******
-プリンは四連にすべきだ。
******
ギャアギャア、と。
哀れな鳴き声を上げて、鳥たちが飛び立つ。ほんの五分前まで生気に満ち溢れていた博麗神社の近辺の森からは、それきり生物の気配が消えた。
全ての生あるものは、この張り詰めた空気に耐えられなかったのだ。只ならぬ緊張が、本来であれば柔らかな筈の春の午後の空気を、針山地獄の如き有様へと変貌させている。
いや、それは最早緊張と表現すべきレベルを遥かに超えて、まるで神話のミノタウロスの如く、近づく者全てに恐怖を与え、その精神を破壊する、殺気と表現すべきものを遥かに超えた名状しがたい何かとなっていた。
その恐怖の根源、振りまかれる外宇宙的狂気のグラウンド・ゼロには、<黄金に輝く柔らかな至宝>が四つ鎮座している。
プリンとも呼称されるその甘味は、滑らかな口当たりと触れれば溶けるような食感、脳がとろけそうなほど優雅な甘みとカラメルからのわずかな苦味が渾然一体となって、食する者全てを極楽浄土へと導く、正に至宝の名を冠するに値するスイーツである。
更にそのプリンを囲み、睨み合う五人の女が居た。
「さて」
と、その内の一人が口を開いた。
八雲紫。彼女を知る人物に印象を尋ねれば必ず「胡散臭い女」と返ってくるその女。
拮抗していた五つの視線の内四つが彼女に集中する。常人であれば恐怖で発狂死する程度の重圧を受けても、紫に怯む様子はない。
「いつまでこうしているつもりかしら?せっかくのプリンが腐ってしまうわ」
「そう、ならアンタが諦めればいいじゃない」
と、一人が言葉を返す。
博麗霊夢。博麗神社の巫女。
視線が四つ、射殺すように彼女に突き刺さる。けれども矢張り、霊夢も揺らぐ事はない。
「誰も諦めないからこうなってるんだろ」
と、更に一人。
霧雨魔理沙。普通の魔法使い。
視線が四つ、射殺すように彼女に突き刺さる。けれども矢張り、魔理沙も揺らぐ事はない。
「そうすると結局紫の言葉に戻るのよ」
と、更に一人。
アリス・マーガトロイド。七色の人形遣い。
視線が四つ、射殺すように彼女に突き刺さる。けれども矢張り、アリスも揺らぐ事はない。
「あたいに全部よこせばいいのよ!」
と、最後の一人。
チルノ。⑨。
視線が四つ、射殺すように彼女に突き刺さる。けれどもチルノは、⑨だから揺らがなかった。そういうものだから仕方ない。
「あ、あの…争いは…ひっ…!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
おずおずと、輪の外に居た一人が声をかけて、五人の視線を受けて泣きそうになりながら怯み、一時的に錯乱した。
東風谷早苗。プリンを手作りし、差し入れた気の利く巫女。
常人ではないが、常識人である早苗には、彼奴らの視線は重すぎたのだ。
その隣では鬼が一人、何処吹く風で酒をかっくらっている。甘い物には興味がないようだ。
と、その鬼に視線をやった紫の口元がにやりと歪む。
「さて」
と、紫が口を開く。
「いつまでもこうしていたら本当にプリンが腐ってしまうわ」
暗い笑みに歪んだ口元を目にして、三人は凄くイヤな予感に襲われた。チルノは⑨なので頭上に?マークを浮かべている。
「ちょっと待」
「と言うわけで、提案しよう!鬼ごっこの時間よ!」
******
「て…ってうわっ!?」
一瞬の後、気が付くと四人は博麗神社の上空に転移していた。拉致された、と言った方が妥当かも知れない。
「ルールは簡単。時間は十分、最後に鬼だった一人がプリンを食べられないの」
四人は落下しかけて慌てて体勢を整えた。その隙に紫が有無を言わさずに畳み掛ける。
「最初の鬼は私がやってあげるわ。じゃあスタート!」
そう言って紫は次元の隙間へと消えた。
「ってあんたから逃げられるわけないでしょうがっ!」
と霊夢がツッコミを入れるが、恐らくツッコまれた当人は今頃は凄く良い笑顔を浮かべているに違いない。その様子がありありと浮かんで、チルノを除く三人は凄く嫌な気分になった。
チルノはそろそろルールを飲み込もうとしていた。
ふと、霊夢は視線に気づく。
魔理沙とアリスがこちらを見ていた。チルノは今の隙になるべく遠くへ行こうとして、紫があまり遠くまで逃げられないようにと、いつの間にか張っていた結界に鼻っ柱をぶつけている。
「な、何よ…?」
「いや、別に…」
「貴女は紫のお気に入りだから、一番に襲われるんじゃないか、なんて思ってないわ」
二人とも笑いを堪えていた。
「私が…標的…?うふ、うふ、うふふふふふ」
霊夢が奇妙な笑い声をあげる。見てはいけないものだと判断したチルノを除く二人は目をそらした。チルノは鼻を押さえて空中を転げまわっていた。
「上等ッ!やれるもんならやってみなさい!!」
陰陽の刻印が無数に出現する。空間を埋め尽くす陰陽玉が形を変えて、結界へと変貌する。顕現した数多の結界が陣を形成し、霊夢を中心とした多重の層を作る。
直接的な攻撃には限りなく強い結界。恐らくはファイナルスパークですら突破することは出来ない無間結界。
けれども駄目だ。これではあの女からは逃れられない。これでもあの女からは逃れられない。チルノを除く二人はそう思って、心の中で合唱した。チルノは霊夢の結界に迂闊に手を出して火傷していた。
果たして、無限の強度を誇る無間の結界の中心、霊夢の背後に…
隙間が出来る。空間が裂けて、紫の手が伸びる。その手が…
「…避けた!?」
その手が、空を切る。霊夢は跳躍していた。結界から結界へ、相似から相似へ、対応する無数の角から無数の角へ。空間を越えての逃走。
「紫…あんたは敗れるのよ…この世で最も強く美しい私の知略によって!」
