私、博麗霊夢は巫女である。それもただの巫女ではない、博麗の巫女だ。
博麗の巫女というのは、この世界──幻想郷、と呼ばれている──において重要な役割を担っているらしい。
主に外界とこの世界とを隔てる結界を管理したり、幻想郷の大事件──通称『異変』──を解決したりする。勘で。
妖怪をぶっ飛ばしたり、人間を懲らしめたりと色々やってきた私だが、何故だか妖怪と変な人間に好かれやすい。
別に普通の人間に好かれたいと思っている訳ではないので、構わないと言えばそうなのだが。でもやっぱり変なのの相手は疲れる。
その中でもとりわけ頭のねじがぶっとんでいるのが、妖怪の賢者の異名をもつらしい、八雲紫だ。
いや、その表現も正確ではない。なんとも言えぬ胡散臭さというのか、何を考えているのか分からない。
そんな彼女とも何度か協力しあった事はあるが、仲が良いかというとそれほどでもない。
だからと言って険悪というわけでもないのだ。なんとも、好きと嫌いの境界にあるのだ。奇妙な感覚である。
あえて言葉にするならば、好きだとか嫌いだとかを通り越してしまったようなものだろうか。
これを何と言い表せばよいのか、私には皆目見当がつかない。考える必要も無い事だから、真剣に考えることもない。
八雲紫と、ひょんなことから喧嘩になった。
「な、何を言っているのかしらこの巫女は──お茶にはようかんでしょう」
「いーいーえ! お茶とおせんべいの組み合わせこそが至高よ!」
夏を目前に控えた博麗神社の境内で、私たちはお茶に一番合うお菓子についての論争を繰り広げていた。
私は断固としたせんべい派である。あの醤油のしょっぱさと、海苔の風味。それに緑茶の苦味が何事にも変えがたい楽しみである。
一方紫は根っからのようかん派であった。なんでも、お茶の苦味がようかんの甘みを忘れさせるのが、非常にいい組み合わせなのだとか。
人には時として、ゆずれないものがある。私にとってこの意見は一歩も引けないものだった。
故に決闘。弾幕ごっこ。お互いが視線を絡める。紫は挑発するような、軽く見下すような視線をよこした。
……こっちこそ望む所!
お互いが空へと飛翔する。夏前の生温い空気がちょっとばかし気持ち悪いが、直ぐになれた。
視界が高度を得ると、幻想郷を一望できる。幻想郷は全体的に緑の色を持っていた。濃い薄い、明るい暗いの違いはあるが。
先ず目に入るのは山。夏が近づき、木々も深緑色を帯び始めている。魔法の森も同様。次に視界に入るのは、黄色の群れ。
太陽の丘。ひまわりの群れる場所。あの赤は紅魔館。その近くのあおは湖。どこまでも、幻想郷を眺める事が出来る。
私はこんな景色が好きだった。幻想郷をすきか、と問われるとちょっぴり悩むけど、やっぱりすきなのかも知れない。
空から眺める景色はもっと好きだ。そしてその景色を見ながらの弾幕ごっこも好き。お酒を飲むのはもっと好き。
空を飛ぶのも嫌いじゃあない。やっぱり、能力っていうのは私の本質みたいなものなのだろうか。なら紫の本質ってなんだろ。
「霊夢。私は五枚で結構よ」
「私も五枚。今日こそ吠え面かかせてやるわ」
一枚目のスペルカードを取り出す。今回はちゃっちゃと終わらせよう。
すけすけ☆みこさん~ポロリもあるよ!~
「んで、神社の境内に埋まってたってわけか。なかなかエキセントリックなやられ方だな」
「むー。速攻しかけようとして距離を詰めたら、そこに弾が置かれてるんだもん」
霧雨魔理沙。腐れ縁といってもいい友人の一人である。そして数少ない人間の友人でもある。が、正確はよろしくない。
私は魔理沙と、縁側に腰掛けて世間話をしていた。内容は主に弾幕ごっこ関係。私のやられ方についてだ。
紫との勝負、なんと五秒経たずに負けた。張り付きしようと思ったら、進行方向に弾があって、よけきれずにドカンだ。
さらに上部方向からの追撃。確か十発くらいは入っていた。衝撃のあまり、境内に埋まってしまうほどだ。
