Coolier - 新生・東方創想話

もこまち

2009/05/26 03:20:20
最終更新
サイズ
7.92KB
ページ数
1
閲覧数
1157
評価数
4/41
POINT
2150
Rate
10.36

分類タグ




「さて。次はどいつのところへ行こうか」
 
 ゆっくりと上半身を起こして、川面に向かって言葉を投げかける。返ってくるとは思っていない。音がどういう風に散らばって、どういう風に消えていくのか。言葉が川面を上滑りするような時は、調子が空回っている時。逆に、すぐ川中に沈んでしまうような時は、調子が出ていない。良い感じの時は、じわりと広がって、すっと消える。感覚的なもので、上手く言葉で説明できるものではないのだが、そんな感じ。
 
 ところで、今日の声はそこまで悪くない。少々湿り気を帯びていたようで、川面に吸い込まれていったと思えば、霧になって立ち昇ったかのような錯覚がする。周囲は、ひんやりとした空気に包まれて、一面に霧が立ち込めている。いわゆる川霧というやつで、気温が低く、その代わり水温が高く、その温度差が一定以上になると発生するらしい。ただし、この川霧は、自分を原因として発生したものである。気質が発現すると、それは川霧であった、という話。
 
 とある天人の仕業によって、気質が天気となって現れる。この現象を知ってから、何人かを見て回ったが、それぞれ気質が違って面白い。ただし、意外、という感じを受ける者はいなかった。それぞれの気質が言動に表れている。そして、そういう目で自分の気質を見ると、やはり、意外ではない。
 川霧というのは、温度差、つまりはギャップのあるところにしか現れない。立ち込めた霧は視界を遮り、本来の姿を隠す。私は、自分で言うのも何だが、それなりに明るさや気前の良さを見せるし、話好きで、相手からすると一緒にいて損をしない存在だと思っている。
 一方で、私の中には、常にどこか冷めている自分がいて、物事を冷静に分析し、見通しを立ててしまう。見通しが立ってしまうと、どうにもやる気がなくなってしまうことも多い。私は、誰かと話をする前に、まず私と対話をして一定の答えを出してしまっているのだ。もっとも、自分の中に二種類の自分がいたとして、明確に分かれているわけではなく、綯い交ぜになって私という人格を形成しているために、自分がどういう行動を取るのかは自分でも上手く把握できないでいる。
 
 それにしても、と思わないわけではない。自分の気質を知るということは、一面においては残酷なことである。好きなのは晴天だが、自分の周りには霧。冷気に囲まれ、陽光も当たらず、とてもではないが生命を育むことなどできはしない。死神という職業上、不都合はないのだが、死神らしくないことを自負している身としては複雑である。ただし、適度な湿度をもった霧の中で横になり、色々と考えるのは嫌いではない。晴天が欲しければ、晴天にしてくれる誰かのところに行けばいいだけだし、迷いがあればあの人のところに行くまでである。
 
「よし。もうちょっとましな晴天を探しに行こう」
 
 さっきは冥界の蒼天の庭師に会ってきたのだが、見事なまでに蒼い空だった。晴天が好きとはいえ、あそこまでいくと逆にすごしにくい。
 さて、探しに行くとは言ったが、当てがないというわけでもない。そういう天気、のところに行けばいいからである。川を下って行ったところに、一か所だけ、不自然に晴れているところがあるのだ。とりあえず、そこに行けば何とかなる気がする。そう思って、目当ての場所へと歩き出した。
 
 歩きながら、何故自分は歩いているのかについて考えてみる。徒歩というのは、自分が取りうる選択肢のうち、最も時間のかかる方法なのだ。最も時間のかからない方法は、距離を操ること。他に、空を飛ぶという方法がある。また、せっかく川があるのだから、川下りというのも悪くないはずだ。にもかかわらず、私は徒歩を選んでしまう。普段が舟の上だから、地に足をつけられる時にはそうしていたいのかもしれないし、単に時間がかかるやり方が好きなだけかもしれない。頭の後ろで手を組んで、適当な鼻歌でも口ずさみながら、ゆっくりと、ゆっくりと歩いて行く。霧はまだ、晴れない。
 
 
 どれくらい歩いただろうか、急に視界が開けたかと思うと、その先には少女が一人。透き通るような白い肌に、銀色の長髪が風になびいていた。どうやら釣りをしているようで、川面とにらめっこをしている。静けさの中に私の足音が響いたおかげで、こちらの方を向いてくれて、その探るような目線に、笑顔を返す。
 
「お前さんが晴れ女だね」
 
「そんな名前で呼ばれたことはないんだけど」
 
 さほど警戒はされていないようである。相手が誰であろうが特に問題にしないだけのものを持っているのだろう。こちらとしても、話がしやすいのは助かるところ。特に、こんな鎌を持って歩いているような輩は警戒されがちだから。
 
