Coolier - 新生・東方創想話

コショウ

2020/06/30 21:53:46
最終更新
サイズ
21.47KB
ページ数
1
閲覧数
2190
評価数
14/16
POINT
1480
Rate
17.71

分類タグ

 その日は蒸し暑い陽気に負けじと久々に無縁塚の物色に励んでいた。
 巷では疫病対策で『ステイホーム』などと言って家に籠るのが推奨されているそうだが、そのような折りに外に出るとは僕も中々の天邪鬼だと、自身の異端さに酔いしれるのもまた一興。もっとも、それは幻想郷の外の話であるし、半妖の身体は人間の病には強い。どのみち僕には関係のない事である。

 僕の名は森近霖之助。古道具屋の香霖堂という店を営んでいる。新しくなければ何でも取り扱うので、古くは宝剣から新しくはタブレットまで、とにかく中古品で僕が気に入った物なら何でも良い。しかし困った事に、最近は新しい古い物の入荷が滞っているのだ。その取引先曰く──。

『うちもすっかり断捨離が進んじゃいましてー、もう霖之助さんに売れる物が無いんですよー』

──との事だ。まあ彼女は普通の学生で、卸売業者でも何でもない。あまり全てを期待するのは酷だろう。
 よって今回は自分の足を使って物を漁りに来た次第だが、早速異物が見付かったのは日頃の行いの良さだと自惚れたいところ。
 人形、であるのは確かだろうが、その表情は僕の知るそれとはかけ離れている。外で作られたロボットの一種なのは間違いないが、何と言うか、機械的と呼ぶのがあまりにも相応しい。おまけに汚れていなければ全身が真っ白だったのであろうカラーリングも人工物っぷりに拍車をかける。足の部分は台座のように広がっている事から歩行させる機能はないらしい。とりあえず見た目はそのような物だ。

「よっ、と……」
 さて、ここまで興味を持った物を持ち帰らない道理は無い。重さにしておよそ米俵の半分といったところだろうか。中々の大きさなので今日の収穫はこれ一つとなってしまうが十分だ。
 しかしながら。
 担いでみるとカラカラと、内部で何かが転がり回る音。
 壊れているから捨てられたのは予想できた。あるいは捨てられた際に壊れたかだが、まあどちらでもいい。今の僕に大事なのはこのロボットの所有権は拾い上げた自分にあるという事だ。
 この道具の用途が『見えた』時にこれは運命だと思った。こいつは僕に使われる為にあるのだと。
 しかしそんな運命も故障という物理的な問題だけはどうしようもない。使えない道具は売り物にならない、そして売れない物は置かないのが僕のルールだ。(例え売る気がなくてもである)
 だからこいつをどうにかして使い物にできるようにする必要があるわけだが、現代の機械工学に詳しい、あるいはこれをどうにかできる人物となるとかなり限られてくる。
 僕の多くはない人脈を頭の中で巡らせて、一度大きく息を吐いた。気は乗らないが彼女に頼るしかないだろうと、この後の面倒事を想定しながら。

 ◇

「霖之助さーん、居るー?」

 入口の方から声がする。この声は間違いなく彼女だろう。僕は一旦手を止めるよう魔理沙に指示した。
「いらっしゃい、裏に居るよ!」
 久々に出した大声で軽くむせる。
 屋外だと声が響かないから仕方ないが、そんな僕を魔理沙が卑しい目で笑ってきた。こいつめ。
「湿った室内に居るから声もシケるんだぜ」
「全くだ。湿っていると部屋の隅に生えた茸みたいに怪しい女の子が来てろくな事がないよ」
「ああそうかい。じゃあ今度カラッカラの干し椎茸でも差し入れしてやるから煮物の準備をしておくんだな」
 ああ言えばこう言う。魔理沙とのやり取りはいつもこれだ。ならば放っておけばとも思われるが、口の運動と思えばまあ悪くはない。実際冷やかしでもいいから誰かが来てくれないと唇の上下が癒着して開かなくなるのではと思う日すらある。
 ところで、魔理沙とは魔法の森に住む泥棒兼魔法使いの霧雨魔理沙だ。今でも小さいが、もっと小さかった頃から面倒を見てやっている旧知の仲である。
 まあ、それはともかく来客だ。

