さらさら……さらさら……
木々がその枝につける新緑の葉の間を、そよ風が通り抜け、爽やかな香りと共に葉と葉が擦れる音を運んでくる。
ここはどこだろうか?
森の前に少女は立っていた。いや、少女と呼ぶには些か胸が育ちすぎかもしれない。
だが、その顔つきはまだどこか幼さを思わせ、紅く、肩下くらいまで伸びている髪の毛を持つ少女。
緑の中華風の服に身に纏い、同じく緑のベレー帽に近い帽子を被っている。
無地の帽子は何となく見た感じが寂しい。
私は……
少女は思い出せないでいた。
記憶喪失ではない。自分の名前はわかっている。
だがここにいる過程が思い出せないのだ。それどころかここがどこかもわからない。
そしてそれは無理もなく、少女は自らの意思でここに辿り着いたわけではないのだ。
確か今は戦争で……
少女が自分の記憶を掘り返す。気がついた頃にはここに立っていた。
それから長く眠っていたような気もするが、全然眠っていたことなんかないような気もする。
寝て起きた後のスッキリさがないが、思考がぼんやりとして働かない。だが全くもって眠くはない。
要するにどっちつかずなのだ。自分が何をしていたかわからない。
とりあえず移動してみようか。
ここがどこだか少女は皆目見当がつかない。
自分の住処ではないことは確かである。
自分は地元ではそこそこ名の通っていた『妖怪』であるので、他の妖怪に住処を奪われることはかなりの確立でないだろう。
だが問題は勿論そこではなかった。
少女は体力には自信があったが、いくら自信があろうが知りもしない場所から、住処まで戻れるかは不明なのだ。
「どっちが人里かな」
一応声が出るか確かめも兼ねて一人ごちてみる。
当然返ってくる声はなく、むしろ風が止んだ。
ここいらの風は失礼ね。などと考えながら少女は森に背を向けて歩き始める。
森よりかはその反対方向の方が人里に近いのではないか、という少女なりの思考の故である。
というか森と、開けた野であれば誰であれ野を行くに違いない。
彼女は妖怪であったが、容姿は極めて人間のそれと大差なかった。
そのことを利用して何回か人里で騒動を起こしたこともある。
幸いにもお腹は減ってはいなかった。満腹というわけでもなかったが、別に何か摂取したいという気にもならなかった。
人を襲う理由はない。今は情報の収集が最優先である。
案の定、野を少し進んだ先の眼下に人里が見えた。
どうやらここは丘になっていたらしい。
ここから歩いて十分かかるかどうかといった距離だろうか。
少女は降り注ぐ日差しを片手を額にあてて遮り、それが人里であることを確認する。
自分が住んでいた近くの人里とは少々作りが違うように見えるが、それでも人の気配が沢山した。
人間特有の脆弱でそれでいて不思議な活力に満ちた気の流れが沢山。確かにそこは人里で間違いないようだった。
とりあえず立ち寄ってみよう。
少女は特に何も考えることなく歩を進めようとした。
一歩。二歩。三歩。
そこで視界が僅かに切り替わった。
「ん?」
少し可笑しいなと思いながらも再び歩を進める。
一歩。二歩。三歩。
またしても視界が僅かながらずれる。
「おかしい」
流石に二回もこんなことが起これば変だとも気づく。
何せ合計六歩坂道を下ったはずなのに未だに丘の頂上にいるのだ。
化かされているのかもしれない。
少女はそう思い至り、気の流れを探ってみる。
そして瞬間に冷や汗が流れ出した。
彼女自身何故冷や汗が出るのかはわからなかった。見つけた気の流れは人里の方からやってくる人間の気。
辺りの自然の気。そして人間とは多少異なるようだが、それでも余り脅威とは思えない気。
だが、その人間とは多少異なる気を探り当てた時に彼女の体から冷や汗が溢れ出た。
「誰?」
自分と同じ妖怪の類。それだけはわかった。
「あらあら、中々やるのね」
声が聞こえた。
されど姿は見えない。少女は焦ることなく気の流れを探り続ける。
「ここにいるわよ」
完全に場所を特定する前に声の主が少女の前に姿を現す。
人間的年齢で見れば十代後半の容姿と言った所だろうか。
ふわふわした少女趣味の服にこれまたふわふわしたボンネットタイプの帽子を頭に被っている。
長い金色の髪の毛には沢山リボンが結いつけられており、されど不恰好ではないその姿に少女は一瞬呆気にとられる。
日傘ではないのだろうか、少々歪な形の傘を閉じたまま手に持っている。
「幻想の郷へようこそ。幼い妖怪さん」
「これでも百年以上は生きてるんだけどなぁ」
「まだまだね」
くすくすと半目を開けて笑いながら突然現れた傘の少女は宙に浮く。
「幻想の郷って何よ?」
別に妖怪が宙に浮こうが地中に潜ろうがそこから突然消え去ろうが少女は大して驚かない。
妖怪ではそんなこと当たり前なのだ。実際、自分も宙に浮くくらいならできる。
そのため、特に何も思うところなく質問をする。幻想の郷、とは彼女の記憶にはない地名だった。
「この世界は外の世界から隔離された理想郷。それでいて忘れ去られた物が流れ着く哀しみの郷」
少女が知りたいのはそういうことではない。
「どこの国よ」
「ここの国」
全く会話にならなかった。傘の少女は少女とのやり取りを楽しんでいるかのようにくすくす笑いを止めない。
弄ばれている。少女にはそう思えてならなかった。
地元では侮辱されることはなかった。侮辱すれば、どの妖怪も八つ裂きにされてしまうと慄いていたからである。
それであるから、このようにして弄ばれることは少女には非常に不愉快だった。
不愉快に思わせる奴は捻じ伏せてしまえばいい。
特出した能力の少ない少女であるが、弱点も少ない少女である。
