★キャラ崩壊どんとこいな内容ですので、くれぐれもご注意を。
「この里もかぁ‥‥」
周りの景色を見渡して、わたしはげんなりつぶやいた。
「ふっ‥‥犯人も一体、何を考えてんのかしらね‥‥」
さすがにサナエも、疲れたような声で言う。
人里から人里へと延びる、どこにでもあるような田舎道。周りには畑や田んぼがひろがり、のどかな変わり映えのしない風景が広がっていた。
‥‥問題なのは、そこにうじゃうじゃたむろする、手足の生えたティーセットだの狸の置物だの茶ガマだの燭台だの。
そう。置物。古道具。
ふつーの道具が畑仕事のじっちゃんばっちゃんみたいに畑で日向ぼっこしている光景なんて、このへんてこな世界でだってふつーではない。
彼らは皆、人間に使われた古道具、付喪神たち。ときに人間に恨みを抱いて襲い掛かってきたりもするが、目の前の彼らはただたむろしているだけで実害はない。
ただ実害はないと言ってもあたりの村人たちは気味悪がっちゃって外に出れないし、何よりうっとうしい。‥‥なにがかなしゅーて天気のいい日に付喪神のすね毛なんぞ鑑賞せにゃならんのだ。
――――里中の道具達が付喪神化してあたりにたむろし始める――――
この事件、別にこの里が初めてではない。これまでにも5つか6つ、街道沿いのあちこちの里で似たような事件がおきていた。
犯人の正体も、その目的も不明だが、こんなことをほっぽっておくわけにもいかない。
かくしてこの「付喪神大量発生事件」は正式に異変の認定を受け、わたしたちが解決のために結界管理者協会から派遣されてきたわけなのだ。
「さって、ともあれサナエ、この付喪神たちをどーにかするわよ」
「ふっ、私の出番ってわけですね!まかせなさい!」
くそえらそーに言うと、サナエはスペルを組み立て始める。
手元に持ったカードに霊力で式を編み上げ、そして、デバッグをして――――
「妖魔覆滅!妖力スポイラー!」
なんだかイタイ宣言と共に、カードを天に掲げたサナエを中心に光が広がっていく。
その光を浴びた途端、付喪神たちは一瞬にして動きを止め、色とりどりの霊気を吐き出しながらただの道具に戻っていく。吐き出された霊気は広がる光とは逆にサナエに向かって飛んでくる。
――妖力スポイラー ――かなり高位の巫術を彼女がアレンジしたスペルで、この光、全くの人畜無害だが、低級の魑魅魍魎程度なら、いともあっさりその瘴気を吐き出させて浄化する。おまけに、瘴気を霊力に変えて自分のものにしてしまう極悪非道なオマケつき。‥‥浄化というよりかは強奪である。
範囲もかなりの広さにおよび、今や里中にたむろしていた付喪神たちのほとんどがただの道具に戻っている。
むろん、かなりの大技で、スペル組立やデバッグの手間、発動に要する霊力の関係で一日に一、二回が限度というのが難点だが。いくら霊力を強奪すると言ってもスペル発動に使った以上の霊力が戻ってくることはまずそうそうないわけで。
最初、サナエがこんなスペルを使えると聞かされた時にはさすがにちょっとびっくりしたが、まぁ、変な知識と特技の多い奴だから。
――――やがてほどなく里中の付喪神たちは元の道具に戻り、平和な田園風景がもどってきた。
「あー、疲れたぁ‥‥」
くびをコキコキ鳴らしつつ、疲れた様子で言うサナエ。
「はい、ごくろーさん。でもこれで、敵さんの足取りもだいぶつかめたわね‥‥」
アタシにばっかりやらせてずるい、今日の晩飯オゴレ、と騒ぐサナエを無視しつつ、わたしはあさっての方向を眺めてぽつりとつぶやいたのだった。
*********
「あなたねっ! これまでの付喪神大量発生事件の犯人は!」
「ひええええええ!そうです!わちきですううう!ごめんなさいい!」
「やった当たった!」
「え、えー?!」
びしぃっ、と鼻先に突きつけた愛用のお祓い棒の先で、女の子は涙目でうろたえていた。
あの後、街道沿いに事件が順番に発生していることを確認した私たちはとりあえず空を飛んで先回り。テキトーな里にあたりを付けて、やってくる人に次から次へとお祓い棒を突き付けて犯人だと決めつける。たまにちょっとどついてみたり。
――――なかなか適当な方法だけど、けっこう成功率高かったりするのよ、これが。大抵の異変はこれやってればそのうち犯人にたどり着くんだから。‥‥管理者協会のオババとか委員長はそんなチンピラまがいのやり方は評判落とすからやめろといい顔をしないのだが。さて。なんでだろう。
とはいえ、いきなりこうやってすべてを認めて謝りだすのもめずらしい。「コワいコワい」とかいってニタニタ笑っているサナエを横目でにらみつけると、わたしはぐすぐす泣きだした女の子の顔を覗き込む。
「えっと、ほんとにあなたが犯人?」
「はい‥‥わた、わちきが全部やりましたぁ‥‥ううう」
としのころなら13、4。青いサラサラのショートボブから覗く涙目は、赤と青のオッドアイ。片手に握った古びた紫いろの茄子のような傘が、まるで生き物のような気配を発している。
‥‥このこ、もしかして。
「すいません、これには、これには事情が、深い事情があるんです‥‥うううう」
事情、ねえ‥‥
「とりあえず、場所移さない?そこでゆっくりお話しましょ。だいじょーぶ、取って食ったりしないから」
「ほ、ほんとですかぁ?」
にっこり笑って、怯える彼女の頭を撫でる。いまだに女の子は怯えた表情で、わたしとサナエを見つめていた。
彼女が怯えているのは、けして鼻先をかすめた私のお祓い棒のせいじゃなく、後ろで「可愛いなぁ‥‥苛めたいなぁ‥‥食べちゃいたいなぁ‥‥」とかヨダレ垂らして言っているサナエのせいなのだ。うん。きっと。
***********
「うううう、わ、わちき、コガサって言いますう‥‥」
街道沿いの宿屋の食堂で。あまいお汁粉10杯を平らげて少しは落ち着いたか、コガサと名乗った少女はポツリポツリと話し始めた。
「ご覧の通りの、つ、付喪神で‥‥うちは代々立派な唐傘お化けの家系なんです‥‥」
「その目、やっぱりそうなのね」
「はい‥‥そんなこんなで私も小さい時から付喪神としての才能を見込まれて、色々修行してきたんです‥‥」
付喪神、と彼女は言ったが、今回の事件で現れているような付喪神とはちょっと違う。彼女は人間の姿の、比較的高位の付喪神である。
一般的にこの世界の妖怪や神々においては高位の者ほど人間の姿を取りたがる。理由はよくわからないのだが一種のステータスなのだそうだ。
さて、そんな付喪神にもいろいろと種類がある。一つは本当の道具が長い年月や強い愛着等の思念を受けて誕生する者。もう一つは、人間に道具の霊気を纏わせて簡易的に実体化させるもの。いわば、道具版のシャーマン、巫女である。
彼ら彼女達は人間が元となっていることもあり、最初から人の姿を取っている。前述のとおりこの世界の妖怪達や神の間では人間の姿を持っている者ほど高位である。そのステータスをもって彼女達は古い道具や建築物と言葉を交わし、物言わぬ彼らの代弁者として、あるいは調整役として活動しているのだ。その仕事は暴れ出した化け道具達の仲裁、調伏だけではなく、古い図書館の本や木の家に問いかけて紙魚やシロアリが住み着いてないか聞いたり、最適な修復方法を美術品自身に聞いたり、カラクリ道具に故障や故障しそうなところはないか聞いたり、とにかく便利で幅広く活動の場がある仕事である。
ただ、いくら便利でも付喪神になれる者となれない者がいて、なれる者は代々同じ家系から輩出されることが多い。
彼女もそんな家系の子なのだ。オッドアイはおそらく、その身に降ろした道具の霊気によるもの。その霊気の元は、今手に握っている古い傘だろう。
「で、そのエリート付喪神の家系の子が、こんなところで何やってるんです?」
串焼きの牛肉をもごもご齧りつつ、サナエがコガサに尋ねた。
「は、はい‥‥その‥‥」
「嫌になって家出?、とかですか」
「い、いえ!そうじゃないんです!わたし、付喪神になるための勉強もちゃんとしたし、現にこうやって付喪神になることもできたし‥‥お父さんもお母さんも、こんなに小さいころから付喪神になれる子なんて一族の歴史始まって以来だって、とっても喜んでくれてて‥‥」
「じゃあ、どうして?」
「あ、あの、実はわた、わちき、‥‥すね毛がダメだったんですぅ!」
‥‥は?
「す、すね毛だけじゃなくて、なんていうか、生えかけのひげとか、小じわとか!!」
「ちょ、ちょっとまって、そこでどーしてすね毛が出てくるのよ!今までの話とどこが関係あるの!?」
「おおありなんです!」
「オオアリ名古屋は城でも‥‥」
「あんたはだまってなさい!」
「ぴぎゃ」
サナエをジョッキの底で黙らせつつ、わたしはコガサに先を促す。
「はじめての付喪神の仕事の時に気が付いたんですけど、わたし、そーいうの、生理的にダメで‥‥ほ、ほら、付喪神さん達って、みんなお年を召した方ばっかりじゃないですか!付喪神さん達とお話ししようと術を掛けて、一時的に動けるようにしたり、疑似妖怪化させたりするんですけど、そーすると、みんな大抵、すね毛とかが‥‥!」
‥‥先に気づきなさいよ、そーいうもんは。
「だ、だから、そういうの克服しようと思って、修行の旅に出て‥‥慣れようと、いろんなとこで付喪神さん達とお話ししようとしたんですけど・・・・」
「はああああ‥‥」
だいたい話はわかった。つまりはこの子が修行のためにあちこちで術を使い付喪神を呼び出し、すね毛がイヤで逃げ出してしまい、結果あちこちの里に呼び出されたままの付喪神たちがたむろする事態になったというとこと。
はためーわくな話である。
「そんなだから、わた、あ、わちき、付喪神としてのお仕事、うまくできなくて‥‥もう旅に出てからずっと付喪神になったままなのにそうだから、まともにご飯も食べれてなくて‥‥」
「あらら、それはかわいそーに」
付喪神化している彼女達は立ち位置はどちらかというと妖怪寄りになる。妖怪の主食は色々あるが、この子達は心を食べる。付喪神と言ってもお化けなのだから、人間が驚くびっくりした心、ってのが一番のご馳走なのだが、このこ、それも満足に食べれていないわけだ。本体が人間なのだから普通のごはんを食べれば何とかしのげるだろうが、付喪神化している現在では人間用のご飯を食べてもあんまりお腹にたまらないのだろう。お汁粉10杯平らげる気持ちもよおく分かる。
ちなみにさっきから彼女、自分のことを「わちき」と言い換えているが、それも付喪神としてのキャラづくりなんだろう。
「そんなに付喪神がいやなら、やめちゃえばいいじゃない。そんだけ素質あるんだから、別に付喪神でなくてもどっかの巫女としてやっていけるんじゃないの」
「いえ、別に付喪神さん達が嫌いってわけじゃないんです‥‥」
復活したサナエの言葉に、コガサはちいさく頭を横に振る。
「ほ、ほら、なんていうか、古い道具さん達に囲まれて過ごすのって、女の子としてこう、憧れみたいなところがあるじゃないですか」
「う、うん。まー、そういうのもあるかしらね」
‥‥アンティーク喫茶に入り浸る女の子の気持ちの拡大版だろうか。
「あ、あの古びた匂いというかかび臭さっていうか、ちょっと、頼りがいを感じさせてくれる加齢臭‥‥オヤジスメルっていうか、そういうの嗅ぎながら暮らすのって、素敵だと思いません?」
前言撤回。何フェチだこいつは。
「だ、だから!無理と失礼を承知でお願いします!わたしがすね毛を克服する、お手伝いをしていただけませんでしょうか!」
「えー」
「お願いします!見たところ、かなりの巫術の使い手とお見受けしますが、管理協会の方ですよね!そのバッジ!」
「あー、うん、そうだけど‥‥」
「あ、あの、隣の方も、そう、ですよね‥‥」
「一応ね‥‥」
「ふ、このバッジを見てそう思わない馬鹿なんて、この世界に居ないんじゃないですかね」
ほれほれ、とその無駄にでかい胸につけた、紅白の二つ巴のバッチを指でつまんで見せびらかすサナエ。
結界管理協会。大昔の術によって外界から隔離された幻想郷というのが、私たちの暮らしている世界。その幻想郷を外界から隔離している結界を管理する集団が結界管理協会である。かなり昔、神や妖怪、人間と言った者たちの概念を書き換えてしまう異世界からの侵略者との戦いがあった。厳しい戦いだったと聞いている。いかに強力な神や妖怪とはいえ、その存在概念をいじられてはひとたまりもない。
結果、多大な犠牲を払いつつも概念書き換えを無効化、また反射する結界によってこの世界を覆うことでなんとか戦いは終息したのだ。
ただし、終息したとはいってもいまだに侵略は続いていて、結界も定期的に維持しなければ破たんしてしまう。そのために作られたのが管理者協会というわけだ。あちこちから有望な巫女や術者を集めてきて、結界の維持管理、はては結界内の治安維持にあたる組織である。結界に害を及ぼすような事件、もしくはそこまでは行かないまでも何か結界内の世界に悪影響を及ぼしかねない事件があった場合、それは「異変」と認定されて協会から派遣された巫女が解決にあたるのだ。
そんな巫女の一人がこのあたしというわけで。となりにいるサナエも一応巫女である。‥‥黒マントにひもビキニ、蛙のドクロのネックレス、白い蛇皮柄のタイツなんて無駄に露出の多い悪堕ち巫女じみたカッコなんぞしているけども。‥‥彼女の宗派の神様に捧ぐ格好だというが、もーちょい常識的な格好はできなかったものか。‥‥「常識に囚われてはいけない」がモットーの彼女に言ったところで馬耳東風なんだけど。
ちなみにあたしは紅白の巫女衣裳をちょいとアレンジした上着にマント、細身のズボンといった、それなりに巫女とわかりやすい恰好(だとおもう)である。
腋があいてる?涼しくていいじゃない。
「ほーっほっほ!その程度、この現人神サナエ様に任せておけば、造作もないことですよ!」
うええ!?な、なにいきなり言い出してるんだこいつは?
