「それにしてもビビビッって雷が走ったような感覚って本当にあるものなのよねぇ~……たまらないわぁ……」
「そうだねぇ、あたいもこの出会いがあって本当に嬉しいよ」
地上では朝日が昇る頃の地霊殿。
がっしりと握手を交わすのは霍青娥と火焔猫燐。
二人は地霊殿にあるテラスにて、丸いターンテーブルを挟み向かい合って椅子に座っている。
テーブルには紅茶の入ったティーカップが二つ並べられ、青娥の分はまだ湯気が立ち上り温かさを残していて、対するお燐のティーカップは彼女の猫舌ゆえか温めに作られている。
こうなった経緯はそれほど立て込んだ事情があったわけではない。
青娥の使役しているヤンシャオグイ達、それらが霊繋がりで地下の怨霊達と繋がりがあって遊びに行こうとしたら、芳香も一緒に遊びに行かせようと誘った。
だが地底には死体があったらすぐに燃やす火車の妖怪がいるというので危険らしいとの噂があり、躊躇する芳香とヤンシャオグイ達。
それを聞きつけた青娥は尚更行くべきであると思い連れてきたのだ。
地霊殿の面々とは博麗神社での宴会で一度顔をあわせたことがあるが、深く関わることはなかった。
だから彼女はこのように足を運ぶ事にした。
こういった時は一度話を付けておいた方が良いのだ。
「青娥、あたいはさっきさとり様の前で誓ったように、そっちの芳香って子を見つけても燃料にくべることはしないよ。だから安心して遊びに来てくれ」
「えぇ、喜んで」
こうして前もって釘を刺すことで芳香が燃料として攫われる可能性を詰む。
常に先手をとって友好的に振舞うことが、敵を作らずに済み敵を駆逐せずに済むのである。
そして肝心の芳香といえば、青娥の後で立ったまま寝ている。
膝の関節が中々曲がらず座る事が難しい芳香のためにせめてソファーがあればいいのだが生憎この部屋には無く、だからといって床に転がすのは可哀想なのでこうするべきだとは青娥の弁。
「こんな素敵な場所に招待してくれてありがとう、火焔猫さん」
「呼びにくいだろ、お燐でいいよ」
「えぇ、わかったわお燐。ちなみに私は青娥娘々とも名乗ってるから、私のことはこれからは気軽にニャンニャンって呼んでね♪」
「ニャ……ニャンニャ……ン…………」
「うふふ、でもお燐ってば猫でにゃんにゃんだし、こうすると微妙にキャラがかぶっちゃうわね」
「……ごめん、あたいってば人をあだ名で呼ぶ習慣ないからさ、どうにも慣れないからやっぱり名前で呼んでもいいかい?」
「あらそうなの……残念ねぇ……」
お燐の白々しい嘘を真に受けてションボリと大きく肩を落とす青娥であった。
彼女は挨拶を済ませたら芳香とヤンシャオグイを連れて地底を散策しようと元々思っていた。
だが今このとき彼女はそうすることはなく、お燐と二人で談笑している。
それは何故か。
「でも私は貴方と出会えて本当に良かったわ! 同じく死体を愛する友が出来て!」
「あぁ、あたいもそう思うよっ、死体って素晴らしいよね!」
答えは単純、二人が同じ趣味を持つ同類であり、もっと話をしたいと思ったからだ。
そんな二人はがっしりと固い握手を交わす。
「私達は今ここにネクロフィリア同盟を結成する!」
「おーいぇーっ♪」
右手を振り上げ高らかに宣言する青娥とわーぱちぱちと拍手で迎えるお燐。
酒も飲んでいないのに十代の少女達の如くハイテンションとなるのは無理のない事であった。
◆
「ところで青娥はどういった死体が好みなんだい? 死体といえば色々種類があるからそのバリエーションの豊富さが魅力だけど、やっぱり好みってあるからね」
そう切り出してきたのはお燐。
彼女のしっぽをそわそわと忙しなく動かすその様子、こういった話が出来ることがよほど嬉しいのだろう。
「ん~……そうねぇ、私はやっぱり綺麗な死体が好みね。死にたて新鮮な死体とか特にいいわ」