「これからは楽園のエキセントリックな巫女って名乗ったらどうだよ。大体合ってるし」
「合ってないわよ! うがー!」
軽い冗談である。多分。きっと。そうだといいなあ。
話題を転換する。
「そんで、魔理沙は何しに来たのよ」
「おぅ? 特に用事は無いぜ。強いて言うなら、お茶でも出してもらおうかと──」
「帰れ」
「つれない事は言うもんじゃない」
いつもこんな調子である。そしていつのまにか私はお茶を出してしまっているのだ。断りきれない自分が悪い。
それでさ──せんべいをつまみながら私はきいた。
「ん、なんだよ」
「紫をギャフンと言わせたいんだけど、いい方法ないかしらね」
むう、と険しい顔で魔理沙が腕を組んで考える。あの化け物をどうこうするなど、並大抵のことでは不可能だ。
べつに、そこまででなくともいい。だがせめてスペルカードルール下で勝つぐらいはしたいものだ。
最近、紫のスペルが抜けられなくなってきている。初めは抜けられたのだがどんどんと意地の悪いものになっているのだ。
それでいて決して抜けられないというわけでないのだから、これまた頭にくる。まるで挑発されているようだ。
「むむむ、そいつは難しい問題だな。私には難解すぎるぜ」
「いや、真面目に考えてないだけでしょ」
「ばれたか」
あはは──と私たちは乾いた声で笑い合って、
「ふざけんな──!」
魔理沙に陰陽玉を叩き込んだ。ちょっとやばい音が聞こえた気がするが、いつもこんな調子である。
……まあ、もし当たり所悪くても永遠亭に担ぎ込めば大丈夫よね。
意外と私はお気楽だといわれる。そんな自覚は無いのだが。みんなおかしいんじゃないだろうか。
※
「あっはっは。霊夢ぅ~」
「打ち所を間違えたかしら……」
それから大体一時間ほど後。魔理沙はちゃんと目覚めた。無事にとは言い難いが。まあ生きてるから大丈夫かな。
魔理沙の頭はすっかりイカレてしまったようだ。さっきからずっとこの調子である。やっぱり頼りにならない。
まあでも自分は悪くない。これくらいで壊れる魔理沙の頭が悪いのよ、きっとそうよ。そうに違いないわね! 自己完結した。
こういったパッパラパーな魔理沙は別段珍しいものでもない。元からこんなもんだし。多分。
それに毒のある茸をロクな鑑定もしないで食べるもんだから、それが毒キノコで頭がイカレることもある。
最近では笑い茸を食ったときとか。ああ、今の状況はそのときに似てるかも。ほとんど酔っ払いみたいなものだ。
厄介度はいっつも酔っ払い並みかしら──じゃあ紫はなんだ。体当たりしてくる雲かもしれない、つかみどころが無いし。
紫のことを考えていたらふつふつと怒りが込み上げてきた。何が、ようかんだ。せんべいが至高に決まっているじゃないか。
なぜならせんべいは投げると手裏剣にもなるから。
「ところでさ~霊夢~」
「何よ」
まだまだ魔理沙の症状は治らないようだが、どうにか意思疎通が出来るくらいには回復したようだ。
舌ったらずの言葉で彼女は続ける。
「おまえ、紫に勝ちたい~っていってただろ~」
「勝ちたいっていうか、ギャフンといわせたいの」
「おんなじだろぅ」
なんだろうか、語尾をのばされてゆっくりゆっくり話されると、妙にイライラする。会話のテンポが悪すぎるせいか。
もう一発殴れば元に戻るかしら。いやいやもっとおかしくなる可能性も否めない。ここはこらえてこらえて。
それでさぁ、と魔理沙が、
「あれさ~。むそうてんせいだっけ?」
「夢想天生ね。それがどうしたのよ」
夢想天生とは、私の究極奥義のようなもの。本来は名前など無かったのだが、魔理沙が勝手に名づけた。
不透明な透明人間のような状態になり、その上弾が相手を完全追尾する。自分の能力による所が大きい。
奥の手も奥の手だ。
「いやな~。アレを全力で使えば~紫でも勝てないんじゃないか~?」