「ほ、ほんとですか!?お願いします!報酬だって、少しですけどわたしの路銀がありますから、どうか、おねがいします!」
「お礼!?」
コガサの口から飛び出した、魅力的な言葉におもわずわたしは身を乗り出す。
こりは、うまくすればコガサからも謝礼がもらえるうえに異変解決ということで協会からもお賽銭がもらえるとゆーことでは!おおぅ!女の子の夢、お賽銭の二重取り!?
引き受けない手はないっ!
「わかったわ!ここはひとつ、異変解決のプロであるこの私達にどーんと任せておきなさい!」
「ほ、ほんとですか!ありがとうございます!」
「‥‥って、なんかいい案でもあるの?いきおいで返事しちゃったけど、そんな、すね毛克服だなんて」
「何言ってるんですかレイム!この私に掛かれば、どんな異変だってばっちり解決です!いいから大船に乗ったつもりで、このサナエ様に任せておきなさい!ほーっほっほっほ!」
「ええええええええーーーー!」
私の名前を聞いた途端、コガサがうれしさのあまり悲鳴を上げた。
‥‥いや、なんか怯えてる?
「レ、レイムって、あの、あの?」
「‥‥たぶんそのレイムだとおもうけど」
「『龍神様もまたいで通る』とか、『スキマ妖怪の便所の蓋』とか、『地獄ガラスのヨダレ拭き』で親しまれている、あの!」
「そんな二つ名で親しむなぁ!」
「きゃう!」
気が付けば、いきなり失礼なことを言うコガサの顔面に靴底をめり込ませていた。
なによ、龍神様もまたいで通るなんて。
「きゅー‥‥」
「あーあ。こーゆーことしてるからそんなこと言われるんですよー。ああ、よちよち、可愛そうに。さ、今日はもうお部屋でお休みしましょうねー。おねーさんがベッドで優しく介抱してあげますからねー。うふふ、うふ」
ぐったりしたコガサを抱き上げると、サナエは二階へあがっていく。誰が呼んだか白蛇のサナエ、大贄喰らいの祟り神(ミシャクチ)少女。今宵も絶好調の様である。
彼女の毒牙に掛かった少女は数知れず、子猫だって雌なら彼女に預けちゃいけないなんていわれていたり。
そんなことしてるからあたしたちの通った後にはぺんぺん草一つ生えないとか言われるのだ。まったく。
**********
「で、これがあなたの言う名案な訳ね」
「そうですよ。もんくあるの」
「べーつーにー」
翌朝。てかてかしているサナエのうしろで、あたしはうんざりした声を出した。
「手っ取り早いのはもう直接のショック療法が一番です。まあ、きつすぎるかもしれないからちょっと工夫はしますけど。すね毛はダメでも男臭はすきなんだから、そこに楽しさの要素があれば大分緩和されます。そーやって、耐性を付けていけばいいんです」
「これで、ねえ‥‥」
袋の中から取り出したのは、真っ白な布が二つに、葵で染め上げた服。
ふんどし、さらし、ハッピ。
「そ。裸祭りに参加すればいい!」
「短絡的‥‥」
「だまらっしゃい。ほら、もう一組借りてきたから、レイム着なさいよ」
「えー!なんで私?言いだしっぺなんだからあんた着なさいよ」
「私の好みじゃないんですよ」
「そんな破廉恥なカッコしてんだから」
「これは神聖なウチの神社の祭祀服です!」
目の前に突き付けられた真っ白いサラシを、サナエに向かって突き返す。
なぜかサナエはそこでニヤリと笑った。
「あーあー。そうですもんねえ。レイムさん胸無いから。サラシなんか巻いたらない胸がさらに強調さぶふえっ」
「やっかましい!あたしにだって胸の一つや二つ!」
許されざる一言を吐いたサナエのこめかみをお祓い棒でどついて黙らせる。ったくこの女、人よりちょっと胸があるからってちょーしに乗りやがって。
「‥‥はぁーあ。うまく行くのかなぁ、こんなので‥‥」
サナエから押し付けられたサラシを手に、いまだにベットですぴゃすぴゃ寝ているコガサを見下ろすと、あたしはため息を一つついたのだった。
「うう、おねーさま‥‥激しすぎです‥‥あたし、あたしもう、ばかになっちゃう‥‥」
‥‥ご愁傷様。
*******
「ほ、ほんとに参加するんですかぁ‥‥?」
喧噪響く神社の境内で、サナエが用意したふんどしとサラシを身に着け、ハッピをまとったコガサが怯えた声を出した。
うーん、なんというか、痛々しいというか、かわいらしいというか。サナエの気持ちも少しわかるよな、なんともいぢめたい女の子がそこに居た。
「そ、すね毛を克服したいんでしょ?ちょうどいいタイミングで、ちょうどいいお祭りがあるんだから。それに参加させてもらいましょ」
「だ、だからって、なんでこんなカッコで‥‥」
「裸祭りだもの。しょうがないでしょ」
「は、はだかまつりぃ!?それ、それっておと、おとこのひとも」
「あったりまえでしょ」
「ええええ!そんな、すね毛天国じゃないじゃないですか!なんですかそのちぢれ毛地獄!」
「おっさん臭嗅ぎ放題よ?」
「う、それは、また‥‥」
「ねえ、レイム。このこってもしかして変態なんじゃないの?」
「いまさらかい。ってかあんたがゆーな」
「私は変態じゃありませんよ!?このハイセンスな衣装の崇高さと歴史を分からない人間の妄言ですそれは!」
「はいはい。いーから静かにしなさい。みんな見てるわよ」
宿をとった町からさらに街道を進んだところにある小さな町。神社の参道をメインに栄えた典型的な田舎町である。そこで裸祭りがおこなわれると聞いたサナエに連れられた私達は、飛び入りでこのお祭りに参加することにしたのだ。
周りでは、人妖が入り乱れ、今まさにお祭りの準備が佳境に入っていた。少しみんなが遠巻きに見ているのはサナエのせいである。きっと。「あれ、もしかして管理協会の大魔王‥‥」「馬鹿!きこえたらどーすんだ!封印されて、一族郎党財産すべて持ってかれるぞ!」とかゆー怯えた声が聞こえてくるのは気のせいである。‥‥退治しちゃうぞ、この木端妖怪どもが。
「とりあえず。もう少しでこの神社からお神輿と梵天がでてくるから、あんたはオッチャン兄ちゃんたちに交じって練り歩くの!」
「うう、あ、あたし一人だけですかぁ‥‥」
「そーよ。そうじゃないと度胸付かないでしょ」
「ふ、逃げましたね」
「うっさい!アタシはいちおー監督者としての責任があるんだから」
「へー」
あー、このニヤニヤ顔、うっとおしいなぁ。
ご期待の諸氏には申し訳ないが、結局わたしはお祭りに参加しないことにした。別に胸がどーたらというわけではない。
そーいうわけではない。
‥‥ないったら。
「あ、コガサ。そろそろ始めるみたいよ。ほら、境内の前。みんな集まってるわよ」
「へ!?も、もう!」
にわかに集まりだしたおっさんたちをあごで示し、わたしはコガサの背中を押す。
「ひ、ひゃあ?ちょっと、レイムさん?」
「いーからいくいく!参加しないけどアタシも横で見ててあげるから、ほら!」
「う、うえええ!お、おねーさまぁ!?」
「いってらっしゃーい。あなたの傘は、私が責任を持って預かってあげますからねー。がんばれー」
「ちょっと、助けておねーさま!」
「良い子で行って来たらまた今夜可愛がってあげますよー」
「はううう」
サナエの一言に、コガサは渋々ながら男たちの中に向かって歩き始めた。‥‥おいたわしや。もう、このこ、まともな生活なんかできないだろーなぁ。
********
「わっしょい!」
「きゃああああ!」
「わっしょい!」
「ぎゃああああ!」
「わっしょい!」
「すねげー!」
神社を出たお神輿は、街の目抜き通りをふんどし姿の男たちに担がれながら、ゆっさゆっさと進んでいった。
人ごみの中から突き出す梵天が、ゆったりとした動きで天を衝く。
ほとばしる汗、立ち込める男いきれ、周りの空気の温度まで上げて、祭りの一行が突き進む。沿道からは、酒、水、塩、米がばらまかれ、男衆の裸を目にした女の子たちが頬を染めてキャーキャー騒ぎ、爺ちゃんたちは若いころを思い出して興奮し、ばーちゃんたちは手を叩いて大笑い。
どっちをみても、汗、ヒゲ、すね毛。たまに乳毛。
‥‥うわお濃厚。
「れ、れいむさーん!サナエおねーさまー!あたし、あたしもう!」
「ほーらがんばれー、まだまだ序盤よー!」
「ふえええ」
「はいおじょーちゃんたち、これどうぞ」
「ありがとおばちゃん」
「きいてますかぁああああ?」
「はーい、きいてるわよー!」
おばちゃんが持ってきてくれた木のマスに入った振る舞い酒をぐびっとすすりつつ、悲鳴を上げるコガサに手を振る。
濃厚な男臭立ち込める目抜き通りの中で、まるでミント水の様に切れよく響き渡る女の子の悲鳴。
コガサはなんとお神輿の上に乗せられて、必死な顔をして自前の傘をばっさばっさ振っていた。
毎年ここのお祭りではお神輿の上に立って団扇を振る巫女さんがいるのだが、急に産気づいたということでなり手が居なかったのだ。‥‥てか、こんなところに臨月の妊婦さん呼び出すな。豊穣祈願子孫繁栄が肝のお祭りだそうだが。やりすぎだろ。
とにかく、旗振り役が居なくなってしまった。そこで目を付けられたのがコガサである。
あれよあれよという間にコガサはオッチャン達に担ぎあげられ、お神輿の上に乗せられてしまったのだ。
お祭りのしきたり的に、妊婦じゃないコガサはどうかと思ったのだが。「秋神様の一日お嫁さんだからいいのよ」とは横で綿あめを売っていたむっちりしたおねーちゃんの言である。それもどうなんだろう。孕まされないだろうか。‥‥最初はサナエも候補に挙がったのだが、ここの神主さん曰く、「もうこの方は別の神様のお嫁さんだからダメ」とのひとことであっさり退けられた。まあ、ね。
見渡す限りの男肌と縮れ毛を前に、卒倒寸前になったコガサだったが、立ち込める男スメルのおかげで何とかもっている様子である。いい感じだ。‥‥そう思っておこう。
「わーっしょい!」
「ひゃあー!」
「わーっしょい!」
「おじょーちゃんこえちいさいぞー!」
「わ、わーっしょい!」
沿道からのヤジに、やけくそになったコガサが涙目で叫んでいる。
その一生懸命な顔はなかなか可愛くて、彼女を見るオッチャン達の目がホンワカゆるんでいる。
こーいうとなんか危ないが、みんな娘か何かを見るような目で、股間を気にしているのは彼女と同年代の男の子たちだけだ。要するに彼女、オッチャン受けがいいのだ。付喪神もみんなおっちゃんが多いと彼女は言ったが、だからこそ付喪神をやっていけてるのかも。‥‥代々オッチャン受けがいい家系とか、なんかいやだけど。
「は、なんだかんだで、いい感じじゃないの。たまにはサナエの“名案”もうまくいくことがあるのね」
「失敬な。私は何時だって名案しか言いませんし、うまくいかなかったことなんかありませんよ」
「はいはい」
むきー、とほっぺたを膨らませるサナエをテキトーにあしらうと、あたしは振る舞い酒の二口目を啜った。
そのときである。
ちゅどおおおおおおおん!
