彼女、姫海棠はたては非常なる甘いもの好きである。
「メイド長! 予約のお客様が来られました!」
「もう!? 予定より30分も早いわ!」
「はい! 何でも『予約していたものが楽しみすぎて大急ぎでやってきた』だそうです!
ちなみに、『べっ、別に、あんた達のところのものが美味しいからとかそんなんじゃないんだからね!』ってツンデレてました!」
「……くっ。まずいわね……まだ完成していないわ……」
厨房の中、そこを預かるメイド長の前には、小さな小さなプチケーキ。
だが、驚くなかれ。このプチケーキ、ここ、紅魔館において『最上級』と評される幻のケーキなのである。
その風味は言うに及ばず、希少性にかけては、館のお嬢様ですら『申し訳ありません。予約してください。ちなみに予約は5年先まで埋まってます』というレベル。
その季節季節の最上級の食材だけを使い、あらゆるものを妥協しない『完成品』ラインを敷くことで、そのラインに乗ることの出来なかったものを片っ端から弾き、さらにそのラインを超えることの出来た『勝者』にすらほんの少しの風味の変化、型崩れ、色合い、さらには写真を撮影した時の写真写りですら判断基準となる。
こうして徹底的にこだわりを持ち、『やりすぎでしょう』とどこぞの門番にツッコミ入れられて、『やっぱりそうだよね』と全員が薄々感じつつもやめることの出来ない、伝説のケーキであった。
ちなみに、そうして破棄されたケーキは、厨房担当のメイド達が美味しく頂いているため、彼女達にとっては幻でもなんでもないことは付け加えておこう。
なお、お嬢様はその事実を知らず、3年後の予約をとっても楽しみにしている。
「仕方ない! お客様を待たせるのはうちのルールに反するけれど、この場合は非常事態よ!
例のケーキとお茶をお出しして!」
「かしこまりました!」
「メイド長、もうそのケーキはそこで充分のはずでは……」
「……ダメよ。まだ最後の仕上げが残っているわ……」
「……そこまで……!」
メイドは戦慄した。
目の前の女性の、ケーキにかける情熱に感服すると同時に畏怖すら抱いた。
そこまでのこだわりを持ち、しかも妥協しないからこそ、『伝説』とまで言われるケーキ。それに取り組む職人の情熱。
彼女は、そして、最後の最後までメイド長の真髄を見つめ、記録することを決意した。
今の、このメイド長の姿を忘れてはいけない。いつか自分の命が潰えた後も、永遠に語り継がなくてはいけないものなのだと、その時、彼女は確信した。
――その後、彼女が出版した『メイド長――ケーキと彼女とその愛――』は幻想郷の歴史に残るベストセラーとなり、紅魔館の財政を潤すと共に、メイド長から『あなたねぇぇぇぇぇぇぇ!』と愛のナイフを受けることになるのだが、それは今は関係ない。
「申し訳ありません、お客様。もう少々、お渡しには時間がかかる予定でございます」
「そう。まぁ、いいわ。
3年間……待ちに待ったケーキだもの。数分、数十分、たとえ数日であろうと待つわ」
「大変申し訳ございません。あちらで、お待ちの間、お座りになっていてください。お席に用意しましたケーキセットにつきましては、どうぞ、ご自由に」
「ありがとう」
紅魔館のロビーが、いつからか、人妖問わず大賑わいになったのは、もうずいぶん前のこと。
その流れの中を、はたて嬢はメイドに案内されるまま、食堂エリアへと移動する。そのエリアの右奥側に、彼女は案内され、席に着いた。
「それでは失礼致します」
ぺこりと頭を下げて去っていくメイド。
彼女を見送ってから、はたての視線は、目の前のケーキと紅茶に向いた。
「……」
きょろきょろと、辺りを見渡す。
他人の姿はとても多い。だが、こういう場の常で、彼らの視線は、皆、対面の相手か、あるいは目の前の食べ物に向いている。
こうした場は、公共の場であると共に個人の場でもあった。
だからこそ、はたては、
「いっただっきまーす♪」
ついぞ、友人の鴉天狗にすら見せたことのない、すんばらしいまでの笑顔と共に、目の前のケーキにかぶりつけるのである。
これを、はたてスマイル1st contactというのだ。
「出来た……出来たわっ!
この10年で最高の出来のケーキが、ついにっ!」
「メイド長、さすがですっ!」
「私たち、一生、あなたについていきます!」
「メイド長、最高!」
「メイド長!」
「メイド長!」
「メイド長!」
「ありがとう……ありがとう、みんな……」
それから30分ほど後。彼女は見事、幻の伝説の最高のケーキを完成させていた。
10年に一度しか完成しない、そのケーキ。見間違いではなく、その場の全員には、メイド長の掲げたそれが後光を放っているように見えていた。
ちなみに、このケーキは完成のたびに『その年で最高の出来』、『これまでで一番の出来』、『これ以上のものは、今後数年作ることが出来ない出来』、『過去最高と言われた三作目を超える出来』、『五年ぶりの快挙と言える出来』など名前が変わっているが、気にしてはいけない。
「さあ、ラッピングよ! これをお客様にお出しするための、最高のラッピングを……!」
しかし、その瞬間、神のいたずらが起きた。
メイド長は振り返り、一歩、足を前に踏み出した瞬間、自分の足に蹴躓いてバランスを崩したのだ。ドジっ娘の本領発揮であった。
しかも最悪なことに、普段はそういうドジをカバーすることの出来る彼女の能力が、その時、あまりの疲労のために使えなかった。
宙を舞うケーキ。
メイドの一人が必死に手を伸ばし、それを受け止めようとした。だが、ケーキは彼女の頭上を飛び越えていく。
その後ろのメイド三人がタワーを作り、ケーキを受け止めた――のだが、次の瞬間、慣れない力仕事に土台が崩壊した。
落としてなるものかとケーキをレシーブするメイド。
その動きに他の一人が無条件に反応し、幻想郷最強と言われたバレーチーム、『ハートオブ体操服』(衣装提供:香霖堂)の最強アタッカー聖白蓮の放つ『ナムサンバスター』を超えるアタックが放たれた。
「へぶしっ!」
ずばーしゅ! という効果音と共にケーキはメイド長の顔面へと戻っていった。
彼女は身を挺して、ケーキが床に落ちると言う最悪の事態を回避したのだ。
「メ、メイド長ーっ!」
しかし、被害は甚大であった。
紅魔館でも名をはせるドジっ娘メイド長は「わ……私はもうダメ……。誰か……誰か、あのケーキを……ケーキを……」とうなされながら、顔面クリームまみれにして保健室へと運ばれていった。
