「お燐、こいし。今日から私は古明地さとりではなく、河城さとりとして生きていきます」
「あ、どうもさとりさんをもらいました河城にとりです。よろしくね」
あたいが今まで見たことが無いほどの輝きを持った笑顔のさとり様と、照れくさそうに頬を掻く地上の河童。
呼び出されたさとり様の部屋で突然行われた衝撃の告白に、あたいはあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。
「お姉ちゃんどいてそいつ殺せない!」
猫の持つ反射神経よりも速く、
目を真っ赤に血走らせたこいし様が包丁を腰だめに持ちながら「ひゅいっ!?」と頭を抱えて怯えるにとりに向かって突進する。
だがそんな二人の間にスッと割って入るのは、よりにもよってこいし様最愛の姉であるさとり様。
「待ってこいし! この人は私の大事な人なの!」
「何なのよ! 大事な人って具体的になんなのよぉっ!」
「私の恋人であり彼女であり嫁であり妻であり生涯の伴侶であるの!
つまりにとりさんは貴方のお義姉さんにもなるってことなのよ! だからこいし、にとりさんとは家族同士仲良くしてね♪」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だやだやだやだやだやだやだやだやだ認めなぁぁぁいっ!!
うわぁぁぁぁぁぁぁんっ!! お姉ちゃんをかえせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
こいし様は今にも泣き出しそうなほどの涙声で大きく頭を振り、その受け入れがたい現実から必死に逃げようとする。
それはまぁ、当然かもしれない。
最近は硬く閉じた第三の目の瞼が緩んできたようとはいえ、一度は心を閉ざしてしまったこいし様。
誰からも気にされずにふらふらと辺りを彷徨うこいし様、そしてそんな中でもずっとずっとこいし様のことを気に掛け続けたさとり様。
そんなさとり様が自分以外の誰かに取られたとあっては、こうなってしまうのも無理の無いことだろう。
え?
あたい?
あたいはどうかって?
いや、別にあたいはあくまでさとり様のペットだから口出しできる立場じゃないし、誰とくっつこうがさとり様本人の自由だと思うよ。
いやいや本当だって。
大体さとり様が誰と結婚しようとあたいとさとり様の関係が変わるわけじゃないしね。
お姉ちゃんっ子のこいし様には気の毒だと思うけどさ。
ん~……ただね~…………。
いきなりのことだからちょっと驚いたな~。
いやいやまさかあの河童がね~……にとりとか言ったよね。
全く接点が無いから予想もつかなかったよ。
ま、そんなことはどうでもいいか。
ご主人たるさとり様とこいし様の幸せこそがあたい達地霊殿のペットの望むこと。
そうだよ、いつかはこんな日が来るかもしれないとは思っていた。
だからこそ「おめでとう!」と、大きな声で祝福してあげなくっちゃ。
さぁ、ゆっくりと息を吸い込んで――。
「寝取られたー!? どこの馬の骨とも知らない河童にご主人様を寝取られたー!? 納得いかねー!!」
やっぱ無理やわー。
◆
「ちょちょちょちょっ!? さとり様、何がどうしたんですかいきなり!? 河城さとり? 寝言は寝てから言ってくださいよ!?」
「寝ぼけてなんかいません。見ての通りです。私はこの人と結婚します。にとりさんこそ私の生涯の伴侶です」
「何がどうしてそうなった!? あたいはこの組み合わせは予想して無かったよ!
大体さとり様ってカップリングのお相手がほぼこいし様でたまにあたい等っていうような、
シスコン兼友達が少ないキャラで通してきたんじゃないんですかぁっ!? てか何でよりにもよってにとりなんで――」
「うっさいです」
そう言いながらさとり様はガスッガスッとモモチをかまして来る。
地味にいってぇ!
「え~と……その理由は私から説明させてもらうよ……」
さとり様の執拗なモモチを食らいながら声の方を向くと、気まずそうな表情をしたにとりが口を開いていた。
「実はさ、最近洗脳装置を作る研究しててさ」
「のっけから迷惑極まりない研究してんなお前」
あ、もう予想付いたよ。
「それが誤作動起こしちったらしくてへんな周波が幻想郷中にぶっとんだようで、
普通だったら無害なんだけどこれがよりにもよってさとりに効いちった。
やっぱり心を読む妖怪だけあってチャンネルが開いているというか、精神に影響を及ぼす波動には敏感なんだねー」
「そーゆーわけでめんご」と、にとりはあたい達に向かって頭を下げた。
「そっかー。二人の馴れ初めはそんな感じなんだー。うんうんわかったよー。ちなみに何でそんなの作ろうと思ったんだい?」
「面白そうだったから」
「わー、そんな理由でこんな迷惑をかけたんだすごいねぇ~。よっしゃにとりのことをあたいは凄く気に入っちゃったよー」
「え、ホント? ありがとうえへへっ」
燃料としてよく燃えそうだしねー。
まだ生きている奴には基本的に手を出さないのがポリシーだけど、たまにはいっかこの泥棒猫野郎アハハッ。
寝取った奴を更に攻略すれば寝取られた子も一緒に取り戻せるって話を前に聞いたことあるけど、そんなことする気はないや。
不純物まで一緒にはいらない。
とりあえずこういう場合は元凶を仕留めれば洗脳された人も元に戻るものだよねーと、どこからともなく取り出した鋸を手に取る。
「ひっ、そんなこれから家畜を屠殺するみたいな目で見ないでよ!
私のミスでこうなったことには一応反省しているからさとりを正気に戻すように頑張るからさぁっ!」
別にそこまで頑張らなくてもいいよ、お前を○した方が早そうだし。
そう身構えた矢先のことだった。
「そこまでよ!」
部屋の扉がバァンと勢いよく開けられ、この修羅場に一人の影が乱入してくる。
それは何も事情を知らない人なら唐突極まりないと思うような人物だった。
「さとり……私というものがありながらどうしてっ!?」
「あんたは……パチュリー!?」
普段宴会とかで会う時も基本的に顔色が悪いけど、今日は輪をかけて酷い。
ぜぇぜぇと肩で息をしているところを見ると、一体どうやって知ったのやら大急ぎでここに飛んで来たようだ。
「さとり、貴方に相応しい伴侶はこの私よ! こんな胡瓜をおかずにして胡瓜を食べるようななんかぬめぬめしていそうな河童じゃない!
本をおかずにして本を読むような知識と教養を身につけたこのパチュリー・ノーレッジこそが貴方に相応しいのよ!」
そうやってパチュリーはにとりを糾弾するようにビシッと指をさす。
そんなパチュリーに向かってこいし様は怪訝な視線を向ける。
「ねぇお燐。パチュリーとかいったわよねあいつ。何でお姉ちゃんにあんなに馴れ馴れしいの?」
「あー、それはですねこいし様。お二人は実は仲の良い友人同士なんです。パチュリーとさとり様の馴れ初めは宴会の時のことでした」
「そういえば前に神社の宴会の時に二人で話しているところ見たなぁ」
覚は他人が抑えている心を読むことが出来るがゆえに恐れられる。
けれどそんな能力があっても関係のない状況っていうものがある。
それが宴会だ。
酒によってべろんべろんに酔っ払って思ったことをすぐに口に出すような、宴もたけなわの宴会真っ只中。
こいし様は勿論、さとり様も宴会が実のところ大好きだったりする。
「ほらさとり様って本を読むことが大好きじゃないですか。いくら心を読むとはいえ、
本の中身を読まずにわかるわけじゃない。だから予想もつかない展開を見せる本が大好きなようなんです」
「あ、それはわかる。私もお姉ちゃん程じゃないけど本とか好きだもん。私の場合は漫画の方が好きだけどね。
覚は基本的に読み物を好むんだよねー」
「らしいですね。で、パチュリーは幻想郷でも有名な読書家。その持っている本の所有数も文字通り桁違い。
二人は宴会の時に本について語り合うことで交流を深めて言ったそうです」
そしてさとり様とパチュリーの関係は続いていった。
「ちょっと話はずれますけど、聞いた話では読書家というものは基本的に他人に本を貸すことを好むらしいんです(※ただし貸した本が無事に帰ってくる場合に限る)。
自分が面白いと思ったものを他人も面白いと言ってくれた時に気持ち良く感じるとか」
「わかるわかるー。自分の審美眼が認められた感じがして快感なんだよねー。それでその本が‘この○○が凄い’に挙げられたり、
ブームが起きたりすると『私は前々から目をつけてたもんねー。わかってたもんねーへへん』って風に鼻が高くなるもん」
「はい。そして話を戻しますが、そんなパチュリーはさとり様と本の貸し借りで友好を深めていったんです」
「お姉ちゃんがねー。へー」
どうやらこいし様はパチュリーに嫉妬したのか、ぷぅと頬を軽く膨らませた。
こいし様ときたら自分は家にも帰らずふらふらと放浪をしているのに、
自分がいない時にさとり様がいざ誰かと仲の良さそうな様子を見せると嫉妬してしまう。
姉が自分以外の誰かに取られるなんて微塵も思っていなかったのだろう。
「ふーん、お姉ちゃんとパチュリーがね~。なんだか面白くないなー」
「気持ちはわかります」
妹の持つ姉の友人への微笑ましい嫉妬にあたいは思わずふふっと、頬が緩んでしまう。
「お姉ちゃんって友達居ないから家の中に放置していても安心だと思っていたのになー。
倉庫にキープしておこうと思っていた合成しまくりのマンジカブラ+99を間違えて通路に置いちゃったせいで無くなっていたくらい悔しい」
「さとり様への評価ひでぇ!?」
確かにさとり様ってば友達少ないけどさ!
宴会以外のリア充イベントには全く参加してないし!
そしてマンジカブラ+99と実の姉を比較するなよ!
迷わずに姉の方が大事に……………………ん~………………………………あ~……………………………………………………大事に決まってるじゃないか!
いやいやホントですよさとり様!
「まぁ、経過はこの火車の言うとおりよ。読書家である私と、同じく読書家のさとり。相性のいいコンビだと思わない?」
あたい達の会話を聞いていたパチュリーが自らの権利を主張するかのように、病弱であるにもかかわらずに誇る豊かな胸を張る。
「でも私達の関係はこれだけじゃないの。さとりはね、読むだけじゃ満足できなくなったようで、自分で執筆するようにもなったの」
「あ、それ結構有名だね。でもさとり様がどんな話を書くのかあたい知らないんだよね」
「私も知らない~。お姉ちゃんってば小説執筆しているってのは教えてくれるのに実際にどんなの書いてるのか教えてくれないもの。
何でパチュリーは知ってるの?」
「ネット見てたら文体とキャラの特徴で特定余裕でした。名前を隠していても意外とわかる人にはわかるのよこういうのって」
「すごーいっ。じゃあどんなの書いてるのか教えてよっ」
だけどこいし様のお願いに対して、パチュリーは首を振った。
「駄目よ。これは私とさとりの二人だけの秘密なの」
「え~、つまんな~い。ねぇお姉ちゃん、何でそこまでして隠すの?」
「そ、それは……その…………」
さとり様は視線を泳がせてあたい達と目をあわせようとしない。
一体何の不都合があるのかねぇ?