「ぎゃあああああ!」
「んあ、なにっ!」
突如往来に響いた爆裂音に、おもわず手に持った酒を溢してしまう。
音のした方を振りかえった瞬間、また爆発音が響いた。
ずごおおおおおおおん!
「ぎゃー!」
「にげろ!賊だ、盗賊が来た!」
「は!?こんな時に!?」
「ぎゃっ!足踏まないでください!」
後ろでサナエの悲鳴が聞こえてきたが、こっちだってそんなことに構ってられる場合ではない。人ごみでごった返していた往来はすでにパニック状態であり、洪水のように流れてくる人の群れに、もみくちゃにされそうだ。あーうっとうしい!
「コガ、コガサ、大丈夫?コガサ?」
「だ、だいじょーぶですぅ!何があったんですかぁ_」
「あなたが一番見えるんじゃない?何が起きてるの?‥‥ってこら、目を開けなさい!」
「ふええええ!」
お神輿を担いだ男たちは、意地でもこのお神輿をひっくり返すものかと、次から次へとぶつかってくる人の波を跳ね返し、微動だにせずに立っていた。
「くっ、もう、限界だ!」
「ばかやろう!弱音を吐くんじゃねえ!秋神様の嫁子、そうむざむざと傷モノにできるか!」
「そうだ!おれたちゃ、この子を無事に、神様の寝所にとどけねばならねんだ!」
「んだ!」
‥‥なにやら不穏な単語が聞こえるが、彼女を守ってくれるならば好都合。わーきゃーさわぐサナエを横目に、わたしは宙に浮きあがるとお神輿の上に着地し、怯えるコガサの肩を抱いた。
「あああ、レイムさん‥‥」
「よーしよし。頑張ったわ。おっちゃんたち!しっかり頑張ってよ!」
『おう!』
頼もしい男たちの返事のあとに、「むぎゃ!」とかいう悲鳴が聞こえてきた。みればサナエの姿がない。あー、ふまれとるふまれとる。
「お、おね―さま?大丈夫なんですか?ねえ!」
「だいじょーぶ。アイツがあれくらいで死ぬような生物じゃないのは確かだから。それより、随分非常識な賊もいたもんね。お祭りの最中に襲ってくるなんて、聞いたことないわよ‥‥っと、きた!」
通りの向こうで、霊力が膨れ上がる。その気配を感じた私は、胸元からカードを出すと、速攻で式を組み上げる。
「邪符『ヤンシャオグイ』」
誰かの宣言と共に、青白い閃光が降り注ぐ!
しかし対策は万全!こちらのスペルは結界属性!
「夢符『二重結界』!」
あたしの宣言と共に、桜色の結界がお神輿前面に現れ、閃光をことごとく弾き返す!
この世界を覆う結界、その仕組みを応用した簡易版の結界術。式も簡単でデバッグの手間いらず。速攻で出せる使い勝手のいいスペルだ。
‥‥あたしがサラシを巻かなかったのはこういうことに備えて、カードを用意しておくためだったのだ。‥‥ほんとだかんね。
「っれ、レイムさん!まだ!」
「!」
青白い閃光はまだ降り注ぐ。結界はまだ持っているが、その向こうから、乳白色の弾がゆっくりとこちらに向かって飛んでくる。
――――やばい?
白い光は結界に触れると、何事もなかったかのようにすりぬけた!
「ひゃあああああ!?」
「霊符『夢想封印』!」
速攻で組み上げたスペルをぶっ放す。目標追尾型の霊力弾をいくつも打ち出すスペルである。迎撃にはもってこい!
「いけえ!」
至近距離で霊力の弾が結界をすり抜けた光の弾を相殺する。余った霊力弾は、殺気を求めてスペルの出所に向かって飛んでいく。これで仕留められればいいが、そんなことは‥‥
「通霊『トンリンヨシカ』」
「ぐはぁっ!」
静かなスペル宣言、それに続いた悲鳴と共に、あたしの放った霊力弾の気配が消える。
誰かを盾に躱したか?なんてことを!
人々のパニックはいまだに続いている。逃げ惑う人の波は相手の姿を隠し、こちらからは反撃ができない。逆にむこうは撃ち放題だ。まずい、これはまずい。‥‥ってえ?
「コガサ、オッチャン達、気を付けて!二重結界もう一個!」
「へ?」
「大奇跡『八坂の神風』!!」
ぼがあああああああああん!
『ぎゃあああああああ!』
突如として炸裂した暴風に、お祭りの飾りが、ヒトが、散り散りになって吹き飛ばされていく。後に残ったのは、体中に靴跡を付けて、すっくと立ち上がった白蛇のサナエ!
「ほーっほっほっほ!よくもこのあたしを散々足蹴にしてくれましたね!絶対に許しませんよ!覚悟なさい!」
「あほかーっ!」
「ぶぎゃ!」
びしぃっ、と通りの向こうを指さして、不敵な笑みで高笑いを上げる彼女に私は神輿の上からとび膝蹴りをお見舞いした。
「痛いじゃないですか!」
「あんたねえ!こんな人もたくさんいるところでそんな無差別スペル使うんじゃないわよ!どーすんのよこれ!下手すりゃ死人でるわよ!」
「ふん、他に方法なかったでしょう?もう1分遅かったら、レイムさん同じことしてんたんじゃないですか?」
「もーちょい頭使うわ!わたしは!」
「ま、なにはともあれ結果オーライですよ。これで邪魔者はいなくなりましたし、敵も見えました」
「邪魔者ゆーな!村人!む、ら、び、と!」
「でも邪魔だと思ってたでしょう?」
「う、そりゃ、まあ」
「じゃあこうしましょう。みんなあいつらのせいにする」
びし、とサナエが指差すかなたには、真っ黒いローブをかぶった人影と、何やら両手をだらりとだらしふらふらと揺れる青白い肌の少女。
アイツらか、この騒ぎの元凶は。
「あ、それはないすあいであ」
「‥‥俺たち見てたんだが‥‥」
「騒ぎの元凶はアイツらなんだから、おなじよ」
「そ、そうかぁ?」
なぜかぶつくさ言う男たちを無視し、わたしはローブ姿に向かって問いかける。
「ずいぶん無茶をするわね。こんなお祭りの日に襲撃なんて。しかも手数はそれだけ?まーた自信満々だ事」
「自信がなければこんなことはしませんよ。それに、無茶なんて思ってませんから」
ローブの中から声が響く。女の人?
身構えるあたしとサナエの前で、女はゆっくりとそのローブをはずす。
「お初にお目にかかります。わたくし、とある山で仙人をやっておりますセイガと申し‥‥」
「問答無用陰陽鬼神玉!」
ぼーん!
「きゃーっ!」
何やら余裕たっぷりに名乗り始めた女に向かって、あたしは特大の霊力弾を撃ち込んでやる。さっきの夢想封印とは違い、霊力を纏めて一個だけの特大弾にして打ち込むスペルである。すまし顔で得意げに口上を述べようとしていた女は避けられもせずに潰された。隣の少女は何とかかわしたようである。
「わー、えげつなーい」
「レイムさん、ごくあく‥‥」
「ねえちゃんよう、あれはさすがにどうかと‥‥」
「なんでよー。手っ取り早く仕留めた方が被害も少ないでしょー」
なぜか味方が文句を言い始める。めんどくさくなくていいと思うんだけどな。
「は、話を聞く気はないということですね。良いでしょう。それならばこちらにも考えは‥‥」
「神技『八方鬼縛陣』」
ぼーん!
「ぎゃー!」
はい、二発目。
「こ、この‥‥」
おー、しぶといなー。
「夢符『封魔陣』」
すがああああん!
「ひいあああああ」
「うーおー!」
今度は少女も巻き込んで、あたしのスペルはあの女を空に向かって吹き飛ばす。
「う、うう、ゆ、許しませんよ!こうなったら!ヨシカ!」
「おー!おまえら、でてこーい!」
やけに間延びした声で、青白い少女が彼女達の後ろに向かって手招きをする。
新手か!しかし何度来ても同じ事!
「ふふ、これをみてもそうできるかしら?」
「な!」
ヨシカと言われた少女の後ろから出てきたのは、ハッピを着た子供たち!その数、10数名はいるか?
「ふふ。このこ、キョンシーでねえ。この子に噛まれた人間も、一時的にキョンシーになるのよ」
「そうだぞ、わたしに噛まれた者は皆私と同じ崇高な戦士となるのだ。いいだろう」
「な、あんた!」
「死霊術士(ネクロマンサー)‥‥」
お神輿の上から、青ざめた顔でコガサがつぶやく。顔を青ざめさせているのはオッチャンたちも同じだった。
「た、太郎!おまえ、何やってる!こっちに戻れ!」
「ジョージ!お父さんの声が聞こえるか?おい!」
「っち‥‥厄介なマネを‥‥」
どうやら、オッチャン達の中には子供を操られている人もいるらしい。これは、迂闊に手を出せない‥‥
「サナエ!あんたのスペルでどうにかなんない?」
「ふ、あたしが大技好きなの知ってますよね。こんなとこで使えるスペルなんか、ありません」
「こないだの奴は?」
「妖力スポイラーですか?あれ、強制的に魑魅魍魎から力を吸い取る技だから、今使ったらキョンシーになった子達の生気まですい尽くしちゃいますよ。コガサちゃんも」
「ああああああ!肝心な時に使えないやつ!!!」
なぜかドヤ顔をするサナエのスネを蹴飛ばし、わたしはセイガと名乗った女に向き直る。
「何が目的なの?」
「ようやくまともに話をしてくれる気になりましたか。ふふ、いえ、わたしはそこのお神輿の中に有るご神体をいただければと思いまして」
「ご神体?」
その声にコガサの座る神輿を振り返る。
「ええ、ご神体です。わたしの研究、タオの実現のためにどうしても必要でしてね」
「ねえ、ここのご神体、そんなにすごいもんなの?」
「い、いや、ご利益はすごいけど、今までこんなふうに狙われたことはなかったぜ!?」
「太郎ぉぉぉぉ!」
「ううう‥‥いいわ!ご神体はあげる!あげるからその子達を開放しなさい!」
「ちょ、ねえちゃん!?」
「でまかせよ!まずはあの子達助けなきゃ!」
抗議の声を上げるオッチャンをどうにか諭す。だが。
「それはできませんねぇ‥‥この子達も立派な研究材“霊”ですから。お返しするわけにはいきません」
「な!」
「‥‥き、聞いたことがあります。外道に堕ちた邪仙の術には、子供の霊を使役するものがあると」
「まさか!」
小さなコガサの声に、あたしの頬を冷や汗が撫でていく。サナエもさすがに事態が呑み込めたか、セイガを睨み付けている。
「あら、お嬢ちゃんよくおわかりね。この子達はアタシの尊い術の素材になるの。この子みたいにね」
「おー」
その声に、セイガの横に立っていたキョンシーが声を上げる。
「うふふ、腐っててなかなか可愛いでしょ?可愛い可愛いあたしの道具。あたしの言うことならなーんでも聞くし、さっきだってその身を挺して盾になってくれたんだから」
「おー」
「でーもーねー。最近、この子もガタが出てきちゃってね。あちこち取れやすくなってたり、うじが湧いたり。だから、修理パーツもほしいのよ」
「な!その子達を使うつもり?」
「それ以外になにが?」
「あ、あんたねえ!」
「さあ!いきなさい!ヨシカ、その子達を連れてこの人間達を皆殺しにしておしまい!」
「おー!」
「ぐっ!」
ヨシカと呼ばれたキョンシーを先頭に、キョンシー化した子供たちがゆっくりこちらに近づいてくる。
大技を使えば子供たちに被害が出る。逃げたら子供たちが連れ去られる!
