Coolier - 新生・東方創想話

ヒロシゲ・ドリーム

2014/02/06 20:00:02
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『本日も卯酉新幹線ヒロシゲをご利用頂き、まことにありがとうございます。』

そんなアナウンスを耳の端に捕らえながら、ホッと一息。
時刻は20:30分。今、私達二人はヒロシゲに乗っていた。
卯酉新幹線ヒロシゲといえば、京都─東京間を結ぶ国内でも主要な幹線の一つである。
窓一面がカレイドスクリーンに覆われており、地上の景色なんて見えやしない。
彼岸参りと東京観光を済ませた私達は、名残惜しくも京都へと帰る最中であった。

「はー、東京ともお別れか。なんだかんだで早かったわねぇ」

ふと蓮子がそんな事をもらす。
田舎だなんだと言っても、やはり故郷から離れるのは恋しいらしい。
帰ったらまた忙しくなるわね、なんて返すと、項垂れていた。
すると、蓮子がもぞもぞとカバンから本を取り出す。どうやらいつもの手帳のようだ。

「私は暫く現実逃避と洒落込みますわ」

なんて言って、手帳を広げ出す。
黒い、聖書サイズの手帳。
至る所に付箋が挟んであり、十分過ぎるほど濃密なデータベースとなっていそうだ。

「あ、これは昨日のフードテーマパーク巡りのときね」

と、手帳の一ページを私に見せてくる。
そこには昨日行った食べ歩き施設でのポラロイド写真が貼ってあった。

時に蓮子は変人である。まあ、今更いうことでもないけども。
もはや”デジタル化社会”ではなく完全なる”デジタル社会”と言っても過言ではないこの頃に、
わざわざ前々時代的なポラロイドカメラを好むのだから。そういえば、手帳だってわざわざ紙の物を使っているし。
前にその事について指摘したら

「別にディジタル端末だって持っているけど、こういうのはロマンが大事なのよ。それに、紙は灯りがなきゃ見えないけど、ディジタル端末だって電気がなければ見られないもの。似たモノ同士なのよ」

なんて言ってきたっけ。
ロマンはいいけど、かさばるじゃない、そんなもの。
かさばるといえば、昨日のテーマパークは大変だった。
蓮子がご当地グルメ制覇なんて言い出した所為で、朝から晩まで食べ歩き。
腹が減ってはスイーツにひた走り、喉が乾いては各地の地酒を煽る。
果ては京都の味付けの再現度を確かめる、とかいって、西京風ラーメンを二人で啜る始末である。
もうお腹がかさばるったらありゃしない。

「……しばらくサラダ中心の食生活ね」

悲痛な叫び。
ありがたいことに、蓮子の手帳には食べたのものリストまで事細かに記されていた。
これはいい。だって、カロリー計算の目安となるもの。
蓮子はそんな事知らんといった様子で

「あら、ダメよメリー。食事はバランスが大事なんだから」

なんてけらけらと笑っている。
誰のせいだ。まあ、……半分は自分のせいだ。
しかしこの相棒ときたら、あれほど食べてもまだ懲りていないようである。
適度な運動が体型を保つコツよ、とか言ってたけど、果たしてどうか。
頻繁に怪しいフィールドワークに駆り出されているというのに、気持ちふくよかめな私はどうなる。
ただ単に蓮子は胃下垂か何かなんじゃないかという気がしてならない。
まったく、少しは乙女の気持ちを考えてもらいたい。

少し貸して、と手帳に手を伸ばす。蓮子はほいと渡してきた。
パラパラとめくると、至るページに写真が貼ってあったり、細かく書き込みが入っている。
いつか行った蓮台野の写真や地図、前に夢で拾った紙切れの写しまで貼られている。
真ん中近くのページの方に、何かが挟んであるようだった。
開くと、そこには小さな一枚の切符。
偉く昔の切符である。というか、そもそも今は切符は廃止され、片田舎のローカル線でさえデジタルパスが配備されている。
それなのに何故私が切符を知っているかと言えば、どこぞの博識さんの入れ知恵だ。

「蓮子、何これ。お守りか何か?」

ふっと蓮子を見やると、呆れた。さっきまでけらけらと笑っていた相棒が、今度はぐうぐうと寝息をたてているではないか。
笑ったり寝たり、全く忙しいものである。
やれやれと手帳に視線を戻し、切符を手に取る。薄紫色の古びた切符。
行き先欄には京都、とだけ書かれている。発行日などは書いていない。
裏面は黒く、どうやら磁気を利用するタイプのもののようである。
そういえば、昔はどこの駅にも自動改札機というものがあったらしいとも言ってたっけ。
なんでも裏から切符をいれても必ず表から帰ってくるのだとか。
おそらく機械の中に小人が数人居るに違いない。きっとそうだ。