その様子を見たお嬢様の妹が「ケーキ、ケーキ♪」とメイド長の顔をぺろぺろなめている様に、メイド数名が萌え死んだ。
かくて、厨房は大混乱の極みの中に突入する。
「誰か! 誰か、あのケーキを作れる人はいない!?」
「いません! レシピを知る人は、この場にはメイド長だけです!」
「マイスターの方々は!?」
「今日は皆さん、半年振りの休日のため、『地獄温泉ぶらり旅~旧都列車の車窓から~』に行かれてしまっています!」
「なんてこと!」
その場を仕切る、この場のメイド達の中で最も勤務経験の長いメイドが、はしたなくも床を蹴りつけた。妖精とはいえ妖怪である。その妖怪の力でそんなことをやったものだから、床の建材が砕け吹き飛び、さながらどこかのゲイザーやストームのようであった。
もちろんよけきれなかったメイド数名が『うーわうーわうーわうーわ……』という残響の残る悲鳴と共に天井まで飛んでいった。
「ともあれ、お客様よ! お客様に事情を説明して、もう少しだけお待ちいただくのよ!」
「ですが、誰もケーキを作れないのでは……!」
「理由もなくお客様をお待ちさせることだけはあってはならないわ! 行きなさい!」
「イエス・マム!」
「まーっだかなー♪ まーっだかなー♪」
すでにはたては出されていたケーキと紅茶を平らげていた。
その味にも満足しており、ついでに言うなら、内心『らっきー♪』とまで思っていた。
彼女はここ数日、例の伝説のケーキを食べるために、甘いもの絶ちをしていたのである。
一日に最低一個の甘いものを食べなければいらいらしてくる彼女が、これほど長い間、甘いものに手を出さなかったのは初めてであった。
彼女の友人の鴉天狗は、『お願いです、はたてさん! これを! このお饅頭を食べてくださいっ! 私はもう、やつれるあなたを見たくありません!』と涙ながらにはたてに懇願していた。
しかし、はたては、彼女のあふれんばかりの想いと目の前の饅頭の誘惑に耐え、打ち勝ち、倒れる寸前までの我慢を完遂していた。
そして、今。
彼女は、その日々に勝った『自分へのご褒美』(笑)を伝説のケーキに求めようとしたのだが、何の偶然か、待ち時間が出来てしまい、しかもその間、『どうぞ』と差し出されたケーキにすっかりご満悦であった。
ぶっちゃけ、伝説のケーキよりも目の前の甘いものであるはーたんである。
「……お客様」
「あ、はい! 待ってません! 待ってませんよ!」
「申し訳ありません!」
「……え?」
そのはたての前に、一人のメイドがやってきた。
彼女ははたてに向かって頭を下げる。はたては『いよいよか!』と期待して席から立ち上がり、すでにお財布(わふーもみもみ仕様。650円で香霖堂で販売中)からお金を取り出していただけに、彼女の言葉に目を点にする。
「その……少々、作成に時間がかかっておりまして……」
「あ……あー……そういうことね……。
……また出直したほうがいい?」
「あ、ああ、いえ! もう、あと1時間ほどでございます!」
しゅんとなるはたて。
その彼女を見て、メイドの彼女は、思わず嘘をついてしまった。
後に彼女は語る。
『ツンデレっ娘のしゅんとした顔ですよ!? スルーできますか!? 出来たらあなたは聖人君子ですよ! どうでもいいけど聖人君子と変態紳士って語呂が似てますよね!』
――と。
「あ、そうなの? それなら待つわ」
「は、はい。ありがとうございます。
それで、お詫びとしてなのですが……」
彼女の後ろからメイドが一人。
その手の上には、見事に光り輝く銀色のトレイ。そして、
「紅魔館特製ケーキセットをお持ちいたしました。どうぞ、遠慮なくご賞味ください」
「そ、そう? それなら仕方ないわねぇ」
色とりどりのケーキが乗せられたそれが、テーブルの上に。
同時に、メイドの彼女は紅茶のお代わりを、はたてのティーカップへと注いだ。はたてにはその瞬間、ティーポットが異次元から生えてきたように見えたが、多分、目の錯覚である。
「大変申し訳ありません。今しばらくお待ちください」
トレイの上からケーキをテーブルに移した後、彼女たちは一礼して去っていく。
それを見送ってから、
「いただきまーす!」
はたての満面の笑み2nd Justiceが発動した。
「誰か! 誰か、レシピを知らないの!?」
「知らないですぅ!」
「紅魔館メイドに『撤退』と『不可能』の文字はないのよ! 誰でもいい、何か手段を!」
厨房は大混乱であった。一部のメイド達は大根を持って踊っているほどである。
しかも、厄介なことに、彼女達の仕事はケーキ作成だけではないのだ。
「ちょっと! 7番テーブルのお料理、まだ出来てないの!?」
「ワインはどこやったのよ!?」
「ぎゃー! パンが真っ黒焦げになってるー! 誰よ、管理してたのー!」
「お嬢様から、この寒い時期に『アイス食べたい』ってわがままが届いたわよ!」
もう、あれやこれや。
天よ地よ、もはや慈悲などどこにもないというのか。
いよいよ諦めムードが漂う中、ざっ、という足音がした。
「……あの~、すいません。パチュリー様からお茶のお代わりと……」
小悪魔が現れていた。
彼女は普段、図書館の中にいる引きこもり根暗魔女(メイドAとBの談)の世話をしているため、こうして厨房へとやってくることは稀であった。
「小悪魔さん!」
しかし、その時の、その場のメイド達にとっては彼女はまるで女神のようであった。小悪魔なのに女神なのだ。存在のアイデンティティに関わるはなはだしき認識誤解であるが、もはやそんなことは瑣末なことであった。
「あなた、伝説のケーキの作り方、ご存知ですか!?」
「……は?」
かくかくしかじか、と事情が説明される。
小悪魔は「う~ん……」とうなりつつ、メイド長がケーキを作っていた空間へと歩いていった。
そこには、ケーキの残り香がある。
ボウルに残されたクリーム、台の上に残されたスポンジ、まだ使われずに残されたままの材料。
それらを一瞥し、口に含み、そして、小悪魔は言った。
「……咲夜さんと全く同じものが出来るとは思わないでください」
「それは、まさか……!」
「誰か、小悪魔さんに衣装を!」
ぶわさっ、と小悪魔は自らまとっていた司書服を脱ぎ捨てた。そして、その下から現れたのは、見事なコックの衣装。いつの間にか、頭には帽子をかぶっている。普段、頭に生えていた羽が、帽子の側面から生えていた。実は取り外し可能だったらしい。
「あっ、あれはっ!」
「な、何――――――――っ! 知っているのか、メイドC――――――――っ!」
「ええ……間違いないわ……!
