Coolier - 新生・東方創想話

名前の無い魔法

2011/08/27 18:08:43
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夏も終わりが近づき、幾分と過ごしやすくなった幻想郷の夜。
書き物を終え、大魔法使いの聖白蓮はあの日見た『名前のない魔法』を思い出していた。
「もし、名前を付けてくれと頼まれたら何が良いかしら」
この夏の事を思い出し、ふと笑顔になっている自分に気付く。

大魔法使いと謳われた彼女ですらあの日見た魔法を見たことが無かったのだ。
それを見た時彼女は言葉を失った。
魔法使いとして恥じるべき事態なのかもしれないが、ただ見入る事しか出来なかった。

「ああ、なんて綺麗だったのでしょう」
思い出すだけで白蓮は惚けてしまう。
「ふふ、ダメね」
そう言うと胸にこみ上げて来る思いを噛締め布団に倒れこむ。
「おやすみなさい」




夏の魔法の森は暑い。
日差しは射すが風が抜けることの無い独特の地形のせいで蒸し風呂のように熱い。
私はパチュリーから借りてきた魔道書をジメジメとした部屋の中で読んでいた。

幻想郷で使われている文字と大きく異なる文字は解読するのが厄介だ。
暑さのせいで頭の回転が鈍っているのがわかる。

「ダメだ」
「どうしても理解できん」

この魔道書の持ち主に聞いてみるか・・・
いや、無断で借りてきた本を読めないから解読しろと言うのは情けないか。そもそも、あいつに文句を言われるのが目に見えてるな。

・・・魔女なら他にもいるじゃないか。
同じ蒸し風呂に住む魔女が・・・

ダメだ。
アイツの方が小言が多い上に説教までされるのが目に見えてる・・・
普段から勉強をしないから
とか
人の物を盗むなんて魔法使い失格よっ
とか

まったく私の研究に協力的な奴はいないようだ・・・

「しっかしこの魔道書の文字、古すぎるぜ」
そう言うと私は魔道書と睨み合うのを止め、茸が栽培できそうな湿度の高い我が家を後に、気分転換のつもりで里に出かける事にした。

「おーい、霊夢。邪魔するぜー」
暑さを増長させるように響く蝉の鳴声に混ざりながらも、私の声は神社の本殿に響いた。

・・・
・・・・・・

返事が無い。
暑さと飢えで倒れたのか・・・
少し不吉な考えが頭を過ぎったので、本殿に上がりこみ霊夢の姿を探した。

風鈴の涼しい音に誘われ、縁側へ向かう。

「ちっ、私の心配を返せ」
霊夢と紫と萃香が仲良く並んで寝ているのを確認すると私は神社を後にする事にした。

くそ、貧乏巫女のくせに西瓜食って寝てるなんて許せん。
世の中間違ってるぜ・・・
そんな事を思いながらと里へ向かった。

夏の太陽の暑さにも負けず里の人たちは活気に溢れていた。
久々に触れる人々の生活の匂い、生活の音がなぜか心地良く、特に目的も決めず、活気のある里を歩きまわる事にした。




その日、私は珍しい物が置いてあると噂の古道具屋へ仏具を買いに向かいました。
外の世界の物や古の時代の道具、魔道書など里の店では手に入らない物が置いてあるそうで、心躍らせてお寺を発ったのを覚えています。

「ふふ、いくつになっても雑貨を見るのは楽しみね」
つい思いが口に出て、見送りに来てくれた星に必要な物以外は買わないようにと注意されてしまいました。
「やっぱり聖一人でお買い物だなんて心配です。私も一緒に行きます!」
心配してくれるのは嬉しいけど、星、私買い物くらいできます・・・
まったく、私の弟子は心配症なんだから。

大丈夫と星を諭し、命蓮寺の門をくぐり里へと歩みを進めました。

命蓮寺とは反対側の里の外れ。魔法の森の入り口付近で商いをしているという古道具屋に向かうには里を通り抜ける必要があります。
霊夢に妖怪寺などと嫌味を言われますが、命蓮寺は人間にも信仰されるようになりました。
聖輦船の乗組員達を徐々に受け入れてくれた里の人達はとても優しく、暖かく私に声をかけてくれます。

おや、白蓮さん一人でお買い物ですか?
今日も熱いね。
今朝野菜が採れたから見ていってよ。

私は一人一人に丁寧に返事をし、感謝の言葉を伝えます。

檀家のご主人との会話を終え、往来の激しい路地に目を戻した時、あの子を目にしました。
黒と白の衣装に身を包み、独特の形をした帽子を被った女の子。霧雨魔理沙が向かいの茶屋で麦茶を美味しそうに飲んでいました。

後ろから声をかけてびっくりさせようかしら。
その時なぜか無性に悪戯心が私を突き動かしました。

往来を渡り、こっそりと彼女の後ろにゆっくりと歩み寄る。
あと一歩で彼女の肩に手が届く距離まで来たところで、逆に声をかけられました。
「おごらないぜ?」

「あらあら、私がそんなに貧しく見えました?」
笑いながら答えました。
「いや、こっそり近づいてくるから怪しく見えたぜ?」

すっかりバレていた様です。

「珍しいですね。あなたが人里にいるなんて?」
純粋な疑問を投げ掛けながら魔理沙の横に座りました。

「んーこの時期の魔法の森は蒸し風呂だからなー」

どうやらこの子は涼みに人里に出てきたようです。
「それに神社で涼もうとしたら巫女と妖怪と鬼が仲良く昼寝してるんだ。起こすのも悪いと思ってな」
座席から垂らした足を伸ばしながら、ちょっと拗ねた様に言う魔理沙に相槌を打ち、お話を続けました。

法界の封印を解いてくれた3人は普通の人間とは違った感性を持っていてお話をするのがとても楽しいのです。

「そいや、白蓮一人でどこ行くんだ?布教活動か?」
後ろに伸ばしていた背中を前に倒し、冗談めいて魔理沙が私に問います。

「いえ、今日はお買い物ですよ。里の外れにある古道具屋に行く途中です。」

ニヤリと笑う魔理沙は私に言いました。
「あそこの主人とは知り合いだ。吹っかけられないよう着いて行ってやるよ。」
「その代わり・・・安く目的の物が手に入ったら・・・」

