※注意書き
この作品は文花帖を参考にしています。
というか、文花帖に掲載されている一枚の絵を参考にしている部分があります。
読みすすめていくのに特に問題はありませんが、文花帖をお持ちでしたら一度p56をご覧いただくと、何となく納得度が高くなるかもしれません。
「ねえ、妹紅」
「何? 輝夜」
「私、前々からあなたに言いたいことがあったの」
「長々と内に溜め込んでたなんて、随分殊勝な真似するわね」
「どうせ永々と生きていくんだから、いつ言っても同じよ」
「まあね。で?」
「ねえ、妹紅」
「何? 輝夜」
「あなた細すぎ」
夕闇迫る永遠亭。
ぶすぶすと煙を上げる生け垣を補修したり、焼けた竹を処分したりとイナバ達は大わらわである。
そんな兎たちをよそに、妹紅と輝夜は対峙していた。
「もっと健康に気を使うべきだと思うわ」
「そんな包帯まみれの人間に言われても、説得力ないわねぇ」
胸のあたりから飛びだした不死鳥の足が、懐から紙巻きの煙草を取り出し、それを彼女の口にくわえさせる。ぼっ、と勝手に火がつき、妹紅は悠然と煙を吐いた。
ちなみに輝夜に包帯を巻いた薬師は、現在復旧作業の指揮をとっている。
「どうせすぐ治るんだし、無駄なことするわね」
「これはあれよ、こんな姿を見せつけてあなたの心を罪悪感に苛ませようと」
「ンなおセンチな感覚、真っ先に摩耗したわよ。二倍無駄ね」
「ああ、やっぱりそうよね」
むしりむしりと包帯をはぎ取る。当然そこには傷など一つもない。
「物臭ですね」
そんな第三者の声と共に、すっと脇から灰皿が差し出された。鈴仙だ。
「誰が物臭よ」
一応どーもと礼を言ってから、不死鳥の足が灰皿を受け取る。
ちなみに妹紅は常識を持ち合わせた年寄りなので、携帯用灰皿を持ち歩いてはいるのだが。
「それですよ」
びしっ、と鈴仙は彼女に指を突きつける。
「何で自分の手を使わないんですか」
面倒くさいのか、はたまた何か拘りがあるのか、妹紅の手は常にポケットの中にある。戦闘中でさえ、手を出そうとはしないのだ。
「しょうがないじゃない。押さえてないとズボンが下がるんだもの」
「そのサスペンダーは何のためにあるんですか」
「私なで肩でさー、これもずれるのよね。下着もつけてないし」
「ぱんつはいてないの?」
「……何でそこに食いつくのよ、輝夜。しかもなんかひらがなでしゃべってるし」
「で、はいてないの? さそってるの?」
「だからなんでンなに食いつくのよ! ……しょうがないじゃない、私の体形にあう下着ってあんまりないんだもの。ズボンな分、スカートで高速飛行する天狗よりは慎ましやかでしょ」
微妙な線である。
「そういう不健全な体形改善のため、まずは煙草をやめるべきです」
言って医者の端くれでもある鈴仙が、妹紅から煙草を奪う。
「煙草なんて害毒の結晶、百害あって一利なしです。そんなものを吸入するなんてとんでもない」
「私、煙を口の中で転がしてるだけで、煙吸いこんだりはしないわよ」
まだ長い煙草がもみ消される様を名残惜しげに眺めながら、妹紅は言った。
「……そうなんですか?」
「そうよ。それきっついし、下手に吸ったら地獄見るわよ」
高尚でしょ、と胸を張る彼女に、鈴仙は沈黙する。
「話は終わった?」
「うん? うん」
奇妙なことを訊いてくる輝夜に頷き、妹紅はで? と首を傾げた。
彼女は俯き薄く笑い、
「かかりなさい!」
その号令にイナバ達は作業の手を止めると、一斉に妹紅に飛びかかった。
「わー?! 何よいきなりー?!」
「かかったわね! 今日こそあなたの不遜な体躯を測定してあげるわ!」
「今日こそってそんな話それこそ今日初めて聞いたわよ! こら、服脱がすなー!」
「わー、ホントに細いですよ」
「腕なんて信じられない儚さです」
「腰、両手のわっかで一周できるっておかしくないですか?」
「あ、見て下さい、本当にパンツ穿いてないですよ」
「どこ見てんのよー?!」
「せめて上はつけましょうよ。形崩れちゃいますよ」
「大きなお世話だー!」
別に妹紅は永遠亭のイナバ達に恨みはない。