かつて、私が魔界に旅行していた時のこと……あらゆる甘味処、あらゆるお菓子屋で聞いた『奇跡のパティシエール』……!」
ちなみに魔界へは、幻想郷から週に二回、シャトルバス(しんき観光運営)が出ている。
「まさか、あなたが、あの『パティシエール・ザ・リトル』さんなのですか!?」
「……さあ。その方のことは存じ上げません」
「あ、そうなんですか」
「いやいやいやいやいや。そこは『そんなはずは!?』とかって追求するんじゃないんですか!?」
「え? そうなんですか?」
「この子、おばかなんです」
「あ、やっぱり」
というわけで、厨房に勢いが戻った。
新たな戦力として参戦した小悪魔が、メイド長の残した戦いの残滓を基に『伝説のケーキ』に取り組む。それを、メイド達は、横で必死にサポートすると言う姿が、そこにあった。
「ねぇ、小悪魔。私が頼んだお茶のお代わり……」
「パチュリー様、こちらに代わりがございますので、ご自分で持って戻ってください」
「いや、私は小悪魔に用事があるのであって……」
「誰か! クリームを作ってください! 配分はこのレシピどおりに!」
「かしこまりました!」
「……むきゅー……」
厨房から追い払われた魔女の背中は、とてもすすけていたと、掃除をしていたメイド達は語る。
そのメイド達が魔女の周囲を取り囲み、『いつかいいことありますよ』『パチュリー様、ふぁいと』と慰めてきたので、何だか悲しくなって、以後、三日ほど魔女は自室から出てこなかった。
「行ける……! これは行けるわ!」
「はい! これで、お客様に最高のケーキをプレゼントしてあげられますね!」
「ええ! あともう一息よ!」
「……何か、ずいぶんかかってるなぁ」
出されたケーキも全部平らげ、はたては時間をもてあましていた。
すでに、メイドから提示された一時間はとうに過ぎている。
ちょっと食べ過ぎたかな、と彼女はテーブルから立ち上がると、近くのメイドに「ちょっと歩いてきます」と言って表のエントランスへと戻っていく。
――と、
「はっはっはー! 今日も今日とて本を頂きに参上しt……!」
『今忙しいんだから帰れ!』
「あべし!」
突入してきた魔法使いがメイド達に取り囲まれ、四方八方からパイを投げつけられて撃沈した。
後に魔法使いは語る。
『弾幕はパイだな』
その言葉を勘違いしたことで、以後、『巨』と称されるキャラのバランス修正が、数値ごと(85まで)になされ、能力が大幅に上昇することになるのだが、それは今、問題にするべきことではないので割愛する。
さらに追記すると、「私の存在ってパイ投げ以下なのね……」と門番が膝抱えて一週間ほどいじけていたが、上記の修正に伴い、一気に最強キャラの一角へと躍り出ることになるのだが、それも割愛する。
「ちょっと散歩してこよっと」
甘いものは別腹というが、その別腹が甘いもので一杯になってしまうと、入るところがなくなってしまう。
さすがのはたても、ケーキ20個を平らげるとお腹が膨れてしまうのか、適当に紅魔館周りの散歩へと出かけるのだった。
「……これはっ!」
希望の光に包まれていた厨房に、一瞬にして暗雲が立ち込めたのはその時だった。
「どうしたんですか!?」
「……足りない……!」
「え?」
「材料が足りないっ!」
その言葉に、メイド達の間に『かきしゃあっ!』と雷撃が走った。
ごごごごごごご……、という擬音と共に暗闇に室内が塗り替えられる中、小悪魔は続ける。
「……甘味が足りない……。
砂糖ではない甘味……それが、このケーキを彩るもの……」
「砂糖以外の材料ですか!? すぐに買いに……!」
「いいえ、違う!
そう、これは……蜜……!」
「あなた達、ちょっと物陰いってきていいわよ!」
「はーい」
「じゃ、いきましょうか」
一部のメイド達が席を外す。
誰かが『あ、いいなぁ』とつぶやいたその時、小悪魔の言葉は続けられる。
「蜂蜜です!」
「誰かあの子達、連れ戻してきて!」
「もう無理です!」
「早いわね!?」
「なんてこと……!
しかも、この蜂蜜は、博麗神社麓の人里の、三丁目七番地の曲がり角に住んでいる養蜂家の呉作・ザ・サンシャインさん略してごっさんのものです!」
「誰か取りにいってきなさい! お金は気にしなくていいわ!」
「はい! ごっさんですね!」
「えらい特定されてますからすぐに戻ってきます!」
「すいません!」
「紅魔館のものです! 呉作・ザ・サンシャインさん略してごっさんはいらしゃいますか!?」
博麗神社麓の人里の一角、三丁目七番地の曲がり角にやってきたメイド達の声に、目の前の家のドアが開く。
「……ひっ」
「……メイドAちゃん。あたし、実はあなたのことが……」
現れたのは、やたらがたいのいいごっさん(略)さんだった。
身長は優に二メートル。腕や足はまるで丸太のようだった。顔は巌のように厳しく、そのまとうオーラは圧倒的。さながら世紀末の覇王のごとく、圧倒的な存在感だった。
彼はメイド達を見下ろし、言う。
「あっらぁ~、かわいいおじょ~ちゃんねっ♪」
『だっしゃぁぁぁぁぁぁ!』
どうやらオカマだったらしい。
「で、なぁに? あたしに何か用事?」
しかも、仕草一つ一つがやたら女っぽかった。
かなり気合と年季の入ったオカマであるらしい。地面に逆さまに突き刺さる形でボケたメイド二人は『実はこれこれこういう事情なんです』とごっ(略)さんに事情を説明する。
「……あら、蜂蜜? そうなの、困ったわねぇ」
「え?」
「あの……えっと、お高いんですか?
でしたらご心配なく! いざとなれば、お嬢様のぶたさん貯金箱も壊して持ってきます!」
最近、新しく買ったお嬢様のぶたさん貯金箱には、実は結構な額のお金がたまっていることは周知の事実である。
『これ、ぶーぶー鳴いてかわいいのよ』とお嬢様は笑顔でメイド達にそれを見せて回り、何名かのメイド達が『我が生涯に一片の悔いなし!』といい笑顔で旅立っていったのだが、とりあえずそれは後回しにしよう。
その、お嬢様に冷たい現実を突きつける選択肢すら、今の彼女たちには迷う理由がない。
彼女たちの視線を受けてご(略)さんは答える。
「ううん、そうじゃないの。
ちょっと、取りに行くのが面倒なのよねぇ」
「……はあ」
『取りに行く』とは?
二人は顔を見合わせる。
普通、養蜂家といえば、家のすぐ近くにミツバチをたくさん飼っているはずでは?
