の肩の上から、妖精が目を凝らして、遠くを暫く見据えると
何かが見付かったのか、人修羅の肩から飛び立つ。

「…ちょっと此処でじっとして待ってて」

そう人修羅に言うと、説明もろくにせずに、先程歩いてきた道へと
何故か妖精は、引き返していった。

…場に取り残されてしまった人修羅が妖精が飛んでいった方向へと
振り返るが、今立っている場所からは既に妖精の姿は見え無くなっている。

そのまま立ち往生する人修羅が先程妖精に言われた事を
思い返すが…言いつけよりも
先程妖精が、何を見たのか…その事を気になり始めた。

…その内に頭の中の妖精の忠告を振り払い、先程妖精が
目を凝らしていた方角へと人修羅も顔を向けて目を凝らした。

目を凝らした先…木々の間の先の地面の切株

その上には人間の手に乗りそうな程の小さい体の他の数匹の妖精達が
留まっていた。


……その妖精達が、手振り身振りを加えながら、口を動かし、表情を
変える様を遠間から、人修羅が目に写し続ける。

その間に去って行った妖精の言い残した言葉を
思い出すが…その何にも気を取られず、話し込んでいる様
子から、今自分達が見られている事に気付いてはいないと
判断して、人修羅は、そのまま観察を続けた。


誰かが自分を見ているとも知らずに…妖精の一匹が切株の上に落ちていた
枯れ葉を手に取り、横の妖精に話し掛けると、持っている枯れ葉に指を指した。


枯れ葉の何かが気になったのか、指を指したまま口を動かすと、話し掛けられた
妖精も枯れ葉を掴み、顔を近付ける。

「……っ」

不意に…遠く離れた自然の奥底での妖精の
生態の一端に、知らず知らず何時の間にか
観察に集中していた人修羅の後頭部に軽い物がぶつかった様な感触が走った。

「動かないで、静かにして…っ」

…覚えのある妖精の声に人修羅の体が硬直する。

「…ゆっくりと横を向いて」

その言葉の通りに、人修羅が息を止めて…首を動かした。

「…まったく…じっとしててって言ったじゃないの」

振り向いた人修羅の目に…腕を
組んで、不満げにしている来た道を引き返していた妖精が写った。


「…まあ、いいわ」
「取り敢えずついてきてよ」

宙に浮かぶ妖精が、文句を早々に収めて、人修羅に手招きを
すると、また来た道を引き返し始めた。

その妖精の小さくなっていく後ろ姿を見据えながら、音を
立てない様落ちている枯れ葉の上に細心の注意で足を
運びながら、のろのろと人修羅が足を進めていった。

「…こっちこっち、ほら早く」

先程いた場所から、程なくして…妖精が宙に浮いたまま
留まると、それを見た人修羅が早足で距離を詰める。

「…それじゃあ…これね」

…そのまま人修羅が
すぐ近くまで寄り切ると、妖精が地面に転がっている茶色の
物体を拾い上げ、また宙に浮いて人修羅に差し出した。

「さっき転がってるのを思い出してね…
それの皮むきくらいいくら何でも出来るよね?鬼なんだしさ」
「剥いたこれをあいつらにくれてやれば道とかも色々教えてくれるでしょ」

妖精の説明をようやく聞いた人修羅が、妖精の両手の上に乗っている物に目を落した。

…元々自分がいた世界でも見馴れていた帽子を
被ったその木の実…ドングリを妖精の手の上から、人修羅が摘み上げる。

「…潰したりしないようにね?」


手の内に有るそれを、人修羅が暫く見つめ…ドングリの
上部の帽子の部分を摘んで、その手を引くと容易くそれは引き剥がされた。


「おおー、さすが鬼だね」

歓声を上げる妖精をよそに人修羅が次の作業にかかり始めた。
次に…横側に張り付いている茶色の皮と中味の間の狭い空間に爪を
差し込み、其処に少しずつ…人修羅が力を込めていく。

「…ゆっくりね」

横でその作業をみる妖精が緊張に息を詰めるが、その緊張とは
よそに、ドングリは人修羅の手から勢い余って飛んでいく事も無く
皮は剥れて剥れた皮は人修羅の手に収まった。

後は剥かれた箇所から横へと容易く、蜜柑の様にドングリの
皮は人修羅に剥がされていき…手の上のそれは中身だけになった。

剥かれたドングリを見届けると、また
妖精が地面に転がっているドングリを拾い上げる。

「…それじゃあ…今度は…」

問題無く人修羅が皮を剥けたからか…今度は体一杯にドングリを抱え
てフラフラと飛びながら、人修羅の手の上に乗せた。

「…剥けたのは持とうか?邪魔でしょ?」



次のドングリを剥こうとした人修羅が、妖精の申し出に剥けた分
を妖精に手渡して、次の分に取り掛かり始める。

まだ剥いていないドングリを人修羅が懐に収め、一つを
手に転がし、集中しようとした瞬間…耳に入った何かが
砕かれる様な小さい硬質の音に、人修羅が顔を向けた。


「…うん、ズッシリ実が詰まってて…今年のは美味しいな…」


顔を向けた人修羅の目に…先程剥いたドングリを抱えて、満足
げにかじり付いてる妖精の姿が映った。

「…ん?」

…向けられている人修羅の視線に気付き、妖精が口から、ドングリを離す。

「…何よ、まだあるんだからいいじゃないの」

…悪びれている様子も無さげにそう言う妖精に文句を言う気力も
無くなったのか、口を結んで、作業を再開し始めた。









「…よしっ、こんな所でいいんじゃないかな?」


皮を剥き終えたドングリも人修羅の片手いっぱい程になると妖精が
その内の数個を体ごとで抱えた。

「…それじゃあ、さっそく…懐柔…してくるわ」

ドングリの重みで呻く様な声で人修羅にそう言うと、フラフラと
頼りなさげに、上がったり下がったりの飛行を繰返しながらまた
さっきの切株にとまっていた妖精の場所へと飛んでいった。

……立っている場所から妖精が見えなくなると、暇だ
からか、必要もおそらくは無いと言えるのに、人修羅が空いた
片手で足元のドングリを拾い上げて、広げた手の平の上に転がした。

木洩れ日の光を反射して、光沢を放つそれをただ…人修羅がじっと見下ろす。

…その内に眺めるのも飽きたのか、剥き終えたドングリを懐に入れて
さっきと同じ様に帽子の部分を指先で摘んだ。

「…ほら、ここよここー!」

帽子を剥ぐ事に集中した瞬間、遠くから聞こえて来た妖精の声に動揺して
ドングリが人修羅の手から零れた。

「…はいはい、おまたせー…ん?」

体の姿勢がドングリを剥く時のまま、固まっている人修羅に戻ってきた妖精が
怪訝な顔を向けた。

「…別にドングリはもういらないけど?」



「ふーん、そう…と言うかそれよりもあんたたちー、こっちきたらどうなの?」

後ろに振り向いて、妖精が周りの木に隠れながら、人修羅を
伺う切株に留まっていた妖精達に召集の声をかけた。

「……」

声をかけられても以前として妖精達は今いる場所から動く事はない。

「まったくもー…ほら、さっきの剥いた分出したげて」

妖精に言われて人修羅が懐に入れておいた剥いた分を引出して手の平に広げた。

「…ほんとだー」

「…剥き終ったドングリだー!」

周りの妖精達が手の平の上の剥き終ったドングリの数々を見た瞬間
目の色を変えて歓声を上げながら、人修羅に飛び寄って来た。

手の平の上の剥き終ったドングリが一つ、また一つと
飛び寄った妖精にとられ続け…すぐに人修羅の手は空となった。

「…んー、おいしーなー」

「今年のドングリは実ってるわー…」

周りの妖精達が抱えた木の実を一心不乱でかじりついて
上々の感想を次々と上げていく。

「あんたも…一個くらい食べたらどう?」

ふと、まだ地面に残っていた剥いてないドングリを同行していた妖精が
抱えて食べるよう勧められた人修羅が手を広げると、ドングリが妖精の手
から離れて人修羅の手の上に転がった。


元々自分がいた世界でもあったが…食べた事の
なかったそれの皮を既に手慣れた手つきで
帽子を剥ぎ、皮を剥くと、一瞬の躊躇いの後に口の中に放り込んだ。

口の中に入れたその物体を人修羅が、舌を動かして、歯と
歯の間に挟み、しっかりと噛み砕くと…噛み砕かれて出来た
破片が舌の上に転がった瞬間に広がる強烈な渋味に人修羅が
顔をしかめて悶絶した。

溜まらずに、すぐさま人修羅が口の中のドングリの破片を吐き出し、まだ
口の中に残っている苦さを唾と共に繰返し吐き捨て続ける。

その内に…ようやく口の中の苦さが収まり、口元を拭う人修羅に同行していた
妖精が意外そうに首を傾げた。

「…ねえ、地底の鬼ってドングリも弱点なの?」










「…えー、私達は全然苦くないけど―」

そうこうして……また森の中を歩き初めた人修羅と
肩の上の妖精の目の先の案内を承諾してくれた妖精達が人修羅の
ドングリの味の感想に異を唱えた。

「それに鬼ってお酒が大好きなんでしょー?苦いのはいいつまみじゃないの?」
「この子って鬼の中でも変わってる方かもしれないからねー…」
「エコ活動何てものが好きみたいだしさー」
「…エコ活動?」

先を行く妖精達の内の一人が興味が沸いたのか、人修羅の
顔の前の中空に留まった。

「…エコ活動って何なの?」
「んー…まあ、何というか…ああ、いいよ…前の奴等を待たすのも
悪いでしょうから、歩いて、歩いて…」

返答を迷い始める肩の上の妖精に人修羅が足を止めると、そのまま
歩くように人修羅に促した。

「…ゴミを出さないように…無駄遣いはしないように―…リサイクルとかー…」
「うんうん…」

…唸りながらぼつぼつと言葉を発する肩の上の妖精の
言葉に頷きながら、話を聞く妖精が肩の上の妖精の目線の高さの
後退しながらの飛行を続ける。

「……まあ、そんな所よ」
「うーん…しっくりこないわねー」

話を切られて…聞いていた妖精が腕を組んで、俯く。

「…けど、たまに面白い物が転がったりもしてるから、ゴミは
出してくれてもいいなって思うなー」

「面白い物だけならねー…」


それだけ聞いてもう興味は無くしたのか…前を行く妖精達の飛行群へと
尋ねて来た妖精が戻っていった。

「ねー…神社まで後どれくらいなのー?」
「…私達が今飛んでるのは神社の方じゃないよー」
「…どういうことー?」

前を飛ぶ妖精達の言葉に、人修羅の肩の上の妖精が眉を顰めた。

「わたしたちー、寝泊りしてる木から普段離れたりしないんだけどー」
「この先の桜の木にー、春になったらあちこち飛び回る妖精が住んでるのー」

「…ようはその妖精に聞けっ、て事だってさ」

肩の上の妖精が人修羅にどこか不満げに小さい声で耳打ちした。









「…遅いわねえ」

……体調を取り戻して朝食と昼食を兼ねて握ったオニギリも
食べ終え、それでも霊夢が未だ来ない待ち人に不満を洩らした。

「……」

退屈に霊夢が横を向くと畳に丸まって眠っているゴウトと…霊夢から見て
布団から体を起こしたとほぼ全く変わらず、正座の姿勢のまま
串蛇の傍で座っているライドウが目に入る。

「…」

正座のまま固まっているライドウの傍には空になった皿と湯飲みが
丁寧に置かれて、畳の上に鎮座していた。

「…ねえ、ライドウさん」
「何でしょうか?」

声を掛けて来た霊夢に顔を向けず…ライドウが返事をする。

「…ちょっと外を箒で掃き掃除してくるわ」
「はい、気を付けて…何かあったらすぐにでも呼んで頂けますか?」
「わかったわ…皿と湯飲みは持っていくわね」

立ち上がった霊夢が、ライドウの傍の空の湯飲みと皿を
抱えると、早々に台所へ引っ込んでいった。

「……なあ、ライドウ」

…台所から、外へと離れていく霊夢の足音が無くなると、ゴウトが
おもむろに丸まったままライドウに話し掛ける。

「…何だ?」
「…ヘラヘラ媚びろとは言わんが…もう少し纏う空気を
柔らかくしたらどうだ?」

「外で掃き掃除とあの巫女は言っていたが…大方むっすりと
黙って座るだけのお前と間がもたなくなったからだろう」
「現状が現状であるから…纏う空気が
そうなっているだけかもしれぬが…」
「ああ…」
「…タエ殿は賢く察しが良いし、勇のある者だからどうもないがな…」
「それにしても……こうして場にいなくなってみると、鳴海と言う
存在もそう馬鹿にならんと思えてくるな」
「ああ…」

ゴウトの注意に返事をしながらも、ライドウはただ…串蛇の
寝顔を見下ろし続けた。










「…さてと」

箒を抱え…外に出た霊夢が、境内の地面の
あちらこちらに散らばっている散り葉枯れ葉を見渡した。

「…まったく…いつもだったら手が空いたら、朝から掃き初めてるんだけど…」

眉を顰めて霊夢が箒を地面に突き立てると、手を動かし始めた。

「やっぱり妖怪のあぶく銭での酒は信用ならないわね…いくらおいしくても」







「…どうやらあの刀を持った危険人物はいないみたいね」
「…つまり私達はいつもの様に悪戯が出来ると言う事」

毎日の日課の内の一つを何時もより遅れてする事になり、不機嫌
そうに日課をこなす神社の巫女を木の上から見下ろす者達がほくそ笑む。


「……今度は捕まっても離して貰えないかもね」



「…何よ、ルナったらまた怖じ気ついちゃって」
「…薄情な二人はまた私を置いて逃げていくんじゃないの?」

「む…」


境内の木の上から見下ろす者達の一人…ルナが意気込む
他の二人に冷ややかな反応を見せた。


「まあまあ…あの雷妖精も人修羅とか言う鬼もいないし…あの
刀を持った人もいないから、どうにかなるって…ね?」

およそ…箒で掃き掃除をする霊夢よりも不機嫌気味にルナが
二人に毒づくとすぐさまスターが、おべっかを焦って使う。

「…それで…」

抜けきれていない不満を示す低い声でルナがサニーに声を掛けた。

「またいつもの悪戯を仕掛けるのは良いとして…何かアイディア
はあるのかしらね?」
「…え?」

投げられた質問にサニーが、言葉を詰まらせた。


「そもそもここに来たのはまだ人修羅さん達がいるかを
確認したかっただけでしょ?」
「…うん…そうね…」
「…それで、スター…何か視えたりはした?」


受けた指摘に頭を
抱えて、考え出すサニーを見て、ルナが呆れて横のスターに話し掛けた。


「まだ神社の中にはあの雷妖精とか…」
「……」
「…スター?」









「…それで」

先を行く妖精達の案内は終わり、場に残された肩の上の妖精と人修羅が
目の前の目的地であった場所を見据えた。

「この桜の木にその神社までの道を知ってる妖精がねえ…」

二人の視線の先の大きい桜の木…周りには他の木は生えておらず、この木と
他の木を隔てる様に木の下の地面には枯れ葉が殆ど落ちてはいなかった。

「…さっきみたいに押し売りだなんて言われないようにしないと」

肩の上の妖精が腕を組み頭を捻り、交渉の手筈を考え始める。

「…んー……」
「…だめね、情報が少なすぎるわ」
「物は試し…ねっ、取り敢えずあんたが尋ねてみてよ」

「……グダグダ言わないの!」

肩の上の妖精が人修羅の乗り気でない発言を聞くと、怒って
肩の上から飛び立って、人修羅の肩を叩いた。

急に振られた人修羅が息を吐いて、目の前の木を見つめて…考え始める。
…程なくして、人修羅が木に近付くと、拳を握って手を木へと伸ばした。

「…念のため言っておくけど、折ったりしないでよ」

宙に浮かんでいる妖精の言葉を無視して、人修羅が手の甲で木の幹を
軽く何度か叩いた。

「……出て来ないわね」

此処まで来ても変わらない状況に、宙に浮かぶ妖精が溜め息を
吐いて、肩を落とす。

「んー…眠ってるのか…留守なのか…」
「…はーいー…たーだーいまー…」
「…ねえ、今の聞こえた?」


また妖精が俯き考え始めるが、か細い…虫が
飛ぶような小さい声に跳ねる様に頭を上げた。


「…すいませーん!」
「…はーいー…ちゃんとー…おきていますよー…」


次に聞こえて来た声を人修羅と妖精が
ハッキリと聞き取り、傍の桜の木に二人の視線が向けられた。


「ところでー…」


二人の視線の先の木の陰から、声の主と思われる者が姿を現した。


「…全然違う気がするんですけどー…春ですかー?」


姿を現した声の主…木の傍の地面に立つ人間の子供の
様な体格に、寝間着の様な上下の服と帽子。

その者は片手で大き目の枕を抱えて、もう
片方の手で…やはり寝起きだったのか、細くなっている目を擦っていた。


「…えーと、私達道に迷っていて…それでね」
「…そーなんーですかー」


不意に現れたその者に面をくらいながらも、妖精が
話を切り出すが、目を瞑って枕を抱きしめて、首を
コックリしながら聞いている様は寝ぼけつつ…適当に相槌を
打っている様にも見えてきた。


「そういうわけでー…とにかくっ、神社までっ、案内して
ほしいのっ!…わかった?」

念のためか、主概要を語気を荒げて吐き捨てる様に妖精が言葉を続けた。

「はいー…ではー…しょうしょうー…お待ちをー…」

…わかっているのか、聞く者が不安になる様なのっそりとした返事を残して
また木の陰に桜の木の妖精が二人から姿を消した。

「…ほんとに大丈夫かしらね?」
「お待たせしましたー」
「えっ?」

傍の人修羅に不安の同意を求める妖精の予想を抜けて、分程の時間も
かからずにまた木の陰から桜の木の妖精が笑顔を浮かべて姿を現した。

大した時間もかかっていないにも関らず服装も、被っている帽子や
纏っている服も全く違う。

「…えーっと、それで」
「はい、神社まで案内してほしいんですよね?」
「うん、そうだけど…」

さっきとはまるで違う緩やかだが、はっきりとした言葉に妖精の返答が淀んだ。

「…すいません、失礼ですが…其処のお方は?」

妖精の横に立っている人修羅に桜の木の妖精が怪訝な目を向ける。

「ああっ…人畜無害なエコ活動が大好きな鬼さんよっ…勿論、妖精にもね。」

そう言って横目で妖精が何か言いたげな視線を人修羅に送った。



「……そうですか、襲って来たりしないのなら、何て事ないです」

桜の木の妖精が人修羅の言葉に、大して疑問を持つ様子も
無さげに、また微笑んだ。

「それじゃあ、行きましょー…ちゃんとついてきて下さいね?」

そう言うと小走りで人修羅と妖精の間を
抜けて、桜の木の妖精が道の先を歩き始めた。

「…慣れない手合いよねー」










「…どうかしたの?」

横で箒で掃き掃除を続けている霊夢とは反対方向の神社の境内へと登る階段
其処へ顔を向けたまま固まっているスターに、ルナがもう一度呼び掛けて
返事を求めた。

「何かが、来るよ……」
「…何かって?」

…取り乱してはいないが、震えながら冷たい声で話すスター
からどうみてもいつもの様に落ち着き払っている印象は消えている。

「わかんない…けど…絶対に…普通じゃないわ」
「…何よ、二人して何話し込んじゃってるの?」

箒を掃いている霊夢の動向を観察していたサニーが、二人の
会話に割り込んできた。

「…はー……かったるいわ…」

秋口の止めどなく神社の参道へと振り落ちる落葉や枯れ葉を
箒で一心に掃いてきた霊夢が、参道にまだ無数に残っているそれらに音を
上げて両手を突き上げて、体を伸ばした。


「…もう今日の分は片付けきれられないなー…後でライドウさんの悪魔にでも
手伝ってもらおうかなー…」
「…こんにちは」
「…っ」

愚痴を零しながら、のろのろと手を動かし掃き掃除を
再開する霊夢の聞き覚えのない声

…その声に霊夢が振り返った。

「…この神社の管理人さんかな?」

目深に被った帽子からわずかに見える金髪
およそ人里ではあまり見ない洋風の服装に手に持つ鞄

口端を緩めて…柔和な笑みを浮かべながら、霊夢にその男性は
話し掛けてきた。

「…えーと…ライドウさんが待っている方ですか?」

承っていた相手と思われる者…金髪の紳士に霊夢が
恐る恐る気味に敬語で相手に尋ねた。

「…その前に一つ尋ねたいんだけど、いいかな」
「はあ…何でしょうか?」

不意に神社を尋ねて来た男性が、何故か階段の横手に生えている木々へと
振り向いた。

「…あそこの木の枝に乗っている三人は君とは
どういうきっかけがあったのかな?」







「…ねえ、あの人こっちの事見てるんだけど」

音も姿も消しているのにも関らず、神社を尋ねて来た者は三人がが
留まっている木に顔を向けて視線を送っていた。

「…そうね、見てるわね」
「…あの人、何なの」
「スター…?」
「やっぱり…何か見えるものが…変よ…!」

枝の上から金髪の紳士を見下ろすスターの
顔が冷や汗を浮かべ…見る間にどんどん蒼ざめていく。

「だ、大丈夫?スター…顔色悪いけど…」
「ね、ねえ…今度は霊夢さんまでこっちをみてるよ?
「…ふーん…」

訪れた金髪の紳士の言葉に霊夢が手持ちの箒を握り、木の方へと
同じく顔を向けた。

「…とっとと姿を……」

手に握り締めた箒を構えると、踏み込みと同時に霊夢が振りかぶる。

「この幻想郷の巫女に、現せえ!」

罵声と共に霊夢が放った箒は回転しながら、方向を違えずに目の先の木へと
滑空していき…激突した。

「ひゃっ!」
「きゃっ!」
「わあっ!」

箒がぶつかって木が揺れると、何故かここにいない者の声が其々に響く。

「わわっ、ちょっ…!」
「二人共、服掴まないで…あぶな…!」
「お互い掴み合ってるじゃないの…もう…!」

声が聞こえると同時に木の上でお互いが落ちまいと
服を掴み、もつれ合う三妖精が霊夢の目に映った。

「…また来たか…この妖精共」

「だめ…だあっ!」
「…うえっ!」
「きゃっ!」
「むぎゅっ!」

そして…呻く様な悲鳴と共に三人が限界を迎えて、木の下へと落葉を
巻き上げて、墜落した。


「…さてと」


「…わひゃああっ!」
「…おたすけええっ!」


目を座らせた霊夢が三妖精が落ちた木の傍に近付くと、それに気づいた
順繰りに地面に落ちた三人の内の上のサニーとスター
が飛び立ち、この場から去っていった。

「…往生際が悪い事」

同行者を置いて逃げ出した二人を追うのにすぐさま見切りを
つけ…霊夢がまだ木の傍に残っている一人にへとそのまま歩いていく。

「っ…」

…が、霊夢よりも先に残った一人の傍にいる者に霊夢が足を止めた。

「…たた…」

二人が去り…只一人残ったルナが今頃になって体を起こし、顔を上げる。

「…ん?」

顔を上げたルナが目と鼻の先の手袋が
嵌められた金髪の紳士に差し出されている手に目を丸くした。

「立てるかな?」
「…」

…返事はないが、しゃがみ込んだ状態のルナがちらりと上目で相手の
顔を見ると、躊躇なく手を掴んで引いて体を起こした。

「…大丈夫?」
「はい…何とか」


腰を上げて、立ち上がったルナに容態を聞くと、手を引かれた男性が
満足げに目を細める。

「そうそう…お礼は言わなくていい…どうも君達の邪魔をした様だからね」
「はは…まあ、その…」

…およそ気慣れていない態度で、妖精の自分に接する相手にルナが
対応に困り、口端を吊上げた。

「…ねえ、あんた」
「…何かな?」

後ろに立つ霊夢に不機嫌そうな低い声で呼ばれて、男性が振り向く。

振り返った男性の表情は口を結んで、自分を睨む霊夢が目に写っても
全く変化を示さなかった。


「…それで」

「…離れて下さい、霊夢さん」

「ん?…ライドウさん、串蛇はっ…!」

不意にその場に響いた硬質な声に霊夢が振り向くと、何時のまにか居間で
串蛇を診ていたライドウが鞘に収められた刀に手をかけて、立っていた。

唐突に場を訪れたライドウの書生帽から霊夢の
傍の金髪の紳士…それを覗く両眼の眼光は鋭く…その者を見据えていた。


「その…ライドウさん…?」
「……」


およそ尋常でない空気を纏いながら、霊夢の
呼び掛けも無視して、ライドウが只一点…神社を
訪れた男性へと足を進めて近付いて行く。

「…やあ」

敵意…それどころか、殺意すらも
感じさせる姿勢を明らかに示しながら、近付くライドウに臆面も無く
口元を緩めて、神社を訪れた男性が声をかける。

「…っ!」

鍔鳴りの音

それが場に響くと、神社を訪れた男性の
喉元にすぐにでも届きそうな位置に抜かれた刀の先端が、ライドウの手によって
留まっていた。

「…っ!ちょっ、…ライドウさん…っ」
「…は、はわわわ…」

この場の他の二人が鍔鳴りの
音が耳に入ったとおよそ同時…瞬く間そのものの速度で
振られたライドウの刀の存在を霊夢とルナが気付き、遅れた反応を見せる。


「…取り敢えず収めてくれないかな」
「お前の危険性が無くなった訳ではない…出来ない相談だ」

…殺されかけていると言っても過言ではない状態にも関らず、神社を訪れた
男性の声色は、変わる事はなかった。

「そもそも今回に至るまでお前が仕向けた事…不可解としか言い様は無いぞ」
「試して見せよと言われた人修羅に、根の国から引き上げて来たあの魂と精神」

「…お前の目的は何だ?」
「やれやれ…君が憤るのも無理は無いが…」

…何かの激情を堪えているかの様なライドウに問い詰められた金髪の紳士が
ばつが悪そうに被っている帽子に手を掛けた。

少々図が高いぞ 人の子よ

「っ…!」

先程迄の穏やかだった
男性とはあからさまに違う…自身の精神そのものが騒ぐ様な金髪の紳士
の声にライドウの刀を握る手が震え…硬直する。


随分と私を疑っているようだが 覚えておけ


契約すら違え 破り捨てようとするのは人間の方だ


「……そこまでだっ!」

「っ……」

場に割って入った罵声にライドウの刀を持つ手に力が戻った。

「…全く、嘆かわしいぞ…」
「とにかく刀を収めろ、ライドウ」
「…」

ゴウトが足元に来て諌めると、ようやくライドウが
目を瞑り…瞬時に刀を鞘に収めた。

「…内の若輩者が迷惑をかけたようだな」
「…そう、気にしなくてもいいよ」

…手にかけた帽子を紳士が被り直すと、来た時の柔和な
口調と表情をまた二人に向ける。

「…それでは、失礼を働いた手前で悪いが…契約通りの報償を
貰い受けるとしようか」
「勿論だ」

ゴウトの言葉を聞くと、紳士が手に持つ鞄を開いて中から何かを取り出した。

「…契約通りの物だ、受取たまえ」
「…」

取り出された…小さい無色透明の液体が入った瓶を
差し出されるとライドウが、それを何も言わずに受け取った。

「これを飲めばあの子のMAGも回復するだろう」
「それにしても…随分と気前がいいな」
「あの小僧…人修羅に振り掛かる火の粉になって
くれと頼まれた時は何かと思ったが…あの娘を助け、貴重なソーマまでとはな」
「…あの小僧を随分と気に入っている様だが、何故ここまでするんだ?」
「只の気まぐれが予想以上のきっかけとなっただけさ」

まだ落ち着いていない…重く緊迫した空気の中で問い掛けるゴウトに紳士が
どこ吹く風と言った様子で答えた。

「…そう言えば彼は?」
「先日の夜に姿が消えていた…貴様の差し金じゃないのか?」
「…やれやれ、疑われてばかりだな」

ゴウトにもまた問い詰められると、金髪の紳士が歎息する。


「…世話になったとは言え、貴様は信用できんのは
この若輩者の言った事ではあるが、事実だ」
「他にもこの世界の管理者の紫とやら…その者とお前に何があったか」
「さてね…と言うより、それを探るのが君達の仕事だ」
「…彼にも君達にも随分と嫌われている様だから、そろそろ去るとしようか」


目を伏せて紳士がそう言うと、また帽子に手をかける。


「…もう、あんた達の話は終ったようね?」

二人の会話を横で聞いていた霊夢
が、頃合いを見計らっていたのか、終わり際の会話に割り込んできた。

「…まだ少し待っていろ、巫女よ」
「別に…邪魔になる様な用じゃないわ」

どこか不機嫌そうに冷たく低い声で、ゴウトの嗜め
を一蹴すると、霊夢が金髪の紳士の横を
通り抜け…自身の目標へと近付いていく。


「っ……!」

先程のライドウの抜刀とそれを
向けられた金髪の紳士とのやり取りを見ていた者


…境内の地面にへたり込んで、腰を
抜かしていたルナに霊夢の据わった表情で近付いてゆく。

「ねえ、あんた…今度は何の悪戯を企んでいたの?」
「えっ…わあああああああああっ!」

傍まで寄って来た霊夢に気付いたルナが、即座に絶叫と
共に立ち上がって走り出した。


「…うえっ!」


が…勢いが余ったのか、蹴つまづいてその
逃走はすぐに無駄となってしまった。

「…何なんだ?こいつは」

派手に勢いを付けて、転倒したルナにゴウトが訝しげな視線を向ける。

「うう…もう…やだ…」

仲間に置いていかれた事か、自分だけ
が逃げ切れ無かった事か、打ちつけた痛みか…体を
起こして、悲痛に呻くルナの声には涙が交じっていた。


「置いていかれて落ち込む所で悪いけど…っ」
「…立てるかな?」








「ふえ…は…はい、何とか…っと」

かなりの勢いを付けてぶつけた体の痛みに堪えながら、ルナが体を起こすと
また差し出されていた金髪の紳士の手を握って、立ち上がった。

「…何というか…何度もすいません…」
「そう気にしなくてもいいさ」

申し訳なさからか、しおらしく頭を下げるルナに紳士が伏せた。

「…走り出す時は、ちゃんと地面を見て足を慌てて動かさない様に…それと
…そうだな、その履物を変えたらどうかな?」
「履物…ですか?」


少しだけの沈黙の後に紳士に切り出された提案に、ルナが首を傾げて
目を丸くした。


「その履物だと、およそ君が転ぶ事の大いなるきっかけとなってしまうよ」
「…お話は終った?」
「っ…!」

棘の付いた声で霊夢が、二人の会話に割り込む
とルナがまた顔を引き攣らせた。


「…もう仲間の所に帰ったら?あんた…今日はもう見逃してあげるわ」

また恐怖におののき始めたルナに霊夢が吐き捨てて、虫を払う様な
手振りを見せる。

「うん…邪魔をして、悪かったね」
「…そ…それじゃ…」

立上ったルナが見逃してもらえた霊夢に背を向けて、歩き出す
が足取りは遅く…まるで何かの心残りがある様だった。


「……確か…ルナと言ったか」
「っ…はい…ライドウさん」

…そのおぼつかない足取りのまま歩き、階段に足を
踏み出そうとするルナに急にライドウが声をかけて、その声にルナが振り向いた。


「…お前が探しているであろう人修羅は今出払っている…今日は
もう探すのはやめておけ」
「…はい、分りました」


振り向いたルナがその話を聞くとライドウにおじぎをして、ルナが
先程よりは,軽い足取りで階段を下っていった。


「…それじゃあ、自分もいい加減席を外すよ」

階段を下っていくルナを見届けて、紳士が目を伏せる。

「…どうせ来たんだから、おさいせんの一つくらい置いてったらどう?」
「やめておくよ…ここに来る前にこの神社の
御利益は良くわかってないと言われたからね」
「…誰によ?」
「それに…神に何かを願うのは趣味じゃないよ」
「…そうそう、それと」

怪訝な顔で聞き返す霊夢を無視して、紳士がライドウに振り向いた。

「また疑われるのも嫌だから、言っておくがあの
マレビトの件には関与していないよ」

そう言って、また紳士が帽子に手をかけた。


「全くね…君の」

「友の裏切りにも 狂気にも」


「…っ!」
「堪えろっ!…ライドウ」

対面している相手の言葉に形相を
歪ませたライドウにすかさずゴウトが強く諌める。

「…そう挑発して、若輩者をいたぶらないでくれぬか…」
「別にそういうつもりで言った訳じゃないけどね」
「…それと、あの子を見付けてくれた事には二人共本当に感謝していたよ」
「と言っても、また出ていったみたいだけど」
「それじゃあ、最後に…」


帽子にかけていた手を離すと、また帽子のつばから紳士の
目がライドウを捉えた。


「仲魔と言う者が君には沢山いるよね?」
「その中に…今の君に似た者が一人いたはずだ」
「…」
「……それじゃ」

敵意しかない、冷え切った声と視線を向けて来るライドウに歎息した
様子を見せて紳士が背を向けた。










「…はー…もう何も来ないでよ…ホント」

この場から紳士の姿が消えると、ゲンナリとしている霊夢が溜め息をついた。

「…迷惑をかけたな」
「…私に何か言うより、さっさと串蛇にもらったの
飲ませた方がいいんじゃないの?」
「そうだな…ライドウ!」
「…」
「説教は後だ…すぐにソーマを串蛇に飲ませるぞ」
「…分った」

ゴウトに声をかけられると、両手で貰った瓶を
抱えてライドウが居間へと早足で戻り始めた。








「…ねえ、川の音が聞こえなかった?」

……先を行く妖精の後ろの人修羅の肩に乗る妖精が耳に入った
さざなりの様な音に気付き、二人に確認した。

「確かに此処の近くにー川がありますよー」
「だってさ…ちょっと休憩してこうよ」
「そうですねー…私も目が覚め切っていないのでー」

「それじゃあ、先にそっちの案内をお願いねー」

二人の提案を人修羅が承諾すると、肩の上の妖精が大きい声で
前を歩く妖精に大声を掛けた。








「…着きましたよー」

森の木々を抜けて、視界が広がると目の前には確かに川が
音を立てながら緩やかに流れていた。

…上流から流れて来た物か、川には落ちた紅葉が
浮かんで、面々の視界を横切っていく。

「へー…こんな所に川が」


川が目に入った瞬間、人修羅の肩の上の妖精が肩から飛び立つ。

「それじゃーお先に失礼しまーす…」

先を行く妖精が川の傍まで寄るとしゃがみ…流れるその清流に両手を沈め
そのまま川の中で手を組み、水をすくうとその水を自分の顔に掛けた。

「ぷー…」

…肌に直に触れた川の水の冷たさに妖精が、堪えきれずに息を吐くと
髪に少しかかった水を払うのに、首を左右に振り続けた。

「それじゃあ…次は私ね」

肩の上から飛び立った妖精が高度を下げ、川の傍の地面に降りて、身を屈めた。

「…うーん」

…間近での川の流れを見て、何故か悩ましそうに妖精が
唸ると、また地面から宙に浮いた。

「ねえ、あんた…お水をかわりにすくってよ」
「この川の流れじゃ、私も流されちゃう…ね?」

飛び立った妖精が、人修羅にそう頼むとと、人修羅も
川の傍まで歩み寄り、身を屈めて川の流れに両手を沈めて、水をすくい上げた。

「そのままじっとしててね…」

組まれた人修羅の手の傍に妖精が立つと、手の間に貯まった水に顔ごと突っ込んだ。
…手の間の水は妖精に徐々に吸い込まれて、どんどん干上がっていく。

「…ぷはっ…!」

手の間の水が無くなると、盛大な吐息と共に妖精が顔を上げた。

「はー…生き返るわー…」

喉を通る水の冷たさに目を細めて、妖精が口元を拭う。

「…おっ?」

川の傍の妖精を摘み上げて、そっと後ろの地面に下ろすと、人修羅も
流れる川に手を突っ込んだ。

先程と同じ様に手を組んで水を汲み上げ…引き上げた手の中で
ゆらゆらと揺れて、小さい波を立てるそれに人修羅が口を近付ける。

……口内を占領する冷たく清涼な感覚に人修羅も
二人の妖精の様に安堵の息を洩らした。

…たまらずにまた人修羅が水をすくって顔に叩きつけると
冷たさの余りに呻き声を上げてしまう。

「がっつきすぎよ、大丈夫?」



「はー…目がー…覚めました」

…二人が川の水を堪能しきると、先に川の水をすくった妖精が目元を拭った。

「…眠ったまま案内してたの?」

「睡拳なんて私は使えませんよー?」

目元を拭い終えた桜の木の妖精が、手を振りながら困った笑みを浮かべる。

「所で…私はリリーホワイトと申しますが、そう言えば
お二人のお名前はー…」

目上の者を伺うような口調で桜の木の妖精…リリーが名前を尋ねて来た。

「横にいるのが人修羅…私は只のからっ風の妖精よ」
「そうですか…では、人修羅さんですよね?神社まで行きたいのは」

「…その、申し訳無いのですが…案内出来るのは途中までです」

そう言ってリリーが目を伏せて、頭を下げた。

「私達妖精は自然の力が弱まると、自然の具現
である私達の存在も弱まってしまうのです」
「春の季節ならおおよそ何処でも出来ますが、今は
秋ですので…案内出来るのは、森から抜けるまでとなります」

「……そうですかー、ではそろそろ行きましょう」

頭を上げて、人修羅の返答に朗らかな笑みを
浮かべるとリリーが森の方へと戻っていく。

「おっ…」

まだ川辺で手を沈めて水の冷たさを堪能していた妖精を
摘み上げて、肩に乗せると人修羅も森の方へと歩き始めた。









「串蛇…串蛇っ…起きるんだ!」
「……」
「…脈はあるの?」
「そもそも息をしているだろう…だからまた縁起でも無い事を言うなと…」

訪れた金髪の紳士が、去った後の神社の居間

……布団で眠り続けている串蛇の耳元で、ライドウが
叫び続けるが、反応は無く…その叫びは空回り続けていた。

「しょうがないな…あの怪しい月から来た医者にでも」
「おい…内の危篤を迎えている者を所在が」
「………うるっ…さいなあ…っ」
「……串蛇っ!」
「…目が覚めたの?」

目を覚ます様子の無い串蛇に、霊夢が方法を
画策するが…それを実行するよりも先に、串蛇の小さいながらも
確かな返事がやって来た。

「…ほれっ、…これ飲めばっ」
「っ…」

…その確かな返事を聞いた瞬間に、先程まで狸寝入りでもしていたか
の様に串蛇が、即座に体を起こしてライドウの手に持つ瓶を奪い取った。

「ええんやろうっ……」

そのライドウから、奪い取った瓶の栓を開けると何も
尋ねないままに串蛇が口を付け…瓶を傾けた。

「串…蛇…っ」
「…ねえ、あれお薬みたいだけど致死量とかないよね?」
「…おい、ライドウ、止めるんだ!」
「…はあっ」

予想には全く無かった串蛇の急な行動を止める様にゴウト
がライドウへ激を飛ばすが…その前に串蛇が瓶の中身を飲み干してしまった。

「串蛇っ…大丈夫か!?」
「…このっ……」

飲み干しきった空になった瓶を置くと、串蛇がライドウに顔を向けた。

「…串蛇?」

血相を変えて、容態を尋ねていたライドウが、何故か串蛇が体を
震わせて…親の仇を見る様な目つきで自分が睨まれている事に気付く。

「…あほおっ!」

そして罵倒と共に…串蛇が枕を
手に取ると、振りかぶり全力でライドウにそれを放り投げた。
放り投げられた枕は唸りを上げて、不意を
突かれ切ったライドウの顔面に激突する。


「…またウチに何か隠してたなぁっ?!」
「……串蛇、落ち着け」

投げられた枕が鼻を打った衝撃に悶絶しながら、ライドウが片手を
かざして、串蛇を宥める。

「やかましいわっ!この嘘吐きっ!このっ、このっ…!」

その説得も空しく、布団に落ちた枕をまた
串蛇が抱えて、ライドウに対して鈍器の様にそれを振り下ろし続けた。

「…まったくっ、…今更になって、…ぶり返してきたわ…っ!」
「都世の事もっ!大月の事もっ!…何で黙ってたんやっ!」

…串蛇の込み上げてきた激情の余りに枕を両手で
持つと、渾身の力を込めてライドウに刀で幹竹割りをするか
の様な勢いで縦に放った。

「…」

放られて顔面へと迫るそれに、ライドウが
防ごうともせずに姿勢を保ち…そのまま枕はライドウの顔面にまた
派手な音を立てて、直撃して布団の上に落ちた。

「…はぁっ、はぁっ…!」

…起きて、何かに取り憑かれたかの様な
大暴れも限界を迎え…息を切らして真っ赤な顔に大粒の汗を
浮かべて、串蛇がへたり込む。

「…串蛇」

顔に走る痛みを堪えながら、ライドウが口を開く。

「そろそろ気は…!?」

ようやく怒りを収めた…とライドウが予想して
話し掛けたが…予想は外れた様で今度は先程傍に置いた空の瓶を
串蛇が手に取った。

「…まてっ、串蛇っ!」

「なあ、巫女よ…仲間には治癒の術を持つ者がいるから、お前が
先程言っていた専門外の葬式の心配は無いぞ」
「私の今の懸念は……部屋用の箒を何処においたかよ」









「…全く」

畳に一箇所にあつまった瓶の破片の数々を見下ろして、霊夢が歎息した。

「喧嘩は外でやってほしいものね」
「…御免な、霊夢さん」

部屋の隅で座っていた串蛇が、箒を持って
立っている霊夢にしおらしく謝った。

「別にー…謝らなくて…いいわよ…」

言葉の通りに大して気にしていない様子で霊夢が
破片をちりとりに詰め込んでいく。

「何か…お金のかかる物が…壊れても、貰う所から貰えばいいしね」
「貰う所って…何処や?」

破片を全てちりとりに詰め込み終って前かがみだった体を
起こす霊夢に串蛇が首を傾げて尋ねた。

「勿論、人修羅さんによ」
「…どうしてそうなるんだ…巫女よ…」

部屋の外の縁側で話を聞いていた
ゴウトが、二人に近寄りながら溜め息交じりに話し掛けた。

「大体、紫がちゃんとこの世界の管理をしないからじゃないの、この状態は」
「この場にいない人修羅さんにお金を渡して懐柔してるんだから、その
お金を慰謝料として私が貰っても問題ないわよ」
「…がめつい事だな」