妖怪という種族として元から高い身体能力を武器とし、更に己で磨いた肉弾戦術を用いて戦闘を行うのが彼女のスタイルだった。
今まで退けた妖怪の数は知れない。
彼女自身今まで、戦闘において負けたことは全くなかった。それ故、負けるかもしれないという危機感が薄く、自分が傘の少女の気を発見した時に突然溢れ出した冷や汗をすっかり忘れていた。
覚えていたとしても自分が負けるわけがない。そう思い込んで結局戦闘の構えに入っていただろう。
「不愉快」
明らかに嫌そうに顔を顰めてみせ、構える。
「私は非常に愉快だわ」
傘の少女は構えようとはしない。依然、僅か宙に浮いたままくすくす笑いを止めない。
その様子が少女の不愉快を爆発させた。
「邪魔」
「あらあらそれじゃあどきましょう」
少女がその不愉快な相手の鳩尾に拳を打ち込もうと踏み込んだ時、その肝心の相手は眼前から消えうせた。
目標を失った少女の拳は空を突く。不意に消えたことに若干戸惑いはしたが体制は崩さない。すぐに相手の場所を探す。
丁度さっき自分が立っていたところにその傘の少女はいた。依然としてくすくす笑いをしながら。
それがまた少女の頭にきた。
「人里に認められない妖怪が入ると混乱が生じる」
傘の少女は喋る。
「知るか!」
傘の少女の言葉は理解できた。実際自分が人里で妖怪だとばれたときは毎回相当の騒ぎになった。
だが今はそんなことはどうでもいい。今は眼前の不愉快な妖怪を制圧するのみ。
「熱くなりすぎよ。少し頭を冷やしなさい」
拳を構えて飛び込んでくる少女を目の前にしても傘の少女は焦ることなく、怖がることもなくただ悠然と手を縦に振った。
音もなくそれは現れる。
傘の少女にもう後1メートルという辺りにいた少女は突然現れた空間の裂け目に突っ込み、飲み込まれてその場から姿を消した。
傘の少女、幻想の郷の賢者――八雲紫の能力である境界を操る能力のうちの一つ。
空間にスキマと呼ばれる裂け目を作り、ありとあらゆる場所をつなげてしまう。
そのスキマに飛び込んだものは紫の意図した場所へと強制的に送られる。
「どう転ぶかしらねー」
紫はまだくすくすと笑いながらその場を後にした。
日中戦争。後にそれはこう呼ばれることになる。
八雲紫の言う外の世界の長い歴史の中で起きた出来事の一つである。
中華民国と大日本帝国。そう呼ばれる国同士がいがみ合い、一つの事件をきっかけに戦い始めるようになった。
世界は沢山の戦争によって疲弊していた。勿論それは日中戦争を行った両国も例外にはならない。
そしてその頃だっただろうか。
妖怪を恐れなくなった人間で外の世界が全て覆われたのは。
あちらこちで起こる戦争や社会問題に人間の心は疲弊していた。
それと同時に死ぬことを恐怖した。生命あるものは、いつかは命が絶える。それは誰しも理解していることであったが、強制的に命を絶たれることは誰もが嫌い、そして恐怖した。
その恐怖がいつしか古より自分たちが恐れ、敬遠していた妖怪への恐怖を超えたのだ。
勿論妖怪だって人を殺すことはある。だが、戦争や、世界全体が関わる社会現象とは訳が違う。戦争は下手をすれば国一つが滅ぶ可能性があるのだ。
妖怪であればせいぜい一回に数人を殺すだけである。自分が殺されるはずはない。そんな漠然とした可笑しな自信が人間にはあった。
そして、結局規模の大きさで妖怪は恐怖の対象から次第に離れていった。
忘れ去られていったのだ。
後に人々は不安定でも平静になった世の中で妖怪の話をする。ただ、それはもう既に恐怖の対象ではなく、娯楽の一つとして扱われることがほとんどだった。
一瞬、酔いそうになった。
つい先程、見通しのよい丘で不愉快な少女を今まさに殴ろうとしていたところのはずなのだが、少女が辺りを見回しても不愉快な少女はいないし、丘もない。
恐らく、何らかの相手の能力で強制的に空間移動させられたのだろう。
瞬間移動をする妖怪を少しなら少女も見たことはあったが、相手まで移動させてしまう妖怪は初めてだった。
だが、少女はそれについては今はどうでもよく、殴りそびれたことに腹が立って仕方がなかった。
「わけわかんない!」
地団駄を踏みながら喚く。
辺りを見回すと、さっきとは対照的に見通しが悪い。
背後には森。目の前には湖。その奥には更に森。湖の周りを取り囲んで森があった。
不愉快な少女が最後に言った頭に冷やせというのは湖で泳いで来いということなのだろうか。
直接湖に落とされなかったことがまた舐められているようで少女にはひどく悔しくてたまらなかった。
人里から離れてしまったらしい。人間の気が全く感じ取れない。
ここが先程の人里とはかなり距離がある場所なのかそれとも実は予想するほどあまり離れていないのかは勿論わからなかった。
ただ眼前には湖がある。そんな事実だけが少女の目にうつっていた。
不意に背筋がゾクゾクとした。
寒気。
「寒い……」
見たところ辺りは夏。木々が緑の葉をつけている。
そしてさっきまでは確かに夏らしい気温だった。
だが、今一瞬にして辺りの気温が下がったのだ。その証拠に少女は口から思わず言葉を漏らしている。
また面倒な妖怪でもいるのかもしれない。
少女は決して戦いを好んでするわけではなかった。する意味のない戦いからは身を引く。
少女は湖に踵を返して一度森の中へと入り込んでみた。
何があるかはわからない。だが今はとりあえず動こう。そういった判断の上だった。
「今変なのがいたような……」
寒気の正体の氷の妖精は少女の姿を見た気がするのは気のせいだと決め込み、さっさとどこかへ失せてしまった。
ドカン!!
