「お湯をお持ち致しました」
その声を聞いて私は走り続けていた筆を硯の隣の筆掛けに置く事ができた。
伝えてくれた女中さん……歳はおよそ30代くらいだろうか。家の事は良いですから、と他の人が全て家事をしてくれている為、自分は家の女中一人の名前さえ分からない。
私が礼を言うと、その女中はお湯の入った土瓶を扉の側に置いてそそくさとその場から離れていってしまった。
私はこういうのが少し嫌いだ。今の幻想郷を書き記す義務を持った私の邪魔になるとでも思ったのだろうか、変に気を使ってはなるべく私と関わりを持たないようにする。出来れば一言二言、何か話してから行ってほしいとは思ってはいるのだが。
立ち上がり、畳んでいた脚と手を上下に伸ばす。思わず声が出そうになったところで堪えて力を抜いた。本の山が並び、足の踏み場の少ない部屋だが、私は嫌いではない。そもそも狭い場所を好むというのはおかしい事なのだろうか。そういえば他の人にそんな事を聞いた事はなかった。今から誰かに聞いてみようか、と考えそうになった時、湯の入った土瓶の存在を思い出した。
そうだった。何の為にこれを持って来させたのか忘れる所だった。
本の山を少しよけると、桐の引き戸が現れる。その引き戸の中には、お茶の道具が入っている。道具と言っても、茶道の物ではなく、さほど珍しくもない赤茶色の急須と小さな湯飲みがいくつか入った物だ。他にも、西洋の茶をいれる為の道具もあるが、今日は使わない。
危ないから、と言われ、家事などあまりさせてもらえない私のひそかな楽しみでもある。
本当なら沸かしたての湯を使って一人でやりたい所なのだが、どうにも許されず、それでも言い張ったところなんとか湯を沸かすのは他の人にやってもらうという条件で許された。
過保護なのだと私は思う。私の身を案じてくれる気持ちは分かるが、それにしても欝陶しいくらいだ。火傷がなんだ。切り傷がなんだ。とは思っても筆が持てない程の怪我を負った場合の事を考えると溜め息をつきたくなる。いや、やめよう。今は茶をいれる準備をしよう。愚痴っても何も変わりなどはしない。私は小振りな湯飲みに土瓶からお湯を少し注いで温めた。
今日は珍しく来客があるのだ。この部屋ももう少し片付けなければならない。
そう思い、読み積まれた本に手をかけようとした時、玄関のほうから音がした。
なんてことだ。予想以上に執筆に夢中になりすぎていた。慌てて手当たり次第に本棚へと戻していくが、焼け石に水だ。踏み場の領域の広さはあまり変わらなかった。足音が近づき、襖を開けられるまで片付けを続けていた。
どうやら来客には私のその様子が滑稽に見えたようだ。何故そう思ったのかというと、私が自分の姿を考えてそう思えたからだが。
「相変わらずこの部屋は本が多いな、稗田」
「見苦しい部屋で申し訳ありません、藤原様」
長く、綺麗な白髪を持ち、赤を基調とした衣服に身を包んでいるこの少女は藤原 妹紅という。見かけは私とそれほど変わらぬ十代の少女、というような外見だが、実は1300年は生きており、私の転生前も何人か見知っているという。転生と言っても記憶が伝わる訳ではないので今一実感は湧かないが、自分の事を昔から知っている人がいるというのは、なんだかこそばゆいような感じがして、少し嬉しい。
だから、私は敬意を込めて「藤原様」とお呼びしている。彼女としては、少し気恥ずかしいと頭を掻いていたが。
因みに、彼女がそんなにも長く生きている理由は、月人が作った不老不死の薬、「蓬莱の薬」を飲んだ為だ。彼女の父がある月人に求婚し、それを断られた腹いせと、その場にいたある神の謀で彼女は不老不死となった、と聞いている。
人里には、このような特異な性質を持った者を嫌う人もいるが、私自身、転生を繰り返しているという特異性質を持っているし、何より彼女に守られた人も多く、今では里にとってなくてはならない存在となっている。
本を踏まないようにして座れそうな空間を見つけると、彼女はそこに胡座をかいた。