あたいとしてはさとり様が作るお話がどんなものか凄く興味あるのに。
さとり様の膝の上に乗って読み聞かせてもらいたいなぁ。
「そんなわけでお姉ちゃんのパソコン見つけたよ~。さてさてどんな物書いているのかな~――って、駄目だ起動にはパスワードが必要みたい」
「私ハッキング出来るけどやってみる?」
「あ、じゃあお願い」
「やめてぇぇぇぇっ!! こいしもにとりもやめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
こいし様とにとりがさとり様のノートパソコンの前でわくわくとした表情で作業を進めていく。
こいし様はついさっきまでにとりの事を抹殺しようとしていた程憎んでいたのにこの変わりよう。
呉越同舟とは微妙に違うけど、憎い相手の手を借りたいまでにさとり様の書いたお話のことが気になるようだ。
実際あたいも凄く気になる。
だって、さとり様の取り乱しようったら普通じゃないもの。
そして明らかになったさとり様の創作している物語。
ジャンルは読心能力を持つオリキャラ少女の‘ゆ’とりちゃんによる登場人物皆に愛され好かれるU-1でドリームでハーレムな二次創作だった。
「…………いっそ殺して」
「……すいませんでした。いやマジで」
力なく膝をつき絶望しているさとり様に、何か思い出したようで床に寝転んで足をばたばたさせるにとり、
そして「うっわぁ……」と顔を青ざめさせてドン引きしているこいし様。
……何だろう、何故か涙が込み上げてくるのが止まらなかった。
これから先はさとり様にもっと優しくしよう。
「…………知ってしまったからにはしかたないわね。まぁ、そういうわけで最近の私はさとりに小説執筆のノウハウを教えていたの。
チャットでマンツーマンでたっぷりねっとりとね。そんな濃密な時間を過ごした私こそ、さとりとのカップリングに相応しいわ」
そう言いきるとパチュリーは天を仰ぐ。
まるで聴衆の拍手を待つ演説者のように。
けれどそんなパチュリーのことをさとり様は物凄く怯えていて、にとりの背に隠れてプルプルと震えている。
おかしいな?
この二人は一昔前までは凄く仲の良かったはずなのに。
「あー、ちょっと疑問なんだけどいいかな?」
「あら、こいしどうしたの?」
「今パチュリーが文章を書くアドバイスをさとり様にしていた~みたいなことを言ってたじゃん。
でもその時お姉ちゃんが凄く怯えた顔をしたんだよね。具体的にどんなことをアドバイスしたわけ?」
「いや、普通のアドバイスよ。ただちょっと厳しかったかもしれないけど、さとりの為を思ってのことだったもの」
そうなんだ。
さっきのさとり様の一瞬見せたあの酷く怯えた表情。
さとり様がその件についてあまりいい感情を持っていないことは想像がついた。
……ついたから、あまり触れないようにしてたんだけど。
だって今のさとり様、すぐにでも首をくくりそうな悲壮な顔をしているもの。
「あ、いいや質問に答えなくっても。何かパチュリーとのチャットログあったし。どれどれ~――」
~~~~チャットの境界~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
69『ねぇ、何よこれ? 文章の基本がなってない。誤字多すぎ。何なのよ‘卿’って。
それに鉤括弧の中では文の終わりに句点をつけないのよ。常識じゃないの?』
小五『で、でもたかがそれぐらいで・・・・』
69『は? そんな簡単なことも出来ないと読者に素人だと思われて読んでもらえないわよ。
貴方のやっていることは裸でマナーを弁えずにドレスパーティに出席するようなものよ。
それから‘・・・・’じゃなくて、‘……’。三点リーダーは二つ繋げるのよ。常識でしょ?』
小五『な、内容さえ良かったら皆見てくれるもん。・゜・(/Д`)・゜・。』
69『それが飛びぬけて面白かったらね。ちょっとやそっと面白いぐらいじゃ駄目。
どんな傑作であろうと、読まれなかったら意味無いの。形式が伴ってなくて読まれない作品が評価されるなんて稀なのよ。
さとりみたいな感じだったら即座にブラウザバックされるわよ』
小五『うっ・・・(汗)』
69『それとさ、何?』
小五『何って・・・何が(?´・ω・`)ナニナニ』
69『私の話聞いてた? また三点リーダ使ってないじゃない』
小五『ごっ、ごめんなさい。どのキーを押せばいいのかわからなくて・・・』
69『…………‘。。。’か‘さんてん’を変換すれば出るわよ』
小五『どれどれ……あ、出た出た。ありがとう♪d(´▽`)b♪』
69「……あとチャットだったらともかくさぁ、小説で顔文字とか使ってるんじゃねーわよ。
アンタ本当に文章書く気あるの? てか何で顔文字出せて三点リーダが入力出来ないのよ!」
小五『御免なさい……。誰もやったことの無い斬新な表現方法かな~って思って……。』
69『……また文末に句点が付いてる。それと誰もやらなかった事に挑戦するとほざくが大抵それは
‘先人が思いついたけどあえてやらなかった‘ことだ、と四次元殺法コンビも言ってたんだからね。
貴方にはまずは国語の教科書(小学五年生用)から貸すわ』
小五『。・°°・(((p(≧□≦)q)))・°°・。ウワーン!!』
69『ムッキュウ!! ノ`⌒´)ノ ┫:・'.::・┻┻:・'.::・』
~~~~台本と顔文字の境界~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……………………もうやだおうちかえる」
……ここが貴方のおうちですさとり様。
何だろう、このやるせなさ。
あたいはよく理解出来ないけど、何となくさとり様が悪いと思う。
さとり様はまるで自分の能力でトラウマを思い出させられた犠牲者のように真っ白になって惚けている。
周囲の皆は、そんなさとり様を可哀想なものを見るかのような生暖かい目で見つめていた。
そして皆の視線は、次にパチュリーにも向けられた。
「え? 私のアドバイスに何か問題あった? 的確なアドバイスだったと思うんだけど、え? 皆どうしたのその目は……」
あの文章の中に自分に非難されるような理由なんてないと思っているパチュリーは、皆から向けられた冷たい視線におろおろとうろたえてしまう。
そのワケがわからないでいるパチュリーに対して説明をしたのはにとりだった。
「ん~……これはさとりに怯えられるようになっても当然だと思うよ」
「何で? 何でよ? 何か悪いことしたの私? ねぇ、私はさとりのことを考えて心を鬼にしてアドバイスしたのよ。
私が注意しないとさとりはいつまで経っても改善されないじゃない」
「それはそうさ。確かに誰かが言わなければ改善なんてされるはずがない。それは本当にその通りなんだよ」
でも、とにとりは首を振り、続ける。
「私達も同じく物を作る存在だから通じるものがあるけどさ、物書きってのは基本的にものすっごいプライド高くってメンドクサイ生き物なんだよ。
ある意味私達エンジニアと似たようなところはあるかもしれない」
「なっ……知ったような口を……」
「知ってるんだよ。それを表す方程式はプライドの高さ=労力×掛けた時間だ。どうしても労力と時間の掛かる物書きっていう生き物はプライドが高い傾向にあるんだよ。
年寄りっていう、人生の中で多くの労力と時間を掛けた生き物が他人の忠告を聞かないことと同じ理屈さ」
にとりがしみじみとした表情をしながら言った。
エンジニアという、同じく労力と時間をかける職種によるものだけあって説得力のある言葉だった。
あたいだって他人に地獄での仕事のやり方について口を出されたりしたら反発するだろう。
積み重ねた時間こそが自分を創るのだから。
てかこいつ、この事態の元凶の癖に良識的な意見を言ってるんじゃないよ。
「つまり時間をかけて作った物をいきなり否定されたら怯えるようになっちゃうのも無理ないよ。
自尊心を打ち砕かれ、自己を否定されたような気持ちになるから」
「でもっ、でもぉっ……私はっ、さとりが恥をかかないように心を鬼にして……」
「その真心は大事だと思うよ。でもさ、相手にも心はあるんだよ。人に物を教えるってのはそれぐらい難しいんだよ。
新人に仕事を覚えさせる時とか、厳しいだけじゃ駄目なんだ。だからこそ、散々先人が言っているように厳しいだけにしないで、
歩み寄るコミュニケーションが大事なんだよ」
わかるわー。
すっげぇわかるー。
あたいの部署も新人がねー。
すっげぇ手がかかるのー。
「くっ……‘やってみせ、いって聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ’ってやつね……。
うぅ……忘れていたわ……。でもっ、でもぉっ……私はさとりのことを思って…………せっかくできた本好きな
……とも……ち……なんだか……うっ……らぁっ…………」
涙目で嗚咽を漏らしながら弁解するパチュリー。
彼女は口元がプルプルと振るえ、必死に泣くことを堪えていることが誰の目からしても明らかだった。
……ちょっと可哀想に思えてきた。
「あ、あのさパチュリー。さとり様も今は反発しちゃっているけどパチュリーの気持ちは伝わっているから。
何だかんだでさとり様はあのログを保存するぐらい、パチュリーとの触れ合いを大事にしているんだと思うよ。
だからそのまま真心を持って接していけばいつかはさとり様がパチュリーの言葉を素直に聞き入れる日が――」
「何よッ、同情何かいらないしっ、泣いてなんかないしっ、平気だし……私気にしてなんかないし――」
「キャーにとりったら素敵ー! 今すぐ結婚してー! 抱いてー! レズセックスしてー!」
「うわわわっ!? さとりっ、やめっ」
台無しだー。
これじゃあさとり様は反省しないで「自分を庇ってくれるにとりカッコイイ!」っていう考えに陥った駄目女じゃないかい。
「普段のさとり様だったらいくらなんでもこんな理不尽な思考回路はないはずで……そうか、にとりの洗脳装置!
アレのせいでにとりのやった事言った事全てにおけるさとり様の好感度の上がり方が半端なく上昇しているんだ!」
「……うぅっ、うっ、うわああああああああああああああああああああんっ!!!!」
自分が良かれと思ってやったことが裏目に出てしまった上に、目の前で親友(だと思っていた人)を寝取られてしまったパチュリー。
耐えてその場を後にすれば良かった彼女は、よりにもよって別の方法でこのストレスを解消してしまった。
自棄になったパチュリーはわんわんと大泣きしながらその場にへたり込み、その頭上に眩い光が降り注ぐ。
暴走する魔力によって自動発生したこれは召喚術!?