一理ある。ちょこっとばかり卑怯ではないかとは思うが、怒ったところでどうにかなるし。
私の能力の一つ──『空を飛ぶ程度の能力』はあらゆるものから浮く程度の能力。
つまるところ、あらゆるものの干渉をすり抜けることが出来る能力だ。どんなものであろうと、だ。
「なるほどねぇ。魔理沙にしてはいい考えだわ」
「だろ~?」
うん、と笑顔で言って、もう一発陰陽玉を叩き込んだ。
ぐへぉっ!? と肺の中の空気を吐き出す音とともに、魔理沙が盛大に吹っ飛んだ。これでまともになるかしら。
それにしても、
……やっぱりイライラするわ。
※
次の日。博麗神社で私がいつものようにお茶をすすっていると、空間が紫色に割れた。
……来たわね。
裂けた空間の中から八雲紫が現れる。その口元には、いつものように余裕の笑みが浮かんでいた。
頭に来るほどに優雅な動作で境内におりたった彼女は、私の隣まで歩いてくる。
私の脇を見ると、少しだけ眉を寄せて、
「ようかんは無いの?」
「だーかーら。せんべいっつってんでしょうが。そもそもあんたに飲ませる茶は無い」
むう──と紫はつま先で石畳を小突いた。そんなことをしてもやらんものはやらん。
そもそも毎日毎日神社に遊びに来て、暇なのかこいつは。お茶ぐらい自分の家で飲めばいいのに。
私は半ばあきれを含んだ目で紫を見る。そんなことよりも、
「今日という今日こそは、あんたに吠え面かかせてやる!」
「あれ、なんだか聞き覚えのある台詞」
「うがー! そんなことを言ってられるのも今のうちだかんね!」
はいはい、と余裕綽々といった様子で紫が空に浮かび上がる。私も後を追った。
森よりも高い位置に辿り着き、視界の広くなる感覚。はるか遠くまでを一望できる。
幻想郷をその足元において、私たちは相対する。
「私は五枚」
「あっそ。余裕みたいね。んじゃあ私は──」
スペルカードを取り出し、
「一枚で」
紫の顔が驚愕に染まった。してやったり、と私は内心ほくそえむ。彼女のこういった顔は滅多に見れない。
が、驚きだった顔はどんどんと呆れのそれへ変わっていく。
「正気? 本気で言ってるなら、霊夢のほうが余裕なんじゃないの?」
「ま、始めてみればわかるでしょ」
風が吹く。乾いた風だが、軽く肌を撫でていくそれは心地よい。
二人の間に風が割って入る。夏も近い事を半強制的に教えてくれるそれだ。
はてさて、紫はこの風をどう感じているのか。私は悪くないとは思う。夜風ほどではないが。
ふと思った。
何事からも浮けば、この風すらもすり抜けるのだろうか、と。
「そっちからどうぞ? あなたの一枚を抜ければ私の勝ちですし」
「そ。じゃあお言葉に甘えるわ」
そして、
「本気の──夢想天生!」
※
とりあえず紫をこてんぱんにした。弾幕ごっこに負けた紫は私を見ることも無く、スキマを開いてどこかに行ってしまった。
私は勝利の優越感にひとしきりにやにやしてから、神社に戻った。いつもどおり賽銭箱の中を上から覗く。
今日は空だった。まあ当然か。そんな頻繁に参拝客が来るわけでもなし。客以外なら来るけど。
背後から声が来た。
「おーい」
ほら来た。噂をすればなんとやらだ。噂じゃないけど。
箒にまたがった白黒魔女がやってきた。いっつもいっつもお茶をせがんでは去っていく厄介者だ。参拝客とはとても呼べない。
ちょっとはお賽銭を入れていけ、と電波を送る日々であるが、彼女がそれに気付いたためしは無い。
まあ、彼女の考えのお陰で紫をギャフンと言わせられたのだし、茶の一つでも出してやってもいいかな。
私は溜息をついて振り向き、
「ああ、魔理沙──」
「おぉう、今日は留守みたいだな」
石畳におりたった彼女の第一声がソレだった。
はい?
「ちょっと、何ふざけてんのよ──」
「どこいったのかねえ、もしかすると異変か? なーんて」
魔理沙は箒に再度またがると、そのまま神社をあとにしてしまった。
……どういうこと?