「ああ、居た居た。うわ~、しっかり魔理沙も居るわ」
「居るぜ。私はしっかりしてるからな」

 角からひょっこり現れたのは、おさげ髪に傘を被り、灰色のローブに身を包んだ魔法地蔵の矢田寺成美だ。魔理沙と同じく魔法の森のどこかに住んでいるらしい。地蔵だから家も無く佇んでいるのかもしれないけど。
「……確かにしっかりしてるわよね。いつものエプロンじゃなくてオーバーオールなんか着込んじゃって」
「へへへ、私は形から入るタイプだからな」
 魔理沙の服と言えば魔女らしい黒のエプロンドレス。何故なら彼女は魔女を目指して魔法の研究を続けているからだ。だが今日は機械工作で、巻き込まれそうな衣服は宜しくない。ついでに髪も後ろで纏めて、所謂ポニーテールと呼ばれる髪型にしている。その心掛け自体は素晴らしいと思う。

「で、どうなのよ、霖之助さん」
「どう、とは?」
「とぼけないでよ。乙女がいつもと違う格好してるのよ? 感想の一つも無いなんてありえないわ!」
 成美君に肩を掴まれた魔理沙が僕の前に押し出された。是が非でも見ろという事らしいが、当の魔理沙は感想なんかよりも成美君の盛り上がりの方が面白いのかへらへら笑っている。

「動きやすくて作業向きでいいんじゃないか」
「かーっ! 本当にこの人分かってないわー!」
 成美君は純朴そうな見た目に反してかなりエキセントリックな言動が多い。一時期、幻想郷の四季が狂った時に一緒に暴走していたらしいのだが、その余波がまだ残っているのだろうか。

「ま、同じ事を二度言ってもしょうがないもんな」
「そういう事さ」
 魔理沙が僕にウインクをした。


 さて、なぜこの二人が僕の店の裏手に来ているかだが、つまり僕が先刻拾ったロボットの修理の為だ。
 一見すると機械の修理には全く縁の無さそうな人材だと思うだろうし、実際そうなのだが、これにはそれなりの理由がある。

「……で、これが式を与えてほしいっていう人形なのね? 何だかのっぺらぼうみたいで不気味ねえ」
 成美君がロボットの顔を遠慮なしにペチペチ叩く。売り物になるかもしれないのだからもう少し気を遣ってほしい。
「だから外見も含めて君達に相談したいんだよ。機械だし河童のエンジニアを頼ろうかと思ったんだけど、魔理沙が反対するものだから」
「あいつらは銭ゲバだからな。一度頼んだら最後、河童にしか直せない機械と化したこいつのメンテナンスの為に延々と頭を下げる羽目になるぜ」
 一度河童の頼みで地底まで行かされた魔理沙は彼女らをあまり良く思っていないらしい。河童もどこでも金を払う気の無い魔理沙にだけは銭ゲバなどと言われたくないだろうが。
「……という事でね。実際、故障の度に河童に頼るのも嫌だから僕でも修理ができるように魔法動力に作り変えてしまおうと思って、魔理沙に専門家を呼ぶよう頼んだ次第さ」

 マジックアイテムの制作なら僕の十八番だ。外では英語三つでディー・アイ・ワイと言うらしいが、どうせ直すならやはり自分でやる方が愛着が湧くもの。この二人ならタダ働きでも動いてくれそうだし、という打算もある。
「私が協力する以上は私の好きなように弄くれるって事だしな。せっかくだからこののっぺらぼうを私色に染め上げてやるよ」
「えー、魔理沙色だったら黒って事じゃない。そんなのつまらないわ!」
「上から下まで灰色の奴にだけは言われたくないなぁっと。成子はそれ以外の服を持ってるのか?」
「失礼ねー。ちゃんと何着もこの服持って毎日着替えてるわよ!」
 この件に関して僕は無言を貫く事にする。自分の服に無頓着なのはこの一張羅以外を持たない僕にも突き刺さるからだ。
 それに成美君とは魔理沙ほど遠慮の無い仲でもない。魔理沙とは『成子』とあまり意味のないあだ名で呼ばれる仲のようだが、友人の友人ならば親しくなれるとは限らないものだ。しかし香霖堂のお得意様となり得る魔法の森在住の貴重な人物なので仲良くしない手はない。
「さて、服は後で考えるとして、三人揃ったことだし始めよう。さっきまで魔理沙と中を見ていたのだけど結構複雑でね、中身を取り出すだけでも時間がかかりそうで……」