わざとらしく咳払いをして魔理沙の言葉を遮りました。

「何かよこせ?ですか?その手には乗りませんよ」
してやったり。そんな顔で魔理沙を見る私。

「尼さん相手にそんな事言える私じゃないぜ」
「ただ、ちょっと見て欲しい魔道書があってな」

予想外の言葉が出てきてポカンとしている私に魔理沙は続けました。
「かなり古い魔道書でさー、読み方がまるでわかんないんだよ」
「こういう時は魔法使いの先輩に頼ろうと思ってさ。な、良いだろ?」
私の顔を覗き込む魔理沙。

予想外の言葉に感動し魔理沙の手を取り顔を近づけた私は。
「そういう事だったら始めから交換条件なんて付けなくていいですよ。」
「同じ魔法使い同士、助け合わないと!」
目を輝かせていました。

「じゃあさっさとお前の用を済ませちゃおうぜ」
「はい」
ぱっと立ち上がる魔理沙に急かされ席を立つ私。
そして私たちは茶屋を発ち古道具屋へと足を向けました。




里から魔法の森へ続く細い道。
背の高い木々が攻撃的な日差しを遮り、細い光の筋に変える。
暑苦しい蝉達の鳴声もここでは殆ど聞こえてこない。
魔法の森と違い風通しもよく、湿った土や草木の香りが私たちを包む。
まったく魔法の森もこれ位快適な場所だったらいいのに。

そう思いながら白蓮と歩く。

痺れを切らした私が言う。
「なー白蓮、もう空を飛んでも平気だと思うぜ?」
「ダメです。」

即答かよ。
こんな暑い中、空を飛べる魔法使い二人が歩いているなんて滑稽だぜ。

なんでも大昔に人前で魔法を使って恐れられた事がトラウマになっているらしく、幻想郷でなら人前で魔法を使っても大丈夫だと、いくら言っても聞いてくれない。

そりゃ、魔法使って封印されちまったんだからトラウマにもなるか・・・
こういう事はあまり突っ込まないほうがいいか。

「素敵な場所ですね。」
封印された本人は呑気に目を輝かせている。
はは、トラウマは関係ないかもな・・・

森を抜ける風が徐々に湿度を帯び、周りの木々はより高く、鬱蒼としてきた。
人の顔のように見える切り株の横にずっしりとした楠が見えてきた。
もうすぐこの魔法使い達の滑稽な散歩も終わりだ。
「そろそろ着くぜー」

「ふふ、楽しみです」
あんなガラクタ屋に何を期待しているかのかわからんが、白蓮は嬉しそうだった。

古道具屋「香霖堂」に着くと白蓮はきょろきょろと辺りを見渡す。
庭の桜に目が行ったらしく、しばらく桜を見つめた後に呟いた。
「あの桜は見応えがありそうですね。」

花も咲いてない桜に興味を持つなんて変わった奴だ。
「店主自慢の桜だそうだ。誉めてやれば安くしてくれるかもな」

そんな会話をしながら香霖堂の扉を開ける。

「香霖、今日は客を連れてきてやったぞー」

相変わらずごちゃごちゃした店内だぜ。
そう思いながら窓辺に積み上げられた箱に座る。

「魔理沙、お金を払わない人間はお客じゃないと言ったろ?それに連れてきたってどうせ霊夢か紅魔館のメイドさんだろ?」
奥から声が聞こえる。そして足音が近づき店主が姿を現した。

「はじめまして。里の命蓮寺を管掌しております、聖白蓮と申します。」
品のあるトーンで挨拶をする白蓮。
私は面食らった様子の香霖を見て笑いを堪えていた。




私から見れば全て同じに見える森の景色も魔法の森に暮らす魔理沙には木々の一つ一つが違って見えるらしく、目印になる物を知っているのでしょう。
そろそろ到着すると言われてから僅かな時間で私たちは古道具屋に到着しました。

古ぼけた建物と大きな桜の木が印象的な場所でした。
「香霖堂」と書かれた看板を掲げる古道具屋に到着し、私は期待に胸躍らせていました。

しかし一番私が興味を向けたのは古道具屋の屋根よりも高くそびえる大きな桜の木です。
鬱蒼と茂る木々達が妖艶な桜の木に恐れ、近寄らないのか。
穢れを知らない桜の木が他の木々を嫌い近づけないようにしているのか。
桜の木の周りには木々が生えていませんでした。

どちらにしろこれだけ立派な桜の木です。
花を咲かせたらどんなに優雅な眺めだろう。
私は来年の春、ここの桜の木を見に来ようと密かに誓ったのです。

魔理沙の後に続き、古道具屋に入店しました。
魔理沙は慣れた感じで窓辺の箱に腰掛けながら、店主を呼び出しました。

お店の奥から現れたのは眼鏡をかけ、白い髪をした男性でした。

自己紹介をすると白い髪の男性も自己紹介をして下さいました。
名前を森近霖之助さんといい、里と魔法の森の間にあるこのお店を一人で経営なさっているそうです。

森近さんは私に何を探しているのか尋ねてきました。

「聖さん、何かお探しですか?」
「うちのお店は生憎、今は片付いてないので、希望の物を教えて貰えばすぐに探し出しますよ」と

「いつもだろ」
魔理沙が笑いながら茶々を入れますが森近さんは無視しています。
森近さんと魔理沙の仲の良さがなんとなく伝わってきました。

のんびり雑貨を見て久々のお買い物を満喫しようと思っていた私でしたが、これだけ散らかっていると、見たい商品を見つけ出すのも苦労しそうなので森近さんに探しているものを伝えました。