紫がそれを追う。背後からではなく、あらゆる方向から手を変えタイミングを変え襲い掛かる。けれども、それらは悉く空を切った。
「…そうか!分かった!」
「どういう事よ魔理沙?」
遠巻きにその様子を、驚愕の表情で眺めていた二人が口を開く。
「いいか、あの無限結界は外部からの干渉を限りなく排除する術だ…つまり、異質な存在があれば術者にはすぐ察知出来る…そう、霊夢は外部からの侵入を防ごうと結界を張ったのではなく、あれは超大規模な探知術だったんだよ!」
「なるほど…それなら紫からもなんとか逃げる事が出来る…ふふ、やるわね霊夢…」
何故か二人とも凄く説明口調であった。
「更にッ!」
霊夢が人型をした紙をばら撒く。式を込められた紙は式神となり、それぞれが霊夢そっくり(?)の姿へと変化した。
『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってね!』
無数の霊夢人形が動き出す。結界から結界へ転移を繰り返す。外から眺めている(チルノを除く)二人にはすぐに本物がどれだか判別出来なくなった。チルノは結界に氷をぶつけて遊んでいた。
「それぞれが質量を持った残像ッ!最早あんたに打つ手は無いわッ!これからは能力ではなく知略の時代よ!」
「それは式神であって決して残像ではないけど凄い…まるで見分けがつかない…これなら…」
霊夢の哄笑が響く。とても巫女とは思えぬ邪悪な響きである。
本体だけだとしても捕まえられない。さらに本体がどれかすら判別出来ない。探知と逃走の両方の意味を兼ねる結界は無数にあり、破壊は不可能と思って良い。
この状況を打破する術はない。その筈だ。そう霊夢は思う。自身に出来る最善を尽くした。
だから、次の瞬間に起きた事が、霊夢には理解できなかった。
肩に、触れるものがある。
紫の手だ。
「…え?」
結界は消滅していた。無限の結界が。無限の層を成していた大結界が、一瞬で。
「あまりこういうのは好きではないのだけれど。無間結界。無数の結界を層を成して形成し、相似の結界が一つでも残っていれば破壊された結界はすぐに修復される術式。正面から撃ち滅ぼす事が限りなく難しい結界」
けれど、と紫は、矢張りニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべる。
「全て同時に解体させてもらったわ。私の能力で」
能力による力技。知略の限りを尽くし、力だけでは突破される事はないと、そう思っていた霊夢の自信は、一瞬で打ち砕かれた。
「なっ…で、でもあれだけ質量を持った残像をばら撒いたのに本体がどれだか分かる筈が…」
だって、と紫はなんでもなさそうな口調で続ける。
「高笑いしてるの、本体の貴女だけだったわよ。それさえなければ、見た目じゃ区別がつかなかったからもう少し苦労したのだけれど」
盛大な自爆だった。通夜のような沈痛な面持ちで、チルノを除く二人は脱力した。チルノは片っ端から解き放たれた霊夢人形を撃破していた。
「く…今回は私の負けね…悔しいけどこれからも知略じゃなくて能力の時代よ…」
「それじゃあ鬼ごっこ、『頑張って』。ああ、残りは六分、四分も粘ったのだから、まあ頑張ったほうじゃないかしら?」
ひとごとの様にそう言って、紫は次元の隙間へと消えた。いや、もう完全にひとごとだった。異空間へと逃げた紫を捕まえる術は皆無である。ちなみに大量に解き放たれた霊夢人形は『ゆ゛っ!?』と哀れな断末魔を上げて、紫の結界に衝突したショックで消え去った。
「さて」
くるり、と霊夢が一同へと向き直る。
鬼気迫る、と言う言葉がある。本来鬼ごっこには相応しくない言葉だが、今の霊夢には相応しすぎた。
と言うか、鬼だった。今も縁側で寝転がりながら楽しそうに五人を眺めている呑んだ暮れの酔いどれ鬼よりもよっぽど鬼だった。
「早速ですが、貴女達の中に一人、動けなくなっている人が居ます」
「な、なんだってー!あ、動けた」
「な、なんだってー!あ、私も」
「な、なうぎぎ」
矢張りと言うべきか、身動きが取れなくなっているのはチルノであった。
「こういう事もあろうかと、結界にちょこまか手出しをしていた馬鹿を捕まえておいたのよ!そう、これからは知略の時代ッ!」
一瞬で言っている事が都合のいいように二転三転していた。恐ろしい女だ、とチルノを除く二人は思った。チルノは拘束から脱しようとじたばたしていた。
そのチルノに、霊夢が近づく。邪教の教祖も斯くや、と言わんばかりのおぞましい哄笑である。
「ばかー!あほー!ひきょうものー!それから…えっと…ばかー!!」
「卑怯でけっこーメリケン粉ー!」
少ない語彙で罵倒するチルノに、笑いながら霊夢がタッチした。すぐさま結界を使い転移、転移した先で小規模ながら先ほどと同様の結界を展開。
「ま、拘束は解いてあげるから精々頑張りなさい」
拘束を解かれたチルノが動き出す。紫のような出鱈目な能力を持たない以上、チルノには霊夢を捕まえる事は出来ない。ならば狙いは他の二名である。
と、普通であればすぐにそう判断し、魔理沙かアリスを追いかけるのだが、捕まったのはチルノである。捕まえられた事に対する怒りに身を任せ、考えなしに霊夢へと突撃した。
当然、届かない。例え最大出力を用い、一つの層を突き破っても、一瞬でその層は復活する。外からの単純な攻撃に対しては無限の強度を誇る結界なのだ。紫が規格外なだけで、他の妖怪であればまず突き破る事は出来ない。
『そんな無駄な事をしていてもいいのかしら?時間はあと…二分よ』
「二分!?」
どこからともなく響く紫の声に、チルノは慌てた。結界の中でどこからか取り出したお茶を飲みつつまったりしている霊夢に殺意が湧き上がるが、激流に身を任せてこのまま攻め立てたとしても、果たしてこの結界を破る事は出来るだろうか、と考える。