「その魅力は?」
「やっぱり死んだ後は朽ちていくだけっていうその直前の、腐ってドロドロになって蝿がたかるその前の、あの静謐な美しさね。例えばお葬式の時の棺おけの中に入っている死体って本当に綺麗じゃない」
「あ~わかるわかる! 確かにああいうのは攫いたくなるよね!」
「そうそうそうなのよ! 本当に綺麗なの! 生きている頃は口やかましい人だと思っていたその人が死んで安らかに眠っている時って、あぁ……この人って黙っていればこんなに可愛かったんだなぁって思わない?」
「あ~確かに。あたいも死にそうな悪人が居たらマークするんだけど、そういう奴って生前は凄く口やかましかったり色々と性格に問題があるのに、死んだ直後はともかく棺おけの中に入っている時ってやたら安らかなんだよねぇ。葬儀屋さんや死体に化粧をする人達って本当に凄いよね」
「そうよね~♪」
こんなに話が弾むなんて本当に素晴らしい。
一般的な倫理観では憚られるような趣味を持つ二人は、今このときはそんなことお構い無しに存分に自らの性壁を晒し、同意を得ることが出来て、笑いあうことが出来る。
あぁ、なんていう幸せな時間。
目の前の友とは出会ってからそれほど同じ時を過ごしたわけではないが、もう数年来の友のように二人は馴染んでいた。
「でもさ~、あたいは散々悪さをした人間が往生際も悪く「いやだ……まだ死にたくねぇ……」って言い残して事切れた瞬間の、あの苦悶に満ちた表情も格別だねぇ。そういうのを死化粧をする前のすっぴんの方が好きかな」
「え? 何それ理解できない」
「え? マジで?」
だがしかし、同じ趣味といえど好みの違いはそれなりに分かれるものだ。
そこで訪れる気まずい沈黙。
先ほどまでの温まった空気がさっと冷め、なにやら雲行きが怪しくなる。
だがそんな二人は互いの趣向の違いが些細なものだと思っている。
その勘違いに気付くのはもう少し先のこととなる。
「そっそういえば地霊殿の主様って妹さんいるわよね? 今どこにいるの?」
「あぁ、こいし様かい? こいし様なら留守だけどそれがどうかしたの?」
「何でも屍体愛好家だと白黒の魔女さんより聞いたんだけど、弾幕ごっこの時の前口上で死体を玄関に飾るって言ってくるとか」
姿を見せないこいしがいつやってくるのだろうとそわそわと期待している青娥。
彼女に視線をやるお燐は、テーブルに頬杖を着きながら気の毒そうに唸る。
「あ~……、こいし様のあれ冗談なんだってさ」
「へ?」
「だから冗談だって。プロレスごっこで言うところのマイクパフォーマンス的なものらしいよ。大体弾幕ごっこでの啖呵の切り合いを本気にしちゃ駄目だよ」
「えぇ~……何それ……」
「何でもこいし様が心を閉ざしちゃった理由の一つが死体のせいらしいんだよ……。以前あんまりにも露出しまくった罪で地獄に落ちた男の死体がいて、そいつときたらマッパで『つっかもっうぜ! ドラゴンボール!』ってジャイアンマイクなみの大音量で心の声を叫びまくり。それ以来こいし様ときたら死体関係全然駄目。あんまり駄目なんで逆に強がっちゃってる」
「うっわ……それは流石の私も引くわぁ……残念ねぇ、せっかくお友達になれるかと思ったのに……」
三人ならよりトークが弾むかと思っていたのに残念極まりないと、青娥は大きく肩を落とした。
「とっところで青娥のところの芳香、本当にいい死体だよね」
お燐はその気まずい雰囲気を振り払う為に、青娥の後ろで立ったまま寝ているキョンシーの話題をふる。
すると青娥は両手をテーブルにつかせ、目を輝かせながら身を乗り出してきた。
「でしょう! でしょでしょ! 綺麗な顔しているだろ。死んでるんだぜ、これ」
さぁ待ってました、今から合法的な自慢タイムだぜ!
