「どうしたんですか、私の顔じろじろ見ちゃって。今日の霊夢さん何か変ですよ?」
「……誤魔化してたつもりだったんだけど、まさか早苗なんかに見破られるなんて。
どうやらさすがの私でも緊張を隠しきれなかったみたいね」
「なんかって何ですか、こう見えて私かなり鋭いんですから。というか、露骨に気付いてくれと言わんばかりのフルオープンな不自然さでしたから、気付かないほうが難しいぐらいです。
今の霊夢さんだったらきっと魔理沙さんにだって見破られますよ」
「そう……まさかあの魔理沙にすら見破られる程度だったとはね、ポーカーフェイスは得意なつもりだったけれど、やっぱり限界はあるものなのね。
でも考えてみれば当然だわ、この件は私なんかには荷が重すぎるのよ」
「霊夢さんがそこまで言うだなんて。わざわざ私を呼び立てて相談したいと言うことは、何か重要なお話があるんですよね。
もしかして、異変ですか? もしかして幻想郷の住人全てが巻き込まれるほどの大きな異変が――」
「いいえ、異変ではないし、幻想郷を巻き込んだりはしない、これは私一人の……いえ、私と早苗の未来に関わる問題なの。
かといって軽んじていい問題ってわけでもないわ、私達にとっては異変に匹敵するか、ひょっとするとそれ以上の大事だと私は思ってる」
「私と、霊夢さんの?」
「早苗は気付いていないのかもしれないわね、私だって気付きさえしなければこうして早苗に真実を問いただす必要なんてなかったのだし。
でも一度知ってしまったからには目を背けることは出来ないわ、博麗の巫女として、そして博麗霊夢という一人の人間として、私はその真実を向き合わなければならない」
「真実、ですか?」
「ええ、信じたくないことだけれど、確かめる義務が私にはあるの。これから先の、私達の未来の為に」
「待ってください、霊夢さんはその真実を知らないんですよね、だから私に聞こうとしている。
正直言って心当たりが無いんですが。そんな重要なことなのに、霊夢さんが知らなくて私が知っているんですか?」
「そんなものいくらでもあるでしょ、驚く必要ないじゃない」
「ですけど、巫女として経験も知識も私より遥かに上であるはずの霊夢さんが深刻な表情をするぐらい大変なことなんですよね?
その解決法を私だけが知ってるだなんて、そんなことあるんでしょうか」
「それがあるのよ。私が知っていて、早苗が知らないこと。少し考えればわかるはずよ」
「少し考えれば……ですか。んー……」
「私と早苗の一番の違いって何かしら?」
「違いというと……あっ、もしかして、外の世界のことですか?」
「正解。外の世界に広まっているというある言葉について貴女に聞きたかったの」
「だけど私、外の世界では比較的普通の学生でしたから、そんな大したことは知りませんよ」
「たぶん大丈夫よ、外の世界では誰もが知っている言葉だそうだから」
「はぁ……霊夢さんがそう言うのでしたら。その口ぶりから察するに、きっと答えづらい事なんでしょうけど、出来る限り何にでも答えますから」
「ありがとう。私、早苗のこと信じてるから」
「期待にお答えできるかわかりませんが……どうぞ」
「ファックスって、何?」
「えっ」
「だ、だから、ファ、ファックスって……一体どんな意味の言葉なのかなって」
「えっと……ファックスって、あれですよね」
「待って!