「霖之助さぁん? 誰か大事な人を忘れてるんじゃなくて?」

 うわ、来た。
 いや居ることは分かっていたのだが、毎回彼女が来ると要らない緊張感が全身に走る。だから気が乗らなかったのだ。
 空中に音も無く現れた、瞳のような形の黒い空間。闇に覆われた世界からは無数の眼がこちらを見つめている。空間の両端に付いたリボンはその創造主の少女性の表れなのかもしれないが、却ってその人物の妖しさを助長させていた。
 ともかくそのような気味が悪い隙間から上半身を覗かせる女性など、幻想郷では一人しか存在し得ない。

「うわ、出た。何でまたこんな所に紫が」
 こんな所とは失礼な。
「それはね、このペッパー君の相談を受けたのは私が最初だからよ」
 魔理沙の投げやりな質問は紫の涼しげな笑みをもって返された。

 八雲紫は幻想郷創始者の一人である大妖怪だ。生み出す空間によって何処からでも何処へでも行く事を可能にする能力、そして事象の『境界』を操作する能力。これらが幻想郷と彼女をたらしめている。
 ここで重要なのは、幻想郷と外を行き来できる生物は現実と幻想の間で存在の曖昧な者と、紫自身という点である。即ち外の世界のロボットも彼女なら知っていておかしくはない。

「コンピューターとは式の一種。式と言えば八雲紫、と考えていたらタイミング良く出てきてくれてね……」
「うへえ、紫は思考の盗聴までしてるのかよ。まるで地底の性悪サトリ妖怪みたいだぜ」
「失礼しちゃうわ。お得意様がこんな物を抱えてお困りのようだから出てきてあげたのよぉ」
 紫は上半身だけ出したまま笑って答えている。確かにストーブの燃料の件ではお世話になっているし、八雲が後ろに付いている博霊の巫女服も僕が仕立ててやったものだ。彼女とは持ちつ持たれつの関係なのは間違いないのだが。

「何だかなあ、こういう出方をする人に私は良い思い出がないわ」
 成美君は大妖怪相手でも遠慮がない。まあ彼女は魔法で生まれた存在だから当然かもしれないが、僕の周りの人間ですら皆がそうだ。普通の人間は魔法の森に近づこうともしないのだから、僕の店に来る時点で肝の座った人間揃いだ。
「ああ、もしかして貴方って背中に扉を作られたりした子の一人かしら?」
「そう、それよ! そのせいで私が狂暴な性格だと誤解されたりしたのよ、どうしてくれるの!?」
 それは決して誤解ではないと思うが口にはすまい。
「その犯人には私からきつーく言っておいたから勘弁してやってくださいな」
 紫はこう言っているが、背中の扉の犯人はこれまた幻想郷創始者の一人らしい。賢者同士でそのようなつまらないお説教をするとも思えない。
 つまり嘘っぱちなのだろうな、と紫の含み笑いを眺めていた。

「それより霖之助さんが欲しかったのはコレ、でしょう? ちゃあんと用意してあげましたよ」
 僕の思考を知ってか知らずか、紫は一度隙間の奥に引っ込むと、一冊の分厚い紙束を取り出した。頼んだのは僕であるのに魔理沙がひったくるようにそれを受け取り、ペラペラとページをめくりだす。
「……何だこりゃ。新手のグリモワールか? 日本語で書いてあるのに意味がさっぱりわからんぜ」
 仕様書を流し読みして出たぼやきがそれだ。魔理沙は学習力の前に科学の書だからまともに理解する気にならないのだろう。
「君のような素人でも一目で分かるような内容だったら企業秘密にはならないからね」
「むっ。だったら香霖はこれが分かるってのかよ。企業人でもないくせに」
「無論、分からないさ。でもこういうのは雰囲気が大事なんだよ。図で示している部分があるから何となくそれらしくすればいいだろう」
 何言ってるんだこいつ、と魔理沙の目が語っている。本当に顔芸が達者な子だ。
「先が思いやられるなあ……」
 僕と魔理沙の会話を受けての成美君の呟きだ。魔理沙がこんなだから呆れるのも無理はない。
 しかしながら人も物も揃ったことだしここからが本番なのだ。魔法や式の扱いに長けた者がこれだけ居れば、作れない物などあまり無い、はず。