しかも感情が高ぶって勝手にサモンされるこれは――パニック召喚!?
何が出てくるのさ!?
ゲルニカとか出てきたら大惨事だぞ!
「お姉様あ~ん――ってあれ?」
「フランあ~ん――ってあら?」
「芳香私にもあ~んしてあ~ん――ってお燐じゃない。ハァイ元気~♪」
突然呼び出されたのは不幸中の幸いなことにゲルニカでもシルヴァーナでもなかったものの、よりにもよってこれまためんどくさそうな面々。
スカーレット姉妹と青娥だった。
◆
結局パチュリーはパニック召喚によって力を使い果たし、あるいは泣き疲れたようなので落ち着くまで取りあえず寝かしつけることにした。
一方こいし様はにとりに対してさとり様の寝取り洗脳を解く方法を早く思いつくように急かしているところだ。
そして当のあたいはというと、地霊殿のとある一室にてパチュリーの手で召喚された三人に事情を説明した。
さとり様がにとりの洗脳装置によって寝取られた。
だから何とかして欲しい、と。
「ふむふむなるほどね。大体わかった!」
「パチェの意思も噛んでいるのだったら聞かないわけにはいかないわね。ふふっ、でも悪魔の助けによる借りは高いわよ」
「わかったわお燐! 細かい趣味は合わないとはいえ、同じ死体愛好家同士力になるわ。この邪仙にお任せよ!」
スカーレット姉妹はドンと胸を叩きながら応じ、青娥はいい年こいてキラッと横ピースしながら自信満々に反応する。
この三人が召喚された時はどうなるかと思ったが、一応何だかんだで幻想郷でも上位の実力を持った面々だ。
こうして並んでいるところを見るとみると頼もしさを覚える。
……不安の方が大きいけど。
「さっそくだけどどうすればいいのか三人に聞きたいんだけど、さとり様を取り戻すためにはどうすればいいと思う?」
あたいの質問に対しハイッハイッと張り切って手を挙げたのは、座右の銘が‘命の限り好き勝手’こと青娥である。
スカーレット姉妹も不敵な笑みで「ククク」と笑っている辺り、何か考えがありそうだ。
取りあえず三人に意見を出してもらいながら話し合ってみよう。
「そうねお燐、こんな時は前も話したかもしれないけど、貴方がにとりを攻略するの。そうすればそれによってさとりも付いてくるって――」
「ん~、洗脳装置ってのが救いね。お姉様」
「そうねフラン。自分の意思だったらともかく、洗脳装置だったら穏健派たる私達的にはまだセーフだわ。
ねぇ燐、にとりはさとりに手を出したようだった? 性的な意味で」
「まだだよー」
「ふむふむ、それは行幸」
「例えるなら百合双子姉妹のうち片方を攻略することでシスコンなもう片方も着いてくるわ3Pよグヘヘ的な意味でねっ、
ふふふ邪仙の血が騒ぐわ。ねぇ、レミリアちゃんにフランドールちゃんもいい方法だと思わない?」
「じゃあ単純に大元の洗脳装置を破壊すればいいんじゃない?」
「いや、それが一度効果を発揮したら装置を壊しても駄目みたいなんだ。本人の体に永続的に作用するらしい」
「でねでねっ♪ そうやって着々と女の子達を手篭めにしてハーレムを――」
「中々厄介ね……。その手の場合は何か強いショックを物理的な意味で与えれば治るのが定石だけど……」
「無視しないでよぉっ!!」
ダン!!
話しているにもかかわらず蚊帳の外に置かれた青娥は涙目になりながら地団駄を踏む。
仙人になった後自分SGEEEしたくて日本に渡ってきたりしたエピソードにもあるように、自己愛がメチャ強いんだろうねー。
こうやって精神面でわかりやすい弱点あるのに、どうやって死神の精神攻撃を耐えて生き続けてきたのか疑問だよ。
格ゲーの体力ゲージが少なくなってくると根性値が働いていきなり固くなるキャラみたいな感じだったりするのかねぇ。
「ごめんよ青娥。ほら、まずは色んな人の話を聞いてみないとさ」
「火焔猫燐、何誰も居ないところに向かって喋ってるの?」
「ほらお燐今聞いた? 今この子あからさまに私のことを無視したわよね! 今時の小学生でもここまであからさまな苛めはしないわよ!
ねぇレミリア・スカーレットさん、聞いてるの? 妹さんだって何か言ってよ!」
「何か雑音が酷いねお姉様」
「妹の方まで!!? 私邪仙だけどまだ何も悪いことしてないのに!!?」
体をぷるぷると震えさせ、嗚咽を漏らしながら今にも大泣きしそうな青娥。
確かに長年生きてきてる者がこんな子供じみた嫌がらせを受けると、精神的にダメージが来るのは無理が無い。
「ね、ねぇスカーレット姉妹の二人とも。なんでそんなに青娥のことを嫌うのさ? 二人は何か青娥に恨みでもあるの?」
「恨みって何かしら? ねぇフラン」
「えぇ、そもそもソーダだか何だかわかんないけど、そんな名前私達しらないわよねお姉様」
「だったら何でよぉっ! 泣いてやる! いい歳こいて地面にゴロゴロ転がって大泣きしてやる!
スーパーでお母さんに欲しいものを買ってもらおうと縋る子供みたいに泣いてやる!」
「ヤメテ!」
おーよしよしと、あたいは青娥を宥める。
「二人ともさぁ、何でそんなに青娥を目の仇にするか教えて欲しいよ。理由がわからないと改善のしようがないよ」
あたいがそう言うとスカーレット姉妹は顔を合わせ、大きなため息を一つ吐き、そして眉間に皺を寄せながら青娥を糾弾した。
「「処女膜から声が出ていない!」」
「は?」
「「処女膜から声が出ていない! よってアレから発せられる音は全部雑音よ! だから聞く義務は無いの!」」
「ひっでぇ! マジひっでぇ!」
うん、流石のあたいも引くわー。
そんなことお構いなしにスカーレット姉妹は続ける。
「吸血鬼っていうのはね、処女の血を好むのよねフラン」
「そうねお姉様。処女の生き血こそがこの世でもっとも甘美な飲み物なのよね」
「え~と、つまり吸血鬼ってのは種族全体を通して処女厨ってことですかい」
「「その通り!!」」
いや、そんな誇らしげに言うようなことじゃないよね?
「ちなみに同じ処女スキーたるユニコーンとは盟友と書いてポンヨウと読むわ!」
「知ってる? あいつら実は最強の動物っていう逸話があるのよ。
今でも続きを待っている昔読んだ某ハイパーでハイブリッドなラノベに書いてたもの。
吸血鬼は夜の王、ユニコーンは最強の霊獣、すなわち処女厨こそが最強なのよ」
「………………」
何だろう、頭痛くなってきた。
こりゃあ確実に話が脱線するな。
「ちょっと! 何でよりにもよって私だけ除け者にされるのよ!
てか妖怪とか神とか長い間生きているから処女である方が珍しいに決まってるじゃない」
「「決まってなんかいない!」」
ビッ!
吸血鬼姉妹の持つ神槍と魔杖が青娥の喉元で止まる。
彼女達の持つあまりの剣幕に青娥はへなへなと、力なく腰を抜かす。
「幻想郷の乙女達は幻想‘少女’なんだよっ! ‘乙女’なんだよ!! 清らかな‘乙女’!この幻想郷の神はそう言ってる!
神の言うことに間違いは無い!」
「諏訪子とかも子孫いるからグレーゾーンだけど神だから無性生殖っていう可能性もあるよ! 神奈子とか依姫だって元ネタでは結婚してるけどあくまで元ネタだから、こっちもそうとは限らないよ!
だけどお前だけは‘少女’や‘乙女’って言うには無理があるだろうが! テキストで結婚と子持ち確定つまり乙女の可能性0の非処女!
おかん枠だったら許すけどお前はこっちに混ざって‘少女’面してんのが気に食わん!!」
「吸血鬼が神を語るなよ」
メタい発言やめい。
そんなことを言ったらあたいだって元野生動物で妖怪として長生きって言う時点で色々危ういじゃないか。
深く突っ込むことはやめておくけどさ。
「ちょっと待っとくれよスカーレットのお二人さん。そりゃあ青娥はお二人さんの趣味とは相容れない存在だろうさ。
でもさ、だからといってそうやって何でも否定するのは良くないよ。清らかな乙女が好きな程度だったら微笑ましいけど、
それを振りかざしたり他人を糾弾することに使うってのは何か違うと思う。人妻属性や経験豊富なお姉さん属性を持っていて、
幻想郷の女の子達にそれを求めている人だって大勢いるんだよ」
「知ってるわよそれぐらい。だからなるべく関わらないようにしようとしていたんじゃない」
「ちなみに過激派のユニコーンの奴だったら洗脳装置でもNGって言うぐらいの筋金入りよ。
あいつ幼稚園児相手でも『ユニコーン君好きー』っていう告白を本気で受け取って、
一年後に別の子と付き合ってるのを見ても『寝取られだこんちくしょおおおお!!』って嘆くから」
「……マジですかい」
誰だよ、ユニコーンのことを聖獣とか例えたやつは。
性獣の間違いじゃんか。
なんだかあの角が凄く卑猥な象徴に見えてきたよ。
「青娥。世の中には色んな人がいるから気にしないことだよ。誰にだって好かれる人なんて存在しないからさ」
「ふっ……ふふふ…………」
「青娥?」
「こうなったらこっちも女の子の趣味には五月蝿い主義主張を持つ奥の手を出させてもらうわ。さぁ、行きなさいヤンシャオグイ!」
「ちょっとせっうわぁっ!?」
青娥の懐から放たれるは邪符『ヤンシャオグイ』。
生まれ変わってもう一度母親の胎内に宿りたいという欲望を持った小鬼達だ。
「ヤンシャオグイ! 妊娠ネタ大好き腹ボテ属性の貴方達の手でその二人をハラボテスキーに開眼させてしまいなさい!」
口元に羽衣の袖を当ててフフフと邪悪に笑う青娥。
あ~、こういうところでやっぱり邪仙なんだろうなぁとしみじみ実感する。
そして放たれた三体のヤンシャオグイ達はスカーレット姉妹と向かい合う。
常識的に考えたらヤンシャオグイ達からすれば無理ゲーだ。
だって相手は処女厨とはいえ夜の王だし。
だけどスカーレット姉妹、特にレミリアは相手を見くびることなく、真剣そのものの眼差しでヤンシャオグイ達を見つめていた。
「………………」
《………………》
「………………」
《………………》
そしてレミリアとヤンシャオグイのうち一匹がすぐ傍まで近づいて――。
レミリアがゆっくりと口を開き――。
神託『処女受胎』
ギュッ! (握手)
グッ! (手を組む)
ゴッ! (正面から)
ガシッ! (上から)
ガシッ! (下から)
「何かわかりあってるー!? 日曜朝八時にやってる番組の友情の証なシェイクハンドやってるー!」
待て待て待てどうやった!?
