Coolier - 新生・東方創想話

Dear my Friend

2011/02/19 23:56:40
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 しかし、俺はどうすることも出来ない。そう、ならば俺は
何を為すべきなのか。どうしても、その発想に至る。煙草を
1本吸う間に解を見つけたかった。無機な時間を見れば5分
そこらの数だけど、それは考えないでいた。そうしたかった。
 まずは嬉々としていた時間を悔やむべきであった。俺は何
とも惨めで無様であった。目の前にある食料を手に取れば、
プラスチックの野菜。とりあえず後悔はそれで良いとして、
これからの選択肢が重要である。一応、選べる道としては
2つほど考えられる。さて、どれを選ぶのか。
 自身を貫くか、欺くのか、欺くのか。

 元々の発端はこうである。一介の小悪魔、司書である俺は
レミリアお嬢様に呼ばれた。それはどうも不自然であった。
俺が呼ばれるならばもう1人の小悪魔も、奴も呼ばれるはず
だからだ。コア……その小悪魔の名前だ、俺達はセットだか
ら……
 リトルと呼ばれる俺……は、お嬢様に相談を持ちかけられ
た。その内容がコアへの恋慕だった。何故俺だったのか。ど
うして俺を選んだのか。俺がお嬢様に対してどう想っている
かは知っているのに。俺は一度レミリアお嬢様に告白したこ
とがある。それも数ヶ月前のことだ。それが消えることなん
て、考えられないと思う。だけどお嬢様はそう考えた。だか
らこそ相談を持ちかけたのか。
 その相談内容で、俺が失恋した理由も判明したわけだ。誰
への恋慕だったか。コアだった。彼女は俺達を呼んでいた訳
ではない。コアのセットとして俺を呼ばれていたのだ。その
事実は俺は受け止めたくない。受け止めなければならないの
だけれど。そう、俺達3人は仲が良かったんじゃない。俺と
コアは仲が良い。それは確かだ。だけれどもお嬢様とは違う。
 俺は一体レミリアお嬢様にとってどのような存在だったの
か。それは解らない、ただ、眼中にないのは確かだ。しかし、
信頼されているのも確かだろう。このような秘密にしておか
なければならない相談を持ちかけられたのだから。また、お
嬢様自身の口からも、信頼している、との言葉も頂いている。
このことから、信頼されているのは間違いない。信頼は、さ
れている。その事実だけはある。では、俺とお嬢様はどのよ
な関係か。利害関係?いや違う、そうではない。支援関係、
なのだろうか?
 あのとき、3人でいたときとは何だったのか?俺はあの時、
レミリアお嬢様を見ていた。お嬢様は、コアを見ていたのだ
ろうか?それは解らない、そのとき俺は気付かなかった。丁
度、俺とコアが隣同士だったから。立っていても、席に座っ
ていても。本の話をしている時も、雑多な世間話をしている
時も。
 幸せな、時間だったのに。

 うだうだとしていたら、煙草は燃え尽きていた。何も選べ
ないまま時間が過ぎた。煙草の箱に描かれた幸運の7つの星
は、嘘だった。それを俺が証明した。失敗したこと、今回の
こと。
 追加の煙草に火をつけながら俺は選択肢だけを考えること
にした。考えようによっては、好機なのかもしれない。告白
したことで俺とお嬢様の間に圧倒的な距離が生まれてしまっ
た。だけどお嬢様がそれを埋めてくれたことでチャンスが出
来たわけだ。その皮算用をするのは失礼だが、お嬢様も失敗
する可能性がある。それに賭ける俺は自分の誇りというか、
失ってはならない何かを捨てていく必要がある。お嬢様の無
礼を受け止めながら来るかも解らない恋慕を待つのか、その
無礼を許さんと意地を張るのか。
 俺はまた相談に乗ると言ってしまったけど、どちらを……





 「今日も本棚整理かぁ」
 ぼやくコアを尻目に俺はせっせと仕事をこなした。懸命な
労働にこそ人生の意味があるのではないか。という気持ちが
あった。でも、本当にそうなのかは、どうやら答えが出てし
まっている気がする。それは否定出来なかった。
 「おーい、Bの04がねぇぞ」
 「……いつものことだろ?」
 本の整理が一番重要な仕事である俺達が用いるのは、自作
の表……リストである。大量の本を扱うだけあってその本を
管理しているリストの管理も厄介だ。これ以上考えると無駄
なので省く。世の中ファイルという便利なものもあってそれ
を使えば良いだけだ。
 今読みたいのが読めれば良い、というパチュリー様は無精
者と言っても大丈夫だろう。そしてこうやって司書が苦労す
る。……違う、確かにそれも合ってるんだが、それだけが作
業量を増やしているわけではない。何が増やしているのか。
 「魔理沙の野郎か」
 「それしかねーな、いつものことです」
 2人で盛大に溜息をつく。早い話、また盗難被害にあった
のだ。
 「どうにかして、アイツを出禁にすることは……」
 「それは出来ん」
 「こらそこ、ダジャレを言わない」
 「流石リトル、拾ってくれると思ったぜ」
 「まったく……」
 コアは、はっはと笑う。しかし、奴も苦し紛れの行動だっ
たはずだ。
 「つまり、笑いにするしかない。手は無いんだよ、俺達に
はさ」
 「そうなんだよなぁ……」
 しかし、こうもやられっぱならしでは腹が立つ。更に加え
て、パチュリー様に管理がなっていないと叱られるのはいつ
も俺達だった。
 「でもよ、どうにも出来ないってのはどうかと思うんだ。
果たしてそれは本当に事実?」
 「どう分析しても出る答えだと思うけどな。それともリト
ル、何か策でも思いついたのかい?」
 「いや……」
 「まぁ劇的な大逆転なんてありはしないのさ。小さな積み
重ねこそが全て。どちらかと言えば、リトル、お前好みの発
想だと思うがね」
 「そう、だね……うん……」
 夢を目標とするには、まず現在地点を徹底して客観的に知
ることから始める。それを知った上で、目標をクリアする必
要条件を打ち出す。条件を満たすための対策を立てて、筋道
を作ればあとはそこを歩けば良い。経験から得た考えで、こ
れはずっと役に立っている。ただ、俺だけの発想というわけ
でもない、皆がやっていることだとも思う。コア曰くは、自
覚して実践していることを評価する、だそうだ。どうも過大
な気がしてならない。
 「今の俺達に出来ること?それは……」
 『お茶を準備してちょうだい、3人分』
 頭が、叩かれたようにガンと動いた。パチュリー様の命令
が届いた。声そのものはうるさくはないのだが、急にくるか
ら体が動いてしまう。
 「そーら来た。こうやって機嫌とってケツを掻いたりする
くらいだな」
 「だなぁ……」
 かしこまりました、と返して俺達は給湯室に行く。どうし
て俺達が準備するんだと思う。それはメイドの仕事であって、
司書の俺達がすることじゃない。文句は出るし垂れるしでも
命令なのでやる。やるしかないのだ。
 「紅茶の味って作り手の心が出ると思う?」
 「さぁてね、俺は適当なんでそこらへんは考えてことない」
 「あの3人はどうかしら?」
 「個人的にはアリスがうるさそうだな」
 「解る、絶対そうだよ」
 「それ以外は知りたくもねーかな」
 「せめてパチュリー様くらいは知ろうぜコア、主なんだし」
 「だーれが雇用主のことを想って仕事するかってんだ」
 「はてさてこんな愚痴を零した紅茶はどうなるのでしょう」
 「害があっちの利を超えていないのは確かだ」
 「ん?」
 「もし不味かったら来たくないのに、それでも来てる」
 「帰ってもらって結構なんだけどな」
 「魅力的なのさここは」
 「帰れよ」
 「あ、アリスだけは居て欲しい。」
 「どうして?」
 「見てて目の保養になる」
 「そういう意味かよ!」
 確かに俺もアリスは嫌いではない。コアの発言は容姿だけで
あるが、俺は性格……どうだろうか、少なくとも礼儀をきちん
としてくれるから良い。魔理沙と比べなくてもだが、比べても
良い。
 さて、あとは片手だけで済む作業になったので俺は煙草を取
り出した。
 「吸う」
 「あいよ」
 ジャケットの胸ポケットから煙草の箱を取り出した。裏に入
れてあるオイルライターで火を点ける。すごく美味しい。やは
り、どう考えてもヘブンスターが最高だ。これに勝る美味さを
教えて欲しい。次点でカームかな。
 「おい、リトル」
 「あ?」
 「その煙草、あと何本ある?」
 俺は言われるがままに数えてみた。昨日開けたばかりで、ま
だ十数本残っていた。
 「10と……あと少しかな」
 「とりあえず全部くれ」 
 「お前、何をする気だ?」
 コアが喫煙者ではないことは知ってるし、それに全部という
のはかなりおかしい。吸ってみたいなら1本と言うのが当たり
前だ。笑うコアに嫌なもの、きつく言えば吐き気を感じた。
 「紅茶に入れる」
 「馬鹿!毒になるぞ!?」
 「知ってる、盛るんだよ。それで……1人だけを殺す」
 「……魔理沙をか」
 「ああ、こんくらいの毒じゃ魔法使いは死にはしない。でも
人間なら……」
 コアの笑顔が悲しみに暮れてた、きっと、心情を察する事が
出来たからだろう。でも、俺は胸をかばって言うしかなかった。
 「やめとけ」
 「そうだな、俺達がやったってバレるもんな」
 冷静に判断出来ることには感謝するが、道徳を捨てている点
では安心出来ない。奴の頭の中では、もがき苦しむ魔理沙がい
る。動けない俺の代わりに、コアが紅茶を分けて持っていった。
思うのだ、でもコアはきっと小悪魔らしい。その悪戯の殺意が
レミリアお嬢様をときめかせた。
 煙が喉できりきりと辛くなっていた。