とばっちりや流れ弾がたまたま当たることなんかはあるが、基本的に対象外である。あくまで標的は輝夜だ。
しかしまあ、あくまで基本的には、である。
不死鳥の咆吼が、竹林に響き渡った。
「手を合わせて下さい!」
イナバの一声が、大広間によく通る。
「いただきます!」
『いただきます!』
千を超えるイナバ達が一同に会し、人参を貪る様は正に圧巻だ。
永遠亭の夕食の光景。
上座には輝夜がましまし、そしてその右手には何故か妹紅も座っていた。
「イナバ、永琳は?」
左手を見る。いつもならそこに座っているはずの月の頭脳は、本日不在だった。
「師匠は、妹紅さんの身体測定の結果を自分の身長換算するとあらゆる分野で負けてるー、と叫びながら側転で自室に隠ってしまいました」
「そう」
鈴仙の返答に、彼女はただ頷いた。天才のすることはよくわからない。
反応はそれだけかい、と妹紅は内心呆れたが、永遠亭の人間模様に興味はない。
自分の前に置かれたお膳を見、輝夜の前に置かれたお膳を見、鈴仙の前に置かれたお膳を見る。
「鈴仙」
妹紅の呼びかけに、他のイナバ達の耳がびびーん、と反応した。
輝夜は兎達をイナバとしか呼ばない。
永琳はイナバ達に命令するときは鈴仙に言うし、鈴仙はてゐを通す。
そしててゐはイナバ達を三人称で呼ぶので、彼女らの名前を呼ぶのは「暇だから」という理由で名前を覚えた妹紅だけなのである。
それ故に、妹紅はイナバ達に人気があった。
先ほど妹紅に飛びついたのも、輝夜の命令だったからというのもあるが、むしろ嬉々として飛びついた連中の方が多かったというのが非常にアレだ。
「何ですか?」
名前で呼んでもらっていいな的な嫉妬の視線には気付かずに、鈴仙が返事をする。
「あんたさ、輝夜どころか私でさえこういういいもん食べてるのに、自分は人参だけっていう境遇に疑問をもったりしないわけ?」
「行儀が悪いわよ」
ちょいちょい、と箸で指す彼女に、輝夜が横からたしなめた。
「人参素手で掴んで食べてる連中の最中で、上品ぶってどうすんのよ」
「神はいつでも我らを見ておられます」
「似合わなっ! そもそもそれこそ関係ないじゃないのよ」
「まあそうだけど」
「……話はそれたけど。どうよ? 何か思うところはないわけ?」
「と、言われましても……」
顎に指を当て、彼女は首をひねる。
「人参おいしいですよ?」
「……あっそ」
何の疑問もないようだった。
「私としては、この食卓に豪勢という感想を抱くあなたに疑問を覚えるわ」
白いごはんに焼き魚、みそ汁にお浸しお新香。確かに姫様の食事と言うには質素だ。どこぞの巫女に聞かれたら、なにをされるかわかったものではないが。
「ちなみにさっき師匠から聞いたんですが、蓬莱人の体は、これくらい食べてればこれくらいの体格になるだろうという思いこみによって決まるそうです。妹紅さんのその洗濯ができそうなあばらの浮き具合は、なべて食生活によるものなのですが、一体どんな生活をしてらっしゃるんですか?」
「……あー……」
言いにくそうに口ごもり、頭を掻く。
結局周囲の視線に負け、ようようと妹紅は口を開いた。
朝。
目覚めてから一時間ほど放心する。
「何でですか」
「低血圧なのよ」
「燃えてるくせに」
そんなわけで、朝は何も食べない。
と、いうよりも、そもそも食べ物の備蓄はないので、とりあえず釣りに行く。
「計画性をもちましょうよ」
「擬似餌も髪の毛丸めた奴じゃいまいちなのよね。銀髪じゃ不自然かしら。輝夜、あんたの髪ちょうだい」
「嫌よ」
釣れたらそれを焼いて食べる。何せ火には困らない。
その後は野山に混じりて野草を採りつつ、食事のことに使いけり。
「野生児ですか」
「秋はいいわね」
「冬はどうしてるのよ」
三日に一度、慧音が差し入れに来る。
昔自分の二の腕とかをかじったことがあったのだが、その時は慧音に泣いて止められた。
まあだいたいこんな感じである。
「……慧音さんの気持ちがすっごくよくわかります」
「しょうがないじゃない」
「蛸烏賊じゃあるまいし、あまりにも不憫だわ。今度何か差し入れるわね」
