Coolier - 新生・東方創想話

花のスケッチ

2022/10/07 23:40:51
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 庭の花が死んだ。

 鉛筆の削っていない方を咥えながらぼうっと窓の外を見るとその花が死んでいた。庭に適当に置いてある植木鉢に勝手に生えて、勝手に死んでいった花は何を思ってそこに生えていたのだろうか。
 こんな魔法の森にわざわざ飛んできて私の家の植木鉢に生えたその花は、蕾から花開いた状態で黄色をくすませて死んでいた。
 私は咥えた鉛筆を持ち直す。書きかけの理論のノートは放っておいて、散乱した机の上から新しい紙を引っ張り出した。机から音を立てて崩れ落ちる大量の紙とノート。あとから掃除すればいいかな……なんて他人事のように思いながら空いた机のスペースに紙を置いて、死んだ花をスケッチし始めた。ただの気まぐれで、描いておきたいなんて変なことを思ったからだ。
 そもそも死んだ花より、生きている花をスケッチすれば華やかであるのに、わざわざ華やかでない方をスケッチする意味が分からない。自分でもなにかに突き動かされるようにスケッチをしていた。
 ひたすらに鉛筆を動かして気がつけば完成していた。死んだ花のスケッチ。まあ上手くかけたんじゃないかな、そんなことを思いつつ鉛筆を紙の上に置いてまた窓の外を見た。
 相も変わらず、花は死んだままだった。

 *

 コンコンコン。

 気がついたら私は机に突っ伏して寝ていて、ドアのノックの音で目が覚めた。回らない頭で机から立ち上がり、体を動かして無言でドアを開けた。
「元気にしてる?」
 そこに立っていたのは大きな笠に、長い黒髪、そしてお地蔵様のような服を来た矢田寺成美だった。
「おう、成美か。どうしたんだ、私の家なんかに来て」
 思いがけない来訪者に私の頭は目が覚める。成美とは魔法の森で歩き回っている時にぐらいしか出会わないので、わざわざ私の家に来る方が珍しくて驚いてしまった。
「最近、魔理沙と話していないなって気がついて。家に引きこもっているのかと思って一回来てみたの。眠そうだけど案外元気そうでよかった」
 そう言って笑う成美。
「成美、何も無いが家に上がるか?」
 せっかく来てもらったけれど、もてなしなんか出来ないのに私はそう言っていた。嬉しそうな顔をする成美。
「おもてなしなんてしなくていいよ。お邪魔します」
 そう言って頭の笠を外して成美は、玄関で靴を脱いで一歩部屋の中に入った。私はソファを指さして成美に座らせる。
「ちょっと待っててくれよ。水ぐらいなら出すから」
 そう言って私は外に出て井戸から水を汲む。移し替えた水を家の中まで持って、入口付近の机に置いて部屋の中を見ると、いつの間に立っていたのか、成美はスケッチした紙を見ていた。
「ああ、それを見ていたのか」
「魔理沙、どうしてこれは枯れているのかしら?」
 不思議そうに話す成美。なぜって……死んでいるから?
 私は近づき成美の肩を叩いて私は窓の外の庭の花を指をさす。
「あら……写生の元の花だわ」
「あれをスケッチしたからだよ。その花がそうなっているのは」
 成美はまたそのスケッチを見直している。
「上手ね。生きている花とは違うけど枯れているのもなにか新鮮ね」
「ありがとな。ほら水、飲むか?」
 汲んできた水をコップに移し替えて成美に差し出す。
「おもてなしはいらないって言ったのに。でもありがとう、いただきます」
 受け取って両手で持つ成美。私もコップ移し替えた。またソファに座り、その前の小さな机にコップを置いた。成美も一緒にソファに座ってきた。
ぽつりと私は呟いた。
「なあ成美。なんでその花はこんなところで生きて途中で死んだんだろうな」
 水を口に含んでいた成美は飲み込んだ後、コップを机の上に置いて一息遅れて話し始める。
「私はその花のことはあんまり知らないけれど、気まぐれで咲いたんじゃないのかしら。人間なら仏様が救ってくれるけど花はどうなのかしらね。そこは私も分からないよ。でも花まで咲いたんだから私が勝手に思うけど幸せだったんじゃないのかな」
 ふうと成美は息を整えている。
「はは、成美らしい答えだな。まあ分からないけどもう少し考えてみるよ」
 分からないなりに考えてみようと思ってソファに座ったまま窓の外を見てみる。死んだ花はここからは見えないけれど、魔法の森の独特のきのこや木々が見えるばかりだった。うーん、よく分からない。
 成美はソファから立ち上がる。
「よし、魔理沙と話せたから私帰るわね。あんまり気負いすぎないでよ」
「おう、分かってるぜ。ありがとうな成美。よければまた来てくれ」
 玄関に歩いていく成美にそう言いながら一緒に玄関先まで出る。
 成美は手を振って空を飛んで行った。まあなんか少し迷惑をかけたか。頭を掻きながら私は家の中に戻って、ソファに寝転ぶ。いつもの天井を見ながら私は眠りについた。