 お嬢様の前で煙草というのは酷くためらわれた。それは煙草
嫌いの可能性が、あるからだ。ここ最近の世情を見る限り嫌煙
が広がっている。魔界では随分前からだったし、この幻想郷で
もビックウェーブが来たのだから堪ったものではない。気軽に
煙草が吸えるというのが喜びだったんだけどなぁ。
 仕事が終わればお嬢様の部屋に来るようとの話なので、俺は
手元にある煙草を吸いきらないうちにもみ消した。香水で臭い
は消しておく、あと数時間もしたらシャワーを浴びるのだが、
やっておく。
 背が小さいから、背筋を正して歩く。小さい努力である。よ
り良く生きるには、己を美学を追求することが不可欠だ。
 「お嬢様、リトルです」
 だけど、美学を増やせば動きが鈍くなる。そういう時はビジ
ネスと思えば良い、とはコアのアドバイスだ。恋愛もビジネス
に入れることは、俺に出来るのだろうか?
 「入って」
 「失礼します」
 もう既にお茶が出せるようであった。レミリアお嬢様はメイ
ド長を外に出し、2人だけにした。この様な密愛の会話は……
きっと、美しいと言われるのか。そんなんじゃあ、ない。相談
は、ビジネス。そうしたくて、でもしたくない。自分の恋を捨
てられるほど、俺は器用にいられない。
 「最近のコアはどう?」
 最近ねぇ、昨日話したばかりだと思うんだが。
 「仕事はまぁ、いつもと同じですよ」
 「あの、その、恋愛事情はどうかしら?」
 直球で来たか。
 俺はレミリアお嬢様を騙せる。しかし、正直に言うべきであ
るという考えが頭を大きく占める。レミリアお嬢様の信頼を裏
切る行為を俺は憎み、捨てたい。せめてコアのように言葉が上
手くて、口が達者ならば、自分に有益な選択も出来ただろうに。
 「いる話は、聞いたことはありません。あの性格と外見です
から、いたことは間違いないでしょう」
 「ここから魔界の者と恋愛出来る?」
 「通常、あまり可能じゃありませんね。それにこの仕事は休
みなんてありませんから、会うこともままなりません。それを
考えて、まぁ出来ないと踏んで良いと思いますよ」
 お嬢様はこれはいけるとでも思ったのだろうか。俺もそう思
うだろうね、まず想い人がいないことが前提になる。いたところ
で恋をするのは自由なんだけれど。
 あーあ、くだらない。何が悲しくてこんな話に付き合わないと
いけないんだ。この役目を選んだのは俺だから、文句は言えない。
拒否権の1つや2つあっても良いけれど、仕方ないと思うしかない。
あ、これがビジネスなのかも。
 イライラしながら笑顔を作る俺に活路を見いだせたのはお嬢様
からの話題だった。
 「コアの趣味って知ってる?私、よく解らないの」
 「あいつのですか?確かに俺も……あいつ自身、言ってません
でしたからね。あ、かなりお酒が好きみたいで毎晩飲んでますよ」
 「そうなの?……咲夜」
 名前を呼んで指を弾けば現れるメイド長。この人は仕事が出来
て憧れる。決して能力だけでここまで来たんじゃない、実力があっ
てここまで来たんだ。
 「蔵にある酒のリストを作って、すぐに」
 解りやすいものだ。だけど、それはすごく重要で、話題作りに
は最適である。俺も、お嬢様には随分物……本を貸したし。
 「そう言えば、リトルは?」
 「俺ですか?靴磨きですね」
 会話というのは思考時間が少ない。だから普段のものが出てし
まう。だけど、これはない。
 「そ、そう……」
 そら見ろこの反応!メイド長も俺を見ている。いくら趣味でも
言えるものと言えないものくらいあるのは俺でも解るってのに。
ああ、何でこんなこと言うのかなぁ!早く煙草吸って寝たい……


 ビジネスを切り上げ一目散。伝えられるコアの情報を伝えて、
俺は逃げてきた。
 「酒を飲もう。それが良いんだ」
 俺は棚に数ヶ月置いてるウィスキーの蓋を開けた。どうも酒に
は弱いから、買えばいつまでもある。特に少量を楽しむ酒になれ
ばもっとだ。酒の肴は煙草と、少しのチョコがあれば良い。酒を
注いだグラスが琥珀色になる。この色が好きで、心が酔う。
 美しい世界はきっと俺を遠いところへ連れていってくれる。煙
草が切符で、酒が飲み物で、乗り物の旅は、見える全てが流れて
いく。
 その優雅であり無様な旅に横槍を入れる不粋者が来た。ノック
音3つで壊れて俺の世界。名残惜しいが、出るしかない。
 「開いてますよー」
 「お邪魔するわね」
 俺の世界はまた組み立てれれるように大事に欠片をまとめてい
たのに、その来客者は一蹴してしまった。
 「メイド長!?」
 「どうしたの?」
 わたふたと煙草を揉み消した、世界共々、酔いも消える。疑問
と疑問がぶつかって、何も言えない。
 「え、えーと、どうかしましたか?」
 その質問を出しておいた。本当に、解らなくて。
 「靴磨きが趣味なんですってね」
 「は、はぁ……」
 「これ、お願い出来る?私の代わりに磨いてほしいの」
 ずいと差しだされたのは、黒のエンジニアブーツだった。それ
を受け取って解ったが、オイルをあまり入れてないようだった。
物自体は堅牢さがウリなので、正直に言えばあまり手入れをしな
くても大丈夫ではある。そういうエイジングを好む人もいる。し
かしメイド長が履くにしてはどうも違う。エンジニアブーツの趣
旨に外れたとしても、光や輝きが欲しいと俺は思った。
 「この色なら大丈夫ですね、今日中には仕上げます。明日届け
ますよ」
 「いえ、私が取りに来るわ」
 「解りました」
 「お代は取る?」
 「正直に言えば欲しいです」
 「いくら?」
 「煙草1箱で、ヘブンスターを」
 「へぇ……良い趣味ね」
 「そう言われると、なんだか嬉しいです」
 話しながら靴の状態を詳しく観察していく。皺を見れば、使用
年数も見える。ソールのすり減りは問題ないようだ、かなり頑丈
でここは安心して良いだろう。ソールばっかりはどうしようもな
いから。土汚れを落として、オイルを仕込めばまずは良いだろう。
 「1本、吸っても良い?」
 「あ、どうぞ。飲み物を出しますね」
 これからも仕事だろうから、お酒ではなく常備のお茶を出した。
上手くメイド長の煙草と合えば良いが。用意をしていると、甘い
煙が前を失礼する。
 「……バニラの、ドリームかシルクですか?」
 「正解、シルクの方。よく解ったわね」
 「解りやすいですからね、バニルクは」
 西洋の姿とは言え、俺が好んで飲むのは東洋のお茶だ。
 「お薄ばかり飲んでて、本当にこんなものしか出せなくて申し
訳ないんですが」
 「あら、私のことが嫌い?」
 「いえ、そんなことは!」
 「ふふ……」
 どうもこう、冗談でも刺さることを言われると恐縮するしかな
い。俺が悪いのはその通りだから。
 「貴方、よくあんなこと出来るわね」
 俺も湯飲みでお薄を淹れてメイド長の前に座ると、そんなこと
を言われた。
 「あんなこと?」
 「お嬢様の相談」
 「えっと……」
 ビジネスとは損得で測り、自分よりも利益を考えるものだ。回
りまわって自分の利益かもしれないが直接ではない。
 「貴方、1回は惚れた相手でしょう?どうして請け負ったの?」
 「お見通しってわけですか。それは、任せるのが相応の、俺に
とっての利益だったからですよ」
 「お見通し……当然のことよ、私はメイド長」
 「はっは……」
 隠したかった。腹は読まれちゃかなわんと思っていたのに。
 「俺の気持ち、見えてますかね?お嬢様に」
 「いいえ、それはないわ。目に入らないから」
 「それほど、コアにぞっこんてことですね」
 綺麗に太い白線を描く。そして、はっはっと白の球体を2、3個
吐き出した。
 「思うことは?」
 「色々です」
 「そう……」
 「お嬢様には内密に」
 「その内容なら良いわ」
 「助かります」
 喫煙後の名残はお薄で消して、メイド長は出ていった。消えて
いくヒールの音に俺は、何の想いも乗せなかった。






 朝食は1日の始まりである。朝の準備は数多く、どれも重要と
思われる。しかし、これは中でも最重要であると俺は位置付け、
それは必ず実行する。万が一に備え、固形栄養食を買いだめて
いる。
 「結局無駄になったけどな」
 「朝食が出るのは良いことだ」
 コアと2人でトーストをかじりながら頷き合う。優雅ではなく、
髪を整えたり新聞を読んだりと慌ただしい。
 「お前のそれ、何乗せてんの?」
 「ん?シュガーバター」
 「カロリーがすごいことにならないか?」
 「朝は何食っても良いんだよ、太らない」
 「そりゃあ、まあ……」
 コアは、見てるだけで満足してしまうような菓子パンじみたそ
れを食べる。
 「あとお前は痩せすぎなんだから食えよ」
 「食ってるけどこれで満足するんだよ。俺は野菜が好きなんだ」
 「草食系アピールですか」
 「……彼女は欲しいよ」
 俺はコアより先に食べ終え、煙草とカフェインの摂取に入る。
朝起きての初めの1本はどうしても頭にぐらんとくる。じんわり
と神経が鈍り、唇が震え、そこから一気に覚醒する。
 「お前セット長いよなぁ」
 「自分の価値を高める作業は重要だ」
 「それは言えてる」
 オールバックにすれば楽だってのにな、どうも作業の邪魔に髪
型に好かない。同じく服装もそうだ。新聞を読み終えてコアに渡
し、水を飲んで早めに職場へ行った。今回も、1日頑張ろう。

