紅魔館が崩壊してから、既に三日になるだろうか。
慣れないテント生活も楽しかったのは最初だけである。
虫に刺されるわ夜は寝苦しいわで、紅魔館のメンバー(特に某姉妹)は参っていた。
「咲夜、河童に依頼した修理はいつ終わるの」
「現在も突貫でやらせていますが……曰く、“河童の技術を集結してもあと一週間はかかる”と」
「駄目よ、待てないわ」
咲夜は頭が痛くなった。
これでも早くしたほうなのだ。
“三日で直せって、あんたアホですか”と言う河童のにとりを、いつもの方法で頼みこんだ。
「……わかりましたよぅ。 なんとか住める状態にはするんで、せめて十日は下さい」
だからアレだけはやめてくれと、それはもう快く受けてくれたのである。
これもひとえに咲夜の人徳によるものである。
だがそれはそれ、これはこれ。
主の言葉は絶対なのだ。
「では、再度交渉をしてきます」
さすがにこれ以上の短縮は無理だと思いつつも、紅魔館跡へ咲夜は向かった。
「……駄目ね、八つ当たりしてるようじゃ」
自然、ため息の一つも出る。
無論レミリアも理解していた。
咲夜に頼んだ仕事はいつも最速かつ完璧だ。
経験則としてそれをわかっていながらも、言わずにはいられなかった。
咲夜もそうだが、本当に頭が痛いのはこのレミリア・スカーレット自身に他ならなかった。
ことの発端は三日前である。
原因の原因まで遡ればそれ以前なのだが、直接の原因は三日前なのである。
小悪魔に漫画を借りていたフランが、その漫画のごっこ遊びを非番の美鈴としていたのだ。
ここまでならなんら変わりない日常なのだが、読んだ漫画が問題だった。
「ふううう…………そしてこれが60%ってとこか……3分でこの紅魔館を平らにしてみせようか?」
なにより、漫画を知らない美鈴が相手をしていたのがまずかった。
やってみろやぁぁぁと美鈴がノリノリで叫んだ直後、紅魔館がきゅっとしてドカーンされた。
奇跡的に死傷者は出なかったものの、夕日をバックに途方にくれるレミリアの姿は文々。新聞の一面を飾ったとかなんとか。
「おぜう様、残念ですがやはりこれ以上は……」
咲夜は思わずハッと息をのんだ。
レミリアが笑っていたのである。
声をあげずに一人、口を吊り上げていた。
「咲夜、こうなったらアレをするしかないようね」
「あ……アレを、ですか」
数分後、仮説テント前に集められた紅魔館の面々はみかん箱の上のレミリアを前に整列していた。
妖精メイド達には暇をやっている。
残る数名のメンバーは皆、空気の重さからアレの発動を予感していた。
「みんな集まったわね……これまで週1で練習してきたアレの成果を発揮する時がとうとうきたわ…………パチェ」
「問題ないわ……いつでも」
レミリアは満足そうに頷くと、場の気を引きしめるように言い放った。
「これより作戦開始! 目標は────」
───────────
「あぁぁ……茶がうめぇ……」
博麗神社、縁側。
霊夢がいつものように茶を啜る横で魔理沙もまた、付き合っていた。
「普通に飲めばもっと美味しいわよ」
「お前はいま世界100万人の鼻ストロー愛好家を敵に回した」
「てか熱くないの?」
「熱いのがいいんじゃないか」
魔理沙が鼻ストローに目覚めてもういくつの春が過ぎただろうか。
いまでは彼女も世界ランンキング一桁の猛者(鼻ストロンガー)だ。
「こう、ストローを鼻の奥、刺さるか刺さらないかのギリギリに持っていく技術がだな……」
魔理沙が霊夢にレクチャーすべくストローを鼻腔に注入した時、それは現れた。
「ヒャッハァァァー!!」
轟音と共に、魔理沙の鼻が臨界点突破。
「畳を破りて現れたるはダイナマイトボディの特攻隊長。 グリーンスペクター・美鈴!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! 鼻がぁぁぁぁぁぁ!」
鼻触覚状態の魔理沙の真上、明らかにネズミではない重量物が亀裂を入れた。
「ヒャッフー!」
轟音と共に、魔理沙の鼻血ダムが決壊流出。
「天井を貫き現れたるは隊のムードメーカーにして雑用係。 ブラックスペクター・小悪魔!」
「落ち着け、落ち着くんだ私……そうだ、ストローだ、出た鼻血をもう片方の鼻で吸い取ればいいんだ」
「ひゃっはー」
轟音と共に、魔理沙の鼻がツインストロー。
「障子を切り裂き現れたるは完全瀟洒な狙撃手。 ホワイトスペクター・咲夜」
「うあぁぁぁぁぁ!! 霊夢ぅぅー!!」
