Coolier - 新生・東方創想話

炎と月と赤いリボン 前編

2010/12/01 16:25:53
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 「化物・・・!」




 そう、男は言い放った。
 竹林は鬱蒼と生い茂り、夜の風に樹々がざわめく。樹齢はもう何十、何百年と感じられる立派な木々もあれば、まだ若々しい木々も多く見られる。暗い闇の中でも分かるほどの深い霧が立ちこみ、周りはそう見渡す事はできない。大きく輝く満月、そして数多の星々が男を照らし、周りを映し出す。
 迷いの竹林と呼ばれ、本来、人が立ち入るような所ではない場所なのだが、今この場にその人物は確かにいた。恐れをなし、その額からは汗が溢れ、その身体をがたがたと揺らしている。その男は二十台前半くらいであろうか。中肉中背で、がたいはそれなりに良い。
 髪は肩ほどまでぼさぼさと自由に伸ばしていたのだが、今その髪はひどく汚れていた。地に頭を着けていた為、髪は土で汚れていたのだ。
 彼が身につけていた服は、里でも良く着られる軽い生地を使った代物である。彼の着衣していた服も髪と同じように汚れていたが、さらに何度もこけてしまっていた為、数箇所が大きく破れてしまっている。
 なぜこけてしまっていたのか?
 それは彼の目の前にいた物から、彼が化物と言い放った相手から必死で逃げていたためだ。必死で逃げたのだが、その化物は彼を必死に追いかけ続け、そしてついに力果てる手前で、大きな木の根に足を捉われ転んでしまったのだ。
 牛程の大きさで、しかしその姿は牛とは全く違う、異形を成していた。顔には三本、額に二本、そして胴体より四本の角を生やしている。
 ぎょろっと、その化物は大きな眼を動かし、男を見据える。


 ―――私は、確かに化物だ。


 そう思った化物の身体で、いくつもの眼が蠢く。
 いくつもの、というのはその大きな身体中に数多の眼球がついていたのだ。
 彼女を化物と呼ぶ相手を見るために。
 捕食する相手を逃がさないかのように。
 がたがたと震える男を見つめ、化物は考える。しかし、それは捕食する為ではない。
 追ってきた化物がその足を止め、じっと見つめられ続ける事に耐え難くなり男は声をあげる。

「たっ・・・助けて・・・! 俺みたいな奴食ってもうまくねぇ! 食い物なら、食い物なら俺が持ってくるからさ! 俺なんかより美味しい食い物をさ! 逃がしておくれよ!」

 言葉が通じると思ったのか、そうではなく、ただ、何か言わないと耐えられないのであろうか? そう男は叫ぶように声をあげた。
 その言葉を聞き、化物は口を開く。

 「ソウカ、デハ、ソウサセテモラオウ」

 その声を聞いた男はさらに身を竦ませる。
 人ではない声。まさに、今、人ではない物が声をあげ、そして、男が提案した要求を呑んだのだ。

 「次ノ満月ノヨル、キサマノ言ウ、食物ヲ持ッテコイ」

 ざっ、と化物は後ろを向き男に言い放つ。

 「ツイテコイ。外ニ連レテ行コウデハナイカ」

 外

 その言葉を聞いた男は、希望を取り戻したかのように身体を立ち上がらせる。
 後ろに向いた化物に着いて行けば、ここを出られる。
 もう何時間もこの竹林を彷徨い、彼の精神はもう磨り減っていた。何かに誘われるような音を聞き、立ち入ってはならぬこの竹林に彼は入り込んでしまい、そして迷ってしまったのだ。そして、誰かが助けに来てくれる事を待とうと心に決めた男の背後に、この化物がいたのだ。その存在に気付いた男は悲鳴をあげ、今の今まで走り、逃げ続けていた。

「たっ、助けてくれるのか?!」

 「アア、キサマノ言ウ、食物サエ約束スルナラバ、ナ」

 助かる・・・!
 男は心を舞い上がらせ、化物の後へと続こうとその身を走らせようとする。
 しかし、男の胸の中にある疑問が浮かぶ。
 これは、罠ではないのか? ここではなく自分の住処へと誘い、そこで俺を殺そうという目論見ではないのか?
 そう疑問を抱き、そして疑問は大きな疑惑へと膨らんでいく。
 男の胸の胸中に気付いたのか、化物は男に言い放つ。

 「ココデ逃ゲダソウト思ワナイ事ダ」

 ぶるっ、と男は再度身を震わせ、逃げられない、と確信する。男は観念してしまい、歩き出した化物の後をとぼとぼと追っていく。逃げ出したい気持ちはあったが、もう体力も気力も残っておらず、流れに身を任せてしまったのだ。異形の生物と人間が並び歩く姿を、第三者から見れば滑稽に見えたであろうか。
 そして時が過ぎ、もう夜があけるのではないかと思えた時であった。

 竹林がそこで途絶えていた。

 男は迷いの竹林を抜けたのだ。
 大きく視界が広がり、男が住む村が視界の端にも捉えられた。
 助かった・・・!
 その言葉が胸を染み渡らせ、安堵感を得る。感謝を述べようと男は開いた先を見渡したが、先程の化物はそこにはいない。
 しかし、背後から、もう見ようとは思っていなかった竹林から、その声は響いてくる。

 「満月ノ夜」

 振り向こうと思った男は、その声に再度恐怖を蘇らせ、その身を凍らせる。

 「感謝ヲスルナラバ、次ノ満月ノ夜、貴様ノ言ウ食物ヲ持ッテ再ビ此処ヘ来イ」

 ここまでは先程と言っていた事と変わりなかった。
 そして化物は続けて言う。

 「来ナイナラバ、ソレデモヨイ。モウ二度ト此処ヘ迷イ込ムナ」

 そう最後に化物が言い放ち、気配が消える。迷いの竹林へとその姿を投じたのであろう。
 来なくても、別に、良い?
 男はその言葉を、再度頭の中で思い出す。この竹林へと迷い込んだ彼としては、もう此処へは足を運びたくない思いは強く、そして何よりもあの化物への恐怖を拭いきれず、ここへは来たくない。そう思った男は、化物が言った最後の言葉に従おうと心に決め、男の住む里へと逃げるように足を運ばせた。












「first episode」
―unknown―



「ふぁー」

 そう稗田阿礼は可愛らしい小さな口をあけ、軽く欠伸をする。髪は肩ほどまでに伸ばし、赤いリボンをつけているのが可愛らしい。背は高くなく、むしろとても低い。歳は十程の者ではないかと思わさせる容姿だが、実際は今年十六となる娘であった。
 昨日はなんとなく寝付けず、彼女にしては珍しく、夜遅くまで起きていたのだ。
 んー、と上に手を伸ばし身体を目覚めさせる。