青娥は向こうからふってくるのを待っていたと言わんばかりに食いついた。
「この子ったら本当に可愛いの! 死体の持つ美しさを持ちながら脳みそがアレだから頭が弱いせいか無邪気なところとかほんっとうにもうね――」
夜行性故に日が昇っておねむの時間となった芳香をわざわざこの場に残しておいた理由。
それは青娥が自慢したくって仕方がなかったからに他ならない。
芳香の何処が可愛いか何が素晴らしいかをマシンガントークでひたすらに自慢する青娥の姿を、お燐は頬杖をつきながら温かい目で見つめる
「ところでやっぱり青娥はこの子を燃やしてみたいって思ったりするのかい?」
「はぁ?」
「え? 違うの?」
「ちょっとまってちょっとまって、貴方何言ってるの? 芳香は燃やさないってお燐も言ってたじゃない……」
「だから青娥が自分で素晴らしい死体の芳香を燃やしたいんだろうと思って、あたいは遠慮しただけなんだけど……」
「?」
どうも話が噛みあわない。
ここで二人はその間にある趣味の決定的な違いに薄々気付いてくる。
二人の間に何やら透明な壁が浮かんできた。
「死体……燃やすの……? 燃やしちゃうの……?」
「当然じゃん」
「お燐って死体をコレクションするために持ち去ってるんじゃないの?」
「そんなことしないって! あたいは燃やして燃料にする為に死体を持ち去ってるだけだよ。死体自体は結構好きだけどさ。そもそも死体って燃やすものじゃないの?」
「何を言っているのよ勿体ない! 死体は可動フィギュアの如く飾り動かし味わい愛でるものじゃないの?」
「それ気持ち悪いよ!?」
「はぁ? 気持ち悪いですって……」
その一言に青娥はピクリと眉を顰め、細い目つきになる。
「そもそも死体を燃やすなんて勿体ないにも程があるじゃない! 何それ物を大事にすることも主人に教わってなかったの?」
「死体は燃やすものだろ! 当然のことじゃないか! 死体を弄ぶなんて失礼だよ! 流石のあたいでもそこまではしないよ!」
「あ?」
「あ?」
バチバチバチ。
二人の間に視線の火花が散る。
「……ちょっと聞きたいんだけど、お燐はどんな死体が好みなの?」
「そりゃあ死体といえばやっぱり凄惨なものだね! 轢死圧死絞殺死事故死焼死水死! このバリエーションの多さを楽しめないなんてもぐりだよ!」
「うっわ気持ち悪ッ!? 理解出来ないわそれ! 残酷じゃないの!」
「青娥が言っても説得力無いよ! そういうそっちはどうなのさ!」
「じゃあ言うけど死因は病死か衰弱死がベストよ! あの蝋燭がフッと消えるように命の灯火が消えるのがいいんじゃない! 今際の際での会話とかしっとりと美しいわ!」
「何だよそれ地味だよカタルシスが無いよ!」
青娥は身を引いてお燐から距離を取り、お燐は何カマトトぶってるのさと言わんばかりに激昂する。
「――というかお燐、遅れた中二病真っ盛りによるグロ好きアピールほど痛いものはないわ! 貴方TPOを弁えなさいよ! 人前で異常性癖の話を喜々としてするなんてどうかしてるわ!」
「あたいだってその辺は弁えてるよ! 一般人相手にそういう話しないよ! 青娥が死体が好きだと聞いたから趣味が合うかと思って勘違いしちゃっただけだよ! それにあんたにゃ異常性癖とか言われたくないね! 死体に欲情してそうだよアンタ!」
「その何が悪いのよ! 綺麗な顔をした死体なんてペロペロしたくなるじゃない! 芳香よしよし芳香ぺろぺろ! 可愛いは正義!」
「うっへぇ……死体をペロペロって……うっへぇ……。あたい達みたいな肉食動物が死肉を食べるならともかく、死体を性的な目で見るなんてうっへぇぇぇ…………」
「何がおかしいの! そもそもネクロフィリアって死体を性的に見る人っていう意味があるのよ! ネクロフィリア同盟ってそういう意味よ!」
「初めて知ったよ!? ネクロフィリアってそういう意味だったんだ!」
どうやら一番初めのところで躓いていたらしい。
二人の間の暗雲が更に濃くなってくる。
「何よりも貴方は芸術を理解していないわ! そもそも死体といえばその穏やかな死に顔の美しさでしょ! それ以外は邪道よ!」
「ないない! 確かに穏やかな死に顔の美しさは認めるけど死体の良さはそれだけじゃない! 陰惨な死体と生前の元気な姿の霊魂を比べて、あ~あんなに可愛い子がこんな姿に……なんて暗いビフォーアーアフターを楽しむのが死体の醍醐味だろ! そしてそれを燃やして地に帰らせるのがいいんじゃないか! てか邪仙が邪道とか抜かす!?」
