まだ肌寒い日と、すこし暑い日が、かわるがわるやってくる卯月のある日。
妖夢は庭掃除の手を休めて、右腕で額の汗をぬぐい、すでに葉桜になった白玉楼の桜の木々を眺めた。これから青々とした葉が生い茂っていく。その光景もそれはそれで美しいのだが、すこし寂しくもある。
毎年この時期になるたびに、もっと桜の花を目に焼き付けておくべきだったかな、と軽い後悔を感じる人は多いのではないかと彼女は思う。桜が満開の時の白玉楼は、見る者の心を癒す、この世のものとは思えない程の(実際そうだが)美麗さを誇る。
庭の真ん中あたりに生えている、ひときわ大きい咲かない桜の木が西行妖だ。この桜がさき乱れる時、主の西行寺幽々子が成仏すると言われている。
その西行妖のたもとに、幽々子が居た。
「あれ、幽々子様?」
チェーンソーを持って、エンジン始動のためのコードを何度か引っ張っている。
「幽々子様?」
やがてうなり声のような音がして、そのままノータイムで西行妖を切り始めた。
西行妖の木くずが飛び散っていく。
「ちょっと待ってください幽々子様~」
妖夢は急いで幽々子の元へ駆け寄り、問いただす。
「あらなに妖夢、ちょっとすぐ終わるから待ってて」
「何がちょっと終わるかだよ。なんだよそのプロみたいな自然なチェーンソー捌き。日本の林業の未来は明るいって言うレベルじゃねーぞ」
あまりの事態にため口になった妖夢の方を振り返りもせず、一心に西行妖を切っている。
「そんな事して大丈夫なんですか? 幽々子様のお父様に縁のある気じゃないですか」
「いいのよ、花も咲かないし、景観のために切っちゃおうって思ったの。父との思い出は心の中にあるから大丈夫」
木くずが足元にふりまかれていく。妖夢は長く生き過ぎて心がアレになったのかと思った。主が不意に予想もつかない行動に出るのは今に始まったことではないが、それでも今回の行為は度を越していやしないか?
「幽々子様、罰が当たったりしないんですか?」
「妖夢、貴方がどう思おうと自由だけど、そこにいると確実に罰が当たるわよ?」
するとみりみりという音とともに、数百年の威容を誇る西行妖が大きな音を立てて、妖夢の前に倒れてくる。もちろん彼女は持ち前の運動神経で素早く飛びのき、事なきを得たが。
「ちょっ、半幽霊が全幽霊になる所だったじゃん」
「あらあらごめんなさいね。でもこの木は良い建材になるわ。この間、人里の助産院を建て替える話を半獣がしていたけど、これを使うと資源の再利用にもなってお得だわ。
「生まれたそばから死に誘ってどうすんだよ」 妖夢は思った、ここは殴るべきか。
「たまに妖夢の出す素の口調も悪くないわね」
「いいえ、これはあまりの事に驚いて出ただけですっ。素の口調じゃありません」
幽々子は西行妖の切株に腰を掛けて、懐からキセルを取り出し、その辺にいた人魂に先っぽを当てて火をつけてもらい煙を味わった。
「一仕事終えた後のこれは格別ね」
ふうっと妖夢に煙を吹きかける。
「副流煙のほうが危険だって知りませんか」
「ごめんごめん、マナーは守るから」
妖夢は西行妖の切株と、切り倒された大木を見る。幼いころ、祖父の妖忌になぜこの桜だけ花が咲かないのかと尋ね、その来歴を教えてもらった記憶がある。そして主がこの桜を咲かせたいと願ったとき、内心これでいいのかと思ったりもした。
その西行妖が、今日あっさり無くなった。寂しさを感じるが、伝説の終わりはこんなものか、とも彼女は思った。
次の日、切株から小さな幹が生えていた、まだ西行妖は生きていたのだ。
「どう、可愛いでしょ、今日捕まえてきた妖精たちに住まわせたら、だいたい逃げちゃったけど、そのうちの何匹かは気に入ってくれたみたい。