「…ええやないの、ゴウトちゃん」

嘆かわしいと言いたげなゴウトに縁側でライドウの怪我の治療をしていた
悪魔…スカアハが気楽げに否定した。

「金は回らんと腐るからな…買わなきゃ生きていけんなんてもん
があんま無い悪魔っちゅうか、人修羅やけど…とにかくあぶく
銭はとっととばらまてくれたいた方が世のため人のためやわ」

もうライドウの治療も終ったのか、正座のまま浮きながら部屋へとスカアハが
戻ってきた。

「…そう言う講釈はいい…お前にも聞きたい事が」
「あ―はいはい、わーっとるて…ルナちゃんの事やろ?」

ゴウトの話の切り出しを遮って、スカアハが手を振った。

「はっ?…あいつらまたここに来て何か悪戯していったの?」

話を聞いていた霊夢が、顔をしかめながら話に割り込んできた。

「…なあ、ライドウちゃんっ…もう怒ってへんやろうから、部屋に
戻ってきたらどや?」
「…」

スカアハの言葉を聞いても、ライドウは動かず縁側に腰掛けていた。


「…もうええわ、ライドウ…とっとと戻ってきいな」

吐き捨てる様に串蛇がライドウに声を掛けると、ライドウが立ち上がった。

「…全く、そう言う所が腹立つんや」

部屋に戻って正座するライドウに串蛇が小声で憎まれ口を叩く。

「なあ、ライドウちゃん…ここでくらい足崩したらどうやの?」

スカアハが畏まったその姿勢に浮きながらライドウの傍まで寄った。

「…ちょっ!?ライドウその悪魔くっつきすぎやっ!」

…なぜか串蛇が今度はスカアハに指を指して激怒する。

「あん?別にいいやないの、これくらいは」
「…スカアハ」
「はいはい…かなわんなあ、お姫様には」

手を上げて飽きれた素振りをしながらスカアハがライドウから離れた位置で
空中に止まった。

「そろそろいいか?…ではまず、あのライドウとスカアハが知っていたルナ
とか言う妖精だが…」
「…それについては」
「はい、せんせー」

まず霊夢が喋りだしたが、それを追う様にスカアハが手を上げた。

「…まず巫女からだ」

「はー、ゴウトちゃんも若い子が好きなんかー?オバちゃんは
どうでもええんかー?ピチピチが好きなおっさんかー…?」

「…とにかく捨て置いて話を進めてくれ…巫女よ」

「まずあのルナって言う妖精はいつも家に悪戯仕掛けてくる妖精の一匹よ」
「…倒してもまた復活するだけで大した輩じゃないわ」
「それでは次に…スカアハ」
「はいはいー、真打ち登場っと」

手を上げながら、意気揚々とスカアハが返事をした。

「…確かに巫女さんの言う通りに大した事無い妖精や」
「けど、何かうちらが知っとるあの坊主…人修羅に何か興味あるみたいなんや」
「…興味とは?」
「ゴウトちゃんには取るにたらんもんやし、聞くだけ野暮やと思ってえな…」
「もし…それ以上疑ってルナちゃんにご無体を働こうとするとお…」

スカアハが言葉を言い切らない内に部屋の中の
ゴウトの背の影から手が伸びて…ゴウトの首を掴む。

「ゴウトちゃんは三毛猫やないから、三味線には
向いとらんなー…ウチのお城に剥製にして飾ってー…」
「…無害ならこちらも捨て置く、さっさと離せ」
「あたしにはあの妖精達は有害極まりないけどね」
「…スカアハ」
「はいはい…最初にこうやってハッタリかました方がええおもてね」


ゴウトとライドウの言葉を聞くと音も無く、ゴウトの首に巻き付いていた
首は影の中に引き込まれて消えていく。

「ゴウト、スカアハの言う通りに捨て置いてもいいだろう」
「そうするか…仮初めの肉体でも失うのは惜しいものだ」
「さて次は…あの金髪の紳士の事だ」
「さっき来たあの人?」
「そうだ…恐らく人ではないだろうが」
「じゃあ何よ?妖怪なの?」
「…まず、何故ここに我々と人修羅を招き寄せたのか」

首を傾げて聞き返す霊夢を無視してゴウトが話を進めた。

「…そもそもさっきの契約が動向って何だったの?」
「その契約と言うものは…我々があの人修羅と言う小僧を試せと言う依頼だった」
「なあ、ライドウ…またあんたウチのためにひどい無茶を…」


ゴウトの言葉の途中で串蛇が身を乗り出してライドウに迫った。


「串蛇、その件はお前とライドウが会う前の事だ…噛みつかなくていいぞ」
「ともかく…その依頼を済ませたにも関らず、十万程の出費すらして
何の報償も貰えなかった」
「そして…我々がいた世界であの騒動が起こり、串蛇の秘法が発動して
お前の体だけ残った」
「……そう言う事か」


ゴウトの言葉を聞くと串蛇のさっきまでの大声を
張り上げていた威勢が嘘の様に無くなり、頭を俯かせた。


「…タエ殿も白菊も鳴海の奴もちゃんと生きている…それは嘘でないぞ」
「…うん」
「…騒動も収まり、しばらくした頃、何時もの様に依頼を終らせて帰路についた
逢魔が時も過ぎた頃…あいつが姿を現した」
「問答も無く、この世界…幻想卿の道端に落とされて
あの紳士だけが言いたい事を好きなだけ抜かして、我々は途方に暮れた」
「途方に暮れたまま聞いた神社へと向かって…この場に至った訳だ」
「そいつはご愁傷様ね…」
「さて、次は…あの紫とか言う妖怪だが…」
「んー…あいつー?」


話をつまらなく思えてきたのか、霊夢が床に手をつきながら無気力な
返事をした。


「タチの悪いやつよ…私の家の茶菓子やお茶を
勝手に拝借してのける…妖精よりもね」
「…そういう事でなくてだな」
「なあ、巫女さん…お茶ならオバチャンが淹れたろか?」
「んー…お願いねー」


ゴウトは真面目に話を進めようとするが、暖簾に腕押しと言った様子で霊夢が
スカアハの申し出にまた無気力な返事をした。

「ちゃんと話を…っ」
「はいはいもー、聞いてるわよ…」

声が震え始めたゴウトに霊夢が手を振って宥めた。

「…と言うか私は串蛇にも聞いた方がいいと思うけど」
「…えっ?」


頭を俯かせて、何かを考え込んでいた串蛇が霊夢の
唐突な指名に跳ねる様に頭を上げた。


「…何や、霊夢さん?…急にウチに何を?」
「あんた…えーと、人修羅さんが言ってた車だっけ?…に紫と一緒に乗って
此処に来たじゃないの?」
「その時の事、覚えていないの?」
「…目え覚めたら何や、車の中おって…すぐに降りて逃げ出そう思たんやけど
窓覗いたら何かわけわからんもんが沢山あって…」
「横で座ってた紫とか、霊夢さんが言うあの妖怪が外に出ない方がいいとか…」
「そんでもって…最後にこの神社の庭に出たんや」
「…悪かったわね、あんまり思い出させちゃいけないものを思い出させて」


言葉を繰り出す串蛇の様子を見て、霊夢が目を伏せて謝った。


「…そもそも紫とか言う妖怪は一体何者だ?お前は随分と関っているようだが」
「べつにー…妖怪は妖怪よ」
「…めんどくさいから、簡単に言うとー…まず…妖怪は敵なの」
「…敵…とは?」


宙を見上げながら、気だるげ様子で霊夢が答えると
ゴウトが訝しげな視線を向けた。


「まず妖怪は人間の敵…人間に畏れられなければ存在が保てなくなるの」
「私達、人間みたいにわかりやすく飲み喰いをするだけではね」
「…だから、この世界では何か妖怪が面倒事を起こして、人間が
それを収めて…そう言う事が必要なの」
「…その面倒事を収める役目を
受け持ったのが、妖怪を退ける神の使い…この神社の巫女と言うわけよ」
「…やはり良くわからんが」
「話はまだ終ってない…そもそも此処は現世とは隔離された
妖怪の支配下にある環境なのよ…はー…」


其処まで言うと、霊夢が何故かため息を吐いた。


「お腹すいてきたな―…」
「…肝心な所で話を切るな」
「だってもう、お昼も大分過ぎたでしょー…」
「…はいはーいっ、おまっとさーん」


話が止まった中でスカアハの
陽気な声が聞こえると、部屋の影からのびてきた湯飲みを持った手が
部屋にいる面々の前にそれを置いていく。
全員に湯飲みが置かれると、最後に部屋の中心の畳の上に煎餅が沢山乗った
皿が置かれた。


「…棚の所の煎餅やったけど、別に良かったよな?巫女さん」
「…ええ、まあ…」

影から出て来た煎餅とお茶に手を
つけるのは気が進まないのか、霊夢が気乗りしていない返事をした。
そんな中ででライドウが身を乗り出して、一番先に煎餅を手に取る。
手に取った煎餅をライドウがかじり付く前に串蛇も煎餅を手に取った。

「…さっきの話の続きだけど」

それを見た霊夢が煎餅を手に取るが、かじり付く前に話を続け始めた。

「この隔離された妖怪の支配下にある世界…その世界の管理者」

そこまで言うと、霊夢がおそるおそる煎餅を見つめてからかじり付いた。


「要するにその世界の管理者がその紫とか言う者か…」
「…なあ、所でウチの目が見える様になったって何でなんや?」

「っ…んー…」

……噛んでいた煎餅を飲み込んだ霊夢が俯いて考えた。

「…結界のせいかも」
「結界…とは?」
「この幻想卿の隔離をしている…特殊な結界よ」

喋りながら湯飲みを持った霊夢が中の濁ったお茶を見下ろす。

「ここには外界の現世における非常識…忘れられた物
や消えた物…そう言う物が集まってくるのよ」

「場合によっては普通の人間でも、何かの拍子に訳の
分らない事だって起こるかもね」

それだけ言うと霊夢が湯飲みに口を付けた。

「常識と非常識…何や、ようわからへん…」
「…恐らく串蛇の目は呪いによって通常の誰にでも見えるものは見えないが
普通は見えない異界や悪魔を感じる事は出来ていた」

「…ここは世界ごとが異界の様なものだ…見えたとしても
有り得ぬ事ではないな」

「…これで、大体お互いが話し合う事は終わりか」

ゴウトが首を振って視線で面々に確認を促した。

「で…これからどうするんや?」

畳の上に胡座をかいていたスカアハがゴウトに尋ね返す。

「…この場にもう二人いるべきであった者がいたんだが…」
「はー…人修羅の坊主か…」
「…あのお付きの妖精と妖怪の童が探しにいったが…そろそろ我々も
手伝わねば」
「その前に…ライドウ、いつものあれだ!」
「…」
ゴウトに激を飛ばされて、ライドウがマントを翻すと手の中に小さい手帳の
様なものが残っていた。

「やれやれ…今思えば先に取り出して、かきながら話を
進めるべきだったか…」

手帳が畳の上に置かれると、ゴウトが近寄り、牙
で器用にそれを開き…続いてライドウがとても小さい小人が
使うような筆を取り出して畳に置いた。

「それにしても書ききれん…簡略化するとしようか」

そう言ってゴウトがその小さい筆を咥えると、手帳に字を書き始めた。


「………」
「………」
「………」

筆を口で咥えて手帳に字を書く…只、それを一心に繰り返すゴウトの
その行為を霊夢達が煎餅にかじり付き、茶を飲みながら眺め続ける。

「…はよせんと、日が暮れるで」






「…此処を抜ければもうすぐですよー」
「だってさ、最後の一息がんばろーっ!」

肩の上の妖精が威勢良く人修羅の耳の近くで叫んだ。
木々の間を通り、葉の敷き詰められた地面を慎重に歩いて人修羅が先を行って
待っているリリーへと足を力強く進めていく…。





「はー…やっと着いたねー…」


目の前の開けた木々の無い平地…その存在に肩の上の妖精が
嬉しそうに音を上げた。



たまらず人修羅も大きく背を伸ばして……徒労
の余りに叫ぶ様に大きく息を吐く。

「…お疲れさまです」

…感激そのものの仕草をする二人にリリーが深くお辞儀をした。

「…まあ、そこまでしなくていいわよ」

「そ、そうですか?…それで人修羅さん、先程も言いました様に案内を
出来るのは此処までです」
「ですので、此処からは…」

そう言ってリリーが指を指した先には先程迄散々に迷った
森の木々の一部分がそびえていた。

「とにかく、森に沿ってこの方向を絶対に森の中に入らない様に歩いて下さいね」
「だってさ…分った?」

「それじゃあ、案内も終った事だし…帰ろっかな」

そう言うと妖精が人修羅に背を向けて森の中に戻ろうとした。


「ん?何よ?」
帰ろうとした妖精が、人修羅に呼び止められて振り向いた。

「…なか?…何が言いたかったの?」

何かを言おうとしたが人修羅が途中で言葉を
飲み込んでしまい、妖精が怪訝な顔を見せた。



「…別にお礼なんて良いわよ…お望み通りに連れてきただけだしさ」
「私よりも言って上げた方がいい子がいるんじゃないの?」



「そ、そんなあ、いいですよー」

妖精の指摘をうけて人修羅が、リリーにお礼を言うと手を
振りながら、顔を赤らめた。

「それじゃ…いこっか」

別れ際の話も終ったと妖精が羽を動かすと今度はリリーの肩に着地した。

「…何故私の肩に乗ってるんです?」
「んー…何か気に入っちゃってー…」
「そうですか…それではー」

肩に乗られた事は
大して気にしていないのか、理由だけ聞くとリリーが人修羅の方に振り向いた。

「…道中お気を付けて」
「また迷って会ったら、ドングリ剥いてよー」








森の中へと姿を消していった二人を見届け…教えてもらった
方向に振り向いて人修羅が歩き出すが、何を
思ったのか…途中で足を止めて俯き、拳を握った。

そのまま固まった人修羅が、突如握った手を上げて…顔の前に飾す。

そのままこの世界…幻想卿に来た時と同じ様に人修羅が祈る様に目を
瞑り、飾した手を上へと掲げた。

が……その仕草を終えても周りは何も
変わらず…人修羅がそれを認識すると溜め息を
吐いて着込んでいる着物に張り付いていた枯れ葉を取りながら歩き出した。









「…よしっ!書き終えたぞっ!」

ゴウトが筆を置いて威勢の良い声を張り上げると、すぐさまライドウが
手帳と筆をマントの中にしまい込んだ。

「探偵の本分の調査したものの書き記しも終えた…次の
本分の人探しに取り掛かるとするぞ…ライドウ!」
「修羅が抜けとんでー…」

揚々とするゴウトとは対称的にスカアハは
待つのに疲れたのか、合いの手の冗談の声は低かった。

「…まずはあの人修羅のお供の妖精と合流して情報を交換した方が良かろう」

スカアハの冗談も無視してゴウトがライドウに当面の予定をすぐに提案する。

「鼻の聞くオルトロスならばそう時間もかからん…日が暮れる前に連れてくるぞ」
「ちょい待ちな、ゴウト」
「…何だ?」

串蛇に引き止められると、ゴウトが露骨に渋い返事をした。

「ついていきたいと言うのなら、やめておけ…只の森の中だぞ?」
「…ええやんか、もうウチを付け狙うモンもおらん上にさっきライドウが
もろてきた薬飲んで、体調も万全やで?」
「串蛇」
「…何や?ライドウ」

ゴウトと喋る串蛇がライドウに話し掛けられると
不機嫌そうに口を曲げて振り向いた。

「明日にでも人里に連れていく…それで我慢してくれないか?」
「…駄目やな、あんたは嘘吐きやからな」
「また明日…事情が変わった…何て言われたら目も当てられへん」

頼み込むライドウに串蛇が静かな声で…恐らくライドウの真似を
馬鹿にするようにしながら、そっぽを向いた。

「…あのな、串蛇」
「…ふん」

取り付くシマも無さげな串蛇にゴウトが注意しようとするが、串蛇はそっぽを
向いて口を尖らせた。

「まったく…聞き分けの無い奴だ」
「ねー、どのみち明日人里には行くんでしょ―?」
「お前まで…なんだ?」

串蛇の態度に嘆かわしいとゴウトが目を伏せるが、霊夢が話し掛けると
うっとうしげに薄く開いた目を向けた。

「だったら、色々胃腸薬とか酔いどめとかも
買ってきてよ、昨日は食べ物とかばっかりでそう言う常備品の事を忘れてたわ」
「あのなあ、巫女よ…今はそう言う話をしている場合では…」
「…なあ、霊夢さん」
「ん、何よ?」

串蛇に声をかけられ、霊夢が串蛇に顔を向けた。

「…森ってそんな危険なんか?」
「んー…基本的にねー…」

串蛇の質問に霊夢が目を瞑って腕を組んで首を傾けて唸り始めた。

「…何処行っても人間だったら危険よ、人里以外はね」
「森にはなめくじだの蛙だの蛇だの―…」
「…蛇…か」
「他には何処にでもボウフラみたいに沸く妖精達が
沢山いてそいつらが迷わせにかかってねー…」
「まっ、お勧めしないわね…少なくとも
森は…紅葉ならここでも見れるしね」
「…そんなもんか」


頭を戻して最後に霊夢がそう言うと、串蛇が意気が
消沈したのか、俯いて息を吐いた。


「…ゴウトにライドウ―…とっとと行きーな…」
「ウチの気が変わらん内にな」
「だそうだ…行くぞ、ライドウ」
「…」

無言でライドウが立ち上がると足元にゴウトがすぐに駆け寄った。

「…」
「…?」
「…」
「…な、何や?霊夢さん?ウチの顔に何かついとるか?」

この場の騒動も治まり、ライドウが
出掛けようとする前…霊夢が串蛇に顔を
向けたまま見つめられていた事に気付き、串蛇が
狼狽えながら霊夢に理由を尋ねた。

「ちょっと…待ってっ…ライドウさん」
「…何でしょう?」
「…何かあったか?」

呼び止めた霊夢の声はさっきまでのだらけた
調子は無く…緊迫としたものが含まれていて
ゴウトもライドウも霊夢の傍まで戻って話を聞こうとした。

「さっき…穢れの事を話したわよね」
「その話なら覚えている…どうかしたか?」
「…まだその穢れが残っているわ」
「…えっ…」

唐突に霊夢に投げられた言葉に串蛇が固まる。

「…どういう事だ?巫女よ」
「貰ったあの薬…あれって穢れを払うような効力は無いの?」
「あの薬は失ったマグネタイト…生命力を回復させるだけだ」
「…我々とした事が…串蛇の健在に気をとられすぎたか」
「…なあ、霊夢さん…その、穢れが取れんと…」
「…大丈夫よー…ほら、あんたたちは人修羅さん探しに行った行った」
「…穢れはどうするんだ?」
「私が払うわよ」


ゴウトの問い掛けに動じた様子も無く答えて、霊夢が立上った。


「それじゃあ、倉庫まで行って穢れを払うための道具を取ってくるわ」

そのままゴウトに対して有無も聞かずに、霊夢が
縁側に出て居間から姿を消していった。


「…やれやれ、浅いのか、そうでないか…つくづくわからん奴だ」
「…何するか決まったー?ライドウちゃん」
「そう言えば…先程から姿が見えぬと思っていたが…」

不意に何時の間にか縁側から顔を
出してライドウに話し掛けるスカアハにゴウトが振り向く。

「チョイチョイっと周りに何か無いかと偵察にな…」
「勝手にサマナーの指示も無いのにうろつくな」

スカアハの言葉にゴウトが注意を吐き捨てた。

「ゴウトちゃんがオバチャンにご説教何て…早いでー?どれくらいかは
具体的には言えんけど」
「まったく…ライドウと言い、俺の周りは聞かない者ばかりだ」
「…串蛇」
「…何や、ライドウ」

この場から一旦去った霊夢の指摘の後…俯いて、口を
結んでいる串蛇にライドウが呼び掛けるが、串蛇は俯いたまま目
を合わせずに返事をした。


「さっき言うたやろ?…もう気は変わったって」
「…探しものを仲間に任せきる事は出来る…不安だと」
「…さっさと行きぃっ!…さっさとっ…」
「…何や?また癇癪おこしたんか?」
「…」


部屋に響いた余りの大音量の串蛇の声にスカアハとゴウトが
小競り合いを止めて二人に目を向けた。

「…あんたは、嘘吐きやけど…」
「…戻ってくる事には嘘はつかん」
「…」

串蛇の静かなその言葉を聞くと、ライドウが即座に縁側に出て
履物に足を通した。

「スカアハ、この建物の番を頼む」
「はいよ、ライドウちゃん…巫女さんの邪魔だけはせんようにするわ」
「…では行くとするか、ライドウ」


「やれやれ…あんたももう少し愛想振り撒いたらどないやねん」


…この場からライドウとゴウトが姿を消すと、スカアハが
串蛇に先程のライドウに対する態度を嗜めた。


「そんなもん振り撒かんでも、ライドウはウチの言う事聞いてくれるわ」
「はー…変な所でライドウちゃんに似とるなあ…全く」

取り付くしまも無さげに吐き捨てる串蛇にスカアハが重い溜め息を吐いた。

「まっ、若いもんはこんなもんやろ…言って聞くようなもんでもな」
「…大体あんたいくつやねん」
「都合の悪い質問にはたーいさーんっ、と」
「はっ?!ちょい待ちな…」


影の中に早々に沈んでいくスカアハに串蛇が取り乱して、呼び止めるが
そのまま、またスカアハが影の中に沈み姿が消えた。

「…全く」

スカアハの姿が消えて、怒りも火が消えたのか…串蛇が腰を上げて
立ち上がった。

「…話は終った?」
「…ああ」
「そう、それじゃあ外に出て…串蛇」








およそ幻想卿の昼も大分過ぎた頃

悪魔か人か

その境界が定まっていないその者はこの世界の境界の
端に有る神社へと只、歩いていた。

秋の季節を迎えて、冬は近付き…冷たさが多く交じった
この世界の風がその者に向い、通り過ぎていく。

頬を撫でるその風の冷たさにも動じずにその者は目的の場所へと向い、足を進め
只、道を歩き続ける…その途中でその者の目の先の地面は無くなってしまう。

無くなってしまった地面の一歩手前までそのままその者は歩き、足を止める。

立ち止まったその者が目を凝らし…無くなった地面の先の
高台からの広大なる景色を目の当たりにした。


高台から見下ろす事が出来る地上の紅葉に染まった木々の森


その更に先…幾つもの山の影は雲に覆われて、麓の部分より上は
その雲に隠されている様にそびえ立っていた。



…景色の中に目標への指針となる物は無いかと、その者は目を動かすが
目的の神社も訪れた事のある里の姿も此処から見える事は無かった。


その内に景色から指針を見つけだす事をその者は諦めて、自分が今立っている地面
から足を少し進めて、俯いた。


その者の視線の先…急斜面の崖は地面は見えるものの、今の
その者の位置からはかなりの高さだ。

崖の途中には木も草も何も無いが、遮る物が無いその先は
遠く…・・その者の判断を鈍らせた。


その者が首を振って近くに安全に崖を
下る事は出来る場所はあるかと探し始めるが、視界の
端にあるにはあったが、かなり遠く…その事にその
者が気付くと、もう一度崖の下を見下ろした。


その者が崖を見下ろしたまま固まり…この少し後の衝撃を想定して、息を吸う。

…もう自分の中の算段はすんだのか、崖下を見下ろすその者の瞳は
揺るがず留まっていた。

口を結び…足を半歩づつ崖へと進めてその者が身を
屈めて…曲げた膝を一気に伸ばしてその者の身が中空に放られた。







…体中に広がる着地の衝撃にその者が目を瞑った。

……波紋の様に広がるそれが消えると、その者が深く息を
吐いて、目を開けたが…着地によって亀裂が入った地面から巻き上がった
土煙が視界を曇らせていた。

手を無雑作に振り回し…土煙を払いながらその者が
再度煙の中から歩き始める。


その土煙の中…目を手で覆いながら、正面を向いて歩くその者の
目の先に煙に紛れた影。


土煙に紛れて見えるそれは…人の形をした者。

目の先に現れたそれにその者が口を開き、声を掛けようとした
瞬間に目の前の影が動いて、伸びた。

それが引き金であるかの様にその者を殴りつける様な圧力の風が突如として
吹いて…たまらずにその者が腕で顔を覆う。

…唸りを上げて吹き付ける豪風に堪えつつもその者が
腕を上げて目を覆いながら目の前の者が何者であるか
計ろうとするが、風に紛れた砂に目を開ける事は出来なかった。

何も出来ないままその者は歯を噛んで…足の踏む力を強めて、ただ
風が過ぎる事を待ち続ける。


そして…体中にかかる強風の圧力が突如として消えて、即座にその者が
顔を覆っていた腕を払った。

…強風によって、開けた視界に浮かんでいた
土煙は完全に消えて無くなっている。


そして顔を上げたその者の目の先に…先程の影の主と思われる者が立っていた。


「……突然の向かい風を大変に失礼致しました…」
「始めまして、私は…」

その者の目の先の何者かが深く頭を下げて、笑みを浮かべながら顔を上げた。


「…妖怪の山の清く正しい烏天狗…射命丸文と
申します、以後お見知り置きを…人修羅さん」







「さて…」

対面している名乗り上げた者…文は人修羅の言葉も待たずに、懐から筆と
メモ帳を取り出して、何かを書き込み始める素振りを見せた。

「ええと…それではー…」

筆を握り…メモ帳を見下ろしたまま文が言葉尻を伸ばして、固まる。


「取り敢えずー……そうですね、取り敢えず、生年月日を教えていただけますか?」
「ああ、呪い殺されたりするのが嫌でしたら他の方のものでも結構ですよ」
「適当でいい加減な占い師の生年月日がおすすめです」
「ああ、そうそう、それで思い出したのですけど、般若心経はお好きですか?」
「最近だと里の近くのお寺で山彦と妖怪を救おうとか言う怪しげな
考えのが良く上げてますが、それについてどう思われますか?」
「やはり人間の上げたお経の方が鞭打ちの刑は減ったりしますか?それと…」


…およそ相手の言葉を待つ事なく、一方的に捲くし立て続ける文に人修羅が
言葉を模索するが、適切な言葉は浮かばなかった。

「…ああ、申し訳ありませんっ!」

捲くし立て続けていた文がその内に人修羅が戸惑っている事に気付いて
何かにぶつかったら跳ね返る様な勢いで頭を下げた。

「…思わず出過ぎた真似を、失礼しました」

…ほぼ一方的といった謝罪をすると文が頭を上げて、人修羅と目を合わせた。

「では改めて…まず教えていただきたい事があるのですが…」

人修羅に向けられている文の目は真っ直ぐに人修羅を捉える。

「…あなたは悪魔ですか?人間ですか?」

「…はあ、人修羅…ですか」

人修羅の返答に文がすぐさま手に持ったメモ帳に何かを書き込んだ。

「…その、人修羅とはどういった種族なのでしょう?」

…臆面も無くまた文が人修羅に尋ねるが、人修羅が口を結んで正面の文の
横を通ろうと足を動かし始めた。

「…あの、修羅と言う事は…地獄から抜け出して、この幻想卿に来たんですかー?」

次に出した文の質問に答えずに人修羅が横を通り過ぎて閉口したまま
目もくれずに歩き始めた。

…追って来る気は無いのか、後ろからの足音等は人修羅の耳に入って来なかった。

そのまま足を止めずに人修羅が歩き続けるが、今度は
背中から凄まじい…気体では無く固形の何かがぶつかって来た様な
暴風が人修羅に吹き付けた。

反射的にさっきの様に人修羅が足を踏ん張って
堪えるが…その暴風はすぐに通り過ぎて後ろへと
込めた体の力で勢いが余り、思わず人修羅が倒れかけた。

「大丈夫ですかー?」


…倒れかけた人修羅が、何故か頭上から聞こえた文の声に即座に首を傾ける。
首を傾けた人修羅の視線の先…さっきまで自分の後ろにいた
はずの文は地面から足を離して、人修羅の頭の位置よりも高い中空にその
体が浮かんでいた。
…空中から自分を見下ろす文を認識すると、人修羅が手を上げて
何かに備える様に体を引いて警戒を強める。


「へえ…やる気ですか?」
「…先程の私の風に堪え、崖から飛び降りても
大した怪我も無いあたり、あなたはあまりありふれた者ではないでしょうが…
そもそも…あなたはあの賢者とどう言う関係なんですか?」


上空の文が何時の間にか、取り出していた扇を
警戒の姿勢を取る人修羅に突き付ける。

「この世界の管理者…八雲紫が近付くなと山の者達に警告した者
そのあなたが…何が目的でこの幻想卿に来たんですか?」

「…そんな提案は信用出来ませんね」
「まず…神社まで共に向かって、そこであの神出鬼没の賢者の
話を聞く」

「…そこに行ってもあの賢者が姿を現すとは
限りませんし、もしかしたらあなたは神社の巫女と
共謀していて巫女と一緒に私を殺すつもりかもわかりません」

上空の文に聞こえる様に人修羅が声を張り上げて、提案を述べるが…
淡々とした口調で文がそれを拒否する。



「…そんな事言って何になるんです?」
「あなたは嘘をついていないと言う確証は…この場に無いの」

そこで文が言葉を切ると、扇を持った手を掲げる様に垂直に上げた。



「…まだそんな事を言うの?…戦いたくないなら何故、逃げないのよ」
「まあ、いいですけど…ここであなたが朽ちれば
あの妖怪の賢者も下らないほらを吹いてしまった落ちた者」
「無惨なあなたの亡骸を今度の会議に差し出すとするわっ!」










「…フンフン」
「…どうだ?」
「…確カニ匂ハ続イテルガ、弱イナ…マダ遠クダ」

妖怪と妖精と…人修羅が消えた森の中

ゴウトとライドウの前を歩く…紅葉が
落ちた地面に鼻を震わせながら、召還されたオルトロスは人修羅と
古き友の匂いを追っていた。

「…上空に何か狼煙になる物でも上げてみるか?」
「するにしても…山火事にならない様にするべきだろうな」
「そうだな…オルトロス、一端戻…っ!?」


ゴウトが前を行くオルトロスに声をかけるが、言葉の途中で
何かが唸り上げる様な凄まじい音に気付いてその言葉は途中で切られた。


瞬時に音が鳴った方向へと一同が振り向くと、すぐさま地面に落ちた紅葉を
巻き上げながら、豪風が木々の間を抜けて一同に吹き付ける。

「っ…!」

突然吹き付けてきた豪風に即座に反応してライドウが腕で
顔を防ぎ防御の姿勢を取ったライドウに風に纏わった葉や
折れて地面に落ちた木の枝がぶつかり、また風に吹かれて通り抜けていく。


……暴風もその内収まり始め、ライドウにぶつかる葉や
枝の勢いは力の無いものと変わり、地面に落ちていく。
そのまま風が吹き付ける感覚が無くなると、ライドウが腕を下げて
刀に手を掛けて深く静かに息を吐いた。

「…無事カ、ライドウ」

風が収まると、前を歩いていた体中に風に纏った葉や
枝が引っかかったオルトロスがライドウに近寄り、主の健在を確認した。

「…ゴウト、いるなら返事を頼む」

刀に手を掛けたままライドウが首を
振って辺りを見回し、立っている豪風で
吹き飛ばされたかもしれない同行者の所在を探した。

「…ここだ、ここ」

くぐもっている様な同行者の声のした方にライドウが
振り向くと、森の木々の中の一本の根元に葉が纏わり付いて
姿が見え無くなっていたゴウトが倒れこんでいた。

「全く……出物腫れ物所構わずと言うが、吹き物も加えるべきだな」

体を起こして、纏わり付いた葉をゴウトが体を
振るって振り落とすと忌々しげに愚痴を零す。

「……ドウスル、サッキノ風ハ人修羅ノ縁ノ物ダト思ウカ?」

ゴウトに習ってオルトロスも体を振るって葉を
落とすと、二人に意見を聞く。

「確証は取れんが……向かった方がいいだろう」

方針を示したゴウトが首を傾ける。

「……そうだな」

ゴウトの顔が向けられた遥か先の上空

そこにうず高く広く巻き上がる土気色の雲…森の木々に阻まれな
がらも見る事が出来る巨大なそれにライドウが心中で次の行動を決める。

「…オルトロス」
「…ワカッタ」

ゴウトの言葉を聞いたライドウに管を
差し出されると、オルトロスが閃光と共に姿を消した。


「さて…どうするんだ、ライドウよ」
「…まず、真っ先にあの雲の所まで」
「それはやめた方がいいな」
「…何故だ」
「まず、此処に来てからあらゆる事に確証を
得ていない…この世界での我々はな」
「確かにあの煙の正体を突き止めるべきではあるが…もしあそこで
我々が首を突っ込むべきでない事柄が起こっていたならば?」
「…この世界には我々の世界の悪魔達が人間の目の前を
悠々と闊歩している世界だぞ?」

「だが…」


「なあ、ライドウよ…お前の役目とは何だ?」

「……っ」

忠告に異を唱えようとしたライドウに、ゴウトがその言葉を
投げるとライドウが、口を閉じた。

「あの小僧、人修羅を助けるなとは言わぬ…」

「だが、何故お前の名…葛葉を名乗る事が出来るのか」

「その刃を振るい、悪魔を使役する事が許されているのか」

「忘れえぬ事だ…ライドウ」

「……」
「まあ…先程、後にしていた説教の様な物だが…」

そこで言葉を切ると、ゴウトが後ろ足で体を掻いた。

「で…どうする?ライドウ…空を飛んで
偵察出来る悪魔はいくらでもいるが…」

「…このまま、あの煙を印にして歩いて森を抜ける事にしよう」

ゴウトの忠告を受けたライドウが、空の煙の雲
を見上げながら、新たな予定をゴウトに述べた。

「ふむ…して?」

「確かにこの世界についてわかっている事
は少ない…不確定の事柄が多い以上、マグネタイトの消費は
出来るだけ避けて通りたい所だ」

「…空のあの煙の雲が、人修羅に関する事ではないのか?」

「例え、人修羅に関する事であっても…あいつ
であるならば、大抵の事は切り抜けられる…そのまま
森を抜けてから、悪魔を召還して辺りを探るとしよう」

「そんな所だな…あやつは強い、助けが必要な事などそうは無いさ」










「…さて」


何かが大爆発したかの様に砂塵を纏った
巨大な雲の様な土煙が地上を覆って漂うその上空

「…ちょっと派手にやりすぎたかもしれないわね」

……およそ、空を飛ぶ術を持たない者には
留まる事は出来ないその場所で文が携帯型の望遠鏡で地上を眺めていた。


(それにしても…殺すつもりで風を放ったけど
…何も起こらないな…本当に死んでしまった?)
(まあ…実際に殺してしまったのならいいけれど、どの道亡骸を
持って帰るかでもしないと上層部は納得してくれないわね)
(…とは言っても、地上に降りてしまうと
まだ死んでおらず、何かの罠や接近する事を待たれていても面倒…)


「全く…スペルカードの方が気が楽に思えてきたわ」

誰に聞かせるわけでもない愚痴を文が零すと、携帯型の望遠鏡を一端しまって
俯き、顎に手を当てて考え始めた。

(煙が晴れるまで離れて待つのも手だろうけど…これだけ
派手に煙が撒っていては離れて待っている間に白狼天狗から報告された
同行している雷を落とす妖精に見付かって、助けられる事もあるでしょう)
(他にも人里に現れた二つ首の猛獣を従えた書生服の
男もあの人修羅を助けに追い初めているかも…どうしたものかしらね)


「…癪に触るけど、仕方ないか」


考えが纏まったのか、文が息を一つ吐いて懐から今度は
何かの機械…電話を取り出してボタンを
押して耳に当てた。

「…こちら清く正しくの射命丸…はいはい、そんなお小言は今はいいでしょ
それ程今は急ぐ事態じゃないし、名乗りくらい…用件だけ言え?」

眉を顰めて、口を尖らせながら文が電話で話を続ける。


「まったく…躾はなってるけど、気が早いわね…相変わらず…っ!」
「…電話越しで怒鳴らないでくれるかな?耳が鳴るわ」


顔をしかめて、電話を離すと恐る恐るそれを戻して
文が電話の相手に注意を促した。


「もう話を戻すけど…煙の中にあの人修羅とか言う奴は
まだ生きてるかどうか確認出来るわよね?」
「…はっ?出来ないって…此処からだと距離が遠くて煙が濃すぎて…?」
「…それでも千里眼の使い手なんですか?」
「何故かって?…手が負いきれないなら、下がって
もいいって言われたけど、亡骸を持ってこないと上層部は納得出来ないからよ」
「全く……崖から飛び降りての好機をつけたのですけどね…」
「…はいはい、そう言う説教はいらないって…もう切るわ」

「…はあっ……」

電話を切って懐にしまうと、文が重い溜め息を吐いて肩を落した。
……目論見が外れた様子の文の眼下の煙は依然として
晴れず、尚も空中に広がり続けていた。


(もう一回此処から全力で風を放つのもいいけど…これ以上風を放って
地上に被害をもたらすと後で他の妖怪達にあらゆる方面から何を言われるか
わかったものじゃないな)


(煙を晴らして逃げ帰って、白狼天狗に聞くのは
上層部の受けが悪いし…白狼天狗にまた頼るのも癪)


(此処から煙を晴らしてまた状況を見るのも手だけれど…これだけ広く煙が
まっていては、風の調整が難しくて煙を消すつもりだけなら時間も
かかってしまう)

(まず……煙をそのままにして姿を眩ましつつ、地上に降りて
煙を風で吹き飛ばして相手が生きているかどうかの確認…手負いならば
即座に殺して、姿が見えなければ引いてから、また別の白狼天狗に聞く)


(距離を縮めてしまうのは危険だけれど、地上ならすぐに煙を晴らして
追撃も出来る…あれだけの風を受けて手負う事も無かった様な
私の手に負えない相手なら即座に自慢の速さで退避…と)



「さて…善は急げ」

考えは纏まりきって文が息を吸って口を結び…眼下の煙の中へと
風を起こさない様低速で下降を始めた。










(…はー…息苦しいな…)

……攻撃される事も
無く、煙の中に紛れ込んで、地上に降り立つ事が出来た文が
マフラーで口元を押えながら、土煙の茶色に染まった視界を見渡して
心の中で愚痴を零した。

(敵影は無し…か)
(最もこれだけ視界が悪いと相手も私が恐らく見えていないだろうけど)

…周りの土煙はかなりの濃霧と化しており、自分の体の部位も
うっすらとしか見えなくなっている程の物となっていた。

(とにかく……予定通りに始めるか)

先程しまった扇を懐から、手早く静かに取り出して、文が
不測の事態の備えにと即座に逃走するための背中の羽を際立たせる。

(…横殴りの風を速く…)

これから危険な行動に移る事に高まってくる緊張に堪えながら、文が
扇を飾して目を伏せて集中した。
目を伏せたまま文が手に持った扇を掲げ…それを袈裟がけに風を切る音が
立つ程の勢いで振り下ろす。
そして、振り下ろされた扇が止まった瞬間……さざなりの
音と共に横風が吹いて文の視界から、徐々に土煙がが風の吹く方向へ
と流されていく……

「はあ…」

頬に砂塵がぶつかり…通り過ぎていくにつれて
晴れていく視界に文がマフラーを外して
口を小さく開けて、ゆっくりと息を吐いて吸う…。

(…大丈夫そうね)

確認を含めて文が吸った息には、もう砂粒が混ざってはいなかった。


「…さてと」

……もう宙をまう煙は風に流されている様
で、充分に開けた視界を文が目を凝らして見渡した。

「亡骸か…もしくは手負いの人修羅さんは…」

煙が引いて、覗く事が出来る様になった放たれた風によって亀裂が
走り、所々に窪みや斜面がついた地面を文が
注意深く周りを見渡しながら、歩き始める。

(と言うか…亡骸がどこかに吹き飛ばされた何て事は…)
「…っ!」

警戒しながら歩き続ける文が正面を向いた目の先の更に先

……風になびいて消えていく煙の中からの人の形の影と
その下から覗く事が出来る人の足に文が息を止めた。

(まさか…生きて…っ!?)


目に入ったそれに文が戦慄を覚えた瞬間

その人の影が見えた目の先の煙が歪み…赤く輝く光の塊が
煙の中から突き抜け、現れた。

煙の中から現れたそれは一直線に周りの残っていた煙
を散らしながら、文の方へと高速で滑空して向かっていく。

(マズっ…!)


眼前へと迫りつつあるそれに、文が判断よりも先に回避を
考え、即座に逃走を兼ねた飛行の前哨の跳躍。

そして…とっさの行動にも関わらず、宙に舞った文の体の
真横を赤く輝く光の塊が貫いていった。

(かわしたっ!?今のう…っ!?)


回避の成功の認識と同時に、文が羽根を広げて
この場から離れようとしたが、直後に襲い掛かって来た火の中に放り込
まれるような錯覚を覚える程の熱風が叩きつけられた。

「ぐ…う…!?」
(飛べなっ、…!)

