Coolier - 新生・東方創想話

REDRUM!REDRUM!REDRUM!LOVE!

2012/12/01 07:03:02
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 妖怪・紅美鈴。
 私のことである。人食い妖怪をやっている。
 昔は大仰な二つ名で呼ばれたりもしたがこっぱずかしいので忘れたいと願う一般的な妖怪だ。
 趣味は読書と昼寝。アクションマンガが特に好きである。
 特技は拳法と立ったまま寝れること。特に流派は無い。我流である。立ったまま寝るのも。
 嫌いなものは剣呑なこと全般。平和を愛する極々平凡な妖怪だ。鳩とか大好き。美味しいから。
 平和。
 平和。
 平和。
 平和は素晴らしい。愛してる。大好き。食べちゃいたい。
 つまるところ紅美鈴という妖怪は普通の妖怪である。一般的、平凡、普通。そう類されるメンタリティを以て平和に生きている。鳩のように無害で鳩のように人間を食べたいと願う極々当たり前の妖怪。職業もさる高貴なお方の屋敷で門番をやっているという平凡さ。まあボディガードっていう職業にまで平凡さを求めるのは欲張り過ぎかなあ。ちょっとは逸脱してるかもしれないと妥協しておこう。普通さには寛容も必要だ。
 そんなわけで門の前に立ち門番として職務を全うしているとおなかが鳴った。
 お昼時である。平和でいたい。普通でいたい。一気に気が重くなる。
 お昼ごはん、楽しみですよ? 仙人じゃないんだから断食とかぜってーしないし。したいと思ったことなんて生まれてこの方一回も半回も無いし。半回ってなんだ。
 だから嫌なのはお昼ごはんじゃない。お昼ごはんと共に現れる剣呑だ。
 私は平和を愛して剣呑を厭う一般的で平凡で普通な妖怪だから。
「お疲れ様」
 来た。
「今日のメニューは特製クラブハウスサンドよ」
 銀のお盆に鎮座するのは見ただけで美味いとわかるサンドイッチ。
 それを片手に持ち、もう片方の手には水筒を下げているのは人間――人間である。
 この、正真正銘人外しかいない悪魔の館に住むただ一人の人間。
 そして数多の使用人たちの頂点に君臨するメイド長――
 十六夜咲夜。
 この人間が、妖怪である私にとっての剣呑の象徴であった。
「わ、わぁい美味しそうだー……」
 声が引き攣ったー。あはは警戒してるのモロバレじゃないの。
 だのに、咲夜さんは青い眼を細めただけで笑顔を崩しもしなかった。
 あー、見逃してくれたりなんか――目の開け具合が違う。
 ぎんっ、ぎんっ、ぎんっ。
 思考するよりも速く動いた両手が三本のナイフを掴み取っていた。
 投擲された――否これは前座に過ぎない彼女が魅せるプリマはこんなものじゃない――瞬間、彼女の手からお盆も水筒も消えて――目で追うなソレは囮ですらない――飛び込んでくる恋人を迎えるように両手を広げた彼女から、二十八本のナイフが一斉に投擲された。
 距離は殆ど無い。先に掴み取ったナイフを捨てる間も無い。の、なら。
 ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎんっ。
 二十八本プラス三本のナイフ。全てを指で挟んで受け止めた。
 ――いや、挟み切れないってば。指の付け根ぎっちぎちになってんだって。
 なんて、落涙してる暇も無い。受け止めたナイフを全て捨てるのに一秒もかからず。
 目の前に迫っていた大振りのナイフを――真剣白刃取り。
 ぱきんと高い音を立てるナイフは、銀製だった。
 銀は悪魔を焼く猛毒。
 されど私は悪魔ではない。
 あくまで――普通の人食い妖怪である。吸血鬼殺しの毒は、効かない。
「折れちゃった」
「……お高かったりします?」
「さあ? 私が作ったから値段はわからないわね」
 よかった。彼女は弁償を迫ったりしないだろうけど、それでも値の張る代物を壊したりなんかしたらなんつーかこう、心にダメージを負うから。小者っぽいなあ私。いや小者なんだけどさ。
 てーか銀なんて柔らかい素材で作るなよー。そりゃ折れるよー。もっと頑丈なので……こられたら困るけどさ! 柔い武器の方がすぐ壊せてノーゲームにしやすくて助かるけどさ! あれ? もしかして一応気を遣ってくれてる?
「魔術的に強化してあるのに」
「気で圧殺して圧し折りました」
「流石ねぇ」
 気のせいだった。気を遣ってなんかくれてなかった。
 ガチじゃん。ガチで殺せる武器じゃん。はははなにこのメイドパないわ。
 あー。ビビり過ぎてキャラブレまくってんな私。落ち着こう落ち着こう。
 今日の本命は銀のナイフで刺殺、だったみたいで追撃来ないんだし。
 ん――まわりに捨てた筈の三十一本のナイフが消えてる。
「流石よね美鈴」
 いつの間にか、咲夜さんはサンドイッチの乗せられたお盆を再び手にしていた。
 時間を止めてナイフを回収、お盆を持ってきた――のか。
 十六夜咲夜は時を操る人間だ――そんなの、彼女の剣呑さに比べればどうでもよいことなのだけど。
 よくはないか。さっき、攻撃に気づけたのはコマ落としのように目の開き具合が変わったからだ。
 きっと時間を止めて、不意討ちとして、前座として、殺人開始の合図として、ノーモーションの演出をしたナイフ投擲。しかし、いくら剣呑の象徴とはいえ彼女は人間である。微動だにしないなんて不可能。時を止めても彼女は動けるのだから――動いてしまうのだから。それで彼女の様子がおかしいと気づけて、攻撃に対処できたのだし……うーん。やっぱ、もうどうでもよくない? この能力があろうがなかろうが咲夜さんが私を殺そうとするのは変わんないんだしー。
「本当に――すごいわ、美鈴」
 咲夜さんの声に、熱が籠っていた。
 ぎょっとして彼女に視線を向ける――彼女は笑っている。
「殺人鬼相手に圧殺なんて。圧して殺すなんて。素敵じゃない」
 楽しそうに、人間のように、少女のように、可憐な笑み。
 一片の邪気も混じらない、可愛らしい、笑み。
「また殺せなかった……ふふ、次が今から待ち遠しいわ」
「は、はは……お手柔らかに」
「待っててね美鈴。次の仕込みはこんなものじゃ済まさないから」
 待ちたくない。想像もしたくない。これより上ってどうなるのよ。
 お手柔らかにってお願いスルーされてるし。
「それじゃ楽しいランチタイムを――ああそうそう」
 え、まさか気が変わって今から『次』をやろうってんじゃ、
「水筒のコーヒー、あなたの注文通りチコリブレンドにしておいたから」
 ん。あ、門の裏のサイドテーブルにお盆と水筒が置かれてる。
 そちらに目を向けた隙に、咲夜さんの姿は消えていた。
 館の中に帰ったのだろう――時間を止めて。
 まったく、なんでもかんでも仕事が早いんだから。
「あー」
 コーヒーのお礼言いそびれたな。
 なんて、あっさり思考を切り換えれる程度には――こんなことが日常茶飯事だった。
 殺し合いが。殺しが。殺人行為が。私にとっての、日常。
 妖怪である紅美鈴にとっても、異常な、日常。