「ま、とりあえずこいつの名前がペッパーだってのはわかったぜ。胡椒なんて名前だから故障したんだろうな」
「駄洒落は聞き流すとして、名前はその通りだ。人工知能を搭載しているから簡単な会話ができるらしい。だから連れ帰ってきたのさ」
 僕の能力は道具の名称と用途がわかるというものだ。ただ、実際に動く場面が見えるわけではないので、これが働いている光景が知れないのは残念なところ。
「私は回転寿司のお店で見たことあるわよ?」
 紫が隙間を僕と成美君の間に移動させてにゅっと飛び出してきた。
「テクノロジーとしてはかなりハイテクね。でもコストに見合う働きかは疑問。こういう物は飽きられたら終わりですから、しばらく使ってみてやっぱり要らないわってなる人間が多かったのよ」
「足を見れば何となくわかるわね……喋れてもお地蔵さまとほとんど同じだもの」
 成美君が平たい台座のような足をしみじみと撫でる。彼女も地蔵なので何か響くものがあったのだろう。でも喋る地蔵があったらそれは結構持て囃されそうな気もする。
「とにかくそういう訳だから、これを僕の店の看板ロボットに生まれ変わらせようと思ったんだ。宜しく頼むよ、三人とも」
「既にライカも居るのにな。店がロボットに占拠されてお前の居場所が無くなっても知らないぜ。どうせ売る気もないんだろ?」
 失礼な。どうしてもと頼まれたら売る事も考えない事もないのに。


 それから数刻。
「ふ~! やっと中身の入れ換えが終わったわあ!」
「にらめっこで目が疲れたぜ。何でこんな小さい部品が多いんだよ」
 内部を構成していた電子部品や金属製の動力部を抜き出し、魔法の森に自生する木から削り出した木材部品に交換する。
 口で言うならそれだけだが、繊細に中身を取り出すとなると結構な手間だ。と言うよりも手作業でできる限界を超えている。
 そういった部分は紫の式神の出番で、小さな式を潜り込ませて見えない部分の作業を任せていた。全く万能で羨ましい能力だ。
「手間で申し訳無いが、こういうパーツは河童のような物好きが欲しがるのでね。下手すればこちらの方が需要があるんだよ」
「確かに動かない人形よりこっちのゴチャゴチャした中身の方が気になるかもなあ」
 幻想郷ではできない加工技術や設計思想を知りたがる者は多い。ただ、それを絞っているのは他でもない目の前に鎮座している少女なのだ。
 その本人は古びたベンチで優雅に湯呑みをすすりながら僕らを見守っていた。相変わらずの妖しい笑みを浮かべながら。

「それにしてもあっつくて堪らないよねえ。森は蒸すし、後で博麗神社に寄ってみない? 貧乏神社でもスイカぐらいはあるかもよ?」
「霊夢なら独り占めしてる可能性も大だな。それに今の神社は縁下に住み着いてる妖精がたまに火を燃やしたりするんだぜ。あっちの方が下手すりゃ蒸し焼きになっちゃうよ」
「あー……月の奴らが侵略してきた時のどさくさの奴よね? 全身ストライプに松明を振り回す変な格好の」
「そうそう、クラウンピースって奴さ。部下が変ならご主人さまも変な、な。そういやその主人から変なシャツも一枚貰ってたんだよ。欲しけりゃ成子にやるぜ?」
「いや、要らないわ……」
 疲れているはずなのに女子二人はよく喋る。いや、むしろ黙々と作業をしていたからこそ話したい欲が溜まっていたのかもしれない。
 案外気の利く紫が人数分淹れてくれた冷茶で喉を潤しながら、僕らはしばしの休憩を挟んだ。