ヤンシャオグイ今シェイクハンドどうやった!?
実体無いだろお前ら!?
「水と油のように決して混ざり合わない、有史以来争い続けた二つの勢力が分かり合える……。
私は産まれて始めて神に感謝するわこの争いは二千年前にはすでに終結していたのね」
《神様っていうのは本当に偉大だね……。ウチら腹ボテスキーとレミリア達処女厨、
二つの勢力の争いを止めさせるためにあんな誕生の仕方をしたのかもしれないね……》
「んなわけねーだろ」
しみじみとした様子で旧知の友同士のような空気を醸し出す処女厨な夜の王と腹ボテスキーな悪霊こと、レミリアとヤンシャオグイ。
何だろう、こいつらすっげぇ殴りたい。
そう思って妄想の中で三発ずつぐらい殴っていたその時のことだった。
「お姉様ったらわかってない。全然わかってないわ」
嘆息しながら姉の背中を蹴り飛ばすのは、なんと先ほどまで従順にしていたフランドールだった。
レミリアは妹の突然の狼藉にうろたえながら彼女のほうを向くが、当のフランドールはまるで汚物でも見るかのような視線を自らの姉に向けた。
「なっ、何をするのよフラン! 私は何も間違ってないじゃない!
膜を破らずに新しい命の誕生を行うなんてまさに神の所業といだだイタイイタイ痛いお願いだからヤメテぐりぐり攻撃やめておねが」
「膜の問題じゃねーんだよお姉様よぉ……。お姉様はアレかい? 膜さえ再生すればまた処女とかいう子供騙しを真に受けるタイプかい?」
「えとあのっ……フラン…………さん?」
「ハッ、一度破れた膜は二度と戻らねーんだよ。例え再生したとしてもそれは偽物なの。大切なのは処女じゃなくなったという事実。自分以外の誰かと行為に及んだという事実なの。孕まされたという事実なの。膜が無事であろうが、他人に孕まされた時点で処女なんてねーわ。そもそも処女性について一番大事なのは膜の有無じゃなくて乙女の一途な想いなわけ。精神的に浮気しないことなわけ。わかる?」
グリグリグリ。
姉の背中を踏みつけながら、やさぐれたフランドールはぶつくさぶつくさと文句を続けている。
あたいも、青娥も、ヤンシャオグイ達も、この場に居る全員がドン引きしていた。
「大体ねぇ、三次元に絶望したりもしくは最初から期待なんかしないで二次元に浸って、
『信じられるのは二次元だけ』なんて台詞を吐く奴っているじゃない。ハッ、ちゃんちゃらおかしいわよ、
世の中を知らない甘っちょろいチェリーボーイよ! 二次元なんて向こうは平気な顔でこっちを裏切ってくるわ!
寝取り要素のある地雷は言うまでもないし! 例えそれ単体が寝取られ要素のない作品であろうと安心なんて出来ない!
全国お姉ちゃん落としツアーやったら続編でいきなり主人公死んで続編主人公に傷心のヒロイン達を寝取られる恋愛ゲーはあるわ、
女の子三人の助手のいる探偵団な一般ゲーの続編が忘れた頃に何故かアダルトゲーになってうわあああなことになるわ、
製作者が後年血迷うことがないとは限らないのよ!」
ぜーはーぜーはーと、一気にまくし立てたフランドールは何か嫌なことを思い出したようで、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「だから私にとって、信じられるのはもはや自分の脳内のみなの……。
余分な情報をシャットアウトして私だけの為の理想の女の子を妄想する修行のために今も地下に篭ることを日課にしてるの……」
「吸血鬼は脳なんて下等な器官には頼らないんじゃねーのかオイ」
こいつ救えねー。
多分この世で一番しょうもない引き篭もりの理由だと思う。
「そこで私を主人公にした可憐で純情なメイデン達とのキャッキャウフフでドリーミングなオリジナル創作をしてるの……。
私の作ったオリキャラ女の子はね、ちょっとおませさんなところのある長い金髪の女の子で、私が他の子と仲良くなるとすぐに嫉妬して、
その他の子を色んな手段で陥れて私のことを振り向かせようとするような独占欲の強い子なのウフフッ。
最近修行したリアルシャドーのおかげで触れたと錯覚することが出来るようになって――」
もうやだこいつら。
頭痛がしてきたからこの場を離れようとすると、フランドールの脳内嫁の話を熱心に聴いている青娥がいた。
一体どうしたんだろう?
「あら面白そうじゃないその設定。じゃあ私はそれを元にしたNTR二次創作作るわ。寝取ってくるお相手は汚いおっさんがいいかしら?」
「やめろォォォォ!! 冗談抜きでそれだけはやめろォォォォォッッ!! 私の作品は二次創作禁止だこらぁぁぁ!! 」
どうやら青娥は先ほど盛大にディスられたことを相当根に持っていたようである。
そんな青娥の一言はフランドールの逆鱗に触れたらしい。
「それだけは絶対に許さねぇぇぇぇっ! どっかの世界一有名なネズミみたいに訴えて勝つぞオイ!! プレッツェルみたいな髪型してるくせにヨォ!!」
「私の頭にケチつけてムカつかせたヤツぁ何モンだろうーーーとゆるさねえ! このヘアースタイルがほんのり塩味で美味しそうだとォ?
上等よオラァァァッ! 出るとこ出てやろうじゃないのぉぉぉっ!!」
怒髪天を突き牙を立てながらフーッと威嚇するフランと、青筋を浮かべながら今にもリアルファイトせんと腕を捲くる青娥。
吸血鬼と邪仙の激しい戦いの火蓋は切って落とされた。
「…………こいつらにちょっとでも期待したあたいが馬鹿だったよ」
もう他人に頼らないで自分で解決しよう。
頭を抱えるカリスマガードで部屋の隅に身を縮ませるレミリアとヤンシャオグイ達の冥福を祈りながら、あたいは修羅場を後にした。
そろそろさとり様の部屋に戻ろう。
「それにしてもお空ときたら一体何をやっているんだい? さとり様のピンチだと言うのにどこをほっつき歩いているのさ」
まさかお空までにとりにNTRれてたりして。
ははは、いくらお空でもそこまで単純じゃないよね。
◆
「お空も私と一緒ににとりさんのお嫁さんになろうね~♪」
「なる~♪ さとり様と皆で一緒だね~♪」
「そうねお空、皆でにとりさんと仲良くしましょうねっ♪」
「ね~♪」
「NTRれたー!!?」
どうやらさっき青娥から聞いた、一人落としたら芋づる式にハーレムを作る理論はある意味間違っちゃいなかったらしい。
さとり様の言うことは基本的に素直に聞くお空。
どうやらにとりに洗脳されたさとり様に、更にお空が懐柔されたようだ。
つまりにとりにお空が寝取られた。
あぁお空。
あたいのお空。
大好きな、あたいの一番の友達。
ちょっと緩かったり暢気だったり調子に乗って問題起こすようなところがあるけど、根は凄く真面目で素直なお空。
あたい達はずっとずっと一緒だった……あたいが子猫でお空が雛の頃から、妖怪ですらなれない動物だった頃からずっと一緒だった。
過酷な野生生活を支えあって生きてきた……あたいはお空のことを何でも知ってるし、お空はあたいのことを何でも知っている。
そう、例えばお空はお風呂よりもシャワー派なんだっ。
長風呂は好まないくせに小まめに体を清潔に保つ烏の習性があるからこそ、手軽なシャワーが大好きなんだ。
そんなお空がシャワーに入る時、あたいはよく一緒に入るんだ。
お空はあんな長い髪をしていながら入浴後のケアはごしごしとタオルで拭くだけの無造作さゆえに髪を傷めてしまう、
だからこそあたいはお空の長い髪のケアをよくやってあげるし……そんときついでに狭いシャワー室によく一緒に入って……。
そんでお空のすらっとした長身モデル隊形でありながら出るところはたゆんたゆんに出て、
それでいながら自分の魅力には無自覚な天然さんだからこそあたいのちょっぴり過激なスキンシップにも無防備極まりなくて無知シチュがたまらなくてあああああっ!!
そんなあたいのお空があたい以外の誰かに手を出されてっ!!
しかも……しかも…………さとり様やこいし様だったらいざ知らず……よりにもよってあんなポッと出の河童なんかにNTRれて!!!
「よし殺す」
「ひゅっ!? 待ってよ! 私は何も悪くないよ! さとりが勝手にやっているだけだよ! 落ち着いてってばぁっ!」
「オーケーオーケーあたいは落ち着いてるよ正気だよショックなんて受けてないよホントだよハハハなぁにとり何とかしろよ
早くしないと河童巻きにして燃料にすんぞー♪ てか何とかしてもやるけどな♪」
怯えて身を縮ませるにとりに対し、あたいはまず逃げられないように足から封じようと笑顔でモモチをかます。
隣ではこいし様もにとりに執拗なローキックをかましている。
「悪い悪くないは問題じゃないんだよ。なぁにとり、結局さとり様とお空を元に戻す方法はわかったのかい?」
「痛いっ! やめっ! わかったよ! だからひぐっ! お願いだからモモチやめてよ! 地味に痛いんだってそれ!」
「じゃあどうするのさ、言ってごらんよさぁさぁ早く」
「じゃっ、じゃあいくよ。空~、こっち来て~」
するとにとりの野郎は馴れ馴れしくもお空を呼び、呼ばれたお空はきょとんとしながらこっちに飛んでくる。
「お空がどう関係するのさオイコラアァン?」
「ん~、まぁようするにさとりに対するこの手の洗脳を解くには古典的な方法として強いショックを与えるというものがあってだね、
さとりさえ正気に戻れば空も「にとりのお嫁さんになる~」なんて言い出さずに済むと思うんだ――」
「前置きはいいから早く教えてくれよ。結局どうこの事態に収拾をつけるのさなぁなぁなぁ」
「えとっそのっ、ようするにわかりやすく言うと――」
にとりは「私の苗字は今日から河城になるね~♪」と暢気なお空のすぐ傍まで寄ると、
そんな彼女の肩をな・れ・な・れ・し・・く・も抱きながら言った。
「爆発オチさ」
「あ、どうもさとりさんをもらいました河城にとりです。よろしくね」
あたいが今まで見たことが無いほどの輝きを持った笑顔のさとり様と、照れくさそうに頬を掻く地上の河童。
呼び出されたさとり様の部屋で突然行われた衝撃の告白に、あたいはあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。
「お姉ちゃんどいてそいつ殺せない!」
猫の持つ反射神経よりも速く、
目を真っ赤に血走らせたこいし様が包丁を腰だめに持ちながら「ひゅいっ!?」と頭を抱えて怯えるにとりに向かって突進する。
だがそんな二人の間にスッと割って入るのは、よりにもよってこいし様最愛の姉であるさとり様。
「待ってこいし! この人は私の大事な人なの!」
「何なのよ! 大事な人って具体的になんなのよぉっ!」
「私の恋人であり彼女であり嫁であり妻であり生涯の伴侶であるの!