熱風に体を焼かれながらも、逃走のための飛行を試みたが
その熱風に息を吸う様にこなしていた飛行はままなる事は無く…
吹き飛ばされるがままとなってしまう。

(…駄目だ…振り回されて…っ)

吹き飛ばされながら、乱回転する体と視界にどうする事も
出来ず…文がそのまま弾き飛ばされる様に地面へと滑空していく。

縮まっていく地面と飛ばされていく文の距離はやがて無くなり…まだ
吹かれた風の勢いが無くならず、文の体が地面を転がり続けた。


「ぐっ……!」


その地面の上の回転も収まり…体中にかなりの
速度で地面に落下して打ちつけ続けた関らず走る衝撃と痛みを
歯を噛んで堪えながら、体を起こして即座に文が立ち上がろうとした。


(こんなのの相手は…無理ね…とにかくすぐ逃げないと…っ)


瞬時に算段を巡らして、また文が羽を広げた瞬間

何かが爆発する様な音が背後に響いて一瞬だけ文の視界の中に有る物が
赤銅色の閃光に染まった。
…音の通りにやはり何かが爆発したのか、後ろから吹き荒れた暴風に背中を
押された文が、地面に屈んでしまう。

「…っ」

手が地面につくだけの弱い衝撃でも騒ぎ出す体の痛みに文が顔をしかめる。

(全く…これ程恐ろしい者だったとは…上層部も間の抜けた事…)

「っ…!」


完全に事態は早急に最悪かつ緊急の物となり、文が心中から自分に命令を
下した者に恨み事を吐く最中

へたり込んだ地面が多く占める視界の中

……其処に煙の中で見掛けた足が踏み入った。


「……」

確信と絶望

それを同時に感じながら、文からすれば永遠にも等しいと
思える躊躇と停止を経て…ゆっくりと目の前に立っている者が誰なのかを
確認するために顔を上げる。


ズタズタに切り裂かれ、ボロついた着物を纏った者

裂かれた部分から覗く体に刻まれた紋様を輝かせた異形の人型

巻き起こされた暴風を喰らっても…血を
流してすらもなかった人修羅が其処に立っていた。

「そ…の…」

その姿を目の当たりにしながらも…恐怖で縮んだ咽から必死に掠れた声
を絞り出しながら、文が人修羅に話し掛けようとする。

そんな困窮の状態にある文に人修羅は何も言わず…立ったまま片腕
を文へと伸ばした。

「っ…!」

伸ばされた腕が文の喉元へと近寄り…文の首に人修羅の手が巻き付く。

「…私を殺せば…山の天狗達を…敵に回す事になりますよ」

口の端に引きついた笑みを浮かべながら、文がおよそ何の
表情も感じられない…自分を覗く人修羅の瞳を見ながら話し掛ける。



「…スーツを来た白髪の…老紳…士、ですか?」
「その、まったく存じてないのです…そのような方は…」
「私は…只の…」


「その手を離して下さいな、人修羅さん」

どこからかの何者かの声

不意に場に響いた聞き覚えの薄い…紫の声に人修羅が目を大きく見開いた。


「もしもし…おいでですか?…ねえ、壊れてないですよね?これは」
「…そうだ、烏天狗の、文さんでしたよね?さっさと
持ってる電話を人修羅さんに渡してさしあげて」

…この場の人修羅の戸惑いをよそに紫の物と思われるそれは
喋り続ける。

「…だそうです…けど…」

怪訝な顔をしながら、文が戸惑う人修羅に伺うような口調で
話し掛けてきた。

「…片手、動かしてもいいですか?」



「はい…それでは」

…この場で響く紫の声の内容を解している様子の尋ねてくる文の
提案を人修羅が受けると、片手で懐を探り始める。

「あっ…、有難う御座います…」

探すのに邪魔だろうと思ったのか…人修羅が文の首から手を離すと
探す手を止めて、座ったまま人修羅に頭を下げた。

「…どうぞ」

頭を上げた文から、両手で丁寧に差し出された…差し出された者には
は見覚えのあるフォルムの機械…電話を人修羅が手に取った。

「もしもし…人修羅さん、聞こえていたなら応答をお願い出来ますか?」

「申し訳ありません…私の管理ミスです」

電話に人修羅が話し掛けると、想定した
通りに電話から、人修羅への紫の謝罪が耳に入った。


「…山の妖怪共に人修羅さんに近付くなと警告はしておいたのですが…
まったくお恥ずかしい限りです」
「私の方から再度注意と処罰を重ねて置きますので、どうかこの場は…」





「そうですか…引いて頂き、真に感謝を…
出来ればそこの天狗にも止めを刺さずに置いて頂きたいのですが…」



「ああ、重ね重ね本当に…いたみいる思いです」



「よほどあの方が嫌いなのですね…と言うより信用していないご様子ですが」
「このような事態を招いた者が言うのも何ですが…言わせてくださいな」
「彼は悪戯にあなたを傷付けたいわけではありません…
私の様な部外者が言うのは不躾ではありますが…」



「はい、お時間をとらせて」

…重ねられる謝罪の言葉を言い切らない内に人修羅が電話の
ボタンの一つを押すと紫の言葉は途中で切られた。



「…どうも」

そのまま人修羅が、文に持っている電話を差し出すと
まだ落ち着いていない様子で文が両手を広げたので人修羅が其処に置いた。


電話を人修羅に返されても、文がへたり込んだまま俯いて人修羅に先程の様に
明るく話し掛けずに押し黙っている。

「……」

先程とはまるで違う完全に消沈した状態の文に人修羅が声も
かけずに踵を返して、文の巻き起こした暴風に荒れた地面を歩き始めた。

「…はーっ」

……へたり込んでいた文が耳に入る人修羅の足音が聞こえな
くなると、立ちあがって大きく息を吐く。

「…っ」

もう辺りに人修羅はいないかの確認か、文が
立ち上がって辺りを見回し始めると、表情がわからない距離の位置でで
こちらに顔を向けていた人修羅が目に入って文がのけぞった。

……あからさまに狼狽えた様子で文が手を上げて
何もしていないと必死にそれを誇示する文に、戻りもせずに人修羅が
正面へと向き直ってまた歩き始める。

「……」

……進む事も引く事もどちらが正しいか
わからないまま、文が手をおろして俯いた。

(…取り敢えず…姿が完全に見えなくなってから此処から離れようかな)

…この場の当面の予定を沈んだ気持ちのまま決めて、文が目を伏せた。

(…帰ったらどんな罰を受けさせられるやらね)

これから迎えるであろう苦難に文が想いを馳せて、更に気を
落ちこませるが…不意に耳に入った音に頭が跳ね上がった。








幻想卿の多数の妖怪達が蔓延る山


「…そう、睨み付けないでくださいな」

眼前の剣と盾を持った頭に耳が生えた少女

……山の白狼天狗に向けられたぎらついた視線に紫が目を伏せた。

「どういう事だ?…何故お前がここにいるんだ…っ」

手に持った剣の切先を紫に向けると、白狼天狗の形相が敵意と
警戒で更に歪む。

「…あなたは端の方かしら?それともやっぱり端の方?」
「…訳の分らない事を言うな」

暖簾に腕押しと言った紫に白狼天狗も同様に一向に態度を軟化しない。

「…真面目ねえ、とっても」
「…まあ、あなたもあの文とか言う天狗も
罰は与えないようにと進言しておくわ」
「只、火の粉を払っただけで殺されてしまうと言うのも人修羅さん
の後味も悪いもの」
「そう…何者だっ…あの人修羅とか言う者は…っ」

……隙を見せれば即座に切り掛かってきそ
うな白狼天狗に紫には動じた様子も臆した様子も見せる事は無い。

「…ここに来るまでの警備の者は誰も死んでいないわ」
「別に何の損害も無いのに敵視されましても…」

「紫様」

不意に場に響いた…紫の背からの声に白狼天狗が
声がした方へと顔を向けると背に金色の毛皮の尻尾を生やした少女が
白狼天狗の目に入った。


「ちゃんと言った通りにしたー?藍」
「…既に集まっております」

紫に近寄ったその少女…藍が応答と共に袖の中で手を併せて恭しく頭を下げた。

「…この者は?」

頭を上げた藍が紫に敵意を向けている白狼天狗に気付き、目を
細めて訝しげな目線を向けた。

「何でもないわ、業務に忠実なだけよ」
「たしか、白狼天狗の椛と言ったか…」
「…」

目を合わせて名前を呼ぶ藍の言葉に否定も肯定もせずに…口を結んで
白狼天狗は剣を構えた警戒の姿勢のまま二人を睨み続けた。。

「…とっとと下がれ、わざわざこのような場に紫様が来た意味を
少々考えてはどうだ?」
「やめなさいな…藍」
「…紫様」

場の緊張が高まる中で澄ました様子で紫が手を上げて、藍に制止を命じる。

「ごめんなさいね、お時間をとらせて」
「…まだ話は終っていないぞ」
「はいはい、それじゃ…」

…何処までも反攻姿勢を取ろうとする白狼天狗に紫が呆れた様子で
懐に手を入れて何かを取り出した。

「っ…」

取り出された物…妖怪の山の者に配備される連絡用の電話

「…何をする気だ」

その自分用に支給された先程手元から消えてしまった道具が目の前の者に
取り出されて、白狼天狗の動揺しながら紫に問い質そうとする。

「…もしもし?はい、紫ですが…」
「ええ、警備の白狼天狗が…お願いしますわ」
「はい…どうぞ」

電話での話が終ったのか、紫が電話から顔を離すと臆面も無く
白狼天狗に近付いて電話を差し出した。

「あなたの上司から…お疲れさま」
「……」

差し出された自分の電話を無言で白狼天狗が
受け取ると、すぐさまそれを耳に当てた。

「…はいっ、警備隊の椛ですっ…」

電話から聞こえた声を聞くと、白狼天狗が目を見開いて少し慌てた様子で
敬語で応答した。

「…はい、了解しました」

手短に話は終ったのか、電話を渡されてすぐ白狼天狗が電話を切った。

「……申し訳ありません、お手を煩わせてしまって」

持っている剣をすぐに鞘に収めて盾を床に置くと、深々と
白狼天狗が紫と藍に頭を下げた。

「別に気にしていませんよ、気にせず顔を上げてくださいな」

謝罪する白狼天狗に紫が口元を緩めながら、気遣う。

「…紫様」
「はいはい、わかったわかった…」

横の藍が声を掛けると目を伏せながら、二つ返事で紫が応答した。

「…真面目すぎるのも考えものね」

また飽きれた様子で紫が踵を返して歩き出すと、藍も
それに連なって歩き始めた。

「…何故」
「…」


その最中…何かの感情を必死で
押し殺すような後ろの小さい声に紫の足が止まった。

「何かお聞きしたいの?」

背を向けたまま、紫がその声に応答する。

「何故…私にもあの人修羅と言う化け物に襲い掛かった
烏天狗も見逃したの…です、か?」
「ご不満?…見逃すのは自分だけにしてほしかった?」
「っ…そんな事!…は…ない、です…」

不謹慎な紫の言葉に白狼天狗が激昂しかけるが、途中で自分の立場を思い出した
のか、しおらしく言葉を締めた。

「ふーん…さっきの人修羅さんに襲い掛かってる時のやりとりを聞いていると
大層仲が悪かったご様子ですが…」
「っ…」
「まあ、いがみ合っていても殺したい程の間柄でもない関係もありますよね
…本当に悪かったわ…お時間をとらせて」


唇を噛む様にまた押し黙った白狼天狗に含む様に笑うと、紫が
また歩き出した。








「…よろしかったのですか?」
「あの、天狗二匹の事?」

妖怪の山道を歩く紫と藍が足を進めながら、応答しあう。

「別に殺しても何の得もありはしないわ…人修羅さんの気分も
悪くなってしまうでしょうしね」
「そうですか…」
「全く…嫌になってしまうわね
予想はしてたけど…折角此処で過ごして
もらうんだから、少しは大人しくしていて欲しいものだわ
おおよそあの山の神の影響かもわからないけれど…」
「過ごしてほしいとは…あの人修羅と言う者の事ですか?」
「…不満?」
「そのような…事は…」

紫の短い質問の言葉を恐る恐る藍が否定する。

「硬いわよー、藍…折角ここに連れてきてもらって
もてなしてくれって頼まれたんだもの」
「まがりなりにもこの世界は私が管理をしている場所
どうせだったら良い所だ、って思ってもらったほうが気分が良いわ」
「…そうですね」
「…それ、本当に思って言ってるの?」
「お、思ってますよ…」
「あっ、そう…」

目を細めて見つめながら聞き返す紫に強調して、藍が
言葉を繰り返した。

「…それじゃ、そろそろ私は行くわ」

話し合うべき事は終ったのか…紫が突如として足を止めた。

「会議の際には何と言えば宜しいでしょうか?」
「取引があったとだけ伝えて頂戴な…あの二人の天狗の処分の免除も
忘れずにね」
「拒否された場合は?」

「屠殺して羽根を毟ってから、からっと揚げてあなた達を鬼の酒の
つまみにでもすると言っておいて」










「…つくづく角の生えた生き物には用心した方がいいわね」
「…特に天狗と言う生き物は」

目の前の崖の斜面

姿を消した人修羅が去る前に残した力の
片鱗の前に文は立ち尽くして呆然としていた。

先程、文に襲われた時に放った赤く輝く光の塊が炸裂した
崖の斜面には放たれた物の数百倍の大きさの大穴が
穿たれ…それが自分に直撃した際の
結果を予想した文が肝を冷やした。

そして……その大穴を何故か埋めるかの様に透き通った
透明な結晶が崖の斜面に張り付いている。


「これ、氷よね…」
(なんでわざわざこんな事を?)

結晶に近付くにつれ…肌に触れる空気が冷たくなっている事に文が
その結晶が何であるかはすぐに推測が出来た。

「…まさか」

崖の斜面の穿たれた大穴を覆う透明な結晶から透けて見える…斜面が
高熱で焦げた跡に文が一つの結論を思い立つ。

「…火事を防ぐため?」
(そんな訳ないわよね…あれ程の力を持っている者が
そんな気遣いなんて…)
(じゃあ…何でだろう?)
「……まあ、どうでもいいかなー…」

目の前にある事実に大して文が考え続けるが、その内に考えても無益だと
悟ったのか息を吐いてから、懐を探り始めた。

「…壊れてないわよね?」

懐から取り出したカメラを振って、衝撃等で部品が
壊れて外れたりしていないかを確認した。

「…よし、レンズも異常なし、と」

烏天狗にとって大事な道具の無事を確認すると、満足げに笑みをこぼして
目の前の崖の斜面にカメラを合わせた。
…閃光を発しながら、カメラのシャッター
が切られて、文の手によって目の前の崖の斜面の風景が記録されていく。


「…こんな所かな」

その内にもうこれ以上取る必要も無いと思ったのか、文が
カメラから顔を離した。

「それにしても…こんな写真を取っても見出しはどうしたものか…」
「…怪奇!崖に穿たれた大穴に現れし、巨大な氷塊…誰の仕業なのか?」
「…と言っても、人修羅さんを記事にする事は許されないかもしれないけど」
「はー…転んで起きても二束三文…三ずの川の渡し賃にもならないわ」
「全く…修羅だって言うんだったら、修羅道で大人しくしていてほしいものね」

「良く言うわよっ、そっちから喰ってかかっといて…」

「っ…」

背後から聞こえた声に即座に文が
振り向くと、宙に浮いたルーミアとその頭の上の古き友が眉を顰めて
不機嫌そうに文を見下ろしていた。

「…えーと、確か、人修羅さんの…お付きの妖精の」
「へー…随分低姿勢じゃないの?」
「腰が低いのかー」

…低速で地面へと下降していくルーミアにしどろもどろ気味に言葉を
続ける文に古き友が挑発する様に低い声で話し掛けた。

「ホント、本で見た通りの通りの調子の良さね…」
「それが取り柄ですので…」
「そっ…」

口端に曖昧な笑みを浮かべて、応答する文に追及する気も
無くしたのか、古き友が目を伏せて言葉を切った。

「で…人修羅は何処行ったのよ?」
「その…森に沿って、神社の方へと」
「だってさルーミア、悪いけど、もう一回飛んでよ」
「えー…お腹空いてるから…もう飛べないよ…」
「はー…ちゃんと朝御飯食べてきなさいって…」

俯いて腹を抱える仕草をするルーミアに古き友が飽きれた様子を見せた。

「あれ…?何時ぞやのやる気の無い妖怪じゃないですか?」

文が目の前の者の面識をふと思い出して、ルーミアに話し掛ける。

「ん?会ったことあるの?ルーミア」
「んー…覚えてないなー…」

空腹のためか気怠げにルーミアが間延びした声で古き友に応答した。

「会ったのは大分前ですからね、覚えてなくても仕方が無いですよ」
「へー、そう…感動のご対面もすんだところで行こうか、ルーミア」
「疲れて動けなくなったら私が引きずってあげるしさ」

明るい調子で文が話し掛けるが、古き友が愛想も
無く、ルーミアに催促した。

「何でしたら私が…」
「調子の良い奴はほっといていいわよ、ルーミア」
「ほっといてー、いいのかー…」
「…待ってくださいよ」
「…何よ?」

苦虫を噛み潰した様な顔で、露骨な嫌悪
を示しながら話し掛けてきた文に古き友が目線を向けた。

「…もう話は終ったでしょう?お互い邪魔者どうしこの場から離れて金輪際
関らない…それが一番じゃないの?」
「そうですね…そうしたいんですがねえ…」
「へえ、調子の良い物言いはしないんだ…やる気なの?」
「…相手が只の妖精だと思っているのならやめといた方がいいわよ」
「…私とて山の妖怪の者手ぶらで帰るのは
権威に関りますから…聞きたい事を少しくらいでも教えてくださいよ」
「はー…図太いわね、アンタ」

重ねて嫌味を吐かれても、姿勢を
くずさない文に観念したのか、古き友が大きく溜め息を吐いた。

「それも取り柄ですので」
「そうね…て、ゆーかー…」
「…ハッキリ言って私達にしたって、分らない事だらけよ…あの
八雲紫だったら、何もかも聞けるでしょう?」
「それはそう何ですが…それが出来ればこちらとしても苦労は至しませんって
あの妖怪は神出鬼没ですしね」
「そーね…」
「…兎に角、私達は関係無いのこの世界の権力争いも何もか
も…こっちの落ち度も無しに襲い掛かって来る様な奴は片っ端から潰すけど」
「…それでは、あの書生服の者は?」
「お話は此処まで…纏めると私達はこの世界を
どうこうしたい訳じゃないって事書生服のあの男は
放って置いた方が身のためよ…切り捨てられたいのなら別だけど」
「…なるほど」

古き友が言葉を切るとメモ帳を取り出すと、文が聞いた事をすぐさま
書き連ねた。

「…つまり、妖怪の山に敵意は無いと?」
「どうかしらねえ…あたしも全然信用してないし、人修羅は火の粉を
払わせられたのを怒ってるかもしれないしさ」
「ぐっ…」

古き友の言葉に文が口惜しげに言葉を詰まらせる。


「それじゃあ、そろそろ行こうか、ルーミア」
「…うん…」
「待ってくださいよ、やっぱり他にも…」
「ねえ、ルーミア…ちょっとこげちゃう
かもしれないけど、焼き鳥とかって食べたくないかな?」
「…食べたいけどー…此処にタレはないでしょ?」
「…分りました、退散しますよ、邪魔者は」


古き友の物騒な言葉に諦めがついたのか、文がメモ帳をしまって
飛び立った。

「ああ、そうだ…すいませーん、上から失礼ですがー…」

宙に浮いた文が地面の古き友達に声を張り上げて話し掛けた。

「スーツを着たー…老紳士ってー…何者ですかーっ!」
「…そいつには近付かない方がいいわーっ!」

古き友の罵声を聞いて、最後に文が会釈をすると空中で踵を
返し…飛び去っていった。

「……さて、私達も邪魔者だから去ろうか?」

飛び去った文の姿も古き友達に見えなくなると、腹を空かせ
たルーミアの負担を軽くしたいのか、古き友が
中空に飛び立って、ルーミアに催促する。

「うん…」

空腹で元気が無くなりかけているせいか…ルーミアの足の
運びはおぼつかず、歩行はかなり遅いものとなっていた。

「んー…お腹空いたー…」
「大丈夫ー?」
「食べたいなー…肉を」







「はあっ、はあっ、はあっ…」

この幻想卿で人間の安全が保証された場所から遠い…極一部の
外に出向く事のある人里の人間すら、立ち寄る事
が少ない獣道で一人の人間は走っていた。

(何だ、あれ、は…がい、こつ…)

立ち止まり…全身に汗を滴らして、息も絶え絶えのその人間の男の
服装は人里で見掛ける衣装とは大きく異なるものだった。

(…此処は何処だ?俺は借金取りから逃げて…そして
山の中に逃げ込んで…それからだ)
(森を…抜けると…なんかまるで、別の所に出ちまった、みてえで…
訳も分らず…歩いていると…っ!)

…さっきまでの自分が直面していた現実を疲労で
朦朧としていた意識で思い返していた男が、走ってきた道を
振り返った瞬間に目に写った宙に浮かぶ存在に男が愕然と口を開けて固まった。

男の目の先の空中…そこには首から下の無い…人間の頭蓋骨が
浮かび、その頭蓋骨が歯を鳴らして空を噛んでいた。

「…ば、化け物、化け物だあっ!」

即座に踵を返して男が逃げようとするが、動揺の余りか、足をもつれさせて
男は前のめりに転ぶ。

「ぐっ…!」

転んだ痛みに呻きながら、男が立ち上がろうとするが、足が恐怖の
せいか言う事を聞かず、それはかなわなかった。

…転んだ男を嘲笑うかの様に頭蓋骨が歯を鳴らすと、転んだ男へ
と頭蓋骨が飛行していく。

「ひいいいっ!だれかあ、助けてえっ!」

絶体絶命の瞬間を感じた男が悲鳴を上げたその時

男と頭蓋骨の間に閃光と共に稲妻が地面を走った。

「へっ…あっ…?」

…何が起こったか理解出来ないまま男が稲妻が
走って来た方へと顔を向ける。



思わぬ襲撃を退けた後…教えられた通りに道を歩いていた人修羅が
駆け寄ったこの緊急の場にいる者の一つに顔を向けた。

…前方を走った稲妻に気を引かれたのか…宙を浮く頭蓋骨が
男への接近を止めて、手と視線をかざす人修羅に向きを変える。



男の方を標的にしようとしていた頭蓋骨が自分を認識すると、人修羅が
罵声を張り上げて頭蓋骨に退去を勧めた。

だが、退去を人修羅に勧められても、頭蓋骨はまた宙に浮いたまま歯を
鳴らしただけだった。

…態度を変える気の無い頭蓋骨に人修羅がかざしていた手を
傾けて、手先をはっきりと宙を浮く頭蓋骨へと差し向けて人修羅の
標的を睨む目が険しくなった。

…そこまでの行動を人修羅が取ると、ようやく宙を浮く頭蓋骨が
後ろを向いてこの場から離れ始めた。

フラフラと空中を上がったり下がったりしながらの不安定な飛行で離れていく
頭蓋骨を見ると、人修羅が深く息を吐いて…手を下ろす。

この場の緊張が消え失せると、人修羅が宙を浮く頭蓋骨から逃げていた男を
すぐに思い出して振り向いた。

「…ああっ、あああああっ…!」

目の前で何が起きていたのか、理解が追い付かず…呆然としていた
男が人修羅に振り向かれた事に気付いて先程の様に腰を
抜かしたまま、後ずさり始める。



「う、嘘だっ!あああ、あんたも俺を騙して…騙して殺す気だろうっ!」
「この化け物、化け物っ!」

説得の甲斐も無く…また人修羅に大して尋常でなく怯え始めた男が
掠れた声で近付こうとする人修羅に罵倒した。



「く、来るなあっ!近付くなあっ!」

誤解をとこうと人修羅が説得の言葉をまた投げるが、男が聞く耳を
持たずに腰を上げて人修羅に背を向けて走り出そうした。

「ぐっ…っ、がっ…」

もう既に足に走る程の力が無くなっているのか、足を踏み出した瞬間に男が
また足をもつれさせて転んで体を打ちつけた。

「…ああ…もう…駄目だあ…」

もう走り出す体力は消えてしまったのか、それとも逃げ出す気力が無くなったのか

男は仰向けに倒れこんで、動かなくなってしまった。

「はら…へったなあ…」

…呻く男の頬は痩せこけて、目には隈が浮かび、皺の線が走るその顔は
その男の弱々しさが一層強く写された。

「喉も乾いた…なあ…」

倒れ込んだ男が死にゆく病人の遺言の様に呻く中、人修羅は足を
止めて、声も掛けないまま…只、俯いている。

目の前の男の状態は恐らく緊急なものであるにも関らず、人修羅は
其処に縛り付けられたかの様に動く事は無かった。

「…う、あ…」

お前は

「…」

として力を 獣 心

悪魔

「……」

悪魔 悪魔 悪魔

「…すまねえ」



心の中に深く奥底に沈んでいた浮かび上がってきた言葉


「ほんと…すまねえ…」

それが自らの心を責める様に頭の中に反響する中


はっきりと耳に入った……男の言葉に人修羅が頭を上げた。


「…すまねえ、こんな、駄目な…父ちゃんで」

仰向けに倒れ込んでいた男が滓れた声ながらも懸命に声を
振り絞り…謝罪の言葉を張り上げた。

「ちゃんと…離婚は…した…」

絶え絶えの息を繰返しながら、言葉を続ける男の目から涙が
浮かび、声がよりくぐもったものとなっていく。

「から…借金…は…」
「はあ…会いてえな…最後に…母ちゃん…娘に…も…」
「っ…」

言葉が途切れると、男が目を閉じて……喋る事も動く事も無くなった。


男の意識が消えると、人修羅がまた俯き…目を
瞑って何かに堪える様に唇を噛んだ。









「やれやれ…」

探していた者が目標の場所から、既に遠ざかった事を
分らないまま…ようやく森を抜け出たゴウトが盛大な溜め息を吐いた。

「目には見えていても遠きにありしと言った所か…随分と時間が
掛かってしまった」
「ああ…」

「……」
「…おい、聞いているのか?ライドウ」

ここに至るまでの失態を交えてゴウトが
同行者に再度話し掛けるが…生返事の同行者の
向けている視線の先に気付き、ゴウトも其処へと視線を向けた。

「…あれは…人修羅…だな」

二人の目の先…そこにはズタボロの着物を羽織った人修羅が
二人にとっては誰か分らない男をおぶって自分達の
方へとゆっくりと足を進めていた。

「っ…」
「…おい、ライドウ!不用意な接近は…」

目の先に写ったそれを認識したライドウがすぐさま走り出して、ゴウトの
忠告も振り切って人修羅へと駆け寄った。

「全く…」

同行者の行動にゴウトが歎息しつつ、ライドウに続いて走り出した。


「…大丈夫かっ、人修羅…何者かが」

「…っ」

すぐ傍まで駆け寄って来たライドウに気付いた人修羅が、男の治療を
懇願するとライドウが足を止めて、何かを考え始めた。

「取り敢えず…ゆっくり静かに地面に下ろしてくれないか」

考えが纏まったライドウが人修羅に指示をすると、指示通りに人修羅が
細心の注意を払いつつ、慎重に地面に横たわらせた。

「…」

横たわった男にライドウが首筋に手を当てて…次に頭から爪先までを
注意深く見て容態を計る。

「…探偵だから医療についてそれほど詳しくもないが…目立った
外傷等は無い…だが、何よりも酷く衰弱してる様だ」

どこか…思い詰めた様な表情で男を見下ろしていた人修羅にライドウが
顔を合わせて、宣告した。

「…手持ちの管に治療が出来る仲魔はいるが、癒す事が
出来るのは外傷だけだ…とにかく一度神社へと運ぼう」

当面の判断と指示を聞くと、人修羅がもう一度男の体を抱えようとする。

「待った、後ろを向いて…しゃがんでくれ」

男を抱えようとする人修羅を止めて指示をすると、人修羅が
すぐにライドウに背を向けて、しゃがむとライドウが男の体を
抱えた。

「…おぶわせた方がいいだろう」



その指示にしゃがんだ人修羅が後ろに手を
やると…ゆっくりと刺激を与えない様にライドウが人修羅の
背に男の体をもたれさせる。

「…その男は何だ?人修羅よ」

二人の共同作業を少し離れて見ていたゴウトが男をおぶって
立ち上がった人修羅に話し掛けた。

「…それにその着物の」
「ゴウト」
「…すまぬ、今のは少々不謹慎であった」
「とにかく……一度に神社に戻るとしよう」

呼び掛けられたライドウの声に諌めるものがある事をすぐさまゴウト
が感じ取って人修羅に対する問い掛けを止めた。


「…そう言えば、人修羅よ」


…先に踵を返して歩き出したゴウトが
また人修羅に話し掛けて、人修羅の踏み出した足が止まった。


「お前のお付きの妖精と童の妖怪もお前を
探しに行ったが、見掛けなかったか?」



「…あの騒がしい妖精の事だから何処ぞで迷惑を掛けていないと良いが…」
「…どう言う…意味だーっ!」

……背後から聞こえてきた絶叫にこの場の
面々が振り返ると、ルーミアの服の端を掴みながら低空飛行で
こちらに近付いてくる古き友が一同の目に写った。

「…取り敢えず、ライドウ…人修羅は病人を
抱えているから、お前が行くんだ」
「ああ…」

ゴウトの指示を受けるとライドウがすぐさま足早で駆け寄った。

「…はー、っと…」

すぐ近くまでライドウが寄ると、古き友が盛大な溜め息を
吐きながら、ルーミアを地面に下ろした。

「何かに襲われたのか?」
「…別にー」

腕を回して、こりをほぐしている古き友にライドウが
尋ねるが、疲れ切っているのか受け答えはかなり投げやりな調子だった。

「はー…お腹すいたなー…」
「…こういう事よ」
「取り敢えず…全員無事な様だな」

遅れてついてきたゴウトが元気も無くへたり込んでいるルーミアと
男をおぶったまま近寄ってくる人修羅を不機嫌そうに見据える古き友に内心で
安堵を覚えながら、息を吐いた。

「そう言えばあんた達…あのお姫様は?」
「串蛇なら神社で祓いの儀式中だ…警備もつかせておいた」
「そう…でー…」

目と鼻の先と言える程面々に近付いた男をおぶった人修羅に古き友が
敵意と言っても差し支えの無い目つきで人修羅を睨み付けた。


「…まっ、いつもの事ね…」

何を言っても人修羅には無駄だと判断したのか、古き友が
口を曲げて地面にへたり込んだルーミアの頭の上に降りた。

「では…出掛けた者が全員そろった所で、改めて神社に戻るとしようか」









今日が始まり、日が昇って行くにつれて神社から離れていった
者達が集まって帰路について歩く時間の中



既に日は暮れて道中の草木等が沈みゆく日の色に染まる頃……神社まで
昇る階段の麓で先頭のライドウが目の先で
立っている二人に気付き、足を止めて目を凝らした。


「…何か神社に用のある者か?」


…傍のゴウトもライドウと同じく帰路の
終点にいる何者かに気付き、推測を呟いた。


「用何てあるわけないでしょー…こんなボロサビな
上にごうつくばりで失礼極まりない巫女のそもそも神様不在の
廃れた神社になんてさー…」
「…何があって不機嫌か分らんが、今は真面目な時だ
黙っていてもらおうか」

後ろから聞こえてきた…運搬用のオルトロスの
背に乗って横たわっているルーミアの隣りにまた
乗っている古き友の低い声の言葉にゴウトが歎息しながら注意した。

「取り敢えず…敵意は無さそうだが…」

……ゴウトとライドウの目の先の
二人も一同の存在に気付いている様で、時々こちらを見ながら横の
者に話し掛けている様子が見える。

「まず…こちらに敵意や害が無いと、伝えておくべきだろうな」
「ああ…人修羅…後ろは任せたぞ」



ゴウトの忠告を聞き入れながら、ライドウが先を歩いて階段の
前の二人へと歩き始めた。

階段の前の二人の内の一人も近付くライドウに気付いて、歩き始めるが
もう一人が引き止める仕草を見せる。

「…用心を怠るな、ライドウ」
「…」

歩調を変えずに歩くライドウにゴウトがその背に忠告を送った。


「……」
「……」


同行者の忠告と引き止め


……其々を受けた二人が、そのまま歩き続け…手の届く
程の位置まで近付いた。

「…」
「…こんばんは」

…対面した相手は、まず先にライドウに頭を下げて挨拶をした。

「…と言っても今は夕方ですけどね」

長い銀髪に星の模様が縫われた服

頭を上げてライドウとその後ろにいる人修羅達と…およそ
常人なら、まず避けるであろう二つ首の巨躯の猛獣にも
平然した様子で眺めながら、何かの冗談と思われる言葉をライドウに投げた。

「…」
「…」

澄ました表情のまま、顎に手を当てて何かを
考えながら、こちらを見つめてくる相手にライドウも考えを巡らせる。

「……」
「……」

「…すいませんっ!…師匠っ…」
「…何かあったの?鈴仙」


頭に兎の耳を生やした…どこかライドウがいた世界の女学生と似た服装

互いに黙り切って見つめ合う…重圧が増してきた
二人の間にもう一人の相手が駆け寄って焦った様子でその少女が銀髪の
少女に話し掛けた。

「…」
「っ…!」


急に場に割り込んで来た相手にライドウが目をやると、駆け寄ってきた
もう一人がライドウの眼光に竦んだのか、体を引いて銀髪の少女の
後ろに隠れる様な態勢を取った。

「全く…失礼でしょ、鈴仙」
「…す、すいません」

注意を銀髪の少女に受けると、兎耳の少女がライドウに対してすぐさま
深々と頭を下げた。

「…別に気にしていません」
「そうですか…」

頭を下げる兎耳の少女にライドウが気遣うと、銀髪の少女が頭を上げた。。

「…後ろにいる人修羅さん」
「っ…」


唐突に銀髪の少女が目を開けて、目の先の人修羅の
名を呼んだ事にライドウが警戒の意識を強めた。


「それと…ライドウさん」
「…何故我々の事を?」

警戒の視線を向けたライドウと目を合わせて、銀髪の少女がライドウの
名も合わせて呼んだ。

「…私が疑わしいと思うのなら、刀に手を掛けていても構いません」

動じた様子も無く、銀髪の少女がライドウに凛とした態度で言葉を投げた。

「…オルトロス、ちゃんとルーミアを守っててよ」

古き友が銀髪の少女の言葉に起き上がって、オルトロスに耳打ちをして
中空に飛び立った。


「…任セテオケ」


飛び立った古き友が人修羅の後ろの中空に留まって前方の銀髪の
少女を見下ろす様に位置どる。


「……」


この場にいる面々全員から視線を浴びながら、銀髪の少女が人修羅へと
歩き、近付いていく。


「…始めまして」


挨拶と共に…銀髪の少女が深々と近付いた人修羅に頭を下げる。

「…私の名前は八意永琳この幻想卿の竹林にて医者を経営している者です」

頭を上げて…人修羅の目を見つめながら、自己紹介を銀髪の少女…永琳が
堂々とこの場の者達から向けられた疑惑の中で述べ上げた。

「ん…?」

その名前を聞いた古き友が、何故か首を傾げて何かを考え始めた。

「あなたの事は」
「ちょっと待ってっ」

永琳が話を切り出そうとした矢先に古き友が声を張り上げて、割り込んだ。

「…何でしょう?」
「んーと…」

永琳の目の前の中空に飛んでいる古き友が俯いて言葉を探す。

「…そうだっ」

何かを思い付いたのか、古き友が空中で身を翻した。

「…ねえ、あなたってかぐや姫を匿ってるっていうお医者さん?」
「そうですが」
「へー…幻想卿にはかぐや姫もいたんだ…」
「…おっとっと…ライドウ、この人ってこの世界じゃ有名な
お医者さんだってあのごうつく神社の巫女さんが言ってたよ」

古き友が次の質問を考えようとするが、この場の現状を思い出して
すぐにライドウに声を掛けた。


「あの巫女とは博霊霊夢の事ですよね?」
「うん」
「私の事何て言ってました?」
「えっとお…やたらと安いお値段で治療して
それでも払えなかったら更に安くして売りつけて、お金が
無ければ一切お代は頂かない不気味で怪しいお医者さん…とか」
「…ドコカラドウ聞イテモ只ノ良心的デ親切ナ医者ダナ」


古き友が霊夢の口調を真似ているのか、口を曲げながら馬鹿にする様な口調で
言葉を続けていく様子に永琳が目を瞑って静かに聞いていた。

「他にはあの私の神社から汚い手で信仰を
奪おうとする妖怪寺と考えが似ていて更に不気味とかね」
「…そうですか、お話をどうも」
「…あの巫女は基本的に性格良くない方だから、気にしない方がいいよ」


目を開けて静かな声で古き友に礼を言う永琳に古き友が何かを堪えていると
思ったのか、手を上げて呆れた素振りをしながら永琳に気遣いの言葉を送った


「…それでは、話を戻させて頂ます」


永琳が再び置いてたままの本題をと人修羅に目を戻す。

「あなたのおつきの妖精の言う通りに私は医者で…私のお供のこの者は
私の弟子です」
「…鈴仙と申しますっ!」

…場の空気を読み取った鈴仙が慌てて人修羅に頭を下げて、名前を
早口で述べ上げた。


「…私達とて生きている者であって日々の糧が必要です」
「今日もいつもの日課の里での出張治療と薬売りに出掛けた事でした
…そこら中で食べ物や酒やらを買い漁って回る巫女と妖精と
少女が昨日来たと言う話で人里の話題は持ちきりでした」
「何があったのかは分りませんが、ともかく巫女が今お金を
大量に持っているということは確かでした」
「そしてお金を持っている内に私達は巫女に薬を
買い溜めしてもらおうと思い立って…此処に来た次第です」

それで話は終ったのか…永琳が口を閉じた。

「ふーん…」
「少々聞コエハ悪イガ、金ノ匂イガシタノデココニ来タ…トイウコトカ」
「概ねその通りです」
「…それじゃあ何で人修羅の事を?あの茶処のお婆ちゃんとかから聞いたの?」
「…まずあなた達と同様に私達もあなた方に敵意はありません…それを
踏まえてくださいね」
「私があなた達の事を聞いたのは…八雲紫という者からです」
「…へー…随分と大胆なカミングアウトねえ」
「其処の猫も話に加わってはどうです?」

鼻を鳴らして、不信の姿勢を古き友に示された永琳が気にしていない様子で
唐突にゴウトを指して、話し掛けた。

「…」
「……よせ、ライドウ」

同行者の緊張を感じ取ったゴウトがすぐさま口を開いて、それを諌めた。

「確かに俺は喋れるが…どこから気付いていた?」
「推測です…それにこの世界ですとこういう事はあっても常識ですので」
「…まあ、そんなものか」


永琳の何の気も無しに答えながら、オルトロスを見つめる様にゴウトが
すぐに納得した。

「…なあ、人修羅よ…この者が医者だというなら
お前が抱えている男の治療も頼めるのでないのか?」

「…容態を見たいので、一度地面に下ろしていただけますか?」

永琳のその言葉を聞くと、人修羅が慎重に地面に仰向けにして
男の体を下ろした。

「…ふむ」

……腰を下ろして身を屈めながら、永琳が男の体の上から下まで
を見下ろして診察を開始した

「…ねえ、猫さん」
「何だ…」

古き友が近付いて話し掛けると、露骨なまでにうっとうしげな声でゴウトが
返事をした。

「どう思う?…今の所はあの人」
「…話し掛けるな、診察の邪魔だ」
「…別に構いませんよ、それに用心は大切なものです」
「もう終ったのか…」
「簡単なものですが…人修羅さん」


腰を上げた永琳がまた人修羅に目を合わせて話し掛けた。

「…特に急だった異常はありません」
「現状の所は主に栄養失調といった所です」
「治すには…休息の時間と栄養が必要となりますね」



「…この世界で生きている人間として当然の事です」
「…宜しければ、ついでに人里まで私達が運びましょうか?」
「と言うと…?」
「こちらがその人を引き取って治療しましょうか、と言うことです」

ゴウトが聞き返すと、振り向かずに永琳が人修羅に言葉を続けた。

「…どうする人修羅?この者がこの妖精から聞いた医者だと言う
確たる保証も無いぞ」



「……お前がそうだと言うのなら、俺は構わんが」

「…はい、では責任を持ってこの人の治療をさせて頂ます…うどんげ」
「はい、ただ今っ…」



相手の了承を聞いて永琳が弟子の名を呼ぶと、慌ただしげにこの場から
離れていった。

「そう言えば…聞きそびれてたけど、あの紫って言う
妖怪から人修羅の事何て聞いたの?」
「特別な事は…只、余り近付かずちょっかいを
掛けないようにと…ライドウさんも似たような事でした」
「そう…全く自分から連れてきておいて態度が太いわあ…あの妖怪も」
「…ただ今お持ちしましたっ、師匠」
この場から離れたれいせんが階段の所に置いてあった薬箱を抱えて走って戻ってきた
「ねえ、うどんげ…薬箱はちゃんと何時も手に持つよう言わなかった?」
「え…その、何かあった時のために邪魔かと思いまして」
「そう…」

焦った様子で弁明するうどんげに永琳が息を吐いた。

「…先程、用心は大切だと自分から言っただろう?
我々とて同じ態度であったしな」
「そうですね…悪かったわ、うどんげ」
ゴウトの指摘を聞くと永琳が少しだけ顔を綻ばせて、うどんげに気休めを命じた
「そ、そんな…」
「…うどんげ、携帯型の担架を出して」
「は、はいっ…ええと…」
「…それでは人修羅さん…お時間をとらせてしまいまして」

薬箱の中を探すうどんげを尻目に永琳が人修羅に深々と頭を下げた。



「…お代は別に宜しいですよ、後から別の者から徴収させて頂ます」
「それならごうつく神社の巫女さんから頂いちゃってよ
私達が此処に来た時にあの妖怪に観光費だって渡されたお金も
あのごうつく神社の巫女に巻き上げられたしさー…」






「…さて」

携帯型の担架に人修羅が救った男を乗せて空を飛んで去っていった二人の
姿が消えていくと、ゴウトが場の面々の顔を見渡した。

「そろそろ本当に神社に戻るとするか」
「はいはーい…その前に人修羅、ちょっとこっち来てよ」

宙に浮いている古き友が人修羅に手招きをした。

「…何をするつもりだ」
「…ねえ、人修羅ー…」

ゴウトの質問に答えずに古き友が傍まで近寄った人修羅の顔を見て、口の両端を
釣り上げた。
何か、と人修羅が聞こうとした瞬間、古き友が腕を
振り上げて、振り上げた手が一直線に人修羅の頬を叩きつけた。
頬に平手を打たれた人修羅の体が顔の部分を中心に回転しておよそ
何十倍もの体格差があるにも関らず、古き友の平手の衝撃に人修羅があらぬ
方向へと嘘の様に吹っ飛んでいき…吹っ飛んだ人修羅の体が
宙をまってそのまま地面へと墜落した。