お願いだから待って早苗、私まだ心の準備ができてないから、少し時間をちょうだい。
それと、出来れば私のペースで話させてくれると嬉しいわ、私が一つ一つ確かめていくから、早苗はそれに答えて欲しいの」
「は、はぁ……」
「まず最初に、その、場所を聞きたいのよ、外の世界ではファックスって……どこでするものなの?」
「どこで、ですか。それは家によってそれぞれだと思いますけど、居間だったり廊下だったりするんじゃないでしょうか」
「居間や廊下っ!? え、ええっ、本気で言ってるの早苗っ!?」
「な、なんでそんなに驚くんです? 普通だと思いますけど。電話とセットの事も多いですし」
「テレフォンファックス!?」
「言い方が気になりますけど、そういうことになりますね」
「そういえばさっき、”家によって”って言ったわよね、ファックス……って家庭でするものなの?」
「そうですね」
「なんてこと……外の世界の常識はどうなってるの」
「最近だと会社で使うことの方が多いのかもしれませんが」
「か、会社っ!?」
「仕事で使いますから」
「そんな……そんなのおかしい、仕事でファックスなんて狂ってるわ、早苗はそんな世の中を変だとは思わないの?」
「世の中って、大げさですよ霊夢さん、何をそんなに驚いているのかわかりませんが、会社でファックスなんて普通じゃないんですか?」
「常識が違いすぎるのよ……幻想郷じゃ仕事先でファックスなんてしないわ」
「それはファックスそのものがありませんからね、河童さんに頼めば電話機だって作れるんですしファックスもどうにかなりそうですけど」
「電話機とファックスを一緒にしないでよっ!」
「何で怒るんですか!?」
「そりゃ怒るわよ、さっきから思っていたけど、安易に電話とファックスを一緒にするのはよくないと思う、刺激的すぎるわ」
「刺激的? いや、まあ、確かに一体化したものもありますけど、そんなに刺激的ですかね?」
「電話ってのはね、基本的に相手とのコミュニケーションを取るために使う機械なの、それ以外に使うなとは言わないけど、テレフォンファックスなんて……常識外れが過ぎるわっ」
「でもファックスもコミュニケーションを取るために使いますよね?」
「なっ、ファックスがコミュニケーションの一環だって言うの!?
た、確かにそう取ることもできるのかもしれないけど、それでも、いくらコミュニケーションのためとはいえファックスを仕事や家庭でなんて、私には受け入れられないわ」
「……?」
「早苗は外の世界に浸っていたから感覚が麻痺しているのよ、少なくともまともな人間がやることじゃない。
それにね、早苗は守矢神社の巫女なんだから、巫女として生きていくのならファックスに関しては慎重になるべきよ」
「ファックスってそんなデリケートな物でしたっけ……」
「早苗がおかしいのよ! もしかして外の世界だとみんな早苗と同じような反応なのかしら。
じゃあ聞くけど、今この場で、わ、わわ、私と……」
「私と?」
「私と、その、ファックスして……って言ったら、早苗は受け入れてくれるの?」
「ファックスする? ま、まあ別にいいですけど」
「いいの!?」
「ファックスぐらいならいくらでも、でも道具がありませんから」
「ど、道具……いきなり道具だなんて、ファックス初心者の私には荷が重すぎるわ……」
「ファックスに初心者も何もないですよ」
「あるわよっ、外の世界じゃみんな普通にやってるからわからないだろうけど、とても難しいことなのよっ!」
「説明書を見ればわかるじゃないですか、買った時についてくるんですから」
「せ、説明書……ですって……? それに買った時って、簡単に売り買いしていいものじゃないわよっ、もっと自分を大切にしなさいよ早苗の馬鹿っ!」
「いたっ、痛いですって霊夢さん、叩かないでくださいよ!」
「早苗のことを大切に思ってるから怒ってるのよ、なんでわかんないのよ早苗のバカーっ!」
「だから怒ってる理由がわかんないんですー! なんなんですか一体!」
「……はっ!? ご、ごめん、思わず取り乱したわ」
「霊夢さん、なんだからしくないですよ。いつもの冷静沈着な霊夢さんはどこにいったんです?」
「確かにさっきのは私が悪かったと思うわ、でも早苗も早苗で平然としすぎなのよ、ファックスについての話をしてるのに」
「いや、ファックスについて話してるのに取り乱す理由の方がわからないですよ。
何か勘違いしてるのかもしれませんけど、ファックスっていうのはですね……」
「ストーップ! 駄目よ、私の心の準備がまだ出来てないの!」
「……はぁ、わかりましたよ、霊夢さんのペースに合わせます」
「ありがとう早苗、じゃあ次の質問よ。
ファックスの……やり方についてなんだけど。
その、噂によると、ファックスからは何かが出てくるって聞いたんだけど」
「ねえ霊夢さん、誰からその噂聞いたんです?」
「今は私の質問にだけ答えてよ、お願いだから」
「わかりました……確かに出てきますよ」
「白いの?」
「まあ、基本的には白いですね」
「その、入れたりも……するのよね?」
「入れますね」
「入れたり、出したりするの?」
「あの、霊夢さん」
「答えてよ早苗っ、これは私達の未来に関わる大事なことなのっ!」
「もう、そんなに必死な顔されたら答えるしかないじゃないですかぁっ!