「……ところで、すっごく今更なんだけど、どうしてアリスを呼んであげなかったのよ」
「本当に今更だな。へへ」
 だがごもっともな質問だ。アリスとはこれも魔法の森に住む魔女の人形師で、こちらは人間の魔理沙と違って種族から魔女の本物である。人形作りと言えばまず彼女だろうに、魔理沙はそれを差し置いて成美君を呼んだのだ。
「あいつは自立人形は嫌いなんだよ。もし自分の人形が付喪神になったら壊すぐらいの徹底ぶりだ。一応お前の後に声はかけたんだけど、にべもなく断られちゃってさ」
「相変わらずなのねえ。何年経っても……そもそも最後に姿を見たのいつだったかしら。十年前? そもそも生きてる……?」
「いやいや生きてるって」
 成美君のあんまりな疑問に魔理沙も否定はするものの、少し不安になったのか指折って日数を数え始める。
「ついこの前も死んだように眠っている場面に出くわしたばっかりだぜ。あれ、ってことは生きてる……?」
「やめてあげなさい」
 流石の紫も同情を覚えたのかやんわりと嗜めた。生死まで怪しまれるのはいくらなんでも気の毒だし。
「だいたい成子だって私が声をかけたら一も二もなく引き受けてくれただろ? アリスを気にするならその時にしろって話だぜ」
「だって、あの時は魔理沙が頼ってくれたのが嬉しくて……」
 もじもじ照れくさそうにしてもそこでアリスが忘れられていた事実に変わりはない。この話は早急に切り上げたほうが良さそうだ。

「作業に戻ろうか。これでこのロボットは魔法制御で動ける基本構造を得た。次はどのような式を与えるかだが……」
「待て待て。私は式の前にこいつの見た目と名前を決めた方が良いと思うぜ」
「ほう、その心は?」
「名は体を表す。そうだろう?」
 確かにそれも一理ある。名を与えるのは一種の呪いにも近い。
 名前の無い物質は何にでも成れる可能性を秘めているが、名付けとはその選択肢を一つに断定してしまう行為なのだ。
「見た目ねえ……とりあえず何か服でも着せてみる? この店に服なんかあるか知らないけど」
「香霖の服なんか着せてもつまらんしサイズが合わないよな。ちょっと私の服を取ってくるぜ」
 そういうと魔理沙は凝った肩を回しつつ店の中に引っ込んでしまった。僕に対しての失言は放ったままで。

「……ん? いやいや、どうして魔理沙の服が香霖堂にあるのよ」
 成美君が僕に詰め寄る。
「それはねぇ、今の服になるのにここで着替えたからよ」
 紫が僕の代わりに答えるが……待ってほしい。なぜそれを居ないはずの紫が知っていたのか。いや、そんな事は彼女が隙間から覗いていたに決まって──。

「霖之助さんの家で魔理沙が着替え!?」

 僕の苦言よりも成美君の反応の方が数倍早かった。
「その通りだけどそれが何か……」
「何かじゃないわよっ。着替えは覗いたんでしょ?」
「いや、覗くわけがないだろう……」
 成美君がまるで化け物でも見たような顔で僕を睨みつける。
「どおしてっ!?」
 こちらが『どおして』だ。魔理沙の着替えの何を今更気にしろというのだか。
「たぶん……魔理沙には妖の者を狂わせる何かがあるのよ、きっと」
 紫ですらこの困り顔と雑な言い草だ。深く考えるのはよそう。

 そうこうやっている間に魔理沙がいつもの魔女服を掴んで戻ってきた。
 どう扱おうが本人の勝手なのかもしれないが、まるで大漁旗のようにばっさばっさと振りかざしながら。
「よっしゃ、早速着せてみようぜ~、って何で成子はそんなえげつない顔してるんだ?」
「お、おほほほほほ。何でもございませんわ~?」
 どう聞いても何でもござる不気味な笑いで誤魔化そうとしているが、僕と紫が目撃してしまっているのだからいろいろと手遅れであった。


「……どう思う?」
 僕ら三人は魔理沙の問いに合わせてそれぞれ首をかしげる。小柄な魔理沙の服はこのロボットにも丁度良いサイズだが、良いのは大きさだけだ。
「顔よね、やっぱり」
 見も蓋もない成美君の言い方だが、それが真実である。
「なまじっか服が可愛らしいだけにアンバランス。この無機質な頭部との対比でシュールな感じが否めないわねぇ。はい、脱いで脱いで」
 紫がロボットの額を指先で小突くと、彼は与えたばかりの動力を存分に発揮して自力で服を脱ぎ出した。脱いだ服をせっせと畳んで魔理沙に手渡す姿はなかなか健気だ。
「ほい、サンキュ。マネキンとしては優秀なんだがなあ。もともと白いからなおさらマネキンっぽいんだよなあ、っと」
 確かに白い人形が服を着ていたらそれはマネキンとしか言いようがない。受け取った服を縁側にぽいと放り投げる魔理沙をたしなめつつ、しかしこの意見には納得せざるを得なかった。