つまりにとりさんは貴方のお義姉さんにもなるってことなのよ! だからこいし、にとりさんとは家族同士仲良くしてね♪」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だやだやだやだやだやだやだやだやだ認めなぁぁぁいっ!!
うわぁぁぁぁぁぁぁんっ!! お姉ちゃんをかえせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
こいし様は今にも泣き出しそうなほどの涙声で大きく頭を振り、その受け入れがたい現実から必死に逃げようとする。
それはまぁ、当然かもしれない。
最近は硬く閉じた第三の目の瞼が緩んできたようとはいえ、一度は心を閉ざしてしまったこいし様。
誰からも気にされずにふらふらと辺りを彷徨うこいし様、そしてそんな中でもずっとずっとこいし様のことを気に掛け続けたさとり様。
そんなさとり様が自分以外の誰かに取られたとあっては、こうなってしまうのも無理の無いことだろう。
え?
あたい?
あたいはどうかって?
いや、別にあたいはあくまでさとり様のペットだから口出しできる立場じゃないし、誰とくっつこうがさとり様本人の自由だと思うよ。
いやいや本当だって。
大体さとり様が誰と結婚しようとあたいとさとり様の関係が変わるわけじゃないしね。
お姉ちゃんっ子のこいし様には気の毒だと思うけどさ。
ん~……ただね~…………。
いきなりのことだからちょっと驚いたな~。
いやいやまさかあの河童がね~……にとりとか言ったよね。
全く接点が無いから予想もつかなかったよ。
ま、そんなことはどうでもいいか。
ご主人たるさとり様とこいし様の幸せこそがあたい達地霊殿のペットの望むこと。
そうだよ、いつかはこんな日が来るかもしれないとは思っていた。
だからこそ「おめでとう!」と、大きな声で祝福してあげなくっちゃ。
さぁ、ゆっくりと息を吸い込んで――。
「寝取られたー!? どこの馬の骨とも知らない河童にご主人様を寝取られたー!? 納得いかねー!!」
やっぱ無理やわー。
◆
「ちょちょちょちょっ!? さとり様、何がどうしたんですかいきなり!? 河城さとり? 寝言は寝てから言ってくださいよ!?」
「寝ぼけてなんかいません。見ての通りです。私はこの人と結婚します。にとりさんこそ私の生涯の伴侶です」
「何がどうしてそうなった!? あたいはこの組み合わせは予想して無かったよ!
大体さとり様ってカップリングのお相手がほぼこいし様でたまにあたい等っていうような、
シスコン兼友達が少ないキャラで通してきたんじゃないんですかぁっ!? てか何でよりにもよってにとりなんで――」
「うっさいです」
そう言いながらさとり様はガスッガスッとモモチをかまして来る。
地味にいってぇ!
「え~と……その理由は私から説明させてもらうよ……」
さとり様の執拗なモモチを食らいながら声の方を向くと、気まずそうな表情をしたにとりが口を開いていた。
「実はさ、最近洗脳装置を作る研究しててさ」
「のっけから迷惑極まりない研究してんなお前」
あ、もう予想付いたよ。
「それが誤作動起こしちったらしくてへんな周波が幻想郷中にぶっとんだようで、
普通だったら無害なんだけどこれがよりにもよってさとりに効いちった。
やっぱり心を読む妖怪だけあってチャンネルが開いているというか、精神に影響を及ぼす波動には敏感なんだねー」
「そーゆーわけでめんご」と、にとりはあたい達に向かって頭を下げた。
「そっかー。二人の馴れ初めはそんな感じなんだー。うんうんわかったよー。ちなみに何でそんなの作ろうと思ったんだい?」
「面白そうだったから」
「わー、そんな理由でこんな迷惑をかけたんだすごいねぇ~。よっしゃにとりのことをあたいは凄く気に入っちゃったよー」
「え、ホント? ありがとうえへへっ」
燃料としてよく燃えそうだしねー。
まだ生きている奴には基本的に手を出さないのがポリシーだけど、たまにはいっかこの泥棒猫野郎アハハッ。
寝取った奴を更に攻略すれば寝取られた子も一緒に取り戻せるって話を前に聞いたことあるけど、そんなことする気はないや。
不純物まで一緒にはいらない。
とりあえずこういう場合は元凶を仕留めれば洗脳された人も元に戻るものだよねーと、どこからともなく取り出した鋸を手に取る。
「ひっ、そんなこれから家畜を屠殺するみたいな目で見ないでよ!
私のミスでこうなったことには一応反省しているからさとりを正気に戻すように頑張るからさぁっ!」
別にそこまで頑張らなくてもいいよ、お前を○した方が早そうだし。
そう身構えた矢先のことだった。
「そこまでよ!」
部屋の扉がバァンと勢いよく開けられ、この修羅場に一人の影が乱入してくる。
それは何も事情を知らない人なら唐突極まりないと思うような人物だった。
「さとり……私というものがありながらどうしてっ!?」
「あんたは……パチュリー!?」
普段宴会とかで会う時も基本的に顔色が悪いけど、今日は輪をかけて酷い。
ぜぇぜぇと肩で息をしているところを見ると、一体どうやって知ったのやら大急ぎでここに飛んで来たようだ。
「さとり、貴方に相応しい伴侶はこの私よ! こんな胡瓜をおかずにして胡瓜を食べるようななんかぬめぬめしていそうな河童じゃない!
本をおかずにして本を読むような知識と教養を身につけたこのパチュリー・ノーレッジこそが貴方に相応しいのよ!」
そうやってパチュリーはにとりを糾弾するようにビシッと指をさす。
そんなパチュリーに向かってこいし様は怪訝な視線を向ける。
「ねぇお燐。パチュリーとかいったわよねあいつ。何でお姉ちゃんにあんなに馴れ馴れしいの?」
「あー、それはですねこいし様。お二人は実は仲の良い友人同士なんです。パチュリーとさとり様の馴れ初めは宴会の時のことでした」
「そういえば前に神社の宴会の時に二人で話しているところ見たなぁ」
覚は他人が抑えている心を読むことが出来るがゆえに恐れられる。
けれどそんな能力があっても関係のない状況っていうものがある。
それが宴会だ。
酒によってべろんべろんに酔っ払って思ったことをすぐに口に出すような、宴もたけなわの宴会真っ只中。
こいし様は勿論、さとり様も宴会が実のところ大好きだったりする。
「ほらさとり様って本を読むことが大好きじゃないですか。いくら心を読むとはいえ、
本の中身を読まずにわかるわけじゃない。だから予想もつかない展開を見せる本が大好きなようなんです」
「あ、それはわかる。私もお姉ちゃん程じゃないけど本とか好きだもん。私の場合は漫画の方が好きだけどね。
覚は基本的に読み物を好むんだよねー」
「らしいですね。で、パチュリーは幻想郷でも有名な読書家。その持っている本の所有数も文字通り桁違い。
二人は宴会の時に本について語り合うことで交流を深めて言ったそうです」
そしてさとり様とパチュリーの関係は続いていった。
「ちょっと話はずれますけど、聞いた話では読書家というものは基本的に他人に本を貸すことを好むらしいんです(※ただし貸した本が無事に帰ってくる場合に限る)。
自分が面白いと思ったものを他人も面白いと言ってくれた時に気持ち良く感じるとか」
「わかるわかるー。自分の審美眼が認められた感じがして快感なんだよねー。それでその本が‘この○○が凄い’に挙げられたり、
ブームが起きたりすると『私は前々から目をつけてたもんねー。わかってたもんねーへへん』って風に鼻が高くなるもん」
「はい。そして話を戻しますが、そんなパチュリーはさとり様と本の貸し借りで友好を深めていったんです」
「お姉ちゃんがねー。へー」
どうやらこいし様はパチュリーに嫉妬したのか、ぷぅと頬を軽く膨らませた。
こいし様ときたら自分は家にも帰らずふらふらと放浪をしているのに、
自分がいない時にさとり様がいざ誰かと仲の良さそうな様子を見せると嫉妬してしまう。
姉が自分以外の誰かに取られるなんて微塵も思っていなかったのだろう。
「ふーん、お姉ちゃんとパチュリーがね~。なんだか面白くないなー」
「気持ちはわかります」
妹の持つ姉の友人への微笑ましい嫉妬にあたいは思わずふふっと、頬が緩んでしまう。
「お姉ちゃんって友達居ないから家の中に放置していても安心だと思っていたのになー。
倉庫にキープしておこうと思っていた合成しまくりのマンジカブラ+99を間違えて通路に置いちゃったせいで無くなっていたくらい悔しい」
「さとり様への評価ひでぇ!?」
確かにさとり様ってば友達少ないけどさ!
宴会以外のリア充イベントには全く参加してないし!
そしてマンジカブラ+99と実の姉を比較するなよ!
迷わずに姉の方が大事に……………………ん~………………………………あ~……………………………………………………大事に決まってるじゃないか!
いやいやホントですよさとり様!
「まぁ、経過はこの火車の言うとおりよ。読書家である私と、同じく読書家のさとり。相性のいいコンビだと思わない?」
あたい達の会話を聞いていたパチュリーが自らの権利を主張するかのように、病弱であるにもかかわらずに誇る豊かな胸を張る。
「でも私達の関係はこれだけじゃないの。さとりはね、読むだけじゃ満足できなくなったようで、自分で執筆するようにもなったの」
「あ、それ結構有名だね。でもさとり様がどんな話を書くのかあたい知らないんだよね」
「私も知らない~。お姉ちゃんってば小説執筆しているってのは教えてくれるのに実際にどんなの書いてるのか教えてくれないもの。
何でパチュリーは知ってるの?」
「ネット見てたら文体とキャラの特徴で特定余裕でした。名前を隠していても意外とわかる人にはわかるのよこういうのって」
「すごーいっ。じゃあどんなの書いてるのか教えてよっ」
だけどこいし様のお願いに対して、パチュリーは首を振った。
「駄目よ。これは私とさとりの二人だけの秘密なの」
「え~、つまんな~い。ねぇお姉ちゃん、何でそこまでして隠すの?」
「そ、それは……その…………」
さとり様は視線を泳がせてあたい達と目をあわせようとしない。
一体何の不都合があるのかねぇ?