 長い間やっていれば、違和感というのが解る。違和感というの
は大抵アンラッキー、ロクでもないことが起きていた証だ。先程
吸ったばかりだが、もう吸いたくなってきた。嫌なことは、煙草
を吸いながらこなしたい。
 本を棚から出したものに、何をいつ出したか書きとめておくリ
ストがある。無断持ち出しを把握するためのものだ。本人の良心
を信じきった、頼りないものだが、利用者全員が書いてくれるか
ら助かる。魔理沙も書いてる、場合もある。盗難とは違って、サ
インがあって本が無い場合はお願いしに行くのだが、聞く耳を持
たない。自宅にけしかけるには時間がないし、俺達では歯が立た
ない。強者が我が物顔で歩くのは、どこだって同じなんだ。そし
て、弱者が抱く嘆きも。
 「うわ、6冊もない……頭おかしいんじゃねえのあいつ」
 しかしまぁサインをして持ち出してよくやれるもんだなぁ。言
えば許可くらいは訊きに行ってやるんだが、どうせ下りないけど。
それが解ってるから言わないんだろう。
 「うーい、今日もよろしく」
 「よろしくー」
 「でさ、何か本少なくね」
 「無い本にチェック入れといた、名前は見なくて良い」
 万年筆を内ポケットに仕舞い、本の仕分けに入る。効率的にや
らないと、時間が足りない。命令が来たら本を出さなきゃならん
し。運動量もあるから身体は痩せるばっかりだ。
 「本人はずっと本を読んでるのに、俺らだけは寝てるのはどう
もな。この処理から始めなきゃならねぇ」
 コアがリストをめくりながら言う。
 「俺達は寝ないと駄目なんだから仕方ないさ。後2人、司書が
いたらここも立派な24時間営業になるね」
 「便利だな」
 「過剰だと、俺は思うけどね」
 「そう言う考えが無いんじゃないの?ほら、突き抜けてるし」
 「かもね」


 何も起きないと、空腹を出来事として数えたい。だけどじんわ
り来るものだから、どうにも判断に困る。
 「昼飯食べたい」
 「後1時間、頑張れ」
 「早弁システムは無いんですかね」
 「自分で創れ」
 「ですよねー」
 「だったらあれだよ、固形食でも食ってろ」
 「あれは便利なんだからそうそう使いたくない。無くなったら
あっちから取り寄せだぜ?」
 「ただでさえ安い給料だしなぁ、香水切れたら冷や汗が出る」
 「半分、いつもの自分になるための鍵でもあるし」
 「常に一定の以上の力を出せるのが重要だわな」
 「そこに行きつくわけですよ」
 会話で元気が出た。やっぱり、俺はこいつと仕事が出来て嬉し
かった。独りじゃ、絶対に出来なかっただろう。交流は仕事の効
率を高めるためだけじゃない。もちろんそのことは非常に大きく、
脇に置くには申し訳ないのだが。
 そこから俺達は業務会話だけで最後の1時間を乗り切った。さ
あ、昼飯だ。
 「野菜もらいすぎじゃねぇ?」
 「他の妖精が食べないんだとさ。余るから俺が食ってる」
 「それ以上痩せたら死ぬぜ?」
 「今穿いてるのが緩くなったら、ちょっと考える」
 サラダと呼ぶには大雑把なそれをバリバリ言わせて飲み込む。
水分が絡んで良い感じ。野菜だけで良いかなと思うがタンパク質
も摂らないといけないので牛乳も併せて飲んでいる。個人的には
デザートでも楽しめるヨーグルトが良いんだが、ないので諦めて
いる。
 「本日の食後のデザートは煙草とコーヒー」
 「オルウェイズそれ」
 「何も言えない」
 図書館は禁煙だから吸えない。余りにもイライラしたら隠れて
吸うが、紳士らしくないのでどうも美味しく楽しめない。やって
るのは、とどのつまり物への八つ当たりだろうから。
 「今日はあの2人来ないのかな?」
 「どうせ来るだろ、会話に耳立ててるけど、合同研究中らしい」
 「自宅でやれ」
 「ここは便利だからなぁ。器材も揃ってるし資料もあるしで」
 2本目に火を点けた時に、そう言う時に限って、念信が来た。
 『お茶の用意、3人分』
 『かしこまりました』
 どうしてこう、このタイミングで来るかな。休憩中だってのに。
 「俺がやってくるわ」
 「悪い、頼んだ」
 飯を食べ終えたコアはとてとて部屋を出て行く。その背中を見
ながら、俺は後悔の念を思う。
 俺はレミリアお嬢様と約束し、2人の仲を上手く取り持たなけ
ればいけない。この契約、仕事に俺の気持ちが入って良い訳がな
いのだ。俺は真に心を痛めるのは2人の仲についてであって、俺
の恋など捨て置くべきである。それを理解していても、俺はぐず
ぐずためらうのだから話にならない。物事にストップがないのは
誰もが理解し、そして俺も解っている。零れる砂は絶対だ。
 コアを、ビジネスとして扱うことにも、俺は嫌気が差した。で
も……でも、欲しかったんだ。お嬢様と会える、その砂が……

 「あ、はい、今日は俺が淹れました。おーい、遅いぞリトル」
 「悪い」
 世の中を歩ける、コアが羨ましかった。俺は思わずにはいられ
ない。出来ることが笑顔と伝達くらいしかなった俺は。コアは3
人と話していた。
 「物事はスピードが命だぜ?」
 「はぁ……煙草を吸っていて、どうも」
 自分を守るように見れば、魔理沙にでも笑顔でいられるのは、
利点となった。腹さえ悟られなければ付き合いに難はない。では
どこに俺とコアに違う点があったか。
 「よう、菓子はないのか?」
 「ああ……リトル、任せた」
 「解った」
 どうしてだろう。コアはかわすのが上手で、だからこそ歩いて
いると見えるのか。物事を見極め、仕事を最小限に止めている。
何もかも手にしてしまう俺は身体が重かった。義務ばかりあって、
権利を上手く使えなくて。俺はいつも、泣き寝入りをした。きっ
と気が弱くて、大胆じゃない。せねばならぬとばかり考えている。
気付けば、煙草だけが使える権利で、どうも暗い顔になる。笑顔
のままで。
 「どうぞ」
 「お茶が冷めたな」
 「申し訳ございません」
 感情が豊かだったんじゃない。俺は、作ることに長けていたん
だ。愛しい人にすら見えなく出来るほど。
 「ありがとう、下がって」
 礼をしてその言葉のまま動く。ずっとずっと、仰せのままに。



 「知らねーよ、んなもん」
 「荒れてるわね」
 「俺が知ってるわけないじゃないですかメイド長」
 お嬢様に会って、今日話したことはコアの服装に関してだった。
予想するにプレゼントで気を引こうとしているんだろう。
 頭を伏せて続けざまに煙草を吸い続ける。不味くても、吸った。
 「あいつが着てる服は魔界ブランドのスーツ。ここじゃ手に入
らない。ブランドには相当こだわってますし、それにサイジング
だって」
 「サイズは重要よねぇ……」
 「不格好するわけにはいきません。メイド長は特にそうなんじゃ
ないですか?」
 「そうね、私も顔になるから」
 「はぁ……とりあえずコアは何でも着こなしそうだからお嬢様
のセンスで、とは言いましたけど……」
 どうなることやら。良い方向に行くと思いたい。そうなるよう
にしなきゃいけない。
 「ああ、ブーツでしたね」
 「ありがとう。へぇ……うん、すごいじゃない貴方」
 「まぁ長いことやってれば出来ることですよ。オイルを入れて、
補色もしておきました。ドレスアップしておいたんで、メイド長
に合いますよ」
 「うん、うん……早く頼めば良かった。本当にありがとう」
 こうやって、人に感謝されるのは嬉しいものだ。憂えていても、
いつのときも。
 「煙草1箱で輝きを」
 ゴミの様なキャッチフレーズを作って、俺は煙草に口を付けた。
惨めだが、不思議と不快ではなかった。何もせずに、笑顔でいれ
た。
 「メイド長、時間は?」
 「あらいけない、貴方と居ると気が楽で長居したくなるのよ」
 「どうも、いつでも開いてるんで好きな時に来て下さい」
 「ええ、ありがとう」
 今日はこれで寝てしまおう。煙草が、それが良いと告げてくれ
たから。






 降る雨に、手を差し出した。冬も近い雨はいつか雪になる。も
う水に、その香りがしていた。窓を閉めても聴こえる音は、くる
くる回っている。ベッドの上に座って煙草を楽しんでいると、今
夜もメイド長が来た。
 「磨いておきましたよ」
 「いつもありがと」
 最近ときたら、磨いておいて欲しい靴を部屋の前に置いていく。
恐らく仕事で履いた靴だろう。それに合わせて俺も磨いた靴を置
いておく。時間は早朝、俺が起きるよりも少し早い。俺を起こさ
ない気遣いなんだろう。そのままモーニングコール……じゃない
な、何だろう、つまり、起こして欲しいかなと思ってしまう。言
えないのだが。
 報酬の煙草は先払いにしてくる。信頼の証か、それともプレッ
シャーなのかは定かではない。だけど、俺が吸うのは1日半箱程
度で、蓄えとして棚でうならせている。
 「言い忘れないうちに伝えてとく。お嬢様が、明日2人で出か
けましょうって」
 雨の回転がふつと切れた。再び聞こえてきた音は、しかし、た
だ水が上から下へ落ちているだけの、円を切り、1本の直線に伸
ばしたみたいの。
 「え、え?」
 「やったじゃない、デートよ」
 「はは、は、そんなはずないですよ。だって、お嬢様にはコア
が……」
 「そんなの関係ないでしょう?楽しんできなさい」
 「あ、はい……」
 「最近貴方、ちょっとイライラしてるところあるから」
 「解るんですか?」
 「ええ、仕事柄です」
 「参ったなぁ」
 「リラックスしてて良いのよ」
 「出来たら良いんですが」
 「私は、ここの部屋だとゆっくり出来る。煙草がね、変わるの」
 「メイド長の方が、俺なんかよりハードなんですから……」
 メイド長がたまに煙草を吸いながらうつらうつらしている時も
ある。それを見ていると、ここはもうメイド長の部屋としておき
たかった。俺は、俺の価値に見合うと、この部屋に対して、思う
わけにはいけないと感じてしまう。それは言わないでいた。