「実は、新しく線香立てを探していまして・・・」

「なるほど」
少し考えた森近さん。
どこにあるのか思い出したのか窓辺に向かいながら
「魔理沙座るならレジの椅子にしてくれ」
そう言うと窓辺の箱に座っている魔理沙を退かし、箱の中から小さな小箱を取り出す森近さん。
「これ、どうですか?線香立として作られた物かは不明ですが桜の花が刻まれていて綺麗だと思いますよ」

森近さんは小箱の中から取り出した銅で出来た小振りの鉢を見せてくれました。
その鉢は長い歳月を過ごした銅製品だけが出す色と独特の美しさを持ち、正面に美しい桜の花の彫刻が刻まれていました。
黒色と緑色の中間の何とも言えない独特の色が放つ美しさに見惚れ、買うことを即決していました。
「素晴らしい鉢ですね。頂きます。」

「気に入って貰えて嬉しいですよ。」
と笑みを浮かべる森近さん。

しかし庭の桜と良い、この桜模様の鉢と良い、この方と桜に何か関係があるのかしら?
そう思った私は庭の桜の木について質問をしました。
「あの、お庭の桜の木についてですが?」

「庭の桜がどうかしました?」
本当に質問の意味が分からないという表情をした森近さん。

「あの桜の木には何か特別な法力や魔力が込められているのですか?周りの木々を拒むように立っています。」

「・・・そりゃ僕の庭ですからね。手入れくらいしますよ。」




1000年も封印されていると大魔法使いもボケるのか。
香霖に訳のわからない質問をした白蓮に大笑いさせてもらった。

誰だって庭に綺麗な花を咲かす桜があれば周りの木々を剪定して邪魔にならないようにする。
それを法力や魔力のせいだと考えるなんて。
白蓮はいわゆる天然って奴なのかもしれないな。

目的の物を買い(もちろん私が値切ってやったわけだが)香霖に別れを告げ里に向かう。私と白蓮は来る時より涼しくなった道を歩いていた。

少し笑いすぎたせいか白蓮が拗ねている。
「なあ、いい加減機嫌直せよ。悪かったって」

「拗ねてなどいません」
ぷいっと口を尖らせる白蓮。

「でも安く買えたんだから良かったじゃないか」
何とか機嫌を戻してもらおうと私は話しかける。

「ええ、それは確かに魔理沙のおかげですね。感謝しないと。」
少し機嫌を直した様子の白蓮。
意外と単純な奴だ。

あぁ、感謝してもらわないとな。
と言おうとした時に私の不意をつく一言を喰らった。
「ありがとう。魔理沙。」
一歩先を歩く白蓮が後ろを振り返り言った。

人にお礼を言われる事に慣れていない私はなんだか急に恥ずかしくなり帽子を深く被った。
そして屈託の無い笑顔が余計に私を恥ずかしい気持ちにさせた。

しかし、こんな事で心からお礼を言える白蓮は本当に純粋な奴だ。
そりゃ里の人間にも妖怪にも好かれる訳だぜ。

肝心な事を忘れていた私は里の門を通り抜けたと同時に口にした。
「そうだ!魔道書の解読!」

「ええ、覚えていますよ。お寺に着いたら見せてくださいね。」
ニコニコした白蓮が答える。

「いや、それが家にある」
そもそも何が書かれているかもわからない魔道書を持ち歩くほど私も馬鹿じゃない。
何がきっかけで魔道書に書かれている術式が発動するかわかったもんじゃないし。
突然暴走した魔道書が原因で霊夢にケンカ売られるのもいい気はしない。

「あら、どうします?取りに帰ります?」
白蓮が聞いてきたが、炎天下の中歩き回ったおかげでそんな気力は残っていなかった。

「いや、魔道書はまた今度にするぜ。」
悔しいが諦める事にした。
まぁ、魔道書は逃げないしな。

諦めて帰ろうとした時に白蓮に声をかけられる。
「それでは夕方までお寺で涼んで行って下さい。暑い中お買い物に付き合ってくれたんですもの。お礼くらいしないと。」

本当に律儀な奴だ。
そりゃ里の人間も妖怪も慕うわけだぜ。

それから私は白蓮の寺、命蓮寺で涼しくなるまで休ませてもらう事にした。
命蓮寺に入ると里の子供や幼い妖怪、妖精達が一緒になって遊んでいるのを見た。
まるで幻想郷の託児所だな。
彼らは白蓮の姿を見ると一斉に駆け寄り、話を始めた。

ニコニコと笑顔の絶えない白蓮を見て昔話だかお伽話で10人の話を同時に聞く人が偉い人がいたなぁとふと思った。まぁ関係ないがな。




魔理沙のおかげで森近さんが提示した金額より安く線香立を買うことができ、お礼を言ったつもりだったのですが、魔理沙はなぜか急に口数が減ってしまいました。
何か気に障るような事でも言ってしまったかしら。
そんな事を考え里の門を通り過ぎたら急に魔理沙が大きな声を出しました。

あぁ、魔道書の事を考えていたのね。
この子は意外と勉強熱心なのね。
そう思うと私は自然と笑顔になりました。

魔道書は今、手元にないそうなのですが、今日のお礼がしたいので魔理沙をお寺に招く事にしました。

お寺の門を抜けると石畳で遊んでいた子供達が私の元に駆け寄り、話を始めました。
村紗に船に乗せてもらった。雲山がいろんな形に変形して皆を驚かしてくれた。
ぬえが色んな人に化けて楽しかった。
一通り話し終えると子供達はまた元気に走り回りだしました。
うん、元気があって良いわ。

そんな様子を遠くから見ていた魔理沙が話しかけてきます。
「まるで託児所だなー」

「お寺とは修行の場でもあり、信仰の場所でもありますが、子供達には遊び場であって欲しいですからね」
「それに幼いうちから人間、妖怪が一緒に遊ぶ機会があれば争いや偏見は生まれないはず。と私は信じています」