「全く…私という者がありながらねえ」
「…!おいっ!人修羅、大丈夫か!?」

目の前で起こった余りの予想外の事態にライドウが一瞬
呆けたが、すぐに地面に横たわっている人修羅の名を呼びながら駆け寄った。

「…何をそこまで怒ってるんだ?」
「五月蝿いわねえ…三味線にされたいの、喋れるだけの猫ちゃん?」
「…されたくないので黙っているとしよう」

古き友の声色と言葉の恐ろしさにゴウトがすぐに押し黙った。

「それにしても人修羅…随分といい度胸じゃないの」
「何故こんな事を」
「黙れモミアゲ」
「…っ」

激情を宿した満面の笑みを浮かべながら、人修羅に近付く古き友にライドウが
喰ってかかるが、余りの殺気の篭もった言葉と発する空気にすぐにライドウも
押し黙った。

「それで人修羅…私と言う者がありながら、何で
肩に妖精を乗せたりしてたのかなあ?」

「頭も駄目だけど肩も駄目っ!」
「…高々それだけの事か?」

「…それもあるけど、それだけじゃないわ」

ゴウトの呟きを聞いた古き友が返答を交えて宣言する顔には既に笑みは無く
歯を噛んで何かを口惜しげに堪えている様に見えた。

「…どうして森の中に一人で入っていったのよ」

「結果の問題じゃないっ!この…馬鹿っ!」

辺りに響き渡る絶叫にこの場の全員が面を喰らう。

「…例えばあれが妖精のものじゃなくて、あのおじいさんの関りのある奴
だったらどうなってたかわかんないでしょ…」
「それとも…一人でも何とかなるって思ってたの?」

「…謝ったって…許してあげないわよ」

謝罪をされると古き友が空中で顔が見えなくなる程頭を
俯かせて、体を震わせながら拳を握り締めた。



「え…」

立ち上がった人修羅が古き友の体を掴むと、自分の頭の上へとそっと置いた。

「…もう背伸びはやめてよ」
「油断もだめ、人修羅は弱いからね」
「…わかった?」







「取り敢えず静かだが…もうお祓いの儀式は終ったのか?」
「…スカアハが警備をしているのなら呼べば出てくるだろう」
「…スカアハっ!」
「……ほいほいほいなー…」

階段の麓の面々の前のもう落ちかけている日の影から、赤色の
帽子が浮かんだ。

「…っと、お帰りー…ライドウちゃんにその他大勢さん方」

赤い帽子の正体の影から這い上がって現れたスカアハが陽気な声と手振りを
交えて、この場の面々を迎えた。

「…誰がその他大勢よ」
「んー…?何かあんた鼻声やないか?風邪か?」
「べ…別に何でもないわよ」
「何ちゅうか…目も赤いで?何や」


纏めて指名されたのが気に食わないのか、いつもの位置の人修羅の頭の上の
古き友がスカアハに喰ってかかった。

「…スカアハ」

先程のやり取りを把握していないスカアハが古き友の否定も無視して、言葉を
続けるが、ライドウがスカアハの名を呼んで諌めた。

「…悪かったな、あんた」
「…」

軽く謝れると、古き友がばつが悪い様にそっぽを
向いて顔を両手で乱暴に拭った。

「…それでスカアハ、串蛇のお祓いは終ったのか?」
「んー…ちゃんと終ったで、ゴウトちゃん」
「けどなあ…」
「何だ?その含みのある物言いは?」
「やや、別に…大した問題やないで」
「…トロちゃん火い吹く元気残っとるか?」
「ム…何ダ薮カラ棒ニ?火ナライツデモ吹ケルガ…」


まだ元気を取り戻していないルーミアを背負った
オルトロスが唐突な指名に言葉を濁し続けるスカアハに聞き返した。


「…ほんなら大丈夫や」
「だから何なんだ…?」








「…ん?あー…あんたら全員無事みたいねー…」
「…」


境内に一同が入ると、それに気付いた霊夢が口を開けて
感心したのか、一同の顔を見渡した。

「まあ、全員無事よ…人修羅の服以外はね」
「あんな妖怪がよこした服なんてとっとと捨てた方がいいわよ」
「そう?この着物けっこー人修羅に合ってると」
「下らん世間話はいい…巫女よ、串蛇に何かあったのか?」


古き友と霊夢の話に早々に割り込んでゴウトが本題を聞いた。


「別に?お祓いもちゃんとすんだしさー…」


そう言うと、霊夢が横の先程からライドウ達に背を
向けて黙っている串蛇にちらりと目をやった。


「…串蛇…まだ怒っているのか?」

帰ってきたと言うのに何の反応もない串蛇にライドウが静かに話し掛けると
串蛇が振り向いた。

「…オルトロスっ!はははよ、ひっひっふふふふふ…」

振り向いたその串蛇の姿…教えなければ幽霊の類と
思われても不思議でない程に、肌は蒼白くなり…何があったのか酷く
凍えている様子だった。

「…」

何故か分らないが、尋常でない様子で
震える串蛇にライドウが視線で霊夢に説明を求めた。

「…お祓いの時に浴びた水で凍えてるだけよ」
「ほほほ、ほんま、心臓止まるかかか…思たで…」
「…それは難儀だったな」

歯の根を震わせながら、必死に喋る串蛇にゴウトがねぎらう。

「…カワイコチャンヲ背負ッタママデハ火ヲ
吹クノニ集中デキン…人修羅ヨ」



オルトロスに声を掛けられた人修羅が背にもたれて
寝そべっているルーミアを抱えて降ろした。


「ははははよ…」
「ソレデハ全員ハナレロ…火ガツイテ火傷ニナルゾ…」


体を震わせながら、串蛇が傍に寄ってくると、オルトロスが
全員に声を掛けて注意をする。
注意通りに離れ始めたこの場の面々にオルトロスが
首を傾け、大きく息を吸って…そのまま肺一杯に息を吸い終えた
オルトロスが、串蛇の隣りの中空へと火の粉を散らしながら、火炎を
纏った息を吹き始めた。


「…はー…生き返るわー…」

…オルトロスの口からゆっくりと弱い勢いで
吐かれる火炎の暖かさに串蛇が顔を綻ばせながら、陶酔した。


「…そう言えば人修羅、ルーミアがさっきから静かだけど」
「くー……」

…空腹と疲労が合わさってか、人修羅の
腕の中のルーミアは目を閉じて寝息を立てていた。

「おーい、ルーミアっおきてーっ」
「んー…」

古き友が声を掛けると、人修羅の腕の中で目
を擦りながらルーミアが起き上がった。

「んー…あー…」
「…お帰りー…人修羅ー…んー…」
「お目覚め?ルーミア…体の調子はどう?」
「んー…お腹空いたー…」
「…大丈夫そうね」


よく聞くルーミアの言葉に古き友が歎息する。


「何はともあれ…全員帰還と言った所か…」

この場の面々のやり取りを眺めながらゴウトが安堵の息を吐いた。

「…我々も今日はそこいらを歩きまわって疲労困憊気味だ
もう出歩かずに、神社で腰を降ろすとしよう」
「ああ…」
「はー…」
「もう暖まった?串蛇」
「…ん?ああ、霊夢さん…大分落ち着いたで」


串蛇が暖まって血は巡り初めて、肌の青さが少し抜けた顔を
声を掛けた霊夢に向ける。


「グッ…ガッ…」

…串蛇を暖めていたオルトロスがもう息が
続かないのか、咳こむ様に息を詰まらせて中空をまっていた
炎が弱まり、風に吹かれて消えていった。

「…長ク弱イ息ヲ吐キ続ケルノハ逆ニツライナ」
「あんた悪魔なんだっけ?その呼吸法は相性が悪いかもね」
「…?」
「ご苦労さまや、オルトロス」
「…ナニ、造作モ無イコトダ」


上機嫌でオルトロスにねぎらいの言葉を串蛇がかけるが、直後に秋風が
暖まっていた串蛇に容赦なく吹き付けた。


「…もういっぺんいけるか?オルトロス」
「まったまった…勢い誤って、神社に引火したら事だから、やめてよ」

また体を震わせながら、オルトロスに頼も
うとする串蛇に霊夢が割り込んだ。


「…後生や、霊夢さん…ウチ寒いの苦手で…」
「そうねえ…」

串蛇に懇願されると、霊夢がこの場の面々の顔を見回した。


「ねえ、あんたたちー…今から温泉にいって暖まろうよーっ」

「温泉やて?」
「温泉っ!?」
「温泉…なのかー…」

「…はいはいはーいっ!いくいくっ!一番乗りでっ!」

古き友が人修羅の頭から飛び立つと、手
を上げながら意気揚々と霊夢に近寄った。


「…もう夕方だから朝風呂は無理よ」

飛びかかる様な勢いで近寄った古き友に霊夢が歎息する。


「この妖精が行くと言う事は…人修羅さんとルーミアも来ると言う事ね」

…既に霊夢の中で括って分けられた状態で人修羅の問答
も無く、話を進めていく。


「で…勿論串蛇も来ると言う事はライドウさん達も来る、と…」
「…それじゃ手拭いとか取ってくるわ」
「…ちょっ、霊夢さんっ!?」

この場から離れ始めようとする霊夢に串蛇が止めようとしたが、話
を聞く様子も無く早々に霊夢が神社の中へと引っ込んでいった。

「…」
「…串蛇」

「っ…な、何やこの助平っ、うう、ウチに何する気やっ!」

串蛇が話し掛けたライドウに顔を赤くして身をのけぞらせた。

「…串蛇ちゃーん…いくら何でも声かけただけでそれはないわあ…」

境内の影から現れたスカアハが、動転している串蛇に呆れながら、声を掛けた。

「…大体、ウチに外出ていい言うた矢先にあんな女の匂いぷんぷん
させとった奴が言うとっても説得力無いで」

「…」
「…串蛇っ」
「っ…何や」

串蛇の言葉を黙って聞くライドウにゴウトが鋭い声でそれを諌めた。

「こんなこわっぱが女遊び等するワケが無い…予め言っておくが
俺が男だからこう言っているわけでないぞ」
「…今後この話には不用意に触れるな…わかったな」
「…わかったわ」

ゴウトの言葉に篭もった感情をそれとなく読み取った串蛇が口を結んだ。

「御免な…ライドウ」
「…そう気にするな」
「…ほんならお互い理解も進んだことやし、しみったれた空気は温泉で
全部さっさと洗い流してしまおうか…な」
「んー…温…泉…?」

まだ目が覚めきっていないルーミアが、会話の端はしからこの場の面々の
当面の予定に首を傾げた。

「そうっ、温泉よ…疲れた体には最高よー」

古き友が人修羅の頭の上からルーミアを見下ろしながら、上機嫌を
隠す様子も無く話し掛けた。

「温泉もいいけどー…お腹空いたー…」

腹を抱えてルーミアが俯いて空腹を訴えた。

「えー…しょうがないなー、神社から何かすぐ食べる事が出来る物でも
取ってきて…」
「…食べ物ならあるが」
「ん?何もってるってのよ、ライドウ」

不意にライドウが古き友に近付いて話し掛けると、懐から何かを取り出した。

「何これ…?食べ物…?」

差し出されたライドウの手の中にある…何かの瓶に古き友が首を傾げた

「我々の世界で売ってる金丹と言うものだ…本来は気付けの
物だが、味も悪くないから腹ごなしにも使えるぞ」


「…だってさ、貰ったら?ルーミア」
「うん…」


空腹で気の無い返事をしながらルーミアがライドウの手から瓶を取って
取った瓶の栓を開けて、手の平に中身を手に転がした。

「それじゃ、頂ます…」


手の平に転がした丹の粒を纏めてルーミアが口に放り込んで
バリバリと音を立てながら咀嚼する。

「お味はどう?ルーミア」
「んー…」

古き友が頬一杯に金丹を詰め込んだルーミアに感想を聞く。

「んぐっ…」

…充分に咀嚼するとルーミアがそれを飲み込んだ。

「…うん…何か元気が出てきたー」

顔を上げたルーミアが、満足げに顔を綻ばせた。

「…はい、人修羅も」

元気を取り戻した様子のルーミアが、手の平に金丹をまた転がして
それを人修羅に差し出した。



「…お礼なんていいよ、ほら、早く取って」

催促したルーミアの言葉通りに人修羅がルーミアの手から金丹を
受け取ると人修羅もそれを口の中に放り込んだ。

「ねえ、ルーミア、あたしもー」

古き友も頭の上から飛び立ち、ルーミアに手を差し出した。



「…別に気にするな、お前にはここに来てからは
払われてばかりだからな」

お礼を言われたライドウが帽子に手を掛けた。

「では…ゴタゴタもすんだ所で全員で温泉に浸かりに行くとするか」








「暗くなったわねえ…」



もう日も落ちようと言う妖怪の蔓延る時間も間近となった中で
その道を行く者の一人が空の向うの沈みゆく日を眺めながら、呟いた。


「…こういう時は人修羅の体の光は見物よねえ」
「蛍みたいなのかー」


…ボロついた着物の破れた箇所から放たれる人修羅の体の光を
眺めながら、ルーミアが歩く。

「やめてよ…私、もう疲れて妖怪退治は営業時間外よ」
「何で蛍から妖怪退治どうこうになるの…」

「蛍の妖怪がいたのよ…あの時はいつまで経っても夜のままで洗濯物が
乾かせないと思ったわ…妖怪も活発になるしねー…」

「蛍なんて光だけなんだから、あっても無くてもどうでもいいわよ」

…ぶつぶつと愚痴りながら、先頭の霊夢が足を進めた。


「何とも嘆かわしい…と言いたい所だが、ここ幻想卿では…そんなものかもな」

「…常識と非常識…我々の世界ではもう蛍は辺境の田舎にでも行かねば
目に掛かれる事など無いが、ここでは蛍などありふれているだろう?」

「そーね…ありふれてるわー…」

「余り目に掛かれないからこそ…か」

「…」


ゴウトと霊夢の会話を横を歩きながら、ライドウがオルトロスの
背に乗った串蛇を横目で見た。


「……」


オルトロスの背に腰掛けながら、串蛇は遥か虚空…其処に無数に浮かぶ
星空を見上げていた。


…何かに取り憑かれているかの様に串蛇はただ首を
傾けて、自分がいた世界では見る事のかなわなかったその光景を眺めている。

「…串蛇」
「…っ、何や、ライドウ…」

声をかけられ、邪魔を喰らったと言わんばかりに串蛇が
不機嫌そうにライドウに顔を向けた。


「…ここに残る気はないのか?」
「…何言うとんのや」


投げられたライドウの言葉に串蛇が口を曲げて返答した。


「ウチな…白菊に会いたいねん」
「それに幾鳥にも…何のお礼もしてへんのや」
「…もうそんな下らん事は聞かんといてな」
「わかった…」
「鳴海はどうでもいいのか?」
「…どうでもいいっちゅうか…」


会話に混ざって来たゴウトの言葉に串蛇が首を傾げた。


「まあ…微妙やな」
「…そう言うな、あやつとて我々にとっては大事な仲間だ」
「それに…自分が所属している事務所の所長だからな」
「へえ…ライドウは鳴海の事大事なん?」
「大事だな」
「…コノ場ノモノ全員ニ大事ナモノガ近付イテキタゾ」
「…そろそろ温泉が近いと言う事か?」
「アア…硫黄ノ匂イガスルナ」


ゴウトが尋ねると、オルトロスが鼻を震わせてそれを確認した。


「ねえ、巫女さーんっ」
「なーにー…?」


後ろの古き友が霊夢を呼ぶと、心底からうっとうしげに霊夢が返事をした。


「コーヒー牛」
「無いわよ」
「…ちぇっ」
「…ヨウヤク見エテキタナ」


…目の先の温泉の囲いらしき物にオルトロスが気付いた。


「…あんた達ー、全員一回足止めてー」

先頭の霊夢が急に面々に止まるよう指示をした。
その指示通りに一同が足を止める。


「…まず、この温泉は基本的に誰でも何時でも入っていいけど
その分妖怪とかも浸かってたりするわ」
「…なあ、霊夢さん」
「何よ?串蛇」
「…混浴やないよな?その温泉…?」
「…混浴だけど、温泉の真ん中の所に仕切りがあるから大丈夫よ」
「やっぱりか……」
「…けど、そうねえ…せっかく入るんだから私も気兼ねなく浸かりたいなー」
「…ねえ、ライドウさん」
「…何でしょう?」


何かを思い付いた様子の唐突に霊夢が何故かライドウを指名する。

「串蛇が乗ってる猛獣に温泉に浸かってるやつらを
追い払う様に言ってくれないかな」
「…まあ、この際仕方が無いだろう」

ゴウトが霊夢の提案にライドウに無言のまま視線で促した。


「オルトロス…温泉に入って誰かいたらまず雄叫びを上げて追い払え」
「ソレデ似ゲナカッタラ…一旦戻ッテクルゾ」
「ほんなら…頼んだで」


串蛇が背から降りると、すぐさまオルトロスが温泉の囲いの方へと駆け出した。
面々の目の先の囲いと疾走するオルトロスとの距離はすぐに縮まって
走行の速度をそのままに囲いの中へと跳躍する。


「さて…鬼が浸かっているか、蛇が浸かっているか…」
「今日の妖怪退治はもう休業って言ってるでしょ…不吉な事言わないでよ」


ゴウトの言葉に霊夢が口を曲げながら文句を言う。


「…どうやら何も浸かっていなかった様であるが」


…また囲いを飛び越えてこちらに走ってくるオルトロスが
ゴウトの目に入った。


「良かった…今日はほんとに疲れてたしね」
「まだ直に報告を聞いていない…もしいたらどうするんだ?」
「そんなの人修羅さんか、ライドウさんに追い払ってもらうわよ」
「何しろ今の私は営業時間外だもの」
「…やはり鳴海は俺にとってはどうでもいいな」








「…うん、確かに誰もいないわね」

先に確認しにいったオルトロスの報告通り…囲いの中の
の温泉に浮かぶ物は風に散った紅葉だけだった。


「…なあ、霊夢さん…服脱ぐ所とか無いんか?」
「無いわよ…浸かる前に脱いで傍の床に置くぐらいね」

肌を晒すのが恥ずかしいのか、串蛇が恐る恐る霊夢に尋ねる。

「それしかないか…」
「先に言っておくが、ライドウ…この手の事は巫女に任せておけ
…また癇癪を起こされるのも面倒だ」
「わかった」
「っ、癇癪なんて起こすかっ!このアホ、助平っ!」
「…忠告した矢先に起こす真似してどうするの、ゴウトさん」
「…抜かった」
「役に立たない猫はさておき…巫女さん」
「ん?…ああ、悪いわね…人修羅さん」


古き友の言葉に霊夢が振り向くと…囲いの隅に置いてあった
桶を差し出している人修羅からそれを受け取った。


「で…」
「…ん?」
「あんたはどうするのよ?」

温泉に一同が浸かろうとする最中

この場の扱いに悩む者…ルーミアに霊夢が問い掛けた。


「どうするって…服を脱いでお風呂に入るんでしょ?」

問い掛けに不思議そうにルーミアが首を傾げた。


「ねえ、人修羅さん…この妖怪はあなたの担当でしょ…」

首を傾げるルーミアに霊夢が苦い顔で人修羅に鉢を回した。



「…えー…巫女さんと一緒は何だか怖いなあ…」
「妖怪のあんたに怖いって言われてもねえ…」



「うーん……」
「……じゃあ、人修羅も巫女さんと」

「もーいい…私が引き取るわ」
「え…ちょっ、うー、引っ張らないでー…」

……相手が訴えつづけている問題や倫理観の理解を
まったくしていないルーミアに霊夢が業を煮やして、襟首を
掴んで、仕切りの片側へと引っ張っていった。

「…ちょっ、待ってやっ、霊夢さーん!…」

場に取り残されかけた串蛇が、足を早めて霊夢を追い掛ける。


「そう言えば…お前はどうするんだ?」
「んー…あたしー?」

ゴウトに聞かれると、古き友が人修羅の頭の上から飛び立った。

「別にー…人修羅に見られてもあたしは気にしないもんねー」
「ならいい…ライドウ、お前も温泉に浸かって体を癒すとしておけ」








「…よしっ、おっふろーっ」

…服を脱ぎ去るなり、ルーミアが即座に駆け出して温泉へと
飛び込むと派手な水音と共に大きいしぶきと波紋が、温泉に広がった。

「…ぷー…」

浸かった温泉から顔を出すと、ルーミアが浸かったお湯の暖かさに息を
洩らした。

「全く、これだから妖怪は…躾がなってないわ」

…床の放られたかの様に乱雑に置かれたルーミアの服を適当に纏めて
から、霊夢が自分の上着に手を掛けた。


「っ!…ううっ、寒、早く入ろっと…っ」

不意に吹いてきた風の冷たさに霊夢が手早く次々と服を脱ぎ捨てて
床に置くと、走り出す一歩の様な勢いで、温泉に踏み込んだ。


「…はー…寒い時にはこれねー…」
「…」


躊躇いもなく温泉に浸かる二人とは対称的に串蛇は
立ち往生のまま固まっていた。


「…ねえ、串蛇…せっかく来たんだから浸かりなさいよ」
「わ、わかっとるて…霊夢さん」

まごつく串蛇に霊夢が声を掛けると、串蛇が脱ぐために服の端を掴んだ。

「なあ…霊夢さん…」
「…何よ」
「こ、こっち見んといてなっ」
「はいはい…わかったわかった…」
「…覗いとらんやろなーっ!ど助平ライドウーっ!」









「やれやれ…騒がしい事だな」

ゴウトが仕切り越しから聞こえた串蛇の大声に溜め息を吐いた。

「それでゴウトちゃんはやっぱりお風呂に入らないでしょ?只の喋れる猫だしね」
「…前々から疑問だったんだが、うぬは俺に対して風当たりを強くしてないか?
「そーおー?気のせいでしょ…人修羅、桶にお湯入れてよ」

古き友に頼まれると、服を脱ぐ前に人修羅が桶を温泉の中へと沈めた。

「うん、そのまま手を離して温泉に桶を浮かべてね」

古き友の注文通りに人修羅が手を離すと、なみなみとお湯が貯まった
桶が温泉の水面に浮かんだ。

「ありがと、人修羅…えいやっ!」

宙を浮いていた古き友が羽の動きを止めると、浮力を失った古き友の小さい体
はそのままお湯の貯まった桶へと落下していき、小さいしぶきを上げて
古き友が桶の中の小規模の温泉に浮かんだ。

「ふー…良い湯ねー…」

「ちょっと待て、ライドウ…この世界に
我々を積極的に敵視する者はいないが、用心はせねばならん」

服を脱ごうとしたライドウにゴウトが呼び止めた。

「…お前が裸体のままだと、助けに入るのにも事になりそうだ…
最低限褌だけはいておけ」
「分った」
「それと、人修羅…お前も脱ぐのはそのボロついた着物だけにしておけ」

「…俺が言いたい事は以上だ…ゆっくり浸かって心身を休めておけ」

それだけ言うと、ゴウトが床に丸まって目を閉じた。


…ああ、頼む

ゴウトの忠告を聞いて、また服を脱ごうとするライドウに人修羅が
二人分の桶を取って来る様に告げるとそれを了承した。

そのまま慣れた手つきで背中の重厚なマントと、胸に装着した筒のホルダーを
外してライドウが素早く服を脱いでいく。

「…悪いな」

取ってきた桶を人修羅に差し出されると、ライドウが片手で
刀を持ちながら、それを受け取った。

「先に浸からせてもらうぞ…」

受け取った桶に筒の入ったホルダーと、刀を置くと既に褌一丁と
なったライドウが人修羅に断わってから温泉に足を沈めた。

「…はー…」

吐息を洩らしながら、体を温泉の中へと更に沈めてライドウが
肩まで浸かると人修羅も着物を脱いで温泉の中へと足を踏み入れた。


そのまま温泉の中へ体を沈めると……途端に体を
包む暖かな感覚に人修羅もたまらず目を瞑って息を洩らした。


およそ人の枠から外れた超常の体でも
疲れていたのか…温泉の気持ちよさに人修羅の意識が混濁して
体が鉛を流し込まれたかの様に鈍重になった感覚に因われた。


「ねえ、人修羅…湯加減はどう?」



「…そう?…少しぬるい気がするけど、やっぱり桶だからかな?」


桶の縁から顔だけを出して、体を見られない様にして
古き友が人修羅に話し掛ける。

…桶の縁には古き友が着込んでいた青色のレオタードが何時の間にか
脱いで掛けられていた。


「えっと…ごめん、やっぱりちょっと恥ずかしいから…ルーミア達の
所に行ってくるわ」



「うん…」

応答をすませると、古き友が器用に桶の中の湯に浸かったまま桶を
動かしながら温泉の水面の上を漂って…仕切りの向うへと姿を消した。


……常に自分の傍にいた同行者が他の場所に行った途端に辺りは
静寂に包まれて、時折、秋の虫の音や仕切りの向うの霊夢達の
話し声が人修羅の耳に入るくらいとなってしまった。

…そんな中で人修羅が横のライドウに目を
向けると、傍に筒のホルダーを入れて刀を置いた桶を浮かべて
俯いているライドウが目に入った。

目を伏せて、口を結んで黙ったまま…
眠っている様にすら見えて来るその
姿に話し掛ける気が霧散した人修羅が
傍で水面に浮かび、漂っている紅葉を見つめた。


…温泉の水の流れに乗って人修羅へと
泳いでくるそれを人修羅が息を吐いて追い返すと吹かれた風に紅葉は
易々と人修羅から離れていく。

…何の気も無しに人修羅が今度はそれを手を伸ばして、摘み上げて
手の中にあるそれの根元を詰まんで、回転させながら裏も表も
鮮やかに朱色に染まった葉を人修羅がじっと見つめた。

…その内飽きてきたのか、人修羅がそれを指先で
弾いてまた温泉の水面へと放られたそれは波紋を立てて浮かび、漂った。



……温泉に浸かっている内に温泉の
中に入っている人修羅の体の部分は暖まってきた
が、吹き付けて来る風に、顔を冷やされて人修羅が両手でお湯を竦って
手の内に溜まったお湯を自分の顔面に叩きつけた。


「…少しいいか?人修羅よ」


…顔に張り付いたお湯を手で拭う人修羅が
不意にライドウに話し掛けられて、振り向いた。


「……別に風呂の中の礼儀について怒って無いぞ」









「はー…温泉ってこんないいものなのかー…」


……温泉の中に首まで体を沈めて
顔を赤くしながらルーミアが陶酔した。


「御免、ルーミア…気分がいい所悪いんだけど」
「んー……」
「…駄目だこりゃ…ねえ、巫女さん、桶のお湯継ぎ足してくれないかな?」


生返事どころか、返事なのかわからないルーミアの
間延びした声に桶を動かしながら、此処まで漂って来た
古き友がルーミアに頼むが、聞ける状態でないと思い、今度は霊夢に頼んだ。


「はー…はいはい…どうせだったら…お湯ごと変えようかー?」
「じゃあ、それで…」
「それじゃ…空に浮いて…」
「…服は床に置いてよ」


それだけ指摘すると古き友が桶から飛び立ち、温泉の水面の
上へと浮かんだ古き友が浮いてお湯だけとなった桶を霊夢が
手にとって指摘通りに縁に掛けてある古き友のレオタードを後ろ手で床に置く。

「…ありがと、巫女さんっ」

…そのまま霊夢が桶をお湯に沈めて、一杯になった桶の中に古き友
がゆっくりと降りて、体を浸からせた。

「はー…あったかー…」

変えられたお湯の暖かさに、古き友が機嫌を良くしながらまた桶を
動かし始めた。

「ふーん、ふふーん…」

桶を動かして漂う感覚が気に入ったのか…鼻歌を歌いながら、古き友が
桶を動かし続ける。

「…あめんぼじゃないんだからー…やめなさいってー…」

目の前で古き友が乗った桶が温泉の水面を漂う光景に霊夢が
やめる様に言うが、熱で体と頭が茹だって指摘の声は小さい物だった。

「…まったくー…」

もう注意しても無駄だと霊夢が断定して、一旦茹だった
頭を冷やそうと、温泉の端の方へと体を動かし始めた。

「……はー…良い風ー…」

…温泉の端の階段の様に段差がついた場所に霊夢が
腰掛けて、腰から上あたりまでを晒けると吹き付ける冷たいだけの秋風が
茹だった体には涼しく気持ちの良い物となっていた。

「…ん?」

体も頭も冷えてきて、霊夢が意識を取り戻すと
…まだ温泉に浸かっている串蛇に目が止まった。

「……」

温泉の浅い所で涼む霊夢とは対称的に串蛇は肩どころか首まで浸かって
ただ霊夢に背を向けてじっとしていた。

……入った時からそうしているのか、いつも病人かと
思う程血の色が薄い顔の肌は本当に熱病にでも掛かっているかのごとく
紅潮していた。

「串蛇ーっ、一回上がったらどーおーっ…」
「……」

串蛇の体の心配をした霊夢が声を掛けるが、湯船に浸かったまま串蛇が
温泉から手を少しだけだして、拒否と思われる手振りをした。

「…串蛇の世界だと、江戸じゃなくても熱風呂が人気なのかな」

拒否の手振りはしているものの、霊夢の
目には既に耳まで赤くなってすらいる串蛇が見えていた。

「…大丈夫かしらね…ん?」

串蛇を心配する霊夢が、今度は古き友が乗った桶が
串蛇に近付いているのが目に入る。

「何する気よ、あの妖精は…」

懸念する霊夢をよそに古き友が軽やかに桶を漂わせて、そのまま串蛇との
距離はすぐに縮まり、傍まで寄り切った。

「…」


…手を伸ばせば掴める位置まで寄った古き友の浸かるその桶を
串蛇は何もせずにまだじっとしている。


「…大丈夫?そのままじゃ茹で蛸みたく」
「五月蝿いな…あっち…いき…な」

桶から顔を出して心配の言葉を掛ける古き友に串蛇が愛想
も無さげに吐き捨てた。

「…どう見ても大丈夫じゃないって」

…熱に浮かされたきった聞ったしどろもどろの串蛇の言葉と
声に古き友が眉を顰めた。

「…まっ、言って聞く子じゃないしねー…」


何故か自分の事は放って欲しい様な態度と言葉を繰返す串蛇に古き友が
桶から飛び立って、串蛇の目の前の
温泉の水面に足が接するかのぎりぎりの位置の中空で浮いて留まった。

「なん…」

古き友の不可解な行動に串蛇が喰って掛かろうとするが、それよりも
先に古き友が宙に浮いたまま、両手を温泉に沈め…
そして沈められた古き友の両手が、跳ね上がり、その
反動で温泉のお湯が宙をまって小さい体格の古き友
の仕業にしてはかなり大きいしぶきを上げて
串蛇の顔面へと飛んで行って激突した。


「…なに…すん、ねんっ!こらあーっ!そこに直らんかいなあっ!」

古き友にお湯を飛ばされた串蛇が激怒の咆哮
を上げながら、腰を上げて…沈めていた体の部位が晒された。

「…ふーん、やっぱり体に何かあったか…」
「…へっ」

形相を歪ませて自分を見下ろす串蛇に臆した様子も無く
古き友が発したその言葉に串蛇が我に返って辺りを見回した。

「…別に気にする様な事でもないでしょ、その体の模様」

古き友が晒された串蛇の体の部位に浮かぶ…何かを描く様な、何かの
文字の様なその紋様を眺めながら、言葉を続ける。

「…別に…気にしてへんわ」

そう言って、俯く串蛇は
言葉とは裏腹の感情を抱いているかの様にしか見える事は無かった。

「そう…まあ、大体さ…体の模様なら人修羅の
方がびっしりなんだからー…気にする必要なんて無いと思うけどなー…」

古き友が喋りながらまた桶を動かして…もう用は無いと
串蛇から離れる様に桶が漂っていく。

「ちょっ、待ちなっ…」

離れていく古き友に掴みかからんと、串蛇が足を動かそうとするが
茹だった頭と体でそれはうまく動かなかった。

「この…」
「やめなさい、串蛇」

後ろから聞こえた強く自分を諌める言葉に串蛇が振り向く前に体が
何者かに掴まれた感覚が串蛇に走った。

「あ…霊夢…さん」
「全く…私はあの失礼な妖精の言う通りに串蛇の体に模様が
走ってても何の気もしないわよ」
「やっ、ちょっ……」

……串蛇の体を掴んで霊夢がさっさと温泉の端の方へ
と串蛇の拒否も聞く耳持たずに引っ張っていく。

「まったく…串蛇が倒れたりしたら、私がライドウさんに怒られちゃうでしょ」
「……悪かった…わ」

温泉から引き上げられて、風を受けていく内に頭も冷えたのか
串蛇がようやく跳ね返る事も無く、霊夢に謝った。

「ほら…段差の所ででも腰掛けて休んでおきなさいよ」
「うん…」

温泉の端の方まで串蛇を霊夢が引っ張ると、素直にしおらしげな態度で
端の方の段差に腰掛けた。

「……はー…」

……茹だった頭と体がどんどん風に冷やされていく気持ちよさに串蛇
も息を洩らす。

「御免な、霊夢さん…手え、煩わせて…」
「別にー…何て事ないわ…」

串蛇が謝るが、横に腰掛けた霊夢が
馬耳東風な気の無い返事をしながら、温泉に浸かっている足をバタつかせた。

「ほんなら、良かったわ…」









「……どうやら収まった様だ」

温泉の仕切りに耳を当てていたライドウが、危険は無いと
判断を下して仕切りから顔を外した。

「さっきの話の続き…と言ってもまだ話し始めてもいないが…」

…反対側の霊夢達と同様に、温泉の熱さに端の方に腰掛けている人修羅の
方へとライドウが近寄っていく。

「ふう…」

表情を余り変えないライドウも体が茹だっていたのか、人修羅の
横に腰掛けると、安堵の息を洩らした。

「さて…」

話を切り出すのに迷っているのか、言葉を探しているのか…ライドウが
顔を俯かせて、口を閉じていた。
横で腰掛ける人修羅も黙って…温泉
の水面を見下ろしながら、只…ライドウの言葉を待った。

「……お前は」
「…」
「…友を殺めた時に何を思った?」

…投げ掛けられたライドウの問いに人修羅に動揺の
感情が、広がっていく。

「すまない…馬鹿な事を聞いているのは百も承知だ」
「先程の問いは答えなくていい……只、話を聞いてくれないか?」

…お互いが目を合わせないまま、ライドウが静かな声で
また人修羅に話し掛けた。



「…最初に会った時は自分に対して随分と馴れ馴れしくて、明るくて…
サマナーには向いていない奴と…そう思った」

「何か事件が起こる度に自分に話し掛けてきて、大した物
でもないが…親身に自分に探して集めた情報を飯を食べながら、話していた…」

「そして…とある日…そいつから事件の張本人の
手懸かりを見付けたと聞いてそいつと共にある所に調査に出掛けた」

「予想通りにそいつは余り役に立たなかった…殆どが自分の足を引っ張って
ばかりだった」

「それどころか…其処には何の
手懸かりも無く、其処にかまけて留守の間に事件の張本人に他の場所の襲撃を
喰らいすらした」

「不用意な情報で自分を連れ出したと、咎めはそいつだけが被り…地方へと
転属の処分となってしまった」

「そして転属となる前に、最後に自分と仕事がしたいと頼んできた」

「そうして共に次の調査に向かった際…罠を張っておいた
かの様な強襲が襲い掛かり、敵の攻撃は熾烈を極め…そいつ
は自分を犠牲にして、活路を開くと言いだした」

「止める様に言ったにも関らず、そいつは振り切り…そして敵を退けた
時には場に残っていたのは…自分だけだった」

「すぐにそいつを探したが…またその場に二重の
敵が現れ、そいつを人質にとっていた」

「そして抵抗の甲斐も空しく…そいつは殺されてしまった」

「だが…殺されたと思ったそいつは生きていた」

そこまでライドウが喋ると、何かを堪えるかの様に俯いて…また口を開いた。

「確かに生きていた…そしてそいつは事件を起こした
張本人は自分だと名乗り上げた」

「事件の張本人でありながら、事件の張本人を滅するサマナーを装って…
そいつは自分を騙し続けていた」

「そしてそいつは…念を入れて…と、捕らえた自分を
殺さずに異次元の彼方へと吹き飛ばした」

「…そのあと幾多の苦難を越えて…自分がいた世界へと
戻ってきた時…そこは地獄と化していた」

「そこら中に悪魔が出歩き…力無き民は食い殺され…串蛇が
そいつに捕らえられた」

「…串蛇の秘法による力でそいつはある悪魔を召還しようとしていた」

「戻った自分は即座に串蛇を捕らえたそいつを追って…
何とか召還に串蛇を利用される前に救い出した」

「そしてそいつは…奥の手を使い、幾数もの
罪なき者達の命と血肉によって悪魔を召還した」

「そいつを倒すために、串蛇は秘法を使い…ここに至った」

「その悪魔を倒すために…自分はその友を殺めた…」

「……」

「…殺めてしまった友の死の間際、召還された悪魔が言い放った」

「召還したのはそいつだが、同時に勝手が
出来ない様に自分を縛り付けていた…と
そして事件の後しばらくして…後からそいつの生い立ちがわかった」

「…そいつの血筋は元はサマナーの名家の様なものであり…強大な
名声と権力を有していた」

「だが、時が経つにつれて没落していき…そいつは……」

「そいつは何の害悪ともならず…ただ生きていただけだと言うのにだ…」

「殺されかけた…その家に仕える没落して失望と狂気を抱えた者にな」

「これまでは聞いた話で、これからは推測だが…恐らく
その時に悪魔に憑かれてしまったのだろう」

「…元からあれほど強力な悪魔を押さえ付ける事が
出来た…自分よりも遥かに才覚のあった者だったと言うのにだっ…!」

俯いたまま……込み上げてくる感情に歯を
噛み締めてライドウが膝の上の握った拳を震わせた。

「……これで話は終わりだ」
「すまん…」



「…有難う」

返された言葉にライドウが俯かせていた顔を上げた。

「…そいつとは、裏切る前に最後に殴り合いをしたんだ」
「分かれる前にけじめをつけたいと…」
「だが…お前との殴り合いは御免だな」



「…そうだな、斬られるのは自分も御免だ」

「騒動がすんで…頭も冷えた今にして
思えば、異次元に飛ばされたあの時…あれは
殺さずに異次元に飛ばしたのは…」

「……たとえ、異次元の先でも自分は生きていけるだろう
と言う…そいつの優しさだったのだろうかとも思ってしまうんだ」

そこで言葉を止めたライドウが、不意に人修羅に手を差し出した。


顔に僅かな…感情と笑みを浮かべたライドウの
差し出した手が、人修羅に握られた。






「はー…」

完全に日は暮れ切って夜となった神社

……温泉から帰って来て夕飯も食べ終えて、一同は
灯を消して眠りにつこうとしていた。

その一室で串蛇が灯が消えて、暗くなった部屋の天井をぼんやりと眺めていた。

…既に本来なら何かの呪いや魔法や悪魔…その手の類でなければ見る事は
かなわないその瞳は、暗闇に慣れて天井の木目すら捉えていた。

「…眠れないの?」

同室で隣りに布団を被っている霊夢が、串蛇に話し掛けた。

「…うん、何か目が冴えてな」

串蛇が天井を見上げたまま、霊夢に言葉を返した。

「そう…起きてても良い事無いから、さっさと寝た方がいいわよ」
「ふふっ…」
「…何か面白い事でもあった?」

急に耳に入った串蛇の笑い声に霊夢がまた話し掛けた。

「何ちゅうか…霊夢さんってウチが会った誰ともあんま似てないなって…」
「そう…悪魔に似たりはしたく無いわね」
「悪魔やなくて人間や…それも悪くない人間ばかりやしな」
「それは…光栄だわ…」
「そうや…ええ人間ばっかりやった…」





「うん…ええ夜やわ…」

……眠りにつく串蛇と霊夢の寝室の外の神社の
縁側でスカアハが星が輝く夜空を見上げながら、笑顔を浮かべた。

「星が降る夜空に涼しげな風…虫の音が鳴り響き、そして
横には美形の若い男が…」

…劇のセリフの様に情感を込めて喋りながら、スカアハが
横で座っているライドウに顔を向けた。

「…おんやあ?おねむかいな、ライ、ドウ、ちゃんっ」

声を掛けても動かず、目を開かないライドウにスカアハがへらへらと
笑いながら、にじり寄ろうとするが鍔鳴りの音と共にライドウが
抱えていた刀を引き抜いて、刃の根元が光を反射したのを見てスカアハの
動きが止まった。

「…起キテイルヨウダナ」

その傍で番をしていたオルトロスが皮肉を込めた言葉を発した。

「…あーん、ライドウちゃんのい・け・ずーっ」
「ウルサイゾ…主ニ仕エル者ガ主ノ休息ヲ妨テドウスルンダ…」
「…何や、アンタ…エラい殊勝な風吹かすやないか」
「フン……」

スカアハの反応を小馬鹿にする様に当然
だと言わんばかりにオルトロスが鼻を鳴らした。

「…今回ノマレビトノ襲撃…オレハ背中ニ乗セタカワイコチャンヲ
守レナカッタ」
「アノ御方ガ救イダシテ頂イタトイエ…失態ハ事実ダ」

「…しゃーないやろ、少し気を背負いすぎやわー…それは」

重苦しく喋り続けるオルトロスに、暖簾に腕押しと言った態度で
スカアハが言葉を返す。

「…誰にだって出来ん事はあるからなー…」
「…怠慢ダナ」
「ほほー、こんな時に喧嘩かーっ?」
「…無駄ナ浪費ダナ」
「…あらら、トロちゃんもお眠かいな」

スカアハのおふざけに付き合うのは無意味だと
判断したのか、オルトロスが丸まって目を閉じた。

「はー、ボケ殺しが多くてかなわんなー…」
「なー…ライドウちゃん」

相手をする気の無い二人に飽きれた素振りをしながら、スカアハが
またライドウに声を掛けた。

「…」

返事をする気は無いのか、目は閉じたままライドウは動かなかった。

「…寝てても話は続けるでー」

そう言ってスカアハが、ライドウの横に腰掛けた。

「で…どうするつもりなんや?串蛇ちゃんの事」
「…」

腰掛けたスカアハが、横のライドウに顔を
向けずに夜空を見上げながら、話を始めた。

「…ああも派手に失態かまして、その上それを隠蔽…」

「串蛇ちゃんのお家は破滅そのもの…」

「まっ…いくら何でも帰って来た串蛇ちゃん一人に何もかんも押し付けてー、は
無いやろけど…失態があったのはサマナー共全員みたいなもんやしな」

「……とは言え、全くお咎め無しとかの気もせんなあ、ウチは」

そこで言葉を切ると、スカアハが下の地面を見下ろした。

「…あんたは串蛇ちゃんをかっさらってでも助ける気はあるんか?」
「……」
「はいはい…だんまりかいな、今のライドウちゃんかわいないで」

スカアハの言葉にライドウは何も喋らず、体も微動だにしていなかった。

「…世の中何が起こるかわからんから、覚悟とかはしといた方がええよ」

「あの眼鏡掛けた坊主みたいに、何時誰がどうなるかわからへんしな」

「…何かあったら相談してや、ウチは歳だけ喰ってきたわけやないからな」


(…つくづく騒々しい悪魔だ)

もう一人…縁側で丸まって眠っていたゴウトが寝耳に入ってくるスカアハの
声に内心で毒付いた。

(…とは言え、言ってる事は一理ある…か)
(…戻ってきたら、葛葉の一族に報告もかねて進言してみるとしよう)
(何…失態があったのは殆どがヤタガラスの者共…その上、今の串蛇本人には
奴等からすれば価値は無い者…概ね引き抜きなど容易い…喋れるだけ
の猫でない所を若輩者に見せつけてやるとしよう…)
(……そうだな、お互い憎からず思い合っている事だし…もう
婚姻を結ぶ者として扱ってもいいか…)
(散々、道中の年配の悪魔共にも言われた事だ…鉄火場が義務のサマナー
である以上、早々に手を打って…)
「…?」

丸まって眠っているゴウトが目を閉じたまま、体を
揺すっているのを見てスカアハが首を傾げた。

「…どこか痒いんやろか?」



「…起こしちゃった?」

暗闇の中

背中に走ったむず痒い感覚に人修羅が目を空けるが、視界には
何も写らず…自らの体の光だけが、輝いていた。


「…ごめん、私って何時もこの時間は
起きてて…起きてる間は人修羅の体をなぞってたの…迷路みたいで」
「……駄目じゃないの…寝るの邪魔しちゃ…」

「……」

「…」

……薄らいで行く意識の中で、古き友とルーミアが
話を交わしている事を認識しながら、人修羅は眠りに落ちていった。












しゅ

しゅら…さ…


微睡みの中…自分を呼ぶ声

しょうがない…此処は少し手荒くいくか…

けど…あの人喰い妖怪の闇で見えないわね…

と来れば……此処よね?