ひとしきり観察を終えたので、また同じページに切符を挟みこもうとした瞬間、ずるりと手帳の喉の部分が蠢く。
ページとページとの境界から、無数の冷たい視線のようなものを感じた。
ギョッとして蓮子の方を向く。すると、そこに蓮子は居なかった。

「…え?」

空席。席を立った様子も、蓮子の荷物もない。

「ちょっと、蓮子!?」

さっきまでそこにいたはずの蓮子は、まるで煙のように姿を消した。
いや、蓮子だけではない。周りの乗客も一様に姿を消している。

「何よ、これ」

広い車内に残されたのは蓮子の手帳と私だけ。
周りを見渡すと、先程まで居たはずのヒロシゲの内装とはずいぶん違っていた。
車両の中には幾つかのボックス席と、ドアの横に二人掛けの席が備わっていて、床は驚く事に木がむき出している。
照明は薄暗く、車体の揺れと共に頭上にぶら下がったいくつかの輪っかが揺れていた。
ははあ、あれは恐らくつり革というものだろう。
揺れのない加速を実現させた現代ではまず見かけないものだ。
自らを襲った急な出来事に唖然としていると、ふいに頭の後ろから話しかけられ、飛び上がる。

「切符を拝見します」

そこには、くたびれた帽子を深く被った長身の車掌らしき人物がいた。
顔はよく見えない。
長いブロンドの髪を下げている。どうやら女性のようだ。

「えっと、はい?」

間抜けにも、思わずそう聞き返してしまう。しかしその車掌は声色一つ変えずに

「切符を拝見します。切符を」

とだけ言った。
声からすると成人女性のようだ。
とりあえず、手に持っている京都行きの切符を差し出す。
車掌はすぐさま受け取りパチリと穴を開けた。
ちょっと、これ磁気用よ。
そのまま何も言わずに奥の車両に引っ込んで行ってしまう。
はっと我に帰った私はまず時計を見た。
20:55分。時計は止まっていないようだ。
次に窓の外を見やると、そこにはカレイドスクリーンのバックライトに照らされた、色とりどりの人工風景は無く、
ぼうっとした灯りが点々とした、薄暗い夜道が広がっていた。
明らかにおかしい。なぜなら、ヒロシゲの行路は全て地下にあるはずだもの。

「……まさか、現との境界を越えちゃったの?」

またである。夢と現実を隔てているばずの境界を、こうも簡単に越えてしまうとは。まったく私も大したものだ。
げんなりとしていると、ジリリリと大きな音が耳を貫いた。

『次は蓮台野、蓮台野』

女性低い声のような、高めの男性の声のような、なんとも形容し難い声でアナウンスが流れる。
待て。ヒロシゲは卯東京駅と酉京都駅との二間を結ぶ幹線であるはずで、間に駅は無い。
つまり、次は何々駅というはずはない。
そしてようやく結論に至る。この電車はやはり普通ではない。いや、とっくに分かってはいたのだが。
しばらくすると、電車はゆっくりと速度を落とし駅らしき場所へと止まった。
プシューと空気の抜ける音を立て、近くの扉が開く。
秋の始めのような、ひんやりとした外気が頬を伝う。
窓の外には、彼岸花が沢山咲いていた。気持ち悪い。
本来の蓮台野であれば京都の筈だが、この駅はどこか不気味で降りる気は起こらなかった。
そして、どうやらそれは正解なようだ。なぜなら、次の瞬間に更なる異質さが私を襲ったのだから。
開いたドアに向かってくる人影が二つ。
乗車してきたのは他でもない、宇佐見蓮子と私、マエリベリーハーンであった。