未だに現状をつかめていない私の思考は混迷していた。どういうことなんだろう、私に気付かないとは考えにくいし。
もしかして、単なる悪ふざけなのか。昨日陰陽玉をぶつけまくったことをまだ根に持っているのかしら。
まあ、いいか。どういうことはそのうちわかるだろう。その時が来るまでお茶でものんで待っていればいい。
何気なく空を見上げると、緑の影が見えた。アレは、早苗か。分社の様子でも見にきたのか。
早苗はこちらに近づいて、着地した。そしてこっちの方を見ながら私の名を呼んだ。
「霊夢さーん?」
「なにやってんの、私ならここに居るわよ」
ガン無視された。なによこいつ、性格悪いわね。
彼女は東風谷早苗。守矢神社の風祝であり、さらに現人神でもあるらしい。このあいだ幻想郷に移り住んだ娘だ。
常識に縛られてはいけないんですね! とかいって喧嘩を売ってきた事もある。だいぶぶっ飛んだ少女である。
「あれ、居ないみたいですね」
「だから、私はここにいるっての」
どうやら彼女もこの悪戯に一枚噛んでいるようだ。なんだなんだ、二人して私を空気扱いか。
早苗は私に気付かぬ演技をしたまま神社を去ってしまった。そのうしろ姿をいらいらしながら見送る。
なんのよ、もう。こういう時にはお茶でも飲んで心を落ち着かせるに限るわ。
自室に戻り、戸棚から湯飲みとかを取り出そうとして異変に気付いた。
戸棚が上手く開けられないのだ。正確には取っ手が上手くつかめない。
「あれ? なんで開かないのよ! このっ!」
怒りに任せて戸棚を殴る。ああ、やってしまったなーと後悔して、目をつむった。
手がすり抜けた。
どうやら私は、何にも触れられなくなってしまったらしい。その上、二人の様子からすると人の目にも映らないようだ。
なんと厄介な事だ。恐らく、夢想天生をつかった時に本気でやりぎたのだろう。能力が絶賛発動中なのだ。
どうにかこうにかして、能力が解除できないかと試みたが、相変わらず腕はすり抜けるばかりだった。
……まあ、そのうちどうにかなるでしょ。
とりあえず、蒲団を敷くことも出来ないので、床に寝ようとした。
床もすり抜ける。ふわふわと浮きながら寝る事になった。
よく考えたら、地面に足がついていない気はしていたのだ。
※
そんな感じで二日過ぎた。結局能力は解除されないままだ。
おなかがすいたり、のどが渇いたりするかと思えばそんなことも無い。そういった常識からも『浮いて』いるのかな。
退屈だ。神社に人が来る事もない。というか、自室から出る事もほとんどないのでわからないのだが。
「もぅ、こんな調子じゃ退屈で死んじゃうわ!」
どこかに行こう。見えないから──いや、見えないからこそ色んなことが見れるかもしれない。
例えば誰かさんの赤裸々な姿とか。別に、同性の裸を見る趣味は持ち合わせていないが、暇つぶしとかにはなるだろう。
壁をすり抜けて、空に舞い上がった。風を感じることはない。
まずは紅魔館に向かった。湖の上を飛ぶが、誰も喧嘩を売ってくることは無い。
門の真上を堂堂と通り過ぎた。門番──名前は忘れた──が私に気付く事もない。なんとも間抜けなものだ。
紅魔館の中に、壁からお邪魔した。適当に館の内部を見てまわる事にした。そんなに面白いものは無かった。
壁ぬけで遊んでいると、広い部屋に出た。ながーい机の置いてある部屋だ。
レミリアと、咲夜と、パチュリーとが集まっていた。何かおしゃべりでもしてるのかしら。
近づいて聞き耳をたてた。レミリアの顔をつついたり、咲夜に目の前であかんべしたりして遊んだ。
「どうしたのレミィ、急に私を呼び出したりして。図書館で話せばいいのに」
「そうなんだけどね──」
どこか暗い口調だった。
「お嬢様、紅茶のお代わりはいかがですか」
「ああ、貰っとくよ」
レミリアが紅茶を一口のみ、溜息を吐いて、
「博麗霊夢が、行方不明なんだって」
「それは──本当なの?」
「ええ、あのスキマ妖怪から聞いたことだもん。きっと本当よ」
「私は、あの妖怪は少少信用しがたいかと思いますが」
そうねぇ──とレミリアが呟く。
「でも、あの表情をみたらそうも言ってられないわよ。そりゃあ演技かもしれないけど、霊夢に関することであいつが嘘をつくとは思えないし」
「……そう。それで、レミィはどうするの?」
「そりゃあ、探すわよ。パチェは魔法で図書館から探してね。咲夜は色々、聞き込みとかをお願い。私は運命をたどってみるから」
二人がそれぞれの返事を返すと、レミリアは納得したように頷く。
「それで、この事件が誰かの仕業だったらなんだけど──」
レミリアは見たことも無いほどに壮絶な、悪魔に相応しい表情を作って、
「そいつを見つけ出して殺す。私の手でね」