力強く私は魔理沙に答え、お寺に上がるように促しました。

そして魔理沙と自室で数時間お話をしました。
幻想郷で過去に起こった異変の事(魔理沙の武勇伝みたいな内容でしたが)を聞かせてもらいました。
紅い霧が幻想郷を包んだ時の事。雪が止まない春の事。連日連夜宴会を開いていた事。明けない夜に月を取り戻した事。異常なまでに花が咲き狂った事。山の上に神様が神社と湖ごと現れた事。幻想郷のあちこちで異常気象が起こった事。間欠泉と怨霊が湧いた事。
そして、空飛ぶ船が現れた事。
1000年以上生きている私が知らない事。それは魔理沙が見てきた幻想郷の事。

お話の中の魔理沙が法界の封印を解いたところで、星が夕食が出来たと迎えに来てくれました。

ちゃっかり夕食まで一緒に食べている魔理沙に一同が文句を言っていましたが、みんな楽しそうにしていました。




白蓮の部屋で数時間ほど話をしていたら寅丸が、食事が出来たと迎えに来てくれた。
寅丸は気が利く。
「どうせ、夕食を食べていくつもりですよね?あなたの分も作ってありますよ」
呆れたような顔をしていたが、気にしていたら負けだ。
しかし白蓮は良い弟子を持ってるな。

正直、寺の精進料理は味が薄くて物足りないがこんなに大人数で食事をするのが久々だったので美味しく感じた。
妖怪と食卓を囲むとは貴重な体験だったような気がする。

さすがに寝床まで用意してもらうのは気が引けたので食事のお礼をしてその日は帰る事にした。
帰り際、満面の笑みの白蓮に言われた。
「魔理沙、今日は楽しかったです。またお話聞かせてくださいね」

「話の前に今度は魔道書の解読に協力してもらうからなー」
すっかり本題を忘れかけていた私は慌てて魔道書の事を口にした。
正直、あんなに楽しそうに話を聞いてくれると話しているだけで十分楽しいんだが。

「はい。いつでも来ていいですからね」
嬉しそうに答える白蓮

「ああ、頼りにしてるぜ」
そう言うと私は箒に座り久々に空を飛んだ。

次の日、私は期待に胸躍らせ命蓮寺に向かった。
どんな魔法が書かれているんだろう。
研究中の奴隷タイプの弾幕に活かせるといいんだが。

綺麗な光が幻想郷を覆う夜を徐々に消していく。
昇り始めの朝日は眩しいが、とても清々しい気分にさせてくれる。
空を低速で飛びながら心地良い風を全身に感じる。
「しっかし、早起きしすぎたぜ」
「まぁ、寺の朝は早いだろうから問題ないだろう」
里が見えてくると私は高度を落とし、命蓮寺を目指した。




朝のお勤めを終え皆で朝食を取っている時でした。
バタバタと魔理沙が現れました。

「白蓮、魔道書持ってきたぜー」

「あらあら、思っていたより早いですね」
せっかくなのでご飯に誘ったのですが、もう食べてきた。と断られてしまいました。

「私のお部屋で待っていて下さい。食べ終わったら魔道書見させてくださいね」
「おう」

うずうずしている感じが伝わってきました。

「ふふ」
まだ師ではなく弟だった頃の幼い命蓮を思い出し、笑顔がこぼれました。
「さぁ、今日は頑張らなくっちゃね」
そう言い星の作ってくれた朝食を急いで食べて自室に向かいました。

自室に着くと噂の魔道書を広げ、難しい顔をしている魔理沙が待ち構えていました。
「お待たせしました」




白蓮の部屋で待つこと数分。
妙に上機嫌の白蓮が現れた。

「なんか機嫌が良いみたいだな」
そう問うとそんな事ないと否定されたが顔がニヤニヤしている。
なんかあったのか。
まあ良い。
その時は魔道書を解読してもらう事に頭が一杯で深く理由も考えなかった。

解読不能の魔道書を渡すと白蓮はペラペラと魔道書を捲る。

我慢できずに顔を近づけ白蓮に質問をした。
「なぁ、タイトルは何て書いてあるんだ?」

「炎の魔法とその精製。だそうですよ。」

「おお!期待大だな!」
続きを読むように急かす私に白蓮はハイハイと受け流す。

ページが進むに連れて白蓮の顔が険しくなり、半分ほど捲り終えると申し訳なさそうな表情になっていく。
まさか白蓮も読めないんだろうか・・・
そんな事を思うと我慢できずに私は身を乗り出し尋ねた。
「ど、どうなんだ?」

「ごめんなさい。これ、魔道書じゃないわ。」

その一言にショックを受けたが内容が気になったので何の本なのか尋ねた。
「おいおい、嘘なら承知しないぜ?」

「これ、火薬の本ね。」

本当かよ・・・

落胆する私に白蓮は申し訳なさそうに続けた。
「おそらくこれが書かれたのは9世紀から10世紀頃の大陸を支配していた王朝です。」
「この本自体は後の時代に原本を写した物だと思いますが」
「そうか・・・」
白蓮の話によると当時の人からすると、火が出る黒い粉は魔法の類とみなされていたそうで、魔道書として現代まで残っていたのではないかという事だった。

しょんぼりする私に白蓮が提案をしてきた。

「せっかくだから読み方をお教えしましょうか?」
「これからまた古い魔道書に出会うかもしれないでしょ?知っていて損はないですよ。」

うむ、確かに白蓮の言う通りかもしれない。
そう思った私は白蓮に読み方を教えてもらう事にした。
「よろしく頼むぜ、先生!」

「ふふ、私の指導は意外と厳しいですよ。」
気持ちを切り替えた私は白蓮の古文教室の生徒になった。




魔理沙が見せてくれた本は残念ながら魔道書ではありませんでした。
せっかくあんなに張り切っていたのになんだか申し訳ない気分になり、古文の読み方を教えると伝えました。