轟音と共に館の主は目を覚ます。
いや、正確に言うと目を覚まさせられた。この轟音は館の主が意図したものではない。
館の地下の方から響いた音と揺れに館の主は、それの原因は誰かと大体予想はつくが一応見に行くことにする。
万に一つ、もし自分の肉親である妹が暴れた音であればそれはかなり不味い。
まだ昼間であるので「吸血鬼」である妹が――その姉なので勿論館の主も吸血鬼だが――起きている可能性は低いがそれもまた万が一の為に主は眠気を堪えて地下へ向かう。
館内の面積はほとんど部屋にとられているので通路は特に広いというわけでもない。
自慢の翼を広げて飛行することもできず、煩わしいが走っていくことにする。
いずれ空間を操れるような奴を配下に置くか…などと考えながら既に館の主は地下へと辿り着いていた。
元より普通の妖怪よりかは飛びぬけて身体能力の高い吸血鬼である。普段は走らなくてもかなりのスピードが出せるのである。
地下は閑散としていた。
妹が暴れたのならばこの辺りは既に壁が抉られているか床が抉られているに違いない。
この地下の通路の様子を見て館の主は安堵の息を吐く。どうやら杞憂だったらしい。
となるとさっきの轟音は地下のホールに住み着いている居候兼親友の魔法使いの仕業だろう。
もう一度眠るにも何となく面倒くさかったので館の主は文句をつけに行こうと魔法使いの元へ向かう。
地下のホールと行っても余り大きくはない。
どこから持ってきたのかその地下ホールは、本棚とそれにしまわれる本でいっぱいだった。
ただ、まだ隅の方は本が入っていない欄等も沢山見受けられる。それでも数十年でここまで大したものである。
館の主は素直に感心しながら、だけども本の内容には一つも関心を持たず、ただ親友の下へ歩く。
そう広くはないホールで人を探すのは極めて簡単な行為であった。
そして数秒とたたないうちに小さな眼鏡をかけて筆を走らせる親友の姿を館の主は見た。
よく見るとその近くの足元に魔方陣が描かれている。
石畳の床の上にチョークで描かれているようで、その魔方陣は少なくとも館の主には全く理解できなかった。
「目が覚めたんだけど」
「健康的でいいじゃない」
尚も筆を走らせながら失礼にも話す相手の顔を確かめようともせず、親友の魔法使いは早口で言葉を返す。
「私にしたら不健康よ」
「わたし的にも、こんな時間に起きるのは既に不健康よ」
会話の辻褄が合わない。
親友は先程健康的でいいと言ったが、この時間に起きることは館の主としては早すぎるし、親友の魔法使いにとっては遅すぎるのだ。
そしてこの親友と話が噛み合わないときは邪魔をするな。という意思表示であると館の主は知っている。というか勝手に思い込んでいる。
そしてそれはあながち間違っているわけでもなく、親友の魔法使いは出来ることなら早く自室で二度寝していてほしいと思っていた。
寝起きの館の主を相手にするのは親友でも面倒くさいのである。
「仕方がない……また眠るか」
諦めたようで館の主は親友に踵を返す。
と、その瞬間また轟音。
ゴゴォォン。と鈍い音。館が揺れた訳ではないので壁が崩壊した等ということではないはずであるが。
しかしその音を聞いて館の主と親友はお互い素早く顔を見合わせた。
最近増えだした館内の妖精はこんなことを出来るはずもない。せいぜい余所見して壁にぶつかるくらいだ。
そして館の妖精以外の三人の住人のうち、二人はここにいる。
とするとこの轟音は外から加えられた衝撃によるものか、若しくは館の主の妹が何かしらのアクションを起こした印である。
幻想の郷に来てすぐ。館の主の吸血鬼は幻想郷を支配しようと縦横無尽に暴れまわった。
その頃、かつてから既に健在していた幻想郷の賢者、八雲紫に大敗し、大人しく引き下がった館の主であるが、それでもその頃見せ付けた他の妖怪とは違う圧倒的な力によって、今自分に反抗する妖怪は殆どいないはずである。
僅か、反抗できる程度の力を有する実力者でもわざわざ好んで吸血鬼と戦いに来たりはしない。
となるとおおよそ先程の二度目の音は館の主の妹の所為だろう。
戦慄。
館の主はあまりに縁のない感覚だったが、今回ばかりは感じずにいられなかった。いや、妹が関連することについてだけはしょっちゅうだ。
館の主と顔を見合わせている親友は平気な顔を装っているが、それでも十分主の妹の恐ろしさはわかっているつもりだった。
運命を視ることが出来る館の主が今まで唯一その運命を視ることができなかった人物。それが彼女自身の妹だったのだ。
今はまだ戦闘経験やその他多量な知識によって姉である吸血鬼がまだ実力的には上である。
だが油断はならない。館の主の妹は『ありとあらゆるものを破壊する能力』を持っていた。
ここで二人して硬直していても仕方がない。
そう思い至った館の主は親友と頷きあって地下ホールを飛び出す。
元々、傲慢な館の主である。その性格が妹は自分よりはまだまだ弱い。ということに自信をわかせてくれる。
幼き故の性格が館の主を助けていた。
親友もまたそうである。
自分が生まれてからまだ数十年しか経っていない。実戦経験の少なさでまだ相手の力量を計るまでに至らないのだ。
ただ、館の主とほとんど互角にやりあえる程度の実力はると自負していた。そしてその館の主が勝てる相手だと言うのなら自分も大丈夫。
そういった思考の上での、主の妹の所へ向かうという判断であった。
主の妹は恐ろしい。そう館の主からは聞かされていたが実際に出会ったことはなかった。
親友の魔法使いが館の主に手を貸そうと地下のホールを共に飛び出したのは僅かながら主の妹を一目見てみたいという好奇心もあったかもしれない。
果たして、二度目の音は館の主の妹の仕業であったらしい。
床や壁を抉ったわけではないようだが、主の妹の部屋の扉が無残に拉げて転がっていた。