プリンの為にはクールにならなければならない。クールになれチルノ。全てはプリンの為だ。そう自分に言い聞かせつつ、あとで絶対復讐してやると心に誓い、チルノは残りの二人に目を向けるが…
「………」
遠かった。結界の端ぎりぎりの位置まで逃げたのだろう。後二分で捕まえる事が出来るだろうか。
全速力で駆ける。けれども、二人ともそれなりに速い上に距離も開いている。とても捕まえられそうにない。
-でも、プリンが…
そう、諦めたくはない。何故ならプリンだ。アレは良い物だ。なんとしてでも手に入れたい。
けど、届かない。
「…っく…」
そうして、残り一分を切る頃、チルノは泣き出してしまった。
「う…ぐ…なんだか子供をいじめてるみたいで罪悪感が…」
「ああ…胸が…胸が痛む…っ!でもプリンは食べたい…!この気持ちをどうすれば…!」
「甘いわね、所詮この世は弱肉強食。そう、今は悪魔が微笑む時代なのよ」
苦しむ魔理沙とアリスを横目に、霊夢は不敵な笑みを浮かべながら茶を啜っている。とても巫女のやる事とは思えない。
「ああもうっ!こんな思いするくらいならこっちから捕まり…に…?」
「もういいわよ私が捕まるか…ら…?」
罪悪感に耐え切れなくなったのか、魔理沙とアリスがチルノの方へと駆け寄ろうとした瞬間。
「え…?」
「あと五秒。…あら、捕まってしまったわ」
突如現れた紫が、チルノの頭をあやすように撫でていた。
「ふぇ…?」
「…0、と。ほら、これで貴女もプリンを食べられるから、泣くのはやめなさい」
まだぐずついていたチルノが、涙を拭って頷く。
「よしよし、まったく、悪いお姉ちゃん達ねぇ…子供を苛めたりして」
「ぐ…」
「うう…」
再び罪悪感で二人は苦しんだ。その様子を紫は楽しそうに眺め、
「まあ、最初から私はプリンを食べる気はなかったんだけどね。ああ面白かった」
と言って、二人が言葉の意味を理解する前に、隙間を通って何処かへと逃げ去っていった。
「相変わらず悪趣味ねぇ…私は最初から分かっていたから別に良いのだけれど」
と、ある意味片棒を担いでいた巫女はそう言って、何事もなかったかのようにプリンの方へと降りていった。
******
とても厭な感じがする。
早苗に備わっている第六感機構《予言》が凄まじいほどの危険を知らせてくる。
正確に予測出来るのは短時間の未来だけの為、まだ曖昧でしかないが、その危機感は神社に近づくにつれ増大し、そして拝殿の扉を前にした瞬間に、それは最大クラスまで跳ね上がった。
恐る恐る扉を開ける。《予言》と左手は連結済みであり、如何なる危機も恐らく対処出来るはずだ。多分。
扉を開けた先には、
すごくどこかで見たような風景が待ち受けていた。
「………」
神様が二人。天狗が二人、河童が一人。
その内の四人が、四つのプリンを囲んでにらみ合い、一人の天狗は面白そうにその様子を写真に収めていた。
「ええと…」
-帰りたい。一瞬そんな言葉が浮かんだが、帰る場所は此処だった。
「…あの、数はあってます…よね?一人一個で…」
「何を言ってるのかしら早苗。一個は作った貴女が食べるべきよ。だから残り三個なの。異論は認めない、と言うよりこれは全員の共通見解よ」
「でもほら、山に住まう妖怪なら神様に貢物をするのは当然じゃないかしら?ねえそこの河童と天狗」
「何処の世界にプリンに本気になる神様が居るんですか?貢物は後でドリルでも届けますよ。神様ならプリンよりドリルの方が良い筈です」
「と言うわけで、神様にはプリンが必要ないようなので私も食べられるようですね」
ぱしゃり。ぱしゃり。ぱしゃり。
「…もう何がなんだか…と言うか何故こんな災難が立て続けに…」
信仰心が厚い早苗は思わず神様に祈りを捧げようとしたが、祈るべき神様はプリン一つの為に戦争でも起こしかねない気合を放っている真っ最中だった。
「さて、それじゃあ写真も十分撮れた事ですし」
と、今まで笑顔で写真を撮りまくっていた天狗が口を開く。
「プリン争奪クイズ大会を開催しましょう」
ちらり、と文は早苗に視線をやった。同意しろ、との合図だろう。ここで自分が同意すれば、神様二人も多分大人しく従ってくれる筈だ。椛は文の影響下にある。ならば、残りの一人であるにとりも従わざるを得ない。
…何故ここでクイズなのだろう、と早苗は思ったが、平和的に解決するならばなんでも良いと思い直した。
「そ、そうですね、皆さん、クイズで平和的に決着をつけてください」
そうして、何が何やら分からない内に、早苗は本日二度目の災難に巻き込まれたのであった。
******
「と言うわけで、クイズ大会の開催をここに宣言します」
しーん。
誰も反応しなかった。四人ともプリンから一時も目を離さない。隙を見せてはならないと言う強迫観念に囚われているのだ。
「…プリンは私が保管しておきますので、皆さんがんばってください」
文の二度目の目配せの意味を理解して、早苗はプリンを自分の手元へと引き寄せた。途端に、空気に満ちていた緊張が消えうせる。
「さて、このクイズの出題者は皆さんです。各自三問、問題を作成して私に提出して下さい」
ルールはシンプルである。単に互いにクイズを出し合って、一番成績が悪かった者が脱落となる。もちろん、自分が作成した問いに答える事は出来ない。
「提出された問題は、箱の中にいれて、ランダムに出題します。無いとは思いますが、もし全員同点になった場合、私が問題を出しますので」
新聞記者の方の天狗はそう言ってニヤリと笑った。まるでこれから何が起きるか分かっているかのように。
******
(さて、諏訪子。いいわね?)
