Coolier - 新生・東方創想話

うみょんげ! 第8話「永遠エスケープ」

2011/01/31 22:08:42
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<注意事項>
 妖夢×鈴仙長編です。月一連載予定、話数未定、総容量未定。
 うどんげっしょー準拠ぐらいのゆるい気持ちでお楽しみください。

<各話リンク>
 第1話「半人半霊、半熟者」(作品集116)
 第2話「あの月のこちらがわ」(作品集121)
 第3話「今夜月の見える庭で」(作品集124)
 第4話「儚い月の残照」(作品集128)
 第5話「君に降る雨」(作品集130)
 第6話「月からきたもの」(作品集132)
 第7話「月下白刃」(作品集133)
 第8話「永遠エスケープ」(ここ)
 第9話「黄昏と月の迷路」(作品集143)
 第10話「穢れ」(作品集149)
 第11話「さよなら」(作品集155)
 最終話「半熟剣士と地上の兎」(作品集158)












 月の都に暮らす玉兎にとって、死というものは常に、意識もしないほどに遠くにある。
 そもそも死という概念をきちんと理解できているかと問われれば、否、と答えるしかないだろう。月の都では未だ、誰も死なない。月人も玉兎も、この穢れのない月の大地で死ぬことはない。故に、玉兎たちは死を知らない。
 ただ、それが恐ろしいことだということは、誰もが知っていた。
 どんなものよりも――依姫の叱責やお仕置きよりも、ずっとずっと恐ろしいものだということを、皆が知っていた。
 なぜなら、原初の月の民は誰もが、それを怖れて月にやって来たのだから。
 自分たちより遥かに強く、賢く、立派な月人たちでさえもが怖れる《死》。
 それは、玉兎たちにとっては、触れてはならない禁忌のようなものだった。
 そんなものが自分たちのすぐ近くにあるなど、想像するだけで震えが止まらなかった。
 だから皆、《死》についてなど考えることはない。
 月の都にいる限り、そんな恐ろしいものは存在しないはずなのだから。
 ――サキムニもまた、ずっとそんな風に考えて生きてきた。



 その日もまた、サキムニにとっては変わり映えのしない一日のはずだった。
 最近、いなくなったあの子の名前を与えられた、新たな玉兎が自分たちの仲間に加わった。その子は、かつて居たあの子と同じベッドで寝起きし、あの子と同じ名前で自分たちと一緒に過ごしている。そのことにも、ようやく慣れてきた頃だった。
 あの子がどうして居なくなったのか、サキムニには想像することはできるけれど、本当のところはあの子に聞いてみなければ解らない。
 ただ、きっと――あの子はあまりに、あまりに優しすぎたから。
 それ故に、この場所には居られなかったのだろうと、サキムニはそう思っている。
 もちろん、あの子がいなくなったときは驚いて、悲しくて、裏切られたような気持ちでいっぱいだった。ずっとあの子の面倒を見て、最近ようやく、自分たちに笑顔を見せるようになってくれた。――その矢先だったから。
 だけどそれも、もう昔の話だ。どんなことであれ、時は悲しみも痛みもゆっくりと鈍らせていく。そうして、あの子のいない日常に慣れて、あの子と同じ名前の玉兎がいる今の毎日にも慣れていく。それは少し悲しいけれど、ここから去るのもあの子が選んで決めたことなら、仕方ないのだと、サキムニはそう自分を納得させていたのだ。
 ――その話を、聞いてしまうまでは。

「では、失礼します」
「おつかれさま~」

 むっつりと頷く依姫と、桃を手に笑って手を振る豊姫にぺこりと一礼して、サキムニはその部屋を辞した。訓練後、全員ちゃんと宿舎に戻っているかの点呼の報告だ。依姫から玉兎兵のまとめ役を任されているサキムニの仕事は、だいたいがこういう雑事である。
 ぱたんとドアを閉めて、ひとつ息を吐く。それから、自分たちの部屋に戻ろうとした。
 ――そのとき、兎の耳に、部屋の中の会話が聞こえてきたのだ。

『そういえば、レイセンはどうなの?』

 豊姫の声。そこに含まれた名前に、サキムニはびくりと足を止めた。――レイセン。それはかつて自分たちと一緒にいた、今はもういない、月から逃げ出してしまったあの子の名前。
 いや――違う。今豊姫が口にしたのは、もういないあの子の名前ではない。

『今のレイセンですか? まあ、元は餅つきの玉兎ですから、力は相応です。鈍くさいですし、前のレイセンとは比べるべくもない』
『それは前にも聞いたわ。みんなにちゃんと馴染んでるのかしら?』
『あ、ああ――そういうことですか。それはまあ、サキムニやキュウが何とかしてくれているはずです』

 こっそり、部屋の中の依姫たちに聞かれないように、サキムニは息を吐いた。
 今のレイセンは、自分たちの部屋で今頃、キュウとお喋りでもしているのだろう。
 ――彼女に罪はない。彼女はただ、あの子の名前を与えられただけなのだから。
 そうは思っても、やっぱりどこか割り切れないものを、サキムニは感じるのだ。
 彼女をレイセンと呼ぶことに。――あの子の名前で呼ぶことに。
 そんな自分の気持ちは、あるいは今のレイセンにも見抜かれているのかもしれない。彼女はどちらかといえば、自分よりもキュウの方に懐いている。それはそれで仕方ないのだろうと思う。……いつか、彼女をレイセンと呼ぶことに慣れてしまうまでは。

『それならいいけど――でも、あの子と同じ名前でしょう? サキちゃんなんか、戸惑ってないのかしら。サキちゃん、随分あの子のこと気に掛けてたじゃない』

 どくん、と心臓が跳ねた。豊姫の言葉は、正確に自分の心情を見抜いていた。
 訓練で毎日顔を合わせる依姫に比べて、豊姫はいつも屋敷のどこかをふらふらとしているので、直接言葉を交わすことは多くない。たまに桃を差し入れてくれたりはするけれど。
 そんな豊姫にも見抜かれているなら――やはり今のレイセンにも、きっと自分の煮え切らない気持ちは見抜かれているのだろう、と思う。

『そこは、サキムニには慣れてもらうしかないでしょう。どうせ、あのレイセンがこの屋敷に、月の都に戻ってくることはありませんから』
『そうだけど――』

 ――レイセンはもう、ここには戻ってこない。
 解っていた。そんなことはとっくに解っていたはずだった。以前、月の都が少し騒がしくなった時に、地上にいるはずのレイセンへメッセージを送った。月の都に帰ってこないか、と。だけどそのメッセージは無視されて――やっぱりレイセンはもう、月に戻ってくるつもりはないのだと、あのとき思い知らされたのだ。
 それは解っていても、依姫の口からそんなにはっきりと言われるのは――。

『そもそも、あのレイセンはもう生きてはいないでしょうし』

 ――――――――え?
 今、依姫が何を言ったのか、サキムニには理解できなかった。

『地上に逃げたのだものね……地上の暦でもう四十年ぐらいだったかしら?』
『月生まれの玉兎は地上の穢れに耐性がありませんから、穢れの影響も受けやすいでしょう。そう長くは生きられないはずです。おそらくはもう、あのレイセンは地上で、地上の兎として死んでいるでしょう。……それがあのレイセンの選んだ道です。月から逃げ出すというのは、そういうことですから』

 今のレイセンのようなのは例外です、と依姫は言った。豊姫は何も答えなかった。
 ――レイセンが、もう、死んで、いる?
 月の兎は、地上では長くは生きていけない?
 死んで、死ぬ、レイセンが死ぬ――《死ヌ》。
 叫び出しそうになるのを、サキムニはその場にうずくまって、震えながら必死で噛み殺した。
 死ぬというのは、途方もなく怖ろしいことだ。
 そんなものが、レイセンを飲みこもうとしている。
 ――依姫はひとつ誤解をしている。レイセンはまだ地上で生きているはずだ。だってあの伝言、無視されたメッセージは、無視されただけで確かに届いていたのだ。その伝言を受け取ったレイセンの波長を、確かにサキムニたちは感じていたのだ。
 だが、依姫が大きく誤ったことを言うはずもない。
 だとすれば――地上のレイセンには、今にも《死》が迫っているのだ。
 怖ろしい、得体の知れない、《死》という名前の巨大な闇が――レイセンを。


 助けなければいけない。
 自分が、レイセンを助けなければ、守らなければいけない。
 昔、サボっていたレイセンを連れ戻したように――月に、連れて帰るのだ。
 このままでは、レイセンが死んでしまうから。
 そんな怖ろしい目に、レイセンを遭わせるわけにはいかない。絶対に。


 それから部屋に戻って、キュウたちとどんな言葉を交わしたのかは覚えていない。
 夜、消灯の時間になって、皆が眠りについたところで、サキムニは起きあがった。
 地上に行って、レイセンを探して、連れて戻ってくる。どれだけ時間がかかるだろう。だけど、やらないわけにはいかないのだ。そう、サキムニは決意していた。
 だから、キュウたちを心配させないための書き置きを残して――それから、月の羽衣とあの本を持って、こっそり部屋を出た、かつてレイセンが読んでいた本。……レイセンの気持ちを知りたくて、豊姫にねだって自分の分も地上から取ってきてもらった、あの童話の本。
 それだけが今は、レイセンがここにいた証で、自分とレイセンを繋ぐものだったから。

 そして、地上へ向かおうとして――けれど、ひとつのことを思いだした。
 元は餅搗きの兎だった、今のレイセンから聞いた話だ。兎たちが搗いている餅は、長生きのための薬だというのは知っていた。今のレイセンによれば、それは大罪を犯して幽閉されている嫦娥様の贖罪のためのものなのだという。薬の名は、蓬莱の薬。
 贖罪、というのがどういうことなのか。兎に餅を搗かせることがどうして贖罪になるのか、そこまでは今のレイセンは知らないようだったが――。
 地上は、月人にとっては監獄だ。大罪を犯した者はそこへ追放される。大昔に、月のお姫様と月の賢者様が地上に追放されたことはサキムニも知っていた。
 地上に落ち、穢れを受けること。それが罪なら。
 贖罪とは――穢れを祓うこと。
『月生まれの玉兎は地上の穢れに耐性がありませんから、穢れの影響も受けやすいでしょう。そう長くは生きられないはずです』
 依姫の言葉を思い出す。――だから長生きのための薬なのか、とサキムニは悟った。
 月人は穢れを忌み嫌う。レイセンが地上の穢れをその身に受けているなら、それを祓わなければ、レイセンを月に連れ帰ることはできないのではないか?
 そこまで考えて、サキムニは一度踵を返して、それを盗み出した。
 月の都でそれを盗む者なんていない。だから盗むのは簡単だった。
 蓬莱の薬。嫦娥様の贖罪のためのもの。だが今は――サキムニの手の中にあるのは、レイセンの贖罪のためのもの。
 そして、サキムニは蓬莱の薬を手にして、月を飛び出した。


 地上が、青く綺麗な夜だった。










うみょんげ!

第8話「永遠エスケープ」











      1


 見慣れない天井に、そこが夢の続きであるような気がして、鈴仙は数度目をしばたたかせた。
 何か、夢を見ていた気がする。けれどそれはもう記憶の底に沈んで、ただ曖昧模糊とした感覚を抱えたまま、鈴仙は布団から身体を起こして周囲を見回した。
 見覚えのない和室だった。鼻腔をくすぐるのは、どこからか漂ってくる朝食の匂い。それから――自分を真ん中に、三つ並んだ布団。その片方は空っぽで、もう片方ではサキムニが静かに寝息をたてていた。
 そこでようやく、鈴仙の思考は現状を認識する。そうだ、ここは――。

「おや、目が覚めたか?」

 がらり、と唐突に襖が開け放たれ、顔を現したのは九尾の狐、八雲藍だった。普段着の法衣に今はエプロンを身につけている。藍は部屋の中を見回し、サキムニが軽くむずがったのを見やると、小さく肩を竦めて声を潜めた。

「もうすぐ朝食ができるが、どうする? 先に食べるか?」
「……いえ、サキが起きてからにします」
「そうか」

 藍は何を思ってか、小さく頷く。鈴仙は傍らの、空っぽの布団を見やった。
 ――そう、ここはマヨヒガの奥深くにある、八雲紫の屋敷。あの後、白玉楼から逃げ出した自分たちは、冥界を出たところで八雲紫に導かれ、この屋敷に匿われたのだ。

「あの……妖夢は?」

 空っぽの布団では、もうひとり、自分たちと一緒に逃げてきた少女が眠っていたはずだ。
 鈴仙の問いに、藍は窓の方を見やる。

「だいぶ前に起きたよ。外にいるはずだ」

 呼んでこようか? と訊ねられ、鈴仙は黙って首を横に振った。立ち上がり、眠るサキムニの姿をもう一度見やって、鈴仙は藍に向き直る。

「私が、呼んできます」

 その言葉に、藍は目を細めて――「そうか」とだけ答えた。



 八雲の屋敷は、それほど広くない日本屋敷だった。住人は八雲紫と八雲藍のふたりだけ。藍によれば、紫は今は眠っているという。夜にならないと起きてこないのだそうだ。
 玄関から外に出る。見慣れない森の中の景色に鈴仙は目を細めた。マヨヒガの奥、その正確な場所は誰も知らないという八雲の屋敷も、その場所に立ってみればごく当たり前に、幻想郷のどこかでしかない。竹林ではなく深い森の中であるだけで、永遠亭と大差はなかった。
 妖夢の姿は無かった。視線を巡らすと、屋敷の玄関に向かって左手の方が庭になっているようだ。ということは、おそらくそちらが南側なのだろう。
 玉砂利の上の敷石を渡っていくと、小さな池があり、その周囲が芝生になっていた。そこに、小さな影が短い刀を構えて佇んでいる。――妖夢だ。
 その姿を視界に入れて、鈴仙の足は不意に止まる。
 ――脳裏を過ぎるのは、昨晩のこと。白玉楼に永琳が現れ、幽々子の指示で妖夢とともにサキムニを連れて逃げ出したあのとき。自分たちの前に立ちはだかったのは、てゐだった。
 永琳の味方をする――そう宣言して、てゐはこちらに攻撃を仕掛けてきた。その攻撃から自分とサキムニを守ってくれたのは、確かに妖夢だ。だけど――。