「さてさて、それじゃ、お仕事しますかね。」

 そういった彼女はがさがさと書物を漁る。
 一人暮らしをしている彼女には、とても大きい屋敷。その中で最も大きい部屋が、今現在いる書斎であった。いくつもの本棚が置かれ、書物はいくつあるのか分からない。数え切れないほど多くの数を彼女は所有している。それもこれも中に書かれている物はてんでばらばらであるのだ。樹の事や、妖怪の事、湖にいる生物から天気とジャンルは様々である。
 しかしこれ程多くのジャンルがある中、一つの共通点があった。
 それはそこにある書物全てが、幻想郷に関する物を書き記している事であった。その全てを「ここにいる小さな少女が書き記した」と言って、誰が信じるであろうか?

「今日は・・・、そうだなー。うーん」

 彼女にしては珍しく頭を悩ませる。
 いつもなら「よし、じゃあこれを記そう」とすぐ思い至り、早々に書き上げていくのだが、今日は筆が進まないようであった。

「・・・妖怪のお笑い事でも書こうかしら」

 筆をくるくる回し、阿礼はそうぼそっと呟く。書く気はないながらも声を出したのだが、考えてみるとなかなか楽しそうでもある。
 妖怪も生物だ。彼らにも失敗はあり、そして人間から見て面白い事柄もやはり存在する。例えばー、そう、人を喰らう為に闇を作り出すのだが、生み出した当人さえ暗闇で目が見えなく、逆に何かに当たったり躓いたりで失敗する妖怪。自分で作り出した道具の使い方が分からずに、色々触っていると自分の足にそれが絡まり数日を過ごした妖怪。
 妖怪といえば恐ろしいイメージが強いが、それなりに面白い妖怪も多くいるのだ。

「よし、それじゃあ笑○に負けないくらい、面白おかしく妖怪を書きましょうか!」

 ○点とはこの里にいる、お笑いをする者のグループである。決して某テレビのものではない。

「ふふ・・・、どうせだし、出来うる限り誇張して書いていきますか。」

 胸に黒い何かがこみ上げる彼女であったが、外から声が聞こえ、手を止める。




「おい! 昨日竹林に入り込んだヤスが帰ってきたぞ!」
「本当か?! それは良かったじゃないか。今どこにいるんだ?」
「村長の所に顔を出してる。何かみんなに言いたいことがあると言ってるから俺等も向かおう」
「おう、言いたい事?まぁ無事だったあいつの顔も拝んでやりたいしな」

 はっはっ、と二人は笑い声をあげる。
 昨日、竹林へと迷い込んでしまったと噂されていたヤスが、竹林から無事帰って来れたそうなのだ。満月だったという事もあり、妖怪に捕らわれてしまったのではないか?と噂が流れ、何名かはもう彼がもう助からないと、心を落としていたりもした。そんな彼がひょっこりと朝に竹林から逃げ帰って来て、里の者は口々に良かったと声をあげていた。
 そんな中、一番帰ってきた事に安堵すべきである筈のヤスが、表情に影を落としていたのだ。「みんなに話したいことがある。村長の所へ集まってくれ」と、声を落としながら彼は伝えたのだ。

「まっ、財布を落としたからカンパをくれとか、そういうもんでねーか?」
「はっはっ、ヤスだしきっとそんなこったろう!」

 ヤスはこの里の中で、良く働く事で有名な者であった。
 仕事が外で出来た事や、村の中での情報伝達を足で運び、皆に伝えるという物であったヤスは、街の皆に大きく顔がしれている。性格も明るく、そして何よりも面白いという事で、彼に対し気を悪くするようなものはこの里にはいなかった。

「よし、それじゃいこうか」





「ふむ・・・。これは何か、事件性を感じますね」

 ぽつりと、外から聞こえてきた声に、阿礼は口を開き一人で事の推理をし始める。

「ヤスさんですか・・・。彼は村の中心に立つような人ですからね。誰かに疎まれて、竹林へと追い込まれてしまったのでしょうか」

 うーん、と唸りながらさらに彼女は考える。

「彼は確かに性格はいいんですけどねー。賭け事に少し手を出してる事がマイナスですね。私は夫にしたくない人です」

 ぶつぶつ

「ああ、賭け事。なるほど。賭け事に手をだして負けてしまったのでしょうか? それで大きく負けて、払えなくなり、保険を掛けられた上、竹林へと放り込まれたという事なんでしょうか」

 ぶつぶつ

「しかし、一日で帰ってきた、ですか・・・。これはまずいですね。俗に言う逆ギレでしょうか?」

 ぶつぶつ

「一旦は納得したものの、やはり生きたいという気持ちが強まってしまった・・・。もしくは生き延びてしまった、か。そして戻ってきた彼は、問題の賭け相手に復讐を・・・」

 はっ、と顔を強張らせる。

「駄目です! ヤスさん! お金が払えなくても! 生きていく事が困難であろうと! 命は、命は粗末にしてはなりません!」

 勢い良く席を立ち、阿礼は村長の家へと向かおうと考え、そして彼女は思い当たる。

「賭け相手というのは・・・村長?」

 先程話していた彼等によると、ヤスさんは直接村長の所へ向かったようで、もう着いているようだ。皆が見ている中で、復讐を行おうと考えているのだろうか。
 まずい――。
 そう思った彼女は村長の家へと駆け出す。

 これだけ妄想出来る彼女は、ある種本当に天才だった。






「駄目です! ヤスさん! はやまっちゃ駄目です!」

 がたーんっ、と阿礼は勢い良く声を上げながら、村長が住む家へと駆け込んだ。そこは村の中心に存在している屋敷であり、そして阿礼の家と同じく、とても大きい屋敷である。皆が集会をする時に使われる部屋の中にいた人々は、突然登場した彼女に驚き眼を点にする。村長もまた目を点にし阿礼を見返していたが、ヤスは俯きうな垂れていた。

「あれ。そういう雰囲気じゃありませんでした?」

 こくりとそこにいる人々が、ついでに村長も頷く。
 なんだつまらないと、若干心の中で思いながら、阿礼はヤスの顔色を伺う。彼はいつもの快活な表情からは想像できない、青い表情を浮かべ、その身をぶるぶると震わせている。