「ないないない! 死して朽ち果てようという寸前の、様々な経験を経る生という工程を終えた瞬間に完成するあの美しさを愛でることが死体の醍醐味よ! 死化粧でキレイキレイにしてから防腐処理をして永久保存すべきだわ!」
ぐぬぬと睨み合う二人。
先ほどまでの友好的な雰囲気はどこへやら
それもそのはずでこの二人は死体が好きだという共通点こそあるものの、実はそこから先の趣味がまるで違う。
青娥は芳香を部下とするように死体が好きという性癖ゆえか誤解されがちだが、彼女はあくまで死体の持つ静謐な美しさが好きなのであって、人が苦しむ姿を見たりむやみやたらと殺す事を好んでいるわけではない。映画で趣味を例えるなら邦画のしんみりとしたタイプの生と死を扱った作品を好んで見る。
対するお燐は人に変化するようになり大分落ち着いたためかやんちゃすることはないものの、元が肉食動物だったせいかスプラッターに対する耐性が強く、むしろ猫だった頃の狩りの本能が残っているためにそういったものを好む。青娥と同じく映画で趣味を例えるなら洋画のスプラッタームービー派だ。
彼女達の趣味の差異を作品名で挙げるなら黄泉がえりとジェイソンシリーズくらい違う。
同じ液体だが決して混ざり合わない水と油のようなものである。
二人の趣味は隣り合った平行線のように、近くとも交わることが無いのだ。
そして青娥とお燐は数秒間互いに目を逸らさずにメンチを切りあった後、全く同じタイミングで肩を落として脱力した。
もはや何を言っても無駄だと悟ったようだ。
「ないわ~……」
「ないわ~……」
◆
「あ~……まぁ、結局あたい達は死体に対する趣味が違うってことで……残念だけど……」
「そうね……ネクロフィリア同盟は今日を持って解散だわ……」
趣味が近いが故に二人の間にある壁の存在を痛感する。
互いの声が聞こえるほどの薄い壁を隔てて立つ二人。
けれどもその薄い壁は壊すことが出来ない。
一応壊そうと思えば壊せるだろう。
だがもし壁を壊したら後に出来ることはズカズカと相手の領域を土足で踏み荒らすことのみで、そんなこと失礼極まりない。
よってお互いの為には壁を壊さず、近い距離に居ながらもそれぞれの領分を守り侵さず侵されずの関係となるしかない。
「それじゃあ私は帰るわね……ごめんなさいね、変に熱くなっちゃって……」
「こっちこそごめん……嫌な思いさせて……」
失意のままにその場を後にしようと身支度を整える青娥。
「貴方にも死体になった後でもずっと傍に置きたくなるような子が出来たら教えてね。その時は相談に乗るわ」
芳香を起こして去ろうとする際の台詞は青娥からすれば純粋な親切心ゆえのものだった。
「まぁ、多分お燐がそう思うことなんてこれから先ないだろうな……」というあまり期待をせずに言った一言。
けれどお燐の反応は青娥の予想と異なるものだった。
「……いるよ。……一人……気になってる」
バビュン!
青娥はすぐさまお燐のところに飛んでゆきその手をとる。
「どんな子? 可愛いの? 名前は? 名前は?」
女性が他人の色恋沙汰を面白がるのはいくつになっても変わらない(※ただし一定以上の年齢を超えた女性の場合は既婚者に限る)。
青娥はお燐の手を取り面白いこと見つけたと言わんばかりに矢継ぎ早に質問する。
そんな彼女にお燐は若干引いたものの、質問にたどたどしく答える。
頬をほんのりと赤くし、気恥ずかしそうに目を逸らしながら。
「うん……凄く可愛い子だよ……。博麗霊夢って言うんだ……」
「あ~! あの巫女!」
「知ってるよね、幻想郷で新入りとして異変を起こしたら絶対に顔を合わすし」
青娥は納得した。
青娥自信も可愛くて強く保護欲を擽る霊夢のことは気になっていたのだ。
「だからあたいは霊夢が欲しいなぁって思ってる」
「ひょっとして死体を燃料にするつもり?」
「まさか!? 霊夢は別さ、そんな勿体ないこと出来るわけないよ!」
「そうなの、それはよかったわ~。ちなみにどんなところが好きなの?」
「そうだね、霊夢はあの生意気さと放っておけなさと、何よりも……何よりもさ、あの膝の上の居心地がまたいいんだよ……温かくて、安心できる……。さとり様の膝の上もいいけど、あたいは欲張りかもしんないけど……霊夢の膝の上も……欲しいんだ…………」