あたいとしてはさとり様が作るお話がどんなものか凄く興味あるのに。
さとり様の膝の上に乗って読み聞かせてもらいたいなぁ。
「そんなわけでお姉ちゃんのパソコン見つけたよ~。さてさてどんな物書いているのかな~――って、駄目だ起動にはパスワードが必要みたい」
「私ハッキング出来るけどやってみる?」
「あ、じゃあお願い」
「やめてぇぇぇぇっ!! こいしもにとりもやめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
こいし様とにとりがさとり様のノートパソコンの前でわくわくとした表情で作業を進めていく。
こいし様はついさっきまでにとりの事を抹殺しようとしていた程憎んでいたのにこの変わりよう。
呉越同舟とは微妙に違うけど、憎い相手の手を借りたいまでにさとり様の書いたお話のことが気になるようだ。
実際あたいも凄く気になる。
だって、さとり様の取り乱しようったら普通じゃないもの。
そして明らかになったさとり様の創作している物語。
ジャンルは読心能力を持つオリキャラ少女の‘ゆ’とりちゃんによる登場人物皆に愛され好かれるU-1でドリームでハーレムな二次創作だった。
「…………いっそ殺して」
「……すいませんでした。いやマジで」
力なく膝をつき絶望しているさとり様に、何か思い出したようで床に寝転んで足をばたばたさせるにとり、
そして「うっわぁ……」と顔を青ざめさせてドン引きしているこいし様。
……何だろう、何故か涙が込み上げてくるのが止まらなかった。
これから先はさとり様にもっと優しくしよう。
「…………知ってしまったからにはしかたないわね。まぁ、そういうわけで最近の私はさとりに小説執筆のノウハウを教えていたの。
チャットでマンツーマンでたっぷりねっとりとね。そんな濃密な時間を過ごした私こそ、さとりとのカップリングに相応しいわ」
そう言いきるとパチュリーは天を仰ぐ。
まるで聴衆の拍手を待つ演説者のように。
けれどそんなパチュリーのことをさとり様は物凄く怯えていて、にとりの背に隠れてプルプルと震えている。
おかしいな?
この二人は一昔前までは凄く仲の良かったはずなのに。
「あー、ちょっと疑問なんだけどいいかな?」
「あら、こいしどうしたの?」
「今パチュリーが文章を書くアドバイスをさとり様にしていた~みたいなことを言ってたじゃん。
でもその時お姉ちゃんが凄く怯えた顔をしたんだよね。具体的にどんなことをアドバイスしたわけ?」
「いや、普通のアドバイスよ。ただちょっと厳しかったかもしれないけど、さとりの為を思ってのことだったもの」
そうなんだ。
さっきのさとり様の一瞬見せたあの酷く怯えた表情。
さとり様がその件についてあまりいい感情を持っていないことは想像がついた。
……ついたから、あまり触れないようにしてたんだけど。
だって今のさとり様、すぐにでも首をくくりそうな悲壮な顔をしているもの。
「あ、いいや質問に答えなくっても。何かパチュリーとのチャットログあったし。どれどれ~――」
~~~~チャットの境界~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
69『ねぇ、何よこれ? 文章の基本がなってない。誤字多すぎ。何なのよ‘卿’って。
それに鉤括弧の中では文の終わりに句点をつけないのよ。常識じゃないの?』
小五『で、でもたかがそれぐらいで・・・・』
69『は? そんな簡単なことも出来ないと読者に素人だと思われて読んでもらえないわよ。
貴方のやっていることは裸でマナーを弁えずにドレスパーティに出席するようなものよ。
それから‘・・・・’じゃなくて、‘……’。三点リーダーは二つ繋げるのよ。常識でしょ?』
小五『な、内容さえ良かったら皆見てくれるもん。・゜・(/Д`)・゜・。』
69『それが飛びぬけて面白かったらね。ちょっとやそっと面白いぐらいじゃ駄目。
どんな傑作であろうと、読まれなかったら意味無いの。形式が伴ってなくて読まれない作品が評価されるなんて稀なのよ。
さとりみたいな感じだったら即座にブラウザバックされるわよ』
小五『うっ・・・(汗)』
69『それとさ、何?』
小五『何って・・・何が(?´・ω・`)ナニナニ』
69『私の話聞いてた? また三点リーダ使ってないじゃない』
小五『ごっ、ごめんなさい。どのキーを押せばいいのかわからなくて・・・』
69『…………‘。。。’か‘さんてん’を変換すれば出るわよ』
小五『どれどれ……あ、出た出た。ありがとう♪d(´▽`)b♪』
69「……あとチャットだったらともかくさぁ、小説で顔文字とか使ってるんじゃねーわよ。
アンタ本当に文章書く気あるの? てか何で顔文字出せて三点リーダが入力出来ないのよ!」
小五『御免なさい……。誰もやったことの無い斬新な表現方法かな~って思って……。』
69『……また文末に句点が付いてる。それと誰もやらなかった事に挑戦するとほざくが大抵それは
‘先人が思いついたけどあえてやらなかった‘ことだ、と四次元殺法コンビも言ってたんだからね。
貴方にはまずは国語の教科書(小学五年生用)から貸すわ』
小五『。・°°・(((p(≧□≦)q)))・°°・。ウワーン!!』
69『ムッキュウ!! ノ`⌒´)ノ ┫:・'.::・┻┻:・'.::・』
~~~~台本と顔文字の境界~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……………………もうやだおうちかえる」
……ここが貴方のおうちですさとり様。
何だろう、このやるせなさ。
あたいはよく理解出来ないけど、何となくさとり様が悪いと思う。
さとり様はまるで自分の能力でトラウマを思い出させられた犠牲者のように真っ白になって惚けている。
周囲の皆は、そんなさとり様を可哀想なものを見るかのような生暖かい目で見つめていた。
そして皆の視線は、次にパチュリーにも向けられた。
「え? 私のアドバイスに何か問題あった? 的確なアドバイスだったと思うんだけど、え? 皆どうしたのその目は……」
あの文章の中に自分に非難されるような理由なんてないと思っているパチュリーは、皆から向けられた冷たい視線におろおろとうろたえてしまう。
そのワケがわからないでいるパチュリーに対して説明をしたのはにとりだった。
「ん~……これはさとりに怯えられるようになっても当然だと思うよ」
「何で? 何でよ? 何か悪いことしたの私? ねぇ、私はさとりのことを考えて心を鬼にしてアドバイスしたのよ。
私が注意しないとさとりはいつまで経っても改善されないじゃない」
「それはそうさ。確かに誰かが言わなければ改善なんてされるはずがない。それは本当にその通りなんだよ」
でも、とにとりは首を振り、続ける。
「私達も同じく物を作る存在だから通じるものがあるけどさ、物書きってのは基本的にものすっごいプライド高くってメンドクサイ生き物なんだよ。
ある意味私達エンジニアと似たようなところはあるかもしれない」
「なっ……知ったような口を……」
「知ってるんだよ。それを表す方程式はプライドの高さ=労力×掛けた時間だ。どうしても労力と時間の掛かる物書きっていう生き物はプライドが高い傾向にあるんだよ。
年寄りっていう、人生の中で多くの労力と時間を掛けた生き物が他人の忠告を聞かないことと同じ理屈さ」
にとりがしみじみとした表情をしながら言った。
エンジニアという、同じく労力と時間をかける職種によるものだけあって説得力のある言葉だった。
あたいだって他人に地獄での仕事のやり方について口を出されたりしたら反発するだろう。
積み重ねた時間こそが自分を創るのだから。
てかこいつ、この事態の元凶の癖に良識的な意見を言ってるんじゃないよ。
「つまり時間をかけて作った物をいきなり否定されたら怯えるようになっちゃうのも無理ないよ。
自尊心を打ち砕かれ、自己を否定されたような気持ちになるから」
「でもっ、でもぉっ……私はっ、さとりが恥をかかないように心を鬼にして……」
「その真心は大事だと思うよ。でもさ、相手にも心はあるんだよ。人に物を教えるってのはそれぐらい難しいんだよ。
新人に仕事を覚えさせる時とか、厳しいだけじゃ駄目なんだ。だからこそ、散々先人が言っているように厳しいだけにしないで、
歩み寄るコミュニケーションが大事なんだよ」
わかるわー。
すっげぇわかるー。
あたいの部署も新人がねー。
すっげぇ手がかかるのー。
「くっ……‘やってみせ、いって聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ’ってやつね……。
うぅ……忘れていたわ……。でもっ、でもぉっ……私はさとりのことを思って…………せっかくできた本好きな
……とも……ち……なんだか……うっ……らぁっ…………」
涙目で嗚咽を漏らしながら弁解するパチュリー。
彼女は口元がプルプルと振るえ、必死に泣くことを堪えていることが誰の目からしても明らかだった。
……ちょっと可哀想に思えてきた。
「あ、あのさパチュリー。さとり様も今は反発しちゃっているけどパチュリーの気持ちは伝わっているから。
何だかんだでさとり様はあのログを保存するぐらい、パチュリーとの触れ合いを大事にしているんだと思うよ。
だからそのまま真心を持って接していけばいつかはさとり様がパチュリーの言葉を素直に聞き入れる日が――」
「何よッ、同情何かいらないしっ、泣いてなんかないしっ、平気だし……私気にしてなんかないし――」
「キャーにとりったら素敵ー! 今すぐ結婚してー! 抱いてー! レズセックスしてー!」
「うわわわっ!? さとりっ、やめっ」
台無しだー。
これじゃあさとり様は反省しないで「自分を庇ってくれるにとりカッコイイ!」っていう考えに陥った駄目女じゃないかい。
「普段のさとり様だったらいくらなんでもこんな理不尽な思考回路はないはずで……そうか、にとりの洗脳装置!
アレのせいでにとりのやった事言った事全てにおけるさとり様の好感度の上がり方が半端なく上昇しているんだ!」
「……うぅっ、うっ、うわああああああああああああああああああああんっ!!!!」
自分が良かれと思ってやったことが裏目に出てしまった上に、目の前で親友(だと思っていた人)を寝取られてしまったパチュリー。
耐えてその場を後にすれば良かった彼女は、よりにもよって別の方法でこのストレスを解消してしまった。
自棄になったパチュリーはわんわんと大泣きしながらその場にへたり込み、その頭上に眩い光が降り注ぐ。
暴走する魔力によって自動発生したこれは召喚術!?
しかも感情が高ぶって勝手にサモンされるこれは――パニック召喚!?
何が出てくるのさ!?
ゲルニカとか出てきたら大惨事だぞ!