「ずっと、その調子なんじゃよ・・・。何があったか詳しく聞きたいんじゃが・・・」

 そう村長は口を開いた。
 長い白髭を生やした村長は、白く濁り始めてしまっているその眼を、ヤスへと優しく、そして心配そうに向けている。ちなみに髭は阿礼が村長にきるな、と命令をしているので彼は髭を伸ばしている。村長は髭が長いものだという、謎の定義があるらしい。
 そっと、阿礼は彼を傷つけない為にも優しく、優しく声を掛ける。

「村長との賭け事に・・・、負けてしまったのがそんなにくやしいんですか? ヤスさん。」
「わしゃ賭け事などせんわ! 勝手に決めつけるのではない!」
「え、でも保険は? 保険は掛けたのでしょう? さすがに」
「掛けてない! 掛けてないぞ! なにがさすがになんじゃ、なにが!」
「だってそうじゃないと、村長にメリットないじゃありませんか・・・」
「何がメリットじゃ! というか、なんでそもそもわしが彼を傷つけたようになってるんじゃ! 皆が誤解してしまう様な事は言うでない!」
「えー」
「なんじゃ、その「えー」は・・・」
「いつも、わたしを傷物にしてるあなたが言える台詞じゃ・・・」
「しとらん! わしは何もしとらんぞおおお! あ、皆の衆! わしはほんと何もしとらんぞ?!」

 若干周りの衆が向けた疑わしげな眼が、村長へと突き刺さっていた。

「根も葉もない事を言うでないわ! まったく、お主はワシを疲れ果たす事が目的なんじゃなかろうか・・・」
「そういって私を道具として扱って、今宵も眠れぬ夜を過ごすのでしょう?」
「いちいち誤解してしまう様な形で言うでないわ?! そりゃお主が寝れないとか言って、わざわざ来るからじゃろが! ああああ、皆の衆わしは潔白じゃあ・・・」

 ひそひそと周りが声をあげ始めてしまっていた。

「さ、村長。悪い事をしたなら皆に白状しなさい。そうすれば楽になれますよ」
「わしにそんな覚えはないし、むしろお主が色々と言うべきだと思うんじゃが・・・」
「失礼ねっ。うら若くて皆のアイドルだという私に向かってっ」
「自分で自分をアイドルだという子も珍しいと思うんじゃが」

 隣で騒ぐ人々に感化されてしまったのか。ずっと沈黙していた彼、ヤスが、がたっと大きく身体を震わせ、唇を揺らす。

「おっ、おれは・・・化物に・・・!化物に襲われたんだ・・・!」

 そういった彼は、この世の終わりを目の当たりしたかのような表情をしていた。


 事の顛末を聞き、村長は口を開く。

「なるほどのぉ・・・。よく生き延びて帰ってこれたものじゃ。それだけでも良かったじゃないか。なぁ? 皆の衆よ」

 そうだよ! よく帰ってきたもんだ! と周りから声が上がる。

「その化物が何だったかはわからんが・・・、もう来なくてよいと言われたのじゃろ? なら赴かなければ問題はないじゃないか」

 武勇伝が出来たじゃないか、など周りからは笑い声が上がる。
 ヤスもやっと現実へ、里へ戻ってこれたと実感できてきたのであろうか?その顔には段々と笑顔が見えるようになる。
 皆が笑い声を上げているそんな中、一人、阿礼は笑っていなかった。
 そして、彼女は声をあげる。

「おかしいわ」

 その声にびくっ、とヤスは身体を震わせる。誰もこの出来事に対し疑問に思わなかった事に、彼は安堵していたからである。

「声も気になるけど、あなた、その化物に食われるという、そういう状況だったのでしょう?」
「うっ・・・、た、確かにそうだが・・・。何がおかしいんだ? 俺は何も嘘をついていないぞ」
「そう、そしてあなたは約束をしたのよね? 竹林から出ることを前提に。そして約束通り、あなたは竹林から出ることが出来た」
「・・・その通りだ。考えたくもないが、もし、奴がいなかったら、俺はあそこから出れなかったかもしれない」
「うん。そしてその化物はこういったのよね。
[感謝ヲスルナラバ、次ノ満月ノ夜、貴様ノ言ウ食物ヲ持ッテ再ビ此処ヘ来イ]
そして――
[来ナイナラバ、ソレデモヨイ。モウ二度ト此処ヘ迷イ込ムナ]
と。」
「・・・ああ」
「ここがおかしいのよ。だってそれじゃ、その化物にメリットがないわ」

 一息つき、彼女は続ける。

「話を聞いた限り、その化物、妖怪かしらね? 少なくとも私はしらないわ」

 ざわっ・・・
 彼女が知らない、という事は、周りのものに驚きの声をあげさせる事に、十分な事であった。知識において、彼女に勝る者はいない。例え、それが何十年も多く生きた村長であったとしてもだ。
 起きた現象を全て、見た現象を全て記憶する。そして今まで彼女はその物事全てを書に記してきたのだ。ヒトの事も、妖精の事も、妖怪の事も、幻想郷の全てを。そんな彼女が知らないといった化物、妖怪は何を思って彼を竹林から追い出したのであろうか。
 一つの考えを村長が答える。

「・・・縄張りを荒らされたくなかったのじゃ、なかろうか?」
「それはないわね。荒らされたくないなら、始末しちゃえばいいだけの話よ」

 彼をずっと追い回し続けた話を聞く限り、妖怪は相当な体力も持ち合わせているようだ。
 そして何より――

「来ないならば、それでもよい・・・」

 言葉は、その意味しか持たない。持てないものである。
 そしてその意味を、阿礼は考える。

「もう来なくてもいい、って事よね。」
「?? そりゃ、そうじゃろ」
「じゃあ、なぜ、来なくていいの?」
「そりゃ、もうこっちへ来るな、という事じゃろ。邪魔だから来るなと」
「・・・逆、は考えられないかしら?」
「逆・・・?」

 村長は顔を訝しげな表情へと変える。
 そして阿礼は、答える。

「・・・来なくても、こちらから足を向ける。つまり、この里を襲う、という事よ」

 ざわ・・・ざわ・・・。
 周りの者が声をあげ始め、中には恐怖の声をあげる者もいる。

「深く考えすぎではないか? 阿礼」
「でも、そうは思わない? 村長。妖怪は確かに彼を捕食できたのよ? でも、彼はこういったの。自分より美味しい物がある、と」

 周りの者は彼女の言う言葉を待つ。

「その言葉を聞いた。妖怪はうまいものが食えるなら、それでいいと思えた。でも逃した彼に釘を刺してこういったの。「来ないならば、それでもよい」と。」

 そこで一旦言葉を区切り、深呼吸をする。

「・・・あくまで私の考えた、確定された言葉ではないわ。村長がいったように、深く考えなくても良い事なのかもしれないし。でもこういう考え方もあるのじゃないかな、って思ったの」