「やめてください!そんなことしちゃだめです!」
「コガサ?」
「お嬢ちゃんも中々ねえ。貴女は殺さないであげる。一緒に連れて帰ってあげるから、そこのヨシカと一緒にキョンシーになりなさい」
「‥‥!」
「コガサ、あんただけでも逃げなさい!」
「いいえ!」
「!?」
突然叫ぶと、コガサがお神輿の上に仁王立ちになる。そうして、サラシの中から何かを取り出す。
カード?これは、スペルを組む気か!?
「付喪神の名に懸けて、貴女を止めて見せます!」
「あら!付喪神(ばけどうぐの巫女)だったのお嬢ちゃん。これは運がいいわね。レアキャラだわ」
いうなりセイガは相貌を崩すと、懐から取り出したクナイをコガサに向かって投げつける!
「レイム!」
「邪魔はさせないわよ!」
咄嗟にあたしとサナエはマントを翻してお神輿の前に躍り出ると、霊力で壁を作る。スペルでもない攻撃を弾くにはこれで十分!
「行きます!」
デバッグも終わったか、組み上げたスペルを入れたカードを、コガサは天に掲げる。てか組み上げ早い!エリート付喪神家系の血は伊達じゃない!
「化鉄『置き傘特急ナイトカーニバル』!」
瞬間、あたりの空気が一変する。コガサの掲げたカードから、スペルが解放されてあたりの家々に降り注ぐ。
「いったい何を‥‥!?」
怪訝な顔をしていたセイガが驚きに目を見開く。驚いていたのはあたしたちも同じだった。
『おお、こりゃあ可愛い可愛い付喪神さんじゃあ』
『おや、これはこれは』
『めんこいのう。この家の婆ちゃんの若いころを思い出すわ』
『あんたも大概爺さんだろが』
『なーに、まだまだわしゃ40年も使われておらんぞー』
あちらこちらの家からぞろぞろと、まるで病院の待合室のような台詞とともに現れてきたのは無数の道具達!
みな、手足が生え、疑似的に妖怪化している。これが、あの付喪神大量発生の原因か!ってか、みんなすね毛とか生えてるけど!?
「みなさん!あの子供達を止めてください!乱暴にしないで!」
『おおー!』
あ、平気になってる。
コガサの凛とした命令を聞き、化け道具達はこちらに向かって歩いてくるキョンシー達に隊列を組んで突進していく。キョンシー達は、迎撃するそぶりを見せない!
「うーおー」
『お札をはがせばいいのだろうか』
『キョンシーに噛まれた子は札なんかはっとらんじゃろ』
『辞書さんよ、こういうときはどうすりゃいいんです』
『ええ、と。生米、しょんべん‥‥おお、鉄でもいいみたいですな。傷口をこする』
『茶釜!火箸!こっちにこーい!』
『ほいきた』
『あとは爪と牙を削ってやると』
「あっ!よ、ヨシカ!そいつらを‥‥」
セイガが先に命令したのは「その人間達を襲え」である。道具達はもちろん人間ではないので、ヨシカをはじめとしたキョンシー達は道具達に何ら抵抗もしなかったのだ。それをキャンセルしようと新しい命令を与えようとした彼女だったが、言いよどんだ。「そいつらをたおせ」なんてアバウトな命令じゃ、最悪同士討ちをはじめかねない。
今がチャンス!
『あーもう。なんじゃ、今年の祭りはまたえらいやかましいのう‥‥』
「!?」
突然聞こえてきたさらに別の声に、一同が一斉に振り向く。
その声はお神輿の中から聞こえてきていた。
『親分!』
『親分だ!』
突然道具達が騒ぎ始める。だれ?親分って!?
『ふああああ‥‥』
がしゃり。間の抜けたあくびと共に、お神輿の扉が内側から開いた。
そこから出てきたのは、眼鏡をかけた、女の人!?
『おぬしか、儂を呼んだのは』
「あ、あの、すいません、急におこしちゃって‥‥」
『よいよい、気にするでない。随分大騒ぎの様じゃ。逆に呼んでくれて感謝しとるよ』
「さ、サナエ、あれって‥‥」
「ふ、あの子もなかなかやりますね。あの子、お神輿のご神体を付喪神として、実体を伴った神様として呼び出したようですよ。いやー、すごいすごい」
「なんとまあ‥‥」
呼び出された神様は、茶色の神に動物の耳を持ち、そのお尻にも大きな尻尾がゆれていた。って、タヌキじゃん!
‥‥もしかして、ここのご神体って、タヌキの置物?ああ、なるほど、子孫繁栄ね。‥‥秋の神様ってどこいったんだろ。
「お願いします神様!あの女の人を止めてください!でもやっぱり乱暴にしないで!」
『おや、ずいぶん優しいことを言うの。まあよい。儂もこの祭りを血で汚したくないしの』
「よ、よしか、あの、あれらを、えっと、あああー!」
「敵は混乱してるわ!今よ!」
「神様!」
『二つ岩じゃ!よかろう、いっちょ揉んでやるか!』
そういって、両手を胸の前で打ち鳴らすと、二つ岩と名乗った神様はセイガに向かって一直線に飛び掛かった!
「!?ええい!」
ようやく自分で攻撃することにしたのか、セイガが胸元でスペルを組み立て始める。しかし手遅れ!
『おお、こりゃ、また随分と綺麗な娘さんじゃ』
「うわ、な、なにを!離しなさい!」
『ふふ。どうじゃ、子孫繁栄、この力、おのが身で試してみるか?のう。孕ませてやろうか』
「は!?え、ちょ、ちょっと、なにをっぷむうううううううう!?」
じゅるっ‥‥
「!」
「!」
『!!!』
「せ、せいがー!うおおおお!」
‥‥うわあー。
一同の目が驚きに見開かれる。戸惑うセイガの手を取った神様は、なにやら甘い声で囁いたかと思うと、あろうことかいきなり濃厚なディープキスをかましたのだ。
どうにかして振り払おうと抵抗するセイガだが、その力もだんだん弱まり、ついには手がだらりと垂れさがった。それでも、神様はセイガを離さなない。
「ああ、すごい‥‥ウチの二柱にも負けないくらい‥‥激しすぎます。あんなの喰らったら、骨抜きにされて2、3日は動けませんよ‥‥ああ、いいなぁ」
隣でくねくねしながらサナエが何やら言っているが、つまりはまあ、そういうものなのだろう。
ふと気が付いて後ろを見ると、オッチャン達が顔を真っ赤にして神様の手管を凝視していた。ふんどしの前が少し盛り上がっているのは見間違いじゃないだろう。‥‥コガサも、両手で真っ赤にした顔を覆ってはいるが、その指のスキマから覗いているのがバレバレである。
‥‥色に染まってないの、あたしだけ?‥‥なんか悔しいなぁ。
「はう゛っ」
『おっと』
ついにセイガは意識を手放してしまった。倒れかかる彼女を、神様はまるで百戦錬磨のプレイボーイのように手慣れた動作でスマートに抱きかかえる。
『ちと、やりすぎたかの。ははは』
「お、お疲れ様でした‥‥」
朗らかに笑う神様の腕の中で、時折細かく痙攣している彼女をとりあえずふんじばる。キョンシー達の方も付喪神たちが動きを封じていた。
とりあえず、これにて謎の仙人とキョンシー達は倒され、祭りに平穏が戻ったのであった。
‥‥戻ってない気もするけど。荒れほーだいだし。どーすんだ、これ。
*********
「ありがとうございました!これもみんな、レイムさんとおね―さまのおかげです!」
「いいっていいって。あなたもすごかったわよ。道具だけじゃなくて、神様まで呼び出しちゃうなんて」
「あれは、偶然です。たまたま、あそこにご神体さんが居たから‥‥」
「それも含めて実力。いい経験できたわね、コガサ」
「はい!これでもう、すね毛も平気になりましたし!怖いもの、なしです!」
「そ、そうね‥‥」
結局あの後、セイガはヨシカともども役人に付きだされ、お祭りは日を改めて再開された。そんな中、お祭りを守った恩人、しかも神様を呼び出して戦ったということで、コガサはこの神社に巫女として迎え入れられ、改めてこの地で巫女をしながら付喪神の修行をしていくことになったのだ。
本人もこの村で暮らすのはまんざらではないようで、とくにあの裸祭りが気に入ったらしい。‥‥まあ、ヒトの好みは色々だから、あえてここであたしが言うこともあるまい。
「じゃ、じゃあ、あたしたちはこれで」
「がんばってくださいね。コガサさん」
「はい!レイムさんも、サナエおねーさまもお元気で!また、抱いてくださいね‥‥おねーさま‥‥」
「O,K」
親指を立て、べろりと舌なめずりをするサナエの顔を見て、幸せそうに手を振るコガサ。‥‥男臭がすきで、女同士にも目覚めてて‥‥ああ、まあ、いいや。もう。
かくして、どこか釈然としないものをあたしの胸に残しつつ、今回の異変は終わりを告げたのであった。
ちなみに、サナエが吹き飛ばした村人たちは全部セイガのせいにしたはずだったのだが、どこからか事情を聴きつけた協会の処分により、今回のお賽銭はスズメの涙になってしまったことは一応記しておこう。しくしく‥‥
**************
「はっ!」
目を覚ます。あたし。うん。東風谷サナエ。
「す、すごい夢を‥‥」
朝の光指す枕元には、あの小説が転がっている。昨日寝る前、久しぶりに読んだんだけど、まさか夢になるとは。
「てか、私の夢なのに霊夢さんの視点だった‥‥」
そこは、原作準拠ということなんだろか。‥‥まあいいや。なんだかすごい、楽しかったし。
‥‥ひもビキニに白蛇柄のタイツとか、うわーなカッコしてたけど、わたし。
あんな、かっこ‥‥。
「たのしかったんだろ」
「!?」
突然、天井から諏訪子様の声が響いた。
思わず顔をあげたら、目の前にニヤついた笑顔が!
「わあ!」
「なかなか面白い夢、見てたね。楽しかった?」
「すすすすす諏訪子様!?なんで、なんで私の夢を?」
「そりゃー、神様だもん。わたし。そんなことお茶の子さいさいだって。それよりさ、楽しかったんだろ?」
「え、ええ、まあ。夢ですしね。はっちゃけられました」
「‥‥ホントに夢かな?」
「は?」
「だってお前、自分のカッコ見てみなよ。ほら」
「へ!?」
布団を上げる。そこに飛び込んできたのは、何時ものパジャマ‥‥ではない!?