 演劇であっても、俺はそれを幸福と受け止められた。悲劇とい
う幸せに俺はとくとくと酔った。きっと皆が書いた台本だろう。
この2人の行為は、お嬢様は自分が役者と知らず、俺もどちらも
そうだと解っている。
 早くなった夕暮れ前から俺とお嬢様は人里へ向かった。図書館
の業務がちらつくのは、コア1人にしてきたという罪悪感からで
ある。だからこそ俺は、幸せを享受するために、あいつなら1人
でも上手くやれるさと無責任に詰め込んだ。それこそが自分の醜
さだと知りつつ。
 「で、今日は何をするんですか?」
 パチュリー様を説き伏せるにはきっと相応の理由を述べたに違
いない。恥かしながら俺はそれに期待していた。ミツより甘いも
のだと思っていた。
 「やっぱり駄目だった」
 お嬢様が日に日に恋に彩られて、悲と美に融合する様を俺は楽
しみにした。絶頂に至る可能性もあって、硝子細工となるお嬢様
をこの手でそっと受け止められる。苦悩が周りを、即ち俺を呼ぶ
のだ。
 「駄目、とは?」
 「男の人の服なんて解らないの……」
 足が止まってしまったのは決して不自然ではない。そのはずで
ある。
 「だからリトルに一緒に付いてきて、2人で買えばきっと」
 俺は役者じゃなかった。その頬をはたく位の権利があって、で
も、そうじゃないから。
 「なるほど、俺も出来る限りお手伝いしますよ」
 と、安心させる笑顔で応えた。メイド長の言う通りこれはデー
トならば、このデートは俺の初デートとなった。自分の苦悩は何
をしても食えやしない。義務として口に含んで飲むが、胃で消化
されない。ずっとずっと、残っている。台本にすればこの2人は
服を、プレゼントを買う。胸クソ悪いものをだ。コアが嫌がるも
のでも買わせたい。その案は俺にとって利益しかない。けどそれ
を選ばなかったのは、他人に対して義理だとか、礼儀を失しては
ならぬという俺の理念故だ。意地やプライドだった。俺の心なん
てどうでも良い。誰のためにもならない誰かのために、俺をこの
道を行ったのだ。でも、手には恋という異物を、隠している。
 「男の人って、色々身につけるものね」
 「そうでしょうか?自分からすれば女性の方が多種多様と思い
ますが」
 「コアには何が良いかな」
 「小物類がまずは良いと思います。ところで、お酒はもうプレ
ゼントしましたか?」
 「ええっと……まだ」
 ……結構前だぞ、酒好きのことを話したのは。
 「コアと最近話してますか?」
 「それが、あの人の前だと緊張して、どうもいけないわ。でも
ね、あの人を見るだけで私嬉しいの。もっと話してみたいのに、
不思議よね」
 「解りますね、それ」
 俺もそうだ。その瞳に、紅に俺がいなくたって良かった。身体
がそうせざるを得なくて映る俺の姿で、十分ではないが喜びを感
じてしまった。だからここまで来れるのだ。遠い傍で、隣にレミ
リアお嬢様がいるその当たり前の事実だけでも欲しくて、欲しく
て仕方がない!
 俺達は男性の洋服を扱う店に入った。幻想郷では貴重で、どち
らかと言えば妖怪御用達の感がある。
 「ネクタイ、か」
 「色々あるわね」
 「値段も、相手が気負わずに良いんじゃないでしょうか」
 「ど、どれが良い?」
 「そこは、お嬢様が決めるべきです。大丈夫ですよ、女性が持
つセンスに男は唸るばかりですから。それにコアは器用に上手く
着こなせます」
 責任を持ちたくなくてそう言ったのではない、最良と思ったか
らこその提案だ。また、とんでもない大外れは、商品を見る限り、
なさそうだ。まずまずの物はどれを選んでも買える。俺は時間が
あることを伝えて、店の外へ出た。今役者はレミリアお嬢様1人
で良い。すぐに粗が見つかり、甲乙もつけられず、これだと選ぶ
ときに俺がいてはいけない。外で煙草を吸えば、夜空が浮かんで
いて、とても優しくあった。


 役者にも休憩が必要であり、そうなら自室は楽屋である。仕事
着普段着が衣装とされるのは如何ともしがたい気分だ。戦闘服と
呼ばれるスーツを、衣装とされるのが侮辱だと思う。経済的には
中流家庭で、それに俺は働くまで遊びまわっていたからスーツも
そこそこの物しか買えなかった。それでも無理を通してブランド
にこだわったのは頑張ったと思う。当時に稼いだバイト代をほぼ
丸々つぎ込んだ。
 仕事そのものには、報酬含め不満はそれほどない。生活基盤が
しっかり出来ているからだ。愚痴はこぼしたとしても、それは当
然あるものであって、それを除けることはない。幸せな家庭、を
築くにはコアも言う通り無理がある。そこに着目していくと、レ
ミリアお嬢様と恋仲になり、ゆくゆく結婚するとしたら、幸運、
加えて幸せと思う。図書館は、紅魔館の中にあったとしても半ば
独立したコミュニケーション集団と思われることから、恋仲で終
わってもそれほど痛手でもない。俺に即せば、恋仲になる前に潰
えてしまったわけだが。いやいや、まだ可能性と言うか、火は消
えていない。まだ、まだあるさ。
 胸ポケットから煙草の箱とオイルライターを取り出す。
 「入るわよ」
 「どうぞ」
 ああ、ここは楽屋なんかじゃないのかもしれない。役者以外が
訪れる部屋がそうであるわけがない。
 メイド長は期待した目をこちらに向けている。俺はその意図を
察した上で、顔を逸らした。あの日のことを思い出すのが辛かっ
たから。俺はオイルライターの蓋を開いた。風が強くない限りは
しない、左手で火を隠す動作までして。カチャンと音が鳴る。間
を置いてから勢いよく煙を吐き出した。勢いがあったのはそれだ
けだ。それ以外は、普段とはうってかわってぐったりとしている。
貫禄があるというわけでもなく……
 「ずっと思ってたけど、それ、珍しいわね」
 「魔界製の奴ですから、こっちにはないですね。メイド長はい
つもマッチですし」
 マッチはマッチで、擦る音、動作、燃えたときの匂いが好きだ。
俺もオイルライターを買うまでは使っていた。
 「ちょっと使わせて」
 「良いですよ」
 興味深そうにまず全体を見て、質感を確かめる。少しおっかな
びっくりに蓋を開ける。カ……と音がする。ホイールを回せば火
がつく。メイド長はバニルクに灯して、そのまま火を見つめた。
少しずつ、慌てだした。
 「フタして大丈夫ですよ」
 「え、うん」
 手で覆いかぶせるようにして蓋をした。初々しいメイド長を見
て、俺は力なくともニヤリとした。
 「何よ」
 「可愛いなぁと思って」
 「何でそんな台詞が言えるのに彼女が出来ないのかしら?」
 「それを言わないで下さいよ。煽りですか?」
 「いいえ」
 「やめて下さいよ」
 「はいはい」
 ところで、と切り出されて俺は頭を抱えた。失敗に終わった。
 「デート、どうだったの?」
 俺は答えず、苦笑いで済ませた。言葉に出さない。明確とする
なら出すべきなのは当然承知の上であったにも関わらず。
 「何かやらかしたの?」
 「やらかすも何も!」
 フィルターが平らになるまで灰皿に押し付けた。ライターが指
に食いこむ。この真鍮にきっと、影が落ちた。
 「コアの!好きな男へのプレゼントを買いに!別の男を連れて
行くとか!しかもそれが俺ですよ!?解りますかメイド長!何で!
どうしてですか!?どうして、どうして……!」
 当たりたい。弱さが零れていく。憤りで涙までも流した。
 「それは……」
 「何も言わなくて良いです。良いんです、はい……」
 言葉にも出せず、出ても同じだった。だからこそ、笑顔と、煙
で、俺は代弁すべきだった。でも、笑顔が出来なかった。煙だけ、
出来た。
 「すみません、愚痴ってしまって……」
 「構わないで、ね。お酒、飲んじゃ駄目よ」
 「飲めねぇです。飲んだら吐きますよ」
 「廊下を汚したら許さないから」
 「迷惑かけねぇっす……」
 「よろしい」
 「……すみません、今夜はもう1人にさせて下さい。ぶりかえ
したら、引きとめてしまいそうで……」
 「解った……」
 判断もまともに出来ない。煙草を消して、メイド長が部屋を出
ない内に、ベッドに横になった。


 「おい、どうしたんだよ?」
 「あ?」
 「お前、最近何か変だぜ?食べてねーじゃん」
 「食えないんだよ……」
 俺は、いつからだろうか、眠れなくなっていた。肩にはいつも
何かがのしかかっていた。それに煙草も美味しく呑めない。横に
なれば眠気が消え、運よく眠れたとしてもうなされる。だから、
寝るのが億劫だった。コアの言う通り、食事もままならない。起
きているから遅刻しようもないけれど、だけど食べているのは固
形栄養食。嫌々ながら持ったフォークで食べるのは野菜だけだっ
た。食べたくなかった、食べなければいけないから食べた。働か
なくてはいけないから働いた。お嬢様が会いたいというから会っ
た。面倒だが義務だったし、生きるにはやるしかない。
 瞼に重みを感じる。溜息がしょっちゅう出た。吐き気もする。
 「まぁ、好きな人でもいたら良いんだろうけどな」
 「いるよ」
 「誰?」
 「レミリアお嬢様」
 ――しまった、やってしまった。俺は、言ってはならぬことを、
言った。
 「お前まだ好きだったの?」
 俺はこの瞬間、自分自身の手で、お嬢様の計画の邪魔をした。
仕掛け人の俺が、この、俺が。メイド長は無関係の存在だが、コ
アは違う。重要人物、キーパーソンだ!
 「まぁ……ね……」
 もう後ろには退けない。俺は言い訳せず、煙草を吸ってそっぽ
を向いた。俺は何ですら中途半端で、機を逃してきた。自分だけ
が不利益をとるならば、後悔や反省をするだろう。だが違った。
これは……違う。
 俺はレミリアお嬢様に加担した以上、コアにだけは恋情を伝え
てはならないはずだった。決して許されることないことを、俺は
したのだ。
 「まだ、かぁ」
 「ん?」
 「いや、てっきりメイド長が好きだとばかり」
 「あー……最近よく来てるけど、そんなんじゃないよ」
 参った、見られていたか。
 「お前はどうなの?」
 「俺?別に考えてねーやな。遊ぶ金もねーし、女はいるんだけ
どなー、もったいね」
 「女、ねぇ」
 「まあ考えてみろよリトル。良いか?嫌いっちゃ嫌いだがまず
パチュリー様だ。最も俺達に接点のある人。次にアリス、アリス
は良いね、金と時間がありゃ口説いてるよ。メイド長と美鈴さん
はそうだな、俺にとっては難しい。機会がねぇ。フランは恋愛に
関してはどうだろうね、理解してるんじゃないかと思うが危なっ
かしくてどうしようもない、手に負えない……」
 「レミリアお嬢様は?」
 「レミィお嬢さん?んー、まあ、良いんじゃね?って感じ」
 「そうか……」
 「気を付けろよー、うかうかしてっと俺に取られちまうぜ?」
 「はは……」
 「良し、じゃあ寝取りが如何に正当かをお前に教えてやろう」
 コアの長い話が、内容そのものは俺に対する脅しになるという
のにも関わらず、心が少し穏やかになった。窓から差し込む光が
さらさら飛んでいくのが見えるくらいには。