「…せえのっ!」


現と自己の精神の狭間で漂っていた人修羅の意識が眠っている自分の頭を支えていた物が
急に抜け落ちて、一瞬の空白の後に頭が地面か何かに打ちつけられた感覚に瞬時に覚醒した。

「……大丈夫ー?…人修羅さん…」

…覚醒した意識に語り掛けて来る声の主が霊夢だと、人修羅が起き抜けの
頭でぼんやりと理解する。

「…あの人喰い妖怪の闇で見えないから、取り敢えず手を上げてみて」

次に目を開けて、完全に光の無い暗くなっていた視界と霊夢
の指摘に人修羅が自分が置かれていた状況を
ようやく理解しきってすぐに眠ったまま、手を仰向けになって伸ばした。

「おはよう、人修羅さん…と言いたい所だけど
手以外が人喰い妖怪に食べられていないか分らないから、声を出してみて」



「御免…枕をいきなり抜き取ったのは悪かったわ」
「…けど、声かけても起きないし、下手に手を入れたら噛まれると思ってさ」
「…って、そんな事言ってる場合じゃないわっ」
「とにかく起きて、早くっ!」

若干取り乱した様子で、起きるのを急かす霊夢に人修羅が被っている布団を
即座にはいで立ち上がった。



「や、別にライドウさんや串蛇には何も無いけど…?」

起き上がった瞬間の人修羅の剣幕に霊夢が焦りながら、応答した。

「何て言うか…人修羅さんを尋ねて来たって」



「…もうあの紳士はここを尋ねて来た時は追い返すから違うわ」

先程霊夢を起こそうとした霊夢以上に取り乱して、質問を
繰り返す人修羅に霊夢が歎息しながら答えた。

「…普通の男の人よ、何か体を悪くしてたみたいで
ここに来るのに人里の人にわざわざついてきてもらったみたいでね」

「まだ人修羅さんが、ここにいるって聞くと、凄く喜んでたわ」
「よっぽど人修羅さんに会いたかったみたいでさ…居間で待ってるって」
「…それじゃ、先に戻ってるわ」



伝えるべき事は全て伝えたのか…霊夢が人修羅に背を
向けて、部屋から出ていった。

「……んー…人修羅ー…何かあったのー…?」

部屋から霊夢が姿を消すと、古き友が遅れて起きて、人修羅の
目の前の中空に浮かんだ。

「…ふあーああー…」

…まだ覚めきっていない眠気に、間の抜けた声であくびを
洩らしながら、古き友が体を伸ばす。



「んぅっ…尋ねて来たって?人修羅を?」

あくびを止めて古き友が、耳に入った言葉に人修羅に迫って聞き返した。



「あのおじいさんじゃない…か」
「…何はともあれ……実際に自分で確かめるのが一番…ふああ…」

話を聞いた古き友が、いつもの様に人修羅の肩に止まると、まだ
出し切っていないあくびを言葉尻にまた洩らした。

「…さっさと居間に行ってみようよ、人修羅…待たせるのも悪いしさ」

目が覚め切った様子の古き友が、いつもの陽気な声で人修羅に催促した。



「…また起こしちゃうのも悪い…と言うか、多分
起きないでしょうから、寝させておきましょう」



古き友の言葉に人修羅が、無言でルーミアの纏っていた闇を横切って肯定した。





「…うん、此処に来て良かったと言える事の一つは
天気がことごとく良かった事ね」

……戸が開けられた途端に差し込む光のまぶしさに人修羅の頭の
上の古き友が目を手で覆った。



「他に良い事…?うーん…あのごうつく巫女さんの手料理が
美味しかったとか?」
「て言うか、人修羅は?…何か良い事あった?」



「えー…卑怯だよ、色々なんてー」







「…えーと…」

…来るように言われた居間の引き戸を人修羅が開けると、古き友
の居間への目線が右往左往した。

「…始めまして、私は人里の者の上白沢慧音と申します」

戸を開けた人修羅の姿を見ると、ちゃぶ台についていた小さい帽子を
被っている少女…慧音が人修羅に頭を下げた。

「…この度は」
「すまねえっ!」

顔を合わせた人修羅に慧音が挨拶を済ませる前に、この場にいた
もう一人の…霊夢には面識のない男が、人修羅を見た途端に叫ぶ様な声で
謝って、深く…顔が見えなくなる程に頭を下げた。

「ねえ…人修羅さんがこの人に何かしたの?」

場に居合わせていた霊夢が、慧音とに尋ねる。

「…幻想入りした妖怪に襲われた時に助けてくれたそうだ」
「外界人か…」
「その時礼を言えずに…随分悔やんでいてな…道中が
危ないから、私が同伴して此処に来た」
「やっぱり参拝客じゃないか…」

慧音と問答も終えて、茶を啜り始める霊夢を尻目に、慧音が
開口一番男に謝られて…戸惑う人修羅に目線を移す。

「…布団の中で目が覚めて…まず慧音さんが教えてくれた」
「この幻想卿じゃ、外来人は殺されるのは当然の様な事だって…」

顔が見えない程に頭を下げた姿勢のまま、男が篭もった声で言葉を続けた。

「俺は…殺される所だったんだ…」
「そんな俺を…あんたは、人修羅さんは助けてくれたって、言うのにだっ…」
「俺は只…人修羅さんに怯えて…っ!」

言葉を切って、男が顔を上げた。

「有難う…人修羅さん…有難う…っ!」

顔を上げた男が涙交じりに只…ひたすらに礼の言葉を繰返す。

「…良かったね、人修羅に良い事があって」
「有難う、って言ってもらえて」












「で…何時来るのかしらねえ」
「我々に聞くな…細かい段取り等聞いている訳が無いだろう」
「やっぱり喋れるだけの猫でしかない猫ちゃん
ねー…ライドウ、下剋上しちゃったらどう?」
「ほんで…今日迎えに来るって話やったっけ?ライドウ」
「…そうだ」
「そうなのかー」

幻想入りして死にかけた男が、人修羅にお礼を言い終えて、神社
から去っていき、全員が朝食も食べ終えた頃

面々がここに来るであろう者が来るのを居間で待っていた。

「…また暇ねえ…神社で掃き掃除でもしてこようかなー…」

ここに今日の何時かに誰かが尋ねて来ると言う不確定な事案に霊夢が居間の
ちゃぶ台にもたれ掛かった。

「…余りお勧め出来んな…事実、何を仕掛けて来るかわからん」
「…けど、悪魔は契約を守るんでしょー…?」

ちゃぶ台に突っ伏したままゴウトの忠告に霊夢が投げやりな態度で否定した。

「…私は巫女で妖怪専門だから、悪魔には
詳しくないけど…昨日のライドウさんとあのカバン
持ってた人の話を聞いてたら、攻撃はしないみたいだったじゃないの?」

「…契約していたのは串蛇の救助と治療薬を
渡す事だけだったらどうする…と、言いたい所だが…気負いすぎても事実
何の意味も無いか…」

「…契約をちゃんと守ってくれるにしても、あのおじいさんはろくなもんじゃ
ないって事は変わんないわ」

…ちゃぶ台の上で寝転がっている古き友がここに来る者の低評価を
憮然とした態度で吐き捨てた。

「まー…人修羅についていってから、あんまり退屈しない点については
感謝してるけどー…」
「感謝してるのかー」

「…なあ、前々から聞こう思とったんやけど…この相槌打っとる妖怪の
子って何なん?」

唐突にこの場にいた全員に大しての様に串蛇が、居間の面々の
顔を見渡しながら、問い掛けた。

「…何…って…」
「そう言えば…俺も気にしていなかったが…」

返答に困った霊夢と解答を求めたゴウトが、古き友に目線を合わせた。

「…まー、何というか行きずりと言うか、成り行きと言うか…」



「うーん…人修羅、パス」


不意に…縁側に腰掛けて、何が来ても対応出来る態勢を
取っていた人修羅が急な指名に返答を詰まらせた。

「…どうなんだ?」

同様に横に腰掛けていたライドウが顔を
向けて、何の気も無さげに聞いてきた。





「殆ど同じ答えでないか…」

…何とか捜し当てた言葉も空しく、人修羅の返答はゴウトに一蹴された。

「…ねえ、みんな…私が何か分らないのー?」

首を傾げてルーミアが、面々に尋ねた。

「まあ…見た目は只の娘ってなもんやからな」
「それだけならね…中身は血も涙もない妖怪よ、串蛇」

眉を顰めて、口を曲げながら、霊夢がルーミアに言葉を
吐き捨てる様に言い渡した。

「宵闇ならあるんだけど」
「そんなもんいらないわよ…人喰いだけじゃなくて押し売りも始めたの?」
「…そこら辺にしておけ、巫女よ…妖怪退治が仕事と言えど、うぬ
の辛辣な言葉は聞いていると少々こちらの気分が害されてしまう」
「…悪かったわ」

ゴウトが嗜めると、素直に霊夢は引き下がった。

「…串蛇、あんたも…」
「なあ、霊夢さん」
「…」

串蛇が気分を害したと思って、霊夢が謝ろうとすると、串蛇の
話し掛けようとしたのとタイミングが被ってしまい、お互いが言いかけのまま
話が止まった。

「…何よ?」

再度口を開いた霊夢が、聞き返して串蛇の話を促した。

「うん…まあ、何ちゅうかー……何で
思い出したみたいにそないに喋ってしまうんや?」
「…思い出した…みたいって……?」
「思い出したみたいって言うか…其処の妖怪の子には悪い事聞くけど
妖怪嫌いやったらすぐにでも追い出すなり、すればええやんか?」
「何ちゅうか…妖怪が嫌いなんか好きなんか、ようわからんちゅうか…
時々優しかったする時もあるしな」
「っ……」


串蛇が何の気も無しに投げた言葉

それに…何故か
打ちのめされたかの様に霊夢が固まった。

「…ご、御免なっ!霊夢さんっ、ウチ何や
アホな事聞きよったみたいで…」

予想の中に無かった霊夢の反応に串蛇が取り乱して、即座に霊夢に謝罪の
言葉を繰返した。

「…えっ、あっ、ああ、別に良いわよ…気にしてないしね」

串蛇の大声が耳に入ると遅めの反応と共に霊夢が曖昧な笑みを
浮かべて串蛇に返事をした。

「…取り敢えず、お茶飲んで落ち着いたら?巫女さん」

古き友がいつもの霊夢とは違う…どこか
狼狽えた様子にいつもの霊夢の行動を思い出して、すぐにそれを薦めた。

「…そうね」

古き友の言葉に霊夢が目を伏せて静かに息を吐いた。

「はい、どう…ぞ」

ちゃぶ台の端に置いた急須を古き友が浮いて、空中で急須の
取っ手を掴むと、少しだけよろめきつつ霊夢の目の前に置いた。

「…ありがと」

古き友が取っ手から手を離すと、霊夢が急須を持ち上げて湯飲みにお茶を容れた
湯飲みの中に並々と濁った緑色の液体が湯気を
立てて、吸い込まれ…湯飲みが一杯になる手前で、霊夢が急須を置いた。


「私にも頂戴よ、霊夢」


…催促の言葉が耳に入った瞬間、霊夢の
急須を握る手の傍に空の湯飲みを手に持った手が置かれていた。

「っ…!?何や、これ…っ!霊夢さん、離れた方がええっ!」

取り乱す串蛇の目の先…ちゃぶ台の上に中空の空間が
裟かれた様な歪みから…空の湯飲みを持つ手は伸びていた。

「ねえ、紫…こう言う悪趣味な姿の現し方はやめなさいっての…」
「やっぱりあの妖怪か…」

目の前の光景に狼狽する串蛇とは対称的に、霊夢と古き友が
何処吹く風と言わんばかりに動じずに言葉を発した。

「で…遅刻の穴埋めはどうしてくれるのかしらね」

急須の取っ手を再度握って、霊夢が苦虫を噛み潰した表情で中空の手が
持っている湯飲みにお茶を注ぐ。

「別に時間の指定はしてないでしょう…どこかの方が言う様に本当に
がめつい様ですねえ…」
「すきま妖怪さん…取り敢えず、顔見せてよ…怖いしさ」
「…申し訳ありません…何分性分ですので」
「やな性分ね…これだから妖怪は」
「…うぬがこの世界の管理者のすきま妖怪か?」
「そうです…ライドウさんのお目付役のゴウト様」

曲げた口で吐かれる霊夢の嫌味を気にも止めずに、歪みから伸ばされた
手の主…紫の姿が隙間が広がり、広がった隙間が下がっていくにつれて
露わになっていく。

…そのまま完全に畳に座った紫の姿が、面々の目に写ると紫がくぐってきた
隙間が閉じられて空間に消えていった。

「…お久しぶりですね、串蛇さん」
「……」

体を引いて、敵意と警戒の感情の篭もった瞳で睨み付ける串蛇に紫が
柔和な笑みを浮かべて、挨拶をした。

「…あんまり怖がらせないでくれる?ライドウさんに斬り殺されても
あんたの血とかで私の住み処を汚されたくないわ」

串蛇の傍の霊夢が、怯える串蛇を守る様に座ったまま紫へと体を向き直す。
…対面する紫はこの場の者たち全員にかかられても余裕とも言う様な
態度で先程、霊夢に容れてもらった湯飲みに口をつけた。

「…ちょっとぬるいですね」
「なんだったら、今すぐ三途の川の先の
灼熱地獄にでも行って暖め直していったらどう?」
「ついでに私ばかり働かせてるんだから、地底のゴタゴタも
落ち着けてきてよ」
「遠慮します…この神社のおさいせんじゃ、三ずの川の渡し賃も
払える気はしないもの」
「…取り敢えずその口喧嘩を収めてくれ、話が進まん…」

…この場の一触即発の空気に堪えながら、ゴウトが
割り込んで、二人に一時的な和解を懇願した。

「…殆ど霊夢の方が一方的に喰って掛かってきた
だけですよ…人修羅さんに会った時みたいにね」

ゴウトに対する弁明と共に紫が縁側で腰掛けながら、こちらの騒動を
眺めていた人修羅にちらりと視線を送った。

…声に出さずとも、自分が呼ばれた気がした人修羅が
立ち上がって居間へと入っていく。

「…山の天狗の事については申し訳ありません…人修羅さん」

ちゃぶ台について自分を見下ろす人修羅に紫が恭しく頭を下げた。

「山の天狗?…あの巨大な土煙の」
「ちょっと黙って」

ゴウトが紫の言葉に反応して、問い掛けるが、古き友が言葉を被せて人修羅の
肩へとちゃぶ台から飛び立った。



「ああ、あのお方でしたら、もう…」

…対面する人修羅の眼光をものともしていない紫が、ふと人修羅の背の
縁側の方に顔を向けた。

「後ろだ、人修羅…お前の会いたい者がいるぞ」

縁側のライドウの声に、弾かれる様な勢いで人修羅が振り返った。

「…やあ、今日もいい天気だね」

振り返った人修羅の目の先…目深に被った帽子に手をかけて
もう片方の手に鞄を持った金髪の紳士が笑みを浮かべながら、挨拶をした。

「へー…随分若作りして、めかしこんじゃってるじゃないの、おじいちゃん?」
「所で…あの三人組の妖精はいないみたいだね」

古き友の嫌味を無視して、金髪の紳士が首を振って何かを探す様な
素振りを見せた。

「……」
「何処にいるかわからないかな?」

楽しげに微笑を浮かべながら、金髪の紳士が目の前に立ちはだかって鋭い眼光を
向けるライドウに臆する事も無く、この場に不在の者を尋ねた。

「…こそどろは此処の隙間ごと叩き返してるから、ここにいたとしても
もう帰ってるわよ」

ちゃぶ台についていた霊夢が、縁側へと
顔を出して、庭の金髪の紳士の質問に答えを吐き捨てた。

「ちょ、霊夢さん…やめときいな、ここはライドウに任せて…」

立ち上がって、金髪の紳士に近付いた霊夢に慌てて串蛇も立ち上がり、霊夢の
服の背を掴んで引いた。

「大丈夫よ…殺す気で来てるのなら、最初からここごと
吹き飛ばしてるでしょ?アンタ」
「…物怖じせん娘だな」
「算段もろくにしない馬鹿とも言いますけどね」


ゴウトが霊夢の行動に飽きれると、すかさず紫が嫌味を被せた。

「そこ、聞こえてるわよ」
「やはり随分と嫌われているな…」
「はっ、自覚の無い奴ってタチ悪いわあ…」

此処に来た時から、柔和な笑みを浮かべたままの表情を
変えない金髪の紳士に古き友も嫌味を吐く。

「…そろそろ小競り合いは止めて、全員本題に移らないか?」
「本題って?…紫をここから追い出す事?」
「…お前が事前に言っていた迎えに来るとか言うのは今日だが…」

およそ霊夢の相手をしても無駄だと早々にゴウトが
判断して、今度は金髪の紳士の方に話し掛けた。

「…そうだけど、その前に茶を貰えるかな?」
「…話は茶の席で、か…我々がいた…大正の
世界はどうなっているんだ?」
「…ここに座っても?」

ゴウトの問い掛けを無視して、金髪の紳士が霊夢に顔を
向けながら、神社の縁側を指さした。

「…どうするの?巫女さん」

古き友が訝しげに金髪の紳士を睨みながら、霊夢に確認した。

「…どうもこうも上げるしかないわよ、駄目って言っても
どうせ後ろの妖怪が無理やり押し入らせてくるわ」

「そんな強盗の様な真似をするものですか」

「…この前の煎餅とお茶の事は?」

「尋ねてきたら留守だったから先に頂いていただけよ」
「…」
「…」

「……大概にせんかっ!」

二人の会話に耳を挟んでいたゴウトが、叱咤の咆哮を上げた。

「何とも賑やかな事だね…」

この場の騒ぎから、漁夫の利を掠め取るかの様に金髪の紳士が神社の
縁側に腰掛けた。









「うん…」

湯飲みのお茶をすすった金髪の紳士が、茶の味に感動したのか…湯飲みを
口から離すと目を瞑った。

「あの世界の……ミルクホール、だったかな?あそこで出される飲み物
とはまた違う趣の飲み物だね」
「…そう言えば、確かうぬはよくあそこに出入りしていたな」
「ああ、飲み物もいいが、あそこは色々な話を聞く事が出来る…きっかけが
集まる場所だからね」

ゴウトの問い掛けに、金髪の紳士が浮かべている表情と
同じ様に只、楽しげに答える。

「…なら、そろそろ我々が元いた世界に、帰りつく事が出来るきっかけを
提供してもらいたいものだな」
「…まず時間の事だが、君達がいた世界とこの世界は
大して相違は無い…戻っても、大して時間は経っていないだろう」
「…その言葉、ひとまず信じてやろう」
「嘘はついていないですよ、その方は」
「そう言えば…すきま妖怪さん、色々尋ねたい事があるんだけど?」

またお茶をすすっている紫に古き友が、不満がある様な
口調で話し掛けた。

「…何でしょう?」
「この前に人修羅を襲った天狗の事よ…あの天狗が何で人修羅に襲い掛かった
か聞きたいんだけど?」
「妖怪が何かを襲うのに理由なんて御座いませんよ」
「はぐらかすのはやめたらー…?最近、山の天狗とか河童の奴等が
やたらとはりきって何かをしようとしてるってよく聞くわ」

澄ました顔で古き友の問い掛けに答える紫に霊夢が訝しげな目を
向けながら、声を掛ける。

「大方、あの山の神にそそのかされて、信仰集めにご利用
されちゃってるんだろうけど…アンタはどうなのかしらね?」
「……」

あからさまな敵意と警戒を二人に向けられる中で、紫が何故か
ちゃぶ台の下に手を入れた。

「…ああっ!」

ちゃぶ台の下に手を入れて、そのまま一泊置いてから、紫が手を引き出すと
その手の中に、煎餅が数枚載った皿が掴まれていた。

「勝手に人の家の棚の煎餅を引き出さないでよ…っ」
「もうお昼も近いでしょ?別にいいじゃないの」

形相を歪ませて、睨み付ける霊夢に紫が臆せずにしれっと答えた。

「…はぐらかすのがうまいわねえ…ほんと」

終始に置いて動ぜずに、事を進める紫に古き友が飽きれて溜め息を吐いた。

「…煎餅なのかー」
「えっ…」

ことごとく自分の癪に触る紫の行動に噛みつく霊夢の不意を
つく様にルーミアがちゃぶ台の上の煎餅を手に取った。

「…はい、これ人修羅のね」

そのまま手に取った煎餅を人修羅にルーミアが差し出した。
差し出されたそれを人修羅が手に取ると…無言で傍の
縁側に腰掛けている金髪の紳士に差し出した。

「…悪いね」

差し出された煎餅を手に取ると、金髪の紳士が庭の方へと体を向けた。



「うん」

頼まれたルーミアがまたちゃぶ台に煎餅を取りに、近寄った。

「全く…」

また煎餅を手に持って人修羅に渡しに行くルーミアに霊夢が
重い溜め息をついて、自分も煎餅を手に取った。

「で…単刀直入に聞くけど、あんたは人修羅さんを何かに利用したの?」

問い掛けの言葉を言い切ると、霊夢が手に持った煎餅に噛じりついた。



「…そうとも言えるし、言えないかもしれません」
「…結局の所どっちだ?」

口の中の煎餅を噛み砕いている霊夢に変わってか、ゴウトが聞き返した。

「…予想の範疇にはありました」
「だったら、天狗に襲われた時に助けに来るとか誠意を見せて
ほしかったものね」



「電話しただけじゃないの…つくづく甘ちゃんねー、人修羅は」

紫を擁護するような人修羅の言葉に、古き友
が落胆しながらも、人修羅に差し出された煎餅の欠片を
手に取って、口に放り込んだ。

「それで…そもそも何があって、こんな事をしたのよ」
「…最近は山の妖怪だのあの気持ちの悪いお寺だの仙人だので
騒がしくて嫌になってるって言うのにさ」

湯飲みのお茶を啜って霊夢がまた紫に質問した。

「…彼女は頼まれたから、やっているだけだよ」

不意に金髪の紳士が庭の方を向いたまま、話に入った。

「…頼まれたって何を?」
「この世界に来る二人をもてなしてやってくれ…とね」
「どうも…胡散臭いわねえ…二人共」

縁側の金髪の紳士の背を訝しい目で見ながら、霊夢が問い掛けたが
答えた内容を聞いても、気は晴れなかった。

「この巫女の言う通りに…信じがたいな…」

ゴウトが霊夢の言う事にそのまま賛同すると、金髪の紳士が庭に足を
下ろして…立ち上がった。

「…そう思うのなら…君達に何か良くないきっかけがあると
思うのなら、探してみる事だね」
「…それが、君達の仕事だろう?デビルサマナー」

「…所詮、この世界に連れて来られた時点で我等はお前の手の内か…」

……微笑みを浮かべながら、振り向く金髪の紳士にゴウト
が、目を瞑って俯いた。

「私の仕事は妖怪退治よ」
「…それは失礼したね」
「お前には聞いていないだろう…巫女よ」

眉を顰めて指摘してくる霊夢に軽く謝りながら、金髪の紳士が庭を
歩き始めた。

「さて…それでは最後の通告だ」
「…本当に元いた世界へと帰るのか?」

縁側から少し離れた所でまた振り返り、金髪の紳士が
再度…ライドウ達に問い掛けた。

「…くどいな…その問答は無意味だ」

…縁側までゴウトが歩き、帽子に手を
掛けながら庭に立つ金髪の紳士に、ゴウトが返答を言い渡した。

「…わかったよ」

ゴウトの返答を聞くと、金髪の紳士がまたこの場の一同に背を
向けて歩き出した。

「…何処へ行く気だ?」
「…元いた世界に帰すと言ったが、君達を送り届けるのは別の者だ」

不審な行動を取る金髪の紳士にゴウトが諌めると、そのまま
歩きながら、金髪の紳士が返答した。

「誰が送り届けるんだ…」
「私ですよ」

ちゃぶ台についていた紫が、名乗り上げると立ち上がって
ゴウトの横を通って、紫も庭に足を下ろした。

「ゴウトさん、ライドウさん、串蛇さん…忘れ物が無いようにして下さいね」
「どうする…ライドウ」

振り返って自分達を指名する紫に、ゴウトが拭いきれてない二人の疑惑を
探るかどうかの判断を委ねた。

「…この場をしのいで、情報を集めてからの方が良いかもしれぬぞ」
「…」

ゴウトの問い掛けに答えずにライドウもゴウトの
横を通り過ぎて庭へと降り立った。

「元よりこちらを殺そうという
のなら、機会はいくらでもあった…霊夢さんの言う通りにだ」
「…確かにそうだが」
「どちらにしろ…我々の手元に元いた世界へと
帰る手だては今は無い…この世界には」

まごつくゴウトを尻目に、ライドウが書生帽の下の鋭い眼光を
二人のやり取りをただ見ている紫に向けた。

「…お二人はお決まりの様ですが…後ろの串蛇様は?」

およそ心地の良いものでないであろうライドウの
眼光を向けられても、動じた様子もなく紫が串蛇の意思を指摘した。

「…く」
「こらあっ、ライドウっ!」

対面した紫に指摘されて、ライドウが串蛇を呼ぼうとする前に傍からの
串蛇の大声がライドウの耳に入った。

「…串蛇」
「…ウチ置いて、先に行くとかせんといてや…全く…」

…紫と話をしている内に近付いていた串蛇が、振り向いたライドウの
顔を見上げて、睨み付けていた。

「…忘れ物は御座いませんか?」
「…ウチは無いわ…ここに連れられた時は服だけやったしな」

串蛇が質問に答えながら、ライドウから紫へと視線を写した。

「俺は言うまでも無く…だ」

ゴウトもライドウの足元まで駆け寄り、紫の質問に答えた。

「私達も行った方がいいかもね…あの胡散臭い二人が
まだ何もやらかさないと決まったものでもないだろうしさ」

古き友の指摘に、人修羅も庭へと降り立とうと腰を上げた。

「ほら、巫女さんも」
「ご心配しなくても…私も行くわよ、あの胡散臭い妖怪がいるん
だもの」

ぶつぶつと憎まれ口を叩きながら、霊夢も腰を上げる。

「ねえ、ルーミア…あんたは?」
「んー…難しい話は良く分らないから…此処にいるね」
「…そう」

首を傾げつつ断わるルーミアに、古き友が早々に引き下がった。

「……ねえ、人修羅…ルーミアの事…」

紫達のいる庭へと俯いて履物に足を通す人修羅に、古き友
が小さい声で人修羅に話し掛けた。

「…ううん、後で話すわ」

…履物に足を通し切った人修羅が、頭を上げると、古き友が
急に話を取り止める。
そんな古き友に何も言わず…人修羅が、紫達の所まで歩いていく。


「……ここで色々忘れたら、洒落にもならん…ライドウよ、管等が
ちゃんと手元にあるか確認しておけよ」
「ああ…」

「……ねえ…串蛇」
「…ああ、霊夢さん」

後ろからの、傍まで来た聞こえた霊夢の声に、串蛇が振り返る。

「確か…昨日言ってたけど、人里にまた行くって言ってたのはいいの?」
「…うん、あの人修羅さん尋ねて来た人の話聞いたら、すぐにでも
帰って貴鳥さんに会いたなって…」
「…奥さんと子供に借金置いていって、ここまで連れて来られた人?」
「…借金の保証人はあの人だから、行方不明でチャラよ…」

続いて場に来た人修羅の頭の上の古き友が飽きれながら、言葉を訂正した。

「全く…毎度毎度、人聞きの
悪い事しか言えないのー…巫女さんは…」
「はいはい、悪かったわよ…」

嘆かわしげに嗜める古き友に霊夢が二つ返事で、ぞんざいそのもの
な態度で謝った。

「……大して私達に思いやりも無いだろうけど、お別れが近いんだ
から、慎ましくしてよ」
「…そうね」

古き友の言葉が、少しは応えたのか、霊夢が目を伏せて口を閉じた。

「…御免な、霊夢さん…人里に一緒に行けんで」

少し沈んだ場の空気の中で串蛇が霊夢に気遣いか、しおらしげに謝った。

「…串蛇」

串蛇に謝られると、罪悪感が募ったのか、霊夢がそっぽを向く。


「…別に、あなたと人里に行けなかった事は残念でもないわ」
「串蛇が来るのなら、荷物持ちとしてライドウさんや、もしかしたら人修羅さんも
来るかと思って…」
「この前行った時はただの食べ物ばかりで、常備品は何も
買って行かなかったからさー…」

そこで言葉を切ると、霊夢が串蛇に背を向けて、少し離れた。

「…はー…嘘つくのならもう少しマシなのついたらどう?」
「別にー…私は嘘なんて」
「…ふふっ…霊夢さんって…ほんまっ…」
「…何がおかしいのよ?」

冷たい拒絶と言っても過言でも無い霊夢の言葉を聞いたにも
関らず、串蛇が笑い出し…それを堪える声に霊夢が口を曲げながら、振り向いた。

「や…ほんま、ウチが会った誰とも似とらんなっ…て」
「嘘が下手ねえ…巫女さんってさ」
「…嘘なんてついてないわよっ」

体を震わせて今にも爆笑しそうな串蛇と歎息して来る古き友に、霊夢が否定の
言葉を吐き捨てるが、二人の反応は変わらなかった。



「…これ以上ここにいて、いらぬ未練が出来るのは困り物だ」

…串蛇達のやり取りを眺めていたゴウトが
目を深く瞑る。

「…八雲紫、この世界の管理者よ…我々をもう元の世界に帰せ」
「承りました…デビルサマナー葛葉ライドウの目付け役…ゴウトドウジ様」

ゴウトの言葉に紫が目を伏せて、懐から何故か扇子を取り出した。



「…あなたはまた別の方が送り届けます…どうかそれまでは
お待ち下さいな」

ようやくライドウ達を元いた世界へと帰す素振りを見せた紫にこちらを送るのは
誰かと人修羅が尋ねると、紫が答え…目を瞑った。

「…申し訳ありませんが…一端此処から離れていただけませんか?」
「此処から?…どれくらいだ?」



そのまま…何かに集中していた様に少しの間だけ動かなかった紫の中で
終えたのか、伏せていた目を開けると急にライドウ達に頼み込んだ。

「姿が見えぬ程とは言いません…そうですね、神社の縁側に座って
でもいただければ充分ですよ」
「また神社に何かしたら、この場で退治するわよー…」
「…そんな事はしないから、さっさと離れなさいな、霊夢」

また喰って掛かって来る霊夢を紫が扇子を持ってる手で
払う様な手振りをした。

「…あんまりこの妖怪を信用しない方がいいわよ、ライドウさん、人修羅さん」

紫に対する冷たげな態度を変えないまま霊夢が、ずかずか
とした足取りで神社の縁側へと歩いていく。

「はあ…」

そんな霊夢の後ろ姿を見て、紫が頭を押えて重い溜め息を吐いた。

「…中々に苦労している様だな」
「わかっていただけますか…」
「ゴウトさーんっ、其処にいたら、その妖怪のしでかす何かに巻き込
まれるわよーっ」
「…喧しい事この上無しだな」

既に一番乗りで神社の縁側に腰掛けている霊夢の催促に紫に同情の言葉を
掛けていたゴウトが、すぐさま縁側へと駆け寄った。

「…ねえ、人修羅ー、お話は終ったの」
「ああ…取り敢えずはね」

…縁側へと人修羅が歩くと、先程から縁側で腰掛けて話が
終るのを待っていた様子のルーミアに古き友が返事の言葉を濁した。

「で…さっきの続きだけど…ねえ、人修羅…どうするの?」

古き友が、縁側へと人修羅が歩いて行く最中…周りに聞こえない様な
小声で人修羅に耳打ちする。

「多分…ルーミアは私達がこの世界から姿を消すって
わかっていないみたいよ?」

「…どうけじめを付けるか…考えておいた方がいいわ」
「何も言わずにさっさと去るか…それとも…」
「さっきから何のお話してるの?」
「へっ…」

掛けられたルーミアの声の近さに古き友が、振り向いた。

「…ねえ、ライドウさんの事?」



古き友が話し込んでいるのに夢中で気付いていなかった…庭に降り立っ
て人修羅の傍で古き友との耳打ち話の様を眺めていた
様子のルーミアに古き友が言葉を詰まらせた。



「や、…何というか…」
「…?」

どうにかうまい言葉をと古き友が必死で模索するが、なかなか出てくる事は
無く、そんな古き友にルーミアが首を傾げた。

「ねえ、人修羅ー…何のお話だったの?」




「…私に言えない話なの?」

古き友と同様に返答を詰まらせる人修羅に、ルーミアが眉を顰めた。

「なあ、ルーミア…今、この場は取り込み中やから、人修羅さん達は
後で話してくれるよって」
「…」

縁側に腰掛けた串蛇の言葉にルーミアが俯いた。

「わかった…」

俯いて黙っていたルーミアが串蛇の言葉にその内納得したのか、踵を返して串蛇の
隣りにルーミアが腰掛けた。

「…」

縁側に腰掛けてまた頭を
俯かせ…庭についていない足をルーミアがブラつかせ始めた。



「…助けられちゃったね」

予想外の助太刀にルーミアが引き下がり、古き友が串蛇へ手を上げて頭を
軽く下げて暗な感謝を示すと、人修羅の頭の方へと位置を移した。

「…」
「…何や?」

串蛇の傍にもしもの時があった時のために、立っていたライドウが
横目で自分を見ていた事に気付いて串蛇が
今度はライドウに顔を向けて睨み付けた。

「この場は取り込み中だと、先程自分から言っていただろうが…
もう場を治めるのは勘弁だ」
「ふん…」

串蛇とライドウの間の足元のゴウトの忠告に不満げに鼻を鳴らして
串蛇がそっぽを向いた。



「…それでは始めます…どうか私の傍には寄らない様にお願いしますね」
「じゃあ、あんたがおかしな事始めたと思ったらー…此処から何か
撃つなりすればいいのねーっ」
「つくづく口の減らん巫女だ…」

またいつもの様に紫に物騒げな罵詈雑言を飛ばす霊夢にゴウトが
歎息するが…紫はいつもの様に口を返さず、安全を
計っているのか、縁側の面々を見つめたまま黙っていた。

「…それでは」
「ああ、頼んだよ」
「…」

「…まずは出方を見てからにするとしよう、ライドウ」

縁側からかなり離れた所から、ここに至るまでを
ただ眺めていた金髪の紳士が、紫が了解を取る様に視線を送ると、帽子に手を
掛けて元いた位置から更に少し離れた。

…二人のやり取りを警戒しながら、何時でも懐の管や刀や銃を
取り出せる姿勢を暗に取るライドウにゴウトが忠告する。

「…何する気やろか?あの妖怪は」
「大体目星はついてるけどね」
「どんな事をするにしたって、どうせろくでもない事よ」

縁側の面々が、視界の中のこの世界の管理者が何をしてライドウ達を
送り届けるのか…面々全員が固唾を飲んで、只それを待っていた。

警戒に敵意に疑惑

……それらが交ざり、それら以上の
快くない感情の視線の数々を向けられながら、紫は庭に佇んでいる。

「…ではみなさん…両耳を手で塞いだ方がいいですよ」
「…はあ?」

場の空気と緊張が高まっていく中で急に紫が、縁側の面々に顔を向けて
予想されていない忠告をすると霊夢が心外気味に紫を睨み付けた。

「何かする前に言っておくけどー、何か壊したら弁償だからねーっ」
「…どうする?ライドウ…言う通りにするか?」
「…」

ゴウトの質問にライドウが、体を動かさない態度で喋らず応答した。

「あー…大体わかっちゃったな…言う通りに耳塞いで
おいた方がいいわよ」

警戒の態勢を緩めようとしないライドウとは対称的に、古き友が
怪訝な面持ちになると、横の串蛇や霊夢やルーミアに忠告
を言い渡して、両耳を塞いだ。


「塞いだ方がいいのかー」
「妖精や妖怪の言う事何かあんまり信じたくないけど…この前のあれが
あった以上はねえ…」
「うーん…ウチも塞いどくかな、目が見えんかった分耳は
良く聞こえてまうしなあ」

古き友の忠告を聞いた面々が、揃って両耳を手で押えて耳を塞いだ。

古き友に頭に乗られている人修羅も、耳の穴に指を差し込んで耳を塞ぐ。

「始めます…」

縁側の面々が忠告通りにするかしないか
を見届けると…風を切る音が辺りに響く程の勢いで紫が
手に持つ扇子を掲げた。

「っ…」

「どうか…耳を塞いでいる方もそうでない方もどうか私に近付かぬ事を…」








これまでの穏やかな身振りや素振りとはまるで違う…明らかに何かを
起こそうとする紫の行動にライドウが、体を強張らせる。


繰返し縁側の面々に忠告すると、紫が掲げた手に持つ扇子の先を見上げた
…縁側の面々の緊張が高まりきり…息も止まる最中
そして庭に立つ紫の掲げた手が振り下ろされた。

「っ…!」

目の先の紫の行動の終端にライドウが、懐の中の銃に手を
掛けるが…視界の中のおのおのの存在には何の変化も生じていなかった。

その変化を一手に担っているであろう紫も俯いて…目を伏せたまま
何もする事はなかった。

「…何をしたというんだ?」

ゴウトが何も起こらない事に、訝しげな目線を紫に向ける。

「…串蛇っ」

横で座っている串蛇の安否を確かめようと、ライドウが振り向くが
串蛇はただじっと前を向いていた。

「…串蛇っ、返事を」
「…うるっさいなあ…何やねん、ライドウ…」
「…」

取り乱して串蛇に返事を求めるライドウにうっとうしげに眉を顰めて
串蛇が、ライドウに振り向いた。

「…誰にも何処にも何も起こっていないようだな」
「…少しはドンと構えたらどうや?全く…ん?」

串蛇が前へと顔を戻すと、ようやく視界の中の何かが変化した
のか…串蛇が目を大きく見開いた。

「…顔を戻せ、ライドウ」

ゴウトの指摘にすぐさまライドウが顔を戻すと、中空に二つ…赤色のリボンの
結び目が、紫の傍から少し離れた場所へと浮かんでいた。

「…あれは」
「…あれはねー…すきまってやつよ」
「…すきまとは何だ?…巫女よ」

ゴウトとライドウが視界の中の小さくても確実に変化した部分に
戸惑う二人に対する霊夢の指摘にゴウトが質問を返した。

「…簡単に言うと、あそこから何かが開いて出てくるわけ」
「ざっくりすぎでしょ…」
「…ウチもあそこから連れられて来たんや」
「となると、あそこから出てくるのは…」

話し合う縁側の面々の目の先…赤色のリボンの結び目と結び目の間の
空間が歪み、ねじ曲げられて…霊夢が言ったすきまが大きく口を開けた。

「…どうやら、開いた様だが」
「何も出て来ないわねー…」
「…て言うか何なの?あの中の目玉…気持ち悪いわねー」

紫によって開かれた側面からだと良く見えない裂かれた空間の中


……この場のそこを見た者がそのすきまの中身の
無数に浮かぶ巨大な目に背筋を冷やした。


(…あの目玉にタクシーに乗せられてきた間に睨まれとったっけ…)
(あかん…つられて他の事も思い出してしまうわ)


「…串蛇」
「あ……何や、霊夢さん」
「どうせ見てても得なんて無いんだから、他の物でも見てなさいよ」

顔色を悪くした串蛇に霊夢が全く
動じていない様子を見せながら、目の前の開かれたすきまの空間の
中から、目を逸らさずに串蛇に声を掛けた。

「…そうやな」

澄ました声と態度で話し掛ける霊夢に、串蛇がすぐに気を持ち直した。

「…そろそろ何か出て来ても…ん?」

すきまが開かれて…秒を越えて分程の時間が
経った頃…緊張の中で待つ事に耐えられなくなった古き友が一端
腕を下ろすと、不意に耳に入ってきた硬質の音に逆に手を当てて耳をすました。