妹は、自分はまだ姉より弱いとしっかりと理解していた。
だが、この世に生を受けてからの大半を閉じ込められた空間ですごしていたとなると暴れていたくなることもしょっちゅうなのである。
普段はなんとか部屋の小物を壊す程度で自制している。
閉じ込められていたせいで狂気に侵されていた妹であったが、それでも死は怖いのである。
過ぎた真似をして本気で姉と戦えば確実に自分は負ける。そういう思いがどこかで彼女を自然に押し止めていた。
それでも、数十年に一度、狂気が爆発してこういった行為に出るのである。
どうやらそれが今日であったらしい。
数十年に一度のこの瞬間が館の主は未だになれない。実力では自分が勝っているが、下手をすると妹の能力故に一瞬で殺されてしまうことも有り得るのである。
だが、慣れることはないが既に対処方はわかっていた。
気絶させるまで本気で戦い、実力差をわからせ、もう一度閉じ込めればまた数十年は持つのだ。
単純に言えば戦闘で勝ってしまえばいいということである。
「ご機嫌いかが? お姉さま」
「勿論、最悪よ」
「こんなに麗しい妹が姿を現してあげたのに…あら、新しい人?」
「…………」
不適な笑みを浮かべながら会話を交わす姉妹。妹に至っては口許も嫌味らしく歪んでいる。
その会話はどの角度から見ても到底仲が良いとは見えないものであった。
親友の魔法使いは館の主の妹を見ても声を発せないでいた。
顔つきこそ今は凄い形相だが、体躯は人間の少女のそれと全く代わりはなかった。
姉である館の主がそうであるので想像はしていたが、そんな想像よりも、遥かに幼さがいたるところに残っている。
「返事しなさいよ」
「生憎、貴女と話す言葉は持ち合わせてないらしいわ」
「じゃあ壊れちゃえ」
喋らない親友を一瞥して館の主は言葉を発する。
それに不機嫌そうに妹は答え、手のひらを翳す。
「お前の相手は私だ!」
館の主の目が紅く光り、手に大きな槍を出現させる。
刹那でそれを投げつける。
妹はそれをひらりと避ける。そのまま、館の主が形成したエネルギーの塊ある槍は一直線に飛んで館の壁にぶち当たり、膨大なエネルギーは二階上の階層毎破壊した。
ガラガラと耳障りな音がする。
「あら、お姉さま優しいのね」
そう言って妹は外へと逃げるつもりなのか穴の開いた壁へと極彩色の歪な形の羽を使い、飛んでいく。
「待て! 晴れの日に外に出ると灰になるぞ!」
本日は晴天なり。
少なくとも館の主はそう記憶していた。
地下ホールへ来る前にちらと窓を見たときに空の向こうに青空が見えたのだ。
だが妹はキャハハと笑いながら平然と壁に空いた穴から外へ出てしまった。
暫く呆然とする館の主だがこれは一大事である。
未だ動こうとしない親友を引っ張りながら後を追おうとする。もしあの妹が人里へ行ってしまったら一大事なのだ。
きっと幻想郷の賢者が現れて妹を次元と次元の狭間へ送ってしまうに違いないだろう。
一度目だからという言い訳は不可能。一度目は館の主が初めて幻想郷に訪れたときに暴れまわったことで既に消費してある。
その時、幻想郷の賢者との戦闘後に人間はこちらから提供するから無闇に襲わないこと。と契約を交わしているのである。
それは勿論館の主だけでなく、館の住人全てに関することであり、それは妹も例に外れなかった。
館の主は焦る。もし幻想郷の賢者と妹が出会ってしまったら、私は唯一の肉親を失うことになる、と。
いくら恐怖の対象であろうと、館の主がさっさと妹を殺してしまわないのはそれ故だった。
どこに向かっているかなんて少女はわかっていなかった。
といっても向かう場所なんてなかった。漠然と、ここがどこなのかわかる場所を求めていたが、そんなものは今現在自分がいる森では手に入りそうにもなかった。
真っ直ぐではなく滅茶苦茶に進んできた気がする。
先程の湖に戻ろうか、と思う。
だがその道すらもわからなくなっていた。完全に迷子である。
「おかしいなぁ」
先程から同じ場所をまわっているような気がしなくもない。
それに気をつけてみればさっきまでしていた虫や鳥の声がまばらだ。
「うーん……」
暫く考え込んでみるが勿論答えなんて浮かぶはずもない。
ガラガラ……
その時、何かが崩れる音がした。結構近いかもしれない。
その音で森の鳥たちが驚いて一斉に飛び立つ。
すると少女の近くで「ドスン!」と、何かが落ちた音がした。
その瞬間に視界が開ける。
いつの間にか目の前には今まで同じような鬱蒼とした森ではなく、真っ赤な紅い洋館が建っていた。
見上げないと近くからではその全長が見えない。
少女は額に手を当てながら館を下から上へと見る。
途中で手を当てる必要がないことに気がついた。
森で迷っている間にいつの間にか青い空はどこかへ行ってしまっていた。
空は一面、雲で覆われている。試しに振り向いてみると、案の定青空は遥か彼方に存在が認識ができる程度だった。
何かが飛んでいった。
少女にはその程度の確認しか出来なかった。するとそれの後を追うように空を飛んでいくものが二つ。
先程の何かが崩れ落ちる音はこの館のどこか一部が壊れたのだろうか。
少女は憶測を立てるが、自分には意味のないことだと思い、さっさと思考をやめてしまう。
「いったぁ……なんなのよもう!」
「サニーが自分で暴れたから落ちたんでしょ」
「私たちまでとばっちりよ」
声が聞こえてくる。
その方を見ると、先程の音がした場所に小さな三人の女の子がいる。
いや、それぞれに虫のような形状の羽があるから妖精であろうか。少女はその三人を見て声をかける。
「ねぇ、今の崩れる音何?」
「げ! 見つかった!」
少女の声に反応した三人の妖精のうち一人が声をあげる。
少女は思考をする。今の言葉の意味とはなんだろうか?