 飛んだ光は、後ろに流れていった。それはもう彼方にあって、
あるはずで、あったはずで、もう見えなくなった。だけど見たく
て……目の前に闇しかないのなら。……ああ、そう言えばあいつ
も黒かったな。闇、じゃない。俺があの言葉に抱くイメージがあ
んな奴に合う訳がない。
 俺の精神は奴に破壊されていき、最早これ以上は避けたかった。
具体的に述べよう。また本が奪われた。驚くことに2桁の数が奪
われた。これは、どうしようもないというのに、パチュリー様は
俺達の責任と叫ぶのだ。確かに俺達は司書だから、理解は出来る。
仕事だから。だけど俺達にその力がない、だからこそ、俺は専用
の悪魔を雇って欲しいと思う。困るのだ、出来て当然と思われる
のが。辞めたくても、食えなくなるから辞められない。
 「あのね、私は守れとしか、管理をやれとしか言ってないわ。
どうして出来ないの?」
 「申し訳ありません」
 「それは聞き飽きたから。ねぇ、そろそろ他の言葉を言おうと
か考えない?ああ、出来ないの」
 テメーが守れよ。それかもっと強い奴を雇えよ。門番を立てろ
よ。俺らが低級だっての知ってんだろうが。
 言いたいことは秘めておく。とりあえず頭を下げておけば良い。
正直、俺達だけで頭を捻って対策を練った方が早いし良い。

 「あーくそ、何か今日機嫌が悪かったな」
 「そうだな……」
 「お前ちょっと煙草吸ってろ、俺がリスト作ってるから」
 「悪い……」
 「とりあえず言い訳でも良いから何か考えようぜ」
 「ああ……」
 立っているのも疲れるから、床に座って火を点けた。飲み物も
欲しいと、かつかつ頭が思う。それでも、動くコアの背中を見て
そうしてはならないと考え直す。
 「おう、悪かった」
 「そうか?」
 「仕事を目の前にして逃げられない」
 「そうかい。そら、リストだ!お前は運べ、俺は次のシステム
を作る」
 一見非常に面倒を押し付けられたようだがそれは違っていて、
こんな単純作業の方が助かるのだ。やれば良いだけだ。そうなん
だ、たったそれだけさ。

 運べど運べど、改善策は出てこない。昨晩溜まった分を全て戻
しても結果は変わらない。これから先ずっと、確定として。
 「もう駄目だ」
 コアは紙とペンを放り投げて顔を手で覆った。
 「……そうだな」
 「出来る限りのことをするしかねぇ」
 「それは、いや、もうやめよう。俺達はこんだけやってんだ。
あとは知らない」
 だから機械になろうと、俺はコアに言った。もう奴も、頷くし
かなかった。



 「疲れた……」
 夜の風は吹きつける。湖の側でも、ああどこでも同じだな、煙
草の味は変わらない。何かに舌打ちしながら、手にあるマグカッ
プで茶をすすった。温くなっていた。
 じゃくじゃくした感情は、その感触の癖に手にくっつき、顔に
つき、取れない。舌打ちをした。もう1つした。煙草を湖に投げ
た。音を立てて消えてった。
 その時である、俺の影が見えた。後ろへ振り向いて、頭上を見
て、去る光があった。魔理沙だ。俺はその速い箒を見た。
 するとどうだろう。このへばりついた感情は突然熱を帯びた!
火だ、炎だ!そうかこれは怒りだったのだ!俺は驚嘆、歓喜によっ
て立ちあがり、炎を手にして魔理沙を追った。馬鹿は光を出して
逃げていく。追うのは容易だ。
 奴の家に着いたとき、中に魔理沙がいた。戸が開いた。これは
少し驚いた。
 「おい」
 出てこない。
 「おい!」
 「うるさいな、夜遅くになんだ?」
 「本を返せ」
 「はぁ?」
 魔理沙は笑った。そうか、そうだよな、返すわけがない。返さ
なくて良いんだろ。力があるなら。じゃあ、俺がもっと強かった
なら返すんだ。
 「返せっつってんだろうがぁ!」
 胸倉を掴んだ。何だこいつ、よく見たら俺よりチビじゃねえか。
 「え、いや・・・・・・」
 「返せよ、なぁ?」
 「解った、解ったから離してくれ。苦しい・・・・・・」
 掴んだ手を言う通りにしてやれば、ごろんと落ちた。
 「早くやってくんない?お前のせいでさぁ、こっちは仕事増え
るんだわ。解る?魔理沙さーん、解りますかー?」
 「解っ・・・・・・てる・・・・・・」
 「じゃあ返事しろよてめぇ!」
 あーあ、こんなことになるなら俺もエンジニア履いとけば良かっ
た。つま先に金属入ってるからなぁ。
 それから魔理沙は震える手で本を持ってきた。持って帰れない
くらいだった。鞄に詰め込ませても、鞄の数が足りない。
 「何か良い方法ねぇの?」
 「私が明日持ってく・・・・・・」
 「お前ホント使えねぇな。それ信じると思うの?お前今まで何
やってきたか解ってる?ねぇ、おい」
 魔理沙は俯いて震えたままだ。
 「日本語解んないのー?残念だねー」
 これ以上は面倒になったから、鞄を持った。
 「じゃあ明日の朝に館まで残ったの全部持ってきて。ああ、図
書館には来るなよ。ぶっちゃけさぁ、お前のツラ見るとイライラ
するんだよね」
 俺は煙草に火を点けてから戸を閉める。はっはー、楽しいなー!
 クソみたいに重い鞄を持って、何十歩か、何メートルか、歩い
て、俺は後ろの家を見た。責められている。家が俺を責めている。
俺は後悔した。異性に暴力を振るったことにだ。何もない、他に
手立てがないにしても俺は、この方法を選んではならなかった。
 冷めた怒りは、固まった。息をするのもようやくと言った具合
で……
 いつ自分が帰ってきたのかは解らなかった。コアに会って、そ
れでようやく理解した。
 「おう、これ、悪いけど図書館に持ってってくれないか……?」
 「ん、まあ良いけど。まだ酒入れてないし。何これ?」
 「本。魔理沙から力づくで奪ってきた……」
 中身をすぐに確認したコアが、そして俺を見た。どうやってか
は必要以上に言いたくなかった。だから疑問の目を顔を伏せて避
けた。
 「お前……」
 「解らない、何か、許せなくなった。」
 「もう、お前明日1日寝てろ」
 「仕事がある、だから出来ない」
 「良いから!」
 「駄目だ」
 「……好きにしろ」
 わりぃな、と。そう返せないのはどうしてだろう。疲れたなぁ、
野菜が食べたいなぁ。美味い野菜と、あとは温かい飲み物が欲し
い。こんな馬鹿げた面倒事がどうしてあるんだ。うん、そうだ、
今日は酒を呑もう。安酒だけど、まだ残っているんだ。
 俺は自分の部屋に戻って酒の瓶を手にしたとき、何故だか途端
に呑む気が失せた。行為そのものが重たくなった。吐き気がした
のだ。
 俺は椅子に座って、結局煙草を延々と消費するだけにした。フィ
ルターが焼けるくらいに溜まった灰皿から、別の煙が昇る。
 明日仕事が終わったら、金もないけど、どこかへ行きたい。ぶ
らつくだけで良い。ああでも、くそ、人里は遠い。じゃあ良いや。
 煙草、不味いなぁ、どうしてこんなに不味いのかなぁ。
 俺はもう、なんだか面倒としか思えなくなった。






 泥のように眠れた。いつ、どのように落ちていったかが解らな
い。そして目覚めも、眠っていたのかという自覚から始まった。
 「う、え、メイド長?」
 甘ったるい臭いがすると感じたが、発生源と言うべきか、メイ
ド長が部屋にいた。
 「ちょっと休憩してるわよ」
 「ああ、そうですか……」
 「モーニングコールは必要ないみたいね」
 「正直に言えば」
 少しグラつく不安定な頭を起こしてみる。どれほど気分を盛り
あげたところで、根本がガタにきてるからどうしようもない。そ
ろそろ限界なのかもしれない。
 「……あまり体調が良くないみたいね」
 「いつものことですよ」
 ジーンジーンと音が鳴らす頭は、どうすれば替えられるだろう
か。
 「シャワー浴びてきます」
 「ええ」
 1人のメイド長を放り出してしまうのは気が引けた。でもこれ
は働けるだけの価値、機能を取り戻すための作業だ。しなければ
いけなかった。お湯の温度をどう調節しても変わらない。気分が
優れない。どうにかしてそこを改善せねばならないと常々思うと
ころである。戻ってくるとメイド長はまだいた。
 「暇なんですか?」
 「そういうわけじゃないわ。ここに居たいのよ」
 「はぁ」
 ずっと傍に居てくれませんかと、俺には申し出ることが出来な
かった。メイド長の時間を奪うことにためらいがあったのである。
俺はたった1つの面倒でこの人の手にかかるのはどうしても嫌だっ
た。こうあって欲しいとは、やはり願うばかりで、俺は何も出来
ず、そうならない。違う方へ向かう全てを嘆いている。誰の心も、
染められない。ずっと、これからも。