 ――――さて、なんでこんな異常な日常を送る羽目になったのか回想しよう。
 愚痴代わりに吐き出せば私の心の平静を取り戻すのに役立ってくれるだろうと期待したいから。
 異常の供給過多で、日常の需要は全然満たされてないのだけれど。





 咲夜さんは生粋の殺人鬼だ。
 妖怪の私が人間を鬼呼ばわりするのはどうかと思われるだろうが事実だからしょうがない。
 喧嘩好きとも違う、殺したがりとも違う、嗜虐趣味とも違う、人間という種のエラーとしか言えない変異種。人間の変態。異常者の最高位。彼女曰く、「気づいたら殺してしまっている」らしい危険極まりない徹底した完成したアブノーマルの純血種。知識としてはあってもおおよそ普通に生きていたらまず経験しないカテゴリー。理解できない。理解不能だ。どういう精神構造をしてればそんなことになるのか、そんな状態で生きられるのかまったく理解できない。理解できるのは彼女が「そういうもの」であるということだけだ。正真正銘の人外である妖怪、紅美鈴でもその程度。裏を返せばそれはつまり、彼女が人間である証左だということなのだろう。妖怪に人間は理解できないし、人間に妖怪は理解できない。彼女は純血の人間であり、だから純血の妖怪である私には理解できない。十六夜咲夜は人間が人間のまま変異した妖怪ではない鬼だ――殺人鬼だ。
 きっと彼女の理解者となれるのは我が主であるレミリア・スカーレットくらいであろう。
 レミリアお嬢様は吸血鬼。それも純血なる真祖の吸血鬼。並ぶもののない高貴なる悪魔。
 悪魔は人間に優しいものだ。それ故に人間を心底理解できるのだろう。
 それでも――と思う。それでも咲夜さんを理解できるのはお嬢様だけだろうと思う。
 他の悪魔では無理だ。人間から外れながらも人間である殺人鬼なんて、理解できない。
 レミリアお嬢様だけが、吸血鬼だけが、殺人鬼の理解者になれるんだろう。
 吸血鬼の忠実なるしもべは殺人鬼。流血で繋がる鬼の絆――である。
 私は人食い妖怪。鬼ではない。吸血鬼でも殺人鬼でもない私に十六夜咲夜はわからない。
 それを知ったのは、頭じゃなくこの体全てで理解したのは、びっくりすることに初対面の時だった。
 さて回想シーン。


 最初に、違和感を覚えた。


 はじめまして――それが最初の言葉だったと思う。
 通した覚えもないのに門の内から、館の中から現れたという驚きに聞き逃したのかもしれない。それとも強烈な違和感に掻き消されたのか。人間がこの悪魔の館にいること自体おかしいのだし――まあ、どうでもいいことだ。その後を考えれば枝葉末節に等しい事柄。深く考える必要はあるまい。
 ともあれ、そんな風に、穏便に始まった。
 主とは色合いの違う銀の髪、夏の空よりも濃い青い瞳。そんな外見で、十六夜咲夜と名乗られたのでひどくちぐはぐな人物だと思ったことを覚えている。名づけたのはレミリアお嬢様だと聞き、ああそれならと納得するまでこの西洋人は何を言ってるんだと首を傾げっぱなしだった。東洋出身とはいえ、私も言うほど東洋人らしい外見ではないが――どちらかといえば胡人――よりもさらに西の、西洋人とさえ言える外見ではあるのだが――彼女にいたっては、完全に西洋人であった。その鮮やかな銀髪碧眼は言うに及ばず、肌の色、顔だちから体型――細さが際立ったが異常と言えるほどでもない――まで全てが全て東洋に無いもので構成されていた。それが、十六夜咲夜。極東の島国の言葉で名乗るとか意味がわからない。地球の裏側じゃないか。本当に、お嬢様のぶっとんだセンスで名づけられたと言われなきゃ混乱しっぱなしだったろう。
 一つの疑問が解消されると次の疑問が湧き出てくる。
 何故館の中から出てきたのか。通した覚えないんだけど、と問えば彼女はごめんなさい、門番であるあなたを困らせちゃったわねと悪戯っぽく笑って答えた。ちょっとした手品が使えて、それであなたに気づかれないように侵入ったのよ、と。
 到底納得できる答えではなかった。手品如きで誤魔化されるほど抜けてはいない。何かを隠して――手の内は明かさないつもり、か。流石にそれを責めるつもりはなかった。人間がこの悪魔の館で全てをさらけ出すなんて自殺行為だ。自衛として当然の警戒。お嬢様から名を授けられたと言うからにはこの館で働くつもりなのだろうしこれからを考えれば簡単に死んでしまう人間として必要不可欠な用心深さである。
 多少の頼もしさを感じながら、ここで働くの? と一応の確認。
 それに彼女は笑顔で応じた。ええよろしくね。それであなたの名はなんというのかしら?
 名乗っていなかったことを思い出し、紅美鈴だと答える。