「なっ……」

息がつまる。
状況が飲み込めない私を乗せて、知ったことかと電車は加速を始める。
乗り込んだ二人はというと、ご丁寧にも向かいのボックス席に座ってきた。
喋りかけようか、かけまいか暫く悩んだが、すぐにそれは無意味という事に気づく。
私達の間には透明な壁の様なものがあり、こちらの声は聞こえていないし、あちらの声も聞こえない。
しかも、どうやらあちらの二人からは私の姿さえも見えていないらしい。
たく、マジックミラーじゃないんだから。
とりあえずしばらく二人を観察してみる事にした。
自分で自分の観察をするというのはなかなか貴重な体験ではないか。
二人は向かい合って何やら話し合っている。
蓮子がしきりに指差す地図の場所は、確か蓮台野のお墓だったか。
悪戯をして境界を越えちゃったんだっけ。
その後も観察を続けるが、声が聞こえないので今一面白くない。
しばらく電車に揺られていると、また車内アナウンスが流れた。

『次は富士山前、富士山前』

あろうことか、この電車は恐れ大き霊峰の近くに止まるようである。
あのヒロシゲでさえ富士山は避けて通ったというのに。
とはいったものの、カレイドスクリーン上ではなく実際に富士山を見れるという事には正直胸が踊った。普段京都から出る事のない私は、一度でいいから富士山を見てみたかったのだ。
が、しばらく窓を見て察する。夜なので暗くて見えない。がっかり。
カタンカタンと緩やかに減速し、電車が止まる。
向こうの二人はというと、あいもかわらず何かを話し合っている。よく飽きないわね。
構内は暗く、しんとしていた。
この駅では誰も乗らないのか、周りに人の気配はない。
大きく富士山前と書かれた電光板が、途切れかけて点滅していた。
そのとき、目の上がチカッと光る。どうやら山頂付近のようだ。

「なにかしら、あれ」

これでもかと身を乗り出して山頂を凝視すると、そこにはなんとも不思議なものが居た。
紅く、巨大な鳥のような何かが、火口近くを羽ばたいている。
まるで富士山が噴火しているかのようだ。
ゆらゆらと揺らめく炎のようなそれは、いつか見た大鼠と、それを退治した女の子を彷彿とさせた。
あの時は禍々しく思えたが、こうして見るとなかなか綺麗である。

「すごい……」

思わず見とれていると、グンと加速度を感じる。
電車が動き出す。まったく、もう少し見ていたいのに。
だんだんと背後に飲みこまれて行く富士山が見切れるまで、羽ばたく姿を見続けた。
その紅い姿は、確かに美しかったが、私に何かを警告しているようにも感じた。


再び電車に揺られる。
ふと隣をみると、向こう側の私達は仲良く寄り添って寝ていた。
傍にはさっき食べたのか、クッキーの欠片が一つ落ちていた。
いったい、この電車はなんなのか。というか、降りれるのか。なんて疑問が浮かぶ。
取り残されたであろう蓮子は大丈夫だろうか。

──いや違う。取り残されているのは、私だ。
そういえば、最近境界を越える頻度が多くなって来た気がする。少なくとも、蓮子に出会う前よりは確かに多くなっている。
結界暴きが原因だろうか。それとも、蓮子の持つ目が何かを呼んでいるのか。
そんな事を考えてると、何かがひらひらと目の前を横切った。
蝶のようだが、仄かな桃色に光っている。間違いなく普通の蝶ではない。
すると、その蝶を追いかけるように前の車両の方から人が歩いてきた。
あまり背の高くない、空色の和服を纏った女性。髪の毛は先程の蝶と同じ薄桃色で、おっとりとした顔つきをしている。
すっと、私の席の前で立ちどまった。

「相席してもいいかしら?」

ゆっくりとした声が車内に響く。
相席などしないでも、周りはガラガラである。しかし、断るのも悪い気がして、どうぞとうなずく。
ありがとう、と短く礼を言った後、その女性は向いに座った。ふんわりと花のような香りが漂う。
なんとなく浮遊感のある人だ。まさか幽霊ではないだろうが。

「変わらないわねぇ、貴女は」

「はい?」

急にそんな事を言われた。意味がわからず、つい首を傾げてしまう。
しかし、何処かであったような気がしないでもない。

「ごめんなさい。何でもないの」

女性はふふっと笑いながら下を向く。その顔は少し寂しそうにも見えた。
それにしても、綺麗な顔立ちをしている。話し方といい振る舞いといい、どこかいいところのお嬢様だろうか。

「あの、この電車はなんなのでしょう?」

「え?」

とりあえず、一番気になる質問を女性に投げかける。変人と思われやしないか少し心配だ。
しかし、女性はというとぼんやりと窓を見ながら

「そうねぇ。……次の駅のね、桜が綺麗なのよ」

なんて頓珍漢な事を言い出した。はああ、この人のほうがよっぽど変人らしい。
しかし今日は彼岸の帰り、従ってまだ秋前である。そんな時期に桜なんて。
と、ここまで考えたが、どうせ自分がもう一人いたり火の鳥を見たりする電車である。
夏に桜が咲くのも、そう驚く事ではない。
むしろ、本当に夏なのかを疑いたくなる。