彼女はどちらかというと楽な格好を好むようで、今も着やすい服を選んできている。少しめかせば私などより遥かに綺麗なのだろうな、と思い、以前奨めてみた事があったが、苦笑しながら断られたのを覚えている。
茶筒を取り出す。ポン、と密閉されていた空気が外に出る音をさせて茶葉の入った筒の蓋を開ける。筒の中から渋い、良い匂いがする。匙を使って分量を量りながら急須に入れていく。几帳面かと思われるかもしれないが、これは私のこだわりだ。前に吸血鬼の館で働くメイドの紅茶を飲ませてもらったが、自分で淹れた紅茶が、お茶と呼ぶのが恥ずかしくなるような素晴らしい味と香りだった。
一体どのようにすればこのような紅茶がいれられるのかを尋ねたところ、茶葉の量、湯の温度、抽出時間、それら全てが完璧に揃えば自然にそうなるのだと言われた。
自分もなるべくそれに近づけようとするのだが、これが意外と難しい。ただ、昔の自分がいれていた茶に比べれば格段に味も香りも良くなっていることが判るのは嬉しい。
温めていた湯飲みにいれたばかりの煎茶を注ぐ。最後の一滴まで急須を押さえて振って注ぐ。最後の一滴が美味しいというのは、東西共通らしい。
なんということだ。私は今になってある重大な事に気がついた。
お茶請けが戸棚に無かったのである。
慌てて台所へと足を運ぼうとして立ったが、藤原様はそれを制した。
よく見ると、風呂敷を携えていた。それを彼女が開けると、中から重箱一杯に詰められたおはぎが現れた。
「慧音に持っていけとせがまれてな」
私は寺子屋の先生に心から感謝した。藤原様のご友人である上白沢 慧音さんとは、共に歴史を記す者同士として、よく家に招く事も多い。このおはぎは、前回の歴史の編纂を聞く時にもてなした礼だという。義理堅いとこらがいかにも慧音さんらしいなあと私はほくそ笑んだ。
竹の楊枝でお茶請けのおはぎを食べ、口の中に残った甘さを茶で流していく。小豆の甘さが程良く、渋すぎないお茶によく合った。軽く談笑を交わしながら、里の話を聞いたりした。
ある程度話しこんだところで、質問をされた。
「慧音に聞いたほうがよく分かるんじゃないか?」
白い髪を指で掻きながら、少し訝しげに聞かれた。
「里から一歩離れた視点の意見も欲しいのですよ」
「……って事は今の話も書くのか」
少し恥ずかしそうな顔をしながら胡座を組んだ足を両手で握っては起き上がり小法師のように左右に振れた。
こうして見ると、やはり私と同年代くらいの女の子にしか見えないのに、1300年も生きているというのは、不思議なものだなあと感じる。そして、嫌な感じは微塵もない。
「ところで、妖怪の山に伺ったと、以前慧音さんから聞いたのですが」
「ああ、そうだよ」
再び注がれた茶のお代わりを飲みながら、藤原様は答えた。何か一悶着あったのかと思い、話を伺ってみたが、予想より軽い返答に少し拍子抜けした。
「自分でも驚くくらい穏やかな気持ちで山を登れたよ。途中の天狗は少し五月蝿
かったが」
「だから、私はただこの山の神様に参拝しに来ただけなのだが」
「そうはいきません、哨戒天狗として山に侵入することを禁じます」
やれやれ、面倒な奴に見つかったな、と私は思った。
月との騒動も一段落がつき、ここ最近は特に変化の無い数日を過ごしていたから、前から考えていた妖怪の山の神である石長姫への参拝をしようと思い立ったのだが、いざ山に入ろうとした瞬間に目ざとい天狗に見つかった。これでも、無駄な争いを避ける為に気配は消していたのだが。
目の前で侵入禁止、と先程から吠えているのは、狼の耳を生やした銀髪の天狗だ
。確か白狼天狗というのであったか。おそらく、このような所に配備されている以上、位は高く無いのだろう。天狗の社会では上の位の者は屋内で働き、下の位の者は外などで雑用をするのが常と聞く。
つまりこの犬耳……いや狼耳の天狗は上役の声が掛からない限り動かない可能性が高いということだ。
(強行手段をとるか……)