「改めて、よろしくね、美鈴」
 いきなり、だ。
 何の前触れもなかった。
 私が彼女を怒らせたとか、気に障ることを言ったとか、そんなスイッチはどこにもなかった。
 予備動作さえなく、笑顔のままで、平和に会話を交わしながら、彼女は私の首を掻き切ろうとした。
 ばきりと、破滅的な音が響く。
「――――あら」
 手を振り上げてナイフを弾く、腕ごと受け流す、手首を犠牲にする、刃を掴む。
 それら全てが間に合わなかった。
 だからわざと顔をナイフに突っ込ませ、歯で刃を受け止めた。
 ――噛んで、止めた。
「何を食べればそんな歯になるのかしら? ……柄が壊れちゃったじゃない」
 前屈みになっていた体を起こす――受け止めたナイフを吐き出す。私の口からも、彼女の手からも、正確に言えば彼女の手にしたナイフのグリップからも刃は落ちた。
 私の歯の頑丈さ以前に、彼女は、初対面で挨拶中だった女は、そんな勢いでナイフを振るったのだ。受け止められたらナイフがぶっ壊れるような勢いで、これからよろしくと言った相手に振るった。これが私じゃなければ、首が切り落とされていてもおかしくない力で、この女は。
「――コツは人間を食べることよ」
 言いながら、気づく。
 違和感の正体に。
 巨大過ぎて濃密過ぎて気づけなかった。
 人間がこの館にとか、いつの間にか侵入されていたとか、関係なかった。
 たった一つの理由。この女、最初から、殺気を隠そうともしていなかったのだ。
 にこにこと、笑いながら、握手を求めながら、全身全霊とさえ言える殺意をぶつけていた。
 莫大で、膨大で、途方もない殺意――殺気が人間の皮を被っているとさえ言える強大な殺意。人間? これが人間だって? こんな人間があっていいのか? 存在していいのか? これを、人間と言えるのか?
「人食いの化け物なのね」
 どっちが、化け物だというんだ。
 腕力は――見た目を裏切るものじゃない。彼女の腕の細さからすれば驚異的ではあったが、技術でなんとかなる程度の力だった。攻撃方法も、ナイフで斬りつけるという至極真っ当な人間らしい手段。
 だが、肉体的には人間でも、とても人間とは思えない。
 人食いだと告白した私を欠片も恐れていない。人外の片鱗を見せたナイフの受けに何の衝撃も受けていない。怪物をまるで恐れない人間など――存在するのか?
 化け物は私の方なのに、この人間が……得体の知れないなにかとしか、思えなかった。
 十六夜咲夜は――化け物にしか、見えなかった。
「うふふ」
 びくりと後ずさる。
 攻撃手段がナイフなら下手に間合いを取るのは愚策だが体が勝手に動いた。
 鍛え上げた体が、勝手に逃走を選択した。
「すごいわ――素晴らしいわ美鈴」
 逃げたい。逃げたい。逃げ出したい。
 体だけじゃなく、頭でも逃走を求めている。
 人食いの化け物が、人間から逃げたがっている。
「こんなにも殺せない相手なんて初めて。躱せないナイフを歯で受け止めるなんて考えもしなかった。それを可能とする身体能力、一瞬も迷わず自らナイフに顔を突っ込む度胸、なにより無傷で済ませる唯一の正解をあっさりと引き出したそのセンス。殺せなくて殺せなくて殺せなくて殺せなくて殺せなくて殺せなくて殺せなくて殺せなくて殺せなくて――九回殺したいくらい殺せないなんて、素敵よ美鈴」
 ぞっとするほどに、可愛らしい笑み。
 頬を紅潮させて、眼を潤ませて、まるで恋に恋する純朴な少女のように。
 この人間じゃない人間は、笑っている。
「うん? 殺したい? ああ、そうね、そうかもね」
「なに、言って――」
「きっとね」
 深まる笑み。
 そこには、目に映るだけの姿には、恐ろしさなんて微塵も感じない。
 ただ美しいだけ。ただ愛くるしいだけ。凶器も狂気も欠片も見えない。
 外見と内面が恐ろしいほどに釣り合っていない――それが、こわい。
「私、あなたを殺したいんだわ」
 恥じらう乙女の顔で、言った。
 まるで意味がわからない。
 悪酔いしたように頭の中がぐらぐらと揺れてしまう。
 この女、何を言ってるんだ? そんな、まるで、愛の告白をするかのような……
「美鈴」
 頬を、撫でられていた。
 また――何をされたのか、理解できない。
 それなりの距離があったのに、ばりばりに警戒してる私が、何もできずに。
 零距離。いつでも私を殺せるところに、女は立っている。
「きっと私はあなた以外殺さない」
 だから。
 なんでそんなに。
 嬉しそうに。
 熱を籠めた声で。
「また殺させてね美鈴」
 そう言って――十六夜咲夜は私から離れ、紅魔館の中へと去って行った。