私は──。
私は紅魔館をあとにした。
※
次に向かったのは永遠亭。ここにはあんまり来たことが無いので、たのしみといえば楽しみだった。
色々と部屋を見て回る。妖怪兎がたくさんいるのが結構珍しかったが、触れる事が出来ないのは残念だった。
他にも、真っ白なへやとか、寝台が沢山置いてある部屋とか、わけのわからない液体が入ったビンだのが置いてある部屋があった。
結構面白い。特に薬をみるとこれまた面白いものがあったりする。効果がそのまま名前だったりするのが投げやりだ。
途中であのうどんなんちゃらとすれ違ったが、彼女も私に気付く事はなかった。予想できた事だ。
適当にふわふわと幽霊みたいに動き回っていたら、赤青の変な服のと、かぐやとかいうお姫様がお話していた。
しっかし、あのお姫様の服は売ると高そうだ。一着ぐらいもらえないものか。
「輝夜、あの巫女が行方不明になったらしいんですって」
「へえ、そうなの。まあ、私たちには関係のないことじゃない?」
それがねえ──面倒くさそうなようすで永琳が言った。
「彼女が居なくなると、結界の維持がどうのこうのと、面倒になるのよ」
「ふうん」
「他人事じゃないの。結界がなくなると月人に見つかるかもしれないじゃない」
「そりゃあめんどうね。でも私は動く気は無いわ。他の奴等が動くでしょ」
まあ、そうなんだけど。確かに輝夜の言う通りではある。今のところ、少なくともレミリアと紫が動いているみたいだし。
だから彼女達が動く必要はないっちゃあない。でも、自分がそんなに心配ではないって言われてるみたいでなんだか複雑だ。
ひっくり返せば、私を信頼している──と考えることも出来る。さすがにそれはこじつけか。
「でも永琳、そんなこと誰から聞いたのよ」
「ああ、あのスキマ妖怪がね、探してください~って。地に頭をこすり付ける勢いだったわよ。面白いものが見れたわ」
「なんで私に教えなかったのよ。私も見たかったわ、それ」
紫が、土下座? そんなことあるものなのだろうか。普段の彼女の様子からはそんなこと考えられない。
ちょっとだけ、紫が土下座している様を想像して、あまりの奇怪さに苦笑した。ちょっとばかし不気味すぎる。
さすがに彼女達の言を信じる事は出来なかった。というよりは、現実味がなさ過ぎるというべきか。
でも、もし本当なのだとしたら?
「…………ないわね」
彼女とは喧嘩をしたのだ。しかも私が一歩的に攻撃しまくる形の。喧嘩ともまた違うか。
ともあれ、そんな風に争いあう相手のために土下座までするなど、通常は考えられない。
だから私は彼女がそんなことをしたなどと、考えることもない。いや、信じられないと言い換えた方がいいか。
でも
本当なのだとしたら
私はどうするべきなのだろうか
私は
※
次に向かったのは白玉楼。冥界だ。結構ここには来ることがある。この前は雪がふってたりした。
白玉楼は純和風といったお屋敷。その庭に立派な桜を構える、風流なお屋敷だ。桜の名は西行妖と言ったかな。
西行妖は、咲くことが無い桜だ。理由は知らない。一回だけ八分咲きを見たが、大層綺麗だった印象がある。
ここでも壁抜けをしたりして遊んでいた。すると、縁側で魂魄妖夢と、その主の西行寺幽々子が団子を食べていた。
二人の傍らにはお茶。優雅な──いや、幽雅なひと時を楽しんでいるようである。私も団子が食べたいが、すり抜けるのが困る。
妖夢が、お茶をすすりながら幽々子に聞いた。
「幽々子様、先程は誰とお話を?」
「うん、紫が来ててね。なんか、霊夢がいなくなっちゃったって」
「博麗の巫女がですか!? 大事件じゃないですか!」
「そうね。確かに、大事件だわ。でも──あの巫女をどうこうできる奴なんていないのよね」
どういうことだろうか。私は首を傾げる。とりあえず紫ならどうこうできるだろうに。
「って、紫の受け売りだけどね」
「確かに、あの巫女をどうこうできる奴がいるようには思えませんが」
どうやら、彼女たちもその意味は知らないらしい。私は肩を落とした。
「それで、幽々子さまはどうされるんですか」
「どうって──」
「巫女捜索、ですよ」
ああ──幽々子が団子をほお張りながら答える。少し食べすぎじゃあないだろうか。
ごっくん、と団子を飲み込む。喉に詰まったのか、青い顔をしてお茶をのどに流し込む。妖夢の分まで。
ふう、と一息つくと。
「まあ、私に出来る事はないからね。せめて、生死の確認をするぐらいかな。閻魔様とかに聞いて」
「巫女は、死んだのでしょうか」
「少なくとも死んでないわ」
もう閻魔様に聞いたらしいからね、と幽々子は続ける。だれが、の部分は伏せていた。
多分紫だろう。そういえば、どこだかで紫は閻魔様が苦手だと聞いた覚えがある。本当かは知らない。