 本が帰ってきても主は不機嫌である。ああ、違うかな。いつだっ
て機嫌が悪い。しょっちゅう喘息だから憂鬱なのも解る、本来の
自分が発揮出来ないのは俺も悩む点である。その考えは認めるが、
しかし他人にあたるのはやめて欲しいところだ。
 大量に持ち込まれた、量にも呆れるばかりだが、それらをせっ
せと片付けていく。どうやら俺達2人が雇われる前の分もあり、
リストを追加するものと、完全に新しく作るものがあった。確か
誰かに聞いたが、前は女性小悪魔1人で切り盛りしていたと言う
から驚くほかない。
 「それにしても本当に帰ってきたなぁ、これ」
 「脅したからね」
 「ははぁ、やるもんだねお前」
 「思うに、これが唯一の手だったんじゃないかな」
 二度とやりたくないが。
 「でも、なんて言うか、悪い」
 「ん?」
 「この手柄、俺のになった」
 「どういうことだ?」
 「入れが図書館に持ってったから、パチュリー様が勘違いした
らしくてな……」
 「どっちだっていいよ、手柄欲しさにやったわけじゃないし」
 「そっか」
 俺はリストをざんざんと作り上げていく。そろそろインクが尽
きそうで、出が良くない。替えのカートリッジをスーツに入れて
ないものだから、一度部屋に戻る羽目になる、面倒だ。仕方ない
から、ボールペンも使うか。
 「今日はもう魔理沙来ねぇのかな?」
 「来るわけないさ、俺にその面見せるなって言ったばかりだぜ?」
 「そこまで言ったのかよ」
 「そう思ったから」
 「はぁ」
 あいつの事を思い出すとイライラする。煙草が吸いたくなる。
 「ちょっと吸いながらやる」
 「あいよ」
 パチュリー様に見つかったって良いさ。こうもしなきゃ、やっ
てられない。


 そうして出来上がったリストはヤニ臭いものだったと付け加え
ておく。完成したものはコアに回して、コアが残した仕事は俺が
片付けていく。完成したとは言ってもまだ粗が残ってる、それを
整理、修正して仕上げるのがコアの役目。奴のお家芸だ。適材適
所というのは実に正しい。俺達の息も合っていて、仕事もほぼ同
時に終わる。パチュリー様に報告を済ませた後、仕事からあがっ
た。お疲れ、と互いに言って、俺は更にビジネスに移った。即ち、
レミリアお嬢様の相談役である。そのような仕事の人は、相手が
去ったあとで盛大に愚痴を言うと聞いた。なるほど、気持ちは端
のみであったとしても理解出来る。俺はビジネスと言うばかりで
あって、実際それで口に糊をしてる人は辛いだろう。好きだから
やってるのかどうかは定かではないが、少なくとも賃金は十分に
得たいに違いない。俺も、報酬が欲しい。だが、手伝えば手伝う
ほど得られなくなるのはどういったことか。魔理沙の手柄はどう
でも良いと言えるが、こればかりはそんな訳にもいかない。顔の
疲れを隠して部屋に入る。
 それにしても、俺の本音を知ってるメイド長は、俺とお嬢様の
会話をどう思うのか尋ねてみたい。
 「もう知ってると思うけど」
 「はい」
 「コアが魔理沙から本を奪い返したってね」
 「え、あ、ああ、そうですね」
 俺はまた失敗したと、ここにきて、ようやく気付いたのである。
礼儀上受け止めなければならないお嬢様の眼差しが、途方もなく
恋で染め上げられていた。周りが手柄として考え、コアに称賛を
送る。その真実から乖離した事実は、俺にしか不都合にならず、
またそれでいいのだと俺が承認してしまった。俺が計算し見通す
べきだったのは、その手柄を正しく自分のものとし、お嬢様から
称賛されるという筋道だった。気分などというものにかまけて、
それを怠った。
 「私、思うわ。やはり私達は人間よりも上だと。魔理沙は低級
の悪魔にすらやられた」
 貴女の後ろに居る人も人間なんですけどね。それに魔理沙に勝
てたのは、単純に男性の暴力だから違うと思う。種族の前に、性
別が来ている。
 キャイキャイはしゃぐお嬢様に、メイド長はお茶を出した。俺
にも出される。ついでに言えば、灰皿も欲しいな。メイド長もこ
の気持ちは解るはずだ。飲み物には煙草だと。
 「今日は少々、リラックス出来るお茶をご用意しました」
 俺にウィンクしながら言うのを見ると、気遣いだろう。相手を
間違えてはいないかと不安になるが、礼儀ではない礼を言って、
いただくことにした。レミリアお嬢様はコアを英雄に仕立てるた
めにあれこれ述べている。その内容たるや散々で、まぁ自分とコ
アさえいれば良いのだと発想なんだろうけど、被害に遭う方は堪っ
たものじゃない。傲慢と言うのは強者が持つもので、それは確か
に正しくはある。魅力としても捉えられるのだが、今回は自分が
貶められる立場なのでそうはいかない。
 それでもずっと、聞いた。そうしているうちにコアが妬ましい
と感じた。はっきり言えば、邪魔だと思った。だってそうさ、俺
の恋の障害なんだから、取り除こうとする意思は不思議ではない。
当然の感情である。しかし、それは決してやってはならないこと
でもあった。俺はコアの友人で、そしてコアは俺の友達である。
俺はあいつを、傷つけられない。あいつと酒を呑んだ、2人で吐
いた、仕事をしてきた。支え、支えられ、ここまでやってきたん
だ。友情としか言えないそれを、俺は守りたい。ずっとそうだっ
た。誰の目にも止まらない俺が、その俺が得た友を、どうして捨
てなければいけないのだ!


 「今日はどうもありがとうございました」
 部屋に戻ってから少ししてやってきたメイド長にもう一度礼を
言った。
 「煙草が欲しかった?」
 「はは、やっぱり解りました?」
 「同じ喫煙者ですもの」
 俺は俺で、熱いお茶を出す。2人して煙草を出してるあたり、
可笑しい。
 「紅茶を出すなんて珍しい」
 「コアに言われたんですよ。口は脳に直結してて……ええと、
毎日同じ味では脳を退化させるとか云々」
 「よく解らないわ」
 「とりあえず変化をつけるべきだそうです」
 「お嬢様もそういうのに惚れたのかしら」
 「さぁ……知りません」
 会話が止まり、俺は溜息をついた。
 「今日のは、ちょっとどうかと思いました」
 「……私もよ」
 「本人が幸せならそれで良いんでしょうけど」
 今度は2人で溜息をついた。メイド長は仕えてる主に使えない
宣言をされているのだから俺以上なんだろう。館を1人で回して
るのに、あの言われようじゃあやる気にも影響してくる。少なく
とも俺はする。
 「悪いけど、気分が落ち着くまでここに居させて」
 「構いません。ベッドも自由に使ってくれて良いんで」
 「あら、抱いてくれるの?」
 むせた。
 「あ、あのぉ、俺童貞なんですけど」
 「え、冗談はよしてよ」
 俺は黙り込んで、視線を逸らす。この人は行動が早い。もうベッ
ドにいる。顔だけを出してこっちを見ていて可愛らしいのだが、
煽られては幻滅する。
 「え、恋人って今はいないだけよね?」
 「……今も昔も居ませんよ」
 「嘘……」
 「あのですね、メイド長、なるべく嘘は言いたくはないですよ」
 「ごめん……」
 「いや、良いんですけどね、そういう煽りは慣れたものなんで」
 責めるつもりはないが、どうしてもそのように聞こえるだろう。
コミュニケーションとはかくも難しい。
 「ああ、メイド長少し、お願いが」
 こうして相手の行為で、上手く自分の願望を叶えるのは自分の
弱さと言うべきだろう。それは解っていたつもりだ。
 「なぁに?」
 「俺、寝ます。だからそこに、寝るまではいてくれませんか?」
 「そこで、寝るの?」
 「はい、どこだって構わないんで。その、誰かが居てくれるだ
けで安心するんです。だから……」
 「解った。貴方の寝顔、見届けるわ」
 「ありがとうございます。それじゃあ、おやすみなさい」
 「はい、おやすみ」



 全てを知る人という存在がこれほど助かるとは思ってもいなかっ
た。メイド長のことである。コアは友として大切であったし、お
嬢様についても考えなおせばやはり大切に想う人である。惚れた
弱みだと口には出来ずとも、そうであることに変わりはない。ど
う扱われようとも恋は色褪せない。それどころか、色は付け足さ
れていく。吐き気がする程に過剰となりつつある。色彩で目はや
られていった。肉のない想うばかりの空っぽは身体を内側から壊
してしまう。矛盾しているとさえ感じる受動的な自傷行為。鏡に
映る男は、笑顔を出せない。どう考えても、限界が来ている。何
を食べても吐きそうになる。便所に駆け込んで、ねばねばした液
体を必死に胃袋から出す。しかし吐けなかった。その状況まで追
い込まれながら働けるのは義務だからの、それ以外の理由は無かっ
た。
 そして、その限界を突きぬけようともしていた。ぱぁっと光る
未来があると思うのだ。それは一般的な明るい未来というもので
はない。自覚出来ない死が待っている、だからこそ俺は望むのだ。
受動的であることにより、能動的でないことにより、俺の死は道
徳的に悪とされることはないだろう。理想的な死に方であると断
言出来る。今すぐにでも来て欲しかった。しかし、手元にある台
本にはそのようなことは記されていない。