 周りの者はなるほど、と頷きを打つ者が多い。
 そしてその中の一人が声をあげる。

「それじゃあ、うまいもの持っていっとけば問題ないんじゃないのか? 何も心配せずともよくなるじゃないか」

 その通りだ! と人々は声をあげる。
 確かに、確かにそうすれば問題は起きないであろう。
 しかし――

「・・・それじゃ、みんな? 妖怪のいう「美味しいもの」って何かしら?」

 そして、周りの者は表情を凍らせてしまう。
 妖怪が好んでよく食べる物、それは――

「ヒトの、子供。もしくは若いおなごじゃ」

 苦しい声をあげながら、村長は該当した「美味しいもの」を言い当てる。よく妖怪より襲われ、命を落とす者が最も多いのが子供、そして女子である。

「それが妖怪の望む美味しいもの・・・」

 そう言って、阿礼は皆に一つ提案を投げる。
 それは皆が驚愕の顔をあげるのに十分であった。


「この件、私に任せてくれないかしら」









「Second episode」
―Who are you―


 多くの反対意見があったが、誰よりも深い知識を持った彼女には何か考えがあるのではないか、との事もあり、反論は途絶えてしまう。彼女がその身を持って生贄となるのではないかと、考え、危惧した者もいる。実際、阿礼はこの事件の解決に、我が身を捧げる事も一つの解決法として考え上げていた。
 しかし、それでは面白みが足りない。

「妖怪っ、退治っ」

 ざっざっ、と歩を進めながら、阿礼は不適な笑みを浮かべ、竹林を歩く。
 竹林といっても問題があった迷いの竹林ではなく、近場のまた違う竹林であった。迷いの竹林以外でも問題の妖怪が徘徊し、何かしらの行動を起こしているのではないかと考え、阿礼は竹林を探索しようと考えていたのだ。
 鬱蒼と生い茂った竹林は、彼女にとっては過去に見たことがある物として認識され、珍しい物ではなかった。しかし、やはりその景色は美しく見えた。青々と天まで届くではないかと思われる竹。見渡す限り彼らは、その身を一種の森の一部として溶け込ましている。
 自分も、その一部として融けてしまっているのではないか。と阿礼は考えさせられる。彼女が歩く道は里の者がたまに使う道であり、基本的にはこの森に住む鳥を捕らえる為にここへ来る時に使われる物である。美しさに見蕩れてしまっていた彼女は、つい足元から眼を離してしまい転んでしまう。

「あたーっ?!」

 べしゃっと転び、阿礼は乙女らしからぬ声をあげ転んでしまった。
 いたた、と声を出しながら彼女は足をひねってしまった事実に気付く。まさか転んでしまうとは考えていなかったので、その治療に使う為の道具などは持っていない。背負っていたカバン、大量に色々な物が入っているのだが、捻挫に対して使えるような物は入っていない。
仕方ない、と彼女は休憩がてらにその場に座る事にした。じくじくと足が痛んだが、どうしようもない。

「しばらくは、痛み退かないかな・・・」

 残念な事実を彼女は然と受け入れる。足を引き寄せるように三角座りをした彼女は、痛みが早くひくように願いながら今後を考える。もし、この場所で妖怪の痕跡が見当たらない場合、逆に妖怪自体に捕まってしまう場合。
 数点考え事をし終えた彼女は、ぼそっと独り言を言う。

「もう、帰らなくてもいいかな」

「それはだめだな」

 独り言に、返事が返ってきた。その事実に驚いた彼女は、声の聞こえた方向へと首を向ける。
 振り向くと、ストレートで美しい蒼いロングヘアーが風で揺れていた。正確には青と白といった色であろうか? しかし、阿礼はその青がとても印象的に映る。柔らかく、優しさに溢れた瞳をした彼女がそこに立っていた。視界が青色に染まった中で、彼女は中でも際立ってその美しい青を映えさせていた。服は可愛らしい赤いリボンをつけた、里では見たことがない珍しい形であり、やはり青い服。
 そして彼女は優しく、力強い声で話しかけてくる。

「どうしたんだ、こんな所で。君のように若い子が一人でいるような場所ではないだろう?」
「あ、あなたは?」
「私の事はいいんだ。うん? なんだ。足を怪我してるじゃないか」

そっと彼女は怪我をしていた部位を、痛くないように触れる。

「ふむ。これは治療が必要だな。しかし、里までここからだと結構な距離があるな・・・」

 手を顎にあて、どうすればいいか悩んでいるのであろう。
 そしてこちらに顔を向けて尋ねてくる。

「君、名前はなんていうんだ?」
「・・・阿礼。稗田、阿礼よ」
「阿礼、か。なるほど。変わった名前だな」

 優しい笑顔を向けて彼女は思いつく。

「そうだ、そういえばこの先に小屋があったな。誰も使ってはいないと思うが、そこで休んでいくといいだろう。もしかしたら傷を治す為の道具があるかもしれないしな」

 よし、では行こうかと、こちらの手を優しく掴み、立ち上がらせてくる。多少足に痛みが走ったが、先程よりかは彼女が支えてくれている分ましであった。

 しばらく歩くと、彼女が言っていたように、誰も使ってなさそうな小屋があった。小屋にはいくつかの備品が残っており、捻挫に対して使えそうな包帯や塗り薬があった為、拝借させていただいた。

「よし、これでしばらく休めば問題ないだろう。それまで安静にするように」

 そっ、と包帯を巻き終わった彼女は、阿礼の足から手を離す。

「うん、だいぶマシになったわ。ありがとう。ええと・・・」

 なんていう名前かしら? と聞こうとしたが、その前に彼女は答える。

「しかし、こんな山奥まで少女一人でいるという事は感心しないな。妖怪に襲われるという事は考えなかったのかい?」
「それはもちろん分かってるわ。私は妖怪の弱点を尽く知ってるから問題ないのよ」
「はは、それはすごいな。どんな物の妖怪も分かるのか?」
「そうよ、私の知っている妖怪ならね。でも、今はちょっと変わった妖怪の事を調べてて、その妖怪についてはちょっと弱点が分からないの。」
「ほう、なるほど。聡明な君でも分からない事があるのか」
「さすがに会った事もない物はわからないわね。その弱点を調べようとここ辺りを調べ周ってたのよ」