 回想終わり。
 とんでもねえ。
 素直に怖え。疲れてもないのに膝がダンスってしまう。
 実を言うと正直に「怖えッ!」と訴えたことは一度や二度ではなかったりする。咲夜さんはにっこり笑うだけでやめてくれるどころか攻撃速度も頻度も全く落としてくれなかったんだけど。むしろ上げてきたんだけど。よく生きてんな、私。
 時を止めてからの零距離アタックとか何度死を覚悟したことか……ぎりっぎりで止めたり受け流したりしたけどさあ。
 ともあれ、あれから私は狙われ続けている。
 なんで私か、というと紅魔館で一番人間らしいのが私だったから、らしい。
 私これでも妖怪なんだけどなあ……まあよしとしよう。そうしとこう。精神衛生上の問題で。
 とまあそんなわけで初対面で精神的にはズタズタにされた私だが、肉体的には傷一つ負わなかったせいで咲夜さんに完全にロックオンされたのであった。まる。
「まる。で締めれないよなぁ……」
 毎日がサバイバル。おはようからおやすみまで殺気に見つめられます。
 なんて素敵。素で敵な毎日だ。素敵って単語に疑問を呈したくなる日常だ。
 ああチクショウ、空が青――――くない。
「え? 真っ暗?」
 あれ。夜だ。
「たいちょー、交代ですよー」
 え、え。
 さっきまで昼だったよね? 回想してる間に夜って何時間ぶっ飛ばしてんのよ。
 交代? 門番交代の時間だって? うわほんとに夜じゃん。いつの間にかサングラスかけてたとかじゃないじゃん。
「たいちょー?」
「うん? え、うん」
 比較的背の高い妖精――私直属の部下が袖を引っ張っている。
 いや待って。マジで混乱してるんだけど。なに寝てた?
「まだ考え事してんですかたいちょー」
「長考ってレベルじゃねーよね親分」
「呼び方統一しろつってんでしょうが」
 常にツーマンセルで動いてる妖精二人に話しかけられ癖になってる突っ込みを口にした。
「まあまあ。もう六百年くらいこれなんだし諦めてよ親分」
「そーよねー、諦め悪いよねたいちょー」
 親分とか隊長とか呼ぶくせに敬ってねえよなこいつら。
 いろいろ言いたいことはあるが流しておこう。それより、まだ考え事してるだって?
 つまり私は寝てはいなかった――ということだろう。この口さがない連中がそれを指摘しないとは思えないし。前なんて昼寝してたら「メイド長に許可貰いました!」とか言いながらフライパンでぶん殴ってきたし。くっそ絶対私のこと敬ってねえこいつら。妖精郷が消えたって路頭に迷ってたおまえら拾ってやったの誰だと思ってんだ。最終的にお嬢様に養ってもらったけどさ!
「んなことより、ツァン、ユエ――ユエはいいや。ツァン、ちょっと聞きたいことあんだけど」
「ひどくない親分!?」
 だっておめーと話してると際限なく話がずれてくし。
 ローテンションのツァンの方がまだ話が通じるからしょうがないじゃん。
「なんです?」
 妖精コンビのローテンションな方、霜の妖精のツァンは半目で私を見上げる。
 妖精コンビのハイテンションな方、水の妖精のユエは「親分に捨てられたー!」とか人聞きの悪いこと叫びながらローリングしてるがいつものことなので無視することにした。もう私の評判なんて地の底だよ。
「いや自覚無いんだけどさ。私そんなに考え事してた?」
「してたも何も。昼からずっと目瞑ったままうんうん唸ってましたよ。ユエが「魘されてる? 寝てるなこれは!」とフライパンで襲いかかって思い切り反撃受けてましたから起きてるな、とは思ってましたけど」
「反撃?」
「はい。崩拳一発どーんでユエはぶっ飛びました。5mくらい」
 すげえことしてんな私。
 まあ妖精にあるまじき頑丈さを誇るユエなら大丈夫だろう。あいつ魔理沙のスペル真正面から受けてもその後平気で飯食ってたし。
 と、なると気がかりなのは私が自動迎撃機と化してる間のことだ。
 来客――なんてほとんど来ないけど、たまには来る紅魔館。侵入者ならどんだけボコっても問題ないが真っ当な客までボコしてたとしたらシャレじゃ済まない。いやお嬢様ならシャレで済ましそうだが客の方が済ましてくれない。
「え、えーと、私が寝て、じゃない、あの、考え事してる間に誰か来た?」
「はい? ええまあ……魔法使いが」
「まほ、ど、だ、誰かな?」
「黒白です」
 よりによってあいつかー! って、あれ? 服焦げてもいないな。あの爆弾魔とやりあっていたのなら多少なりともダメージ負ってる筈だけど。私の不得意な遠距離からちくちくしてくるのが上手い奴だし……記憶が飛んでるにしてもなんかおかしいな。
 パチュリー様お気に入りの人形遣いをボコしたよりはマシだが……腑に落ちない。
「また考え事ですか?」
「いやね、なんで服焦げてもいないのかなって」
「ああ楽勝でしたしねぇ」
「そうなのかー」
 楽勝!? 何しでかした私!!
 やり過ぎたか? 殺っちゃったか!? うわあああやりかねねえっ!
「ど、どう楽勝だったのよ!?」
「えーとですね」
 そして説明されたのをまとめると、こんな感じになった。
『よーし、んじゃ今日のルールは……え? あ、ちょ!? お、おいまだルールの提示終わってな、うわ格闘!? ばっ、お、おまえ相手にんな自殺行為……あ、ちょま、痛い痛い痛い! やめ、待って、いやっ、いだっ! いだだだだだだあっ! うわあああああん!! モウコネエヨォォォォォォォ!』
 秒殺であった。
 うっわー大人気ねー。何この冷酷なカンフーマスィーン。私かよ。私だよ。
 ……うわっちゃー。悪いことしたかなあ。あいつあれで繊細なとこあるしなあ……
 うっかり殺してはいないってことには安心したがそれ以外がダメダメだった。若人の未来潰しかけてんじゃん私。たいした大きさのない良心がずっきんずっきん痛むわー……
 うん。今度詫びいれておこう。飯奢ってあげよう。
「あの魔法使い、中華好きかな」
「いや知りませんけど」
 餌付け作戦の成否は不明のままか……仕方ない、当たって砕けろの精神だ。
「ともかく交代なんでさっさと戻ってくださいたいちょー。寝坊されると辛いの私らです」
 んっとにローテンションでマイペースだよなこいつ。
 心配されてないなー私……慣れてるけどさ。まあ、ツァンの言うとおりだ。このまま寝過ごして、明日寝坊したら目も当てられない。さっさと晩ごはん食べて、風呂入って――――晩ごはん。厨房に行くことになる――厨房には、紅魔館の食事の殆どを担っているあの人が――咲夜さんが、いる。
 思い出す。
 自動迎撃機になるほどに考え込むことになった原因。
 昼に見た、やたらめったら上機嫌になったあの人を。
 取り決めやルールがあるわけじゃないけど、あの人が私を殺そうとしてくるのは基本的に一日につき一回か二回。大半、というより九割は一回だが、機嫌が良かったりすると二回になる――今日は、どうだった――ご機嫌だった。
 殺し合う? なんか、妙に疲れてるこの状況で?
 昼からの時間経過を何も感じていない――殺し合いを経て、精神的に疲労したままで?
 いくらなんでもこんな時に来ないだろう、なんて楽観的な思考は微塵もなされない。
 容易に想像できるのだ、咲夜さんが、笑顔で――
『おやすみの前の殺し合いね♪』
 なんて、ナイフを煌めかせながら駆け寄ってくるのを――ちょっと、間をおこう。
 戦略的撤退だ。恥ずかしいことじゃない、玉砕上等のカミカゼアタックなんて流行らない。
 そう、若人が真似しないように先人たる私がそんなことを迂闊にしてはならぬのだ……
 部下を持つ責任って重いなあ! あはは! あははは!
「親分躁病かなぁ」
「鬱にもなってるから躁鬱病じゃない」
「お嬢様に捨てられても私らだけは見捨てないようにしようね」
「また旅から旅への生活か……寒いところまわりたいな」
「水気が減るからあったかいとこの方がいいな」
「霜が出来ないからあったかいとこはイヤ」
 勝手なことを言う部下二人を背に、私は歩み出す。
 なるべく咲夜さんに見つからないように。
 ここの住人なのに、泥棒みたいだった。