「…やっぱりこれか…芸が無いわねえ」

音だけでなく…腰掛けている神社の縁側を支える柱が
カタカタと音を立てて揺れ始めた。

「芸が無いのかー」
「…こんな芸を立てられても困るけどな」

縁側の面々の耳に入ってくる音は徐々に大きくなり…耳を澄まさなくても
ハッキリと聞こえ始めた。

「…面識がある事態なら、先に言わんか…これから何が起こるのいうんだ」
「別にー…取り敢えず説明は面倒だから、二人共耳を塞いだ方
がいいわよ」
「…」

ぞんざいな霊夢の説明に、古き友が突っ込みを入れずに両手で耳を塞いだ。




「…車?…串蛇があの妖怪に連れて来られた時か…」

取り乱すライドウと足元のゴウトに、人修羅がライドウに耳を
塞いだまま簡潔に串蛇がすきまから車に乗せて連れて来られた顛末を説明した。

「……だが」

先程から続いている神社の揺れはどんどん強くなり…面々の
靴の中の足からも明らかに震動が伝わってきた。

「この音はっ…どう聞いても車の音ではっ…無いぞっ!」

…この場で車と言う物の走行の音を聞いた事のある者のライドウ
が、大声で異を耳を塞ぐ人修羅に唱えた。

…指によって遮断されているにも関らず音量の大きさを
保ったまま耳に入って来るその音は確かに人修羅の聞いた事のある車
のエンジンがふかされる音ではなかった。

けたたましい音を響かせながら駆動する金属質の何か

…その音にどこか人修羅が覚えがあると気付いた瞬間に、とても
高い…笛を鳴らす様な音が辺りに響き渡った。


先程の金属の音ではないその音に人修羅が正体が何であるかに気付いた
が…その事をライドウ達に伝えるより先に金属同士が擦れ合う鼓膜を
つんざく独特の高音が続いて鳴り響いて、溜らずに人修羅が耳に強く手を
押し当てた。










「…ねー、人修羅ー…私の声ちゃんと聞こえてるかなー?」



「良かった…お互い鼓膜は破れていないみたいね」

さっきまで神社の面々がお互いの声も聞く事が出来ない程に辺りに響いていた
音は過ぎ去り…人修羅の頭の上の古き友が返事に安堵した。

「それと…ルーミアは?」
「んー…何とかー…」

縁側に腰掛けていたルーミアも顔をしかめているが、古き友に返事が
出来ている所から、大した異常は無さげだった。

「はー…耳がいい分しんどかったわー…」

その横の串蛇も音が消え去ると安堵の溜め息を
吐きながら、耳に当てていた両手を下ろした。

「…大丈夫か…ライド…ウ…返事…を」
「ああ…大丈夫…だ」

…猫の体と手では耳を防げずに、音をもろに喰らってしまった
ゴウトが朦朧とする意識の中でライドウに応答を願った。

「…ん?…巫女さんは?」

……お互いが無事を確認し合う中で古き友が
縁側に腰掛けていた霊夢の姿が見えない事に気付いて面々に所在を尋ねた。

「…あそこだ」

古き友の問い掛けに、ライドウが顔を向けて答えた。

すきまをくぐって現れた物の傍…位置を変えずに庭に佇む紫に霊夢が憤りを
隠さぬままに、ずかずかと足を進めていた。

「…不用心な…ものだな」

目の先の警戒を感じられない霊夢の背を眺めながら、ゴウトが歎息した。

「まあ…怒るのもしょうがないと思うど」








「ゆーかーりー…あんたって妖怪はー…」
「何怒ってるのよ?」
「…怒るに決ってるでしょっ!私の住み処にこんな物出しておいてっ!」

…澄ました表情で首を傾げる紫に霊夢が血相を変えて絶叫した。

「…こんな大きい物、神社にぶつかったらどうなると思ってるのよっ!」

悪げも無さそうに自分を見ている紫に今すぐにでも
襲い掛かりそうなまでに怒り狂った霊夢が、すきまを
くぐって現れた…巨大な物体に指をさした。

「…それにしてもあの妖怪…どこから引張り出してきた
と言うんだ?あんな物を…」

憤怒する霊夢に指をさされた神社の庭に鎮座する物


無数の車輪に光沢を放つ鋼鉄の表面…そして上部には筒の様な形状が
突き出て、其処からは煙が立ち昇っていた。




「…もう自分の世界では廃止が進んでいる…蒸気機関車はな」

…目に写るその存在に人修羅がライドウに尋ねるが、相手にそれの
詳しいと言える程の見聞は無かった様だった。

「それはそれとして…さっさと巫女さんを
止めに行かない?ほっといたら…すぐにでも噛み殺しにかかりそうだしさ」

…目の先の蒸気機関車の傍で指をさしながら剣幕を
立てる霊夢を眺めて、古き友が面々に現状のするべき事を再認識させた。

「確かに…な」


「…思い返せば、あの鉄塔はしばらくしてから見にくれば
何かの木がそこいらに巻き付いて破壊しにくくなるわ…あんたは幻想卿を
外界のゴミ捨て場にでもしたいのっ!?」

「はいはい、落ち着いてよ…ライドウさん達が見てるわよ」

「話をはぐらかすなっ!今日と言う今日は…っ!」

「…悪いが今日という今日も落ち着いてもらおう」

「ああっ!?何よっ!」

「っ…取り敢えず…落ち着いてもらえないか?」

駆け寄ったゴウトに話し掛けられて、振り向いた霊夢の検が篭もりきった
声と顔にたじろぎながら、ゴウトが嗜めた。

「落ち着いてよ、巫女さんー…顔怖いよ」
「…せやで、落ち着いて、なっ?」
「……ふんっ!」

焦った様子でゴウトに追い付いた古き友と串蛇にも宥められると、紫に一度
顔を向けて忌々しげに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「申し訳ありません…躾が成されてなくて」
「…もうお前はあの巫女を指して喋るな…話が滞ってしまう」
「重ね重ね飛んだ失礼を…以降、気を付けますわ」

不機嫌を辺りに撒き散らす霊夢に紫が、頭を下げた。

「それにしても…こんな珍しい物ー?…かどうかは良く分らないけ
ど、何にしろ凄いわねえ…」


ふとこの場の面々の誰よりも高く大きい機関車の
先頭車輌を見上げながら、古き友が感嘆の言葉を述べた。

「…もう蒸気機関車は我々の世界でも使われていない…こんな機構的な
動力の車の類の物がこの世界にあるとはな」
「ウチらの世界やと…電車やったっけ?乗った事無いけどな…」



「ああ…普通の自家用車や、小型の二輪の一人用の物もあるぞ?」


串蛇の言葉に浮かんだ疑問に人修羅がライドウに尋ねると、時代と世界の
見解の齟齬が人修羅とライドウの間に生じていた事が判明した。

「…こんな所でこういう文明の利器にお目にかかれるなんてね」

「文明の利器ー?何言ってるのよ…」

「何よ、巫女さんったら、感じ悪いわねー…まだ腹の虫が収まって無いっての?」

「…さっき煎餅食べたから、腹は落ち着いてるわよ…」

面々が物珍しい存在を目にかかれて色めき立つ中で霊夢が
不機嫌そうに、その存在を見下す様な言葉を吐き捨てた。

「…そもそもこの世界は結界によって外界から、色んな物が流れ着くの…」

「その色んな物は役に立つ物も
たまにならあるけど殆どが、役に立たないゴミばかりでね…」

「只でさえ色々あるって言うのに…こんなでかい物叩き壊しても
破片とかで片付けも面倒よ」

「…まだ機嫌が悪いみたいね」

「…それは近くに来て欲しくない妖怪がいればね…」

口を曲げながら霊夢がまた紫に嫌味を吐き捨てた。

「何故…外界とやらから、流れ着いてくるんだ?」

ゴウトがまだつんけんとした態度を取る霊夢を放って、紫に疑問を尋ねた。

「私が張った結界によって、この世界は…大まかに外界と
幻想卿…二つの世界に別れました」

尋ねられた紫がとつとつと静かに語り始めた。

「結界により、互いの世界は互いにおよそ不可侵とかして…
隔てられました」

「…だが、この世界には色々な物が流れ着くと先程聞いた」

「この結界は少々特殊な物でしてね…外界に有る物を
外界にとっての常識…この幻想卿に有る物を非常識…」

「ようは…その結界によって条件を満たした物が此処、幻想卿に流れ着く
と言う事…なのか」

「概ねそうです…常識とはおよそ多くの者達の記憶の中に留まっている物…
文明が進み、それによって妖怪は消え去り…妖怪は非常識へと
かしていきました」

「…それどころか人々に益を成すであろう神々への信仰すらもです」
「…」



「…何でもない…気にしなくてもいいぞ」

不意に耳に入ったライドウの刀を揺らす音に人修羅が
尋ねると、目を瞑ってライドウが応答した。

「そして…ここ幻想卿は数多くの者達が忘れ去った神や妖怪や物…
あらゆる物が行き着く場所へと成り果てました」

「そして…この蒸気機関車もその忘れ去られ、姿を消していった物の一つ
と言うわけ…か」

言葉を切ると、先頭車輌の煙突から空へと立ち昇る煙をゴウトが見上げた。

「確か…蒸気機関車の消えていった大因は
この煙によって煤が辺りに撒き散らされるからだったか…」

「…この手の物の風情は良く分らんが、不憫な
物だな…こんな話を聞くと」

「そんなものですよ…技術と言うものは」

「そんな物でもどんな物でも…押し付けられるこっちは迷惑よ」

「…まあいい、所詮我々は蚊帳の外に郷の外の者だ」

変わらずに、口を汚くする霊夢にゴウトがもう説教を放棄した。

「それでは…ライドウ様、ゴウト様、串蛇様…この
蒸気機関車に乗って頂けますか?」
「…やはりそう来た…か」

紫の要求にゴウトが蒸気機関車が現れた時から薄々と勘付いていた帰路が
何であるかの宣告に言葉をを詰まらせる。

「何かの良くない腹や手の内へと入り込んでゆく気が否めない物だが…」

まごつくゴウトが、返答を待つ自分への視線を送るライドウと顔を上げて
お互いの顔を見合わせた。

「現在の葛葉はこいつだ…こいつが決めた事だと言うなら、納得できなく
とも従うとしよう」
「…」

ゴウトの返答を聞いて、ライドウが一度目を瞑り…目の前の紫の
顔を見つめた。

「では…改めて、忘れ物はございませんね?」
「…少々くどいぞ」
「確認は大事なものですよ」

「……なあ、霊夢さん」

対面しているライドウの顔から目を逸らさずに確認を
取る紫に串蛇が霊夢に声を掛けた。

「…何?」

紫が二人と話を進めている間…暇だからか、すきまからの蒸気機関車
の煙を昇らせている煙突の先を眺めていた霊夢が串蛇に呼ばれて振り返った
返事の声は低く、静かでまだ不機嫌が続いている様に聞こえた。

「…ちょっと、ウチに近付いてくれへんか…手が届くぐらいにな」
「…別に…いいけど」

そんな霊夢に串蛇のどこかしおらしく…神妙に霊夢に頼む様子に霊夢が
何かと思いながら、頼まれた通りに葛葉に近付いた。

「…」
「っ…」

間近に近付いた…手を伸ばさなくとも肌が触れそうな程に互いの
距離が縮まると、串蛇が目を深く瞑って…両手を霊夢の頬へと伸ばした。

「っ…ちょ…」
「…動くなっ!…巫女よ」

不意に頬に当てられた串蛇の手の柔らかい感触と
冷たさにたじろぐ霊夢にゴウトが声を掛けて止めた。

「っ……」

急な串蛇の行動とゴウトの戒めの咆哮に対応に困り果てた霊夢が、串蛇の
顔を見つめた。

…目を瞑って霊夢の顔に何かを確かめる様に指を
動かしていく…その行為をただ
喋る事も無く、繰返す見下ろした串蛇の顔に霊夢が固まってしまう。

「そのまま聞いて下さい、霊夢さん」

「……」

傍のライドウの声が耳に入ったであろうにも関らず…
串蛇は霊夢の額へ指先を動かす。

「…串蛇は秘法による呪いで元いた世界では何かを見る事は
出来ない…その世界に帰っても霊夢さんの顔を
手の感触で覚えて忘れない様にしたいんでしょう」

「…っ」

内心でライドウの言葉の意味を理解した串蛇が、霊夢の唇に触れた
串蛇の冷たい指先が霊夢の唇をなぞる様に動き、その感覚に霊夢が
体を動かしそうになるが…それよりも先に串蛇の手がまた霊夢の頬へと戻った。

そして頬に触れていた串蛇の指先が引かれ…霊夢の
顔からの串蛇の冷たい手の感触が消えていった。

「…御免な、霊夢さん…急にこんな事」

手を離して…串蛇の呪いによって瞼の中の光を失った瞳が霊夢の目に写った。

「別に…気にしてないわよ」

そう言ってもやはり、気恥ずかしいのか…串蛇の
謝罪に今度は霊夢が目を瞑った。



「…ねえねえっ!提案なんだけど、みんなで写真取ってみようよ!」
「…は?」
「写真て?どういう事や?」
「この世界の何か…お化けとか撮れるみたいなカメラだったら、串蛇
の目でも見る事は出来るんじゃないの?」
「…可能性としては一考の価値はあるが…問題はそのカメラを
どこから調達すると言うんだ?」
「それは、もちろん…」
「…なるほど」

古き友がしたり顔で、面々のやり取りを黙って見ていた紫に視線を
向けると、楽しそうに紫が口端を釣り上げた。

「私に山の天狗共のカメラを取って来いと…そう言う事でしょう?」
「…出来ないの?」
「…少々お待ちを」

挑発をする様に古き友が顔をにやけさせると、紫が傍の中空の
隙間を即座に開いて其処に手を差し込んだ。

「…お待たせしました」

さほど時間も掛からずに紫がすきまから手を抜くと、手の先には
確かにカメラとおぼしき物体が存在していた。

「うん、仕事が早くって助かるわー…ほら、みんな並んで並んでっ!」
「やっ、ちょっ、掴まないでよ、服が伸びちゃ…」

紫が取って来たカメラに古き友が人修羅の頭の上から飛び立つと、霊夢の
服の袖を掴んで蒸気機関車の傍へと引っ張っていく。

「…タエ殿には見せない様にするべきか?」
「元いた世界では串蛇は生きている事になっているが…やめておいた
方がいいだろう」
「そう言う事聞くと白菊が、ちゃんとやっとるか心配になって来るな…」

古き友の提案に反抗は無いのか…ライドウ達も蒸気機関車の傍へと
話を交わしながら、寄っていく。

「私もよろしいですかね?」
「おっけーおっけー、ほら、寄せて寄せてっ!」
「はいはい…分ったわよ…」

袖から手を離して、もっと近付けと手振りをすると霊夢も観念した様で
蒸気機関車の傍まで不満げに歩いていった。

「…ほら、ルーミアもっ」
「え…うんっ…」

古き友が手招きをすると、縁側のルーミアも庭に降り立って
蒸気機関車の傍まで駆け出した。

「…撮るのはいいけど、天狗のカメラって真ん中に写った人の
魂が吸い取られるって聞いた事があるわよ」

写真を撮られる事を回避したいのか…霊夢が意気揚々の
古き友に物騒な噂話を言い渡した。

「そんなの迷信でしょー…けど、この世界だと本当かもだからねー…」
「…其処でさっきからずっと棒立ちしてる若作りのおじーいちゃんっ!」
「…何かな」

古き友が大声で呼びつけると、離れた所で面々の
やり取りを眺めていた金髪の紳士が帽子に手を掛けながら、返事をした。

「そうやってー、若作りがちゃんと出来てる内に写真に収めて
おかないと後で後悔するわよーっ!」
「そんな所でじっと観察なんてしてないで、早く早くーっ!」
「…そうだね」

古き友の掛け声に金髪の紳士が一笑すると、面々と同じ様に蒸気機関車の
傍へと歩き始めた。

「撮った後…確か、現像とかしないといけないんじゃ無かったっけ?」
「ご心配なく…このカメラは即席製らしいですからね」
「なあなあ、霊夢さん…隣りに立ってええか?」
「…別に、いいけど」
「はいはい、ゴウトとおじいちゃんは真ん中に寄って寄って」
「…この者を呼んだのはその為か…」
「お小言しか出来ない猫と
面倒な引っ掻き回しが消えるのなら良い事じゃないの?」
「やれやれ…人でも無いが、人身御供か…お互い大変だな」
「ふふ…そうだね」
「…ねえ、人修羅…私も隣りに立ってもいい?駄目かな?」



「うんっ!」



「…敵意は無いと言うのに後ろに立たれるのが嫌か?」
「…そりゃ、刀持ってるんだもの」
「それもそうだな…」
「それでは…皆さん位置についた様なので…そろそろ撮りますよ?」
「それじゃ、みんなーっ!はいっ、チーズっ!」


「うんっ…ちゃんと撮れてるね…」


渡された写真を抱えた人修羅の頭の上の古き友が、満足げに笑って
差し出された人修羅の手にその写真を置いた。

「私もちゃんと写ってるの?」

写真を眺める人修羅にルーミアが尋ねると、人修羅が
写真を見終ったのか、自分を見上げているルーミアに写真を差し出した。

「うん…写ってるね…」

写真の中の面々の中の中にちゃんと存在していた自分の姿にルーミアが
顔を綻ばせた。

「…個人的にはおじいちゃんとかが、半目で笑いを取ってくれてると
面白かったなー…」
「…ほっとけ、構うと逆に喜ぶぞ」
「忠告通りにするとするよ」

顔をにやけさせながら、金髪の紳士に視線を送る古き友にゴウト
が金髪の紳士を気遣った。

「…どう、見えるの?」
「うん…見えるわ」

串蛇が光を失った目で写真を見下ろしている所に霊夢が尋ねた。

「と言っても…ウチが、元の世界に戻っても見えるかわからんけどな…」

串蛇が返事をすると、頭を上げて口元を緩めた。

「…お望みでしたら、また連れてきますけどね」
「…串蛇…こいつの言う事を信用しちゃだめよ?」
「全く…つまらない意地の張り方まで教えた覚えなんて無いわよ」

話に入ってきた自分を無下に扱う霊夢に紫が飽きれながら、小言を述べた。

「別に意地なんて…張って無いわよ…」
「御免なさいね…本当に躾がなっていない子でして…」
「ううん…霊夢さんは優しい人やわ」
「…」
「あんたもありがとな…お蔭様で色々良い思いが出来たわ」
「…真にいたみいる思いです」

串蛇に礼を言われると、紫が目を伏せて微笑を浮かべた。

「うん…こうも何かの姿を鮮明に描き、写し出せるとは大した物だね…
この世界の技術も…」

金髪の紳士も面々の例外でも無く、目を瞑って感嘆の言葉を洩らしていた。

「…この写真は君が持って行くといいよ」
「…」

写真の写りを堪能した様子の金髪の紳士に写真を差し出されると、ライドウが
何も言わずにその写真を受け取った。

「…思えば貴様にも世話になった、と言えるかは疑問だが…」
「まあ、串蛇を救い出してくれたのは事実だ…その点については
感謝を述べるとしようか」
「…対価をきちんと支払ったまでさ」

ゴウトの言葉に金髪の紳士が帽子に手を掛けて、俯いた。

「では…ライドウ」
「…」

ゴウトがライドウに声を掛けると、何かを言いたいのか、帽子に手を掛けて
俯く金髪の紳士を視界に捉えたままライドウが立ち止まっていた。

ゴウトがライドウのその様子に声を
掛けようとするが…その前にライドウが踵を返した。

「…何を聞こうとしていた?」

ゴウトが串蛇の傍へと歩いていくライドウに慌ただしく
駆け寄って、先程の沈黙が何だったのかを聞きつけた。

「…仮に聞いたとしても…はぐらかされるかして、聞く事
などできはしないさ」
「…もしや、ライドウ…あいつの…いや…」
「…」

言葉を切ったゴウトの先をただ無言でライドウが足を進めた。

「何でもない…聞き流せ」
「…串蛇」

紫と霊夢の二人とまだ話し込んでいた串蛇にライドウが、声を掛けた。

「…もう、お呼ばれかあ」

串蛇がライドウの呼び声に口を閉じて、俯く。

「何でしたら…滞在の期間を伸ばしましょうか?」
「…」

串蛇を気遣う紫に何故か霊夢が喰って掛からずに押し黙っていた。

「ええよ…これ以上此処にいたらいつまで経っても帰る事が
無くなりそうやしな」

「…そうですか…わかりました」

また気遣う紫に串蛇が笑みを浮かべながらそれを断わった。

「…そろそろ…頼めるか?」
「ええ…」
「ではゴウトさん、ライドウさん、串蛇さん…蒸気機関車
へとお乗り下さいますか?」

串蛇にこれ以上聞く事はないと、ライドウが紫に声を掛けると
蒸気機関車の側面のドアが人の手もなしに開いた。

「そりゃ、普通の列車じゃ無いわよねー…」

窓から垣間見える車内には確かに人などおらず…勝手に開いた
蒸気機関車のドアを古き友が怪訝な表情を浮かべた。

「此処までやってもらって悪いが、まず我々が乗って安全確認を
させて貰おう…行くぞ、ライドウ」
「…」

ゴウトの掛け声にライドウが無言で蒸気機関車
の開いたドアへと近付いて行く。

「さて…串蛇、元の世界に戻っても無理せず元気にね」

…別れの時は間近となって、古き友が人修羅の頭の上から飛び立つと
串蛇に手向けの言葉を送った。

「うん…あんたも、人修羅さんも…ルーミアも元気でな」

「元気になのかー」
「…こういう時くらい普通に喋ってもいいでしょうに…ルーミアってば」

口々に別れの言葉を並べる人修羅達に串蛇が含み笑いをしながら、
此処に来て一番世話になった者へと振り向いた。

「なあ、霊夢さん…本当にありがとな…お蔭様でまだ生きていく
事が出来そうやわ」
「そう…それじゃ、色々気を付けて…元気でね」



満面の笑みを浮かべて、別れの言葉を送る串蛇にそっけなく
言葉を返して霊夢が背を向けた。

「…ちょっとっ、巫女さん…それはあんまりでしょっ…!」

無愛想どころでない態度を取る霊夢に古き友が、耳元まで飛び寄って
小声で叱咤した。

「…別にいいでしょ」
「…良くないでしょ…んもー…!」

全く聞く耳を持つ気のない態度の霊夢に、古き友が憤る。

「…照れているだけの様ですので、放って置いた方が宜しいでしょう」
「…」

紫の挑発とも取れる言葉にも霊夢は沈黙を保ち続けていた。

「…残念やな、霊夢さん」
「…ふん、これだから人間ってのはねえ…」

古き友が、口を曲げて忌々しげに霊夢の背に文句を吐き捨てて人修羅の
頭の上へと戻った。


「…何か揉め事か?」

…もう蒸気機関車の車内の確認は終えたのか、場に駆けつけたゴウトが
少し沈んだ空気を感じ取って面々に問い掛けた。

「…あれ?ライドウはー?」
「あいつだったら蒸気機関車の中で待ってる…危険は今の所は
無かったぞ…それで…」

古き友の質問に答えながら、面々の顔を見渡してゴウトが何があったのかを
読み取ろうとした。

「…ではまいりましょう、蒸気機関車は私が引き連れますので」
「ほんなら…行くとするかな」
「…では頼む…八雲紫よ」

何も言わずに立っている霊夢の背を見つめていた串蛇に察したのか
ゴウトが誰にも何も言わずに、紫の顔を見上げた。







「串蛇…手を」
「うん…しょっ…と」

蒸気機関車の高台の位置にあるドアから、ライドウが手を出して
その手を掴んだ串蛇の体を車内へと引き上げた。

「…こら、いつまでウチの体触っとんねん!」

車内に引き上げて抱えた串蛇の体を
丁重に下ろそうとしたライドウに串蛇がそれをはねつけて
無理やり自分で車内の床に、降り立った。

「全く…こいつはほんまに助平やな…」

車内の床に立ったまま串蛇が、汚い物にでも触ったかの様に着ている服を
払い続けた。

「やれやれ…思いの外元気だな」

つんけんしたいつもの態度をライドウに向ける串蛇にゴウトが、歎息した。

「串蛇ー、あんまりライドウの事いじめちゃ駄目よ?」
「…この程度でへこたれる程やわでも無いわ、こいつはな」
「…」
「そうね…確かにそうね」

串蛇に指をさされて罵倒されても無言と無表情のライドウに古き友も
ゴウトと同じく歎息した。

「では、上から失礼だが…達者でな、人修羅もお前も」

蒸気機関車の高台から、ゴウトが二人の顔を見下ろしながら、別れの
言葉を言い渡した。

「ねえ、ライドウ…さっさと下剋上してこの猫は三味線にしちゃってよね」
「…別れ際くらい少しは愛想良くして欲しいものだな」

古き友のいつもの嫌味にゴウトが嘆く。



「わかっているさ…お前は帝都に刃向かう気等は無いと言う事ぐらいは既にな…」
「…こらっ、ライドウ」

黙って立っているだけのライドウに串蛇が、叱咤と共に肩を叩いた。

「こういう時ぐらいもっと喋りーな…此処でお別れなんやからな」
「…また会えるかは分らないが…」

串蛇に肩を叩かれ、ライドウが人修羅の顔を見下ろした。

「帝都に来た時は…鳴海探偵事務所と言う所へ来てくれ…歓迎するぞ」

言葉と共に人修羅の目の中のライドウの顔が口元を緩ませた

「では…」

互いに別れの言葉を交わし合うのを終え、紫にゴウトが
頼もうとする前に蒸気機関車の傍から少し離れた所で背を向けている霊夢を一瞥した。

「…発進してくれ、八雲紫よ」

背を向ける霊夢に何も言わずゴウトが、蒸気機関車の傍の紫に合図を送った。

「仰せの通りに…では蒸気機関車から、お離れ頂けますか?」

ゴウトの言葉を承ると、傍の人修羅に顔を向けながら、紫が避難を頼む。

「はいはーい、了解よ」

古き友が何故か急に、紫に言われた通りに人修羅の頭
の上から飛び立って…蒸気機関車に背を向けている霊夢へと飛行していく。



「…ねえっ、巫女さん」


そのまま古き友が走り出す様な勢いで飛行するが、霊夢の近くまで
蒸気機関車から離れると、急に中空で飛行を止めた。

「……」


…古き友に強い声で呼び掛けられるが、霊夢は動かず…返事すらして
来る事は無かった。

「もう行っちゃうよ?串蛇が…」
「…」
「…これで会えないかもしれないんだよ?」
「…」
「ねえってば…え…」

完全に口を閉じて押し黙っている霊夢が、古き友
の叱咤に耐えかねたのか、霊夢が古き友の小さい体を掴んで手の内に握り締めた。

「…ここの妖精は殺してもすぐに生き返ってくるけど…あなたはどうかしらね」
かなり物騒な事を言いながら、霊夢が手の内の古き友を冷たい表情で見下ろした
「…あのねえ、巫女さんの事を思って言うけど…私が
その気になればこの腕を引き千切る事だって出来るわよ…」



「…はい、人修羅さん」

場の空気が一瞬にして一触即発の凶悪な物となってしまった所で人修羅が
話に入って宥めようとするが、その前に人修羅へと手の内の古き友を放り投げた。

放り投げられた古き友に人修羅が、受け止めようと手を広げるが
その前に中空で古き友が身を翻して宙に浮いた。

「全く…身内の面倒くらいちゃんと見なさいよ…人修羅さん」
「…もういいわ…こうも相手にしようともしない奴とはね」

中空に浮いて今すぐにでも
飛びかからないかと思える程の激情を宿した眼差しを受けながらも
平然としながら人修羅に注意する霊夢に古き友が諦めて重苦しい溜め息を
吐いて、肩を落した。

「…ねえ、霊夢」
「…何よ?て言うか、紫、あんたまだここにいたの?」

憮然とした態度を取り続ける霊夢にみかねたのか、紫が
話し掛けるが、眉を顰めていかにも迷惑そうに返事をした。

「…では、人修羅様…お迎えの方はすぐに参りますので」

これ以上何を言っても無駄だと、結論づけた紫が、人修羅達に恭しく頭を下げた。



「うん…まあ、とにかくお世話になったわ、あなたにも」

頭を下げた紫に人修羅と古き友が、感謝の言葉を掛けると
笑みを浮かべた紫が顔を上げた。

「…それでは」

お互いの別れの言葉を述べ終えると紫の足元の空間が歪み、すきまが開いた
すきまの中で広がる…形容しがたい異様な
光景を見下ろしながら、そのすきまへと踏み込んだ紫の姿は
すきまの中へと消えていった。

「…で…行っちゃったみたいだけど…」

紫の姿が消えるとすきまも後を
追う様に閉じて消え去り、すきまが消えた変哲の無い地面を古き友が見下ろした。

「…蒸気機関車は…っ!と…」

突如に後ろから聞こえた耳が鳴りそうな甲高い音に古き友と人修羅が
振り向くと、蒸気機関車の先頭車輌の煙突の煙が吹き上がっていた。

…煙が吹き上がる音はその内に止んで、蒸気機関車の下部の
車輪が鈍く、大きい音を立てて駆動し始めた。

…ようやくすきまの中へと蒸気機関車が発進し始めると、先頭車輌の手前の
車輌の窓から、人修羅達を見下ろす串蛇達の姿が見えた。

「…は…せ、ゆか…」

その最中…車輪が駆動する騒音に紛れて聞こえる誰かの
声に古き友が、振り向いた。

古き友が振り向いた先…その方向に立っていたはずの霊夢の姿
は何故か消えていた。

振り向いた先の異常な事態に古き友が混乱するが…視界の端に写った
空中でもがく霊夢の両足に古き友が顔を上げると疑問は一瞬で消失した。

古き友が目線を上げた先の空中で、すきまから、出ている紫の物と
思われる両手に抱えられて、振りほどこうと暴れる霊夢が其処にいた。

その光景を見た串蛇が、窓に張り付いて何かを
叫んだが、蒸気機関車の外の者にはその声は聞こえなかった。

…中空ですきまから、出ている両腕に抱えられている霊夢が、
車内の窓に張り付く串蛇が目に入ると、急に暴れるの
をやめ…霊夢が、車内の窓に張り付いて自分を見上げる串蛇の
顔をじっと見つめ…目を瞑る。

そうこうしている内に蒸気機関車は動き続け…車輪の
駆動と共にそれは開いたすきまの中へと吸い込まれていく。

…目を開いた霊夢が、もう一度車内の窓から自分を見つめていた
串蛇の顔を見下ろし…少しだけ腕を上げて、振り始めた。

…それを見た串蛇も、窓に張り付いたまま腕を大きく振り続けた
二人が別れを告げ合う間も蒸気機関車は動き続き…やがて串蛇の
姿も蒸気機関車の姿と共にすきまへと消えていった。

蒸気機関車の姿が消えて、それに伴って蒸気機関車を飲み込んでいった
巨大なすきまも一瞬にして閉じて消えてしまう。

…蒸気機関車の姿が消えると、姿を消す最後の一瞬まで手を振っていた
串蛇と同じ様に振り返していた霊夢の手が、力なく下ろされた。

「……ねえ、紫…そろそろ下ろしてよ」

そのまま…中空に抱えられたまま霊夢が、沈黙していたが
その内に口を開いて、この場にいないであろう紫に頼んだ。

「…下ろさないと、退治す…っ!?」

言葉の途中で自分を中空に留めていた力の感覚が消えて無くなり、一瞬の
浮遊感の後に地面へと落下していく事を霊夢が瞬時に理解した。







「つつつ・・.」
「大丈夫?…巫女さん」



中空で霊夢を抱えていた紫の両腕が霊夢を地面に下ろしてからでなく
抱えたままの状態でそのまま消えたため、霊夢の体は中空から、地面へと
そのまま落下して、その不意の出来事に霊夢が反応出来なかったまま
墜落した。

「…大丈夫な…わけが…ないでしょっ!」

苦しげに地面にへたり込んで打ちつけた体を
さする霊夢に二人が霊夢の容態を心配そうに尋ねると
激怒の絶叫で霊夢が返事をした。

「まあ…大丈夫そうね」

もはや馴染みのものとなった怒った時の霊夢の剣幕に、古き友が歎息した。

「大丈夫じゃないって…っ、つつ…」

もう墜落の痛みも落ち着いたのか、霊夢が
立ち上がるが、また引き切っていない痛みがぶり返して顔をしかめた。

「大丈夫なのかー」
「…妖怪は黙っていなさい…退治するわよ?」

まだ下がりきっていない溜飲を
吐き捨てる様に霊夢がルーミアを脅した。

「紫の奴…今度会ったらどうしてくれようかしらね…」
「ねえ、巫女さん…さっきの…串蛇の事だけど」
「ああっ…?」
「…はいはい、何でもございませんよっと…」

顔を歪めて睨み付けてくる霊夢に、薮蛇だと早々に古き友が、言葉を引っ込めた。

「…ふんっ!」

古き友のその様に忌々しげに鼻を鳴らして霊夢が、そっぽを向いた。



「それにしても…本当に消えちゃったね」

古き友が、中空に開いていたすきまが閉じて…消えていった所まで飛んで
そこの透明な何かを撫でるかの様に手を動かした。

「あの蒸気機関車…ちゃんと走って、ライドウ達を送れたかな?」
「…それで…?」

そっぽを向いていた霊夢が、古き友が話を切り出すとその話に被せて
潰すかの様に大きい声を出した。

「…あんた達を送ってくれるのは誰なのかしらね?」

口を曲げながら、霊夢が人修羅と離れた古き友の
顔を、眉を顰めて見渡した。

「…私が地獄か天国にでも
送って上げようか?…とか言い出したりしないでよ?ホント」
「…それもやぶさかでも無いわね」
「…て言うか…もう来てるだろうけど」

何故か…古き友が急に表情を無くして、霊夢を宥めていた時の
時とはまるで違う据わった顔と声色になった。

「…何処によ?」
「…」

問い掛けに答えずに古き友が、人修羅の肩の上へと高速で飛行して降り立った。

「…ふーん…大して持たないわね、その若作りも」

古き友が、降り立った人修羅の肩の上で不敵に笑いながら…視線の先の
者に嫌味を吐き捨てた。

「…全く、あんたが送るんだったら、最…初…」

古き友の目線の先に霊夢が振り向くと…目に入った
古き友の口振りから、金髪の紳士がいると思った其処には別の者が立っていた。

長く色を失った髪に…それと同じ色の服の老人

…片手に杖を持ったその老人のしわがれた肌に埋め込まれた二つの瞳は
この場の者達を見渡していた。



「…え?」
「…うん、わかったー」

およそ霊夢からは突如にして姿を見せた老人に、人修羅が霊夢
とルーミアにその老人に対する注意を呼び掛けた。

「さて…人修羅よ」

注意を二人に促すと、人修羅が
目の前の老人を見据えながら、その老人へと歩き始めた。

そのまま互いが手を出せば触れられる…それくらいの距離で人修羅が
足を止めた。


「…お前を迎えに来た」

鋭い…強い何かの意思の光を灯らせる人修羅の眼光を
受けながら、老人は言葉を続けた。

「…無論、ここに残りたいと言うのであれば…」



「成すと言うのか?創世を…コトワリを終ぞ持つ事が無かったお前が…」

問い掛けの言葉を言い切る前に返答した人修羅の瞳を老人が見つめた。

「…お前がそう決めたなら…異を唱えるつもりは無いさ」

納得をしたのか…老人が俯いて目を瞑った。

「では…名残が無いと言うのであれば、共にこの世界を去るとしよう」
「…ねえ、ちょっと良くわからないんだけど…あなたが人修羅さん達の
お迎えの方ですか?」

話に突如入ってきた霊夢が、恐る恐る老人に尋ねた。

「…この神社の巫女…か」
「そう…ですけど…」

目の前の老人が纏う厳然たる空気に霊夢が、低姿勢で、老人の質問に答えた。

「…世話になった…色々と」
「そ、それほどでも…無いですよ」
「何おどおどしてんのよ…情けないわねえ」
「別におどおど何かしてないわよ…ほら、さっさと行った行った」

古き友の嫌味が少し篭もった指摘に霊夢が、顔をしかめながら、古き友に虫を
払う様な手振りをした。

「ふむ…」
「…何笑ってるのよ、気色悪いわよ?おじいちゃん」

古き友と霊夢のやり取りを眺めていた老人が、小さく頷くと
古き友が、忌々しげにまた老人に喰って掛かった。



「…別にいいわよ…それとあの大判小判は頂いていくからね」

古き友が、老人に文句を付けている最中に、人修羅が霊夢に別れの
言葉と礼を述べると口を曲げてむっすりとしながら、宣告した。

「…ここ、ごうつく神社って名前にしたらどう?」
「そうね…御利益は悪魔と妖精避けにでもしておくわ」



「…やめよ、巫女さん…別れ際くらいはつんけんせずに行くとしようよ」
「そうね…そうしましょう」

また一触即発の空気になると予想したのか、人修羅が、二人を
即座に諌めると案外にもすんなりと二人が退き合った。

「それじゃ、改めて…」

双方が仕切り直すと、人修羅の肩から、古き友が飛び立って…
本人なりの心を篭めた仕草である中空で体を翻した。

「ううん…色々ありがと、お蔭で屋根のある場所で
眠れたし、温泉とか人里とかも楽しかったよ」

「私も…お蔭様でお金もたんまりだし、お酒もお米もたっぷりだから
随分と助かっちゃったわ」

「…やっぱりごうつく神社に名前変えた方がいいわ」



満面の笑みでまた現金な言葉を述べ上げた霊夢に、古き友と人修羅が肩を
落した。

「おほん…まあ、何というか二人の無事を祈ってるわ」

…あからさまに引く二人に軽く咳を払って、霊夢が二人を気遣った。

「…そろそろ、いいか?」
「はいはい…おじいちゃんたら、気が早いわよ…ねえ、人修羅…
そう思うでしょ?」

ようやく霊夢との最後の会話も終ったと老人が、確認したが、古き友が
中空で何かを目配せする様に言葉を引き延ばして人修羅の顔を見つめた。

およそ口に出されなくとも古き友のその合図の仕草に人修羅が、
この場でやり残した最後の事を済ませるべく…その者に近付いた。

「ねえ、人修羅…どこかに行っちゃうの?」

この場のまだ別れを
済ませていない者…ルーミアが、自分を見下ろす人修羅の顔を見つめた。

「…さっきからの話だと…人修羅は元の世界に帰るっ…て」

返答を待つルーミアの赤い双眸の中の瞳は動く事もなく…人修羅の
姿を捉え続けていた。

その瞳を見続ける事を耐え切れなくなったのか…人修羅が一度
目を深く瞑り…ゆっくりと開けた。



「え…?今から、人修羅のいた世界で…美味しい物を?」

少し重苦しくなった雰囲気の中…人修羅が、切り出した話にルーミアが、
首を傾げて殆どそのまま聞き返した。

「……そーそー、私も行って食べた事あるんだけど…もう凄く美味しいの!」

中空で話に入らずに、二人が言葉を交わす様子を黙って見守っていた
古き友が、人修羅の切り出した
話に乗り掛かって、ルーミアに陽気に笑いながら、話し掛けた。

「まあ、美味しいには美味しいんだけどー…結構
そこって危ない所でさー…」

「ちゃんとルーミアにも食べさせてあげたいけど、やっぱり危険だから…
ルーミアはこの世界で待っててくれないかな?」

「その美味しい物におみやげ付けて帰ってくるからさ」

「…それって人の肉より美味しいの?」

「私は人の肉は食べた事ないから、わからないけど…とにかく美味しいわよ」

「今日の夜にでも帰ってくるから…それまで待っててよ…ね?」

「…うん…わかった」

古き友の言葉にひとまずは納得したのか…ルーミアが
頭を俯かせてその頼みを聞いた。

「…出来るだけすぐ取って帰ってくるから…おじいちゃん、さっさと行こうよ!」
「…それではな、巫女よ」

古き友の催促に何も言わず、老人が別れの言葉を霊夢に述べた。

「…怪我せずに帰ってきなさいよ?ここは医者じゃないし…冠婚葬祭も
やってないんだからね」

「…うん、ありがと…ほんとにね」

「…全く」

粗野で乱暴な霊夢のその言葉に古き友が、しおらしげに礼を述べた。

「…それじゃ、人修羅…気を付けてね?」

そろそろここから離れようとする人修羅にルーミアが、今一つ気を
晴らしていない様子で人修羅に気遣いの言葉を掛けた。



「…あ」

不安そうに自分の顔を見つめるルーミアに、人修羅が、ルーミアの頭の上へと
手を置いて、さする様にルーミアの頭を撫でた。

「…大丈夫よ、人修羅は甘ちゃんだけど強くて、しぶといしね」

この場を去る事にまごつく
二人に古き友が、人修羅の肩に降り立ってルーミアの心配を笑う。

「…うん」

…二人が何かと明るくルーミアに接するが、対するルーミアは
俯いて…何かを堪える様に歯を噛んだ。

「…ねえ…人修羅…本当にいいの?」

そんな俯いたルーミアに聞こえない様…微細な小声で
古き友が、人修羅に耳打ちした。

「連れていかないなら…いい…けど…ちゃんと説明はするべきだって
…そうでしょ?」

古き友のその言葉に聞く耳を持たず…人修羅が、ルーミアから、霊夢へと
顔を向けた。



「はいはい、それじゃあね…」

投げやりな応答をしながら、霊夢が、目を伏せて握った手の親指を一同の
傍で黙って待っている老人に指した。

「それじゃ…またね…ルーミア」



「うん…」

この場から去っていく前に二人がルーミアに言葉を掛けるが、俯いた
ままのルーミアの返事の声は小さくて、沈んでいた。

「ほら、人修羅…行こうよ」

古き友が催促をすると、人修羅が、俯いたまま
のルーミアに目もくれず…老人の傍へと歩き出した。

「…では、行こうか」

こちらへと歩く人修羅に老人が、背を向けて庭の端の
鳥居の方へと歩き始めた。




「…正しいか、か…」

互いが連なって歩く中…ルーミアに声が聞こえないほど
離れた所で人修羅が、老人に問い掛けた。

「…この世界に来て、始めの日が落ちた時…訪れてこう言ったはずだ」
「助けたければ助けるがいい…と…」
「…」

足を止めず…言葉を交わし合う二人に古き友はただ押し黙って人修羅の
肩に掴まっていた。

「連れて行きたければ、連れていくがいい…そうでなければ
それでよいだろう…」

「正しいと…お前が、そう思えたのなら…そうするべきだと
思ったのなら…それでいいだろう」

「…今日は随分と良く喋るじゃないの」

「…そう思うかね?」

「…それも自由、なんでしょ?」







「はー…やーっと面倒なのが、粗方消えたわね…つつ…」


この場から、人修羅達が去って姿が消えると、両腕を上げて背を伸ばして
体に走る…心労も含めてたまった疲労による痛みに霊夢が、呻いた。

「はあっ…」

体を伸ばしきった霊夢が、腕を戻すと…まだ神社の庭で立ったまま
俯いているルーミアに目を止めた。

(それにしても…やっぱりあの人修羅さんの話って嘘だったのかな…)