「お姉様あ~ん――ってあれ?」
「フランあ~ん――ってあら?」
「芳香私にもあ~んしてあ~ん――ってお燐じゃない。ハァイ元気~♪」
突然呼び出されたのは不幸中の幸いなことにゲルニカでもシルヴァーナでもなかったものの、よりにもよってこれまためんどくさそうな面々。
スカーレット姉妹と青娥だった。
◆
結局パチュリーはパニック召喚によって力を使い果たし、あるいは泣き疲れたようなので落ち着くまで取りあえず寝かしつけることにした。
一方こいし様はにとりに対してさとり様の寝取り洗脳を解く方法を早く思いつくように急かしているところだ。
そして当のあたいはというと、地霊殿のとある一室にてパチュリーの手で召喚された三人に事情を説明した。
さとり様がにとりの洗脳装置によって寝取られた。
だから何とかして欲しい、と。
「ふむふむなるほどね。大体わかった!」
「パチェの意思も噛んでいるのだったら聞かないわけにはいかないわね。ふふっ、でも悪魔の助けによる借りは高いわよ」
「わかったわお燐! 細かい趣味は合わないとはいえ、同じ死体愛好家同士力になるわ。この邪仙にお任せよ!」
スカーレット姉妹はドンと胸を叩きながら応じ、青娥はいい年こいてキラッと横ピースしながら自信満々に反応する。
この三人が召喚された時はどうなるかと思ったが、一応何だかんだで幻想郷でも上位の実力を持った面々だ。
こうして並んでいるところを見るとみると頼もしさを覚える。
……不安の方が大きいけど。
「さっそくだけどどうすればいいのか三人に聞きたいんだけど、さとり様を取り戻すためにはどうすればいいと思う?」
あたいの質問に対しハイッハイッと張り切って手を挙げたのは、座右の銘が‘命の限り好き勝手’こと青娥である。
スカーレット姉妹も不敵な笑みで「ククク」と笑っている辺り、何か考えがありそうだ。
取りあえず三人に意見を出してもらいながら話し合ってみよう。
「そうねお燐、こんな時は前も話したかもしれないけど、貴方がにとりを攻略するの。そうすればそれによってさとりも付いてくるって――」
「ん~、洗脳装置ってのが救いね。お姉様」
「そうねフラン。自分の意思だったらともかく、洗脳装置だったら穏健派たる私達的にはまだセーフだわ。
ねぇ燐、にとりはさとりに手を出したようだった? 性的な意味で」
「まだだよー」
「ふむふむ、それは行幸」
「例えるなら百合双子姉妹のうち片方を攻略することでシスコンなもう片方も着いてくるわ3Pよグヘヘ的な意味でねっ、
ふふふ邪仙の血が騒ぐわ。ねぇ、レミリアちゃんにフランドールちゃんもいい方法だと思わない?」
「じゃあ単純に大元の洗脳装置を破壊すればいいんじゃない?」
「いや、それが一度効果を発揮したら装置を壊しても駄目みたいなんだ。本人の体に永続的に作用するらしい」
「でねでねっ♪ そうやって着々と女の子達を手篭めにしてハーレムを――」
「中々厄介ね……。その手の場合は何か強いショックを物理的な意味で与えれば治るのが定石だけど……」
「無視しないでよぉっ!!」
ダン!!
話しているにもかかわらず蚊帳の外に置かれた青娥は涙目になりながら地団駄を踏む。
仙人になった後自分SGEEEしたくて日本に渡ってきたりしたエピソードにもあるように、自己愛がメチャ強いんだろうねー。
こうやって精神面でわかりやすい弱点あるのに、どうやって死神の精神攻撃を耐えて生き続けてきたのか疑問だよ。
格ゲーの体力ゲージが少なくなってくると根性値が働いていきなり固くなるキャラみたいな感じだったりするのかねぇ。
「ごめんよ青娥。ほら、まずは色んな人の話を聞いてみないとさ」
「火焔猫燐、何誰も居ないところに向かって喋ってるの?」
「ほらお燐今聞いた? 今この子あからさまに私のことを無視したわよね! 今時の小学生でもここまであからさまな苛めはしないわよ!
ねぇレミリア・スカーレットさん、聞いてるの? 妹さんだって何か言ってよ!」
「何か雑音が酷いねお姉様」
「妹の方まで!!? 私邪仙だけどまだ何も悪いことしてないのに!!?」
体をぷるぷると震えさせ、嗚咽を漏らしながら今にも大泣きしそうな青娥。
確かに長年生きてきてる者がこんな子供じみた嫌がらせを受けると、精神的にダメージが来るのは無理が無い。
「ね、ねぇスカーレット姉妹の二人とも。なんでそんなに青娥のことを嫌うのさ? 二人は何か青娥に恨みでもあるの?」
「恨みって何かしら? ねぇフラン」
「えぇ、そもそもソーダだか何だかわかんないけど、そんな名前私達しらないわよねお姉様」
「だったら何でよぉっ! 泣いてやる! いい歳こいて地面にゴロゴロ転がって大泣きしてやる!
スーパーでお母さんに欲しいものを買ってもらおうと縋る子供みたいに泣いてやる!」
「ヤメテ!」
おーよしよしと、あたいは青娥を宥める。
「二人ともさぁ、何でそんなに青娥を目の仇にするか教えて欲しいよ。理由がわからないと改善のしようがないよ」
あたいがそう言うとスカーレット姉妹は顔を合わせ、大きなため息を一つ吐き、そして眉間に皺を寄せながら青娥を糾弾した。
「「処女膜から声が出ていない!」」
「は?」
「「処女膜から声が出ていない! よってアレから発せられる音は全部雑音よ! だから聞く義務は無いの!」」
「ひっでぇ! マジひっでぇ!」
うん、流石のあたいも引くわー。
そんなことお構いなしにスカーレット姉妹は続ける。
「吸血鬼っていうのはね、処女の血を好むのよねフラン」
「そうねお姉様。処女の生き血こそがこの世でもっとも甘美な飲み物なのよね」
「え~と、つまり吸血鬼ってのは種族全体を通して処女厨ってことですかい」
「「その通り!!」」
いや、そんな誇らしげに言うようなことじゃないよね?
「ちなみに同じ処女スキーたるユニコーンとは盟友と書いてポンヨウと読むわ!」
「知ってる? あいつら実は最強の動物っていう逸話があるのよ。
今でも続きを待っている昔読んだ某ハイパーでハイブリッドなラノベに書いてたもの。
吸血鬼は夜の王、ユニコーンは最強の霊獣、すなわち処女厨こそが最強なのよ」
「………………」
何だろう、頭痛くなってきた。
こりゃあ確実に話が脱線するな。
「ちょっと! 何でよりにもよって私だけ除け者にされるのよ!
てか妖怪とか神とか長い間生きているから処女である方が珍しいに決まってるじゃない」
「「決まってなんかいない!」」
ビッ!
吸血鬼姉妹の持つ神槍と魔杖が青娥の喉元で止まる。
彼女達の持つあまりの剣幕に青娥はへなへなと、力なく腰を抜かす。
「幻想郷の乙女達は幻想‘少女’なんだよっ! ‘乙女’なんだよ!! 清らかな‘乙女’!この幻想郷の神はそう言ってる!
神の言うことに間違いは無い!」
「諏訪子とかも子孫いるからグレーゾーンだけど神だから無性生殖っていう可能性もあるよ! 神奈子とか依姫だって元ネタでは結婚してるけどあくまで元ネタだから、こっちもそうとは限らないよ!
だけどお前だけは‘少女’や‘乙女’って言うには無理があるだろうが! テキストで結婚と子持ち確定つまり乙女の可能性0の非処女!
おかん枠だったら許すけどお前はこっちに混ざって‘少女’面してんのが気に食わん!!」
「吸血鬼が神を語るなよ」
メタい発言やめい。
そんなことを言ったらあたいだって元野生動物で妖怪として長生きって言う時点で色々危ういじゃないか。
深く突っ込むことはやめておくけどさ。
「ちょっと待っとくれよスカーレットのお二人さん。そりゃあ青娥はお二人さんの趣味とは相容れない存在だろうさ。
でもさ、だからといってそうやって何でも否定するのは良くないよ。清らかな乙女が好きな程度だったら微笑ましいけど、
それを振りかざしたり他人を糾弾することに使うってのは何か違うと思う。人妻属性や経験豊富なお姉さん属性を持っていて、
幻想郷の女の子達にそれを求めている人だって大勢いるんだよ」
「知ってるわよそれぐらい。だからなるべく関わらないようにしようとしていたんじゃない」
「ちなみに過激派のユニコーンの奴だったら洗脳装置でもNGって言うぐらいの筋金入りよ。
あいつ幼稚園児相手でも『ユニコーン君好きー』っていう告白を本気で受け取って、
一年後に別の子と付き合ってるのを見ても『寝取られだこんちくしょおおおお!!』って嘆くから」
「……マジですかい」
誰だよ、ユニコーンのことを聖獣とか例えたやつは。
性獣の間違いじゃんか。
なんだかあの角が凄く卑猥な象徴に見えてきたよ。
「青娥。世の中には色んな人がいるから気にしないことだよ。誰にだって好かれる人なんて存在しないからさ」
「ふっ……ふふふ…………」
「青娥?」
「こうなったらこっちも女の子の趣味には五月蝿い主義主張を持つ奥の手を出させてもらうわ。さぁ、行きなさいヤンシャオグイ!」
「ちょっとせっうわぁっ!?」
青娥の懐から放たれるは邪符『ヤンシャオグイ』。
生まれ変わってもう一度母親の胎内に宿りたいという欲望を持った小鬼達だ。
「ヤンシャオグイ! 妊娠ネタ大好き腹ボテ属性の貴方達の手でその二人をハラボテスキーに開眼させてしまいなさい!」
口元に羽衣の袖を当ててフフフと邪悪に笑う青娥。
あ~、こういうところでやっぱり邪仙なんだろうなぁとしみじみ実感する。
そして放たれた三体のヤンシャオグイ達はスカーレット姉妹と向かい合う。
常識的に考えたらヤンシャオグイ達からすれば無理ゲーだ。
だって相手は処女厨とはいえ夜の王だし。
だけどスカーレット姉妹、特にレミリアは相手を見くびることなく、真剣そのものの眼差しでヤンシャオグイ達を見つめていた。
「………………」
《………………》
「………………」
《………………》
そしてレミリアとヤンシャオグイのうち一匹がすぐ傍まで近づいて――。
レミリアがゆっくりと口を開き――。
神託『処女受胎』
ギュッ! (握手)
グッ! (手を組む)
ゴッ! (正面から)
ガシッ! (上から)
ガシッ! (下から)
「何かわかりあってるー!? 日曜朝八時にやってる番組の友情の証なシェイクハンドやってるー!」
待て待て待てどうやった!?
ヤンシャオグイ今シェイクハンドどうやった!?
実体無いだろお前ら!?