『あんたの鈴仙を守りたいって言葉は、その程度の覚悟だったのかって聞いてるんだよ!』

 そう言い放ったてゐに、妖夢は大刀で斬りかかって――そして。
 てゐの身体は、自分たちの目の前で、冥界の森の中に墜落していった。

「……てゐ」

 妖夢が、虚空に向かって刀を振るう。その所作を見ながら、鈴仙は気付かれないように小さく、今ここにはいない兎の少女の名前を呟いた。
 ――てゐは、どうしてあのとき、あんな風に自分たちに立ちはだかったのだろう。
 根が嘘つきなてゐの考えていることは、いつだって自分にはよく解らない。
 だけど、あのときのてゐの行動は、それにも増して不可解だった。
 自分たちを本気で止めようと思うなら、あんな真正面から姿を晒して戦うなんていうのがそもそもてゐらしくない。永琳と一緒に現れて屋敷を見張っていたなら、他にいくらでも仕掛けようがあったはずだ。けれどてゐはそうしなかった。わざわざ自分たちの前に姿を現して、戦いを挑んで――妖夢に敗れた。
 その敗れ方も、今にして思えばどこか、おかしい。妖夢がてゐに斬りかかった瞬間、鈴仙は思わず視線を逸らしていたから、てゐが斬られた瞬間を鈴仙は見ていない。斬りかかる妖夢の姿と、その数秒後の墜ちていくてゐの姿だけだ。あのときは狼狽して、そこまで考えが及ばなかったけれど――てゐはまるで、素直に妖夢に斬られたようにも思えるのだ。てゐならば、こう言っては何だけれど――妖夢を欺いてあしらうぐらい、容易そうなものなのに。
 あのとき、てゐはいったい、何をしたかったのだろう。
 そして、永琳とてゐからも逃げ出した自分は――どうすれば、いいのだろう。

「あれ、鈴仙?」

 はっと、鈴仙は顔を上げた。妖夢が刀を鞘に収めなから、こちらを振り向いていた。
 あ、と鈴仙は口を開きかけて、けれど――妖夢の姿に、喉がつかえたように言葉を失う。
 ――解っている。あのとき、妖夢がてゐと戦ったのは、自分たちを守って逃げるためだ。
 だけど、だけど――目の前で、てゐが妖夢に斬られ、冥界の森に墜ちていったあの光景。
 それが脳裏に甦って、鈴仙の足を竦ませる。
 妖夢は悪くない、はずなのに。
 全ては――逃げ出した自分が、きっと諸悪の根元なのに。
 結果としてあるのは、おそらくてゐが、妖夢の手によって傷つけられたということ。
 その事実だけが、ただ鈴仙の足を止める。妖夢との距離を、凍りつかせる。

「お、おはよう」

 困ったように、それでも笑って、妖夢はそう言った。――鈴仙は、視線を逸らしてしまった。

「……朝ご飯、もうすぐ、できるって」

 結局、絞り出せた言葉はただそれだけで。
 妖夢が「あ、うん」と頷くのを聞く間もなく、鈴仙は踵を返して走りだす。
 敷石の上を駆けながら、鈴仙はこみ上げる自己嫌悪に、痛いほど唇を噛んだ。
 ――ほら、私は、こんなに卑怯だ。
 全部自分のせいなのに、元を質せば何もかも――自分が月から逃げ出したからなのに。
 それによって生じた罪を、自分のものでしかない罪を、ただ行為の結果から妖夢に被せて、
 ――最低だ。
 叫びだしたい衝動を堪えて、脳天気な秋の朝空を見上げた。
 月はまだ、空にその姿を見せていない。


      ◇


 鈴仙が踵を返して走り去るのを、妖夢はただ、黙って見送るしかなかった。
 昨日の晩から、ずっとそうだった。あのとき――妖夢が因幡てゐと戦って、結果としててゐが冥界の森に墜ちていったあのときから、鈴仙はほとんど妖夢と目を合わせようとしない。
 背中の楼観剣を抜きはなった。その刀身を見下ろすと、昨晩の出来事がそこに映し出されるように、妖夢の脳裏に浮かび上がる。
 ――鈴仙たちを守るためだった。あの場から逃げるためには、戦う他なかった。
 しかし、だとしても、自分が鈴仙の仲間を――友達であっただろう因幡てゐを斬った事実は変わらない。それを思えば、今の鈴仙の態度も、やむを得ないとは思う。
 ただ、ひとつ気に掛かるのは――てゐを斬った瞬間のことだった。
 手応えが、ほとんど無かったのだ。斬られる瞬間、てゐは明らかに身を反らして、致命傷を避けていた。妖夢の方にも、殺すまでの傷を与えるつもりが無かったのを見越してか――結果として、刃はてゐの胸元を掠めたが、おそらく表皮を切り裂いた程度の傷だったはずだ。
 だが、てゐはまるで深く斬りつけられたかのように、勢いよく地上へ墜落していった。
 ――てゐは、自分たちを止めるために立ちはだかっていたのではないのか?
 おそらくあの刀傷自体は軽傷のはずだ。それなのに、まるで自分たちを見逃すかのように、てゐにはひどく大げさに墜ちていったのだ。
 解らない。因幡てゐが何を思って、自分たちの前に立ちはだかったのか。
 ただ、いずれにしても。
 結局、自分がてゐと戦い、てゐが傷を負ったという事実は変わらないのだ。
 それによって鈴仙が、自分から距離を置くなら――自分は、どうすればいいのだろう。
 楼観剣を仕舞い、もう一度白楼剣を手に取る。
 迷いを断つというその刃は、しかしやはり、妖夢に答えを返してはくれなかった。



 屋敷に戻ると、朝食の匂いが鼻腔をくすぐって、不覚にもお腹は音をたてて空腹を訴えた。
 今のちゃぶ台には、藍の作ったのだろう朝食が既に並べられていた。戻ってきた妖夢の姿に、藍は味噌汁をよそいながら振り返って笑う。妖夢は曖昧に笑い返して、それから自分たちの寝室の方を振り返る。
 途端、がらりと襖が開いて、鈴仙とサキムニが姿を現した。鈴仙は妖夢の視線に気付いて、またふっと視線を逸らす。サキムニは妖夢と藍を見比べて、ぺこりとひとつ頭を下げた。

「おはよう。サキムニだったか――よく眠れたかい?」
「あ……は、はい」
「それなら良かった。足はまだ痛むだろうが、無理はしないようにな。――地上の食べ物は、食べられるか?」

 はっとサキムニが目を見開く。藍は苦笑するように微笑んでサキムニを見つめた。
 藍はどこまで知っているのだろう? 妖夢は目を細めながら、藍がお椀を置いたところに腰を下ろした。白米と味噌汁と、焼き魚と卵焼きに、おひたしと漬物。

「サキ――」

 心配げに振り返った鈴仙に、サキムニは何か考え込むように顔を伏せ――それから、意を決したように顔を上げた。

「……食べます」
「そうか」

 藍は短く頷いて、それから焼き魚と卵焼きを除いた皿をサキムニの前に並べる。その意味は妖夢にはよく解らなかったが、ともかく三人とも食卓に腰を下ろすと、藍も自分の白米と味噌汁をよそって、空いた座布団に腰を下ろした。

「この家で、誰かと朝食を囲むのも久しぶりだな」

 紫様はいつも寝ているからね、と藍は苦笑混じりに言う。

「おかわりはあるから、欲しかったら言ってくれ。それじゃあ、いただきます」
「あ――いただきます」

 妖夢が手を合わせ、鈴仙もそれに倣う。サキムニも戸惑ったように繰り返した。

「……美味しい」
「それは良かった」

 焼き魚と白米を口に運んで、妖夢は思わずそう呟いていた。白玉楼の料理番の幽霊も、何しろ主が幽々子だから、その食欲と好みに応えるだけの腕を持っているが、藍の料理も充分にそれに比肩する味だった。空腹にかられてどんどん箸を伸ばす妖夢の姿を、藍はどこか嬉しそうに見つめる。
 ――そんな中で、サキムニが箸を握りしめて固まっていることに、ふと妖夢は気付いた。

「ああ、スプーンにしようか」

 藍が立ち上がり、戸棚からスプーンを取り出してサキムニに差し出した。サキムニはそれをおっかなびっくり受け取って、けれどまた、どこか怯えたような顔で白米を睨みつける。

「サキ……」
「……だ、大丈夫」

 隣で心配そうに見やる鈴仙に、サキムニは引きつった顔でそう答えて、乱暴にスプーンで白米を掬うと、目を瞑って口に放り込んだ。行事も何も無い食べ方に、妖夢は目を見開く。
 次の瞬間、サキムニは口を押さえる。鈴仙が慌てたようにサキムニの背中を抱くが、サキムニは目尻に涙を浮かべながら、必死の顔で白米を噛んで飲みこんだ。

「だ、大丈夫? サキ」
「……う、うん。平気。……食べられる」

 味噌汁にこわごわと口をつけるサキムニの姿を、鈴仙は心配そうに、藍は目を細めて見つめていた。妖夢は何が何だか解らず、ただ三者の顔を見比べるしかない。
 こんなに美味しいのに、と妖夢としては思うのだけれど、月の兎は、地上の食べ物は口に合わないのだろうか。……そういえば幽々子も、サキムニに出した食べ物は桃だけだったけれど。
 隣で鈴仙が普通に焼き魚を口にしているのは、地上での暮らしが長いからだろうか。
 ――やっぱり自分は、月の兎についても、鈴仙たちについても、知らないことが多すぎるのだ。こんな状況になった今になっても。
 それから、卵焼きを口に放り込みながら、主のことを考える。
 自分たちが逃げたあと、幽々子は永琳を相手に、どうしたのだろう?
 死なない人間は幽々子の天敵だ。とはいえ、幽々子も亡霊である以上、これ以上死ぬこともない。永琳が相手であっても、幽々子が不覚を取ることは無い――はずだけれども。
 いや、心配しても仕方ないのだ。鈴仙たちを連れてここに逃げることは、その幽々子の指示だったのだから。今は――とりあえずは、しっかり食べてこの後に備えることだ。食事は全ての根源なのだと、幽々子もよく口にしているし。
 首を振って思考を振り払い、妖夢は空になった茶碗をおずおずと藍に差し出した。藍はにっこりと笑って、多めに白米を米びつからよそってくれた。



 結局、妖夢と鈴仙は綺麗に全て食べ終え、サキムニは半分ほど白米を残していた。藍は特に何を言うでもなく後片付けを始める。その後ろ姿――揺れる九つの尻尾を妖夢がなんとなしに見つめていると、不意に鈴仙が立ち上がった。

「……すみません、あの、お手洗い」
「ああ、廊下に出て左に行った突き当たりだ」

 藍の返事にひとつ頭を下げて、鈴仙はぱたぱたと今を出て行く。妖夢とサキムニだけが食卓に残され、妖夢は斜め向かいに座るサキムニを見やった。
 そういえば、結局サキムニとは相変わらずろくに話もしていないのだ。昨晩、白玉楼から逃げる中で、後で話をしたい、ということは伝えたのだけれど。
 今が、ちょうどいい機会かもしれなかった。

「ええと……サキムニさん」

 妖夢の声に、サキムニがはっと顔を上げる。
 そして、目を細めて、困ったように苦笑した。

「サキ、でいいよ。みんなそう呼ぶから。……貴女は、妖夢、だっけ」
「あ、はい。――魂魄妖夢です」
「別に、敬語じゃなくていいってば。……レイセンの、友達なんでしょ?」

 どこか寂しげに、サキムニはそう言った。妖夢はただ、黙ってひとつ頷く。
『別に敬語じゃなくていいのに』
 不意に、いつかの鈴仙の言葉が甦った。初めて鈴仙と、人里で言葉を交わしたあの日の思い出。まだ一月かそこらしか経っていないはずなのに、もう随分前のことのような気がする。

「……ええと、サキは、月の兎……なんだよね?」
「うん、そう。月の都の、綿月様直属の――月の使者の護衛。月の兵隊、って言った方が解りやすいかな。……レイセンも、昔は私たちの仲間だったんだ。同じ部隊で、宿舎でも同じ部屋で寝起きしてて――」

 目を伏せて語るサキムニの言葉には、離れていた時間の長さが滲んでいるようだった。
 昔、仲間だった――過去形でそれを語るということは、やっぱり鈴仙は、月に帰るつもりは無いのだろうか? サキムニが鈴仙を突きに連れ戻すつもりなら、過去形では語らないのではないだろうか。
 やはり、確かめるべきはそこなのだ。サキムニがここに来た目的。永琳に追われていた理由。

「じゃあ――やっぱり、鈴仙を、月に連れ戻しに……?」

 その問いに、サキムニははっきりと首を縦に振った。
 ――何と答えていいか、妖夢には解らない。鈴仙の意志がどこにあるとしても、それが果たして、自分が介入していい問題なのかどうかも。
 鈴仙の過去。彼女の抱えるものを、知りたいと思った。鈴仙を守りたいと思った。
 だが今、その過去が鈴仙を、この幻想郷から引き離しに来ている。
 ――自分はどうすることが、鈴仙のためなんだろう。
 いや、そもそも自分には、鈴仙のために何かができるのだろうか――?

「……八意永琳に追われていたのも、そのせい?」

 詮無い思考を頭の隅に追いやりながら、妖夢は問いを重ねる。白玉楼に姿を現した八意永琳は、明らかに鈴仙とサキムニを追っていた。そして鈴仙は、永琳から逃げていた――。

「……え?」

 けれどサキムニは、その問いかけに、驚いたように目を見開いた。

「今、何て?」
「え? いや、だから、八意永琳に――」
「やご、ころ……え、まさか、八意××様!?」

 サキムニは突然身を乗り出して、妖夢には聞き取れない発音で叫んだ。それはどうやら、八意永琳のことを指すようだったが――妖夢としては、目を白黒させるしかない。

「じゃあ、あれは――まさか、カグヤ様? それなら、あの噂は本当だったの? レイセンが八意様とカグヤ様の元にいるっていう――」
「か、輝夜……蓬莱山輝夜なら、鈴仙のご主人様だけど。八意永琳は、鈴仙のお師匠様だし」
「嘘――」

 サキムニは蒼白な顔で息を飲む。妖夢は困惑して、そんなサキムニの顔を見つめた。
 ――八意永琳と蓬莱山輝夜は月の罪人。鈴仙は月の脱走兵。そしてサキムニは月の兵隊。サキムニが鈴仙を連れ戻しに幻想郷に来たとすれば、鈴仙とサキムニが逃げているのは、永琳と輝夜が鈴仙を連れ戻すことを認めず、自分たちの居所を知ったサキムニを始末しようとしているからだ。――幽々子から教えられた情報から、妖夢はそう判断していた。
 だが、サキムニの反応は、明らかに今の今まで八意永琳の存在を知らなかった者のそれだった。――だが、鈴仙は永琳から逃げていた。それはいったい、どういうことだ?

