「ねえ、死んでよ」
と、私は輝夜に言った。
とある夜。
一戦終えた、燃え尽きた竹林の中でのことだった。
円く燃えた、竹に囲まれた広場、草木一本ないそこで二人寝そべって、丸い月を眺めていた。
ひんやりとした風が頬を撫でていくなか、輝夜は言った。
「死ねないわ」
「知ってるよ」
「じゃあ聞かないで」
ぷい、と顔を背けてしまった。
は、と一息。
ざり、と右手が、土くれを掴む。そいつを握り締めようてして、ふいに腕の力が抜けた。私は馬鹿か。自分がこの上なく疲労しているという事実に今さらながら気がつく。
さっきと違った意味合いのため息。
ぶるりと身体が震える。
ああ、そっか、さっきの勝負で、私、半裸じゃないか。胸だって見えてるし、下半身なんて、もうぼろきれじゃあないか。
くっそ、今日、着替えなんてないぞ。
半裸で帰れってか。
寒いのに。
別にいいけど。
「なぁ輝夜」
「なによ」
「服貸して」
「迎えがくれば、それくらいいいわよ」
顔を背けたまま承諾を貰った。
そう言った輝夜も、まあ、半裸みたいなもんか。私より酷いけど。なんせ燃やされるんだからな。
それにしても、迎え、ねえ。
あの医者か、兎か。
どっちでもいいや。
「なんでお前、死なねぇの?」
「あなたと一緒」
「それもそっか」
「そうね、死ねばいいのに」
「逆だな」
私たちは死ねないのだ。
「それもそうね」
ぼうっと月に目を向ける。
小さく見える。
けれどあれは途方もなく大きな岩の塊のようなのだ。あの医者に聞いた。あいつは間違ったことは言わない。それがどんなに荒唐無稽でも、それは真実だ。
と、言うことは、だ。そんなに巨大な岩が小さく見えるってことはそれくらい遠いってことなのだ。
じっと目を凝らす。
小さくとしか見えない。
ついでに兎が餅つきをしているのが見えた。あの兎は、生きているのだろうか、死んでいるのだろうか。私には分からない。
それにしたって遠いなぁ。
私には想像もつかないくらい遠いんだろうなぁ。
どれくらい遠いんだろうか。
「月ってさ、どれくらい遠くにあるんだ?」
「知らない。想像もつかないわ」
「お前もか。だいたいお前、あそこにいたじゃんかよ」
「もう昔よ。覚えてないわ」
「知らないだけじゃないか?」
「違うわ。忘れてしまったの」
輝夜がため息。
私は目を左腕で覆った。
月が眩しくてかなわん。きれいだけど、眩しいのは勘弁願いたい。
こんなときじゃなくて、他のときに見れたのなら風流だな、とでも思うのだろうか?
分からんなぁ。
月がきれいだなんて、いつ以来だ?
忘れてしまったよ。
「お前の髪って黒くてきれいだよなぁ」
と、月明かりに照る輝夜の髪の毛を見ながらぽつり。
「あんたはしらがだけどね」
くすくす、笑う声。
「しらがじゃない、はくはつ、と言ってくれよ」
「やぁよ」
「……一回死んどけ」
「もう何回も死んだわよ」
ごろりと寝返り。
月に手を伸ばす輝夜。
「でもさ、その白い髪ね、私はきれいだと思うなぁ」
「うえぇ……気持ち悪いわ」
まったく吐き気がするね。吐かないけど。だって私にかかるし。
「なによ、その言い草は」
ぽてっと伸ばした手を、私の頭に振り下ろす。
痛くもない。
そうとう疲れているんだろうな。わたしだってそうだ。だいたい、こうしているのも辛いのに。早く寝てしまいたいわ。
疲れなんて睡眠の向こうに置いて、さっさと明日になればいいのに。
だと言うのに、私は疲労を耐えて、こいつと話している。
何故だろうか?
決まっているわ。
こいつも私と同じだからだ。
死ねばいいのに。
きっと向こうも同じようなこと思ってるに違いない。きっとそうだ。死ねばいいのに。
私も死んで終えばいいのに
「ああくそ。お前なんて死んでしまえばいいのに」
「お返しするわ。あなたなんか死んでしまえばいいのに」
「死なないよ」
「私もよ」
「お前死ねよ」
「無茶よ」
「無茶でも死ね」
「死ねたらね」
月が雲に隠れて、風が吹く。
はくしょん、と二人そろってくしゃみ。
鼻をすする音が二つ。
肌寒い夜だ。まったく昼間はあんなに暑いのに。
服があればいいのになぁ。
まったくどうして私は炎を出すなんてことを覚えたのだろうか。こう体力がないと、フェニックスどころか、ひよこのような炎しか出せない。いや、ひよこを通り越して焼き鳥だ。つまり皮だけ。
真っ暗闇の中、竹林がさわさわ音をたてる。
そろそろ背中が痛い。歩けるくらいには回復したかな?