内心で人修羅が、唐突に切り出した元いた世界の話に霊夢が、疑問を抱いた。

(戻ってくる…か…)
(下手に説明して逆上されて私が食べられるのも嫌だし…取り敢えず
紫の奴が、帰ってくるまでは…)

「…っ」

当面の目の中のルーミアの扱い方に困る霊夢…その不意を
つく様にルーミアが、駆け出した。

「っ…あんたっ、待ちなさいよっ!」

およそ心中に無かったルーミアの急な行動に霊夢が、声を掛けて
止めようとするが、ルーミアの駆け足は
止まらず…そのまま人修羅達が、消えていった鳥居の方へと姿を消していった。

「…全く、だから、妖怪ってのはあっ…」

即座に霊夢が、愚痴を零しながら、自分も鳥居の方へと走り出した。


「…あれ…いない…わね」

…走り出してすぐに人修羅達が姿を消した庭からは見えない神社の
鳥居の傍が、目に入るが…人修羅達の姿は完全に消えていた。

「神隠し…じゃないわよねえ…流石にね」

境内の中を首を振って霊夢が、確認するが…目には何時もの見馴れた物しか
写る事は無かった。

「…戸が開けられた様な跡も無い…わね」

今日も金が入れられる事は無かった歳銭箱の奥の障子戸を見据えながら、霊夢が
眉を顰めた。

「あの人喰い妖怪もいないし…完全に人修羅さん
もライドウさん達も元の世界とかに帰っちゃったかあ…っ」

肩の荷が降りたと霊夢が、安堵を覚えると…目を瞑りたくなる程の
冷たく乾いた風が、強く境内に吹き付けられた。

…さざなりの様な音を立てながら、その風は枯れ葉を巻き上げて境内の
参道へと無数のそれが舞い落ちていった。

「はあ…さむ…」

通り過ぎた風の冷たさに、微かな冬の予感を感じながら、霊夢が体を震わせた。

(…あのライドウさんが使役してた首が二つの猛獣とかだったら、集めて
からすぐに火も点けられたんだろうな)

参道に散り落ちた紅葉や枯れ葉を見下ろしながら、霊夢がもうこの場を
去ってしまった者を思い浮かべた。

「…もう帰っちゃったんだから…仕方ないか…」

…溜め息を吐いて、霊夢が胸に抱く悔恨の思いを吹き払う。

「…邪魔者は去ったから、いつもの仕事の掃き掃除と行きたい所だけど
…今からやったんじゃ、夕飯の仕度も間に合わないわよね…」。

最近まで送っていた日常が突如に舞い戻った事を認識すると、霊夢が
歳銭箱の隣りの縁側に腰掛けた。

「はー…誰か来て手伝ってくれないかな…」

腰掛けた縁側に背を預けて霊夢がそのまま仰向けに寝そべると
まだ昼も過ぎ切っていない時刻の太陽の位置は
まだ高く…霊夢の顔へと分け隔てなく照りつけて霊夢が、目を手で覆った。

「この際誰でもいいから…邪魔ばかりする魔法使いとかー…」
「説教ばかりする仙人とかー…悪戯ばかりする妖精とかー…」

「…もう沢山よ、首から角生えた悪魔も、五月蝿い妖精も、刀持ってる人間も
喋る猫も、目が見える様になった人間も」


「もう…誰も来て欲しくなんか無いわ」








「何て言うか…久し振りって感じだね」


幻想卿から、二人が帰された元の世界…その
世界の終端とも言える塔の最上階の一つ手前


その場所で中空に浮かぶ無数の大きい四角の形状
の塊には幾つもの光の線が、走り…その中の他の塊とは形も
大きさも一際違う物に人修羅が、立っていた


「…此処に一度来てから、幻想卿的に…日が
落ちて、昇ってみたいな意味で何日振りかな?」

辺りを見回す古き友が、首を振るのを止めて人修羅に問い掛けた。

「…この際もう話に出しちゃうけど…あのコトワリを持つ
三人を倒して…向うの所にあれを三つ嵌め込んで…」

言葉を続けながら、古き友が今人修羅が、立っている場所から少し遠く
隔てられた中空のこの場所でもう一つの無数に浮かぶ他の物とは
形状や大きさが、まるで違う…その場所を見据えた。

「それから、また地上に降りて…ぐだぐだアサクサとかで
毎日ぼんやりして…ライドウに愛想を尽かされて…
そしてもう先に進めなくなってたのにアマラの所に行って…
またあのおじいちゃんが、出て来て…」

古き友が、つらつらと喋る中…人修羅は何も喋らず、ただ黙って
立ち尽くしていた。

「それで…またここに戻って来た…と」

そうやって喋らない人修羅に対して何も言わず…古き友が言葉を切った。

「本当に創世をするの?…人修羅はさー…」



「確かに…人修羅はコトワリを持っていないから、何が起こるか
わからないわよね…」

返答に、古き友が人修羅の肩の上から上空を仰いだ。

「ほんとに奇麗よねー…カグツチってさ…」

古き友の目の遥か先の上空…そこには巨大な光の塊が
浮かび…そこから放たれる光に人修羅と古き友が、足元に影を落していた。

「で…今から、あそこに行くわけか…」

目の中のその存在に古き友が手を伸ばすが、視界の中のそれは大きく…
古き友の手では覆いきれない大きさだった。

「…ここでぐだぐだ言ってても…しょうがないか」
「…さっさと行こうよっ!人修羅…またあのおじいちゃんが
出て来たら面倒だしさ」

少し沈みつつあった二人の空気を古き友が、振り払う様に声を張り上げた。



「うんっ、気を付けて行こうね…そうだっ!」

二人が、心機一転と張り切り始めた所で古き友が、手を叩いて何かを
思い付いた仕草をした。

「この世界に戻って来たと言う事はー…もう人修羅の仲間も
召還出来る様になったって事じゃないの?」
「さっそく召還してみようよ、ねっ?」

古き友が、意気揚々と人修羅に思い付いた事を提案されて
早速人修羅が、手をかざし…力を引き出すための集中を経て…
かざした手を掲げた。

「…何となくの予想はしてたけど…出て来ないね…」

手の動きが止まり…二人の周りには何の変化も起こらなかった
事に古き友が、肩を落した。

「戻って来てすぐこれとか…幸先悪いわねえ…て言うか、あの
おじいちゃんのせいなの…?」



「えー…このまま進むの?…ターミナルで戻って
また仲魔とか集めてかの方が良いとも思うけど…」

目論見が外れて、落ち込む古き友に人修羅が、準備もせずに向かうと
宣言すると古き友が、難色を示した。



「…ううん、このままストックに戻らず、ついて
くよ…じゃあ、さっさと行こうよ…色々鈍らない内にさっ!」

互いがまごつく中で古き友が、人修羅に気を使われるが
それをすぐに断わって古き友が、目標の場所に指を指した。

これ以上問答を繰返しても何もならないと、人修羅が、
決断を新たにして…自分が今立っている場所と
同じ様に浮遊している四角の塊へと足を進めた。

立っていた場所と面していたその四角の塊が、人修羅に足を
踏み入れられるとそこに走る光の線がそれが引き金で
あるかの様に輝き…二人の目標の場所へと向かって中空を
浮遊したままゆっくりと動き始めた。

「そう言えばさ…良かったの?」
「何って…ルーミアの事…」

浮遊する塊に運ばれながら、移動する最中…古き友
が、人修羅に静かな声で尋ねた。

古き友の意図した質問がわからず、聞き返した人修羅に古き友
が飽きれながら、答えると人修羅が、口を結んで俯いた。

「大体さー…前振りも無しなんて、かなり驚いたわよ、ほーんと…」
「あの巫女さんが、空気読んでくれなかったらと思うとねー…」
「それで…良かったと思ってるの?」
「……何か言ってよ」

古き友が小言を並べつつ、人修羅にまた同じ問い掛け
をするが、人修羅は返答を詰まらせたままだった。

「…あのおじいちゃんは、好きにしろみたいな
胡散臭い放任主義吹かせてるけど…私はあれは良くないと思うよ」
「…何で連れていかなかったのかって言う説明くらいは…した方が良いと
思っちゃうなー…」

古き友の小声が、堪えているのか…返答を
詰まらせたままの人修羅に古き友が、指摘を浴びせ続けた。

「…やっぱり、自分が抱えている危険に巻き込んだりしたく
なかったから…なの?」



「ふーん…」

古き友の質問に人修羅が、答えると古き友が鼻をc鳴らした。

「…まあ、いいんじゃない?…それでもついてくる、なんて
ついてこられるのは面倒だしね」
「ただ…ルーミアは納得してくれたかが、気になってね…」

…そうこうして二人が別れを済ませた相手の話を交わす中…目標の場所は
眼前まで迫りつつあった。

「そろそろか…誰かがあのお宝を盗んだりしてないといいけど…」
「…さっきの話を蒸し返して悪いんだけど…あの巫女さんとかが」

「ねえ、人修羅…その美味しい物って何処なの?」

「…は?」

不意に耳に入った別れを告げて離れていったはずの者の声に人修羅と
古き友が、即座に振り向いた。


「…あんた…ルーミアじゃないっ…どうしたのよっ!?」
「どうもしてないのかー」
「どうもしてなく無いわよっ!」


「…御免なさい、ついてくるの…嫌だった?」

血相を変えてルーミアに詰め寄る二人を不思議そうに首を
傾げていたルーミアが、怒っていると思ったのか頭を俯かせた。

「や…別にそんな事は…」

勘違いでしょげた様子のルーミアに古き友が、手を激しく振って
その勘違いを否定した。



「ほんと…?」
「ほんとよ…だから、落ち込まないで…ね?」
「…うん」

古き友と人修羅が、取り乱しながらも必死の励ましにルーミアが、満面の
笑顔になって顔を上げた。

「それで…何でルーミアはここにいるの?」

二人の励ましにルーミアの勘違いも消え、場も取り直した所で古き友が
そもそもの場が乱れた要因を聞いた。

「んー…ただ人修羅が、あのおじいさんについていって…何だか
…気になったから…その」

返答をしながら、ルーミアがまた俯いて…言われた通りに待っていた
事を出来なかった事の罪悪感からか、手を併せて指を動かした。

「…別に気にしなくていいわよ、ルーミア」

古き友が人修羅の肩の上から飛び立つと、ルーミアの頭の位置の
中空に留まった。

「…むしろ気にして悪いと思うべきは私達の方よ…人修羅、そうでしょ?」



「え…どういう事ー?」

古き友の言葉と人修羅の肯定にルーミアが、自分の想像とは
真逆だった二人の反応に頭を跳ね上げて、二人の見比べながら、問い掛けた。

「…取り敢えず、今は説明してる時間とか無いから…人修羅の
傍から絶対に動いたりしないでね」

早々に古き友が、ルーミアに説明せず言葉を切って、人修羅の肩に戻った。

「それじゃ、人修羅…ちゃんとルーミアを守ってあげなさいよ」

古き友が、人修羅の肩の上から、そうそろそろ着くであろう
目標の場所を見据えながら人修羅に指摘した。



「…お互い気を付けようね」
「ねえ、人修羅ー…これから何が…」

二人が警戒と緊張を高めていく事に説明を受けていないルーミアが理解が
追い付かず、狼狽えるが…人修羅が、手を差し出すと口を
開けたままルーミアが喋るのを止めた。



「…うん、わかった」

説明と言える物は人修羅の口からは無かったが、差し出された手をルーミア
が、それ以上何も聞かず手を伸ばして握り締めた。

…二人の注意と感じている緊迫による不安からか、人修羅の
手に巻き付くルーミアの指の力は強く…その握る力の
強さに人修羅がルーミアの手を包む様に握り返した。

「…そろそろだから、人修羅…ルーミアの手を離さないでね」

古き友が注意するとルーミアが、人修羅の足に体が触れる程に体を寄せた。

何が起こっても対応が出来る…その態勢と準備を整えた人修羅達を乗せた
塊は目標の場所へと向かって速度を変える事なく中空を浮かび続けて目標の
場所に面した瞬間に…それは停止した。

「何と言うか…殺風景ねえ…」

停止した正方体が面したその場所

そこには何人かの人の形をした者達が…首が無くなり、胴体は
別れ、手足は捻れ…見るもおぞましい凄惨な光景が広がっていた。

「…鬼のいぬ間にってやつー?酷いもんね…と言うよりは
こんな事する奴が鬼だろうけど」

古き友が、その光景をつまらなそうに眺めながら、冗談を言う。



「わかってるわよ、人修羅…こいつらはマネカタみたいね」

…光景の中の死体はどれも同じ服を纏っていて、何かの集団である事を
伺わせた。

「…鬼じゃなくて人修羅のいぬ間に…か」
「まあ…言ったら、悪いけど、横から、掠め取ろうとして
これじゃあ、かっこ悪いものね」
「それにしても…問題は誰にやられたか…だけど」

目標の場所に転がる死体の数々に古き友の表情が、険しくなった。

「ねえ、人修羅…この死体は食べてもいい死体なの?」
「…はー…あのね、ルーミア…期待してる所で悪いけど…
この死体は人間じゃないの…」

二人の緊張と警戒を完全によそに置いたルーミアの質問に、古き友が、
溜め息を吐いて、諭し始めた。

「えっ…けど、ちぎれた手も足もどう見ても人間の物だよ?血だって赤くて」
「…他にも血が赤い生き物はいるわよ?」
「…そうなのかー」
「こいつらはマネカタって言ってね…簡単に言うと、人間を真似て
泥で作られた生き物なの…だから、食べたとしても泥団子の味ね」
「…こんなに人間に似てるのにかー…もったいないなー」
「こんなに似てるのに、か…こいつらが聞いたら、喜びそうな
事だけど死んじゃったら、口も無いけど、聞く耳も無いもんねー…」

横たわる…マネカタ達の死体の数々を見渡して
残念そうにするルーミアに古き友が、口端を釣り上げた。

「…って、こんな気味の悪い所でぼっとしてる場合じゃないわ」

本来の目的を思い出した古き友が、緩んだ顔を引き締めさせた。

「…それじゃ、ルーミア…つくづく言って
置くけど何かと気を付けて…人修羅から離れたりしない様にね」
「…うんっ」

古き友の注意に対しての強く、短いルーミアの返事には確かな真剣さを感じさせた
その返事に、ルーミアの手を握る人修羅の手に力が篭もった。

お互いの準備が済んだと人修羅が、断定して…足を
目標の場所へと踏み入れさせた。

「何が出てくるやらね…」
「…」

目標の場所へと…ルーミアの
歩幅を気遣いながら、ゆっくりと足を人修羅が進めていく。

古き友や人修羅と同様にルーミアも緊張と恐怖からか、人修羅の手に
生温く、湿った汗の感触がしてきた。

「…どうやら…宝は盗まれていない様ね」

緩慢に…しかし、慎重に人修羅が、足を進めていくにつれて近付く
目標の場所の傍の建ち並ぶ三本の柱の様に長く巨大な物体を古き友が、見据えた
古き友の目の先のその柱の様な物体にそれぞれ埋め込まれた
目標の場所へと何かを送り込んでいる様だった。


「さて…今の所何も出てないけど、あそこに乗ろうとしたらとか…」

「だったらよお、お望み通り…お出ましてやるぜえっ!」

「っ!?」

古き友の述べ上げた予想に、応えるかの様に、遠くから聞こえて来た大声が
鳴り響くと、上空から何かが降り…それが人修羅達の目の前に墜落した。

「っ…あんたは」

目標の場所へと歩く人修羅達の目の前に落ちた何か…それは人の形をした
者であるが、人では無い…悪魔であった。

降り立ったその者の着込んでいる服から見える手…そこには
肌を見る事が出来ない程に、毛の深い部位があり…顔にも
それが髭の様に存在して顔面を覆っていた。


そして人の体の形についている顔の目鼻や
口元は曲がり、…およそ人のそれでは無くなっていて
まるで猿が笑っている様にも見えた。

その悪魔が、人修羅の前に手に持つ朱塗の棒を横向きに後ろ首に当てて、両手を
そこに掛けたまま人修羅達の前に立ちはだかった。

「よおー…兄弟…久し振りだ…なっ!」


その悪魔が馴れ馴れしげに人修羅に声を掛けると、肩に掛けていた
朱塗の棒を瞬く間に持ち変え…言葉を切ると同時にそれの先端が人修羅の
胸元へと瞬時に伸びていった。


そのまま勢いのついた朱塗の棒が、人修羅の胸元に激突する前に僅かな
空間を残して、それは停止した。

「…っと…おいおい、兄妹…何処ひっかけに行ったかはわかんねえ
けどよお…」

猿顔の悪魔が、人修羅に突き付けている朱塗の棒を中空に放って
浮いたそれを掴み旋回させると、また持ち変えてその棒の動きを瞬時に止めた。

「…ちょっと鈍ったんじゃねえか?ええ?」

手慣れた様子で、朱塗の棒を扱う猿顔の悪魔が、不敵な笑みを
浮かべて、手の中の棒で自分の肩を叩きながら、人修羅達を見据えていた。

「っ…」
「はー…心配しないで、ルーミア…このお猿さんは躾が
成ってないけど、人修羅の仲魔の一人だからね」

突如として目の前に現れた猿顔の悪魔に、ルーミアが人修羅に体を
寄せて、体を下げると古き友が、ルーミアの警戒を感じてすぐに指摘した。

「それにしても久し振りねー…あんたも…それで、何で」
「…ああん?」
「…」

古き友が、猿顔の悪魔に話し掛けるが、それを無視して猿顔の悪魔が人修羅の
手を握って自分を見ているルーミアに猿顔の
悪魔が睨み付ける様に目を細めて、ルーミアに視線を浴びせた。

「…おいおい、兄弟…お前ってよお…」
「やっぱ…肩に乗ってる奴といいよ…この手のちっこいのが好みなのかよ、え?」
「…どこまでしでかしたんだよ…言ってみろって」
「…だれがちっこいよ」

顔を戻すと人修羅に何を思ってか、猿顔の悪魔が詰め寄った。

…詰め寄った猿顔の悪魔が、ひそひそと耳打ちをする様な声
で人修羅に下世話な事と思われる事を聞き始めた。

「…て言うか、何で」
「どこまでよ…な、な…」
「……っ!」
「うわっつ…!」

詰め寄ってしつこく下世話な事を聞きつける猿顔の悪魔に古き友が、
間近にあるその顔に小さな電撃を容赦なく浴びせた。

「……別にいいじゃねえか、久し振りの再会だぜ?」

電撃を浴びせられた顔に手を当てて撫ですさりながら、猿顔の悪魔が、
古き友に文句を言った。

「全く…て言うか、人修羅もっ!何も言わずに突っ立って
ないでどつくなり、殴るなりしなさいよっ!」
「…何とも容赦がねえな、お前」

「…はいはい…ったくよお、若いって」
のにもっと情欲に色々任せちまっても良いと思うがね…」

猿顔の悪魔が、人修羅のこの場の現状に至るまでの説明を求めると
手を上げて飽きれた様子を示した。

「…てえか、その前に自己紹介と行こうかね…嬢ちゃん、
俺はセイテンタイセイ様だ…ヨロシクぅっ!」

棒を持った手を掲げて大声を上げる猿顔の悪魔に、ルーミアが
体をぴくりと震わせた。

「…」
「…この子の名前はルーミア…それじゃ、色々と聞かせてね」

まだ猿顔の悪魔を信用していないのか、ルーミアが人修羅の
後ろに隠れると古き友が、すぐに代わりに申し出た。

「…ありゃ、嫌われた?」
「絶交レベルだろうから、さっさと無駄話じゃないものを聞かせてよ」
「へーへー…座る物もねえから立ち話な」
「で…まずは何で俺がここにいるか…だよな」

「それは…」

猿顔の悪魔…セイテンタイセイが…顎髭をぼりぼりと
爪で引っ掻きながら、人修羅に聞かれた事を思い出し始めた。

セイテンタイセイの言葉を人修羅達が黙って待つと
その内にセイテンタイセイの顎髭を掻く手が止まった。

「…俺達をボロカスにしやがったあの野郎が俺を
ここに連れて来て、こう言ったんだ」

「ここで資格の無い者が来たら、追い払え…ってな」

話の中のあの野郎を思い出してなのか…セイテンタイセイが、話の途中で
顔を歪めて声を低くして忌々しげな喋り方になった。

「なるほど…そいつはご愁傷様ね…」
「…だろおっ?こちとら待つ事なんざもう嫌になるほどこなしてきたって
のにだぜえ…?」

古き友の同情する様な言葉にセイテンタイセイが、今度は人修羅の肩の上の
古き友に詰め寄った。



「大体、あの棺桶の中の野郎もどこ行ったんだっての!」
「…ったく、旦那もこの前話してた所に行ったのかね…」
「カーマの野郎にちょっかいかけられたってのによお…」
「…はいはい、あんたの与太話はストップ…あと、顔近いって」
「ああ、わり…で、話戻すけど…」


古き友の指摘にセイテンタイセイが、すぐに顔を戻して顎髭を
掻き始めた。

「…つっても、もう殆ど残ってる話はねえけどな」



「…ああ、そうだぜ…このマネカタ共は俺がやった」

横たわるマネカタ達の遺体を見下ろしながら、問い掛ける人修羅にセイテン
タイセイが、悪びれる様子も無く、平然と答えた。

「…ケチつけられる前に言っとくが、警告はしたぜえ…?
それ以上近付くと殺す…ってな」

またセイテンタイセイが、手に持つ棒で自分の肩を
叩きながら、横たわるマネカタの遺体に目を落した。

「けど、こいつらは全員向かってきた…敵うわけねえのにな」
「…散々、人修羅に頼り切って次は宝を掠め取って
横取るみたいに創世か…いい気味だことー…」
「あんまり、悪く言って欲しくねえな…こいつらも弱えなりにも
創世に必死だったしよ」
「…それは失礼だったわね」

セイテンタイセイに嗜められると古き友が、素直に詫びた。

「…兄弟、これで話は終わりだ」
「…ここに戻って来たって事は…するんだな?…創世をよ」



「…良く決めたな、女を一つ増やして連れて来るどころか、その
決心までつけてきやがったかっ!」

セイテンタイセイが、人修羅の返答に、満面の笑みを浮かべて
快活な声を張り上げた。

「ったく…あの猫連れた刀持ちみてえに俺も腑抜けた
お前から離れたくなってたけどよお…兎に角、ようやくか…」

セイテンタイセイが、愚痴を
零しながらもうんうんと頷きながら、嬉しそうな様子を見せた。

「そうと決まれば、善は急げ…ほらよ」

立ちはだかっていたセイテンタイセイが、人修羅の
前からどくと、手に持つ棒で人修羅の目指すその場所を指した。


「創世なんざ
糞小便と同じみてえな物…済ませりゃ、すっきりだ…行ってきな!」


「え…うん」

セイテンタイセイの激励を受け…人修羅が、古き友に頼むと、古き友
が人修羅の頭の上から飛び立ち、中空に浮いた。

「ああ、忘れてたが…もう話はついてるから、一人で行けだとよ」
「…それって、あのおじいちゃん?」
「そうだ…まあ、言う通りにしなくても良いたあ思うがね…」

顔の髭をまた掻きながら、セイテンタイセイが口を
曲げて意見を述べた。



「っ……」
「…おいおい、兄弟っ、長年連れ添った仲
だろうが…俺はともかくそこの妖精まで…っ」
「…わかった」
「へっ…」


返答された内容に、古き友だけで
なくセイテンタイセイも動揺して人修羅に異を唱えるが
古き友の短い言葉の承諾に、セイテンタイセイが固まった。

「…おい、いいのか?」
「…っ」


その承諾にセイテンタイセイが古き友に、詰め寄ると詰め寄った
セイテンタイセイの顔に古き友が無言で手を当てて、瞬時に押し込んだ。

「っ!…」

古き友の不意の押し出しに、セイテンタイセイの体が踏ん張りつつも
大きくのけぞった。

「っ…口で言えば済むだろうが、ったく…」

「それじゃ…」

口を曲げて不満を漏らす、セイテンタイセイがどくと…古き友が
中空で身を翻して、人修羅に近づいていく。

そのまま古き友の体の一部が…人修羅の額に触れ…柔らかなその感触に、人修羅の
体が一瞬固まった。

「無理しないでね、人修羅……気をつけて」
「…お前はいいのか…?ルーミアよ」
「っ……」

セイテンタイセイの言葉に、ルーミアも人修羅に駆け寄っていく。

「…その、人修羅……ちゃんと帰ってきてね」



不安げに自分の顔を見上げるルーミアの頭
を何も言わずに人修羅が撫でると、目的の場所へと背を向けた。






「兄弟の奴…行っちまったか…」
「そうね…」
「うん…」

遥か…また遥か

空に輝くその光へと上っていったそれは見えなくなり…この
場の面々の首が元の位置へと戻った。

「はー…うまくいくといいけど…」
「そうだな…ん?…そう言えば、なあ…このちっこいのって
そもそもなんなんだあ?」

顔を戻したセイテンタイセイが、ふと抱いた疑問を古き友に尋ねた。

「…只の妖怪よ、名前はルーミア」
「…それにしてもごめんね、ルーミア…さっきの
美味しい食べ物がって…うそだったのっ!」
「えっ…」

古き友が中空で、手を併せて深く頭を下げながらの謝罪に、ルーミアが
固まった。

「…お別れだっ、て言うの…私も人修羅も
辛くて…だから、嘘ついちゃったの…ゴメン」
「そう…なのか…」

古き友の謝罪の言葉は少なからずの衝撃だったのか…表情を
曇らせて俯いた。


「ん?腹減ってんのか、ルーミアよ」
「…あのねえ、今割とシリアスと言うか、真面目にね…」
「ちょっと待ってな…」

古き友の小言を無視して、セイテンタイセイが懐を探り始めた。

「…ほれ、これ食いなよ」
「…うんっ!」

セイテンタイセイに、差し出された大きめの桃を受け取ると、ルーミアが
すぐさまそれに、かぶり付いた。

「はあ…ホントに、あんたって…」
「別にいいだろうが、衣食足りてって
やつだ…腹へってると話を聞く気も無くなっちまうぜ」
「まあ、そうだけどさ…」
「…ねえ」
「ん…?」

古き友が自分を呼ぶルーミアの声に、振り向くと中空
の自分に対してルーミアが、桃を差し出していた。

「ほら、半分こ」
「…うんっ!」


「…随分と仲の良い間になってんじゃねえか」

二人で桃を分け合って食べる様を眺めて、セイテンタイセイが笑みを浮かべた。

「それにしても、兄弟の奴…大丈夫かねえ…」
「…話はついたとは言ったが、心配か?」
「っ…」

背後から聞こえた何者かの声に、手持ちの棒を
振り向くと同時に、セイテンタイセイが突き付けた。

「…てめえか」

振り向いたセイテンタイセイの目に、杖を持った老紳士の姿が写った。

「…大丈夫だろう、彼ならば」
「ん?…げっ、また来たか…あのおじいちゃん」
「…また来たのかー」

貰った桃を食べ終えた二人も、老紳士の姿に気付いてセイテンタイセイの
傍まで近付いた。

「…創世に巻き込まれるのは事だ…彼を慕うというのであれば
ついてきたまえ」

この場の面々と話を交わす気も無さげに、老紳士が背を向けて歩き始めた。

「けっ…その余裕、その内ぶっ壊してやるぜ…」
「…さっさと行くよ、ルーミア…」
「…うん」
「大丈夫よ、人修羅だったらね」







「…今度は何も見えへんなあ」

すきまの中…そこを線路も無いと言うのに、時々汽笛を
鳴らしながら、走る蒸気機関車の車内で串蛇が、椅子に足を乗せて窓からの
すきまの中と言う景色をじっと眺めていた。

「…取り敢えず、一応言っておくが…窓を開けたりするなよ?」
「全く…いくら何でもそんなアホな事するかいなっ!このドラ猫っ!」

対面した椅子に座るライドウの隣りのゴウトの注意に串蛇が、何時もの耳が
鳴りそうな程の大声でがなり立てた。

「っ…やれやれ、薮蛇だったか…」

串蛇の咆哮に耳が、痺れてゴウトが、目を瞑った。

「…ふんっ!興ざめしたわ…」

足を下ろして、串蛇が、椅子に座り直すと
退屈から、手を椅子につけて床を見下ろしながら足を大きく振り始めた。

「…」
「おい、ライドっ、と…」

対面の椅子に座っていたライドウが、振り始めた串蛇の足の向い側で
座っているゴウトを蹴られる事を心配してか、床に降ろした。

「…無下に扱いおって…」

恨めしげにゴウトが、小言を吐き捨てると、軽やかに音も無く
串蛇の隣りへと椅子に乗り上げて体を丸めて横たわった。

「…」

ふと、ライドウが、横目で窓の外を見たが…その景色は串蛇が
さっき感想を述べた様に何も見えず…ただ闇が虚空の如く広がっていた。

…それを眺めても何もならないと悟ったライドウが、今度は
何かに取り憑かれたかの様に一心不乱に振り子の様に両脚を
振り続ける串蛇の顔に目を移した。

口を結んで…ぼんやりと床を見下ろしながら足を振る串蛇の
目は少し赤く腫れている。

「…串蛇」
「あー…?何や、ライドウ…」

…癪なのか、ライドウに呼ばれて返事をする串蛇の
声は気怠げで低かった。

「…まだ目は見えているか?」
「ふーん…見えてると思うか…?」
「っ…」
「はー…もうええ…ライドウは
冗談とかもろくに言えんつくづくつまらん奴やわ…」

唐突なその質問に、返答を戸惑うライドウに串蛇が、窓の溝の
部分に突っ伏した。

「……」
「……」

二人の間に暫く…只、静寂が漂う。

「なあ、ライドウ…ちょっとじっとしてくれへんか?」
「ああ…串蛇…っ」

その静寂を先に破った串蛇の言葉に、ライドウが返事を
すると串蛇が椅子から立上り、ライドウの傍
まで寄ると…そのままライドウへともたれ掛かった。

「っ…」
「へえ…一応緊張しとるみたいやな…」

…もたれ掛かったライドウの顔を、串蛇の手が撫で回す。

「串蛇…どうかしたか?」

…互いの息が感じられる程の距離まで串蛇が、ライドウに顔を近付けていく。

「別に…只…あんたを感じたいだけや」





「……」
「……」
「……」

世界の管理者の一人が走らせる蒸気機関車の中

その中の椅子で目を閉じて寝息を
立てている三者を見下ろして…その者は微笑んだ。








ようやく辿り着いたその場所


「またこの世界に戻って来たか……人修羅よ」

辿り着いたその者に、光は語り掛けた

「何のコトワリも持たぬままかっての友であった者すらも殺め…」

「もう閉ざされてしまった…悪魔となるための道へ向かって…」

「この世界に訪れた地に落ちた天使に他の世界に連れられて…」

「…その世界でコトワリを持たぬお前は何を見て、戻って来た」

「例えお前がどうしようが…お前は悪魔だ」

「お前がいくら人を助け…救っても人がお前を見る目が変わる事は無いだろう」

「恐れられ…忌み嫌われ…人がお前を傍に置く事は無いだろう」

「……まあ、いい…最早、お前は手の内から離れてしまった」

「お前という者を最早どうする事も出来ない…いいだろう」

「只、行くがいい…かってこの世界で生まれ落ちた人の子であった者よっ!」


「刺され 斬られ 潰され 焼かれ 凍てつき 風に吹かれ 神の雷を
落とされようとも 死せる事の無いその力を」

「呪われし悪魔の力をその身に宿して 行くがいい 人修羅よ!」

「救い無き 終わり無き その道を」



汝が意思 赴くがままに その道を行くがいい 人修羅よ






「…起きて下さいよ、書生さん」

……微睡みの中で掛けられた声に、駅の椅子にもたれ掛かって
眠っていた書生服の青年が、目を開けた。

…その事を確認した駅員が自分の仕事は済んだとこの場から、離れていく。

起きた書生服の青年が首を振り続け…目にした各駅を
書かれた板に納得した様子で、俯いた。

ふと…俯いて、目を落した先の自分の手に何かの管
の様な物を握っている事に書生服の青年が気付くと、それを見つめ始める。

…そのまま暫くして、その管を自身が纏っているマント
の中へとしまい込むと…隣りで丸まって眠っている猫の体を揺り起こした。

…揺り起こされた猫が、体を起こし…伸ばすのを見ると
書生服の青年が、椅子から立上り、歩き始めた。

その猫は書生服の青年が飼っているのか…ひとりでに歩いていく
その書生服の青年に歩調を併せてついていく。





続きまして……次の

建ち並ぶビルの数々

その中の一際大きいビル…そのビルには電光掲示板
が掛けられ、ビルの下には数多くの人が行き交う交差点が敷かれて
おり、電光掲示板の映像と共に音声が流れていく。


今回、この大病院を建設した巨大企業グループ………







数多くの店が建ち並ぶ…その店の一つに目深に目が見えない程に深く
帽子を被った店番の少年が、店内の椅子に座ったまま
物憂げに外を行き交う人々を眺めていた。


ええ、今にして思えばうちの親父も大した事を
やらかそうとしていた事だと思いますよ。

何てったって、自分の車のタイヤを悪戯でパンク
させようとしていた孤児の若僧をいきなり養子にするん
ですからね。

まず何でそんな事をと聞いてもみたら、自分の子供達は
育て切ってもまだ自分の時間はあったから、とかねえ…

…まあ、最初は何だこいつと、とにかく跳ね返りました
が、根気良くうちの親父は付き合ってくれましたね。


その甲斐あってか、今は自分の会社を立ち上げる事も出来ました。

そうですね…大事なのは、人に尽くす事…でしょうか?

他人に好かれ、慕われるような者になる事…基本的な事ですが
やはり基本なだけに大事な事です。

まあ、これは度が過ぎたりするのも駄目なんですけどね…



客も来ていない店内にはラジオからの
音声が鳴り響き…店番の少年には興味も面白みも無い物
だからなのか、その内にラジオのスイッチを切ってしまった。

…スイッチを切ってしまった瞬間から、店内は静まり返り…
少年が深く重く溜め息をついた。

そのまま退屈そうに少年が、座っている椅子の前の机に肘を
付け…頬杖をついたまま、店の前を見向く事も無く
通り過ぎていく人々の観察を再開した。

口を曲げながら…その意味の無さそうな行為を
続ける少年の退屈で淀んだ瞳に、一人…また一人と、通り過ぎていく人々が
写って、消えていく。

その少年が眺める変化を絶えず続ける光景にまた
入ってきた…一人…着込んでいるパーカーについている帽子を
顔が見えない程に深く被った、短いズボンを履いた青年と思われる者

その大して特異でもないであろうその存在に少年の目が大きく見開かれた。

衝動にかられたかの様に、少年が立ち上がるが…
目の前の景色は次の変化…少年が何かを感じた青年は
店を通り過ぎたのか、既に景色の中のその姿は消えてしまっていた。

およそ…自分でも訳のわからない、不可解な感覚に因われてしまった
事に歎息しながら、尻を椅子に叩きつける様に勢いを付けて少年が
また椅子に座って目の前の机に突っ伏した。

…そのままの体勢でいるのも飽きてきたのか…少年が今度
は反対方向の椅子の背に体を傾けた。

さっきの店の前と違う…今度は、変化の無い店の天井を見上げる少年が
何を思ったのか…懐から財布を取り出して、その中から、千円札を
摘み上げて天井へと掲げた。

…店内の天井の照明に、千円札は透けて…その千円札の
細工が、少年の目に写った。

…そのまま千円札を眺めていた少年が、店の奥からの大声にすぐさま
千円札をしまって店の奥へと引っ込んでいった。








「串蛇さま、串蛇さま、串蛇さまーっ!」
「ちょっ、痛いて、白菊…もうちょっと優しくせえっ!」

「やれやれ…今回も無事帰って来てくれたか、ライドウ」

元の世界へと戻って来たライドウの形式上の上司…探偵所の
所長の鳴海が、涙を流しながら抱き付く猫又に顔をしかめて非難する串蛇
煙草を吹かしつつ、満足げに笑った。

「まあな…良い経験が出来たと言えるだろう」
「確かに…充実出来たといった感じです」
「おっ、何だよ…何かの旅行だったっていうのなら、俺も」
「所で、鳴海さん…旅行はいいのですが、帰って来たら、道中で
ツケの催促を自分にして来る者達をあしらうの」
「…その話はやめろ、ライドウ…今はとにかく祝いの時だ」

絡んで来た鳴海に、ライドウが言葉を返すと、腕を組んで背を向けた。

「…このうつけが…」

その鳴海の背に聞こえない事をいい事に、ゴウトが容赦無く嫌味を
吐き捨てた。

「ツケを払わずに重ねるプロセスはサマナーとしてで無く、人として
駄目なカテゴリーですが…」


「…ちょっとー…開けてよー、鳴海さーん、ライドウくーん…」

「っ…おい、まずいぞ…串蛇ちゃん、その猫しまってっ!」

…不意に聞こえて来た何時もここに来ては揚々と話をして
帰っていく訪問者の声とドアを叩く音に鳴海が血相を変えて指摘した。

「ちょっ、白菊、早く普通の猫に…っ!」
「はは、はいっ!ただいまっ!」

「っ…どうしたのよ、鳴海さん…私は
猫なんていても…あれ、串蛇ちゃん?何時帰って…」

「…ただいまやで、葵鳥…」

「やれやれ…全く」

また繰り返されるこの事務所に訪れる者達の…いつもよりも二人程
多いやり取りを眺めながらゴウトが溜め息を吐いた。

「取り敢えず、今は……世は全て事もなし…か」










「はー…もう冬って感じの寒さねえ…」

幻想卿の最果て…そこに建つ神社の縁側で、この世界を平定するための
存在…霊夢が、目の先のもう枝の葉が落ち切り掛かっている木々を
眺めながら、茶をすすった。

「そろそろ…色々準備しないとか…」

移りゆく季節に伴っての、積もってゆくやるべき事を
思い浮かべて霊夢が、溜め息をついた。

「全く…神社に参拝客は来ないし…毎年ろくでもないったらな」
「私にもお茶頂戴、霊夢」
「……」

縁側の隣りに現れた…声はすれど見えるのは、空の湯飲みを
差し出している隣りの手だけ…その存在に霊夢が、口を
結びながら、傍の急須を手に取った。

「…」
「…どーもっ、と…」

空の湯飲みが、一杯になると霊夢の隣りに、すきまを広げて紫が現れ…
それが当然であるかの様に霊夢の隣りの縁側に腰掛けた。

「…何しに来たのよ?…渡したあぶく銭に利子つけて返せとかー…?」

現れた紫に霊夢が、憎まれ口を叩きながら、自分の湯飲みにお茶を注いだ。

「…そんな事はしませんよ…失礼な」

あからさまな霊夢の嫌悪を示す
態度に紫が、涼しげに否定しながら湯飲みに口をつけた。

「で…ほんとに何しに来たの?」

「…別に…あなたが元気かが気になりましてね」

「はー…妖怪何かに心配されるとか…もうこれだけ
努力しても参拝客は来ないし…もう駄目かも」

「…安心しなさいな、お金はちゃんと私が引き取りますからね」

「…やっぱり、巻き上げに来たんじゃない、この嘘吐きめ…」

平然とした様子で両手で湯飲みを持って口を付ける紫に霊夢が、
恨めしげに紫を睨み付けた。

「…串蛇さんの事だけど」
「っ…」

湯飲みから、口を離した紫の言葉に霊夢がはっと口を閉じて…
どこか居心地が悪そうに足元を見下ろした。

「…そのあとも、あんじょうやってるそうよ…たまにライドウさんの
探偵業を手伝ったりしてね」
「…そう」


紫の言葉にも食いつかず…霊夢の目元が、動く事は無かった。

「…本当に元気が無いわねえ…大丈夫なの?」
「っ…大丈夫よ、心配だったら…あんたがとっととここから
離れてくれるのが一番の養生だわ」
「そう…大丈夫じゃなさそうだけど、大丈夫で
はなさげという事にしておくわね」

顔色を伺ってくる紫に霊夢が、忌々しげに口を
曲げながら、また憎まれ口を叩くと紫が、口元を緩めて湯飲みのお茶をすすった。

「それで…なんで、あんたは…人修羅さんや、ライドウさんを
この世界に招き入れたの?」

顔を紫に向けず、霊夢が目を自分の足元に落したまま、紫に話し掛けた。

「別に…ただこの幻想卿の観光をさせてやってと…頼まれただけよ」
「…こんな所の何が観光よ…何処行っても妖怪が、
降って出て湧いてくる所ばかりじゃないの」
「そんなのはあなたが退治すれば済む話よ」
「私の手は二本しかないわよ、全く…」

また何時ものやり取りをするのが、嫌なのか…霊夢がそこで言葉を切った。

紫もそんな霊夢にそれ以上何も言わず、口を閉じた。

「…ねえ、霊夢…良い物を上げましょうか?」
「…何よ?」

…二人が、互いに口論を沈めて、しばらくすると紫が懐に手を入れて
何かを握って出して霊夢に声を掛けた。

唐突に場に持ちだされたその言葉に訝しげな目線を
紫に向けながら、返事をした。

「はい、これ…どうぞ」
「…?」

紫が握った手を差し出すと、霊夢も手を開いて紫に差し出した
その霊夢の手の上に紫が手を置いて、それが引かれた瞬間…霊夢の
手の上に蛇が鎌首を上げて霊夢が、その蛇の目が、霊夢の目と合った。