「ま、待って。……サキと鈴仙は、誰から逃げて白玉楼に来たの?」

 混乱する思考のまま、妖夢はサキムニに問いかける。
 サキムニは目をしばたたかせて、それからひとつ首を振った。

「名前は、知らない。長い銀髪に、リボンをたくさん結んだ、乱暴な口調の人間」
「……藤原妹紅? どうして彼女が?」

 銀髪にリボン、男性的な口調と聞けば、妖夢にもすぐその顔が浮かんだ。あの迷いの竹林に暮らす不死の人間、藤原妹紅。だが彼女がなぜ、サキムニを追うのだ?

「解らないけど……私が持ってる、この薬を、取ろうとしたから」

 そう言って、サキムニはポケットから小瓶を取り出した。中には透明な液体が詰まっている。

「薬?」
「蓬莱の薬。……月にある、長生きの薬」
「長生きの薬? どうしてそんなものを?」

 既に不死の妹紅が、どうして長生きの薬などを奪おうとしたのだろう。それも釈然としなかったが、サキムニが月からそれを持ってきたというのも不思議だった。何のために――。

「だって――」

 ぐっと噛み締めるようにサキムニは一度言葉を切り、そして息を深く吐き出して、

「――このまま地上にいたら、レイセンはもうすぐ、死んじゃうから」
「…………え?」

 もうすぐ、死んじゃうから。
 その言葉は、ただ意味の無い音の羅列のように、妖夢の頭の中に響いた。
 すなわちそれは、妖夢の脳が、その意味を理解するのを、拒んだということだった。





      2


 横薙ぎの一閃を受け止めたのは、相手の閉じられた日傘だった。
 依姫の手にした刃は、日傘の布すら切り裂くことなく、中空に弾かれる。その間隙は一瞬、だが彼我の距離は、一撃を叩き込むのに刹那すらも必要としない。
 反射だけで構えた左腕が、相手の拳を受け止めた。重い衝撃に依姫は顔をしかめ、地面を蹴って距離を取る。自分の得物は長刀、肉弾戦の間合いは相手の領域だ。

「この傘は、幻想郷でただひとつの枯れない花」

 悠然と日傘を広げて頭上にかざし、風見幽香は悠然と微笑みを浮かべた。

「なまくら刀で断ち切られるほど、やわな命ではなくてよ」

 痺れの残った左腕を振って、依姫は刀を構え直す。
 なるほど、それなりに力はある妖怪のようだ。目の前の妖怪に対し、依姫は認識を改め直す。適当にあしらえる相手ではない。ならばまずは――動きを封じる。

「祇園様よ――私の道を塞ぐ穢れた者の足を封じなさい」

 刃を地面に突き立てる。祇園様の力が、風見幽香の周囲を刃で封じ込める。
 ――そのはずだった。

「あら、降参の印かしら?」

 しかし、風見幽香は不思議そうに首を傾げながら、日傘を揺らしてこちらを見つめた。
 その周囲に、刃の封印は無い。

「――祇園様?」

 依姫は、そのとき初めて狼狽した。――祇園様が応えない。この身に降りてきていない。
 どういうことだ? 八百万の神々は、依姫が呼べばいつでも、即座にその力をこの身に降ろしてくれた。それは依姫にとっては、もはや呼吸をするように自然なことでしかなかった。だから、突然酸素が失われたように、依姫は喘ぐ。思考が混乱する。

「何故――」

 刃を地面から引き抜く。その動作に、幽香の方は訝しげに目を細めた。それはそうだろう。依姫の能力を知らなければ、今の依姫の行動は足元に穴を開けただけである。――祇園様が沈黙しても、神は無数に存在する。依姫は改めて刃を構える。幽香は獰猛な笑みを浮かべた。

「そうこなくっちゃ――ね!」

 日傘の上に光弾が浮かんだ。幽香が傘を振るうと、光弾は一直線に依姫の元に迫る。刃を振るって光弾を斬り裂き、依姫は一歩間合いを詰め、

「――花符『幻想春花』」

 花が、依姫の視界を埋め尽くした。
 一瞬、自分が花畑の中に倒れ込んだのかと錯覚するような、花の壁。穢れた地上の花が、嵐のように迫ってくる。依姫は咄嗟に刀から左手を外した。

「愛宕様――行く手を遮る穢れた花を、」

 再びの、沈黙。
 依姫は愕然と左手を見下ろす。――左手が炎を纏わない。愛宕様の火が顕現しない。愛宕様さえも、依姫の身体に降りてきていない。

「火雷神よ――」

 沈黙。どこまでも冷徹に、神々は依姫に対して沈黙する。
 八百万の神々が、自分に一切応えてくれない――。
 その事実を認識して、依姫は愕然と立ちつくし、
 ――花の嵐は、そこへ容赦なく襲い来る。

「依姫様ぁっ!」

 離れた場所で戦いを見守っていたキュウとシャッカが悲鳴をあげた。花の嵐は依姫を飲みこむように通り過ぎ、数秒後――吹き飛ばされた依姫の身体に、はらはらと花びらが舞い落ちる。

「くっ――」

 身体を起こして、依姫は呻いた。花びらを払いのけて、依姫は立ち上がる。

「八百万の神々よ――何故ですか……!?」

 小さく呟いて、しかし依姫はすぐに首を振った。
 落ち着け、綿月依姫。八百万の神々の力が、今はどういうわけか封じられている。だが、それだけだ。神々の力だけが己の力か? ――否。月の使者として鍛えてきたこの身体がある。

「どうしたのかしら? 手応えが無いわね。もっと楽しめる相手かと思ったのに」
「――成る程、穢れた花を操るのが貴女の力。その程度が、地に這いつくばる地上の民には相応しい」

 月の使者のリーダー、綿月依姫として、無様な戦いは見せられない。
 挑発に挑発で返す依姫に、幽香はひとつ鼻を鳴らした。

「地上の民、ねえ。貴女は永遠亭の連中と同じ月の民かしら?」
「――永遠亭?」

 依姫は眉を寄せる。月の民がこの近くにいるのか。しかし、今地上にいる月の民は――、

「わざわざ遠くから幻想郷へようこそ、と言いたいところだけれど――郷に入っては郷に従え、という言葉をご存じないかしら?」
「何を――」
「貴女は既に地上に立っているのよ。この意味は解る?」

 悠然と微笑んで、幽香は傘の先端で依姫の足元を指した。
 つまりここは、月の民の土俵ではないということか。だが――それが何だ。

「御託は結構。――無意味な戦いを楽しむほど野蛮ではない。終わらせましょう」
「あら、つれないわねえ。戦いは無意味だからこそ愉しいのではなくて?」

 幽香の言葉には耳を貸さず、依姫は地を蹴った。一気に己の間合いまで距離を詰める。鋭く放った一閃を、しかし幽香の傘が受け止める。幽香は笑い、依姫は睨んだ。
 斬撃が踊る。足元の名も無き草を散らして、刃の軌跡と幽香の傘が交錯する。一度、二度、三度――見守るものにはただ、刃の残影が映るばかり。
 息をつく間もない幾撃かの交錯、そして――、

「ふッ――」
「っ!」

 一瞬の隙だった。右肩から斬り下ろした刃を受け流した幽香に生じた僅かの呼吸の間。依姫はそれを見逃さない。返す刀で斬り上げた切っ先が、幽香の手から傘を弾いた。
 青空に、幽香の傘が高く舞い上がる。その軌跡には目も向けず、依姫は手首を返して、刃を幽香の首筋に向けた。

「――これで詰みです」

 数センチの距離で刃は止まる。あと少し依姫が力を込めるだけで、幽香の首の動脈を断ち切る絶対的な死線。強靱な生命力を持つ妖怪でも、大量の失血は動きを鈍らせる。それは即ち、敗北と同義だ。
 無論、この地上での殺生は言うまでもなく、単に傷を負わせるだけでもどんな穢れが生じるかは解ったものではない。依姫としては、このまま向こうに引き下がってもらうのが最上だった。だから依姫は、それを伝えるべく口を開こうとして、
 ――首筋に当てられた刃を見下ろした幽香が、微笑んでいることに気付く。
 依姫は眉を寄せる。傘はその手に既に無い。幽香の両手はだらりと下げられ、反撃の意志は感じられなかった。この状況は、絶対的に依姫が勝利している。――そのはずだ。

「終わりにしましょう。私たちは急いでいる。無駄な邪魔だては――」
「お断りするわ」

 悠然と、傲然と、風見幽香はそう言い放った。

「――何?」
「誰が降参なんて言ったかしら? ――まだ解っていないようね、月のお嬢さん」

 その笑みは、獰猛に、凶暴に依姫を見つめて。

「貴女は地上に立っているのよ。私の愛する花たちの咲き誇る地上にね」
「何を――」

 依姫が言い返そうとした、その次の瞬間だった。
 ぐにゃり、と、足元が歪んだ。

「なっ――!?」

 突如として平衡感覚が失われ、依姫はたたらを踏む。刃が幽香の首から離れる。捉えた死線を、依姫は手放す。
 足元で、ぐちゃ、と水っぽい音が響いた。地面を見下ろし、依姫は息を飲む。
 踏みしめていたはずの固い土が、いつの間にか深いぬかるみに変わっていた。

「月の都に花は咲かないのかしらね? ねえ、お嬢さん。私は花を操る――その意味が、まだ解らない?」
「くっ――」

 ぬかるみから抜け出そうと、依姫はもがく。後じさる。だが依姫がその足で触れた瞬間、それまで踏み固められた土だった場所が、どろりと溶けるようにぬかるみに変わる。
 ――また、妙な手品を使う妖怪め。
 依姫の睨み据えた先、幽香はその頭上に手を掲げていた。依姫も思わず視線を上げる。青く澄んだ地上の空――そこから、ゆっくりと舞い降りてくるのは、白い傘。依姫が先ほど弾き飛ばした傘が、花開くように広がって、幽香の手に舞い降りてくる。

「花を咲かすのは、この大地。そこにたくわえられた水。この世界を満たす空気。そして、降り注ぐ太陽の光。――つまり、この幻想郷の自然そのものが、私の味方」

 天へ差し伸べた手で、舞い降りてきた傘を優雅に掴み取り。
 風見幽香は、どこまでも優しい微笑みを浮かべて、依姫を見つめた。

「土よ、水よ、風よ。――そして、大地の育む命よ。愛すべきこの幻想郷の花を嘲笑った傲慢な来客を、懲らしめてあげましょう」

 幽香が傘を振るうと、その場に強い風が巻き起こった。咄嗟に顔を覆った依姫の身体は、ぬかるみの中を滑るように幽香から遠ざけられる。前に踏みだそうにも、泥にとられた足は力を込めるだけで、ずぶずぶと深みに沈み込んでいく。

「こんなもの――っ!?」

 泥から抜け出そうともがいた依姫の腕に、何かが絡みついた。――どこからか伸びてきた蔓だった。細い草の蔓が、何重にも依姫の両腕に巻き付き、信じがたい力でその動きを封じる。
 足は泥に、腕は蔓に封じられ、自由になる顔を上げた依姫は、それを見た。
 こちらに傘を向けて、悠然と笑った幽香の姿。
 その手にした傘に、何かが集束していくのを、依姫は肌で感じていた。
 ――これはまずい。本能が警告する。とんでもないものが――来る。

「命を育む、太陽の光よ。――その力、少しだけ私に貸して頂戴」

 白い傘が、ぼんやりと発光し始める。神の力? 妖力? 霊力? 違う。そのいずれでもない、――それはあまりにも純粋な、エネルギーの塊のようなもの。
 あの傘は、ただこちらの攻撃を防ぐための盾ではなかったのだ。
 依姫は空を振り仰ぐ。眩く自分たちを照らす太陽の光。それは地上の最大のエネルギー。
 風見幽香の傘は――その力を受け止め、集束させるためのもの!

「さあ、終わりにしましょうか」

 地上の存在と向き合って初めて、命の危険を、依姫は悟った。


「――陽光『ソーラーレディエイション』」


 轟、と光が唸りをあげて――依姫の元へ、怒濤のように押し寄せた。






      3


 従者の姿が見えなくなっただけで、屋敷の中がどこか広くなったような気がする。
 そんなありふれた感慨めいたものに囚われる自分に苦笑しながら、幽々子は縁側から庭へと降り立った。普段、暇さえあればそこで剣を振るっている庭師の姿は、今はない。

「……妖夢はちゃんと、うまくやってるのかしらね~?」

 昨晩、この屋敷から二匹の兎を連れて逃げ出した妖夢。
 それは幽々子の指示であり――元を質せば、八雲紫の指示だった。とはいっても、直接的に紫が幽々子に指示を出したわけではない。紫はいつだって婉曲だ。その本心や目的は、紫は長年の友人である幽々子にさえ、一度として明かしたことはない。――少なくとも、幽々子はそう思っている。
 ともかく、紫の望むのは、月からの来訪者――彼女いわく「ジョーカー」が、月の民の手に渡らないようにすることだろう、という推察はすぐについた。
 月からやって来た一匹の兎。月の使者の護衛、玉兎兵の一匹、サキムニ。
 彼女をこの幻想郷に導いたのは、間違いなく紫だ。
 無論、サキムニが地上に来たことそのものは偶然だろう。だが、彼女が幻想郷に来たことには、紫の意志が介在しているのは間違いない。
 ――やはりといえば、まあ予想していた通りではあるが。
 前回、幽々子が月の都に忍び込み、古酒を盗み出した――小さな月面戦争。あれもまた、紫にとっては前フリ、準備段階でしかなかったのだろう。

「どうして貴女は、そこまで月にこだわるのかしら~? ――紫」

 幽々子の背後の空間が歪んだ。中空にスキマが開き、胡散臭い妖怪はそこから顔を出す。

「あら、知りたい?」
「それほどでもないわ。貴女の抱えているものは、貴女にしかわかり得ないもの」

 振り向きもせず肩を竦める幽々子に、紫はどこか愉しげに微笑んだ。

「理由そのものはどうだっていいのよ~。――ただ、ね」

 幽々子は振り向かない。ぼんやりとした秋の空を見上げたまま、言葉を続ける。

「貴女にとっての終わりがそこに無いことを、私は祈っているの。――貴女の友人として」

 背後で紫がどんな顔をしているのか、振り向かない幽々子には解らない。
 いや、どうせ振り向いたって解りはしないのだ。
 八雲紫のことは、八雲紫にしかわかり得ない。――永遠に。

「――何も終わらないわよ。だって私は、この世界の全てを愛しているもの」

 紫はただ、いつもと変わらぬ口調でそう答えた。
 幽々子には、それに答える言葉はない。

「貴女の従者は、今は藍のところ。兎二匹と一緒に我が家でのんびりしているわ」
「そのおかげで眠れないのかしら~? こんな時間に貴女が起きてるなんて」
「今年の冬は、少し長めに冬眠することにしますわ」