(もちろんよ。共存共栄って素晴らしいよね。大東方共栄圏の夢を今こそッ!)
二人の神様は、神様専用の回線で通信をしまくっていた。もちろん、ズルの為である。
ついでに神様の力を使いまくり、他の全てのチャンネルを強引にジャミングして、河童と天狗の協定は阻止する。容赦のないやり口だった。
(互いに三問ずつキープすれば勝利は目前…ふふ、この勝負もらったわ)
(それじゃあ、問題と答えを教えておくわね)
早苗は、なんとなく神様二人が何か企んでいる事を感じていたが、本気になった神様の通信の機密性は、同格の存在ですら破れない。
ましてや、神に愛された巫女とは言え、人間である早苗にその内容を知る事は不可能だ。黙って見ている他は無かった。
新聞記者は、神様二人に一瞬目をやり、笑った。まるで物事が順調に進んでいるかのように。
******
そうして、クイズは始まった。
「では第一問、神奈子様からの出題です。アマゾ…」
「はい!ポロロッカ!」
「正解です。諏訪子様1P」
この余りにも速い応答に、にとりと椛も気づいたようである。神様二人がズルをした事に。
だがもう遅い。もうクイズは始まってしまった。確たる証拠もない。どうする事も出来ない。二問目の問題も神奈子からの出題で、諏訪子が即座に回答、正解した。
「諏訪子様現在2ポイント、大幅リードですね。さて、次はにとりさんからの出題です」
だが、にとりも椛も負ける気は毛頭ない。特ににとりは、趣味の工学知識をこれでもかと言うほどに詰め込んだ、絶対に答えられない自信がある問題を提出していた。
…のだが。
「はい」
「椛さんどうぞ」
「ドリル」
(…!?)
たまたまだ、とにとりは自分に言い聞かせる。たまたま当てたに違いない。
「次は…もう一つにとりさんからの出題。黒色クロムを用い…」
「はい。やっぱりドリル」
「…正解です」
(…ッ!?)
何故。何故椛には答えが分かるのだろうか。まさか実は心が読めるのだろうか。
「第五問。にとりさ」
「結局はドリル」
「正解です。椛さん3ポイントでトップに躍り出ました」
(………!?)
心が…読めるのだ。きっとこいつは実は天狗などではなくサトリの仲間だったのだ。そう河童は認識した。
椛は、どうせ河童はドリルにしか行き着かない事を知っていただけだった。
まずい、とにとりは思う。椛が三ポイント、談合していた神様二人も確実に三ポイントを取ってくるだろう。
この状況から逆転するには、椛が出題した問題を全て正解しなければならない…同じ条件の神様二人を押しのけて。
そうすればなんとかイーブンにまで持ち込める。そうなれば文の問題が出てくる。そこまで行かないと可能性はない。
絶望的な状況でも、決してにとりは諦めない。だが、状況はにとりが思っていたのとは違う方へと動き出す。
「では次は…諏訪子様からの出題です。去年幻想郷で生まれたおたまじゃくしは何匹?」
(…!?問題が…違う…ッ!?どういう事よ諏訪子ッ!)
(共存共栄、確かに素晴らしいわよね。但し、あなたとそうするつもりは無いわ。せいぜいまともに頑張りなさいな)
(計ったわね…ッ!)
「時間切れです。流石に難しい問題でしたね。では次は…神奈子様からの出題ですね。これで神奈子様からの問題は最後です」
-…勝った。
そう諏訪子は確信する。先ほどの問題に誰も答えられなかった以上、この問題に正解すればプリンは揺らがない。いやあの至宝はプルプル揺れるが。
「東風谷早苗の体重は何kg?」
「は…ひぎゃああああああああああああああああああああああ!?」
何かが起きた。
何が起きたのかは…分からない。問題に答えようとした諏訪子の姿が、一瞬にして黒焦げになっていたのだ。
早苗は、笑顔だった。穏やかに見えるのに、背筋が凍りつくような、とてもとても恐ろしい笑みだった。
(計画通り…!ククク…まさかこんなに上手く行くとはね)
神奈子も笑う。邪悪な笑みだった。そう、クイズで決着をつける気など毛頭ない。邪魔者は、自らが手を下す事無く排除すれば良いのだ。
しかし…
(まだ…終わりじゃない…!)
這いずるようにして諏訪子が神奈子の足を掴む。そして…
「!?な…は、離しなさいっ!」
「早苗のっ…!体重はっ…!」
「やめ…!」
-そして。
何かとんでもない光が降り注ぎ、にとりと椛の視界が奪われた。今までに体感した事のない熱量の光線が何処かから突然降り注いだのだ。
ようやく視力を取り戻した時、そこには炭化した神様二人の姿があった。僅かにピクピクと動いている所を見ると生きてはいるらしい、一応。
「………」
「………」
「あら、神奈子様も諏訪子様も何故か突然『お休みになられた』ようですね。と言うわけで、このプリンは残った皆で食べましょうか」
と、早苗は笑顔でそう言った。
(計画通り…!)