「じゃあそれでいこうか」

「はあ!?」
 成美君が目を見開いて僕に迫る。正直に言って、怖い。
「マネキン!? ここまで人をこき使っておいて、こいつの役割マネキンなの!?」
「いやいや、待ちなさい。マネキンという言葉は元々販売員という意味があってだね。日本では服を展示する為の人形という意味で定着してしまっているけど、マネキンと呼称されているのも『招き』にかけているんだよ。だから服を掴むのはやめてくれ、シワになるから……」

「どうどう」
 魔理沙から羽交い締めにされて成美君が引っ剥がされた。
「ほいっと」
 元石像な事もあって結構な重量を感じたのだが、魔理沙はそれを物ともせずに成美君を投げ捨てる。

「自己判断で服を脱ぎ着して、ポーズも決めてくれるマネキンねえ……ま、物臭な香霖にはおあつらえ向きじゃないか?」
「ふん、魔理沙らしい褒め言葉として受け取っておこう。ではこのペッパー君は今日からマネキンという事で」
「はい……」
 成美君も魔理沙に捨てられたショックでしおらしくなっていた。代わりに、座って成り行きを見守っていたような紫がすっと立ち上がる。
「マネキンなのはいいとして、それならそれでもう一捻り欲しいわよね?」
「まっすぐ立ってないマネキンなんて使いづらいだろ? 捻らなくていいって」
 そんな魔理沙の訴えも知らん顔で、僕と魔理沙の間に割り込んだ紫は宙に浮かべた小型の隙間に手を突っ込んだ。いつでもどこでも倉庫として使える隙間、蒐集家にとって垂涎の能力と言わざるを得ないのだが、今は不安しかない。

「今の子供たちにはこういうのが人気なのよ」
 紫はそう言ってマネキンの顔に黒い物を取り付けるのだった。

 ◇

 それから数日。
「よーう! どうだ、様子は~?」
 この遠慮の無い声はもちろん魔理沙だ。やや遅れて成美君も追いついてきた。
 今更僕の様子を気にするような魔理沙じゃない。この質問の対象はもちろん先日直したばかりの彼の方だ。

『ドーモォ! MANEKINデェェェス!』

 場違いな人工的音声で二人を歓迎したのは、サングラスに変なTシャツ姿の、元ペッパー君であった。客引きにも丁度いいので店の前に陣取ってもらっている。
「お、おう」
「ど、どーもぉ……」
 二人もまだMANEKINの調子に対応しきれていないようだ。
 紫曰く、このようなキャラクターが幻想郷の外の子供に大人気らしいのだが、僕にはこの面白さが今一つ理解できない。
 現物を知っている紫自身はどうなんだと問いただしたものの、彼女はとても曖昧な笑みを浮かべて逃げてしまった。

「ま、まあ紫が式を与えただけあって会話はしっかりできるんだよな。香霖があんまり喋らないから賑やかにはなる……のか?」
 僕が無口になるのは集まった女子だけで喋り倒されてしまうからだ。蒐集した道具の話ならいくらでもしてあげるのに。
「商品のレビューなんかもやってくれると言っていたね。それと料理の感想なんかも語ってくれるとか」
 からくり人形にそのような機能を付ける意味は無いと思うのだが、おそらく式自体が本来は人間に付けるものだったのだろう。成美君も同じ事を思ったのか、MANEKINの塗装されただけの口を突っつきだす。
「私みたいな生身の身体になるまでにあと何十年かかるかしらねえ」
 魔法動力で魔法の森に居るのだから可能性はある。しかしあと何十年か、何百年後の話になるか。その頃には僕や成美君はともかく魔理沙は居ないかもしれない。それでは待つ楽しみも半減だ。


「おーっすリンノスケー! 魔理沙から面白いものがあるって聞いて遊びに来たぞー!」
 太陽のような明るい声と共に、小柄な魔理沙よりもさらに小さな三人組が飛び入った。
 巨木を住処にしているという光の三妖精で、名前はたしか、サニーとルナとスター、だったはず。
 たぶん一番明るいオレンジの子がサニーだろう。黄色いのがおそらくルナで、消去法で青い子がスターに違いない。
「ようよう、よく来たなお前達。こいつがそのロボットだぜ」