「桜、ですか?」

「ええ。でも、今日は貴女忙しそうだものね。お花見はまた今度かしら」

なんて意味深長なことを言い放ち、女性は席を立った。
そこへジリリリとベルがなり、アナウンスが流れる。

『次は西行妖、西行妖』

例によって電車にブレーキがかかる。すると、窓一面がピンク色に染まる。
気づけば、電車は桜並木の真っ只中に止まっていた。
立ち並ぶ桜の幹の茶色はほんの少ししか見えず、端から端まで見事に開いた桜の花が飾っていた。
あまりの豪快さに言葉を失う。

「それじゃあ、私は先に降りるわ。あ、寝過ごしちゃ駄目よ?」

と私に告げたあと、女性は電車を後にした。
いったい、あの女性は何者だったのか。
そんな事も些細に思えてしまうほど見事な桜だ。ちょうど、さっきの蝶が幾重にも重なっているようである。
写真を撮ろうか思ったが、やめておいた。どんなCCDセンサーでもこの美しさは収められないだろうから。
その時、たたっと誰かが駆けてくる音がした。

「いけないいけない」

と先程の女性は慌しく戻ってくるや否や、私にはいと櫛を手渡してきた。

「お守りよ」

「えっと、あの」

何がなんだかわからないうちに女性は再び出て行ってしまう。
着物で走って、こけやしないか心配だ。
そうまでして手渡されたのは、薄い茶色に仕上がった、いかにも高そうな木製の櫛だった。
よくわからないがこれは贈り物なのだろうか。
きちんとしたお礼を言えないまま、電車は走り出してしまった。
さて、いったいどこまで行くのかこの電車は。
すっかり忘れていた隣の席の私達は、いつの間にかまた話し合いを始めていた。
今度は何やら月の写真やらロケットが写った新聞やらを広げている。
あれはいつ頃だっけ。月の記事が大きく乗った新聞を、蓮子が見せてきて──。

その先は思い出せない。いや、そもそもあんな話をしたことはない気がする。
先ほどの駅までの光景は、どれも私が過去に体験したものだった。
しかし、今あの二人が話している話題を、状況を、私は知らない。
二人が時系列に沿って私達の経験を映し出しているのだとしたら、記憶にないこの光景は近い未来のものということか。

「……っ」

そのとき、ズキンと頭に鋭い痛みが走る。
強烈な目眩が私を襲い、前のめりになってしまう。
ふと隣を見やると、ボックス席があったはずのそこには大きなベットがあった。
病院で見るような無機質なベットである。
その上には向こう側の私が横たわっており、蓮子が何やら話している。
向こう側の窓の奥は、多くの草木が鮮やかな緑を彩っていた。

「これは一体なに…?」

いよいよ意味がわからなくなってきた。
いったいこの電車はなんなのだ。
すると、電車が急に止まった。アナウンスも何も無い。
しんとした車内には、私の呼吸と鼓動だけが響いている。
隣の二人はというと、蓮子が向こう側の私の荷物を持って後ろの車両に歩いて行くところだった。
私と向こう側の私だけが、静かな車両に取り残される形となる。
ふいにベットに横たわる向こう側の私がそっとこちらを向く。目があった。