そしてもう一人、成り行きでプリンを手に出来たかに見える天狗も、笑っているのであった。
そう、全ては彼女の思惑通りに進んでいた。あの神様二人が、おとなしくクイズで決着をつける筈がない。
互いに互いを出し抜こうとし、共倒れになる。そう信じていたのだ。
だが…
彼女は一つ、忘れている。そう、彼女は、知ってはならない事を知ってしまった事を。
司会である彼女は、当然クイズの答えを知ってしまっている。それを知った者がどうなるかを、たった今目にしたばかりだと言うのに、プリンと言う至宝に魅入られた彼女はその意味に気づかない。
-早苗の目が、怪しく光っていた。
******
次の日、守矢神社付近で、黒こげとなった哀れな姿の天狗が発見されたが、誰が犯人かは依然として不明である。
******
-プリンは四連にすべきだ。
******
ギャアギャア、と。
哀れな鳴き声を上げて、鳥たちが飛び立つ。ほんの五分前まで生気に満ち溢れていた博麗神社の近辺の森からは、それきり生物の気配が消えた。
全ての生あるものは、この張り詰めた空気に耐えられなかったのだ。只ならぬ緊張が、本来であれば柔らかな筈の春の午後の空気を、針山地獄の如き有様へと変貌させている。
いや、それは最早緊張と表現すべきレベルを遥かに超えて、まるで神話のミノタウロスの如く、近づく者全てに恐怖を与え、その精神を破壊する、殺気と表現すべきものを遥かに超えた名状しがたい何かとなっていた。
その恐怖の根源、振りまかれる外宇宙的狂気のグラウンド・ゼロには、<黄金に輝く柔らかな至宝>が四つ鎮座している。
プリンとも呼称されるその甘味は、滑らかな口当たりと触れれば溶けるような食感、脳がとろけそうなほど優雅な甘みとカラメルからのわずかな苦味が渾然一体となって、食する者全てを極楽浄土へと導く、正に至宝の名を冠するに値するスイーツである。
更にそのプリンを囲み、睨み合う五人の女が居た。
「さて」
と、その内の一人が口を開いた。
八雲紫。彼女を知る人物に印象を尋ねれば必ず「胡散臭い女」と返ってくるその女。
拮抗していた五つの視線の内四つが彼女に集中する。常人であれば恐怖で発狂死する程度の重圧を受けても、紫に怯む様子はない。
「いつまでこうしているつもりかしら?せっかくのプリンが腐ってしまうわ」
「そう、ならアンタが諦めればいいじゃない」
と、一人が言葉を返す。
博麗霊夢。博麗神社の巫女。
視線が四つ、射殺すように彼女に突き刺さる。けれども矢張り、霊夢も揺らぐ事はない。
「誰も諦めないからこうなってるんだろ」
と、更に一人。
霧雨魔理沙。普通の魔法使い。
視線が四つ、射殺すように彼女に突き刺さる。けれども矢張り、魔理沙も揺らぐ事はない。
「そうすると結局紫の言葉に戻るのよ」
と、更に一人。
アリス・マーガトロイド。七色の人形遣い。
視線が四つ、射殺すように彼女に突き刺さる。けれども矢張り、アリスも揺らぐ事はない。
「あたいに全部よこせばいいのよ!」
と、最後の一人。
チルノ。⑨。
視線が四つ、射殺すように彼女に突き刺さる。けれどもチルノは、⑨だから揺らがなかった。そういうものだから仕方ない。
「あ、あの…争いは…ひっ…!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
おずおずと、輪の外に居た一人が声をかけて、五人の視線を受けて泣きそうになりながら怯み、一時的に錯乱した。
東風谷早苗。プリンを手作りし、差し入れた気の利く巫女。
常人ではないが、常識人である早苗には、彼奴らの視線は重すぎたのだ。
その隣では鬼が一人、何処吹く風で酒をかっくらっている。甘い物には興味がないようだ。
と、その鬼に視線をやった紫の口元がにやりと歪む。
「さて」
と、紫が口を開く。
「いつまでもこうしていたら本当にプリンが腐ってしまうわ」
暗い笑みに歪んだ口元を目にして、三人は凄くイヤな予感に襲われた。チルノは⑨なので頭上に?マークを浮かべている。
「ちょっと待」
「と言うわけで、提案しよう!鬼ごっこの時間よ!」
******
「て…ってうわっ!?」
一瞬の後、気が付くと四人は博麗神社の上空に転移していた。拉致された、と言った方が妥当かも知れない。
「ルールは簡単。時間は十分、最後に鬼だった一人がプリンを食べられないの」
四人は落下しかけて慌てて体勢を整えた。その隙に紫が有無を言わさずに畳み掛ける。
「最初の鬼は私がやってあげるわ。じゃあスタート!」
そう言って紫は次元の隙間へと消えた。
「ってあんたから逃げられるわけないでしょうがっ!」
と霊夢がツッコミを入れるが、恐らくツッコまれた当人は今頃は凄く良い笑顔を浮かべているに違いない。その様子がありありと浮かんで、チルノを除く三人は凄く嫌な気分になった。
チルノはそろそろルールを飲み込もうとしていた。
ふと、霊夢は視線に気づく。
魔理沙とアリスがこちらを見ていた。チルノは今の隙になるべく遠くへ行こうとして、紫があまり遠くまで逃げられないようにと、いつの間にか張っていた結界に鼻っ柱をぶつけている。
「な、何よ…?」
「いや、別に…」
「貴女は紫のお気に入りだから、一番に襲われるんじゃないか、なんて思ってないわ」
二人とも笑いを堪えていた。
「私が…標的…?うふ、うふ、うふふふふふ」
霊夢が奇妙な笑い声をあげる。見てはいけないものだと判断したチルノを除く二人は目をそらした。チルノは鼻を押さえて空中を転げまわっていた。
「上等ッ!やれるもんならやってみなさい!!」
陰陽の刻印が無数に出現する。空間を埋め尽くす陰陽玉が形を変えて、結界へと変貌する。顕現した数多の結界が陣を形成し、霊夢を中心とした多重の層を作る。
直接的な攻撃には限りなく強い結界。恐らくはファイナルスパークですら突破することは出来ない無間結界。
けれども駄目だ。これではあの女からは逃れられない。これでもあの女からは逃れられない。チルノを除く二人はそう思って、心の中で合唱した。チルノは霊夢の結界に迂闊に手を出して火傷していた。