「誰が呼んだか白蛇のサナエ、大贄喰らいの祟り神(ミシャクチ)少女‥‥」
げろげろと楽しそうな諏訪子様の声が聞こえる。
ま、まさか。嘘。あれは、夢なのに。
ゆめのはずなのに。
ゆめの‥‥
うふっ。
「この里もかぁ‥‥」
周りの景色を見渡して、わたしはげんなりつぶやいた。
「ふっ‥‥犯人も一体、何を考えてんのかしらね‥‥」
さすがにサナエも、疲れたような声で言う。
人里から人里へと延びる、どこにでもあるような田舎道。周りには畑や田んぼがひろがり、のどかな変わり映えのしない風景が広がっていた。
‥‥問題なのは、そこにうじゃうじゃたむろする、手足の生えたティーセットだの狸の置物だの茶ガマだの燭台だの。
そう。置物。古道具。
ふつーの道具が畑仕事のじっちゃんばっちゃんみたいに畑で日向ぼっこしている光景なんて、このへんてこな世界でだってふつーではない。
彼らは皆、人間に使われた古道具、付喪神たち。ときに人間に恨みを抱いて襲い掛かってきたりもするが、目の前の彼らはただたむろしているだけで実害はない。
ただ実害はないと言ってもあたりの村人たちは気味悪がっちゃって外に出れないし、何よりうっとうしい。‥‥なにがかなしゅーて天気のいい日に付喪神のすね毛なんぞ鑑賞せにゃならんのだ。
――――里中の道具達が付喪神化してあたりにたむろし始める――――
この事件、別にこの里が初めてではない。これまでにも5つか6つ、街道沿いのあちこちの里で似たような事件がおきていた。
犯人の正体も、その目的も不明だが、こんなことをほっぽっておくわけにもいかない。
かくしてこの「付喪神大量発生事件」は正式に異変の認定を受け、わたしたちが解決のために結界管理者協会から派遣されてきたわけなのだ。
「さって、ともあれサナエ、この付喪神たちをどーにかするわよ」
「ふっ、私の出番ってわけですね!まかせなさい!」
くそえらそーに言うと、サナエはスペルを組み立て始める。
手元に持ったカードに霊力で式を編み上げ、そして、デバッグをして――――
「妖魔覆滅!妖力スポイラー!」
なんだかイタイ宣言と共に、カードを天に掲げたサナエを中心に光が広がっていく。
その光を浴びた途端、付喪神たちは一瞬にして動きを止め、色とりどりの霊気を吐き出しながらただの道具に戻っていく。吐き出された霊気は広がる光とは逆にサナエに向かって飛んでくる。
――妖力スポイラー ――かなり高位の巫術を彼女がアレンジしたスペルで、この光、全くの人畜無害だが、低級の魑魅魍魎程度なら、いともあっさりその瘴気を吐き出させて浄化する。おまけに、瘴気を霊力に変えて自分のものにしてしまう極悪非道なオマケつき。‥‥浄化というよりかは強奪である。
範囲もかなりの広さにおよび、今や里中にたむろしていた付喪神たちのほとんどがただの道具に戻っている。
むろん、かなりの大技で、スペル組立やデバッグの手間、発動に要する霊力の関係で一日に一、二回が限度というのが難点だが。いくら霊力を強奪すると言ってもスペル発動に使った以上の霊力が戻ってくることはまずそうそうないわけで。
最初、サナエがこんなスペルを使えると聞かされた時にはさすがにちょっとびっくりしたが、まぁ、変な知識と特技の多い奴だから。
――――やがてほどなく里中の付喪神たちは元の道具に戻り、平和な田園風景がもどってきた。
「あー、疲れたぁ‥‥」
くびをコキコキ鳴らしつつ、疲れた様子で言うサナエ。
「はい、ごくろーさん。でもこれで、敵さんの足取りもだいぶつかめたわね‥‥」
アタシにばっかりやらせてずるい、今日の晩飯オゴレ、と騒ぐサナエを無視しつつ、わたしはあさっての方向を眺めてぽつりとつぶやいたのだった。
*********
「あなたねっ! これまでの付喪神大量発生事件の犯人は!」
「ひええええええ!そうです!わちきですううう!ごめんなさいい!」
「やった当たった!」
「え、えー?!」
びしぃっ、と鼻先に突きつけた愛用のお祓い棒の先で、女の子は涙目でうろたえていた。
あの後、街道沿いに事件が順番に発生していることを確認した私たちはとりあえず空を飛んで先回り。テキトーな里にあたりを付けて、やってくる人に次から次へとお祓い棒を突き付けて犯人だと決めつける。たまにちょっとどついてみたり。
――――なかなか適当な方法だけど、けっこう成功率高かったりするのよ、これが。大抵の異変はこれやってればそのうち犯人にたどり着くんだから。‥‥管理者協会のオババとか委員長はそんなチンピラまがいのやり方は評判落とすからやめろといい顔をしないのだが。さて。なんでだろう。
とはいえ、いきなりこうやってすべてを認めて謝りだすのもめずらしい。「コワいコワい」とかいってニタニタ笑っているサナエを横目でにらみつけると、わたしはぐすぐす泣きだした女の子の顔を覗き込む。
「えっと、ほんとにあなたが犯人?」
「はい‥‥わた、わちきが全部やりましたぁ‥‥ううう」
としのころなら13、4。青いサラサラのショートボブから覗く涙目は、赤と青のオッドアイ。片手に握った古びた紫いろの茄子のような傘が、まるで生き物のような気配を発している。
‥‥このこ、もしかして。
「すいません、これには、これには事情が、深い事情があるんです‥‥うううう」
事情、ねえ‥‥
「とりあえず、場所移さない?そこでゆっくりお話しましょ。だいじょーぶ、取って食ったりしないから」
「ほ、ほんとですかぁ?」
にっこり笑って、怯える彼女の頭を撫でる。いまだに女の子は怯えた表情で、わたしとサナエを見つめていた。
彼女が怯えているのは、けして鼻先をかすめた私のお祓い棒のせいじゃなく、後ろで「可愛いなぁ‥‥苛めたいなぁ‥‥食べちゃいたいなぁ‥‥」とかヨダレ垂らして言っているサナエのせいなのだ。うん。きっと。
***********
「うううう、わ、わちき、コガサって言いますう‥‥」
街道沿いの宿屋の食堂で。あまいお汁粉10杯を平らげて少しは落ち着いたか、コガサと名乗った少女はポツリポツリと話し始めた。
「ご覧の通りの、つ、付喪神で‥‥うちは代々立派な唐傘お化けの家系なんです‥‥」
「その目、やっぱりそうなのね」
「はい‥‥そんなこんなで私も小さい時から付喪神としての才能を見込まれて、色々修行してきたんです‥‥」
付喪神、と彼女は言ったが、今回の事件で現れているような付喪神とはちょっと違う。彼女は人間の姿の、比較的高位の付喪神である。
一般的にこの世界の妖怪や神々においては高位の者ほど人間の姿を取りたがる。理由はよくわからないのだが一種のステータスなのだそうだ。
さて、そんな付喪神にもいろいろと種類がある。一つは本当の道具が長い年月や強い愛着等の思念を受けて誕生する者。もう一つは、人間に道具の霊気を纏わせて簡易的に実体化させるもの。いわば、道具版のシャーマン、巫女である。
彼ら彼女達は人間が元となっていることもあり、最初から人の姿を取っている。前述のとおりこの世界の妖怪達や神の間では人間の姿を持っている者ほど高位である。そのステータスをもって彼女達は古い道具や建築物と言葉を交わし、物言わぬ彼らの代弁者として、あるいは調整役として活動しているのだ。その仕事は暴れ出した化け道具達の仲裁、調伏だけではなく、古い図書館の本や木の家に問いかけて紙魚やシロアリが住み着いてないか聞いたり、最適な修復方法を美術品自身に聞いたり、カラクリ道具に故障や故障しそうなところはないか聞いたり、とにかく便利で幅広く活動の場がある仕事である。
ただ、いくら便利でも付喪神になれる者となれない者がいて、なれる者は代々同じ家系から輩出されることが多い。
彼女もそんな家系の子なのだ。オッドアイはおそらく、その身に降ろした道具の霊気によるもの。その霊気の元は、今手に握っている古い傘だろう。
「で、そのエリート付喪神の家系の子が、こんなところで何やってるんです?」
串焼きの牛肉をもごもご齧りつつ、サナエがコガサに尋ねた。
「は、はい‥‥その‥‥」
「嫌になって家出?、とかですか」
「い、いえ!そうじゃないんです!わたし、付喪神になるための勉強もちゃんとしたし、現にこうやって付喪神になることもできたし‥‥お父さんもお母さんも、こんなに小さいころから付喪神になれる子なんて一族の歴史始まって以来だって、とっても喜んでくれてて‥‥」
「じゃあ、どうして?」
「あ、あの、実はわた、わちき、‥‥すね毛がダメだったんですぅ!」
‥‥は?
「す、すね毛だけじゃなくて、なんていうか、生えかけのひげとか、小じわとか!!」
「ちょ、ちょっとまって、そこでどーしてすね毛が出てくるのよ!今までの話とどこが関係あるの!?」
「おおありなんです!」
「オオアリ名古屋は城でも‥‥」
「あんたはだまってなさい!」
「ぴぎゃ」
サナエをジョッキの底で黙らせつつ、わたしはコガサに先を促す。
「はじめての付喪神の仕事の時に気が付いたんですけど、わたし、そーいうの、生理的にダメで‥‥ほ、ほら、付喪神さん達って、みんなお年を召した方ばっかりじゃないですか!付喪神さん達とお話ししようと術を掛けて、一時的に動けるようにしたり、疑似妖怪化させたりするんですけど、そーすると、みんな大抵、すね毛とかが‥‥!」
‥‥先に気づきなさいよ、そーいうもんは。
「だ、だから、そういうの克服しようと思って、修行の旅に出て‥‥慣れようと、いろんなとこで付喪神さん達とお話ししようとしたんですけど・・・・」
「はああああ‥‥」
だいたい話はわかった。つまりはこの子が修行のためにあちこちで術を使い付喪神を呼び出し、すね毛がイヤで逃げ出してしまい、結果あちこちの里に呼び出されたままの付喪神たちがたむろする事態になったというとこと。
はためーわくな話である。
「そんなだから、わた、あ、わちき、付喪神としてのお仕事、うまくできなくて‥‥もう旅に出てからずっと付喪神になったままなのにそうだから、まともにご飯も食べれてなくて‥‥」
「あらら、それはかわいそーに」
付喪神化している彼女達は立ち位置はどちらかというと妖怪寄りになる。妖怪の主食は色々あるが、この子達は心を食べる。付喪神と言ってもお化けなのだから、人間が驚くびっくりした心、ってのが一番のご馳走なのだが、このこ、それも満足に食べれていないわけだ。本体が人間なのだから普通のごはんを食べれば何とかしのげるだろうが、付喪神化している現在では人間用のご飯を食べてもあんまりお腹にたまらないのだろう。お汁粉10杯平らげる気持ちもよおく分かる。
ちなみにさっきから彼女、自分のことを「わちき」と言い換えているが、それも付喪神としてのキャラづくりなんだろう。
「そんなに付喪神がいやなら、やめちゃえばいいじゃない。そんだけ素質あるんだから、別に付喪神でなくてもどっかの巫女としてやっていけるんじゃないの」
「いえ、別に付喪神さん達が嫌いってわけじゃないんです‥‥」
復活したサナエの言葉に、コガサはちいさく頭を横に振る。
「ほ、ほら、なんていうか、古い道具さん達に囲まれて過ごすのって、女の子としてこう、憧れみたいなところがあるじゃないですか」
「う、うん。まー、そういうのもあるかしらね」
‥‥アンティーク喫茶に入り浸る女の子の気持ちの拡大版だろうか。
「あ、あの古びた匂いというかかび臭さっていうか、ちょっと、頼りがいを感じさせてくれる加齢臭‥‥オヤジスメルっていうか、そういうの嗅ぎながら暮らすのって、素敵だと思いません?」
前言撤回。何フェチだこいつは。
「だ、だから!無理と失礼を承知でお願いします!わたしがすね毛を克服する、お手伝いをしていただけませんでしょうか!」
「えー」
「お願いします!見たところ、かなりの巫術の使い手とお見受けしますが、管理協会の方ですよね!そのバッジ!」
「あー、うん、そうだけど‥‥」
「あ、あの、隣の方も、そう、ですよね‥‥」
「一応ね‥‥」
「ふ、このバッジを見てそう思わない馬鹿なんて、この世界に居ないんじゃないですかね」
ほれほれ、とその無駄にでかい胸につけた、紅白の二つ巴のバッチを指でつまんで見せびらかすサナエ。
結界管理協会。大昔の術によって外界から隔離された幻想郷というのが、私たちの暮らしている世界。その幻想郷を外界から隔離している結界を管理する集団が結界管理協会である。かなり昔、神や妖怪、人間と言った者たちの概念を書き換えてしまう異世界からの侵略者との戦いがあった。厳しい戦いだったと聞いている。いかに強力な神や妖怪とはいえ、その存在概念をいじられてはひとたまりもない。
結果、多大な犠牲を払いつつも概念書き換えを無効化、また反射する結界によってこの世界を覆うことでなんとか戦いは終息したのだ。
ただし、終息したとはいってもいまだに侵略は続いていて、結界も定期的に維持しなければ破たんしてしまう。そのために作られたのが管理者協会というわけだ。あちこちから有望な巫女や術者を集めてきて、結界の維持管理、はては結界内の治安維持にあたる組織である。結界に害を及ぼすような事件、もしくはそこまでは行かないまでも何か結界内の世界に悪影響を及ぼしかねない事件があった場合、それは「異変」と認定されて協会から派遣された巫女が解決にあたるのだ。
そんな巫女の一人がこのあたしというわけで。となりにいるサナエも一応巫女である。‥‥黒マントにひもビキニ、蛙のドクロのネックレス、白い蛇皮柄のタイツなんて無駄に露出の多い悪堕ち巫女じみたカッコなんぞしているけども。‥‥彼女の宗派の神様に捧ぐ格好だというが、もーちょい常識的な格好はできなかったものか。‥‥「常識に囚われてはいけない」がモットーの彼女に言ったところで馬耳東風なんだけど。
ちなみにあたしは紅白の巫女衣裳をちょいとアレンジした上着にマント、細身のズボンといった、それなりに巫女とわかりやすい恰好(だとおもう)である。
腋があいてる?涼しくていいじゃない。
「ほーっほっほ!その程度、この現人神サナエ様に任せておけば、造作もないことですよ!」
うええ!?な、なにいきなり言い出してるんだこいつは?
