夜雀が屋台を曳きはじめる。
もう空は紅くなり始めていた。いやに鮮やかに色づいているのは、雲が全く無い故か。
「今日は、気合いを入れて」
自らに言い聞かせるように、ぽつりと言葉を吐く夜雀。
今宵の屋台の行く末は、花火大会である。
「あら、リグル」
「今晩は、ミスティア」
未だ準備中の屋台に先客が集まる中、夜雀はとある者を認めた。
知った仲であり、屋台の常連でもあるはずなのだが、何やら忙しそうにしてその場を去っていった。
「...何かあったのかな?」
推察するには、あまりに情報が無かった。ひとまず思考を切り替え、準備を着実に進める。
河童が主催の花火大会だからこそ、屋台を開くにも苦労があった。その分の売り上げはきっちり頂く所存である。
そして、最初の花火が打ち上がる。
屋台で飲んでいる者達も、この時ばかりは酒を置き、上を見上げていた。
──リグルと見たかったなぁ。
彼女の心中は、その想いで一杯だった。座っている客の中に、虫の妖怪の姿はない。
「ちょっと、すみません...通して...!」
衆々の中をすり抜ける影を、夜雀は見た。
人々の密度は高くはなく、その影が誰なのかは容易に確かめることが出来た。
「すみません、お店ちょっと空けます」
屋台から飛び出し、その影に近づく夜雀。
今はしゃがみこんでいるその影は、掌に乗せた何かと会話しているように映った。
「リグル」
「あ、ミスティア」
夜雀は虫の妖怪と対面した。
花火の弾数は少なくなく、まだラストショットまでは時間があった。
「よかったね、踏まれないで」
掌の蜉蝣と話す虫の妖怪。
人々の足元にいたその蜉蝣を助けようと、あの中を突っ切っていたのだ。
「...ねぇ、リグル。よかったら、私と一緒に花火見ない?」
「うーん...」
夜雀からの誘いに、考え込む虫の妖怪。
他からも誘われているとでもいうのだろうか。
「ごめん、ミスティア」
「...ううん、いいよ」
夜雀の誘いが断られるのは、今回が始めてでは無かった。
灯りが当らない、とある木の枝。
そこには、夥しいほどの虫が集まっていた。
「ほら、また上がったよ!」
その中心にいる虫の妖怪は、打ち上がる花火を見ては虫達と興奮を分かち合っていた。
「綺麗だよね...」
恍惚として、消えゆく花火の残滓を見送る。
ふらふら、と群の中の一匹が地面に墜ちた。
「...もう、か」
また一匹、また一匹と墜ちていき、儚い命が燃え尽きていく。それは、夏の短い間しか生きられない虫の運命である。
「お別れするのは、寂しいね」
顔を伏せる虫の妖怪。項垂れた頭を、一瞬だけ光が照らした。遅れて、音がやってくる。
「最後に、どうしても見せたかったんだ。だって、こんなに綺麗だから...」
ラストショットの導火線を火が駆け上がっていく時、虫の妖怪は静かに腰かけていた。
屋台のカウンターを拭き、片付けを始めようとする夜雀。だが、近づいてくる影に気づき手を止めた。
「ミスティア」
「リグル」
「ごめん、遅れたけど...いい?」
「勿論」
喧騒と雑踏が、遠ざかっていく。
残った二人は、星の光を眺めていた。
もう空は紅くなり始めていた。いやに鮮やかに色づいているのは、雲が全く無い故か。
「今日は、気合いを入れて」
自らに言い聞かせるように、ぽつりと言葉を吐く夜雀。
今宵の屋台の行く末は、花火大会である。
「あら、リグル」
「今晩は、ミスティア」
未だ準備中の屋台に先客が集まる中、夜雀はとある者を認めた。
知った仲であり、屋台の常連でもあるはずなのだが、何やら忙しそうにしてその場を去っていった。
「...何かあったのかな?」
推察するには、あまりに情報が無かった。ひとまず思考を切り替え、準備を着実に進める。
河童が主催の花火大会だからこそ、屋台を開くにも苦労があった。その分の売り上げはきっちり頂く所存である。
そして、最初の花火が打ち上がる。
屋台で飲んでいる者達も、この時ばかりは酒を置き、上を見上げていた。
──リグルと見たかったなぁ。
彼女の心中は、その想いで一杯だった。座っている客の中に、虫の妖怪の姿はない。
「ちょっと、すみません...通して...!」
衆々の中をすり抜ける影を、夜雀は見た。
人々の密度は高くはなく、その影が誰なのかは容易に確かめることが出来た。
「すみません、お店ちょっと空けます」
屋台から飛び出し、その影に近づく夜雀。
今はしゃがみこんでいるその影は、掌に乗せた何かと会話しているように映った。
「リグル」
「あ、ミスティア」
夜雀は虫の妖怪と対面した。
花火の弾数は少なくなく、まだラストショットまでは時間があった。
「よかったね、踏まれないで」
掌の蜉蝣と話す虫の妖怪。
人々の足元にいたその蜉蝣を助けようと、あの中を突っ切っていたのだ。
「...ねぇ、リグル。よかったら、私と一緒に花火見ない?」
「うーん...」
夜雀からの誘いに、考え込む虫の妖怪。
他からも誘われているとでもいうのだろうか。
「ごめん、ミスティア」
「...ううん、いいよ」
夜雀の誘いが断られるのは、今回が始めてでは無かった。
灯りが当らない、とある木の枝。
そこには、夥しいほどの虫が集まっていた。
「ほら、また上がったよ!」
その中心にいる虫の妖怪は、打ち上がる花火を見ては虫達と興奮を分かち合っていた。
「綺麗だよね...」
恍惚として、消えゆく花火の残滓を見送る。
ふらふら、と群の中の一匹が地面に墜ちた。
「...もう、か」
また一匹、また一匹と墜ちていき、儚い命が燃え尽きていく。それは、夏の短い間しか生きられない虫の運命である。
「お別れするのは、寂しいね」
顔を伏せる虫の妖怪。項垂れた頭を、一瞬だけ光が照らした。遅れて、音がやってくる。
「最後に、どうしても見せたかったんだ。だって、こんなに綺麗だから...」
ラストショットの導火線を火が駆け上がっていく時、虫の妖怪は静かに腰かけていた。
屋台のカウンターを拭き、片付けを始めようとする夜雀。だが、近づいてくる影に気づき手を止めた。
「ミスティア」
「リグル」
「ごめん、遅れたけど...いい?」
「勿論」
喧騒と雑踏が、遠ざかっていく。
残った二人は、星の光を眺めていた。