 *

 夢を見る。

 同じ記憶をもう一度体験する。庭の花を見つけて、スケッチして、成美と会って話して、また眠る。

 夢を見る。

 私が何かをスケッチしている夢。私の金髪が揺れる。嬉しそうに笑って、誰かと話している。気がつけば目の前の私は小さくなっていた。さて……あれは誰だったのだろうか。私は覚えていない。

 夢を見る。
 夢を見る。
 夢を──

 *

 私はガバッと飛び起きた。何かをしていたような気がしたけれど。覚えていないが、とてつもなく嫌な感じだった。
 ほっと息を一息つく。喉が渇いた。立ち上がってフラフラと玄関の近くに置いている机の上のコップを取って水を飲み干した。外を見るともう夜が開けていた。
 そうしてまた勢いよく、ソファに座って天井を見るように頭を背もたれにかけた。
 はあ、なんだろう、よく分からない夢を見たような気がする。とても怖い夢、私が知りえない夢を。覚えていないからどうにもならないけれども。まさかだけど、ドレミーが何かしたんじゃなかろうか。夢の管理者だもんな、なにかするのも容易いだろう。まあ、突撃して問い詰めることなんてしないけれど。私が知らないということは、なにかあるって言うことなんだろうと思うので何もしないことにする。知るなって言われていることと同じだろうから。今は探究心なぞ消えてしまっていた。また考えるのが面倒くさくなって天井を見ながらぼーっとしていた。

 いつまでぼーっとしていたのだろうか、ドアがコンコンコンと叩かれた。
「……朝早くに誰だ?」
 呟きながら立ち上がり、ドアを開ける。
「遅い」
 なにかが入った手提げカバンを持ちながら不機嫌そうな紅と白の服を着た人物がいた。
「……なんだ霊夢か。こんな早くにどうしたんだ」
 遅いと言われたことは無視して質問をする。私は早く開けたはずなので。
「魔理沙、あんた一昨日、エプロン忘れていったでしょ。届けに来たわ。せっかくだから洗ったからそのまま着れるはずよ」
「お、おう……ありがとうな」
「何よその顔」
 霊夢が服を洗ってくれた、だと? 驚きすぎて顔にも出ていたらしい、不機嫌そうに話す霊夢に指摘されてしまった。差し出されるカバンを受け取って確認する。確かに外してから忘れたエプロンが入っていた。それを取ってカバンを返そうとして渡す。霊夢はそれを受け取った。
「ちょっとお邪魔するわよ」
「えっ、おい!」
 そう言うと霊夢は靴を脱いで部屋の中に入っていった。
「相変わらず汚いわね。少しぐらい本を整理したら?パチュリーのところからこんなに泥棒して本当に読んでいるのかしら……」
「おい、勝手に入って言いたい放題だな……汚いのは認めるがこれでいいんだよ」
 私はそう言うと部屋の中に戻っていく。なんか出すべきかな……と思ったが勝手に霊夢は入ってきたので出さなくて良いか、と納得してそうする。
 霊夢の方を見ると昨日のスケッチの紙を持って見ていた。そうして私はソファに座る。
「なんでそれ見てるんだ?」
「魔理沙にしては珍しくスケッチしているなって思ったのよ」
 私の方に目線をやってから、そう言うとまた紙を見ている。眠くてくぁと欠伸が出た。霊夢は紙を持って私の近くに歩いてきた。顔を近づけてくる。
「なんであえて枯らしてるのかしら」
「いや、そんなに近くで話されても。枯らしてるっていうかそこで死んでたやつをスケッチしただけだってば……」
 反対側の窓を指さしてそう言う。紙を持ったまま霊夢は指をさされた方向の窓に向かって歩いて、外を見ている。
 いきなり顔を近づけられてドキドキしている。びっくりした。
「ねえ魔理沙。あんたはこれをどう思って描いたわけ?」
 霊夢はこちらを向いて紙を見ながら問いかける。
「いや、なんか描かなくてはいけないって思ったけど」
「そう、ならいいわね」