すると顔色を変えてよろしく頼むとお願いされました。
やっぱりこの子は勉強熱心なのね。

気付けばお昼の時間まで二人で本を覗き込み、魔理沙の質問に答え続けた。

台所からお味噌汁の香りが漂い、魔理沙がさっと顔を上げました。
「さすがに腹が減ったぜ」
両手を伸ばし天井を見上げる魔理沙はようやく本から手を離しました。

「そうね、魔理沙ったら朝から休みなしで本と睨めっこですものね」
右手を口元に運びわざとらしくクスっと笑いながら私が続けました。

「どちらかと言うと白蓮が休ませてくれなかったじゃないか」
正座を崩し、口を尖らせ反論する魔理沙をなだめ、昼食にしようと切り出しました。


魔理沙はとても飲み込みが早く、昼食の後1時間程で基本的な文法を理解していました。
少し息抜きも必要だと思い、昨日聞かせてもらった話の続きをしてもらいました。
魔理沙の武勇伝を一通り話し終えると彼女は思いついたような顔をして質問をしてきました。
「ところでさ、白蓮はどうやって魔法使いになったんだ?」

予想外の質問に私は少し表情を曇らせましたが、過去の話をしました。
弟としての命蓮の事、師としての命蓮の事、命蓮の死の事、若返りの法の事、私を慕ってくれた妖怪の事、私を恐れた人間の事、大好きだった弟が残してくれた法力によって封印されてしまった事。
話し終えると魔理沙は少しの間黙り込んでしまいました。
無理もありません。本一冊であんなに一生懸命になれる純粋な子には、出来れば聞かせたくない話の内容ですから。
でも私は、後悔はしていませんでした。
目を輝かせて色々と話をしてくれた魔理沙には嘘偽りの無い本当の事を話したい。
それが私の本心でした。


「白蓮は強いんだな」
「私が同じ立場だったら封印から放たれた時に人間達に復讐するだろうな」

私は純粋なこの子から「復讐」という言葉を聞いて急に怖くなりました。
この子を間違った方に導いてしまうかもしれない・・・
「あの、魔理沙・・・」

私が話をしようとすると魔理沙は言葉を遮るように話し始めました。
「やっぱ白蓮は凄いと思うぜ?」
「恨むべき人間にも、平等に接してるし」
「何よりもいつも笑顔だもんなー」
「法界でやり合った時思ったんだ。すげぇ魔法使いだって」
「封印から目覚めたばかりなのに見た事もない魔法を連発してるお前に憧れたんだぜ?」
「それにさっき、古文の解読を教えてもらってる時思ったんだ!こんな姉貴がいたら良いなって!」
「だからそんなに悲しそうな顔するなよ」

魔理沙が一生懸命私を励まそうとしているのが伝わってきて気付けば私は大粒の涙を流していました。
「ありがとう。魔理沙。」
私は心から感謝を伝え、精一杯の笑顔を作り彼女と向かい合い、古文教室を再会しました。
この子の求める強い私でいよう。
それがその時思った事です。




白蓮が自身の過去の話をしたのは私の迂闊な質問のせいだった。
法界で対峙した時に何となく過去について話をしていたのを急に思い出し、気まずい空気が流れてしまった。
何よりも私は口が悪い。
そんな悪い口のせいでせっかく仲良くなれた白蓮に嫌われてしまうかもしれない・・・
そう思うと急に怖くなってきた。

いつもの調子で、考え無しに言葉を発すれば白蓮を傷つけてしまうかもしれない。
嘘でも良いから白蓮が喜びそうな言葉を選べばいいのか・・・

いや、こいつは辛い過去の話を打ち明けてくれたんだ。
私も包み隠さず思った事を言おう。

そう決めた時、私は思った事を素直に口にする事にした。

正直、その時は頭が真っ白で何を言ったのか、まったく覚えていなかった。
覚えているのはボロボロと涙を流しながらお礼を言う白蓮の姿。
そして、見ていると恥ずかしくなるような笑顔。
「話が反れちゃいましたね」
と笑いながら古文教室が再開された。

そんな事があってから2週間くらい過ぎた。
気付けば私は毎日命蓮寺に通っていた。
最初の4日間くらいは古文の読み方について教えてもらうのが目的だった。
残りの日は白蓮と話をするのが目的だった。
大魔法使いというだけあって白蓮の知識は凄い。
情報量はパチュリーの図書館と良い勝負。
さらにあの図書館と違い、私にこの上なく協力的だ。

そして名のある僧侶とだけあって話を聴いてくれるのが上手いのかもしれないな。
いや、白蓮が辛い過去の話をしてくれたからかもしれん。
霊夢やアリス、パチュリーにも中々言えない様な事を話してしまった。

私の過去の事、親父に勘当された事、霊夢や早苗みたいに甘える相手が欲しいと思っていた事。
今思えば恥ずかしい事を話してしまったぜ・・・

どんな話をしてもあいつはニコニコと笑顔で聞いてくれた。
それが嬉しかった。
そして私は白蓮に何かお返しが出来ないかと考えるようになった。
そりゃ白蓮のおかげで構想段階だった四方向のイリュージョンレーザーが試験段階まで来たんだ。
お礼くらいしないと気がすまないぜ。




魔理沙は本当に勉強熱心でした。5日もしないうちに例の本をスラスラと解読できるようになっていました。
本を解読し終えてしまっても、あの子は毎日のように遊びに来てくれました。
新しい魔法の研究だと言って実験に付き合わされたり相談を受けたりもしました。
なんでも強力なレーザーを広範囲で撃ちたいそうです。

そして合間合間に魔理沙の色んな話を聞かせてくれました。
ある時は自身の過去の事。
お父様の事。
霊夢や早苗の事
人形を使う魔法使いの事、属性魔法を使う魔法使いの事。
色々な話をしてくれました。

魔法の研究の合間に縁側でお茶を飲んでる時、ふいに魔理沙から質問を受けました。

「霊夢と早苗。私があいつらと違う所があるんだ。分かるか白蓮?」
「なぞなぞ?私は一休宗純じゃないから頓知はできないわよ?」
真剣な目付きで私を覗きこんできた笑顔で彼女の顔を見返す。

「いや、なぞなぞでも頓知でもないぜ」
「あ、わかった」
そう言い私は両手をパンっと勢い良く合わせ思いついた答えを口にする。
「あの子達は巫女さんであなたは魔法使い」