そしてすぐ答えは出た。
自分の住処の近くにもこういった者たちはいた。ただ、妖精ではなく、戦闘力の低い妖怪だったが。
つまり、人を道に迷わせたりし、その可笑しな行動を見て笑い転げる者たちだ。
「破山砲!」
少女は勢いよく踏み込み、自らの気にたまっていた鬱憤をたっぷりと混ぜ合わせて渾身の攻撃を放つ。
僅かながらにその場から退避しようと決め込むのが早かった妖精たちは直撃を免れたが、変わりに少女の拳が地面を叩きつけたことによって起こった、爆風で呆気なく吹っ飛ばされてしまう。
直撃せずに若干のイライラを残しながらも一先ずはこれで鬱憤は晴らせたかもしれない。
思い切り何かを殴るという行為自体がどうやらいいストレス解消になったらしい。
「ま、何でもいいか」
そう呟いて洋館に向き直る。
中に人はいるかと気を探ってみる。
よくわからない魔力が下の方から湧き上がってきて邪魔をするが、それでも中には人がいることが確認できた。
いや、人のそれよりももう少し自然に近い波長。
「妖精……?」
どうやらこの館の中には妖精しかいないようだった。
となると先程の妖精もこの館の住人なのだろうか。
妖精ならいたずら好きでもあるし、さっきの何かが崩れた音も妖精のいたずらだと言ってしまえば納得できないわけでもない。
てっきりこの目に痛い紅い色の館には強力な妖怪でも住んでいたりするのかと少女は思っていた。
それは間違ってはいないのだが、そんなことを知るよしもない少女は、頭の弱い妖精しか中にいないと思い込むとさっさと門に踵を返して適当にまた彷徨い始めた。
ただ、先程のようにまた迷わされてはたまらないので一応道となっている部分を歩く。
メキメキィ。と音がした。
吸血鬼の妹は外に出た瞬間にその音を聞いた。
先程姉に言われた「灰になる」という言葉も今はどこかに飛んでしまっている。
曇りだったことが幸か不幸か、吸血鬼の妹を外に出す結果となった。
吸血鬼の妹は音がした方を振り返ってそちらに行こうとする。
だが、音がした場所は近いようで、今行ってそこで何があったかを確認していたとしたらすぐに姉に追いつかれてしまうだろう。
吸血鬼の妹は狂ってはいたが思考が回らないほどの馬鹿ではなかった。
姉が見当違いの方向へ飛んでいくのを物陰から見送り、アハハと笑いながら物陰から身を出す。
「さー。何かな?」
笑いながら音の聞こえたほうへと飛んだ。
不意に強大な気が少女の背後に現れる。
はっきり言うと、少女は本能的にこれは危険だと察知していた。
だが、それと同時にかなりの危険ではないとも思っていた。
不安定で狂っているような波長にまだまだ経験の足りない幼い波長が混ざっている。
妖怪の類であれば話は妖精よりは通じやすいだろう。
うまくこの幼い部分を利用すれば話をすることができるかも知れない。
そう思い少女は足を止めて振り返る。
すぐ目の前に吸血鬼の妹はやってきていた。
「貴女は誰?」
にんまりと笑いながら吸血鬼の妹は問いかける。
何もいきなり見つけた物を壊そうとは思わない。まずはじっくり遊ぶのだ。遊び方も普通ではないが。
「中華民国の妖怪よ」
「中華民国って何?」
自分の出身地を少女が言ってみると案の定首を傾げられた。
やはりここは自分がいた世界とはまた異なる世界のようだ。
先程の傘の妖怪の言葉を信じるのは癪に障るがどうやら信じるしかないようである。
真実を直視することができないのは愚か者であると少女は思っている。
「大きい国よ」
「へぇ。貴女強い?」
吸血鬼の妹はすぐに関心の対象を変える。
幼さ故の好奇心からだろうか。そう少女は思ってしっかりと返答をしてやる。
「地元じゃそこそこね」
「じゃあ遊びましょ」
これは少し予想外だったかもしれない。
強いかと聞かれて自分自身の評判を言ってみれば今度はいきなり遊ぼうと言う。
もしかして強さとはかくれんぼの隠れる天才だとかそういう意味だったのだろうか。
妖怪は見た目では年齢をはかる事をしてはならないが、それでも幼い気からしてこの不安定な少女はまだ余り生きていない妖怪だろうと少女は思い込んだ。
実際は少女より長く生きている。
「遊ぶ?」
「うん。殺し合い」
これはまた予想外だった。
少女はアタリではなくハズレを引いていたのだ。
吸血鬼の妹の発する気の幼さが全て狂気で埋め尽くされるのが少女には手に取るようにわかった。
反射的に構える。
「せいぜい楽しませてから壊れてね」
吸血鬼の妹は不敵に、狂ったように笑いながら左手に魔力を集め始める。
ありとあらゆるものを破壊する能力を初っ端から行使する気はない。それを使ってしまえば三秒とたたず終わってしまうことぐらいは吸血鬼の妹も理解していた。
実際、数十年前に暴れたときに見つけた館に住み着く妖精がそうだったのだ。すぐに粉々に砕けてしまう。
少女は半ば直感的に危険だと思う。
だが、逃げることは恐らく叶わないだろう。
自分も空を飛んで逃げたり、地上を走ることは得意だが、相手は見る限り身体能力が極めて高い妖怪の吸血鬼の類である。