果たして、無限の強度を誇る無間の結界の中心、霊夢の背後に…
隙間が出来る。空間が裂けて、紫の手が伸びる。その手が…
「…避けた!?」
その手が、空を切る。霊夢は跳躍していた。結界から結界へ、相似から相似へ、対応する無数の角から無数の角へ。空間を越えての逃走。
「紫…あんたは敗れるのよ…この世で最も強く美しい私の知略によって!」
紫がそれを追う。背後からではなく、あらゆる方向から手を変えタイミングを変え襲い掛かる。けれども、それらは悉く空を切った。
「…そうか!分かった!」
「どういう事よ魔理沙?」
遠巻きにその様子を、驚愕の表情で眺めていた二人が口を開く。
「いいか、あの無限結界は外部からの干渉を限りなく排除する術だ…つまり、異質な存在があれば術者にはすぐ察知出来る…そう、霊夢は外部からの侵入を防ごうと結界を張ったのではなく、あれは超大規模な探知術だったんだよ!」
「なるほど…それなら紫からもなんとか逃げる事が出来る…ふふ、やるわね霊夢…」
何故か二人とも凄く説明口調であった。
「更にッ!」
霊夢が人型をした紙をばら撒く。式を込められた紙は式神となり、それぞれが霊夢そっくり(?)の姿へと変化した。
『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってね!』
無数の霊夢人形が動き出す。結界から結界へ転移を繰り返す。外から眺めている(チルノを除く)二人にはすぐに本物がどれだか判別出来なくなった。チルノは結界に氷をぶつけて遊んでいた。
「それぞれが質量を持った残像ッ!最早あんたに打つ手は無いわッ!これからは能力ではなく知略の時代よ!」
「それは式神であって決して残像ではないけど凄い…まるで見分けがつかない…これなら…」
霊夢の哄笑が響く。とても巫女とは思えぬ邪悪な響きである。
本体だけだとしても捕まえられない。さらに本体がどれかすら判別出来ない。探知と逃走の両方の意味を兼ねる結界は無数にあり、破壊は不可能と思って良い。
この状況を打破する術はない。その筈だ。そう霊夢は思う。自身に出来る最善を尽くした。
だから、次の瞬間に起きた事が、霊夢には理解できなかった。
肩に、触れるものがある。
紫の手だ。
「…え?」
結界は消滅していた。無限の結界が。無限の層を成していた大結界が、一瞬で。
「あまりこういうのは好きではないのだけれど。無間結界。無数の結界を層を成して形成し、相似の結界が一つでも残っていれば破壊された結界はすぐに修復される術式。正面から撃ち滅ぼす事が限りなく難しい結界」
けれど、と紫は、矢張りニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべる。
「全て同時に解体させてもらったわ。私の能力で」
能力による力技。知略の限りを尽くし、力だけでは突破される事はないと、そう思っていた霊夢の自信は、一瞬で打ち砕かれた。
「なっ…で、でもあれだけ質量を持った残像をばら撒いたのに本体がどれだか分かる筈が…」
だって、と紫はなんでもなさそうな口調で続ける。
「高笑いしてるの、本体の貴女だけだったわよ。それさえなければ、見た目じゃ区別がつかなかったからもう少し苦労したのだけれど」
盛大な自爆だった。通夜のような沈痛な面持ちで、チルノを除く二人は脱力した。チルノは片っ端から解き放たれた霊夢人形を撃破していた。
「く…今回は私の負けね…悔しいけどこれからも知略じゃなくて能力の時代よ…」
「それじゃあ鬼ごっこ、『頑張って』。ああ、残りは六分、四分も粘ったのだから、まあ頑張ったほうじゃないかしら?」
ひとごとの様にそう言って、紫は次元の隙間へと消えた。いや、もう完全にひとごとだった。異空間へと逃げた紫を捕まえる術は皆無である。ちなみに大量に解き放たれた霊夢人形は『ゆ゛っ!?』と哀れな断末魔を上げて、紫の結界に衝突したショックで消え去った。
「さて」
くるり、と霊夢が一同へと向き直る。
鬼気迫る、と言う言葉がある。本来鬼ごっこには相応しくない言葉だが、今の霊夢には相応しすぎた。
と言うか、鬼だった。今も縁側で寝転がりながら楽しそうに五人を眺めている呑んだ暮れの酔いどれ鬼よりもよっぽど鬼だった。
「早速ですが、貴女達の中に一人、動けなくなっている人が居ます」
「な、なんだってー!あ、動けた」
「な、なんだってー!あ、私も」
「な、なうぎぎ」
矢張りと言うべきか、身動きが取れなくなっているのはチルノであった。
「こういう事もあろうかと、結界にちょこまか手出しをしていた馬鹿を捕まえておいたのよ!そう、これからは知略の時代ッ!」
一瞬で言っている事が都合のいいように二転三転していた。恐ろしい女だ、とチルノを除く二人は思った。チルノは拘束から脱しようとじたばたしていた。
そのチルノに、霊夢が近づく。邪教の教祖も斯くや、と言わんばかりのおぞましい哄笑である。
「ばかー!あほー!ひきょうものー!それから…えっと…ばかー!!」
「卑怯でけっこーメリケン粉ー!」
少ない語彙で罵倒するチルノに、笑いながら霊夢がタッチした。すぐさま結界を使い転移、転移した先で小規模ながら先ほどと同様の結界を展開。
「ま、拘束は解いてあげるから精々頑張りなさい」
拘束を解かれたチルノが動き出す。紫のような出鱈目な能力を持たない以上、チルノには霊夢を捕まえる事は出来ない。ならば狙いは他の二名である。
と、普通であればすぐにそう判断し、魔理沙かアリスを追いかけるのだが、捕まったのはチルノである。捕まえられた事に対する怒りに身を任せ、考えなしに霊夢へと突撃した。
当然、届かない。例え最大出力を用い、一つの層を突き破っても、一瞬でその層は復活する。外からの単純な攻撃に対しては無限の強度を誇る結界なのだ。紫が規格外なだけで、他の妖怪であればまず突き破る事は出来ない。
『そんな無駄な事をしていてもいいのかしら?時間はあと…二分よ』