二人の疑問などさておき、ご(略)さんは『けど、かわいいお嬢ちゃん達の頼みなら断れないわね』と家の中に引っ込んでいき――、
「じゃ、行きましょうか」
「は、はい」
なぜか服を着替えて出てきた。漆黒の鎧が妙に気になったが、メイド達は追及をすることはなかった。
彼について、二人は人里を進み、段々、その足は道を離れ、やがて人も通わぬような森の中へと案内される。
え、何これ。
すでに気づいた時には、どう頑張っても彼の道案内なしには帰れないようなところまで、彼女たちは辿り着いてしまっていた。
「……いい? ここからは、決して物音を立てないように。死にたくなければ」
「……え?」
「あれ……?」
彼の周囲から物音が消えた。
どういう理屈か、ぶら下がる木々の枝葉を手でよけた時も音一つしない。しかも、気配も微弱であり、ちょっと目をつぶれば、そこに『彼』という存在がいなくなってしまいそうだった。
とりあえず、彼女たちはふわふわ空中に浮かび、なるべく周囲の音を刺激しないようについていく。
――そして。
「……あれよ」
『……何あれ』
そこにあったのは、ミツバチの巣、と彼が言うものだった。
しかし、それはとてもじゃないが『ミツバチの巣』じゃなかった。少なくとも、彼女たちの知るミツバチの巣では断じてない。
高さ数十メートル、横幅百メートルを優に超える、巨大なタワー。飛び交うミツバチ(?)のサイズは全長数メートル。
普通、彼らが巣に運ぶのは花の蜜のはずなのだが、そこらの人里から盗んできたと思われる牛だの豚だの馬だの、挙句、狼やらまで巣に運ばれていく。
「あそこに、あなた達が欲しがっている蜂蜜はあるわ」
二人は沈黙したまま、動けなかった。
あなた達はそこで待ってなさい。
ご(略)さんが、行動を起こす。
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
山々が、森が、大地が、そして幻想郷が鳴動した。
一つの巨大な岩の塊を想起させるような巨体が立ち上がり、ミツバチ(?)の巣へと突撃していく。いつの間にか、装備していた鎧は粉みじんになって吹き飛んでいた。何のために装備したんだ、あの鎧。そう思ったメイドたちであったが、ツッコミする余裕はなかった。
ミツバチ(?)達は目の前の巨神を前に動揺することなく、一斉に彼へと襲い掛かっていく。
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
拳一発。
その丸太のような腕と、鉄球のような拳から放たれる破壊力はすさまじく、ミツバチ(?)が一発で粉々に吹っ飛び、地面の上に落下していく。
その彼の背後に接近するミツバチ(?)。巨大な針で彼を一撃の下にしとめようとするのだが、
「効かぬ、効かぬなぁっ!」
ぱきーんとかいう音を立てて、彼の体に触れた途端、針のほうが砕け散った。
彼はそのミツバチ(?)をアッパーで天空高くぶっ飛ばすと、近くの大木に手を伸ばす。
「むぅぅぅぅぅぅぅんっ!」
ありえんことだが、大木が根っこから抜けた。
「どぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
まさに巨神。
大木片手にぶんぶん振り回し、並み居るミツバチ(?)をばったばったと薙ぎ倒す人間など、これまで、彼女たちは見たことがなかった。
というか、アレ、人間じゃなくてご(略)さんっていうイキモノね、と彼女たちは語っていた。
その意識が、直後、引き戻される。
「むぅっ!?」
ばきぃっ! という音と共に大木がへし折れた。
「……何の騒音かと思って見に来てみれば」
「くくく……現れたわね! 女王蜂!」
ご(略)さんと同じくらいの体格の女王蜂(仮)がそこに立っていた。ごつくてでかかった。アレ、女じゃないよね、と彼女たちは語った。
「また貴様か、人間!」
「あなた達の蜂蜜、久方ぶりに頂くわよ! かわいいお嬢ちゃん達が欲しがってるんだからねぇっ!」
「そう言われてやると思うか!」
「思わないわね! いつも通り、力ずくで奪い取る!」
「やってみろやこらぁ!」
「行くぞおらぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「っしゃぁオラぁっ! かかってこいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その後、行われた戦いは、彼女たちが『二大怪獣大激突』という題名で、以後、紅魔館で語り継ぐことになる戦いだった。
途中で八雲紫が現れ、彼女たちに『あれ、止められませんか?』と尋ねられ、「私にも出来ないことがあるのよ」とあっさり退散していくほどの激闘は、15分ほどで終わりを告げた。
周囲の森は破壊され、巣も半壊している。
その中で怪獣Aは怪獣Bに肩を貸しながら、「また今度も、頂きにくるわね」「ふふふ……次こそぶっ殺してやるわ」という会話をしながら、巣の中へと入っていく。
「……とりあえず、『ありがとう』って言おうね」
「うん……そうだね」
ポツリとつぶやくメイド達のけだるい午後の一幕だった。
「……できた……」
小悪魔はつぶやく。
メイド達の視線が、一斉に、彼女の前に置かれたケーキへと向けられた。
「出来ましたっ! 伝説のケーキ、復活ですっ!」
割れんばかりの声援と、轟音にも等しい拍手の音が厨房全体に響き渡る。
それは、美しいケーキだった。
雪の冠をかぶった山と言うことが出来るだろう。
全体をクリームとパウダーで包み込んだ、真っ白なケーキ。しかし、そこにフォークやナイフを入れれば、薄黄色のスポンジが、まるで雪解けを待つ大地のように溢れ出す。
「持って行ってください! 伝説のケーキ、その名も『スノーホワイト』ですっ!」
「はい、ただいま!」
ちなみにあのメイド二人が持ってきた蜂蜜は、そのケーキを彩るためのソースに使われた。もちろん、ケーキ本体とはなんら関係ない、ただの見栄え重視のトッピングである。
「お待たせしました、お客様!」
「あ、は、はい!」
テーブルの陰に隠れるように、なぜかこそこそしていたはたてが、慌てて椅子の上に飛び乗った。
食堂の外からは、『はーたーん、どこですかー!』『はたたん、写真撮影をー!』という声が響いている。
これは先ほどまで、はたてが散歩兼の運動として『私は新聞記者』をフルコーラスダンスつきで熱唱していたことに起因する。彼女のその歌と踊りですっかりと魅せられた『ファン』たちが鼻息も荒く、はたてを探し回っているのだ。
それはともあれ、はたてはテーブルにつくと、出されたケーキに、そっとフォークを入れた。
そうして、一口。
途端、口の中でとろけていくクリームと、ほんのり香るミルクの香りに、思わず、
「美味しい!」
はたてのミラクルスマイル3rd stageが炸裂した。
彼女のその笑顔を見たほかの客及び、はたてを見つけたファンの優に6割が彼岸の渡し守に『はーたんの笑顔』について語り、その渡し守から『冷やかしなら帰っとくれ』と追い返されて生き返ってまた死んでを繰り返す中、はたてはケーキを『美味しい、美味しい』と食べ終える。
「……はぁ。満足……」
「あの、ありがとうございました。それから、お待たせしてしまいまして、大変申し訳ありませんでした」
「ううん、いいよ。わたしの方こそ、こんなに美味しいケーキを食べさせてもらえて幸せだわ……」
椅子から立ち上がるはたて。そして、御代をメイドに渡して、言う。
「……次の予約、何年後?」
「7年後です」
「また来るわ」
その時には、また、きっと。もう一度、美味しいケーキを食べられることを信じて。
彼女、姫海棠はたての一日は幕を下ろしたのだった。
「――ってわけでね。
いや~、美味しかったの何の。あんた達にも持って帰ってきてあげたいくらいだったわ」
「いやはや、それはそれは。
けれど、私ははたてさんが元気になって何よりですよ。先日なんて干からびてたじゃないですか」
「我慢が必要なのよ。美味しいものを食べる時には」
「あはは、そうなんですか」
「ところで、はたてさん。文さんでもいいですけど。
私の分の、頼んでたケーキはどうなりました?」
・
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『あ。』
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「……もしかして……忘れた……?」
「あ、い、いや、そうじゃないのよ、椛!」
「そ、そうですそうです! これは、あの、ほら、何と言うか、ほんの運命のいたずらというか!」
「……文さんとはたてさんの代わりに……三年前……一ヶ月間……必死に並んで……予約……とったのに……」
「ち、ちょっと椛!? あの、目が怖いんだけど!?」
「椛さん、落ち着いて! あ、ほら、どうぞ、ほねっこですよ!」
「がおーっ!」
「いったぁーっ!?」
「ちょ、椛さん、はたてさんの頭はケーキじゃないですよかみついちゃダメですいったぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「文のおしりはかじっても美味しくないわよ椛ちょっと落ち着いてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
~終~
「メイド長! 予約のお客様が来られました!」
「もう!? 予定より30分も早いわ!」
「はい! 何でも『予約していたものが楽しみすぎて大急ぎでやってきた』だそうです!