そして、妖夢の背丈ほどのその新しい幹から、ぽんっという擬音が似合いそうな雰囲気で、花が開いた。枝いっぱいに。
幽々子の方を向くと、妖夢は目を疑った。同時に幽々子の体が薄くなったのだ
「やっぱり、私の魂の一部が転生したようね」
「これはどういう事なんでしょうか」 妖夢は失礼、と一声かけて幽々子の頬をつついてみるが、感触自体はぷにぷにしている。
「私、プチ転生で魂をリフレッシュすることにしたの。ほら永い間生きていると、いや死んでいるんだけど、いろいろと無駄な記憶とかトラウマとかが溜まって嫌じゃない。だからこうやってうっすら消滅することで、人格が消えない程度に記憶をリセットするの。
「そんな技法があったんかい!」
「実はね、この心の澱みリセットは、この子にも有効よ」 と西行妖を指さした。
「この子もプチ転生することで、記憶も全くの別物にならない程度に消えて、普通の桜に生まれ変われるわ。これでこの子が満開になっても、もう人を死に誘ったりしない」
「普通の無害な桜に戻ったというわけですね」
「この子も長いしがらみや業から解放されていいはず。これからも仲良く付き合っていくためにもね」
さらに次の日、妖夢は白玉楼に迷い込んだ一匹の猫を保護した。
その猫は淡い水色と桃色の縞模様を持つなんとも幽々子のオマージュのような猫だった。
「よしよし、幽々子様に言った方がいいかなあ、食べるわ、なんて言い出したらどうしよう。殴るか」
その猫は初めて会った割に妖夢にとても懐いており、足元に絡んできたり、しゃがむと膝の上に乗っかってきたりして非常に可愛いらしい。鳴き声もなんだか自分の名を呼んでいるみたいだ。
「ようむ~」
「にゃ~む~」
やわらかい日差しの中で、幽々子がお茶と桜餅の乗ったお盆を持って妖夢のもとへ歩いてきて、たまには一緒に休憩しましょと妖夢を誘う。軽くお辞儀して礼を言い、新しい西行妖に二人で腰かけて頂く事にした。幽々子をフィーチャーした猫もついてきて、彼女にも親しみを込めた声で鳴くと、彼女も微笑みを返した。食べられる心配はなさそう。ガチで食欲を込めた目で見つめてはいない。妖夢にはわかった。
「あのね、消滅した分の私の魂、どうなったと思う?」
「やっぱり、プチ転生ですか?」
「そうよ、多分この猫がその子」
幽々子は桜餅を半分ほど食べて、もういいわ、と足元でごろんごろんする猫に与えた。猫はそれを美味しそうに平らげた。あれ以来、少し薄くなった幽々子は小食になったが、呑気で人当たりのいい性格は変わらない。本人には決して言わないが、変な命令をして困る事はあっても、妖夢は幽々子に仕えて幸せだと感じている。
(ところで、幽々子様がおっしゃった無駄な記憶やトラウマって何だろう?)
主の笑顔の陰に、部分的に消滅してでも消したい何かがあったのだろうか、自分はそれに
気づけなかったのだろうか、と考えていくうちに胸が痛くなってくる。この優しい雰囲気のギャップで痛みがさらに増していく。
「どうしたの、妖夢」
「いえ、これからもいっそう修行に励んで、幽々子様をお守りします。だから、勝手に完全消滅しないで下さい」
せめてこれからは主がそういうものに苦しまないように、もっと強くならなくちゃと決意を新たにする妖夢。
「ありがと、でも私はそうそう簡単に消えはしないから、安心して」
泣きそうになった妖夢の頭を撫でて、幽々子は言った。
「大丈夫よ」
「はい、ありがとうございます」
「ちなみに、あなたの半分の魂も、たまに私が人かじりして、プチ転生させてあげてるから」
「はい?」
やっぱこいつ、殴ろうか?