 ビリッと霊夢は紙を真っ二つに裂いた。

「あーっ!? お前何するんだよ! せっかく描いたスケッチだったのに!」
 私は思わず叫んで、立ち上がりながら霊夢を止めようとする。霊夢は私が叫んでいる間にもビリビリと細かく破っていた。
「こんなものがあるからいけないのよ」
 表情が抜け落ちた霊夢の顔は怖かった。私はなにを思って霊夢が破り捨てたのか分からないのが怖くて仕方なかった。昔、親父に破り捨てられた時みたいに、同じように怖かった。
「な、なにが気に入らなかったんだよ……!」
 俯いて床を見ながら話す。怖くて声が震えてしまう。霊夢は何も話さない。無言が続いた。
 しんとした空間は何も癒してはくれない。何を言われるかの恐怖ばかりが膨れ上がってきてしょうがなかった。

「……あのね魔理沙」
「な、なんだ?」
声をかけられてびっくりして裏声で返してしまう。

「気に入らなかったわけじゃないの。むしろ気に入ってたわよ。でもね、あんたに良くない気配がしたから……」

「だからって人のを破り捨てるのか! それは酷いじゃないか!」
「……あの枯れた花は燃やした方がいいわよ。帰る」
 そう言った霊夢は家を出ていった。

 私はショックで呆然としてしまった。ふらふらとソファに座り込んで考える。
 あの霊夢が理由も無しに人のものを破り捨てることなんてすると思うか? 否、それはありえない。さすがに常識があるはずなのにそんな事しないだろう。私の仮定だけれども。けれど私のものを破り捨てられて、とても悔しい。なにか理由があったのかもしれないけれどそれでも私はとても悲しくて悔しかった。
 泣きそうになる。けどそんなことしていないで私は霊夢に問い詰めなければならない。理由が説明しにくくても私が納得いくまで聞かなければならない。
 そうと決まればくよくよなんかしていられない。

 私は立ち上がり、玄関の近くに立てかけられていた愛用の箒を握りしめて、勢いよく飛び立った。

 *

「おい、霊夢いるか!」
 どこかに出かけていなければいるはずだが、そもそもこの短時間で霊夢がどこかに行くことなんてないだろう。
 台所の奥の方から歩いてくる音が聞こえた。
「うるさいわよ、何?」
 不機嫌そうな声を出しながらエプロンを着た霊夢は私を見る。
「……霊夢! お前さっき、なんで破り捨てたんだ。私は悲しかった、破り捨てた理由が分からなかったら納得なんてしない。だから理由を話せ」
 怖くて声が少し震える。それでも私は問い詰めるって決めたんだ。霊夢が絶対に理由も無しにそんなことしないから。
 霊夢は大きなため息をついた。
「ちょっと火を消してくるから上がって待ってて。すぐ行くから」
 そう言って台所に消えていった。私はいつものように履物を脱いで居間へ上がった。いつもの席に座って霊夢を待つ。

 五分ぐらい経っただろうか、霊夢が台所から歩いて来る音が判決を待つ罪人のような気分になった。頭を振りかぶってそんな思考をなしにして前を向いた。
 霊夢はいつもの席の私の前に座ってこちらを見てくる。