そう考え、手元に火種を産もうとした時、風が走り、黒い羽が降りてきた。
「お勤めご苦労様。っと、あやや珍しいお方が」
一本歯の下駄を鳴らしながら、見慣れた黒髪の烏天狗が着地と共に口を掛けてき
た。私は嫌な顔をせざるを得なかった。
声の主が射命丸 文だったからだ。私はあまりこの者が好きではない。新聞を作る事を生きがいとするこの鴉天狗は、例えそれが不名誉な事であっても新聞の記事にすることがあるからだ。
「ところで本日はこの山に一体何の用で?」
天狗としての使命1割、ネタとして使えないかという興味と好奇心が残りの9割、というような顔で文は私に尋ねてきた。
私は仕方なく、いきさつを話し、山に通してもらえることを願った。
「構いませんよ」
「なっ……!?」
驚きの声を先にあげたのは先程の白狼天狗である。文が降りてくるなり「ゲッ!」と、まるで嫌なものを見つけたような…というかそのままの表情を作り、私と文が話している最中もなるべく文とは目を合わせないようにしていた彼女は、どうやらこのブン屋の事が苦手らしい。
「ん、…何か異義でもあるのですかね?」
「い…、いえ、とんでもありません」
少し、高圧的に聞き返すと白狼天狗はまた頭を下げながら後ろに下がった。取材する時には見せない天狗としての威厳たっぷりな態度に私は少しギャップを感じ、心の内で驚いた。
「なあに。上の方々には私の取材の客人をお通しした。と伝えれば大丈夫ですよ」
そう言って、私の方を見た。どうやら「通してやるからネタをよこせ」という思
惑らしい。
私を引き止めていた白狼天狗は、苦虫を何匹か噛みつぶしてまだ口の中に残っているような顔をしながら文の方を見たが、文はそんな事は気にも留めず、私を山内へと促した。
「噂どおり、意外と地位が高いのだな」
「ええ、まあ」
一拍置いて、文はわざと先程の哨戒天狗に聞こえるくらいの声で言った。
「雑務なんて押し付けられずに新聞創りに勤しむ事が出来るくらいには」
白狼天狗の口中に苦虫の数が増えたのは、言うまでもない。
文が付いてからは堂々と空を飛んでいても他の妖怪や天狗に会う事は無かった。文の地位の高さを物語っているのか、あるいは文が避けられているのか。流石にそんな事は詮索する気は毛頭ないという事を心の中で独白しておく。
山頂に近づくに連れて、山の景色も変わっていった。本来、山のような高い場所に登れば登る程気温も下がり、空気も薄くなっていくようなものだが、妖怪の山では少し勝手が違うようだ。
もはや地上が雲に隠れて見えなくなる程の高度にある天狗達の集落は、寒くも息苦しくもなく、実に過ごしやすい環境になっている。これは、山の気温や環境がそうなっているからではなく、天狗の術なのだと文が説明した。
「少し待っていて下さい。上の者に許可を貰って来ます」
上には上が居るというのは天狗の世界でも同じらしく、そこそこ地位が高いと聞く文であっても、人間を山に入れるのにはやはり手続きが必要らしい。
私は普段文が新聞創りに使っている社務所に上がらせてもらい、山登りの疲れを癒した。空は飛べるから、1300年前のように足を擦り切らせる事はないが、多少は疲れる。
ふと、懐の中を確認した。何の装飾もされていない、樫の柄の短刀がある。昔から、貴族や武士の女は自分の身体と名誉を守る為に旅には短刀を持ち歩く。護身、などという言葉にはあまり縁がないが、私はある思うところがあり、今回これを携行している。
社務所の前で下駄が鳴った。文が戻って来たようだ。思ったよりも早い対応だったようだ。
「一応、許可は取れました」
「ありがとう」
短く、丁寧に礼を言った。
「……しかし、一つ条件をつけられました。やはり人間を妖怪が統治する山で好
きにさせる訳にはいかないようで、同行する者を付けるそうです」
まあ、そこまで上手く行くはずはないな、高を括っていたから、さほど驚きはしなかった。むしろ許可が出ただけでも幸運だ。
「それで、その同行者というのは?」
文は胸を張って自分に向けて親指を向けた。