妖夢は庭掃除の手を休めて、右腕で額の汗をぬぐい、すでに葉桜になった白玉楼の桜の木々を眺めた。これから青々とした葉が生い茂っていく。その光景もそれはそれで美しいのだが、すこし寂しくもある。
毎年この時期になるたびに、もっと桜の花を目に焼き付けておくべきだったかな、と軽い後悔を感じる人は多いのではないかと彼女は思う。桜が満開の時の白玉楼は、見る者の心を癒す、この世のものとは思えない程の(実際そうだが)美麗さを誇る。
庭の真ん中あたりに生えている、ひときわ大きい咲かない桜の木が西行妖だ。この桜がさき乱れる時、主の西行寺幽々子が成仏すると言われている。
その西行妖のたもとに、幽々子が居た。
「あれ、幽々子様?」
チェーンソーを持って、エンジン始動のためのコードを何度か引っ張っている。
「幽々子様?」
やがてうなり声のような音がして、そのままノータイムで西行妖を切り始めた。
西行妖の木くずが飛び散っていく。
「ちょっと待ってください幽々子様~」
妖夢は急いで幽々子の元へ駆け寄り、問いただす。
「あらなに妖夢、ちょっとすぐ終わるから待ってて」
「何がちょっと終わるかだよ。なんだよそのプロみたいな自然なチェーンソー捌き。日本の林業の未来は明るいって言うレベルじゃねーぞ」
あまりの事態にため口になった妖夢の方を振り返りもせず、一心に西行妖を切っている。
「そんな事して大丈夫なんですか? 幽々子様のお父様に縁のある気じゃないですか」
「いいのよ、花も咲かないし、景観のために切っちゃおうって思ったの。父との思い出は心の中にあるから大丈夫」
木くずが足元にふりまかれていく。妖夢は長く生き過ぎて心がアレになったのかと思った。主が不意に予想もつかない行動に出るのは今に始まったことではないが、それでも今回の行為は度を越していやしないか?
「幽々子様、罰が当たったりしないんですか?」
「妖夢、貴方がどう思おうと自由だけど、そこにいると確実に罰が当たるわよ?」
するとみりみりという音とともに、数百年の威容を誇る西行妖が大きな音を立てて、妖夢の前に倒れてくる。もちろん彼女は持ち前の運動神経で素早く飛びのき、事なきを得たが。
「ちょっ、半幽霊が全幽霊になる所だったじゃん」
「あらあらごめんなさいね。でもこの木は良い建材になるわ。この間、人里の助産院を建て替える話を半獣がしていたけど、これを使うと資源の再利用にもなってお得だわ。
「生まれたそばから死に誘ってどうすんだよ」 妖夢は思った、ここは殴るべきか。
「たまに妖夢の出す素の口調も悪くないわね」
「いいえ、これはあまりの事に驚いて出ただけですっ。素の口調じゃありません」
幽々子は西行妖の切株に腰を掛けて、懐からキセルを取り出し、その辺にいた人魂に先っぽを当てて火をつけてもらい煙を味わった。
「一仕事終えた後のこれは格別ね」
ふうっと妖夢に煙を吹きかける。
「副流煙のほうが危険だって知りませんか」
「ごめんごめん、マナーは守るから」
妖夢は西行妖の切株と、切り倒された大木を見る。幼いころ、祖父の妖忌になぜこの桜だけ花が咲かないのかと尋ね、その来歴を教えてもらった記憶がある。そして主がこの桜を咲かせたいと願ったとき、内心これでいいのかと思ったりもした。
その西行妖が、今日あっさり無くなった。寂しさを感じるが、伝説の終わりはこんなものか、とも彼女は思った。
次の日、切株から小さな幹が生えていた、まだ西行妖は生きていたのだ。
「どう、可愛いでしょ、今日捕まえてきた妖精たちに住まわせたら、だいたい逃げちゃったけど、そのうちの何匹かは気に入ってくれたみたい。