「嫌な予感がするから逃げてきた、と。――うちは避難所じゃないわよ」
「いやーごちそうさんです」
「食堂でもないわ」
 咲夜さんの魔の手から逃れた私は、館の地下にある大図書館に来ていた。
 図書館でもちょうど食事時だったらしく、司書ちゃんについでだからと晩ごはんをご馳走になったのだ。うん、美味かった。焼きたてのパンに鴨のテリーヌ、スープは栄養たっぷりなジャガイモのポタージュ。文句なしだ。嫁に欲しいくらい。
「いやいっそ店開いてもいいくらいですよ?」
「騒がしいのは嫌い」
 繁盛するとは思うんだ。意外と公平に判断する人である。
 意外な人物はこの図書館の主であるパチュリー・ノーレッジ。客分――ということになるのだが、館内の図書館の主でもあるというよくわからない地位の人物だ。居候と一言で言える気もするがそれを口にする度胸は無い。それを踏まえて、あえて一言で言い表すのなら、魔女、だろう。魔法に精通して、人間らしさをこそげ落とした――人外に至った、元人間。咲夜さんとは違い、完全に人間をやめている――人外。私の側に来てしまった、人間『だった』化け物。人食いにとっては捕食対象外。実に――不味そうで、食事としての魅力は、ゼロだ。
 じろりと彼女の視線が向けられる。
 睨まれてるとさえ思える冷たい目つき。
 何度見られても、この魔法使い特有の観察するような視線は苦手だ。
「普通の食事じゃ足りないくらいに疲れているようね――私は食べ物じゃ――ないわよ?」
「おっと、こりゃ失敬」
 そんなつもりはなかったのだが、いつのまにか食料に向ける視線になっていたか。
 飢えている……わけではないのに、パチュリー様を値踏みしてしまうとはね。
「その分じゃ、今日も殺し合いを演じたのね――」
 言って彼女は読んでいた本を閉じ、含み笑いの表情を浮かべる。
「毎日毎日――お熱いことね――火傷しそうだわ。物理的に」
「結構素手で闘ってる筈なんですけどねー……」
 火花はあんま出してないつもりなんだけどな。出てんのかな。
「素手? 前に――作ってあげたガントレットはどうしたのよ」
「ああ――」
 確かに、それはある。
 パチュリー様直々に作っていただいたマジックアイテム。
 なんでも「絶対に切れない」魔法がかけられているとか。その分打撃には弱くなったとか。
 完全に刃物特化の防具。対咲夜さん以外の使い道が思いつかない素晴らしい逸品だ。
「お気持ちはありがたいんですが……なんてゆーか、闘いづらいっていうか殴りにくいっていうか」
 素晴らしいことは確かだが、防具としての欠点以外にも致命的な欠点があったのだ。
 装甲の厚み分、拳をしっかり握り込めないのである。
 刃を鷲掴みしても平気なように手のひらまで細かく繋がれた鉄板で覆われてるのが仇となった。
 あと、重い。
 片方5キロってのはちょっときつい。
 長剣なんかを相手にする時には使えるかもしれないが、攻撃速度がめっちゃ速い咲夜さんのナイフ相手では……パチュリー様には悪いけど、手枷と変わらない。妖怪とはいえ身体能力がずば抜けているってわけじゃないからなー私。重い防具を身につければ当然遅くなってしまうのだ。
「ふぅむ――まあ――拳闘用では、なかったかもねぇ。騎士用のを流用したし――そうか、握れないか――装甲厚を――いえもっと根本的な――」
 彼女は私の手を見ながら何事かぶつぶつと呟いている。
 また何か作ってくれるのだろうか? そこまでお人好しじゃなかろうと思うのだが、ならば彼女の探究心に火が点いたとか? 魔法使い、ということを考えればそちらの方があり得そうだけれど。
「……いっそその手切り落として鉄の腕にしちゃう?」
「なにさらっと恐ろしいこと計画してんだあんたは!!」
「大丈夫よ。切り落とした方は処置を施して栄光の手にするから」
「私罪人じゃないから! それ絞首刑になった人間の死体から作るって知ってるから!」
「ちっ」
 なんで舌打ちをする。
 そんなに栄光の手欲しかったんか。
 あーやっぱ魔法使いって何考えてんだかわかんないわ。
 こりゃ美味そうに見えるわけないわ。なんか怖いもん。怖いの食いたいとは思えんわ。
 ……ちょっと妖怪で作る栄光の手っていうレアリティに惹かれたんじゃないかって考えてしまった。
 やだなあ。もしかして思考がこの人に近づいてんのかなあ。マッドにはなりたくないんだけど。
「ごはん食べたのなら――さっさと帰りなさいよ」
 冷てーなーこの魔女。
 手を奪えないとわかったら速攻で切り捨てにかかりやがる。
「司書ちゃんのケーキが怖いなー」
「何あつかましいこと言ってんの」
「コーヒーがついてたらもっと怖い」
「なに――咲夜がいるのに――あの子にまで手を出す気?」
 ひどい勘違いをされてる気がする。私は司書ちゃんの料理の腕が欲しいだけなのに。
 んん、こっちの方がひどいか、もしかして。
「まあパチュリー様よりは美味しそうですけど」
「外道な――言いぐさね」
「悪魔に負けるってのはやっぱ元人間のプライドに障りますか」
 悪魔の館、紅魔館。当然こんなところで司書をしてる者も、人間じゃない。
 正真正銘の悪魔だ。お嬢様に比べたら、大分格下らしいけど。
「もっとシンプル――な問題よ。おまえは魅力的じゃないなんて――言われて喜ぶ女はいないわ」
「ま、そりゃそうだ」
 悪魔だとか人間だとか以前の問題。デリカシーに欠けてたな。
 でも、そんなことを、つい言ってしまうくらいに疲れていると察してほしい。
「咲夜さんと鉢合わせしたくないんですよー。絶対今日はもっかい殺しに来るしー」
「本当――熱々ね。もう冬なのに、暑いくらい」
 言い得て妙だ。咲夜さんの殺意は、熱変換すれば紅魔館を常夏にできるくらいだろうし。
 ああ、本当に……底が見えない。
 溜息。
 それに答えたのは、邪悪な失笑だった。
「嫌なら――逃げ切ってしまえばいいじゃない」
 見れば、想像通りの、悪い魔女の笑み。
 悪巧みしかしないし他のことなんてする気もありません。
 そう、表情だけで物語っている。物語に登場する悪い魔女そのままに、物語っている。
「この狭い紅魔館の中でも――あなたなら、逃げ切れるでしょう?」
 そんな表情の割に、言っていることは正論だった。
 私の持てる技術全てを使えば咲夜さんから逃げ切ることは可能だ。
 逃げて隠れて、咲夜さんに見つからないようにすればよいだけの話。
 殺人鬼だろうと異能力者だろうと、所詮咲夜さんは人間なのだから。
 彼女が時を止めようがどうしようが関係なくナイフ一本、切っ先が触れることさえ許さない。
 でもそれには門番業務を放り出すっていう必須条件があるし、無理な話である。
 主であるお嬢様方を守らない、なんて選択肢は私の中に存在しない。
 だけど、それ以前に――
「まあ、別に――嫌じゃあ、ないんですけど」
 殺し合いは、嫌だけれど。
 剣呑は、御免だけれど。
「咲夜さんが私を狙う限り、他の人は無事なわけですし」
 初めて出会った時に彼女は言った。あなた以外を殺さないと。
 それは、その宣誓は、今の今まで守られている。破られそうになったことすら――無い。
 信頼できるってことなんだろう。殺人鬼に信頼なんて、変な話だけれど。
「ふぅん……他の人、ねぇ――そういえば――あなたは部下を随分可愛がってるわよねぇ――」
 面白そうに、パチュリー様は言う。
 ツァンとユエのことか。まあ、あの子たちは私が紅魔館に来る前からの付き合いだし。
 可愛がってないと言えば嘘になるだろう。妹分、みたいなものだから。
 周知の事実だし、改めて指摘するようなことじゃないだろうに。
「咲夜から――守っていると――いうわけ、ね」
 ――ん?
「門番――守護者としての矜持かしら?」
 守る、矜持?
 咲夜さんから――?
「魔女でも――的外れなことを言うことがあるんですね」
「あら、それは悔しいわね――外れちゃった」
 パチュリー様は、悪い笑みのまま、そう言った。
 的外れ。咲夜さんから守る必要なんてない。彼女は私以外狙わない。
 それは――信頼とか――信用とか、なんていうか――
「違いますよ」
 なんだろう。
 思考と、口の動きが連動していない。
 何か、から、目を逸らしている、気がする。
「きっと――違う」
 呟いた言葉の意味が、自分でもわからない。
「――■■欲」
 ぼそりと、何かを呟かれた。
 よく聞こえなかった。何欲だって?
 視線で問いかけると、魔女は笑みを深め――
「処置なしね――帰りなさい」
 笑ったまま、私を追い出した。