「・・・そんなの見りゃわかるだろ」
呆れたような顔をされました。

そして魔理沙からため息混じりに出た言葉。
「あいつらは大妖怪やら神様やらがそばにいて稽古付けてもらったりしてるんだよ」
「それに引き換え私はここまで一人で努力を続け力をつけてきたんだ」
「私は意外と努力家なんだぜ?」
得意げな顔をしている魔理沙。

「分かっていますよ。魔理沙が努力家なのは」
「数百年前の文字を数日で解読できるようになったり、多方向へ高圧縮した魔力を放出する技術はそう簡単に習得できるものではないですから」

こんな事言ったら彼女は怒るかもしれないけれど、かつて姉だった私には分かります。
魔理沙は自分を誉めてくれる身近な相手を欲しがっている。
そう思った私は思いを口にしていました。
「魔理沙は頑張っている自分を見てくれる相手がいなくて寂しいのよね?」
「なっ!?」
案の定、顔を真っ赤にした魔理沙はぷるぷる震えだしたように見えました。
「ち、違う!断じてそういうのじゃない。ただなんつーかあいつらみたいに甘える相手が欲しいというか・・・」
私は魔理沙から出た言葉を聞き逃しませんでした。
そして少し意地悪く笑顔を作り彼女を追い詰めました。
「甘える相手ですか・・・」
「あー今のは違う!言葉の誤だ!」

さらに顔を赤くして手をブンブンと振る魔理沙が可愛らしく思い、私はそっと手を伸ばし魔理沙の頭をそっと撫でました。
「分かっています。魔理沙は強い魔法使いですからそんな相手必要ないですもんね」
「でも私は法界に1000年以上も一人だったので、甘えてくれる相手が欲しいんです」
「だから、魔理沙さえよければ私に甘えて下さいね」

下を俯いたまま黙っていた魔理沙が口を開きます。
「あぁ、考えとくよ」


そして帰り際、今週末に催される博麗神社のお祭りに行こうと誘ってくれました。
その事が嬉しく、その日行われた檀家の方々との会合の時に夏祭りについて教えて頂きました。

会合の次の日、檀家のご主人が命蓮寺に訪れました。
檀家のご主人は、檀家の連中のお古だけどこれを着てお寺のみんなで参加してみてはどうですかと、浴衣を何着か持ってきてくださいました。

私は檀家のご主人に心からお礼を言い、早く魔理沙が来るのを待っていました。


しかし、どれだけ待っても魔理沙は来ませんでした。

「魔理沙とケンカでもしたの?」
本堂横の縁側でぼーっと空を眺めているとぬえが声をかけてきました。

そんな事無いと否定をしたのですが、魔理沙を傷つける様な事を言ってしまったのかもしれないと不安になりました。




「んー、困ったぜ」

人にお礼をする事がこんなに勇気のいるものだったとは・・・

何かお返しをしなきゃいけないと思うと急に命蓮寺に向かうのが嫌になった。
人に感謝を伝えるのが出来ないほど腐った人間になったつもりは無い。
何と言うか、恥ずかしいのだ。
そして甘えて良いだなんて言われても甘えたことないしどうして良いかわからん。

私はベッドにうつ伏せに倒れこみ唸り声を上げた。

ふと視線を横に向けると例の本が目に付いた。
白蓮のおかげでスラスラ読めるようになった古の火薬の本。

「火薬かぁ・・・」


そう呟くと私は閃いた。

私は勢い良く起き上がり火薬の本を捲り始めた。

白蓮のおかげで読めるようになった火薬の本。
昔の人々が魔法と崇めた魔法の粉で作れる魔法を私は思いついたのだ。

私は命蓮寺に向かうのも忘れ新しい魔法の開発に没頭した。


睡眠も殆どとらず、火薬の本を片手に机に向かいっぱなしだった。
2日程経過した頃だろうか、私の新しい魔法の試作品が完成した。

期待を胸に外に飛び出した私は、ミニ八卦路に魔力を集め、試作品のそれを上空に打ち上げた。
はずだったが、それは私の頭上1、2メートル程で爆発した。
「げほっげほっ」
いやー激しく失敗したぜ・・・
外装の強度が問題なのか八卦路の火力が強すぎたのか・・・
黒焦げになった私はその場で胡坐をかき思考を巡らせる。

失敗する事5発。
打ち上げに成功するも不発に終わること6発。
気が付けば約束した夏祭り当日の朝を迎えようとしていた。

火薬の生成を考えると時間的にこれがラスト1発か・・・
祈りを込めるように八卦路に魔力を込める。
そしてそれは上空まで打ち上げられると轟音と閃光を発した。
少し歪だったがそれはほぼ私の思い描いていた形になった。

「はは、やっぱ私は天才かもしれないな」
その場に仰向けに倒れこみ口から安堵のため息が漏れた。
後はアイツに協力してもらうだけだ・・・




夏祭り当日。
やっと魔理沙がお寺に来ました。
顔や腕に黒いすすを付け、髪をぐしゃぐしゃにした魔理沙の姿に驚き、訳を尋ねました。

「いやぁ、魔法の森で妖怪のような奴と戦ってたんだ」
「なかなかしぶとい奴でさ、ここまで来るのに苦労したんだ」

言い訳はどうあれ、来てくれた事がとても嬉しかったです。
そして、あまりにボロボロの魔理沙を見かねて、お風呂を貸してあげる事にしました。
魔理沙も自分についた汚れが気になっていたらしく喜んでくれました。