「空は晴れ渡って雲一つない。それでも、太陽が照りつけるわけではなく、穏やかさを感じさせる好い天気だ。惜しむらくは、時折風が吹く」
 
「それと私と、何か関係があるのかい」
 
「あるんだねぇ。この天気は、間違いなくあんたの気質」
 
「気質?」
 
「そそ。お前さん自身の性質のことだ。期間限定で、そいつが天気になって現れる。逆に言えば、天気を見れば、気質がわかる」
 
「ああ、それで晴れ女」
 
 どうやら納得してくれたようだ。うんうん、飲み込みも早いし、こいつは良い。
 
「お前さんの気質は晴朗だな。晴朗は嵐が通り過ぎた後の穏やかな晴れで、長く苦しんだが故の平穏を求める心の現れだ。風は嵐の名残だろう」
 
「さてはあんた、占い師か何かね」
 
「いやいや、あたいはしがない船頭でね。ただ、占いはやらないが、人相見の真似事ができる」
 
「私の顔に何を見た?」
 
「不思議なことに、お前さんには死相が無い。死ある者には、必ず死相が出ていて、その程度で寿命を見るんだが……」
 
 そう言って、そこから先を相手に言わせるように視線を向ける。すると少女は破顔一笑、佳い顔をした。天気じゃなくて、容姿に気を取られていたら、惹かれていたかもしれない。
 
「貴方、転職したほうがいいかもしれないよ。大正解で、私には死が無いの。正確には、死んだとみえても蘇る」
 
「こいつは驚いた。気質は幽霊と同じで、死後の姿を表しているというのに。不死者にも死後の概念があるだなんて」
 
「まあ、私は後から死ななくなったから、最初から死なないような奴とは違うかもしれないけど」
 
「なるほど。お前さんが晴朗の気質を得るに至ったのもわかる気がする」
 
 きっと彼女は自分よりもずっと長い時間を生きてきたのだろう。様々な辛い出来事のさなかでは、彼女の心は荒れに荒れていたに違いない。しかし、嵐は止んだ。自分に重ね合わすなどという愚かしいことはしない。しないとしても、このような人間がいるということを知ったのは、吉いことだった。
 
 何とはなしに感慨にふけっていると、彼女が私に水を向ける。
 
「ところで、貴方の気質はどんなの?」
 
「ああ、せっかくの晴天を邪魔するのは気が引けるが、お礼がてら披露しようか」
 
 西行寺のお嬢さんには天気を変える真似はできないと言ったが、慣れるとできないこともない。要するに自分を強く持てばいいのである。さて、気質発現。
 するすると霧が立ち込めて、太陽を遮る。霧の動きが一定しないため、私と彼女の距離が動いているかのような感覚を持つ。彼女はといえば、川霧を物珍しげに眺めていたかと思うと、霧を食べてみようとしていたりした。私が笑うと、少しばつの悪そうな顔をして、彼女も笑う。
 
「私は好きだな、これ」
 
「自分じゃそこまで好きにはなれないねぇ」
 
「見たところ、霧は川から上がってきてる。ということは、水が温かいんだね。だから、この霧は暖かさを持っている。これが気質なら、貴方は相手に安心感を与える人なんだろう」
 
「さてはあんた、占い師か何かだね」
 
「いやいや、私は竹林の案内人にすぎない。ただ、人よりちょいとばかし永く生きただけよ」
 
 いやはや、これは驚いた。気質の解釈は一定じゃなくて、人によって違いがあることはわかる。しかし、今日初めて気質の何たるかを知った人間から、こんな言葉を掛けられることになろうとは露ほどにも思わなかった。こんな優しい言葉もらったら、あたい泣いちまうじゃないか。いや、我慢するけどさ。
 
「お前さん、善い人だね。ありがと」
 
 気を緩めると、さっと霧が晴れる。
 
「あら、もう終わり」
 
「あたいはこっちのが好きだから。もう少しだけ、感じさせてくれないか」
 
「ん、いいよ」
 
 そう言うと、彼女はまた釣りをし始めた。私はその隣に腰掛けて、考え直して、寝ころんで、束の間の、麗らかな空間を楽しむことにした。適度な温度をもたらす光の中で横になり、何も考えずにいるのも、悪くない。時折、魚の跳ねる水音が、私を眠りに誘ってゆく。
 
 
 しばらく経って、浅い眠りは目覚めを迎え、私は時間が来たことを知る。名残惜しさに体を取られ、ゆっくりとしか起き上がることができなかった。
 
「行くの?」
 
「ああ、邪魔したね」
 
「楽しかったよ」
 
「あたいもね」
 
 そう言って、私は彼女に背を向けた。
 
「……藤原妹紅」
 
 それが、どうやら彼女の名前。
 
「小野塚小町、三途の水先案内人だ。妹紅を舟に乗せることはできないが、彼岸に遊びに来たら歓迎するよ」
 
「わかった。私は普段、迷いの竹林にいるから」
 
 私はもう、言葉を発することはなかった。また、頭の後ろに手を組んで、ゆっくり、ゆっくり歩き出す。
 
 不意に一陣の風が通り抜け、川面を巻き上げた。
 
 本日、天気晴朗なれども、波高し。
 
 
 
『天気晴朗なれども波高し』という言葉は情景描写として好きです。
何となく、妹紅の気質がこんな感じだったら良いなぁ、と思って書きました。
そして小町は意外と一筋縄ではいかない、と思う私は小町使い。
以上、小町ストーリー STAGE3とSTAGE4の幕間劇、ご覧いただきありがとうございました。

他の投稿作品はこちら(作者:guardi)
guardi
[email protected]
http://guardi.blog11.fc2.com/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1790簡易評価
17.80名前が無い程度の能力削除
二人の掛け合いの雰囲気がいいですね。
なかなか面白かったです。

緋想天にもこたんでないかなぁ。
23.90名前が無い程度の能力削除
もこたんと小町。普段なら絶対に会うことのない両者か・・・
面白かったです
30.90名前が無い程度の能力削除
この2人の組み合わせは良い!
斜に構えてる辺りが似ているのかな
36.100名前が無い程度の能力削除
なんて良い小町ともこたんなんだ