 そうして阿礼は彼女に事の顛末を話す。
 未知の妖怪の事、そしてその妖怪が言い放った言葉や街での事など、洗い浚い話した。最初はほぉほぉ、と笑顔で相槌を打っていた彼女であったが、やがてその顔からは、たらたらと脂汗が滲みはじめていた。

「まぁ、そういう事で。私はここ一辺をうろついていた訳よ」
「そ、そうか・・・。いや、私が思うにだが、その妖怪は村を襲う事など考えていなかったのではなかろうか?」
「なんとも言い切れないじゃない。そう簡単に物事を安心出切る方へと考える事は危険よ」
「た、確かにな。それは確かなんだが・・・」
「?? どうしたの? 頭痛? 大丈夫?」

 頭を抱えはじめた彼女を阿礼は気遣う。ここまで自分を優しく扱ってくれた彼女には、出来うる限りの事をしようと考えていたからである。

「・・・頭痛ではないんだが、頭が痛くなる話だな、それは」
「まぁ、私は久しく外へ出れたし、何より私が見た事のない物に会えるかもしれないって事を考えると、そう悪い話でもないのよね」
「しかし、いくら知識があるからといって、阿礼はその身が保障されたわけではないだろう。とても危険じゃないか。やめておきたまえ、むしろやめて、お願い」
「私がやらずに誰がやるのよ、村の子は私の子でもあるわ。彼等を差し出すなら私がいくわ」

 ぎゅっと拳を握り正義感を心に宿し、阿礼は己を奮い立たせる。
 逆に、なぜか慧音は気を落とし続けうなだれている。
 ふと聞かなくてはならない事を思い出し、阿礼は彼女に聞く。

「あ、大事な事を聞く事を忘れていたわ! あなた、名前は何ていうのかしら?」
「む、私の名前か。そういえば名乗っていなかったな・・・。しかし・・・、そうだな。私は慧音という」
「慧音? 初めて聞く名前ね。この辺りの者じゃないわよね」
「ちょっとしたはずれに住んでるのだよ。名前も聞いた事がないのは、仕方がないのではないかな」

 ふーん、と阿礼は納得し彼女に言う。

「それじゃ、改めて慧音さん。助けてくれてありがとう。さっき言えなかったら言いたかったのよ」
「はは、困った時はお互い様さ。この程度であればいくらでも手を貸すよ。」

 その言葉に笑顔で慧音は返した。
 そして彼女はふと思い出したかのように、口を開く。

「そういえばだがな、阿礼さん」
「阿礼で、お願いするわ。慧音さん」
「それでは私も慧音と読んでいただけるか? 少々むずがゆくてな」
「分かったわ、慧音。それでどうしたの?」
「ん、ああ。私はだがな。先程、阿礼が言っていた化物に遭遇した事があるのだ」

 阿礼はその言葉に驚き、表情を変え慧音に急いで問う。

「ほっ、ほんと? いつ? どこで会ったの? どうやって逃げたの?」
「お、落ち着け阿礼」

 ふんふんっと鼻息を荒げた阿礼を、慧音は抑えるように指示する。
 多少彼女が落ちていてきた所で、慧音は話の続きを語る。

「そう、もう何年も前の話になるな。あの時は満月の夜だった。とある理由で、私は迷いの竹林へと入ってしまったんだ。」
「理由って聞いちゃ駄目かしら?」
「ん、いや大丈夫だ。不思議な音が聞こえてきてな・・・。それに誘われるかの用に、私はふらふらとそちらへ足を向けてしまったんだ」
「そういえばヤスさんもそう言ってましたね・・・」
「結局その音の正体は、私も分からずじまいなんだがな。そして私は奴に、化物にあったのだ」

 すーっ、と息を呑み彼女は続ける。

「恐ろしい姿だった。見てくれは、先程阿礼が言ったとおりだ。」
「問題の妖怪と同一、なんでしょうね」
「うむ、そうだろうな。その妖怪は私から逃げ出したのだ」
「えっ、慧音が逃げたのじゃなくて、妖怪が逃げ出したの?」
「そうだ。私は手にしていた松明を、必死に振りかざしていたらではないかと考えているのだ」
「つまり――」
「そうだ、妖怪は火を恐れたのだ。もし、村へ妖怪が襲い掛かってきたならば、火を焚き追い返せば良いだろう」
「なるほどね。火を嫌う妖怪は確かに多いわ。里でも妖怪を懸念して、ずっと入り口では火を絶やさない様に焚き続けているし」
「では問題はなくなったな。妖怪も火を恐れ、里を襲わないであろう。」
「・・・そうね」

 妖怪の対処法が分かり、喜びの声をあげるかと思われた阿礼を、不思議そうに慧音は見つめる。

「妖怪・・・退治・・・」
「・・・はい?」
「妖怪退治、できないじゃない。わかっちゃったら!」

 どんっと、子供が駄々をこねるように阿礼は床を叩きつける。

「いーやー! 私は妖怪退治をしたいの! 里に帰って予防策を張るだけの作業とか面白くないわ!」
「妖怪退治を面白いと思うのはどうなのだ」
「違うの! 私が妖怪を退治する事に意義があるのよ!」
「別に誰が退治してもいいじゃないか・・・」

 呆れていた慧音だったが、阿礼は諦めた意思を見せそうになかった。

「そんな誰も知らない珍しい妖怪なのよ? 私は一度は見てみたいしねー。何より、なんでそんな行動を取ったのかすごい興味があるわ」
「うん? どういう事だ?」
「ほら、妖怪がわざわざヒトを、迷いの竹林から外へ案内したことよ」
「案件があったからだろう。別段おかしい事じゃないではないか」
「そうよねー。そう捉える事も出来るけどね。大抵の妖怪ってそんな事考えないのよ。普通の妖怪はヒトを捕食できる機会があれば飛びついてくるわ。だって、逃がしたら自分が危険になってしまうからね。妖怪がヒトを捕らえるのは良くある事よ。それ故に人は妖怪を恐れて、その危険を排除しようとするの。」

 阿礼は指を顎にあて、続けて言い続ける。

「だから妖怪は自分を知られない為に、ヒトを見かけたらすぐに捕食するのよ。その方が妖怪にとって一番安全で、それでいてすぐに食べ物にありつけるからね。」
「・・・なるほどな。そういう風には考えられなかったな」
「うん。だからね? 私は今回の妖怪のとった行動がすごい気になるの。これは極めて異例に近い事だからね。」