 小さく笑って、それから紫は「幽々子」とこちらの名前を呼んだ。幽々子は振り返る。
 スキマから身を乗り出した紫は、薄く唇の端を吊り上げて笑った。

「愛してるわよ」
「――はいはい」

 いつもの、平坦な紫の言葉。そしてスキマは閉じ、紫の姿は虚空に消える。
 それを見送り、幽々子は小さく首を振って息を吐いた。
 そう――紫はいつだって、ただ本当のことを口にしないだけだ。
 彼女の「愛している」という言葉が、嘘ではなく、けれど真実でもないように。
 ――だからこそ、幽々子は懸念するのだ。
 紫の求めているもの、執拗に月を攻めようとする、その本当の理由。――いや、何が真実なのかは大した問題ではないのだ。
 問題なのは、紫はそこにそれがあると信じている、ということ。
 それだけが、八雲紫の隠しきれていない、幽々子の知る月面戦争の真実。

「――ねえ紫、知っている? 月を語るときだけ――貴女はただの少女なのよ」

 幽々子の呟きは、どこにも届かずに消えていく。
 いや、届いているのかどうかも、幽々子には結局は、知り得ないのだ。

「さて、庭のお掃除、どうしましょうかしらね~?」

 ぐるりと庭を見渡して、また脳天気な調子で幽々子は呟く。妖夢がいない今、庭の掃除をする者はいない。屋敷で働いている他の幽霊たちはそれなりに忙しいのである。

「たまには自分でやろうかしら? 妖夢ったら手伝わせてくれないものね~」

 そんなことを呟きながら、幽々子はふわふわと庭の中を回り――、
 遠くに微かに、生きているものの気配を感じて、小さく目を見開いた。

「あら? お客さんにしては、変な気配ね~」

 気配は小さく、そして一箇所から動かない。その気配のあるのも、白玉楼の玄関とは正反対の、裏庭の森の中だ。
 冥界に生者が訪れること自体、わりと珍しいことである。興味を覚えて、幽々子は裏庭の方へふわふわと飛んでいく。葉桜の間を抜けて、森の中に視線を巡らし、
 ――たすけてー、と小さな声がした。

「あらあら~」

 ふわりと浮き上がって、その声の主を幽々子はようやく見つけ出す。
 ひときわ高い桜の、一番太い枝の上で、その小さな影は震えていた。

「どうしたの~? こんなところで」

 幽々子がその顔を覗きこむと、小さな影は赤い瞳を潤ませて、ぷるぷると震えた。
 ――おりられないのー。
 そう幽々子に訴えかけたのは、桜の上に置き去りにされた、永遠亭のイナバだった。

「それは大変。こっちへおいでなさいな、美味しそうな兎さん」

 手を差し伸べた幽々子の言葉に、イナバは全身の毛を逆立たせて怯えた。


      ◇


 朝食の後片付けをしながら、藍は食卓の方から聞こえる話し声に耳を澄ませていた。
 魂魄妖夢とサキムニが話し込んでいるのは、今は手洗いに行っている鈴仙・優曇華院・イナバのことだった。鈴仙のことをよく知っているわけではない藍にとっては、それほど――狼狽している妖夢ほどに衝撃を受けるような内容ではなかった。その代わりに藍の頭脳は、主の考えを推し量るために回転する。
 主はまた何かを企んでいる。昨日命じられた結界の強化――その術式の意図するところは藍には咄嗟に理解しがたかったが、それもまた主の深謀遠慮の一端なのだろう。妖夢と鈴仙、そしてサキムニをこの屋敷に招き、匿っていることもそうだ。兎二匹は、なるべくならば逃がさないように、と主からは伝えられている。
 あのサキムニという兎は、月からの来訪者だ。それが今手元にあるということは、主が長年こだわり続けている月に対して、いくらでも使い道があるだろう。即ち主は、また企んでいるのだ。前回の無血の勝利から一年――第三次月面戦争を。
 しかし、前回が主の言うように大勝利であったのなら、今度は何を目的に月を攻めるのか?
 もちろん、本人に尋ねたところでまともな答えが返ってこないことは藍も重々承知している。だからこそ、与えられた少ない材料から推察するしかないのである。
 ――がたん、と物音がした。洗い物をする手を止めて振り返ると、魂魄妖夢が立ち上がっている。奥歯を噛み締めて、彼女は踵を返した。――そこへ、鈴仙が戻ってくる。扉のところで鈴仙と出くわした妖夢は、その顔から視線を逸らして、外へ飛び出していった。
 足音を響かせて駆けていく妖夢の背中を、鈴仙が呆然と見送っている。その鈴仙の元へ、サキムニが歩み寄り、――鈴仙の身体を背後からぎゅっと抱きしめていた。
 藍は息を吐いて、洗い終えた食器を片付け始める。
 いずれにしても――自分は主の命に従うだけだ。こうして考えるのも、主の命をより深く理解し、可能な限り主の望みを迅速に叶えるため。主からしてみれば、別にそんなことは不要と言われるのかもしれないけれども。
 それから、いつも通りお弁当用に作ってしまった橙のお昼ご飯を見やる。普段ならマヨヒガにいる橙のところに届けるのだが――今日はこっちに橙を呼んだ方がいいか。
 結局のところ、あまり普段とやることは変わらないのだ。家事をして、橙にご飯を食べさせる。いつもより作る料理が三人分多いだけのことだ。今のところは。



 食器の片づけを終え、ひと息つく。さて、橙をいつこっちに呼ぼうか。そんなことを考えていると、不意に背後の空間が歪む気配がした。それは即ち、主の気配だ。

「紫様?」
「はあい、ご苦労様、藍」

 にゅるりとその場にスキマから顔を出す主に、藍は目をしばたたかせた。

「珍しいですね、こんな時間に起きてらっしゃるなんて」
「貴女までそんなことを言うのね。私を何だと思っているのかしら?」

 拗ねたように主は言う。何って、普段は昼間はずっと寝ているのが主である。藍としてはただ、素直な感想を述べただけなのだが。

「まあ、それはいいわ。――こちらの準備も、おおよそ整ったしね」
「準備、ですか」
「月の民がひとり、兎二匹を連れて来たわ。この幻想郷にね」

 藍は息を飲む。――月の民が幻想郷に?
 それから、サキムニのことを思い出す。彼女を匿うことは主の指示だった。月の兎を匿ったら、月の民が幻想郷にやって来た。それは無関係なはずはない。つまり、月の民の来訪も主の企みの範疇であるということだ。
 ――だが、それで主は何をしようというのだ?

「紫様。ということは、あの月の兎は人質――いや、兎質ですか?」
「あら嫌だ。藍ったら、私がそんな小悪党みたいな真似をするとでも?」
「……失礼しました」

 藍は恐縮して頭を下げる。月の民を幻想郷に導いた。それが主の意志ならば、主の目的は。

「さて、藍。――貴女に指示を与えます」
「はっ――」

 藍はその場に傅く。それがどんなものであれ、主の命であれば遂行するのみ。それが式神としての、八雲藍の在り方だ。
 主はゆったりと微笑むと、扇子を閉じて藍の眼前へ突き出した。

「傲慢な月の民は、月からの逃亡者を捜しているわ。貴女の仕事は、月の民の道案内」
「道案内?」
「ええ、そう。ただし、案内する先は今ここにいるような小物の元ではないわ。もっと大物のところ。たとえば、かつて月の賢者と呼ばれていたような」
「永遠亭の連中ですか」
「そういうこと」

 悠然と笑う主に、藍は頭を垂れて拝命の意志を伝える。

「ただし、藍」
「はい?」
「健康で、強靱で、穢れを知らない月の民を、医者のところへ連れていったって仕方がないわ。治すべきところがないもの。――そうは思わない?」

 扇子に口元を隠して、紫はそう言った。藍は目をしばたたかせる。

「それはつまり――戦え、と?」
「医者へ連れていくのだからね。貴女の裁量で、相応にけちょんけちょんにしてあげなさい」
「は――」

 息を飲み、しかし藍は眉を寄せる。確か――前回の月侵略のときに、主は。

「しかし、紫様。――地上の者は、月の民には力では決して敵わないのでは?」
「ええ、そうよ。月の都では、ね」

 藍の問いに、紫はそう答えた。藍はその意味を考え、そして結論に至る。

「地上では、そうではない、と?」
「理解が遅いわねえ。何の為に昨日、貴女に結界の強化を命じたと思っているの?」
「あの、八百万の神霊を通さない術式のことですか?」

 その術式そのものは藍にも理解できた。毎年、神々が出雲へ向かう神無月に張る結界だからだ。神々の留守中に、留守を守る恵比須様がいなくならないようにするため。同時に、幻想郷に悪しき神が入り込むのを防ぐ、そのための二重の結界である。だが――なぜそれを今張る必要があるのか。まだ季節は葉月、中秋の名月を鑑賞したばかりである。
 藍の問いに、紫は心底愉しげな笑みを浮かべて答えた。

「戦うなら、自分の土俵で――ということよ」

 ――やっぱり主は、一年前にあの月人に土下座までさせられたことを根に持っているのだろうか。そんなことを藍は思ったが、口には出さないでおいた。

「解りました。けちょんけちょんにして参ります。あ、でも」

 と、藍はひとつの問題に気付いて声をあげる。主の命なら、月の民と戦うことは一向に構わない。むしろ式神の本分ともいえる。だが、もうひとつの命が今はあった。

「あの兎の見張りはどうするのですか? まあ、どうせ行き来の手段を知らなければこの家から出ることはできませんが……変なところに迷いこまれても」
「藍、貴女自身の式神は何のためにいるのかしら?」

 主に睨まれる。「――承知しました」と藍は頭を下げる。まあ、確かに橙はこれからこちらに呼ぶつもりだったが――橙にあの兎二匹の見張りを任せるのは、いささか不安だった。

「では、橙を呼んでおきます。――月の民は今はどこに?」
「太陽の畑で花妖怪とやり合っていたわね。人里に近付いたら前鬼が知らせます」

 前鬼とは、紫の使役する式神のひとつだ。普段は鴉の姿をしている。一年前の月面戦争で前鬼の宿っていた鴉が月で殺されたが、肉体は媒介に過ぎないので、前鬼そのものは別の鴉に憑いて現在も健在である。

「というわけだから、よろしくね。それと、私は夕方からしばらく留守にするから」
「留守ですか。どちらへ?」

 唐突な主の言葉に、藍は目をしばたたかせる。このタイミングで主はどこへ――。
 紫は振り返って、いっそう深く――楽しげな笑みを浮かべた。

「月へ」





      4


 相手を殺さない決闘は、幻想郷の流儀だ。郷に入りては郷に従え、と言ったのは幽香の方である。故に、無論のこと幽香には依姫を殺す意志はなかった。
 文字通り、懲らしめるのだ。幽香の愛する花たちを育む、土と水と風と、太陽の光。その力によって、彼女に膝を屈させる。この花の美しさを理解しようともせずに蔑んだことをしっかり反省して、それからゆっくりと、この大地の花の美しさを知って貰えばいい。
 依姫の動きを封じた時点で、幽香は勝利を確信していた。もはや依姫に逃げ場はない。死なない程度の一撃で、相手の戦意を削り取って終わりだ。幻想郷の流儀に従った一対一の決闘での、完全な勝利――そのはずだった。

「依姫様ぁぁぁぁっ!」

 だから、その決闘に割り込んでくる者がいるという可能性を、幽香は見落としていた。
 幽香が、ソーラーレディエイションを放つ直前――その声とともに、依姫の元に駆け寄るふたつの影があった。手にしているのはひどく無骨な刃。だがいずれにしても、もう遅い。太陽のエネルギーを溜め込んだ幽香の傘は、それを極太のレーザーに換えて――放つ。
 光の奔流が、依姫と、そこへ駆け寄った二匹の兎に襲いかかり、そして――。



「……逃げられたわね」

 レーザーが地平線の彼方へ消え去ったあと、その場にはもう誰の影も無かった。
 依姫のいた場所に残されているのは、断ち切られた蔓と、三人分の足跡の形に抉られた大地。恐らくはあの兎の持っていた刃で蔓を断ち、レーザーを凌ぎながらその光に紛れて姿を隠したのだろう。溜息をついて、幽香は傘を閉じる。
 どうにも不完全燃焼だったが、逃げられたものは仕方ない。追いかけるほどのことでもないし、あの連中が幻想郷で何か悪事をしでかすなら、自分の他に動く連中はいくらでもいる。
 そんなことを思いながら、ふと幽香は右手首を見下ろす。傘を持つ右手に微かな痛みがあると思ったら、鋭く一筋、前腕に赤く傷が残っていた。深くは無い傷だが、血が滲んでいる。

「幽香さんっ――」

 その傷を幽香が舐めていると、慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる影があった。息を切らせて幽香の前にやって来た阿求は、胸を押さえながら、泣きそうな顔で幽香を見上げる。

「だ、大丈夫ですか……その腕、血が」
「ああ、このぐらい平気よ。何てことないわ」

 心配そうに声をあげる阿求に微笑みかけて、幽香は花畑の方に歩み寄り、かがみ込む。
 傷を負った右腕を花の上に翳すと、花たちはその葉を伸ばして幽香の腕を包み込んだ。花たちの命の力が、幽香の傷を癒していく。
 幽香の力は、花たちを育むこの自然の力。幽香が自らの力で花たちを美しく咲かせる代わりに、花たちも幽香が傷ついたときには、こうして癒してくれるのだ。
 それから幽香は、先ほどの戦いで踏み抉られた草たちに力を与える。名もなき草たちはまたたくましく、大地を緑に染めるだろう。

「ほら、この通り。……心配をかけてしまったわね。ごめんなさい」

 傷の消えた右腕を見せて、それから幽香は阿求の頭を撫でる。阿求は目を細めて、幽香の右腕を見やり、それから軽く頬を膨らませて幽香を見上げた。

「……人間の私が、貴女にこんなことを言うのもおかしいのかもしれませんが」
「うん?」
「できればあんまり……その、危ないことはしないでもらえませんか。……貴女が平気でも、私の心臓に悪いです。……貴女が傷ついたら、私が、困ります」

 真っ赤になって顔を伏せながら言った阿求に、幽香は軽く目を見開く。
 ――ふと、数百年前の記憶が、幽香の脳裏に甦った。

『妖怪は頑丈で、治りが早くて羨ましいです』

 どんな理由でだったか、人里の近くで別の妖怪と小競り合いになったとき、彼女はそれを物陰から見物していた。そうして勝利したあと、傷を癒していた幽香に、彼女はそう言ったのだ。