最初は気がつかなかったが、相手が笑った時に見せる歯に特徴が見られたことで少女は気付く。
自分の住処の近くには吸血鬼はいなかったが強力な妖怪であるということぐらいは心得ていた。強力な妖怪の噂というものは大陸も何も関係なしに世界に広がるものだ。
「どこが理想郷よ、傘妖怪の嘘つき!」
一人で喚いて腹をくくる。
「どかーん!」
吸血鬼が左手に集束させた魔力を少女に向けて放出する。
それは無数の紅い球体になって魔力で淡い光を発しながら高速で少女へ襲い掛かる。
弾丸を使用して戦ってくる相手は少女にとっては珍しい部類の敵だった。
刃物を投擲して牽制として使用することは少女もやってはいたが、ここまで殺気を込めて本気で襲い掛かってくる弾は始めてである。
「芳波」
単純な軌道で吸血鬼が突っ込んでくるとわかって瞬時に両手に気を集め、前方に放出する。
勢いよく噴出されたエネルギーは長時間持続こそしないものの相当の威力が込められている。
もし本当に真っ直ぐ突っ込んできたのであれば吸血鬼といえど少々の傷では済まないはず。と少女は自負していた。
「痛いのは嫌だからねー」
どうやら吸血鬼は少女の攻撃を見切り、既に避けていたらしい。
だが初発が外れて悔しがっている暇はない。
さっきの傘の妖怪は手を抜いているようだった。だがこの目の前にいる吸血鬼は手加減もへったくれもない。完全な殺気と狂気をその身から感じる。
楽しませてから壊れろというなら本気を出さないでほしいと少女は心底思う。勿論壊れる気など更々ないが。
だが、遊ぶことや壊れることがどういうことかと吸血鬼は知っているだけで手加減というもののやり方を知らなかった。
普通、経験不足はマイナス方面に出るはずだが、この吸血鬼には逆に、容赦を知らないという点でプラス面になっているのかもしれない。
「どんどんいくよ!」
連続で吸血鬼の左手から魔力弾が発せられる。
少女の周りを無秩序に低空飛行しながら一発一発に鋭い狂気と殺気を込めて――本人はそんなつもりはない――放つ。
ここまで弾丸ばかりで戦われると少女は戦い辛かった。
少女は基本格闘術で戦闘をする方である。刃物や気弾で牽制程度の遠距離攻撃は出来るが、所詮牽制である。大したダメージにはならないだろうし、この様子じゃ隙も作れそうにない。
「全くデタラメね……」
「それがキレイなんじゃない? 散り様も皆同じ様にデタラメな飛び散り方をしてたよ」
キャハハと笑う吸血鬼を見て本当に狂っている。と再確信する。
「くそ!」
何とか弾の雨を掻い潜って吸血鬼に接近し、拳を突き出す。
吸血鬼はそれが突き出されるのを確認してから文字通り宙返りで華麗に避ける。
だが避けた後に体制が一瞬でも崩れることがあるはずである。少女はこれまでの戦闘上の経験から自然に体がその隙を狙うように動いていた。
殴りかかったその勢いのまま両手を地面へ付け、前方倒立回転で一気に詰め寄り、また拳を、今度は引っ掛けるような形で出す。
今度は吸血鬼も避けようとはせず、少女の拳を右手で受けた。
少女は驚愕する。
格闘術を磨いてきた自分の拳が、いくら吸血鬼とはいえ、この幼い風貌の妖怪に受け止められてしまったのだから。
「貴方の打撃は痛いわね。モロに当たりたくはないわ。当たらないけどー」
吸血鬼は楽しそうに笑い、左手を振り上げる。
少女は咄嗟に捕まれていた拳を振りほどき、後ろに跳ぶ。
ドゴォン! と凄まじい音とともに吸血鬼の手から射出された炎の柱が地面を抉る。
先程まで自分がいた地面を着地しながら見る少女。冷や汗が流れる。
―――炎で地面を……全く常識外すぎるわ。
と、少女は心の内で思い、モロに当たっていたらということを想像しかけてまた冷や汗が出た。
吸血鬼は尚も笑う。
「だとしたら教育がなってない」
一か八かで懐にいつも忍ばせている刃物を投げる。
何か強大な魔法を準備していたのだろうか、吸血鬼は一度左手の魔力を霧散させ、一拍遅れて横に大雑把に動いて投擲攻撃を避けてくれた。
どんな避けにも一瞬の隙は存在する。先程と同じことを考えながら少女は地面を蹴る。
思い切りの速さで跳び、吸血鬼の鳩尾目掛けて右足を勢いよく突き出す。
吸血鬼はそれをまたしても宙返りで避ける。反応が早いところは流石吸血鬼だが、少々危機察知能力が低いのか、やはり経験不足なのか。
少女の足の裏に集まるエネルギーを見過ごしていた。気といえど膨大な量となれば凡人もそれとなく見えてくるものである。
それに吸血鬼が気づかなかったとなると油断していたとした考えられない。
「残念」
刃物を投げた際に既に気を集めていたのである。
膨大な量の気を一気に放出する。
いくら吸血鬼といえど、こうも近距離で隙を狙われては避けきる術はなかった。
少女の足の裏から射出された民家の一つなら簡単に吹き飛んでしまいそうなぐらいの膨大な量の気がモロに吸血鬼に当たる。
少女は自らの足の裏から射出された気の爆風で華麗に宙返りしながら後ろへ着地する。
恐らくいくら強大な攻撃といえど一発では仕留めれないだろう。