ええ、その通りです。確かに入れたり出したりします!」
「やっぱり、やっぱりそうなんだ、まさか家庭や職場でもファックスが行われてるだけだなんて、外の世界はすっかり乱れてしまっているのね。
信じられない、だけど早苗はそれが当たり前の世界で生きてきたんだもの、私はそれを受け入れるしか無いのよね。
……ああ、でも大事なことを聞き忘れていたわ。
急に聞かれても簡単に答えたり出来ないことだと思う、それは私にだってわかってるわ、けど答えて欲しいの、私の一生のお願いよ」
「大げさな」
「大げさよっ、デリカシーが無いってことぐらい私にもわかってるんだから。
えっと、早苗も誰かとファックスしたこと……あるの?」
「……えっと、何て答えたらいいんですかね」
「あるのね……」
「ありません、ありませんからそんな世界の終わりみたいな悲しい顔しないでくださいよ!
えーっと……最近は家庭用のファックスは減っていますから、置いてない家庭も多いんじゃないですかね、私の家にもありませんでしたから、働いてる人なら触ったことのある人も多いんでしょうけど」
「無いのっ!? ホントに? 本当に無いのねっ!?」
「霊夢さん、超嬉しそうですね」
「そりゃ嬉しいに決まってるじゃない、だって早苗が外の爛れた風習に染まってないってことがわかったんだもの、これなら心置きなく――」
「心置きなく?」
「……い、いや、なんでもないわ」
「霊夢さーん? 顔が真っ赤ですよ、そんな顔されたら気になるじゃないですかぁ。
心置きなく何が出来るのか教えて下さいよ、私に」
「なんでもないって言ってるじゃないのっ、あとそのニヤニヤ顔嫌い。
その顔してる時、早苗ったら絶対イジワルなこと考えてるんだもの」
「仕方ないですよ、だって霊夢さんがあまりに可愛いこと言ってるから」
「か、かわっ!? 何が可愛いのよ、私は真剣そのものよっ、平然としてる早苗がおかしいのよ!」
「さっきも聞きましたけど、そのろくでもない噂、どこで聞いたんです?」
「噂の出処がそんなに重要なの?」
「重要というか、問題そのものですね、この場合」
「口止めされてるんだけど」
「私よりその相手の方が大切なんですか?」
「その言い方は卑怯だわ、答えないわけにはいかないじゃない。
紫よ、紫が私に話してくれたの、外の世界で行われるファックスと呼ばれる”風習”について」
「あー……なるほどぉ、霊夢さんが一体何を吹きこまれたのかわかっちゃいましたよ、私」
「なんでそんなニヤニヤしてるのよ」
「いや、だって……ふふっ、そんなの、笑わないわけがないじゃないですか。
で、霊夢さん。ファックスってどういう意味だと思ってたんです?」
「はっ!? 普通それを私に聞く? 早苗はどういう意味なのかわかってるんでしょっ!」
「いや、たぶんですけど、霊夢さんが思ってるファックスと私が思ってるファックスって別物だと思うんですよ」
「えっ?」
「だって、ファックスって機械なんですから、電話だと声が相手に届きますけど、ファックスは紙に書いた文字や画像が相手に届く機械なんですよ」
「えっ、えっ?」
「だから電話とセットになってるって言ったじゃないですか、それに、その気になれば河童さんに作ってもらえるんじゃないかとも」
「待って、じゃあ今まで私が考えてたファックスって……」
「紫さんのでっちあげですね、霊夢さんをからかって遊ぶつもりだったんじゃないですか」
「なっ、なななっ……!」
「あ、ちょうど霊夢さんの背後あたりに紫さんの開けた境界らしき物が……」
「紫いぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!