「二分!?」
どこからともなく響く紫の声に、チルノは慌てた。結界の中でどこからか取り出したお茶を飲みつつまったりしている霊夢に殺意が湧き上がるが、激流に身を任せてこのまま攻め立てたとしても、果たしてこの結界を破る事は出来るだろうか、と考える。
プリンの為にはクールにならなければならない。クールになれチルノ。全てはプリンの為だ。そう自分に言い聞かせつつ、あとで絶対復讐してやると心に誓い、チルノは残りの二人に目を向けるが…
「………」
遠かった。結界の端ぎりぎりの位置まで逃げたのだろう。後二分で捕まえる事が出来るだろうか。
全速力で駆ける。けれども、二人ともそれなりに速い上に距離も開いている。とても捕まえられそうにない。
-でも、プリンが…
そう、諦めたくはない。何故ならプリンだ。アレは良い物だ。なんとしてでも手に入れたい。
けど、届かない。
「…っく…」
そうして、残り一分を切る頃、チルノは泣き出してしまった。
「う…ぐ…なんだか子供をいじめてるみたいで罪悪感が…」
「ああ…胸が…胸が痛む…っ!でもプリンは食べたい…!この気持ちをどうすれば…!」
「甘いわね、所詮この世は弱肉強食。そう、今は悪魔が微笑む時代なのよ」
苦しむ魔理沙とアリスを横目に、霊夢は不敵な笑みを浮かべながら茶を啜っている。とても巫女のやる事とは思えない。
「ああもうっ!こんな思いするくらいならこっちから捕まり…に…?」
「もういいわよ私が捕まるか…ら…?」
罪悪感に耐え切れなくなったのか、魔理沙とアリスがチルノの方へと駆け寄ろうとした瞬間。
「え…?」
「あと五秒。…あら、捕まってしまったわ」
突如現れた紫が、チルノの頭をあやすように撫でていた。
「ふぇ…?」
「…0、と。ほら、これで貴女もプリンを食べられるから、泣くのはやめなさい」
まだぐずついていたチルノが、涙を拭って頷く。
「よしよし、まったく、悪いお姉ちゃん達ねぇ…子供を苛めたりして」
「ぐ…」
「うう…」
再び罪悪感で二人は苦しんだ。その様子を紫は楽しそうに眺め、
「まあ、最初から私はプリンを食べる気はなかったんだけどね。ああ面白かった」
と言って、二人が言葉の意味を理解する前に、隙間を通って何処かへと逃げ去っていった。
「相変わらず悪趣味ねぇ…私は最初から分かっていたから別に良いのだけれど」
と、ある意味片棒を担いでいた巫女はそう言って、何事もなかったかのようにプリンの方へと降りていった。
******
とても厭な感じがする。
早苗に備わっている第六感機構《予言》が凄まじいほどの危険を知らせてくる。
正確に予測出来るのは短時間の未来だけの為、まだ曖昧でしかないが、その危機感は神社に近づくにつれ増大し、そして拝殿の扉を前にした瞬間に、それは最大クラスまで跳ね上がった。
恐る恐る扉を開ける。《予言》と左手は連結済みであり、如何なる危機も恐らく対処出来るはずだ。多分。
扉を開けた先には、
すごくどこかで見たような風景が待ち受けていた。
「………」
神様が二人。天狗が二人、河童が一人。
その内の四人が、四つのプリンを囲んでにらみ合い、一人の天狗は面白そうにその様子を写真に収めていた。
「ええと…」
-帰りたい。一瞬そんな言葉が浮かんだが、帰る場所は此処だった。
「…あの、数はあってます…よね?一人一個で…」
「何を言ってるのかしら早苗。一個は作った貴女が食べるべきよ。だから残り三個なの。異論は認めない、と言うよりこれは全員の共通見解よ」
「でもほら、山に住まう妖怪なら神様に貢物をするのは当然じゃないかしら?ねえそこの河童と天狗」
「何処の世界にプリンに本気になる神様が居るんですか?貢物は後でドリルでも届けますよ。神様ならプリンよりドリルの方が良い筈です」
「と言うわけで、神様にはプリンが必要ないようなので私も食べられるようですね」
ぱしゃり。ぱしゃり。ぱしゃり。
「…もう何がなんだか…と言うか何故こんな災難が立て続けに…」
信仰心が厚い早苗は思わず神様に祈りを捧げようとしたが、祈るべき神様はプリン一つの為に戦争でも起こしかねない気合を放っている真っ最中だった。
「さて、それじゃあ写真も十分撮れた事ですし」
と、今まで笑顔で写真を撮りまくっていた天狗が口を開く。
「プリン争奪クイズ大会を開催しましょう」
ちらり、と文は早苗に視線をやった。同意しろ、との合図だろう。ここで自分が同意すれば、神様二人も多分大人しく従ってくれる筈だ。椛は文の影響下にある。ならば、残りの一人であるにとりも従わざるを得ない。
…何故ここでクイズなのだろう、と早苗は思ったが、平和的に解決するならばなんでも良いと思い直した。
「そ、そうですね、皆さん、クイズで平和的に決着をつけてください」
そうして、何が何やら分からない内に、早苗は本日二度目の災難に巻き込まれたのであった。
******
「と言うわけで、クイズ大会の開催をここに宣言します」
しーん。
誰も反応しなかった。四人ともプリンから一時も目を離さない。隙を見せてはならないと言う強迫観念に囚われているのだ。
「…プリンは私が保管しておきますので、皆さんがんばってください」
文の二度目の目配せの意味を理解して、早苗はプリンを自分の手元へと引き寄せた。途端に、空気に満ちていた緊張が消えうせる。
「さて、このクイズの出題者は皆さんです。各自三問、問題を作成して私に提出して下さい」
ルールはシンプルである。単に互いにクイズを出し合って、一番成績が悪かった者が脱落となる。もちろん、自分が作成した問いに答える事は出来ない。
「提出された問題は、箱の中にいれて、ランダムに出題します。無いとは思いますが、もし全員同点になった場合、私が問題を出しますので」
新聞記者の方の天狗はそう言ってニヤリと笑った。まるでこれから何が起きるか分かっているかのように。
******
(さて、諏訪子。いいわね?)
(もちろんよ。共存共栄って素晴らしいよね。大東方共栄圏の夢を今こそッ!)