「あの時の、私ね」

向こう側の私がそう呟く。どうやらこちらが見えているようだ。
それより、なぜこの電車の人は皆素っ頓狂な事しか言わないのか。
私自身さえも。

「……あの時?」

質問を浴びせるも、向こう側の私は何も言わない。
やけにもの悲しそうな顔をしている。

「ねえ、貴女はマエリベリー・ハーン、よね?」

急にそう言われ、あっけらかんになる。

「どういう事かしら?…マエリベリー・ハーンさん」

「別に。確認したかっただけよ」

確認?
確認とは、なんの事だろうか。

「ねぇ、マエリベリー・ハーン」

「なあに?できれば、用件は早く済ませたいのだけれど」

「蓮子は、元気?」

はあ、いよいよ頭がいたくなってきた。

「元気も元気、昨日だって嫌ってほど食を堪能していたわ」

「ああ、あのフードパークの事かしら?」

突然、向こう側の私は声色を明るくする。
懐かしい友と思い出話をしているように。

「ええ。おかげさまで大変だったわ」

「懐かしいわ。そんなこともあったわね」

急にきゃっきゃと楽しそうにされ、少し肩の力を抜いてしまう。

「懐かしい、っていうのはどういう意味?やっぱり貴方は未来の私なの?」

「……」

すると、はっと我に帰ったように再び顔を曇らせ、押し黙ってしまう。
何かいけないことをいっただろうか。


「…ねぇ、今なら間に合う。辛いかもしれないけど、蓮子との関係を断ちなさい」

シーツを強く握りながら、向こう側の私は思いつめた表情でそう言い放った。

「はぁ?…意味がわからないわ」

「いい、もう一度だけ言うわ。蓮子との関係を今すぐ断ちなさい」

関係を断つ?
何なのだ、一体。急にそんな突拍子もない事を言われたって困る。
蓮子が何をしたというのか。

「だから、意味がわからない。蓮子が何だというの?喧嘩でもしたわけ?」

「いいから、言うとおりになさい。さもないと、それよりも辛い事が貴女を待っているわ」

「貴女が何を言っているのか、全然理解できないわ。それに蓮子と私はたった二人の秘封倶楽部じゃない。辛い辛いって、一体何がそんなに辛いの?」

そう。二人で一つの秘封倶楽部なのだ。
関係を絶つなど、それより耐え難いことなんてありはしない。

「貴方にはまだわからないでしょう。でもいづれはいやでも気づくことになる」

「未来からのご忠告どうも。でも、あいにくそんな訳わからない理由で絶交になんて踏み切れないわ」

そんなことしたら、蓮子は怒るだろう。それこそケーキを何食おごったって足りやしない。

「分からず屋ね。友達減るわよ」

「あら、お互い様よ?」

向こう側の自分と睨めっこをくり広げる。
少々の沈黙が流れる。
ああ、何が悲しくて自分とにらみ合いしなければならないのか。

しばらくすると、向こう側の私はやれやれといった顔をしながら重い口を開いた。

「…やれやれ。二人で一つの秘封倶楽部、ね」

そう言って、うん、と一つうなづく。

「当たり前よ。あんなのでも、蓮子は大切な相棒じゃない」

そう、向こう側の私に何があったか知らないが、蓮子は私にとって大切な相棒であり、掛け替えのない存在なのだ。
それはあちらでも変わらないはずである。

「ふふ、そうか、そうよね。……だって、確かに私もそう言ったもの」

「…何を言ってるの?」

「全く。覚悟しなさいよ?お馬鹿さん」

「なっ…ちょっとそれって」

どういう意味よ、という言葉をジリリリというベルが邪魔をした。


『次は京都、京都』

車内アナウンスが流れると同時に、向こう側の私はすくっと立ち上がる。
先程の悲しそうな顔ではなく、何かを決心したような、強い顔つきで。

「……頑張ってね。私もまだ頑張ってみるわ」

そう言うと、私の返事を待たずにドアへと向かって行く。
だんだんと電車が止まっていき、見慣れた京都駅に停車した。
向こう側の私が下車すると、そこには荷物を持った蓮子が立っていた。
ふとあの切符が京都行きなのを思い出して、慌てて私も降りる支度をする。
しかし、扉の前で向こう側の私に止められた。

「はいストップ。貴女が降りるのは、もう一つ先の駅よ」

「…この切符は京都行きなのだけれど」

「少しは自分を信じなさい」

そうこうしているうちに、プシュっと扉がしまってしまった。
そして、電車が再び発進する。
二人の影は、目まぐるしい速さではるか彼方に吸い込まれていく。
窓の外は、すぐに真っ暗になり、程なくアナウンスが流れた。