『戦っているときの貴女は、花を愛でているときと同じぐらい活き活きしているんですね』

 彼女は――稗田阿夢はそう言って、楽しげに幽香のことを見つめていた。
 幽香はそんな奇妙な人間に、戸惑いながら興味を覚えていた。――そんな頃のこと。

「……幽香さん?」

 阿求に呼ばれ、幽香ははっと目をしばたたかせる。
 目の前にいるのは、稗田阿夢ではない。心配そうにこちらを見上げた、稗田阿求だった。
 ――ああ、やはり、同じ花でも、彼女はあのときとは違う花なのだ。
 幽香はただ無言で、目の前にある小さな少女の身体を抱き寄せる。

「ごめんなさいね、阿求」
「い……いえ、私の方こそ、変なことを言ってすみません……」

 阿求は幽香の腕のなかでわたわたともがいたが、幽香がそう名前を呼ぶと、しゅんと大人しくなって、幽香の胸元にもたれかかった。
 その髪を撫でながら、幽香はふと、依姫が立っていたあたりに、小さな野菊が一輪咲いていることに気付く。周囲の草が依姫の立ち回りで踏み荒らされている中で、その一輪だけが、無事に風に揺れていた。
 幽香はひとつ鼻を鳴らして、阿求を抱く腕に少し力を込めた。


      ◇


 花畑のある丘から、坂道を下った先の、小さな森の中。

「キュウ、シャッカ、大丈夫ですか」
「はい! そりゃもうピンピンしてます!」
「平気です――」

 お供の兎二匹の返事に、依姫は安堵の息を漏らし、それから近くの樹にもたれかかった。
 ――完敗だった。八百万の神の力が封じられた原因は未だ解らないが、それを言い訳にしたところで始まらない。ここは月の都ではなく地上であり、地上の妖怪たちにとってはこの大地が生きる場所。――油断、慢心があったか。依姫は奥歯を噛んで己を戒める。
 風見幽香のレーザーを受け止めた剣と腕には、まだ痺れが残っていた。レーザーを切り裂けなかったのは、背後にキュウとシャッカが居たからだが――あの直前、駆け寄ってきたキュウが銃剣で蔓を断ち切ってくれなければ、まともに食らって意識を吹き飛ばされていただろうから、被害はこれが最小限だった。

「キュウ」
「――は、はひ!」

 依姫が瞼を開けて視線を向けると、キュウはびくりと身を竦める。

「……助かりました。貴女があの蔓を切ってくれなければ、私はあの妖怪に膝を屈していたでしょう。……ありがとう」
「うえ!? い、いえいえ、そんな――だ、だいいち、依姫様が負けるわけないですよ! あそこからほら、大逆転だったんですよね? 神様の力でどーんと!」
「キュウ、それってつまり、思いっきり依姫様の邪魔したことになると思う」
「しゃ、シャッカぁ」

 シャッカの指摘に、キュウがへなへなと肩を落とす。依姫はそんな姿に苦笑を漏らし、けれど自分が敗れたのは事実、と心の中で付け加えた。
 ――神々よ。呼びかけても、やはり答えは返ってこない。
 これも地上だからか? 地上にはもはや神々すら棲まないのか。いや、しかし、以前地上からやって来た巫女は、自分と同じように神々を使役していた。自分よりも遥かに未熟だったが。
 解らない。神々の反応が無い以上、考えてもどうしようもないことだった。
 ぎゅっと依姫は拳を握りしめる。落ち着け、綿月依姫。己の為すべきことは何だ。地上に向かった部下を――サキムニを見つけ出し、彼女が盗んでいった蓬莱の薬とともに、月へと連れて帰ることだ。

「キュウ、シャッカ。――余計な時間を食いました。先を急ぎますよ」
「は、はい! あ、でも、これからどこへ向かうんです?」

 キュウの問いに、依姫は目を細める。サキムニへはキュウたちが何度も連絡を試みているが、未だにサキムニは反応を返していない。反応が無いのでその位置特定もできず、サキムニの行方は未だ、杳として知れないままだ。手がかりは無いに等しい。
 だが――それ以外の手がかりならば、今の戦いでひとつ得られた。結果としては、無意味な戦いでは無かったことになる。

「永遠亭へ」
「えいえんてい?」

 キュウとシャッカが問い返す。依姫は頷いた。

「あの妖怪が言っていました。――そこに、何らかの手がかりがあるはずです」

 そう、風見幽香は言っていた。『永遠亭の連中と同じ月の民』――と。
 地上は月にとって監獄だが、そもそも地上送りにされるほどの大罪を犯す月人は滅多に居ない。兎が稀に逃げ出すことこそあったが――月人で地上に流された罪人はふたりしかいない。
 その片割れである嫦娥は今、月の都に連れ戻され幽閉されている。現在、地上にいることがはっきりしている月の民は二名だけ。――大罪を犯し追放された罪人であるカグヤ姫と、彼女とともに地上へ逃亡した賢者、八意永琳だけだ。
 だとすれば――ここに、八意様がいるかもしれない。
 自分たちの師である、あの八意様が。
 無論、八意永琳も罪人である。依姫が月の使者である以上、形式的には永琳を捕らえなければいけない立場だ。――だが、依姫にそのつもりは無かった。あの永琳が月を捨てたことにはそれだけの理由があるはずで、それは永琳の罪などよりもずっと重大なことだ。その真意も知らぬ自分たちが、永琳の邪魔をしていい道理などない。
 そもそも永琳だって、月の都に害を為す意志はないとこちらに伝えている。それどころか月の都を侵略者から守るために力を貸してさえくれた。捕らえる理由がどこにあろう。

「行きますよ。――あまり地上に長居しては、穢れに蝕まれます」

 歩き出した依姫の後を、慌ててキュウとシャッカが着いてくる。
 ――けれど依姫は、歩き出してすぐに、ふと足を止めた。

「依姫様?」

 キュウが不思議そうに声をあげる。依姫は構わず、無言で足元を見下ろした。――踏みだそうとした足の先に、一輪の白い花が揺れていた。
 ……また、あの妖怪に絡まれては敵わない。
 その花を踏まないように足を踏み換えて、依姫はまた歩き出す。
 あとにはただ、風に小さく揺れる野菊が一輪、森の中に残されていた。





      5


「お師匠様――私が死んだら、鈴仙に伝えて貰えますか――『あのとき鈴仙の水羊羹つまみぐいしたのは私だよ、美味しかった』って――」
「はいはい、そういうのはいいから」
「ちぇ」

 むくりと起きあがり、ぽりぽりと頭を掻いたてゐに、永琳は大げさに息を吐き出した。
 全く、昨晩の自分はいささか冷静さに欠けていたようだ。てゐの怪我は、何ということのない軽傷でしかない。軟膏でも塗って安静にしていればすぐに治る。
 てゐの言によれば、逃げる魂魄妖夢たちと交戦して負った傷だそうだが、その言葉もどこまで信用していいのか解らない。何しろこの兎ときたら、息をするように嘘をつくのだ。
 ともかく――結果として、白玉楼から鈴仙と、サキムニというらしいもう一匹の月の兎は姿を消した。鈴仙の友人だった半人半霊の庭師、魂魄妖夢とともに。
 蓬莱の薬も、おそらくはまだその兎が持っているのだろう。逃亡に手を貸しているのは、まず間違いなく八雲紫だ。――またあの妖怪と化かし合いをするのか。正直、気が重い。
 そして同時に、鈴仙が自分から逃げているという事実も、やはり気が重かった。

「あ!」

 と、そこでてゐが大声をあげて飛び上がる。

「……どうかした?」
「あちゃー、忘れ物やらかした。ごめんお師匠様、ちょっと取ってくるよ」
「取ってくるって――」
「冥界。ほいじゃ、行ってくるよん」

 それだけ言い残して、てゐは怪我のことなど感じさせない足取りで走りだす。昨晩、白玉楼で自分たちの前に現れたときの、あのおぼつかない足取りは何だったのか。
 もう一度溜息を漏らしながらそれを見送って、それから永琳は、襖の開く音に振り返った。今、ここの住人は永琳の他にはひとりしかいない。

「あら、てゐは元気そうね、良かったわ」
「輝夜」

 微笑んだ輝夜の姿に、永琳は目を細める。――昨晩、もともと永琳はてゐを連れて行くつもりは無かった。てゐは勝手についてきたのだと言っていたが、あの兎はそんな殊勝なタイプではない。だとすれば、差し向けたのは輝夜だ。
 ――輝夜がてゐを差し向けた理由も、なんとなく想像はつくが。

「ねえ、輝夜」
「なに? 永琳」
「――私はそんなに、信用されていないのかしら?」

 苦笑混じりに永琳がそう肩を竦めると、輝夜は目をしばたたかせて、それから首を傾げる。

「何のこと?」
「鈴仙のこと。それから貴女のことよ、輝夜。――ゆうべ、白玉楼にてゐを同行させたのは、私に対する見張りのつもりだったんでしょう?」

 輝夜は答えない。永琳は目を閉じて、その場に立ち上がる。

「――私が、鈴仙とその仲間を殺すとでも思ったの? 貴女と逃げ出したときのように」

 その問いに、輝夜はふっと笑みを浮かべた。

「永琳。――貴女は私と鈴仙なら、私を選ぶでしょう?」
「当然ね」
「私は、鈴仙の笑っている顔も大事なの。可愛いペットだもの。――永琳は、そうは思わない?」

 微笑んだまま、輝夜は問いかける。
 永琳は苦笑して、もう一度大げさに肩を竦めた。窓の外に、今は月は見えない。

「――そうね。月の使者のリーダーが綿月姉妹なら、彼女たちには私を捕まえる意志は無い。そのことを、ちゃんと鈴仙に伝えていなかったのが失敗だったわね」

 鈴仙が、月の兵隊である兎を連れて自分から逃げているとすれば、それが理由だ。鈴仙は永琳と輝夜が逃亡者であることを知っている。月の使者がそれを追う者であることも。何より、あの永夜異変のとき、月に帰ろうとした鈴仙を引き留めたのは自分たちだった。その目的は月の使者に見つからないためだったのだから――鈴仙が、今でも永琳と輝夜は月の使者に見つかることを怖れていると考えるのも無理はない。

「蓬莱の薬は問題だけれど、鈴仙と一緒にいる兎の存在自体は大した問題ではないわ。帰るというならひとりで帰ってもらう。脱走兵として鈴仙と一緒に地上で生きるというなら、この永遠亭に迎え入れたっていい」

 息を吐いて、永琳は輝夜に向き直った。

「だけど輝夜、貴女はそれを知っていたでしょう。月の使者のリーダーがあの子たちなら、私は別に居所を知られたって構わないわ。それなら、その部下の兎を手に掛ける意味なんてどこにもない。――そうじゃない?」
「ええ、その通りだわ」

 目を細めた輝夜は、その顔から笑みを既に消していた。
 そして――不意に永琳から視線を逸らすと、中空に問いかけるように、声を発する。

「ねえ。鈴仙の寿命はあと何年?」

 永琳は目を見開いて、輝夜の横顔を見つめた。

「……知っていたの?」
「てゐが気付いているんだもの、当たり前じゃない。たぶん、知らないのは当の鈴仙だけよ。五年? 十年? 地上の兎の寿命はだいたいそのぐらいじゃなかった?」

 永琳は答えない。――正確なところは、永琳にだって解らないのだ。穢れを知らない月の兎が、この地上の穢れに飲みこまれたとき、その寿命がどの程度になるのか。普通の兎ならば十年も生きれば上等だ。てゐのように数千年生きて妖怪になる兎は例外中の例外である。
 鈴仙は無論、普通の兎よりも力はあるが――定期検診としてその身体を診ている永琳は知っている。鈴仙の身体が変化しつつあるということを。それがもたらすものは、これからその身体を調べていくことでしか明らかにならないだろう。
 だが、いずれにしても、この地上で暮らす以上、鈴仙にもいずれ寿命は訪れる。それは永遠に生きる永琳たちにとっては、ほんの僅かの時間でしかない。人間の寿命がそうであるように。

「今まではそれも仕方ないと思っていたわ。私たちの都合の巻き添えにしてしまったのは可哀想だけれど――だからといって、どうしようもないもの。蓬莱の薬があるわけでもないし、ようやく友達もできたみたいだし――たとえ短くても、その時間を鈴仙が笑って過ごしていられるなら、それでいいとね。地上の穢れを受けてしまった身では、月には帰れないし」
「……輝夜」
「だけど。――不完全な蓬莱の薬は、穢れを薄めるためのもの、だったわよね」

 輝夜は振り返った。永琳はただ、無言で頷く。

「それを持って月から兎が鈴仙の元に来た。永琳、貴女が月の使者たちと私を迎えに来たときに、私に飲ませた薬も本来はそれだったのでしょう? ということは、その蓬莱の薬は鈴仙の贖罪のためのもの。 ――つまり、鈴仙は月に帰れる。そういうことじゃない?」

 永琳は、ただ沈黙だけを返す。輝夜はそれをどう受け取ったのか、永琳を真っ直ぐに見つめて、言葉を続けた。

「あのときとは違うわ。月の使者が私たちを捕まえないのなら、私たちが鈴仙を帰さない理由も無いでしょう。――それなら、月に帰るかどうかは鈴仙が決めることだわ。ねえ、永琳。私は何か間違ったことを言っているかしら?」
「だから――てゐに命じて、鈴仙を私の元から逃がしたの?」
「あら、私はてゐに命令なんてしてないわ。私はただ、永琳についていってあげて、とお願いしただけ。――私たちに、鈴仙の寿命を決める権利なんて無いわ」
「――――」
「永琳。――どうして貴女は、鈴仙を月に帰すという選択肢を最初から排除しているの?」

 輝夜の問いに、永琳は答えなかった。
 否――答えられなかった。


      ◇


 寺子屋の昼休み。慧音は資料室で、午後の授業に使う資料の整理をしていた。
 授業でやる内容は、もう決まっている。必要なものを選り分けながら、慧音は思考の一部を、授業が終わったあとのことに飛ばしていた。
 ――妹紅はちゃんと、ご飯を食べているだろうか。
 昨晩、また肩に怪我をして帰ってきた妹紅の姿を思い出す。妹紅が不老不死で、どんな怪我でもすぐに治ってしまう身体だということはもちろん解っているが、だからといって自分の身体を粗末に扱ってもらっては、心配するこっちの身が保たない。
 平気だ、といつも妹紅は言い張るけれど、その身体は死を忘れているだけで、痛みは忘れていないはずなのだ。――もちろん妹紅は、自分が生まれるずっと前から、身を切り刻まれるような痛みを何度も何度も繰り返して、ここまで生きてきたのだろうけれど。
 自分には、妹紅の抱えているものの、きっと何分の一も理解できてはいない。不死の苦しみ、長い長い時間を永遠に生きる苦しみ――慧音には決して理解できないそれに対して、いったい何が出来るのだろう。
 ただ、それでも――。