 追い出されて――食事は終えていたので、結局当初の予定通り風呂に入ることにした。
 服を脱いで、ざっとお湯で体を洗って、やたらと広い浴槽に身を沈める。
 風呂――紅魔館の、使用人用の、ワインレッドの大理石で造られた大浴場。
 ……自分たちは使わないのに、使用人専用なのに、大理石製。しかも赤。客用は客室それぞれにこれでもかと豪華なのが備えてある。つまり見栄を張る必要が無い所なのにこんだけ金がかかってそうな造りなのだ。ライオンの口からお湯が出るアレとか水瓶を抱えた女神像からお湯が出るアレとか平然とあるし。しかもお湯は魔法で作られた浄水槽で清められこれまた魔法で作られた火炉で沸かして半永久的に出てくるという凝り様。文字通りいつでも入れる素敵仕様。お仕えして長いけど未だに貴族の考えることってわかんないわー。節約とか合理性って言葉知ってるのかな。お嬢様なら知ってる上で豪快に無視してそうって感じだけど。
 ともあれ、夜になったばかりのこの時間は人がいない。大浴場独り占め状態。
 吸血鬼であるお嬢様方が起きてくる時間だから、大抵の使用人は忙しくて風呂に入る暇なんかないのだ。その辺狙って門番の交代時間決めてたりするんだけど。いくら広いたって混雑してる風呂なんて御免だし。
「はぁ――」
 誰もいないことを最大限に利用して、湯の中で手足を伸ばす。
 筋肉がほぐれていく――が、心の方は、昼からずっとぐだぐだのままだった。
 ごはんを食べても風呂に入っても癒されない。それどころか、酷くなっている感さえある。
「それは――あの魔女のせいかなあ」
 どうにも……パチュリー様と話して以降、頭の中がすっきりしない。
 別段気になるようなことを言われたわけじゃない筈だけど。その筈だけど……
「――はぁ」
 何度目かわからない溜息。
 なんだろうな、今日は。いつもと変わらない日常なのに。いつもと同じ殺し合いなのに。
 慣れてしまって、異常とはいえ日常と化した筈なのに。
「はぁ」
「随分幸せを逃がしてるわね」
 突然声をかけられる。驚きはしない。なんとなく、予想できていた。
「それ、迷信ですよ」
「非現実が現実となる幻想郷でなら、そうとも限らないんじゃないかしら?」
 背後に咲夜さんが立っている。声の響き具合からして――5メートル後方ってところか。
 彼女の射程範囲内だが、比較的殺気が薄い。多分すぐには仕掛けてこないだろう。そう判じれる程度には付き合いは長く、濃密な殺し合いをしてきた。信頼と言い換えてもよいくらいに、彼女を知っている。
 振り向く。タオルでほんの少しだけ隠された、華奢な身体が見えた。
 裸――当たり前だ、ここは風呂なんだから。でも、思えば、初めてじゃないだろうか。
 一緒に風呂に入ったことなんて無い。仕事の内容がまるで違うから時間が被らないのだ。
 だから、もう長い付き合いだけど、彼女の裸を見たのはこれが初めてだ。
「なに? じろじろ見て」
「いやー咲夜さんの肌ってキレイだなーって」
「えっち」
 パチュリー様の時のように、舐めまわすような視線になっていたか。
 人間――だからな、咲夜さんは。人間をやめているようで、やめてない。
 殺し合いの相手だけれど、食指が動くのは当然、か。
「しかし――どうしたんです、こんな時間に。仕事中でしょ?」
「お嬢様のお着替えとお食事は済んだわ。あと数時間は他の業務――まあ、この浴場以外の時を止めてるから、休み放題なんだけどね」
 相変わらずとんでもない真似をあっさりやってのけるなこの人は。
 しかし変だな。そういうことが出来るのなら何度か風呂で鉢合わせててもおかしくない。
 休み放題って言からして幾度もこうしてるようだし。今の今までかち合わなかった、なんて。
 私の風呂の時間はずれてない――なら彼女の方が予定外の入浴、なのか?
 予定外――違うな、予想していた通り、狙ってだ。
 彼女は、私が一人の時を狙って近づいた。
 なにせ今日の咲夜さんは、ご機嫌なのだから。
「ねえ美鈴」
「はい?」
「あなた、私を避けてるでしょ」
 え。
「晩ご飯、食べに来なかったじゃない」
 図書館で済ませた――って、なんか言い難い、気がする。
 顔は笑っているけど、声が冷たい。目が――笑ってない。
「今日は腕によりをかけていたのに」
 それは悪いことをした、なんて、軽口で応えられない。
 殺気が薄れるわけだ。これ、怒気の方が、強い。
 ぺたぺたと、咲夜さんが近寄ってくる。殺気なら慣れているけど、怒気なんて向けられたの多分初めてで、動けない。そういえば、彼女が怒ったところなんて、見たことない。
「わぉっ」
 屈みこんで、ぐんっと顔を近づけてくる咲夜さん。
 噛まれるかと思った。
「――……赤毛の、司書の臭い」
「へ」
「図書館で食事を済ませたわね」
 なにこのひとこわい。
「な、何を根拠に」
「臭いよ。司書の臭いがする」
「あ、あの子体臭強くないですよ!? そんなの人間にわかるわけ……!」
「忘れた? 私は悪魔の犬よ」
 それ二つ名ってだけじゃないかー!
「それより体臭が強くないですって? なんであなたが司書の体臭を知ってるの」
「い、いやほら、図書館ってパチュリー様の魔法薬とかで、ケミカルな臭いが強いじゃないですか。だからその、あの子香水とか使ってないんで、そういうナチュラルな臭いってわかりやすいから、その」
「司書は悪魔で、あなたの捕食対象じゃないのに臭いがわかるの? あなた、嗅覚は人並みって言ってたわよね」
「ごめんなさい実は前に梯子から落ちてきた司書ちゃん抱き止めてその時あ、いい匂いだなこの子。って記憶してましたごめんなさい」
「…………」
 青い目が、氷みたいだった。
 おっかしいな湯船に浸かってるのになんか寒いぞ。
 ああもうこれじゃ殺しにきてくれた方がマシだ。なんか胃が痛くなってきた。
「――あなたの分も用意してあるんだから、来ないなら来ないで先に言いなさい」
 咲夜さんの顔が離れる。
「はい……ごめんなさい」
 圧倒されたまま、機械のように返事をした。
 うわー……ぶん殴られたみたいに頭がくらくらして、鼻の奥がつーんと痛い。
 咲夜さん、怒るとこんなに怖かったのか……憶えた。この人だけは、怒らしちゃいけない。
「それで、なんで来なかったの?」
「ああ――いや、今日は疲れてたんで――再戦は厳しいな、と」
「それだけ? 再戦するかどうかなんて、わからないじゃない」
 わかるよ。
 見縊らないでほしい。どんだけ殺し合ってきたと思ってるんだ。
 彼女の様子を見れば、殺しに来るか来ないかなんて簡単にわかる。
 殺気の濃淡まで察知できる私が、その程度出来ないわけがない。
「咲夜さん、ナイフ、持ってきてるでしょ」
「持ってきてるわけないでしょ。ここお風呂よ?」
 嘘臭い。ばりっばりに嘘臭い。
「このタイミングで会いに来たってのが証左ですよ……再戦についても、ね」
「仮にナイフを持ってきているとして、それはあなたが食事をすっぽかしたから、とは考えられない?」