ドロワーズとキャミソール姿で上機嫌でお風呂から上がってきた魔理沙が尋ねてきました。
「私の上着とスカートはどこだ?」
辺りをキョロキョロと見渡しています。

「ごめんなさい、あまりに汚れていたから洗濯しちゃいました。」
勝手な事をしてしまい誤る私に魔理沙が続けました。

机に置いてあった団扇を手に取りパタパタ仰ぎながら私の向いに座り
「おいおい、有難いが、こんな格好じゃ祭り行けないぜ」
と冗談ぽく困った顔をする魔理沙。

私は冷えた麦茶を注ぎながら答えました。
「大丈夫ですよ。浴衣がありますから」
そういうと檀家のご主人から頂いた浴衣を魔理沙に見せ付けました。

魔理沙も気に入ってくれたらしく
「おぉ!着るのは久々だぜ」
嬉しそうに浴衣を手に取り私に早く着付けをしてくれと催促してきました。

両手を伸ばし、十字架のような姿勢を維持した魔理沙が顔だけを動かし部屋の中を見回します。
「ところで妖怪達の姿が見えないがどうしたんだ?」

「浴衣が気に入ったらしくみんなで先にお祭りの会場に行っていますよ。」
「それにあの子達からしたら久々のお祭りですもの。」
魔理沙の背後で膝立ちをしながら帯をきゅっと締めながら私は答えました。

少し力を入れすぎたらしく苦しそうな声を出しながら
「げふっ、仏門の妖怪達が神社の祭りかぁ」
「やっぱ祭りは老若男女、人間妖怪問わず魅力的なんだな」

苦しそうな奇声をあげる魔理沙を無視して私は続けます。
「折角だから髪を綺麗に結いましょう。」
「どうせなら同じ髪型で良いじゃない?綺麗に結ってあげるから良いですよね?」

嫌だ。と断られましたが、力強く肩を押され座り込んだ魔理沙はなんだか嬉しそうにしていました。




風呂から上がると私の服が消えていた・・・
キャミソールとドロワーズじゃ恥ずかしくて祭り行けないぜ。

まぁ白蓮の事だから洗ってくれてんだろうな。
そう思い白蓮の元に行く。

檀家の連中にもらったという浴衣を見せて目をキラキラしている白蓮は本当に楽しそうだった。
そして白蓮に浴衣を着せてもらうと二人で同じ髪型にしましょうとノリノリで髪を結われた。

まぁ嫌いじゃないが・・・


白蓮も浴衣に着替え二人で神社に向かった。
浴衣姿の白蓮はとても綺麗だった。
里ですれ違う男達は必ずと言って良いほど振り返ってた。
まぁ、女の私ですらその美しい姿に見惚れるくらいだからな。

途中、茶屋のおばちゃんが声をかけてきた。
「おやまぁ、お揃いの髪型で、白蓮さんに魔理沙ちゃん、まるで姉妹みたいだねぇ」

「あらあら、姉妹ですって魔理沙」
白蓮は合わせた両手を顔の下にやると嬉しそうに微笑んでいた。

「あ、ああ」
私は恥ずかし過ぎて素っ気無い返事しか出来なかった。

神社に続く細い道。
空はいつの間にか朱色に染まっていた。
遠くの林からひぐらしの鳴き声が聞こえてくる。
サラサラと田んぼの稲を揺らした風が私達の周りを通り抜ける。
涼しくて持っていた団扇を帯に挿した。

「帯、きつくないかしら?」
濃い藍色の生地に白い綺麗な蓮の花の柄の浴衣に身を包み凛としている白蓮が聞いてくる。

「あぁ、大丈夫だ」
「それよりさー私の浴衣の柄は何の花なんだ?見たこと無いぜ?」
浴衣を見せてもらった時から思っていた疑問を白蓮に投げ掛ける。

「それは茉莉花ね。」

聞いた事無い花の名前だった。
「まつりか?」

「ジャスミンの事です。花言葉は無邪気。魔理沙にぴったりだと思いますよ」
ふふっと笑う白蓮を横目に少し嬉しくなった私は笑顔になっていた。




神社に続く階段を私達は歩いていました。
さっきまで聞こえていたひぐらしの鳴き声はもう聞こえません。
代わりに聞こえてくるのは境内からの賑やかな音。
辺りは薄暗くなり、階段を照らす列になった提灯の光が世界を朱色に染め、とても幻想的でした。

階段を登り終え、大きな鳥居をくぐるとそこには祭りを楽しむ人々と妖怪達の姿がありました。
沢山の屋台が石畳に沿うように並び活気に溢れていました。

少し歩くと見覚えのある男性が私たちに気付き近づいてきました。

「やあ、魔法使い姉妹じゃないか」
森近さんは手を振りながら私達の前で立ち止まりました。

「仲がよろしいようで・・・」
魔理沙にニヤニヤした顔でそう言うと

「うるさい!そんな事より、例のアレ、頼んだからな。香霖!」
顔を真っ赤にした魔理沙は屋台を見てくると言うとさっとその場を離れました。

慌てて後を追うつもりだったのですが、森近さんに呼び止められます。
「聖さん、ちょっといいですか?」

「はい?」

そういうと人気の少ない境内の隅へ案内してくれました。

「あの子はああ見えて寂しがりやなんです。」

私もその事は気付いていたので同意をしました。

「魔理沙は父親に勘当され、小さい頃から一人だったんですよ。」
と悲しいそうな顔をする森近さん。

「えぇ、知っています。全部あの子が教えてくれました。」
私は笑顔で答えました。

悲しそうな顔が消え、にこやかになった森近さんが続けました。
「あの子が言っていました。あなたが姉の様だと。生意気な事も言うかもしれませんが、これからも良くしてやってください。」
そういうと森近さんは深々と頭を下げました。
この人もきっと魔理沙を大切に思っているのですね。

私は力強く返事をし、3人でお祭りの会場を見て回るよう提案したのですが断られてしまいました。

「僕は賑やかな所が苦手で・・・」
「それにこの後、頼まれた仕事があるので失礼しますよ」
そう言うと森近さんは人ごみに紛れ、どこかに行ってしまいました。
こんな賑やかなお祭りの夜に仕事だなんて、仕事熱心な方です。

それから私は魔理沙を探しに人と妖怪で賑わう石畳に戻りました。




キョロキョロしている白蓮は簡単に見つけられた。

そして二人で何軒か屋台を回りながら、祭りを満喫した。
焼きソバにお好み焼き、りんご飴に綿菓子、射的に型抜き。
兎達が売っていた怪しい薬とか、烏と猫が売っていた温泉饅頭とかもあった。
まったくペットに店番をやらせるなんて飼い主の顔が見てみたいぜ。