「いらないわよ。何が混入してるんだかわかったもんじゃない」
「その割りには、今日ここでご飯食べてるじゃないですか」
鈴仙のもっともな意見に、二人は一瞬視線をかわした。そして同時に小さく肩をすくめる。
「……?」
その不可解な仕草に鈴仙は眉をひそめたが、「いきなり畳を押し上げて「おいすー」とか言いながら侵入してくるのはやめなさい」「何よ私の猫符「キャットザシュレディンガー」に文句つける気?」などという極めてどうでもいい言葉の応酬ばかりで、彼女の問いに答えは返ってこなかった。
「失礼しまぅぇぇぇ……!」
客間のふすまを開けた鈴仙が、うめくように叫んだ。
あの後妹紅は風呂にもはいり、結局今日は泊まっていくことになった。
このあたりの神経が、鈴仙には理解できない。
それも含めた疑問を解消すべく、いい機会と彼女の元を訪れたのだが。
ふすまを開けると、そこは兎小屋だった、文字通り。
堆く積もった白いもの。イナバ達だった。窮屈どころか圧死しかねないような惨状で、しかし普通に寝入っているあたりたくましい。
本来の部屋の人、藤原妹紅は窓辺で煙草を吹かしていた。
「ん?」
面食らっている鈴仙に、彼女は平然と声をかける。
「……すごい有り様ですね」
おっかなびっくり近寄って言う。
「まあね。ま、悪い気はしないかな」
少し笑って、妹紅は指先で煙草の火をもみ消した。
「で、どうかしたの?」
「少しお聞きしたいことが」
その言葉に彼女は、ん、と頷き立ち上がる。
「場所、変えましょ」
「……そうですね」
二人はそっと、音をたてないように部屋を出た。
「寝間着だと、手を出すんですね」
「サイズぴったりなのよ。あの子らが急造したみたい。ご丁寧に下着まで」
苦笑する。
「……で?」
空き部屋は幾らもある。二つとなりの部屋に陣取り、改めて尋ねた。
すぐに返事はなかった。躊躇しているわけではなく、どう尋ねるべきかを考えているようだ。
暫くして、鈴仙は視線を上げた。
「姫のこと、憎いですか」
「勿論よ」
「姫のこと、嫌いですか」
「当たり前じゃない」
何を今さら、といった様子で妹紅は答える。
「でも、それにしては腑に落ちないことが多すぎます」
今日だけ見ても、普通に輝夜と食事を共にし、挙げ句泊まっていく。
彼女らの関係を見るだに、そんなことをすれば、食事に毒を盛る、寝込みを襲うなどが普通に発生しそうなものだ。まともな神経をした人間なら、絶対に寝食を共にしたりはしないだろう。
憎い、嫌いと言いながら、その実何某かの信頼関係があるように思えて仕方がない。
「信頼関係ぃ? 私と輝夜に? ンなもんあるわけないでしょ」
あんたどこに目ェつけてんの? とばかりに言う妹紅に、鈴仙は首を振る。
「ならどうして、今ここにいるんですか?」
襲ってくるなら望むところ、ということなのだろうか。
「なんとなく、っていっても納得しないわよね」
あー、と面倒くさそうに頭を掻き、
「あいつは恨まれるのは良しとしても、蔑まれるのは我慢ならない奴だから」
「……はぁ」
要領を得ない答えに、要領を得ない相づちを打つ。
「わかんないかな。夕方のあれで、今日の暇は十分潰れたのよ。あとはご飯食べてお風呂はいって寝るだけ。場外乱闘なんて考えてないの。私もあいつも」
「わかりません。暇潰し、なんですか? 暇だから殺し合うんですか? 嫌いだから、憎いからではなく?」
蓬莱人は死なない。しかし怪我をすれば痛いし、火で焼かれれば火傷もする。
それを押して殺し合う理由が暇潰しでは、到底納得できなかった。
「勿論嫌いだし、憎いわよ。でもそのあたりの感情って、大分すり減ってきてんの。今ならあいつが求婚蹴った理由もわかるし。ま、それだけが理由じゃないけど」
肩をすくめる。口調同様、語る内容にそぐわぬ軽い仕草で。
「だから結局、私らが今殺し合うのは、暇だから、なのよ」
「それもわかりません。姫も妹紅さんも、やろうと思えば何だってできるじゃないですか」
そもそももう殺し合う理由すらないのではないか?
それなのに何故?