二人の神様は、神様専用の回線で通信をしまくっていた。もちろん、ズルの為である。
ついでに神様の力を使いまくり、他の全てのチャンネルを強引にジャミングして、河童と天狗の協定は阻止する。容赦のないやり口だった。
(互いに三問ずつキープすれば勝利は目前…ふふ、この勝負もらったわ)
(それじゃあ、問題と答えを教えておくわね)
早苗は、なんとなく神様二人が何か企んでいる事を感じていたが、本気になった神様の通信の機密性は、同格の存在ですら破れない。
ましてや、神に愛された巫女とは言え、人間である早苗にその内容を知る事は不可能だ。黙って見ている他は無かった。
新聞記者は、神様二人に一瞬目をやり、笑った。まるで物事が順調に進んでいるかのように。
******
そうして、クイズは始まった。
「では第一問、神奈子様からの出題です。アマゾ…」
「はい!ポロロッカ!」
「正解です。諏訪子様1P」
この余りにも速い応答に、にとりと椛も気づいたようである。神様二人がズルをした事に。
だがもう遅い。もうクイズは始まってしまった。確たる証拠もない。どうする事も出来ない。二問目の問題も神奈子からの出題で、諏訪子が即座に回答、正解した。
「諏訪子様現在2ポイント、大幅リードですね。さて、次はにとりさんからの出題です」
だが、にとりも椛も負ける気は毛頭ない。特ににとりは、趣味の工学知識をこれでもかと言うほどに詰め込んだ、絶対に答えられない自信がある問題を提出していた。
…のだが。
「はい」
「椛さんどうぞ」
「ドリル」
(…!?)
たまたまだ、とにとりは自分に言い聞かせる。たまたま当てたに違いない。
「次は…もう一つにとりさんからの出題。黒色クロムを用い…」
「はい。やっぱりドリル」
「…正解です」
(…ッ!?)
何故。何故椛には答えが分かるのだろうか。まさか実は心が読めるのだろうか。
「第五問。にとりさ」
「結局はドリル」
「正解です。椛さん3ポイントでトップに躍り出ました」
(………!?)
心が…読めるのだ。きっとこいつは実は天狗などではなくサトリの仲間だったのだ。そう河童は認識した。
椛は、どうせ河童はドリルにしか行き着かない事を知っていただけだった。
まずい、とにとりは思う。椛が三ポイント、談合していた神様二人も確実に三ポイントを取ってくるだろう。
この状況から逆転するには、椛が出題した問題を全て正解しなければならない…同じ条件の神様二人を押しのけて。
そうすればなんとかイーブンにまで持ち込める。そうなれば文の問題が出てくる。そこまで行かないと可能性はない。
絶望的な状況でも、決してにとりは諦めない。だが、状況はにとりが思っていたのとは違う方へと動き出す。
「では次は…諏訪子様からの出題です。去年幻想郷で生まれたおたまじゃくしは何匹?」
(…!?問題が…違う…ッ!?どういう事よ諏訪子ッ!)
(共存共栄、確かに素晴らしいわよね。但し、あなたとそうするつもりは無いわ。せいぜいまともに頑張りなさいな)
(計ったわね…ッ!)
「時間切れです。流石に難しい問題でしたね。では次は…神奈子様からの出題ですね。これで神奈子様からの問題は最後です」
-…勝った。
そう諏訪子は確信する。先ほどの問題に誰も答えられなかった以上、この問題に正解すればプリンは揺らがない。いやあの至宝はプルプル揺れるが。
「東風谷早苗の体重は何kg?」
「は…ひぎゃああああああああああああああああああああああ!?」
何かが起きた。
何が起きたのかは…分からない。問題に答えようとした諏訪子の姿が、一瞬にして黒焦げになっていたのだ。
早苗は、笑顔だった。穏やかに見えるのに、背筋が凍りつくような、とてもとても恐ろしい笑みだった。
(計画通り…!ククク…まさかこんなに上手く行くとはね)
神奈子も笑う。邪悪な笑みだった。そう、クイズで決着をつける気など毛頭ない。邪魔者は、自らが手を下す事無く排除すれば良いのだ。
しかし…
(まだ…終わりじゃない…!)
這いずるようにして諏訪子が神奈子の足を掴む。そして…
「!?な…は、離しなさいっ!」
「早苗のっ…!体重はっ…!」
「やめ…!」
-そして。
何かとんでもない光が降り注ぎ、にとりと椛の視界が奪われた。今までに体感した事のない熱量の光線が何処かから突然降り注いだのだ。
ようやく視力を取り戻した時、そこには炭化した神様二人の姿があった。僅かにピクピクと動いている所を見ると生きてはいるらしい、一応。
「………」
「………」
「あら、神奈子様も諏訪子様も何故か突然『お休みになられた』ようですね。と言うわけで、このプリンは残った皆で食べましょうか」
と、早苗は笑顔でそう言った。
(計画通り…!)
そしてもう一人、成り行きでプリンを手に出来たかに見える天狗も、笑っているのであった。
そう、全ては彼女の思惑通りに進んでいた。あの神様二人が、おとなしくクイズで決着をつける筈がない。
互いに互いを出し抜こうとし、共倒れになる。そう信じていたのだ。
だが…
彼女は一つ、忘れている。そう、彼女は、知ってはならない事を知ってしまった事を。
司会である彼女は、当然クイズの答えを知ってしまっている。それを知った者がどうなるかを、たった今目にしたばかりだと言うのに、プリンと言う至宝に魅入られた彼女はその意味に気づかない。
-早苗の目が、怪しく光っていた。
******
次の日、守矢神社付近で、黒こげとなった哀れな姿の天狗が発見されたが、誰が犯人かは依然として不明である。
******
後から思ったこと。霊夢も割りと能力依存・・・・・・とまでは行かなくても割と比重が大きいかなと思ったり(転移の辺りとか。ギャグだから気にせず読めましたが
面白かったです!っていうかこの紫がいい人すぎるww