ちなみに、『べっ、別に、あんた達のところのものが美味しいからとかそんなんじゃないんだからね!』ってツンデレてました!」
「……くっ。まずいわね……まだ完成していないわ……」
厨房の中、そこを預かるメイド長の前には、小さな小さなプチケーキ。
だが、驚くなかれ。このプチケーキ、ここ、紅魔館において『最上級』と評される幻のケーキなのである。
その風味は言うに及ばず、希少性にかけては、館のお嬢様ですら『申し訳ありません。予約してください。ちなみに予約は5年先まで埋まってます』というレベル。
その季節季節の最上級の食材だけを使い、あらゆるものを妥協しない『完成品』ラインを敷くことで、そのラインに乗ることの出来なかったものを片っ端から弾き、さらにそのラインを超えることの出来た『勝者』にすらほんの少しの風味の変化、型崩れ、色合い、さらには写真を撮影した時の写真写りですら判断基準となる。
こうして徹底的にこだわりを持ち、『やりすぎでしょう』とどこぞの門番にツッコミ入れられて、『やっぱりそうだよね』と全員が薄々感じつつもやめることの出来ない、伝説のケーキであった。
ちなみに、そうして破棄されたケーキは、厨房担当のメイド達が美味しく頂いているため、彼女達にとっては幻でもなんでもないことは付け加えておこう。
なお、お嬢様はその事実を知らず、3年後の予約をとっても楽しみにしている。
「仕方ない! お客様を待たせるのはうちのルールに反するけれど、この場合は非常事態よ!
例のケーキとお茶をお出しして!」
「かしこまりました!」
「メイド長、もうそのケーキはそこで充分のはずでは……」
「……ダメよ。まだ最後の仕上げが残っているわ……」
「……そこまで……!」
メイドは戦慄した。
目の前の女性の、ケーキにかける情熱に感服すると同時に畏怖すら抱いた。
そこまでのこだわりを持ち、しかも妥協しないからこそ、『伝説』とまで言われるケーキ。それに取り組む職人の情熱。
彼女は、そして、最後の最後までメイド長の真髄を見つめ、記録することを決意した。
今の、このメイド長の姿を忘れてはいけない。いつか自分の命が潰えた後も、永遠に語り継がなくてはいけないものなのだと、その時、彼女は確信した。
――その後、彼女が出版した『メイド長――ケーキと彼女とその愛――』は幻想郷の歴史に残るベストセラーとなり、紅魔館の財政を潤すと共に、メイド長から『あなたねぇぇぇぇぇぇぇ!』と愛のナイフを受けることになるのだが、それは今は関係ない。
「申し訳ありません、お客様。もう少々、お渡しには時間がかかる予定でございます」
「そう。まぁ、いいわ。
3年間……待ちに待ったケーキだもの。数分、数十分、たとえ数日であろうと待つわ」
「大変申し訳ございません。あちらで、お待ちの間、お座りになっていてください。お席に用意しましたケーキセットにつきましては、どうぞ、ご自由に」
「ありがとう」
紅魔館のロビーが、いつからか、人妖問わず大賑わいになったのは、もうずいぶん前のこと。
その流れの中を、はたて嬢はメイドに案内されるまま、食堂エリアへと移動する。そのエリアの右奥側に、彼女は案内され、席に着いた。
「それでは失礼致します」
ぺこりと頭を下げて去っていくメイド。
彼女を見送ってから、はたての視線は、目の前のケーキと紅茶に向いた。
「……」
きょろきょろと、辺りを見渡す。
他人の姿はとても多い。だが、こういう場の常で、彼らの視線は、皆、対面の相手か、あるいは目の前の食べ物に向いている。
こうした場は、公共の場であると共に個人の場でもあった。
だからこそ、はたては、
「いっただっきまーす♪」
ついぞ、友人の鴉天狗にすら見せたことのない、すんばらしいまでの笑顔と共に、目の前のケーキにかぶりつけるのである。
これを、はたてスマイル1st contactというのだ。
「出来た……出来たわっ!
この10年で最高の出来のケーキが、ついにっ!」
「メイド長、さすがですっ!」
「私たち、一生、あなたについていきます!」
「メイド長、最高!」
「メイド長!」
「メイド長!」
「メイド長!」
「ありがとう……ありがとう、みんな……」
それから30分ほど後。彼女は見事、幻の伝説の最高のケーキを完成させていた。
10年に一度しか完成しない、そのケーキ。見間違いではなく、その場の全員には、メイド長の掲げたそれが後光を放っているように見えていた。
ちなみに、このケーキは完成のたびに『その年で最高の出来』、『これまでで一番の出来』、『これ以上のものは、今後数年作ることが出来ない出来』、『過去最高と言われた三作目を超える出来』、『五年ぶりの快挙と言える出来』など名前が変わっているが、気にしてはいけない。
「さあ、ラッピングよ! これをお客様にお出しするための、最高のラッピングを……!」
しかし、その瞬間、神のいたずらが起きた。
メイド長は振り返り、一歩、足を前に踏み出した瞬間、自分の足に蹴躓いてバランスを崩したのだ。ドジっ娘の本領発揮であった。
しかも最悪なことに、普段はそういうドジをカバーすることの出来る彼女の能力が、その時、あまりの疲労のために使えなかった。
宙を舞うケーキ。
メイドの一人が必死に手を伸ばし、それを受け止めようとした。だが、ケーキは彼女の頭上を飛び越えていく。
その後ろのメイド三人がタワーを作り、ケーキを受け止めた――のだが、次の瞬間、慣れない力仕事に土台が崩壊した。
落としてなるものかとケーキをレシーブするメイド。
その動きに他の一人が無条件に反応し、幻想郷最強と言われたバレーチーム、『ハートオブ体操服』(衣装提供:香霖堂)の最強アタッカー聖白蓮の放つ『ナムサンバスター』を超えるアタックが放たれた。
「へぶしっ!」
ずばーしゅ! という効果音と共にケーキはメイド長の顔面へと戻っていった。
彼女は身を挺して、ケーキが床に落ちると言う最悪の事態を回避したのだ。
「メ、メイド長ーっ!」
しかし、被害は甚大であった。
紅魔館でも名をはせるドジっ娘メイド長は「わ……私はもうダメ……。誰か……誰か、あのケーキを……ケーキを……」とうなされながら、顔面クリームまみれにして保健室へと運ばれていった。
その様子を見たお嬢様の妹が「ケーキ、ケーキ♪」とメイド長の顔をぺろぺろなめている様に、メイド数名が萌え死んだ。
かくて、厨房は大混乱の極みの中に突入する。