 阿礼の知識の外にいる妖怪。妖怪の不可思議な行動。それらに阿礼は興味をそそられていたのだ。彼女の言う妖怪退治。それは妖怪を知り、その知識を己に蓄え、記すことであったのだ。

「なるほどな。だから阿礼はここまで妖怪退治、いや、妖怪を知るという事に拘っていたのか。」

 こくりと頷いた阿礼を、慧音は優しく見つめ返す。

「妖怪は、非常に危ない物だ。もちろん、阿礼はそれを分かった上での行動なのだろうが、やはり私としては心配なのだ。無茶な行動はしないと、約束してほしい」
「分かったわ。そういう行動はしないわ、慧音。」

 よし。と慧音は頷き安心したように微笑み返す。阿礼はその笑顔に微笑み返し、さてと声をあげる。

「それじゃ、そろそろここら辺りもう一辺見直してみるわ。ありがとうね、慧音。あなたがいなかったら、きっとまだ足を痛めていたわ」
「礼には及ばないよ、阿礼。また出会ったら、その時はまた色々話そうではないか」
「そうね。またきっと出会えるわ。それじゃあまた会いましょう慧音」

 そういって二人は小屋をあとにする。
 小一時間程しか話していなかったが、二人にとってはとても有意義な時間を過ごせた。



 慧音と分かれてから、阿礼はまた先程の道に入り、奥へ奥へと進んでいく。竹林の青々とした色が、再び阿礼の眼に映りこむ。昼間になり、日光が竹林の間を駆け巡り、光の雨を作り出す。自室に引き篭もりがちな阿礼にとって、この光は美しくも見えるが、同時にとても眩しく眼を細める。
 ふと、眼を横に向けると、獣道であろうか? 迷いの竹林へと続く方向へと、道が作られている所を発見した。あまり目立たずに、ひっそりとその道は作られているように見える。これは、問題の妖怪が作った道なのであろうか? 好奇心を沸きたせ、阿礼はその道へと足を運び始める。

「住処とか作ってるのかもしれないわね・・・」

 そう一人呟き、阿礼は警戒を強める。何しろ、妖怪のことは未だよく分かっていないのだ。用心するに越した事はない。火が弱点だという事は、先程の慧音の話により分かったのだが、
その火を持ち歩いているわけでもなく、また火をおこせるような物を持っているわけではない。つまり、無防備なのだ。
 引っかかる小枝や葉を手で払いながら、阿礼はその獣道を歩き続ける。前を向き、たまに巣を広げている蜘蛛に顔をしかめながらも進んでいく。後ろから何か襲われないかにも十分に警戒しつつ、彼女は前へと、竹林の奥へと進んでいく。すると、先程の小屋によく似ている小屋が目の前に現れた。
 先程と同じく、木造で出来ている小屋であるが、先程の小屋とは違い、人の住む気配が感じ取られた。それというのも、その小屋には遠目から見ても、人が住むに必要な物が多く備えられていたからだ。火を焚く為に必要な薪や、傘などが建物の前に置かれている。
 しげしげと阿礼は小屋を眺め、中に誰かいるのかを確認する為に、覚悟を決めて戸を叩き尋ねることにする。

「もしもーし、どなたかいらっしゃいますか?」

 その言葉に返事は返ってこず、誰もいないのかな? と阿礼は思ったその時であった。
 ぎぃっ、とドアが開き、眠そうな顔が、そして迷惑そうな顔がこちらを見下ろしていた。
 背が高く、阿礼は見上げる形をとらなければ彼女の顔を見る事は出来なかった。歳は二十歳程であろうか? 髪がとても長く、色は白色に染まり、所々に紅白のリボンを結び付けている。
 サスペンダーがついた大きな赤いズボン(正確にはモンペ)を履き、服は白いシャツを着込んでいる。しかし、何よりも彼女の瞳が阿礼の眼を惹きつけていた。紅く、焔のような赤い瞳。まるで彼女の瞳には、焔が宿されているのではないかと錯覚させられる。その眼を眠そうに瞬かせ、彼女は阿礼をつまらなそうに見つめた後に答える。

「なんだ。子供か」

 ぴしっ。と、阿礼の顔が固まる。

「あー、迷子か。よしよし、もう大丈夫だぞ。私が里まで送っていってやるから、もう安心しときな」

 くわー。と、寝起きなのか、彼女は眠そうに口を大きく開ける。
 目の前で顔に怒りを浮かべている阿礼に、彼女は気付かない。

「んーっ、あー、よく寝た。それにしてもこんな所にまで迷い込むなんてな。それも子供が。」

 こきこきと首を鳴らし、彼女は眼を覚まさせる。
 再度その言葉を聞いた阿礼の顔が鬼の表情になりつつある事に、彼女は気付かない。

「さっ、暗くならないうちに里まで帰ろうか。親御さんが恋しいだろ?」

 そういってから若干面倒くさそうに、彼女は目の前にいた阿礼を見る。
 もうすでに限界は超えてしまっていた。






「いやいや、もう許してくれよ。反省してるからさ」
「がるるるるる」

 噛み付くかの様に阿礼は唸り声をあげる。まるで室内犬が幼い牙を向けるかのように。彼女が考えなしにいった言葉に、激昂した阿礼が暴れだしてしまっていた。
 開口一番、阿礼のコンプレックスである背格好について言われたので、ひどく不機嫌になってしまった阿礼を彼女はなだめていたのだ。寝ぼけていて相手が不機嫌になりつつある事に気付かなく、ずっとべらべらとしゃべっていた事に、彼女は少なからず罪悪感を感じ、誠意は若干感じられないが、ずっと謝っていた。

「もう機嫌治してくれよ。里にはちゃんと送るからさ」
「迷ってきたわけじゃないわよ! 私は妖怪の事を知る為にここまで来たのよ!」

 まだ阿礼が迷っていたと思い込んでいる彼女に対し、吼えるように言う。

「もー、こんな素敵なレディーを見て子供だなんて言うなんて、眼が腐っているとしか思えないわね」
「あー。はいはい。そうだな。素敵なおこ・・・レディーだな」
「ふふ。分かればいいのよ。あ、あなた、お名前はなんて言うのかしら? 私は稗田阿礼っていうの、阿礼って呼んでちょうだい」
「機嫌が治ったようで何よりだ。私は藤原妹紅、妹紅って呼んでくれ」