「ひぃ」
鼻という鼻から血が噴出する魔理沙の後ろ、こたつでもぞもぞと動くものがあった。
「ひゃははははは!!」
首だけこたつから出しながら、それは叫んだ。
「こたつに潜りて現われたるはぬくぬく破壊神。 イエロースペクター・フラン!」
ここまできたら後は一人、警戒する霊夢とだんだん顔が青くなってきた魔理沙。
「ひゃぁぁぁぁっはぁぁぁぁぁー!!」
その背後、掛け軸を突き破って紅い悪魔が飛び出した。
「密かに作っておいた抜け道で現われたるは真紅のカリスマ。 レッドスペクター・レミリア!!」
ババっとレミリアがポーズを作るのに合わせ、メンバーが集結する。
「「「「「五人合わせて、不夜城スペクタクルズ!!」」」」」
「うわぁ……」
見事なまでに家をぶち壊された霊夢は、もはや怒りを通り越して引いた。
その横で魔理沙は一人、ダイイングメッセージを残して息を引き取っていた。
───────────
「いや、死んでないから」
あの後、魔理沙の懐から出てきた緑色のキノコを彼女に与えると、彼女はたちまち復活した。
彼女曰く、緑は一人増えて赤いのは体が大きくなるらしい。
「霊夢……」
と、レミリアは言った。
「何よ」
請求書は後で送るとして、それとは別にこいつらをどう料理しようかと、思案にくれていた霊夢。
「れいむ……」
「……」
「れぇぇぇぇぇいむぅぅぅぅ!」
「だぁぁぁぁぁぁぁ! 何よぉぉぉ!」
「泊ぉぉぉぉめぇぇぇぇぇぇぇぇてぇぇぇぇぇー!!」
「断る」
「そ、そんな!」
「誰がこんなことされて止めるんじゃい」
「そこをなんとかお願い」
「無理ね」
「私達今晩寝る所もないのよ」
「関係ないわ」
「くっ…………」
「…………」
「…………勝手にでも、居座る」
「よかろう、ならばお泊りバトルだ」
───────────
司令官パチュリーの魔法により、八雲紫との情報連携システム、確立。
霊夢とレミリアは、同時に叫ぶ。
「「SSS(スーパースキマシステム)、発動!」」
神社は一瞬にしてお泊りフィールドに包まれ、同時に審査員が召喚される。
「どうも、主の道楽に付き合わされてる八雲藍です」
かったるそうな顔も一瞬、すぐにプロの顔へと戻った藍は両陣営に聞こえるように宣言をする。
「お泊り期間は七日間! ルールはお泊りセットの使用禁止での一本勝負、では始め!」
「お泊りセット禁止は辛いですが……」
ずい、と美鈴が前に出る。
「私一人で泊まらせていただきます!」
言うと同時、間合いを詰めるべく地を蹴る。
二人との距離は10メートルもない。
霊夢と魔理沙の間合いに入ろうかというその直前、美鈴は右へと飛び上がった。
「まずは私からってか!」
「甘い!」
身構える魔理沙を尻目に、美鈴はすばやく開けた押入れへと手を突っ込んだ。
「どりゃぁぁ!」
そのまま目にも留まらぬ速さで投げた枕は、吸い込まれるように霊夢へと向かっていく。
「!?」
不意を突かれた形となった霊夢は顔面へもろに枕を頂戴し、悶絶する。
「ぁ……駄目、枕投げ…………したい…………」
枕投げの快楽、期待、わくわく感が霊夢を襲う。
「枕投げポイント1点加算! カウントダウン! 10……9……8……」
間髪いれず藍が秒読みを開始する。
「くそっ! 霊夢!」
「駄目よ魔理沙……私枕投げしたいもん……」
「思い出せ! こいつらがお前にしたことを!」
「5……4……」
「家物破損……修理……請求」
「2……1……」
「金!」
「審査員!」
藍は無言でセーフセーフとジェスチャーで意思を伝える。
「あぶないところだったぜ……」
「さすがに一筋縄ではいきませんね」
じり、と向かい合う魔理沙と美鈴。
既にダウン寸前の霊夢を後に、まず魔理沙を倒すべく構えなおす。
「……なんてな」
「なっ」
しまった。
そう思っても時は戻らない。
瀕死だと思っていた霊夢が視界から消えていた。
そう、あれは演技だったのだ。
攻撃を食らったのも悶絶したのも、全てが、演技。
そして美鈴の耳元へ、背後からの会心撃が囁かれる。
「迷惑」
「ぐはぁぁぁぁ!!」
「迷惑ポイント1点加算! 美鈴ダウン! 一本!」
そうなのだ、迷惑なのだ。
いきなり押しかけてきて一週間泊めろ、しかも6人。
非常識にもほどがある。
チーム1の常識人グリーンスペクターはその良心の呵責に身を潰された。
「霊夢、後ろだ!」
「ちょっと遅いね! いくよ、こあ! 咲夜!」
「イィー!」