「誰か! 誰か、あのケーキを作れる人はいない!?」
「いません! レシピを知る人は、この場にはメイド長だけです!」
「マイスターの方々は!?」
「今日は皆さん、半年振りの休日のため、『地獄温泉ぶらり旅~旧都列車の車窓から~』に行かれてしまっています!」
「なんてこと!」
その場を仕切る、この場のメイド達の中で最も勤務経験の長いメイドが、はしたなくも床を蹴りつけた。妖精とはいえ妖怪である。その妖怪の力でそんなことをやったものだから、床の建材が砕け吹き飛び、さながらどこかのゲイザーやストームのようであった。
もちろんよけきれなかったメイド数名が『うーわうーわうーわうーわ……』という残響の残る悲鳴と共に天井まで飛んでいった。
「ともあれ、お客様よ! お客様に事情を説明して、もう少しだけお待ちいただくのよ!」
「ですが、誰もケーキを作れないのでは……!」
「理由もなくお客様をお待ちさせることだけはあってはならないわ! 行きなさい!」
「イエス・マム!」
「まーっだかなー♪ まーっだかなー♪」
すでにはたては出されていたケーキと紅茶を平らげていた。
その味にも満足しており、ついでに言うなら、内心『らっきー♪』とまで思っていた。
彼女はここ数日、例の伝説のケーキを食べるために、甘いもの絶ちをしていたのである。
一日に最低一個の甘いものを食べなければいらいらしてくる彼女が、これほど長い間、甘いものに手を出さなかったのは初めてであった。
彼女の友人の鴉天狗は、『お願いです、はたてさん! これを! このお饅頭を食べてくださいっ! 私はもう、やつれるあなたを見たくありません!』と涙ながらにはたてに懇願していた。
しかし、はたては、彼女のあふれんばかりの想いと目の前の饅頭の誘惑に耐え、打ち勝ち、倒れる寸前までの我慢を完遂していた。
そして、今。
彼女は、その日々に勝った『自分へのご褒美』(笑)を伝説のケーキに求めようとしたのだが、何の偶然か、待ち時間が出来てしまい、しかもその間、『どうぞ』と差し出されたケーキにすっかりご満悦であった。
ぶっちゃけ、伝説のケーキよりも目の前の甘いものであるはーたんである。
「……お客様」
「あ、はい! 待ってません! 待ってませんよ!」
「申し訳ありません!」
「……え?」
そのはたての前に、一人のメイドがやってきた。
彼女ははたてに向かって頭を下げる。はたては『いよいよか!』と期待して席から立ち上がり、すでにお財布(わふーもみもみ仕様。650円で香霖堂で販売中)からお金を取り出していただけに、彼女の言葉に目を点にする。
「その……少々、作成に時間がかかっておりまして……」
「あ……あー……そういうことね……。
……また出直したほうがいい?」
「あ、ああ、いえ! もう、あと1時間ほどでございます!」
しゅんとなるはたて。
その彼女を見て、メイドの彼女は、思わず嘘をついてしまった。
後に彼女は語る。
『ツンデレっ娘のしゅんとした顔ですよ!? スルーできますか!? 出来たらあなたは聖人君子ですよ! どうでもいいけど聖人君子と変態紳士って語呂が似てますよね!』
――と。
「あ、そうなの? それなら待つわ」
「は、はい。ありがとうございます。
それで、お詫びとしてなのですが……」
彼女の後ろからメイドが一人。
その手の上には、見事に光り輝く銀色のトレイ。そして、
「紅魔館特製ケーキセットをお持ちいたしました。どうぞ、遠慮なくご賞味ください」
「そ、そう? それなら仕方ないわねぇ」
色とりどりのケーキが乗せられたそれが、テーブルの上に。
同時に、メイドの彼女は紅茶のお代わりを、はたてのティーカップへと注いだ。はたてにはその瞬間、ティーポットが異次元から生えてきたように見えたが、多分、目の錯覚である。
「大変申し訳ありません。今しばらくお待ちください」
トレイの上からケーキをテーブルに移した後、彼女たちは一礼して去っていく。
それを見送ってから、
「いただきまーす!」
はたての満面の笑み2nd Justiceが発動した。
「誰か! 誰か、レシピを知らないの!?」
「知らないですぅ!」
「紅魔館メイドに『撤退』と『不可能』の文字はないのよ! 誰でもいい、何か手段を!」
厨房は大混乱であった。一部のメイド達は大根を持って踊っているほどである。
しかも、厄介なことに、彼女達の仕事はケーキ作成だけではないのだ。
「ちょっと! 7番テーブルのお料理、まだ出来てないの!?」
「ワインはどこやったのよ!?」
「ぎゃー! パンが真っ黒焦げになってるー! 誰よ、管理してたのー!」
「お嬢様から、この寒い時期に『アイス食べたい』ってわがままが届いたわよ!」
もう、あれやこれや。
天よ地よ、もはや慈悲などどこにもないというのか。
いよいよ諦めムードが漂う中、ざっ、という足音がした。
「……あの~、すいません。パチュリー様からお茶のお代わりと……」
小悪魔が現れていた。
彼女は普段、図書館の中にいる引きこもり根暗魔女(メイドAとBの談)の世話をしているため、こうして厨房へとやってくることは稀であった。
「小悪魔さん!」
しかし、その時の、その場のメイド達にとっては彼女はまるで女神のようであった。小悪魔なのに女神なのだ。存在のアイデンティティに関わるはなはだしき認識誤解であるが、もはやそんなことは瑣末なことであった。
「あなた、伝説のケーキの作り方、ご存知ですか!?」
「……は?」
かくかくしかじか、と事情が説明される。
小悪魔は「う~ん……」とうなりつつ、メイド長がケーキを作っていた空間へと歩いていった。
そこには、ケーキの残り香がある。
ボウルに残されたクリーム、台の上に残されたスポンジ、まだ使われずに残されたままの材料。
それらを一瞥し、口に含み、そして、小悪魔は言った。
「……咲夜さんと全く同じものが出来るとは思わないでください」
「それは、まさか……!」
「誰か、小悪魔さんに衣装を!」
ぶわさっ、と小悪魔は自らまとっていた司書服を脱ぎ捨てた。そして、その下から現れたのは、見事なコックの衣装。いつの間にか、頭には帽子をかぶっている。普段、頭に生えていた羽が、帽子の側面から生えていた。実は取り外し可能だったらしい。
「あっ、あれはっ!」
「な、何――――――――っ! 知っているのか、メイドC――――――――っ!」
「ええ……間違いないわ……!