「ほ、ほんとですか!?お願いします!報酬だって、少しですけどわたしの路銀がありますから、どうか、おねがいします!」
「お礼!?」
コガサの口から飛び出した、魅力的な言葉におもわずわたしは身を乗り出す。
こりは、うまくすればコガサからも謝礼がもらえるうえに異変解決ということで協会からもお賽銭がもらえるとゆーことでは!おおぅ!女の子の夢、お賽銭の二重取り!?
引き受けない手はないっ!
「わかったわ!ここはひとつ、異変解決のプロであるこの私達にどーんと任せておきなさい!」
「ほ、ほんとですか!ありがとうございます!」
「‥‥って、なんかいい案でもあるの?いきおいで返事しちゃったけど、そんな、すね毛克服だなんて」
「何言ってるんですかレイム!この私に掛かれば、どんな異変だってばっちり解決です!いいから大船に乗ったつもりで、このサナエ様に任せておきなさい!ほーっほっほっほ!」
「ええええええええーーーー!」
私の名前を聞いた途端、コガサがうれしさのあまり悲鳴を上げた。
‥‥いや、なんか怯えてる?
「レ、レイムって、あの、あの?」
「‥‥たぶんそのレイムだとおもうけど」
「『龍神様もまたいで通る』とか、『スキマ妖怪の便所の蓋』とか、『地獄ガラスのヨダレ拭き』で親しまれている、あの!」
「そんな二つ名で親しむなぁ!」
「きゃう!」
気が付けば、いきなり失礼なことを言うコガサの顔面に靴底をめり込ませていた。
なによ、龍神様もまたいで通るなんて。
「きゅー‥‥」
「あーあ。こーゆーことしてるからそんなこと言われるんですよー。ああ、よちよち、可愛そうに。さ、今日はもうお部屋でお休みしましょうねー。おねーさんがベッドで優しく介抱してあげますからねー。うふふ、うふ」
ぐったりしたコガサを抱き上げると、サナエは二階へあがっていく。誰が呼んだか白蛇のサナエ、大贄喰らいの祟り神(ミシャクチ)少女。今宵も絶好調の様である。
彼女の毒牙に掛かった少女は数知れず、子猫だって雌なら彼女に預けちゃいけないなんていわれていたり。
そんなことしてるからあたしたちの通った後にはぺんぺん草一つ生えないとか言われるのだ。まったく。
**********
「で、これがあなたの言う名案な訳ね」
「そうですよ。もんくあるの」
「べーつーにー」
翌朝。てかてかしているサナエのうしろで、あたしはうんざりした声を出した。
「手っ取り早いのはもう直接のショック療法が一番です。まあ、きつすぎるかもしれないからちょっと工夫はしますけど。すね毛はダメでも男臭はすきなんだから、そこに楽しさの要素があれば大分緩和されます。そーやって、耐性を付けていけばいいんです」
「これで、ねえ‥‥」
袋の中から取り出したのは、真っ白な布が二つに、葵で染め上げた服。
ふんどし、さらし、ハッピ。
「そ。裸祭りに参加すればいい!」
「短絡的‥‥」
「だまらっしゃい。ほら、もう一組借りてきたから、レイム着なさいよ」
「えー!なんで私?言いだしっぺなんだからあんた着なさいよ」
「私の好みじゃないんですよ」
「そんな破廉恥なカッコしてんだから」
「これは神聖なウチの神社の祭祀服です!」
目の前に突き付けられた真っ白いサラシを、サナエに向かって突き返す。
なぜかサナエはそこでニヤリと笑った。
「あーあー。そうですもんねえ。レイムさん胸無いから。サラシなんか巻いたらない胸がさらに強調さぶふえっ」
「やっかましい!あたしにだって胸の一つや二つ!」
許されざる一言を吐いたサナエのこめかみをお祓い棒でどついて黙らせる。ったくこの女、人よりちょっと胸があるからってちょーしに乗りやがって。
「‥‥はぁーあ。うまく行くのかなぁ、こんなので‥‥」
サナエから押し付けられたサラシを手に、いまだにベットですぴゃすぴゃ寝ているコガサを見下ろすと、あたしはため息を一つついたのだった。
「うう、おねーさま‥‥激しすぎです‥‥あたし、あたしもう、ばかになっちゃう‥‥」
‥‥ご愁傷様。
*******
「ほ、ほんとに参加するんですかぁ‥‥?」
喧噪響く神社の境内で、サナエが用意したふんどしとサラシを身に着け、ハッピをまとったコガサが怯えた声を出した。
うーん、なんというか、痛々しいというか、かわいらしいというか。サナエの気持ちも少しわかるよな、なんともいぢめたい女の子がそこに居た。
「そ、すね毛を克服したいんでしょ?ちょうどいいタイミングで、ちょうどいいお祭りがあるんだから。それに参加させてもらいましょ」
「だ、だからって、なんでこんなカッコで‥‥」
「裸祭りだもの。しょうがないでしょ」
「は、はだかまつりぃ!?それ、それっておと、おとこのひとも」
「あったりまえでしょ」
「ええええ!そんな、すね毛天国じゃないじゃないですか!なんですかそのちぢれ毛地獄!」
「おっさん臭嗅ぎ放題よ?」
「う、それは、また‥‥」
「ねえ、レイム。このこってもしかして変態なんじゃないの?」
「いまさらかい。ってかあんたがゆーな」
「私は変態じゃありませんよ!?このハイセンスな衣装の崇高さと歴史を分からない人間の妄言ですそれは!」
「はいはい。いーから静かにしなさい。みんな見てるわよ」
宿をとった町からさらに街道を進んだところにある小さな町。神社の参道をメインに栄えた典型的な田舎町である。そこで裸祭りがおこなわれると聞いたサナエに連れられた私達は、飛び入りでこのお祭りに参加することにしたのだ。
周りでは、人妖が入り乱れ、今まさにお祭りの準備が佳境に入っていた。少しみんなが遠巻きに見ているのはサナエのせいである。きっと。「あれ、もしかして管理協会の大魔王‥‥」「馬鹿!きこえたらどーすんだ!封印されて、一族郎党財産すべて持ってかれるぞ!」とかゆー怯えた声が聞こえてくるのは気のせいである。‥‥退治しちゃうぞ、この木端妖怪どもが。
「とりあえず。もう少しでこの神社からお神輿と梵天がでてくるから、あんたはオッチャン兄ちゃんたちに交じって練り歩くの!」
「うう、あ、あたし一人だけですかぁ‥‥」
「そーよ。そうじゃないと度胸付かないでしょ」
「ふ、逃げましたね」
「うっさい!アタシはいちおー監督者としての責任があるんだから」
「へー」
あー、このニヤニヤ顔、うっとおしいなぁ。
ご期待の諸氏には申し訳ないが、結局わたしはお祭りに参加しないことにした。別に胸がどーたらというわけではない。
そーいうわけではない。
‥‥ないったら。
「あ、コガサ。そろそろ始めるみたいよ。ほら、境内の前。みんな集まってるわよ」
「へ!?も、もう!」
にわかに集まりだしたおっさんたちをあごで示し、わたしはコガサの背中を押す。
「ひ、ひゃあ?ちょっと、レイムさん?」
「いーからいくいく!参加しないけどアタシも横で見ててあげるから、ほら!」
「う、うえええ!お、おねーさまぁ!?」
「いってらっしゃーい。あなたの傘は、私が責任を持って預かってあげますからねー。がんばれー」
「ちょっと、助けておねーさま!」
「良い子で行って来たらまた今夜可愛がってあげますよー」
「はううう」
サナエの一言に、コガサは渋々ながら男たちの中に向かって歩き始めた。‥‥おいたわしや。もう、このこ、まともな生活なんかできないだろーなぁ。
********
「わっしょい!」
「きゃああああ!」
「わっしょい!」
「ぎゃああああ!」
「わっしょい!」
「すねげー!」
神社を出たお神輿は、街の目抜き通りをふんどし姿の男たちに担がれながら、ゆっさゆっさと進んでいった。
人ごみの中から突き出す梵天が、ゆったりとした動きで天を衝く。
ほとばしる汗、立ち込める男いきれ、周りの空気の温度まで上げて、祭りの一行が突き進む。沿道からは、酒、水、塩、米がばらまかれ、男衆の裸を目にした女の子たちが頬を染めてキャーキャー騒ぎ、爺ちゃんたちは若いころを思い出して興奮し、ばーちゃんたちは手を叩いて大笑い。
どっちをみても、汗、ヒゲ、すね毛。たまに乳毛。
‥‥うわお濃厚。
「れ、れいむさーん!サナエおねーさまー!あたし、あたしもう!」
「ほーらがんばれー、まだまだ序盤よー!」
「ふえええ」
「はいおじょーちゃんたち、これどうぞ」
「ありがとおばちゃん」
「きいてますかぁああああ?」
「はーい、きいてるわよー!」
おばちゃんが持ってきてくれた木のマスに入った振る舞い酒をぐびっとすすりつつ、悲鳴を上げるコガサに手を振る。
濃厚な男臭立ち込める目抜き通りの中で、まるでミント水の様に切れよく響き渡る女の子の悲鳴。
コガサはなんとお神輿の上に乗せられて、必死な顔をして自前の傘をばっさばっさ振っていた。
毎年ここのお祭りではお神輿の上に立って団扇を振る巫女さんがいるのだが、急に産気づいたということでなり手が居なかったのだ。‥‥てか、こんなところに臨月の妊婦さん呼び出すな。豊穣祈願子孫繁栄が肝のお祭りだそうだが。やりすぎだろ。
とにかく、旗振り役が居なくなってしまった。そこで目を付けられたのがコガサである。
あれよあれよという間にコガサはオッチャン達に担ぎあげられ、お神輿の上に乗せられてしまったのだ。
お祭りのしきたり的に、妊婦じゃないコガサはどうかと思ったのだが。「秋神様の一日お嫁さんだからいいのよ」とは横で綿あめを売っていたむっちりしたおねーちゃんの言である。それもどうなんだろう。孕まされないだろうか。‥‥最初はサナエも候補に挙がったのだが、ここの神主さん曰く、「もうこの方は別の神様のお嫁さんだからダメ」とのひとことであっさり退けられた。まあ、ね。
見渡す限りの男肌と縮れ毛を前に、卒倒寸前になったコガサだったが、立ち込める男スメルのおかげで何とかもっている様子である。いい感じだ。‥‥そう思っておこう。
「わーっしょい!」
「ひゃあー!」
「わーっしょい!」
「おじょーちゃんこえちいさいぞー!」
「わ、わーっしょい!」
沿道からのヤジに、やけくそになったコガサが涙目で叫んでいる。
その一生懸命な顔はなかなか可愛くて、彼女を見るオッチャン達の目がホンワカゆるんでいる。
こーいうとなんか危ないが、みんな娘か何かを見るような目で、股間を気にしているのは彼女と同年代の男の子たちだけだ。要するに彼女、オッチャン受けがいいのだ。付喪神もみんなおっちゃんが多いと彼女は言ったが、だからこそ付喪神をやっていけてるのかも。‥‥代々オッチャン受けがいい家系とか、なんかいやだけど。
「は、なんだかんだで、いい感じじゃないの。たまにはサナエの“名案”もうまくいくことがあるのね」
「失敬な。私は何時だって名案しか言いませんし、うまくいかなかったことなんかありませんよ」
「はいはい」
むきー、とほっぺたを膨らませるサナエをテキトーにあしらうと、あたしは振る舞い酒の二口目を啜った。
そのときである。
ちゅどおおおおおおおん!
「ぎゃあああああ!」
「んあ、なにっ!」
突如往来に響いた爆裂音に、おもわず手に持った酒を溢してしまう。
音のした方を振りかえった瞬間、また爆発音が響いた。
ずごおおおおおおおん!
「ぎゃー!」
「にげろ!賊だ、盗賊が来た!」
「は!?こんな時に!?」
「ぎゃっ!足踏まないでください!」
後ろでサナエの悲鳴が聞こえてきたが、こっちだってそんなことに構ってられる場合ではない。人ごみでごった返していた往来はすでにパニック状態であり、洪水のように流れてくる人の群れに、もみくちゃにされそうだ。あーうっとうしい!