「怒らしたのは済まないと思いますけどね――怒ってなくても、今日は来たでしょ」
「さて――どうでしょうね?」
 彼女は笑って誤魔化すが、誤魔化しきれてない。
 いやもう誤魔化す気も無いのだろう。ほとんど、否定していない。
 さてナイフを隠すとしたらどこだろう? 裸でも彼女くらいの熟練者ならどこにでも隠せるだろう。タオルの中か? それとも髪の中か? はたまた背後に――背後か……背後……背中……――おしり、見たいな。
 いやいや何を考えてるんだ私は。それより優先すべきことがあるだろう?
 武器の有無とか、仕込みの有無とか、ヒップラインとか、まだ混ざるか。
 いやいやシリアスシリアス。シリアスに進めていこう。尻ASS。
「咲夜さんちょっと後ろ向いてくれません?」
「どうして?」
「おしりを見たいからです」
 直球。
 過ぎた。
「武器の所持を確認したいからです」
「なんで誤魔化せると思ったのよ」
「何を言っているのかわかりませんね」
「はっきり過ぎてリピートしたくないセリフ吐いたくせに」
「この目が嘘をついている者の目に見えますか?」
「すごいキリッとした顔で舐めまわすように見ないでお願い」
 気持ち悪くは無いけど怖いと彼女は手で体を隠した。
 余計淫靡になってるって気づいてんのかなあ。気づいてないんだろうなあ。
 あーもーナイフとかどうでもいいや。じっくり観賞させてもらおう。
 じろり。
「うわあ」
 すっと上半身が引かれた。
「ごめんごめん、私が悪かったわ。ほらナイフ捨てるからもう見ないで。なんでか知らないけどすごい身の危険を感じるの」
 言って、彼女はタオルの下から髪の中からどうやってたのか背中から合計八本のナイフを取り出して浴場の隅に置かれてる桶に放り込んだ。ちゃぽちゃぽちゃぽんとリズミカルにナイフは沈んでいく。
 後ろを向かせる口実がなくなってしまった。
「っち」
「舌打ちしたかおまえ」
「してませんよ?」
 嘘つき同士だった。
 ま、これで武装解除成功である。
 殺気の薄れ具合からしてこれ以上隠し持ってるってことはなさそうだし。
「はぁ」
 幸せが逃げる、なんて言ってたくせに溜息をつきながら彼女は湯の中に入ってきた。
「咲夜さん、距離取り過ぎ」
「だって美鈴怖いもの」
「怖いかなあ?」
 あんたの方がぜってー怖いと思うんだけど。
 こんなところにまでナイフを持ち込む執念深さとか。
 本当に――咲夜さんのナイフは、怖い。
 咲夜さんはナイフ使いのハイエンド。ぶっちゃけて言えば、極めきっている。
 ナイフの不利も有利も知り尽くしていて、不利な状況すら利用して覆す。ナイフが体の一部になっていると言っても過言ではないだろう。おそらく人類で彼女以上のナイフ使いなんて存在しない。人類に限らなくてもいいかもしれない。それくらい、彼女は突き抜けてナイフの扱いを極めきっていた。
 そんな彼女から、ナイフを奪えた。
 ようやく――安心できた。ナイフを持ってない咲夜さんなら、警戒する必要はない。
 今日、ずっと神経張りつめっぱなしだったからなー。風呂に入って、休んでるって実感する。
 あとは寝るだけか……ああ、髪、洗わないと。
 ざぱっと、立ち上がる。
「あら、もう出るの?」
「いえ髪洗おうと思って。お先にとは言いませんよ」
「そ。ああ美鈴、忘れ物よ」
 浴槽から出て、三歩か四歩、振り返る暇もなく――転倒する。
 足の下に滑り込まされた石鹸を踏んで、転んで――
 濃厚で、莫大な殺気を、感じた。
 しまった――油断、していた。
 想定外――『石鹸は、武器じゃない』――っ!!
 倒れきる前に水の弾ける音。背後から伸びる腕が、視界に入る。
 それが、巻き付いて、お互いの体が濡れているから摩擦力が減り、彼女の細い腕がそれこそ蛇のように絡みついて――受け身を取った頃には、組み敷かれていた。
 馬乗り、である。
 私の上に乗った咲夜さんが、ゆっくりと手を、私の首に。
「あら――初めて殺せちゃいそう」
 ぽたりと彼女の髪からしずくが落ちる。
 それを顔で感じる――私はもう、冷静さを取り戻していた。
 もやもやが吹き飛んで――頭の中が、すっきりとしていた。
 彼女の膨大な殺意が、私の思考をクリアにする。
「あなたは素手の殺人鬼ではないでしょう――咲夜さん」
 手刀、貫手を、彼女の肋骨の間に突き付けている。
 指先に、爪先に、彼女の柔らかな肌を感じる。
「あなたの腕力では私の首は折れない。なら窒息か頸動脈を止めるかしか手段が無いが、早くても三十秒はかかる。それだけ猶予があるのなら、私は指をあなたの肋骨の隙間から突き入れ肺を破り心臓を潰してしまいますよ」
 咲夜さんは、薄く笑った。
 毒気のある、冷たい笑み。
「相打ちにもならないわね」
「素手でこられたのには、驚きました」
「驚かせただけじゃ、不十分」
 首を絞める力がほんの少し強くなったけれど、私を殺すどころか苦しめるのにも至らない。
「また私の負けね」
「また私は生き延びました」
「また私は殺せなかった」
「また私の勝ち逃げです」
「勝ち逃げ――逃げたことがないくせに、よく言うわ」
「逃げ切る必要、ありませんから」
「殺人鬼に狙われてるのに?」
「咲夜さんから逃げる理由にはなりませんね」
 私も、にこりと笑った。
 組み敷かれて、首を絞められて、底無しの殺気をぶつけられて、笑う。
 一日中もやもやとするわけだ。初めて出逢った時のような、純粋な殺意を受けていながらその後半日も放置されれば混乱して当然。浮かれっぱなしじゃ疲れもする。
「それじゃあ、私を殺さない理由を教えてくれる?」
 貫手を突き付けられたまま、私に心臓を握られたまま、咲夜さんは笑みを深めた。
 殺さない理由? ああ、彼女を殺せば私は怯え続けなくて済むだろう。溜息ともおさらば。
 望んだ平穏とか普通とかそういうものを容易く手に入れられる。
 だけど、そんなの咲夜さんの対価にはまるで足りない。
 咲夜さんを失って得られるものが少な過ぎる。
 だから私の答えはこうだ。
「逃げないし、逃がしません」
 しかし私の答えは通じなかったようで、彼女は笑顔のまま首を傾げた。
 また、首を絞める力が強くなる。
「てんでさっぱり意味がわからないわ」
 それなら、と彼女は言った。
「私のために、殺されてくれる?」
 ああ、本当に通じてないな――逃げないし、逃がさないと言ったのに。
「――私は殺されてやれません」
 冷たいのねと彼女は言う。
 熱いくらいですよと私は言った。
「あなたを愛せなくなっちゃいますからね」
 彼女は私以外を殺さない。
 彼女の殺意は私だけに向けられる。
 殺意が人間の皮を被っているような咲夜さん。
 ならばそれは、彼女の全てが私に向けられているということ。
 この上ない、独占だ。
 ならば私は絶対に殺されてやらない。未来永劫殺し損ねさせてやる。
 だから私は絶対に殺さない。彼女の全てを手放さない。
 独占を、永遠に続けてやろう。