かつて、私が魔界に旅行していた時のこと……あらゆる甘味処、あらゆるお菓子屋で聞いた『奇跡のパティシエール』……!」
ちなみに魔界へは、幻想郷から週に二回、シャトルバス(しんき観光運営)が出ている。
「まさか、あなたが、あの『パティシエール・ザ・リトル』さんなのですか!?」
「……さあ。その方のことは存じ上げません」
「あ、そうなんですか」
「いやいやいやいやいや。そこは『そんなはずは!?』とかって追求するんじゃないんですか!?」
「え? そうなんですか?」
「この子、おばかなんです」
「あ、やっぱり」
というわけで、厨房に勢いが戻った。
新たな戦力として参戦した小悪魔が、メイド長の残した戦いの残滓を基に『伝説のケーキ』に取り組む。それを、メイド達は、横で必死にサポートすると言う姿が、そこにあった。
「ねぇ、小悪魔。私が頼んだお茶のお代わり……」
「パチュリー様、こちらに代わりがございますので、ご自分で持って戻ってください」
「いや、私は小悪魔に用事があるのであって……」
「誰か! クリームを作ってください! 配分はこのレシピどおりに!」
「かしこまりました!」
「……むきゅー……」
厨房から追い払われた魔女の背中は、とてもすすけていたと、掃除をしていたメイド達は語る。
そのメイド達が魔女の周囲を取り囲み、『いつかいいことありますよ』『パチュリー様、ふぁいと』と慰めてきたので、何だか悲しくなって、以後、三日ほど魔女は自室から出てこなかった。
「行ける……! これは行けるわ!」
「はい! これで、お客様に最高のケーキをプレゼントしてあげられますね!」
「ええ! あともう一息よ!」
「……何か、ずいぶんかかってるなぁ」
出されたケーキも全部平らげ、はたては時間をもてあましていた。
すでに、メイドから提示された一時間はとうに過ぎている。
ちょっと食べ過ぎたかな、と彼女はテーブルから立ち上がると、近くのメイドに「ちょっと歩いてきます」と言って表のエントランスへと戻っていく。
――と、
「はっはっはー! 今日も今日とて本を頂きに参上しt……!」
『今忙しいんだから帰れ!』
「あべし!」
突入してきた魔法使いがメイド達に取り囲まれ、四方八方からパイを投げつけられて撃沈した。
後に魔法使いは語る。
『弾幕はパイだな』
その言葉を勘違いしたことで、以後、『巨』と称されるキャラのバランス修正が、数値ごと(85まで)になされ、能力が大幅に上昇することになるのだが、それは今、問題にするべきことではないので割愛する。
さらに追記すると、「私の存在ってパイ投げ以下なのね……」と門番が膝抱えて一週間ほどいじけていたが、上記の修正に伴い、一気に最強キャラの一角へと躍り出ることになるのだが、それも割愛する。
「ちょっと散歩してこよっと」
甘いものは別腹というが、その別腹が甘いもので一杯になってしまうと、入るところがなくなってしまう。
さすがのはたても、ケーキ20個を平らげるとお腹が膨れてしまうのか、適当に紅魔館周りの散歩へと出かけるのだった。
「……これはっ!」
希望の光に包まれていた厨房に、一瞬にして暗雲が立ち込めたのはその時だった。
「どうしたんですか!?」
「……足りない……!」
「え?」
「材料が足りないっ!」
その言葉に、メイド達の間に『かきしゃあっ!』と雷撃が走った。
ごごごごごごご……、という擬音と共に暗闇に室内が塗り替えられる中、小悪魔は続ける。
「……甘味が足りない……。
砂糖ではない甘味……それが、このケーキを彩るもの……」
「砂糖以外の材料ですか!? すぐに買いに……!」
「いいえ、違う!
そう、これは……蜜……!」
「あなた達、ちょっと物陰いってきていいわよ!」
「はーい」
「じゃ、いきましょうか」
一部のメイド達が席を外す。
誰かが『あ、いいなぁ』とつぶやいたその時、小悪魔の言葉は続けられる。
「蜂蜜です!」
「誰かあの子達、連れ戻してきて!」
「もう無理です!」
「早いわね!?」
「なんてこと……!
しかも、この蜂蜜は、博麗神社麓の人里の、三丁目七番地の曲がり角に住んでいる養蜂家の呉作・ザ・サンシャインさん略してごっさんのものです!」
「誰か取りにいってきなさい! お金は気にしなくていいわ!」
「はい! ごっさんですね!」
「えらい特定されてますからすぐに戻ってきます!」
「すいません!」
「紅魔館のものです! 呉作・ザ・サンシャインさん略してごっさんはいらしゃいますか!?」
博麗神社麓の人里の一角、三丁目七番地の曲がり角にやってきたメイド達の声に、目の前の家のドアが開く。
「……ひっ」
「……メイドAちゃん。あたし、実はあなたのことが……」
現れたのは、やたらがたいのいいごっさん(略)さんだった。
身長は優に二メートル。腕や足はまるで丸太のようだった。顔は巌のように厳しく、そのまとうオーラは圧倒的。さながら世紀末の覇王のごとく、圧倒的な存在感だった。
彼はメイド達を見下ろし、言う。
「あっらぁ~、かわいいおじょ~ちゃんねっ♪」
『だっしゃぁぁぁぁぁぁ!』
どうやらオカマだったらしい。
「で、なぁに? あたしに何か用事?」
しかも、仕草一つ一つがやたら女っぽかった。
かなり気合と年季の入ったオカマであるらしい。地面に逆さまに突き刺さる形でボケたメイド二人は『実はこれこれこういう事情なんです』とごっ(略)さんに事情を説明する。
「……あら、蜂蜜? そうなの、困ったわねぇ」
「え?」
「あの……えっと、お高いんですか?
でしたらご心配なく! いざとなれば、お嬢様のぶたさん貯金箱も壊して持ってきます!」
最近、新しく買ったお嬢様のぶたさん貯金箱には、実は結構な額のお金がたまっていることは周知の事実である。
『これ、ぶーぶー鳴いてかわいいのよ』とお嬢様は笑顔でメイド達にそれを見せて回り、何名かのメイド達が『我が生涯に一片の悔いなし!』といい笑顔で旅立っていったのだが、とりあえずそれは後回しにしよう。
その、お嬢様に冷たい現実を突きつける選択肢すら、今の彼女たちには迷う理由がない。
彼女たちの視線を受けてご(略)さんは答える。
「ううん、そうじゃないの。
ちょっと、取りに行くのが面倒なのよねぇ」
「……はあ」
『取りに行く』とは?
二人は顔を見合わせる。
普通、養蜂家といえば、家のすぐ近くにミツバチをたくさん飼っているはずでは?