「何でもできるから、何もしないの。いつでもできるから、何もしないの。化け物相手に正論は無駄よ」
「化け物」
「そうよ」
気負いも自虐もなく、淡々とごく自然に言う。
「斬っても刺しても薙いでも焼いても、死なない死はない死にゃしない。これを化け物と言わずに何と言う? 今日できることは明日やる。明日できることは明後日やる。何だってできる。だからやる事なんて、何もない。暇な空白真っ白け。日がな一日暇潰し。今日も今日とて殺し合い。これを化け物とせずに何とする?」
調子をつけて、彼女は謳う。
「そんなことは、ないです」
彼女の雰囲気に少しばかり怯みながらも、鈴仙は反論した。
「師匠は自分の研究をしてますし、私の勉強も見てくれます。何もしないなんてことは、ありません」
「それはあんたがいるからよ」
至極あっさりと、言う。
「なぜですか」
「あんたに明日の保証なんて無い」
明日を保証されている、彼女が言う。
「あんたは有限。あんたは怪我する、怪我で死ぬ。あんたは老いる、老いて死ぬ。あんたに今日と同じ明日が、明日と同じ明後日が来るなんて保証は、誰にもできない」
だから彼女は『生かされて』いる。
「あんたのために」
『生きて』いる。
硬い言葉。
自らの声が入り込む余地はないのではないかと思わせるほどに。
「……よかった」
しかし零れたのは、なぜか安堵の吐息。
「それならあなたも生きているんですね」
「……何でそう思う」
「魚を釣って、野草を摘むのは誰のためです?」
思わぬ切り返しに、沈黙する。
自分のためとは、言えなかった。
「彼女のためではないですか」
「……ま、それは認めておこうかな」
彼女は特別だ。
化け物と呼ぶものは幾らもいる。不老不死なんてどうでもいいと言う輩も割りといる。
しかし妹紅の何たるかを知り、それでもこの化け物を人間というのは、彼女だけ。
「そう考えると、姫も生きているんですね」
「……何?」
「わざわざあなたと殺し合う姫。あなたとだけ、殺し合う姫。姫はあなたに生かされて、あなたのために生きている」
返事はない。肯定も否定も。
「あなたはどうですか、妹紅さん」
楽しそうに嬉しそうに、鈴仙は言う。
「慧音さんだけですか? 姫はどうですか? 嫌いで憎い姫を、どう思っていますか?」
「……自分で言ってるじゃないのよ」
何が楽しいのか、何が嬉しいのかわかるだけに、彼女の口調は苦い。
分が悪そうだ。それだけ言って、妹紅は立ち上がった。
「どちらへ?」
「戻って寝る。せっかく来てくれたあの子らを放ってくだ巻いてちゃ、不義理でしょ」
「ならば最後に一つだけ」
既に背を向けている彼女に、鈴仙は悪戯っぽく言った。
「姫のこと、嫌いですか? それとも憎いですか?」
その問いかけに、妹紅は弾けたように息を吐いた。
軽く俯き手を振るう。
「妹紅さん?」
「嫌いよ。……大っ嫌い」
そしてふすまは閉じられた。
笑みが含まれているように聞こえた。
希望的観測に過ぎるだろうか。
だが月の兎の耳に間違いはない。
ならばそういうことなのだろう。
翌日。
妹紅が大きくなっていた。具体的に言うと、永琳より背が高くなっていた。
夕べくらいの食量だと、これくらいが適正らしい。
胸という名のアイデンティティーがー、と永琳はきりもみしながら倒れ、イナバ達が目をハートにして彼女に飛びつき、輝夜が私の妹紅に手を出すなと叫びながら暴れ、妹紅が誰がお前んだと猛る朝餉の間を眺めて、鈴仙は生きているって素晴らしいなぁ、と思った。
……側頭部にお膳が直撃するまでは。
どこぞの神社の巫女さんは、普段何食しているのだろうかとふと気になった昨今。
兎が積もっている状況を想像しても鼻血が出そうです。病院行ってきます。
そんな訳でこういう作品は大好きです。
ああ、もう、大好きですよこいつ等!!
そしてキャラの大部分がまともな中で師匠の壊れ具合が目立ちますw
あの、その……できれば食事はちょっと控えめにして頂けると……
いや! 別に私がないちちの方が萌えるとか、そんな事は全く全然ちっとも
ないです事アルヨっ!!
確かに細ぃぃ…でもP57では普通ぅぅ。
ふう、安心。
食べたご飯の量で体の大きさが変わるって、なんだか風船みたいだ…。
そして、他のキャラたちも実に生き生きしてる
ただ、一つだけ言わせてください
「兎は寂しいと死んでしまう」というのはガセネタらしいです
ウサギは本来一匹ごとに縄張りを持ち生活しているため、
仲間が必要と言うことは無いらしい---って慧音がいってた
・・・無粋でしたね、失礼
妹紅っぽくて素敵でした。
読み終わってタイトル見返すとニヤけが…。
…最近、いいもこてるが多くていとうれし。
ゴチでした!
……みたいな感じで、某伝説を思い出してしまった……
慧音や鈴仙達にはできるだけ長い生きしてもらいたい、彼女達―不死者の生きる理由になればこそ。
むしろ集団生活の方がストレスを溜めるらしい。
これ聞いたときなんか納得いかなかったなぁ。
素敵なお話でした