 少なくとも、俺はお嬢様が定める最終日まで生きている必要が
あった。具体的には、バレンタインデーまで。よくもまぁそんな
知識を得たものだと自分を顧みず思う。曰くはプレゼントと告白
を同時に行うらしい。成功するかどうかは解らない、というのが
本音だ。コアの言葉を受け取る限りは。
 「お嬢様、何をご覧になってるのですか?」
 「告白文よ、覚えてるの」
 遠目に見て3枚くらいありそうな文章を覚える、か。よくやる
もんだ。
 それにしても、お嬢様とコアは会話をしているのか?気にして
みると、そういう場面に出くわしたことがないのに気付く。前か
ら話せないと言ってたのは覚えているが……奴は仕事が終わると
すぐに自室に引きこもるから話しにくいのは解る。たまには外で
呑んでたりするらしいが。やはり、会話は恋愛を形作る重要な要
素であるだろうから、それがないというのはかなり厳しいものが
あると思うのだが。
 「お嬢様、最近コアとはどうですか?」
 目に見えて固まった。まずいなと良いフォローをあれこれ引っ
張り出して準備する。口を開くのに溜息をついたところが、存分
に憂いを表していて恋愛の本質を一面ながら醸し出した。
 「最近、いやもう何ヶ月も話せてないのよ……」
 耳を疑った。ということは、あのデートの時から何も変わって
ないってことか!
 「会いたいのよ?声も聴きたい、顔を見てお話がしたい……手
を繋ぎたい、あの身体で抱きしめられたい、キスだって……」
 俺は理解を示すだけに止めた。なるほど、確かに解るね、俺も。
だけどそれじゃあ話にならない。見つめるだけで恋が成立するっ
て言うなら、そんな馬鹿なことはない。

 「じゃあ、今日はこの辺りで」
 そう言い席を立つと、お嬢様に呼び止められた。何かと思えば、
信じがたい要求をされた。
 「お嬢様、それは私が」
 「うるさい咲夜、お前は女だ。リトルに頼んだのは男だからだ」
 素直に理由を述べてくれるのは、そうだな、ありがたくない。
今回においては。メイド長が珍しくお嬢様を止めたのは、きっと
俺のことを考えてくれたからだろう。自分に何の不利益もない、
なおかつ俺にだけ不利益があった。最早暴力的とも言えるほどの
この愛なのかもしれない。だけど暴力を振るう相手が愛した者で
はなく、それ以外の全てだった。
 「解りました、良いですよお嬢様」
 えっ、とメイド長は俺を見た。それに対して優しい顔で応えら
れたのは、メイド長の気遣いが嬉しかったからだ。ありがたい、
ありがたい。
 しかし、そのような自身への向けられた優しさ、それへの感謝
は、とてももろいものなのだ。力には、抗えない。いや、支えら
れた分、波をよりきつく受け止めなければならない。それ自体は
事実として受け止め、何か特段これと言った感情はない。優しさ
に対する非難は決して言ってはならない。それが礼儀である。
 メイド長は強く出られずそこで進言は終わる。血を滲ませ書い
ただろう告白文を朗読していくお嬢様。昔、俺も告白については
あれこれ考えを巡らせたものだ。結局言えずじまいで、ただ好き
です伝えた。あの言葉は、小説として読むなら非常に味わい深い
言葉なんだろうが、現実会話としては何だか簡素である。ハリボ
テじみてると言える。いや、こちらの方がより正解だろう。だけ
ど、お嬢様のように長いのを聴かされるのはうんざりだ。本番で
これだけの台詞を聴いてくれると思っているのだろうか。コアは、
せっかちではないけど面倒なことは嫌がる。そういえば、付き合
うなんてのはその場の流れと空気だと酒を片手に奴は言っていた。
 気が付けばお嬢様の台詞は終わっていた。その瞳の紅が俺を見
る。沈黙と共に。知っていた、彼女を俺は見ていない。彼女が待っ
ているものも知っていた。彼女が望むものを、俺は、自身の名前
を偽り、親友の名を借りて、言ってしまった。
 「俺も、好きです」


 どうして答えてしまったのかと俺は悔やんだ。1人きりの部屋
で俺はいつぶりか涙を流した。俺は罪を犯した。親友になりすま
したこと、友の尊厳ごと魂を踏みにじったことだ。自分の弱さが
腹立たしくもあった。しかし、しかしだ!許せないのはそれじゃ
ない。友の心を蔑ろにしたことが、それが許せないのだ!俺はコ
アを傷つけた、俺もやはり批判したお嬢様と同じように暴力を外
に振るった存在だった。俺は守るべきものを守らなかった!守り
たかったものを守らなかった!己の為に差し出した!
 俺は荷物をまとめた。服と僅かばかりの金を持って鞄に入れた。
パチュリー様へ仕事を辞めると述べた文書を机の上に置いて部屋
を出た。
 俺はコアに顔向け出来ない。友としてはいられない。俺は義務
に縛られていた。しかし、その向こうに友情という至高の存在が
あった。替えがたいものがあった。それを傷つけた。その代償は
俺の地位を築いた義務を破棄することだ。俺は、社会の底辺に落
ちねばならぬ。



 廊下でメイド長と会った。
 「何をしているの?」
 「外で煙草を吸いに行くところです」
 さらりと述べて、するりと横を通り抜ける。外に出たら、メイ
ド長はモップを持ったままそこにいた。
 「何をしてるんですか?」
 「掃除よ」
 嘘をついて欲しくなかった。美しくある人達について欲しくな
い。否定の意味すらある俺のような奴がそれを言うのだ。
 「嘘つき」
 石畳と、モップがかつんと音を立てる。涙が枯れた顔を抱きし
められた。
 「どうしたんですかメイド長?俺に何か?」
 「咲夜って呼んで」
 「咲夜さん、俺の部屋は便利な喫煙所になりましたよ。良かっ
たですね」
 涙がなければ、俺は笑っている。そのはずである。
 触れたものがあった。唇だった。もう一度、ジャケットのボタ
ンを外され、シャツにキスをされた。咲夜さんの口紅で跡がくっ
きりと残った。
 「バレンタインのプレゼント」
 「もう、行かせて下さい」
 優しくされたかった。だけど俺は咲夜さんに差し出された手を
振り払いたかった。俺は自分のオイルライターを咲夜さんに渡し
た。
 「お礼です。今までありがとうございました」
 歩きだした俺を、後ろから抱き締めて止められた。
 「行かないでとは言えないのは解ってる」
 「それ、80年くらい前のビンテージモデルなんです」
 「リトル、もう貴方は強くなくて良い」
 「インサイドに改良を施してあるんで。仕組みはまあ、単純な
魔法なんですけどね」
 「駄目な人、でも好きだった」
 「早い話が壊れません。永く使えるんで」
 「ずっと居てくれて、ありがとう」
 「すみませんでした」
 うっすら感じた水気が歩きだしたときの風に乗っていく。鞄は、
重たくはなかった。






 雪が融けていく頃には、俺は新たな職を得ることが出来た。飲
食業、で良いのだろうか。ホストをどう呼べばいいのか解らない。
人がよく消えるので、募集していたところに俺が来たというわけ
だ。女慣れしてそうな面と見られたらしく、すぐに仕事が得られ
た。正直、女はもう嫌だと思っていたが会話すること自体は楽だっ
た。特に金を落としていくから、もうそれが人だと思えない。財
布みたいなものだ。ただ思うことは確かにあって、人をお金扱い
するのは抵抗がある。尊厳というのだろうか、それを踏みにじっ
てる気がして。店長のマスターからはそれでよく叱られている。
やり方がぬるい、だそうだ。俺も、周りを見てそう思う。それで
も尚クビにならないのは、辞めずに真面目に通ってるからかもし
れない。
 しかし、長時間の飲酒は身体に響く。足元がふらつくことはな
くなったけれど、家に帰ると水を飲んで吐く。吐き慣れをしたの
はつい最近のことだ。本当なんだな、吐き慣れって。こうやって
吐いてさえいれば次の日には問題なく出勤出来る。
 身体が震える。寒くはない、ただずっと……紅魔館を去ってか
らずっと。煙草もずっと不味いままだ。ヘブンスターもそうだし、
接待中に吸ってるガバメントですらそう思う。元々、ガバメント
は雰囲気がキザったらしくてあまり好みではなかった。だけど、
同じ不味いならガバメントが良い。ヘブンスターとは俺にとって
特別な存在だった。それが不味くあるというのは、どうしても嫌
だった。片づけをしない部屋には煙草の灰と吸い殻と、ひっくり
返った灰皿がそこらにある。寝床すら服や物で荒れているのを見
ると、自分の堕落具合がよく解る。ぼろの、何だか柔らかい、何
故か柔らかい珍妙なベッドに横になった。明日に備えた。