 話すことが出来なくて沈黙が続く。大きく息を吸って私は言葉を吐き出した。
「……なあ、霊夢。どうしてだ?」
「……スケッチのことね。あんた、気がついてないの?」
 霊夢が問いかけてくることがよく分からなくて首を傾げた。
「なんのことだ? 私はいたって普通だけど?」
「……本当に気がついていなかったのね。あんたあの花に憑かれそうになってたのよ」
 は? 幽霊はあんなところにいなかったぞ……
「あの紙に怨霊が取り憑いていたの。あんたそのままじゃ取り憑かれて殺されるところだったのよ。危機感持ちなさいよ!」
 霊夢が叫んだ。私は驚いて霊夢の顔を見て固まってしまう。
「あんた、いい加減にしなさいよ。好奇心に殺されるわよ!」
「ちょ、落ち着けって、誰が悪いとか無いんだ、霊夢が破ってくれたんだろ、それなら私は死なないじゃないか」
 慌ててしまって変なことを言っていないだろうか。分からなくなってくる。
「死んで欲しくないからそれをしてくれたんだろ、落ち着けって……」
 泣きそうになっている霊夢に慌ててしまう。泣かせたいわけじゃなかったのに。
「私のためにしてくれたんだろ、ありがとう。だから泣きやめって……私死なないから……」
 ぽろぽろと涙を流す霊夢のそばに寄って肩をさすっていた。

 *

「落ち着いたか?」
「……うん」
 恥ずかしそうに泣き腫らした目で私から目線を外す霊夢。
「……それと、スケッチ、破ってごめんね」
 小さな声で謝ってくれた。わたしは笑って答える。
「ありがとな。悲しかったけど、助けてくれたんだから大丈夫だ」
「魔理沙、それとあの花は一応燃やした方がいいと思う。何があるか分からないから」
「そうする。それじゃあ私は帰るな」
「うん」
 霊夢は少し笑って手を振った。私は振り返して、飛び上がって家に帰っていく。

 家に帰って、走って庭に行って、前で立ち止まる。八卦炉を動力に火をつけて、花を燃やした。
 ぱちぱちと小さく燃えた花はあっという間に消えた。なにか楽になったような気がした。

 *

 あの後、あの花のことが気になったので鈴奈庵で外の世界の植物図鑑を借りた。
 鈴奈庵のカウンター机の上で図鑑のページをめくる。
「た、た……あった」
 図鑑を広げて目に入ったのは一面黄色の花々だった。
「珍しいですね、魔理沙さんがたんぽぽなんてわざわざ調べてるなんて」
 小鈴は目を丸くしながら一緒に図鑑を見ている。
「少し、な。花言葉か……『愛の信託』『誠実』『幸せ』なんだ幸せな言葉ばかりだな……」
「『別離』という意味もありそうですよ」

「別離……そういうことだったのか?」

 あの花が私を殺すものだったのだろうか。分からないけれどそれでいいのかもしれない。まだ誰かと別離なんてしない。だから他の花言葉のように幸せでいたい。

 私はまだ、ここで生きていく。
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コメント



0.130簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.100東ノ目削除
霊夢がスケッチを破り捨てて帰るシーン、ぶっきらぼうなようで、「魔理沙のことだから、これで納得いかなかったらちゃんと問い詰めに来てくれるだろう」という、霊夢から魔理沙への信頼を感じました
3.80名前が無い程度の能力削除
身近な花を使った展開が凄かったです。まさかあの花にあんな花言葉があるとは……
4.100名前が無い程度の能力削除
凄く良かったです。大好きです。エモの塊みたいなお話でした。
5.80福哭傀のクロ削除
花言葉は王道ですねー。
そして身近?な花をもってきて面白い見方だったと思います。
どことなく尻切れに感じる雰囲気が
世にも奇妙ななんとやらみたいでした。
まとめ方もきれいだったと思います。
魔理沙は愛されていますねぇ
6.100名前が無い程度の能力削除
花のように生きる、美しかったです。
8.100南条削除
面白かったです
花で九相図でもするのかと思いました
それがこんな展開になるとは驚かされました
霊夢のぶっきらぼうな優しさもよかったです