どっこいしょ、と立ち上がる。
立ち上がった瞬間、身体中にぎしぎしと痛みが走った。
それと同時に上半身を隠していた布がはらりと落ちた。
「わーお、妹紅の肌しろーい」
輝夜が見上げながら言う。今さらだろうが。
「でも胸は、ね」
このやろう。
私は倒れるようにして輝夜の身体に攻撃を仕掛けた。
まあ、倒れこんだんだけどね。
「ぐへぇ!」
と、醜い悲鳴。輝夜。
「いったぁー!」
と、可愛らしい悲鳴。私。
十字に折り重なるようにして倒れこむ。
筋肉痛だったのがさらに悪化した感じ。死ねばいいのに。
「なにすんのよ!」
私をぽかぽか叩く輝夜。
ごめんやめて痛い。
くくく、と笑いが漏れる。
ぴたり、と輝夜の手が止まる。
「えっ? えっ? もしかして痛いのが快楽に目覚めの? だったらあなた最強よ。だって、死ぬたびに体力回復するんでしょ。私、勝てないじゃないの」
「んなワケないだろ」
と、輝夜にうつ伏せで覆いかぶさったまま、脳天にチョップ。ぴきぴきと腕の筋肉が引きつる感じ。
筋肉痛痛いわぁ。
「ちょっと、痛い」
輝夜がごろごろと頭を抱えて転がるから、振動で私まで痛いじゃないか。
あ、お腹の辺りがむにむにする。胸だな、こりゃあ。それなりに気持ちいい。ぷにぷにしてて。
「痛いじゃないの。私はマゾヒストじゃないのよ。痛いのなんて力にならないわ」
「私だって違うよ」
「じゃあどうして?」
それはだな、と私は輝夜の顔の真正面に自分の顔を持ってくる。
どっちも痛いんだけど気にしない。
「いやね。生きてるって感じがしてね」
「へぇ、そう」
「うん」
ぱこん、と額を叩かれる。
意外と強く叩かれたせいで、頭から星が出たような気がした。
顔を伏せて痛みに唸る。いや、冗談じゃなく痛い。
「生きてる?」
お返しに、ぱこん、と額を殴ってやった。
同じように唸りながら、手で額を覆った。
「生きてる気、するだろ」
輝夜はにやりと笑った。
私のように、にやりと笑ったのだ。
「ええ、とっても、生きてるわ」
「だろ?」
「あなたはどう?」
「私は生きてるよ」
「なんだかねぇ、生きてるわね」
「ああ、生きてるよ」
痛みを感じるってのなら、私たちはまだまだ生きてる。逆に言えば、痛みを感じなくなったのなら、死んでるも同じなんだ。それが心であれ身体であれ。どっかしらに痛みを感じるのなら、まだ生きてる。
いつだか、生きているのか死んでいるのか分からない、って言われたけど、違う。
私はこんなにも、生きている。
とりあえず殴っておいた。
殴り返された。
「お前さ、いつまで生きるよ?」
「さてね。あなたが死んで、退屈になったら、暇すぎて死んじゃうんじゃない?」
「私は死なんよ。お前が死んだら死んでやる」
「無理よ」
「分からんな」
月が顔を出す。
竹林に光が降る。
小さな風。
さわさわと揺れる竹。
視界の隅に、小さな竹になりかけた竹の子を見つけた。
「ねえ、生きてよ」
「なんで?」
「あなたが死んだら。私はどうすればいいの?」
「あの医者がいるじゃんか」
「永琳は従者だもん。あなたは友達」
「私にとっては仇みたいなもんだよ」
「それでもいいわ。だってずうっと私のことを考えていたんでしょ?」
「それもそうだが……」
「だったらいいじゃない」
「そんなもんか?」
「そんなもんよ」
笑う輝夜。
私は唇を尖らせる。キスじゃあないぞ、輝夜。
「じゃあ死ぬまで生きよう。死ぬまで殺し殺され。ずぅっと生きよう」
「いいわ。死ぬまで。ここに誰もいなくなっても」
「そうなったら孤独死するかもしんない」
「だめよ、そうなったら、私が殺してあげる」
「逆になっても、私が殺してやるよ」
笑う声。
ああもうだめだ。
目蓋が重い。
ああちくしょう。
生きてやろう。
死ぬまで生きてやろう。
生きるだけ生きて、生き甲斐がなくなったら殺して死のう。
生きて生きて生き延びて、死んで終わろう。
だからさ今だけは――――
「おやすみ、輝夜」
寝かせてくれよ。
遠くで声がした。近くで声がした。
迎えに来たであろう友人と医者。そうして耳元でした囁き。
「おやすみ、妹紅。また明日」
暗闇に落ちていく。
――――ああ、また明日。殺してやるよ。
[了]
それは、簡単そうで、難しい。
これは勝手な自分の持論ですが、言葉という物は文字にしたり、表す度にその価値や力を失っていく物だと考えています。
死、というものが身近にある彼女達は、誰よりもその価値を知っているのではないかなあと。
だからあんまり死ね死ね言って欲しくなかった。
会話やテーマは好きな方です。
永劫に続く明日に向かって生きる妹紅の姿が良かったです。