次の言葉を私は聞きたくなかった。
「この私です。たっぷり取材させト頂きますよ」
……最悪だ。
くらり、と来た。頭を抱える。もしやこの鴉天狗は始めからこうなる事を予期して山に通したのだろうかとも疑ってしまいそうだ。
(……仕方ないか)
膝に手をついて腰を持ち上げる。鴉天狗の先導の元、山の頂へと向かう。
途中に私が昔住んでいたような広い公家屋敷があったが、あれが大天狗の屋敷なのだろうと予測する。
天狗達の集落から離れていくと、肌が感じる気温は高い山本来の寒さに戻っていき、空気も薄くなっているので息を大きく吸って酸素を身体と脳に送り込む。妖術を覚える為に高山で修業した経験が活きた。
「そろそろ火口に着きますよ」
天狗が指した方向を見ると雲の中に赤い光が見えた。休火山とは言え、山の中で
はマグマが溜まり、煙は上がり続けている。
火口から少し離れた所に私達は降りた。熱気を感じる。休んではいても死んでは
いない証拠だ。これから会おうという者はたいした不死だ。
「では、私はここで待っておりますので、どうぞごゆるりと目的を果たして下さ
いませ」
口先は相変わらず丁寧だが、積もるところ「神様なんていうおっかなそうな者とあまり関わりたくない」という気持ちらしい事は、態度と表情で丸分かりだ。取材をするといっても、危ない橋を自分から渡る事はしないらしい。全く世渡り上手な天狗だと思う。
しかし、そうしてくれた方がこちらとしても有り難いのは確かなので、文の言葉
通りにする事にした。
火口に近付く。
「私は地上に住む不死の蓬莱人、藤原 妹紅という。この場所に岩長姫と呼ばれる神が居られると聞いた。どうか姿を現してはくれないか!」
手を口に当て、大きな声で叫ぶ。木霊が反響する。2,3度自分の言葉が返ってきた後に自分の声とは違う声がはっきりと聞こえた。
『……不死の人間が、この八ヶ岳の神に何か用ですか?』
声は聞こえたが、姿は見えなかった。
「どこに居る?姿が見えないが……」
『故あって、姿を見せることは出来ません。ですが、用は足りると思います。何故、この私の名を呼ぶのか、申しなさい』
石長姫が催促した。多少、腑に落ちない点はあったが、ここで、向こうの気を損ねるのも心外だと思った。
「私は、貴方の妹に多少の縁があるものです。それで、用と言うのは……」
私は、まず石長姫の妹の名前を出して相手の警戒心を解こうと思った。
今は、外の世界と隔たれた姉妹だが、肉親の名前を出せば警戒を解くことが容易になるだろう……。そう考えていたが、
『咲耶姫!ああ!』
石長姫が叫んだ。
『どうかお引取りください。もう私は妹とは袂を分けた仲なのです。長く、人など訪れることのなかったこのような地にわざわざ来られたことにはありがたく思いますが、私は妹とはもう何も関係はないのです。さあ』
荒々しい声だった。空気が震え、山頂一帯が石長姫の激昂を表しているようだった。
咲耶姫の話を出したのはどうやら不味かったらしい。咲耶姫が削ったこの山に移り住んだという話は聞いていたが、姉妹の関係は知らなかった。歴史は教えられても、その当事者たちの感情を知ることまでは出来ないからだ。
「気を悪くさせたのなら申し訳ない。私が今ここに居る理由は、咲耶姫のことではありません。貴女に用があってここにいるのです」
空気の震えが止んだ。
どうやら気を静めてくれたようだ。
『……取り乱してしまい、申し訳ありません。咲耶姫の名前を聞くのは、久方ぶりでしたので』
「いや、こちらこそすまなかった。あなた方の関係など知らずに、迂闊な事をした」
落ち着「た石長姫は、話してみると物腰の柔らかそうな印象を私に与えた。多分、この姉妹の関係が悪いのは、姉のこの性格から来ているのかもしれない。自分より高い山だから、という理由で山を削るような豪快で高慢な考えを持つ妹とは、反りが合わなさそうだ。
『……ところで、妹は、貴女に何を?』
石長姫は恐る恐る聞いてきた。