「そろそろ帰りましょうか?」
白蓮が言い出した。

私は慌てて白蓮に話をする。
「この後花火が打ち上げられるから見ていこうぜ!」


「あらあら、花火もあるのね?楽しみです。」
ニコニコ笑う白蓮の手を取り私は駆け足で歩き出した。

「良く見える場所を知ってるんだ。そこで見よう。」
感謝の言葉。上手く言えるだろうか。
そんな事を考えると私は心臓が破裂するくらいドキドキしていた。

花火なんて1000年振りだと嬉しそうな白蓮を連れ、私は本殿の裏に来た。

そして白蓮を箒に乗せ、神社の屋根に登った。

「さあ、特等席だぜ」
「霊夢に見つかったら怒られるがな」
笑いながら私は言う。


瓦の上に行儀良く座りながら嬉しそうな白蓮が口を開いた。
「弟が小さい頃、二人でお寺の屋根に登って花火を見たのを思い出しました」

白蓮が思い出を語り始めたと同時に大きな音と共に綺麗な花火が夜空に咲いた。

腹にまで響く花火の音は心地良い。
パチパチと火花を散らす巨大な花は見る者の心を綺麗にしてくれるような気がした。

大丈夫。ちゃんと言える。

花火に見惚れる白蓮の横で私はそっと握りこぶしを作っていた。




魔理沙に案内された特等席で私は、夜空に咲く花火を無心で眺めていました。
小振りの花火が一斉に打ち上げられ、最後に特大の花を咲かせ花火大会が終わりました。

「魔理沙、こんな素敵な特等席に連れてきてくれてありがとう」
私は心からお礼を言いました。

まだ花火の余韻に浸っているのか、動こうとしない魔理沙が言い出しました。
「じ、実はもう一発あるんだ。落ち着いて待ってろって」

きょとんとする私に空を見上げたままの魔理沙は言いました。
「良いから座ってろ」
状況が飲み込めない私は言われた通り、夜空を見上げて待っていました。

ヒュゥゥゥ

花火が打ち上げられる時の独特の音が空に響いた後、それは姿を現しました。

夜空に咲く一輪の蓮の華。

少し不恰好だけど今日見たどの花火より明るく美しい巨大な花を咲かせた花火は数分間消える事無く夜空に咲き続けました。

私がその蓮の華に見惚れていると魔理沙が話を始めました。
「どうだ?魔理沙さんお手製の魔法だぜ?」

純粋に感動をした私は思った事を素直に口にした。
「魔法?花火ではなく?」

「昔の人から見たら火薬は魔法なんだろ?」
ムッとした魔理沙が言いました。

私はクスリと笑いながら
「そうでしたね」
「とても綺麗な魔法」
「作った人の心の綺麗さが伝わってきましたよ」
タジタジする魔理沙が話を始めました。
「あの本に作り方が書いてあってさ」
「それで、色々教えてくれた白蓮にお礼のつもりで作ったんだ」
「その、あ、ありがとな」
「私は口が悪いし、生意気だし、好かれるタイプの人間じゃないって自分でもわかってる」
「で、でも、お前の事、姉貴みたいに思ってるんだ。これからも話したり、遊んだり、魔法の事教えてくれないか?」

魔理沙は今にも泣き出しそうな表情で私を見つめていました。

「ええ、もちろんです。ちょっと口が悪いけど、素直で優しい私の可愛い妹のお願いですもの」
そういうと涙目の魔理沙を抱き寄せ頭を撫で、夜空の魔法が消えるまで眺め続けました。




「魔法と聞くと相手を攻撃する為の魔法を思い浮かべやすいが、相手を痛めつけるだけが魔法じゃない」
「私が新たに生み出したこの魔法に攻撃力は無い」
「見たものに感動を与える魔法だ。」
「今のところ100%の効果が実証されている。まぁ試した相手は白蓮しかいないが。」
「まぁ、弾幕ごっこには仕えない代物だ」
「なにより打ち上げてくれる協力者が必要なのは考え物だ」

自身の幻想弾幕博物図鑑集(仮)にペンを走らせ終え、ふと顔を上げる。
「この魔法、名前がまだ無いな」
「うーん」

「名無しの魔法ってのも悪くないか」

そう言うと魔理沙はこの夏の出来事を思い返した。
「そうだ、明日会ったら魔法に名前を付けてもらう」
「相手は私の尊敬する大魔法使いで、姉貴のような相手だ。きっと良い名前を付けてくれるはずだ」

そう言うと魔理沙はベッドに倒れこみ笑顔で眠りについた。
海苔缶です。
2作目の投稿です。
個人的に好きな2人を絡ませてみました。
まぁ、まったり読んでいただけると幸いです。
海苔缶
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コメント



0.1950簡易評価
4.90奇声を発する程度の能力削除
>苦しそうな奇声が面白く笑い声をもらしながら
およ?
お互いの心境が読めてとても面白かったです
5.無評価海苔缶削除
>4さん
ご指摘頂いた箇所修正しました。
ありがとうございます。
13.100名前が無い程度の能力削除
素敵な内容でした。
それぞれの目線から話が進んで行く感じは特に良かったです。
23.100名前が無い程度の能力削除
また~り
25.100名前が無い程度の能力削除
こういう落ち着いた話は好きです。
楽しく読ませて頂きました。
27.無評価海苔缶削除
コメントくれた皆様ありがとうございます!
しかも勿体無い程の高得点ばかり(T ^ T)
感動です。次回への励みになりました。
36.100名前が無い程度の能力削除
凄い良い
38.100名前が無い程度の能力削除
とても良かったです。
ヒジマリ流行れ!
44.100非現実世界に棲む者削除
二人にとっては永遠に思い出として残って欲しい。
感動を与えてくれる夏の季節を代表するに値する素晴らしいお話でした。