少女は緊張を解かず、爆風で舞い上がった砂煙と自らが射出した気が霧散するのを待った。
「あー、玩具のくせに中々強いのね。つまらない。いいわ、もう壊れなさい」
予想通り幼き吸血鬼はまだ立って動き、喋れる状態だった。
だが先程とは少し雰囲気が違う。殺気と狂気に怒気が含まれている。
吸血鬼が右手の平を少女に向ける。
また魔力弾でも飛んでくるのだろうか。
警戒しながら少女は構えを解かない。
「貴女の目。みーつけた」
ニタリと笑う吸血鬼。
その瞬間に少女は自らの失敗を悟った。
目、というものが顔についている物を見るための物ではないことを少女は悟る。
この吸血鬼が言う目とは、この世に存在するものなら何にでもあるという物の「目」のことだろう。
そこを潰せばたちまちその「目」の本体は壊れるという。武術の鍛錬をするうちに、石や木の目なら見つけることは出来るようになっていた。
人間や妖怪、生きているものは体内の気の流れが複雑で自分では到底見つけることは出来なかった。
だが、この吸血鬼はそれを見つけたいうのである。恐らくこの状況で顔についている目の事を言ったわけでもないだろう。
いくら幼さが残る妖怪でもそんな阿呆な発言はしない。
これは終わったか。少女は以外にも冷静にそう思った。
「グングニル!」
大声と共に強大なエネルギーの塊が吸血鬼を目掛けて宙を飛んできた。
槍の形をしたそれは、自分めがけて攻撃が来るとも思っていなかった吸血鬼の妹の脇腹に直撃し、衝撃でその小さな体を数メートル吹き飛ばす。
驚くべきはその耐久力か。吸血鬼の妹は数メートル飛ばされた地点で失神するわけでもなく、ややふらついてはいるが立ち上がった。
腹の左半分が抉れてなくなってしまっている。
「あー。壊せなかったじゃない。それに何かバランスとりにくいし」
腹が半分抉れていてもバランスが取りにくいという一言だけで片付けてしまう目の前の吸血鬼に少女は改めて凄い者と戦っていたんだと感じる。
しかしそれももう終わったようである。
自分と吸血鬼以外に三つの強力な気を持つ者がこの場に急に現れたのを少女は振り返ることなく悟る。
一つは目の前の幼い吸血鬼と似通っている。もう一つは脆弱に思えるが、よくよく探らずともそれは魔法使いの独特の気の流れだとわかった。
そして三人目は憎き、傘を持っていた妖怪のようだ。
「暫く眠ってもらうわ、フラン。頼むよ賢者様」
「はいはいお安い御用よ」
新たに現れたうちの背中に羽のある者が言う言葉に賢者様は反応する。
その賢者が先程の傘を持つ少女だと言うのだから少女は驚きを隠せない。
「ちょっとこっちに来なさい」
「へ?」
次に発せられた魔法使いの言葉は突然で、ボソボソと早口で発せられたので少女はよく聞き取れない。
「こっちにきなさいっていったのよ」
魔法使いの少女が手招きしながら早口で簡単な呪文を唱える。
次の瞬間に少女は魔法使いの方向に引き寄せられていく。
「ひゃっ」
自分の意思になく体が動いたので情けない声をあげてしまう。
「面白くない!」
そんな様子を勿論黙ったまま、じっとしたまま見ている吸血鬼の妹でもなく。
吸血鬼の妹は溜めた魔力を弾へと変換し、打ち出そうとする。
「残念。ちょっとだけお休みよ」
どういった意味なのかはわからないがどこからか持ち出していた扇子を一度開いてすぐに畳む賢者。
どうやら今は傘を持ってるわけではないらしい。
扇子を畳んだときのいい感じに透き通った音が鳴ると同時にプツリと吸血鬼の妹の意識が途切れ、その場に横倒れになった。
「意識なんてほっとけばすぐ戻るものだからせいぜい半日が限界よ」
扇子の音が気に入ったのかしきりに開いたり閉じたりとしながら賢者は言う。
その行動を何回繰り返しても、どうにも何もおこらないことから扇子自体には何も仕掛けがないらしい。
やってみたかった。というだけなのだろうか。
「とりあえずあの子の部屋の修復だけさっさと済ませましょう」
「まぁ大体私の魔法で終わるけどね」
「暫く私が空の境界を弄って光がこないようにしたげるから急ぎなさい」
何事もなかったのかのように館の方に歩き出す吸血鬼と魔法使い。
途中で吸血鬼がひょいと吸血鬼の妹を拾い上げる。
その様子を少女は賢者の少し離れたところでぼーっと見守る。
「で、貴女はどうする?」
不意に傘の少女が話しかけてくる。
何となく今は先程のことを掘り返して怒る気にもなれない。
というかまたどこかに飛ばされてしまうのも疲れるので下手に突っかかるよりは大人しくしていた方がいいだろうという少女なりの結論だ。
「どうするっていわれてもねぇ」
「もう外の世界には戻れないわよ。貴女は外の世界からはもういなくなったことになったわ」
そう言われても少女はしっくりこなかった。
ただ、ここが違う世界だというのは何となくわかってきた。
ここで会った数人の妖怪は全員見たことない服装である。
それにこの「賢者」と吸血鬼に呼ばれた少女はかなり強力な妖怪であるようだが、自分の世界では噂を全く聞いたことがなかった。