私は1300年前の出来事を話した。父を辱めた月人への復讐のために、時の帝から勅命を受けた岩傘達を追いかけたこと。そして、その山の神である咲耶姫の一行への謀によって、私が岩傘を山から蹴り落とし、この山に奉納されるはずだった蓬莱の薬を私が使ってしまったこと。
それらを話す時は少し懺悔をするようで、謝罪の気持ちばかりが浮かんだが、私は話すことに後悔はなかった。
私の中で、この事に対して、ある程度踏ん切りがついていたからだと思う。
「……だが、咲耶姫が謀ったからといって、私の罪は許されない」
少し、自嘲気味に言った。
私は懐から短刀を取り出し、左手で首の後ろに髪を束ねた。目を閉じる。右手に持った短刀で、その髪の束を切る。
短刀は研いだばかりなので、髪に引っかかって痛むということは無かった。
切り落とした髪を落とさないように握りなおし、山を登る前に清めたその髪を見直した。
女の髪には元々何かの力を持っているといわれている。私の生まれた時代でも、女たちは髪に気を使い、常にその美しさを保とうとしていた。
「これは、奉納されるはずだった薬の代わりだ。受け取ってほしい」
『よろしいのですか?』
石長姫は問うた。良かった。彼女はこの髪の価値がわかるようだ。不死をもたらす薬の代わりに捧げる供物。私は、蓬莱人の身体の一部が適当と考えた。昔によく狙われた私の肝や内臓にはたいした力は無い。なにより、痛いのは嫌だ。それに、髪は神と同じ音を持ち、通じるものがあるとも聞いた。
私は左手に握っていた髪をそっと手放した。山頂に吹く風に髪は流され、火口へと消えていった。
「これで、謝らせてもらえないだろうか。私が蹴落とした岩傘のことも、奉納されるはずだった薬を使ったことも……」
私は頭を下げた。
……謝ったからといって、何かが変わるわけではない。自己満足に近いことだということも。
『頭を上げてください』
私は息を飲んだ。
この世の者とは思えない、美しい女性が立っていた。
いや、言葉で表現することすら躊躇われる。むしろ、間違いなのかもしれない。
私が聞いた話では、美しい妹の咲耶姫と対照的に、姉の石長姫は醜い容姿をしていると聞いていが……。
戸惑う私に、石長姫は話しかけた。
『謝らなくてはならないのは、私のほうです』
「え、……それはどういう……」
石長姫は歴史で語られる上では、醜い存在だと言われているが、それは咲耶姫とその子孫たちが言い伝えたためだという。本来の石長姫の容姿は咲耶姫に負けず、いや、勝るほどの美貌を持っていた。しかし、石長姫はそのことを謙遜しており、高慢な咲耶姫はそれが許せなかった。
姉妹はたびたび衝突し、妹がこの八ヶ岳を削った際に、とうとう妹に嫌気がさして移住したという。
『もし私があの場で堪えて残っていれば……、妹の凶行を止めることが出来たかもしれなかったのに』
神が、一人の人間に頭を下げるということは無い。だが、その声には十分に謝罪の気持ちが込められていた。拍子抜けした。咎められると思っていた。私には関係の無いことだ、と突っぱねられるとも思った。しかし、石長姫は逆に謝った。
私は言葉に迷った。なんと言えばよいのだろうか。私が許す?高慢だ。そうではない。
では、なぜ石長姫は謝りなどしたのか。
私と同じ理由だ。
「……私たちは、どうやら似たもの同士のようだな」
『……私も、そのように思っておりました』
人と神。互いに種族の違いはあるが、互いに不死で、同じ思考をしてしまうような、
「仲間だな」
『そのようですね』
互いに、笑った。
1300年越しの参拝。
私が殺した者への罪滅ぼし。
今は、それらは関係なかった。
今はただ、不死の仲間が居たことに、喜び合おう。
「あなたが不尽の煙を上げ続ける限り、私はあなたの仲間だ」
『貴女が不死の炎を上げ続ける限り、私はこの山から貴女を見守っております』
そう誓い合うと、石長姫の姿と気配は消えていった。
私も踵を返し、火口から離れていった。
……またいつか、訪ねよう。