「コガ、コガサ、大丈夫?コガサ?」
「だ、だいじょーぶですぅ!何があったんですかぁ_」
「あなたが一番見えるんじゃない?何が起きてるの?‥‥ってこら、目を開けなさい!」
「ふええええ!」
お神輿を担いだ男たちは、意地でもこのお神輿をひっくり返すものかと、次から次へとぶつかってくる人の波を跳ね返し、微動だにせずに立っていた。
「くっ、もう、限界だ!」
「ばかやろう!弱音を吐くんじゃねえ!秋神様の嫁子、そうむざむざと傷モノにできるか!」
「そうだ!おれたちゃ、この子を無事に、神様の寝所にとどけねばならねんだ!」
「んだ!」
‥‥なにやら不穏な単語が聞こえるが、彼女を守ってくれるならば好都合。わーきゃーさわぐサナエを横目に、わたしは宙に浮きあがるとお神輿の上に着地し、怯えるコガサの肩を抱いた。
「あああ、レイムさん‥‥」
「よーしよし。頑張ったわ。おっちゃんたち!しっかり頑張ってよ!」
『おう!』
頼もしい男たちの返事のあとに、「むぎゃ!」とかいう悲鳴が聞こえてきた。みればサナエの姿がない。あー、ふまれとるふまれとる。
「お、おね―さま?大丈夫なんですか?ねえ!」
「だいじょーぶ。アイツがあれくらいで死ぬような生物じゃないのは確かだから。それより、随分非常識な賊もいたもんね。お祭りの最中に襲ってくるなんて、聞いたことないわよ‥‥っと、きた!」
通りの向こうで、霊力が膨れ上がる。その気配を感じた私は、胸元からカードを出すと、速攻で式を組み上げる。
「邪符『ヤンシャオグイ』」
誰かの宣言と共に、青白い閃光が降り注ぐ!
しかし対策は万全!こちらのスペルは結界属性!
「夢符『二重結界』!」
あたしの宣言と共に、桜色の結界がお神輿前面に現れ、閃光をことごとく弾き返す!
この世界を覆う結界、その仕組みを応用した簡易版の結界術。式も簡単でデバッグの手間いらず。速攻で出せる使い勝手のいいスペルだ。
‥‥あたしがサラシを巻かなかったのはこういうことに備えて、カードを用意しておくためだったのだ。‥‥ほんとだかんね。
「っれ、レイムさん!まだ!」
「!」
青白い閃光はまだ降り注ぐ。結界はまだ持っているが、その向こうから、乳白色の弾がゆっくりとこちらに向かって飛んでくる。
――――やばい?
白い光は結界に触れると、何事もなかったかのようにすりぬけた!
「ひゃあああああ!?」
「霊符『夢想封印』!」
速攻で組み上げたスペルをぶっ放す。目標追尾型の霊力弾をいくつも打ち出すスペルである。迎撃にはもってこい!
「いけえ!」
至近距離で霊力の弾が結界をすり抜けた光の弾を相殺する。余った霊力弾は、殺気を求めてスペルの出所に向かって飛んでいく。これで仕留められればいいが、そんなことは‥‥
「通霊『トンリンヨシカ』」
「ぐはぁっ!」
静かなスペル宣言、それに続いた悲鳴と共に、あたしの放った霊力弾の気配が消える。
誰かを盾に躱したか?なんてことを!
人々のパニックはいまだに続いている。逃げ惑う人の波は相手の姿を隠し、こちらからは反撃ができない。逆にむこうは撃ち放題だ。まずい、これはまずい。‥‥ってえ?
「コガサ、オッチャン達、気を付けて!二重結界もう一個!」
「へ?」
「大奇跡『八坂の神風』!!」
ぼがあああああああああん!
『ぎゃあああああああ!』
突如として炸裂した暴風に、お祭りの飾りが、ヒトが、散り散りになって吹き飛ばされていく。後に残ったのは、体中に靴跡を付けて、すっくと立ち上がった白蛇のサナエ!
「ほーっほっほっほ!よくもこのあたしを散々足蹴にしてくれましたね!絶対に許しませんよ!覚悟なさい!」
「あほかーっ!」
「ぶぎゃ!」
びしぃっ、と通りの向こうを指さして、不敵な笑みで高笑いを上げる彼女に私は神輿の上からとび膝蹴りをお見舞いした。
「痛いじゃないですか!」
「あんたねえ!こんな人もたくさんいるところでそんな無差別スペル使うんじゃないわよ!どーすんのよこれ!下手すりゃ死人でるわよ!」
「ふん、他に方法なかったでしょう?もう1分遅かったら、レイムさん同じことしてんたんじゃないですか?」
「もーちょい頭使うわ!わたしは!」
「ま、なにはともあれ結果オーライですよ。これで邪魔者はいなくなりましたし、敵も見えました」
「邪魔者ゆーな!村人!む、ら、び、と!」
「でも邪魔だと思ってたでしょう?」
「う、そりゃ、まあ」
「じゃあこうしましょう。みんなあいつらのせいにする」
びし、とサナエが指差すかなたには、真っ黒いローブをかぶった人影と、何やら両手をだらりとだらしふらふらと揺れる青白い肌の少女。
アイツらか、この騒ぎの元凶は。
「あ、それはないすあいであ」
「‥‥俺たち見てたんだが‥‥」
「騒ぎの元凶はアイツらなんだから、おなじよ」
「そ、そうかぁ?」
なぜかぶつくさ言う男たちを無視し、わたしはローブ姿に向かって問いかける。
「ずいぶん無茶をするわね。こんなお祭りの日に襲撃なんて。しかも手数はそれだけ?まーた自信満々だ事」
「自信がなければこんなことはしませんよ。それに、無茶なんて思ってませんから」
ローブの中から声が響く。女の人?
身構えるあたしとサナエの前で、女はゆっくりとそのローブをはずす。
「お初にお目にかかります。わたくし、とある山で仙人をやっておりますセイガと申し‥‥」
「問答無用陰陽鬼神玉!」
ぼーん!
「きゃーっ!」
何やら余裕たっぷりに名乗り始めた女に向かって、あたしは特大の霊力弾を撃ち込んでやる。さっきの夢想封印とは違い、霊力を纏めて一個だけの特大弾にして打ち込むスペルである。すまし顔で得意げに口上を述べようとしていた女は避けられもせずに潰された。隣の少女は何とかかわしたようである。
「わー、えげつなーい」
「レイムさん、ごくあく‥‥」
「ねえちゃんよう、あれはさすがにどうかと‥‥」
「なんでよー。手っ取り早く仕留めた方が被害も少ないでしょー」
なぜか味方が文句を言い始める。めんどくさくなくていいと思うんだけどな。
「は、話を聞く気はないということですね。良いでしょう。それならばこちらにも考えは‥‥」
「神技『八方鬼縛陣』」
ぼーん!
「ぎゃー!」
はい、二発目。
「こ、この‥‥」
おー、しぶといなー。
「夢符『封魔陣』」
すがああああん!
「ひいあああああ」
「うーおー!」
今度は少女も巻き込んで、あたしのスペルはあの女を空に向かって吹き飛ばす。
「う、うう、ゆ、許しませんよ!こうなったら!ヨシカ!」
「おー!おまえら、でてこーい!」
やけに間延びした声で、青白い少女が彼女達の後ろに向かって手招きをする。
新手か!しかし何度来ても同じ事!
「ふふ、これをみてもそうできるかしら?」
「な!」
ヨシカと言われた少女の後ろから出てきたのは、ハッピを着た子供たち!その数、10数名はいるか?
「ふふ。このこ、キョンシーでねえ。この子に噛まれた人間も、一時的にキョンシーになるのよ」
「そうだぞ、わたしに噛まれた者は皆私と同じ崇高な戦士となるのだ。いいだろう」
「な、あんた!」
「死霊術士(ネクロマンサー)‥‥」
お神輿の上から、青ざめた顔でコガサがつぶやく。顔を青ざめさせているのはオッチャンたちも同じだった。
「た、太郎!おまえ、何やってる!こっちに戻れ!」
「ジョージ!お父さんの声が聞こえるか?おい!」
「っち‥‥厄介なマネを‥‥」
どうやら、オッチャン達の中には子供を操られている人もいるらしい。これは、迂闊に手を出せない‥‥
「サナエ!あんたのスペルでどうにかなんない?」
「ふ、あたしが大技好きなの知ってますよね。こんなとこで使えるスペルなんか、ありません」
「こないだの奴は?」
「妖力スポイラーですか?あれ、強制的に魑魅魍魎から力を吸い取る技だから、今使ったらキョンシーになった子達の生気まですい尽くしちゃいますよ。コガサちゃんも」
「ああああああ!肝心な時に使えないやつ!!!」
なぜかドヤ顔をするサナエのスネを蹴飛ばし、わたしはセイガと名乗った女に向き直る。
「何が目的なの?」
「ようやくまともに話をしてくれる気になりましたか。ふふ、いえ、わたしはそこのお神輿の中に有るご神体をいただければと思いまして」
「ご神体?」
その声にコガサの座る神輿を振り返る。
「ええ、ご神体です。わたしの研究、タオの実現のためにどうしても必要でしてね」
「ねえ、ここのご神体、そんなにすごいもんなの?」
「い、いや、ご利益はすごいけど、今までこんなふうに狙われたことはなかったぜ!?」
「太郎ぉぉぉぉ!」
「ううう‥‥いいわ!ご神体はあげる!あげるからその子達を開放しなさい!」
「ちょ、ねえちゃん!?」
「でまかせよ!まずはあの子達助けなきゃ!」
抗議の声を上げるオッチャンをどうにか諭す。だが。
「それはできませんねぇ‥‥この子達も立派な研究材“霊”ですから。お返しするわけにはいきません」
「な!」
「‥‥き、聞いたことがあります。外道に堕ちた邪仙の術には、子供の霊を使役するものがあると」
「まさか!」
小さなコガサの声に、あたしの頬を冷や汗が撫でていく。サナエもさすがに事態が呑み込めたか、セイガを睨み付けている。
「あら、お嬢ちゃんよくおわかりね。この子達はアタシの尊い術の素材になるの。この子みたいにね」
「おー」
その声に、セイガの横に立っていたキョンシーが声を上げる。
「うふふ、腐っててなかなか可愛いでしょ?可愛い可愛いあたしの道具。あたしの言うことならなーんでも聞くし、さっきだってその身を挺して盾になってくれたんだから」
「おー」
「でーもーねー。最近、この子もガタが出てきちゃってね。あちこち取れやすくなってたり、うじが湧いたり。だから、修理パーツもほしいのよ」
「な!その子達を使うつもり?」
「それ以外になにが?」
「あ、あんたねえ!」
「さあ!いきなさい!ヨシカ、その子達を連れてこの人間達を皆殺しにしておしまい!」
「おー!」
「ぐっ!」
ヨシカと呼ばれたキョンシーを先頭に、キョンシー化した子供たちがゆっくりこちらに近づいてくる。
大技を使えば子供たちに被害が出る。逃げたら子供たちが連れ去られる!
「やめてください!そんなことしちゃだめです!」
「コガサ?」
「お嬢ちゃんも中々ねえ。貴女は殺さないであげる。一緒に連れて帰ってあげるから、そこのヨシカと一緒にキョンシーになりなさい」
「‥‥!」
「コガサ、あんただけでも逃げなさい!」
「いいえ!」
「!?」
突然叫ぶと、コガサがお神輿の上に仁王立ちになる。そうして、サラシの中から何かを取り出す。
カード?これは、スペルを組む気か!?
「付喪神の名に懸けて、貴女を止めて見せます!」
「あら!付喪神(ばけどうぐの巫女)だったのお嬢ちゃん。これは運がいいわね。レアキャラだわ」
いうなりセイガは相貌を崩すと、懐から取り出したクナイをコガサに向かって投げつける!
「レイム!」
「邪魔はさせないわよ!」
咄嗟にあたしとサナエはマントを翻してお神輿の前に躍り出ると、霊力で壁を作る。スペルでもない攻撃を弾くにはこれで十分!
「行きます!」
デバッグも終わったか、組み上げたスペルを入れたカードを、コガサは天に掲げる。てか組み上げ早い!エリート付喪神家系の血は伊達じゃない!