 やれやれと、肩を下ろし妹紅は先程の阿礼の言葉が気になり不思議そうに尋ねる。

「それにしても、妖怪について調べてるだって? またどうして阿礼はそんな事をしてるんだ?」
「うん?それはねー」

 阿礼は今までの経緯を妹紅に話す。慧音と同じように、妖怪の姿や言動を詳しく妹紅へと説明する。
 そして話を伝え終わると、妹紅が口を開く。

「なるほどな。その怪物の容姿を聞いた限りだが、そいつは白澤っていう聖獣だな。見たわけじゃないから断言はできないが」
「白澤? 初めて聞く名前だわ」
「はは、そりゃそうだろうな。白澤ってのはー、普通為政者、つまり政治をやってる人の前に姿を現すって言われている生物、聖獣だな。あとは病魔よけにもなるとか言われてたかな。そういう風に私は教えられた覚えがある」
「なるほどね。なんで妹紅は白澤を知ってたの?」
「うん? あー、昔はちょっとした金持ちの子だったからな。色々と分け分からないものまで教え込まれたのさ」
「それは妹紅のお父さんからかな?」
「はは、そこまでは覚えてないな。そこまで興味があった物でもなかったし、何よりもう何年も経ってしまったから、そこまで詳しくは思い出せないな」
「痴呆なのね」
「ちゃうわ!」
「だってそんな事さえ忘れてるって結構あれよ? 致命的だと思うんだけど」
「これでも私は物覚えが良い方なんだぞ? 普通興味ない事とか忘れるものだろ」
「そうかしら? 少なくとも私は覚えてるわよ」
「そりゃ大した記憶力をお持ちのようで・・・」

 阿礼の相手をすると非常に疲れるという事に、今更ながら妹紅は確信を得た。しかし、やられたままだと負けた気がするので、揚げ足をとるように妹紅は阿礼に質問をする。

「それじゃ阿礼、一ヶ月前に食べた晩飯はなんだ?」
「一ヶ月前? そうね、豚汁とご飯、それに焼き魚ね。あ、あと焼酎がおいしかったわ」
「また本当に食べてそうなメニューだな・・・。しかし酒なんて飲んだら駄目だろ」
「もう十分大人だし大丈夫よ。ちなみにそのメニューであってるわよ」

 阿礼はぷぃっと怒ったように顔を背ける。多分お酒のことについて言及した事に対して反応したんだろう。やっちまったかな、と若干思っていると、阿礼が口を開く。

「まったく、妹紅ってどんな素晴らしい人かと思っていましたが、こんな失礼な人だったなんて、幻滅しました」

 その言葉に妹紅は一瞬苦笑を返したが、ふと気付く。

「ん? 待ってくれ。なんで私の事を知ってるんだ?」

 彼女はこの家から里へとあまり出かけた事がないのだ。もちろん出かけたとしても、阿礼と出会った覚えはないのだ。つまり誰かから阿礼は妹紅の事を聞いていたという事になる。

「今まで何人か竹林へ迷い込んだ人を里まで送っていってるじゃない。噂は色々聞いてるのよ」
「確かに今まで何人か迷い込んだ者を里へ送ってやった事はあるが、名前を言った事はなかったはずなんだけどな」
「別に名前を知らなくても、それだけ容姿が特徴的だったら誰でも見ればわかるわよ。竹林で助けてくれた女性ってだけでも十分噂は広がるものよ?」

 なるほどな、と妹紅は納得する。しかし、それでは彼女は気付いているのだろうか?
 私が、もう。

「あー、それにしても疲れたわ。ねぇ、妹紅。よければ今日ここへ泊めてくれない?」
「私としては悩みの種は出来る限り早く取り除きたいんだが」
「別にただで泊めてってわけじゃないわよ。一緒にこれでもどうかしら?」

 そういって彼女は持ってきていたカバンを広げ、中身を取り出す。
 酒。
 カバンに入れられるだけ酒が入っていた。

「・・・食料とかは持って来てないんだな」
「一応あるわよ。カバンの底あたりに」

 呆れながら妹紅はその酒を手にし、眺めていく。量だけでなく、種類も色々あった。

「竹林を肴にして飲もうかなーって思って、持ってきたのよね。なかなか飲む機会がなくてどうしようかと思ってたんだけど、妹紅が泊めてくれるっていうならここからでも外を眺められるし、一緒に飲まない?」
「やる事に風情を感じるのか感じられないのか、微妙な所だな」
「妖怪がいつ襲ってきて、命を落とすか分かったものじゃないしね。楽しめる時に楽しまないと損じゃない」
「どうせなら襲われないように、里にいとけば良かったろうに。ああ、いいよ。泊まっていきな、阿礼」

 そう言われた阿礼は待ってました、とばかりに酒の封を切り、自分と妹紅への分を持参していた杯へと注いでいく。なみなみと注がれた杯を二人が持ったところで、阿礼と妹紅は乾杯し喉を潤していく。阿礼が毒を吐き、それに妹紅は突っ込みを繰り返しながら時間は刻々と過ぎていった。
 そして、妹紅がとある発言をしたのだ。*二人とも若干酔ってます

「そうかー、お前さんもなかなか苦労してるもんだな。」
「そうよー、私みたいに見目麗しいれでぃーは人気があるから仕方がない事だけどねっ」
「はは、確かにあんた見た目はかわいいな。そうだ、話が変わるが阿礼。今度の満月、妖怪には会いにいくのか?」
「うん? 妖怪?」
「そうだよ、満月に来るっていってた妖怪にだ。お前さんが言うにそいつは火が苦手なのだろう? その妖怪は。私は火の扱いには慣れてるから、付いて行ってもいいぞ」
「火の扱いが慣れてるようには見えないけど?」
「うん? なんでだ?」
「そんな引き篭もりがアクティブ宣言しなくてもいいのよ」
「引き篭もり言うんじゃねぇ! まぁ冗談はさて置きだ」
「冗談じゃないんだけど」
「冗談はさて置き、妖怪に会いにいくなら手伝ってやるよ。お酒の礼もあるしな」
「いいのよ、それは。泊めてもらったお礼なのだから」
「はは、口は悪いけど楽しい奴がいるからな。それは別に気にしないでおくれ」
「んん、妖怪の事を知ってる貴方が来てくれるならそれは助かるけど。これは里の問題なのよ? 貴方が助けてくれる義理はないわ」
「だからさ、酒のお礼さ。少なくとも阿礼には何かお返しをしたいしな。他にしてやれるようなことがあるかって考えても、私に出来そうなことはそうないしな」
「そう、それじゃお願いしようかしら。でも危なくなったら逃げてもいいからね」
「はは、死ねるならそれはそれで儲けものさ。願ってもないことだな」
「まぁ確かに死んでも死ななさそうよね、貴方」