「はぁっ!」
咲夜の手から放たれたナイフは、その慣性を維持したまま服のみを貫通する。
それはそのまま壁にへと突き刺さり、霊夢は張り付けられた格好となった。
「しまっ……」
「イィー!」
そこをすかさず小悪魔が詰め寄り、霊夢のまぶたを無理やり開かせる。
同時に首の角度も微妙に調整したその視線の先、フランは俯いて佇んでいた。
「霊夢ぅぅぅ!!」
霊夢とフランの間、飛び込んできた魔理沙は至近距離でそれをうけてしまった。
「お姉ちゃんと、お風呂入りたいな……」
「ぐはぁぁぁぁ!!」
「上目遣いポイント1点加算! 魔理沙ダウン! 一本!」
「魔理沙ぁっ!」
「ふははははは!! 次は霊夢、あなたの番よ!」
「魔理沙! ちょっと、大丈夫なの」
「……へ、へへ。 霊夢……」
「魔理沙、あんた……もう目が…………」
「あぁ、見えねえ……ちっとばかし(鼻)血を流しすぎちまったから……な」
「いや、いやよ魔理沙! いま死んだら貴女の死因は“萌え死”よ!」
「………………あぁ」
霊夢には聴こえた。魔理沙の呼吸音がだんだん小さくなっていく。
「いつかいっしょに…………鼻ストロー……やりた……か……」
「魔理沙ぁぁぁぁぁぁ!」
冷たい風が、吹き抜けた。
咲夜は最初それが霊夢から発せられてるように感じられたが、よく見たらさっき破った障子からの隙間風だった。
そしてそろそろ夕食の買出しに出かけねばならないことを思い出し、別の障子を破りながら博麗神社を後にした。
「はぁっ!」
「うわ」
服が破れるのも気に留めず、霊夢はナイフの貼り付けから脱出を果たす。
そして魔理沙の鼻からストローを一本引き抜き、自らの鼻腔へ突き刺した。
爪が長いときに鼻をほじった時のような痛みの後、霊夢のストローから鼻血が滴れる。
「あんたらはぶっ殺す!」
怒気にも似た闘気がぶわっと、霊夢を中心として周囲に発せられる。
小悪魔こそ一瞬怯んだものの、次の瞬間には既にフランが霊夢の足元へと間合いを詰めていた。
そして俯いたその角度から、顔をゆっくりと上げる。 全てはあの、上目遣いのために。
「お姉ちゃん、一緒に寝てもいい……?」
「っ!?」
一瞬の硬直の後、霊夢はうなだれ、その肩は震え出した。
藍がダウンの発声をするそぶりを見せたとき、フランは勝利を確信した。
「く……くく」
が、寒気。
フランは目の前の巫女から、えも言われぬ悪寒を感じ始めていた。
「お姉ちゃん……だぁ?」
明らかに、目の前の“ソレ”はフランの知っている霊夢とは異質の存在であった。
「フラン……」
「…………」
「歳を考えろぉぉぉぉぉぉ!!」
「ぐはぁぁぁぁ!!」
「実年齢ポイント1点加算! フランダウン! 一本!」
薄れゆく意識の中、フランは思った。ちくわ食べたい…………と。
「あ、そろそろ河童の皆さんの休憩の時間なんで私帰らないと」
雑用班長小悪魔が場を後にし、部屋には審判を除き二人。
「さぁ、きっちり落とし前をつけてもらうわよ……」
「私はただ、泊まりたいだけなのに……仕方ないわね」
「ウオオオ、いくぞオオオ!」
「さあ来いレイム!」
レイムの勇気が世界を救うと信じて……!
ご愛読ありがとうございました!
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「…………と」
「ういぃーっす、けーねいるー?」
「ん、いま書き終わったとこだ」
「おー、新作? いやー楽しみにしてたんだよ」
「そ、そうか? ふふ、お世辞でも褒めてもらえると嬉しいな」
「本当だって、いやほんと、けーねが小説書いてると最初に知ったときはびっくりしたけど、読んでもっとびっくりしたね」
「数少ない趣味の一つなんだ。 それに、その……妹紅にしか見せてない」
「面白いのに、もったいないなぁ…………でもちょっと嬉しいかも」
「なぁに、人に見せられるもんじゃないさ……」
慧音は一人、空を仰ぎ、月を見た。
もうすぐ満月。
次の満月の後にでもまた、妹紅を呼ぼう。
きっとその頃には、別の話が書けているはずだから。
………何これ
……と思ったらまさかの後書きでの大逆転。これはやられた。
何考えてんだーーww
誤字:最初の小悪魔の漢字、『子悪魔』になってますよ。
ありがとうごめんね
なおしておきました
誤字?
> 「さぁ、きっちり落とし前をつけてもらうわよ……」」
人はこれを二重結界と呼ぶ。
これは秀逸、というか後書きで盛大に吹いたww