彼女のその表情は、先ほどまで凄惨かつ悪趣味な会話をしていた妖怪ではなく、まるで恋する思春期の乙女のようであった。
「いいわね~。でもね~、霊夢を狙うんだったらライバル多いわよ~、あの子の周りにはいっつも誰かいるし」
「当然さ、霊夢は博麗の巫女だ。幻想郷には必要な人間だしね。それにそんな些細なこと関係無しに霊夢の周りには博麗の巫女としてではなく、霊夢個人を慕う奴等がわんさかいるんだよ」
「じゃあ難しそうねぇ、恋のライバル達を出し抜くことなんて出来るの? 人間の一生は短いわよ~」
「別にいいさ、霊夢が生きている間は、“霊夢は皆のもの”っていう妖怪達の暗黙のルールに付き合う」
「あらあら、随分と諦めがいいのね」
「でもね――」
お燐はぺろりと舌なめずりを一つして、この幻想郷の数多の妖達に宣言するかのように、自らに誓いをかけるかのように言い放った。
「死んだ後はあたいのものさ。絶対に誰にも渡すもんか」
妖艶な笑みを浮かべるは人外。
博麗の巫女で無くなった後の霊夢は、どんなことをしてでも自分の物にする。
火車。
死体を攫う妖怪。
けれど彼女の霊夢に対して持つ感情のそれは火車としての本能ではなく、女の持つ歪んだ独占欲。
「それで持ち去った後はどうするの?」
「霊夢が死んだ後は死体と魂をあたいのところに置いておきたいんだよ」
「それでそれで?」
「防腐処理してしっかり保存して、毎日毎日仕事から帰ってきたらお話しするんだ……」
先ほど青娥の性癖を気持ち悪いと、自分の趣味ではないと完全否定したお燐だが、何事にも例外はある。
例えばロリコン趣味を自称するものであろうと、極稀に例外として巨乳の女子を好きになるように。
ロリ巨乳とかね。
「はぁ…………」
楽しい楽しい将来の事を思い浮かべてうっとりとした目になるお燐。
一般的な倫理観を持っている者ならば怖気が立つであろう。
けれどもその眼前にいる邪仙はこれまた空気を読まない。
「あーでも、私あの子を仙人にしたいんだけどなー……。駄目かしら?」
「えー!? それは困るよ! 仙人になったら不老長寿のせいでいつまで経っても死なないじゃないか!」
お燐はおさげを逆立てて青娥をフーッと睨む。
自分が狙っている獲物を盗られそうになった猫は自らの所有権を主張する。
けれど青娥はそんな威嚇してくるお燐に対して怯むことなく、羽衣を口元に当ててニヤニヤと笑う。
こういう時の邪仙は何かを企み、他人を誑かす時だ。
「でも尸解仙は一度死んだように見せかけるのよ、それって火車的にはどうなの? 死んだように見せかけた後、貴方が霊夢を攫って仙人にする計画とかどう? いい計画だと思わない?」
「あー……んー……う~………………………………」
なるほどそれだったら霊夢は仙人になり人でなくなった為に博麗の巫女としての役目を誰かが引き継がざるを得なくなり、更に自分が霊夢を手に入れることができる。
色々と突っ込みどころのある案だが、お燐は今のところ反論は浮かばないでいた。
けれど仙人となった霊夢のことをこの目の前の女が放って置くだろうか、お燐は訝しむ。
「それがもし駄目だったら霊夢が死んだ後キョンシーにしてあげましょうか? キョンシーだったら死体なのに動けるから色々便利よ」
「ちょっと待ちなよ!? そうしたらアンタは霊夢の事を自分のものにする気じゃないだろうね! 霊夢の死体を好き勝手やって自分の所有権を主張する気かい?」
「そんなこと無いわよ、霊夢の死体は貴方にあげるわ」
「へっ?」
お燐は思わず惚けてしまう。
霊夢をわざわざ忠実なキョンシーにしたのに、それを他人のものにする。
そのメリットがお燐にはわからない。
こいつ一体何を企んでいるのかと、お燐は警戒心を露にする。
「どういうつもりだい……あたいに盗られて悔しくないのかい……? そうすることでアンタは何を得するのさ?」
「ん~、そうねぇ、ちょっと脱線しちゃうけど聞いてね」
青娥はひょいと身を翻し、部屋の中にあった紙とペンを拝借して三つの円を描く。
そしてそれら三つの円の間に矢印を描きながら話をする。
「ここに青年が一人居るとします。彼には毎朝起こしに来てくれる可愛い幼馴染の女の子がいるとします」
「うんうんそれで?」