「ああ――ここにいたのか、慧音」

 がらり、と資料室の扉が開き、不意に聞き慣れた声が響いた。
 慧音は驚いて振り返る。――そこに、藤原妹紅がいた。妹紅は後ろ手に資料室の扉を閉めると、埃っぽい部屋の中を見回しながらこちらへ歩み寄る。

「も、妹紅? どうしたんだ、こんなところに――」
「いや、なに――大したことじゃないんだが」

 妹紅が寺子屋に、いや、人里に現れることなんて、滅多にないことだ。妹紅はまず、あの竹林の外へは出歩かない。せいぜい霧の湖に釣りをしにいくぐらいのはずだ。あまりにも思いがけない来訪に、慧音はうろたえて意味もなく視線を巡らす。

「な、何かあったか? そうだ――肩は大丈夫なのか?」
「ん? ああ、もう平気だよ」

 昨晩に傷を負っていた肩を、妹紅はぐるりと回してみせる。

「それならいいんだが――お、お昼はちゃんと食べたか?」
「こんなところでもお説教か? ああ、ここは寺子屋だからいいのか」

 苦笑して目を細める妹紅に、慧音はごほん、と咳払いひとつ。落ち着け、とりあえずは妹紅がどうしてここに来たのか、理由を質すのが先だ。

「慧音」
「な、なんだ?」

 しかし、こちらから問う前に妹紅の声がかかる。慧音が顔を上げると――不意に妹紅の手がこちらに伸ばされて、その少し冷たい指先が、慧音の頬に触れた。

「……妹紅?」
「いや――何だ。急に、慧音の顔が見たくなったんだ」

 少し照れくさそうに妹紅が言って、慧音も顔が熱くなり目を伏せる。――昨日の今日だろう。そう言い返そうと思っても、口はもごもごとして言葉にならない。
 妹紅の手が頬を撫でる。慧音、ともう一度妹紅が囁いて、慧音は顔を上げた。
 ――どうしてか、こちらに微笑みかける妹紅の顔が、泣き出しそうに見えた。

「なあ、……慧音」
「な、なんだ?」
「……いや」

 ためらうように口ごもって、妹紅は――頬に触れていた手を背中に回して、慧音の身体を強く抱きしめた。声をあげる間もなくその腕に包まれて、慧音は顔が沸騰するのを感じる。

「も、妹紅。こんなところで、その、誰か来たら、」
「――好きだよ、慧音」

 耳元で囁かれた。顔が爆発するかと思った。意味のない言葉をもごもごと口の中で呟いて、慧音は妹紅に抱きすくめられたまま、身を縮こまらせる。
 いやいや、これはまずい、これから午後の授業があるし、この部屋に他の教員が来るかも、あるいは生徒が来るかもしれないし、こんなところを生徒に目撃されたらあらぬ噂が、というか生徒の教育上全くよろしくない――。

「も、ももも、妹紅、いや、あの、そ、そういうのは、嬉しいんだが、そのな? あの、ここは寺子屋で私は教師だからそのこういうところでそれはまずいというかあのせめて出来れば家に帰ってから好きなだけ――」
「慧音」

 ――その声が、どうしてか、少し震えているように、慧音には聞こえた。

「も、妹紅……どうしたんだ、本当に」

 少し冷静さを取り戻して、慧音は妹紅の背中に腕を回す。――そういえば、昨晩も妹紅は、不意にこちらにしがみついてきた。昨晩に、何かあったのだろうか。

「何かあったのか? ……私に言えることなら、言ってくれ」

 その背中をさするように撫でると、妹紅は不意に、慧音を抱きしめる腕を緩める。
 間近にある妹紅の顔を見つめた。そこには普段と変わらない、苦笑混じりの笑みがあった。

「……普段は私のことを子供扱いするくせに、甘えたら甘えたで心配するんだな」
「も、妹紅?」
「慧音に会いたかっただけだよ。我慢できなくて、いてもたってもいられなかっただけだ。おかげで、ちょっとすっきりしたよ。――急に押しかけてすまないな」
「あ、い、いや、別に――そ、そうか、それなら、いいんだが……」

 妹紅の言葉に、不意に力が抜けて、慧音は息を吐き出す。
 ――それから、妹紅の言葉の意味がせり上がるように脳に伝わって、顔が熱くなった。

「慧音? 真っ赤だぞ」
「そっ、そんなの当たり前だろう! ……いや、妹紅がそう思ってくれるのは嬉しいんだが、とても嬉しいんだが……は、恥ずかしいものは、恥ずかしいんだ」

 ごほん、と咳払いした慧音に、妹紅はどこかいたずらっぽく笑った。

「なあ、慧音。――キスしていいか」
「だっ、駄目に決まってるだろう! ここをどこだと思ってるんだ!」

 思わず大声をあげてしまって、慧音ははっと口をつぐんだ。狭い資料室の中に声が反響する。それが消え去ると、外から聞こえる子供の声だけが響いていた。

「駄目か?」
「だ、だから、駄目だ。もうすぐ午後の授業も始まるし――も、もういいだろう?」

 やんわりと妹紅の身体を押しのける。妹紅は存外あっさりと腕を解いてくれた。少しの名残惜しさを覚えながら、慧音は妹紅から離れて、準備してあった資料を手に取る。

「授業が終わったらそっちの家に行くから。……そういうのは、そっちで、な?」

 よいしょ、と資料を抱えて、妹紅を振り返ってそう言った。
 けれど、妹紅はゆっくりと首を横に振る。

「ああ――そう、それも言おうと思ってたんだ。今晩はちょっと用事があるんだ」
「用事? ――また、あれか?」
「輝夜のことじゃない。ちょいと別枠で、野暮用だよ。危ないことをするわけじゃない」

 また蓬莱山輝夜と殺し合うのかと、慧音は眉を寄せて問い返す。だが、妹紅は首を横に振った。どこまでその言葉を信じていいのかは解らないが――妹紅がそう言うなら仕方ない。

「解った。その代わり、明日は朝イチで行くからな。怪我してたら一番しみる消毒薬をぶっかけてやる」
「それは勘弁してほしいな」

 肩を竦めて苦笑した妹紅に、慧音はひとつ息を吐く。――今晩は会えないから、今会いに来たんだと、先にそう言ってくれれば良かったのに。そうすれば――キスぐらいは別に、
 カラン、カランと鐘の音が響いた。午後の授業の時間を告げる音だった。

「時間だ。それじゃあ妹紅、私は授業があるから――また明日、な」
「――ああ」

 妹紅の声に背を向けて、資料室の扉を開けようと、慧音は抱えた本を持ち直す。――と、背後から手が伸びてきて、扉を開けてくれた。

「妹紅、すまない、ありが――」

 振り向いて言おうとした言葉は、唇と一緒に塞がれた。
 触れたのは一瞬か、数秒か。その瞬間だけ時が止まったような沈黙。――微かな吐息ともに唇が離れて、世界がざわめきを取り戻す。

「――もっ、妹紅ー!」

 悲鳴のように叫んだ慧音に、妹紅はにっと子供のように笑った。

「ほら、授業に遅れるぞ、慧音先生」

 妹紅に背中を押されて、慧音はよろめいて廊下に踏み出す。振り返ると、資料室の中で妹紅は笑って手を振っていた。――盛大に息をひとつ吐いて、慧音は手を振り返す。

「また明日だからな。……危ないことはするんじゃないぞ」
「解ってるよ。大丈夫。――私はどこにもいかないさ」

 ぱたぱたと子供たちの足音が響く。慧音は躊躇を振り払って、踵を返すと早足で教室に向かった。――妹紅の馬鹿。そんなことを、触れられた唇で繰り返しながら。
 その授業開始前、生徒たちに風邪ではないかと心配されてしまったのは、余談である。





      6


 自分がここに来たことは、本当に正しかったのだろうか。
 八雲邸の寝室。膝を抱えて座り込むレイセンの横顔を見ながら、サキムニはふと、そう思う。
 レイセンの寿命が永くないと知ったときは、レイセンを助けることしか考えられなかった。何を差し置いても、レイセンが死んでしまうことだけは絶対に嫌で、だから自分が地上に向かうこと、レイセンを助けに行くことが正しくないなんて、考えもしなかった。
 ――だけど、今。
 自分がしたことといえば、地上で平穏に暮らしていたレイセンの生活を、メチャクチャに引っ掻き回しただけなのではないか。レイセンは何も知らず――そう、自分の寿命が短いことさえも知らずに、幸せに暮らしていたのだ。……今のレイセンを見ていれば、それは解る。
 月にいた頃のレイセンは、あんなに笑わなかった。喋らなかった。
 今ここにいるレイセンの姿は――月にいた頃、自分がそうなってほしいと思っていたレイセンの姿だった。よく喋り、よく笑い、皆と打ち解けて過ごす。……そんなレイセンであってほしいと、自分はそう思っていた。
 ――レイセンを変えたのは、自分ではないのだ。この地上での暮らしなのだ。

「…………っ」

 唇を噛み締めて、サキムニはぎゅっと膝の上で拳を握る。
 だとすれば、自分はやっぱり来なければ良かったのか? この地上で、レイセンが幸せに暮らしているのなら、たとえその寿命が短くても、それでレイセンは――。
 いや、駄目だ。やっぱり駄目だ。――レイセンが死んでしまうなんて、嫌だ。
 幸せなら、生きる時間が短くてもいいなんて、そんな道理がどこにある。

「レイセン」

 意を決して、サキムニは声をあげた。うじうじ考えていても仕方がない。今のレイセンに地上での暮らしがあることは解っているけれど、それでレイセンが死んでしまうのならば、どんなにその暮らしが幸せであっても――レイセンのためには、ならない。

「サキ……」
「ごめんね、レイセン。……私、レイセンにすごい迷惑かけてるよね」

 そんなこと、とレイセンは首を振る。――自分は卑怯な言い方をしているのかもしれない、とサキムニは思う。でも、だとしても。
 ――自分は、レイセンを助けたい。

「でも……やっぱり私、レイセンに生きててほしいから」

 レイセンの肩を掴んで、サキムニはその眼を覗きこむ。レイセンの赤い瞳。戸惑いに揺れる、その瞳をじっと見つめて、言葉を続ける。

「――レイセンの今のご主人様のことなら、大丈夫。依姫様たちには内緒にするから」
「え――」

 レイセンが目を見開く。サキムニは目を細めて頷いた。

「あの子から聞いたの。妖夢、だっけ。……永琳の今のご主人様って、月から逃げ出した八意様なんでしょう?」
「――――」
「大丈夫。……月に帰っても、私は何も言わない。レイセンの今のご主人様たちに迷惑はかけない。私は八意様を捕まえに来たわけじゃないもの。……レイセンが、月に帰ってきてくれれば、私はそれでいいから、だから」
「――サキ」

 レイセンは目を伏せる。解っている。そんなに簡単に決断できることじゃないのは。
 この地上でレイセンが変わっていったのなら――当たり前のことだけれど。
 問わなければいけない言葉を、サキムニは数瞬、躊躇しながら、口にする。

「……レイセンは、月より地上の方が好き?」
「――――っ」

 びくりとレイセンは身を竦めた。――ああ、やっぱりそうなのだ。サキムニはぎゅっと目をつぶる。レイセンにはもう、自分たちよりも大事なものができてしまっているのだ。

「解ってるよ。……もう、私の知ってるレイセンじゃないんだもんね。自分で、友達を作れるぐらいになったんだよね、レイセンは。――私たちより、今の友達の方が大事だよね」
「サキ! 私は――私、は」

 卑怯な言い方をした、という自覚はあった。――たぶん、自分も悔しかったのだ。
 レイセンと過ごした時間は、自分の方がずっと長かったのに。
 地上の者たちは、ずっと短い時間で、レイセンをこんなに変えてしまったのだ。
 たとえばきっと、魂魄妖夢と名乗ったあの剣士の少女が。
 彼女はきっと、今のレイセンにとって、大切な存在なのだろう。あるいは、月にいた頃の自分たちよりも。そのために、レイセンが月へ帰ることを迷う程度には。
 だけど――だけど。
 レイセンと再会して解った。自分は決して、それを認められるほど寛容にはなれないのだ。
 やっと会えた。もう会えないと思っていた、大切なこの子が。
 自分以外の誰かのために、この地上に残って死ぬなんて――絶対に、嫌だ。
 みっともない嫉妬心だという自覚ぐらいある。解っている。だけど、だけど。
 ――自分はどうしようもなく、月にいた頃からずっと、レイセンのことが好きなのだ。

「ごめんね、レイセン。……昔からずっと、私は全然、レイセンのこと解ってあげられてなかったんだよね。今もそうだよね。――ごめんなさい」
「そんな、……サキが、謝ることなんて、何も無いよ……何も」

 ゆるゆると首を振って、レイセンはぽつりと呟く。ぎゅっと、拳を握りしめて。

「悪いのは――全部、私だから」

 そうして顔を上げて――泣き出しそうな顔で、レイセンは笑った。

「……私がここで死んじゃうんだとしても、だってそれは、逃げ出した私が悪い、よね」
「レイセン!」

 思わず、サキは叫んだ。――だから、どうして。どうしてそんなことを言うの。

「悪いとか悪くないとかじゃないの! ――私は、私はレイセンに死んでほしくない。だから月に帰ろうって、そう言ってるの。……私は怒ってない。レイセンが逃げ出したこと、怒ってなんかないから、だから、それが悪いからレイセンが死んじゃうなんて許さないっ」
「――サキ」

 脱力したように、レイセンはがくりとうなだれた。サキムニはその背中をそっとさする。
 ――レイセン。貴女は逃げ出してからずっと、そんな気持ちを抱えて生きてきたの?
 誰も貴女が思うほど、貴女を恨んでも、怒ってもいないのに。
 貴女ひとりだけが――自分を許せないで、苦しんでいたの?