本当なのだとしたら、理解が出来ない。高々私ひとりのために彼女がここまで動くのか。
いや、私が博麗の巫女だから動くのか。そうだ、私だからではなく。私が、幻想郷において重要な位置を担うからなのだ。
「紫ね、泣いてた」
「あのスキマ妖怪でも泣くんですか」
ふふ、と亡霊は軽く笑う。
「紫って意外と繊細なのよ? 結構、ああ見えて人間的なの」
「そうでしょうか──」
「そうよ。博麗の巫女を大分可愛がってたわ。来るたび来るたび、あの子の話だもの。そんな霊夢が忽然と居なくなって、子供が迷子になった母親の気分でしょうね」
「あの胡散臭い妖怪が、ですか。私には想像できませんが」
それは、親友のみがしる紫の一面だろう。
「妖夢、藍知ってるでしょ?」
唐突に話題が変わり、妖夢は肩すかしを喰らったかのような表情をする。
そういえば、なんで私の服はぬげないんだろう。なんでもすり抜けるなら、服まですり抜けてもおかしくないのに。
服を脱いでみようかと試してみるが、服をつまむ事すら出来なかった。指がすり抜けた。
服を着ているのに、触れる事はできない。なんだか理不尽だ。
「はあ、知ってます」
「あの藍を──式を組んだ時ね、そりゃあ凄かったわよ。毎日毎日べったりして、親馬鹿かってくらい」
藍。あの尻尾の多い狐妖怪のことか。あいつはあんまり人間味ってのにかけてる気がしないでもないけど。
あいつが生まれたときっていうと、大分昔だろうか。それほどまでの昔が想像できなかった。
そんな昔に、紫が藍にべったりと世話をしていた? 考え難いし、想像も出来ないが──本当のことなのだろう。
「霊夢にもおんなじ感情を抱いてるんでしょうね。私はよくわかんないけど、母親みたいなもんでしょ」
「そんなものなんですか?」
「そんなもの、よ。──あ、妖夢。団子おかわり」
「って、私の分まで食べてるじゃないですかー!」
二人分の談笑を背中に、私は白玉楼を発った。
※
神社に帰ってきた。日はすっかり傾いて、もうすぐ山の陰に隠れようとしていた。
空は少少薄黒い青。夜が近い事を否応なく意識させようとする、そんな色だった。どこか気分の沈む色だ。
ふわふわ、と浮かびながら神社に帰ってみると、境内に紫が立っていた。立ちつくしていた。
「なーにやってんの」
なんでもない調子で声をかけてみるが、気付く様子はない。聞こえていないのか。駄目、か。
紫は空を見つめている。青くなりつつある空を。妖の支配下に置かれつつある空を、ただ見つめていた。
その瞳から何か読み取れる色はないか、と思って私は彼女を凝視するが、相変わらず何も読み取れなかった。
はあ。溜息がもれる。人に気付かれない事がこんなにも寂しいものだとは思わなかった。もっと気楽かとおもったのに。
他人を厭うことなく、自分の思うように行動する。でもそれは、同時に他人から何もしてもらえない事でもある。
他者と触れられない。この世界に生きていく以上は不可能だ。私を除いて。もしかすると他にもいるかもしれないけれど。
同じような境遇のものが居たところで、そいつと私が触れ合えなきゃ意味が無いじゃないか。そもそも居ないけど。
紫が目を伏せた。何を考えているのだろう。なにを思っているのだろう。どう感じているのかな。
私が居なくなってどうなのだろう。せいせいする? それとも面倒くさい? それとも──。
「どうだったの?」
不意に、声がかけられる。それは私に対するものではない。
いつの間にか、境内には人影が一人分増えていた。小さな影に、ねじくれた二本の角。伊吹萃香だ。
萃香は鳥居の上に腰掛けている。いつもとは違う、平坦な声で紫に答えた。
「霧になって幻想郷中を探してみたが──みつからないねぇ」
「そう。ありがとう」
礼を言われるほどのことじゃあない──萃香は瓢箪から酒をのむ。酔っては居ないようだ。
ぽたぽた、と零れた分の酒が地面で爆ぜる。爆ぜた酒は石畳を濡らす。まるで涙が落ちた後のように。
萃香が何気ない口調で言った。
「もしかすると、『外』かも」
「それはありえませんわ。結界を越えたものはいませんもの」
「そーか」
沈黙が肌に突き刺さるような痛みをくれる。耐え難い雰囲気、というやつだろうか。
「紫、霊夢はどういう状況でいなくなったんだい」
「それは──」
思い出すように、その瞬間を何度も思い返し、反芻し、確かめるように間をおく。
伏せていた目を開いて答える。
「弾幕をね。やってたら、夢想天生だーって。その次の瞬間には居なかった」
「え……?」
私は思わず聞き返してしまう。無意味だというのに。
つまり。彼女をぼこぼこにしたつもりが、実はソレができていなかったのか?