私を騙すなんていい度胸じゃない、今日という今日はその生意気な顔二度とできなくなるぐらいボコボコのグチャグチャにして徹底的にぶっ飛ばしてやるんだからっ……ってこら、隙間閉じて逃げるなーっ!」
「うわあ、怖い怖い」
「こうなったら紫の家の直接乗り込んで――」
「逃げた直後に家に居るとは思えませんが」
「じゃあ藍か橙でもぶっ飛ばして憂さ晴らししてやるわよっ!」
「とんだとばっちりですね……まあまあ霊夢さん、落ち着いてくださいよ」
「はぁっ!? 落ち着けるわけないじゃない、これであのバカに騙されたの何度目だと思ってるのよっ!」
「何度も騙されてるのに信用する霊夢さんが悪いんじゃ……」
「何か言ったかしら?」
「はは、気のせいですよ気のせい。
とにかく、憂さ晴らしは今日じゃなくてもいいじゃないですか、どうせほとぼりが冷めるまで紫さんは姿を現さないでしょうから」
「でもっ!」
「今は、それより大事な話があるんです」
「大事な話!? 紫への復讐以上に大事な話があるっての?」
「霊夢さんが言ったんじゃないですか、私達の未来に関する大事な話だって。
どうしてさっきの話が私”達”の未来に関わってくるのか、ちょっと考えたら私わかっちゃいました。
そもそも霊夢さんが思ってたファックスって、要するにファックとセック……」
「わあぁぁぁ! 何言おうとしてるのよ、はしたないわよ早苗っ!」
「だって霊夢さんが先に……」
「それとこれとは話が別っ、私がただ騙されてただけなんだから、故意に言葉にするのとはまた別なのっ!」
「でも霊夢さん、私とファックスしたいんですよね?」
「へ?」
「言ったじゃないですか、私とファックスしたいって言ったら受け入れてくれるかって」
「あ、あれはっ! 違うのよ、決してそういう意味じゃっ!」
「そういう意味だったんですよね? それ意外考えられませんから」
「だから、違うって――ってちょ、何で立ち上がるのよっ! なんでそのまま近づいてくるのよーっ!」
「霊夢さんの傍にいたいからって理由じゃだめですか?」
「じゃあこの距離でいいじゃない、近くにいたいだけなら触れる必要なんて……ひぅっ」
「霊夢さんのほっぺた、暖かくて柔らかいです」
「待ってよ、これ以上は……ちょっと、なんでさらに近づいてくるのよっ!」
「押し倒したいからに決まってるじゃないですか。
ああそうですね、厳密に言うと傍に居たいって言うのとは少し違うのかもしれません。
私、霊夢さんと一つになりたいんです」
「っ!? 待ちなさいっ、ほ、ほんとに待って、お願いだからっ」
「そんな可愛い顔されたら待てるわけないじゃないですか」
「ダメ、ダメなんだからこんなの」
「何がダメなんです?」
「ダメなものはダメなのー!」
「何がダメなのか言ってくれなきゃ納得できませんよ。
私、こう見えて結構頑固なんで、理屈が通ってる話じゃないと聞かないことにしてるんです」
「うぅ……そ、その、大切なこと、聞いていないから。
ちゃんと言葉にして、形にして、私に伝わってないから」
「……っ。そういえば、そうでしたね」
「顔、真っ赤になってる」
「霊夢さんこそ、人のこと言えないぐらい真っ赤です。
それにしても、”私達の未来”なんて意味深なことを言っておきながら、はっきりとした言葉を霊夢さんに伝えてないなんて、私としたことがうっかりしてしまいました」
「そうよ、聞いてないの、それを聞かない以上は許すわけにはいかないわ。
だから、キスする前に教えて。
私は早苗の事が好きよ、早苗は……私の事、好き?」
「ええ、もちろん。好きですよ、好きすぎてどうにかなっちゃうぐらい好きなんです。
だから、無理やり押し倒してキスしたいし、その先のことだってしたいんです」
「その先って?」
「そんなの決まってるじゃないですか」
「言ってくれなきゃわからないわ」
「もう、仕方ないですね」
「――私と、ファックスしましょう」
このあとめちゃくちゃファックスした。
これは新年早々いいレイサナだぁ…
ちょっとオチが読めちゃったんでこの点数で失礼。