「あなたのために、殺されてやれません」

「あなたのために、殺してあげません」

 す、と、首を絞める力が、弱まった。
「――殺人鬼に、大した殺し文句だわ」
 言って彼女は屈みこむ。
 視界が彼女の顔で埋め尽くされて、世界全てが咲夜さんだけになった錯覚。
 心地良くて、嬉しくて、錯覚を現実にしたいだなんて、そんなことを考える。
「あなたの殺意、受け止めきってみせますよ」
「バカね美鈴」
 彼女の笑みから邪気が抜ける。
 ぞっとするほどに、甘美な笑み。
 純粋で、とろけそうで、幼くさえある、純白の笑み。
「殺人鬼の殺したいは殺意じゃないわ」
 言葉とは裏腹に、彼女の圧力は私を覆い尽くしていく。
 彼女の感情が、彼女の全てが、人の皮の覆われた彼女の魂が、私を沈めていく。
「とっても深い、どこまでも濃密な、愛情なのよ」
 そう言って、彼女は首を絞めたまま――くちづけをした。





 結局、翌朝寝坊することになってしまったのは、秘密にしておきたい。

九十九度目まして猫井です

咲夜さんはクーデレ

もう一度言う、咲夜さんはクーデレ

紅魔館は今日も砂糖を吐くメイド妖精でいっぱいだぜ! フゥーハハー!

ここまでお読みくださりありがとうございました


関係ないけどこのタイトル声に出して読むとやたらリズミカルですね
猫井はかま
http://lilypalpal.blog75.fc2.com/
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コメント



0.3290簡易評価
6.80名前が無い程度の能力削除
殺意が愛情と言うことは、一日に一度は愛を語ってるという事か!、甘いですね

大図書館に入ってすぐのシーン、美鈴のパチュリーに対する印象について気になりました
パチュリーは種族そのものが魔女なので、元人間というのは変だと感じました。
魔女は元々人間だったと考えれば変ではないかもしれませんが…
8.90奇声を発する程度の能力削除
おおう、深い…
9.90名前が無い程度の能力削除
末永く殺し殺されかけ続けてくださいな!
13.90名前が無い程度の能力削除
よかったです
15.80名前が無い程度の能力削除
メイド妖精達と一緒に砂糖吐いた

先に言われてますが、アリス等の種族・魔法使いは元人間ですが、
パチェは種族・魔女なので元人間ではなかったはず…
16.90名前が無い程度の能力削除
出会ったその時からとは、熱々ですね!
18.100名前が無い程度の能力削除
レッドラムはひっくり返せばマーダー。
美鈴は咲夜さんの真心を一身に受け止めているようで、お熱いことです。

マスターキートンで、人間は的確に首を締められれば
7秒(3秒だっけ?)で落ちるといってた覚えがあるので美鈴危ない
22.70名前が無い程度の能力削除
西尾 維新氏の影響受けすぎてる?と前半は思いましたが、中盤以降は変わってきたので楽しめました。(誰それと思われたらスルーして下さい
25.100名前が無い程度の能力削除
全裸の咲夜さんに馬乗りで首絞めされるなんて、最高のご褒美ですね。
26.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい
29.90名前が無い程度の能力削除
ゾクゾクがとまらない。
ケーキにガラス片がデコレートされてるような、危険めーさくを堪能しました。
ごちそうさまです。
31.90名前が無い程度の能力削除
お熱いですね
33.90雨宮幽削除
奇妙な関係だけど結局おめーらラブラブじゃねーか!嗚呼、それが殺し愛哉。

美鈴の口調がよくある丁寧な口調じゃないので少し違和感がありましたが最後の方はゾクゾクきました。
まぁこんな生活してたらいつも丁寧口調で物腰柔らかでとかやってらんないよね美鈴…(
殺人鬼の気持ちは殺し合わなきゃわからない。なんだかんだで通じ合ってる良いめーさくでした。

こあに嫉妬する咲夜さん可愛い
35.100名前が無い程度の能力削除
こういう美鈴も咲夜さんも好きだ…!

末永く殺しあうといいです!
37.80名前が無い程度の能力削除
いい殺し愛だぜぇ・・・
41.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さんが殺すことで愛情を表現して、美鈴は受け止めることで愛情を表現するという2人の関係は寂しくもありつつも良い関係と思いました。

いいめーさくごちそうさまでした。
49.90がま口削除
この咲夜さんは、クーデレというかほとんどヤンデレのような(汗)
美鈴さんと咲夜さんだからこそ成立する、とんでもないけど納得できる濃ゆい関係性が魅力的です。
グルカ兵並みの殺しの技術を披露する咲夜さんを始め、お腹いっぱい堪能いたしました。
50.90名前が無い程度の能力削除
畜生口の中が甘い
53.90社会病質を曲解する程度の能力削除
色々と分かってる気がする感じですね
殺し愛の醍醐味を感じられました
56.1001313削除
面白いです!
61.100名前が無い程度の能力削除
どうみてもヤンデレです
だがそれがいい