弾をうちまくったつもりが、当たってなかったのか? それどころか、見えていない?
「なあんだ」
べつに、私が紫に気負うことなど何も無いんじゃないか。ごめんとか、謝る必要もないんだ。
ひょっこり顔を出してみれば、ちょっとは怒られるかもだけど、それでも心配してくれるんだ。
ちょっとばかり説教を喰らって、でもいっつもの通りに話が終わって、皆で宴会なんかして、次の日には元通り。
魔理沙はちゃっかりお酒を飲みまくって、萃香は何時もどおりの調子で、幽々子はご飯を食べまくって、妖夢がおろおろしてて。
レミリアは何故かワインのんで、咲夜はそんなレミリアのかたわらに突っ立ってて。パチュリーと美鈴は参加してたかな。
輝夜とか永琳とかもいつのまにか来てて、なのに独自のグループだけで楽しんでいたり。
他にも早苗とかも来るかもしれないわね。他にも、地底のやつらとか、春の時のやつらとかも──。
でも、そんなことがもしかすると、もう出来ないんだ。
「霊夢──」
紫が呟いた。萃香は黙りこくっている。
「紫は、私が心配なの──?」
答えはなかった。でも、答えの代わりに言葉が続く。
「どこにいったの──霊夢」
ぽろり。
涙のおちるおとだった。
萃香はもう居なかった。彼女なりの気遣いなのだろう。
紫の嗚咽だけが、神社に響く。
「私は──ここにいるのに」
私だって、悲しい。
「なのに、なんであんたは気付いてくれないのよ!」
頭を殴ろうとしても、腕はすりぬける。
気付いてもらおうとしても、言葉もすりぬける
思いすら、すり抜ける。
すれ違いすらしない。それどころか、正面から抱き合うかたちのおもいだ。
でも、どんな風に伝えようとしても通じることは無い。
私は──。
私は
二人分の嗚咽が響いた。
長く長く泣いた後に一つだけ、方法が思い浮かんだ。
私の能力、『空を飛ぶ程度の能力』を使い、それ自身の影響からも抜け出すのだ。
でもこれは下手をすると、何もかもから遮断されてしまう危険がある。本当に、すべてをすりぬける危険が。
だけど、現状を打破できるかもしれない唯一の方法だ。
紫は未だ泣いている。辺りはすっかり暗くなってしまった。
私は、きこえるはずもないのに、紫に言った。
「やるわよ」
それだけ言って、
「夢想──……」
逡巡。迷いが生まれて、しかしそれを振り切るように叫んだ。
「──天生!」
次の瞬間、視界が真っ白になった。
※
鳥のなく声がきこえる。朝特有の冷たい空気が、目覚ましがわりになってくれる。
うぅん、とだらしのない声をあげて、私は覚醒する。今、何時だろうか。
目をこすりながら身体を起こして周囲を眺めると、違和感があった。
……あれ、こんなところに置物あったっけ?