 この店で働いて日が浅いから雑用までやらされる。便所掃除も
初めは嫌だったが、不思議なことにやりがいを感じるようになっ
た。客としては来ないが万が一に備え、聖母でも受け入れられる
ようにはしてある。どうせ吐いて汚されるんだけど。店内掃除は
そこそこに、後は皿洗いと飲み物作りの手伝いだ。アリミノのゴ
キブリがいたのは閉口した。次は紫色の奴か、いやレインボーか
もしれない。虫が苦手だけど、とは言え退治しなければいけない
から殺した。魔法を有効活用出来た。虫の妖怪がいるとの話で、
会う機会があったら相談を持ちかけようと考えている。費用は俺
の財布から出すだろうけど、その価値は十分にある。
 「おうリトル、お前に客が来たぞ」
 台所で皿洗いをしながら費用を計算していると、マスターから
呼び出された。返事して水気をハンカチを拭い、ジャケットを着
て店内に出る。客のところへ行く、信じがたいとはこのことで、
その客というのはレミリアお嬢様だった。
 「上客だぞあれ、搾り取れ」
 「は、はい」
 マスターにそう耳打ちされる。確かにお金はあるだろう。しか
しながら相手が強者ということもあって逆らえない。法外な値段
は提示出来ない。ああ、そこの計算は会計にやらせよう。俺はた
だ、飲ませれば良い。
 「……いらっしゃいませ」
 「お久しぶり、探したわ」
 「よく解りましたね、俺がここにいるって」
 お嬢様の顔色は良くない。消えてしまいそうな幻想を目の前に
して感情が揺さぶられる。俺にはまだ心というのがあったらしい。
しかしだ、そこの幻想に肉はない。それは、俺が恋したお嬢様で
はなかった。俺はあれほどの仕打ちを受けたにも関わらず、心配
になった。
 「ちょっと、天狗にお願いして調査してもらったの。貴方に伝
えたいことがあって」
 その人は出された酒には触れずにいた。俺は酒を勧めながらガ
バメントに火を点ける。思えばこの人の前で煙草を吸うのは初め
てだ。役者ではなくなった今、リトルという1つの存在でお嬢様
の前に居られる。不思議な歓喜であった。
 「俺にですか?まぁまず1杯」
 「いえ、遠慮するわ。それに待たせてる人もいるし」
 メイド長だろう。あの人も大変だなぁ。
 「私、失敗した。フラれたの」
 騒がしい周りの声が、壁に埋まっていく。
 「ごめんなさい。貴方にこんな辛い思いをさせて」
 俺の唇が歪んでいく。何故か笑ってしまった。とても可笑しい
のだ。俺を選べばそうはならなかったのにと、思ったことも事実
であるし本音である。でも違う、それは主ではない。俺は煙草を
ぷかぷかさせてその感情の正体を探るのである。意外だったのは、
その感情を剥き出しにしてくれたのは、目の前に居たお嬢様……
いや、レミリアだった!
 「ぐだぐだとうっせぇなぁ……」
 グラスをテーブルに叩きつけた。謝罪し続けるレミリアが、鬱
陶しかった。その内容のない言葉に苛ついた。だから俺は、怒り
を放出した。それは魔理沙のときとは違う。あれは俺の身体に貼
りついた。これは違った、一種爽やかだった!合唱するように高
らかに叫べた!俺は立ち上がった、言った、レミリアを指差して!
 「あんた、そうやって椅子に座ってるだけじゃねぇか!」
 それこそが幻想の、無様な根本だったのである。
 「え?」
 レミリアは俺を見上げた。俺はレミリアを見下ろした。
 「そうだったなぁ、コアのことを教えたのも俺。プレゼントの
提案も俺。あんたは椅子に座って妄想だ!そりゃあフラれて当然
だろう!失敗したくないだって?何もやってこなかったあんたが
何を言うか!」
 埋まっていた全てが俺に近寄ってくる。
 「そうやってあんたは1人だ。そうだろうよ、あんたは!他人
を自分の為に傷つけて、いや、そんなことも知るわけねぇか!あ
んたは……あんたは俺と咲夜さんを貶めて!それでもまだ足りな
いって言うのか!?俺はあの時、まだ、あんたをレミリアと呼び
たかった!」
 近づいたものに口を塞がれる前に、俺は言う。
 「さぁ泣け!泣けよレミリア!全部、全部知って泣きやがれ!」
 そう言いながら泣いていたのは、俺だった。


 外に連れてこられ、寄ってたかられ俺は地面に倒れていた。時
折ぐんと身体が浮く。痛いのは確かだが、俺はそのような存在な
のだと思うと痛みが俺から離れていく。皆、俺を蹴り、殴るのに、
どうしてか。俺は外にいるのか、それとも身体が違う場所にある
のか。決定的に確かなのは俺と身体、言えば魂と肉体が分離して
いることだ。気になるのはジャケットの汚れである。クリーニン
グ屋なんて無いから、したけりゃ魔界に戻らなきゃならない。こ
れ、高かったんだけどなぁ。
 参ったなぁと思っていれば、どうしたことか周りの男達が倒れ
ていく。どうやら俺は俺しか見ることが出来ないので、この事態
を確認するには魂を戻す必要があるらしい。ふんわりと身体に戻っ
て、顔を上げるとコアがいた。
 「うぁ……お前、どうしてここに……?」
 バチンと痛みが魂を痺れさせ、口を開くのが辛い。立つことは
出来ないようだ。どうにか座りたいが、コアの足元でぐじゃぐじゃ
と動くだけだ。
 「よ、久しぶり」
 「ここは男の客は受け付けてないぜ……?」
 「だろうな」
 少しずつ、前には進める。コアから逃げ出せそうだから、俺は
頑張った。
 「どこに行くんだよ」
 「仕事中だから……」
 「もう無理だよ、お前、動けてねーもん」
 「動けないなら動かすしかないさ……それしかないんだよ……」
 そう言ったら首を掴まれて、俺は座らされた。
 「いつもそうやって無理しやがって……!」
 「知ってるかい?今日と明日の米が食えるのがどんな幸せかって?」
 「さぁね、俺には解らねぇよ」
 顔を伏せていたのに、次の言葉で思わず顔を上げた。
 「全部知ったよ、今回のこと」
 「……どうして気付いた?」
 「レミィお嬢さんが俺を知りすぎている。あの人、俺と話したこと
はそんなになかったのに」
 「はは、参ったな、喋りすぎたか、俺」
 痛みが僅かに退いてきた。
 「俺の情報を流せる奴なんて、リトル、お前しかいないんだぜ?ア
タリは十分につくさ。あとはお前と親しかったメイド長に訊き出して
完了だ」
 「知らなくて良かったのに」
 「解らないのは理由だよ。何故、どうしてそんなことをした?お前、
お嬢さんのことが好きだったんだろう?」
 「好きさ、大好きだよ。だからなんだ、レミリアの傍にいたかった。
たとえ、相手の目的が俺じゃなくたって」
 「それで、か」
 「ああ、そもそもレミリアにとって俺はお前への足場に過ぎない。
いや、あの人の行動を見る限りそれですらないだろうけど」
 「そうだなぁ。あの人は俺を想っているけど、想っていただけだな」
 「お前こそどうして断った?良いんじゃねって言ってたじゃんか」
 「いや、単純に興味ないし。面倒だし」
 「それだけでかよ……」
 「ま、ついでに言えば断ってて正解だったってことだ。告白の練習
台にされたって?」
 「咲夜さん、そこまで言ったのかよ……ああ、そうだ、俺はお前の
代役をしたよ」
 ただ話すことに違和感を覚えて、俺は内ポケットからガバメントを
出した。力が上手く入らなくて火が点けられない。手から出した魔法
を使わないのは、俺の主義、生き様だった。いつかの日、誰かの背中
を追った。親だと思う。小説だったと思う。友だったと、思う。だか
ら出来ても俺はそれをしない。その小さな、小さなこだわりが俺だっ
た。この世界で否定の名前を持たされても貫いてきた。
 カランシャンと金属が言う。ジリとすれば目の前がぼぅと明るくな
る。身体が熱くなる。
 火を点けたコアと、オイルライターであった。どうしてか、コアは
煙草の箱を自分の胸ポケットにしまった。ただよう臭いで解る。ヘブ
ンスターだ!
 「お前も吸い始めたのか。よりにもよって、それかよ」
 「お前がいつも吸ってたから」
 「そうかい、ありがとう」
 こうやって向かいあっていると、俺は辛い。何故俺はここに居るん
だろう?居て、良いのだろうか?
 ふと思った。火を点けてもらえたことに、コアの想いがあったこと。
そこに俺が、知らされたこと。
 「ごめんな、俺、お前の代わりなんかやって」
 「なんで謝るんだよ」
 「俺はお前の代役なんてしちゃいけなかった。勝手にお前の名前を
使った。告白されたかった、友情を捨ててそんなものを取った。どう
せ俺には向いてないのに、俺はお前の魂を悪用した、大切な、大切な
お前の!」
 手から落ちた煙草。ころころとどこかへ行った。
 「そうかい。まぁ、1本吸えよ」
 「……ありがとう」
 差し出されたヘブンスターを取った。火を点けてもらった。
 「だから辞めたんだな。そればっかりは許さねぇぜ?」
 「ごめん」
 「肩貸すよ。近くに美味い飯屋があるんだ。おごれ」
 「おう、金は少しあるから」
 「へへ、ありがとな」
 俺達は煙草を吸って歩きだす。
 「そうだ、魔理沙が謝ってたぞ。お前に」
 「……悪いことしたな、魔理沙に。今度謝らなきゃ」
 「それが良いさ。あと仕事も戻してくれ」
 「解った」
 「しっかしよぅ、煙草ってのは美味いな」
 「だろう?やめられなくなるぜ?」
 「はっは……」
 「はは……ありがとう……」
 「ああ、もう頑張んなくて良いよ。どうせ無理したってしょうがねぇ
さ。なあ?」
 俺は、守ることが出来たんだ。コアとの絆を。ぼろぼろになったけ
ど、それだけは守ることが出来たんだ。涙する。絆を捨てずにそのま
までいてくれたコアに感謝を。光となった俺達の友情に讃歌を!
 「ありがとう……ありがとう……!」
 友へ!我が友へ!
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コメント



0.230簡易評価
4.10名前が無い程度の能力削除
全然東方の匂いを感じませんでした。
5.10名前が無い程度の能力削除
主人公に感情移入して書いていることと、レミリアが嫌いなことは分かった。
7.90携帯砲削除
なんかことばにできないけど、好きです、こういうの。
ハードボイルドっていえばいいのでしょうか。
恋と友情って、こんなにも絡み合えるものなんですね。
ありがとうございます。勉強させてもらいました。
8.100名前が無い程度の能力削除
人の数だけ幻想郷
いいね、こういうの
もっと増えるべきだ、あなたの中の幻想郷
9.無評価名前が無い程度の能力削除
んー作中全体に漂う苦々しさが心地いい。
読み終えると煙草吸いたりますねえ。
10.70名前が無い程度の能力削除
そこで終わるんかい、という印象。
好きな上司に振り回された、葛藤した挙句、罵ったらスカッとした。友達が許してくれたから光が満ちた。
……何ら解決していない気がしますが。というか最後の展開が謎です。
しかし固ゆで卵は好きなジャンル。
悶絶するほど面白かったので、もうちょっと引っ張って欲しかった分だけマイナスしました。
14.100SYSTEMA削除
咲夜とリトルの掛け合いのすれ違いがその場に漂う「この状況を打破できない」諦観と
リトルの決別の意志が感じられて、心の琴線をかき乱しました。
ただの愛ではなく親愛。それが物語全体から感じられました。
17.100KAWAI削除
ある意味での誠実さと複雑に変化する恋愛感情が主人公の葛藤をよく表現していると思います。
18.90名前が無い程度の能力削除
面白かった
ハードボイルドいいよね!
けど男出さないとやっぱりこういうのは無理なのかなあ