「水と油のように決して混ざり合わない、有史以来争い続けた二つの勢力が分かり合える……。
私は産まれて始めて神に感謝するわこの争いは二千年前にはすでに終結していたのね」
《神様っていうのは本当に偉大だね……。ウチら腹ボテスキーとレミリア達処女厨、
二つの勢力の争いを止めさせるためにあんな誕生の仕方をしたのかもしれないね……》
「んなわけねーだろ」
しみじみとした様子で旧知の友同士のような空気を醸し出す処女厨な夜の王と腹ボテスキーな悪霊こと、レミリアとヤンシャオグイ。
何だろう、こいつらすっげぇ殴りたい。
そう思って妄想の中で三発ずつぐらい殴っていたその時のことだった。
「お姉様ったらわかってない。全然わかってないわ」
嘆息しながら姉の背中を蹴り飛ばすのは、なんと先ほどまで従順にしていたフランドールだった。
レミリアは妹の突然の狼藉にうろたえながら彼女のほうを向くが、当のフランドールはまるで汚物でも見るかのような視線を自らの姉に向けた。
「なっ、何をするのよフラン! 私は何も間違ってないじゃない!
膜を破らずに新しい命の誕生を行うなんてまさに神の所業といだだイタイイタイ痛いお願いだからヤメテぐりぐり攻撃やめておねが」
「膜の問題じゃねーんだよお姉様よぉ……。お姉様はアレかい? 膜さえ再生すればまた処女とかいう子供騙しを真に受けるタイプかい?」
「えとあのっ……フラン…………さん?」
「ハッ、一度破れた膜は二度と戻らねーんだよ。例え再生したとしてもそれは偽物なの。大切なのは処女じゃなくなったという事実。自分以外の誰かと行為に及んだという事実なの。孕まされたという事実なの。膜が無事であろうが、他人に孕まされた時点で処女なんてねーわ。そもそも処女性について一番大事なのは膜の有無じゃなくて乙女の一途な想いなわけ。精神的に浮気しないことなわけ。わかる?」
グリグリグリ。
姉の背中を踏みつけながら、やさぐれたフランドールはぶつくさぶつくさと文句を続けている。
あたいも、青娥も、ヤンシャオグイ達も、この場に居る全員がドン引きしていた。
「大体ねぇ、三次元に絶望したりもしくは最初から期待なんかしないで二次元に浸って、
『信じられるのは二次元だけ』なんて台詞を吐く奴っているじゃない。ハッ、ちゃんちゃらおかしいわよ、
世の中を知らない甘っちょろいチェリーボーイよ! 二次元なんて向こうは平気な顔でこっちを裏切ってくるわ!
寝取り要素のある地雷は言うまでもないし! 例えそれ単体が寝取られ要素のない作品であろうと安心なんて出来ない!
全国お姉ちゃん落としツアーやったら続編でいきなり主人公死んで続編主人公に傷心のヒロイン達を寝取られる恋愛ゲーはあるわ、
女の子三人の助手のいる探偵団な一般ゲーの続編が忘れた頃に何故かアダルトゲーになってうわあああなことになるわ、
製作者が後年血迷うことがないとは限らないのよ!」
ぜーはーぜーはーと、一気にまくし立てたフランドールは何か嫌なことを思い出したようで、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「だから私にとって、信じられるのはもはや自分の脳内のみなの……。
余分な情報をシャットアウトして私だけの為の理想の女の子を妄想する修行のために今も地下に篭ることを日課にしてるの……」
「吸血鬼は脳なんて下等な器官には頼らないんじゃねーのかオイ」
こいつ救えねー。
多分この世で一番しょうもない引き篭もりの理由だと思う。
「そこで私を主人公にした可憐で純情なメイデン達とのキャッキャウフフでドリーミングなオリジナル創作をしてるの……。
私の作ったオリキャラ女の子はね、ちょっとおませさんなところのある長い金髪の女の子で、私が他の子と仲良くなるとすぐに嫉妬して、
その他の子を色んな手段で陥れて私のことを振り向かせようとするような独占欲の強い子なのウフフッ。
最近修行したリアルシャドーのおかげで触れたと錯覚することが出来るようになって――」
もうやだこいつら。
頭痛がしてきたからこの場を離れようとすると、フランドールの脳内嫁の話を熱心に聴いている青娥がいた。
一体どうしたんだろう?
「あら面白そうじゃないその設定。じゃあ私はそれを元にしたNTR二次創作作るわ。寝取ってくるお相手は汚いおっさんがいいかしら?」
「やめろォォォォ!! 冗談抜きでそれだけはやめろォォォォォッッ!! 私の作品は二次創作禁止だこらぁぁぁ!! 」
どうやら青娥は先ほど盛大にディスられたことを相当根に持っていたようである。
そんな青娥の一言はフランドールの逆鱗に触れたらしい。
「それだけは絶対に許さねぇぇぇぇっ! どっかの世界一有名なネズミみたいに訴えて勝つぞオイ!! プレッツェルみたいな髪型してるくせにヨォ!!」
「私の頭にケチつけてムカつかせたヤツぁ何モンだろうーーーとゆるさねえ! このヘアースタイルがほんのり塩味で美味しそうだとォ?
上等よオラァァァッ! 出るとこ出てやろうじゃないのぉぉぉっ!!」
怒髪天を突き牙を立てながらフーッと威嚇するフランと、青筋を浮かべながら今にもリアルファイトせんと腕を捲くる青娥。
吸血鬼と邪仙の激しい戦いの火蓋は切って落とされた。
「…………こいつらにちょっとでも期待したあたいが馬鹿だったよ」
もう他人に頼らないで自分で解決しよう。
頭を抱えるカリスマガードで部屋の隅に身を縮ませるレミリアとヤンシャオグイ達の冥福を祈りながら、あたいは修羅場を後にした。
そろそろさとり様の部屋に戻ろう。
「それにしてもお空ときたら一体何をやっているんだい? さとり様のピンチだと言うのにどこをほっつき歩いているのさ」
まさかお空までにとりにNTRれてたりして。
ははは、いくらお空でもそこまで単純じゃないよね。
◆
「お空も私と一緒ににとりさんのお嫁さんになろうね~♪」
「なる~♪ さとり様と皆で一緒だね~♪」
「そうねお空、皆でにとりさんと仲良くしましょうねっ♪」
「ね~♪」
「NTRれたー!!?」
どうやらさっき青娥から聞いた、一人落としたら芋づる式にハーレムを作る理論はある意味間違っちゃいなかったらしい。
さとり様の言うことは基本的に素直に聞くお空。
どうやらにとりに洗脳されたさとり様に、更にお空が懐柔されたようだ。
つまりにとりにお空が寝取られた。
あぁお空。
あたいのお空。
大好きな、あたいの一番の友達。
ちょっと緩かったり暢気だったり調子に乗って問題起こすようなところがあるけど、根は凄く真面目で素直なお空。
あたい達はずっとずっと一緒だった……あたいが子猫でお空が雛の頃から、妖怪ですらなれない動物だった頃からずっと一緒だった。
過酷な野生生活を支えあって生きてきた……あたいはお空のことを何でも知ってるし、お空はあたいのことを何でも知っている。
そう、例えばお空はお風呂よりもシャワー派なんだっ。
長風呂は好まないくせに小まめに体を清潔に保つ烏の習性があるからこそ、手軽なシャワーが大好きなんだ。
そんなお空がシャワーに入る時、あたいはよく一緒に入るんだ。
お空はあんな長い髪をしていながら入浴後のケアはごしごしとタオルで拭くだけの無造作さゆえに髪を傷めてしまう、
だからこそあたいはお空の長い髪のケアをよくやってあげるし……そんときついでに狭いシャワー室によく一緒に入って……。
そんでお空のすらっとした長身モデル隊形でありながら出るところはたゆんたゆんに出て、
それでいながら自分の魅力には無自覚な天然さんだからこそあたいのちょっぴり過激なスキンシップにも無防備極まりなくて無知シチュがたまらなくてあああああっ!!
そんなあたいのお空があたい以外の誰かに手を出されてっ!!
しかも……しかも…………さとり様やこいし様だったらいざ知らず……よりにもよってあんなポッと出の河童なんかにNTRれて!!!
「よし殺す」
「ひゅっ!? 待ってよ! 私は何も悪くないよ! さとりが勝手にやっているだけだよ! 落ち着いてってばぁっ!」
「オーケーオーケーあたいは落ち着いてるよ正気だよショックなんて受けてないよホントだよハハハなぁにとり何とかしろよ
早くしないと河童巻きにして燃料にすんぞー♪ てか何とかしてもやるけどな♪」
怯えて身を縮ませるにとりに対し、あたいはまず逃げられないように足から封じようと笑顔でモモチをかます。
隣ではこいし様もにとりに執拗なローキックをかましている。
「悪い悪くないは問題じゃないんだよ。なぁにとり、結局さとり様とお空を元に戻す方法はわかったのかい?」
「痛いっ! やめっ! わかったよ! だからひぐっ! お願いだからモモチやめてよ! 地味に痛いんだってそれ!」
「じゃあどうするのさ、言ってごらんよさぁさぁ早く」
「じゃっ、じゃあいくよ。空~、こっち来て~」
するとにとりの野郎は馴れ馴れしくもお空を呼び、呼ばれたお空はきょとんとしながらこっちに飛んでくる。
「お空がどう関係するのさオイコラアァン?」
「ん~、まぁようするにさとりに対するこの手の洗脳を解くには古典的な方法として強いショックを与えるというものがあってだね、
さとりさえ正気に戻れば空も「にとりのお嫁さんになる~」なんて言い出さずに済むと思うんだ――」
「前置きはいいから早く教えてくれよ。結局どうこの事態に収拾をつけるのさなぁなぁなぁ」
「えとっそのっ、ようするにわかりやすく言うと――」
にとりは「私の苗字は今日から河城になるね~♪」と暢気なお空のすぐ傍まで寄ると、
そんな彼女の肩をな・れ・な・れ・し・・く・も抱きながら言った。
「爆発オチさ」
あと気付いてみればネテロもNTRか
だとしたら、よりにもよってオチは薔薇かい!?
水と油が融合した姿こそ美しいと感じる人の心の妙。
「どうやらあなたは私と異なる属性!」 と闘うざるを得ない
酷えけど面白かったですw
みんな欲望丸出しなのにあまり不快ではなかったです。
というか、後半は洗脳されっぱなしのさとりんが放置プレイじゃないですか
でも面白かった
>プレッツェルみたいな髪型
ここに限らず、いろいろと爆笑した
さとりとパチュリーのチャットはまるでここのことを風刺しているみたいでしたが悪い気はしませんでした。
スカーレット姉妹と青娥の絡みはもう駄目だこの人達と笑いつつ読みましたw
ラストのおりんにも若干やはり地底の妖怪だな~と思いつつ、定番の爆発オチでしめたなという印象です。
作品を投下する場所を間違えたんじゃないかと言う気がしなくもありませんが稀にはこんな話も許されざるよ!
なにが酷いって何もかもが酷い
オチまでばっちり酷い
燐空最高だよね!!