「うーん」
「とりあえず」
少女がどうしようかと考えながら唸っていると賢者が言葉とともに扇子を広げた。
「暇なら手伝ってらっしゃい。体力はあるんでしょう」
有無も答える暇なく、少女はまたしても賢者の作り出すスキマに飲み込まれる。
景色が変わる瞬間は一瞬である。
賢者の言葉に彼女の顔を振り返ろうとしたときには既に景色は変わっていた。
目に映ったのは、地面。
ガツン。と鈍い音と共に頭に強い衝撃が響く。
どうやら賢者はスキマの出口を作る位置を遊んだらしい。
落とし穴に落ちるように足からスキマに消えた少女は当然スキマの出口でも足から出てくるわけで、地面に開いた隙間からまるで足が生えてくるようにその場に現れた。
足が出てきたと思ったらその次は直ぐに体である。
頭まで出きった後は、一度若干上昇し、すぐに落下。
「くぅぅぅぅぅ」
妖怪でも痛いものは痛い。
少女は不意の衝撃に頭を抱えてその場で丸まる。
そしてそんな様子を丸い目をして見る少女が二人。
先程の吸血鬼と魔法使いである。
「…………」
突然目の前に奇怪な現れ方をし、更に勝手に痛み悶える少女を見て黙り込む少女二人。
「……何か用かしら」
僅か沈黙の後に魔法使いの方が口を開く。
早口な魔法使いのその言葉を今度は聞き逃さず、少女は立ち上がる。
「さっきの賢者に飛ばされただけです」
正直、少女は手伝う気はサラサラなかった。
面倒ごとが嫌いというわけではないが、好きでもなく、避けれるのなら避けたいのだ。
「そうなの。なら折角だし手伝いなさい」
あろうことか避けれなさそうな状況になってしまった。
吸血鬼が少女を真っ直ぐと見据えて不敵に笑いながら言い放った。
少女の推測にすぎないが、この目の前の羽の生えた妖怪は先程の吸血鬼の姉なのだろう。
血がつながっているのか義理なのかどうかは勿論わかりはしないが、気の流れが似ていることと、口ぶりからして間違いはないだろう。
その推測に少女が確信をもてるのはまだ暫く先の話。
「逃げようとしたら燃やすわよ」
魔法使いの言葉に更に震え上がる少女。
遠距離戦を得意とする魔法使いには自分が歯向かおうとしても部が悪いだろう。
吸血鬼相手とは言うまでもなく純粋な身体能力で劣っている。
つまり手伝うしか道は残されていないわけで、
「逃げないよ……何すれば?」
とりあえず手伝いが終われば、直にここを離れよう。
そう心に決めて、思い切り深いため息を吐いた。
吸血鬼の妹の部屋の修復がとりあえず終わると、魔法使いと吸血鬼は休憩に入ったのだが、いかんせんその二人は人使いが荒かった。
結局、館の崩壊した場所を直して回ったのは殆どが少女である。
好奇心で妖精が手伝ってくれたりもしたがすぐに飽きてどこかへ行ってしまう。
吸血鬼の館だと思うと逃げることも恐ろしい。
結局作業が終わるのに一ヶ月以上もかかってしまった。
なかなか面白いお話でした。
紫がいい味出してます。
・・・といえるくらい、なんだか一々引っかかる文章でした。ストーリーは面白かったですよ~。とても丁寧に書かれていましたし、文章の長さ自体は気になりませんでした。
以下は素人の戯言なので読み流して頂いてもOKす;
>少女は体力には自信があったが、いきなりわけのわからない場所に飛ばされてしまっては、いくら体力に自信があろうが住処まで戻れるかどうかは不明なのだ。
Aがあったが、なになにで、Aがあろうが・・・。これをなになにでAがあろうが・・・、と直すと文章がすっきりするかと。他にも同じ語がすぐ何度もでてくる所などが散見されて、ちょっとストーリーがすんなりと読者へ伝わり難くなってるかと。分量の割りに内容が薄いとも言えますか。あるいは話にのめり込めない。
>中華民国と日本
素直に中華民国と大日本帝国、あるいは中国と日本(国)とかでいいのでは? 妙な違和感が。そのあとで中国と出てきますし(これはしょうがない気もしますが^^;)。
>「待て! 外は灰になるぞ!」
主語を入れるなりしないとこれは変ですw 違和感しか残らない。外に出ると云々のほうが自然ですか
>近くの木の根元で「ドスン!」という何かが落ちた音がした。
これもまた。根元で音がした……? というもそうですが、「ドスン!という何か」が主語にも見えて、ちょっと思考がとまってしまいました。
他にも擬音語が入るところ全てに違和感が。ここを上手く工夫できると作者さんの表現力が大幅に上がるかと。
>ドゴォン! と凄まじい音とともに吸血鬼の手から射出された炎の柱が地面を抉る。
>「炎を出す勢いで地面を抉るなんて常識外ね」
>「これが私の常識よ」
説明口調がやや多く、不自然でした。炎が地面を抉っているという説明が連続しているので、そこはモノローグ部に任せて「常識外れな奴ね」などとしておけば良いかと。ただしこの場合はモノローグ部分に『驚き』がわかる描写を加える必要ががが
あまりに長くなってきたのでこの辺で^^; 話が良かっただけに、今後とも期待しています