「…わひゃっ!蛇っ!蛇がっ!」

手に蛇が乗っている事を認識した瞬間に、霊夢が手を振り払い…
蛇は縁側を這いずって…縁側に乗せていた紫の手の上にまた戻った。

「…ゆうーかーりーいー…っ!よくも…」
「あら…?何を怒っているのよ、霊夢」
「…あんたも蛇みたいに皮をはいで蒲焼きにでもしてあげようかしらねえ」

何かの拍子で今すぐにでも紫に噛みつきかねない霊夢に対して紫は
終始涼しげに対応した。


「蛇…?そんな者ここにはいないでしょう?」
「何言ってるのよ、さっき…え?」


先程紫の手へと逃げていった蛇の姿は消え…その代りの様に
紫の手の上には鴉と似た鳥が止まっていた。

「…そんな手品であの不健康な吸血鬼の気でも引こうというの?」
「これは只の鳥みたいな鳥じゃない物よ…こんなのじゃあ、あの天邪鬼の
興味なんて引けないわ」

怪訝な面もちを浮かべながら、尋ねて来る霊夢に、紫が、微笑みながら
返答すると手の上のそれを空へと放った。

空に放られた…紫によって現れたそれが、体の羽を
羽ばたかせて、神社から離れ…すぐにこの場から姿を消していった。

「さて…それじゃあ、そろそろおいとましようかしらね…」
「……」

呆気にとられている霊夢を放って紫が、縁側に立ち上がった。

「っ…今日はもう来ないでよっ!」

呆けていた霊夢が、席を外す前の紫の言葉に自我を取り戻して
すぐさま紫に罵声を浴びせた。

「…そうそう」

さっさと追い出したいと言う態度をひけらかす霊夢に、ゆったりと
紫がまた懐を探り出した。

「……」
「そう睨まないでよ…今度は普通の物ですからね」

敵意と警戒に光る眼光を放つ瞳で座ったまま睨み付けてくる霊夢に紫が
目を伏せて、溜め息を吐いた。

「はい…これよ、渡したかったのは」
「……っ」

差し出された…ライドウ達と人修羅達と共に自分が写った写真に霊夢が
口を開けて、固まった。


「あなた、これ持ってなかったでしょう?…ちゃんとしまっておきなさいよ
別にいらないわよ、こんな物…」

…差し出された写真に、霊夢がそっぽを向いて眉を顰めた。

「ああ、そう…じゃあ、この写真は煮るなり焼くなり好きにして頂戴な
…それじゃあね」
「だから…いらないっ、てっ…」」

そっぽを向いていた霊夢が、声を荒げて顔を戻すが、既に紫はすきまを
くぐって姿を消していた。

「ほんと…あの妖怪は…っ」

…心の奥底から湧いてくる憤怒に霊夢が、体を震わせた。

「……ぶつける相手が、いないんじゃ…怒っても意味ないか」
「…今度会ったら、退治してやるわ」

ここで怒りを撒き散らしても意味の
無い事を霊夢が、悟って…当面の物騒な予定を立てておいた。

「はー…」

体中に走る負の感情を肺腑に貯まった息と共に霊夢が、吹き流す。

「……」

その内に怒りも静まった霊夢が、紫が、隣りに置いていった写真に目を落した
その写真を、霊夢が無雑作に手に取って…写真に目を寄せた。

「…むーっ!」
「っ…!?」

写真を眺める事に没頭しかかった霊夢が、不意に聞こえた人の声手に持った
写真をすぐさま懐にしまい込んだ。

「…もしいたならーっ、返事をーっ!」

懐に写真が、しまい込まれると、後を追う様に霊夢の目の先の庭にに何者かが
走って入ってきた。

「…ああ、霊夢…無事でしたか」
「…あんたみたいに神社に無断で侵入されたけど…無事よ」










「それで…仙人様が何か用?」
「私の名前は華扇です…そう言う言い方はやめて頂けますか?」

どこか低い…相手に嫌悪を示す様な声で話し掛ける霊夢に、隣りに座った
名乗り上げたシニヨンキャップを付けた少女…華扇が霊夢の
その声に眉を顰めた。

「はいはい…言って置くけど、妖怪に対してもそういう態度で
何て余計な事は言わないでよ」

「その事については…まあ、言いませんよ…取り敢えずはね」

「どっちだか…」

釘刺す霊夢の言葉に、華扇が、曖昧な言葉を返すと霊夢が顔をしかめた。

「それで…本当に何しに来たのよ」
「まあ…単純にあなたを心配して、ですよ」
「そう…それはありがたいわ」

柔和な笑みを浮かべながらの華扇のその言葉に霊夢が目を伏せて礼を述べた。

「それで…その…」
「…何よ?」

話を切り出すのに躊躇している様子の華扇に霊夢が、訝しげな視線を
華扇に浴びせた。

「あの…神社の中の沢山の食べ物やお酒はどの様に調達したのですか?」




「…あんた…私の何を疑っている訳…?」

困った表情を浮かべながらの華扇の言葉に霊夢が、目を
細めて…冷え切った声で華扇に聞き返した。

「…な、何も疑ってなんていませんよっ!…本当ですって!」

その氷の様な視線と声に華扇が、顔色を変えて冷や汗を
流しながら、必死に否定し続けた。

「…あっ、そう…」
「わかって頂けましたか…」

華扇の言葉に素直に引き下がった霊夢に、華扇が胸を撫で下ろした。

「…じゃあ、今度はこっちが聞くけどー、神社の奥の所に引っ込めた
お酒とかの在処をなんであんたが把握してるのよ?」
「…それは」

華扇が、霊夢の質問に言い淀み…口を結んで黙ってしまった。

「全く…人を疑うわ、盗もうとするわ…とんだ仙人だこと…」
「…わかりました、事情をちゃんと説明しますよ」

相手が何も言わない事を良い事に霊夢が、一方的に憎まれ口を叩くと
華扇が一度目を瞑って息を吐いた。

「そもそも…なんで私がここに来たのかですが」
「またつまんない説教を」
「…話はまず最後まで聞くっ!」

話に入ろうとした霊夢に華扇が、大声で一喝した。

「御免…続けて」


逆らわない方が、無難だと片手で耳を塞ぎながら霊夢が、謝罪と
共にもう片方の手を振って話を続ける様に指示した。

「おほん…では…」

「まず…私が山で暮らしている事は存じてますね?」

「…まあ、失礼な事を言ったのは
確かだけど…さすがに即座に拉致監禁されて、あんな
苦行の数々を強いられたらね」

「…確かに今思えば私もあれは悪かったと思いますよ」
「はいはい…御免御免…私も悪かったから話の続きを…」

俯いて意気を消沈させた華扇に、霊夢が口端を吊り上げて
笑いながら謝って励ました。

「おほん…それで…その山に住む者達に地上に降りるなと言う
警告を山の天狗達が触れ回っていたんですよ」

励まされた華扇が、また咳を払って話を再開した。

…何でそんな警告を?」

「さあ…私はあくまで山の中の土地を少しばかり借りて日々を
過ごしているだけの者ですので…」

「ふーん…」

その話に興味深かったのか、霊夢が鼻を鳴らした。

「…って、それだけじゃあ、何で神社に沢山のお酒や食べ物があるって
説明になってないじゃないのっ」

そのまま動かず…固まって何かを考え込む様子を見せる霊夢が
そもそもの事柄を思い出して、華扇に詰め寄った。

「や…何か異変等であなたの身に危険が有ったかと道行く
動物達に話を聞いていると、食べ物やお酒の匂いが沢山してくると…」

詰め寄った霊夢に、華扇が恐る恐る弁明した。

「…そう、御免ね」

怯える華扇の顔とその弁明に霊夢が謝って、すぐに体を戻した。

「……」

「その…本当に食べ物やお酒が沢山あるんですか?」

口を結んで黙り切る霊夢に、華扇が刺戟しないようまた優しげに話し掛けた。

「…あるけど」

横目でちらりと華扇を見て霊夢が返答した。

「あなたを疑っている訳ではありませんが…あれ程の食べ物やお酒の代金を
どの様に工面したんですか?」

「…真っ当な労働の対価よ…妖怪退治じゃなかったけどね」


華扇の控えながらの質問に霊夢が、答えると腰を上げて立ち上がった。

「…て言うか、あれだけあったら私一人じゃ片付けきれないからさー…
ぱーっと、宴会で片付けようと思うんだけど…あんたはどう?」
「…宴会…ですか?」

立ち上がった霊夢の笑いかけながらの言葉に華扇が聞き返した。

「うん…嫌なら別にいいけど?」

「そうですね…じゃあ、日程が決まったら教えて下さいね」

思わぬ霊夢からの誘いに、華扇が気を良くして口元を緩めて…神社
の庭に足を下ろした。

「あれ…もう帰るの?」

「ええ…まだ色々と用がありまして…お茶を頂くのはまた今度にしますね」
「…上げるなんて言ってないわよ」

「そうですか…それは失礼しました」

「何よ…お茶が欲しいなんて卑しい仙人ね」

笑いを含みながら、謝る華扇にからかわれている様な気分になった霊夢が
口を曲げて悪態をついた。

「…では、そろそろ帰るとしますね」
「…今度はお歳銭を持って来て欲しいものね」
「…それはお断りしますよ」



華扇が去り…程なくして神社の上空で何かの大きな影が翻った。

「…やっぱり山の奴等もライドウさんや人修羅さんの事を気にしていたのかしらね」

(大方あのすきま妖怪に良い様に利用されたりもしてただろうけど)
「……まあ、私には関係ない…か」

…神社から去った華扇の話に霊夢が考え込むが、その内にその思考は
余り意味が無いと腰掛けている縁側に背を預けて仰向けになった。

「…お腹すいたなあ」

そのまま動かずじっとしていた霊夢が、空腹感に腹をさすった。

「…何か作るとするかな」

その空腹感に体を起こして縁側に立ち上がった霊夢が、のろのろと
台所へと足を進めた。

「……」

その途中…足を止めた霊夢が先程懐の中へしまった写真を取り出した。


「これ、どうしよう……」








「なあ…対局中に胡瓜をかじるのはやめてくれないか?」

妖怪の山…広く高く幻想卿にそびえ立つその広大な土地の一角

その一角…滝裏の空洞の中で警備の白狼天狗の椛が
将棋の盤面を挟んで対面している相手の
帽子を被った少女…妖怪の山で暮らす者達の一つ…河童がポリポリと
音を立てて胡瓜をかじるのを怪訝な顔で諌めた。

「…えー、だってお腹空いてるしなー…何でー?」

椛に指摘される事を不思議そうにしながら、河童がまた手に持つ胡瓜を
胡瓜にかじり付いて音を立てて咀嚼し始めた。

「…音で気が散るからだ」

河童の指摘を受けながらも平然と胡瓜にかじり付く様に椛が
嘆かわしげに目を瞑った。

「…じゃあ、私が胡瓜食べ終るまで考えててもいいのでどう?」
「…では、それで」

河童から持ちだした提案に快くとは言わないまでも
椛がすぐにそれを了承した。

「じゃあ…ちょっとにとりの所行ってくるね…何かまた珍しい物
を拾ったみたいでさ」

「…将棋を打っていた事を忘れるなよ?」

どこかそわそわした…期待を隠しきれていない様子の
河童に歎息しながら椛が注意を促した。

「はいはい…それじゃあねっ!」






「……全く」

足早に自分に背を向けて、洞窟の奥へと歩いていく河童の姿に椛が目を伏せた。

「…さて…鬼のいぬ間に、河童のいぬ間に…と」

河童の姿が今の位置から消えて、椛が将棋の
盤面に目を落し…口に手を当てて次の一手…また次の一手を
考え、熟考を重ねていく。

「……」

考え込む椛の辺りは静まり返り…およそ聞こえるのは微かな
滝の川を打つ音だけだった。

「……」
「…それ、今の内に駒を変えたらどうですか?」
「っ!?」

不意に後ろから掛けられた声に椛が、傍の刀を
手に取って風を切る音が聞こえる程に迅速に振り向きながら立ち上がった。

「…何、警戒してるのよ?」
「…っ」

振り向いた椛の目の前…そこには飽きれた顔をしながら椛の
顔を見下ろす鴉天狗…文が立っていた。


「…何の用だ?」
「まあ…暇だったので何となく…」



…何の気も無さげにさらりと答える文に、山の同じ妖怪の
組織に属する者に対しては異様な敵意と警戒を示した表情で
対面している文を睨み付けた。

「……」
「…ここで油を売っていないで、何時もの様につまらん人間の
有りもしない事実を適当に弄ってそれを事細かに書いただけの
売れもしないくだらない新聞をばら撒いてきたら、どうだ?」
「残念ですが…私は警護をさぼって将棋を打ってなんかいる不真面目な
白狼天狗とは違って忙しいので…」

顔を併せて喧々諤々の言葉を立ち並べてぶつけてくる椛に、文が
なんの歯牙も掛けていない様子で嫌味を返した。

「…何が忙しいんだ?」
「休養です…有給のね」
「…」

その返答に、眉を顰めて…その内に文の相手をしても
無駄だと思ったのか椛が手に持つ剣を地面に置いて文に背を向けて
どっかりと勢いを付けて座り込んだ。

「…ふーん……」

相手にする気は無いと憮然な態度を見せる椛を無視して横から立ったまま
将棋の盤面を見下ろして、鼻を鳴らした。

「…これといった用が…ないなら帰って欲しいんだが…っ」

顔を引き攣らせながら、声と肩を震わせて、文に椛が要求した。

「…どう思います?」
「…何がだ?」
「あの…人修羅さんの事ですよ」
「……」
「…この幻想卿の権力争いに興味は無いとは聞いたのですが…
やはりあのすきま妖怪に担がれただけなのかしらね」

将棋の盤面を見下ろしながらの静かな文の質問に、椛が顔をしかめて
言葉を返さずに…口を閉じて文と同じく将棋の盤面をじっと見つめた。

「…お前の様なあの化け物に無様に負けて情けを掛けられ見逃して
もらった…端の者にあれが何者であるか等の情報なぞ
上層部が与えたりはしないだろう」

「…あら?情けを掛けられて見逃してもらったのはあなたもじゃなかった?」
「…」

返された嫌味に椛が更に返す事はなく…また黙ってしまう。

「まあ…それどころか、私は有給休暇も頂いてしまいましたが」
「…それは良かったな」

椛の皮肉にも聞こえるその言葉に文が盤面の端の駒を手に取った。

「ええ…良かったですよ…人修羅さんのお蔭でしょうね」


手に持った駒を眺めながら、文が虚ろげに言葉を返した。

「それで…そろそろ本当に帰って…って、何をやって」

話を交わしきったと椛が、文を追い払おうとするが、盤面の
向い側に文が椛の望みに反して座り込んだ。

「…たまには将棋もいいかなーと思いましてね」
「…さっきまで別の者が打っていたから…と言うか
さっさとここから離れんかっ!」
「ふむ…」

椛が痺れを切らせて一喝したが、向い側の文は顎に手を当てて
河童の打った手から次の一手を考え始めていた。

「…わかった…手持ちのカメラでその盤面を撮っておくとしよう」

重苦しい溜め息を吐いて…ここから文を追い出す事を椛が諦めた。








「ふざけるな…納得いくか、上のくそったれ共がっ!」

テーブルについた厚手のコートを纏った
中年が、叫びと共に手に持つグラスをテーブルに叩きつけた。

「大体…ああも派手に何処も…何もかもぶっ壊れといて…只のガス
が大々的に爆発しただあ…寝言は寝てから言えってんだっ!」

「風間さん…落ち着いて、ていうか飲み過ぎですよ…」

その男の部下らしき男が、愚痴を叫び散らかしながら、酒を仰るその
男を何とか宥めようとした。

「…これが飲まずにいられるかっ!…あのやり手の実業家が
殺されちまった事からも外されちまったんだぞ…おおっ!?」

「まあまあ…あれ程の功績を上げてる様な者なら、後ろ暗い事も
やってるでしょうし…恨みもいくらでも買ってしまいますって…」

「…すぐに他の奴が捕まえて来るでしょうし…ねっ?」

「…けっ!」

顔を苦くしながら、自分のご機嫌を
取ろうとする部下に、付き合ってられないと男が舌を打ってまたグラスを仰った。








「んー…」

洞窟の奥底…妖怪の山の技術によって作られた明かりで照らされた
其処で、一人の河童…にとりが、手に持つ
外界から流れて来た機械…作業机の上の携帯電話を見下ろしていた。

「んー……」
「…何か面白い事でも分った?」
「ひゅいっ!……急に声掛けないでよ…」

唸りながら、思考を重ねていたにとりが後ろからの
不意の同僚の河童後ろからの声に、悲鳴を上げて…ゆっくりと首を
動かして恨めしげな視線を同僚の河童に浴びせた。

「ああ、御免…お詫びも含めて…どうぞ」

適当な謝罪をすると、同僚の河童が、手に持っている数本の
胡瓜の内の一本をにとりに差し出した。

「…あれ、あの鴉天狗との将棋はいいの…」

差し出された胡瓜を受け取ってにとりが質問すると、渡された胡瓜に
すぐさまかじり付いた。

「うん…胡瓜を食べ終るのを待ってもらっててね…それで、そっちの方は?」

同僚の河童もにとりと同じ様に手持ちの胡瓜にまたかじり付いた。

「…っ…まあ、何時もの外界の捨てられた携帯電話なんだけどね」

同僚の河童に聞き返されるとにとりが咀嚼していた胡瓜を
早々に飲み込んで喋り出した。

「他の物とは余り変わらないんだけど…随分と奇麗なまま捨てられてあって
分解するのが勿体無くてー……」

胡瓜を咀嚼しながら、同僚の河童が、にとりの言葉に無言で頷く。

「その上まだ電池の中の電気もちゃんと残っててね」
「…っ、それは、本当に珍しいね」

同僚の河童が、にとりの言葉に急いで胡瓜を飲み込んで目の色を輝かせた。

「…そのまま分解せずに取って置けば、何かの役に立つかと思って…
こうして迷ってるの」

そこで言葉を切ると、にとりが腕を組んで目を瞑り表情を険しくした。

「…けど、そのままにしておいても電池が切れちゃうよね?」
「それにその携帯…型が古いから、新しい電池を作るのが
めんどそうだしね」
「…そうだけど」

同僚の河童の冷静な指摘に、にとりが肩を落した。

「…けどさあ…このまま何時もみたいに分解しちゃったら何かすごく
勿体ないって気がするんだよ…」
「じゃあ、このまま電池が切れるまで悪あがきでもするの?」
「うー……」

同僚の河童の指摘は続くが、にとりが唸り…煮え切らない態度を続けた。

「全く…ちょっと貸してよ」
「…分解しないでよ?」

同僚の河童が手を差し出すと、差し出された手ににとりが携帯電話を乗せた。

「…って、何電源入れてるのっ、切れちゃうじゃないか!」
「…どんな物が残ってるか気になって」

急に携帯電話を操作し始めた同僚の河童に、にとりが怒るが、同僚の河童
は聞いていない様子で携帯電話を操作する指を動かし続けた。



「…何か珍しい物はあった?」
「……開封されているメールが幾つか残ってるみたいだよ」
「ほんとっ?見せて、見せてっ!」

その言葉にすぐさま携帯電話を同僚の河童から、奪い取ると携帯電話の
画面に表示されたメールの文面を眺めた。




おいおい 病院にまだ来てないとかどういう事だよ?

寝坊でもしちまったのか

とにかく早く来いよ

それにしても幼なじみってのはやっぱり特別なのかね?

あーも不機嫌なあいつって初めて見た(笑)

詫びで何かおごらされる事になっちまっても金は貨してやるからよ

とにかく早くきなって

それと何か変な夢見ちまってさ

まあいいわ 長くなるから会ってから話すわ


P.S

俺にも土産宜しく(・∀・)



すまなかったと言うべきかね?

あの時も何を言っても言い訳とか俺が言っていたが

何にせよこの世界に戻ったって気付くと

まずお前と会って、話をしたくてな

病院に向かったらお前の先生がアドレスを教えてくれた

このメールをお前が見てるかどうかはわからんが

すまなかった

お前にとっては虫の良い話だろうがそれだけは言いたかった

道中のお前の安全を願うよ




篝火と見くびっていた欲望にいずれ燃やし尽くされるであろう

この世界を取り戻した気分は良いものかな

アドレスは君の先生に教えてもらったよ

数多の他を排し 殺し 君はこの醜く汚い世界を取り戻した

私と会った時の言葉を覚えているか

残酷な季節だったか 私も少し朧気でね

不毛の大地を前にして そして私もこの世界で目覚めた

目覚めた自分の部屋で私はまず部屋の窓を開けた

窓の向うの景色 それを見た時私は美しいと思った

只の日に照らされたビルが立ち並んでいるそれだけの景色

思えばあの詞の中のその残酷な季節を迎えた者達も

この世界に今の私と同じ様に希望を抱いていたのか

私が言えたものでもないが君の行く道に幸あらん事を

私はまた希望を抱く事が出来たこの世界で生きていくよ




まずは有難う

只 私は耐えきれなかった

この世界の人の弱さを受け容れられない者

この世界の人の醜さを受け容れられない者

そして そんな者が誰かを見放して捨てていく事

けど あんな事はこの世界にはきっと必要無いと思う

本当に有難う

その事に気付かせてくれて

またやり直させてくれて




「…何か面白い事でも書いてあった?」
「まあ…何というか…ね」

同僚の河童の質問に、目にしたメールの文面の内容に怪訝な表情を浮かべた。

「と言うか…あんたの言う通りにやっぱり分解するよ」
「えっ、いいの?」
「うん…あんまり見ちゃいけない内容と言うか、深刻と言うか……」
「そう…まあ、私は関係ないからいいけど…」

同僚の河童はにとりの決心を責めず、また手元の残っている胡瓜をかじった。

「…御免ね」

懐からにとりが、工具を取り出し、携帯電話の
ネジを次々に外していき…最後に電池が外れると携帯電話の
画面の光は消え…暗闇が映し出された。








「…そろそろ焼き上がったかな?」


博麗神社の境内…霊夢が、集めた枯れ葉が火の粉を上げて燃えてゆく
様を霊夢が注意深く…固まったまま見下ろしていた。


「……」
「…すいませーんっ!」
「…えっ?」

不意に耳に入った声に霊夢が階段の方へと振り向いた。

「…ああ、霊夢さん…人修羅さんはいますか?」
「…刀を持った人はいませんよね?」
「…影から何かが出てくる事も無いですよね?」

振り向いた霊夢の目に入った者…何時
も暇さえあれば神社に悪戯を仕掛けに来る三妖精が、手に何かが入った
袋を持って境内へと階段を昇って霊夢の前に姿を現した。

「…何か用?悪戯目的なら容赦無く…」
「今日はその様な目的で御座いませんっ!」
「っ…じゃあ…何が目的なのよ?」

三妖精の一人…ルナが前に出て声を張り上げると霊夢がその大声に耳を
塞いで、ルナに質問した。

「…それは勿論っ」
「…この寂れつつある神社に何故かおりますっ」
「そう…人修羅さんに色々と教えを請いに参りましたっ!」
「……」

それぞれが得意気な顔で、堂々と口上を述べ上げる様に霊夢が呆気にとられて
口を開けたまま固まった。

「さあさあ、霊夢さん…人修羅さんが何処にいるかを教えて頂きましょう…」
「…はー……」

目の前の三妖精の芝居がかった行動に気を取られていた霊夢が
詰め寄ったルナの言葉に自我を取り戻して深く…沈むような溜め息を吐いた。

「どうかされました?霊夢さん」
「…ちょっと待ってて」
「…?」

目の前のルナに手を掲げて待ての合図を送ると霊夢がさっきまで見ていた
燃え続ける落葉の山に目を戻した。

「…ねえ、ルナ…まさか人修羅さんがあの燃えてる落葉の中
とかにいるとかじゃ…」

三妖精の一人…サニーがルナに小さいひそひそ
声で霊夢に聞かれない様に話し掛けた。

「や…さすがにそれはないでしょ…」
「じゃあ…あの雷妖精とか?」


その話に三妖精のもう一人…スターが入ってきた

「それは…体型的にある様な…」
「それが本当だとしたら…私達も焼かれて…っ」

スターの話を少しだけ信じた様なルナの言葉にスターが
口端を歪めながら、低い…おどかす様な声で言葉を続けた。

「や、やめてよっ!…怖くなって来たじゃないの…」」
「そこのこそ泥三人ーっ」
「…へ」

恐怖に顔の色を悪くしながらルナが、スターを非難していると
不意に掛けられた霊夢の声に三人共振り向いた。

振り向いた三人の目の前には…紙でくるまれた皮の中の黄金色の
中身を覗かせる焼き芋を差し出していた霊夢が立っていた。

「はい…運が良かったわね、丁度良い焼き加減よ」
「は、はあ…」
「その…」
「はは…」
「…焼き芋嫌いだっけ?あんた達って…」
「や、全くその様な事はっ!大好きですよっ!」


怪訝な表情で三人を見る霊夢にルナが、必死に否定した。

「だったら…どうぞ」


「は、はあ…どうも…」


差し出された霊夢からの焼き芋を訳も分らないままルナがそれを受け取った。

「っ、あつつ…」

手を当てた焼き芋をくるんでいる紙の熱さにルナが焼き芋を
回転させる様に持ち手を変え続けた。

「秋の味覚ねー…」
「うん…良い匂いだわー…」

焼き芋の軽く焦げつつもそれと交えての快い甘い芳香にサニーとスターが
鼻を震わせながら、陶酔した。

「…二人共、少しは一緒に持つとかしてよ…」

ようやく焼き芋の熱さを避けるのに最適な位置を掴んだルナが、自分の
苦労をよそにして焼き芋の香りを楽しむ二人に顔を苦くした。

「…それあげたんだから、今日は帰ってよ」

突然渡された焼き芋に触ぐ三人を放って霊夢がまた燃え続けている落葉の山に
目を落して没頭し始めた。

「…その、人修羅さん」
「もう人修羅さんは帰った…ここにはいないわよ」
「え……」

燃える落葉の山を見ながらの霊夢の何げも無さそうに言った
言葉にルナが固まった。


「…そ、の…帰ったって…」
「もうこの幻想卿にはいない…元いた世界によ」
「元…いた…」

その霊夢の言葉の衝撃に頭を俯かせ、肩を落し…目に見えて、ルナが落ち込んだ。

「…あんた達のお目当ての人修羅さん
はいないんだから…帰った方が、身のためよ」
「もう…いな…」
「…ねえ、ルナ…」
「…」

サニーに声を掛けられて、ルナが顔を上げた。

「…取り敢えず、一旦帰りましょうよ…ね?」

サニーが心配そうに…何か拍子が重なれば泣いてしまいそうな程
の落ち込みきった表情のルナに気遣いの声を掛けた。

「…うん…わかった」
「焼き芋も持ってあげるよ…ほら、貸して」
「…」

差し出されたサニーの両手にルナがそっと紙に包まれ
た焼き芋を乗せた。

「…それじゃ、失礼します…霊夢さん」

肩を落して…とぼとぼとルナが霊夢に背を向けて歩き出し、その横を
焼き芋を抱えたサニーがルナの顔を伺いながら、のろのろと足を揃えて歩き出した。

その二人の歩く様についていかず、しばらく眺めていたスターがまだ
落葉の山を眺めている霊夢に一礼すると足早に二人を追い掛け始めた。










「はー…」

焼き芋を食べ終えて…腹の中の重みと焼き芋を食べ終えて暖まった
体の心地好さに霊夢が戻った神社の縁側で安息の息を長く吐いた。

「あー…こんな所で寝ちゃったら…風邪引くわよねー…」

…先程から燃える落葉の山の近くに長い事いた上に昼も近付き、日の照りも
手伝って…寒さもそれ程感じ無くなって来た霊夢が、眠気すら感じ初めていた。

「けど…あー…良い風ー…」

秋の湿気の無い涼しげな心地好い風にここで眠っては駄目だ
という意識も霊夢の中から霞んでいく…。

「駄目…せめて…布団…」

ぼんやりと意識が
薄らいで行くにつれて…霊夢が、うつらうつらと頭を、揺らし始めた。

「ふと…ん…」
「っ……」

「…のうわゎっ!」
「んがっ…んあー…?」

…眠気により、虚ろになっていく事を自覚している自分の
精神が、不意に耳に入った悲鳴に霊夢の一瞬にしてより戻された。

「んー…っ」

突如として聞こえたその悲鳴に霊夢が、目元と少し涎が垂れていた
口元を拭って、音がした方へと顔を向けた。

「…おおおおおっ!?こ、こいつは酒池肉林…よし、早速…っ!」

「……」

まだ覚め切ってはいなかった霊夢の意識が、顔を
向けた方から聞こえて来た…霊夢にとって
は聞き覚えのあるその声に腰を上げた。

「盃は無いが…頂くとするかっ!」

「……まりさっ!」

「んお…っ」

急に霊夢に開かれた引き戸…その部屋の中の有象無象の
食べ物や酒の内の一つを今すぐにでも頂こうとしていたその者が
大口を開けながら、振り向いた。

「…おい、霊夢…どこぞに盗み食いにかかるのは感心しないが?」
「…それを借り物だとかいって吐いて返すとかはしないわよね?」







「で…何で、あれ程の食い物だの、酒だのが?」
「別にー…仕事よ、仕事…何時もと違うね」
「ふーん…で、何処の奴等から強奪したんだ?私は
財宝を集める御利益のあの妖怪寺かと思ったんだが」
「そんな面倒な事しないわよ…全く」

縁側で、霊夢の隣りの少女…茶をすするまりさ
の話の内容に歎息しながら、同じ様に茶をすすった。

「…今度はこっちが聞くけど、何であんな所から出て来たの?」
「…それは、私にもさっぱりわからん…何時も
の様に何処ぞをほっつき歩いてたら、どうも要領が得られなくて
迷ってたんだが、急にここに出てしまった」
「ふーん…それで華扇の所に私の所みたいに盗みにかかったの?」
「おいおい、人聞きの悪い事を言うなよ、さっきのはそう…只の味見だ」
「そう…味見の感想はいいわ、淹れたお茶を
全部飲み終ったら、帰ってよ…」
「…それは、いいが…あれ程の量だと一人で
食べ切る前に、腐ってしまうが?」
「むっ…」

まりさの指摘に霊夢が言葉を詰まらせる。

「…宴会に何時もの奴等を呼び込むくらいはしてやろうか?」
「……腐らないんだから、酒だけは持ち込みにしてよね」

…提案に大して時間を取る事もなく、霊夢が
眉を顰めながら、それを了承した。

「承った…所で茶のおかわりを頂きたいんだが…」
「…ちゃぶ台よ、居間のね」

立ち上がったまりさに、霊夢が庭の方へと顔を向けたまま
そう言うとその背から、戸を開ける音が響いた。

「…ふう」

……湯飲みの中の茶を飲み干した霊夢が、ぼんやりと
つむじ風に吹かれて葉が舞い上がる庭を眺め続ける。

「…今日も掃除は途中で終わる事になりそうね…」

(…やっぱり、まりさがここに急に放り込まれたみたいに戻って来た
のは紫の仕業…?)
(全く…だとしたら余計なお世話だっての)

「…おい、霊夢ー」
「…まりさ、どうせなら、こっちに急須ごと持って」

「この写真って何だー?私の」

「…それは、盗まれるのも借りられるのもお断りだからねっ!」








「はー…どうして、私はこうもどん臭いの…」
「……」
「もっと早く…準備をさっと済ませて…昨日にでも」
「ちょっと、ルナー…そろそろ、その溜め息吐きながら、ぶつ
ぶつ言うのはやめて…」

毎日の様に神社に悪戯に訪れる妖精達の住み処

……其処への帰り道を行く、妖精達の内の一人の
サニーが先程から、ずっと肩を落して重く沈んだ声で
呻き続けるルナに、それをやめる様に懇願して来た。

「うん……」
「…駄目だ、こりゃ…当分治りそうにないわね…」

顔を向けて返事をして来たルナの一目で落ち込んでいると
取る事が出来る表情を見て、サニーが飽きれた。

「そう言えば…これ、どうするの?」

もう一人…スターが、手に持つ三つの袋を揺らしてガサガサと音を
立てる。

「…ドングリはちゃんとアク抜きさえすれば食べられるけど…
もう人修羅さんもいないから、そうする?二人共」
「…スター」
「そもそも…他の妖精達に話を聞いて、集めてきたけど…これって
本当に人修羅さんの好物だったの…?」
「っ…」

サニーの何気なく発した言葉に、とぼとぼと何とか帰り道へと
動いていたルナの足がピタリと止まった。

「……」
「スター…言葉は選んで…」
「…そもそも、どうしてそんなに人修羅さんに、何かを
教えてもらいたいって思ったの?」
「……」

俯いて…動かずに立ち止まったまま
のルナにスターが抱いていた疑問を聞こうとした。

「…私の事…月の妖精だから、仲間になったら面白い事になりそう
だって…スカアハさんが、言ってくれたの」
「…スカアハさんって誰なの?」
「多分、人修羅さんの仲間じゃ?」
「スカアハさんは、悪魔にとって月は重要だって…そう言われて…」

サニーとスターが、聞いた事の無いその名前に疑を
唱えるが、二人のそれを放ってルナが話を続けた。

「…だったら、私も人修羅さんの仲間になって…あの
雷妖精みたいに強くなれると思ったの…」
「…やっぱり、人修羅さんは悪魔だったの?」
「…鬼じゃなかったのね」
「ねえ、ルナ…あなたは妖精から…悪魔にでも成りたかったの?」
「そうね…どん臭くて…弱くて…いつも
二人においてけぼりにされる自分じゃなくなれるのなら…成っても
構わないかもね…っ」

言葉を切ったルナが、俯いたまま…拳を握り締めて
体を震わせ始めた。

「……ねえ、ルナ…顔、上げてよ」
「……」

サニーの言葉に、暫くして…目を潤わせたルナが顔を上げた。





「…ほら、これ食べて」
「…え?」

差し出された…サニーの抱えていた霊夢から、貰った
紙に包まれた焼き芋にルナが、目を丸くして言葉を詰まらせた。

「落ち込んだ時は、何か食べた方がいいよ…ね?」
「…うん」

サニーに勧められて…差し出された焼き芋がまたルナの手へと渡った。

「っ…つつ」

この芋を貰った神社から、離れて暫く経つと言うのに、まだ
それを手に持ったルナの顔をしかめさせる程の熱さをそれは保っていた。

手に持ちながら、少しだけ皮がめくれている部分に爪を掛け…
そのまま皮を剥いていく。

「ふう…はむっ…」

剥けた皮から覗く黄金色の部分に、そのままルナが噛じり付いた。

「っ……」

…口の中で溶けていく焼き芋
の中身の甘さに、気が進んでいなかったルナが目を閉じてそれを堪能してしまう。

「…それ、ルナに全部上げるね」
「っ…どうかしたの?」

焼き芋を渡されたサニーの続いての
唐突な物言いに、ルナが訝しげな視線を向けた。

「まあ…今日に至るまで、置いていったりとか…色々悪い事しちゃったしね」

目を泳がせて、苦笑いをしながら、サニーが理由を述べた。

「…その焼き芋で、ご機嫌を取ろうって事よね」
「スター…余計な事は言わないでよ、今は…」

笑顔で喋るスターにサニーが顔をしかめる。

「まあ…ルナがいないんじゃ、光の三妖精じゃなくなるわよね…」
「じゃーあー…私は先に行ってるわっ」

サニーの非難を受けたスターが、何を思ったのか、急に袋を抱えたまま
駆け出した。

「ちょ、スターっ!」
「…私は先に行って、夕食用のドングリのアクを抜いてくるねーっ」

駆け出したスターが足を止めて離れた所から、叫んで伝えると
また住み処へと駆け出し始めた。

「スターにしては珍しく張り切ってる感じね…」
「っ……」
「ねえ、ルナ…そう思わな…って、泣く事でも無いでしょっ?!」

…スターの姿が見えなくなると、隣りのルナにサニーが目を
移すと、目に涙を堪えていたルナに愕然とした。

「う…んっ…ごめっ…」

サニーの指摘を受けて、滓れた涙声
で謝りながら、目に溜まった涙をルナが片手で拭う。

「はあ…ほら、焼き芋食べたら?冷めるよ?」
「うんっ…あぐっ、うぐっ…」

サニーのその言葉に誰かに叱られたかの様な勢いで、ルナが手に持つ
焼き芋にかぶり付き始めた。

「んっ…ひっくっ…!」

…が、急いで芋に喰らい付いた反動に、ルナが喉を詰まらせてしまう。

「…どん臭いの次はそそっかしいとか…極端ねえ…」
「んぐっ…」

サニーが飽きれながら、しゃっくりを繰返しつつあるルナの
背を叩くと、案外にもすぐに喉が通った。

「はあっ…」
「大丈夫?」
「うん…」
「…ねえ、私にもやっぱり少し頂戴よ」
「えーっ…」
「…それ、全部食べ切るのはやっぱり辛いと思うよ?」

サニーの懇願に、ルナが声を上げて難色を示すが、サニーが
下がらずに、また頼んで来た。

「…やっぱり駄目、これは私のとーりーぶーんっ!」
「ふーん、じゃあー…、今から私達の住み処まで競走ねっ」
「えっ…」
「それじゃっ……私が先についたら、半分ねーっ!…」
「ちょっ、まっ…行っちゃった…」

断固として譲らない姿勢を崩す事の無いルナに、サニーが
それだけ言い残して、一挙に住み処へと駆け出していった。

「全く…本当にいつも急に何かを言いだすんだから…サニーは」
(…とにかく、一旦追い付いて…っ)
「っ…そうだ、あの人…」



俯いて、仲間の有無を言わさぬ何時もの提案に、歎息したルナが
先に駆け出したサニーに、追い付くべく続けて駆け出そうとするが
俯いて落した目の先の自分の足の履物に、さる者を思い出して足を止めた。

(走り出す時は…足元を良く見て…この履物だと…)


「けど…履物の替えは無い…というのであれば…っ」


「…そう言えばドングリの料理ってした事ないわね」

二人の前から走り去り…姿を消していたスターは、帰り道を
歩きながら、手持ちの袋の中のそれの調理放に思いを馳せていた。

「…少し硬さを残して…食感を足す様にでもして……」

「すー…たー…っ!」

「…ん?」

…後ろから聞こえて来た自分を呼ぶ声に、スターが振り返った。

「はあっ、はあっ、はあ……」

振り返ったスターに、自分に向かって腕を
大きく振って、息を切らしながら、走って来るサニーの姿が目に入る。

「……」
「はあっ、はあっ、……はー…」

そのままサニーが、走り続け…スターの傍
で足を止めると、屈んで、膝に手を当てたまま肩で息をし続けた。

「…また、あのいくちを見付けたの?」
「っ…」

…喋る余裕を持ち合わせていないサニーが、屈んだままスターの質問に、手を
振って否定する。

「…そう言えば、ルナは?」
「…はーっ…後から…遅れてくるわ…っ」

もう息は落ち着いたのか…途切れ途切れで言葉を切った
瞬間…何故かサニーが口端に笑みを浮かべた。

「……そうね、もう来たみたいよ」
「…はっ?」

スターの言葉に何かとサニーが、即座に体を起こすと視界の中に一瞬…
空の何者かの姿が目に入った。

「サニーっ…先行ってるわーっ!」
「ちょっ、ルナっ!?…空飛ぶ何て…反則よーっ!」

その姿…そして、上空から聞こえて来た大声にサニーが
叫び返すが…目標のその者は既に視界から消え去っていた。

「大体…ルナは悪魔になろうとしたのに…悪魔なんてどう
考えても美味しいわけない人間の血なんかを
吸ってるんだから…美味しい焼き芋は私に譲りなさいよーっ!」

咆哮と共に、サニーが空へと飛び立ち…先を行ったルナを
追い掛けていった。

「…うん、胡桃みたいに取り敢えずパンに入れてみよ」





「それにしても……どこなのかしらね?今から行く所は」

「美味しい食べ物がたくさんあるところでしょ?」

「どうかなあ……あの、おじいさんのことだしねえ……」

「あんたに嘘をついたままだと心苦しいとか……うさんくさいわあ…」

「……ねえ、ルーミア…もう、人修羅に付いて行くって決めたんでしょ?」

「うん」

「じゃあ……」

「……ねえ、人修羅…こう言えばいいんだよね?」



コンゴトモヨロシク

たこ焼きは冷凍食品のに限るわー (近くにたこ焼き店がない者の暴論)

そして、坑道でレベル上げする奴はにわか はっきりわかんだね ベストは捕囚所 猴絲金ですorz

ようやくこの話は終わりです…トゥルーミアエンドです。

作中の人修羅が放った技ですが、マグマなアクシスです・・・ユルングがウザい時は割りと役立ちます。

作中で出てきたからっ風の妖精はオリジナルです。

悪戯の仕方は風の音でおびき寄せて…と言った感じの遠距離タイプ。

来なくても不気味がるので、中々の技巧派。

作中の串蛇の穢れ動向は、東方ですと  生きる=穢れですが、元ネタの日本古典で
出てくるような無差別で強力な呪いといった感じです。


メガテンのゲームはかなりバットで後味悪いものが多いですが、やっぱりこれで
マレビト終了だと嫌だなという思いも含めて書きました。

それに、もうアトラス…もう…ク、クマが大丈夫って言ってるからっ!(震え声でフォロー)

…我々は億以上持ってる富豪でないので、兎に角何か発売したら、買い支えることしか
出来ませんが…宵を越しても、銭は持つようにしましょう。


大好きです、アトラス   それではorz
猴絲金
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.100簡易評価
10.50名前が無い程度の能力削除
人修羅と妖精たちとの関わりがどの妖精との組も良かったと思いました。
ただルーミアの選択はそうなるほどの交流があったかと言えば無いような気もします。
話があまり動かずに終わったのは残念。
山とか寺とか地底とかの話を見たかった。
しかし彼の骨休めの話ということならばそれでいいのかもしれません。
骨休めではない続編が読みたいと思います。
11.無評価猴絲金削除
コメント有難うございますorz
確かにルーミアの態度は少しご都合かもですが、基本に考えずに本能のまま
行動しているように見えるいい加減な危うさがルーミアの魅力の一つというかry

話が広がらないのは、主体性の無さげな人間エンド修羅ですので……
平和は素晴らしいと太子様が言っていたとかっぱ巻きをガツガツ食っていた
次はホットドックかハンバーガーをくれと机をバンと叩いてる子が言ってた。

骨休めで無い話は掛ける気がしませんorz
というか人修羅と言う存在が強すぎるので、飯食ってる内容ばかりになるという…
ともかくコメント有難うございますorz