「そんな彼女をギトギトの油っぽい体育教師の中年男に寝取られました」
「うっへぇ……それは青年ってばショックだろうね……」
「さて問題です、青年はこういった場合に幼馴染を取り返すにはどうすればいいと思う?」
「え? そんなの中年のおっちゃんをボコボコにして幼馴染を奪い返せばいいじゃん」
「でも残念、幼馴染は身も心も中年男の虜になるまで開発されてしまったのです。「やめて、彼に手を出さないで!」と幼馴染は中年男を庇うように立ちふさがり、青年をキッと睨みます」
「じゃあどうしようもないね、他にいい方法なんて無いだろ?」
「いえいえ、あるわよ。とってもいい方法が一つ」
ここで青娥は答えをお燐に言い放つ。
「それはね、その青年が中年男を落とせばいいのよ! BLで攻略すればいいのよ! ベッドインしてフルネッチョ既成事実作って身も心も捧げさせればいいのよ!」
「はぁっ!? ちょい待ちちょい待ち!?」
「そうすることによりなんと! 中年男の現恋人である幼馴染の子も付いてくるってわけ! どうよ! 完璧じゃない?」
「それどう考えても三角関係になるよ!」
青年と幼馴染と中年体育教師の三人によるハートフル三角関係ラブコメディー。
ヤンデレ化した中年男が青年に迫り、そんな青年の命を幼馴染が付けねらう。
あ~これ絶対売れねぇとお燐は心から思った。
「――ってかその例えだとあたいは中年男ポジション!? 酷くね!?」
「と、いうわけでお燐、私とこれからも仲良くしましょ♪ 霊夢を落としたお燐を私の物にすれば、二人とも私の物になるわ一石二鳥で完璧よ!」
「お断りだよ!?」
「さてそろそろ本当にお暇するわね、ほら芳香起きなさい~」
「んあ? 起きたら体の節々が痛いぞ……私ソファーか車の中で寝ちゃってた? ……あ、立ったままだった」
暢気にあくびを一つする芳香を連れてその場を後にしようとする青娥。
後は地霊殿の中を怨霊の友達と探検しているヤンシャオグイ達を回収して帰ることにしよう。
そう思っていた彼女を、お燐が呼び止めてくる
「なぁ青娥、ちょっといいかい?」
「あら何かしら?」
「さっきも言ったけど悪かったよ。青娥とはもう死体の話は出来そうも無いね」
「別にいいわよ、もう気にしてないし。それに芳香を可愛いって言ってくれたしね。趣味の合わない相手にも可愛いって思われる芳香ってホント凄いわよね、そしてそれを作り上げた私マジスゲーわぁ」
寝惚け眼の芳香の頬を自らの頬ですりすりとして可愛がる青娥を見てお燐は苦笑する。
「でもさ、霊夢のことについて話をさせてもらってありがとう。またいつか相談に乗ってもらいたい時があったら頼むよ。キョンシー化についてはこっちもまだ考えるけど、その話忘れないでくれよ」
「勿論任せといて。こっちこそまたそのお話させてもらってもいいかしら?」
「もちろん大歓迎さ、こっちこそよろしく」
二人は今この時をもって気付いた。
人それぞれの性癖の違いをもし紙の上にペンで描いて形作り見立てるのならば、線によって完全に区切られているものではない。
それは円、紙の上に一つ一つ異なった位置にある円のようなものである。
二人の人間が同じ趣味を持っているはずなのに全く噛みあわない場合、そういった時は二つの円が重なる場所を求めるように、二人の趣味が重なり一致する場所を求める。
そうすることこそ互いを尊重し友好的に付き合っていくことが出来る解決法だ。
二人の間でガッチリと交わされるのは固い握手。
互いが楽しく話せる領域を知り、二人はこの時より共通の話題を持った友となった。
テーマを上手く料理できていて良かったです。
同じものが好きなはずなのに、実は好きなところが違うからわかりあえないって確かに悲しい。
残念ながら私の周りに東方について語れる人がいないので、経験はありませんが。
それにしても、映画の例えがわかりやすすぎて噴いたww
二次が許可されている作品ほどそういうことありますね。
綺麗な死体が好きな青娥のイメージがすごい良いな、と思いました。
だから連れ二人が争ってる横で両方ぶんどるのが楽し(ry
二つの円が重なっているということは繋がっているということになりますし、そうやって人と人は繋がっていくのかも
火車猫も邪仙もキョンシーもみんなまとめて可愛いです
邪仙っぷりですなw 全体を通してもこう パワーがあって面白かったです!