 妹紅は阿礼と約束を交わす。次の満月の夜、共にそこへ赴く事を。
 他にはくだらない事で盛り上がり、なくなってしまった酒を惜しみ、そしてまた新しい酒を開けていく。
 そうして夜は楽しく賑やかに過ぎていった。




                  to be next story...
 犯人はヤス



 という事ではありません。はい
 
 初めまして! うーといいます。前回での投稿である処女作「紅い月」では[わかば@う]と名乗っていた者です。諸事情により改名して投稿していきたいと思います。
 この度「炎と月と赤いリボン(前編)」を読んで頂きありがとう御座います。え、後書きだけ読んでる? |壁|ω・`)・・・ヨンデホシイナ
 現在後編を書いてるのですが、思ったより長くなってしまいそうで前編後編等で区切りたいのです・・・が、基本的に創想話での投稿は完結してからが多いようなので、もし途中までの物を投稿した場合シンザンカエレ!みたいな事になりますか?
 編集等を考えるとやはり完結してからの方がいいとは思うのですが言葉遣いが下手なので時間かかりすぎていつ投稿できんのこれ? みたいな感じになってしまったので前編という形で投稿させていただきました。 
 完結してから投稿した方がいいよ! という場合は一旦削除して完結させて出直してまいりますです。いつになるかわからんけど^p^
 ちなみにどうでもいいですが最初はタイトルを「白澤」にしようと思っていたのですが、どうやら同じタイトルの方がいらっしゃったようなので変更しようと考え、現在のタイトルになりました。もしかしたらまた変更するかも うち適当すぎだろ・・・(´・ω・`)

 作品について
 当初はけねもこ書くか!と思って書き始めたのですがどうみても阿礼のお話になってます。鉄アレイェ・・・
 後編ではけねもっこもこにしていきたいなーと考えております
 そしてシリアスを書くつもりがどうみてもギャグになってた しにたい

 さてさて、何はともあれ一旦はここで終了します。 あ、皆様良ければ前作である「紅い月」もどうぞ見てやってください。現在序盤が気にくわなく修正してますが大体はかわらないです、多分。
 修正点、突っ込みどころなど御座いましたら指摘してくださると助かります。
うー
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コメント



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8.無評価俺はO型削除
AQNかあいいよAQN

前編のみの投下に対しての是非はどうでもいいとして、
まず評価のしようがありませんからそこん所ご承知ください。
こんなこと言いつつ自分のは区切りで投下しましたが(汗)

少し気になったのは、シリアスかギャグか(冴えてると思いましたよ!)半端な点と、
会話文重視か地文重視か量りかねた点です。
とにかく後編を心待ちにしております。

修正希望点
>さらに何度もこけてしまっていた為、数箇所が大きく破れてしまっている。
>なぜこけてしまっていたのか?
 こける、を転ぶに変えると読み手としてはすんなり頭にはいるのですが。で、
>大きな木の根に足を捉われてしまったのだ。
 この様にあっさりとして頂けるとありがたいです。
9.無評価うー削除
 レスありがとうございます! 
 点数低くて超なきそうでした(ノ∀`)というかもうカカナイデオコウカナトカウフフ

 シリアスだけで行くと読みづらいかなぁと前半はギャグパート、後半はシリアスパートで書こうと思っていました。よってこの先は基本シリアスの展開の予定です。
 会話分重視、地文重視については考えていませんでした・・・。 会話でストーリーを進めるつもりですが、ある程度背景を映し出したほうが読み手側として楽しめるのではないか、と思って進めてましたが、大きく削ったほうがよさそうですね。
 修正点把握しました 何度か見直して読者側から見やすい形にしていく努力をしてみます。
 レスありがとうございます。本当救われました。m_ _m
 完成品が出来上がった場合また見てくださるとうれしいです!
10.70コチドリ削除
ある一点を除けば特に問題も無くお話を読めました。
一生懸命書いたんだな、と感じられる文章で好感を持ったのも事実。
ただ、ある一点の違和感があまりにも大きすぎて物語りに入り込めなかったのもまた事実です。

ずばり稗田阿礼ちゃん、彼女に尽きますね。
幻想郷年表に沿って考えれば阿礼ちゃんの生誕は千三百年ほど昔。
作品名とタグを目にした時、自動的に私の頭の中もその時代に切り替わって物語を読み始めるわけです。
そしてなまじ冒頭部分がそれらしき文体なので、〝がたい〟などという単語が出るとずっこけることになる。
それから先はもう、時代背景にそぐわないワードや設定のオンパレードとしか感じられなくなるんですね。
とどめとばかりに阿礼ちゃんより年下のはずの妹紅が、既に蓬莱人化して現在の服装で登場となると……。

別に原作設定を忠実になぞれなどという寝言はほざきません。
でも原作を頭に入れて設定を崩すのと、知らないで最初から崩れてるのでは違うと思うんですよね、やっぱり。
残念ながら私は作者様に後者の印象を受けました。

文句ばかりのコメントで申し訳ないです。ただ間違って欲しくないのはこの意見が私だけのもの、ってこと。
あくまで「こんな感想を抱く読者もいるんだな」位に受け取って貰えると幸いです。
作品、完結させましょう。もちろん私も読ませて頂きたいと思っています。
ファイト!
11.無評価うー削除
 レスありがとうございます!

 コチドリさんの言うとおり完全に後者でした。
 今調べてみましたが、時間系列が小説版に書かれていたのですね・・・。読んでないから分かっていませんでした、言い訳乙(´・ω・`)
 うーん、ある程度書き直さないとだめですね。むしろ小説読まないと厳しそうう。・・・田舎だから書店ないとか\(^o^)/
 時間はかかりそうですが色々変更してみます。大変参考に、勉強になりました。コメントありがとうございます!
13.50名前が無い程度の能力削除
待機ー

前編ということで、50点満点で
14.無評価うー削除
ありがとうございますw
もしかしたらある程度変えるかもですが(若干すでにかえてますが)最後までがんばります!
レスありがとう御座います~!!
15.100名前が無い程度の能力削除
ギャグだ・と…、どんとこい!
16.無評価うー削除
久々に見にきたらレスきてたw
後半はシリアスになるとおもいます・・・た、たぶん! お待ち下さい~