私のとなりに、紫色の置物があった。
紫だった。
「って、なんで私の家に紫がいるのよ!」
ぇう? といつもの彼女に似つかわしくない声とともに、紫が起きた。
右、左、と周囲を確認してここが私の家である事を認識する。
そして、私に胡散臭く微笑むと、
「──ゆうべはたのしかったわね?」
「ね? じゃないでしょーが! うがー!」
数十分ほど喧嘩して、朝ごはんの準備となった。なぜかちゃっかり紫も居座っている。
まあ、紫が準備を手伝ってくれたお陰で早く終わったからいいかな。彼女が料理できるなんて意外だった。
……それも、結構おいしいでやんの。
つまみ食いしたことはないしょだ。
「ところでさー。今朝、いやーな夢見たのよ」
「ふぅん、どんな夢かしら?」
朝食。ご飯の盛られたおわんを片手に、もう片方の手でおかずをつつきながらの会話。
あ、味噌汁おいしい。やっぱり紫って料理うまいのかしら。意外も意外ね。
「いやさー。私が夢想天生ぶっぱしたら、誰からもみえないし声も聞こえなくなっちゃって」
「それは難儀でしたわねー」
あははー、と笑いあう。彼女と笑いあうことなどあまり無い。
実は起きたとき泣いちゃったのもないしょ。
おいしい。誰かと食べる朝食なんてどれくらいぶりだろうか。
「本当に夢だったのかなー」
「ん? どうしたの、霊夢」
「いや──」
思えば、アレは本当に夢だったのだろうか。あまりにもリアルすぎるだろう。
むしろ冷静に考えてみればこっちのほうが夢のようだ。都合が良すぎるというか。
……まさか、ね。
そんなことは無いだろう。夢は夢、現実は現実で、私はここに立っているのだから。
覚めない夢などないという。では、現実は決してさめないのだろうか。考えたってわかるわけないか。
私は、夢も現実も一つの世界なんだと思う。この世界だって、誰かの見ている夢の様なものなのかもしれない。
それに、幻想郷そのものが外の世界から見たら夢のようなものだもの。
だから、あんな世界だってあったんじゃないかな。そう思う。
そして、夢がさめたってその世界はきっと続くんだ。生まれたものは、自分の足で歩き出すんだ。
だからきっと。私たちは毎日『世界』を作り出しているんだろうと思う。
「本当に、夢だったのかしらって、ね」
「夢と現の境界、ね?」
ふふ、と紫は笑って、
「苦労したのよ?」
……え?
「もう、あんなことはしないように。いいわね?」
どういう意味か、一瞬分からなかったが、まあいいかと思考を放棄する。
どうやったのかはしらないが、紫が何とかしてくれたんだろう。私のためになにかしてくれたんだ。
いまはそれに感謝すればいい。これから、どんな異変があるのかな、とかそんなことを考えながら。
「わかったわよー」
ちょっと気だるさを演出しながら言った。
このてんぷらおいしいわね。って、朝からてんぷらって。なーんて他愛も無い事でもいいし。
紫とこれからどうやって接していこうか、なんてちょっとばかり真剣になってみてもいい。
でも、どんなことを考えていても、伝えられなくちゃ意味がない。ソレをきく誰かが居ないと意味がない。
そして、感謝の気持ちを伝えたいのならば、
「……ありがと」
「うん? なにか言った?」
「何でも無いわよばかぁっ!」
「馬鹿とはなによ、馬鹿とは! ……やっぱりあなたとは、白黒はっきり──ごほん。決着をつけないといけないわね」
「望む所よ!」
うがー! とにらみ合って、私たちはふきだした。
「──今日は、止めとこうかしら」
「そうね、それが上策ね」
私たちは朝食を再開する。
にらみ合う事はあるかもしれない。でも、気付かないことは無い。
口汚くののしりあう事だってあるかもしれない。でも、聞こえないなんてことはない。
思いがぶつかり合う事や、すれ違うことだってあるかもしれない。でも、すりぬけるなんてことはない。
もう、すりぬけることなんてないんだ。
「ふぇぇ」
「ちょ、いきなり泣き出さないでよ霊夢!」
「だってぇぇ」
朝から、涙がぽろり。
でも、これはきっと嬉し涙。多分。きっと。そうだったらいいな。
すけすけみこさんの、そんなあたたかい一日でした。
─了─
…この世は夢か現かなんて誰にも分かりませんが、好きな人や家族と食べる朝食はおいしいもんです。
例え朝から天ぷらでもねw
これは深い!
ラストで勢いが落ちた感じがしてしまったのだけが残念。
でも、楽しませて頂きました!
>巫女さんの白衣
襦袢→透ける
白衣→厚手だと透けない、薄手だと透ける
襦袢+白衣で着るので普通は透けないらしいです(´・ω・`)
霊夢の服はどうだろう
しかしあとがきで余計なんか寂しくなっちゃったなわ。もし後者ならわっちは泣く。