そのときは、また違う気持ちでこの山を登るだろう。
こうして、1300年越しの出会いは、私に少しの高揚感を残して終わった。
「すみません、たいしたおもてなしも出来ず」
「いいさ。これもお前の任の一つだろう、いつでも呼び付けてくれて構わない」
玄関口で藤原様を送る。
話し込んでいる内に日は既に傾いていた。藤原様は寺小屋の授業が終わる頃には子供達の
警護に向かわなければならない。
「おはぎ、美味しかったですと慧音さんにお伝え願えますか」
藤原様は、「心得た」と言って身なりを整え、手で印を結んで、言を唱えると、背中から炎の羽が生えた。
「そ、それと、実に申し上げにくい事…なのですが」
「…?何だ」
迷惑かもしれない。嫌な顔をされて断られるかもしれない。でも、好奇心が勝った。
「次にその山を登る時は、私も連れていってはくれませんか?」
言ってしまった。断られるだろうか。断ってほしい。そして苦笑いながら「お前
の仕事は幻想郷縁起を書く事だろう」とはっきり言って下されば……。
「ああ、そういうのもいいなあ、……ただ、」
来た。さあ、はっきりとお断りして下さい。覚悟は出来ています。悲しい顔は少
し見せてしまうかもしれませんが涙などは決して見せませんから。
「もっと大勢で行った方が楽しいだろうな。いや、山頂で宴会というのもいいか
もしれないな!」
私は目を見開いた。叶わないと思っていたのに。無理な事と思っていたのに。
「早速慧音にも話してみるよ。では、そろそろ」
「あ、あのっ、本当によろしいのですか?ご迷惑ではないのですか」
「はは、迷惑か」
飛び立つ準備をしたまま藤原様はこちらを見た。
「確かに迷惑だ」
はっきりと、そう言われた。
「しかも、楽しいくらいに」
それも、苦笑いをしながら。
私も釣られて、思わず笑ってしまった。
涙など流さないという決心は、脆くも崩れさった。
最後に藤原様は一言だけ言った。
「私の事を書く時は、格好よく書いてくれよ」
短く涼しげな髪をなびかせながら、不死の炎の羽を羽ばたかせ、空へと飛んで行った。
私は、まだ登ったことの無い八ヶ岳に上がる煙を思い、頬杖を書卓につくのだった。
石長姫が今風のスレンダー美人だったかも、とは思ってました
こういった静かなサイドストーリーは好物ですw
妹の名前が出た途端に取り乱してすぐに謝るなんて、岩長姫は天然なんでしょうかw
素晴らしいSSだった
褒め称えるしか書くことが無い。
しかしいや、絵画のように美しかった。
ですがタグや後書きにそういう事を書くのはいかがなものかと
ただ失礼ながら私個人としては無用なトラブルを避ける為にも消すべきではないかと思います
作品はいいものでした
ありがとうございました
なんというか、貴方は敵を作るのがお上手ですね。
新しく追加なさった後書きも、フォローのおつもりなのかも知れませんが、私には墓穴を掘っている様にしか見えません。
ギャグ作家さん達に喧嘩を売っているのですか?
折角の良作の余韻も、台無しになりました。
後書きが今見ると愚痴を溜めたなあと分かります。
喧嘩を売っているわけではありません。ただ、シリアスよりギャグのほうがやはり受けがいいなあと感じてしまうだけです。別に、ギャグを書く人を悪く言う気はありません。むしろ、面白いものを書く人は尊敬します。
ほとんどのシリアスは読み手の感性に合わないと直ぐその場でブラウザバックになってしまいます。ですので、無理矢理にでも最後まで読ませる為に、少し強行策を取ってしまいました。強行策ですから不快に思われたり、批判されるのも当然です。
反省は致しますが、自分の行動には後悔はしてません(勿論、もうするつもりはありませんが)。ただ少しギャグ作家の方々に誤解を与えてしまった事は申し訳なく思います。
良作と言ってくれた方々には本当に感謝しています。これからも良い作品を書けるように、精進して行きたいと思います。
ボウゲッシャーの私にはたまらない作品でした。
とても面白かったです。