『次はヒロシゲ36号、ヒロシゲ36号』

一度ガタンと揺れ、ふわっと体が浮く感覚。
そしてトンネルに入ったかと思うと、視界が白に塗りつぶされた───。


………
……


ゆさゆさ、と肩を揺さぶられ、目を開ける。
目の前の蓮子がじっと心配そうにこちらを見つめている。

「ちょっと、メリー大丈夫?」

上手く状況を飲み込めないが、とりあえず大丈夫と返事だけしておいた。

「心配したわよ。手帳を見せてって言って急にぐったりするんだもの」

「ここは?もう京都かしら」

「もう、寝ボケてるの?まだあと30分くらいあるわよ」

はっと腕時計をみる。20:58分。

「私、寝てたの?」

「寝てたっていうか、急に三分くらい動かなくったわよ。そろそろ誰か呼ぼう考えてたところだわ」

「…そう」

「そう、じゃないわよ。ねえ、私がどれだけ心配したか分かってる?」

こつ、とあたまをたたかれる。

「ごめんなさい。少し、夢を見てたのよ」

「夢?」

「ええ。なんだか変な夢だったわ」

そう、短く淡い夢。ヒロシゲになぞらえるなら、三分六秒程の夢を見ていた。
ふとポケットをまさぐると、木の滑らかな感触があった。
あの不思議な女性にもらった櫛である。また現に物を持ってきちゃった。


「あれ、どうしたのそれ?そんな櫛買ってたっけ」

「これ?これはその…お土産よ。お守りなんですって」

へえ、と蓮子は不思議がっていた。あの女性は確かにお守りと言っていたから、これは嘘ではない。
しかし、あの電車も、あの出来事も、一体なんだったのかは分からず仕舞いであった。
どうもあの和服の女性は何処かであった気がしてならないし、何故向こう側の私があんなに思いつめた顔をしていたのかも
結局わからないまま、私が現実と位置付けるここに戻ってきてしまった。
一瞬、本当にここは現実なのかいう疑問が浮かぶが、すぐさま振り払う。変なことは考えてはいけない。
蓮子の手帳に挟まっていた切符はもうそこには無く、蓮子も気にしていないようだ。
まあ、何はともあれ向こう側の私を説得できただけでも良しとしよう。



「ふーん。あ、そうだメリー。そういえばこの前こんな話を聞いたんだけどさ……」


手帳を鞄にしまいつつ蓮子が切り出す。


「あら、どんな話?」

「なんでも、この世には時空を超えて走る電車があるとかないとか」

ぷっと吹き出しそうになるのを堪えて、

「なによそれ」

そう言い放ったら、蓮子はどこどこのどの路線辺りが怪しいのよね、なんて勝手に分析を始めた。
全く、この相棒といると退屈しない。
やれやれと肩をすくめながらも蓮子の考察に耳を傾ける。秘封俱楽部の何時もの情景。

やはり、私にとっての現実はここだ。
この不思議が大好きな相棒と、自由気ままに彷徨う世界。
蓮子と離れる事があるなら、そこはきっと夢で、それはきっと虚構なのだろう。
二人に別れより辛い何かが待っているというなら、それをも乗り越えれば良い。
だって、私達は二人で一つの秘封倶楽部なのだから。


そんな私達を乗せて、卯酉新幹線ヒロシゲ36号は音もなく京都を目指す。


『間も無く酉京都、酉京都。』


お降りの際は手と手を繋いで、忘れ物のないようお気をつけください。
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コメント



0.270簡易評価
1.100絶望を司る程度の能力削除
面白かったです。
2.100非現実世界に棲む者削除
実にミステリアスで素敵な秘封倶楽部でした。
ゆゆさますてき...
3.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
4.100名前が無い程度の能力削除
幻想的な情景、出来事がロマンをそそります。「手と手をつないで」って良いですね。離さないで、見失わないように。
5.100名前が無い程度の能力削除
イメージソング聞いてまいりました。
とてもいい曲ですね。これからメリーの身に何が起こっても大丈夫といえるような、
不思議な安心感が感じられました。繋いだ手とおまもりのおかげですかね?
8.90名前が無い程度の能力削除
Nice!
9.100名前が無い程度の能力削除
メリーの不思議な電車の旅、なのにどこか切ないですね
今回境界を越えたことで未来は変わるのでしょうか…
10.100名前が無い程度の能力削除
まさに秘封倶楽部に相応しい雰囲気のお話でした

未来だかのメリーは何かうまくいかなかったようですが、
こっちのメリーはうまくできるのでしょうかね
11.100名前が無い程度の能力削除
雰囲気が素敵ですね
12.90名前が無い程度の能力削除
不思議な雰囲気がいい感じの秘封でした。
14.80名前が無い程度の能力削除
メルヘンチック
15.90名前が無い程度の能力削除
さすがは相対性精神学のメリーさん。夢かリアルかは自分で決める。
18.100名前が無い程度の能力削除
誰も突っ込まないんですけど、前半部分で切符が切手になってます
20.100名前が無い程度の能力削除
これは是非とも漫画で見たい作品だ