そして、妖夢の背丈ほどのその新しい幹から、ぽんっという擬音が似合いそうな雰囲気で、花が開いた。枝いっぱいに。
幽々子の方を向くと、妖夢は目を疑った。同時に幽々子の体が薄くなったのだ
「やっぱり、私の魂の一部が転生したようね」
「これはどういう事なんでしょうか」 妖夢は失礼、と一声かけて幽々子の頬をつついてみるが、感触自体はぷにぷにしている。
「私、プチ転生で魂をリフレッシュすることにしたの。ほら永い間生きていると、いや死んでいるんだけど、いろいろと無駄な記憶とかトラウマとかが溜まって嫌じゃない。だからこうやってうっすら消滅することで、人格が消えない程度に記憶をリセットするの。
「そんな技法があったんかい!」
「実はね、この心の澱みリセットは、この子にも有効よ」 と西行妖を指さした。
「この子もプチ転生することで、記憶も全くの別物にならない程度に消えて、普通の桜に生まれ変われるわ。これでこの子が満開になっても、もう人を死に誘ったりしない」
「普通の無害な桜に戻ったというわけですね」
「この子も長いしがらみや業から解放されていいはず。これからも仲良く付き合っていくためにもね」
さらに次の日、妖夢は白玉楼に迷い込んだ一匹の猫を保護した。
その猫は淡い水色と桃色の縞模様を持つなんとも幽々子のオマージュのような猫だった。
「よしよし、幽々子様に言った方がいいかなあ、食べるわ、なんて言い出したらどうしよう。殴るか」
その猫は初めて会った割に妖夢にとても懐いており、足元に絡んできたり、しゃがむと膝の上に乗っかってきたりして非常に可愛いらしい。鳴き声もなんだか自分の名を呼んでいるみたいだ。
「ようむ~」
「にゃ~む~」
やわらかい日差しの中で、幽々子がお茶と桜餅の乗ったお盆を持って妖夢のもとへ歩いてきて、たまには一緒に休憩しましょと妖夢を誘う。軽くお辞儀して礼を言い、新しい西行妖に二人で腰かけて頂く事にした。幽々子をフィーチャーした猫もついてきて、彼女にも親しみを込めた声で鳴くと、彼女も微笑みを返した。食べられる心配はなさそう。ガチで食欲を込めた目で見つめてはいない。妖夢にはわかった。
「あのね、消滅した分の私の魂、どうなったと思う?」
「やっぱり、プチ転生ですか?」
「そうよ、多分この猫がその子」
幽々子は桜餅を半分ほど食べて、もういいわ、と足元でごろんごろんする猫に与えた。猫はそれを美味しそうに平らげた。あれ以来、少し薄くなった幽々子は小食になったが、呑気で人当たりのいい性格は変わらない。本人には決して言わないが、変な命令をして困る事はあっても、妖夢は幽々子に仕えて幸せだと感じている。
(ところで、幽々子様がおっしゃった無駄な記憶やトラウマって何だろう?)
主の笑顔の陰に、部分的に消滅してでも消したい何かがあったのだろうか、自分はそれに
気づけなかったのだろうか、と考えていくうちに胸が痛くなってくる。この優しい雰囲気のギャップで痛みがさらに増していく。
「どうしたの、妖夢」
「いえ、これからもいっそう修行に励んで、幽々子様をお守りします。だから、勝手に完全消滅しないで下さい」
せめてこれからは主がそういうものに苦しまないように、もっと強くならなくちゃと決意を新たにする妖夢。
「ありがと、でも私はそうそう簡単に消えはしないから、安心して」
泣きそうになった妖夢の頭を撫でて、幽々子は言った。
「大丈夫よ」
「はい、ありがとうございます」
「ちなみに、あなたの半分の魂も、たまに私が人かじりして、プチ転生させてあげてるから」
「はい?」
やっぱこいつ、殴ろうか?
これが幽霊流のデトックスなのか
キャラが崩壊する妖夢もよかったです
これこそ東方だなと思いました
次回作も期待します