「……もう充分でしょ、レイセン。――レイセンが私たちのこと、忘れないでいてくれてたんなら、レイセンは何も悪くないよ。もし悪いんだとしても、もうレイセンは許されていいはずだよ。――私は、レイセンを許すから。だから」

 サキムニは、レイセンの頬に触れた。その頬は、いつの間にか溢れていた涙で濡れていた。
 ああ――レイセンの泣き顔だって、自分は月では見たことがなかったけれど。
 笑った。サキムニは精一杯、あの頃のように微笑んで、レイセンを見つめた。

「――帰ろう、レイセン。……私たちの場所に。月に、帰ろう」

 その言葉に、レイセンは。
 少しの沈黙のあと――こくりと、頷いた。


      ◇


 鈴仙とサキムニの言葉を、妖夢は襖に手を掛けた姿勢のまま、じっと聞いていた。
 それはもう、自分が口を挟めるものではなかった。そこにあったのは、月の兎どうしの、長い時間をともにしてきたものたちの言葉で。
 そこに、魂魄妖夢の居場所は、どこにもなかった。
 割り込む資格など、どこにもありはしなかった。

「……れい、せん」

 小さく呟いて、妖夢は唇を噛み締める。血が滲むほどに強く。
 サキムニから聞かされた事実が、今もまだぐるぐると頭の中を回り続けている。――この地上では、月の兎は長くは生きられない、ということ。
 それが事実なら、鈴仙は月に帰るべきだ。いや、帰らなければいけない。そのぐらいのことは、妖夢にだって解っている。サキムニが鈴仙を連れ戻しに来たのも――どうして今更なのか、というのはさておき――理解できる。当たり前だ。
 だけど、理性では納得できても――感情が、それを納得してしまうことを拒む。
 その感情は、要するに、鈴仙がいなくなるのが嫌だという――それだけのことでしかないということも、妖夢には解っていた。
 いや、もうひとつ付け加えるならば――それは自分の無力に対する苛立ちだ。
 強く強く、妖夢は両の拳を握りしめて俯く。
 ――守りたい、と妖夢は思った。守るから、とあのとき誓ったのだ。
 けれど、自分に今、いったい何が守れるのだ?
 地上の暮らしそのものが、この地上に満ちる生き死にの摂理そのものが、鈴仙にとって毒でしかないのだとしたら。そして、穢れのない月に帰ることが、鈴仙を助ける術であるなら。
 地上の民でしかない妖夢にできることなど、何もないのだ。
 どれだけ刃を振るっても、地上の摂理から鈴仙を守ることはできはしない。
 その摂理が病のように鈴仙を蝕んでいくのなら――妖夢の刃は、どこまでも無力だ。
『あんたの鈴仙を守りたいって言葉は、その程度の覚悟だったのかって聞いてるんだよ!』
 ――覚悟も何も、斬れないものには、通じはしない。



 踵を返して、妖夢は屋敷の外へ出た。まだ外は昼の陽射しが中天高く降り注いでいる。
 八雲邸を覆う森のざわめき。風の音。どこからか聞こえる鳥の声。踏みしめた草の感触。どこにでもありそうな、幻想郷の一景色。……だけどそれが、鈴仙にとって毒なら。
 その毒の中で生きる自分たちとは、やはり月の民は相容れないのだろうか?

「……月の、民」

 もうふたりの月の民が、この幻想郷には存在する。八意永琳と蓬莱山輝夜だ。
 あのふたりは不老不死だから、鈴仙のようなことはないのだろうが。
 ――あのふたりは、鈴仙の身体のことを知っているのだろうか?
 ふと、そんな疑問が妖夢の脳裏に浮かんだ。
 サキムニの語ったこと。地上にいれば、鈴仙の命は永くはないという事実。
 医者である八意永琳が、果たしてそれを知らない、気付いていないということがありうるのか? ――月の兎に過ぎないサキムニが知っていたことを、永琳が知らない?
 考えにくい、と妖夢は思う。だが、だとしたら――永琳はそれを放置しているのか? 鈴仙の身体が地上の暮らしで蝕まれていくのを、自分たちが月の使者に見つからないために?
 あの八意永琳は、身内に対してそこまで非情になるのか。
 いや、それとも――それとも、あるいは。

「……本当は、鈴仙の身体は何ともない……?」

 サキムニは月から来たばかりのはずで、月の民は基本的に地上との交流が無いはずだ。地上をよく知っているとは思えないサキムニの言葉は、本当に信用できるのか?
 ――サキムニは言っていた。鈴仙も知らなかったみたいだけど、と。
 永琳が、鈴仙の寿命について、地上の暮らしの影響について、鈴仙に何も話していないのだとしたら――それは、永琳からすれば問題ないということなのではないか?
 鈴仙の身体は、本当に蝕まれているのか?
 サキムニの言葉は――ただの杞憂でしかないのではないか?

「まさか――」

 電流に打たれたように、妖夢はその場に立ちすくんだ。
 いや、それは単なる都合のいい妄想だろう、と囁く自分が居る。だが、サキムニと永琳と、鈴仙の身体についてどちらの言葉が信用できるかと問えば、――それは永琳のはずだ。
 八意永琳。永遠亭の医師。月の民。鈴仙の師匠。
 何が真実で、何が間違いなのか――それを知っているのは、おそらく彼女だ。

「私は――」

 今のまま、こんな曖昧な事実しか知らないままで、自分は鈴仙を月へ送り出せるのか?
 自分がどうすべきなのか、答えも見つけられないままでいいのか?
 ――そんなはずはない。
 自分にできること。鈴仙のために為せることが何なのかは、自分で見つけなければいけないのだ。そのはずだ。
 妖夢は、ぐっと顔を上げた。――永遠亭に行こう。そして、八意永琳に確かめるのだ。本当のことを。鈴仙を守るために、自分にできることを。
 腰に下げた白楼剣の柄に触れる。迷いを断つ刃に、妖夢は問いかける。
 ――もしも、永琳が鈴仙を見捨てるというなら? その上で、月に帰さないと言ったら?
 そのときは――戦う。鈴仙を、助けるために。



「あらあら、貴女にしては珍しい顔をしていることね」

 突然背後から声をかけられて、妖夢は慌てて振り返った。藍は先ほど、橙のところへ行くと言って出掛けたきりだ。だとすれば、今ここにいるのはひとりしかいない。

「紫様」
「幽々子に何か言いつけられた? 今、幽々子がここに来た様子は無いけれど」
「いえ――そういうわけでは」

 首を振った妖夢に、紫は扇子を口元にあてて微笑んだ。――ひどく胡散臭い笑み。何を考えているのか解らないのは幽々子と一緒だけれど、紫の方が遥かに胡散臭いのは何故だろう。

「じゃあ、貴女はどうするのかしら?」
「――永遠亭へ、行こうと思います」

 誤魔化したところで仕方ない。妖夢は紫に向き直り、正直にそう伝える。
 紫は「ふうん」と小さく鼻を鳴らして、扇子を広げるとそれで口元を隠した。その仕草はどこか、幽々子が普段見せるものに似ている。

「では、案内して差し上げますわ」
「え?」
「――はい、一名様ご案内~」

 妖夢が目をしばたたかせた、次の瞬間。
 ぐにゃり、と足元が歪む。見下ろせば、眼下の空間が避けて――得体の知れない隙間がそこに広がっていた。
 紫の操る境界だ、と妖夢が理解したときには、その身体は隙間に飲みこまれ、その場から忽然と、姿を消していた。


      ◇


「……妖夢?」

 いつの間にか、屋敷の中に妖夢の姿が見当たらなくなっていた。
 鈴仙は外に出て、きょろきょろと辺りを見回す。庭で剣を振っているのかと思ったが、そこにも妖夢の姿は見当たらなかった。――どこへ行ってしまったのだろう。

「どうした?」

 声に振り向くと、八雲藍がそこにいた。傍らには二尾の猫を連れている。確か、藍の式神だ。名前は橙といったか。

「あの――妖夢を見ませんでしたか?」
「いや、見ていないが。いないのか?」

 首を傾げる藍に、鈴仙は頷く。藍は周囲を見回して、小さく肩を竦めた。

「外に出ようとして迷っているのかもしれないな。ここには、道を知らないと出入りはできない。迷ったなら、そのうちこの敷地に戻ってくるはずだ」
「うちの――永遠亭の周りみたいに、ですか?」
「まあ、似たようなものだな」

 藍の答えに、鈴仙は俯く。――妖夢は外に出ようとしたのか? どうして?
 ひょっとして――サキムニとの会話を聞かれていたのだろうか。
 あの会話を聞いていたとしたら、妖夢はどう思っただろう。妖夢は自分たちを庇って、戦ってくれたのに――自分は、サキムニの「月へ帰ろう」という言葉に、結局、頷いてしまった。
 死ぬのは怖かった。けれどそれ以上に――何を信じていいのかが、もう鈴仙には解らなかった。永琳のこと、輝夜のこと。今まで逃亡者の自分を助けてくれたふたりのことも。
 ――地上の穢れが自分を殺すなら、永琳はどうしてそれを教えてくれなかったのか。
 輝夜も同じだ。あるいはてゐだって――どうして。
 解らない。永琳のことも、輝夜のことも、てゐのことも、もう何も解らない、信じられないから――それなら、自分に、地上での居場所はもう無い。
 いや、元々無かったのだ。脆弱な月の兎に、穢れに満ちた地上での居場所など。

「……妖夢」

 気がかりがあるとすれば、妖夢のことだった。自分を友達だと言ってくれた少女。月に帰るのだとしても、彼女に何も言わずに帰ることだけは、気が咎めた。
 もちろん、妖夢を月に連れていくわけにはいかない。妖夢には妖夢の生活がある。だからせめて、その話をしておこうと思ったのに。――自分が面と向かって、言いたいことを伝えられるのかどうかは、別として。
 しかし今、この八雲邸に魂魄妖夢の姿は無い。
 怒ったのだろうか、と鈴仙は思った。月に帰らなければいけないのは鈴仙の都合でしかない。妖夢は自分たちを守ってくれたのに、妖夢のいないところで自分は――それを決めてしまった。妖夢は怒っただろうか。呆れただろうか。――愛想を尽かされただろうか。
 それも仕方ないかもしれない、と鈴仙は自嘲する。結局、自分はこうやって逃げ続けるのだ。月から逃げ、自分の罪から逃げ、そしてまた地上から逃げ出す。どこまでも自分の都合で。他人を巻き込んで。――永遠に、逃げ続けることしかできない。
 妖夢はあのお月見の夜、それでも友達でいたいと言ってくれたけれど。
 やっぱり自分は、どこまでも身勝手で卑怯だ。
 だけど、周りはみんな優しいから。サキムニも、妖夢も、自分に優しくしてくれるから。
 ――だから苦しいのだ。自分だけが、どこまでも卑小な存在だから。

「おや――来たか」

 と、不意に藍が声を上げて、鈴仙は弾かれたように顔を上げた。――妖夢? そう思って周囲を見回すけれど、やはり魂魄妖夢の姿はない。
 代わりに、上空からこちらへ舞い降りてくる影がある。一羽の鴉だ。
 鴉は藍の手に止まり、何かを伝えたようだった。藍の表情が険しくなる。

「藍様?」

 橙が声をあげた。藍は鴉を放すと、橙を振り返って微笑みかける。

「いいかい、橙。私はこれから出掛けてくる。夕方には戻るから、そこの兎のお姉さんたちと一緒に、ここで留守番していてくれ。外には出歩かないように。できるね?」
「はいっ、わかりました!」

 藍の言葉に、橙は大きく何度も頷く。それから藍は、こちらを向き直った。

「まあ、そういうわけだ。――君たちも出歩かない方がいい。追われているんだろう?」

 藍が目を細めてこちらを見つめ、鈴仙はびくりと小さく身を竦めた。自分が月に帰ろうと考えていることを、見透かされた気がした。

「妖夢はこの周辺で迷っているならそのうち戻ってくる。心配しなくていい。それと、紫様を起こさないように。――それじゃあ、また夕方に」

 それだけ言い残して、藍は八雲邸を取り囲む森の中へ姿を消した。
 あとには、橙と鈴仙だけがその場に取り残される。
 橙はこちらを見上げると、警戒心の露わな視線でこちらを睨んだ。その子供っぽい表情に鈴仙は、どうしたものかと顔を引きつらせる。
 ――いや、これはむしろ好機なのか。
 藍や紫のいる中で、この八雲邸を出るのは難しいだろう。だが橙だけならば、自分の力でもどうにかできる相手だ。
 いずれにしても――月に帰るのならば、どうしても一度戻らなければいけない場所がある。
 永遠亭。そこに、自分が地上へ来たときに使った、月の羽衣があるのだ。
 月の羽衣はひとり用だ。サキムニの羽衣ではサキムニしか帰れない。
 自分が帰るには、どうしても永遠亭から、自室にしまってある月の羽衣を取ってこなければいけない。そのためにはまず、この八雲邸から出なければ。

「――妖夢」

 月に帰る。妖夢にそれを伝えておきたかった。
 だけど、自分はちゃんと伝えられるのだろうか。
 いざ、妖夢と向き合ったら――自分は彼女に、また逃げるのだということを。
 あの真っ直ぐな少女の前で、自分の卑小さをさらけ出して――。
 鈴仙はぎゅっと目を瞑った。もう一度、口の中だけで妖夢の名前を呼んだ。
 答える声はない。妖夢はまだ、姿を現さない。
 それが、自分にとって好都合なのか、不都合なのかも、鈴仙には解らなかった。






      7


「お団子、食べる?」

 白玉楼の一室。樹の上から幽々子に助けられたイナバは、屋敷の中に招かれていた。
 幽々子は台所から、お団子の載った皿を持って戻ってくる。イナバは警戒心をもって、お団子と幽々子の顔を見比べた。この亡霊、自分を太らせてから食べるつもりだろうか。
 ――ぐぅ。盛大にお腹が鳴った。
 警戒しようと思っても、所詮は兎である。昨晩、あの樹の上に放置されてから何も食べていないのである。空腹には抗えず、イナバはお団子にかぶりついた。幽々子はその様子を、楽しそうに見つめている。

「せっかく美味しそうな兎さんなのに、妖夢がいないのが残念ねえ」

 盛大にむせた。恐る恐る見上げると、幽々子は邪気のない笑みでこちらを見つめる。
 ――食べないでー。
 瞳を潤ませて、訴えかけてみた。というか泣きそうだった。兎鍋にはなりたくない。

「冗談よ、冗談」

 じゅるり。涎が口の端に伝っていては、説得力の欠片もない。
 ――に、逃げるが勝ちー。
 イナバは慌てて飛び跳ねる。幽々子はそれを追うでもなく見つめ、

「お邪魔しま――お?」

 そんな声とともに、がらりと唐突に、障子が外から開け放たれた。

「なんだ、こんなところに居たのか」

 聞き覚えのある声にイナバは顔を上げる。その場に現れたのは、イナバたちのリーダーである妖怪兎、因幡てゐだ。その手が差し伸べられ、イナバはてゐに抱きかかえられる。
 イナバはほっとひと息ついて、それからてゐを見上げて抗議の声をあげた。そもそもは、てゐが自分を樹の上に置いていったせいだ。すぐ戻るって言ったくせに。
 ――おいてったー、ひどいー。