『YO! YO! ブンブンハローKORINDOoooW!』

「あっははははは! ハロー! ハロー!」
 元気なサニーはMANEKINがお気に召したようだ。やはり子供はよく分からないノリが好きらしい。
「うーん、ちょっと可愛いかも?」
「そう……? スターのセンスはちょっと理解できない……」
 一番女の子らしいが油断ならない雰囲気のスターからもまあまあ好評で、生真面目で苦労してそうなルナには今一つといったところか。この辺りは精神の成熟次第だろう。
 何にせよ、妖精とはいえ香霖堂に全くいなかった子供のお客が増えるのは喜ばしい事だ。はしゃぎ回って商品を壊さないかだけが心配だが。

「……心配といえば、紫が一つ忠告していたんだった。炎上には気を付けろって」

「炎上? そりゃこいつの中身は木製だから火には弱いだろうけどさ」
「ああ、こういう職業の人間はよく炎上するらしい。くれぐれもMANEKINの言動には目を光らせるようにって釘を刺されたよ」
 自分で修理したMANEKINはもはや我が子のような物だ。言われなくても大事にするつもりだが。
「ふーん。よく分かんないけど自宅で火遊びでもするのかな。その様子をみんなに放送したりとか?」
 そんな自傷行為を喜んで見る人間がいるのだろうか。いるとしたらそれは人ではなく妖怪の類に違いない。
「炎上したら地蔵になるのが一番、とも言っていたな。意味はよく分からないけど遺灰で地蔵を作るということだろうか。万が一そうなったら成美君に後を頼むとするよ。立派な地蔵にしてやってほしい」
「いいわ、任せておいて!」
 もっとも、今は夏場でストーブも焚かないし、火を使う料理だって暑苦しくてやる気にならない。不安な火元といえば魔理沙の八卦炉くらいだろうが、この娘だって本当に僕を害する行為は絶対にしない。
 いくらなんでも燃える物を持ったまま入店するような痴れ者だっているはずがない。炎上だなんて無用の心配だろう。


「お前らー! このあたいを置いて先に行っちゃうなんて酷いぞー!」

 ん?

「地獄の妖精、クラウンピース参上! レッツ、バァニィーング!!」

『ンバァァァニィィィング!!』



──あっ。
故障した胡椒君が子に焼かれる話でした。
霖之助は私の趣味で魔理沙へのデレ度が5割増しぐらいになっていますがご了承を。
石転
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.100簡易評価
1.100終身削除
MANEKINで笑いました みんなで作業はするけどそれぞれが自分の商品とか興味とかの目的のために好きなようにワイワイ楽しそうにやってる感じが良かったです 成美が霖之助と魔理沙をくっつけたがってお節介やいてる感じが面白かったです
2.100サク_ウマ削除
合ってるけど違うし「あっ」でもう駄目でした。子焼(こしょう)ってやかましいわ。
全力で振り回された気分です。お見事でした。
3.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
6.90名前が無い程度の能力削除
香霖堂らしさがよく出た雰囲気でありつつ全体的にアホなノリで軽快に読めました。
成美が中々弾けたキャラで良いですね
7.100名前が無い程度の能力削除
紫のおふざけでクソ笑った、逃げてるし
爆発オチは最高
8.100名前が無い程度の能力削除
吹き出してしまいました。一家に一台ほしいですねMANEKIN
9.100電柱.削除
とても楽しい話でした
10.100名前が無い程度の能力削除
トゥディズマネキンズポイント
11.100ヘンプ削除
マジで最後あっ……と声が出ました。炎上しちゃったよお……
纏まったお話がとても良かったです。面白かったです。
12.100夏後冬前削除
空気感やらいい意味で間の抜けたリアクションやら会話やら香霖堂成分をたっぷり吸引できた感じでした。とても面白かったです。
13.100南条削除
面白かったです
笑いました
そう来るとは思いませんでした
14.100Actadust削除
何気ない日常のドタバタ感が出ていて面白かったです。
15.100モブ削除
とても丁寧に書かれていて、するすると読むことが出来ました。ご馳走様でした。甘く、面白かったです。
16.100名前が無い程度の能力削除
ネタが濃すぎる…!