「化鉄『置き傘特急ナイトカーニバル』!」
瞬間、あたりの空気が一変する。コガサの掲げたカードから、スペルが解放されてあたりの家々に降り注ぐ。
「いったい何を‥‥!?」
怪訝な顔をしていたセイガが驚きに目を見開く。驚いていたのはあたしたちも同じだった。
『おお、こりゃあ可愛い可愛い付喪神さんじゃあ』
『おや、これはこれは』
『めんこいのう。この家の婆ちゃんの若いころを思い出すわ』
『あんたも大概爺さんだろが』
『なーに、まだまだわしゃ40年も使われておらんぞー』
あちらこちらの家からぞろぞろと、まるで病院の待合室のような台詞とともに現れてきたのは無数の道具達!
みな、手足が生え、疑似的に妖怪化している。これが、あの付喪神大量発生の原因か!ってか、みんなすね毛とか生えてるけど!?
「みなさん!あの子供達を止めてください!乱暴にしないで!」
『おおー!』
あ、平気になってる。
コガサの凛とした命令を聞き、化け道具達はこちらに向かって歩いてくるキョンシー達に隊列を組んで突進していく。キョンシー達は、迎撃するそぶりを見せない!
「うーおー」
『お札をはがせばいいのだろうか』
『キョンシーに噛まれた子は札なんかはっとらんじゃろ』
『辞書さんよ、こういうときはどうすりゃいいんです』
『ええ、と。生米、しょんべん‥‥おお、鉄でもいいみたいですな。傷口をこする』
『茶釜!火箸!こっちにこーい!』
『ほいきた』
『あとは爪と牙を削ってやると』
「あっ!よ、ヨシカ!そいつらを‥‥」
セイガが先に命令したのは「その人間達を襲え」である。道具達はもちろん人間ではないので、ヨシカをはじめとしたキョンシー達は道具達に何ら抵抗もしなかったのだ。それをキャンセルしようと新しい命令を与えようとした彼女だったが、言いよどんだ。「そいつらをたおせ」なんてアバウトな命令じゃ、最悪同士討ちをはじめかねない。
今がチャンス!
『あーもう。なんじゃ、今年の祭りはまたえらいやかましいのう‥‥』
「!?」
突然聞こえてきたさらに別の声に、一同が一斉に振り向く。
その声はお神輿の中から聞こえてきていた。
『親分!』
『親分だ!』
突然道具達が騒ぎ始める。だれ?親分って!?
『ふああああ‥‥』
がしゃり。間の抜けたあくびと共に、お神輿の扉が内側から開いた。
そこから出てきたのは、眼鏡をかけた、女の人!?
『おぬしか、儂を呼んだのは』
「あ、あの、すいません、急におこしちゃって‥‥」
『よいよい、気にするでない。随分大騒ぎの様じゃ。逆に呼んでくれて感謝しとるよ』
「さ、サナエ、あれって‥‥」
「ふ、あの子もなかなかやりますね。あの子、お神輿のご神体を付喪神として、実体を伴った神様として呼び出したようですよ。いやー、すごいすごい」
「なんとまあ‥‥」
呼び出された神様は、茶色の神に動物の耳を持ち、そのお尻にも大きな尻尾がゆれていた。って、タヌキじゃん!
‥‥もしかして、ここのご神体って、タヌキの置物?ああ、なるほど、子孫繁栄ね。‥‥秋の神様ってどこいったんだろ。
「お願いします神様!あの女の人を止めてください!でもやっぱり乱暴にしないで!」
『おや、ずいぶん優しいことを言うの。まあよい。儂もこの祭りを血で汚したくないしの』
「よ、よしか、あの、あれらを、えっと、あああー!」
「敵は混乱してるわ!今よ!」
「神様!」
『二つ岩じゃ!よかろう、いっちょ揉んでやるか!』
そういって、両手を胸の前で打ち鳴らすと、二つ岩と名乗った神様はセイガに向かって一直線に飛び掛かった!
「!?ええい!」
ようやく自分で攻撃することにしたのか、セイガが胸元でスペルを組み立て始める。しかし手遅れ!
『おお、こりゃ、また随分と綺麗な娘さんじゃ』
「うわ、な、なにを!離しなさい!」
『ふふ。どうじゃ、子孫繁栄、この力、おのが身で試してみるか?のう。孕ませてやろうか』
「は!?え、ちょ、ちょっと、なにをっぷむうううううううう!?」
じゅるっ‥‥
「!」
「!」
『!!!』
「せ、せいがー!うおおおお!」
‥‥うわあー。
一同の目が驚きに見開かれる。戸惑うセイガの手を取った神様は、なにやら甘い声で囁いたかと思うと、あろうことかいきなり濃厚なディープキスをかましたのだ。
どうにかして振り払おうと抵抗するセイガだが、その力もだんだん弱まり、ついには手がだらりと垂れさがった。それでも、神様はセイガを離さなない。
「ああ、すごい‥‥ウチの二柱にも負けないくらい‥‥激しすぎます。あんなの喰らったら、骨抜きにされて2、3日は動けませんよ‥‥ああ、いいなぁ」
隣でくねくねしながらサナエが何やら言っているが、つまりはまあ、そういうものなのだろう。
ふと気が付いて後ろを見ると、オッチャン達が顔を真っ赤にして神様の手管を凝視していた。ふんどしの前が少し盛り上がっているのは見間違いじゃないだろう。‥‥コガサも、両手で真っ赤にした顔を覆ってはいるが、その指のスキマから覗いているのがバレバレである。
‥‥色に染まってないの、あたしだけ?‥‥なんか悔しいなぁ。
「はう゛っ」
『おっと』
ついにセイガは意識を手放してしまった。倒れかかる彼女を、神様はまるで百戦錬磨のプレイボーイのように手慣れた動作でスマートに抱きかかえる。
『ちと、やりすぎたかの。ははは』
「お、お疲れ様でした‥‥」
朗らかに笑う神様の腕の中で、時折細かく痙攣している彼女をとりあえずふんじばる。キョンシー達の方も付喪神たちが動きを封じていた。
とりあえず、これにて謎の仙人とキョンシー達は倒され、祭りに平穏が戻ったのであった。
‥‥戻ってない気もするけど。荒れほーだいだし。どーすんだ、これ。
*********
「ありがとうございました!これもみんな、レイムさんとおね―さまのおかげです!」
「いいっていいって。あなたもすごかったわよ。道具だけじゃなくて、神様まで呼び出しちゃうなんて」
「あれは、偶然です。たまたま、あそこにご神体さんが居たから‥‥」
「それも含めて実力。いい経験できたわね、コガサ」
「はい!これでもう、すね毛も平気になりましたし!怖いもの、なしです!」
「そ、そうね‥‥」
結局あの後、セイガはヨシカともども役人に付きだされ、お祭りは日を改めて再開された。そんな中、お祭りを守った恩人、しかも神様を呼び出して戦ったということで、コガサはこの神社に巫女として迎え入れられ、改めてこの地で巫女をしながら付喪神の修行をしていくことになったのだ。
本人もこの村で暮らすのはまんざらではないようで、とくにあの裸祭りが気に入ったらしい。‥‥まあ、ヒトの好みは色々だから、あえてここであたしが言うこともあるまい。
「じゃ、じゃあ、あたしたちはこれで」
「がんばってくださいね。コガサさん」
「はい!レイムさんも、サナエおねーさまもお元気で!また、抱いてくださいね‥‥おねーさま‥‥」
「O,K」
親指を立て、べろりと舌なめずりをするサナエの顔を見て、幸せそうに手を振るコガサ。‥‥男臭がすきで、女同士にも目覚めてて‥‥ああ、まあ、いいや。もう。
かくして、どこか釈然としないものをあたしの胸に残しつつ、今回の異変は終わりを告げたのであった。
ちなみに、サナエが吹き飛ばした村人たちは全部セイガのせいにしたはずだったのだが、どこからか事情を聴きつけた協会の処分により、今回のお賽銭はスズメの涙になってしまったことは一応記しておこう。しくしく‥‥
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「はっ!」
目を覚ます。あたし。うん。東風谷サナエ。
「す、すごい夢を‥‥」
朝の光指す枕元には、あの小説が転がっている。昨日寝る前、久しぶりに読んだんだけど、まさか夢になるとは。
「てか、私の夢なのに霊夢さんの視点だった‥‥」
そこは、原作準拠ということなんだろか。‥‥まあいいや。なんだかすごい、楽しかったし。
‥‥ひもビキニに白蛇柄のタイツとか、うわーなカッコしてたけど、わたし。
あんな、かっこ‥‥。
「たのしかったんだろ」
「!?」
突然、天井から諏訪子様の声が響いた。
思わず顔をあげたら、目の前にニヤついた笑顔が!
「わあ!」
「なかなか面白い夢、見てたね。楽しかった?」
「すすすすす諏訪子様!?なんで、なんで私の夢を?」
「そりゃー、神様だもん。わたし。そんなことお茶の子さいさいだって。それよりさ、楽しかったんだろ?」
「え、ええ、まあ。夢ですしね。はっちゃけられました」
「‥‥ホントに夢かな?」
「は?」
「だってお前、自分のカッコ見てみなよ。ほら」
「へ!?」
布団を上げる。そこに飛び込んできたのは、何時ものパジャマ‥‥ではない!?
「誰が呼んだか白蛇のサナエ、大贄喰らいの祟り神(ミシャクチ)少女‥‥」
げろげろと楽しそうな諏訪子様の声が聞こえる。
ま、まさか。嘘。あれは、夢なのに。
ゆめのはずなのに。
ゆめの‥‥
うふっ。
途中でスレイヤーズパロだとは気付きましたが、東方らしく上手く料理されていますね。
早苗さんのキャラがもうあの人そのままで素敵すぎる。
マミゾウ・にゃんにゃんとか初めて見たwでも良いものですね。
白蛇の早苗もまってます!
未完の作品は結構ありますんで。
大抵ぶっとい足生えますからねえ…… ネタ元とどっちがましか
アレ役に早苗ってのはどうかと思ってましたが広範囲風魔法のしっくりさで納得
読み始めはあの格好までしてるとは思いませんでしたけどね
特に冒頭の流れは完璧でしたよ。あんな感じあんな感じ。
しかし、ここまでエロティック風味を入れるなら、あの毒盛りガチレズ娘が出てくる回でも良かったの……ああでもナーガがいないか。ふむ。
はじめは「へー、なにか他の作品と雰囲気違うなぁ…」という感じで読み進めていて、
>黒マントにひもビキニ、蛙のドクロのネックレス、白い蛇皮柄のタイツなんて無駄に露出の多い悪堕ち巫女じみたカッコなんぞしているけども。
おや…? こんな服どこかで…。
>「ほーっほっほ!その程度、この(ry」
げぇええ!この早苗さん、完全にナーガじゃねえか!…とすると、霊夢はリナ役?。なるほど納得。
読み終わって、後書きとタグの「白蛇のナーガ」を見て再度納得しました。
いやあ懐かしい。本当に懐かしいです。この話自体おもしろかったですし、
「スレイヤーズ」は自分が初めて読んだライトノベルで思い入れもあったので喜びもひとしおでした。
もう最後に読んだのが、8年!?前かもしれません。細かい所は覚えてませんが、
>今回のお賽銭はスズメの涙になってしまったことは一応記しておこう。しくしく‥‥
とか霊夢のふてくされってぷりとかが、すごいスレイヤーズっぽいなぁと思わされました。懐かしい!スレイヤーズパロディを読めて幸せです!
それでもって、他のコメントさんので気づいたんですが、蕗さんって「白蛇の早苗」の蕗さんじゃないですか!
「白蛇の早苗」と言えば、僕にとっては「自分が釣られつづけて、最後まで読んでしまった」と言う意味でとても印象深い話です。はい。
上・中・下とあって、下の途中ぐらいまで読み進めた時に、「あれ…、これ残りの数ページで終わらせられるのかな…」と心配に思ってたら、まさかの「続く」!?????
さらに、「あっ!やった!ついに完結編だあああ!」と思って読みはじめて、「完結篇」の下の途中ぐらいまで読み進めた時に、
「あれ…、これ残りの数ページで終わらせられるのかな…」と心配に思ってたら、やっぱり「続く」かい!!!?????
どういうことなの…。と怒りながらも、上(1/3)から完結編の下までしっかり釣られ続け、読み終わってしまった自分が確かにいて、それが恥ずかしい。
ええ!そうですとも。「白蛇の早苗」はおもしろかったです。続きを書いてくださるなら、是非楽しみしています。でも、どうか気を楽にしてください。
なによりもTake it easy!!ですよ。
楽しい作品をありがとう!