「ごめんごめん、ゆうべは色々あって、すっかり忘れてたよ」

 てゐはそう謝って、それから幽々子の方に視線を向けた。幽々子はどこか楽しげな笑みを浮かべて、こちらを見守っている。

「あらあら、今日は兎さんがよく来るわね~。いらっしゃい」
「どうも。あんた、この子保護してくれてたの? それとも食べようとしてたの?」
「さあ、どっちかしら?」
「――食べようとしてたね。ま、いいけど」

 よくないー、とイナバは再び抗議。てゐは苦笑を返す。

「ところで、昨日の怪我は大丈夫かしら~? うちの妖夢がごめんなさいね~」
「いやいや、かすり傷だし。何ともないよん」

 お見舞い代わりに、と幽々子はお団子の皿を差し出した。てゐはその場に座ると、イナバを頭に乗せて、一串あんぐりと頬張る。

「ときに、幽霊より熱いお茶がこわい」
「幽霊使いの荒い客人ね~」

 幽々子は苦笑して、幽霊を一体呼びつけてお茶を持ってくるように命じた。
 そして幽々子は、不意にてゐへと向き直る。

「――ところで、ご用件は何かしら? 永遠亭の兎さん」
「ん? この子を迎えに来たんだけど。……まあ、ちょいと話もひとつあるけどさ」
「お話?」

 広げた扇子に口元を隠して、幽々子は目を細める。
 てゐはひとつ肩を竦めて、もうひとつお団子を頬張った。そこへ幽霊がお茶を運んでくる。
 差し出されたお茶を一口啜って、てゐはひとつ息を漏らした。

「あのさ、ひとつ確認しておきたいんだけど」
「なにかしら?」
「あんたは死人なわけじゃん? で、ここは死者の暮らす場所」
「そうね~」
「じゃあ、あんたの従者は? あれは生きてるの? 死んでるの?」
「妖夢? 妖夢は生きてるわよ~。少なくとも人間の方は」
「ふうん――」

 幽々子の言葉に何を思案しているのか、てゐはお茶を見下ろしながらひとつ首を捻る。

「じゃあ、もひとつ。あの従者は何歳ぐらいまで生きる?」
「さあ。あの子の祖父は、私が死ぬ前から生きてるけど~」
「あんたが死んだのっていつさ?」
「千年ぐらい前よ~。もう全然覚えてないけど」

 のほほんと答える幽々子に、てゐは肩を竦めた。

「あんたぐらい、生きるの死ぬの気楽に捉えられてたら、生きるのも楽しいだろうね」
「私はもう死んでるけどね~」
「それもそうだ」

 いったい、てゐは何の話をしているのだろう。頭上でイナバは首を捻る。
 そんなイナバの疑問などもちろんてゐは気に掛けることもない。

「ほいじゃ、まあ、本題。というか、お願いがひとつあるんだけど」
「何を、かしら?」
「大したことじゃないよ。永遠亭を代表しての、死を操る亡霊の姫様へのお願い」

 てゐはその場に正座すると、幽々子を見つめて、それから――笑みを浮かべた。
 その笑みは――どこか剣呑な笑みに、イナバには見えた。



「兎を一匹、死なせてほしいんだ」




第9話へつづく
~次回予告~

※この予告の内容は変更される可能性が多々あります。


 真実はいつだって、目に見える形では現れない。

「ちょっと紫! あんた、うちの神様をどこやったのよ!?」

 祖父はそれを、斬って知れ、と教えてくれた。

「私は地上の賢者が式、八雲藍。――主の命により、貴女をけちょんけちょんにして差し上げましょう」

 だが、目に見えないものは、どうやって斬ればいい?

「――貴女はもう、この地上で死ぬしかないのよ、ウドンゲ」

 この刃は――本当に、真実を断てるのか?


「私は――綿月家直属、月の使者の護衛、玉兎兵が一。――レイセンです」


 うみょんげ! 第9話「最後には遠すぎる真実(仮)」


 守りたいものがある。だから――


***

【あとがきがわりのQ&A】

Q:ソーラーレディエイションって何よ。ていうかゆうかりん強くね?
A:元祖マスパに勝手に名前つけました。能力はビバ拡大解釈。

Q:相手の動き封じてマスパってスペカルール的にどうなん?
A:花映塚のゆうかりんの弾幕、たまに詰むじゃないですかー。

Q:展開遅くね?
A:スイマセン……。

Q:あれ、前回の予告の台詞が見当たらないんだけど。
A:スイマセンスイマセン(ry

※2/2誤字修正+追加Q&A

Q:神封じの結界って何よ?神奈子様とかどうなんの?
A:そのへんは紫の目的とかと絡めて今後説明しますはい。

Q:よっちゃん能力封じられてももっと強いんじゃねーの?
A:強さ議論はキリがないのであれなんですが。
よっちゃんの戦闘スタイルって儚月抄見る限り「見てからボム余裕でした」なんで、ボム=神降ろし抜きの強さがさっぱり解らん、と悩んだ結果が今回の戦闘です。
別によっちゃんフルボッコにするのが目的の話ではないので、よろしければもう少しお付き合いくださいまし。
浅木原忍
[email protected]
http://r-f21.jugem.jp/
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コメント



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10.100名前が無い程度の能力削除
輝夜まで感づいているということは、やはり鈴仙の命があと僅かというのは本当? でも『地上の食事=穢れ』だとしたら、それに慣れてる鈴仙は永遠亭開放前から穢れに触れていることになるだろうから、とっくに死んでてもおかしくないような気がするし……真実は如何に。起死回生の一手はやはりてゐの『お願い』でしょうか?

まだまだ謎は尽きませんが、今年最初の『うみょんげ!』、楽しませて頂きました。
ますます目が離せなくなってきましたね。続きも楽しみにしております。
12.100名前が無い程度の能力削除
毎度のように「なるほど! そうきたか!」と驚かされる設定の解釈。
そして先が気になって仕方なくなるストーリー。
次回も楽しみに待たせていただきます。
15.100名前が無い程度の能力削除
非常に続きが気になる展開ですね。
次回も楽しみに待てせてもらいます。
16.100名前が無い程度の能力削除
鈴仙のチキンっぷりが可愛くてしかたがない。
18.100名前を忘れた程度の能力削除
メインキャラの皆さんもいいんだけど、今回は・・・
強くて格好いいゆうかりんにうちの意識は全部持ってかれました。
能力の拡大解釈?いえいえむしろなぜゆうかりんが大妖怪なのかのいい説得力でしたよ。
この流れでいくと、次回カリスマ発揮は藍様ですね、そっちも楽しみにしつつ、
うどんげを巡る今後の展開をwktkして待ってますねー
19.100名前が無い程度の能力削除
神を降ろせないとは、予想外でしたw
21.100名前が無い程度の能力削除
今回も暗躍が多くて楽しめました。
紫の描写から見るに、ひょっとして『紫=メリー説』かつ『蓮子=月となんらかの関係説』なのかな?
次回を楽しみに待っています。
22.100名前が無い程度の能力削除
今回も面白かったです!
タイトルを見た瞬間にてゐに思いを馳せてしまいました。
てゐの思惑がどう働くのか、次回を楽しみにしています。
23.無評価名前が無い程度の能力削除
幽香たちが強いんじゃなくて依姫が弱体化されまくってるだけって感じのバトルでしたね。
紫の結界であっさり降ろせなくなる神、何もかもお見通しな紫、まるで状況を把握できない無能と化した依姫。「月の都では」とか勝手な条件を付けて緩和される月の民との実力差。ご都合主義が過ぎます。
結局は月人(依姫)を地上の存在に打ちのめさせていい気になりたいだけのありふれた作品でしたね。
がっかりだ。
24.100名前が無い程度の能力削除
強くてかっこいいゆうかりん、幽あきゅもこけね2828と楽しめました。

>>22
見た瞬間に嫦娥=蓮子と言う想像が(
大罪=月から脱走して穢れしかない地上に行ってメリーといちゃついてた事とかw
27.100名前が無い程度の能力削除
うどみょん分を摂取しに来たら、濃厚なもこけね分を摂取していた。何を(ry
蓬莱人なのに死亡フラグ立てまくりのもこたんが心配です。
29.100名前が無い程度の能力削除
いつも楽しみにさせてもらっています
30.100名前が無い程度の能力削除
八百万の神様封じる結界ってケロちゃん達も封じてしまうのん?
あとがきの口調は霊夢っぽいけど、博麗神社って確か神様
いないよね?
31.50名前が無い程度の能力削除
当たり前のように封じられる能力がエロ同人のテンプレ展開みたいで笑ったwww
やっぱ依姫は凌辱だな。
32.80びく削除
絡んだ物事をどう解いていくのか。
(実は展開的にもう少し絡みそうなんだけど、このお話はそうすると何時終わるのだろうか)
次のお話を期待して待ってます。

誤字かな?
脱力したように、レイセンはがくりとうなだれた。レイセンはその背中をそっとさする。
背中をさすったのはサキだと思うんだ。
33.90名前が無い程度の能力削除
神用の結界技術って月が元祖で専門分野っぽいがゆかりんまたパクったんやろかw
やっぱよっちゃん地上だと勝手が違うのかな?落とし穴にも落ちてたしw
しかし魔理沙戦を見るかぎりではよっちゃんはたとえ神降し使用禁止にしたとしても
魔理沙や妖怪レベルでは手も足も出ないぐらいの隔絶した素の実力格差があるようにも見えるが…さて?

>>31
確か神様は居たはず霊夢は名前も知らないけど
34.90名前が無い程度の能力削除
かませ臭ががが

それはともかく、毎回ラストが上手くて、すっごく惹きつけられます
36.100名前が無い程度の能力削除
待ってました!
イナバが可愛すぎて一匹持ち帰りたい
38.90名前が無い程度の能力削除
うーむ。それぞれの考えが交錯していますな。随所に挿入されるラブっぷりも良し。いいぞもっとやれ。
……ぼんやりと「ここって実はこうなんじゃ」とか色々思うところもありますが、的外れだったりネタバレだったりすると怖いので、黙って続きを待つことにします。
39.90名前が無い程度の能力削除
鈴仙のためにも、お話の中心に戻るためにもがんばれ妖夢。
41.90名前が無い程度の能力削除
よっちゃんは特有スキルの神降しが無くなっても
通常スキルが永琳直伝コンパチな術レベル持つ術士で戦士と考えると
それだけで超チートレベルなんじゃないかななんて思ったり
藍様てか紫様ってば本当に大丈夫なんだろか?
50.無評価名前が無い程度の能力削除
これはあまり評価できない話だったね。
素直にうどみょんちゅっちゅしてたらいいのに戦闘を前面にだすからこうなる。
幽香の戦いの下りなんかは完全に蛇足だし、正直うどみょん以外のちゅっちゅもみたくない。
51.90名前が無い程度の能力削除
まぁ、いいんじゃないかな。
妖夢もうまくやってくれているしね。

ただ、うどみょんがメインシナリオであることは大事にしてほしい。
あとうどみょん以外のカプがあるならタグに注意書きしておいてもいいんじゃないかな。
俺はうどみょん以外のカプも美味しくいただきましたがw
52.100名前が無い程度の能力削除
賛否両論悲喜交々。
強さ論議は好きなキャラ押しで人それぞれゆえ仕方ない所ですね。(儚月抄では月姉妹が強すぎると全く逆の非難がありましたし)
特に東方はその辺りの原作設定が適当なのでどうとでも解釈できてしまうので。
八百万の神々を封じる結界は説明見る限り他へ移動出来なくなるだけかな?(よっちゃんの呼び掛けに応えて瞬間移動で来れない)
あぁ、続きが気になります 早く読みたいw
54.50名前が無い程度の能力削除
ちょっと気になったんですが、
依姫は穢れた花とか言うならそもそもそれを踏んだり摘んだりしたくないんじゃないかと
最初から踏みたくも無いものを「幽香にびびって踏まない」みたいな事になったのがちょっとなーと
なんか怒られた理由か分からないけど大人が怖いから口だけ謝ってる子供みたいでちょっと情けないよーな

幽香は花を害するから怒ったんじゃなくて花を見下したから怒ったと思うんですけど
そこで地上の花を多少でも見直すきっかけも何も無かったら
それは「野蛮なチンピラに絡まれるから大人しくしてよう」になるだけで
見直すどころか見下す理由がより強固になるだけだと思うんです
61.100名前が無い程度の能力削除
 東方の二次創作で穢れや月の都のことを扱うと評価が真二つに割れるのは、
恐らく月人の言うところの穢れが日ノ本の八百万の神々を祀る神道で言う穢れと
似て非なるものだからかも知れませんね。本来、神道で穢れを過剰に忌み嫌う
ようになったのは仏教の影響を強く受け始める平安時代以降のこと(ついでに神
様が「祟る」ようになるのもこの頃です)。確かにそれ以前も穢れは祓うべきもの
でしたが、内容も現在とは少々異なるようです(古事記、日本書紀参照)。
 さて、日本の神様は不老不死というわけではありません。歳はとられます
し、お隠れになられる事もある神様です。そして、四季の巡りが明確で、自然
の猛威にひっきりなしに晒された古代の人々も命の危機を感じる機会は余り
にも多かったと思われます。本来、このような下地の中で生まれた「穢れを
祓う」という行為は神様と人がお互いの長寿や息災を願い、死をなるべく遠ざ
ようとするもので、その本質は生きることへの讃歌です。大きな神社が深い鎮
守の森に包まれているのも植物達の生命力にあやかり、神域から穢れを締め
出そうとしたからであります。つまり、植物を穢れと嫌う月人と、地上の古い妖怪
や神々、伝統を守ってきた人々との間には、穢れのさすものに根本的に大きな隔
たりがある、と考えられるでしょう。
 月人の立場に立ってなにやら文句を言っておられる御仁が居られますが、地上
に生きる花の妖怪として幽香が示した穢れへの解釈は、かなり全うなものだと思わ
れます。
 また、この小説の幽香のように花を操る能力で、自然の力を存分に借りられる存在
が相手だと、月人ではたとえ神降ろしの能力を使えたとしても、勝つことは難しいかも
知れませんね。神道は元々人々が日ノ本の荒々しい自然を恐れ、それを祀り鎮めよう
としたところから発展したものです。つまり、八百万の神々は元々自然の権化のような
もの。自然を見下し穢れだと忌む者と、積極的にその力を借りようとする者では、どちら
が有利になるかは火を見るより明らかでしょう(但し、あくまでも地上で戦う場合ですが)。
 まあ、穢れやら神様への解釈はこれ以上続けると止まらなくなりそうなので割愛して。
 話自体は面白いのに、文章の稚拙さが全てを台無しにしているような作品も見受けら
れる中で、浅木さんの作品は安定していてとても読むのが楽しいです。これからも執筆
がんばってください。