二人の疑問などさておき、ご(略)さんは『けど、かわいいお嬢ちゃん達の頼みなら断れないわね』と家の中に引っ込んでいき――、
「じゃ、行きましょうか」
「は、はい」
なぜか服を着替えて出てきた。漆黒の鎧が妙に気になったが、メイド達は追及をすることはなかった。
彼について、二人は人里を進み、段々、その足は道を離れ、やがて人も通わぬような森の中へと案内される。
え、何これ。
すでに気づいた時には、どう頑張っても彼の道案内なしには帰れないようなところまで、彼女たちは辿り着いてしまっていた。
「……いい? ここからは、決して物音を立てないように。死にたくなければ」
「……え?」
「あれ……?」
彼の周囲から物音が消えた。
どういう理屈か、ぶら下がる木々の枝葉を手でよけた時も音一つしない。しかも、気配も微弱であり、ちょっと目をつぶれば、そこに『彼』という存在がいなくなってしまいそうだった。
とりあえず、彼女たちはふわふわ空中に浮かび、なるべく周囲の音を刺激しないようについていく。
――そして。
「……あれよ」
『……何あれ』
そこにあったのは、ミツバチの巣、と彼が言うものだった。
しかし、それはとてもじゃないが『ミツバチの巣』じゃなかった。少なくとも、彼女たちの知るミツバチの巣では断じてない。
高さ数十メートル、横幅百メートルを優に超える、巨大なタワー。飛び交うミツバチ(?)のサイズは全長数メートル。
普通、彼らが巣に運ぶのは花の蜜のはずなのだが、そこらの人里から盗んできたと思われる牛だの豚だの馬だの、挙句、狼やらまで巣に運ばれていく。
「あそこに、あなた達が欲しがっている蜂蜜はあるわ」
二人は沈黙したまま、動けなかった。
あなた達はそこで待ってなさい。
ご(略)さんが、行動を起こす。
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
山々が、森が、大地が、そして幻想郷が鳴動した。
一つの巨大な岩の塊を想起させるような巨体が立ち上がり、ミツバチ(?)の巣へと突撃していく。いつの間にか、装備していた鎧は粉みじんになって吹き飛んでいた。何のために装備したんだ、あの鎧。そう思ったメイドたちであったが、ツッコミする余裕はなかった。
ミツバチ(?)達は目の前の巨神を前に動揺することなく、一斉に彼へと襲い掛かっていく。
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
拳一発。
その丸太のような腕と、鉄球のような拳から放たれる破壊力はすさまじく、ミツバチ(?)が一発で粉々に吹っ飛び、地面の上に落下していく。
その彼の背後に接近するミツバチ(?)。巨大な針で彼を一撃の下にしとめようとするのだが、
「効かぬ、効かぬなぁっ!」
ぱきーんとかいう音を立てて、彼の体に触れた途端、針のほうが砕け散った。
彼はそのミツバチ(?)をアッパーで天空高くぶっ飛ばすと、近くの大木に手を伸ばす。
「むぅぅぅぅぅぅぅんっ!」
ありえんことだが、大木が根っこから抜けた。
「どぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
まさに巨神。
大木片手にぶんぶん振り回し、並み居るミツバチ(?)をばったばったと薙ぎ倒す人間など、これまで、彼女たちは見たことがなかった。
というか、アレ、人間じゃなくてご(略)さんっていうイキモノね、と彼女たちは語っていた。
その意識が、直後、引き戻される。
「むぅっ!?」
ばきぃっ! という音と共に大木がへし折れた。
「……何の騒音かと思って見に来てみれば」
「くくく……現れたわね! 女王蜂!」
ご(略)さんと同じくらいの体格の女王蜂(仮)がそこに立っていた。ごつくてでかかった。アレ、女じゃないよね、と彼女たちは語った。
「また貴様か、人間!」
「あなた達の蜂蜜、久方ぶりに頂くわよ! かわいいお嬢ちゃん達が欲しがってるんだからねぇっ!」
「そう言われてやると思うか!」
「思わないわね! いつも通り、力ずくで奪い取る!」
「やってみろやこらぁ!」
「行くぞおらぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「っしゃぁオラぁっ! かかってこいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その後、行われた戦いは、彼女たちが『二大怪獣大激突』という題名で、以後、紅魔館で語り継ぐことになる戦いだった。
途中で八雲紫が現れ、彼女たちに『あれ、止められませんか?』と尋ねられ、「私にも出来ないことがあるのよ」とあっさり退散していくほどの激闘は、15分ほどで終わりを告げた。
周囲の森は破壊され、巣も半壊している。
その中で怪獣Aは怪獣Bに肩を貸しながら、「また今度も、頂きにくるわね」「ふふふ……次こそぶっ殺してやるわ」という会話をしながら、巣の中へと入っていく。
「……とりあえず、『ありがとう』って言おうね」
「うん……そうだね」
ポツリとつぶやくメイド達のけだるい午後の一幕だった。
「……できた……」
小悪魔はつぶやく。
メイド達の視線が、一斉に、彼女の前に置かれたケーキへと向けられた。
「出来ましたっ! 伝説のケーキ、復活ですっ!」
割れんばかりの声援と、轟音にも等しい拍手の音が厨房全体に響き渡る。
それは、美しいケーキだった。
雪の冠をかぶった山と言うことが出来るだろう。
全体をクリームとパウダーで包み込んだ、真っ白なケーキ。しかし、そこにフォークやナイフを入れれば、薄黄色のスポンジが、まるで雪解けを待つ大地のように溢れ出す。
「持って行ってください! 伝説のケーキ、その名も『スノーホワイト』ですっ!」
「はい、ただいま!」
ちなみにあのメイド二人が持ってきた蜂蜜は、そのケーキを彩るためのソースに使われた。もちろん、ケーキ本体とはなんら関係ない、ただの見栄え重視のトッピングである。
「お待たせしました、お客様!」
「あ、は、はい!」
テーブルの陰に隠れるように、なぜかこそこそしていたはたてが、慌てて椅子の上に飛び乗った。
食堂の外からは、『はーたーん、どこですかー!』『はたたん、写真撮影をー!』という声が響いている。
これは先ほどまで、はたてが散歩兼の運動として『私は新聞記者』をフルコーラスダンスつきで熱唱していたことに起因する。彼女のその歌と踊りですっかりと魅せられた『ファン』たちが鼻息も荒く、はたてを探し回っているのだ。
それはともあれ、はたてはテーブルにつくと、出されたケーキに、そっとフォークを入れた。
そうして、一口。
途端、口の中でとろけていくクリームと、ほんのり香るミルクの香りに、思わず、
「美味しい!」
はたてのミラクルスマイル3rd stageが炸裂した。
彼女のその笑顔を見たほかの客及び、はたてを見つけたファンの優に6割が彼岸の渡し守に『はーたんの笑顔』について語り、その渡し守から『冷やかしなら帰っとくれ』と追い返されて生き返ってまた死んでを繰り返す中、はたてはケーキを『美味しい、美味しい』と食べ終える。
「……はぁ。満足……」
「あの、ありがとうございました。それから、お待たせしてしまいまして、大変申し訳ありませんでした」
「ううん、いいよ。わたしの方こそ、こんなに美味しいケーキを食べさせてもらえて幸せだわ……」
椅子から立ち上がるはたて。そして、御代をメイドに渡して、言う。
「……次の予約、何年後?」
「7年後です」
「また来るわ」
その時には、また、きっと。もう一度、美味しいケーキを食べられることを信じて。
彼女、姫海棠はたての一日は幕を下ろしたのだった。
「――ってわけでね。
いや~、美味しかったの何の。あんた達にも持って帰ってきてあげたいくらいだったわ」
「いやはや、それはそれは。
けれど、私ははたてさんが元気になって何よりですよ。先日なんて干からびてたじゃないですか」
「我慢が必要なのよ。美味しいものを食べる時には」
「あはは、そうなんですか」
「ところで、はたてさん。文さんでもいいですけど。
私の分の、頼んでたケーキはどうなりました?」
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『あ。』
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「……もしかして……忘れた……?」
「あ、い、いや、そうじゃないのよ、椛!」
「そ、そうですそうです! これは、あの、ほら、何と言うか、ほんの運命のいたずらというか!」
「……文さんとはたてさんの代わりに……三年前……一ヶ月間……必死に並んで……予約……とったのに……」
「ち、ちょっと椛!? あの、目が怖いんだけど!?」
「椛さん、落ち着いて! あ、ほら、どうぞ、ほねっこですよ!」
「がおーっ!」
「いったぁーっ!?」
「ちょ、椛さん、はたてさんの頭はケーキじゃないですよかみついちゃダメですいったぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「文のおしりはかじっても美味しくないわよ椛ちょっと落ち着いてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
~終~
椛がんばれちょうがんばれ。でも噛み付きは手加減してあげてね。
本文の不条理さに笑い転げました
笑いすぎて点を入れ忘れたのでもう一度来ました
そしたらまたタイトルで吹きました
妖精メイドは犠牲になったのだ……
凄まじい勢いでした
本気で採算度外視なんだな……